説明

リグノセルロース系材料の分離方法

【課題】相分離変換システムによりリグノセルロース系材料からリグノフェノール誘導体と炭水化物とに分離する改良された分離方法を提供することを課題とする。
【解決手段】リグノセルロース系材料をリグノフェノール誘導体と炭水化物とに相分離変換システムにより分離するに際し、濃酸として、濃リン酸と濃硫酸との混合物を用いることにより、リグノフェノール誘導体の分離・回収収率が向上し、かつコストの面で工業的に有利に分離・回収を実施できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リグノセルロース系材料の分離方法に関する。更に詳細には、炭水化物とリグニンから主として形成されるリグノセルロース系材料を、リグノフェノール誘導体と炭水化物とに、特定の酸混合物を用いて相分離変換システムにより分離する方法、該分離方法により分離されたリグフェノール誘導体を回収することによるリグフェノール誘導体の製造方法、および該分離方法により分離されたリグノフェノール誘導体および炭水化物からリグノフェノール誘導体と炭水化物との複合体を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
木粉、チップ、廃材、端材などのリグノセルロース系材料は、セルロースやヘミセルロース等の親水性の炭水化物と疎水性のリグニンとから主として構成され、これらは細胞壁中で相互侵入高分子網目(IPN)構造をとり、複雑に絡みあって複合体をなした状態で存在している。リグノセルロース系材料を構成するリグニンおよび炭水化物を、木質バイオマス資源として再利用する試みが従来から多くなされている。
リグノセルロース系材料のバイオマスとしての利用において、炭水化物の主成分であるセルロースを抽出してパルプ化して再利用することが図られているが、従来からリグニンの再利用はほとんどなされていなかった。リグニンの有効な利用を図るためには、先ずリグノセルロース系材料をその構成成分に分離することが必要である。このような分離方法として、濃酸による炭水化物の膨潤による組織構造の破壊と、フェノール誘導体によるリグニンの溶媒和の組み合わせにより、リグニンの不活性化を抑制し、リグノセルロース系材料をその構成成分であるリグノフェノール誘導体と炭水化物とに分離する、相分離変換システムによる分離方法が開発されている(特許文献1)。この方法で得られたリグノフェノール誘導体を、例えば、セルロース系ファイバー等の成形材料に適用し成形体を作製して再利用することが報告されている(特許文献2)。また、分離されたリグノフェノール誘導体と炭水化物との複合体を木工製品の修復剤などに再利用することも報告されている(特許文献3)。
【0003】
このように、相分離変換システムによる分離方法は、リグノセルロース系材料を木質バイオマス資源として再利用するための技術として極めて有効なものである。従来の相分離変換システムによる分離方法では、通常、濃酸として濃硫酸またはリン酸が用いられている。リグニンを溶媒和させるためのフェノール誘導体として、例えば、レゾルシノールなどの多価フェノールを用い、濃酸として濃硫酸を用いて分離した場合には、生成するリグノレゾルシノールなどのリグノフェノール誘導体の親水性が高くなり水溶性となるため、フェノール誘導体相から分離回収されるリグノフェノール誘導体の収率が低下してしまうという問題点がある。また、濃酸としてリン酸を用いた場合には、酸強度が低いために、炭水化物の主成分であるセルロースが十分に膨潤せず、また、リグノフェノール誘導体の収率も極端に低下するという問題点があり、そのために95重量%リン酸という試薬レベルの特殊なリン酸を使用しなければならず、コストがかかるという問題点がある。
【特許文献1】特開平2−233701号公報
【特許文献2】特開平9−278904号公報
【特許文献3】特開2001−342353号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従って、本発明の課題は、リグノセルロース系材料を、リグノフェノール誘導体と炭水化物とに、相分離変換システムにより分離する方法であって、リグノフェノール誘導体の収率が向上し、かつコストの面で工業的に優れた分離方法を提供することにある。
更に本発明の課題は、そのような分離方法を利用した、リグフェノール誘導体の製造方法、およびリグノフェノール誘導体と炭水化物との複合体の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは上記課題を解決すべく鋭意研究した結果、リグノセルロース系材料をリグノフェノール誘導体と炭水化物とに相分離変換システムにより分離するに際し、濃酸として、リン酸、ギ酸およびトリフルオロ酢酸から選ばれる酸と硫酸との混合物、特に濃リン酸と濃硫酸との混合物を用いることにより、上記課題を解決できることを見出し、本発明を完成させるに至った。
即ち本発明は、炭水化物とリグニンから主として形成されるリグノセルロース系材料に、フェノール誘導体を添加してリグニンをフェノール誘導体により溶媒和させ、次いで、濃酸水溶液を添加し混合して、フェノール誘導体相に生成するリグノフェノール誘導体と、水相の炭水化物とを分離する、相分離変換システムによるリグノセルロース系材料をリグノフェノール誘導体と炭水化物とに分離する方法において、濃酸水溶液として、リン酸、ギ酸およびトリフルオロ酢酸から選ばれる酸と、硫酸との混合物を用いることを特徴とする、分離方法に関する。
更に本発明は、上記分離方法により、リグノフェノール誘導体を分離し、回収することからなる、リグノフェノール誘導体の製造方法に関する。
更に本発明は、上記分離方法により、リグノフェノール誘導体および炭水化物を分離し、次いでリグノフェノール誘導体と炭水化物との複合体を製造する、リグノフェノール誘導体と炭水化物との複合体の製造方法に関する。
【発明の効果】
【0006】
本発明においては、リグノセルロース系材料をリグノフェノール誘導体と炭水化物とに相分離変換システムにより分離するに際し、濃酸として、リン酸、ギ酸およびトリフルオロ酢酸から選ばれる酸と硫酸との混合物、特に濃リン酸と濃硫酸との混合物を用いることにより、分離されるリグノフェノール誘導体の収率が向上し、かつコストの面で経済的に分離することができる。また、そのような分離方法を利用することにより、リグノフェノール誘導体を高い収率で製造することができ、またリグノフェノール誘導体と炭水化物との複合体も高い収率で製造することができる。特に、本発明は、広葉樹由来のリグノセルロース系材料に適している。また、リグノフェノール誘導体としては、多価フェノール誘導体が好ましい。本発明では、リグノセルロース系材料として針葉樹由来のものを用い、リグノフェノール誘導体として多価フェノール誘導体を用いて、濃リン酸と濃硫酸との混合物により分離方法を行った場合に、特に、分離され回収されるリグノフェノル誘導体の収率が向上する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本発明では、相分離変換システムに従って、リグノセルロース系材料に、フェノール誘導体を添加してリグニンをフェノール誘導体により溶媒和させ、次いで、濃酸水溶液を添加し混合して、フェノール誘導体相に生成するリグノフェノール誘導体と、水相の炭水化物とを分離することにより、リグノセルロース材料をリグノフェノール誘導体と炭水化物とに分離する。
【0008】
本発明の分離方法で対象とするリグノセルロース系材料とは、セルロースやヘミセルロース等の親水性の炭水化物と疎水性のリグニンとから主として構成されるものであり、具体的には、木質化した材料、主として木材である各種材料、例えば、木粉、チップの他、廃材、端材、古紙などの木材資源に付随する農産廃棄物や工業廃棄物を挙げることができる。用いる木材の種類としては、針葉樹、広葉樹など任意の種類のものを使用するこができる。針葉樹としては、典型的には、ヒノキ、マツなどがある。広葉樹としては、典型的には、ブナ、ナラ、カバなどがある。さらに、各種草本植物、それに関連する農産廃棄物や工業廃棄物なども使用できる。特に、本発明は針葉樹由来のリグノセルロース系材料が適している。
【0009】
本発明で用いるフェノール誘導体としては、1価のフェノール誘導体、2価のフェノール誘導体、または3価のフェノール誘導体などが挙げられる。1価のフェノール誘導体としては、例えば、1以上の置換基を有していてもよいフェノール、1以上の置換基を有していてもよいナフトール、1以上の置換基を有していてもよいアントロール、1以上の置換基を有していてもよいアントロキノンオールなどが挙げられる。2価のフェノール誘導体としては、例えば、1以上の置換基を有していてもよいカテコール、1以上の置換基を有していてもよいレゾルシノール、1以上の置換基を有していてもよいヒドロキノンなどが挙げられる。3価のフェノール誘導体としては、例えば、1以上の置換基を有していてもよいピロガロールなどが挙げられる。これらの1価から3価のフェノール誘導体が有していてもよい置換基の種類は特に限定されず、任意の置換基を有していてもよいが、好ましくは、例えば、メチル基、エチル基、プロピル基などの炭素原子数が1から6の低級アルキル基;メトキシ基、エトキシ基、プロポキシ基などの炭素原子数1から6の低級アルコキシ基;フェニル基などのアリール基などの置換基が挙げられる。
【0010】
フェノール誘導体の好ましい具体例としては、o−クレゾール、p−クレゾール、m−クレゾール、2,6−ジメチルフェノール、2,4−ジメチルフェノール、2−メトキシフェノール(Guaiacol)、2,6−ジメトキシフェノールなどの1価のフェノール誘導体、カテコール、レゾルシノール、ホモカテコールなどの2価のフェノール誘導体、ピロガロール、フロログルシノールなどの3価のフェノール誘導体が挙げられる。本発明の分離方法では、特に、レゾルシノール、カテコールなど2個以上の水酸基を有する多価フェノール誘導体を用いることが好ましい。
【0011】
本発明においては、相分離変換システムにより、リグノセルロース系材料にフェノール誘導体を添加してリグニンをフェノール誘導体により溶媒和させ、次いで、濃酸水溶液を添加し混合して、フェノール誘導体相に生成するリグノフェノール誘導体と、水相の炭水化物とを分離する際に使用する濃酸水溶液としては、リン酸、ギ酸およびトリフルオロ酢酸から選ばれる酸と、硫酸との混合物を用いる。本発明では、濃リン酸と濃硫酸との混合物を用いるのが好ましい。濃リン酸と濃硫酸との混合物を用いる場合には、濃リン酸としては、50重量%以上、95重量%未満の濃リン酸が好ましく、特に85重量%濃リン酸が好ましく、濃硫酸としては65重量%以上、98重量%以下の濃硫酸が好ましく、特に98重量%濃硫酸が好ましい。なかでも特に、85重量%濃リン酸と98重量%濃硫酸との混合物が好ましい。濃リン酸と濃硫酸との混合割合は、濃硫酸に対して濃リン酸が5倍容量から19倍容量であるのが好ましく、特に、9倍容量であるのが好ましい。高収率で、リグノセルロース系材料からリグノフェノール誘導体を分離・回収することができる。
【0012】
本発明では、このような濃リン酸と濃硫酸との混合物を用いることにより、95重量%濃リン酸という特殊で高価な試薬レベルの濃リン酸を使用することなく、工業的に有利に、かつ高収率で、リグノセルロース系材料からリグノフェノール誘導体を分離・回収することができる。また、同様に、リグノフェノール誘導体と炭水化物との複合体を高収率で得ることもできる。
上記した濃リン酸と濃硫酸との混合物を用いる分離方法は、特に、針葉樹由来のリグノセルロース系材料を用いた場合に、高収率で、リグノセルロース系材料からリグノフェノール誘導体を分離・回収することができる。針葉樹のリグニンと広葉樹のリグニンとを比較した場合、針葉樹のリグニンのほうが分子量が高く、エーテル結合も少ないため、通常、リグノフェノール誘導体への変換が困難であるが、本発明のように、濃リン酸と濃硫酸との混合物を用いる分離方法では、用いる濃硫酸の量を調整することにより、針葉樹のリグニンのリグノフェノール誘導体への変換を容易にして、高収率で、リグノフェノール誘導体を分離・回収することができる。
また、相分離変換システムでは、フェノール誘導体と濃酸との親和性が、リグノセルロース系材料からのリグノフェノール誘導体と炭水化物との分離に影響を及ぼす。従って、クレゾールなどの疎水性の高いフェノール誘導体を使用する場合には、用いる濃硫酸の量を高く調整することにより、酸強度を上げて、疎水性の高いフェノール誘導体と濃酸との親和性を向上させることにより、高収率で、リグノフェノール誘導体を分離・回収することができる。
【0013】
本発明では、リン酸の替わりに、ギ酸またはトリフルオロ酢酸を用いることができ、その場合には、ギ酸またはトリフルオロ酢酸は、50から99重量%水溶液として用い、それらと共に用いる濃硫酸としては、65重量%以上、98重量%以下の濃硫酸が好ましい。ギ酸またはトリフルオロ酢酸と濃硫酸との容量比は、5から9.5:5から0.5であるのが好ましく、特に、ギ酸またはトリフルオロ酢酸と濃硫酸との混合割合は、濃硫酸に対してギ酸またはトリフルオロ酢酸が1倍容量から19倍容量であるのが好ましい。
このようなギ酸またはトリフルオロ酢酸を用いることにより、同様に、95重量%濃リン酸という特殊で高価な試薬レベルの濃リン酸を使用することなく、工業的に有利に、リグノセルロース系材料からリグノフェノール誘導体を分離・回収することができる。
【0014】
このような濃酸水溶液を用いて、フェノール誘導体相に生成するリグノフェノール誘導体と、水相の炭水化物とを分離するには、リグノセルロース材料中のリグニンをフェノール誘導体により溶媒和させ、次いで、濃酸水溶液を添加し混合すればよい。添加混合する際の温度は、通常15℃から60℃であり、特に30℃から50℃が好ましい。なかでも特に50℃で添加混合し、激しく攪拌することにより、高収率でリグノフェノール誘導体を分離・回収することができる。
【0015】
本発明において、相分離変換システムにより、リグノセルロース材料にフェノール誘導体を添加してリグニンをフェノール誘導体により溶媒和させ、次いで、濃酸水溶液を添加し混合して、フェノール誘導体相に生成するリグノフェノール誘導体と、水相の炭水化物とを分離する具体的な方法としては、以下に説明する3つの方法が挙げられる。
第1の方法は、特開平2−233701号公報等に記載されている方法である。この方法は、木粉等のリグノセルロース材料に、液体状のフェノール誘導体(例えば、p−クレゾール、2,4−ジメチルフェノールなど)を浸透させ、リグニンをフェノール誘導体により溶媒和させ、次に、リグノセルロース材料に濃酸水溶液を添加し混合して、セルロース成分を溶解する。ここで使用するフェノール誘導体の量は、通常、リグノセルロース系材料中の存在するリグニンの予想量に対して2モル倍から50モル倍である。また、濃酸水溶液の使用量は、リグノセルロース材料に対して通常2から50倍容量である。この方法では、リグニンを溶媒和したフェノール誘導体と、セルロースなどの炭水化物を溶解した濃酸水溶液とが2相分離系を形成する。フェノール誘導体により溶媒和されたリグニンは、フェノール誘導体相が濃酸相と接触する界面においてのみ、酸と接触し、反応する。すなわち、酸との界面接触により生じたリグニン基本構成単位の高反応サイトである側鎖C1位(ベンジル位)のカチオンが、フェノール誘導体により攻撃され、その結果、C1位にフェノール誘導体がC−C結合で導入され、またベンジルアリールエーテル結合が開裂することにより低分子化される。これによりリグニンが低分子化され、同時にその基本構成単位のC1位にフェノール誘導体が導入されたリグノフェノール誘導体がフェノール誘導体相に生成される。このフェノール誘導体相から、リグノフェノール誘導体が抽出される。
フェノール誘導体相からのリグノフェノール誘導体の抽出は、例えば、フェノール誘導体相を、大過剰のエチルエーテルに加えて得た沈殿物を集めて、アセトンに溶解する。アセトン不溶部を遠心分離により除去し、アセトン可溶部を濃縮する。このアセトン可溶部を、大過剰のエチルエーテルに滴下し、沈殿区分を集め、この沈殿区分から溶媒留去し、リグノフェノール誘導体を得ることができる。
【0016】
第2および第3の方法は、リグノセルロース材料に、固体状あるいは液体状のフェノール誘導体(例えば、p−クレゾール、2,4−ジメチルフェノール、レゾルシノールなど)を溶解した溶媒(例えば、エタノール、アセトンなど)を浸透させた後、溶媒を留去して、フェノール誘導体をリグノセルロース材料に収着させる。ここで使用するフェノール誘導体の量は、通常、リグノセルロース系材料中の存在するリグニンの予想量に対して1モル倍から20モル倍である。また、濃酸水溶液の使用量は、リグノセルロース材料に対して通常2倍容量から20倍容量である。次に、このリグノセルロース材料に濃酸水溶液を添加してセルロースなどの炭水化物を溶解する。この結果、第1の方法と同様、フェノール誘導体により溶媒和されたリグニンは、濃酸と接触して生じたリグニンの高反応サイト(側鎖C1位)のカチオンがフェノール誘導体により攻撃されて、フェノール誘導体が導入される。また、ベンジルアリールエーテル結合が開裂してリグニンが低分子化される。得られるリグノフェノール誘導体の特性は、第1の方法で得られるものと同様である。そして、第1の方法と同様にして、フェノール誘導体化されたリグノフェノール誘導体を抽出する。フェノール誘導体相からのリグノフェノール誘導体の抽出も、第1の方法と同様にして行うことができ、これが第2の方法である。あるいは、第3の方法として、濃酸水溶液処理後の全反応液を過剰の水中に投入し、不溶区分を遠心分離にて集め、脱酸後、乾燥する。この乾燥物にアセトンあるいはアルコールを加えてリグノフェノール誘導体を抽出する。さらに、この可溶区分を第1の方法と同様に、過剰のエチルエーテル等に滴下して、リグノフェノール誘導体を不溶区分として得ることができる。
【0017】
以上のようにして、リグノフェノール材料からリグノフェノール誘導体を分離し、回収して、リグノフェノール誘導体を製造することができるが、本発明では、これらの方法に限定されるわけではなく、これらに適宜改良を加えた方法で、分離し、回収することもできる。
このようにして、使用したフェノール誘導体のオルト位あるいはパラ位でリグニンのフェニルプロパンユニットのC1位に当該フェノール誘導体がグラフトされた、1,1−ビス(アリール)プロパンユニットを有するリグノフェノール誘導体を得ることができる。
【0018】
他方、上記した相分離変換システムにより、リグノセルロース材料から、セルロースなどの炭水化物が水相に分離され、水相においてセルロースなどの炭水化物は膨潤し、部分的な加水分解および溶解を受ける。その後に、水相中から、遠心分離、濾過などの方法により、部分的に加水分解された水溶性炭水化物(主としてヘミセルロース)として、炭水化物を分離・回収することができる。
【0019】
また、相分離変換システムにより、リグノセルロース材料からリグノフェノール誘導体と炭水化物に分離した後に、リグノフェノール誘導体と炭水化物との複合体を得るには、例えば、上記した第1から第3の方法において、濃酸水溶液で処理後に全反応液を過剰の水中に投入し、不溶区分を遠心分離にて集め、脱塩後、乾燥することにより、リグノフェノール誘導体と炭水化物との複合体を得ることができる。また、この複合体からアセトン抽出により、リグノフェノール誘導体を得ることもできる。
【0020】
以上に説明したようにして分離・回収されるリグノフェノール誘導体は、必要に応じて、アセチル化などのアシル化を行って、流動性を高めることができ、またエポキシ化を行うこともできる。このようにして得られるリグノフェノール誘導体は、例えば樹脂材料として用いて、各種の成型品に利用することができる。
また、以上に説明したようにして得られるリグノフェノール誘導体と炭水化物との複合体も、同様に、各種の成型品に利用することができる。
【0021】
以下、本発明を実施例により更に詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に何ら限定されるものではない。
実施例1
濃リン酸と濃硫酸との混合物を用いた相分離変換システムによるリグノフェノール誘導体およびリグノフェノール誘導体と炭水化物との複合体の分離・回収
(1)方法
濃酸水溶液として、85重量%濃リン酸と98重量%濃硫酸との混合物を用いて、酸強度を高め、加水分解制御型相分離処理を行った。具体的には、表1に示したような各種条件で、脱脂木粉にリグニン量(脱脂木粉のリグニン量はJIS規格クラソン法により測定した)に対し3モル倍のフェノール誘導体を収着し、濃リン酸と濃硫酸との混合物を加えて激しく攪拌した。表1に示した各条件で処理後、処理液を約10倍量の水に希釈し、不溶区分を回収した。不溶区分は水で中性になるまで洗浄し、凍結乾燥した。乾燥重量測定後、リグノフェノール誘導体をアセトン抽出し、ジエチルエーテルにて精製した。
【0022】
【表1】

【0023】
(2)結果
1.リグノフェノール誘導体と炭水化物との複合体の収率
表1に示した各処理条件におけるリグノフェノール誘導体と炭水化物との複合体(LC体)の収率を図1にまとめて比較した。図1に示すようにフェノール誘導体としてp−クレゾールを用いた場合、95重量%濃リン酸50℃処理におけるLC体収率は、針葉樹(Hemlock)で76%、広葉樹(Birch)73%となりほぼヘミセルロースのみが分解されたと考えられる。
しかし、85重量%濃リン酸50℃処理ではHemlockで82%とHemlock総炭水化物量(73%)以上となった。まだLC体中にヘミセルロースが残っていると思われた。
85重量%濃リン酸に濃硫酸を加えた混合系では硫酸10容量%混合、15容量%混合系とも30℃処理では針葉樹、広葉樹ともLC体収率は80%以上となった。50℃処理では針葉樹76%、広葉樹73%と、95重量%濃リン酸系とほぼ同じ結果となった。
【0024】
2.リグノフェノール誘導体の収率
リン酸系相分離変換システムではリグノフェノール誘導体は上述のLC体のアセトン抽出により得られる。表1の各条件で調製したLC体をそれぞれアセトン抽出し、リグノフェノール誘導体を回収した。図2にリグノフェノール誘導体の収率を示す。フェノール誘導体としてp−クレゾールを用いた場合、濃リン酸系ではリグノフェノール誘導体の収率は低い値となった。濃硫酸混合により改善はされ15容量%濃硫酸混合50℃処理においてリグニンあたりの収率は約50%であった。
フェノール誘導体としてレゾルシノールを用いた場合、針葉樹では15容量%濃硫酸混合50℃処理でリグノフェノール誘導体収率は52%であったが、広葉樹を用いた場合、10容量%濃硫酸混合50℃処理で96%となり、従来法である95%濃リン酸相分離処理におけるリグノフェノール収率より高い値となった。
【0025】
実施例2
分離・回収されたリグノレゾルシノールの特性評価
(1)方法
実施例1により分離・回収されたリグノレゾルシノールを、従来の95重量%濃リン酸により得られたリグノレゾルシノールと比較するため、GPC分析による分子量分布解析とTMA分析により熱可塑特性を調べた。
(2)結果
実施例1により得られたリグノレゾルシノールのGPCによる分子量分布は、従来の95重量%濃リン酸50℃処理により得られたリグノレゾルシノールとよく似た分子量分布を示し(図3)、重量平均分子量も大きな違いは見られなかった。15容量%濃硫酸混合系50℃処理のみ平均分子量が17000と高い値となった(図4)。
続いてTMA分析を行った結果、実施例1により得られたリグノレゾルシノールは、広葉樹リグノクレゾールよりも熱軟化温度が高いが明瞭な熱軟化挙動を示し、処理条件による大きな違いは見られなかった(図5)。
【0026】
実施例3
分離・回収されたリグノセルロースの分離挙動解析
(1)方法
脱脂木粉1gに含有リグニン量に対し3mol倍のレゾルシノールを収着し、これに95重量%濃リン酸または10容量%濃硫酸混合85重量%濃リン酸を15ml添加し、50℃で所定時間激しく攪拌した。反応終了後、蒸留水を35mlを加え、撹拌した。遠心分離により水可溶区分と水不溶区分に分離した。糖組成分析試料として水可溶区分20−30ml採り、10重量%リン酸濃度になるように希釈後、120℃で1時間オートクレーブした。冷却後、内部標準として10mgのリボースを添加し、これを水酸化バリウムで中和し糖組成分析試料を調製した。
また、GPC分析試料として遠心分離後の水可溶部を約2ml採り、すばやく水酸化バリウムで中和し、GPCサンプルを調製した。
また、水不溶区分は蒸留水で中性になるまで洗浄し、凍結乾燥した。乾燥重量を測定後、アセトン抽出し、このアセトン抽出液を濃縮後、ジエチルエーテルに滴下し、リグノレゾルシノールを得た。アセトン抽出残渣は乾燥重量測定後、100mg採り、72重量%濃硫酸を1.5ml加え、30℃で2時間加水分解した。反応終了後、蒸留水で3%硫酸濃度に希釈し、120℃で1時間オートクレーブした。冷却後、内部標準として4mgのリボースを添加し、これを水酸化バリウムで中和し、糖組成分析試料を調製した。構成糖組成分析はHPLCにより分析した。
【0027】
HPLC 条件
カラム:Shim−pack ISA−07/S2504
(4mm ID.×25cm L.)
溶出液:A;0.1 M ホウ酸ナトリウム緩衝液(pH8.0)
B;0.4 M ホウ酸ナトリウム緩衝液(pH9.0)
溶出速度:0.6 ml/min
勾配:A 100% to B 100%(2.5%/min)
温度:65℃
検出:反応試薬;1%L−アルギニン、3%ホウ酸、0.5ml/min
反応時間:150℃
検出波長:Ex−320nm、Em−430nm
【0028】
GPC条件
カラム:Asahipak GS−620HQ,GS−520HQ,GS−320HQ,
GS−220HQ(7.6mm ID.×30cm L.)
溶出液:H
溶出速度:0.6ml/min
温度:50℃
検出:RI
標準:プルラン、マルトース、マルトトリオース、マルトペンタノース、
マルトヘプタノース、グルコース、キシロース
【0029】
(2)結果
実施例1で得られるLC体の収率から考えると酸可溶性区分はヘミセルロースが多く含まれると予想される。そこで実施例1における相分離変換システムにおける炭水化物とリグニンの分離挙動を検討した。
リン酸可溶区分の糖組成分析を行った結果、キシロースが主成分でありヘミセルロースが選択的にリン酸可溶区分に分離したことがわかる。硫酸の添加によりグルコースの比率が少し高くなっておりセルロースの加水分解が少し生じていることが示唆された。(図6)。
また、リン酸可溶区分の炭水化物のGPC分析を行った結果、図7のように分子量1000以下のオリゴ糖が多く含まれていた。分子量10000以上の高分子画分の量はわずかであった。
一方、リン酸不溶区分(LC体)からリグノフェノールをアセトン抽出した残渣の糖組成分析を行った結果、グルコースが主成分であり、リン酸不溶区分に含まれる炭水化物の主成分はセルロースであることが示された(図8)。
【0030】
実施例4
リグノレゾルシノールの加熱圧縮成型体
本発明のリン酸系相分離変換システム処理では、従来の硫酸系相分離変換システムと比べ酸強度が低いためセルロースの加水分解が抑制され、酸処理後の水不溶解物には結晶構造が分解されたセルロースとリグノフェノール誘導体の複合体(LC体)が中間物質として回収される。この中間体は熱可塑性が高く加熱圧縮することにより成型加工が可能である。そこで本発明の相分離変換システムにより得られたリグノレゾルシノール−炭水化物複合体(LC体)を用いて加熱圧縮成型体を作成した。金型はプラスチックJIS規格に準じた4×10×80mmの金型を用いた。
【0031】
(1)リグノレゾルシノールの熱硬化性樹脂への改質
リグノレゾルシノールのエポキシ化
実施例1で得られたリグノレゾルシノール1.0g(3mmol)を0.5N NaOH25mlに溶解、50℃にて撹拌し、エピクロロヒドリン0.92g(10mmol)を滴下した。
LC体のメチロール化
実施例1で得られたLC体を1.5gとり、0.5N NaOHを60ml加え、少し撹拌し、一晩放置した。さらに60mlの蒸留水と14.6mlにホルマリンを加え、60℃水浴中で撹拌した。窒素置換なしで行った。3時間後、冷却、酸性化後、遠心分離で不溶解物を回収し、凍結乾燥した。
LC体のエポキシ化
実施例1で得られたLC体を2g採り、1N NaOH20mlを加えた。撹拌後2時間放置した。50℃のバスにセットし、エピクロロヒドリン1.0gを加え、50℃で撹拌した。1時間後、1N HClでpH2に酸性化した。不溶解物を遠心分離にて回収し、蒸留水で洗浄により脱酸した。これを凍結乾燥した。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】本発明の相分離変換システムにより分離・回収されたリグノフェノール誘導体と炭水化物との複合体の収率を示す。
【図2】本発明の相分離変換システムにより分離・回収されたリグノフェノール誘導体の収率を示す。
【図3】従来法と本発明の相分離変換システムにより分離・回収されたリグノレゾルシノールのGPCチャートを示す。
【図4】従来法と本発明の相分離変換システムにより分離・回収されたリグノレゾルシノールの重量平均分子量を示す。
【図5】従来法と本発明の相分離変換システムにより分離・回収されたリグノレゾルシノールのTMAカーブを示す。
【図6】従来法と本発明の相分離変換システムにより分離・回収されたリグノセルロースのリン酸可溶区分の構成糖組成を示す。
【図7】従来法と本発明の相分離変換システムにより分離・回収されたリグノセルロースのリン酸可溶区分の炭水化物のGPCチャートを示す。
【図8】従来法と本発明の相分離変換システムにより分離・回収されたリグノセルロースのリン酸可溶区分の構成糖組成を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭水化物とリグニンから主として形成されるリグノセルロース系材料に、フェノール誘導体を添加してリグニンをフェノール誘導体により溶媒和させ、次いで、濃酸水溶液を添加し混合して、フェノール誘導体相に生成するリグノフェノール誘導体と、水相の炭水化物とを分離する、相分離変換システムによるリグノセルロース系材料をリグノフェノール誘導体と炭水化物とに分離する方法において、濃酸水溶液として、リン酸、ギ酸およびトリフルオロ酢酸から選ばれる酸と、硫酸との混合物を用いることを特徴とする、分離方法。
【請求項2】
濃リン酸と濃硫酸との混合物を用いる、請求項1の分離方法。
【請求項3】
濃リン酸が、50重量%以上、95重量%未満の濃リン酸である、請求項2の分離方法。
【請求項4】
濃硫酸が、65重量%以上、98重量%以下の濃硫酸である、請求項2または3の分離方法。
【請求項5】
濃リン酸が85重量%濃リン酸である、請求項2から4のいずれかの分離方法。
【請求項6】
濃リン酸が85重量%濃リン酸で、濃硫酸が98重量%濃硫酸である、請求項2から5のいずれかの分離方法。
【請求項7】
濃リン酸と濃硫酸との混合割合は、濃硫酸に対して濃リン酸が5倍容量から19倍容量である、請求項2から6のいずれかの分離法方法。
【請求項8】
濃リン酸と濃硫酸との混合割合は、濃硫酸に対して濃リン酸が9倍容量である、請求項2から7のいずれかの分離法方法。
【請求項9】
フェノール誘導体が多価フェノール誘導体である、請求項1から8のいずれかの分離方法。
【請求項10】
多価フェノール誘導体がレゾルシノールである、請求項9の分離方法。
【請求項11】
リグノセルロース系材料が針葉樹由来である、請求項1から10のいずれかの分離方法。
【請求項12】
請求項1から10のいずれかの分離方法により、リグノフェノール誘導体を分離し、回収することからなる、リグノフェノール誘導体の製造方法。
【請求項13】
リグノフェノール誘導体がリグノレゾルシノールである、請求項12の製造方法。
【請求項14】
・ 請求項1から11のいずれかの分離方法により、リグノフェノール誘導体および炭水化物を分離し、次いでリグノフェノール誘導体と炭水化物との複合体を製造する、リグノフェノール誘導体と炭水化物との複合体の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2008−7456(P2008−7456A)
【公開日】平成20年1月17日(2008.1.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−179232(P2006−179232)
【出願日】平成18年6月29日(2006.6.29)
【出願人】(395018778)機能性木質新素材技術研究組合 (17)
【Fターム(参考)】