説明

ポリ乳酸仮撚糸およびその製造方法

【課題】従来のポリ乳酸仮撚糸が有する高熱収縮率で強度経時劣化という欠点を改善するとともに、実用性に優れる高嵩高性のポリ乳酸仮撚糸およびその製造方法を提供する。
【解決手段】ポリ乳酸で構成された糸条からなり、伸縮復元率CR(%)および初期引張強度S(cN/dtex)、110℃湿熱収縮率SWA(%)と140℃乾熱収縮率TWA(%)が、下記の式(1)〜(4)を同時に満足することを特徴とするポリ乳酸仮撚糸。
(1)CR≧10%
・ S≧2.5cN/dtex
・ 5%≦TWA≦15%
(4)TWA/SWA≧1

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリエステルを主たる繰り返し単位とするポリ乳酸仮撚糸に関するものである。詳細には、実用に優れる強度耐久性に加え、適度な膨らみとストレッチを付与することができるポリ乳酸仮撚糸およびその製造方法を提供するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、自然環境の中で分解できる繊維素材の開発が切望されている。その中、ポリ乳酸を代表とする脂肪族ポリエステルを中心に生分解性繊維の開発が進められてきた。
【0003】
ポリ乳酸繊維の用途開発は、生分解性を活かした産業資材の他に、衣料用途への応用も進められている。それらへの展開には、嵩高性およびストレッチ性を付与することが求められることから、生分解性を有する捲縮糸が特許文献1と特許文献2によって提案されている。
【0004】
捲縮付与の手段として、特許文献1においては高配向未延伸糸を仮撚温度130℃にて仮撚加工する方法が開示されている。しかし、この方法では、得られた仮撚加工糸には未解撚が多く存在するため、最終製品の品位が悪く、満足のゆくものではなかった。
【0005】
また、特許文献2には、水系エマルジョンタイプの油剤を付着させたポリ乳酸マルチフィラメント糸を400m/分以上の速度で仮撚加工する方法が開示されている。しかし、この方法では確かに毛羽、糸切れなどの欠点発生が少なくなるが、熱収縮が高く、布帛にした場合の寸法安定性が悪く、チーズ染めが不可能という問題がある。
【0006】
また、これら従来の仮撚方法で得られたポリ乳酸仮撚糸は嵩高性には優れるものの、生分解性による強度の経時低下が大きく、実用するのには好ましくなかった。
【0007】
これらの問題点により仮撚用途での展開はほとんど進んでいないのが現状である。
【特許文献1】特開2000−303283号公報
【特許文献2】特開2003−336134号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上記従来のポリ乳酸仮撚糸が有する高い熱収縮率で強度経時劣化という欠点を改善するとともに、実用性に優れる高嵩高性のポリ乳酸仮撚糸およびその製造方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記本発明の課題は、以下の構成を採用することによって達成することができる。すなわち、
(1)ポリ乳酸で構成された糸条からなり、伸縮復元率CR(%)および初期引張強度S(cN/dtex)、110℃湿熱収縮率SWA(%)と140℃乾熱収縮率TWA(%) が、下記の式(I)〜(IV)を同時に満足することを特徴とするポリ乳酸仮撚糸。
【0010】
(I)CR≧10%
(II)S≧2.5cN/dtex
(III)5%≦TWA≦15%
(IV)TWA/SWA≧1
(2)ポリ乳酸がL−乳酸を主原料とすることを特徴とする前記(1)記載のポリ乳酸仮撚糸。
(3)25℃×55%RHの雰囲気で1年間または50℃×90%RHの雰囲気で14日間保管した場合の引張強度低下率が10%未満であることを特徴とする前記(1)または(2)記載のポリ乳酸仮撚糸。
(4)ポリ乳酸糸条を2段ヒーター仮撚加工によって仮撚するポリ乳酸仮撚糸の製造方法であって、加撚部ヒーターおよび2次セットヒーター出口における糸条温度が90℃以上140℃以下であり、かつ仮撚数A(T/m)と2次セットヒーター内のフィード率B(%)とが次式(V)、(VI)を満たすことを特徴とする前記(1)または(2)のポリ乳酸仮撚糸の製造方法。
【0011】
(V)2200≦ A ≦2800
(VI)8≦ B ≦12
(5)さらに油剤を付与することを特徴とする前記(4)記載のポリ乳酸仮撚糸の製造方法。
(6) 前記(1)〜(4)のいずれかに記載のポリ乳酸仮撚糸を用いた織編物。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、従来のポリ乳酸仮撚糸が有する高い熱収縮率で強度経時劣化という欠点を改善し、実用性に優れる高嵩高性のポリ乳酸仮撚糸およびその製造方法を提供できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明の仮撚糸およびそれを用いた織編物を実施するための最良の形態について、詳細に説明する。
【0014】
本発明におけるポリ乳酸とは乳酸を重合したものをいい、L−乳酸、D−乳酸の他にエステル形成能を有するその他の成分を共重合した共重合ポリ乳酸であってもよい。原料とする乳酸におけるL体(L−乳酸)或いはD体(D−乳酸)の光学純度は90%以上であると、得られたポリ乳酸の融点が高くより好ましい。このうち、L−乳酸を主原料とするポリ乳酸が製造コストが安くて、特に好ましい。
【0015】
ポリ乳酸には、さらに改質剤として、各種の粒子、難燃剤、帯電防止剤、抗酸化剤や紫外線吸収剤等の添加物を含有していてもよい。また、ポリ乳酸の分子量は繊維を形成するに十分な分子量があればよいが、例えば、重量平均分子量で5万〜35万であると、力学特性と成形性のバランスがよく好ましく、10万〜25万であると、より好ましい。
【0016】
本発明に用いるポリ乳酸の製造方法は、公知の方法を用いることができ、特に限定されない。具体的には、特開平6−65360号公報に開示されている方法が挙げられる。すなわち、乳酸を有機溶媒及び触媒の存在下、そのまま脱水縮合する直接脱水縮合法である。また、特開平7−173266号公報に開示されている少なくとも2種類のホモポリマーを重合触媒の存在下、共重合並びにエステル交換反応させる方法である。さらには、米国特許第2,703,316号明細書に開示されている方法がある。すなわち、乳酸を一旦脱水し、環状二量体とした後に、開環重合する間接重合法である。
【0017】
本発明におけるポリ乳酸繊維は耐摩耗性を向上させるために、脂肪族ビスアミドおよび/またはアルキル置換型の脂肪酸モノアミドを繊維全体に対して0.1〜3.0重量%含有していることが好ましい、0.1重量%未満では耐摩耗性向上効果が十分に得られず、5重量%を超える場合には必要な強度を得ることが困難となる。さらに0.3〜2.0重量%含有していることがより好ましい。
【0018】
本発明で用いられる脂肪酸ビスアミドとは、脂肪酸ビスアミド、不飽和脂肪酸ビスアミドおよび芳香族糸ビスアミドなどの1分子中にアミド結合を2つを有する化合物を指し、例えば、メチレンビスカプリル酸アミド、メチレンビスかプリン酸アミド等が挙げられる。
【0019】
また、本発明で用いられるアルキル置換型の脂肪酸モノアミドとは、飽和脂肪酸モノアミドや不飽和脂肪酸モノアミドなどのアミド水素をアルキル基で置き換えた構造の化合物を指し、例えば、N−ラウリルラウリン酸アミド、N−パルミチルパルミチン酸アミド等が挙げられる。
【0020】
本発明のポリ乳酸仮撚糸は、前記のポリ乳酸からなる糸に仮撚加工を施すことにより3次元捲縮を有するものである。
【0021】
本発明のポリ乳酸仮撚糸は伸縮復元率CR(%)が下記式(1)を満たすことが重要である。
【0022】
(1)CR≧10%
すなわち、本発明のポリ乳酸仮撚糸は後述する測定方法に基づく伸縮復元率CR(%)が10%以上であることが好ましい。伸縮復元率CR(%)が10%以上の仮撚糸にすることで、織編物にしたときに高い嵩高性およびストレッチ性の持つ製品にすることができる。一方、伸縮復元率CR(%)が20%を越えると、織物にした時に風合いが粗硬化するとともに、表面品位が悪化する傾向にある。したがって、織物にしたときに高品位の布帛表面としつつ、仮撚糸としての嵩高性やストレッチ性を付与するためには、伸縮復元率CR(%)は10〜20%が好ましい。なお、本発明における伸縮復元率CR(%)とは、以下の測定方法で測定した値を言う。
【0023】
すなわち、捲縮糸をカセ取りし、90℃水中で20分間フリー処理し、24時間風乾する。次に、室温の水中で(25℃)初荷重0.0018cN/dtex(2mgf/d)をかけ、2分間後のカセ長L1を測定する。次に、室温の水中で(25℃)上記初荷重0.0018cN/dtexを除き、0.09cN/dtex(0.1gf/d)相当の荷重に交換し、2分後のかせ長L0を測定する。そして下式によりCRを計算する。
CR(%)=[(L0−L1)/L0]×100(%)
また、本発明のポリ乳酸仮撚加工糸は初期引張強度S(cN/dtex)が下記式(2)を満たすことが重要である。
【0024】
(2)S≧2.5cN/dtex
すなわち、本発明のポリ乳酸仮撚加工糸は初期引張強度S(cN/dtex)が2.5cN/dtex以上であることが必要である。これより低い数値であると、保管期間中の強度劣化により、実用レベルの2cN/dtexを短期間で下回って、素抜けの危険性があるため、好ましくない。一方、強度の数値が大きければ大きいほど良いが、現在の工業生産上の制約から2.8cN/dtex以上を超えるものを製造するのは難しい。
【0025】
なお、本発明における初期引張強度は、JIS L1013の化学繊維フィラメント糸試験方法(1998年)に準じて測定した値を言う。すなわち、つかみ間隔は200mm、引張速度は200mm/分として荷重−伸長曲線を求める。次に破断時の荷重値を初期繊度で割り、それを強度とし、破断時の伸びを初期試料長で割り、強度を求める。なお、測定時の温度は室温下(25℃)で実施する。
【0026】
本発明のポリ乳酸仮撚糸は、140℃乾熱収縮率TWA(%)、110℃湿熱収縮率SWA(%)が下記式(3)、(4)を満たすことが重要である。
【0027】
(3)5%≦TWA≦15%
(4)TWA/SWA≧1
すなわち、本発明のポリ乳酸仮撚糸は後述する測定方法に基づく乾熱収縮率TWA(%)が5〜15%であることが好ましい。織編物を構成するポリ乳酸仮撚糸の乾熱収縮率TWA(%)が、5%≦TWA≦15%を満たすことで、ソフトで精緻感ある織編物を得ることができる。TWA<5%では織編物に精緻感を付与することができず、また、TWA>15%では、収縮が強すぎて、織編物としての粗硬感が強くなってしまう。さらに好ましくは6%≦TWA≦12%である。なお、本発明における乾熱収縮率TWA(%)とは、後述する測定方法で測定した値を言う。
【0028】
また、本発明の仮撚糸は、140℃乾熱収縮率TWA(%)と110℃湿熱水収縮率SWA(%)との比が、TWA/SWA≧1を満たすことが必要である。乾熱収縮率TWA(%)が高い値であっても、110℃湿熱水収縮率SWA(%)がそれ以上に高い値であれば、ソフトでしなやかな風合いが減少してしまうからである。なお、本発明における沸水収縮率SWA(%)とは、以下の測定方法で測定した値を言う。
【0029】
すなわち、試料をカセ取りし、荷重0.09cN/dtex下で長さを測定し原長L2とする。次に、L2を測定したカセを荷重フリーの状態で140℃の雰囲気中で30分間処理し、24時間風乾した後、荷重0.09cN/dtex下でカセ長を測定しL3とする。そして、以下の式により、140℃乾熱収縮率TWA(%)を計算する。
乾熱収縮率TWA(%)=[(L2−L3)/L2]×100(%)
また、 L4:試料をカセ取りし、初荷重0.09cN/dtex下で長さを測定し、原長L4とする。次に、L4を測定したカセを荷重フリーの状態でミニカラー中で110℃×30分間処理し、24時間風乾した後、荷重0.09cN/dtex下でのカセ長を測定し、L5とする。そして、以下の式により、110℃沸騰水収縮率SWA(%)を計算する。
【0030】
沸騰水収縮率SWA(%)=[(L4−L5)/L4]×100(%)
また、本発明のポリ乳酸仮撚糸を構成する繊維の単繊維繊度は織物の張り腰、反発感などの風合いを付与させるために、1.0〜5.0dtexの太繊度が好ましく、より好ましくは2.0〜4.0dtexである。
【0031】
なお、本発明のポリ乳酸仮撚糸は、トータル繊度は20〜300dtexの範囲が好ましく採用される。
【0032】
また、本発明ののポリ乳酸仮撚糸を構成する繊維の断面形状は丸断面の他、扁平、三角、中空などの異型断面であってもよい。
【0033】
次に、本発明のポリ乳酸仮撚糸の製造方法について説明する。
【0034】
本発明のポリ乳酸仮撚糸の製造方法においては、ポリ乳酸繊維を使用し、2段ヒーター仮撚加工することが重要であり、加撚部ヒーターおよび2次セットヒーター出口における糸条温度が90℃以上140℃以下とすること、さらに仮撚数A(T/m)および2次セットヒーター内のフィード率B(%)が以下の式(5)、(6)を満たすことを特徴とする。
【0035】
(5)2200≦ A ≦2800
(6)8≦ B ≦12
2段ヒーター仮撚加工法は、繊維を1段目(加撚)ヒーターで仮撚加工を行い、この1段ヒーター仮撚に連続して仮撚糸を第2ヒーターで熱処理する方法である。本発明のポリ乳酸仮撚糸の製造方法においては、ポリ乳酸繊維の加撚ヒーター出口における糸条温度が90℃以上140℃以下とすることが重要であり、好ましくは110℃以上130℃以下で加工する。さらに好ましいのは113〜127℃で加工する。加撚ヒーター温度が90℃よりも低い場合には、ヒータ制御にバラツキが出る一方、捲縮が十分に付与されない問題がある。また140℃より高い場合には仮撚糸の強度が極端に低下し、また、加撚張力も低下するため、生産性が低下するので好ましくない。なお、ヒーター出口における糸条温度は、ヒーター出口直後の糸条を非接触温度計を用いて測定した値をいう。
【0036】
また、本発明のポリ乳酸仮撚糸の製造方法においては、2次セットヒーター出口温度が90℃以上140℃以下とすることも重要であり、好ましくは非接触型の2次セットヒーターを使用し、2次セットヒーター温度が100℃以上120℃以下で加工する。2次セットヒーターで熱セットすることにより、仮撚糸は熱水収縮率が低下し、ポリ乳酸系繊維が本来持っているソフトな風合いを持たせることが可能となる。ここで、2次セットヒーターの温度が90℃より低い場合には、低い熱水収縮率を得ることができず、また、140℃よりも高い場合には仮撚糸の強度が低下し、生産性が低下するので好ましくない。
さらに、本発明のポリ乳酸仮撚糸の製造方法は、仮撚数A(T/m)と2次セットヒーター内のフィード率B(%)が式(5)、(6)を満たす製造方法であり、これにより本発明のポリ乳酸仮撚糸、すなわち伸縮復元率CRが10%以上であり、かつ140℃の乾熱収縮率TWAが5%以上15%以下で、且つ初期引張強度Sが2.5cN/dtex以上、140℃乾熱収縮率TWA(%)と110℃湿熱水収縮率SWA(%)との比が、TWA/SWA≧1であるポリ乳酸仮撚糸を製造することが可能となる。
【0037】
仮撚数2200T/m以上で仮撚することにより高い伸縮を持つ加工糸となる。仮撚数が2200T/mを下回る場合には、糸条に十分な捲縮を付与することができず、10%以上の伸縮復元率が得られないので好ましくない。仮撚加工方法としては、一般に用いられるピンタイプ、フリクションディスクタイプ、ニップベルトタイプ、エアー加撚タイプ等、いかなる方法によるものでもよい。この中で、高速、低コストの加工性の観点から、ニップベルトのタイプが最も好ましい。
【0038】
更に、2次セットヒーター内のフィード率が+8%以上、+12%以下のフィード率とすることで、弛緩熱処理時に若干緊張状態のまま2次セットされるため、2段ヒーター加工としては異例の高い強度と低い熱水収縮率を持つ加工糸の製造が可能となる。さらに好ましいのは9%〜11%で加工する。加熱ヒーター(1段目ヒーター)については、接触式ヒーター、非接触式ヒーターのいずれであってもよいが、2次セットヒーターについては熱セット斑を避けるためや、ヒーターとの接触による摩擦抵抗を下げるために、非接触型ヒーターの使用が好ましい。2次セットヒーター内のフィード率が+8%以下の場合には、伸縮性が低下し、また、+12%以上の場合には、請求項を満たす強度が得られないので、好ましくない。本発明のポリ乳酸仮撚糸の製造方法にて得られた仮撚糸は、高次工程での工程通過性、例えば織編用に供する場合には繊維と糸道ガイド、編み針等との擦過をできるだけ抑制するため、追油を行うことが好ましい。適用する油剤としては、繊維−金属間摩擦係数の低減効果の高い平滑剤を含有した油剤を用いることが好ましい。例えば脂肪酸エステル、多価アルコールエステル、エーテルエステル、シリコーン、鉱物油等が好ましい。油剤は、水系であっても非水系であっても良いが、平滑剤を主成分とし、界面活性剤、制電剤、極圧剤等の成分を含み、ポリ乳酸繊維に活性な成分を除いた油剤組成とすることが好ましい。水系のエマルジョンに含まれた乳化成分は、ポリ乳酸の繊維構造を変化させる作用があり、加水分解させることにより、時間の経過によりポリ乳酸の強度が小さくなる。従って、非水系油剤を用いることが好ましい。さらに、好ましい油剤組成は、たとえば、平滑剤成分としてアルキルエーテルエステル、極圧剤成分として有機フォスフェード塩などを鉱物油で希釈した非水系油剤である。追油の方法については公知の方法を採用することができる。
【0039】
本発明のポリ乳酸仮撚糸の製造方法によって高品位且つ高効率に得ることが出来る本発明のポリ乳酸仮撚糸は、25℃×55%RHの常温雰囲気で1年間、または50℃×90%RHの高温多湿雰囲気で14日間以内に保管した場合、引張強度低下率が10%未満である。
【0040】
ポリ乳酸は生分解性を有するため、保管に特に注意を払う必要がある。倉庫保管時、および運送時にはポリ乳酸仮撚糸の生分解により強度低下の危険性が極めて大きい。そこで、特許文献2(特開2003−336134号公報)に開示されたような、水系エマルジョンタイプの油剤を付着させたポリ乳酸マルチフィラメント糸を400m/分以上の速度で仮撚加工する方法が提案されたが、この方法では確かに糸切れなどの欠点発生が少ない加工糸を得ることができたが、熱収縮が高く、布帛にした場合の寸法安定性が悪く、チーズ染めが不可能という問題がある。さらに、約25℃×55%RH前後の一般の倉庫保管した場合には、3ヶ月経ったら、最初には2.2cN/dtexあった引張強度が1.7cN/dtexとなり、すなわち、20%以上の強度低下が起きた。そのため、保管後の加工糸を用いると次工程で素抜けの現象が起きて、工程のトラブルに繋がる。当然、製造直後に使用したら問題ないが、実際には、次工程までに3ヶ月程度保管しておくことは工業的に頻繁に行われており、保管期間をなくすことは工業的には困難である。
【0041】
本発明は、まさにその問題を解決したのである。本発明のポリ乳酸仮撚糸の製造方法で製造した仮撚糸を一般倉庫保管条件に相当する25℃×55%RHの雰囲気中で1年放置した結果、最初の引張強度2.6cN/dtexが1年後でも2.45cN/dtexを維持しており、約6%の強度低下しか起こらなかった。さらに、より過酷な保管条件であるトラック運送時のトランク(荷台)内部条件に相当する50℃×90%RHの雰囲気で14日間保管した結果、最初の引張強度2.6cN/dtexが14日後でも2.4cN/dtexであり、約8%の強度低下しか起こらなかった。このことから、本発明のポリ乳酸仮撚糸の製造方法で製造した仮撚糸は、実用性に十分に耐えられるレベルに達していることがわかる。
【0042】
本発明の織編物は、本発明のポリ乳酸仮撚糸を少なくとも一部に用いてなることが必要であり、本発明のポリ乳酸仮撚糸を用いることで、保管上のリスクが軽減され、使用時における熱寸法安定性に優れた織編物をとなる。
【0043】
なお、織編物としては織組織や編組織になんら制限は無く、織物の場合には平組織、斜文組織、朱子組織やそれらの応用組織、編物の場合には平編み、リブ編み、パール編み等の横編組織や、トリコット編み、アトラス編みなどの経編等、通常用いられる織編組織を採用することができ、その使用用途に関してもなんら制限されるものではない。
【実施例】
【0044】
以下、実施例により本発明をより詳細に説明する。なお、実施例中の各特性値は次の方法で求めた。
【0045】
A.伸縮復元率(CR)
捲縮糸をカセ取りし、90℃水中で20分間フリー処理し、24時間風乾した。次に、室温の水中で(25℃)初荷重0.0018cN/dtex(2mgf/d)をかけ、2分間後のカセ長L1を測定した。次に、室温の水中で(25℃)上記初荷重0.0018cN/dtexを除き、0.09cN/dtex(0.1gf/d)相当の荷重に交換し、2分後のかせ長L0を測定した。
CR(%)=[(L0−L1)/L0]×100(%)
そして上式によりCR値を計算した。
【0046】
B.140℃乾熱収縮率(TWA)
乾熱収縮率(%)=[(L2−L3)/L2]×100(%)
L2:試料をカセ取りし、荷重0.09cN/dtex下で測定した原長。
L3:L2を測定したカセを荷重フリーの状態で140℃の雰囲気中で30分間処理し、24時間風乾した後、荷重0.09cN/dtex下でのカセ長。
【0047】
B.110℃沸騰水収縮率(SWA)
沸騰水収縮率(%)=[(L4−L5)/L4]×100(%)
L4:試料をカセ取りし、初荷重0.09cN/dtex下で測定した原長。
L5:L4を測定したカセを荷重フリーの状態でミニカラー中で110℃×30分間処理し、24時間風乾した後、荷重0.09cN/dtex下でのカセ長。
【0048】
C.強度および伸度
JIS L1013の化学繊維フィラメント糸試験方法(1998年)に準じて測定した。なお、つかみ間隔は200mm、引張速度は200mm/分として荷重−伸長曲線を求めた。次に破断時の荷重値を初期繊度で割り、それを強度とし、破断時の伸びを初期試料長で割り、伸度とした。なお、測定時の温度は室温下(25℃)で実施した。
【0049】
D.ヨリ数
浅野機器(株)製の検撚機を用いて測定した。
【0050】
E.毛羽数
東レ(株)製毛羽テスター(DT−104)を使用し、2000m当たりの毛羽数を測定した。
【0051】
F.総合評価
本発明の方法に従って仮撚糸の140℃乾熱収縮率、110℃湿熱水収縮率SWA、伸縮復元率CR値、毛羽数、引張強度および強度低下率より判断し、十分に生産に適用でき、且つ強度低下率が10%未満のレベルを◎、生産に適用でき、且つ強度低下率が10%未満のレベルを○、生産に適用できなくて且つ強度低下率が10%を超えたレベルを×として3段階を評価し、○以上を合格とした。
【0052】
G.加撚部ヒーター及び2次セットヒーター出口における糸条温度
加撚部ヒーター及び2次セットヒーター出口における糸条温度は、それぞれのヒーター出口直後に設置したムラテック社製非接触温度計を用いて測定した。
【0053】
F.保管テスト
保管テスト用の加工糸を下記実施例と比較例の方法で加工し、通常の仮撚加工で使用されているワープ方式で、外径74±2mm、長さ290mm±2mmの紙管を用いて、通常のポリエステルと同様に硬度70〜80度、巻量約4kgに巻き取るり、梱包した後、25℃×55%RHと50℃×90%RHをコントロール可能の恒温室にそれぞれ保管する。一定期間経過後、糸の表面を約30g剥がしてから、引っ張り強度を上記C.法で測定する。
【0054】
(実施例1)
融点が172℃で、屈折率が1.45で、重量平均分子量16万、98重量%がL−乳酸である重量体チップを100℃に設定した真空乾燥機にて10時間乾燥した。乾燥したチップを紡糸温度220℃、孔数26の口金から、紡糸速度5000m/minで引き取って、得られた高速未配向糸の物性は、繊度106dtex、沸騰水収縮率14.6%とした。
【0055】
次いで、図1に示す延伸摩擦仮撚装置にて延伸摩擦仮撚加工を行った。加工速度400m/min、1次接触ヒータ温度115℃、延伸倍率1.3倍で、仮撚数2500T/mで、2次非接触セットヒーター内のオーバーフィード率は9%とした。仮撚を施したあと、一旦巻き取ることなく、インターレースノズルを使用して交絡を付与した。その後、オイリングローラによる竹本油脂製のTRC1302追油剤を糸条繊度に対して2重量%を付着させ、硬度70〜80度、巻量4kgで紙管に巻き取った。得られた仮撚糸の強度は2.6cN/dtex、伸縮復元率CRは12%、140℃乾熱収縮率TWAが7.7%、110℃湿熱収縮率が7.4%であり、優れた寸法安定性および捲縮特性を示すものであった。
【0056】
得られた仮撚糸を紙管に巻いたままで、25℃×55%RHの雰囲気中で1年間放置したら、引張強度は2.6cN/dtexから2.44cN/dtexとなり、6%の低下であったが、十分実用に耐えられるレベルであった。また、より過酷な50℃×90%RHの雰囲気中で14日間放置したところ、引張強度は2.6cN/dtexから2.3cN/dtexとなり、やはり実用に問題ないレベルであった。
【0057】
この仮撚糸をタテ糸およびヨコ糸に用いて平織物を作成し、100℃の浴中でリラックス精練し、140℃のテンターでセット後、分散染料を使用して115℃で染色し、130℃で仕上セットした。得られた織物は、しなやかでソフトでありながら、十分な膨らみを持ち、さらにポリ乳酸特有なキシミ感が持ち、染色斑もない優れたものであった。
【0058】
(実施例2)
2次非接触ヒータ中のオーバーフィード率は12%とした以外は実施例1と同様の方法でポリ乳酸仮撚糸を得た。
【0059】
実施例2においては、伸縮復元率CRと140℃乾熱収縮率TWAは実施例1とほぼ同程度の値だが、初期引張強度は2.6cN/dtexであった。さらに得られた仮撚糸を紙管に巻いたままで、25℃×55%RHの雰囲気中で1年間放置したところ、引張強度は2.2cN/dtexとなり、6%の低下率であったが、まだ実用に耐えられるレベルであった。また、より過酷な50℃×90%RHの雰囲気中で14日間放置したところ、初期引張強度は2.1cN/dtexとなり、やはり実用にも問題ないレベルであった。
【0060】
実施例1と同様の方法で織物に仕上げたところ、しなやかでソフトでありながら、十分な膨らみを持ち、さらにポリ乳酸特有なキシミ感が持ち、染色斑もない優れたものが得られた。
【0061】
(実施例3)
仮撚数を2800T/mとした以外は実施例1と同様の方法でポリ乳酸仮撚糸を得た。
【0062】
実施例3においては、伸縮復元率CRと140℃乾熱収縮率TWAは実施例1とほぼ同程度の値だが、初期引張強度は2.5cN/dtexとやや低かった。得られた仮撚糸を紙管に巻いたままで、25℃×55%RHの雰囲気中で1年間放置した後に、2.35cN/dtexとなり、6%の低下でしたが、また実用に耐えられるレベルであった。また、より過酷な50℃×90%RHの雰囲気中で14日間放置したら、2.3cN/dtexとなり、実用にも問題ないレベルであった。
実施例1と同様の方法で織物に仕上げたところ、しなやかでソフトでありながら、十分な膨らみを持ち、さらにポリ乳酸特有なキシミ感が持ち、染色斑もない優れたものが得られた。
【0063】
(実施例4)
実施例4は紡糸時に用いた口金を孔数40の口金に変更した以外は実施例1と同様の方法で高速未配向糸を得て、さらに実施例1と同様に仮撚糸を得た。このとき、伸縮復元率CRと140℃乾熱収縮率TWAは実施例1とほぼ同程度の値であったが、毛羽が2個/2000mであり、引張強度は2.6cN/dtexとなった。
【0064】
得られた仮撚糸を紙管に巻いたままで、25℃×55%RHの雰囲気中で1年間放置したところ、引張強度は2.4cN/dtexとなり、約7%の低下であったが、まだ実用に耐えられるレベルであった。また、より過酷な50℃×90%RHの雰囲気中で14日間放置したところ、引張強度は2.37cN/dtexとなり、やはり実用に問題ないレベルであった。
【0065】
さらにこの仮撚糸を実施例1と同様の方法で織物に仕上げたところ、しなやかでソフトでありながら、十分な膨らみを持ち、さらにポリ乳酸特有なキシミ感が持ち、染色斑もない優れたものが得られた。
【0066】
(比較例1〜2)
比較例1と2は2次非接触ヒータ中のオーバーフィード率をそれぞれ15%、20%とした以外は実施例1と同様の方法でポリ乳酸仮撚糸を得た。比較例1の伸縮復元率CRと140℃乾熱収縮率TWAは実施例1とほぼ同程度の値だが、毛羽が0個/2000mであり、初期引張強度がやや低めの2.3cN/dtexとなった。
得られた仮撚糸を紙管に巻いたままで、25℃×55%RHの雰囲気中で1年間放置したところ、引張強度は1.9cN/dtexとなり、約15%の低下が起きて、実際に糸解ジョする際に、素抜けなどの現象が起きる恐れがあり、実用上においてはリスクの高いものであった。また、より過酷な50℃×90%RHの雰囲気中で14日間放置したところ、引張強度は1.84cN/dtexとさらに劣化が見られて、実用にも問題あるレベルであった。
【0067】
2次ヒータのオーバーフィード率が20%を取った比較例2では初期引張強度が2.1cN/dtexとなり、さらに、上記の2つの保管テストでは実用上に必要となる2cN/dtexを大きく下回って、実用にも問題あるレベルであった。
【0068】
(比較例3)
仮撚数を3000T/mとした以外は実施例1と同様の方法でポリ乳酸仮撚糸を得た。
【0069】
比較例3の糸はヨリ数が多いため、捲縮復元率CRがやや大きめの18%となった。初期引張強度は2.1cN/dtexとなり、さらに得られた仮撚糸を紙管に巻いたままで、25℃×55%RH、50℃×90%RH、それぞれの雰囲気中で、実施例1と同様に保管テストを行ったところ、引張強度は2cN/dtexを下回って、実用にも問題あるレベルであった。
【0070】
(比較例4)
仮撚数を2100T/mとした以外は実施例1と同様の方法でポリ乳酸仮撚糸を得た。比較例4の糸はヨリ数が少ないため、捲縮復元率CRが8%しかなかった。実施例1と同様に、できた織物に粗硬感があり、実用レベルに達していないものであった。
【0071】
(比較例5)
1次ヒータ出口での糸条温度を85℃とした以外は実施例1と同様の方法でポリ乳酸仮撚糸を得た。比較例5では、十分の熱セットが得られないため、捲縮復元率CRが6%と、生糸近似の糸形態となった。実施例1と同様に、仕上げた織物に粗硬感があり、実用レベルに達していないものであった。
【0072】
(比較例6)
1次ヒータ出口での糸条温度を145℃とした以外は実施例1と同様の方法でポリ乳酸仮撚糸を得た。比較例6では、糸条温度が高いため、加撚張力が低下し、安定加工できるサージングのスピードが250m/minとなり、実用レベルに達していないであった。サンプリングしても、糸の初期強度が2.0cN/dtexと低いものであった。
【0073】
【表1】

【0074】
【表2】

【図面の簡単な説明】
【0075】
【図1】本発明で用いる延伸同時仮撚加工機の一実施態様を示した模式図である。
【符号の説明】
【0076】
1 :未延伸糸パッケージ
2 :フィードローラー
3 :糸ガイド
4 :第1ヒーター
5 :冷却プレート
6 :摩擦仮撚型ベルトユニット
7 :フィードローラー
8 :第2ヒーター
9 :デリベリローラー
10:巻き取りローラー
11:延伸仮撚加工糸パッケージ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリ乳酸で構成された糸条からなり、伸縮復元率CR(%)および初期引張強度S(cN/dtex)、110℃湿熱収縮率SWA(%)と140℃乾熱収縮率TWA(%)が、下記の式(1)〜(4)を同時に満足することを特徴とするポリ乳酸仮撚糸。
・ CR≧10%
・ S≧2.5cN/dtex
・ 5%≦TWA≦15%
・ TWA/SWA≧1
【請求項2】
ポリ乳酸がL−乳酸を主原料とすることを特徴とする請求項1記載のポリ乳酸仮撚糸。
【請求項3】
25℃×55%RHの雰囲気で1年間または50℃×90%RHの雰囲気で14日間保管した場合の引張強度低下率が10%未満であることを特徴とする請求項1または2記載のポリ乳酸仮撚糸。
【請求項4】
ポリ乳酸糸条を2段ヒーター仮撚加工によって仮撚するポリ乳酸仮撚糸の製造方法であって、加撚部ヒーターおよび2次セットヒーター出口における糸条温度が90℃以上140℃以下であり、かつ仮撚数A(T/m)と2次セットヒーター内のフィード率B(%)とが次式(5)、(6)を満たすことを特徴とする請求項1または2のポリ乳酸仮撚糸の製造方法。
(5)2200≦ A ≦2800
(6)8≦ B ≦12
【請求項5】
さらに油剤を付与することを特徴とする請求項4記載のポリ乳酸仮撚糸の製造方法。
【請求項6】
請求項1〜4のいずれかに記載のポリ乳酸仮撚糸を用いた織編物。

【図1】
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【公開番号】特開2007−247105(P2007−247105A)
【公開日】平成19年9月27日(2007.9.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−74031(P2006−74031)
【出願日】平成18年3月17日(2006.3.17)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】