説明

ヤマノイモモザイクウイルス弱毒株YMO6を接種したヤマノイモモザイクウイルス強毒株に対する抵抗性ヤマノイモ属植物、及び当該ヤマノイモ属植物におけるYMO6以外のヤマノイモモザイクウイルス感染の有無を判定する方法

【課題】ヤマノイモウイルス強毒株の感染を防ぎ、安定したヤマノイモの生産を可能とする新規なJYMV弱毒株YMO6を低温処理により作出した。このYMO6に感染したヤマノイモにより、JYMV強毒株に対する干渉作用を示すヤマノイモを提供する。さらにYMO6についてゲノム解析を行い、YMO6以外のヤマノイモモザイクウイルス感染の有無を判定することを可能とする。
【解決手段】ヤマノイモ類植物内に特定の塩基配列で表されるRNAを有するヤマノイモモザイクウイルス弱毒株YMO6有していることで、ヤマノイモモザイクウイルス強毒株に対する抵抗性植物を作成することができる。さらに、前記抵抗性植物において、ヤマノイモモザイクウイルス弱毒株YMO6遺伝子のNIb〜CP領域における変異をIC-RT-PCR-RFLP解析を用い、制限酵素HaeIIIを用いることで感染の判定が可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヤマノイモモザイクウイルス強毒株の感染に対して干渉作用を示すヤマノイモモザイクウイルス抵抗性ヤマノイモ属植物及び当該ヤマノイモ属植物におけるYMO6以外のヤマノイモモザイクウイルス感染の有無を判定する方法である。
【背景技術】
【0002】
ヤマノイモ属の作物は、世界中で300〜600種あると推定されており、世界ではヤムと呼ばれ、主食とする国も多く、経済的にも重要な作物である。日本ではヤマノイモ属としてジネンジョ(Dioscorea japonica)、イチョウイモ(Dioscorea opposita)及びダイジョ(Dioscorea alata)が全国各地で栽培されており、近年アジア地方を中心に輸出も盛んに行われている。地域の直売所や地元レストランにおけるヤマノイモ属の地産地消の動きも活発であり、年々需要が高くなってきている。ところが、一般に栽培されているヤマノイモ属は、その殆どがヤマノイモモザイクウイルス(Japanese yam mosaic virus:以下「JYMV」とすることもある)に感染している(非特許文献1)。このウイルス病は、葉上にモザイク症状を引き起こし、植物体の成長が阻害され、担根体の収量を著しく低下させるため、生産上最も問題とされる病害の一つであり、収量が40%以上減少することもある(非特許文献2)。
【0003】
ウイルス病の防除法には、抵抗性品種の利用、媒介虫の防除、茎頂培養によって作出したウイルスフリー苗の利用、弱毒ウイルスの利用などがある。ウイルスフリー苗においては、アブラムシによるJYMVの伝搬及び種イモ伝染を防ぐために農薬散布が必要であると共に、粘度の低下や奇形イモの発生が生じやすいという問題があった(非特許文献3)。そこで近年、病原ウイルスの感染阻止効果が持続し、ウイルスフリー株と同等の収量を確保できるJYMVの弱毒ウイルス株の開発が進められている。
【0004】
この弱毒ウイルス株が感染した植物は強毒ウイルスが感染しにくい現象である干渉効果を利用したものである。しかしながら、本技術は、ヤマノイモ属の生産においては一部(山口県山口市におけるイチョウイモ)を除いて、普及に至っていない。
【0005】
ここで、種苗生産においては、品質保証として(A)種苗にJYMV弱毒ウイルスが確実に含まれていること、(B)JYMV弱毒ウイルス以外のJYMVが感染していないこと、の両方が要求される。これらの要求事項を調査するためには、種イモ(種苗)生産者が弱毒ウイルス接種種苗の生産過程で弱毒ウイルス及び弱毒ウイルス以外の感染を迅速に検出する技術が必須となる。
【0006】
近年、ウイルスの分類ではウイルスゲノムの塩基配列をもとにした分子分類が利用されており、特にJYMVが属するPotyvirusでは外被タンパク質(CP)及び3’非翻訳領域(3’UTR)の相同性による分類手法がウイルスの分類に広く取り入れられるようになってきている(非特許文献4)。
【0007】
ジネンジョにおいては、JYMV弱毒株及びそのウイルス感染によるJYMVの抵抗性植物について、CP領域の塩基配列に着目してImmunocapture-Reverse Transcription-Polymerase Chain
Reaction-Restriction Fragment Length Polymorphism(イムノキャプチャー逆転写PCR 制限酵素断片長多型系:以下IC-RT-PCR-RFLPという)を用いてウイルスの弱毒株と強毒株を識別する方法が知られている(特許文献1)。しかしながら、この文献においては、強毒株として3系統のデータのみしか示されていない。国内には多くの強毒株が存在すると予想され、国内での栽培においては3系統だけのデータだけでは不十分であり、実際に干渉効果が不安定であるという問題があった。
【0008】
こうした中、新たな強毒ウイルス抵抗性ヤマノイモ属植物の開発が求められていた。
【特許文献1】特開2000‐300270
【非特許文献1】Fuji et al.Complete nucleotide sequence of the geonomic RNA of amild strain of Japanese yam mosaic potyvirus.Arch Virol 1999;144:231-240)
【非特許文献2】松澤ら 茎頂培養によるヤマノイモ(Dioscorea opposita)のウイルスフリー株の育成及びその特性.愛知県農総試1991;31:55−61 1991
【非特許文献3】平井ら ナガイモウイルスフリー苗の特性とその利用.今月の農業31(5).(化学工業日報社、東京):1987:50−56.
【非特許文献4】イミュノキャプチャーPCRによるイチョウイモ(Dioscorea oppositeThumb.cv.ichoimo)からのヤマノイモモザイクウイルス(JYMV)の検出とPCR−RFLPによる強毒株と弱毒株の判別。日植病報1999;65:494-497
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明者は、ヤマノイモウイルス強毒株の感染を防ぎ、安定したヤマノイモの生産を可能とする新規なJYMV弱毒株(以下「YMO6」ということもある)を低温処理により作出した。このYMO6に感染したヤマノイモはJYMV強毒株に対する干渉作用を示した。さらにYMO6についてゲノム解析を行い、解析結果に基づいてJYMV強毒株とYMO6で塩基配列が異なるNIb〜CP領域に注目し、この領域のIC-RT-PCR-RFLP解析によってYMO6以外のヤマノイモモザイクウイルス感染の有無を検出することが可能であることを見出し、本発明を完成した。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の第1の態様は、ヤマノイモ属植物内に配列番号1記載の塩基配列(但し、配列中のTはUである。)で表されるRNAを有するヤマノイモモザイクウイルス弱毒株YMO6有しており、ヤマノイモモザイクウイルス強毒株に対する抵抗性を有していることを特徴とする、ヤマノイモ属植物である。
【0011】
更に本発明の第2の態様は、前記第1の態様においてヤマノイモ属植物がジネンジョであることを特徴とする、ヤマノイモ属植物ある。
【0012】
更に本発明の第3の態様は、前記第1又は第2の態様において、1)当該植物内のYMO6のRNAよりDNA断片を得る工程、2)得られたDNA断片を制限酵素HaeIIIで消化する工程、3)消化したDNAを電気泳動し、バンドパターンを確認する工程、を有することを特徴とする、YMO6以外のヤマノイモモザイクウイルス感染の有無を判定する方法である。
【発明の効果】
【0013】
JYMV弱毒株YMO6を感染させたヤマノイモでは、強毒ウイルスの感染に対して高い阻止能力を有し、葉にモザイク症状がほとんど発生することがないため、植物体の成長阻害及び担根体の収量低下を防ぐことができる。また、YMO6の特異的遺伝子構造を利用して、YMO6の感染、およびYMO6以外のヤマノイモモザイクウイルス感染の有無の判定が可能となり、JYMV弱毒株YMO6接種種苗の生産の品質管理(YMO6が接種されていることと、他のJYMVが感染していないことの保証)を行うことができる。
【0014】
さらに、JYMV弱毒株YMO6を導入することで、ウイルスを媒介するアブラムシの防除を目的とした農薬散布回数を減少させることが可能となり、ヤマノイモ属の減農薬栽培に寄与することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明における抵抗性ヤマノイモ属植物は、JYMV強毒系統が引き起こすモザイク病に対して高い防除効果を発揮する植物であり、ヤマノイモ属植物の葉にモザイク症状をほとんど生じさせず、ウイルスフリー植物と同等の肥大イモを収穫することを特徴とするものである。
【0016】
本発明において、ヤマノイモ属植物とは、ジネンジョ(Dioscorea japonica),イチョウイモ群(Dioscorea opposite)であるイチョウイモ、ヤマトイモ、ツクネイモ、ヤマイモ、ヤマトイモ、及びダイジョ(Dioscorea alata)等をいい、特にジネンジョにおいて著効がある。
【0017】
弱毒ウイルスとは、対象作物にほとんど病徴を示さず、収量の減少や品質の低下をもたらず、かつ、強毒ウイルスに対する干渉作用を示すウイルスのことをいう。干渉作用とは、植物があるウイルスに感染すると、当該ウイルスと同種か極めて近縁なウイルスは感染しにくいという効果をいう。
【0018】
本発明に用いる弱毒株は、JYMVの弱毒ウイルスを低温処理することによって得られた新しい株の一つYMO6であり、配列番号1に記載の塩基配列(但し、配列中のTはUである)で表わされるRNAを有している。この塩基配列において、1若しくは複数個の塩基が置換、欠失若しくは付加した塩基配列で表わされるRNAを有し、強毒ウイルスに対する干渉作用を有するウイルスが含まれる。低温処理を行う弱毒ウイルスはJYMVであれば特に限定されない。弱毒化のための低温処理方法は、天然に存在するJYMVの感染が認められた苗の葉柄と蔓を約1cm付けたY字型の腋芽節(以下「腋芽」とする)をMurashige&Skoog培地(以下「MS培地」とする。ホルモンフリー、サッカロース3%。Murashige,T.and
Skoog,F.(1962).A revised medium
for rapid growth and bio-assays with tobacco tissue cultures. Physiologia
Plantarum.15:473-497.)に植え継ぎ(腋芽培養)、15℃〜25℃、好ましくは18〜22℃で、14時間〜20時間/日照明下(6000LUX)、好ましくは16時間/日照明下(6000LUX)で2カ月間培養することで実施することができる。
【0019】
低温処理によって得られたYMO6を作物に感染させる方法は特に制限されないが、カーボランダムにより塗末接種する方法、アブラムシを用いる方法などがあげられる。感染させる植物はウイルスフリー株であり、感染源にはYMO6の部分純化液、YMO6感染植物体等があげられる。
【0020】
YMO6に感染した抵抗性植物の繁殖方法は、イモを切断して種イモとして使用する方法、むかごを用いる方法などがある。栽培方法は特に制限されないが、例えばYMO6を感染させた株を露地ほ場や施設ハウスで増殖し、5〜8か月間栽培して収穫した担根体やむかごを種イモとすることができる。
【0021】
次に、YMO6以外のヤマノイモモザイクウイルス感染の有無を判定する方法は、YMO6とそれ以外のJYMVの遺伝子における特定の位置の塩基配列の相違を検出することで可能であり、1)当該植物内のYMO6のRNAよりDNA断片を得る工程、2)得られたDNA断片を制限酵素HaeIIIで消化する工程、3)消化したDNAを電気泳動し、バンドパターンを確認する工程を含むものであれば、特に限定されず、例えばIC-RT-PCR-RFLPを挙げることができる。このIC-RT-PCR-RFLPは、抗JYMV抗体を吸着したチューブに罹病植物試料汁液を加えることによってJYMV粒子を捕捉(イムノキャプチャー:IC)した後、熱処理によってJYMVのRNAを裸出させ、JYMVに特異的なオリゴヌクレオチドプライマーを用いて逆転写とそれに続くPCR(RT−PCR)により標的配列増幅DNA断片を得る。得られたDNA断片を制限酵素で消化した後、アガロースゲル電気泳動で消化DNAの多型(restriction fragment length polymorphism:RFLP)のパターンを確認するというものである。PCRで増幅する領域はNIb領域の3’側末端とCP領域の大部分を含むことが好ましく、特にCPにおける62〜65番目の塩基を含むことが必要である。使用する制限酵素は、HaeIIIがあげられる。従来のIC-RT-PCR-RFLPによるYMO6以外のヤマノイモモザイクウイルス感染の有無を判定する方法では、強毒ウイルスのバンドパターンと弱毒ウイルスのバンドパターンが一致することから、強毒ウイルスの感染の確認が不十分であったが、本発明においてはこれまで知られている強毒ウイルスのバンドバターンとYMO6のバンドパターンが異なるため、YMO6以外のヤマノイモモザイクウイルス感染の有無の判定が可能となる。
【実施例】
【0022】
以下、本発明をさらに詳しく説明するため、実施例を挙げるが本発明はこれに限定されない。
1.ヤマノイモモザイクウイルス強毒性株に対する抵抗性ヤマノイモ属植物
(1)イチョウイモ由来JYMVからの選抜
山口県山口市の栽培イチョウイモから選抜したJYMVの弱毒ウイルス部分純化液(図1)に約1%のカーボランダム(600メッシュ、片山化学社製)を加え、ジネンジョ(KM系統)のウイルスフリー培養苗に塗末接種した。接種後は、MS培地に置床し、25℃16時間照明下(6000LUX)で管理した。接種約1ヵ月後に、IC-RT-PCR法によりJYMVの感染の有無を確認した。
【0023】
IC-RT-PCR法は、以下の通りに行った。
【0024】
1)RNAの抽出
0.5mlチューブに、PBSで100倍希釈した抗JYMV抗体(IgG)を50μl入れ、37℃で2時間インキュベートし、抗体をチューブにコーティングした。このチューブにwashing buffer(PBS-T:0.1M Na2HPO4
140ml、0.1M KH2PO4 60ml、NaN3 0.2g、Tween 20 0.5ml、NaCl 8.76g、イオン交換水800ml)を加え、捨てる作業を3回繰り返すことでチューブ内を洗浄した。
【0025】
部分純化液を接種源として接種して低温処理したジネンジョ(KM系統)の葉0.1gを乳鉢と乳棒を用いて1mlの抽出buffer(Na-DIECA 0.11g、0.5M 2Na-EDTA 500μl、メルカプトエタノール50μl、アスコルビン酸0.2g、ポリビニルピロリドン1g、NaN3
0.01g、0.1M NaHPO4 35ml、0.1M KH2PO4 15ml)中で磨砕した。この抽出液50μlを抗JYMV抗体でコーティングしたチューブに入れ、4℃で一晩置いた後、PBS-Tを加え、捨てる作業を3回繰り返し洗浄した。
【0026】
2)cDNAの合成
上記のチューブに50μlの滅菌水を加え、80℃で5分間熱処理した後、氷中に2分間置いた。その後、PrimeScript RT-PCR Kit(TaKaRa社製)を用いてcDNAの合成を行った。プライマーは12345R:5'-GTGGCATATACGCTTTTTC-3’(配列番号3:GenBank
AB430808)を用い、製造業者の指示に従ってcDNAの合成を行った。
【0027】
3)PCR
インキュベート後にPCR kit(QIAGEN)を用い、0.5mlチューブに下記の組成溶液を加えPCRを行った。用いたプライマーはフォワード 125F:5'-TTGGATGATAATTCAATGCAA-3’(配列番号4:GenBank
AB430808)、リバース 12345R:5'-GTGGCATATACGCTTTTTC-3’(配列番号3:GenBank AB430808)である。
【0028】
各条件は以下の通りである。
【0029】
変性 92℃ 3分
35サイクル 92℃ 1分、50℃ 1分、72℃ 1分、
最終伸張反応 72℃ 5分
4)電気泳動
得られたPCR産物を6%ポリアクリルアミドゲルを用いて、電気泳動装置(ミニプロディアン3セル、BIO RAD製)により泳動を行う。泳動後は銀染色(2D−銀染色試薬II(第一化学薬品製)を行い、JYMVのゲノムに由来するDNA断片(241bp)を観察し、非特許文献4に記載の方法に従い、241bpのバンドがあればJYMVに感染し、その241bpのバンドがなければJYMVに感染していないと判断した。
【0030】
JYMVの感染が認められた苗については、葉柄と蔓を約1cm付けたY字型の腋芽節(以下「腋芽」とする)の個々をMS培地に植え継ぎ(腋芽培養)、弱毒化処理のため低温(20℃)16時間照明下(6000LUX)で培養した。培養2カ月後に培養したすべての株から1株1葉採取し、JYMVの感染の有無を上記と同様にIC-RT-PCR法で確認した。JYMVの感染が認められ、葉上にモザイクが無く、生育が優れた株を弱毒ウイルス有望株として選抜した。このうちのひとつがJYMV弱毒株「YMO6」である。
【0031】
(2)ポット試験による干渉効果の確認
供試した植物は、腋芽培養法により増殖したYMO6感染株を25穴セルトレイに鉢上げし、馴化した0〜5葉期のものを用いた。強毒ウイルスの接種は、モモアカアブラムシを用い、獲得吸収前絶食時間2時間、獲得吸汁時間5〜10分、接種時間10〜15分で、一株あたり5頭利用して実施した。接種葉は上位2葉目とした。接種源には、2004年に山口県柳井市のジネンジョ栽培ほ場より得た強毒ウイルスJYMV強毒株を保有する種イモから育てた苗を用いた。対照としてウイルスフリー苗にも同様に接種した。接種後は、ガラス温室内で管理し、接種1か月後に展開した上位1〜2葉を採取し、IC-PCR-RFLPによりJYMVを検出した。
【0032】
IC-PCR-RFLP法は以下のとおりに行った。
【0033】
上記IC-RT-PCR法と、1)RNAの抽出、2)cDNAの合成、3)PCRまでは同様である。得られたPCR産物を制限酵素Tsp509Iにより65°1時間で切断処理した。処理後に得られた産物は6%ポリアクリルアミドゲルを用いて、電気泳動装置(ミニプロディアン3セル、BIO RAD社製)により泳動を行う。泳動後は銀染色(2D−銀染色試薬II(第一化学薬品社製)を行い、非特許文献4に記載の方法に従い、JYMVのDNA断片パターン、具体的には強毒株の検出は128bpと113bpの2本の特有のバンドを、YMO6では221bpと20bpの特有のバンドを確認した。
【0034】
ポット試験の結果を表1に示す。JYMV強毒株を接種したウイルスフリー苗に、JYMV強毒株の感染を示す特異的なバンドがすべての苗から検出された。また、アブラムシを用いたJYMV伝搬率は100%であった。一方、YMO6保有苗にはJYMV強毒株の感染を示すバンドは確認されず、YMO6特有のバンドが確認された。また、JYMV強毒株感染苗で葉上でのモザイク症状は確認されなかった。よって、ポット試験においてYMO6保有苗はJYMV強毒株を感染させないか、感染したとしても増殖を抑えたことが示唆され、YMO6の強毒ウイルスJYMV強毒株に対する干渉効果が認められた。
【0035】
【表1】

(3)露地ほ場による干渉効果の確認
試験は、2006年、2007年、2008年に山口県柳井市の現地ジネンジョ栽培露地ほ場(政田自然農園)で実施した。
【0036】
2006年試験では、供試植物は、腋芽培養法により増殖した弱毒ウイルスYMO6保有株を25穴セルトレイに鉢上げし、馴化した約10葉期のもの用いた。対照としてウイルスフリー苗も同様に準備した。栽培は、7月上旬に定植し、12月上旬まで行った。定植2週間後に、葉をサンプリングし、また栽培終了時にイモを収穫し、その収穫イモから約3mm角をくり抜き、それぞれ磨砕した液より、上記と同様のIC-PCR-RFLPでJYMVを検出し、強毒JYMVの感染の有無を確認した。
【0037】
2007年と2008年の試験では、YMO6保有株およびウイルスフリー苗を供試し、それぞれ前年の収穫イモを切断し、種イモとして定植した。そのため、供試したウイルスフリー苗は、すべて強毒系JYMVに再感染しているものを用いた。対照として現地の慣行株(JYMV強毒株感染苗)と栽培1年目のウイルスフリー苗を供試した。栽培は、4月中旬から12月中旬まで行った。区制は、1区3〜5植物の3〜12反復とした。8月下旬から9月上旬にかけて、すべての株の下から2〜3葉目の葉を採取し、それぞれの葉の磨砕液よりIC-PCR-RFLPでYMO6とJYMV強毒株の感染の有無を確認した。また、栽培期間を通じて、葉上のモザイクの程度を観察した。
【0038】
収量の調査は、2007年の試験のみで行い、定植時の種イモ重および収穫時の収穫イモ重を計測し、肥大率を求めて比較した。
【0039】
2006〜2008年に行った試験結果を表2に示す。2006年試験では、供試したすべてのYMO6保有株においてその収穫イモからは、強毒ウイルスは検出されなかった。一方、ウイルスフリー株の収穫イモからは、すべての株からJYMV強毒株が検出された。なお、栽培期間を通じ、いずれの植物体も、葉上にモザイク症状は認められなかった。
【0040】
【表2】

2007年試験でも、供試したすべてのYMO6保有株において、葉上のモザイクの発生程度は低く、JYMV強毒株の感染も認められなかった。
【0041】
2008年試験では、YMO6保有株の1株のみで、JYMV強毒株の感染が認められ、その株の病徴は、葉上にモザイク症状を呈していたが、その他の株では、JYMV強毒株の感染は認められず、高い干渉効果が認められた。また、2008年のウイルスフリー株のJYMV強毒株感染株率は、28.6%であった。
【0042】
以上の結果から、2006年から2008年の3作続けての栽培において、YMO6保有株へのJYMV強毒株の感染は、1株を除いて認められず、継続した干渉効果が認められた。
【0043】
YMO6感染株のイモの肥大率は、農家慣行株と比較して高く、ウイルスフリー由来株と同等であった(表3、図3)。(収穫イモの肥大率)
【0044】
【表3】

(4)生育調査
図4はウイルスフリージネンジョ苗(a)とYMO6を接種したジネンジョ苗(b)の葉を示す。ウイルスフリージネンジョ苗は葉上のモザイク症状がみられるのに対し、YMO6を接種したジネンジョ苗は葉上のモザイク症状がほとんど見られなかった。
2.YMO6以外のヤマノイモモザイクウイルス感染の有無を判定する方法
(1)弱毒ウイルスゲノム塩基配列の解析
YMO6を接種したジネンジョの葉を用いて、上記IC-RT-PCR法によって弱毒株YMO6のcDNA断片(PCR産物)を得た。RT-PCR法はPrimeScript RT-PCR kit(タカラバイオ社製)を用いて行った。プライマーはデータベースのJYMVゲノムの配列(GenBank Accession No.AB029504)を基に作成した(表4:配列番号7〜配列番号39、図5)。
【0045】
【表4】

得られたPCR産物は1.2%アガロース電気泳動によって、目的サイズのDNAバンドを確認後切り出し、Quiaquick Gel Extraction kit(Qiagen社製)を用いて精製した。精製DNAをプラスミドベクターpGEM-T Easy(Promega製)に連結した後、大腸菌JM109を形質転換することによりクローニングした。また、イチョウイモに感染するJYMV強毒株として知られるJYMV Y系統についても、同様にしてcDNA断片のクローニングを行った。
【0046】
クローニングしたDNA断片は、BigDye terminator cycle sequencing
kit(Applied Bisystems社製)を用いてシーケンシング反応を行い、ABI310自動シーケンサー(Applied Bisystems社製)を用いて塩基配列を決定した。YMO6の塩基配列の一部(NIbの一部、CPの全領域、および3'-UTR)を配列番号1に示す。JYMV Y系統についても同様にして塩基配列を決定した。
【0047】
(2)プライマーの設計
YMO6、Y系統、およびデータベースに存在するJYMV強毒株(GenBank Accession No.AB016500)のNIb~CP領域の配列についてマルチプルアライメント解析(Clastal W)を行った(表5)。プライマー設計ソフト(primer 3、http://primer3.sourceforge.net/)を用いて、YMO6特異的なアミノ酸変異がみられたCP領域を増幅できるプライマーJYMV-CP-F(配列番号5:5'-CTAGACAAAGACGCAGATCAGA-3')およびJYMV-CP-R(配列番号6:5'-CCGAGAAGGCTGTGCATATT-3')を設計した。
【0048】
【表5−A】

【0049】
【表5−B】

(3)OneStep
RT-PCRおよび956bpDNA断片のクローニング
弱毒株YMO6感染のジネンジョからセパゾールRNA I(ナカライテスク社製)を用いてRNAを抽出した。PrimeScript OneStep RT-PCR Kit(TaKaRa社製)を用いて、以下の手順でRT-PCRを行った。
【0050】
1)下記の組成溶液を加え攪拌した。
【0051】
2×1step buffer 10μl
Primer(JYMV-CP-F)(20μM) 0.5μl
Primer(JYMV-CP-R)(20μM) 0.5μl
PrimeScript One step Enzyme Mix 0.8μl
Template RNA 8.2μl/total20μl

2)以下の温度条件でOneStep RT-PCRを行った。

50℃ 30min
94℃ 2min
94℃ 30sec、50℃ 30sec、72℃ 1min(35cycles)

3)得られたPCR産物(956bp:配列番号2)を新しい0.2ml容チューブに2μl取り、それに10×ゲルローディングバッファー(GLB:0.25% Bromophenol Blue、50% glycerol)を0.2μl加えた。1.2%アガロースゲル(アガロース1.2%、1×TAE)を用い、Mupid電気泳動装置(ADVANCE社製)で、100Vで約30分間泳動を行った。泳動後、ゲルをエチジウムブロマイド(1μl/ml)で15分間染色し、水で洗浄した。ゲルをUVトランスイルミネーター上に置き、JYMVのゲノムに由来するPCR産物(956bp)の有無を確認した。
【0052】
PCR産物(956bp)は、Quiaquick Gel Extraction kit(Qiagen社製)を用いて精製した後、プラスミドベクターpGEM-T Easy(Promega社製)に連結し、大腸菌JM109を形質転換することによりクローニングした。
【0053】
(4)YMO6感染、YMO6以外のJYMV感染についての検出方法
Web
cutter 2.0(http://rna.lundberg.gu.se/cutter2/)を用いて、YMO6、Y系統、およびAB016500の956bpDNA断片の制限酵素認識部位を調べ、YMO6のCP領域62〜65番目を特異的に切断するHaeIII(第一化学薬品社製)を選定した。
【0054】
PCR産物(956bp)の精製は以下のとおり行った。PCR産物に1/10倍量の3M Na-acetateと2倍量の100%エタノールを加え、チューブを反転させることで攪拌させ、−80度で30分間インキュベートした。インキュベート後、4℃で16,000×gで10分間遠心分離した。上清を捨て、80%エタノールを700μl加え、4℃で16,000×gで10分間遠心分離し、ペレットを洗浄した。上清を捨て、ペレットを吸引遠心乾燥機で5分間乾燥させた。乾燥後、ペレットを20μl滅菌水に溶解した。
【0055】
制限酵素消化は以下の組成溶液を0.5mlチューブに加え、よく撹拌させた後、37℃で2時間インキュベートした。

滅菌水 7μl
10×buffer 2μl
精製物 10μl
制限酵素HaeIII 1μl/total20μl

制限酵素で消化した反応物に10×ゲルローディングバッファー(GLB)を2μl加え、そのうちの5μlを4%アガロースゲルを用い、Mupid電気泳動装置で100Vで、約40分間泳動を行なった。泳動後、ゲルをエチジウムブロマイド(1μg/ml)で15分間染色し、水で洗浄した。ゲルをUVトランスイルミネーター上に置き、JYMVのDNA断片(956bp)の切断パターンを確認した。
【0056】
(5)JYMV弱毒系統YMO6と日本各地のJYMVのバンドパターン
JYMV弱毒系統YMO6と日本各地のJYMVの感染を、上記方法を用いて検出が可能かどうか検証した。用いたサンプル(ウイルス感染したジネンジョの葉)は以下のとおりである。
・JYMV弱毒系統YMO6
・JYMV強毒Y系統
・山口県在来JYMV強毒系統(JK2、JK3、JK5)
・山口県周南市圃場のJYMV強毒系統(1個体)
・三重県いなべ市JYMV強毒系統(1個体)
・三重県桑名市大山田圃場〈1〉JYMV強毒系統(3個体)
・三重県桑名市大山田圃場〈2〉JYMV強毒系統(1個体)
・鳥取県東伯郡三朝町JYMV強毒系統(2個体)
・鳥取県日野郡日野町JYMV強毒系統(4個体)
・鳥取県隠岐郡JYMV強毒系統(3個体)
・大分県玖珠郡玖珠町JYMV強毒系統(1個体)
・鹿児島県志布志市JYMV強毒系統(1個体)
弱毒YMO6由来の956bpDNA断片は、HaeIIIによって2本のバンド(795bpと161bp)に切断されたが、他の強毒JYMVはすべてYMO6と異なるRFLPパターンを示した(図6,7,8)。YMO6と大分県玖珠郡由来の強毒JYMVのパターンが類似していたが(図8)、両者は異なっており、区別が可能であった(図9)。HaeIIIRFLPパターンのタイプを表6にまとめた。ジネンジョに感染している強毒JYMVはVタイプのRFLPパターンを示す系統が多いことがわかった。
【0057】
【表6】

これらの結果より、本発明によりYMO6感染、YMO6以外のJYMV感染の判定ができ、生産における品質保証技術(YMO6が接種されていることと、他のJYMVが感染していないことの保証する技術)として利用可能である。
【産業上の利用可能性】
【0058】
本発明によるヤマノイモモザイクウイルス強毒性株に対する抵抗性ヤマノイモ属植物により、ヤマノイモ生産業者において収量が安定したヤマノイモを生産することができる。また、本発明による検出方法により、種苗会社においては品質管理として、YMO6が接種されていることと、他のJYMVが感染していないことの保障を行うことができる。さらに、ウイルスを媒介するアブラムシの防除を目的とした農薬散布回数を減少させることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0059】
【図1】ウイルスの部分純化法を示す。
【図2】IC-PCR-RFLP法によるDNA断片パターン
【図3】露地栽培試験結果を示す。 (a)左:農家慣行区ジネンジョ 右:YMO6接種ジネンジョ (b)左:ウイルスフリージネンジョ 右:YMO6接種ジネンジョ
【図4】ジネンジョ植物体のモザイク症状を示す。 (a)ウイルスフリージネンジョ (b)YMO6接種ジネンジョ
【図5】YMO6ゲノムのシークエンス反応に用いたプライマーの位置を示す。
【図6】NIb〜CP領域(956bp)のHaeIII消化パターン
【図7】NIb〜CP領域(956bp)のHaeIII消化パターン
【図8】NIb〜CP領域(956bp)のHaeIII消化パターン
【図9】NIb〜CP領域(956bp)のHaeIII消化パターン

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヤマノイモ属植物内に配列番号1記載の塩基配列(但し、配列中のTはUである。)で表されるRNAを有するヤマノイモモザイクウイルス弱毒株YMO6有しており、ヤマノイモモザイクウイルス強毒株に対する抵抗性を有していることを特徴とする、ヤマノイモ属植物。
【請求項2】
前記ヤマノイモ属植物がジネンジョであることを特徴とする、請求項1記載のヤマノイモ属植物。
【請求項3】
請求項1又は2記載のヤマノイモ属植物において、1)当該植物内のYMO6のRNAよりDNA断片を得る工程、2)得られたDNA断片を制限酵素HaeIIIで消化する工程、3)消化したDNAを電気泳動し、バンドパターンを確認する工程、を有することを特徴とする、YMO6以外のヤマノイモモザイクウイルス感染の有無を判定する方法。

【図1】
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【図2】
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【図5】
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【図3】
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【図4】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2010−172205(P2010−172205A)
【公開日】平成22年8月12日(2010.8.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−15295(P2009−15295)
【出願日】平成21年1月27日(2009.1.27)
【出願人】(304020177)国立大学法人山口大学 (579)
【出願人】(391016082)山口県 (54)
【Fターム(参考)】