説明

ラマン分光測定用試料ホルダおよびラマン分光分析方法

【課題】試料を固定したまま、試料自体の向きを変更し、偏光ラマン測定を行うことの出来るラマン分光測定用試料ホルダおよびラマン分光分析方法を提供することを目的とする。
【解決手段】本発明は、少なくとも、直線偏光のレーザーの光軸と直交する向きに試料の測定面を固定する上部試料台と、前記上部試料台を測定装置に固定する支持台とを備えたラマン分光測定用試料ホルダであって、上部試料台が直線偏光の光軸方向を回転軸として回転することを特徴とするにより、試料を固定したまま、試料自体の向きを変更し、偏光ラマン測定を行うことが出来る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ラマン分光による試料分析に用いる試料ホルダ及びラマン分光分析方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ラマン分光分析において、偏光ラマン測定によって得られる物質の対称性や配向といった分子の構造に関する情報は、他の分光手法からは得がたい性質のものである。また、X線回折など他の構造解析手法と比較しても、測定操作の簡便性、測定時間の短さ、測定が可能な試料形態および大きさの自由度、測定の精度といった様々な点で、多くの長所を有している。
【0003】
ラマン分光分析において、偏光ラマン測定を行う場合、光源として用いられるレーザーは、レーザー光のベクトルが、レーザーの光軸方向と直交する直線偏光となっているもので、装置は通常、試料に照射されるレーザーの光路の途中に、偏光を制御する機構が設けられたものが用いられる。
【0004】
この偏光の制御部は、偏光子、検光子、1/2波長板などの偏光面回転子あるいはこれに類する位相変更部品、レンズなどの装備から構成されており、一般には偏光子と検光子の一方を固定して他方を回転させるか、両方を一致させて同時に変化させることで、偏光ラマン測定を行っている。(特許文献1)
【特許文献1】特開昭63−236945号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、このような機構を有する装置は高価であることに加え、光路中、レーザーが多くの光学素子やプリズム、レンズなどを経由することで、光の強度が低下したり、測定結果に誤差が生じたりすることがある。また測定装置に、後から必要な装備を付加して偏光ラマン測定を行おうとした場合、偏光の回転方向が限定され、任意の角度で微調整するのが難しいことも少なくない。
【0006】
一方、レーザーの偏光方向を固定とし、試料自体の向きを変えて偏光ラマン測定を行う方法は、前述の方法に比べて容易で、光学系に起因する誤差を減らすことが出来るといった利点があるが、光軸上に設置した試料の向きを正確に微調整するためには、試料を固定した状態で回転させるための装備が別途必要となる。また機械的な稼動部分の大きい装備であると、試料の向きを変えるたびに誤差が生ずる危険もある。
【0007】
そこで、本発明では、上述の問題を解決するため、試料を固定したまま、試料自体の向きを変更し、簡便に偏光ラマン測定を行うことの出来るラマン分光測定用試料ホルダおよびラマン分光分析方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
請求項1に記載の本発明は、少なくとも、直線偏光の光軸と直交する向きに試料の測定面を固定する上部試料台と、前記上部試料台を測定装置に固定する支持台とを備えたラマン分光測定用試料ホルダであって、上部試料台が直線偏光の光軸方向を回転軸として回転することを特徴とするラマン分光測定用試料ホルダである。
【0009】
請求項2に記載の本発明は、請求項1に記載のラマン分光分析用試料ホルダであって、支持台または上部試料台の一方あるいは両方に、上部試料台を回転させた角度、回転軸の中心位置、試料の固定位置を示すための目盛りを備えたことを特徴とするラマン分光分析用試料ホルダである。
【0010】
請求項3に記載の本発明は、請求項1または2のいずれかに記載のラマン分光分析用試料ホルダを用いたラマン分光分析方法であって、上部試料台を回転し、光軸に沿ってレーザーを照射し、ラマン散乱スペクトルを取得することを繰り返す工程を行うことを特徴とするラマン分光分析方法である。
【発明の効果】
【0011】
請求項1に記載の本発明のラマン分光分析用試料ホルダによれば、上部試料台が直線偏光の光軸方向を回転軸として回転するため、試料を固定したまま、試料自体の向きを変更し、偏光ラマン測定を行うことが出来る。また、装置内に偏光の制御部を設けることなく、偏向ラマン測定を行うことが出来るため、低コストで偏向ラマン測定を導入することが出来る。
【0012】
また、請求項2に記載の本発明のラマン分光分析用試料ホルダによれば、試料自体の向きを変えて偏光ラマン測定を行う際に、ラマン分光分析用試料ホルダに設けられた目盛りにより、試料を回転させた角度、回転軸や試料の固定位置を正確に把握することで、精度の良い測定を行うことが可能になる。
【0013】
また、請求項3に記載の本発明のラマン分光分析方法によれば、上部試料台を回転し、光軸に沿ってレーザーを照射し、ラマン散乱スペクトルを取得することを繰り返すことにより、各方位についてラマン散乱スペクトルを得ることが出来る。これにより、各方位において得られたラマン分光分析結果を相対的に比較して、最終的に試料の偏光特性を得ることが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態について説明する。図1、図2は本発明のラマン分光分析用試料ホルダの構成の概要を示したものである。
【0015】
本発明のラマン分光分析用試料ホルダは、
直線偏光の光軸と直交する向きに試料3を固定する上部試料台2と、
前記上部試料台2を測定装置に固定する支持台1と
から構成される。
【0016】
支持台1は、上部試料台2を測定装置に固定するために設けられる。支持台1は、測定装置の試料設置部分のレーザーの光軸上に、ずれや誤差を生じさせずに試料を設置することが可能であるならば、大きさ、形状、材質は測定装置の試料設置部分の状態を考慮して自由に決定してよい。
【0017】
また、支持台1には、上部試料台2を挿し込んで固定するための円形の支持台凹み1bを設ける。このとき、支持台凹み1bは支持台1を貫通した穴であってもよい。また、支持台凹み1bは、上部試料台2を装着して回転させた際、ずれや誤差が生じないかぎりにおいて、凹みの直径、位置、数は自由に設定してよい。
【0018】
また、支持台1には、上部試料台2を回転させた角度、回転軸の中心位置、試料の固定位置を示すための支持台目盛り1aを設ける。このとき、支持台目盛り1aは上部試料台2を装着した際、その周囲を取り囲む形になることが好ましい。また、支持台目盛り1aの中心は、支持台凹み1bの中心と一致させることが望ましい。また、支持台目盛り1aの間隔は、図2では一例として10°毎としてあるが、その細かさは任意であり、これに限定されるものではない。
【0019】
上部試料台2は、試料を固定する頭部と、支持台凹み1bに挿し込んで、上部試料台2を支持台1に固定するための軸部からなる。このとき、上部試料台2の軸部の太さは、支持台凹み1bに挿し込んで任意の角度で回転させることが可能であり、かつずれや誤差が生じないように設定する。また、上部試料台2は、支持台1に装着した状態で、任意の角度で回転させることが可能である必要がある。また、上部試料台2は、支持台1に装着した状態で回転させた場合に、固定した試料の測定面をレーザーの光軸と直交する向きに保持することが可能である必要がある。
【0020】
また、測定装置の試料設置部分の状態に応じ、試料ホルダを立てた状態で設置する必要がある場合、支持台1に上部試料台2をより強く固定する目的で、上部試料台2の軸部や支持台凹み1bに固定するための補助具を設けてもよい。例えば、具体的には、上部試料台2の軸部に螺旋状の溝を設け、軸部をボルト状の形とした上で、支持台凹み1bに設置し、支持台1を挟みこむ形でナット状の補助具を用いて固定してもよい。
【0021】
また、上部試料台2の側面には、上部試料台2を回転させた角度、回転軸の中心位置、試料の固定位置を示すための上部試料台側面目盛り2aを設ける。
【0022】
また、上部試料台2の頭部の試料固定面には、回転軸の中心や試料の固定位置を示すための上部試料台上面目盛り2bを設ける。この上部試料台上面目盛り2bは、回転軸の中心位置が明確であれば、その形状は任意としてよい。例えば、具体的には回転軸を中心とする十字であってもよい。
【0023】
試料3は上部試料台2の頭部に固定する。試料としては、フィルム、シート、繊維、成形ボトルの断面を切り出した切片など、測定を行っている間、レーザーの光軸と直交する向きにずれや誤差が生じさせず測定面を保持できるものであれば、形状は自由としてよい。
【0024】
本発明のラマン分光測定用試料ホルダを設置するラマン分光分析装置は、光源として直線偏光のレーザーを用いることが可能で、試料を設置する試料室のほか、分光器および集光光学系、検出器、データ処理装置などから構成される一般的なものであれば、特に限定はされない。またレーザー光源や分光器、検出器の種類、測定条件も、測定に支障をきたさない限り任意に選んでよい。
【0025】
以下、本発明のラマン分光測定用試料ホルダを用いたラマン分光分析方法について説明を行う。
【0026】
まず、上部試料台2の頭部に試料3を固定し、これを支持台凹み1bに装着した試料ホルダを、試料3が測定装置の試料設置部分のレーザーの光軸上にくるように保持する。
【0027】
次に、試料3に複数回レーザーを照射してラマン散乱スペクトルを測定するとともに、一照射毎に上部試料台2を回転させて、レーザーが照射される際の試料3の方位を変更する。これにより、各方位についてラマン散乱スペクトルを得ることが出来る。
【0028】
次に、各方位において得られたラマン分光分析結果を相対的に比較して、試料3の偏光特性を得る。
【0029】
以上より、装置内に偏光の制御部を設けることなく、偏向ラマン測定を行うことが出来る。
【実施例】
【0030】
本発明の実施の一例を示す。なお、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0031】
<実施例1>
図1に示す本発明のラマン分光分析用試料ホルダを製作した。このとき、材質としては、加工が容易で安価であることから、アルミニウムを用いた。
【0032】
支持台1の大きさは、汎用的な装置の試料設置部でも保持しやすいように、市販のスライドグラスと同じ長さ76mm×幅26mmとし、折れや歪みといった変形を防ぐため、2mmの厚さを持たせた。また、支持台目盛り1aは10°刻みで360°の表示とし、その中央の支持台凹み1bは最も加工が容易な、支持台1を貫通する穴とした。
【0033】
上部試料台2は支持台1に装着した状態で支持台目盛り1aが見やすく、かつ回転させやすい大きさを考慮し、頭部の直径を20mmとした。また、軸部は、支持台凹み1bに上から挿し込む円柱状とした。上部試料台上面目盛り2bは回転軸を中心とする十字とし、その延長となる位置に上部試料台側面目盛り2aを設けた。
【0034】
試料3には配向性未知のポリエチレンテレフタレートフィルムを用い、上部試料台2の回転軸の中心に試料3を固定し、この中心部分がレーザーの光軸と一致するようにラマン分光分析用試料ホルダを保持した。
【0035】
ラマン分光分析測定装置(サーモエレクトロン社製、商品名:Almega)、レーザーはNd:YVO4レーザー(波長532nm)を出力100%で用い、これを対物レンズ(×100)により試料表面に集光して測定を行った。このときアパーチャーは25μmピンホールとし、測定1回につき露光時間は4.0秒、露光回数は4回とした。
【0036】
上記条件でラマン散乱スペクトルを測定し、一照射毎に上部試料台2を22.5°刻みで回転させていき、各方位にておいてラマン散乱スペクトルを得た。得られたラマン散乱スペクトルを図3に示す。
【0037】
<評価>
ポリエチレンテレフタレートのラマンスペクトルにおいて、ベンゼン環C=C伸縮振動に起因するラマンシフト1615cm−1付近のピークは配向性との相関が高く、レーザー光の偏光ベクトルと試料の配向方向が一致した場合に、得られるピーク強度が最大になることが知られている。
【0038】
図3より、試料は最初の設置状態から112.5°回転させたときにこのピークが最大になっており、ここでレーザーの偏光ベクトルと一致している向きが試料の配向方向であるという結果を得ることが出来た。また、112.5°回転させたときのスペクトルと、このスペクトルと90°異なる回転角度22.5°において得られたスペクトルの双方を用いて、1730cm−1と630cm−1付近のピークを内部標準ピークとして規格化した、配向性評価の指標となる相対強度比が得られた。
【産業上の利用可能性】
【0039】
本発明によれば、試料の偏光特性を求めるための分析に際し、分析精度を保持しつつ、測定装置本体において、付加的な装備および手段なしに分析を行うことが可能となり、測定における操作の簡便化、効率化、装置の低コスト化に寄与することが出来る。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】本発明のラマン分光分析用試料ホルダの構成の俯瞰図を示すものである。
【図2】本発明のラマン分光分析用試料ホルダの構成の模式図を示すものである。
【図3】本発明のラマン分光分析用試料ホルダを用いて得られたポリエチレンテレフタレートフィルムのラマン分光分析結果を示すものである。
【符号の説明】
【0041】
1…支持台
1a…支持台目盛り
1b…支持台凹み
2…上部試料台
2a…上部試料台側面目盛り
2b…上部試料台上面目盛り
3…試料

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも、直線偏光のレーザーの光軸と直交する向きに試料の測定面を固定する上部試料台と、
前記上部試料台を測定装置に固定する支持台と
を備えたラマン分光測定用試料ホルダであって、
前記上部試料台が直線偏光のレーザーの光軸方向を回転軸として回転すること
を特徴とするラマン分光測定用試料ホルダ。
【請求項2】
請求項1に記載のラマン分光分析用試料ホルダであって、
支持台または上部試料台の一方あるいは両方に、上部試料台を回転させた角度、回転軸の中心位置、試料の固定位置を示すための目盛りを備えたこと
を特徴とするラマン分光分析用試料ホルダ。
【請求項3】
請求項1または2のいずれかに記載のラマン分光分析用試料ホルダを用いたラマン分光分析方法であって、
上部試料台を回転し、光軸に沿ってレーザーを照射し、ラマン散乱スペクトルを取得することを繰り返す工程
を行うことを特徴とするラマン分光分析方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2007−292533(P2007−292533A)
【公開日】平成19年11月8日(2007.11.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−118823(P2006−118823)
【出願日】平成18年4月24日(2006.4.24)
【出願人】(000003193)凸版印刷株式会社 (10,630)
【Fターム(参考)】