説明

モータ制御装置及びモータパラメータ推定方法

【課題】オンラインでのモータパラメータ同定を可能とするとともに、空間高調波によるモータパラメータ同定への影響を低減又は無くすことができるモータ制御装置及びそれに用いられるモータパラメータ同定方法を提供する。
【解決手段】モータパラメータ同定部9が、前記電動モータMの制御回転軸の位相が所定位相となった時に前記電動モータMに印加されている電圧値である同定用電圧値、又は、前記電動モータの制御回転軸の位相が所定位相となった時に前記電動モータに流れている電流値である同定用電流値に基づいて前記モータパラメータを同定するように構成した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、位置センサレスでモータを制御する場合に使用されるモータパラメータを推定するための構成を有したモータ制御装置及びそれに用いられるモータパラメータ推定方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
位置センサレスで電動モータを制御する場合、電動モータの位相(回転角、ロータ位置)を推定するために前記電動モータの特性を表すモータパラメータを含む、モータ電圧方程式を用いることが多い。前記モータパラメータは、電動モータの回転速度制御等を行う前に事前に測定できるが、運転中の温度変化や電流値の変化により刻々と変化する事が分かっている。つまり、運転中にそれらのモータパラメータが変化してしまうことから、運転中におけるモータパラメータと事前に測定したモータパラメータとの間には誤差が生じていることになり、このモータパラメータを含むモータ電圧方程式により電動モータの位相を算出した場合にも同様に推定誤差が生じることになる。このような位相の推定誤差があると、想定通りに制御を行うことができなくなり、モータ効率の低下や、最大トルクの劣化等、モータ性能を低下させることになる。
【0003】
このような位相推定誤差を低減するために、モータパラメータを同定する構成を備えたモータ制御装置が特許文献1に示されている。より具体的には、このモータ制御装置に設けられたモータパラメータ同定部は、通常の速度制御モードとは異なる駆動をさせるモータパラメータ測定モードによりモータパラメータの一つであるインダクタンスを同定するものである。あるいは、特許文献2に示される交流モータ用のモータ制御装置は、モータに対して通常印加される交流電流ではなく、直流電流を印加し、その際に流れる電流値に基づいてモータパラメータを同定するものである。すなわち、これらの特許文献に示されるモータ制御装置は、通常のモータ制御モードとは異なる特殊運転を行う、あるいは、特殊な電流を印加することによりモータパラメータを同定する、いわゆる、オフラインパラメータ同定を行うものであり、電動モータに対して速度制御等を行っている最中にモータパラメータを同定する、いわゆる、オンラインパラメータ同定を行うものではない。従って、事前にモータパラメータを同定するための準備期間を設けたり、定期的にモータパラメータを特定するための期間を設けたりする必要があり、モータの運用計画に制限がかかり、使い勝手が悪くなってしまう場合がある。
【0004】
さらに、電動車やコンプレッサに代表されるような高効率のモータが必要とされるアプリケーションに対して適用されるモータとしては、集中巻きIPMモータが用いられることが多いが、このIPMモータ等の場合、構造的要因から空間高調波による誘起電圧歪みが大きく、モータパラメータ同定においても大きな誤差の要因となり得る。前述した特許文献に示されるモータ制御装置では、モータ電圧方程式における空間高調波による影響が生じる項については無視する、あるいは、空間高調波抑制技術によりその影響を無視できるようにしていることを前提とした上でモータパラメータの同定を行っている。
【0005】
しかしながら、集中巻きIPMモータ等をセンサレス制御で高精度に駆動し、IPMモータの有する効率、性能を最大限に引き出すことを目的とした場合、これまでの空間高調波抑制技術や同定技術の単なる組み合わせでは、十分なモータパラメータ同定精度を得て、さらなる制御の高性能化を進めることは難しくなりつつある。言い換えると、従来無視されていた空間高調波による影響を考慮したモータパラメータ同定を行う必要があることを本願発明者は鋭意検討の結果、技術課題として見出したのである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2008−86129号公報
【特許文献2】特開2000−312497号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
そこで、本発明は上述したような問題を鑑みてなされたものであり、モータが速度制御中等であってもオンラインでのモータパラメータ同定を可能とするとともに、空間高調波によるモータパラメータ同定への影響を低減又は無くすことができるモータ制御装置及びそれに用いられるモータパラメータ同定方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
すなわち、モータ制御装置は、制御対象となる電動モータに流れている電流値と、前記電動モータの特性を示すモータパラメータと、に基づいて、前記電動モータの制御回転軸の位相を推定する位相推定部と、前記電動モータに印加されている電圧値、又は、当該電動モータに流れる電流値に基づいて、前記位相推定部で使用されるモータパラメータを同定するモータパラメータ同定部と、前記位相推定部で推定された位相と、指令値とに基づいて前記電動モータに付与すべき制御電流値又は制御電圧値を付与するモータ駆動制御部と、を備え、前記モータパラメータ同定部が、前記電動モータの制御回転軸の位相が所定位相となった時に前記電動モータに印加されている電圧値である同定用電圧値、又は、前記電動モータの制御回転軸の位相が所定位相となった時に前記電動モータに流れている電流値である同定用電流値に基づいて前記モータパラメータを同定するように構成されていることを特徴とする。
【0009】
また、本発明のモータパラメータ同定方法は、電動モータに印加されている電圧値、又は、当該電動モータに流れる電流値に基づいて、モータパラメータを同定するモータパラメータ同定方法であって、前記電動モータの制御回転軸の位相が所定位相となった時に前記電動モータに印加されている電圧値である同定用電圧値、又は、前記電動モータの制御回転軸の位相が所定位相となった時に前記電動モータに流れている電流値である同定用電流値に基づいて前記モータパラメータを同定することを特徴とする。
【0010】
このようなものであれば、電動モータを例えば速度制御している場合において、制御回転軸の位相が所定位相となった時の電流値、又は、電圧値が分かればよいので、特に特殊な運転を電動モータにさせることなく、オンラインでのモータパラメータ同定を行うことができる。さらに、本願発明者は鋭意検討の結果、制御回転軸が所定位相の場合、空間高調波の影響がモータパラメータに対して現れていないことがあること、または、ある所定位相と別の所定位相におけるモータパラメータに対する空間高調波の影響は、各影響を足し合わせるとキャンセルすることができ、真値に近いモータパラメータを同定できることを見出した。このような知見から本発明は、全ての位相における電圧値、電流値を用いてモータパラメータの同定を行うのではなく、制御回転軸が所定位相の場合の同定用電圧値、同定用電流値によりモータパラメータの同定を行うようにしているので、空間高調波の影響を受けることなく、高精度に同定を行うことができる。
【0011】
従って、本発明はモータパラメータをオンラインで空間高調波の影響を受けずに精度よく同定することができるので、例えば、IPMモータのような空間高調波の影響を受けやすいモータであっても、高精度、高性能で運用する事が可能となる。
【0012】
複数のモータパラメータの同定を行う場合に、他のモータパラメータを用いずに、電動モータからの同定用電圧値、又は、同定用電流値だけで同定できるパラメータの同定を行い、最初に同定されたパラメータを他のモータパラメータの同定において基礎とできるようにして同定精度を向上させるには、前記モータパラメータが、インダクタンス、インピーダンス、電圧降下、鎖交磁束を含むものであり、前記モータパラメータ同定部が最初にインダクタンスを同定するように構成すればよい。
【0013】
複数のモータパラメータの同定精度を向上させるためには、前記モータパラメータ同定部が、前記同定用電圧値、前記同定用電流値、推定されたインダクタンスに基づいて、インピーダンス、電圧降下、鎖交磁束の順番で同定するように構成すればよい。
【0014】
空間高調波の影響がモータパラメータ同定に表れない所定位相の具体例としては、前記所定位相の定数倍の位相に対応する正弦、又は、余弦がゼロとなるように当該所定位相が定められているものが挙げられる。
【0015】
複数の同定用電圧、又は、同定用電流の組み合わせにより、空間高調波の影響をキャンセルして、モータパラメータの同定精度を向上させるには、前記所定位相が複数設定されており、各所定位相の定数倍の位相に対応する正弦の和、又は、各所定位相に対応する余弦の和がゼロとなるように各所定位相が定められているものであればよい。
【0016】
様々な特定不能の外乱によるモータパラメータ同定誤差をキャンセルし、同定精度を向上させるには、前記モータパラメータ同定部が、前記モータパラメータを複数回同定するように構成されており、複数の同定結果に基づいて最終同定結果を出力するように構成されたものであればよい。
【0017】
各モータパラメータに適したそれぞれ異なる所定位相においてモータパラメータを同定して同定精度を向上させるには、前記モータパラメータ同定部が、各モータパラメータをそれぞれ異なるタイミングで同定するように構成されたものであればよい。
【0018】
モータパラメータを同定する際に使用される演算式に一貫性を持たせて、その同定精度を向上させるには、前記モータパラメータ同定部が、d軸電圧方程式又はq軸電圧方程式のいずれかに基づいて前記モータパラメータを同定するように構成されたものであればよい。
【発明の効果】
【0019】
このように本発明のモータ制御装置及びそれに用いられるモータパラメータ同定方法によれば、速度制御中等にオンラインにおいてモータパラメータを同定することができるとともに、所定位相の時の同定用電圧値、同定用電流値に基づいて空間高調波の影響をうけないようにしてモータパラメータを同定し、同定精度を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明の一実施形態に係るモータ制御装置を模式的に示すブロック図。
【図2】同実施形態におけるあるモータパラメータの同定結果を示す模式図。
【図3】同実施形態における別のモータパラメータの同定結果を示す模式図。
【図4】同実施形態におけるさらに別のモータパラメータの同定結果を示す模式図。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下に本発明の一実施形態について図面を参照して説明する。
【0022】
図1に本発明に係るモータ制御装置100を示す。なお、同図では制御対象である電動モータMも記載してある。
【0023】
このモータ制御装置100は、位置センサレスベクトル制御を利用して、ロータ(図示しない)の回転速度を予め与えられた設定速度に制御するものであり、物理的にはCPU、メモリ等を含む電気回路によって構成されている。そして、前記メモリに記憶されたプログラムにしたがってCPUやその周辺機器が作動することにより、図1に示すように、出力座標変換部1、位相推定部2、位相誤差推定部3、速度推定部4、速度制御部5、電流制御部6、入力座標変換部7、速度−位置変換部8等としての機能を発揮する。なお、本実施形態では位相推定部2以外の各部が請求項での前記位相推定部2で推定された位相と、指令値とに基づいて前記電動モータMに付与すべき制御電流値又は制御電圧値を付与するモータ駆動制御部10に相当する。さらに、前記位相推定部2で用いられる各種モータパラメータを同定するモータパラメータ同定部9としての機能も発揮するように本モータ制御装置100は構成してある。また、制御対象であるモータMは、電動車やコンプレッサに用いられる集中巻きIPMモータであり、空間高調波による誘起電圧歪みの影響を受けやすいものである。
【0024】
次に、各部の説明を兼ねて、ここでの位置センサレスベクトル制御の概要を説明する。
モータに流れる各相(3相)の電流は、出力座標変換部1(3相/2相変換部)で仮想の制御軸、すなわちd軸及びq軸にそれぞれ流れる2相の電流id及びiqに変換される。
【0025】
そして、このd軸電流id及びq軸電流iqに基づいて、前記位置推定部2が、前記制御軸基準でのロータの推定位相θ_est(位置、回転角度)を後述するモータ電圧方程式により推定する。
【0026】
さらに、位置誤差推定部3が、前記位相推定部2が推定した推定位相と実際のロータ位相との誤差である位相誤差Δθを推定算出する。ここで、本実施形態のモータMは位置センサレスのため回転角度を測定するためのエンコーダ等は設けられていない。従って、実際のロータ位相はエンコーダ等により直接測定されたものではなく、例えば後述する目標回転速度ω_refにことにより算出される値である。その後、速度推定部4(速度推定オブザーバ)がPLL演算を施して前記位相誤差Δθを零にするようにロータの回転速度ω^を推定算出する。
【0027】
そして、速度制御部5が、前記推定回転速度ω^と予め定めた設定回転速度ω_refとの偏差ω_errに基づいてq軸電流指令値Iq_refを算出し、さらに電流制御部6が、前記q軸電流指令値Iq_refと前記q軸電流Iqとの偏差Iq_errに基づいて、電動モータに付与すべきq軸電圧Vqを算出する。
【0028】
一方、速度−角度変換部7は、前記推定速度ω^を時間積分することでロータの位置θ^を推定算出しており、前記入力座標変換部8(2相/3相変換部)が、前記q軸電圧Vqと前記推定位置θ^から電動モータMに付与する実際の各相電圧Vu、Vv、Vwを算出する。
【0029】
以上が位置センサレスベクトル制御の概要であるが、この実施形態では、さらに前記モータパラメータ同定部9が、モータパラメータの同定を行い、逐次更新していくことにより温度変化等によるモータパラメータの変化を反映して、前記位相推定部2での推定精度を向上させるように構成してある。
【0030】
以下では、前記位相推定部2及び前記モータパラメータ同定部9の構成及び動作について詳述する。
【0031】
前記位相推定部2は、以下に示すモータ電圧方程式に基づいて推定位相θ_estを推定するように構成してある。
【0032】
【数1】

ここで、Vd:d軸電圧、Vq:q軸電圧、id:d軸電流、iq:q軸電流、Ld:d軸インダクタンス、Lq:q軸インダクタンス、R:インピーダンス、φ:鎖交磁束、ΔV:電圧降下、ω:電気角速度、p:微分演算子、Dd:電圧降下成分d軸変換値、Dq:電圧降下成分q軸変換値、L:インピーダンスによる空間高調波成分、φ:磁束による空間高調波成分である。これらの値のうち、前記モータパラメータ同定部での同定対象となるモータパラメータは、q軸インダクタンスLq、電圧降下ΔV、インピーダンスR、鎖交磁束φであり、最初はこれらの値は設計値等を初期値として使用している。
【0033】
さらに、数1のモータ電圧方程式中のインピーダンスによる空間高調波成分、及び、磁束による空間高調波成分については以下のように記述される。
【数2】

【数3】

【数4】

【数5】

【数6】

【数7】

【数8】

【数9】

【数10】

【数11】

【数12】

【0034】
さらに、数1のモータ電圧方程式中の各軸への電圧降下成分変換値については以下のように記述される。
【数13】

【数14】

【0035】
ここで、従来のモータパラメータを同定方法においては、数1のモータ電圧方程式における右辺第3項、第4項の空間高調波の影響を無視している、あるいは、空間高調波抑制技術により空間高調波自体がモータに作用しないようにした状態で同定できることを前提にしている。本実施形態では、数1の右辺第3項、第4項に対する空間高調波の影響が無視できない値であるとして取り扱っている。そして、特に空間高調波の主成分である3f、6f高調波外乱の影響をキャンセルすることで、前記モータパラメータ同定部9は、高精度の同定を行えるようにしてある。
【0036】
前記モータパラメータ同定部9は、モータに印加されている電圧値、又は、当該電動モータMに流れる電流値に基づいて、前記位相推定部2で使用されるモータパラメータを同定するように構成してある。より具体的には、このモータパラメータ同定部9は、前記電動モータMの制御回転軸の位相が所定位相となった時に前記モータに印加されている電圧値である同定用電圧値、又は、前記電動モータの制御回転軸の位相が所定位相となった時に前記電動モータに流れている電流値である同定用電流値に基づいて前記モータパラメータを同定するように構成してある。また、当該モータパラメータ同定部9は、出力座標変換部1から出力される電流値を取得するとともに、前記電流制御部6で前記モータMに印加するように指令される電圧値についても取得するようにしてある。そして、前記位相推定部2で推定される位相が所定位相となる、又は、前記目標回転速度を時間積分して求められる位相が所定位相となった場合に、その時点での電圧値、電流値を用いて各モータパラメータの同定を行う。そして、前記モータパラメータ同定部9は、前記位相推定部2で位相推定のために用いられているモータパラメータを同定された値に逐次更新するようにしてある。
【0037】
ここで、前記所定位相とは、モータパラメータを同定する際に空間高調波の影響項である第3項、第4項の値がゼロ、又は、複数の所定位相での電流値、電圧値の組み合わせにより空間高調波の影響をキャンセルできるように選ばれた位相である。例えば、前記所定位相の定数倍の位相に対応する正弦、又は、余弦がゼロとなるように当該所定位相が定めてある。また、前記所定位相が複数設定してあり、各所定位相の定数倍の位相に対応する正弦の和、又は、各所定位相に対応する余弦の和がゼロとなるように各所定位相を定めてある。
【0038】
次にモータパラメータ同定部9によるモータパラメータの同定方法の具体的な根拠及び手順について説明していく。
【0039】
前記モータパラメータ同定部は、最初にq軸インダクタンスLqを同定してから、電圧降下ΔV、インピーダンスR、鎖交磁束φの順番で同定するように構成してある。
【0040】
まず、前記モータパラメータ同定部9は、q軸インダクタンスを下式数15に示されるq軸電圧方程式により同定する。
【数15】

【0041】
前記モータパラメータ同定部9は、前記モータにパルス入力を行いid=0であるとともに、前記制御軸位相が所定位相θ=0であり、対応する正弦であるsinθ=0の条件下で、q軸インダクタンスの同定を行うように構成してある。この条件下では、上式数15における右辺第2項は、id=0であることからゼロに、sinθ=0の場合、第4項は前述した式数5及び式数9から明らかなようにゼロとなるため、q軸モータ電圧方程式は下式数16のようになる。
【数16】

【0042】
パルス印加によるq軸インダクタンスLq同定は過渡項を使った手法のため、インピーダンスRの誤差、及び鎖交磁束による空間高調波の影響φh2にはほとんど影響されない。このため、式数16により所定位相θ=0における同定用電圧値、同定用電流値に基づいて同定されたq軸インダクタンスLqはほとんど同定誤差を含まないと考えることができる。以降のモータパラメータ同定においては、この最初に同定されたq軸インダクタンスLqを用いられる。
【0043】
次に前記モータパラメータ同定部9は、制御軸位相が所定位相θ=π/12と、θ=5π/12の2箇所における同定用電圧値、同定用電流値により下式数17のd軸電圧方程式を用いて電圧降下ΔVを同定する。
【数17】

【0044】
ここで、θ=π/12のとき、上式数17の右辺括弧内の第3項は、前述した式数8及び式数6から明らかなように下式数18のように変形できる。また、上式数17の右辺括弧内の第4項は、前述した式数10から明らかなように数19のように変形できる。なお、下式では空間高調波の主成分が3f、6fであること、及びその影響が最も大きいものだけを考慮する場合、式数8、式数6におけるmについてm=1を、式10におけるnについてはn=1のみを考えればよい事を利用している。
【数18】

【数19】

【0045】
ここで、K1、K2は第3項、第3項における、余弦、正弦の係数を代表させている。同じようにθ=5π/12のときの右辺括弧内第3項を算出し、θ=π/12の時の右辺括弧内第3項を足し合わせると、下式数20のようにゼロとなる。また、第4項についても同様に2つの制御位相での総和は下式21のようにゼロとなる。
【数20】

【数21】

【0046】
つまり、2箇所の制御軸位相で同定した電圧位相ΔVの平均値は、実質的に下式数22に示すようになり、空間高調波の影響を受けず、かつ、d軸電流id=0よりインピーダンスRの誤差の影響を受けないことから、正確な電圧降下ΔVを同定することができる。
【数22】

【0047】
なお、3f空間高調波のn=2成分を考慮する場合には、制御軸位相θを4箇所に増やして同定平均値を算出することで算出する事でそれらの影響も排除できる。
【0048】
インピーダンスRについても同定した電圧降下ΔVを使い、電圧降下ΔVを同定した際と同様の手法を用いて空間高調波成分をキャンセルしながら同定することができる。より具体的には、例えば制御軸位相が所定位相θ=π/12、5π/12となった時の同定用電圧値、同定用電流値を用いてそれぞれインピーダンスRの同定を行い、それらの平均値を取れば、実質的に下式数23で同定した結果となり、空間高調波の影響をキャンセルすることができる。
【数23】

【0049】
前記モータパラメータ同定部9が、インピーダンスRを同定した後は、次回以降id=0の運転条件の制約をかける必要はない。つまり、インピーダンスRが真値である場合には、id=0の運転制約条件をかける必要が無く、新たに電圧降下ΔVを同定する際にも下式数24のようにd軸電流値idが含まれる式により同定を行っても精度よく同定を行うことができる。
【数24】

【0050】
前記モータパラメータ同定部9は、最後に鎖交磁束φを同定する。これまでに、q軸インダクタンスLq、インピーダンスR、電圧降下ΔVが同定されているので、これらの値を用いるとともに、制御軸位相が所定位相となった場合ときの同定用電圧値、同定用電流値を用いて、空間高調波の影響を排除するようにしてある。q軸モータ電圧方程式より鎖交磁束φは下式数25のように記述できる。
【数25】

【0051】
前記所定位相における値を足し合わせて、平均を取った場合、同定される鎖交磁束φは以下の式数26のようになり、空間高調波の影響が無い式にすることができる。
【数26】

【0052】
このように本実施形態のモータ制御装置100によれば、制御軸位相が空間高調波の影響をキャンセルすることができる所定位相となったときの同定用電圧値、同定用電流値に基づいて各モータパラメータを同定するように構成してあるので、各モータパラメータを精度よく同定することができる。しかも、通常の速度制御中等においてもd軸電流値がゼロである等のわずかな制約条件を付加するだけで、各モータパラメータの同定を精度良く行うことができ、オンライン同定に適したものとなっている。また、オンライン同定で精度よく各モータパラメータを同定することができるので、逐次、前記位相推定部で使用される各モータパラメータを更新することができる。従って、温度変化や流す電流値の変化等によりモータパラメータが変化したとしても、常に変化した後の値で位相推定を行うことができる。つまり、位相推定が正確であるため、IPMモータ等であっても常に位置センサレス制御で精度よく運転することができ、効率、トルク、性能を高い水準に保つことが可能となる。
【0053】
最後に本実施形態のモータパラメータ同定部による鎖交磁束φ、電圧降下ΔV、q軸インダクタンスLqの同定結果を図2、図3、図4のグラフで示す。ここで、点線の直線が理論値であり、点が前記モータパラメータ同定部により同定された結果を示すものである。どのモータパラメータに関しても理論値と、同定結果とは略一致しており、本実施形態のモータパラメータ同定部9によれば、空間高調波の影響をキャンセルして高精度での同定が可能となっていることが分かる。
【0054】
その他の実施形態について説明する。
【0055】
前記実施形態でのモータパラメータの同定順番は一例であり、その他の順番で同定を行っても構わない。また、所定位相については、前記実施形態で限定されるものではなく、空間高調波の影響項を足し合わせてゼロにしてキャンセルできるような位相であればよい。具体的には、複数の所定位相にそれぞれ対応する正弦、又は、余弦の総和がゼロとなるような組み合わせの位相であれば構わない。
【0056】
また、モータ制御に特定のモータパラメータしか用いられていない場合には、前記実施形態のように全てのモータパラメータを同定するのではなく、必要なモータパラメータだけを同定するようにしても構わない。また、コンプレッサの起動時にはV/F制御が用いられ、その後センサレス制御に移行する事が多いが、例えば、V/F制御時に本発明により各モータパラメータを同定しておき、その後のセンサレス制御において同定されたパラメータを使用するようにしても構わない。
【0057】
本発明において、モータ駆動制御に用いられるPWMのキャリア周波数に関しては特に制約はないが、周波数が高いほど同定精度を向上させることができる。なぜなら、キャリア周波数が高ければ、高回転時における1サンプリングに対する位相θの変化を小さくすることができるからである。
【0058】
本発明において各モータパラメータを同定するタイミングは特に限定されるものではないが、電圧方程式が過渡状態を無視した定常状態を記述したものであるので、過渡的な電流が流れていない状態で同定を行うようにすることが好ましい。過渡状態を含む状態でも、同定の実施回数を増やせば逐次最小二乗法等の統計的手法を用いて、各モータパラメータを真値に近い値で同定する事も可能である。
【0059】
また、前記実施形態の電圧降下ΔV、インピーダンスRのように複数の所定位相において同定を行い、平均化することで、空間高調波の影響項をキャンセルする場合において、運転状態が大きく変化しないのであれば、各所定位相が電流一周期内にある必要は無い。特に高速回転の場合、CPUの演算処理にも影響することから、電流数周期に亘って、1つの同定処理を実施することも有効である。同様の観点から、CPUの処理負荷の大きさによっては、負荷軽減のために同定のために用いる所定位相の数を例えば4箇所から2箇所に減らす等しても構わない。逆にCPU負荷が小さい場合には、精度向上のために、所定位相の数を例えば2箇所から4箇所に増やして同定精度を向上させるようにしても構わない。
【0060】
その他、本発明の趣旨に反しない限りにおいて様々な変形や実施形態の組み合わせを行っても構わない。
【符号の説明】
【0061】
100・・・モータ制御装置
M ・・・電動モータ
2 ・・・位相推定部
9 ・・・モータパラメータ同定部
10 ・・・モータ駆動制御部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
制御対象となる電動モータに流れている電流値と、前記電動モータの特性を示すモータパラメータと、に基づいて、前記電動モータの制御回転軸の位相を推定する位相推定部と、
前記電動モータに印加されている電圧値、又は、当該電動モータに流れる電流値に基づいて、前記位相推定部で使用されるモータパラメータを同定するモータパラメータ同定部と、
前記位相推定部で推定された位相と、指令値とに基づいて前記電動モータに付与すべき制御電流値又は制御電圧値を付与するモータ駆動制御部と、を備え、
前記モータパラメータ同定部が、前記電動モータの制御回転軸の位相が所定位相となった時に前記電動モータに印加されている電圧値である同定用電圧値、又は、前記電動モータの制御回転軸の位相が所定位相となった時に前記電動モータに流れている電流値である同定用電流値に基づいて前記モータパラメータを同定するように構成されていることを特徴とするモータ制御装置。
【請求項2】
前記モータパラメータが、インダクタンス、インピーダンス、電圧降下、鎖交磁束を含むものであり、前記モータパラメータ同定部が最初にインダクタンスを同定するように構成された請求項1記載のモータ制御装置。
【請求項3】
前記モータパラメータ同定部が、前記同定用電圧値、前記同定用電流値、推定されたインダクタンスに基づいて、インピーダンス、電圧降下、鎖交磁束の順番で同定するように構成された請求項2記載のモータ制御装置。
【請求項4】
前記所定位相の定数倍の位相に対応する正弦、又は、余弦がゼロとなるように当該所定位相が定められている請求項1、2又は3記載のモータ制御装置。
【請求項5】
前記所定位相が複数設定されており、各所定位相の定数倍の位相に対応する正弦の和、又は、各所定位相に対応する余弦の和がゼロとなるように各所定位相が定められている請求項1、2、3又は4記載のモータ制御装置。
【請求項6】
前記モータパラメータ同定部が、前記モータパラメータを複数回同定するように構成されており、複数の同定結果に基づいて最終同定結果を出力するように構成された請求項1、2、3、4又は5記載のモータ制御装置。
【請求項7】
前記モータパラメータ同定部が、各モータパラメータをそれぞれ異なるタイミングで同定するように構成された請求項1、2、3、4、5又は6記載のモータ制御装置。
【請求項8】
前記モータパラメータ同定部が、d軸電圧方程式又はq軸電圧方程式のいずれかに基づいて前記モータパラメータを同定するように構成された請求項、1、2、3、4、5、6又は7記載のモータ制御装置。
【請求項9】
電動モータに印加されている電圧値、又は、当該電動モータに流れる電流値に基づいて、モータパラメータを同定するモータパラメータ同定方法であって、
前記電動モータの制御回転軸の位相が所定位相となった時に前記電動モータに印加されている電圧値である同定用電圧値、又は、前記電動モータの制御回転軸の位相が所定位相となった時に前記電動モータに流れている電流値である同定用電流値に基づいて前記モータパラメータを同定することを特徴とするモータパラメータ同定方法。
【請求項10】
前記モータパラメータが、インダクタンス、インピーダンス、電圧降下、鎖交磁束を含むものであり、前記モータパラメータ同定部が最初にインダクタンスを同定する請求項9記載のモータパラメータ同定方法。
【請求項11】
前記所定位相に対応する正弦、又は、余弦がゼロとなるように当該所定位相が定められている請求項9又は10記載のモータパラメータ同定方法。
【請求項12】
前記所定位相が複数設定されており、各所定位相に対応する正弦の和、又は、各所定位相に対応する余弦の和がゼロとなるように各所定位相が定められている請求項9、10又は11記載のモータパラメータ同定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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