説明

ミズゴケ栽培ユニット

【課題】室内でも可能なミズゴケの栽培手段を見出すこと。
【解決手段】一部又は全部が外部からの光の透過が可能な外壁にて設けられた、水蒸気で実質的に満たされた空間内において、ミズゴケの植物体、水及び二酸化炭素を含む気体が共存してなることを特徴とするミズゴケ栽培ユニットを提供し、これを室内に載置するだけで、当該ユニット内のミズゴケが養生され得ることを見出し、本発明を完成した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、植物の栽培手段、より具体的にはミズゴケの室内においても可能な栽培手段に関する発明である。
【背景技術】
【0002】
近年、ミズゴケ栽培増殖に関する研究により、絶滅危惧植物である本種を安定かつ容易に大量栽培することが可能になった。この発明は、現在、屋上緑化、ダムや湖水でのフロー栽培ならびに自然環境に生息する環境修復など屋外条件下を前提としたフィールドにおける大量栽培に大きく貢献している。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、現在のところミズゴケを栽培するには、屋外で、かつ、十分な日照が確保可能なところを栽培場所として選択することが必要であった。ミズゴケの種々の優れた特性を活かすには、これではなお不十分であり、室内においてもミズゴケを生育させることが可能な技術の提供が待たれている。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明者らはこの課題の解決に向けて鋭意検討を重ねた。その結果、ミズゴケを比較的高湿度が保たれた密閉空間に載置することにより、驚くべきことに、室内においてもミズゴケを生育させることが可能であることを見いだし、本発明を完成した。
【0005】
すなわち、本発明は、一部又は全部が外部からの光の透過が可能な外壁にて設けられた、水蒸気の出入りが実質的に認められない空間内において、ミズゴケの植物体、水、及び、空気等の二酸化炭素を含む気体が共存してなることを特徴とする、ミズゴケ栽培ユニット(以下、本栽培ユニットともいう)を提供する発明である。
【0006】
なお、本発明で「ミズゴケ」とは、特に断らない限り、野生に生えた状態と実質的に同一の状態の生長可能なミズゴケである。また、「乾燥ミズゴケ」とは、前記の生長可能なミズゴケに加熱滅菌処理を施したミズゴケのことを意味し(市販品も可)、さらに、前記の生長ミズゴケを自然乾燥させて得られるミズゴケのことも意味する。いずれにしても、「乾燥ミズゴケ」とは、その製造工程のことを特定する用語であり、それが水を含んでいるか否かは問題とはならない。
【0007】
また、本発明が適用され得るミズゴケは、コケ植物蘚類 ミズゴケ科 ミズゴケ属(Sphagnum L.)に属する全てを意味し、例えば、日本国原産のものであれば、オオミズゴケ(Sphagnum palustre L.)、イボミズゴケ(Sphagnum papillosum Lindb.)、ムラサキミズゴケ(Sphagnum magellanicum Brid.)、キレハミズゴケ(Sphagnum aongstroemii C.Hartm)、キダチミズゴケ(Sphagnum compactum DC.)、コアナミズゴケ(Sphagnum microporum Warnst.ex Card)、コバノミズゴケ(Sphagnum calymmatophyllum Warnest.& Card.)、ユガミミズゴケ(Sphagnum subsecundum Nees ex Sturm)、ホソバミズゴケ(Sphagnum girgensohnii Russow)、チャミズゴケ(Sphagnum fuscum(Schimp.) H.Klinggr.)、ヒメミズゴケ(Sphagnum fimbriatum Wilson ex Wilson & Hook.f.)、スギハミズゴケ(Sphagnum capillifolium(Ehrh.) Hedw.)、ホソベリミズゴケ(Sphagnum junghuhnianum Dozy & Molk. Subsp. Pseudomolle(Warnest.) H.Suzuki)、ワタミズゴケ(Sphagnum tenellum Hoffm.)、ハリミズゴケ(Sphagnum cuspidatum Hoffm.)、アオモリミズゴケ(Sphagnum recurvum P. Beauv.)、ウロコミズゴケ(Sphagnum squarrosum Crome)等を挙げることができる。また、日本国以外の地域原産のミズゴケを、本発明に適用することも可能であることは勿論である。
【0008】
これらのミズゴケの中でも、オオミズゴケは、「生長ミズゴケ」としても、「乾燥ミズゴケ」としても、本発明を適用するのに好適なミズゴケの一つである。
【0009】
「光の透過が可能な外壁」の素材としては、例えば、透明又は半透明ガラス(色つきを含む)、透明又は半透明プラスチック(色つきを含む)、石英等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。また、「一部又は全部」とは、本栽培ユニットの外壁全体が光の透過が可能な素材である場合と、一部のみが光の透過が可能な素材である場合があり得るという意味である。ただし、本栽培ユニット内部の照度として、500ルクスを通常の室内において容易に得られる形態であることが好適である。
【0010】
「水蒸気で実質的に満たされた空間」とは、好適には「一部又は全部が外部からの光の透過が可能な外壁」によって設けられた空間の内部と外部の水蒸気の交換が著しく制限されている状態の空間で水蒸気が維持されている状態を意味するものである。一つの態様として、通常のガラス、プラスチック、石英、不透性膜等のごとくに、水蒸気のみならず、空気、酸素、窒素、二酸化炭素等の、これらの素材で設けた壁の外側と内側の、水蒸気のみならず通常のガス交換が実質的に遮断される外壁でのみ設けられた閉鎖空間で水蒸気が満たされた状態を例示することができる。この態様では、一定期間毎、例えば、1週間〜1ヶ月毎に、当該閉鎖空間内の積極的なガス交換を行うことによってミズゴケの炭酸同化に必要な二酸化炭素を閉鎖空間内に導入することが好適である。当該外壁の水蒸気を含めた外壁の通気性が高くなると、水蒸気を維持するために水をユニット内に充填するメンテナンスの頻度を高くする必要がある。また、当該外壁の全部又は一部を、防水・通気性素材、好ましくは水蒸気以外のガス交換は許容するが、水蒸気の交換に対しては制限的な素材、例えば、4フッ化エチレン多孔質膜等(例えば、テミッシュ:日東電工社製)の膜とすることによって、恒常的にミズゴケの炭酸同化に必要な二酸化炭素を閉鎖空間内に外部から供給することができる。
【0011】
上述の「二酸化炭素を含む気体」は、特に限定されないが、通常は空気である。二酸化炭素はミズゴケが炭酸同化をするために必要である。
【0012】
本栽培ユニット内に封入されるミズゴケの植物体は、ミズゴケの茎部、葉部、枝部、又は、これらの部分の複合植物体のいずれであってもよい。さらに、ミズゴケを、湿らせた状態の乾燥ミズゴケと接触させた状態(当該乾燥ミズゴケ上にミズゴケを載置する、差し込む等により、このような状態とすることができる)。
【0013】
また、水は、ユニット内の蒸気分圧を高めるために封入するものである。水は、必要に応じてユニット内に供給できるように、例えば、本栽培ユニットにおいて、水を溜める部分をカセット化して、ユニットから着脱可能とすることが好適である。勿論、このような水溜カセットにミズゴケの載置部を一緒に設けてもよい。
【0014】
本栽培ユニット1個の空間容積は特に限定されないが、ミズゴケ植物体1個あたり1〜1000cm3程度が好適である。また、空間内に共存させるべき水の量は、空間内が飽和水蒸気量相当になった状態が継続すべき量であれば特に限定されず、空間100cm3あたり0.5〜5ml程度が好適である。勿論、5ml/空間容積100cm3よりも水の量が多くても許容される。
【0015】
このようにして、本栽培ユニットを構成することができる。
【0016】
本栽培ユニットは、屋内又は屋外の環境に存在させることにより、当該ユニット内のミズゴケ植物体を養生することが可能である。この場合、屋内又は屋内の最大照度が500ルクス以上であることが好適である(これ以下の最大照度でもミズゴケの生育は可能である)。また、屋外においては、特に積極的な照明を、本栽培ユニットに対して施す必要はない。屋内は、通常、人間が朝〜昼間〜夕刻と認識する時間、好適には最大照度500ルクス以上となるような照明環境に本栽培ユニットを載置することが必要である。このような屋内の場合の本ユニットに与える非暗黒時間は6時間以上であることが好適であり、それ以上であってもよい(24時間の非暗黒時間も許容される)。
【0017】
このように、本栽培ユニットは、屋外であっても屋内であっても、連続してミズゴケの養生が可能であるので、本栽培ユニットを、例えば、壁面に1個以上固定することによって、これを、屋内又は屋外で用いることが可能なミズゴケ緑化壁面とすることができる。この場合、本栽培ユニットの外壁の素材の全部又は一部を、ガス交換が可能な素材(水蒸気は実質的に透過させない素材が好適である)とすることにより、いわば呼吸する壁としての役割を持たせることができる。これは、室内における実施意義が非常に大きい。
【発明の効果】
【0018】
本発明により、屋外及び屋内において、ミズゴケを連続して養生可能な手段が提供され、これにより、いわば、「呼吸する壁」を屋内においても設けることが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
本実験では、非無菌培養条件(in vivo条件)および無菌培養条件(in vitro条件)の2つの条件を設けて検討した。
【0020】
in vivo条件では、密閉可能な約100cm3容のビニール袋に生ミズゴケ1個体(先端部を含む1個体の植物体が5cmになるように切除したもの)を植物片として入れ、そこに水道水を1〜2ml入れた後、室内で増殖を観察した。設置箇所は、温度が18℃〜28℃、最大照度500 ルクスの条件を満たす場所(室内照明:1日10時間程度が非暗黒時間)で培養した。
【0021】
in vitro条件では、培養に用いた培地等は、(1)Knop 改変培地(寒天培地)、
(2)オートクレーブ滅菌処理をし、滅菌水で保水させた乾燥ミズゴケ、(3)蒸留滅菌水および、(4)水道滅菌水である。また、置床方法は、乾燥ミズゴケおよびKnop培地については、培地上に置床し、滅菌水(蒸留水・水道水)については、完全に浸漬させたものと、植物体が半分水中、半分水上にあるように設置したものの2種類の条件を設けて試験を行った。
【0022】
本実験で用いた培地および置床条件の組み合わせを表1に示す
【0023】
【表1】

<結果>
(1)in vivo実験については6ヶ月間継続の試験を3回反復して行った。その結果、ミズゴケ植物体の1個体から、新たに分枝した伸長茎が10以上得られた。また、それぞれの分枝した伸長茎の長さは4cm程度であった。全て緑色が保持されており、褐変又は枯死した伸長茎は全く認められなかった。
【0024】
(2)in vitro試験のデータを表2にて示す。
【0025】
【表2】

表2により、ミズゴケ植物体を乾燥ミズゴケに接触させることが好適であることが判明した。
【0026】
これらの試験により、照度が500ルクス以下の密閉された空間で生きたミズゴケが安定して増殖できる手段を得ることができた。これは、屋内でのミズゴケ増殖・緑化導入が可能であることを意味する。具体的には、光を透過することが可能なガラス、プラスチックおよび通気性膜、非通気性膜、防水・通気性膜などの素材容器の中に生きたミズゴケを入れることにより屋内でも増殖する。その他の用途として、素材でセル状のものを作成し外壁にタイル状にとりつけることも考えられる。また通気性の素材を用いて施行することにより「呼吸する壁」としてCO2吸着とO生産機能をあわせもつことが可能な壁を作製することも期待できる。
【0027】
[参考例]
<ミズゴケの胞子体からの再生培養>
ミズゴケ(Sphagnum palustre L.)の胞子体を採取して、0.5%塩化ベンザルコニウムに30〜10秒、2.5%アンチホルミンに30〜10秒、蒸留水に60秒接触させて、当該胞子をKnop改変培地(寒天培地)にセロハンを引いて、その上に載置して、静置培養を22〜27℃で行い原子体を得た。当該原子体を回収して、液体通気培養を行った。
【0028】
液体通気培養の条件は、培地をKnop改変培地(液体培地)として、エアポンプ流量を900〜1400ml/分として、光条件は、明時の照度を5000ルクスとした明時間を16時間(暗時間8時間)とした。この条件で、20日間の液体通気培養を行ったところ、ミズゴケの植物体が0.04gから0.74gに増加していた。また、光条件を24時間5000ルクスの明条件とした場合も実質的に同様の結果が得られた。よって、ここに記した条件で、無菌播種した原子体からのミズゴケの再生培養が可能であることが明らかになった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一部又は全部が外部からの光の透過が可能な外壁にて設けられた、水蒸気で実質的に満たされた空間内において、ミズゴケの植物体、水及び二酸化炭素を含む気体が共存してなることを特徴とする、ミズゴケ栽培ユニット。
【請求項2】
ユニット内のミズゴケ植物体が、乾燥ミズゴケに接触していることを特徴とする、請求項1記載のミズゴケ栽培ユニット。
【請求項3】
ユニット内にミズゴケの植物体と共存する二酸化炭素を含む気体が、空気であることを特徴とする、請求項1又は2記載のミズゴケ栽培ユニット。
【請求項4】
ユニットを構成する外壁の全部又は一部が、通気性及び防水性を兼ね備えた素材で構成されていることを特徴とする、請求項1〜3のいずれかに記載のミズゴケ栽培ユニット。
【請求項5】
請求項1〜4記載のミズゴケ栽培ユニットが1個以上固定されてなる、ミズゴケ固定化物。
【請求項6】
請求項1〜4のいずれかに記載のミズゴケ栽培ユニットを、屋内又は屋外の環境に存在させることにより、当該ユニット内のミズゴケ植物体を養生することを特徴とする、ミズゴケ植物体の養生方法。
【請求項7】
屋内又は屋内の最大照度が500ルクス以上であることを特徴とする、請求項6記載のミズゴケ植物体の養生方法。
【請求項8】
屋内における非暗黒時間が6時間以下であることを特徴とする、請求項6又は7記載のミズゴケ植物体の養生方法。

【公開番号】特開2007−129912(P2007−129912A)
【公開日】平成19年5月31日(2007.5.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−323158(P2005−323158)
【出願日】平成17年11月8日(2005.11.8)
【出願人】(596118194)
【Fターム(参考)】