説明

マルチワイヤソーによる切断方法

【課題】 ワークとワイヤとの間に砥液を十分に入り込ませることにより、切断成形されるウエハの精度の向上を図れるマルチワイヤソーによる切断方法を提供する。
【解決手段】 溝ローラ1間に張設された多条ワイヤ列3を一方向または往復方向に走行させ、被切断物7を、砥液4を供給しつつ、上記ワイヤ列3に押し付けて切断するマルチワイヤソーにおいて、被切断物7を所定量L1切断する毎に、切断方向とは逆の方向に上記所定量L1より少量L2だけ戻し、再度切断方向に押し付けることを繰り返すものである。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、半導体材料やセラミックス等の高精度切断が要求される材料を、ワイヤと砥粒を含んだ砥液とにより薄厚の多数のウエハに切断するマルチワイヤソーによる切断方法に関するものである。
【0002】
【従来の技術】マルチワイヤソーは所定ピッチのワイヤ列に被切断物(以下「ワーク」と称する)を押し付け砥粒を含む加工液である砥液を吹き付け、ワイヤとワークを相対運動させて、研削作用によって、多数のウエハに切断する装置である。
【0003】この装置の一例として、特開平6−155450号公報に示すような装置がある。このマルチワイヤソーは、その外周面に所定ピッチで多数のリング状の溝が刻設された3個の溝ローラが横向きに平行に配列され、これらの溝ローラを結ぶように、ワイヤが巻き付けられ、所定ピッチのワイヤ列が形成され、構成されている。このワイヤ列の底辺部の上方には、ワイヤ列に砥液を吹き付ける砥液供給ノズルが設けられており、また、ワイヤ列の底辺部の下方には、ワークを載置する昇降自在のワーク押上台が設けられている。そして、このワイヤを一方向あるいは往復方向に走行させ、ワイヤ列の底辺部に砥液を吹き付けながら、その下方よりワークを押し付け、所定の厚さを有するウエハが切断成形されるようになっている。
【0004】このマルチワイヤソーにてワークを切断するに際しては、ワイヤの温度が上昇すると、溝ローラが熱膨張を起こす等の不都合が生じるため、砥液の温度が上昇したときにワークを押し上げる速度を減少させることによって、砥液の温度の上昇を防止して、切断成形されるウエハの精度を向上させることが行われている。
【0005】
【発明が解決しようとする課題】しかしながら、図5に示すように、従来のマルチワイヤソーによる切断方法では、ワーク51の切断面部52の距離Aが長い場合、端部54側は砥液55が入り込み易く、効果的に研削されるが、端部54から中央部53に行くに連れて、入り込む砥液55が減少して、中央部53では研削効果が落ちてしまい、切断面部52の断面が凸形になってしまう。よって、中央部53ではワイヤ56と切断面部52との隙間が狭く砥液55の入込みが悪くなり、切断のムラが発生してしまう。このことは、横方向の厚さ方向にも同様であり、切断成形されたウエハの中央部が厚くなり、厚さムラが生じるという問題が発生する。すなわち、砥液55の温度上昇を検知して、砥液55の温度が下がるまで押上速度を減少させても、ウエハの厚さムラをなくすまでには砥液55は入り込まないので、ウエハの厚さ精度は悪くなってしまう。さらに、砥液55の入込みのバラツキにより、ウエハのそり精度及び表面粗さ精度も悪くなってしまう。
【0006】そこで本発明の目的は、ワークとワイヤとの間に砥液を十分に入り込ませることにより、切断成形されるウエハの精度の向上を図れるマルチワイヤソーによる切断方法を提供することにある。
【0007】
【課題を解決するための手段】前記課題を解決すべく本発明は、溝ローラ間に張設された多条ワイヤ列を一方向または往復方向に走行させ、被切断物を、砥液を供給しつつ、ワイヤ列に押し付けて切断するマルチワイヤソーにおいて、被切断物を所定量切断する毎に、切断方向とは逆の方向に所定量より少量だけ戻し、再度切断方向に押し付けるものである。
【0008】また、本発明は、切断中のワイヤ列のたわみを検知し、そのたわみ量が設定許容値以上になったときに、被切断物を切断方向とは逆の方向に少量だけ戻し、再度切断方向に押し付けるものである。
【0009】さらに、本発明は、切断中の被切断物に掛かる荷重を検知し、その荷重値が設定許容値以上になったときに、被切断物を切断方向とは逆の方向に少量だけ戻し、再度切断方向に押し付けるものである。
【0010】このように切断される被切断物であるワークを切断方向とは逆の方向に少量だけ戻すことにより、ワークとワイヤとの間に隙間ができるので砥液を十分に入り込ませることができる。
【0011】
【発明の実施の形態】以下、本発明の実施の形態を添付図面に従って説明する。
【0012】図1中、(a)は本発明の第一の実施の形態を示したマルチワイヤソー切断部の装置構成とその制御系を示す概略図、(b)はそのフローチャート、図2はワークの移動距離を示すグラフである。
【0013】まず、マルチワイヤソーの構成について説明する。図1(a)に示すように、回転自在に軸支され、その外周面に所定ピッチで多数のリング状の溝(図示せず)が刻設された3個の溝ローラ1が横向きに平行に配列され、設けられている。この配列は上部の溝ローラ1を頂点とし、ほぼ正三角形を形成している。そして、これらの溝ローラ1を結ぶように、それぞれの溝ローラ1に設けられた溝毎に一本の長いワイヤ2が巻き付け張設され、所定ピッチの多条ワイヤ列3が形成されている。底辺部の多条ワイヤ列3の上方には、多条ワイヤ列3に砥粒を含んだ加工液である砥液4を吹き付ける砥液供給ノズル5が設けられている。この砥液供給ノズル5は砥液供給装置6と接続されており、溝ローラ1と同じ向きで、平行に3本設けられており、被切断物であるワーク7と多条ワイヤ列3との切断面部8の両端に砥液4が吹き付けられるように構成されている。また、底辺部の多条ワイヤ列3の下方には、ワークを載置する昇降自在のワーク押上台9が設けられている。ワーク押上台9はワーク押上台昇降制御装置10に接続されており、任意の距離及び速度で昇降できるようになっている。なお、ワーク7とワーク押上台9との間には、ワーク7を固定し、ワーク7が可端部まで切断されたときに、ワーク押上台9を保護するためのダミー板11が設けられている。
【0014】次に、図1(b)により前記マルチワイヤソーによる切断方法を説明する。まず、ワーク7をダミー板11を介して、ワーク押上台9上に載置すると共に、ワイヤ2を図中、矢印に示すように一方向または往復方向に走行させ、多条ワイヤ列3を走行させる。そして、ワーク押上台9を上昇させ、ワーク7を走行する多条ワイヤ列3に押し当て、切断を開始する。図2に示すように、所定量L1切断加工が進んだ時点で、ワーク押上台9を一旦、切断方向とは逆に、少量L2だけ下降させる。これらの所定量L1及び少量L2の値は、所定量L1の値においては、多条ワイヤ列3とワーク7との切断面部8に吹き付けられた砥液4が一様に行き渡っている状態の移動範囲内の数値であり、少量L2の値においては、戻ったことにより、多条ワイヤ列3とワーク7との間に隙間が形成され、そこに砥液4が一様に入り込むことができる程度の数値とする。具体的には例えば、GaAs単結晶を切断する場合は、所定量L1を1mmとし少量L2を0.05mmと設定すればよいことが実験結果から得られている。ここで少量L2だけワーク押上台9を下降させたことによって、多条ワイヤ列3とワーク7との切断面部8に隙間ができるので、この隙間に砥液4が一様に入り込むことができる。そして、再度ワーク押上台9の上昇を開始する。所定量L1切断した後、ワーク押上台9を少量L2だけ下降させる。以上の動作を切断が完了するまで(全切断量L0を切断するまで)繰り返すことによりワーク7から複数のウエハを切断成形することができる。
【0015】以上の方法により、多条ワイヤ列3とワーク7との間の隙間に砥液4が入り込むことができるので、切断面部8の全ての場所で一様の研削作用が行われ、品質が一定のウエハを成形することができる。上述のGaAs単結晶においては、厚さムラが約3分の2、そりが約2分の1、表面粗さが約4分の3減少するという結果が得られた。
【0016】次に、本発明の第二の実施の形態を説明する。このマルチワイヤソーは、図3(a)に示すように、底辺部の多条ワイヤ列3の上方に、多条ワイヤ列3のたわみを検知するためのたわみセンサ12が設けられている。そして、このたわみセンサ12は、ワイヤたわみ検知装置13に接続され、さらに、ワイヤたわみ検知装置13はワーク押上台昇降制御装置に接続されている。なお、その他の構成については、上述のマルチワイヤソーと同様であるので、同一の符号を付して説明を省略する。
【0017】上述のマルチワイヤソーによる切断方法では、ワーク7を所定量切断する毎に、切断方向とは逆の方向に所定量より少量だけ戻すようにしたが、この実施の形態においては、図3(b)に示すように、たわみセンサ12により多条ワイヤ列3のたわみを検知してからワーク押上台9を少量だけ下降させるものである。
【0018】すなわち、具体的に説明すると、一定の速度でワーク押上台9が上昇して、ワーク7が切断されるに連れて、その切断面部8の距離が長くなり、砥液4の入込みが悪くなっていく。これに伴い、研削効果が悪くなり切断速度が徐々に遅くなっていくが、ワーク押上台9の押上速度は一定であるので、多条ワイヤ列3がワーク7に押されて上方にたわむ。このとき、たわみセンサ12及びワイヤたわみ検知装置13によって、たわみを検知する。このたわみ量が設定許容値以上になったときに、ワーク押上台9を一旦、切断方向とは逆に、少量だけ下降させる。この少量の下降量の値は、上述の第一の実施の形態と同様に、戻ったことにより、多条ワイヤ列3とワーク7との間に隙間が形成され、そこに砥液4が入り込むことができる程度の数値とする。また、たわみの許容設定量は、ウエハの精度に影響が出ない程度のたわみ量とする。これにより、砥液4が多条ワイヤ列3とワーク7との間に行き渡り、再び、切断速度がワーク押上台9の押上速度と同じとなり、切断が再開できる。そして、切断が完了するまで、この動作を繰り返すことにより、スムーズに切断できる。
【0019】次に、本発明の第三の実施の形態を説明する。このマルチワイヤソーは、図4(a)に示すように、ワーク押上台9に、ワーク7に掛かる荷重を検知するための荷重センサ14が設けられている。そして、この荷重センサ14は、荷重検知装置15に接続され、さらに、荷重検知装置15はワーク押上台昇降制御装置に接続されている。なお、その他の構成については、図1のマルチワイヤソーと同様であるので、同一の符号を付して説明を省略する。
【0020】図3のマルチワイヤソーによる切断方法では、たわみセンサ12により多条ワイヤ列3のたわみを検知してからワーク押上台9を少量だけ下降させるようにしたが、この実施の形態においては、図4(b)に示すように、荷重センサ14によりワーク7に掛かる荷重を検知してからワーク押上台9を少量だけ下降させるものである。
【0021】すなわち、具体的に説明すると、一定の速度でワーク押上台9が上昇して、ワーク7が切断されるに連れて、その切断面部8の距離が長くなり、砥液4の入込みが悪くなっていく。これに伴い、研削効果が悪くなり、切断速度が徐々に遅くなっていくが、ワーク押上台9の押上速度は一定であるので、多条ワイヤ列3とワーク7とが互いに押し合ってワーク7に荷重が掛かる。このとき、荷重センサ14及び荷重検知装置15によって、ワーク7に掛かった荷重を検知する。この荷重量が設定許容値以上になったときに、ワーク押上台9を一旦、切断方向とは逆に、少量だけ下降させる。この少量の下降量の値は、上述の実施の形態と同様に、戻ったことにより、多条ワイヤ列3とワーク7との間に隙間が形成され、そこに砥液4が入り込むことができる程度の数値とする。これにより、砥液4が多条ワイヤ列3とワーク7との間に行き渡り、再び、切断速度がワーク押上台9の押上速度と同じとなり、切断が再開できる。そして、切断が完了するまで、この動作を繰り返すことにより、スムーズに切断できる。
【0022】なお、切断されるワーク7の材質や形状、ワイヤ2の径や走行速度、成形されるウエハの厚さ等の諸条件により、押上速度や切断する所定量及び戻る少量の値が決定されるものであり、上述の実施の形態では、押上速度を一定としているが、切断面部8の長さに比例させて、押上速度を多段式に変速させてもよい。
【0023】
【発明の効果】以上要するに本発明によれば、切断される被切断物であるワークを切断方向とは逆の方向に所定量より少量だけ戻すことにより、ワークとワイヤとの間に隙間ができるので砥液を十分に入り込ませることができる。これにより、ワークの切断をスムーズに行うことができ、切断成形されるウエハの厚さ精度、そり精度及び表面粗さを向上させることができるという、優れた効果を発揮する。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明の第一の実施の形態を示した図であり、(a)はマルチワイヤソーの正面図、(b)はそのフローチャートである。
【図2】図2はワークの移動距離を示すグラフである。
【図3】本発明の第二の実施の形態を示した図であり、(a)はマルチワイヤソーの正面図、(b)はそのフローチャートである。
【図4】本発明の第三の実施の形態を示した図であり、(a)はマルチワイヤソーの正面図、(b)はそのフローチャートである。
【図5】従来のマルチワイヤソーによる切断方法の課題を説明するための、ワークの切断面部を示す拡大断面図である。
【符号の説明】
1 溝ローラ
3 多条ワイヤ列
4 砥液
7 ワーク(被切断物)
12 たわみセンサ
14 荷重センサ
L1 所定量
L2 少量

【特許請求の範囲】
【請求項1】 溝ローラ間に張設された多条ワイヤ列を一方向または往復方向に走行させ、被切断物を、砥液を供給しつつ、上記ワイヤ列に押し付けて切断するマルチワイヤソーにおいて、被切断物を所定量切断する毎に、切断方向とは逆の方向に上記所定量より少量だけ戻し、再度切断方向に押し付けることを特徴とするマルチワイヤソーによる切断方法。
【請求項2】 溝ローラ間に張設された多条ワイヤ列を一方向または往復方向に走行させ、被切断物を、砥液を供給しつつ、上記ワイヤ列に押し付けて切断するマルチワイヤソーにおいて、切断中の上記ワイヤ列のたわみを検知し、そのたわみ量が設定許容値以上になったときに、被切断物を切断方向とは逆の方向に少量だけ戻し、再度切断方向に押し付けることを特徴とするマルチワイヤソーによる切断方法。
【請求項3】 溝ローラ間に張設された多条ワイヤ列を一方向または往復方向に走行させ、被切断物を、砥液を供給しつつ、上記ワイヤ列に押し付けて切断するマルチワイヤソーにおいて、切断中の上記被切断物に掛かる荷重を検知し、その荷重値が設定許容値以上になったときに、被切断物を切断方向とは逆の方向に少量だけ戻し、再度切断方向に押し付けることを特徴とするマルチワイヤソーによる切断方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開平9−300343
【公開日】平成9年(1997)11月25日
【国際特許分類】
【出願番号】特願平8−123386
【出願日】平成8年(1996)5月17日
【出願人】(000005120)日立電線株式会社 (3,358)