説明

メチオニンの製造方法

【課題】M−ヒダントインを塩基性カリウム化合物の存在下に加水分解してメチオニンを製造するに際し、より高温での加水分解であっても、加水分解液の液相部と気相部の両方に対する反応容器の腐蝕が効果的に防止され、長期間、安定してメチオニンを製造できる方法を提供することを目的とする。
【解決手段】5−(β−メチルメルカプトエチル)ヒダントインを塩基性カリウム化合物の存在下、水中で加水分解してメチオニンを製造する方法であって、塩基性カリウム濃度9.5重量%以下、加水分解温度が170℃以上、かつCr元素含有量21.0〜30.0重量%、Ni元素含有量4.5〜11.0重量%、Mo元素含有量1.0〜5.0重量%、N元素含有量0.05〜0.50重量%、W元素含有量0.50重量%以下およびCu元素含有量0.10重量%以下のステンレス鋼で内面が構成された反応容器で加水分解が行われることを特徴とする製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、5−(β−メチルメルカプトエチル)ヒダントインを塩基性カリウム化合物の存在下に加水分解してメチオニンを製造するに際し、反応容器の腐蝕が有意に低減され、長期間、安定してメチオニンを製造できる方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
5−(β−メチルメルカプトエチル)ヒダントイン(以後、M−ヒダントインと称する)を加水分解してメチオニンを得る方法は、通常、炭酸カリウム等の塩基性カリウム化合物の存在下で次式に示される如く行われる。
【0003】
【化1】

【0004】
この加水分解反応における反応条件は、一般的に圧力約0.5〜1.5MPaG、温度約150〜200℃である。当該条件における反応容器の腐蝕は、液相部、気相部を問わず極めて厳しく、SUS304Lステンレス鋼製の反応容器では激しい腐蝕を受け、3mm厚さの目皿は約3ケ月で貫通する程である。また、より耐蝕性に優れているといわれる高級なオーステナイト系クロム・ニッケルステンレス鋼でも、本環境での耐蝕性は不十分である。
このような問題を解決する技術として、特許文献1の実施例では、Cr元素含有量24.60〜25.20重量%、Ni元素含有量6.65〜7.32重量%、Mo元素含有量3.12〜3.78重量%、N元素含有量0.14〜0.26重量%およびW元素含有量0.29〜2.03重量%のステンレス鋼製の反応容器を使用することが記載されている。
また、特許文献2の実施例では、Cr元素含有量25.05〜28.53重量%、Ni元素含有量5.62〜6.38重量%、Mo元素含有量2.53〜3.21重量%およびN元素含有量0.20〜0.35重量%のステンレス鋼製の反応容器を使用することが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平11−217370号公報
【特許文献2】特開2007−314507号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、M−ヒダントインを塩基性カリウム化合物の存在下に加水分解してメチオニンを製造するに際し、より高温での加水分解であっても、加水分解液の液相部と気相部の両方に対する反応容器の腐蝕が効果的に防止され、長期間、安定してメチオニンを製造できる方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、より高温での加水分解反応における反応容器の腐蝕を低減すべく鋭意検討の結果、反応系中のカリウム濃度が特定濃度以下で、かつ反応容器の内面の金属組成が特定組成であれば、より高温での加水分解であっても、加水分解液の液相部と気相部の両方に対する反応容器の腐蝕が効果的に防止されることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明は、
[1] 5−(β−メチルメルカプトエチル)ヒダントインを塩基性カリウム化合物の存在下、水中で加水分解してメチオニンを製造する方法であって、塩基性カリウム濃度9.5重量%以下、加水分解温度が170℃以上、かつCr元素含有量21.0〜30.0重量%、Ni元素含有量4.5〜11.0重量%、Mo元素含有量1.0〜5.0重量%、N元素含有量0.05〜0.50重量%、W元素含有量0.50重量%以下およびCu元素含有量0.10重量%以下のステンレス鋼で内面が構成された反応容器で加水分解が行われることを特徴とする製造方法;
[2] ステンレス鋼のW元素含有量が0.20重量%以下である、上記[1]記載の製造方法;
に関する。
【発明の効果】
【0009】
本発明の製造方法によれば、M−ヒダントインを塩基性カリウム化合物の存在下により高温で加水分解しても、反応容器の腐蝕が効果的に防止され、長期間、安定してメチオニンを製造することができ、その産業上の利用価値は大きい。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明においては、M−ヒダントインを塩基性カリウム化合物の存在下、水中で加水分解してメチオニンをそのカリウム塩の形で得る。
【0011】
塩基性カリウム化合物としては、例えば、水酸化カリウム、炭酸カリウム、炭酸水素カリウム等が挙げられ、必要に応じてそれらの2種以上を用いることもできる。
塩基性カリウム化合物の使用量は、M−ヒダントイン1モルに対し、カリウム換算で、通常1〜10モルである。
加水分解反応は水中で行われる。水の使用量は、M−ヒダントインに対し、通常2〜20重量倍である。
また、加水分解反応は、通常、ステンレス鋼で構成された反応容器を用いて行われる。
本発明においては、反応系中のカリウム濃度(カリウム換算)を9.5重量%以下に抑えることが重要であり、これにより、より高温で加水分解しても、反応容器の腐蝕が効果的に防止される。上記カリウム濃度は、好ましくは7.0〜8.0重量%である。
【0012】
加水分解反応の反応温度は、170℃以上であるが、反応時間短縮および塩基性カリウム化合物の使用量の低減の点から、好ましくは180℃以上、より好ましくは180〜220℃である。
加水分解時に発生するアンモニア及び炭酸ガスは回収され、M−ヒダントインを得るための工程に利用される。
【0013】
次いで、得られた加水分解液に炭酸ガスを導入して該液を中和し、メチオニンを晶析させる。この中和晶析は炭酸ガスで加圧しながら行われ、析出したメチオニンは濾過、分離し、必要により水洗し、乾燥して製品のメチオニンとする。
【0014】
本発明においては、加水分解反応に使用される反応容器として、その内面が、Cr元素含有量21.0〜30.0重量%、Ni元素含有量4.5〜11.0重量%、Mo元素含有量1.0〜5.0重量%、N元素含有量0.05〜0.50重量%、W元素含有量0.50重量%以下およびCu元素含有量0.10重量%以下のステンレス鋼で構成された反応容器を使用する。本発明においては、当該反応容器には、付属の弁や配管等の、加水分解液が接触する部位も含まれる。
【0015】
上記ステンレス鋼において、Cr元素含有量が21.0重量%未満の場合には、加水分解反応に対して良好な耐蝕性を発揮することができず、一方、30.0重量%を超える場合には脆性が著しくなる。Cr元素含有量は、好ましくは、23.5〜29.5重量%である。
【0016】
Ni元素の存在は、加水分解反応に対するステンレス鋼の耐蝕性を低下させることが知られているが、上記範囲内では実質的な耐蝕性の低下は見られず、むしろ機械的性質、加工性の改良効果を有する。Ni元素含有量は、好ましくは、5.0〜8.5重量%である。
【0017】
Mo元素含有量が1.0重量%未満の場合には、加水分解反応に対して良好な耐蝕性を発揮することができず、一方、5.0重量%を超える場合にはステンレス鋼の加工性が悪くなり、シグマ脆性を促進する。Mo元素含有量は、好ましくは、1.0〜4.0重量%である。
【0018】
N元素含有量が0.05重量%未満の場合には、加水分解反応に対して良好な耐蝕性を発揮することができず、一方、0.50重量%を超えるとステンレス鋼に窒化物が析出し靱性が低下する。N元素含有量は、好ましくは、0.05〜0.40重量%である。
W元素含有量は、好ましくは、0.20重量%以下である。
【0019】
本発明の製造方法に適用し得るステンレス鋼としては、上記した化学成分を有するものであれば特に制限されないが、市販のステンレス鋼として、例えば、SUS329J4L、SCS10、UNSS39274、UNSS32808、UNSS32760、UNSS32750、UNSS32707、UNSS32906等が上記成分に合致するものであり、これらの使用が経済的である。
【0020】
なお、上記していない他の元素の存在は、より高温での加水分解反応に対する耐蝕性が著しく害されるものでない限り、その存在を制限するものではなく、例えば、C元素、Si元素、Mn元素、P元素、S元素等が挙げられる。それらの含有量について、C元素含有量は0.03重量%以下、Si元素含有量は0.80重量%以下、Mn元素含有量は1.20重量%以下、P元素含有量は0.035重量%以下、S元素含有量は0.030重量%以下がそれぞれ好ましい。
【実施例】
【0021】
以下、本発明を実施例により更に詳細に説明するが、実施例は一態様にすぎず、これにより本発明が限定されるものではない。なお、実施例において合金A(ステンレス鋼)の化学成分は蛍光X線分析装置、高周波燃焼・赤外線吸収装置、不活性ガス融解・赤外線吸収装置等により測定した値である。
【0022】
実施例
3−メチルメルカプトプロピオンアルデヒドシアンヒドリンを炭酸ガスとアンモニアからなる炭酸アンモニウムでヒダントイン化して得られたM−ヒダントインに、炭酸カリウム、炭酸水素カリウムおよび水酸化カリウムを含む塩基性カリウム化合物を混合した加水分解供給液(カリウム濃度:約7.5重量%)をオートクレーブの上部より連続して供給し、圧力1.0MPaG、温度180℃に保持しながら加水分解反応を行った。この際、メチオニンカリウム塩を含む反応生成物は、反応器下部から抜き出し、発生ガスは反応器上部から抜き出した。この反応系内の液相部に、表1に示した合金A(表1に示す組成、残部は殆どがFe)を挿入し、70時間保持して、腐食試験を実施した。
腐食試験の結果は、測定された腐食度(単位時間および単位面積あたりの試験片重量の減少量)から腐食速度(1年当りの減肉量)を算出して得た。その結果を表1に示す。
【0023】
比較例1
実施例において、カリウム濃度を10重量%に変更したこと以外は、実施例と同様の方法により腐蝕試験を実施した。その結果を表1に示す。
【0024】
比較例2
実施例において、カリウム濃度を10重量%に変更し、かつ挿入した合金Aを合金B(表1に示す組成、残部は殆どがFe)に変更したこと以外は、実施例と同様の方法により腐蝕試験を実施した。その結果を表1に示す。
【0025】
比較例3
実施例において、挿入した合金Aを合金Bに変更したこと以外は、実施例と同様の方法により腐蝕試験を実施した。その結果を表1に示す。
【0026】
【表1】

【0027】
表1より、反応系中のカリウム濃度が9.5重量%以下で、かつ特定組成の合金(特にCu元素含有量が0.10重量%以下)であれば、加水分解温度が180℃と高温であっても腐蝕速度が遅いことがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0028】
本発明の製造方法によれば、M−ヒダントインを塩基性カリウム化合物の存在下により高温で加水分解しても、反応容器の腐蝕が効果的に防止され、長期間、安定してメチオニンを製造することができ、その産業上の利用価値は大きい。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
5−(β−メチルメルカプトエチル)ヒダントインを塩基性カリウム化合物の存在下、水中で加水分解してメチオニンを製造する方法であって、塩基性カリウム濃度9.5重量%以下、加水分解温度が170℃以上、かつCr元素含有量21.0〜30.0重量%、Ni元素含有量4.5〜11.0重量%、Mo元素含有量1.0〜5.0重量%、N元素含有量0.05〜0.50重量%、W元素含有量0.50重量%以下およびCu元素含有量0.10重量%以下のステンレス鋼で内面が構成された反応容器で加水分解が行われることを特徴とする製造方法。
【請求項2】
ステンレス鋼のW元素含有量が0.20重量%以下である、請求項1記載の製造方法。

【公開番号】特開2012−184172(P2012−184172A)
【公開日】平成24年9月27日(2012.9.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−46455(P2011−46455)
【出願日】平成23年3月3日(2011.3.3)
【出願人】(000002093)住友化学株式会社 (8,981)
【Fターム(参考)】