説明

モリブデンポルフィセン錯体及び酸化触媒

【課題】モリブデンを中心金属とし、高活性な酸化触媒として機能する新規ポルフィセン錯体の提供。
【解決手段】式(1)、又は式(2)で表されることを特徴とするモリブデンポルフィセン錯体及びこれを含む酸化触媒。


〔式中、R1、R2、R3、R4、R5、R6、R7、R8、R9、R10、R11、及びR12は、それぞれ独立に、水素原子、ハロゲン原子、ニトロ基、シアノ基、スルホン酸基、炭素数1〜10のアルキル基等を表し、R13は、ハロゲン原子、ニトロ基、又はシアノ基を表す。〕

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、モリブデンポルフィセン錯体及びこのモリブデンポルフィセン錯体を含む酸化触媒に関する。
【背景技術】
【0002】
ポルフィリンの金属錯体は、ヘムタンパク質の構成要素として生体内で重要な作用を担うとともに、ポルフィリン核に種々の置換基を有する誘導体が比較的容易に合成できるので、生化学における反応過程の追及や有機合成化学の触媒などとして広く利用されている。
ポルフィリンの構造異性体であるポルフィセンは、1986年ドイツのE.Vogelらによって合成された人工的な環状テトラピロール化合物であり、この化合物は、ポルフィリン金属錯体と比べて、その中心金属が強いルイス酸性と反応活性種に対する耐久性とを示すことから良好な触媒として期待されている。
【0003】
また、ポルフィセンは、ポルフィリンに比べてより長波長側に強い光吸収帯を持つことから、可視光の有効利用という観点で様々な研究がなされており、特に光情報記録媒体として報告がされている(特許文献1、特許文献2、特許文献3、及び特許文献4参照。)。
しかし、これらは中心金属が2〜4価のもののみを用いたものであり、高い酸化状態を利用した反応触媒としての応用は期待できない。
本発明者らは、中心金属としてFe(III)を有するポルフィセン錯体を合成し(特許文献5参照。)、この錯体が酸素と高い親和性を有することから酸素センサへ応用できることを報告している(特許文献6参照。)。
また、モリブデンポルフィリン錯体を酸化触媒として応用した報告がなされているが、触媒活性は充分ではない(特許文献7、及び特許文献8参照。)。
【0004】
【特許文献1】特開2001−039032号公報(特許請求の範囲)
【特許文献2】特開2001−180117号公報(特許請求の範囲)
【特許文献3】特開2002−114923号公報(特許請求の範囲)
【特許文献4】特開2002−137547号公報(特許請求の範囲)
【特許文献5】特開2003−055380号公報(特許請求の範囲)
【特許文献6】特開2003−344382号公報(特許請求の範囲)
【特許文献7】特開昭62−114980号公報(特許請求の範囲)
【特許文献8】特開昭64−034975号公報(特許請求の範囲)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、モリブデン(IV又はV)を中心金属とし、高活性な酸化触媒として機能し得る新規ポルフィセン錯体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記目的を達成するために鋭意検討を重ねた結果、下記式で表されるモリブデンポルフィセン錯体が光照射により速やかにMoV種からMoIV種へ還元され、この反応が種々の酸化反応の触媒として応用できることを見出し、本発明を完成した。
【0007】
すなわち、本発明は、
1. 式(1)、又は式(2)で表されることを特徴とするモリブデンポルフィセン錯体、
【化1】

{式中、R1、R2、R3、R4、R5、R6、R7、R8、R9、R10、R11、及びR12は、それぞれ独立に、水素原子、ハロゲン原子、ニトロ基、シアノ基、スルホン酸基、炭素数1〜10のアルキル基〔このアルキル基はハロゲン原子、ヒドロキシル基、カルボキシル基、炭素数1〜3のアルコキシ基、フェニル基(このフェニル基はハロゲン原子、炭素数1〜3のアルコキシ基、又は炭素数1〜10のアルキル基で任意に置換されていてもよい。)で任意に置換されていてもよい。〕、炭素数3〜6のシクロアルキル基、炭素数1〜6のアルコキシ基、フェニル基〔このフェニル基はハロゲン原子、炭素数1〜3のアルコキシ基、又は炭素数1〜10のアルキル基で任意に置換されていてもよい。〕を表し、R13は、ハロゲン原子、ニトロ基、又はシアノ基を表す。}
2. 前記式(1)又は(2)において、前記R1、R2、R3、R4、R7、R8、R9、及びR10が、それぞれ独立に、水素原子、塩素原子、臭素原子、シアノ基、スルホン酸基、メチル基、エチル基、ノルマルプロピル基、イソプロピル基、ノルマルブチル基、イソブチル基、セカンダリーブチル基、ターシャリーブチル基、トリフルオロメチル基、ヒドロキシメチル基、ヒドロキシエチル基、カルボキシメチル基、メトキシ基、エトキシ基、ノルマルプロポキシ基、イソプロポキシ基、フェニル基、ペンタフルオロフェニル基、アニソール基、又はトリル基を表し、前記R5、R6、R11、及びR12が、それぞれ独立に、水素原子、塩素原子、臭素原子、メチル基、エチル基、又はノルマルプロピル基を表し、前記R13が、塩素原子を表す1のモリブデンポルフィセン錯体、
3. 前記式(1)又は(2)において、前記R1、R2、R3、R4、R7、R8、R9、及びR10が、それぞれ独立に、水素原子、塩素原子、臭素原子、シアノ基、スルホン酸基、メチル基、エチル基、ノルマルプロピル基、トリフルオロメチル基、ヒドロキシメチル基、カルボキシメチル基、メトキシ基、フェニル基、又はペンタフルオロフェニル基を表し、前記R5、R6、R11、及びR12が、水素原子を表す2のモリブデンポルフィセン錯体、
4. 前記式(1)又は(2)において、前記R1、R2、R3、R4、R7、R8、R9、及びR10は、それぞれ独立に、水素原子、エチル基、フェニル基、又はペンタフルオロフェニル基を表す3のモリブデンポルフィセン錯体、
5. 1〜4のいずれかのモリブデンポルフィセン錯体を含む酸化触媒、
6. 式(1)の錯体への光照射による式(2)の錯体へのMo種の還元反応を利用したモリブデンポルフィセン錯体を含む酸化触媒の活性化方法
【化2】

{式中、R1、R2、R3、R4、R5、R6、R7、R8、R9、R10、R11、及びR12は、それぞれ独立に、水素原子、ハロゲン原子、ニトロ基、シアノ基、スルホン酸基、炭素数1〜10のアルキル基〔このアルキル基はハロゲン原子、ヒドロキシル基、カルボキシル基、炭素数1〜3のアルコキシ基、フェニル基(このフェニル基はハロゲン原子、炭素数1〜3のアルコキシ基、又は炭素数1〜10のアルキル基で任意に置換されていてもよい。)で任意に置換されていてもよい。〕、炭素数3〜6のシクロアルキル基、炭素数1〜6のアルコキシ基、フェニル基〔このフェニル基はハロゲン原子、炭素数1〜3のアルコキシ基、又は炭素数1〜10のアルキル基で任意に置換されていてもよい。〕を表し、R13は、ハロゲン原子、ニトロ基、又はシアノ基を表す。}
を提供する。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、酸化触媒として応用できるモリブデンポルフィセン錯体を提供できる。本発明のモリブデン(V)ポルフィセン錯体は、下記スキームに示されるように、可視光照射により軸配位が開裂することでモリブデン(IV)ポルフィセン錯体に還元される。ポルフィセン錯体は可視光領域に強い吸収を持つため、相当するポルフィリン錯体より反応効率が高い。
このモリブデン(IV)ポルフィセン錯体は空気中で容易に酸化され、モリブデン(V)ポルフィセン錯体にもどる。その際酸素と反応し酸素を活性化する。オレフィン類などの有機物を混在させれば、空中酸素による酸素化反応触媒として応用できる。
【0009】
【化3】

【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明についてさらに詳しく説明する。
まず、式(1)、又は(2)の各置換基を具体的に説明する。
式(1)、又は(2)で表される化合物の置換基R1、R2、R3、R4、R5、R6、R7、R8、R9、R10、R11、及びR12は、それぞれ独立に、水素原子、ハロゲン原子、ニトロ基、シアノ基、スルホン酸基、炭素数1〜10のアルキル基〔このアルキル基はハロゲン原子、ヒドロキシル基、カルボキシル基、炭素数1〜3のアルコキシ基、フェニル基(このフェニル基はハロゲン原子、炭素数1〜3のアルコキシ基、又は炭素数1〜10のアルキル基で任意に置換されていてもよい。)で任意に置換されていてもよい。〕、炭素数3〜6のシクロアルキル基、炭素数1〜6のアルコキシ基、フェニル基〔該フェニル基はハロゲン原子、炭素数1〜3のアルコキシ基、又は炭素数1〜10のアルキル基で任意に置換されていてもよい。〕を表す。
【0011】
具体的には、ハロゲン原子としては、フッ素原子、塩素原子、臭素原子及びヨウ素原子が挙げられる。
上記各置換基で任意に置換されていてもよい炭素数1〜10のアルキル基としては、メチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ノルマルブチル基、イソブチル基、セカンダリーブチル基、ターシャリーブチル基、ノルマルペンチル基、アミル基、イソアミル基、ターシャリーアミル基、ネオペンチル基、ノルマルヘキシル基、ヘプチル基、オクチル基、ノニル基、デシル基、トリフルオロメチル基、2,2,2−トリフルオロエチル基、1,1,2,2,2−ペンタフルオロエチル基、2,2,3,3,3−ペンタフルオロプロピル基、ヒドロキシメチル基、ヒドロキシエチル基、カルボキシルメチル基、カルボキシルエチル基、メトキシエチル基、ベンジル基、p−フルオロベンジル基、p−メトキシベンジル基、p−メチルベンジル基、フェニルエチル基等が挙げられる。
【0012】
好ましいR1、R2、R3、R4、R7、R8、R9、及びR10としては、水素原子、塩素原子、臭素原子、シアノ基、スルホン酸基、メチル基、エチル基、ノルマルプロピル基、イソプロピル基、ノルマルブチル基、イソブチル基、セカンダリーブチル基、ターシャリーブチル基、トリフルオロメチル基、ヒドロキシメチル基、ヒドロキシエチル基、カルボキシメチル基、メトキシ基、エトキシ基、ノルマルプロポキシ基、イソプロポキシ基、フェニル基、ペンタフルオロフェニル基、アニソール基、又はトリル基が挙げられ、より好ましくは、水素原子、塩素原子、臭素原子、シアノ基、スルホン酸基、メチル基、エチル基、ノルマルプロピル基、トリフルオロメチル基、ヒドロキシメチル基、カルボキシメチル基、メトキシ基、フェニル基、又はペンタフルオロフェニル基が挙げられ、さらに好ましくは、水素原子、エチル基、フェニル基、又はペンタフルオロフェニル基が挙げられる。
好ましいR5、R6、R11、及びR12としては、水素原子、塩素原子、臭素原子、メチル基、エチル基、又はノルマルプロピル基が挙げられ、より好ましくは、水素原子、エチル基、フェニル基、又はペンタフルオロフェニル基が挙げられる。
式(1)で表される化合物の置換基R13としては、ハロゲン原子(フッ素原子、塩素原子、臭素原子及びヨウ素原子)、ニトロ基、又はシアノ基が挙げられ、好ましくは、塩素原子が挙げられる。
【0013】
次に、モリブデンポルフィセン錯体の製造法について説明する。
本発明のポルフィセン配位子は、例えば、Angew. Chem. Int. Ed. Engl., 32, 1600-1604 (1993)、Angew. Chem. Int. Ed. Engl., 26, 928-931 (1987)、J. Phys. Chem.,98,11885-11891 (1994)等に記載の方法に準じて合成できる。代表的には、以下のような反応にて製造することができる。
式(3)で示されるポルフィセンは、下式(4)及び/又は式(5)で示される化合物を無水テトラヒドロフラン等のエーテル系溶媒中、亜鉛、塩化銅(I)等の金属及び/又は金属塩、ピリジン等のアミン化合物、四塩化チタンから発生させた低原子価チタン又は三塩化チタン等のチタン化合物等を必要に応じて用いて反応させることにより得られる。
次に、式(3)で示されるポルフィセンに、ハロゲン化モリブデン(V)又はモリブデンカルボニル化合物を用い、デカリンのような高沸点溶媒中で反応させ、モリブデンポルフィセン錯体を得ることができる。さらに、必要に応じて陰イオン交換樹脂により目的のカウンターイオンまたは軸配位子へ交換することで、式(1)の化合物を得ることができる。
【0014】
【化4】

(式中、R1、R2、R3、R4、R5、R6、R7、R8、R9、R10、R11、及びR12は、上記と同じ。)
【実施例】
【0015】
以下、実施例及び比較例を挙げて、本発明をより具体的に説明するが、本発明は下記の実施例に限定されるものではない。なお、下記において、ESR測定、X線結晶構造解析、電子スペクトル(US−vis)、GC−MSは下記の装置によりそれぞれ測定した。
[1]ESR
JES−ME−3型 Xバンド分光光度計(日本電子(株)製)
[2]X線結晶構造解析
SMART APEX 単結晶X線結晶構造解析装置(Bruker AXS社製)
[3]電子スペクトル(UV−Vis)
U−3000型紫外可視分光光度計((株)日立製作所製)
[4]GC−MS
GCMS−QP5050AHガスクロマトグラフ質量分析計((株)島津製作所製)
【0016】
[実施例1]モリブデンポルフィセン錯体の製造
【化5】

【0017】
ポルフィセン〔H2(OEPc)〕19.8mg(3.7×10-5mol)、MoCl5200mg(7.32×10-4mol)、酢酸ナトリウム300mg(3.66×10-3mol)、および乾燥デカリン26mLの混合物を、窒素雰囲気下、190〜200℃で1時間還流した。その後、好気下、室温で1時間攪拌した。この反応溶液を濾過し、得られた深緑色の固体をデカリンで洗浄して不純物を取り除いた。得られた固体を塩化メチレンに溶解して目的成分のみを得た。この溶液を乾固し、再結晶した(塩化メチレン:シクロヘキサン=2:1)。これにより、深緑色の結晶を得た。得られた錯体は、カウンターアニオンとして[(Mo6192-]を二分子でパッキングした構造をしていたので、これをCl-型の陰イオン交換樹脂を用いてイオン交換を行った。展開溶媒にメタノールを用いて、深緑色の溶液を得た。この溶液を乾固し、再結晶を行った(塩化メチレン:デカリン=1:2)。モリブデン(V)ポルフィセン錯体の針状結晶を収量6.06mg(収率24%)で得た。融点は、220−230℃(分解点)であった。
得られた針状結晶について、元素分析、ESR測定、X線結晶構造解析を行った結果を以下に示す。
【0018】
[1]元素分析
3644ClMoN4O・CH2Cl2として計算した。
計算値:C 58.08,H 6.06,N7.32
測定値:C 57.88,H 6.07,N6.96
[2]ESR測定
(4d)1電子配置の常磁性種であるモリブデン(V)ポルフィセン錯体からは、図1のようなESRスペクトルが得られた。これは、Mo核スピンI=0の92Mo,94Mo,96Mo,98Mo,100MoとI=5/2の95Mo,97Moの7種の安定同位体が存在するため、存在比の大きなI=0の種に基づく強い吸収線と、その両端にI=5/2の種に基づく6本の吸収線による分裂である。さらにI=0のMo核に基づく吸収線は、4つの窒素原子(I=1)により9本に分裂する。このことからも、Moが中心金属として取り込まれ、4つの窒素原子に配位していることが確認できた。
[3]X線結晶構造解析
図2のX線結晶構造解析からは、第5配位子に酸素原子、第6配位子にClが配位した構造が得られていることがわかる。さらに、図3からは、錯形成することでポルフィセン環の歪みが解消され平面となっており、配位サイトであるN4平面も縦に大きく広がっていることがわかる。
【0019】
[実施例2]モリブデン(V)ポルフィセン錯体の光還元反応
【化6】

【0020】
実施例1で合成したモリブデン(V)ポルフィセン錯体のエタノール溶液を脱気セルに入れ、凍結−真空−溶解法により脱酸素した。このサンプルに2.5時間光照射し、その変化を電子スペクトル(UV−vis)およびESRスペクトルにより追跡した。その際、500Wタングステンランプを光源として用い、20cmの距離から光照射を行った。以下に、UV−vis、ESRスペクトル測定の結果を示す。電子スペクトルおよびESRスペクトル変化により、モリブデン(V)ポルフィセン錯体がモリブデン(IV)ポルフィセン錯体に還元されたことが明らかになった。
錯体溶液に光照射することで、UV−visスペクトルが劇的に変化した(図4)。また、同時にESR測定を行ったところ、Mo(V)種に由来する常磁性種のスペクトルが、光照射により還元され反磁性種のMo(IV)種となり、サイレントとなった(図5)。このことから、今回合成した新規モリブデン錯体は、光照射により還元することが可能であることが確認された。つまり、UV−visスペクトルで観測された新しいスペクトルはMo(IV)種由来のものだと言える。電解還元によりMo(V)種を定電位電解してMo(IV)種に還元したところ、光照射により生成する化学種と同一のUV−visスペクトルが観測された。この光還元はポルフィリン錯体の時と同様に、軸配位がホモリティック開裂することでMo(IV)種が生成していると考えられる。
【0021】
[実施例3]モリブデン(V)ポルフィセン錯体を用いたシクロヘキセンの酸化反応
【化7】

【0022】
モリブデン(V)ポルフィセン錯体[Mo(OEPc)(O)Cl]1.7mg(2.5×10-6mol)、シクロヘキセン0.20g(2.46×10-3mol)、および内部基準としてn−デカン0.18g(1.23×10-5mol)をエタノール10mLに加え、好気条件下で2時間光照射を行った。生成物は、GC−MS測定により分析および定量を行った。また、光源としては500Wタングステンランプを用い20cmの距離から光照射を行った。
生成物として、生成物(1)8.22×10-4mol、生成物(2)6.98×10-4mol、生成物(3)3.05×10-5molがそれぞれ得られた。酸化反応のターンオーバー数は6.2であった。
【0023】
[比較例1]シクロヘキセンの酸化反応
実施例3において、モリブデン(V)ポルフィセン錯体[Mo(OEPc)(O)Cl]1.7mg(2.5×10-6mol)を添加せず、シクロヘキセンの酸化反応を実施した。
生成物として、生成物(1)1.37×10-4mol、生成物(2)0×10-4mol、生成物(3)2.05×10-5molがそれぞれ得られた。
【0024】
[比較例2]モリブデン(V)ポルフィリン錯体を用いたシクロヘキセンの酸化反応
モリブデン(V)ポルフィリン錯体[Mo(O)(TTP)OEt]を用いた実験を行った。[Mo(TTP)(O)OEt]1.9mg(2.3×10-6mol)、シクロヘキセン0.20g(2.49×10-3mol)、および内部基準としてn−デカン0.18g(1.24×10-5mol)をエタノール10mLに加え、好気条件下で2時間光照射を行った。生成物は、GC−MS測定により分析および定量を行った。また、光源としては500Wタングステンランプを用い20cmの距離から光照射を行った。
生成物として、生成物(1)4.13×10-4mol、生成物(2)1.67×10-4mol、生成物(3)1.14×10-5molが得られた。酸化反応のターンオーバー数は2.6であった。
【0025】
[実施例4]光還元反応の機構
【化8】

【0026】
MoV(OEPc)(O)Cl(1.0×10-4M)をベンゼンに溶解し、これをfreeze and pump thawにより脱気した。その後、スピントラップ剤であるPBNと混合し、1時間可視光照射を行った。実験は、500Wタングステンランプを光源として用い、10cmの距離から光照射した。図6に、可視光照射1時間後のESR測定結果を示す。
図6に示されるように、錯体を溶解させたベンゼン溶液に可視光照射することで、ラジカルを捕捉したPBNスピン付加体に基づくシグナルが観測された。このことから、光還元の反応機構は、上記スキームに示されるように、可視光照射による軸配位子のホモリシス開裂が起きることで進行していると考えられる。
【0027】
[実施例5]光還元反応における溶媒効果
MoV(OEPc)(O)Cl(1.0×10-5M)を各溶媒(トルエン、ベンゼン、アセトン、エタノール、メタノール)に溶解し、これをfreeze and pump thawにより脱気した。このサンプルに可視光照射し、そのときのUV−visスペクトル変化から反応速度を算出した。実験は、500Wタングステンランプを光源として用い(450nm以上の連続光)、10cmの距離から光照射した。図7に、速度定数kと極性パラメーター(ETN)の関係をプロットした結果を示す。
図7の結果から、非極性の溶媒ほど反応が促進される傾向にあることがわかる。これは、錯体の光還元機構が軸配位子のホモリシス開裂により起きていることに対応している。つまり、極性溶媒よりも非極性溶媒の方が、反応遷移状態の安定化が起き、開裂反応が促進されていると推測される。
【0028】
[実施例6]モリブデンポルフィリン錯体[MoV(OEP)(O)Cl]との光還元能の比較
MoV(OEPc)(O)Cl、およびこれと同様の軸配位子と置換基を有するポルフィリン錯体MoV(OEP)(O)Clを各々ベンゼンに溶解し、濃度を1.0×10-5Mとした。この溶液をfreeze and pump thawにより脱気し、可視光照射した。このときのUV−visスペクトル変化から反応速度を算出した。実験は、500Wタングステンランプを光源として用い(450nm以上の連続光)、10cmの距離から光照射した。表1に算出した速度定数の結果を、図8に各錯体のUV−visスペクトルを示す。
【0029】
【表1】

【0030】
可視光照射による反応速度定数の結果(表1)より、ポルフィリン錯体と比較してポルフィセン錯体では、反応速度が10倍に向上することが分かった。これは、図8に示されるように、ポルフィセン錯体の方が可視部に強い吸収を有することから、光の吸収確率が上がった結果であると考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】実施例1で得られたモリブデンポルフィセン錯体(V)のESRスペクトル(室温、塩化メチレン:トルエン=1:1)である。(a)は全体のシグナルを示し、(b)はI=0の領域を示す。
【図2】実施例1で得られたモリブデンポルフィセン錯体(V)のX線結晶構造解析図である。(a)は上面からの立体構造図を示し、(b)は側面からの立体構造図を示す。
【図3】実施例1で得られたモリブデンポルフィセン錯体(V)のX線結晶構造解析図である。
【図4】実施例2において、モリブデンポルフィセン錯体(V)[Mo(OEPc)(O)Cl]のEtOH溶液に光照射した時のUV−visスペクトル変化である。 λmax(nm):Mo(V)(光照射前)・・・470.0nm,630.0nm;Mo(IV)(光照射後)・・・408.0nm,614.0nm
【図5】実施例2において、モリブデンポルフィセン錯体(V)[Mo(OEPc)(O)Cl]のEtOH溶液に光照射した時のESRスペクトル変化である。その測定条件は以下の通りである。FIELD:3420±25G、R.F.:9.458GHz、Temp:r.t、MOD:2.0G、AMP:5×103、Sweep time:8min
【図6】モリブデンポルフィセン錯体(V)[MoV(OEPc)(O)Cl]のベンゼン溶液にスピントラップ剤PBNを添加し、可視光照射1時間後のESR測定の結果を示す図である。
【図7】モリブデンポルフィセン錯体(V)[MoV(OEPc)(O)Cl]の溶液に可視光を照射したときのUV−visスペクトル変化から算出した速度定数kと極性パラメーター(ETN)の関係を示す図である。
【図8】実施例6におけるモリブデンポルフィセン錯体(V)(MoV(OEPc)(O)Cl)とモリブデンポルフィリン錯体(V)[MoV(OEP)(O)Cl]のUV−visスペクトルを示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
式(1)、又は式(2)で表されることを特徴とするモリブデンポルフィセン錯体。
【化1】

{式中、R1、R2、R3、R4、R5、R6、R7、R8、R9、R10、R11、及びR12は、それぞれ独立に、水素原子、ハロゲン原子、ニトロ基、シアノ基、スルホン酸基、炭素数1〜10のアルキル基〔このアルキル基はハロゲン原子、ヒドロキシル基、カルボキシル基、炭素数1〜3のアルコキシ基、フェニル基(このフェニル基はハロゲン原子、炭素数1〜3のアルコキシ基、又は炭素数1〜10のアルキル基で任意に置換されていてもよい。)で任意に置換されていてもよい。〕、炭素数3〜6のシクロアルキル基、炭素数1〜6のアルコキシ基、フェニル基〔このフェニル基はハロゲン原子、炭素数1〜3のアルコキシ基、又は炭素数1〜10のアルキル基で任意に置換されていてもよい。〕を表し、R13は、ハロゲン原子、ニトロ基、又はシアノ基を表す。}
【請求項2】
前記式(1)又は(2)において、前記R1、R2、R3、R4、R7、R8、R9、及びR10が、それぞれ独立に、水素原子、塩素原子、臭素原子、シアノ基、スルホン酸基、メチル基、エチル基、ノルマルプロピル基、イソプロピル基、ノルマルブチル基、イソブチル基、セカンダリーブチル基、ターシャリーブチル基、トリフルオロメチル基、ヒドロキシメチル基、ヒドロキシエチル基、カルボキシメチル基、メトキシ基、エトキシ基、ノルマルプロポキシ基、イソプロポキシ基、フェニル基、ペンタフルオロフェニル基、アニソール基、又はトリル基を表し、前記R5、R6、R11、及びR12が、それぞれ独立に、水素原子、塩素原子、臭素原子、メチル基、エチル基、又はノルマルプロピル基を表し、前記R13が、塩素原子を表す請求項1記載のモリブデンポルフィセン錯体。
【請求項3】
前記式(1)又は(2)において、前記R1、R2、R3、R4、R7、R8、R9、及びR10が、それぞれ独立に、水素原子、塩素原子、臭素原子、シアノ基、スルホン酸基、メチル基、エチル基、ノルマルプロピル基、トリフルオロメチル基、ヒドロキシメチル基、カルボキシメチル基、メトキシ基、フェニル基、又はペンタフルオロフェニル基を表し、前記R5、R6、R11、及びR12が、水素原子を表す請求項2記載のモリブデンポルフィセン錯体。
【請求項4】
前記式(1)又は(2)において、前記R1、R2、R3、R4、R7、R8、R9、及びR10は、それぞれ独立に、水素原子、エチル基、フェニル基、又はペンタフルオロフェニル基を表す請求項3記載のモリブデンポルフィセン錯体。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項記載のモリブデンポルフィセン錯体を含む酸化触媒。
【請求項6】
式(1)の錯体への光照射による式(2)の錯体へのMo種の還元反応を利用したモリブデンポルフィセン錯体を含む酸化触媒の活性化方法。
【化2】

{式中、R1、R2、R3、R4、R5、R6、R7、R8、R9、R10、R11、及びR12は、それぞれ独立に、水素原子、ハロゲン原子、ニトロ基、シアノ基、スルホン酸基、炭素数1〜10のアルキル基〔このアルキル基はハロゲン原子、ヒドロキシル基、カルボキシル基、炭素数1〜3のアルコキシ基、フェニル基(このフェニル基はハロゲン原子、炭素数1〜3のアルコキシ基、又は炭素数1〜10のアルキル基で任意に置換されていてもよい。)で任意に置換されていてもよい。〕、炭素数3〜6のシクロアルキル基、炭素数1〜6のアルコキシ基、フェニル基〔このフェニル基はハロゲン原子、炭素数1〜3のアルコキシ基、又は炭素数1〜10のアルキル基で任意に置換されていてもよい。〕を表し、R13は、ハロゲン原子、ニトロ基、又はシアノ基を表す。}

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2007−269790(P2007−269790A)
【公開日】平成19年10月18日(2007.10.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−58264(P2007−58264)
【出願日】平成19年3月8日(2007.3.8)
【出願人】(504145342)国立大学法人九州大学 (960)
【出願人】(000003986)日産化学工業株式会社 (510)
【Fターム(参考)】