説明

マイクロチャンバーアレイを用いた細胞培養方法及び該方法に用いられる細胞培養装置

【課題】本発明は、1細胞からの細胞培養を簡便に且つ高集積度をもって行なう方法及び該方法に用いられる細胞培養装置を提供することを目的とする。
【解決手段】気体透過性の高分子層と基板とによって画成され、複数のマイクロチャンバーが長手方向に沿って配設された微小流路を複数備えるマイクロチャンバーアレイの上記微小流路内に、希釈した細胞培養液を導入し送液する。細胞培養液が送液される過程で、細胞培養液中の細胞は、ポアソン分布に基づいて上記マイクロチャンバー内に1細胞単位で分取される。上述した手順でマイクロチャンバー内に1細胞が分取されたマイクロチャンバーアレイを高湿度雰囲気下に静置してインキュベートする。本発明によれば、1細胞からの細胞培養において、細胞の単離とその培養とを連続性をもって簡便に行うことができるため、コンタミネーションのリスクが大幅に低減され、また、作業のスループットが大幅に向上する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞培養方法に関し、より詳細には、マイクロチャンバーアレイを用いた1細胞からの細胞培養方法に関する。
【背景技術】
【0002】
遺伝的に均質な細胞群を得るためには、1細胞から培養する必要がある。従来、細胞を単離培養する方法として、コロニー法および限界希釈法が一般に知られている。コロニー法は、選択培地で所望の細胞の相対的な濃度を高くした後、これを希釈した培養液を寒天培地に薄く播いて培養しコロニーを形成させて単離する方法であるが、形成されるコロニー同士が重ならないようにする必要があるため、必然的に単位面積当たりの培養数が限定されるという問題があった。また、限界希釈法は、数ミリメートルの直径を有するウェルが複数形成されたマイクロプレートに対して、1ウェル当たりに1個の細胞が分取されるように、確率的な計算に基づいて希釈された細胞培養液をプレートに播くことによって細胞を単離し、当該ウェル内で細胞を培養する方法であるが、この方法には細胞培養において、以下に挙げる問題点があった。
【0003】
第1に、煩雑な計算を伴う希釈工程が必要である上、細胞培養液をプレートに播いた時点では、細胞の単離が成功しているか否かを判断することができないという問題があった。すなわち、顕微鏡下、1つの細胞を数ミリメートルの範囲で確認することは実質的に不可能であり、実際には、しばらく培養したのち、他のウェルに比較して明らかに細胞数が多いウェルを単離に失敗したものとして排除するという煩雑な工程を必要としていた。また、単位面積当たりの培養数についていえば、コロニー法を用いる方法と同等またはそれ以下の集積度しか実現できていなかった。
【0004】
一方、特開2004−173681号公報(特許文献1)は、高い集積度をもってマイクロウェルが形成されたアレイを用いて細胞を一つずつ分取する方法を開示する。この方法は、1つの細胞のみが収納されうる寸法を有するマイクロウェルが高い集積度をもって形成されたマイクロウェルアレイに対して、過剰数の細胞を播いた後、細胞がウェル内に沈むのを待ち、その後、ウェルに格納されずにアレイ表面に留まる細胞を洗い流すという一連の工程を繰り返すものである。この方法によれば、高い集積度をもって1細胞を分取することは可能となるが、マイクロウェルの寸法が1つの細胞のみが収納されうる大きさに規定されているため、細胞応答の解析などに用いることはできても、細胞を増殖培養することができないという問題があった。
【0005】
さらに、上述した従来のマイクロウェルアレイを用いる単離・培養方法においては、細胞を分取した後にウェル開口部を塞ぐために気体透過性のシート等でシーリングする必要があるが、この工程は、人手を要する煩雑なものであり、また、その過程においてコンタミネーションが生じるリスクが大きいという問題があった。
【特許文献1】特開2004−173681号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上記従来技術における課題に鑑みてなされたものであり、本発明は、1細胞からの細胞培養を簡便に且つ高集積度をもって行なう方法及び該方法に用いられる細胞培養装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、1細胞からの細胞培養を簡便に且つ高集積度をもって行なう方法につき鋭意検討した結果、細胞の単離と当該細胞の増殖培養の両方を実行可能なマイクロチャンバーアレイの新規な構成に着想し、本発明に至ったのである。
【0008】
すなわち、本発明によれば、気体透過性の高分子層と基板とによって画成され、複数のマイクロチャンバーが長手方向に沿って配設された流路を備えるマイクロチャンバーアレイを用いて細胞を単離培養する方法であって、前記流路の一端から細胞培養液を導入し、前記流路の他端に向けて前記細胞培養液を送液することによって、前記マイクロチャンバー内に1細胞を分取する工程と、前記マイクロチャンバー内に1細胞が分取されたマイクロチャンバーアレイを高湿度雰囲気下に静置してインキュベートする工程とを含む方法が提供される。本発明においては、前記細胞培養液の送液を遠心力の作用を利用して行なうことができる。また、本発明においては、前記高分子層を光透過性にすることが好ましい。
【0009】
さらに本発明の別の構成によれば、上述した細胞を単離培養する方法に用いる細胞培養装置であって、気体透過性の高分子層と基板とによって画成され、複数のマイクロチャンバーが長手方向に沿って配設された流路を備えるマイクロチャンバーアレイと、前記マイクロチャンバーアレイが静置される密閉容器と、前記密閉容器の内部を高湿度雰囲気に保持するための水蒸気発生部とを含む細胞培養装置が提供される。
【発明の効果】
【0010】
上述したように、本発明によれば、1細胞からの細胞培養を簡便に且つ高集積度をもって行なう方法及び該方法に用いられる細胞培養装置が提供される。本発明によれば、従来法に比べて細胞単離に伴う細胞培養液の希釈工程が大幅に簡略化される上、マイクロチャンバーアレイ上で1細胞単位に分取された細胞を、当該マイクロチャンバーアレイ上でそのまま培養することが可能となり、細胞の単離とその培養とを連続性をもって簡便に行うことができるため、作業のスループットが大幅に向上する。また、本発明によれば、従来法のように、培養槽の開口部をシーリングする工程を必要としないため、コンタミネーションのリスクが大幅に低減される。さらに、本発明によれば、従来のマイクロプレートを用いた方法では実現し得なかった1細胞からの細胞培養の高集積化が実現される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、本発明を図面に示した実施の形態をもって説明するが、本発明は、図面に示した実施の形態に限定されるものではない。
【0012】
本発明の細胞培養方法は、細胞を単離する工程と単離された細胞を培養する工程からなり、両工程を同一のマイクロチャンバーアレイ上で連続的に行うことを特徴とする。最初に、細胞を単離する工程について説明する。図1は、本発明の細胞培養方法に用いられるマイクロチャンバーアレイに搭載される基本モジュールであるマイクロチャンバーモジュール10(以下、モジュール10として参照する)を示す概念図である。図1(a)は、モジュール10の上面図を示す。なお、図1(a)においては、説明の便宜のため、モジュール10を上から透視して示す(以下、図2〜図4、図6に示す上面図においても同様)。
【0013】
図1(a)に示されるようにモジュール10には、供給口Iと排出口Oの間を連通する流路12が形成されており、流路12の一方の側面Sには、複数のマイクロチャンバー14が、流路12の長手方向に沿って、互いに離間距離dをもって配設されている。本発明においては、1つのマイクロチャンバー14に対し1つの細胞を分取し、分取した細胞を当該マイクロチャンバー14内においてそのまま増殖培養することを実現する。マイクロチャンバー14は、細胞が増殖しうる空間を備えており、本発明においては、マイクロチャンバー14の容量を200pL〜20nLとすることができ、500pL〜5nLとすることが好ましい。
【0014】
図1(b)は、図1(a)に示したモジュール10のX−X’線の断面図を示す。図1(b)に示されるように、モジュール10は、基板16と高分子層18とを含み、所定のパターンをもって凹部が形成された高分子層18と基板16とが接合されて構成されている。ここで、高分子層18に形成されるパターンとは、複数のマイクロチャンバー14をその側面に備えた流路12の形状を有するパターンであり、高分子層18が、その凹部が形成された面を接合面として基板16と接合される結果、複数のマイクロチャンバー14をその側面に備える流路12が画成される。本発明においては、基板16および高分子層18は、細胞毒性がないものを用いることが好ましく、生体親和性を有するものであればより好ましい。また、高分子層18は、気体透過性の高分子によって形成されることが好ましい。本発明においては、高分子層18の材料として、ポリオレフィン類、ポリシロキサン類、シロキサン含有ポリマーなどを用いることができ、ポリジメチルシロキサン(PDMS)を用いることが好ましい。
【0015】
本発明においては、高分子層18を気体透過性の材料で形成することによって、マイクロチャンバー14内においては、細胞の培養に伴うガス代謝が担保される。例えば、図1(b)に示されるように、高分子層18を通してマイクロチャンバー14内に外部から酸素(O)が導入され、また、二酸化炭素(CO)が排出される。また、高分子層18は、マイクロチャンバー14内における細胞の増殖の様子を視認することができるよう、光透過性であることが好ましい。また、基板16は、基板として機能するために必要十分な剛性を備えているものであればよく、例えば、ガラス板とすることができ、また、高分子層18と同じ材料によって形成されたプレートであってもよい。なお、高分子層18に対して流路12およびマイクロチャンバー14を画成するための凹部は、既存のリソグラフィー技術などを適宜用いて形成することができる。以上、本発明におけるモジュール10の基本構成について説明してきたが、次に、図2を参照しながら、本発明の方法において、細胞が単離される機構を説明する。
【0016】
図2は、モジュール10によって細胞が単離される機構を説明するための概念図である。図2(a)に示されるように、まず、流路12の一端に設けられた供給口Iから希釈された細胞培養液が導入され、流路12の他端に設けられた排出口Oに向かって送液される。本発明においては、細胞培養液を流路12に導入・送液する方法を特に限定するものではなく、例えば、マイクロポンプなどの駆動装置を用いて細胞培養液を圧送する他、毛細管力、重力、遠心力などの作用によってこれを行なうこともできる。流路12内に細胞培養液が送液されると、流路12内の空気が排出口Oから押し出され、そのかわりに細胞培養液によって複数のマイクロチャンバー14が形成された流路12が満たされる。図2(b)は、流路12およびマイクロチャンバー14が細胞培養液で満たされた状態を示す。さらに、流路12内に留まっている細胞培養液を排出口Oに向けて送液すると、余剰の細胞培養液は、流路12を通り排出口Oから排出され、そのかわりに流路12には空気が導入されるが、マイクロチャンバー14内には表面張力の作用によって細胞培養液が留まる。その結果、図2(c)に示すように、細胞Sが細胞培養液とともにマイクロチャンバー14にトラップされる。この細胞Sのトラップは、ポアソン分布に基づいて発生し、非常に高い確率でマイクロチャンバー14内に1つの細胞がトラップされる。図2(c)に示されるように、各マイクロチャンバー14は、空気の層によって隔離されているため、トラップされた細胞Sが他のマイクロチャンバー14に移動する虞がなく、結果的に細胞Sが単離されることになる。本発明においては、マイクロチャンバー14内に500pL〜5nLの細胞培養液が収容されるように構成することが好ましい。
【0017】
なお、上述した手順において、細胞Sのトラップをポアソン分布に基づいて発生させるためには、送液する細胞培養液を所定濃度まで希釈する必要がある。従来の限界希釈法を用いたマイクロプレートによる方法においては、マイクロプレートに播種する前に、0.01〜0.02個(細胞)/μL程度の濃度まで培養液を希釈する必要があり、この希釈工程が作業のスループットを低下させていたが、この点につき、上述した本発明においては、数個〜500個(細胞)/μL程度の濃度に希釈すれば充分であり、そのような濃度の培養液から高い確率で細胞を単離することができるため、作業性が格段に向上する。
【0018】
なお、本発明においては、マイクロチャンバー14の形状を特に限定するものではないが、マイクロチャンバーの形状が直方体状であると、直方体の角の部分に細胞が滞り易いため、デッドボリュームが生じやすい直方体ではなく、流線が滑らかな曲線を有する半円型とすることが、細胞単離の確度を向上させる上で好ましい。
【0019】
図2(d)は、図2(c)に示したモジュール10のX−X’線の断面図を示す。図2(d)に示されるように、マイクロチャンバー14は、光透過性の高分子層18で囲まれているため、その内部の様子を、顕微鏡などを用いて視認することができる。本発明においては、マイクロチャンバー14の大きさを細胞の大きさの10〜500倍程度にすることによって、顕微鏡の視野内に一つのマイクロチャンバー14を収めた場合に、該マイクロチャンバー14内に分取された1細胞を同時に視認することができるようにすることが好ましく、マイクロチャンバー14の大きさを90μm×60μm(W×L)〜600μm×400μm(W×L)とすることができる。このようにマイクロチャンバー14の大きさを規定することによって、細胞が実際にマイクロチャンバー14内に単離されているか否かを、顕微鏡を用いてリアルタイムに確認することができる。以上、本発明におけるモジュール10の物理的構成およびその機構について説明してきたが、本発明に用いるマイクロチャンバーアレイは、上述したモジュール10を複数含んで構成されることが好ましく、モジュール10を高集積化することが好ましい。本発明は、複数のモジュール10をどのような態様をもってアレイ化するかについて特に限定するものではない。以下、本発明を、遠心力の作用を利用して細胞培養液を送液するマイクロチャンバーアレイの実施の形態をもってより具体的に説明する。
【0020】
図3は、遠心力の作用を利用して細胞培養液を送液するマイクロチャンバーアレイ20の上面図を示す。図3に示されるように、マイクロチャンバーアレイ20は、円形状を有しており、その円の中心Cから放射線状に複数のマイクロチャンバーモジュール22(以下、モジュール22として参照する)が形成されている。モジュール22の中心C側の端部には、細胞培養液を導入するための供給部24が設けられており、モジュール22の円周側の端部には、細胞培養液を排出するための排出口26が設けられている。細胞の単離培養にあたっては、先ず、供給部24に対し細胞培養液をマイクロピペットなどを用いて滴下・導入したのち、マイクロチャンバーアレイ20をスピンコーター等に固定して、中心Cを回転中心として回転させる。本実施形態においては、マイクロチャンバーアレイ20の回転に伴って、モジュール22の流路内の細胞培養液に遠心力が作用するように構成されている。なお、図3においては、説明の便宜のため、マイクロチャンバーアレイ20上に8つのモジュール22を形成した例を示したが、より多くのマイクロチャンバーを形成するためには、モジュール22の集積度を向上させ、マイクロチャンバーアレイ20上により多くのモジュール22を形成することが好ましい。
【0021】
図4は、図3において破線で囲んだモジュール22を含む部分を拡大して示した図であり、図4(a)は、その上面図を示す。図4(a)に示されるように、モジュール22においては、供給部24から排出口26の間にジグザグ状の流路28が形成されている。図4(a)に示した供給部24に対してマイクロピペット等によって細胞培養液が滴下されると、毛細管力の作用で細胞培養液が供給部24および流路28に導入される。次に、マイクロチャンバーアレイ20を回転させることによって、図中の矢印CFが示す方向に遠心力が作用する。すると、導入された細胞培養液は、遠心力CFの作用を受け、流路28内を送液される。
【0022】
図4(a)の図面左上に拡大して示すように、流路28にはマイクロチャンバー30が流路28の円周側の側面に複数形成されており、細胞培養液が流路28内を送液される間に、細胞が各マイクロチャンバー30に一つずつトラップされ、流路28内に残存した余剰の細胞培養液は、最終的に排出口26から排出される。
【0023】
図4(b)は、図4(a)に示したモジュール22のX−X’線の断面図を示す。本実施形態においては、供給部24は、細胞培養液の導入口およびリザーバーとして機能しており、流路28に形成されるマイクロチャンバー30の容量の総和と同等の量の細胞培養液を一回の滴下で導入することができるようにその大きさを設計することが好ましい。また、細胞培養液の導入がスムースになされるよう、供給部24の形状を逆テーパー形状にすることが好ましい。
【0024】
なお、マイクロチャンバー30に形成する流路パターンの形状については、図4(a)に示したようなジグザグ状に限定するものではなく、種々の設計変更が想定される。たとえば、供給部24と排出口26との間を直線的に連通する流路パターンを採用することもできる。しかしながら、その場合には、一つの流路に形成できるマイクロチャンバー30が少なくなるため、図4(a)に示したようなジグザグ状の流路パターンを形成した場合と同等の処理量を担保するためには、より多くの流路を形成しなければならなくなり、また、それらの流路一つ一つに細胞培養液を導入しなければならないため作業が煩雑化する。したがって、本実施形態においては、作業のスループットに鑑み、一つの流路により多くマイクロチャンバーを形成すること、すなわち、一つの流路をできるだけ長く形成することが好ましい。図4(a)に示したジグザグ状の流路は、この点に鑑みて設計された迂回構造の一態様にすぎない。このような流路の迂回構造は、遠心力の作用によって細胞培養液が滞ることなく好適に送液されることが可能になるパターンであればよく、また、流路の側面に形成されたマイクロチャンバーに細胞がトラップされるよう、遠心力が作用する方向に対して所定の傾きを持った流路パターンであることが好ましい。本実施形態においては、上述したジグザグ形状の他にも渦巻き形状など種々のパターンを採用することができる。以上、本発明の細胞培養方法における、細胞を単離する工程について説明してきたが、次に、単離された細胞を培養する工程について説明する。
【0025】
上述したマイクロチャンバーアレイを用いて細胞を単離したのち、単離された細胞は、そのまま引き続いて同じマイクロチャンバーアレイ内で増殖培養される。しかしながら、このままの状態では、マイクロチャンバー内の水分が、流路の両端に供給部および排出口として設けられた開口および高分子層を介して蒸発してしまう。この点に鑑み、本発明の細胞培養方法においては、細胞を単離したのちのマイクロチャンバーアレイを高湿度雰囲気下に静置してインキュベートする。ここで、高湿度雰囲気とは、細胞培養の至適温度下において、マイクロチャンバーに分注された培養液の蒸発を防止するために必要十分な高さの湿度を意味し、その湿度は、60%以上、好ましくは、70〜100%である。なお、本発明は、高湿度条件の実装方法について特に限定するものではなく、当業者であれば水蒸気を発生させることができる機構について種々の構成を想定することができるであろう。以下、高湿度条件の実装の一態様について、図5を参照して説明する。
【0026】
図5は、本発明に用いることのできる細胞培養装置40の断面図を示す。細胞培養装置40は、開閉自在な密閉容器42と、台座44と、マイクロチャンバーアレイ46とを含んで構成されている。密閉容器42は図示しない開閉部材を備えており、細胞の単離を終えたマイクロチャンバーアレイ46を密閉容器42に入れた後、密閉することができるように構成されている。密閉容器42内部の底面には台座44が立設されており、台座44の上にマイクロチャンバーアレイ46を静置することができるようになっている。さらに、密閉容器42内部の底面には、マイクロチャンバーアレイ46を濡らさない程度の水位をもって無菌の純水48が貯留されている。細胞培養装置40内の空気は、純水48が蒸発することによって飽和水蒸気圧に保持されるため、マイクロチャンバーアレイ46が高湿度雰囲気下に置かれ、図示しないマイクロチャンバーに分注された培養液の蒸発が好適に防止される。
【実施例】
【0027】
以下、本発明の細胞培養方法について、実施例を用いてより具体的に説明を行なうが、本発明は、後述する実施例に限定されるものではない。
【0028】
(マイクロチャンバーアレイの作製)
最初に、シリコンを用いてマイクロチャンバーアレイの鋳型を作製した。シリコンウエハー上に、厚膜フォトレジスト(SU-8 50)をスピンコートし、65℃で5分、95℃で15分加熱後、作製するマイクロチャンバーアレイの凹部形状のパターンを描画したフォトマスクを介して、UVを照射して厚膜フォトレジストを光硬化させた。次に、上記シリコンウエハーを65℃で2分、95℃で4分加熱後、現像液に浸して未重合の余分なレジストを除去し、これをエアーガンによって風乾して鋳型とした。この鋳型に対しポリジメチルキロキサン(PDMS)のプレポリマー(ダウコーニング製シルガード184)を流し込み、熱硬化させた。硬化したPDMSシートを鋳型から取り出して、後述するリザーバーの部分に貫通孔を形成した後、凹部が形成されたシート表面に対し当該シートと同じ形の平滑なガラス板を張り合わせ、閉じたチャンバー構造を備えたマイクロチャンバーアレイを作製した。
【0029】
図6は、本実施例で作製したマイクロチャンバーアレイの上面図を示す。直径10cm、厚さ2mmの円形状のPDMSシートの内部に、幅100μm、深さ40μmの流路を24個、ディスクの中心から円周方向へ向けてジグザグに形成した。各流路の円周側の側面に、幅180μm、長さ120μmのマイクロチャンバーを100μm程度の間隔を空けて連続的に形成した。各流路の両端には、直径2mmのリザーバーを設け、それぞれ溶液の注入口及びエアベントとした。特に、ディスクの中心側のリザーバーと流路の接合部は、逆テーパー形状を持たせることにより、遠心力による注入時に完全に溶液が流入できるように作製した。
【0030】
(細菌懸濁液の調製)
大腸菌株DH5αの培養は、LB培地(水に対し1% Tryptone、1% yeast extract、0.5% NaClを溶解し、pH7.5に調整後、滅菌して使用)を用いて、37℃、約12時間行った。この培養液のODはおよそ1程度であることを確認し、10,000倍に希釈して使用した。
【0031】
(細菌の単離)
上述した手順で作製したマイクロチャンバーアレイのディスク中心側の各リザーバーに対して予め形成しておいた貫通孔から、上述した手順で調整した細菌培養液1μLを添加した。細菌培養液の添加後、マイクロチャンバーアレイのディスクをスピンコーター(共和理研社製K-359 S-1、東京)に固定し、3,000rpmで30秒回転させて遠心力を用いた送液を行った。これにより、各リザーバーに添加した培養液が全て流路中に送液され、さらに、マイクロチャンバー以外の部分に残存した液体がディスク円周側の各リザーバーに予め形成しておいた貫通孔から排出された。その結果、房状に並んだ各マイクロチャンバー中に微小量の培養液(約500pl)とともに大腸菌の1細胞が分注されていることを生物顕微鏡により確認した。図7は、マイクロチャンバー50内に大腸菌の1細胞が単離されている様子を示す生物顕微鏡写真である。図7において、○で囲んで示したものが単離された大腸菌52である。
【0032】
(マイクロチャンバーアレイを用いた1細胞からの培養)
各マイクロチャンバー中に微小量の培養液とともに大腸菌の1細胞が分注されたマイクロチャンバーアレイを、予め底部に水をはった容器の中に設けた台座の上に水に触れないように静置したのち当該容器を密閉した。容器内の湿度を100%近くにした状態で37℃でインキュベートし、1細胞からの培養を行った。
【0033】
図8は、培養を開始して24時間後のマイクロチャンバー50内の様子を示す生物顕微鏡写真である。図8に示されるように、マイクロチャンバー50に分注された培養液の中には大腸菌のコロニー54が形成されており、同様のコロニーがマイクロチャンバーアレイ上に1000以上確認された。
【産業上の利用可能性】
【0034】
以上、説明したように、本発明によれば、1細胞からの細胞培養を簡便に且つ高集積度をもって行なう方法及び該方法に用いられる細胞培養装置が提供される。本発明の細胞培養方法によって、細胞培養における作業性が向上し、生化学系の研究コストが低減されることが期待される。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】本発明の細胞培養方法に用いられるマイクロチャンバーアレイに搭載されるマイクロチャンバーモジュールを示す概念図。
【図2】マイクロチャンバーモジュールによって細胞が単離される機構を説明するための概念図。
【図3】遠心力の作用を利用して細胞培養液を送液するマイクロチャンバーアレイの上面図。
【図4】図3において破線で囲んだマイクロチャンバーモジュール22を含む部分を拡大して示した図。
【図5】本発明の細胞培養装置の断面図。
【図6】本実施例で作製したマイクロチャンバーアレイの上面図。
【図7】マイクロチャンバーに大腸菌の1細胞が単離されている様子を示す生物顕微鏡写真。
【図8】培養を開始して24時間後のマイクロチャンバー内の様子を示す生物顕微鏡写真。
【符号の説明】
【0036】
10…マイクロチャンバーモジュール、12…流路、14…マイクロチャンバー、16…基板、18…高分子層、20…マイクロチャンバーアレイ、22…マイクロチャンバーモジュール、24…供給部、26…排出口、28…流路、30…マイクロチャンバー、40…細胞培養装置、42…密閉容器、44…台座、46…マイクロチャンバーアレイ、48…純水、50…マイクロチャンバー、52…大腸菌、54…大腸菌のコロニー


【特許請求の範囲】
【請求項1】
気体透過性の高分子層と基板とによって画成され、複数のマイクロチャンバーが長手方向に沿って配設された流路を備えるマイクロチャンバーアレイを用いて細胞を単離培養する方法であって、
前記流路の一端から細胞培養液を導入し、前記流路の他端に向けて前記細胞培養液を送液することによって、前記マイクロチャンバー内に1細胞を分取する工程と、
前記マイクロチャンバー内に1細胞が分取されたマイクロチャンバーアレイを高湿度雰囲気下に静置してインキュベートする工程とを含む方法。
【請求項2】
前記細胞培養液の送液は、遠心力の作用を利用して行なわれる、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記高分子層は、光透過性である、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
請求項1に記載の細胞を単離培養する方法に用いる細胞培養装置であって、
気体透過性の高分子層と基板とによって画成され、複数のマイクロチャンバーが長手方向に沿って配設された流路を備えるマイクロチャンバーアレイと、
前記マイクロチャンバーアレイが静置される密閉容器と、
前記密閉容器の内部を高湿度雰囲気に保持するための水蒸気発生部とを
含む細胞培養装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2009−106169(P2009−106169A)
【公開日】平成21年5月21日(2009.5.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−279545(P2007−279545)
【出願日】平成19年10月26日(2007.10.26)
【出願人】(598123138)学校法人 創価大学 (49)
【出願人】(800000080)タマティーエルオー株式会社 (255)
【Fターム(参考)】