説明

マスタシリンダ

【課題】ピストンを鍛造により形成してもその内底部の最外周へのリテーナの干渉を防止でき、ピストンの良好な摺動性能を確保することができるマスタシリンダの提供。
【解決手段】有底筒状のシリンダ本体と、鍛造により有底筒状に形成され、シリンダ本体内を摺動するピストン18と、ピストン18をシリンダ本体の開口側へ付勢するバネ78を備えピストン18の内底部91に当接可能なリテーナ82によりバネ78の長さを規制したバネ組立体79と、を有し、ピストン18の内底部91の最外周に鍛造により環状溝99を形成した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マスタシリンダに関する。
【背景技術】
【0002】
例えば自動車のブレーキ装置に用いられるマスタシリンダには、有底筒状のシリンダ本体と、シリンダ本体内を摺動するピストンと、ピストンをシリンダ本体の開口側へ付勢するバネ組立体とを有するものがあり、ピストンを有底筒状としてその内孔にバネ組立体を配置したものがある。そして、このような有底筒状のピストンの内孔を鍛造により形成する技術が開示されている(例えば、特許文献1参照)。
【特許文献1】特開2002−104164号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
上記のようにピストンの内孔を鍛造により形成すると、内底部の最外周(内壁部との境界)に内壁部に円弧状に繋がる円弧状壁面部が形成されてしまう。これに対して、ピストン内に挿入されるバネ組立体は、ピストンの内壁部によってセンタリングされるため、内底部に当接するリテーナの外径をピストンの内壁部の内径より若干小さい程度にする必要がある。その結果、ピストンの内底部の最外周の円弧状壁面部にリテーナが干渉してその着座性が悪くなり、バネ組立体の全体が傾くことになって、ピストンにこじりモーメントが発生して摺動性能に影響を及ぼし、ブレーキ操作フィーリングを損ねる可能性があった。
【0004】
したがって、本発明は、ピストンを鍛造により形成してもその内底部の最外周へのリテーナの干渉を防止でき、ピストンの良好な摺動性能を確保することができるマスタシリンダの提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記目的を達成するために、本発明は、ピストンの内底部の最外周に鍛造により環状溝を形成した。
【発明の効果】
【0006】
請求項1に係る発明によれば、ピストンの内底部の最外周に鍛造により環状溝を形成したため、円弧状壁面部がこの環状溝の最外周に形成されることになり、円弧状壁面部を内底部のリテーナの座面よりも奥側にずらすことができる。したがって、ピストンを鍛造により形成してもその内底部の最外周へのリテーナの干渉を防止でき、ピストンの良好な摺動性能を確保することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本発明の一実施形態に係るマスタシリンダを図面を参照して以下に説明する。
【0008】
図1中符号11は、図示せぬブレーキブースタを介して導入されるブレーキペダルの操作量に応じた力でブレーキ液圧を発生させる本実施形態に係るマスタシリンダを示しており、このマスタシリンダ11には、その上側にブレーキ液を給排するリザーバ12が取り付けられている。
【0009】
マスタシリンダ11は、底部13と筒部14とを有する有底筒状に一つの素材から加工されて形成されるとともに横方向に沿う姿勢で車両に配置されるシリンダ本体15と、このシリンダ本体15の開口部16側に摺動可能に挿入されるプライマリピストン(ピストン)18と、シリンダ本体15のプライマリピストン18よりも底部13側に摺動可能に挿入されるセカンダリピストン19とを有するタンデムタイプのものである。なお、プライマリピストン18およびセカンダリピストン19は、シリンダ本体15の筒部14の軸線(以下、シリンダ軸と称す)に直交する断面が円形状の摺動内径部20に摺動可能に案内される。
【0010】
シリンダ本体15には、筒部14の径方向(以下、シリンダ径方向と称す)の外側に突出する取付台部21,22が筒部14の円周方向(以下、シリンダ円周方向と称す)における所定位置に一体に形成されており、取付台部21,22にリザーバ12を取り付けるための取付穴24,25が、互いにシリンダ円周方向における位置を一致させた状態で形成されている。
【0011】
シリンダ本体15の筒部14の取付台部21,22側には、ブレーキ液を図示せぬブレーキ装置に供給するための図示せぬブレーキ配管が取り付けられるセカンダリ吐出路26およびプライマリ吐出路27が形成されている。なお、これらセカンダリ吐出路26およびプライマリ吐出路27は、互いにシリンダ円周方向における位置を一致させた状態でシリンダ軸方向における位置をずらして形成されている。
【0012】
シリンダ本体15の摺動内径部20には、シリンダ軸方向における位置をずらして複数具体的には4カ所のシール溝30、シール溝31、シール溝32およびシール溝33が底部13側から順に形成されている。これらシール溝30〜33は、シリンダ円周方向に環状をなしてシリンダ径方向外側に凹む形状をなしている。
【0013】
最も底部13側にあるシール溝30は、底部13側の取付穴24の近傍に形成されており、このシール溝30に円環状のカップシール35が嵌合されている。
【0014】
シリンダ本体15におけるシール溝30よりも開口部16側には、底部13側の取付穴24から穿設される連通穴36を筒部14内に開口させるように、筒部14の摺動内径部20からシリンダ径方向外側に凹む環状の開口溝37が形成されている。ここで、この開口溝37および連通穴36は、リザーバ12に常時連通して筒部14内とリザーバ12とを連通可能に結んでいる。
【0015】
シリンダ本体15には、シリンダ軸線方向における上記開口溝37のシール溝30に対し反対側つまり開口部16側に、上記したシール溝31が形成されており、このシール溝31に、円環状の区画シール42が嵌合されている。
【0016】
シリンダ本体15のシール溝31よりも開口部16側であって開口部16側の取付穴25の近傍に、上記したシール溝32が形成されており、このシール溝32に円環状のカップシール45が嵌合されている。
【0017】
シリンダ本体15におけるこのシール溝32の開口部16側には、開口部16側の取付穴25から穿設される連通穴46を筒部14内に開口させるように、筒部14の摺動内径部20からシリンダ径方向外側に凹む環状の開口溝47が形成されている。ここで、この開口溝47および連通穴46は、リザーバ12に常時連通して筒部14内とリザーバ12とを連通可能に結んでいる。
【0018】
シリンダ本体15における上記開口溝47のシール溝32に対し反対側つまり開口部16側に上記したシール溝33が形成されており、このシール溝33に円環状の区画シール52が嵌合されている。
【0019】
シリンダ本体15の底部13側に嵌合されるセカンダリピストン19は、円筒部55と、円筒部55の軸線方向における一側に形成された底部56とを有する有底円筒状(カップ状)をなしており、その円筒部55をシリンダ本体15の底部13側に配置した状態でシリンダ本体15の摺動内径部20に摺動可能に嵌合されている。また、円筒部55の底部56に対し反対側の端部の外周側には、他の部分よりも径が若干小さい環状の段部59が形成されており、段部59には、その底部56側にシリンダ径方向に貫通するポート60が複数放射状に形成されている。
【0020】
セカンダリピストン19とシリンダ本体15の底部13との間には、縮長状態でセカンダリピストン19をシリンダ本体15の開口部16側へ付勢するセカンダリピストンバネ62を含むバネ組立体63が円筒部55内に挿入された状態で設けられている。このバネ組立体63は、シリンダ本体15の底部13に当接するリテーナ64と、セカンダリピストン19の底部56に当接するリテーナ65と、リテーナ65に一端部が固定されるとともにリテーナ64を所定範囲内でのみ摺動自在に支持する軸部材66とを有しており、セカンダリピストンバネ62は、両側のリテーナ64,65間にこれらで長さが規制された状態で介装されている。図示せぬブレーキペダル側(図1における右側)から入力がない初期状態のセカンダリピストン19とシリンダ本体15の底部13との間隔は、バネ組立体63によって決められる。
【0021】
ここで、シリンダ本体15の底部13および筒部14の底部13側とセカンダリピストン19とで囲まれた部分が、セカンダリ吐出路26に液圧を供給するセカンダリ圧力室68となっており、このセカンダリ圧力室68は、セカンダリピストン19がポート60を開口溝37に開口させる位置にあるとき、リザーバ12に連通する。一方、シリンダ本体15の底部13側のシール溝30に設けられたカップシール35は、内周がセカンダリピストン19の外周側に摺接することになり、セカンダリピストン19がポート60をカップシール35よりも底部13側に位置させた状態では、リザーバ12とセカンダリ圧力室68との間の連通を遮断可能となっている。この状態で、セカンダリピストン19が、シリンダ本体15の摺動内径部20およびシリンダ本体15に保持されたカップシール35および区画シール42の内周で摺動することによって、セカンダリ圧力室68内のブレーキ液を加圧してセカンダリ吐出路26からブレーキ装置に供給することになる。
【0022】
シリンダ本体15の開口部16側に嵌合されるプライマリピストン18は、内側円筒部71と、内側円筒部71の軸線方向における一側に形成された底部72と、底部72の内側円筒部71に対し反対側に形成された外側円筒部73とを有する形状をなしており、その内側円筒部71をシリンダ本体15内のセカンダリピストン19側に配置した状態でシリンダ本体15に挿入されている。ここで、外側円筒部73の内側には図示せぬブレーキブースタの出力軸が挿入され、この出力軸が底部72を押圧する。
【0023】
内側円筒部71の底部72に対し反対側の端部の外周側には、他の部分よりも径が若干小さい環状の凹部75が形成されている。さらに、内側円筒部71の凹部75には、その底部72側に径方向に貫通するポート76が複数放射状に形成されている。
【0024】
セカンダリピストン19とプライマリピストン18との間には、縮長状態でプライマリピストン18をシリンダ本体15の開口部16側へ付勢するプライマリピストンバネ(バネ)78を含むバネ組立体79が内側円筒部71に挿入された状態で設けられている。このバネ組立体79は、セカンダリピストン19の底部56に当接するリテーナ81と、プライマリピストン18の底部72に当接するリテーナ82と、リテーナ82に一端部が固定されるとともにリテーナ81を所定範囲内でのみ摺動自在に支持する軸部材83とを有しており、プライマリピストンバネ78は、両側のリテーナ81,82間にこれらで長さが規制された状態で介装されている。図示せぬブレーキペダル側(図1における右側)から入力がない初期状態のセカンダリピストン19とプライマリピストン18との間隔はバネ組立体79によって決められる。
【0025】
ここで、シリンダ本体15の筒部14の開口部16側とプライマリピストン18とセカンダリピストン19とで囲まれた部分が、プライマリ吐出路27に液圧を供給するプライマリ圧力室85となっており、このプライマリ圧力室85は、プライマリピストン18がポート76を開口溝47に開口させる位置にあるとき、リザーバ12に連通する。一方、シリンダ本体15のシール溝32に設けられたカップシール45は、内周がプライマリピストン18の外周側に摺接することになり、プライマリピストン18がポート76をカップシール45よりも底部13側に位置させた状態では、リザーバ12とプライマリ圧力室85との間の連通を遮断可能となっている。この状態で、プライマリピストン18が、シリンダ本体15の摺動内径部20およびシリンダ本体15に保持されたカップシール45および区画シール52の内周で摺動することによって、プライマリ圧力室85内のブレーキ液を加圧してプライマリ吐出路27からブレーキ装置に供給することになる。
【0026】
シリンダ本体15の開口部16側には、開口部16から突出するプライマリピストン18を覆うようにカバー86が取り付けられている。
【0027】
図2に示す上記したプライマリピストン18は、内側円筒部71の内周側の内壁部90と、底部72の内側円筒部71側の内底部91と、外側円筒部73の内周側の内壁部92と、底部72の外側円筒部73側の内底部93とが鍛造により形成されることになる。
【0028】
内側円筒部71の内周側の内壁部90には、内底部91とは反対側に一定径の内壁面部95が形成され、この内壁面部95の内底部91側にテーパ面部96が形成され、このテーパ面部96の内底部91側に内壁面部95よりも小径の一定径の内壁面部97が形成されている。この最も小径の内壁面部97は、バネ組立体79のリテーナ82をセンタリングしつつ挿入可能となるように、その径がリテーナ82の径より若干大径となっている。また、内底部91は、プライマリピストン18の軸直交方向に沿う平面部98を有している。
【0029】
そして、プライマリピストン18の内底部91の最外周には、鍛造により円環状の環状溝99が外側円筒部73側に凹んで形成されている。図3に示すように、この環状溝99は、内壁面部97と同径の一定径をなして連続する壁面部102と、壁面部102の内壁面部97とは反対側にあって内壁面部97から離れるほど小径となり且つプライマリピストン18の軸方向断面が円弧状をなす円弧状壁面部103と、円弧状壁面部103の壁面部102とは反対側からプライマリピストン18の軸直交方向に沿って内側に延出する円環状の溝底面部104と、溝底面部104の内径側から一定径をなして内側円筒部71側に立ち上がる壁面部105とを有している。この壁面部105が内底部91の平面部98に繋がる。
【0030】
ここで、円弧状壁面部103の溝底面部104とは反対側の端部までの溝底面部104からの距離Aは、壁面部105の溝底面部104とは反対側の端部までの溝底面部104からの距離B(つまり平面部98までの溝底面部104からの距離)以下となっている。本実施形態において距離Bは1mm程度に設定されている。さらに、本実施形態において壁面部102から壁面部105までの距離は約2mmに設定されている。また、リテーナ82は、プライマリピストンバネ78とは反対側の軸直交方向に沿う平坦な端面部107の内径が平面部98の外形よりも小径とされている。以上の結果、リテーナ82は、外径側が内壁面部97でセンタリングされながら内底部91の環状溝99よりも内周側に形成される平面部98に端面部107において当接する。
【0031】
以上に述べた本実施形態に係るマスタシリンダ11によれば、プライマリピストン18の内底部91の最外周に鍛造により環状溝99を形成したため、鍛造による円弧状壁面部103がこの環状溝99の最外周に形成されることになり、内底部91のリテーナ82の座面となる平面部98よりも奥側にずらすことができる。したがって、プライマリピストン18を鍛造により形成してもその内底部91の最外周へのバネ組立体79のリテーナ82の干渉を防止でき、リテーナ82の着座性が良好になる。よって、バネ組立体79の直立性を確保でき、プライマリピストン18の良好な摺動性能を確保することができる。その結果、良好なブレーキ操作フィーリングを得ることができる。また、摺動性が向上するためプライマリピストン18のこじりによる傷付きを改善できる。
【0032】
また、バネ組立体79のリテーナ82は、プライマリピストン18の内底部91の環状溝99よりも内周側に形成される平面部98に当接するため、プライマリピストン18の内底部91の最外周へのバネ組立体79のリテーナ82の干渉を確実に防止でき、プライマリピストン18の良好な摺動性能を確保することができる。
【0033】
なお、環状溝99の形状は、バネ組立体79のリテーナ82の着座性を良好にできれば、上記に限定されることなく、鍛造型の形状に応じて適宜変更することができる。
【0034】
例えば、図4に示すように、溝底面部104と壁面部105との境界に、溝底面部104から離れるほど小径となり且つプライマリピストン18の軸方向断面が円弧状をなす円弧状壁面部110を形成しても良い。
【0035】
また、図5に示すように、壁面部105を、溝底面部104から離れるほど小径となるテーパ状としても良い。
【0036】
また、図6に示すように、溝底面部104と壁面部105との境界に、溝底面部104から離れるほど小径となるテーパ面部111を形成しても良い。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】本発明の一実施形態に係るマスタシリンダを示す断面図である。
【図2】本発明の一実施形態に係るマスタシリンダのプライマリピストンを示す断面図である。
【図3】本発明の一実施形態に係るマスタシリンダを示す図2のA部の拡大断面図である。
【図4】本発明の一実施形態に係るマスタシリンダの変形例を示す図2のA部の拡大断面図である。
【図5】本発明の一実施形態に係るマスタシリンダの変形例を示す図2のA部の拡大断面図である。
【図6】本発明の一実施形態に係るマスタシリンダの変形例を示す図2のA部の拡大断面図である。
【符号の説明】
【0038】
11 マスタシリンダ
15 シリンダ本体
18 プライマリピストン(ピストン)
78 プライマリピストンバネ(バネ)
79 バネ組立体
82 リテーナ
91 内底部
98 平面部
99 環状溝

【特許請求の範囲】
【請求項1】
有底筒状のシリンダ本体と、
鍛造により有底筒状に形成され、前記シリンダ本体内を摺動するピストンと、
該ピストンを前記シリンダ本体の開口側へ付勢するバネを備え前記ピストンの内底部に当接可能なリテーナにより前記バネの長さを規制したバネ組立体と、
を有するマスタシリンダにおいて、
前記ピストンの前記内底部の最外周に鍛造により環状溝を形成したことを特徴とするマスタシリンダ。
【請求項2】
前記リテーナは、前記内底部の前記環状溝よりも内周側に形成される平面部に当接することを特徴とする請求項1に記載のマスタシリンダ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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