説明

マイクロ流路内における流体の温度測定方法

【課題】マイクロ流路内に含まれる流体の温度を測定する方法を提供する。
【解決手段】流体を流すためのマイクロ流路と、前記流体の流量を測定する手段と、前記マイクロ流路の入口と出口の圧力を測定する手段と、前記圧力の差より前記流体の粘度と前記マイクロ流路内の温度を算出する手段、を有することを特徴とするマイクロ流路内の温度測定装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はマイクロ流路に含まれる流体の温度を測定するための装置および方法に関する。
【背景技術】
【0002】
化学および生化学反応の経過や結果を確認するために温度、濃度、成分などの所望の情報を得ることは分析化学および工業化学の基礎的な事項であり、それらの情報の取得を目的としたさまざまな装置およびセンサが発明されている。それらの装置やセンサは、精密加工や半導体製造装置などを利用してより小型化され、所望の情報を得るまでの全ての工程をマイクロデバイス上にて実現するという、マイクロ・トータル・アナリシス・システム(μ−TAS)またはラブオンチップと呼ばれるコンセプトが確立しつつある。これは、採取された未精製検体や原料となる物質をマイクロデバイス中に形成された流路や微小空間を通過させることにより検体精製や化学反応などの工程を経て、最終的な検体中に含まれる成分の濃度や化学合成物などを得ることを目標とするものである。また、これらの分析や反応を司るマイクロデバイスは、必然的に微小量の溶液や気体を扱うことから、マイクロ流体デバイスと呼ばれることが多い。
【0003】
従来技術のデスクトップサイズの分析機器と比較すると、マイクロ流体デバイスを用いることによってデバイス内に含まれる流体は低容量化されるため、必要試薬量の低減および分析物量の微量化による反応時間の短縮が期待される。このようなマイクロ流体デバイスの利点が認知されるにつれて、μ−TASに関わる技術開発が進んでいる。
【0004】
一方、デスクトップサイズの分析機器では課題とならなかった事柄が新たな技術課題となることも認識されている。その一つに、マイクロ流路内を流れる流体の温度を測定することが挙げられる。温度情報は、的確な酵素反応や化学反応が進行しているか、における重要なパラメータであり、マイクロ流体デバイス内において実行される反応についても同様である。ところが、デスクトップサイズの分析機器では、熱電対を流体に接触させることにより容易に温度が測定できたが、マイクロ流路においては流路寸法の小ささから熱電対を挿入することは困難なため、温度情報を得ることが困難になる。
【0005】
マイクロ流路内の温度測定に対して、流路内にクロメルなどの熱電対となる金属薄膜を配置して、温度を測定する方法が開示されている(特許文献1参照)。また、流体に非接触に温度を測定する方法として、蛍光色素を含んだ流体に対する蛍光強度の温度依存性を利用した測定方法がある(非特許文献1参照)。一般に、蛍光色素は温度が上昇すると、量子効率が低下するため蛍光強度も低下する。そのため、特定の温度における蛍光強度を測定することによりその温度を推定することができる。
【0006】
さらに、特定の温度における化学反応を利用した温度測定方法として、遺伝子の融解温度を利用した方法が開示されている(特許文献2参照)。あらかじめ融解温度が設定された遺伝子が含まれる流体におけるインターカレータ蛍光色素の消光を計測することにより、流体の温度が特定できる。また、物質の相変化を利用した方法が開示されている(特許文献3参照)。特定の温度で、固相から液相に変化する温度が一定温度を保ちつつ変化する性質を利用して測定する方法である。遺伝子の融解温度や相変化は、設定された温度において物質の構造が急激に変化するため、特定の温度であることを確認する方法として有効である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2006−130599号公報(第6項、図1)
【特許文献2】米国特許20070026421号公報(第2項、図4a)
【特許文献3】米国特許6974660号明細書(第2項、図1)
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】David Ross, Michael Gaitan and Laurie E.Locascio,“Temperature Measurement in Microfluidic Systems Using a Temperature−Dependent Fluorescent Dye,” Analytical Chemistry, 2001, Vol.73, No.17, pp4117−4123
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
前記金属薄膜をマイクロ流路内に配置する方法において、製造工程が複雑になり、かつ特殊な製造装置が必要になるという課題がある。また、前記蛍光色素の発光強度を利用した温度測定方法は、発光強度を正確に観測するための光学機器が必要になるという課題がある。さらに、遺伝子の融解温度や相変化を利用する温度測定方法は、変化が生じている特定の温度を確認するためには有効だが、任意の温度を測定するには不適である。また、遺伝子や配合を調節した化学物質が必要であるなど、測定試料の準備に手間がかかるという課題がある。
【0010】
本発明は、このような背景技術を鑑みてなされたものであり、マイクロ流路内における任意の温度を、複雑な製造工程を経ることのない、高価な光学機器を必要としない、測定試料の準備に手間がかからない温度測定方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記の課題を解決する温度測定装置は、流体を流すためのマイクロ流路と、前記流体の流量を測定する手段と、前記マイクロ流路の入口と出口の圧力を測定する手段と、前記圧力の差より前記流体の粘度と前記マイクロ流路内の温度を算出する手段、を有することを特徴とする。
【0012】
上記の課題を解決するための温度測定方法は、マイクロ流路内を流れる流体の流量を測定する工程と、マイクロ流路の入口と出口の圧力を測定する工程と、流体の粘度を算出する工程と、マイクロ流路内の温度を算出する工程、を有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明は、マイクロ流路内の温度を、マイクロ流体内を流れている流体の粘度に基づいて算出する測定方法を提示する。マイクロ流路内部に構造物を形成する必要がなく、マイクロ流体デバイスの製造工程が簡略化されるという効果を有する。
【0014】
また、粘度を算出するため、液体から発せられる光を検出するための高価な光学機器を必要としないという効果を有する。
【0015】
さらに、既存の流体を測定に使用できるため、測定するための流体の準備を必要とせず、簡便に測定できるという効果を有する。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の温度測定装置を示す概念図である。
【図2】流体における温度と粘度の相関を表す概念図である。
【図3】流体における温度と粘度の相関を表す概念図である。
【図4】本発明の温度測定装置を用いた一実施態様を示す概念図である。
【図5】本発明の温度測定装置で流体デバイスの温度分布測定をするための一実施態様を示す概念図である。
【図6】本発明の温度測定装置でマイクロ流体デバイス内の温度を測定する一実施態様を示す概念図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0018】
本発明に関わる温度測定装置は、流体を流すためのマイクロ流路と、前記流体の流量を測定する手段と、前記マイクロ流路の入口と出口の圧力を測定する手段と、前記圧力の差より前記流体の粘度と前記マイクロ流路内の温度を算出する手段、を有することを特徴とする。
【0019】
前記流体は、あらかじめ粘度と温度の相関が測定され、粘度と温度の関係が一対一に定まることが好ましい。
【0020】
前記流量を測定する手段は、シリンジ、シリンジポンプ、マイクロ流路の内部または外部に配置されたフローセンサであることが好ましい。
【0021】
前記圧力を測定する手段は、マイクロ流路の内部または外部に配置された圧力センサであることが好ましい。
【0022】
前記入口および出口は、前記マイクロ流路を含むマイクロ流体デバイスの表面に配置され、前記マイクロ流路に連通するポートであり、特定の入口と出口が一対一に対応していることが好ましい。
【0023】
前記マイクロ流路が、互いに非混和な複数の流体のそれぞれを注入する複数の注入用流路を有し、注入地点より下流にある一点において前記複数の注入用流路が合流する流路であることが好ましい。
【0024】
本発明に関わる温度測定方法は、マイクロ流路内を流れる流体の流量を測定する工程と、前記マイクロ流路の入口と出口の圧力を測定する工程と、前記流体の粘度を算出する工程と、前記マイクロ流路内の温度を算出する工程、を有することを特徴とする。
【0025】
前記流体と非混和な液滴を前記マイクロ流路の一部に含むことが好ましい。
【0026】
前記マイクロ流路において、互いに非混和な複数の流体のそれぞれが層流を形成し、少なくとも1つの層における温度を測定することが好ましい。
【0027】
本発明は、マイクロ流路内の温度を流体に接触または非接触に測定する方法である。マイクロ流路においては、通常およそ2000以下のレイノルズ数を示すため、マイクロ流路内の流れは、層流であるといえる。このとき、ある圧力差を有する半径rの毛管状の流路内に流体の流れが存在するとき、その圧力差はハーゲンポワズイユの式、
ΔP = 8ηLV / πr4
に従う。ここで、ΔPは圧力差、ηは流体の粘度、Lは流路の長さ、Vは体積流量である。通常、流路長Lは既知または容易に測定することができ、体積流量Vは流路に注入または流路から排出される流体の量を測定することができる。さらに、マイクロ流路の注入口および排出口の圧力を測定し、ΔPを求めることができる。よって、上記の式から、流路を通過する流体の粘度が算出できる。
【0028】
次に、流体の性質として、その粘度は温度に依存することが知られている。一般に液体に関しては温度の上昇とともに粘度は低下し、気体に関しては温度の上昇とともに粘度は上昇する。ここで、生物系のアプリケーションにおけるマイクロ流路内の反応は0℃〜100℃に限定されることが多いので、この温度範囲において、液体の粘度は一様に低下するため、粘度と温度の関係は一対一に定まる。
【0029】
また、オイルの温度と粘度の相関に関しては、以下のWalther−ASTMの式が知られ、
log10 log10 (ν+0.7)=n-mlog10 T
に従う。ここで、Tは絶対温度、νは動粘度、m、nは物質ごとに異なる係数である。動粘度は、粘度ηを密度で割ったものである。つまり、特定のオイルにおいて粘度が既知であるならば、温度を算出できる。なお、市販されている多くの種類のオイルはその粘度・温度特性が知られていることが多い。特に40℃と100℃の温度に対する粘度は代表的な特性値として使われるので、この2つの温度より係数のmおよびnを求められる。
【0030】
さらに、オイル以外の流体に対しても、特定温度の粘度は、粘度計を用いて測定することが可能であり、測定したい流体の温度と粘度の相関を予め得ることができる。よって、特定の流体において粘度が既知であれば、温度を求めることが可能である。
【0031】
本発明は、上記の原理を利用して、既知の粘度と温度の相関を有する流体をマイクロ流路に注入し、粘度を算出することによりマイクロ流路内の温度を測定する。図1は本発明の温度測定装置の一実施態様を示す概念図である。以下、図1を用いて詳細に説明する。
【0032】
マイクロ流体デバイス10はマイクロ流路11を有し、マイクロ流路11はポート12と13を通じて外部と連通している。ポート12にはチューブ17により圧力計14と接続されている。さらに、シリンジ15は内部に流体16を含み、圧力計14に接続している。マイクロ流体デバイス10の下に位置する温度調整装置18は、流体16がマイクロ流路11に注入されたときに、任意の温度を作成する装置である。
【0033】
マイクロ流体デバイス10の材質は、ガラス、セラミック、プラスチック、半導体またはそれらのハイブリッドなど特に限定を設ける必要はないが、流体16を吸収したり、流体16と反応を生じる材質でなければよい。さらに、高温度などの特殊な環境にて設置される場合には、それらへの耐性も考慮する必要がある。
【0034】
マイクロ流路11は、レイノルズ数がおよそ2000以下となる寸法が望ましい。ポート12および13は、加工のさいにドリルで穴を開けて形成されるため、円形になることが多いが、その寸法や形状は特に限定はない。チューブ17は、ポート12に対し接着剤や粘着性テープなど任意の方法により固定されていればよい。また、圧力計14との接続に対しても、チューブ17を圧力計14にスクリューで固定したり、チューブ17を圧力計のアウトレット部分にはめ込むことにより固定されるものでもよく、その固定方法は限定されない。
【0035】
圧力計14は、マイクロ流体デバイス10に対して図1ではチューブにより接続されているが、圧力計14のアウトレットが直接マイクロ流体デバイス10に接続されていてもよい。特に、圧力センサをマイクロ流体デバイスで作製した場合には、圧力計14がマイクロ流路11の入口に位置してもよい。
【0036】
シリンジ15は、圧力計14を通じてマイクロ流路11へ流体16を供給するものであり、その注入量が測定できる目盛りが添付されているものが好ましい。ただし、より高い精度で体積流量が必要であるならば、シリンジポンプやフローセンサを用いて流量を計測してもよい。
【0037】
温度調整装置18は任意の温度を作成することができるいかなる装置でもよく、例えばホットプレートやペルチェ素子などが挙げられる。さらに、マイクロ流体デバイス10の底面に金属層を作成し、その金属層に電流を流すことにより温度を設定してもよい。
【0038】
流体16は温度と粘度の相関が既知の流体である。これは、図2に示されるように、温度に対する粘度が一意的に定まる流体であればよく、一般に液体は温度の上昇に伴い粘度が低下し、気体は温度の上昇に伴い粘度も上昇する。この相関は、市販の粘度計を用いて測定することができる。図2はある流体に対し、特定の温度23に対する粘度は22となるように、温度と粘度が一対一に対応しているときの、流体の温度に対する粘度変化を曲線21で示したものである。ほぼ全ての流体が粘度の温度依存性を示すことから、市販の粘度計で測定できる範囲において、本発明による温度測定方法はほぼ全ての流体に対して利用することが可能である。
【実施例】
【0039】
以下、実施例を示し本発明をさらに具体的に説明する。なお、以下の実施例は本発明をより詳細に説明するための例であって、実施形態は以下の実施例のみに限定されない。
【実施例1】
【0040】
実施例1において、図3のような温度と粘度の相関が判明しているオイルを図1における流体16としてマイクロ流路内の温度を測定する方法を説明する。
【0041】
図1における流体16は、図3のような温度・粘度の相関を有するとする。オイルは、自動車のエンジンオイルなど、温度変化に対する粘度の変化が大きいことが知られ、その指標は、粘度指数として知られている。この粘度指数の違いにより、曲線31や曲線32のような異なる温度・粘度の相関を得ることができる。そして、特定の温度34における粘度が33であるように、温度と粘度の関係が一対一に定まる。
【0042】
図1において、流体16はシリンジ15により加圧され、圧力計14で測定された圧力を有してマイクロ流路11へと供給される。一方ポート13は大気に開放されているため、圧力は測定している環境における大気圧であり、ポート12との圧力差が求められる。また、体積流量はシリンジ15の目盛りを読むことで得られ、より詳細な流量はシリンジポンプで設定された流量を注入してもよい。
【0043】
さらに、マイクロ流路11の長さ、半径または寸法はマイクロ流体デバイス10を製造するときに既知であることから、ハーゲンポワズイユの式を用いて粘度が算出できる。さらに、Walther−ASTMの式において、通常粘度が明らかになっている40℃および100℃の値を用いて係数mおよびnを求めておく。これらのm、nの値と計測から得られた粘度を動粘度に換算した値から、Walther−ASTMの式を用いて温度を算出することができる。
【0044】
いま、温度が1℃変化するごとに粘度は5%程度変化するオイルをマイクロ流路11へ注入するとする。高精度の粘度計はおよそ1%の精度を有することから、温度と粘度の相関は粘度の1%の変化に対して信頼できるものであり、1%の粘度変化とは約0.2℃の変化に相当する。つまり、マイクロ流路内における前記のオイルを注入し、圧力変化を測定する方法は、約0.2℃の温度分解能を有することを意味している。また、オイルは複数種類を混和させたりすることにより、種々の粘度指数を有するオイルを準備することができるため、所望の温度分解能で温度測定が可能になる。
【0045】
このように、本発明は光学的測定を利用せずに簡便な装置によりマイクロ流路内の温度を測定することが可能である。
【実施例2】
【0046】
実施例2において、流体がオイルでないときの温度の測定方法を説明する。
【0047】
図1における流体16は水であり、図2のような温度と粘度の相関を有する。図2のような相関は、粘度計を用いることによって、1%程度の分解度で測定することが可能である。
【0048】
図1において、流体16はシリンジ15により加圧され、圧力計14で測定された圧力を有してマイクロ流路11へと供給される。一方ポート13は大気に開放されているため、測定環境下の大気圧である。このとき、ポート12、13の圧力差が求められる。また、体積流量はシリンジ15の目盛りを読むことでわかる。
【0049】
さらに、マイクロ流路11の長さ、半径または寸法はマイクロ流体デバイス10を製造するときに既知であることから、ハーゲンポワズイユの式から粘度が算出できる。このときの粘度をあらかじめ測定しておいた温度との相関と照合することにより、マイクロ流路内の温度を算出することが可能になる。
【0050】
一般に液体状態の水の粘度は1.002mPa・s(20℃)および0.3150mPa・s(90℃)であり、70℃でおよそ70%の変化を示す。特に粘性の変化が大きい10℃〜40℃の範囲であれば、1%/℃以上の変化があると考えられる。この範囲では、高精度の粘度計であれば、1%程度の誤差範囲で計測できることから、1℃の範囲で流路内の温度を測定できることになる。つまり、水が主成分を占めるバッファーなどにおいて、1℃の範囲内で反応を行うさいには、水を用いて予めマイクロ流体の温度を校正することが可能である。
【0051】
このようにマイクロ流路内を1℃程度の範囲に保つ必要がある例として、マイクロ流路内における細胞培養が挙げられる。細胞培養は通常37℃付近の温度で、通常は恒温装置内で行われるが、マイクロ流路内の温度は測定できていない。本発明の方法を用いることにより、細胞培養を行う場所の温度環境を計測し、それに適した恒温装置の設定にすればよい。
【実施例3】
【0052】
図4を用いて、マイクロ流路内に含まれる液滴の温度を測定する方法を説明する。
【0053】
マイクロ流体デバイス40は、内部にマイクロ流路41を有し、ポート42と43を通じて外部と連通している。また、チューブ44がポート42に接続され、さらに圧力計およびシリンジに接続され流体がマイクロ流路41内に供給される。液滴45は互いに流体と混和しない成分で構成されている。
【0054】
流体はシリンジにより加圧され、圧力計で測定された圧力を有してマイクロ流路41へと供給される。一方ポート43は大気に開放されているため、測定環境下における大気圧であり、ポート42との圧力差が求められる。また、体積流量はシリンジの目盛りを読むことで求められる。
【0055】
マイクロ流路41の長さ、半径または寸法はマイクロ流体デバイス40を製造するときに既知であることから、ハーゲンポワズイユの式を用いて粘度が算出できる。さらに、Walther−ASTMの式、または予め測定しておいた流体の粘度と温度の関係から、温度を算出することができる。
【0056】
例えば、液滴45を水、それを取り囲む流体がオイルであるとすると、液滴45の温度はオイルの温度で近似できる。液滴の体積は流路の体積に対して十分小さければよく、特に限定はない。このような系を利用する一例として、エマルジョンPCRが考えられ、液滴内の遺伝子を設定された温度領域のサイクルにより増幅させる手法が挙げられる。
【実施例4】
【0057】
図5を用いて、任意の流体デバイスにおける面温度分布を簡便に測定する方法を説明する。半導体デバイス表面などは、赤外線を用いた放射温度計により、デバイス表面の温度分布を計測することが可能だが、内部に流路を有する流体デバイスでは、流路の温度を直接測定することが困難であった。
【0058】
マイクロ流体デバイス50は、内部にマイクロ流路51、52を有し、それぞれポート53、54および55、56を通じて外部と連通している。マイクロ流路51、52は例えば、デバイスの両端に近い位置に図示されているが、任意の位置に配置されてよい。
【0059】
流体はシリンジにより加圧され、圧力計で測定された圧力を有してマイクロ流路51、52へと供給される。一方ポート54、56は大気に開放すると、測定環境下における大気圧となり、それぞれポート53と55との圧力差が求められる。また、体積流量はシリンジの目盛りを読むことで得られる。
【0060】
さらに、マイクロ流路51,52の長さ、半径または寸法はマイクロ流体デバイス50を製造するときに既知であることから、それぞれの流路における流体の粘度が算出できる。最後に、流体がオイルであればWalther−ASTMの式から、または予め粘度と温度の相関を測定した流体であればその関係から、温度を特定することができる。
【0061】
このように、内部に流路を有するデバイスにおいても、本発明の温度測定方法を利用することによりデバイス温度の面分布を測定することができる。
【実施例5】
【0062】
図6を用いて、マイクロ流路内における流体の温度をリアルタイムに測定する方法を説明する。
【0063】
図6は、マイクロ流体デバイス60の上面図である。マイクロ流体デバイス60は、温度測定流体70を含み、温度測定流体70はポート66から注入用流路62を通じてメインの流路61へと流れる。一方、温度測定流体70と互いに混和しない流体71は、ポート68から注入用流路64を通じてメインの流路61へと達する。メインの流路61において、温度測定流体70と流体71は合流するが、互いに非混和でありいづれもレイノルズ数が低い状態のため、層流を保つ。また、層流の状態をより安定的に保つために、温度測定流体70と流体71の界面付近の流路底面にガイドを作成してもよい。温度測定流体70と流体71は混和せずにそれぞれの排出用流路63および65へと流れ、ポート67および69を通じてマイクロ流体デバイス60の外部へと流れる。
【0064】
いま、温度測定流体70はシリンジにより規定の流量がポート66へ注入され、流体70と安定的な層流を形成しているとする。ポート66にて圧力を測定し、ポート67は大気に開放されているとすると、ポート66と67の間の圧力差が求まる。注入用流路62、メインの流路61、排出用流路63の寸法は既知であることから、温度測定流体70の粘度が算出できる。求められた温度測定流体の粘度と、粘度と温度の相関から、温度が一意的に定まる。
【0065】
流体71はメインの流路61にて、温度測定流体70に接していることから、温度測定流体70によって示される温度が流体71の温度を近似していると考えられる。具体的には温度測定流体70にミネラルオイル、流体71は水系のバッファー溶液であれば、混合することなく層流が形成される。さらに、水系のバッファー溶液である流体71の温度を直接測定せずに、粘度の温度依存性がバッファー溶液より高いミネラルオイルである温度測定流体70を観測するため、より精度が高い温度測定が可能になる。
【0066】
このように、本発明における温度測定方法を用いることにより、マイクロ流路における流体の温度を流体に接しながらも流体の流れの状態を阻害することなく温度を測定することができる。
【産業上の利用可能性】
【0067】
本発明は、マイクロ流路内の流体の温度を測定することができるので、化学合成、環境分析、臨床検体分析を実施するためのマイクロ流体デバイスやキャピラリ内の温度測定および温度校正に利用することができる。
【符号の説明】
【0068】
10 マイクロ流体デバイス
11 マイクロ流路
12、13 ポート
14 圧力計
15 シリンジ
16 流体
17 チューブ
18 温度調整装置
21 粘度・温度曲線
22 粘度
31、32 粘度・温度曲線
33 粘度
34 温度
40 マイクロ流体デバイス
41 マイクロ流路
42、43 ポート
44 チューブ
45 液滴
50 マイクロ流体デバイス
51、52 マイクロ流路
53、54、55、56 ポート
60 マイクロ流体デバイス
61 メインの流路
62、64 注入用流路
63、65 排出用流路
66、67、68、69 ポート
70 温度測定流体
71 流体

【特許請求の範囲】
【請求項1】
流体を流すためのマイクロ流路と、前記流体の流量を測定する手段と、前記マイクロ流路の入口と出口の圧力を測定する手段と、前記圧力の差より前記流体の粘度と前記マイクロ流路内の温度を算出する手段、を有することを特徴とするマイクロ流路内の温度測定装置。
【請求項2】
前記流体は、あらかじめ粘度と温度の相関が測定され、粘度と温度の関係が一対一に定まる温度範囲にあることを特徴とする請求項1に記載の温度測定装置。
【請求項3】
前記流量を測定する手段は、シリンジ、シリンジポンプ、マイクロ流路の内部または外部に配置されたフローセンサであることを特徴とする請求項1に記載の温度測定装置。
【請求項4】
前記圧力を測定する手段は、マイクロ流路の内部または外部に配置された圧力センサであることを特徴とする請求項1に記載の温度測定装置。
【請求項5】
前記入口および出口は、前記マイクロ流路を含むマイクロ流体デバイスの表面に配置され、前記マイクロ流路に連通するポートであり、特定の入口と出口が一対一に対応していることを特徴とする請求項1に記載の温度測定装置。
【請求項6】
前記マイクロ流路が、互いに非混和な複数の流体のそれぞれを注入する複数の注入用流路を有し、注入地点より下流にある一点において前記複数の注入用流路が合流する流路であることを特徴とする請求項1に記載の温度測定装置。
【請求項7】
マイクロ流路内を流れる流体の流量を測定する工程と、前記マイクロ流路の入口と出口の圧力を測定する工程と、前記流体の粘度を算出する工程と、前記マイクロ流路内の温度を算出する工程、を有することを特徴とするマイクロ流路内の温度測定方法。
【請求項8】
前記流体と非混和な液滴を前記マイクロ流路の一部に含むことを特徴とする請求項7に記載の温度測定方法。
【請求項9】
前記マイクロ流路において、互いに非混和な複数の流体のそれぞれが層流を形成し、少なくとも1つの層における温度を測定することを特徴とする請求項7に記載の温度測定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−132720(P2012−132720A)
【公開日】平成24年7月12日(2012.7.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−283382(P2010−283382)
【出願日】平成22年12月20日(2010.12.20)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】