説明

ミストセパレータ用の濾材

【課題】オイル又は水のミストの捕捉能力を長期間に亘って維持することができるとともに、圧力損失の増大を抑制することができ、優れた耐久性を発揮することができるミストセパレータ用の濾材を提供する。
【解決手段】エンジンのシリンダヘッドカバー11のオイルミスト分離室内には濾材18が支持されている。そして、ブローバイガス中のオイルミストが濾材18で捕捉され、捕捉されたオイルはシリンダヘッド側へ戻されるとともに、オイルミストが除去されたブローバイガスがエンジンの吸気系に供給される。前記濾材18は、表面に撥水撥油被膜を有し、該撥水撥油被膜は撥水撥油成分が濾材本体に対して化学結合により結合されて構成されている。この撥水撥油被膜は、濾材本体表面の水酸基と撥水撥油成分としてのフルオロアルキルシランの反応により化学結合されて形成されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えばエンジンの燃焼室で生ずるブローバイガスからオイルミストを分離するためのオイルミストセパレータに用いられ、オイルミストの捕捉能力を長期間に亘って維持することができるミストセパレータ用の濾材に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車エンジンの燃焼室で燃料が燃焼する際には、未燃焼ガスを含むブローバイガスがクランクケース内に漏れる。このブローバイガスをそのまま排出すると環境への負荷が大きいため、ブローバイガスをインテークマニホールドに戻して燃焼させるシステムが実施されている。この場合、ブローバイガス中にはオイルミストが含まれていることから、そのオイルミストを分離するオイルミストセパレータが従来から用いられている。
【0003】
この種のオイルミストセパレータとして、例えば特許文献1に記載の構造を有するものが知られている。すなわち、オイルミストセパレータは、流入孔及び流出孔が形成されたケースと、該ケース内に配設され濾材部を有するフィルタエレメントとからなり、前記濾材部は表面にフッ素樹脂又はシリコンがコーティングされた濾材で構成されている。そして、この濾材を使用することにより、オイルミストの分離効率を高めることができるとともに、ガス流の圧力損失を低くすることができるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2004−255230号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
前記特許文献1に記載されているオイルミストセパレータでは、濾材を構成する繊維状素材、不織布等にフッ素樹脂等がコーティングされるとともに、熱処理が施される。このような方法では、フッ素樹脂等の撥油又は撥水成分は濾材の表面に単に付着されて、物理的に結合されているに過ぎない。従って、そのような濾材を備えたオイルミストセパレータを前記ケース内に装着して長期間使用した場合、撥油又は撥水成分と濾材表面との間の結合が簡単に切れ、撥油又は撥水成分が濾材から剥がれてしまうおそれがあった。その結果、オイル又は水の目詰まりによりミストの捕捉能力が経時的に低下するとともに、圧力損失の増大を招き、耐久性に欠けるという問題があった。
【0006】
そこで、本発明の目的とするところは、オイル又は水のミストの捕捉能力を長期間に亘って維持することができるとともに、圧力損失の増大を抑制することができ、優れた耐久性を発揮することができるミストセパレータ用の濾材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するために、請求項1に記載の発明のミストセパレータ用の濾材では、ガス中からオイル又は水を除去するためのミストセパレータに用いられる濾材であって、表面に撥水撥油被膜を有し、該撥水撥油被膜は撥水撥油成分が濾材本体に対して化学結合により結合されて構成されていることを特徴とする。
【0008】
請求項2に記載の発明のミストセパレータ用の濾材は、請求項1に係る発明において、前記撥水撥油被膜は単分子膜であることを特徴とする。
請求項3に記載の発明のミストセパレータ用の濾材は、請求項1又は請求項2に係る発明において、前記撥水撥油被膜は、濾材本体表面の水酸基と撥水撥油成分としてのフルオロアルキルシランの反応により化学結合されて形成されていることを特徴とする。
【0009】
請求項4に記載の発明のミストセパレータ用の濾材は、請求項3に係る発明において、前記濾材本体表面の水酸基は、水酸基を有しない濾材本体に活性エネルギーを付与することにより形成されたものであることを特徴とする。
【0010】
請求項5に記載の発明のミストセパレータ用の濾材は、請求項4に係る発明において、前記濾材本体は不織布により密度の異なる複数層が積層されて構成され、低密度層側から活性エネルギーが付与されるように構成されていることを特徴とする。
【0011】
請求項6に記載の発明のミストセパレータ用の濾材は、請求項5に係る発明において、前記不織布における充填率は10%以下に設定されていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、次のような効果を発揮することができる。
本発明のミストセパレータ用の濾材は、表面に撥水撥油被膜を有し、該撥水撥油被膜は撥水撥油成分が濾材本体に対して化学結合により結合されて構成されている。このため、濾材を長期間に亘って使用した場合でも、撥水撥油成分と濾材本体との間は化学結合で強固に結合されていることから、その結合が良好に保持される。従って、撥水撥油成分はその機能を持続して発揮することができる。
【0013】
よって、本発明のミストセパレータ用の濾材によれば、オイル又は水のミストの捕捉能力を長期間に亘って維持することができるとともに、圧力損失の増大を抑制することができ、優れた耐久性を発揮することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明の第1実施形態における濾材を備えたオイルミストセパレータを示す概略断面図。
【図2】(a)は2層構造の濾材本体を模式的に示す断面図、(b)は3層構造の濾材本体を模式的に示す断面図。
【図3】濾材本体表面に水酸基を形成した後、撥水撥油成分を結合させる反応を模式的に示す説明図。
【図4】オイルミスト供給量と圧力損失との関係を示すグラフ。
【図5】本発明の第2実施形態における濾材を有するオイルミストセパレータを備えた斜板式圧縮機を示す断面図。
【図6】その斜板式圧縮機の要部側断面図。
【図7】(a)は別例のオイルミストセパレータを示す概略断面図、(b)はその濾材部分を示す概略断面図。
【図8】第1実施形態の別例のオイルミストセパレータを示す概略断面図。
【図9】オイルミストセパレータの別例を示す要部断面図。
【図10】サイクロン式のオイルミストセパレータを示す断面図。
【図11】オイルミストセパレータの別例を示す要部断面図。
【発明を実施するための形態】
【0015】
(第1実施形態)
以下、本発明を自動車用エンジンの排出ガス浄化システム(PCVシステム)におけるオイルミストセパレータ用の濾材に具体化した第1実施形態を図1〜図4に基づいて詳細に説明する。
【0016】
図1に示すように、自動車用エンジンのシリンダヘッドカバー11上にはオイルミストセパレータ10を構成するハウジング12が支持されている。該ハウジング12の一端にはブローバイガスの流入孔13が開口されるとともに、他端にはブローバイガスの流出孔14が開口されている。
【0017】
ハウジング12内にはオイルミストを分離するための円筒状をなす濾材18が支持されている。この濾材18は、例えばポリエチレンテレフタレート樹脂(PET)等のポリエステル樹脂で形成された不織布により形成されている。
【0018】
斯かる濾材18について説明する。図3に示すように、濾材18は表面に撥水撥油被膜19を有し、該撥水撥油被膜19は撥水撥油成分20が濾材本体21としての繊維に対して化学結合により結合されて構成されている。撥水撥油成分20としては、例えばフルオロアルキルシラン(FAS)であるヘプタデカフルオロデシルトリメトキシシラン〔CF(CFCHCHSi(OCH〕が用いられる。そして、そのメトキシ基(−OCH)と濾材本体21表面例えばPET表面に形成された水酸基(−OH)とが結合反応(脱メタノール反応)して化学結合が形成される。この反応は、例えば150℃、60分の条件で行われる。この化学結合により、撥水撥油成分20が濾材本体21に強固に結合され、その結合が濾材18の使用時に長期間に亘って保持される。撥水撥油被膜19は前記フルオロアルキルシランに基づく単分子膜である。
【0019】
前記フルオロアルキルシランは、下記の一般式で表される化合物である。
CF(CFCHCHSiX
ここで、nは4〜9であることが好ましい。Xはメトキシ基、エトキシ基又はイソプロポキシ基である。
【0020】
フルオロアルキルシランとして具体的には、前記化合物以外にトリデカフルオロオクチルトリメトキシシラン〔CF(CFCHCHSi(OCH〕、ヘインコサンフルオロドデシルトリメトキシシラン〔CF(CFCHCHSi(OCH〕等が挙げられる。
【0021】
前記濾材本体21表面の水酸基は、水酸基を有しない濾材本体21であるPET、ポリプロピレン(PP)等の表面に紫外線、電子線、プラズマ、オゾン等の活性エネルギーを照射或いは供給することにより形成される。この活性エネルギーの照射或いは供給は不織布の状態で行われる。例えば、波長172nm、入力側電力20W及び出力側電力10mW/cmの紫外線をPET表面に60分間照射することにより、下記の反応式(a)〜反応式(c)に示す反応が進行する。すなわち、反応式(a)に示すように、濾材本体21近傍における空気中の酸素が励起されて酸素ラジカル(O・)が発生する。続いて、反応式(b)に示すように、濾材本体21(C)に対して酸素ラジカルが攻撃して濾材本体21のラジカルが生成する。次に、反応式(c)に示すように、濾材本体21のラジカルと水が反応して濾材本体21表面に水酸基が形成される。
(a)O → 2O・
(b)C+O・ → OH・+C・Hn−1
(c)HO+C・Hn−1 → COH
この反応を模式図で示すと、図3に示すように、濾材本体21の繊維に紫外線が照射されると、前記反応式(a)〜反応式(c)の反応に基づいて繊維の外周面に多数の水酸基が形成される。このように水酸基を有する繊維に対して、前述したフルオロアルキルシランを反応させることにより、繊維の外周面に多数のフルオロアルキルシラン分子が化学結合される。
【0022】
濾材本体21は不織布により単層で構成されていてもよいが、密度の異なる複数層の不織布が積層されて構成されていることが、ガス流の圧力損失を低くする点から好ましい。例えば、図2(a)に示すように濾材本体21を高密度層21a及び低密度層21cの2層で構成したり、図2(b)に示すように濾材本体21を高密度層21a、中密度層21b及び低密度層21cの3層で構成したりすることができる。なお、矢印はブローバイガスの流れ方向を示す。そして、積層構成された濾材本体21の低密度層21c側から活性エネルギーを照射することにより、活性エネルギーが濾材本体21の内部まで浸透しやすく、水酸基の生成反応を濾材本体21の厚み方向に均等に進行させることができるとともに、化学結合の結合反応も濾材本体21の厚み方向に均等に実施することができる。
【0023】
また、不織布における繊維の充填率(%)、すなわち不織布の目付量(g/cm)を厚み(mm)と不織布自体の密度(g/cm)で除した値を百分率で表した割合は、10%以下であることが水酸基の生成反応と化学結合の結合反応のために好ましい。このように、充填率を下げることにより、不織布内の空隙を増加させて活性エネルギーを不織布の内部まで浸透しやすくすることができる。
【0024】
次に、上記のように構成されたオイルミストセパレータ10用の濾材18について作用を説明する。
さて、図1に示すように、流入孔13から濾材18内に流入したブローバイガスはその濾材18中を通り、該濾材18内でオイルミストが捕捉された後流出孔14より流出される。流出孔14から流出されたブローバイガスは、エンジンの吸気系へ送られる。ここで、濾材18は、濾材本体21の表面に撥水撥油被膜19を有し、該撥水撥油被膜19は撥水撥油成分20が濾材本体21に対して化学結合により結合されている。このため、濾材18を長期間使用し続けた場合でも、撥水撥油成分20と濾材本体21との間が化学結合で強固に結合されていることから、その結合が持続され、撥水撥油成分20の機能が継続して発揮される。
【0025】
以上詳述した第1実施形態のオイルミストセパレータ10用の濾材18により発揮される効果について以下にまとめて説明する。
(1)第1実施形態のオイルミストセパレータ10用の濾材18は濾材本体21の表面に撥水撥油被膜19を有し、該撥水撥油被膜19は撥水撥油成分20が濾材本体21に対して化学結合により結合されて構成されている。このため、濾材18を長期間に亘って使用した場合でも、撥水撥油成分20と濾材本体21との間は化学結合により強固に結合されていることから、その結合が切断されるおそれはない。従って、撥水撥油成分20はその機能を長期間持続して発揮することができる。
【0026】
よって、第1実施形態のオイルミストセパレータ10用の濾材18によれば、オイルミストの捕捉能力を長期間に亘って維持することができるとともに、オイルの目詰まりを防いで圧力損失の増大を抑制することができ、優れた耐久性を発揮することができる。
(2)撥水撥油被膜19は撥水撥油成分20の単分子膜であることから、その膜厚を薄く、一定に形成することができ、撥水撥油機能を濾材全体で均一に発揮することができ、圧力損失の増大を有効に抑制することができる。
(3)撥水撥油被膜19は、濾材本体21表面の水酸基と撥水撥油成分20としてのフルオロアルキルアルコキシシランの反応により化学結合されて形成されている。このため、水酸基とアルコキシ基との脱メタノール反応が容易に進行し、濾材本体21表面と撥水撥油成分20との間に強固な化学結合を形成することができる。
(4)濾材本体21表面の水酸基は、水酸基を有しない濾材本体21、具体的にはPETに活性エネルギーを照射することにより形成される。このため、前記反応式(a)、反応式(b)及び反応式(c)の反応工程に基づいて濾材本体21表面に円滑に水酸基を導入することができる。
(5)濾材本体21は不織布により密度の異なる複数層、すなわち高密度層21a及び低密度層21cが積層された2層又は高密度層21a、中密度層21b及び低密度層21cが積層された3層に構成され、低密度層21c側から活性エネルギーが照射又は供給されるように構成されている。この場合、活性エネルギーが濾材本体21の内部まで浸透しやすく、水酸基の生成反応を濾材本体21の厚み方向に均等に進行させることができるとともに、化学結合の結合反応も濾材本体21の厚み方向に均等に実施することができる。
(6)不織布における充填率が10%以下に設定されることにより、不織布内の空隙を増加させることができ、活性エネルギーを不織布の内部まで浸透しやすくすることができる。
(7)濾材18の使用に際しては、ガス流の上流側が高密度になるように構成することで、オイルが高密度部分で捕捉され、それがガス流に乗って下流の低密度部分に移動し、低密度部分から落ちて回収される。このとき、濾材本体21には薄く、均一な厚さの撥水撥油被膜19が全体的に形成されている。従って、オイルは目詰まりを起こすことなく高密度部分で有効に捕捉されて、低密度部分から円滑に落下する。よって、通気抵抗の増加を抑制し、圧力損失を低くでき、耐久性を向上させることができる。また、目詰まりしないため、水分も適切に捕捉することができる。
(第2実施形態)
次に、本発明を空調装置(エアコンディショナー)に用いられる斜板式圧縮機におけるオイルミストセパレータ用の濾材18に具体化した第2実施形態を図5及び図6に基づいて説明する。
【0027】
図5及び図6に示すように、この斜板式圧縮機において、回転軸31が回転されると斜板32を介してピストン33がシリンダボア34内で往復動される。このため、冷媒ガスが両吸入室35から吸入弁機構36を介して各シリンダボア34の圧縮室37内に吸入され、圧縮される。圧縮された冷媒ガスは、各シリンダボア34の圧縮室37内から吐出弁機構38を介して吐出室39に吐出された後、吐出通路40を通して吐出マフラー41内に導かれ、さらに吐出口43を介してエバポレータ等の外部冷凍回路に吐出される。第1実施形態と同様に構成されたオイルミストセパレータ10の濾材18は円筒状に形成されて吐出口43の内端に圧入又は接着により嵌着され、吐出マフラー41内に向かって突出されている。
【0028】
図6に示すように、オイル誘導路44は吐出マフラー41の内底部から回転軸31の軸受部に到るように、シリンダブロック45に形成されている。そして、冷媒ガスが吐出口43から吐出される際には、吐出口43に濾材18が突設されていることから、その冷媒ガスは濾材18を通過して吐出口43へ吐出される。このため、濾材18により冷媒ガスに混在するオイルミストが分離され、吐出マフラー41の内底部に落下される。そして、濾材18により分離されて吐出マフラー41の内底部に落下するオイルが、このオイル誘導路44を通して回転軸31の軸受部に導かれて、回転軸31等の潤滑に供される。
【0029】
従って、この第2実施形態によれば、第1実施形態の(1)〜(7)に示した効果に加え、次のような効果を奏することができる。
(8)斜板式圧縮機において、吐出口43に濾材18を突設するという簡単な構造であるにも拘らず、冷媒ガス中からオイルを効果的に分離することができる。加えて、吐出口43に濾材18を設けるだけでよいことから、製造コストの低減を図ることができる。
(9)冷媒ガス中のオイルを分離できるため、吐出口43から吐出される冷媒ガスの外部冷凍回路における熱交換効率を向上させることができるとともに、冷房能力を高めることができ、しかも可動部に十分な量のオイルを供給できて圧縮機の信頼性を向上させることができる。
【実施例】
【0030】
以下に、参考例、実施例及び比較例を挙げて前記実施形態をさらに具体的に説明する。
(参考例1、濾材本体21表面における水酸基の生成)
濾材本体21として、ポリエチレンテレフタレート樹脂(PET)繊維を使用し、常法に従って調製した不織布を単層として用いた。PET繊維の繊維径を11μm、濾材本体21の厚みを1mm、PET繊維の充填率を12%とした。この濾材本体21に紫外線(波長172nm、入力側電力20W、出力側電力10mW/cm)を距離100mm隔てて照射し、濾材本体21表面に対する水酸基の形成状況について水の接触角を測定することによって確認した。その結果を表1に示した。
(参考例2、濾材本体21表面における水酸基の生成)
濾材本体21として、PET繊維を使用し、常法に従って調製した不織布を図2(b)に示すような3層として用いた。PET繊維の繊維径を11μm、濾材本体21の厚みを4.8mm、PET繊維の充填率を5.2%とした。この濾材本体21に紫外線(波長172nm、入力側電力20W、出力側電力10mW/cm)を照射し、濾材本体21表面に対する水酸基の形成状況について水の接触角を測定することによって確認した。その結果を表1に示した。
【0031】
【表1】

表1に示したように、参考例1の濾材18はその厚みが薄いことから、濾材本体21表面への水酸基の導入が速く、60分後には接触角が0°となって水酸基の導入が完了した。一方、参考例2の濾材本体21は3層構造ではあるが、厚みが厚いことから、参考例1に比べて接触角の低下が遅いが、60分後に水酸基の導入がほぼ完了した。
(実施例1、化学結合の形成)
前記参考例2の濾材を使用し、撥水撥油成分20としてヘプタデカフルオロデシルトリメトキシシランを用いて、濾材本体21表面の水酸基と撥水撥油成分のメトキシ基を反応させて化学結合を形成させた。濾材本体21は目付量345g/m、面積50/cmのものを5枚、すなわち8.6g使用し、撥水撥油成分20を25μl使用した。そして、容器内に濾材本体21を配置するとともに、撥水撥油成分20を収容し、容器内を150℃に加熱することにより、濾材本体21表面の水酸基と撥水撥油成分20のメトキシ基との脱メタノール反応を実施した。加熱前、15分後、30分後、60分後及び90分後における濾材18表面のオイルに対する接触角を測定し、その結果を表2に示した。
【0032】
【表2】

表2に示したように、加熱時間の経過とともに接触角は大きくなり、60分後に接触角が最も高くなり、90分ではほぼ同じ値であった。従って、加熱後60分程度で化学結合が完全に形成されることが判明した。
(実施例2、3及び参考例3、濾材の耐久性評価)
後述の実施例2〜4では実施例1で得られた濾材18を用い、図1に示すオイルミストセパレータ10内で実際に使用した場合を想定して試験を行った。実施例2〜4ではエンジンオイルを吹き付けた又は吹き付けない実施例1の濾材18を耐圧容器内に収容し、該耐圧容器内にブローバイガス又は空気を封入し、該耐圧容器を130℃の恒温槽内に入れ、その状態で300時間放置した。
【0033】
すなわち、実施例2では、該耐圧容器内に劣化エンジンオイルを吹き付けた濾材18を使用するとともに、該耐圧容器内にブローバイガスを封入した。実施例3では、新しい未劣化エンジンオイルを吹き付けた濾材18を使用するとともに、該耐圧容器内にブローバイガスを封入した。
【0034】
そして、300時間経過した後の濾材18について、水に対する接触角を測定し、その結果を表3に示した。
【0035】
【表3】

表3に示した結果より、試験前、すなわち撥水撥油成分20が形成されただけの濾材本体21では125°の接触角が得られた。実施例2及び3では劣化オイル又は新オイル及びブローバイガスの雰囲気の条件に対し、接触角は若干低下するが、十分な耐久性を示す結果が得られた。一方、参考例3ではオイルを使用せず、空気雰囲気であったため、接触角はほとんど低下せず、耐久性を示す結果が得られた。
(実施例4及び比較例1)
実施例4の濾材18として前記実施例1で得られた濾材18を使用し、比較例1の濾材18として水酸基の生成及び化学結合の形成を行わない不織布を使用した。すなわち、実施例4では、エンジンオイルを吹き付けない濾材18を使用した。そして、それらの不織布を図1に示すオイルミストセパレータ10内に取付け、オイルミスト供給量(g)に対する圧力損失(kPa)を常法に従って測定した。その結果を図4に示した。図4において、実線は実施例4を示し、破線は比較例1を示す。なお、実際の測定結果は圧力変動があるが、グラフにおいてはその平均値を示した。
【0036】
図4に示すように、実施例4の濾材18は比較例1の濾材18に比べて、オイルミストの供給量が増大したとき、圧力損失を約30%低下させることができることが示された。
なお、前記実施形態を次のように変更して実施することも可能である。
【0037】
・ 濾材本体21として、充填率が異なる複数の不織布を積層したものを使用することもできる。
・ オイルミストセパレータ10として、シリンダヘッドカバー11の内部に、平板状やひだ折り状の濾材18が適用される形式や、オイルミストセパレータ10としてエンジン周りに単独で設けられる場合にも有効である。
【0038】
・ 濾材18が適用されるオイルミストセパレータ10として、バイパスフロー式、インパクタを有するフィルタ式等の形式が挙げられる。
・ 撥水撥油成分20として、前記フッ素樹脂に代えてシリコーン樹脂を用いることも可能である。
【0039】
・ 図1の二点鎖線に示すように、濾材18を支持する下流側支持板15にバイパスバルブ16を設けることができる。この場合には、濾材18の目詰まりによって濾材18内部の圧力が一定値に達するとバイパスバルブ16が開放されて濾材18内部の圧力上昇を抑えることができる。
【0040】
・ 図7(a)、(b)に示すように、オイルミストセパレータ10のハウジング12内の中央部にはプリーツ状で、かつ図2(a)、(b)に示す断面構成の濾材18を配置するとともに、該濾材18と流入孔13との間には衝突板55が交互に配置されて形成されたインパクタ56を設けることができる。そして、流入孔13から流入されたオイルミストとエアの混合ガス(ブローバイガス)は、図7中の矢印に示すようにインパクタ56を通過し、続いて濾材18を通過した後、流出孔14から流出される。混合ガス中のオイルミストはその一部がインパクタ56で分離された後、濾材18で分離される。
【0041】
・ 図8に示すように、下流側支持板15には複数の貫通孔57を形成し、ブローバイガスの一部が上流位置の濾材18を通過することなく貫通孔57を通過するように構成する。下流側支持板15より下流には支持プレート17を配置し、その上流側面には板状をなす下流位置の濾材18(インパクタ)を接合することができる。この下流位置の濾材18は図2(a)、(b)に示すものが用いられ、低密度層21c側が支持プレート17側になる。そして、前記貫通孔57を通過した混合ガスは、下流位置の濾材18に衝突してオイルミストの一部が分離される。
【0042】
・ 図9に示すように、オイルミストセパレータ10を構成する分離筒59内には板状の濾材18を交互に配置し、混合ガスが蛇行して通過するように構成することもできる。この場合、濾材18に当った混合ガスの一部は濾材18を通過し、オイルミストが分離される。
【0043】
・ 図10に示すように、オイルミストセパレータ10としてのサイクロン60の内周面に円筒状の濾材18を高密度層21a側が中心側になるように配置することもできる。このとき、サイクロン60内を上方から下方へ旋回されながら通過する混合ガス中の一部のオイルミストが濾材18で分離される。
【0044】
・ 図11に示すように、オイルミストセパレータ10を構成する分離筒体61を直角に曲げ形成し、その下流部には複数の衝突板62を交互に配置したインパクタ63を設けるとともに、流入孔13に対向する位置に板状の濾材18を高密度層21aが流入孔13に対向するように配置することができる。この場合には、流入孔13から流れ込んだ混合ガスはその正面の濾材18に当ってオイルミストが分離され、さらに直角に向きを変えて下流へ流れる。
【0045】
・ 前記第1実施形態、第2実施形態、さらに各別例において、前記濾材18によりミスト中に含まれる水(水分)を分離することができる。
・ 換気扇のフィルタとして前記濾材18を使用することにより、ミスト中に含まれるオイル又は水を分離することができる。
【符号の説明】
【0046】
10…オイルミストセパレータ、18…濾材、19…撥水撥油被膜、20…撥水撥油成分、21…濾材本体、21a…高密度層、21b…中密度層、21c…低密度層。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ガス中からオイル又は水を除去するためのミストセパレータに用いられる濾材であって、
表面に撥水撥油被膜を有し、該撥水撥油被膜は撥水撥油成分が濾材本体に対して化学結合により結合されて構成されていることを特徴とするミストセパレータ用の濾材。
【請求項2】
前記撥水撥油被膜は単分子膜であることを特徴とする請求項1に記載のミストセパレータ用の濾材。
【請求項3】
前記撥水撥油被膜は、濾材本体表面の水酸基と撥水撥油成分としてのフルオロアルキルシランの反応により化学結合されて形成されていることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載のミストセパレータ用の濾材。
【請求項4】
前記濾材本体表面の水酸基は、水酸基を有しない濾材本体に活性エネルギーを付与することにより形成されたものであることを特徴とする請求項3に記載のミストセパレータ用の濾材。
【請求項5】
前記濾材本体は不織布により密度の異なる複数層が積層されて構成され、低密度層側から活性エネルギーが付与されるように構成されていることを特徴とする請求項4に記載のミストセパレータ用の濾材。
【請求項6】
前記不織布における充填率は10%以下に設定されていることを特徴とする請求項5に記載のミストセパレータ用の濾材。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2012−96217(P2012−96217A)
【公開日】平成24年5月24日(2012.5.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−89172(P2011−89172)
【出願日】平成23年4月13日(2011.4.13)
【出願人】(000241500)トヨタ紡織株式会社 (2,945)
【出願人】(504139662)国立大学法人名古屋大学 (996)
【Fターム(参考)】