説明

マイコプラズマ・ガリセプティカム培養用培地

【課題】マイコプラズマ・ガリセプティカム培養用培地のタンパク源として、動物由来原料を使用しないことで、動物由来原料使用に起因する病原微生物の伝播や物質汚染やBSE病原体混入の危険を回避し、以って、肉及び卵などの生産物を介してヒトが摂食して病原体に曝露される危険性をなくすること。
【解決手段】タンパク源が植物由来タンパク質であることを特徴とするマイコプラズマ・ガリセプティカム(Mycoplasma gallisepticum)培養用培地。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、タンパク源が植物由来タンパク質であるマイコプラズマ・ガリセプティカム(Mycoplasma gallisepticum)培養用培地に関する。当該培地は、マイコプラズマ・ガリセプティカムの純粋培養及び生菌数計測(集落数計測)に有用である。
【背景技術】
【0002】
家禽等の鳥類に感染するマイコプラズマ・ガリセプティカムを培養するための培地には、従来、タンパク源として獣肉エキス、鶏肉ブイヨン、牛乳由来カゼイン等の動物由来原料を含むペプトン水に、マイコプラズマ・ガリセプティカムの成育に必須の血清成分を含めた添加物として、動物血清、酵母エキス、塩類及び糖類を加えた液体培地や寒天固化培地が用いられてきた(例えば、非特許文献1参照。)。マイコプラズマ・ガリセプティカムを培養する培地にタンパク源として添加されてきた、これらの獣肉エキス、鶏肉ブイヨン、牛乳由来カゼイン等は、動物の生産物や臓器から浸出あるいは抽出した物質である。培養したマイコプラズマ・ガリセプティカムは、それが家禽等の鳥類に感染して当該鳥類が発病するのを防止及び軽減するためのワクチンを製造するためにも使用されるほか、ヒトや動物の診断薬等にも使用される。
【非特許文献1】農林省家畜衛生試験場 外1監修「技術の手引き6 鶏の呼吸器 性マイクロプラズマ病 再版」(昭和47年1月30日)日本獣 医師会p.50−53
【0003】
ところが近年、前記のタンパク源としての原料が由来する動物特に反芻動物から人に伝播性がある牛海綿状悩症(BSE)病原体が発見された。そして、BSE病原体を含む動物原料を培地として培養されたマイコプラズマ・ガリセプティカムから製造されたワクチンには、BSE病原体混入のおそれがあって、それが家禽等にワクチンとして接種されると、肉及び卵などの生産物を介してヒトが摂食して病原体に曝露される危険性がある。さらに、動物由来原料には、一般的にみて、病原微生物の伝播や物質汚染の危険性が大きい。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
そこで、本発明の目的は、マイコプラズマ・ガリセプティカム培養用培地のタンパク源として、動物由来原料を使用しないことで、動物由来原料使用に起因する病原微生物の伝播や物質汚染やBSE病原体混入の危険を回避し、以って、肉及び卵などの生産物を介してヒトが摂食して病原体に曝露される危険性をなくすることである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者等は、マイコプラズマ・ガリセプティカム培養用培地にタンパク源として存在させるタンパク質を、従来の動物原料由来タンパク質から植物原料由来タンパク質に代替しても、従来のものと同等以上にマイコプラズマ・ガリセプティカムが良好に増殖することを見出し、本発明を完成するに至った。すなわち、本発明は、タンパク源が植物由来タンパク質であることを特徴とするマイコプラズマ・ガリセプティカム培養用培地に関するものである。
【0006】
本発明において使用される植物原料由来タンパク質の原料としては種々のものがあるが、大豆、そら豆、えんどう豆等の豆類が特に好ましい。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
以下、本発明の具体的な実施形態を説明する。
【0008】
精製水中に、非加熱ニワトリ血清が1〜20容積%、大豆精製物を微生物由来酵素で分解した「ポリペプトンN」(日本製薬社製)及び/又は脱脂大豆を微生物由来酵素で分解した「ポリペプトンNS」(日本製薬社製)が合計で0.1〜10重量%、粉末酵母エキスが0.1〜10重量%、塩化ナトリウムが0.1〜10重量%、ブドウ糖が0.1〜10重量%となるように加え、それに水酸化ナトリウムを加えて弱酸性から弱アルカリ性(pH6.0〜8.0)となるように調整し、ろ過あるいは高圧蒸気滅菌した液体、ないしは、これに寒天を加えて固形化したものを、マイコプラズマ・ガリセプティカム培養用培地とする。本発明において、重量%はw/v%を表すものとする。
【0009】
1.液体培地における増殖性の比較
<材料と方法>
本発明培地、本発明培地の「ポリペプトンN」に替えて牛乳カゼイン由来タンパクを酵素分解した「ポリペプトン」(日本製薬社製)を同濃度で加えた培地(以下「動物原料培地」ということがある。)及び20容積%ウマ血清加変法PPLO培地(ウシ心臓浸出液を含む栄研化学社製ハートインフュージョンブイヨン25.0g/1,000mL、粉末酵母エキス0.5重量%、ブドウ糖0.5重量%、以下「PPLO培地」ということがある。)に、それぞれ、10重量%水酸化ナトリウムを加えて、pH7.3±0.1及びpH7.8±0.1に調整したものを被検培地とした。なお、「変法」の語句を付加したのは、本発明培地と比較するために、通常のウマ血清加PPLO培地ではブドウ糖0.1重量%とされるところ、ブドウ糖0.5重量%としたためである。
【0010】
マイコプラズマ・ガリセプティカム1RF株種菌をpH7.3±0.1に調整した本発明培地に接種した。
【0011】
37℃で24時間静置培養して元培養菌液を作成した。元培養菌液をそれぞれの被検培地に1/100量を接種した。
【0012】
接種後16時間目と24時間目、以後12時間目ごとに培養液を採取し、生菌数を測定した。
【0013】
具体的な操作は下記のとおりである。
0.2μmのフィルターでろ過滅菌した本発明培地の2倍濃厚液体培地を調製した。この培地と別途121±2℃で滅菌した2重量%バクト寒天(Bacto Agar)とをそれぞれ恒温槽において45〜50℃に保温した後等量混合し、混合液を直径60mmのプラスチック製ディスポ滅菌ペトリ皿に5mLを注いで固化した。固化後クリーンベンチ内に蓋を開いて転倒して1時間置いて乾燥し、生菌数計測寒天培地とした。
【0014】
採取した培養液を本発明液体培地で10−5まで10倍階段希釈し、各希釈10μLを5滴に分けて生菌数計測寒天培地上に滴下して接種した。階段希釈ごとにこれを2群作成し、接種した液が寒天に吸収された後、ペトリ皿を転倒して5容積%炭酸ガスインキュベータに収納した。収納後10日目に実体顕微鏡下で1滴当り10〜100個の集落を形成した希釈倍率の1群5滴の集落数を計測して合計し、10μL当りの集落数を求めた。同希釈倍率のもう1群の集落数を同様に求め、2群の集落数の平均を生菌数とした。
【0015】
<結果>
表1、表2、図1及び図2に生菌数の成績を示した。表1及び図1は、本発明培地、動物原料培地及びPPLO培地のpH7.3における増殖性を比較した表及び図面であり、表2及び図2は、本発明培地、動物原料培地及びPPLO培地のpH7.8における増殖性を比較した表及び図面である。
【0016】
【表1】

【0017】
【表2】

【0018】
pH7.3の本発明培地で培養するとき、接種後36時間目に最大生菌数4.5×10 cfu/mLとなった。動物原料培地では60時間目に1.9×10 cfu/mL、PPLO培地では72時間目に1.1×10 cfu/mLであった。
【0019】
pH7.8の本発明培地で培養するとき、接種後48時間目に最大生菌数9.3×10 cfu/mLとなった。動物原料培地では60時間目に3.1×10 cfu/mL、PPLO培地では96時間目に2.1×10 cfu/mLであった。
【0020】
本発明培地はいずれのpHでも、動物原料及びPPLO培地と比べ速やかな増殖が認められた。最大生菌数はPPLO培地には及ばないものの良好に増殖することが認められた。
【0021】
2.寒天培地における検出感度の比較
<材料と方法>
寒天培地を得るために、まず、0.2μmのフィルターでろ過滅菌した本発明培地、動物原料培地及びPPLO培地それぞれの2倍濃厚液体培地を調製した。この培地と別途121±2℃で滅菌した2重量%Bacto Agarとをそれぞれ恒温槽において45〜50℃に保温した後等量混合した。混合液を直径60mmのプラスチック製ディスポ滅菌ペトリ皿に5mLを注いで固化した後、クリーンベンチ内に蓋を開いて転倒して1時間置いて乾燥し、生菌数計測寒天培地とした。
【0022】
マイコプラズマ・ガリセプティカム1RF株種菌をpH7.3±0.2に調整した本発明培地に接種し、37℃で24時間静置培養して元培養菌液を作成した。元培養菌液を本発明培地に1/100量を接種し、16時間目、以後4時間目ごとに28時間目まで、次いで36時間目、以後6時間目ごとに48時間目まで採取した培養液を試料とした。
【0023】
試料を本発明液体培地で10−5まで10倍階段希釈し、各希釈10μLを5滴に分けて各寒天培地上に滴下して接種した。階段希釈ごとにこれを2群作成し、接種した液が寒天に吸収された後、ペトリ皿を転倒して5容積%炭酸ガスインキュベータに収納した。収納後10日目に実体顕微鏡下で1滴当り10〜100個の集落を形成した希釈倍率の1群5滴の集落数を計測して合計し、10μL当りの集落数を求めた。同希釈倍率のもう1群の集落数を同様に求め、2群の集落数の平均を生菌数とした。
【0024】
<結果>
表3及び図3に生菌数の成績を示した。図3は、本発明培地、動物原料培地及びPPLO培地の菌数測定培地検出感度を比較した図面である。
【0025】
【表3】

【0026】
本発明培地は動物原料培地及びPPLO培地と比べて、統計学的な差は認められないものの集落が多く観察され、検出感度が優れていることを確認した。
【0027】
3.マイコプラズマ・ガリセプティカムの他の2株(KP−13株及びS6株)の増殖性
<材料と方法>
マイコプラズマ・ガリセプティカムKP−13及びS6株について本発明液体培地における増殖性を確認した。
各株をpH7.3±0.2に調整した本発明の液体培地に種菌を接種し、37℃で24時間静置培養して元培養菌液を作成した。それぞれ元培養した菌液を連続して同培地に1/100量を接種した。
【0028】
接種後18時間目以降6時間ごとに培養液を採取して生菌数を測定した。
【0029】
0.2μmのフィルターでろ過滅菌した本発明2倍濃厚液体培地及び別途121±2℃で滅菌した2重量%バクト寒天をそれぞれ恒温槽において45〜50℃に保温した後等量混合した。混合液を直径60mmのプラスチック製ディスポ滅菌ペトリ皿に5mLを注いで固化した後、クリーンベンチ内に蓋を開いて転倒して1時間置いて乾燥し、生菌数計測寒天培地とした。
【0030】
採取した培養液を本発明液体培地で10−5まで10倍階段希釈し、各希釈10μLを5滴に分けて生菌数計測寒天培地上に滴下して接種した。階段希釈ごとにこれを2群作成し、接種した液が寒天に吸収された後、ペトリ皿を転倒して5容積%炭酸ガスインキュベータに収納した。収納後7日目に実体顕微鏡下で1滴当り10〜100個の集落を形成した希釈倍率の1群5滴の集落数を計測して合計し、10μL当りの集落数を求めた。同希釈倍率のもう1群の集落数を同様に求め、2群の集落数の平均を生菌数とした。
【0031】
【表4】

【0032】
本発明培地において、マイコプラズマ・ガリセプティカムKP−13株及びS6株においても増殖することを確認した。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】本発明培地、動物原料培地及びPPLO培地のpH7.3における増殖性を比較した図面である。
【図2】本発明培地、動物原料培地及びPPLO培地のpH7.8における増殖性を比較した図面である。
【図3】本発明培地、動物原料培地及びPPLO培地の菌数測定培地検出感度を比較した図面である。
【図4】本発明培地におけるマイコプラズマ・ガリセプティカムKP−13株及びS6株の増殖性を示した図面である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
タンパク源が植物由来タンパク質であることを特徴とするマイコプラズマ・ガリセプティカム(Mycoplasma gallisepticum)培養用培地。
【請求項2】
植物由来タンパク質が大豆タンパク質であることを特徴とする請求項1記載のマイコプラズマ・ガリセプティカム培養用培地。
【請求項3】
寒天を加えて固形化したことを特徴とする請求項1又は2記載のマイコプラズマ・ガリセプティカム培養用培地。
【請求項4】
精製水中に、大豆精製物及び/又は脱脂大豆を微生物由来酵素で処理したタンパク質0.1〜10重量%、粉末酵母エキス0.1〜10重量%、塩化ナトリウム0.1〜10重量%、ブドウ糖0.1〜10重量%及び動物血清1〜20容積%を存在させ、弱酸性から弱アルカリ性(pH6.0〜8.0)となるように調整したことを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載のマイコプラズマ・ガリセプティカム培養用培地。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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