説明

マウスニューモシスチス・カリニの検出方法

【課題】マウスカリニを誤検出や検出漏れを避けて高い感度で検出できるPCR用のプライマー及びプローブ、並びにマウスカリニを誤検出や検出漏れを避けて高い感度で検出できるマウスニューモシスチス・カリニの検出方法を提供する。
【解決手段】マウス肺から抽出したDNAを鋳型として、特定な配列からなる塩基配列の3’末端に含む最大40塩基のDNAからなるプライマーと、上記と異なる、特定な配列からなる塩基配列の3’末端に含む最大40塩基のDNAからなるプライマーとのセットを用いて、特定な配列からなる塩基配列において塩基番号25〜50の塩基配列を含む最大50塩基のDNAを備えるTaqmanプローブの存在下でPCRを行う工程と、蛍光を検出することによりDNA増幅を検出する工程とを含む、マウスニューモシスチス・カリニの検出方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マウスカリニ肺炎の原因菌を検出できるPCRプライマー及びプローブ、このPCRプライマーを含むセット、及びマウスニューモシスチス・カリニの検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
昨今、多くの研究施設において、免疫不全マウスにヒト細胞を移植したヒトモデルマウスが作製され、ヒトの疾患メカニズムの解明や医薬品開発に用いられていることから、免疫不全マウスの飼育頻度が増加している。中でもSCIDマウスは重度の免疫不全動物であり、日和見感染の危険に常に曝されている。中でもマウスニューモシスチス・カリニ(Pneumocystis carinii f.sp. muris)(以下、「マウスカリニ」と略称することもある。)は容易に空気感染し、症状が重篤になると死に至る。一旦カリニ肺炎が発生すると、マウス生産およびマウスを用いた実験に大きな打撃を与えることから、免疫不全マウスを多く飼育する施設では、感染症の中でも特にカリニ肺炎の発生に注意してモニタリングする必要がある。
【0003】
これまで、マウスカリニ検査の方法として、検査対象となる免疫不全マウスから無菌的に採取した肺組織、又は1ヶ月間免疫不全マウスと同じ環境で飼育した囮動物から採取した肺組織を検査機関に搬送し、PCRによるマウスカリニの検査を委託してきた。しかし、検査結果からは、カリニ肺炎予防又は治療薬であるトリメトプリム−スルファメトキサゾール(trimethoprim-sulfamethoxazole:ST)合剤投与後のマウスや、ブリーダーから購入直後のSCIDマウスにおいてもマウスカリニ陽性検体が検出されており、加えて免疫正常である囮マウスでも陽性反応が見られている。
【0004】
Vesterengらの報告によると(Vibeke H. Vestereng. et. al, The Journal of Infectious Diseases,189: 1540-4, 2004)、免疫不全動物がマウスカリニに感染した場合、30日後に肺組織で検出されたマウスカリニは1×103 copies/mg肺組織に達し、このレベルになると肺組織、または肺乳剤を用いた顕微鏡検査でもはっきりとシストを確認することができるようになり、またマウスの体重に減少が観察される等、カリニ肺炎の症状が観察されるようになる。カリニ肺炎感染の拡大を食い止めるためには、症状が現れる前の感染初期の状態を検出する必要がある。そのためには、感染初期の状態である1×102 copies/mg肺組織程度のマウスカリニDNAを検出することが必要である。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、マウスカリニを誤検出や検出漏れを避けて高い感度で検出できるPCR用のプライマー及びプローブ、並びにマウスカリニを誤検出や検出漏れを避けて高い感度で検出できるマウスカリニの検出方法を提供することを主な課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するために本発明者らは研究を重ね、以下の知見を得た。
(i) 被検マウス肺から抽出したDNAを鋳型として、配列番号1に示される塩基配列を3’末端に含む最大40塩基のDNAからなるプライマーと、配列番号2に示される塩基配列を3’末端に含む最大40塩基のDNAからなるプライマーとを用いて、Taqmanプローブ又は蛍光インターカレーターの存在下でPCRを行い、蛍光を検出することによりDNA増幅を検出すれば、1×102 copies/mg肺組織の感度でマウスカリニDNAを検出することができるとともに、マウスゲノム配列やその他の菌由来の配列などの誤検出や検出漏れが抑えられる。
(ii) 被検マウス肺抽出物中のDNA、又は被検マウス肺から抽出したDNAを鋳型として、配列番号1に示される塩基配列を3’末端に含む最大40塩基のDNAからなるプライマーと、配列番号2に示される塩基配列を3’末端に含む最大40塩基のDNAからなるプライマーとを用いた第1のPCRを行い、次いで、このPCR増幅産物を鋳型として、前述したVesterengらの文献に記載されたフォワードプライマーと、配列番号2又は配列番号3に示される塩基配列を3’末端に含む最大40塩基のDNAからなるリバースプライマーとを用いて第2のPCRを行い、第2のPCRの反応混合物を電気泳動に供してPCR増幅産物を検出することによっても、1×102 copies/mg肺組織の感度でマウスカリニDNAを検出することができるとともに、マウスゲノム配列やその他の菌由来の配列などの誤検出や検出漏れが抑えられる。
【0007】
本発明は、上記知見に基づき完成されたものであり、下記のプライマーなどを提供する。
項1. 配列番号1に示される塩基配列を3’末端に含む最大40塩基のDNAからなるプライマー。
項2. 配列番号2に示される塩基配列を3’末端に含む最大40塩基のDNAからなるプライマー。
項3. 配列番号3に示される塩基配列を3’末端に含む最大40塩基のDNAからなるプライマー。
項4. 配列番号6において塩基番号25〜50の塩基配列を含む最大50塩基のプローブ用DNA。
項5. 項4に記載のDNAの5’末端に蛍光物質が結合し、3’末端にクエンチャーが結合したプローブ。
項6. 項1に記載のプライマーと、項2に記載のプライマーとを備えるプライマーセット。
項7. 項1に記載のプライマーと、項2に記載のプライマーと、項5に記載のプローブとを備えるセット。
項8. マウス肺から抽出したDNAを鋳型として、項1に記載のプライマーと項2に記載のプライマーとのセットを用いて、項5に記載のプローブの存在下でPCRを行う工程と、蛍光を検出することによりDNA増幅を検出する工程とを含む、マウスニューモシスチス・カリニの検出方法。
項9. マウス肺から抽出したDNAを鋳型として、項1に記載のプライマーと項2に記載のプライマーとのセットを用いて、蛍光インターカレーターの存在下でPCRを行う工程と、蛍光を検出することによりDNA増幅を検出する工程とを含む、マウスニューモシスチス・カリニの検出方法。
項10. マウス肺抽出液中のDNA又はマウス肺から抽出したDNAを鋳型として、項1に記載のプライマーと項2に記載のプライマーとのセットを用いて第1のPCRを行う工程と、
第1のPCRの反応混合物中の増幅産物を鋳型として、配列番号5に示される塩基配列を3’末端に含む最大40塩基のDNAからなるプライマーと、項2に記載のプライマー又は項3に記載のプライマーとのセットを用いて第2のPCRを行う方法と、
第2のPCRの反応混合物を電気泳動に供してPCR増幅産物を検出する工程と
を含むマウスニューモシスチス・カリニの検出方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明方法によれば、1×102 copies/mg肺組織程度の高感度でマウスカリニDNAを検出することができる。従来のプライマーを用いた方法では、マウスカリニの検出感度が低かったために、マウスカリニがある程度増殖して初めてDNAを検出することができた。このため、投薬などによって感染拡大を阻止することが難しかった。これに対して、本発明方法を用いれば、高感度でマウスカリニを検出できるため、その後の投薬や隔離などにより感染拡大を阻止することができるようになった。
また、本発明方法は、マウスゲノム配列やその他の菌由来の配列を誤検出する等の擬陽性が抑えられており、また、マウスカリニが存在するにもかかわらずマウスカリニDNAを検出しない検出漏れも抑えられている。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下、本発明を詳細に説明する。
(I)プライマー・プローブ
本発明の第1のプライマーは、配列番号1に示される塩基配列(5’-GTAGAAAGACATGGGAAAGC-3’(DHFR-1F))を3’末端に含む最大40塩基のDNAからなるプライマーである。このプライマーの塩基数は、最大30であることが好ましく、最大25であることがより好ましい。5’末端に付加されることがある塩基配列は特に限定されず任意の配列とすることができる。第1のプライマーは、PCRにおいてフォワードプライマーとして使用できる。
本発明の第2のプライマーは、配列番号2に示される塩基配列(5’- CTTTATAGAGCTGTGCACCA -3’(DHFR-1R))を3’末端に含む最大40塩基のDNAからなるプライマーである。このプライマーの塩基数は、最大30であることが好ましく、最大25であることがより好ましい。5’末端に付加されることがある塩基配列は特に限定されず任意の配列とすることができる。第2のプライマーは、PCRにおいて、第1のプライマーと組み合わせるリバースプライマーとして使用できる。また、後述するNestedPCRの2回目のPCRにおいて、Vesterengらの文献に記載された後述するフォワードプライマーと組み合わせるリバースプライマーとしても使用できる。
【0010】
本発明の第3のプライマーは、配列番号3に示される塩基配列(5’- CTGTGCACCACCTATAACAA -3’(DHFR-2R))を3’末端に含む最大40塩基のDNAからなるプライマーである。このプライマーの塩基数は、最大30であることが好ましく、最大25であることがより好ましい。5’末端に付加されることがある塩基配列は特に限定されず任意の配列とすることができる。第3のプライマーは、後述するNestedPCRの2回目のPCRにおいて、Vesterengらの文献に記載された後述するフォワードプライマーと組み合わせるリバースプライマーとして使用できる。
本発明のプローブ用DNAは、配列番号6(5’-gacaaggaatacattgtgcaagatccttggatga tgctttagaa cttctgtcttgtatatatagttcagaaaat- 3’)において塩基番号25〜50の塩基配列を含む最大50塩基のDNAである。配列番号6の塩基番号25〜50の塩基配列は、配列番号4(5’ -CCTTGGATGATGCTTTAGAACTTCTG- 3’)に示される塩基配列である。本発明のプローブ用DNAの塩基数は、最大40であることが好ましく、最大30であることがより好ましい。配列番号6の塩基番号25〜50を中心として5’末端及び/又は3’末端の何れに付加配列が存在していてもよい。このDNAは、5’末端側にFAM (carboxyfluorescein) 、TET (tetrachlorocarboxyfluorescein)のような蛍光物質が結合し、3’末端にTAMRA (carboxytetramethylrhodamine) 、BHQ-1 (black hole quencher-1)のようなクエンチャーが結合したTaqmanプローブとして使用できる。
上記説明した本発明のプライマー及びプローブは、化学合成により容易に製造することができる。
【0011】
(2)マウスカリニの検出方法
(2-1)第1の方法
本発明の第1のマウスカリニの検出方法は、マウス肺から抽出したDNAを鋳型として、上記説明した第1のプライマーと、第2のプライマーとのセットを用いて、上記説明した本発明のTaqmanプローブ、又は蛍光インターカレーターの存在下でPCRを行う工程と、蛍光を検出することによりDNA増幅を検出する工程とを含む方法である。これにより、DNAが増幅していれば、Taqmanプローブの分解に伴う蛍光、又は2本鎖DNAに挿入されたインターカレーターの蛍光が検出される。
被検試料
対象となるマウスの種類は特に限定されない。免疫不全マウスに限らず、健常マウスも対象とすることができる。
無菌的にマウス肺を採取し、肺組織50 mgあたり100μLの0.2 mg/mL proteinase K溶液を加え組織を溶解後、95℃で10分間熱処理し、酵素を失活させる。この抽出液中のDNAを精製キット等を用いて精製後、DNA含量を測定し、PCRに用いることができる。
【0012】
PCR
PCR条件は、特に限定されず、PCR装置毎に最適条件を定めればよい。例えば、以下の条件が挙げられる。
・2本鎖DNAの1本鎖DNAへの熱変性:通常90〜100℃程度、好ましくは93〜95℃程度で、通常10秒間〜3分間程度、好ましくは15秒間〜1分間程度加熱する。
・アニーリング:通常50〜70℃程度、好ましくは55〜65℃程度で、通常10秒間〜3分間程度、好ましくは30秒間〜1分間程度加熱する。
・DNA伸長反応:通常50〜80℃程度、好ましくは55〜75℃程度で、通常10秒間〜3分間程度、好ましくは30秒間〜1分間程度加熱する。
アニーリングとDNA伸長反応は分けずに同時に行うことも可能である。
この反応を、通常15〜60サイクル程度、好ましくは30〜50サイクル程度行うことにより、目的DNAを検出可能な程度に増幅することができる。
PCR装置は、サーマルサイクラーと分光蛍光光度計とを備えるリアルタイムPCR装置であればよく、何れの装置でも用いることができる。
本発明のTaqmanプローブの反応液中の濃度は、40〜400 nM程度が好ましく、100〜400 nM程度がより好ましい。上記使用量であれば、DNA増幅を実用上十分な感度で検出できる。
また、Taqmanプローブに代えて、蛍光インターカレーターを用いる場合、蛍光インターカレーターとしては、例えば、SYBR GreenI、SYBR GreenII、SYBR Gold、オキサゾールイエロー、チアゾールオレンジ、エチジウムブロマイド、ピコグリーンなどの公知の試薬を用いることができる。
上記PCRにより蛍光が検出されれば、マウスカリニが存在していたと判断することができる。即ち、上記説明した本発明の第1のマウスカリニの検出方法は、マウスのカリニ肺炎感染の早期診断方法でもある。
【0013】
(2-2)第2の方法
本発明の第2のマウスカリニの検出方法は、マウス肺抽出液中のDNA又はマウス肺から抽出したDNAを鋳型として、上記説明した第1のプライマーと第2のプライマーとのセットを用いて第1のPCRを行う工程と、第1のPCRの反応混合物中の増幅産物を鋳型として、配列番号5に示される塩基配列(5’-TTCCGGCCTCTTAAAGGTCG-3’(Vestereng-F))を3’末端に含む最大40塩基のDNAからなるプライマーと、上記説明した第2のプライマー又は第3のプライマーとのセットを用いて第2のPCRを行う方法と、第2のPCRの反応混合物を電気泳動に供してPCR増幅産物を検出する工程とを含む方法である。
第2の方法では、NestedPCRを行うことにより特異性を上げることができるため、抽出したマウス肺DNAを精製・定量することなく、マウス肺抽出物をそのままPCRに供することができる。一般にマウスカリニ検査では、多数の検体を同時に測定する必要があるため、DNA抽出操作を省略できることは大きなメリットである。また、PCR反応混合物を電気泳動に供する簡単なDNA検出方法によっても、1×102copies/mgという高感度でDNAを検出することができる。このため、リアルタイムPCRのような高価な試薬は要さない。
なお、配列番号5に記載の塩基配列は、Vesterengらによりマウスカリニ検出用のフォワードプライマー配列として報告されているものである(Vibeke H. Vestereng. et. al, The Journal of Infectious Diseases,189: 1540-4, 2004)。配列番号5に示される塩基配列を3’末端に含む最大40塩基のDNAからなるプライマーは、最大30塩基であることが好ましく、最大25塩基であることがより好ましい。
【0014】
被検試料
対象となるマウスの種類は、第1の方法と同様、特に限定されない。第2の方法では、マウス肺抽出物をそのままPCRに供することができる。この場合、無菌的に採取したマウス肺組織50 mgあたり100μLの0.2 mg/mL proteinase K溶液を加え組織を溶解後、95℃で10分間熱処理し、酵素を失活させる。この抽出液を滅菌MilliQで10倍に希釈し、これを粗抽出液として直接第1PCR反応液に添加すればよい。
【0015】
PCR
PCR条件は、特に限定されず、PCR装置毎に最適条件を定めればよい。例えば、以下の条件が挙げられる。
<第1回PCR>
・2本鎖DNAの1本鎖DNAへの熱変性:通常90〜100℃程度、好ましくは93〜95℃程度で、通常10秒間〜3分間程度、好ましくは30秒間〜1分間程度加熱する。
・アニーリング:通常50〜70℃程度、好ましくは55〜65℃程度で、通常10秒間〜3分間程度、好ましくは30秒間〜1分間程度加熱する。
・DNA伸長反応:通常50〜80℃程度、好ましくは55〜75℃程度で、通常10秒間〜3分間程度、好ましくは30秒間〜1分間程度加熱する。
この反応を、通常10〜40サイクル程度、好ましくは20〜25サイクル程度行えばよい。
【0016】
<第2回PCR>
・2本鎖DNAの1本鎖DNAへの熱変性:通常90〜100℃程度、好ましくは93〜95℃程度で、通常10秒間〜3分間程度、好ましくは30秒間〜1分間程度加熱する。
・アニーリング:通常50〜70℃程度、好ましくは55〜65℃程度で、通常10秒間〜3分間程度、好ましくは30秒間〜1分間程度加熱する。
・DNA伸長反応:通常50〜80℃程度、好ましくは55〜75℃程度で、通常10秒間〜3分間程度、好ましくは30秒間〜1分間程度加熱する。
この反応を、通常10〜40サイクル程度、好ましくは20〜25サイクル程度行えばよい。
PCR装置は、ブロックタイプ、キャピラリータイプなどの市販の装置を使用できる。
さらに、PCR反応混合物をアガロースゲル電気泳動により分離し、エチジウムブロマイド、サイバーグリーンなどの核酸染色を行えばよい。
上記PCRにより分子量230 bp程度のバンドが検出されれば、マウスカリニが存在していたと判断することができる。この方法によっても、DNA濃度1×102copies/mg肺組織という高感度でマウスカリニDNAを検出できる。即ち、上記説明した本発明の第2のマウスカリニの検出方法は、マウスのカリニ肺炎感染の早期診断方法でもある。
【0017】
実施例
以下、実施例を示して、本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されない。
(1)従来のマウスカリニ検査1
従来、一般的にマウスカリニ検査に使用されているプライマー(Jessica A. C. Hunter. et al, The Journal of Eukaryotic Microbiology, Vol.43: 24S-25S, 1996)を作製し、カリニ肺炎に関して様々な状態にあると考えられるマウス検体の肺から抽出したDNAを用いて解析を行った。
肺からのDNAの抽出は、無菌的にマウス肺を採取し、適量の0.2 mg/mL proteinase K溶液を加え組織を溶解後、95℃で10分間熱処理し、酵素を失活させた。その抽出液から精製キットを用いてDNAを精製し、その含量を吸光度測定法を用いて測定、50 ng分をPCR反応に用いた。
PCR条件を以下に示す。
・2本鎖DNAの1本鎖DNAへの熱変性:94℃ 1.5分間
・アニーリング: 55℃ 1.5分間
・DNA伸長反応:72℃ 2分間
この反応を40サイクル行い、PCR反応混合物をアガロースゲル電気泳動により分離し、エチジウムブロマイドで染色、バンドを検出した。
ポジティブコントロールとして、マウスカリニ感染マウス検体を用いた。また、トリメトプリム−スルファメトキサゾール(ST)合剤を投与する前、投与2週間後、投与4週間後のマウス検体、マウスカリニに感染していないと考えられるネガティブコントロールとして日本チャールスリバー(CRJ)から購入した直後のSCIDマウス(CRJ-SCID)、株式会社フェニックスバイオの施設のクリーンルーム外で4または6日間飼育したSCIDマウスを使用した。
電気泳動の結果を図1に示す。ポジティブコントロールでは、380bpにマウスカリニ由来と思われる濃いバンドが観察された。その他の検体については、検出されたバンドに多少の強弱はあるものの、全ての検体で陽性と思われるバンドが確認された。カリニ肺炎治療薬であるST合剤投与前後で陽性バンドに変化が見られないこと、また、ネガティブコントロールであるCRJ-SCIDマウスからもカリニ陽性バンドが検出されたことから、このプライマーによって検出されるバンドが擬陽性である可能性が高いと考えられる。
このため、次に、検出されたバンドのDNAシーケンス解析を行った。
【0018】
(2)従来のマウスカリニ検査1で検出されたバンドのDNA塩基配列
ダイレクトシーケンス法により、バンドのDNA配列の解析を行った。結果を図2に示す。データベースに登録されていたマウスカリニDNA配列と相同性を比較したところ、ポジティブコントロールで検出されていたDNAはその高い相同性(100%の一致)からマウスカリニDNAであることが確認できた。一方、その他の検体はマウスカリニとの相同性は非常に低く、決定したDNA配列をデータベースで検索したところマウスのゲノムの一部であることが分かった。
以上のことから、Jessicaらのプライマーはカリニ検査に適さないと考えられた。
【0019】
(3)従来のマウスカリニ検査2
Jessicaらの方法よりも感度も特異性も高いReal-Time PCR法を用いた論文 (Quantitative Real-Time Polymerase Chain-Reaction Assay Allows Characterization of Pneumocystis Infection in Immunocompetent Mice. Vibeke H. Vestereng,et al. 2004) を参考に、同じプライマーを作製してReal-Time PCRを行った。
この論文ではマウスカリニのdihydrofolate reductase(DHFR)遺伝子上にプライマーを設計し、2つのプローブを用いた定量性PCR法により、マウスカリニの検出を行っている。上記論文によれば、この方法を用いると1×103 copies/mg肺組織の精度でカリニ肺炎を検出できる。
【0020】
本実施例では、様々な感染状態にある(コピー数の明らかな)肺DNAを入手するため、CRJ-SCIDカリニ肺炎非感染マウス肺50ng(肺組織0.1 mg相当)に、マウスカリニ陽性DNAを鋳型として、DHFR-1FとDHFR-1Rとのプライマーセットを用いたPCRで増幅したdihydrofolate reductase (DHFR)遺伝子をカリニstandardとしてそれぞれ1×101〜1×106コピー分添加した。この方法を用いると、1×101コピーを添加した場合、検出感度は1×101コピー/50 ngDNAということになる。50 ngDNAは0.1 mg肺組織に相当するので肺組織あたりに換算すると1×102コピー/mg肺組織ということになる。肺組織からのDNAの抽出は(1)と同様にして行った。
PCRは、SYBR Greenを用いてApplied Biosystem社製7500 Real Time PCRシステムを用いて行った。 PCR条件は以下の通りである。
・混入DNAのウラシル-DNAグリコシラーゼ(UNG)による分解反応:50℃ 2分間
(上記反応は、PCR産物のキャリーオーバーを防ぐために行った。)
・UNGの分解失活反応:95℃ 10分間
・2本鎖DNAの1本鎖DNAへの熱変性:95℃ 15秒間
・アニーリング・DNA伸長反応:62℃ 1分間
この反応を40サイクル行った。
【0021】
結果を図3に示す。SYBR Greenの系では検出限界1×102 copies/50 ngDNA(1×103 copies/mg肺組織)の精度で測定が可能であった。カリニ肺炎の感染を初期に検出するためには、1×102 copies/mg肺組織での検出感度が必要であるが、ネガティブコントロールと1×101 copies/50 ngDNA(1×102 copies/mg肺組織)の差が見られずバックグラウンドが高いため、これ以上感度を上げることは不可能と判断された。
SYBR Greenの系に代わりTaqmanプローブの系も検討したが、結果の再現性が低く実用化は不可能と判断した(データは示さない)。
【0022】
(4)マウスカリニ肺炎PCR解析の確立
そこでVesterengらの報告したプライマーの周辺に新たに、以下の2つのPCR用のプライマーを設計した。
DHFR-1F: 5’-GTAGAAAGACATGGGAAAGC-3’(配列番号1)
DHFR-1R: 5’-CTTTATAGAGCTGTGCACCA-3’ (配列番号2)
また、配列番号4(5’-CCTTGGATGATGCTTTAGAACTTCTG- 3’)のDNAの5’末端に蛍光物質FAMが結合し、3’末端にクエンチャーTAMRAが結合したTaqMan Probeを設計した。
また、Nested PCRは、Vesterengらの論文中で使われたVestereng-F: 5’-TTCCGGCCTCTTAAAGGTCG-3’ (配列番号5)とDHFR-1R、または、新たに設計したDHFR-2R: 5’-CTGTGCACCACCTATAACAA-3’ (配列番号3)とを用いた。
また、マウスカリニ陽性DNAを鋳型として、DHFR-1FとDHFR-1Rとのプライマーセットを用いたPCRでdihydrofolate reductase (DHFR)遺伝子の増幅を行い、これをカリニstandardとして用いた。
これらを用いて、以下のようにして、TaqManプローブを使用したReal-Time PCRの系と、DNA粗抽出液を使用した半定量的PCRの系の2つを検討した。
【0023】
(4-1) Real-Time PCRの系の確立
CRJ-SCIDマウス肺から精製したDNAに任意の量添加した上記カリニstandardを鋳型として、DHFR-1FとDHFR-1RのプライマーとTaqMan Probeを用いてReal-Time PCRを行った。PCRは、Applied Biosystem社製7500 Real Time PCRシステムを用いて行った。PCR条件は以下の通りである。
・混入DNAのUNGによる分解反応:50℃ 2分間
・UNGの分解失活反応:95℃ 10分間
・2本鎖DNAの1本鎖DNAへの熱変性:95℃ 15秒間
・アニーリング・DNA伸長反応: 60℃ 1分間
この反応を50サイクル行った。
また、上記カリニstandardを用いて標準曲線を作成した。結果を図4に示す。standardを再現性よく測定することができた。また、この方法の検出限界は1×102 copies/mg肺組織であった。
本発明方法による実際のマウスカリニ検査に供する検体は、PCR反応に用いるDNAのほとんどがマウス由来でありその中にわずかに含まれるマウスカリニDNAを高感度で検出しなければならない。マウスカリニstandardのみを用いて検量線を引くことも可能であるが、この場合、大部分を占めるマウスDNAによるPCR反応の阻害を反映することができない。そこで、これを回避するため、非感染動物のTotal DNAに任意のコピー数のマウスカリニDNAを添加することで様々な感染状態にある肺DNAを模倣できると考え、これをstandardとして用いた。
【0024】
(4-2)半定量的PCR法の確立
通常のマウスカリニ検査では、多くの検体を同時に測定する必要がある。Real-Time PCR法では、DNAの精製や濃度測定などの手間がかかり、測定のための試薬にかかるコストが高く、Real-Time PCR用の高価な機械が必要である。そこで、より簡便な検査法を確立するため、肺抽出液を精製せずそのまま使うことができ、電気泳動の像で判断できる半定量的PCR法の検討を行った。特異性を高めるためNested PCR法を用いた。
まず、無菌的に採取した肺組織50 mgあたり100μLの0.2 mg/mL proteinase K溶液を加え組織を融解後、95℃で10分間熱処理し、酵素を失活させた。この抽出液を滅菌MilliQで10倍に希釈し、これを粗抽出液として1st PCR反応液(DHFR-1FとDHFR-1Rとのプライマーセット)に直接添加した(0.1 mg肺組織/2 μL粗抽出液)。PCR反応条件は以下の通りである。
・2本鎖DNAの1本鎖DNAへの熱変性:95℃ 30秒間
・アニーリング: 58℃ 30秒間
・DNA伸長反応:72℃ 30秒間
この反応を40サイクル行った。この反応液を電気泳動に供したところ、260bp程度のサイズのバンドが検出されたが、extraバンドも検出された。そこで、1st PCR反応を20サイクル行った反応液を次の2ndPCRに供した。
【0025】
次に、1st PCR反応液を1μL使用して2nd PCR反応(Vestereng-FとDHFR-2Rとのプライマーセット)を行った。PCR反応条件は以下の通りである。
・2本鎖DNAの1本鎖DNAへの熱変性:95℃ 30秒間
・アニーリング: 58℃ 30秒間
・DNA伸長反応:72℃ 30秒間
この反応を20サイクル行い、PCR反応混合物をアガロースゲル電気泳動により分離し、エチジウムブロマイドで染色、バンドを検出した。
電気泳動の結果を図5に示す。レーン1はカリニstandard無添加(カリニフリー)CRJ-SCIDマウスのTotal DNAのみの被検試料であり、レーン2はカリニstandard 102copies/mg肺組織相当のDNAを含む被検試料であり、レーン3はカリニstandard 103copies/mg肺組織相当のDNAを含む被検試料であり、レーン4はカリニstandard 107copies/mg肺組織相当のDNAを含む被検試料である。
1st PCR 40 サイクルでは多数のextraバンドが検出され、低コピーのバンドの再現性が低かった。一方、1st PCRのサイクルを20サイクルに落とし、更に2nd PCRを20サイクル行うことでextraバンドを消失させ、よりクリアに目的バンドを得ることができるようになった。低コピーのバンドも再現よく検出できるようになった。
【0026】
次に、マウスカリニstandardを用いて半定量的PCR法の検出限界を調べた。被検試料としては、102copies/mg〜108copies/mg肺組織相当のカリニDNAを含む各試料を用いた。電気泳動の結果を図6に示す。この系では、1×102 copies/mg肺組織の試料を用いても、マウスカリニに特異的なバンドが検出された。
Vesterengらの報告によると免疫不全動物がカリニ肺炎に感染した場合、30日後に感染度は1×103 copies/mg肺組織に達する。このレベルになると顕微鏡検査(肺乳剤または組織切片の免疫組織化学染色およびトルイジンブルー染色)でもはっきりとシストを確認することができるようになり、また、マウスの体重に減少が観察される等カリニ肺炎の症状が観察されるようになる。今回開発した半定量的PCR法の検出限界1×102 copies/mg肺組織はカリニ肺炎の症状が現れる前の感染初期の状態であると考えられた。
なお、半定量的PCR法において検出された陽性検体の正確なコピー数を割り出す場合は、各カリニstandard、及び陽性検体の1st PCR産物をそれぞれ1μL使用し、Real-Time PCRの系に持ち込むことも可能である。
【0027】
(5)結論
これまでの結果から、第一段階として半定量的PCR法を用いて陽性検体をスクリーニングし、第二段階としてReal-Time PCR法を用いて感染個体のコピー数を正確に把握する測定系が有効と考えられ、これを用いることでカリニ肺炎の感染を初期に検出することができ、感染拡大や投薬処置による病状進行を食い止めることが可能になると考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】従来のプライマーを用いた半定量的PCRの結果を示す電気泳動ゲル写真である。
【図2】従来のプライマーを用いたPCRで増幅したDNAの塩基配列と、マウスカリニP.carinii mt SSU rRNA遺伝子の塩基配列との相同性を調べた図である。
【図3】従来のプライマーセットを用いたリアルタイムPCRの結果を示す図である。
【図4】本発明のプライマーセットを用いたリアルタイムPCRの結果を示す図である。
【図5】本発明のプライマーセットを用いた半定量的PCRの結果を示す電気泳動ゲル写真である。
【図6】本発明のプライマーセットを用いた半定量的PCRの結果を示す電気泳動ゲル写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号1に示される塩基配列を3’末端に含む最大40塩基のDNAからなるプライマー。
【請求項2】
配列番号2に示される塩基配列を3’末端に含む最大40塩基のDNAからなるプライマー。
【請求項3】
配列番号3に示される塩基配列を3’末端に含む最大40塩基のDNAからなるプライマー。
【請求項4】
配列番号6において塩基番号25〜50の塩基配列を含む最大50塩基のプローブ用DNA。
【請求項5】
請求項4に記載のDNAの5’末端に蛍光物質が結合し、3’末端にクエンチャーが結合したプローブ。
【請求項6】
請求項1に記載のプライマーと、請求項2に記載のプライマーとを備えるプライマーセット。
【請求項7】
請求項1に記載のプライマーと、請求項2に記載のプライマーと、請求項5に記載のプローブとを備えるセット。
【請求項8】
マウス肺から抽出したDNAを鋳型として、請求項1に記載のプライマーと請求項2に記載のプライマーとのセットを用いて、請求項5に記載のプローブの存在下でPCRを行う工程と、蛍光を検出することによりDNA増幅を検出する工程とを含む、マウスニューモシスチス・カリニの検出方法。
【請求項9】
マウス肺から抽出したDNAを鋳型として、請求項1に記載のプライマーと請求項2に記載のプライマーとのセットを用いて、蛍光インターカレーターの存在下でPCRを行う工程と、蛍光を検出することによりDNA増幅を検出する工程とを含む、マウスニューモシスチス・カリニの検出方法。
【請求項10】
マウス肺抽出液中のDNA又はマウス肺から抽出したDNAを鋳型として、請求項1に記載のプライマーと請求項2に記載のプライマーとのセットを用いて第1のPCRを行う工程と、
第1のPCRの反応混合物中の増幅産物を鋳型として、配列番号5に示される塩基配列を3’末端に含む最大40塩基のDNAからなるプライマーと、請求項2に記載のプライマー又は請求項3に記載のプライマーとのセットを用いて第2のPCRを行う方法と、
第2のPCRの反応混合物を電気泳動に供してPCR増幅産物を検出する工程と
を含むマウスニューモシスチス・カリニの検出方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2009−273408(P2009−273408A)
【公開日】平成21年11月26日(2009.11.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−127762(P2008−127762)
【出願日】平成20年5月14日(2008.5.14)
【出願人】(503449018)株式会社フェニックスバイオ (7)
【Fターム(参考)】