説明

ラインパイプ用高強度溶接鋼管向け高張力熱延鋼板およびその製造方法

【課題】引張強さTS:520MPa以上の高強度と、高靭性とを兼備する高張力熱延鋼板およびその製造方法を提供する。
【解決手段】質量%で、C:0.04〜0.08%、Si:0.4%以下、Mn:1.0〜1.8%、Al:0.1%以下、Nb:0.02〜0.08%、Cr:0.3〜0.8%を含む組成と、表層がベイナイト相単相で、内層がベイナイト相を主相とし、第二相として平均粒径:3μm以下のマルテンサイト相が体積率で1〜4%分散し、第三相として体積率で0〜30%のフェライト相を含む板厚方向に複層の組織を有する熱延鋼板とする。前記組成に加えてさらに、Cu、Ni、Mo、V、Ti、Bのうちの1種または2種以上を合計で1.0%以下含有できる。また、Ca、REMを含有してもよい。このような組成、組織を有する熱延鋼板を用いて造管すると、造管後に85%以下の低降伏比を有し、かつ高靭性を有する高強度溶接鋼管となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、原油、天然ガス等を輸送するラインパイプ用として、高強度、高靭性が要求される溶接鋼管、なかでも高強度電縫鋼管あるいは高強度スパイラル鋼管等の溶接鋼管向け素材として好適な、高張力熱延鋼板およびその製造方法に係り、とくに造管後の管長手方向の低降伏化に関する。
なお、ここでいう「高強度」とは、API5L−X65級以上X80級以下の高強度をいうものとする。なお、「鋼板」は、鋼板および鋼帯を含むものとする。
【背景技術】
【0002】
近年、石油危機以来の原油の高騰や、エネルギー供給源の多様化の要求などから、北海、カナダ、アラスカ等のような極寒地での石油、天然ガスの採掘およびパイプラインの敷設が活発に行われるようになっている。さらに、パイプラインにおいては、天然ガスやオイルの輸送効率向上のため、大径で高圧操業を行う傾向となっている。パイプラインの高圧操業に耐えるため、輸送管(ラインパイプ)は厚肉の鋼管とする必要があり、厚鋼板を素材とするUOE鋼管が使用され、さらにAPI5L規格のX80といった高強度グレードの鋼管が使用されるようになってきている。しかし、最近では、パイプラインの施工コストの更なる低減という強い要望や、UOE鋼管の供給能力不足などのために、鋼管の材料コスト低減の要求も強く、輸送管として、厚鋼板を素材とするUOE鋼管に代わり、生産性が高くより安価な、コイル形状の熱延鋼板(熱延鋼帯)を素材とした高強度電縫鋼管あるいは高強度スパイラル鋼管が用いられるようになってきた。
【0003】
これら高強度グレードの鋼管には、ラインパイプの破壊を防止する観点から、同時に優れた低温靭性を保持することが要求されている。このような高強度と高靭性とを兼備した鋼管を製造するために、鋼管素材である鋼板では、熱間圧延後の加速冷却を利用した変態強化や、Nb、V、Ti等の合金元素の析出物を利用した析出強化等による高強度化と、制御圧延等を利用した組織の微細化等による高靭性化が図られてきた。
【0004】
例えば、特許文献1には、C:0.01〜0.07%、Si:0.5%以下、Mn:0.5〜2.0%、Nb,V,Tiの1種または2種以上を含有する鋼を、熱間圧延を完了したのち、20℃/s以上の冷却速度で冷却する加速冷却を施し、250℃以下の温度で巻き取る高強度電縫鋼管用鋼の製造方法が記載されている。しかし、特許文献1に記載された技術では、硬質な低温変態相による強化により高強度化を図るため、250℃以下という極低温での巻取りを必須の要件としている。このため、コイル状に巻取ることが困難となる場合が多く、コイル形状の悪化を招き、生産性が極めて低下するという問題があった。
【0005】
また、特許文献2には、C、Si、Mn、Nを適正量含有し、さらにSi、MnをMn/Siが5〜8を満足する範囲において含有し、さらにNb:0.01〜0.1%を含有する鋼片を、加熱後、1100℃以上で行う最初の圧延の圧下率:15〜30%、1000℃以上での合計圧下率:60%以上、最終圧延の圧下率:15〜30%の条件下で粗圧延を行ったのち、いったん5℃/s以上の冷却速度で、表層部の温度をAr点以下まで冷却しついで、復熱または強制加熱で表層部の温度が(Ac−40℃)〜(Ac+40℃)となった時点で仕上圧延を開始し、950℃以下での合計圧下率:60%以上、圧延終了温度:Ar点以上の条件で仕上圧延を終了し、仕上圧延終了後2s以内に冷却を開始し、10℃/s以上の速度で600℃以下まで冷却し、600〜350℃の温度範囲で巻き取る高強度電縫鋼管用熱延鋼板の製造方法が記載されている。特許文献2に記載された技術で製造された鋼板は、高価な合金元素を添加することなく、また鋼管全体を熱処理することなく、鋼板表層の組織が微細化され、低温靭性、とくにDWTT特性に優れた高強度電縫鋼管が製造できるとしている。しかし、特許文献2に記載された技術では、板厚が厚い鋼板では、所望の冷却速度を確保できなくなり、所望の特性を確保するためには、さらなる冷却能力の向上を必要とするという問題があった。
【0006】
また、特許文献3には、C、Si、Mn、Al、Nを適正量含有し、さらにNb:0.001〜0.1%、V:0.001〜0.1%、Ti:0.001〜0.1%を含み、Cu、Ni、Moのうちの1種または2種以上を含有し、Pcm値が0.17以下である鋼スラブを、加熱したのち、表面温度が(Ar3−50℃)以上の条件で仕上圧延を終了し、圧延後直ちに冷却し700℃以下の温度で巻き取る低温靭性および溶接性に優れた高強度電縫管用熱延鋼帯の製造方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開昭63−25916号公報
【特許文献2】特開2001−207220号公報
【特許文献3】特開2004−315957号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
最近、高強度溶接鋼管用鋼板には、更なる低温靭性の向上が要求されており、特許文献3に記載された技術では、要求される低温靭性を充分に満足することができないという問題もあった。
一般的に、高強度化に伴い降伏強さも高くなり、降伏比が高くなる傾向を示す。そのため、構造部材の破壊に至るまでの変形能が低下することが懸念される。所望の変形能を確保し、パイプライン等の構造物の安全性を確保する観点から、ラインパイプ用高強度溶接鋼管においても、降伏比の低下が要望され、低降伏比高強度溶接鋼管が強く求められていた。
【0009】
本発明は、上記した従来技術の問題を解決し、多量の合金元素添加を必要とすることなく、X65級以上の高強度と、優れた低温靭性とを兼備し、さらに管長手方向の降伏比が85%以下の低降伏比となる高強度電縫鋼管用素材として好適な、高張力熱延鋼板およびその製造方法を提供することを目的とする高張力鋼板は、引張強さTS:520MPa以上の高強度と破面遷移温度Trs50:−80℃以下の高靭性とを兼備し、さらに造管後に85%以下の降伏比が実現できる、高張力熱延鋼板である。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記した目的を達成するため、降伏比に及ぼす各種要因の影響について鋭意研究した。その結果、造管後に低降伏比を実現するためには、造管時に導入される歪で、内部に可動転位が導入されることが必要であることに思い至った。そして、造管時に導入される歪で、内部に可動転位を導入させるためには、内部組織を微細なマルテンサイト相を適正量分散させた組織とする必要があることを想到した。さらに、造管後の低降伏比と、高強度と高靭性とを兼備させるためには、鋼板組織を板厚方向で異なる複層の組織とする必要があることを知見した。
【0011】
本発明は、上記した知見に基づき、さらに検討を加えて完成されたものである。すなわち、本発明の要旨は次のとおりである。
(1)質量%で、C:0.04〜0.08%、Si:0.4%以下、Mn:1.0〜1.8%、Al:0.1%以下、Nb:0.02〜0.08%、Cr:0.3〜0.8%を含み、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成と、表層がベイナイト相単相で、内層がベイナイト相を主相とし、第二相として平均粒径:3μm以下のマルテンサイト相が体積率で1〜4%分散し、第三相として体積率で0〜30%のフェライト相を含む板厚方向に複層の組織を有することを特徴とするラインパイプ用溶接鋼管向け高張力熱延鋼板。
【0012】
(2)(1)において、前記組成に加えてさらに、質量%で、Cu:0.3%以下、Ni:0.3%以下、Mo:0.3%以下、V:0.1%以下、Ti:0.03%以下、B:0.0010%以下のうちから選ばれた1種または2種以上を合計で1.0%以下含有する組成とすることを特徴とする高張力熱延鋼板。
(3)(1)または(2)において、前記組成に加えてさらに、質量%で、Ca:0.005%以下、REM:0.005%以下のうちから選ばれた1種または2種を含有する組成とすることを特徴とする高張力熱延鋼板。
【0013】
(4)質量%で、C:0.04〜0.08%、Si:0.4%以下、Mn:1.0〜1.8%、Al:0.1%以下、Nb:0.02〜0.08%、Cr:0.3〜0.8%を含み、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成の鋼素材に、加熱したのち、950℃以下の温度域における累積圧下率が45%以上で、仕上圧延終了温度が(Ar変態点−50℃)以上900℃以下となる熱間圧延を施し、該熱間圧延終了後,直ちに、板厚中央位置の冷却速度で、5〜20℃/sの範囲の平均冷却速度で400〜600℃の温度域まで冷却する加速冷却処理を施し、該加速冷却処理終了後15s以上、放冷する放冷処理を施したのち、コイル状に巻き取ることを特徴とするラインパイプ用溶接鋼管向け高張力熱延鋼板の製造方法。
【0014】
(5)(4)において、前記組成に加えてさらに、質量%で、Cu:0.3%以下、Ni:0.3%以下、Mo:0.3%以下、V:0.1%以下、Ti:0.03%以下、B:0.0010%以下のうちから選ばれた1種または2種以上を合計で1.0%以下含有する組成とすることを特徴とする高張力熱延鋼板の製造方法。
(6)(4)または(5)において、前記組成に加えてさらに、質量%で、Ca:0.005%以下、REM:0.005%以下のうちから選ばれた1種または2種を含有する組成とすることを特徴とする高張力熱延鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、ラインパイプ用高強度溶接鋼管向け素材として好適な、引張強さTS:520MPa以上の高強度と破面遷移温度Trs50:−80℃以下の高靭性とを兼備し、さらに造管後に85%以下の低降伏比が実現できる、高張力熱延鋼板を、容易にしかも安価に製造でき、産業上格段の効果を奏する。本発明によれば、X65級以上の高強度と、優れた低温靭性とを兼備し、少なくとも管長手方向の降伏比が85%以下となる低降伏比を有するラインパイプ用高強度溶接鋼管(電縫鋼管)を、容易に製造できるという効果もある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
まず、本発明高張力熱延鋼板の組成限定理由について説明する。なお、とくに断らない限り質量%は単に%で記す。
C:0.04〜0.08%
Cは、鋼の強度を上昇させる作用を有する元素であり、本発明では所望の高強度を確保するために、0.04%以上の含有を必要とする。一方、0.08%を超える過剰な含有は、母材靭性および溶接熱影響部靭性を低下させる。このため、Cは0.04〜0.08%の範囲に限定した。なお、好ましくは0.05〜0.07%である。
【0017】
Si:0.4%以下
Siは、脱酸剤として作用する元素であり、このような効果は0.01%以上の含有で認められる。また、Siは、電縫溶接時にSiを含有する酸化物を形成し、溶接部品質を低下させるとともに、溶接熱影響部靭性を低下させる。このような観点から、Siはできるだけ低減することが望ましいが、0.4%までは許容できる。このようなことから、Siは0.4%以下に限定した。
【0018】
Mn:1.0〜1.8%
Mnは、焼入性を向上させる作用を有し、焼入性向上を介し鋼板の強度を増加させる。また、Mnは、MnSを形成しSを固定することにより、Sの粒界偏析を防止してスラブ(鋼素材)割れを抑制する。このような効果を得るためには、1.0%以上の含有を必要とする。一方、1.8%を超える含有は、スラブ鋳造時の凝固偏析を助長し、鋼板にMn濃化部を残存させ、セパレーションの発生を増加させる。このMn濃化部を消失させるには、1300℃を超える温度に加熱する必要があり、このような熱処理を工業的規模で実施することは現実的でない。このため、Mnは1.0〜1.8%の範囲に限定した。なお、好ましくは1.4〜1.8%である。
【0019】
Al:0.1%以下
Alは、脱酸剤として作用する元素であり、このような効果を得るためには、0.01%以上含有することが望ましい。一方、0.1%を超える含有は、電縫溶接時の、溶接部の清浄性を著しく損なう。このようなことから、Alは0.1%以下に限定した。
Nb:0.02〜0.08%
Nbは、オーステナイトの粒界移動を抑制し、オーステナイト粒の粗大化、再結晶を抑制する作用を有する元素であり、熱間仕上圧延におけるオーステナイト未再結晶温度域圧延を可能にする作用を有する元素である。また、Nbは炭窒化物(析出物)として微細析出することにより、溶接性を損なうことなく、少ない含有量で熱延鋼板を高強度化する作用を有する。このような効果を得るためには、0.02%以上の含有を必要とする。一方、0.08%を超える過剰な含有は、熱間仕上圧延中の圧延荷重の増大をもたらし、熱間圧延が困難となる場合がある。このため、Nbは0.02〜0.08%の範囲に限定した。
【0020】
Cr:0.3〜0.8%
Crは、焼入性の向上を介して、鋼板強度を増加させる作用を有する元素である。本発明では、所望の高強度を確保するために、0.3%以上の含有を必要とする。一方、0.8%を超える含有は、抵抗溶接時に溶接欠陥を多発させる傾向となる。このため、Crは0.3〜0.8%の範囲に限定した。
【0021】
上記した成分が基本の成分であるが、必要に応じて、上記した基本の組成に加えてさらに、Cu:0.3%以下、Ni:0.3%以下、Mo:0.3%以下、V:0.1%以下、Ti:0.03%以下、B:0.0010%以下のうちから選ばれた1種または2種以上を合計で1.0%以下、および/または、Ca:0.005%以下、REM:0.005%以下のうちから選ばれた1種または2種を含有させてもよい。
【0022】
Cu:0.3%以下、Ni:0.3%以下、Mo:0.3%以下、V:0.1%以下、Ti:0.03%以下、B:0.0010%以下のうちから選ばれた1種または2種以上:合計1.0%以下
Cu、Ni、Mo、V、Ti、Bはいずれも、鋼の強度を増加させる作用を有する元素であり、必要に応じて選択して含有できる。
Cuは、焼入れ性を向上させるとともに、固溶強化あるいは析出強化により鋼板の強度を増加させる作用を有する元素である。このような効果を得るためには、0.01%以上含有することが望ましいが、0.3%を超える含有は熱間加工性を低下させる。このため、Cuは0.3%以下に限定することが好ましい。
【0023】
Niは、焼入性の向上を介して鋼の強度を増加させるとともに、鋼板の靭性をも向上させる作用を有する元素であり、このような効果を得るためには、0.01%以上含有することが望ましい。一方、0.3%を超える含有は、溶接性を低下させるとともに、材料コストの高騰を招く。このため、Niは0.3%以下に限定することが好ましい。
Moは、焼入性を向上させるとともに、炭窒化物(析出物)を形成して、鋼の強度を増加させる作用を有する元素であり、このような効果を得るためには0.01%以上含有することが望ましいが、0.3%を超える含有は、溶接性を低下させる。このため、Moは0.3%以下に限定することが好ましい。
【0024】
Vは、鋼中に固溶、あるいは炭窒化物(析出物)として微細析出することにより、溶接性を損なうことなく、少ない含有量で強度を増加させる作用を有する。このような効果を得るためには、0.01%以上含有することが望ましいが、0.1%を超える含有は、溶接性を低下させる。このため、含有する場合には、Vは0.1%以下に限定することが好ましい。
Tiは、炭化物を形成し、微細析出することにより、強度を増加させる作用を有する。このような効果を得るためには、0.01%以上含有することが望ましいが、0.03%を超える含有は、溶接部の靭性を劣化させる。このため、含有する場合には、Tiは0.03%以下に限定することが好ましい。
【0025】
Bは、焼入れ性の向上を介して、鋼の強度を増加させる作用を有する元素であり、このような効果を得るためには0.0003%以上含有することが望ましい。一方、0.0010%を超える含有は、かえって焼入れ性を低下させる。このため、含有する場合には、Bは0.0010%以下に限定することが好ましい。
なお、Cu、Ni、Mo、V、Ti、Bを複合して含有する場合には、上記した各元素の含有量の範囲内でかつ含有するそれら元素の含有量の合計が1.0%以下となるようにすることが溶接部靱性劣化の観点から好ましい。
【0026】
Ca:0.005%以下、REM:0.005%以下のうちから選ばれた1種または2種
Ca、REMはいずれも、展伸した粗大な硫化物を球状の硫化物とする硫化物の形態制御に寄与する元素であり、必要に応じて選択して含有できる。このような効果を得るためには、0.001%以上含有することが望ましいが、0.005%を超える多量の含有は、鋼板の清浄度を低下させる。このため、Ca、REMはいずれも0.005%以下に限定することが好ましい。
上記した成分以外の残部は、Feおよび不可避的不純物からなる。不可避的不純物としては、P:0.025%以下、S:0.005%以下、N:0.008%以下、O:0.005%以下が許容できる。
【0027】
Pは、鋼中に不純物として不可避的に含まれるが、鋼の強度を上昇させる作用を有する。しかし、0.025%を超えて過剰に含有すると溶接性が低下する。このため、Pは0.025%以下に限定することが好ましい。
Sは、Pと同様に鋼中に不純物として不可避的に含まれるが、0.005%を超えて過剰に含有すると、スラブ割れを生起させるとともに、粒界偏析して鋼板の母材靭性を劣化させる。また、熱延鋼板においては粗大なMnSを形成し、セパレーションを発生させる。このため、Sは0.005%以下に限定することが好ましい。
【0028】
N:0.008%以下
Nは、鋼中に不可避的に含まれる元素であるが、過剰な含有はスラブ鋳造時の割れを多発させる。このため、Nは0.008%以下に限定することが好ましい。
本発明の高張力熱延鋼板は、上記した組成を有し、さらに表層がベイナイト相単相で、内層がベイナイト相を主相とし、第二相として平均粒径:3μm以下のマルテンサイト相が体積率で1〜4%分散し、第三相として体積率で0〜30%のフェライト相を含む板厚方向に複層の組織を有する鋼板である。ここでいう「表層」とは、表面から板厚方向に全厚の概ね20%程度の領域を言い、「内層」とは、該表層に囲まれた内部の領域をいう。
【0029】
鋼板表層の組織は、高強度と高靭性を兼備させるために、ベイナイト相単相とする。なお、ここでいう「単相」とは、該相が98%以上である場合をいうものとする。一方、鋼板内層の組織は、ベイナイト相を主相とし、第二相として平均粒径:3μm以下のマルテンサイト相が分散した組織とする。主相をベイナイト相とすることにより、高強度と高靭性を兼備させることができる。なお、ここでいう主相とは、70%以上存在する相をいうものとする。また、平均粒径:3μm以下のマルテンサイト相を分散させることにより、造管時の歪で可動転位を導入することができ、これにより造管後の降伏比を85%以下の低降伏比とすることができる。マルテンサイト相が平均粒径:3μmを超えて大きくなると、造管時の歪により可動転位の起点が減少するため、低降伏比が難しくなる。また、微細なマルテンサイト相が1%未満では、造管時の歪により所望量の可動転位の導入が困難となる。一方、4%を超える多量の含有では、鋼板の靭性が低下する。
【0030】
なお、「ベイナイト相」には、ベイニティックフェライト相をも含むものとする。
本発明では、主相、第二相以外の第三相として、0〜30%のフェライト相を含んでもよい。フェライト相が30%を超えて多量に含有されると、所望の高強度を確保することが困難となる。
なお、組織の同定、組織分率は、圧延方向断面を研磨、腐食して、光学顕微鏡等で組織観察することにより行うものとする。
【0031】
つぎに、本発明高張力熱延鋼板の好ましい製造方法について説明する。
上記した組成の鋼素材に、熱間圧延を施して熱延鋼板とする。
鋼素材の製造方法としては、上記した組成の溶鋼を転炉等の常用の溶製方法で溶製し、連続鋳造法等の常用の鋳造方法でスラブ等の鋼素材とすることが好ましいが、本発明では、これに限定されることはない。
【0032】
上記した組成の鋼素材を、好ましくは1050〜1250℃に加熱する。
加熱温度が1050℃未満では、Nbの固溶および圧延後析出による強度増加量が低下し、所望の高強度を確保できにくくなる。一方、加熱温度が1250℃を超えて高温になると、結晶粒が粗大して低温靭性が低下するうえ、スケール生成量が増大し歩留が低下するとともに、表面性状が低下する恐れがある。このため、熱間圧延における加熱温度は1050〜1250℃とすることが好ましい。
【0033】
加熱された鋼素材に、ついで熱間圧延を施す。
熱間圧延は、粗圧延と仕上圧延からなる圧延とする。粗圧延は、所望の寸法形状のシートバーが確保できればよく、とくにその条件を限定する必要はない。仕上圧延は、950℃以下の温度域における累積圧下率が45%以上で、仕上圧延終了温度が(Ar変態点−50℃)以上好ましくは900℃以下である圧延とする。
【0034】
仕上圧延における950℃以下の温度域における累積圧下率が45%未満では、所望の高靭化を達成できない。なお、好ましくは50〜75%である。また、仕上圧延終了温度が(Ar変態点−50℃)未満の低温となると、仕上圧延中に、表層でフェライト変態が進行し、表層組織を所望のベイナイト単相組織とすることができなくなる。また、仕上圧延終了温度が900℃を超える高温では、組織の微細化が達成できず、靭性が低下する。このようなことから、仕上圧延終了温度は(Ar変態点−50℃)以上好ましくは900℃以下に限定することが好ましい。なお、圧延中の温度は、鋼板表面温度とする。
【0035】
熱間圧延終了後、直ちに(15s以内に)、ランアウトテーブル上で冷却(加速冷却処理)を施す。なお、加速冷却処理の冷却開始温度は、板厚中心位置での温度で、750℃以上とすることが好ましい。冷却開始温度が750℃未満では、少なくとも表層がフェライト変態し、所望の表層組織を確保することができず、強度、靭性が低下する。
また、加速冷却処理の平均冷却速度は、板厚中心位置の冷却速度で、5〜20℃/sの範囲とすることが好ましい。これにより、過剰なフェライト相の生成、パーライト相の生成が抑制され、また結晶粒の粗大化が防止できる。平均冷却速度が20℃/sを超えると、その後の処理で微細なマルテンサイト相の形成が難しくなる。一方、5℃/s未満では、フェライトが過剰に生成し、所望の高強度、高靭性が確保できにくくなる。高温で生成するフェライトが多く形成されると、微細なマルテンサイト相の形成が難しくなる。
【0036】
加速冷却処理における冷却停止温度は、600〜400℃の温度域の温度(板厚中央の位置での温度)とすることが好ましい。冷却停止温度が、400℃未満の低温になると、その後の処理で微細なマルテンサイト相の形成が少なくなる。一方、600℃を超える高温では、その後の冷却(放冷)でフェライト、パーライトが顕著に析出し、所望の組織を確保することができなくなる。なお、冷却停止温度は、より好ましくは470〜600℃である。
【0037】
加速冷却処理後、放冷処理を施す。放冷処理の時間は、加速冷却停止後、15s以上40s以下とする。加速冷却処理後、放冷処理を施すことにより、鋼板表面が復熱し、板厚方向の温度分布が均一化するという効果が期待できる。長時間の放冷処理は生産性の低下を招く。
所定時間放冷したのち、鋼帯(鋼板)をコイル状に巻き取り、放冷する。
【0038】
以下、さらに実施例に基づいて本発明を詳細に説明する。
【実施例】
【0039】
表1に示す組成の鋼素材を用いて、表2に示す熱間圧延条件で熱間圧延を施し、熱間圧延終了後、表2に示す冷却条件で加速冷却処理および放冷処理を施し、コイル状に巻取り放冷した。
【0040】
【表1】

【0041】
【表2】

【0042】
得られた熱延鋼板(鋼帯)から、試験片を採取し、組織観察、引張試験、衝撃試験を実施し、組織、引張特性、靭性を調査した。なお、試験方法はつぎのとおりとした。
(1)組織観察
得られた熱延鋼板から組織観察用試験片を採取し、圧延方向断面を研磨、腐食し、光学顕微鏡(倍率:1000倍)または走査型電子顕微鏡(倍率:2000倍)で、表層(表面から1mmの位置)、および板厚中心位置で各2視野以上観察し、組織の種類、およびその組織分率を測定した。
(2)引張試験
得られた熱延鋼板から、圧延方向に直交する方向(C方向)が長手方向となるように、JIS Z 2201の規定に準拠してJIS 5号試験片を採取し、JIS Z 2241の規定に準拠して引張試験を実施し、降伏強さYS、引張強さTSを求めた。
(3)衝撃試験
得られた熱延鋼板の板厚中央部から、圧延方向に直交する方向(C方向)が長手方向となるようにVノッチ試験片を採取し、JIS Z 2242の規定に準拠してシャルピー衝撃試験を実施し、破面遷移温度Trs50(℃)を求め、靭性を評価した。
【0043】
またさらに、得られた熱延鋼板を用いて、複数のロールを用いた冷間成形によりオープン管とし、該オープン管の両端部を突合せ、電縫溶接して、外径508mmφの電縫鋼管とした。得られた電縫鋼管から、管軸方向が引張方向となるように、弧状API引張試験片を採取し、引張特性(YS、TS)を測定し、降伏比を算出した。
得られた結果を表3に示す。
【0044】
【表3】

【0045】
本発明例はいずれも、適正な組織を有し、引張強さ:520MPa以上の高強度と、Trs50が−80℃以下の高靭性と、を有し、X65級以上の高強度電縫鋼管向け熱延鋼板として充分な特性を有している。また、本発明の熱延鋼板を用いて得られた電縫鋼管(溶接鋼管)の降伏比はいずれも85%以下であり、低降伏比鋼管となっていた。
一方、本発明範囲を外れる比較例は、適正な組織が確保できておらず、強度、靭性、のいずれか、あるいは全てが低下し、高強度電縫鋼管素材用熱延鋼板として所望の特性を確保できていない。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.04〜0.08%、 Si:0.4%以下、
Mn:1.0〜1.8%、 Al:0.1%以下、
Nb:0.02〜0.08%、 Cr:0.3〜0.8%
を含み、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成と、表層がベイナイト相単相で、内層がベイナイト相を主相とし、第二相として平均粒径:3μm以下のマルテンサイト相が体積率で1〜4%分散し、第三相として体積率で0〜30%のフェライト相を含む板厚方向に複層の組織を有することを特徴とするラインパイプ用溶接鋼管向け高張力熱延鋼板。
【請求項2】
前記組成に加えてさらに、質量%で、Cu:0.3%以下、Ni:0.3%以下、Mo:0.3%以下、V:0.1%以下、Ti:0.03%以下、B:0.0010%以下のうちから選ばれた1種または2種以上を合計で1.0%以下含有する組成とすることを特徴とする請求項1に記載の高張力熱延鋼板。
【請求項3】
前記組成に加えてさらに、質量%で、Ca:0.005%以下、REM:0.005%以下のうちから選ばれた1種または2種を含有する組成とすることを特徴とする請求項1または2に記載の高張力熱延鋼板。
【請求項4】
質量%で、
C:0.04〜0.08%、 Si:0.4%以下、
Mn:1.0〜1.8%、 Al:0.1%以下、
Nb:0.02〜0.08%、 Cr:0.3〜0.8%
を含み、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成の鋼素材に、加熱したのち、950℃以下の温度域における累積圧下率が45%以上で、仕上圧延終了温度が(Ar変態点−50℃)以上900℃以下とする熱間圧延を施し、該熱間圧延終了後,直ちに、板厚中央位置の冷却速度で5〜20℃/sの範囲の平均冷却速度で400〜600℃の温度域まで冷却する加速冷却処理を施し、該加速冷却処理終了後15s以上、放冷する放冷処理を施したのち、コイル状に巻き取ることを特徴とするラインパイプ用溶接鋼管向け高張力熱延鋼板の製造方法。
【請求項5】
前記組成に加えてさらに、質量%で、Cu:0.3%以下、Ni:0.3%以下、Mo:0.3%以下、V:0.1%以下、Ti:0.03%以下、B:0.0010%以下のうちから選ばれた1種または2種以上を合計で1.0%以下含有する組成とすることを特徴とする請求項4に記載の高張力熱延鋼板の製造方法。
【請求項6】
前記組成に加えてさらに、質量%で、Ca:0.005%以下、REM:0.005%以下のうちから選ばれた1種または2種を含有する組成とすることを特徴とする請求項4または5に記載の高張力熱延鋼板の製造方法。

【公開番号】特開2012−21214(P2012−21214A)
【公開日】平成24年2月2日(2012.2.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−162036(P2010−162036)
【出願日】平成22年7月16日(2010.7.16)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】