説明

メタン資化細菌を用いた圧力調整下におけるメタノールの製造方法

【課題】メタン資化細菌を用いてメタンからメタノールを製造する方法を提供する。
【解決手段】減圧下においてメタン資化細菌及び/又はその処理物をメタンと接触させる工程を含むメタノールの製造方法によって解決することができる。減圧下でメタノールを製造することにより、メタノールの沸点が低下する。そのため、生成されたメタノールが気化し、液相から気相へ移行する。このことにより、メタノール自身によるメタン資化細菌のメタノールの生成阻害を抑制し、効率よくメタノールを製造することが可能である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、メタノールの製造方法に関する。本発明によれば、メタン資化細菌及び/又はその処理物を用い、減圧下においてメタノールを生成することよって、メタノールが気化し、メタノールの回収が容易になると共に、効率的にメタノールを製造することが可能である。
【背景技術】
【0002】
石油資源の枯渇に伴って、石油からよりクリーンな石油代替エネルギーへのシフトが求められている。メタノールは、世界で年間2500万トン程度が化学品原料として用いられており、常温で液体であるため、輸送及び貯蔵が容易である。また、燃焼時に大気汚染で問題となる煤煙が発生しないため、クリーンで環境負荷が少ない次世代の液体燃料として最適であると考えられており、特に、メタノール燃料電池の燃料としての利用が進んでいる。
【0003】
メタノールは、工業的にはメタンを原料として製造されているが、メタンのメタノール変換反応は、エネルギー的に極めて困難な反応である。現在、メタノールの製造は固体触媒(化学触媒)を用いて、数百℃及び数百気圧という高温及び高圧下で、合成ガスを経由する二段階反応により行われている。従って、高温・高圧を維持するための大規模な設備が必要であり、製造コストが高くなるという問題点がある。
【0004】
一方、自然界にはメタンを唯一の炭素源として生育する微生物が広く存在しており、メタン資化細菌と呼ばれている。メタン資化細菌は、メタンをメタノールに変換することのできるメタンモノオキシゲナーゼ(以下、MMOと称することがある)という酵素を有しており、常温及び常圧下においてメタンをメタノールに変換することができる。このメタン資化細菌を利用してメタンをメタノールに変換するメタノールの製造方法が試みられている。
【0005】
しかしながら、メタン資化細菌のメタノール生成活性は、生成されたメタノール自体によって阻害(被毒)される。従って、メタン資化細菌が含まれる液相にメタノールが蓄積するとメタノールの生成が阻害され、高濃度のメタノールを蓄積することができない。例えば、メタン資化細菌であるMethylosinus trichosporium OB3bを用いた場合では、溶液中のメタノール濃度が約7mMで反応は停止してしまう(非特許文献1)。この問題を解決する方法として、メタノールの沸点(64.1℃)以上でメタノールを産生することのできるメタン資化細菌を用いて、前記沸点以上の温度条件においてメタノールを生産する方法が提案されている。この方法によれば、生成されたメタノールは気化して系外へ排出されるため、メタノールによるメタン資化細菌の被毒を抑えることが記載されている(特許文献1)。すなわち、メタノールが液相から気相へ移行することによって、メタノール自体によるメタノールの生成阻害が抑えられ、効率よくメタノール産生ができると考えられている。
【0006】
しかしながら、メタノールの沸点(64.1℃)以上でメタノールを産生することのできるメタン資化細菌の報告は少なく、例えば、前記特許文献1に記載の75℃で生育可能なメタン資化細菌の報告(特許文献1、及び非特許文献2)、及びミューレルらによるメタン資化細菌の報告(非特許文献3)があるのみである。更に、これらの高温でメタノールを産生するメタン資化細菌は、効率的にメタノールを産生することができないと考えられ、例えば、特許文献2は、メタンを含む雰囲気下でコロニーを形成した菌が65℃及び75℃で生育可能であることを開示しているのみであり、実際にメタノールの沸点以上でのメタノールの産生は報告されていない。
【特許文献1】特開2005−270015号公報
【非特許文献1】「アプライド・バイオケミストリー・アンド・バイオテクノロジー(Applied Biochemistry and Biotechnology)」(米国)1997年、第68巻、p.143−
【非特許文献2】「インターナショナル・ジャーナル・オブ・システマティック・アンド・エボルーショナリー・マイクロバイオロジー(International Journal of Systematic and Evolutionary Microbiology」(英国)2005年、第55巻、p.1877−1884
【非特許文献3】「エフイーエムエス・マイクロバイオロジー・レターズ(FEMS Microbiology Letters)」(英国)1999年、第170巻、p.335−341
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明者らは、メタン資化細菌を用いた効率的なメタノールの製造方法について、鋭意研究した結果、メタン資化細菌をメタンと接触させる場合に、反応系を減圧条件とすることによってメタノールの沸点を64.1℃未満とし、比較的低い温度でメタノールを液相から気化させ、効率よくメタノールを製造することができることを見出した。また、減圧条件の圧力の選択により、メタノールの沸点を調節することが可能であり、ほとんどのメタン資化細菌を本発明の製造方法に使用することが可能である。従って、使用するメタン資化細菌のメタノール生成に最適な温度においてメタノール生成を行うことができるため、この点からも効率的なメタノールの製造が可能であることを見出した。
本発明は、こうした知見に基づくものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
従って、本発明は、減圧下においてメタン資化細菌及び/又はその処理物をメタンと接触させる工程を含む、メタノールの製造方法に関する。
本発明による製造方法の好ましい態様においては、前記減圧が0.005Mpa以上、且つ0.1Mpa未満である。
本発明による製造方法の別の好ましい態様においては、前記メタン資化細菌及び/又はその処理物をメタンと接触させる温度が、前記減圧下におけるメタノールの沸点以上である。
本発明による製造方法の別の好ましい態様においては、メタン資化細菌及び/又はその処理物をメタンと接触させることによって生成されたメタノールを気相から回収する工程を更に含む。
本発明による製造方法の別の好ましい態様においては、前記メタン資化細菌及び/又はその処理物が、メタノールデヒドロゲナーゼが不活化処理されたものである。
【発明の効果】
【0009】
減圧下でメタン資化細菌及び/又はその処理物をメタンと接触させることによって、メタノールの沸点を64.1℃未満とし、生成されたメタノールを比較的低い温度で気化させることが可能である。蒸発によって、液相から気相にメタノールが移行するため、液相におけるメタノール自体によるメタン資化細菌のメタノールの生成阻害が抑制され、効率よくメタノールを製造することができる。また、減圧によりメタノールの沸点を調節することが可能であり、使用するメタン資化細菌のメタノール生成に最適な温度においてメタノール生成を行うことができる。従って、本発明方法では、最適培養温度が比較的低いが、メタンからメタノールへの変換効率が高いメタン資化細菌を使用することが可能である。
【0010】
更に、生成されたメタノールは、液相において、菌体内に存在するメタノールデヒドロゲナーゼ(以下、MDHと称することがある)によって酸化されホルムアルデヒドに分解される。しかしながら、本発明方法においては、液相からメタノールが気相へと気化するため、生成されたメタノールがメタン資化細菌と接触しないため、MDHによるメタノールの分解を減少させることができる。
また、気化したメタノールは連続的に気相から容易に回収することが可能であり、従って、気相から生成されたメタノールを回収し、基質であるメタンを生成系に連続的に供給することによって、連続的に効率よくメタノールを生産することが可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明のメタノールの製造方法は、減圧下においてメタン資化細菌及び/又はその処理物をメタンと接触させる工程を含む。減圧下においては、メタノールの沸点が64.1℃未満に低下するため、液相において生成されたメタノールが64.1℃未満で気化することができる。従って、減圧下におけるメタノールの沸点以上の温度で、メタン資化細菌及び/又はその処理物をメタンと接触させることによって、生成されたメタノールが液相から気化し、メタン資化細菌及び/又はその処理物のメタノール自体による活性阻害を抑制することが可能である。また、圧力を調整することによって、メタノールの沸点をコントロールすることが可能であるため、使用するメタン資化細菌のメタノール生成に適した任意の温度において、メタン資化細菌及び/又はその処理物をメタンと接触させることができる。
【0012】
メタン資化細菌及び/又はその処理物をメタンと接触させる圧力の上限は、メタノールの沸点が64.1℃未満に低下する圧力であれば特に限定されない。具体的には、圧力が0.1Mpa未満であれば特に限定されないが、好ましくは0.09Mpa以下、より好ましくは0.08Mpa以下、最も好ましくは0.05Mpa以下である。0.1Mpa以上では、メタノールの沸点が64.1℃以上となり、生成されたメタノールを効率よく気化させるために反応系の温度を64.1℃以上にする必要があるからである。また圧力の下限も、特に限定されないが、好ましくは0.005Mpa以上、より好ましくは0.007Mpa以上、最も好ましくは0.01Mpa以上である。圧力がより低い方がメタノールの沸点が低下し、メタノールが気化しやすくなるが、0.005Mpa未満ではメタノールの生成の基質であるメタンが液相に溶けにくく、メタンの液相への供給が困難となるからである。なお、本明細書では、圧力をMpa又はatmの単位で示すが、標準大気圧1atmは、およそ0.1Mpaに相当する。正確には、1atm=0.1013Mpaである。
【0013】
メタン資化細菌及び/又はその処理物をメタンと接触させる温度は、減圧下においてメタノールが気化することのできる温度であれば特に限定されないが、下限はその圧力におけるメタノールの沸点−10℃以上が好ましく、沸点−5℃以上がより好ましく、沸点以上が最も好ましい。メタノールの沸点−10℃以下であると、メタノールが気相から液相に気化しにくいからであり、特に、沸点以上であると効率よく気相から液相に気化するからである。メタノールの沸点と圧力の関係を図1に示す。
例えば、図1よりメタノールの沸点は、0.1MPaの場合64℃、0.09Mpaの場合62℃0.07Mpaの場合55℃、0.05Mpaの場合50℃、0.02Mpaの場合35℃、0.01Mpaの場合21℃である。
【0014】
メタン資化細菌及び/又はその処理物をメタンと接触させる温度の上限は、メタン資化細菌のメタンモノオキシゲナーゼが、機能する温度であれば限定されない。メタノールが気化するためには、温度が高い方がよいが、高温で効率的にメタノールを生成することのできるメタン資化細菌は少ない。従って、温度の上限は、例えば75℃以下であり、好ましくは64.1℃以下であり、より好ましくは64.1℃未満であり、更に好ましくは60℃以下であり、最も好ましくは55℃以下である。
【0015】
メタン資化細菌は、低温で生育することのできる好冷性メタン資化細菌から高温で生育することのできる好熱性メタン細菌まで、様々な温度範囲において生育するメタン資化細菌が単離されている。本発明の方法においては、前記のように任意の温度においてメタン資化細菌及び/又はその処理物をメタンと接触させることよってメタノールを製造することが可能であり、本発明のメタノールの製造方法に使用するこのできるメタン資化細菌はその生育温度によって、限定されることはないが、メタン資化細菌の生育温度は0℃〜75℃が好ましく、10℃〜64.1℃がより好ましく、20℃〜64.1℃が最も好ましい。
【0016】
例えば、好熱性メタン資化細菌としては、最適温度45℃以下で、45℃以上でも生育可能な耐熱性メタン資化細菌、生育温度45℃〜60℃である好熱性メタン資化細菌、及び生長温度60℃〜70℃である高度好熱性メタン資化細菌の3種類に分類することができる。また、好冷性メタン資化細菌としては、生育温度が20℃以下で最適温度が5℃〜15℃である好冷性メタン資化細菌、及び最適温度が20℃以上であるが、0℃以下及び30℃〜32℃でも生育することができる低温耐性メタン資化細菌の二種類に分類することができる。このようなすべてのメタン資化細菌を、本願発明のメタノール製造方法に用いることができる。
【0017】
メタン資化細菌としては、具体的には、メチロカルダム(Methylocaldum)属、メチロサーマス(Methylothermus)属、メチロコッカス(Methylococcus)属、メチロモナス(Methylomonas)属、メチロバクター(Methylobacter)属、メチロシスティス(Methylocystis)属、メチロサイナス(Methylosinus)属、メチロバクテリウム(Methylobacterium)属に属する細菌を挙げることができ、好ましくは、メチロカルダム(Methylocaldum)属、メチロサーマス(Methylothermus)属に属するメタン資化細菌である。特に好ましいメタン資化細菌としては、好熱性メタン資化細菌であるメチロカルダム属T−025株(Methylocaldum sp.T−025)を用いることができる。メタノールの生成効率が高く、比較的高い温度でメタノールを生成することができるからである。
【0018】
本発明のメタノールの製造方法に用いることのできるメタン資化細菌はメタンをメタノールに変換する酵素を持つものであれば、特に限定されない。メタンをメタノールに変換する酵素としては、例えばメタンモノオキシゲナーゼ(MMO)を挙げることができる。MMOによるメタンからメタノールへの変換反応は、酸化反応であり、以下の式により表される。
CH+O+2e+2H → CHOH+HO (式1)
【0019】
また、前記のメタンからメタノールへの酸化反応を含むメタン資化細菌によるメタンの代謝を図2に従って、簡単に説明すると、まず、メタンはメタンモノオキシゲナーゼによりメタノールに酸化される。この生成されたメタノールは、メタノールデヒドロゲナーゼによりホルムアルデヒドに酸化される。更にホルムアルデヒドの一部は、微生物のエネルギー源、又は細胞成分となる。残りのホルムアルデヒドは、更にホルムアルデヒドロゲナーゼ、ホルメートデヒドロゲナーゼにより二酸化炭素にまで完全に酸化される。ホルムアルデヒドが二酸化炭素にまで酸化される間にNADはNADHに還元され、このNAD、NDAHリサイクルによりメタン酸化が継続的に進行する。
【0020】
前記MMOの活性を発現させるためには、NADHが必要である。MMOにNADHを供給する方法は、特に限定されるものではないが、例えば菌体内では、ギ酸デヒドロゲナーゼ(以下、FDHと称することがある)を用いて供給することができる。図3に示すように、FDHはギ酸ナトリウムを二酸化炭素に酸化すると同時に、NADをNDAHに還元する酵素である。従って、反応系にギ酸ナトリウムを添加することによって、NADHを再生させることが可能であり、再生されたNADHをエネルギーとして使用し、MMOはメタンをメタノールに変換することができる。
【0021】
前記MMOは、メタン資化細菌内の存在位置により、細胞質に存在している可溶性メタンモノオキシゲナーゼ(sMMO)と細胞内膜に結合している膜結合型メタンモノオキシゲナーゼ(pMMO)とに分類される。pMMOはすべてのメタン資化細菌で発現することができ、sMMOは一部のメタン資化細菌では発現しないが、本発明のメタノール製造方法においては、pMMOのみを発現するメタン資化細菌も、pMMO及びsMMOを発現することのできるメタン資化細菌も用いることが可能である。
【0022】
本発明のメタノールの製造方法に用いることのできるメタン資化細菌の処理物は、前記メタンモノオキシゲナーゼの機能を失うことなく、得ることのできるものであれば特に限定されないが、例えば、前記メタン資化細菌の破砕物、菌体抽出物、酵素を抽出した粗酵素液、精製酵素等を含むことができる。ここで、メタン資化細菌の破砕物及び菌体抽出物とは、前記菌体を公知の破砕方法、例えば、超音波破砕法、ダイノミル破砕法、フレンチプレス破砕法により破砕して得られる物質及び抽出物を意味する。また、アセトン、トルエン等で処理した菌体、凍結乾燥菌体、菌体破砕物、菌体を破砕した無細胞抽出物、これらから酵素を抽出した粗酵素液等もメタン資化細菌の処理物に含まれる。
【0023】
本発明のメタノールの製造方法は、メタン資化細菌及び/又はその処理物を使用することができるが、メタン資化細菌をそのまま用いることが好ましい。メタンモノオキシゲナーゼは、メタン資化細菌の菌体外より菌体内においてより安定だからである。また、精製MMOの活性発現には高価な還元剤であるNADHが必要であり、精製したMMOを用いるメタノールの製造は、メタン資化細菌をそのものを用いるより費用がかかるからである。
【0024】
メタン資化細菌は、それぞれの細菌の生育に適した培地によって、例えば、窒素、リン、硫黄、カリウム、マグネシウム、カルシウム、鉄等を含む培地で増殖させることが可能であり、そのような培地としては、例えば、NMS−VCR培地、131NMS培地、を挙げることができる。例えば、メチロカルダム属T−025株(Methylocaldum sp.T−025)の培地としては、NMS−VCR培地を用いることができる。
【0025】
本発明のメタノールの製造方法は、液相及び気相を含む反応系で行うことができる。メタン資化細菌及び/又はその処理物を、液相においてメタンと接触させることが好ましい。本明細書において、「液相」は培地又は緩衝液などの液体を含んでいる相であれば、特に限定されず、担体に保持された液体、アガロース培地などの固形培地に保持された液体を含む相も液相に含まれる。
【0026】
本発明のメタノールの製造方法においては、液相でメタン資化細菌及び/又はその処理物をメタンと接触させ、酸素を供給することによって、メタノールを生成することができる。液相は、前記のメタン資化細菌を増殖させることのできる培地、又は緩衝液を含むことができるが、緩衝液を含むものが好ましい。メタン資化細菌を緩衝液に懸濁して懸濁液として用いることができる。緩衝液は、メタン資化細菌がメタノールを生成することができる限り、特に限定されないが、例えば、リン酸緩衝液、MOPS緩衝液、リン酸カリウム緩衝液、Tris−HCl緩衝液、Hepes緩衝液等を用いるができるが、好ましくは、リン酸緩衝液である。液相は、メタノールの生成のエネルギーとなるNADHを再生するため、培地又は緩衝液の他に、更にギ酸ナトリウムを含むことが好ましい。ギ酸ナトリウムを含むことにより、メタノールの産生量は上昇するからである。ギ酸ナトリウムの濃度は、特に限定されないが、好ましくは1mM〜2M、より好ましくは5mM〜500mM、最も好ましくは10mM〜100mMである。
【0027】
メタン資化細菌の液相での細胞濃度は、特に限定されるものではないが、細胞数が多いほど生成されるメタノールの量も多くなり、例えば0.05mg wet−cell/mL以上で培養することができ、好ましくは、0.1mg wet−cell/mL以上であり、より好ましくは0.2mg wet−cell/mL以上であり、最も好ましくは0.4mg wet−cell/mL以上であり、これらの範囲では細胞数に比例してメタノールの産生量は直線的に増加する。
【0028】
メタノールの基質となるメタンは、気体として反応系に供給することができる。更に、メタン資化細菌によってメタンからメタノールを生成するためには、酸素が必要なため、メタンと酸素とを含む混合ガスを気相に供給することが好ましい。混合ガスは、メタン資化細菌の生存を妨げない範囲で窒素、二酸化炭素などが含まれていてもよく、メタンと空気との混合ガス、メタンと酸素富化空気との混合ガス、メタンと酸素との混合ガスを挙げることができるが、好ましくは、メタン及び酸素からなる混合ガスである。
【0029】
混合ガス中に含まれるメタンの濃度は、1〜70容量/容量%とすることができるが、好ましくは10〜60容量/容量%であり、より好ましくは20〜60容量/容量%であり、最も好ましくは20〜50容量/容量%である。混合ガス中に含まれる酸素の濃度は、1〜70容量/容量%とすることができるが、好ましくは10〜60容量/容量%であり、より好ましくは20〜60容量/容量%であり、最も好ましくは20〜50容量/容量%である。酸素が1%より低いとメタン資化細菌のメタン酸化活性が低くなり、メタンが1%より低いとメタノール生成のための基質濃度が低くなりすぎて基質律速になり、メタノール生成速度が低下するためである。また、メタン及び酸素からなる混合ガスの場合は、メタン:酸素の比率は、1:9〜9:1が好ましく、3:7〜8:2がより好ましく、4:6〜7:3がより好ましく、5:5〜6:4が最も好ましい。
【0030】
気相に供給されたメタン及び酸素を含む混合ガスは、液相に溶解し、メタンはメタノールの基質として、酸素はメタンの酸化のために使用される。混合ガスは、気体として供給することによって液相に溶解することができるが、液相の撹拌、振盪及び/又は混合ガスの通気(例えば、バブリング)によって液相に積極的に溶解させることが好ましい。
【0031】
生成されたメタノールは、メタン資化細菌が有するメタノールデヒドロゲナーゼ(MDH)により酸化されてホルムアルデヒドとなる。メタノールの分解(酸化)を防ぐために、メタノールデヒドロゲナーゼの不活化処理を行うことが好ましい。MDHの不活化処理としては、メタン資化細菌をMDHの特異的な阻害剤であるシクロプロパノールで処理することができる。メタン資化細菌のシクロプロパノールによる処理は、例えば、メタン資化細菌の懸濁液5mLに対して、10.2%のシクロプロパンを気相に添加し、30℃、20分で行うことができる。この処理を行うことにより、メタノールのホルムアルデヒドへの分解が抑えられて、メタノールの回収量を増加させることができる。
【0032】
本発明の反応系は、液相及び気相の他に、液相を担持する吸水性の担体を含むこともできる。吸水性の担体としては、例えば、織布、不織布、繊維、活性炭、グラファイト、多孔質焼成土壌(例えばイソライト)、ゼオライト、シリカ、木粉、ヤシガラ、寒天、海綿、セルロース、キトサン、各種合成高分子材料などを挙げることができる。前記の担体にメタン資化細菌及び/又はその処理物を固定化することも可能であり、固定化されたメタン資化細菌及び/又はその処理物に培地又は緩衝液を供給することによって、本願発明のメタノールの製造方法を実施することができる。
【0033】
本発明のメタノールの製造方法は、生成されたメタノールを気相から回収する工程を含むことができる。液相において生成されたメタノールは、液相から蒸発して気相に移行する。メタノールを気相から回収する工程は、メタン資化細菌及び/又はその処理物をメタンと接触させる工程と同時に平衡して行うこともできるし、接触工程の後に、個別に行うこともできる。同時に行う場合は、連続的にメタノールを回収することも可能であるが、断続的に実施することも可能である。また、接触工程の後に個別に行う場合は、メタノールの生成を停止し、回収する工程を行うことも可能である。更に、接触工程と回収工程を交互に行うことも可能である。
【0034】
メタノールを回収する方法としては、気体として回収することも可能であるし、冷却して液体として回収することも可能であるが、冷却して液体として回収することが好ましい。例えば、後述のバッチ方式の場合は、反応を停止後、気相を回収し冷却することによって液体のメタノールとして回収することができる。なお、液相中で生成され気化しなかったメタノールは、反応後の液相から蒸留により回収することが可能である。また、後述の連続方式の場合は、気化したメタノールを氷冷分離器に導き、メタノールを含む液化ガスを回収することができる。また氷冷分離器から排出されるガス中には、未反応のメタンが含まれている場合があるため、これを基質のメタン及び酸素を含む新鮮な混合ガスに添加し、循環させて用いることもできる。このような循環式の場合は、氷冷分離器にトラップされなかったメタノールによりメタン資化細菌のエタノール生成能が阻害されることを防ぐため、排出ガスを活性炭等に通して新鮮な混合ガス中に添加することが好ましい。
【0035】
本発明のメタノールの製造方法は、バッチ方式でも連続方式でも行うことができる。例えば、バッチ方式で行う場合を、図4を用いて説明する。試験管をゴム栓で密封し、ダイヤグラムポンプで脱気し、内部の圧力を低下させる。メタン及び酸素の混合ガスをシリンジにより試験管内に導入し、気体を置換する。ギ酸ナトリウムを添加した25mMのMOPSに、シクロプロパノール処理したメタン資化細菌を懸濁し、試験管内にシリンジで導入する。反応終了後、気相を回収し、冷却してメタノールを回収する。液相に残っているメタノールは、蒸留によって回収することができる。
【0036】
次に、連続方式で行う場合を、図5を用いて説明する。メタン及び酸素をガス混合器によって混合ガスとする。混合ガスは、メタン資化細菌及び/又はその処理物を含む反応槽に導入される。反応槽はメタン資化細菌及び/又はその処理物を液相にそのまま含んでもよく、担体にメタン資化細菌及び/又はその処理物を固定化し、培地又は緩衝液を供給し、液相としてもよい。反応槽の圧力は圧力制御器によって減圧条件に調整される。メタン資化細菌及び/又はその処理物は、液相においてメタンと接触してメタノールが生成される。生成されたメタノールは、減圧下において気化し、連続的に冷却分離器に回収される。冷却されたメタノールは液体となり蒸留器に回収される。冷却分離器によってメタノールが除かれた気体は、メタン及び酸素が含まれており、新鮮なメタン及び酸素の混合ガスと一緒に、反応槽に導入される。
【0037】
メタン資化細菌及び/又はその処理物をメタンと接触させる時間は、特に限定されるものではないが、バッチ方式の場合、10分〜100時間が好ましく、30分〜50時間がより好ましく、1時間〜30時間が好ましい。連続方式の場合、気相からメタノールを連続的又は断続的に回収し、メタン及び酸素の混合ガスを断続的又は連続的に供給することができるため、バッチ方式と比較して、メタン資化細菌及び/又はその処理物をメタンと接触させる時間を長くすることが可能である。
【実施例】
【0038】
以下、実施例によって本発明を具体的に説明するが、これらは本発明の範囲を限定するものではない。
【0039】
《実施例1》
メタン資化細菌であるMethylocaldum sp.T−025を用いて、標準大気圧である0.10Mpa及び減圧である0.01Mpaとでメタノール合成を行った。
【0040】
(A)Methylocaldum sp.T−025の培養
NMS−VCR培地を用いてT−025株の培養を行った。培地の組成は以下のとおりである。
(1)Salt solution
MgSO・7HO :10g/L
CaCl・2HO :1.3g/L
FeNH・EDTA :40mg/L
KNO :10g/L
(2)Phosphate buffer solution
KHPO :27.2g/L
NaHPO・12HO :71.7g/L
(3)Trece element solution
EDTA :500mg/L
FeSO・7HO :200mg/L
ZnSO・4HO :10mg/L
MnCl・4HO :3mg/L
BO :30mg/L
CoCl・6HO :20mg/L
CaCl・2HO :1mg/L
NiCl・6HO :2mg/L
NaMoO・2HO :3mg/L
(4)Vitamine solution
ビオチン :20mg/L
葉酸 :20mg/L
ピリドキシン塩酸塩 :100mg/L
チアミン(ビタミンB)塩酸塩 :50mg/L
リボフラビン(ビタミンB) :50mg/L
ニコチン酸 :50mg/L
DL−バントテン酸カルシウム :50mg/L
ビタミンB12(シアノコドラミン) :1mg/L
p−アミノ安息香酸 :50mg/L
リポ酸 :50mg/L
(5)Copper solution
CuSo・5HO :0.25g/L
【0041】
Salt solution(1)を100mL、Phosphate buffer solution(2)を10mL、Trece element solution(3)を5mL、Vitamine solution(4)を1mL、及びCopper solution(5)を1mLに精製水を1Lとなるように加え、NMS−VCR培地とする。
【0042】
NMS−VCR培地は、内容積200mLのバッフル付培養フラスコに5μM硫酸銅を含む培地(Salt solution(1)、Copper solution(5)及び精製水)を30mL入れて、121℃20分間オートクレーブを行った。Phosphate buffer solution(2)、Trece element solution(3)、Vitamine solution(4)を濾過滅菌して加えた。この培地にMethylocaldum sp.T−025の培養液約3mLを植菌した。その後、培養フラスコ内の気相が空気とメタンの混合気体〔空気:メタン=4:1(容量/容量)〕となるように培養フラスコ内の空気をダイヤフラムポンプで約1/4除き、減圧分をメタンで置換した。恒温振盪培養器中(トーマス科学、TAL−RS310)で50℃、150rpmで約3日間培養を行った。次に、内容積500mLのバッフル付培養フラスコに10μL硫酸銅を含む培地(Salt solution(1)、Copper solution(5)及び精製水)約100mLを入れ、オートクレーブ滅菌後、培地成分Phosphate buffer solution(2)、Trece element solution(3)、Vitamine solution(4)を濾過滅菌して加えた。この培地に、前記の培養菌体を植菌し、約4日間培養した。5L三角フラスコに5μM硫酸銅を含む培地(Salt solution(1)、Copper solution(5)及び精製水)約1Lを入れ、オートクレーブ滅菌後、培地成分Phosphate buffer solution(2)、Trece element solution(3)、Vitamine solution(4)を濾過滅菌して加えた。これらの培地に、前記の培養菌体を約260mL植菌した。ガス採取風船を用いてメタン及び酸素〔ca.1:1(容量/容量)〕を供給しながら、ホットスターラー上で、マグネチックスターラーにより撹拌し、50℃で約4日間培養を行った。その後、10Lジャーファーメンターに5μM硫酸銅を含む約7Lの培地を入れ、120℃、40分滅菌後前記培養菌体を植菌した。ガス採取風船を用いてメタン及び酸素〔ca.1:1(容量/容量)〕を供給し、撹拌しながら50℃で約3日間培養を行った。
【0043】
培養後、菌体を4℃、6000rpm(28,000xg)で15分間遠心分離した。得られた菌体を25mMMOPS緩衝液(pH7.0)に懸濁し、4℃15,000rpm(27,720xg)で10分間遠心分離し、洗浄した。得られた菌体1g(wet)当たり1mLのMOPS緩衝液(pH7.0)で再懸濁した。この菌体懸濁液を−80℃で保存し、解凍して以下の実験に用いた。
【0044】
(B)シクロプロパン処理
菌体のシクロプロパン処理は、以下のように行った。
10mLネジ付三角フラスコに25mMMOPS緩衝液(pH7.0)2.5mLを入れ、前記のように調製した菌体懸濁液2.5mLを入れミニナートバルブで密栓した。その後、10.2%シクロプロパン2.0mLをガスタイトシリンジで系内に添加した。三角フラスコを30℃に保持し、反応液をマグネチックスターラーで20分間撹拌し、シクロプロパン処理した菌体を得た。
【0045】
(C)0.10Mpa又は0.01Mpaでのメタンからメタノールの生成
まず、15mLの試験管にマグネチックスターラーを入れ、ゴム栓を付け密封した。次に、ダイヤフラムポンプで脱気後、気相を所定の分圧のメタン酸素混合ガス(1:1)で置換した。この操作を5回繰り返した0.01Mpaの減圧メタノール合成の場合、この操作が終わったら、またダイヤフラムポンプで0.01Mpaまで脱気した。その後、ギ酸ナトリウム、シクロプロパン処理により部分的にメタノールデヒドロゲナーゼを失活させた菌体を含む25mM MOPS緩衝液(pH7.0)の反応試料1mL(シクロプロパン処理した菌体200μL、MOPS 600μL、ギ酸ナトリウム200μL)と前記の試験管を、予め所定温度で5分間放置し、ガスタイトシリンジを用いて反応試料750μLを加えることにより反応を開始した。反応は50℃でマグネチックスターラーにより攪拌しながら行った。生成したメタノール量は、ガスクロマトグラフを用いて測定した。(日立263−30、カラム:ガラスカラム3mmφ×2m、充填剤:Sorbitol 25%−Gasport B、検出器:FID、キャリヤーガス:窒素、流量:21.8mL/min、カラム温度:100℃、検出器温度:150℃)。
【0046】
図6は、反応温度50℃におけるメタノール生産量の経時変化である。0.10Mpaと0.01Mpaのメタノール生産量を比較すると、0.01Mpaの場合、いずれの反応時間においても、反応液に蓄積した全メタノール量は、0.10Mpaのときより高かった。これは減圧により生成したメタノールが気相へ移行し、生成メタノールによるメタンモノオキシゲナーゼの阻害が軽減したことと、菌体内のメタノールデヒドロゲナーゼによるメタノールの分解が減少したことにより、より高濃度のメタノールを生産ですることができたものである。
【0047】
《実施例2》
圧力を0.10Mpa又は0.01Mpaから、0.05Mpaにしたことを除いては、実施例1の操作を繰り返した。生成されたメタノールについて、気相及び液相に含まれるメタノールの量を、個別に回収し、測定した。
図7に示すように、気相と液相に含まれるメタノールの差は、時間の経過に従い大きくなった。これは、0.5気圧ではメタノールの沸点が50℃以下になるため、液相で生成されたメタノールが、時間の経過と共に、液相から気相移行したためである。また通常1気圧で観察されるメタノール量の減少も観察されなかった。これらのことから、実際に減圧下では、液相中からメタノール濃度を減少させることが可能であり、メタノールによるMMO活性の阻害作用を抑えることができた。
【0048】
《実施例3》
25mM MOPS緩衝液を、20mM MOPS緩衝液及び120mMリン酸緩衝液に変更し、圧力を0.01Mpaのみで行ったことを除いては、実施例1の操作を繰り返した。得られた気相及び液相のエタノール量をまとめて測定した
図8に示すように、リン酸緩衝液を用いることにより、MOPS緩衝液を用いた場合より多量のメタノールを生産することが可能であった。更に、時間が経過するにつれて蓄積したメタノールの減少の程度が小さくなった。これは、リン酸イオンがMMO活性を保持し、MDH活性を抑制するためであると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0049】
本発明のメタノールの製造方法は、メタノール資化細菌によるメタノールの生成量を増加させることができるので、メタノール製造方法として有用である。すなわち、本発明のメタノール製造方法によれば、石油代替エネルギーとして期待されているメタノールを提供することができる。また、本発明のメタノール製造方法によって製造されたメタノールは、燃料電池の燃料として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0050】
【図1】メタノールの圧力と沸点の関係を示したグラフである。
【図2】メタン資化細菌によるメタンの代謝経路を示した模式図である。
【図3】ギ酸デヒドロゲナーゼによるNADHの再生の機構を示した図である。
【図4】バッチ方式による、本発明のメタノール製造方法の実施態様を示した図である。
【図5】連続方式による、本発明のメタノール製造方法の実施態様を示した図である。
【図6】0.10Mpa及び0.01Mpaにおけるメタノールの生成量を比較したグラフである。
【図7】0.05Mpaにおいて生成されたメタノールの液相から気相への移行を示したグラフである。
【図8】0.01MpaにおけるMOPS緩衝液とリン酸緩衝液でのメタノール生成量を比較したグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
減圧下においてメタン資化細菌及び/又はその処理物をメタンと接触させる工程を含む、メタノールの製造方法。
【請求項2】
前記減圧が0.005Mpa以上、且つ0.1Mpa未満である、請求項1に記載の前記メタノールの製造方法。
【請求項3】
前記メタン資化細菌及び/又はその処理物をメタンと接触させる温度が、前記減圧下におけるメタノールの沸点以上である、請求項1又は2に記載の前記メタノールの製造方法。
【請求項4】
メタン資化細菌及び/又はその処理物をメタンと接触させることによって生成されたメタノールを気相から回収する工程を更に含む、請求項1〜3のいずれか一項に記載の前記メタノールの製造方法。
【請求項5】
前記メタン資化細菌及び/又はその処理物が、メタノールデヒドロゲナーゼが不活化処理されたものである請求項1〜4のいずれか一項に記載の前記メタノールの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2009−82107(P2009−82107A)
【公開日】平成21年4月23日(2009.4.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−259078(P2007−259078)
【出願日】平成19年10月2日(2007.10.2)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成18年度、独立行政法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業「メタンモノオキシゲナーゼを用いた低環境負荷型メタノール生産に関する研究」にかかる委託研究、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受ける特許出願
【出願人】(304021417)国立大学法人東京工業大学 (1,821)
【Fターム(参考)】