説明

マイクロ波照射による酵素失活方法

【課題】 酵素失活対象物の温度上昇を抑制しつつ、耐熱性の低い熱可塑性樹脂等高分子材料にも好適に使用でき、簡便な酵素失活方法を提供すること。
【解決手段】 酵素失活対象物を乾燥させる第一の工程と、乾燥させた酵素失活対象物にマイクロ波を照射してタンパク分子を切断する第二の工程とからなることを特徴とする酵素失活方法とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酵素失活対象物の温度上昇を抑制しつつ、マイクロ波を照射してペプチド結合等の切断を生じさせることによる酵素失活方法に関する。
【背景技術】
【0002】
医療や生物学実験の分野においては、実験器具等の表面にDNA分解酵素、RNA分解酵素等が付着することにより、コンタミネーション等による実験の失敗などの様々な問題につながることがある。このため、これらの医療器具や実験器具には必要に応じて適切な酵素失活処理を行う必要がある。
酵素失活方法にはいくつかの手法が存在するが、従来からの酵素失活方法には、圧力容器内に酵素失活対象物を入れ、高圧スチームにより酵素を失活させるオートクレーブが用いられている。
【0003】
オートクレーブを使用することによる酵素失活方法では通常、1.5気圧の飽和水蒸気によって温度を121℃に上昇させ、15〜20分間処理することで酵素失活処理を行う。熱によってタンパク質の高次構造が破壊され、特徴的な折りたたみ構造を失うことにより変性し、酵素は触媒作用を失い失活する。
しかしながら、オートクレーブ酵素失活処理では高圧蒸気を使用するため酵素失活対象物は金属、ガラス等に限られ、耐熱性の低い高分子材料や紙などには使用できない。また、RNA分解酵素等、熱などに対して非常に安定で破壊されにくい酵素については、オートクレーブ酵素失活処理では完全に失活させることはできない。
【0004】
特許文献1には、超臨界状態の二酸化炭素と酵素含有液状食品とを接触させることを特徴とする液状食品の酵素失活方法について記載されている。二酸化炭素は、73.8気圧の臨界圧力をかけると、臨界温度31.1℃という比較的低温で超臨界流体となることから、常温によって酵素を失活させることが可能となっている。
しかしながら、二酸化炭素を超臨界状態にするためには高い圧力をかける必要があり、大がかりな設備を必要とするため、機器の設置コストが高く、構成が複雑になるという問題がある。また、超臨界状態の二酸化炭素と接触させるためには、酵素失活対象物が果汁、生酒等の液状食品等でなければならず、熱可塑性樹脂等の容器や器具等の表面に付着した酵素の失活処理を行うことはできないという問題もある。
【0005】
特許文献2には、液体の供給口と取り出し口を設け、通電ユニットを備えた装置に酵素含有液状食品を通液することによって通電処理を行うことを特徴とする酵素失活方法について記載されている。通電処理は数秒程度の短時間で済み、上昇する温度も65℃〜90℃と比較的低温であり、かつ、酵素失活対象物の温度が上昇している時間も短くすることが可能となっている。
しかしながら、二酸化炭素を超臨界状態にする程の大がかりな設備は必要とはしないが、通電ユニットが必要になる等、ある程度構成が複雑になるという問題は解決されていない。また、酵素失活対象物が果汁、生酒等の液状食品等でなければならず、電気を通すことができないため、熱可塑性樹脂等の容器や器具等の表面に付着した酵素の失活処理を行うことはできないという問題も解決されていない。
【0006】
【特許文献1】特開平7−170965号公報
【特許文献2】特開2005−80562号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の課題は、酵素失活対象物の温度上昇を抑制しつつ、耐熱性の低い熱可塑性樹脂等高分子材料にも好適に使用でき、簡便な酵素失活方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、乾燥条件下においてもタンパク分解酵素、DNA分解酵素、RNA分解酵素等の酵素がマイクロ波の照射を受けることにより、そのペプチド結合等が切断される現象を見出し、本発明に至った。
【0009】
請求項1に係る発明は、酵素失活対象物を乾燥させる第一の工程と、乾燥させた酵素失活対象物にマイクロ波を照射してタンパク分子を切断する第二の工程とからなることを特徴とする酵素失活方法に関する。
【0010】
請求項2に係る発明は、前記第一の工程が、除湿空気乾燥、真空減圧乾燥、凍結乾燥のいずれか1種又は2種以上であることを特徴とする請求項1に記載の酵素失活方法に関する。
【0011】
請求項3に係る発明は、前記第二の工程においてマイクロ波を10〜20分連続照射することを特徴とする請求項1または2いずれかに記載の酵素失活方法に関する。
【0012】
請求項4に係る発明は、前記第二の工程において、マイクロ波を前記連続照射後に、15〜30分休止して10〜20分連続照射することを1単位とする間欠操作を1回以上行うことを特徴とする請求項3に記載の酵素失活方法に関する。
【0013】
請求項5に係る発明は、前記酵素失活対象物の温度が、前記第一の工程、および前記第二の工程を通して80℃以下であることを特徴とする請求項1乃至4いずれかに記載の酵素失活方法に関する。
【発明の効果】
【0014】
請求項1に係る発明によれば、第一の工程により酵素失活対象物を乾燥させた後に、第二の工程でマイクロ波を照射し、酵素等タンパク質のペプチド結合等を切断することから、酵素失活対象物の温度上昇を抑制しつつ簡便な方法にて酵素を失活させることができる。温度上昇を抑制することができるため、酵素失活対象物として耐熱性の低い熱可塑性樹脂等高分子材料を選択することができる。酵素失活対象物を乾燥させ水分を取り除いた後にマイクロ波照射による酵素失活処理を行うことから、処理後の悪臭や汚水の発生を防止することができる。熱による酵素の失活ではなく、マイクロ波照射によるペプチド結合等の切断による失活であるため、耐熱性が高い酵素、例えばRNA分解酵素も温度上昇を抑制しつつ失活させることができる。
【0015】
請求項2に係る発明によれば、第一の工程において、除湿空気乾燥、真空減圧乾燥、凍結乾燥のいずれか1種又は2種以上の乾燥方法を使用することから、酵素失活対象物の温度を上昇させることなく、より効率的に酵素失活対象物を乾燥させることができる。
【0016】
請求項3に係る発明によれば、第二の工程におけるマイクロ波照射の連続照射時間が10〜20分であることから、より短時間で酵素失活処理を行うことができる。
【0017】
請求項4に係る発明によれば、第二の工程において15〜30分休止する冷却時間を有する間欠操作を1回以上行うことから、酵素失活対象物の温度上昇を抑制しつつマイクロ波照射時間を多くし、より確実に酵素を失活させることができる。
【0018】
請求項5に係る発明によれば、第二の工程における酵素失活対象物の温度が80℃以下であることから、酵素失活対象物として耐熱性のより低い材料等にも好適に使用することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下、本発明に係る酵素失活方法について説明する。本発明に係る酵素失活方法は、酵素失活対象物を乾燥させる第一の工程と、乾燥させた酵素失活対象物にマイクロ波を照射させる第二の工程とからなる。
【0020】
まず、本発明における第一の工程について説明する。
本発明における酵素失活対象物は、マイクロ波照射対象物と該マイクロ波照射対象物が保持された容器、材料等の保持体とからなる。
【0021】
マイクロ波照射対象物は、タンパク分子、特にタンパク分解酵素、DNA分解酵素、RNA分解酵素等酵素を含有するものである。例えば、容器等保持体の酵素失活処理を目的とする場合は、マイクロ波照射対象物は容器に付着したタンパク分解酵素、DNA分解酵素、RNA分解酵素等である。容器等保持体以外の酵素失活処理を目的とする場合、例えば乾燥食品、医療用機具等の酵素失活処理を目的とする場合は、マイクロ波照射対象物は容器に保持された乾燥食品、医療用器具等であって、タンパク分解酵素、DNA分解酵素、RNA分解酵素等酵素が含有または付着されたものである。
【0022】
前記保持体は、上述のようにマイクロ波照射対象物を保持する容器、材料等である。
本発明に使用可能な保持体は、マイクロ波を使用できる物なら特に限定されず、例えば、高分子樹脂(ポリエチレン、PET、ポリプロピレン、ポリ塩化ビニル、ポリスチレン、ポリ酢酸ビニル、ABS樹脂、AS樹脂、アクリル樹脂、フェノール樹脂、エポキシ樹脂、ユリア樹脂、メラミン樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、ポリウレタン、ポリアセタール、ポリイミド、ポリカーボネート、変性ポリフェニレンエーテル、ポリブチレンテレフタート等)、紙、布帛、耐熱性ガラス等を使用することができる。
本発明の特徴は酵素失活対象物の温度上昇を抑制し、高圧蒸気を使用することがないことであるため、保持体としては耐熱性の低い熱可塑性樹脂(ポリエチレン、PET、ポリプロピレン、ポリ塩化ビニル、ポリスチレン、ポリ酢酸ビニル、ABS樹脂,AS樹脂,アクリル樹脂等)を使用することが好ましい。
一方、マイクロ波を照射するとスパークが発生することから、金属類、金属類の装飾を施した陶器、漆器類については保持体として好適に使用することはできない。
【0023】
本発明に係る第一の工程に使用する乾燥方法は、酵素失活対象物の温度上昇を抑制する本発明の目的から、乾燥工程においても酵素失活対象物の温度上昇を伴わない方法が好適に用いられる。例えば天日自然乾燥、送風乾燥、除湿空気乾燥、真空減圧乾燥、凍結乾燥、吸着乾燥等が挙げられる。特に、酵素失活対象物の乾燥速度に優れるため、除湿空気乾燥、真空減圧乾燥、凍結乾燥を使用するのが望ましい。上記乾燥方法を使用しての酵素失活対象物の乾燥は、夫々の乾燥方法を実現するために市販されている機械、装置等を使用することによって行うことができる。
一方、酵素失活対象物の温度上昇を伴う乾燥方法、例えば、熱風乾燥、噴霧乾燥、間接加熱乾燥、遠赤外線加熱乾燥、マイクロ波加熱乾燥、太陽熱利用乾燥、フライ乾燥、過熱水蒸気乾燥等は、本発明に係る乾燥方法としては好適には使用することはできない。
【0024】
本発明における乾燥させるとは、第一の工程後のマイクロ波照射対象物の水分が1wt%以下にすることであり、より好ましくは0.01wt%以下にすることである。第二の工程で酵素失活対象物の温度上昇を抑制することができ、酵素失活後の悪臭や汚水の発生を防止することができるからである。
【0025】
次に、本発明に係る第二の工程について説明する。
第二の工程は、第一の工程により乾燥された酵素失活対象物にマイクロ波を照射する工程である。酵素失活対象物にマイクロ波を照射することによりタンパク分子表面、あるいは内部に存在している結合水が電磁波のエネルギーを吸収し活性化することにより、タンパク分子内のペプチド結合等の切断が生じ、タンパクの立体構造が崩壊するため、水分子を取り除いたとしても酵素失活対象物の酵素失活処理が可能となる。
【0026】
第二の工程で使用することのできるマイクロ波の周波数は、100MHz〜100GHzであり、より好適に使用できるのは100MHz〜10GHzである。より効率的にタンパク分子内に存在している結合水に電磁波を吸収させ活性化させることによって、タンパク分子内のペプチド結合等の切断を生じさせるためである。100MHz未満の場合、および100GHzを超える場合は、タンパク分子内に存在している結合水に電磁波を十分に吸収させることができないため好ましくない。
【0027】
第二の工程において、マイクロ波を酵素失活対象物に照射する時間は、10〜20分であることが好ましい。10分未満であると、タンパク分子内に存在している結合水に電磁波を十分に吸収させることができないことによって結合水が十分に活性化せず、タンパク分子内のペプチド結合等の未切断部分が存在し、酵素失活対象物の酵素失活処理が十分ではないため、また20分を超えると酵素失活対象物の温度が上昇し、保持体が熱可塑性樹脂等の場合は熱変形する可能性があるため、好ましくないからである。
【0028】
酵素失活処理時間を20分を超えて行う場合は、第二の工程におけるマイクロ波の照射を、例えば10分〜20分照射後15〜30分休止し、さらに10〜20分照射する等、間欠操作を行う。間欠操作を行うことにより、酵素失活対象物の温度上昇を抑制しつつ、酵素失活処理時間を長くすることができ、より確実な酵素失活処理を行うことができる。
間欠操作において、マイクロ波連続照射時間は10分以上であることが望ましい。10分未満であるとタンパク分子内に存在している結合水が十分に活性化されず、かつマイクロ波照射効果は蓄積性ではないため、冷却期間を設けると間欠操作のサイクルを繰り返しても、タンパク分子内のペプチド結合等の切断が生じにくいからである。
容器等保持体の酵素失活処理を行う場合は、表面に付着したタンパク分解酵素、DNA分解酵素、RNA分解酵素等を失活させることができれば十分であることから、マイクロ波を10〜20分間の1回照射、または間欠操作を1回行うことが好ましい。酵素失活処理時間、処理費用等が増加するため、間欠操作を2回以上行うのは好ましくない。
一方、乾燥食品等の酵素失活処理を行う場合は、酵素等をより確実に失活させるため、複数回の間欠操作を行うのが好ましい。酵素失活対象物によって、間欠操作回数は適宜選択されるが、多くとも3回以内とすることが好ましい。間欠操作回数を4回以上行うと、酵素失活処理時間、処理費用等が増加し、温度が上昇し保持体が特に耐熱性の低い熱可塑性樹脂等の場合は、長時間の加熱のため熱変形する可能性があるため好ましくない。
【0029】
マイクロ波を照射する装置は特に限定されず、市販されているマイクロ波を照射する家庭用、及び工業用の装置を使用することができ、酵素失活対象物の種類、量によって適宜選択される。例えば、1度に処理する酵素失活対象物の量が少量の場合は、出力が1000W、照射するマイクロ波の周波数が2.45GHzの家庭用電子レンジ等が例示される。
【実施例】
【0030】
以下、実施例を示すことにより、本発明を明確に説明するが、本発明はこれらの実施例のみに限定されない。
【0031】
(実施例1)
プラスチック製容器に入れたプロテナーゼK(インビトロゲン社製)5μgを6区画準備し、真空凍結乾燥機(日立社製CE10)を用いて30分間凍結乾燥させ水を含む溶媒を取り除いた。その後、1000Wのマイクロ波発生装置(シャープ社製RE−SD50−S)を使用し、処理時間をそれぞれ、
(1)0分、(2)2分、(3)5分、(4)10分、(5)15分、(6)20分、
とし、2.45GHzのマイクロ波を照射した。マイクロ波照射後のプロテナーゼKを10μlの50mMTris(pH7.5)に溶解させ、プロテナーゼKの基質としてリゾチーム、トリプシンインヒビター、カルボニックアンヒドラーゼ、オポアルブミンをそれぞれ5μg加えた。プロテナーゼKの残存活性を検定するため、室温で10分間保温して基質を分解させた。
その後、反応液を等量のLoading液(2%SDS、20%ショ糖、100mMDTT)を加え、12.5%のポリアクリルアミドゲルを使用し、40mAで50分間、Laemmli法に基づいて電気泳動を行った。泳動後ゲルをクマシーブリリアントブルー液で染色し、残存する高分子量タンパクを可視化させた。結果を図1の写真に示す。
【0032】
図1の写真の通り、マイクロ波を照射していない(1)0分と、マイクロ波(2)2分、(3)5分間照射ではバンドが現れておらず、プロテナーゼKが失活せず基質タンパクが完全分解されていることから、マイクロ波の照射時間が不足していることによりタンパク分子内に存在している結合水が十分に活性化されず、ペプチド結合等が切断されていない旨を示している。
一方、マイクロ波照射(4)10分以降では基質タンパクのバンドが現れていることから、ペプチド結合等が切断され、プロテナーゼKが失活している旨を示している。このことは、乾燥タンパクに(4)10分以降マイクロを照射すると、タンパク分子内に存在している結合水が十分に活性化することによりタンパク分子内のペプチド結合等が切断されるためと考えられる。
【0033】
(実施例2)
プラスチック製容器に入れたプロテナーゼK(インビトロゲン社製)5μgを6区画準備し、真空凍結乾燥機(日立社製CE10)を用いて30分間凍結乾燥させ水を含む溶媒を取り除いた。その後、1000Wのマイクロ波発生装置(シャープ社製RE−SD50−S)を使用し、処理時間をそれぞれ、
(1)0分、(2)2分、(3)5分、(4)10分、(5)15分、(6)20分、
とし、2.45GHzのマイクロ波を照射した。マイクロ波照射後、酵素失活対象物の温度を測定した。温度測定結果を表1に示す。
【0034】
【表1】

【0035】
表1の通り、マイクロ波照射20分経過後においても、酵素失活対象物の温度が80℃以下であることを示しており、本発明に係る酵素失活方法は、酵素失活対象物の温度上昇を抑制することが可能な旨を示している。
【0036】
(比較例1)
プラスチック製容器に入れたプロテナーゼK(インビトロゲン社製)5μgを6区画準備し、真空凍結乾燥機(日立社製CE10)を用いて30分間凍結乾燥させ水を含む溶媒を取り除いた。
その後、乾熱アルミブロックヒータを用いて、
(7)無処理、
(8)30℃2分加熱処理、
(9)45℃5分加熱処理、
(10)60℃10分加熱処理、
(11)75℃15分加熱処理、
(12)80℃20分加熱処理、
を行った。加熱処理後のプロテナーゼKを10μlの50mMTris(pH7.5)に溶解させ、プロテナーゼKの基質としてリゾチーム、トリプシンインヒビター、カルボニックアンヒドラーゼ、オポアルブミンをそれぞれ5μg加えた。プロテナーゼKの残存活性を検定するため、室温で10分間保温して基質を分解させた。
その後、反応液を等量のLoading液(2%SDS、20%ショ糖、100mMDTT)を加え、12.5%のポリアクリルアミドゲルを使用し、40mAで50分間、Laemmli法に基づいて電気泳動を行った。泳動後ゲルをクマシーブリリアントブルー液で染色し、残存する高分子量タンパクを可視化させた。結果を図1の写真に示す。
【0037】
図1の写真の通り、加熱処理を行っていない(7)無処理と、(8)加熱処理2分と(9)5分では実施例1と同様、基質タンパクのバンドが現れておらず、プロテナーゼKが失活せず基質タンパクが完全分解されていることを示している。
(10)60℃10分加熱処理でも基質タンパクのバンドが現れておらず、プロテナーゼKが失活せず基質タンパクが完全分解されていることを示しているが、実施例1、実施例2より、(4)マイクロ波10分照射では酵素失活対象物の温度は(10)と同様60℃であるにも関わらず、プロテナーゼKが失活している。従って、図1の実施例1におけるプロテナーゼKの失活は、加熱処理によるタンパク分子の立体構造の崩壊によるものではなく、マイクロ波照射によるペプチド結合等の切断によるものであることが示されている。熱による酵素の失活ではなく、マイクロ波照射によるペプチド結合等の切断による失活であるため、耐熱性が高い酵素、例えばRNA分解酵素も比較的低温にて失活させることができる。
【0038】
(実施例3)
プラスチック製容器に入れたリゾチーム(14.3Kd)、トリプシンインヒビター(20.1Kd)、カルボニックアンヒドラーゼ(29Kd)、ナポアルビミン(45Kd)、血清アルブミン(66.4Kd)、フォスホリラーゼ(97.2Kd)の混合液を10区画準備し、真空凍結乾燥機(日立社製CE10)を用いて30分間凍結乾燥させ水を含む溶媒を取り除いた。その後、5区画については、1000Wのマイクロ波発生装置(シャープ社製RE−SD50−S)を使用し、処理時間をそれぞれ、
(1)0分、(2)2分、(3)5分、(4)10分、(5)20分、
とし、2.45GHzのマイクロ波を照射した。また、残りの5区画については、乾熱アルミブロックヒータを用いて、
(6)無処理、
(7)30℃2分加熱処理、
(8)45℃5分加熱処理、
(9)60℃10分加熱処理、
(10)80℃20分加熱処理、
を行った。
マイクロ波照射後、及び加熱処理後のプラスチック製容器に10μlの50mMTris(pH7.5)を加えて溶解させ、等量のLoading液(2%SDS、20%ショ糖、100mMDTT)を加えて12.5%のポリアクリルアミドゲルを使用し、40mAで50分間、Laemmli法に基づいて電気泳動を行った。泳動後ゲルをクマシーブリリアントブルー液で染色し、残存する高分子量タンパクを可視化させた。結果を図2の写真に示す。
【0039】
(6)〜(10)の20分までの加熱処理では、いずれの場合においても明確に各タンパク分子のバンドが現れており、分子量が低下しているバンドは認められない。
(5)20分間のマイクロ波の照射では、どの種類のタンパク分子も明確なバンドが現れず、分子量が低下していることが認められ、ペプチド結合等の切断が生じていることがわかる。一方、(10)加熱処理20分では、分子量が低下したバンドは認められない。
従って、マイクロ波照射によるタンパク分子内に存在する結合水の活性化によるペプチド結合等の切断は、加熱によるタンパク分子の立体構造の崩壊よりも効率よく、酵素を失活させることができることがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0040】
本発明の酵素失活方法は、酵素失活対象物を乾燥させてからマイクロ波を使用することから、酵素失活対象物の温度上昇を抑制することが可能であるため、耐熱性の低い熱可塑性樹脂、紙、布帛、乾燥食品、医療用機器等の酵素失活処理に好適に使用することができる。本発明の酵素失活方法は、熱による酵素の失活ではなく、マイクロ波照射によるペプチド結合等の切断による失活であるため、耐熱性が高い酵素、例えばRNA分解酵素の失活にも好適に使用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0041】
【図1】実施例1におけるマイクロ波照射後、及び比較例1における加熱処理後のプロテナーゼKの失活実験の電気泳動の写真である。
【図2】実施例3におけるマイクロ波照射後、及び加熱処理後の各種タンパクの電気泳動の写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酵素失活対象物を乾燥させる第一の工程と、乾燥させた酵素失活対象物にマイクロ波を照射してタンパク分子を切断する第二の工程とからなることを特徴とする酵素失活方法。
【請求項2】
前記第一の工程が、除湿空気乾燥、真空減圧乾燥、凍結乾燥のいずれか1種又は2種以上であることを特徴とする請求項1に記載の酵素失活方法。
【請求項3】
前記第二の工程においてマイクロ波を10〜20分連続照射することを特徴とする請求項1または2いずれかに記載の酵素失活方法。
【請求項4】
前記第二の工程において、マイクロ波を前記連続照射後に、15〜30分休止して10〜20分連続照射することを1単位とする間欠操作を1回以上行うことを特徴とする請求項3に記載の酵素失活方法。
【請求項5】
前記酵素失活対象物の温度が、前記第一の工程、および前記第二の工程を通して80℃以下であることを特徴とする請求項1乃至4いずれかに記載の酵素失活方法。

【図1】
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【図2】
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