説明

リチウムの回収方法

【課題】 低濃度のリチウムイオンを含む水溶液を低コストで濃縮し、リチウムイオンを炭酸化して固体の炭酸リチウムとして回収する方法を提供する。
【解決手段】 リチウムイオンを含む水溶液をpH4.0以上に調整し、酸性系溶媒抽出剤と接触させてリチウムイオンを抽出する。その溶媒抽出剤を水溶液と接触させ、pH3.0以下に調整してリチウムイオンを逆抽出する。得られた高濃度リチウムイオン水溶液を、60℃以上に保った状態で炭酸ナトリウムと混合撹拌することにより、リチウムイオンを固体の炭酸リチウムとして回収する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リチウムイオンを含む水溶液からリチウムイオンを炭酸リチウムとして回収する方法、特に使用済みのリチウムイオン2次電池のリサイクルにおいて、電池から分離した正極活物質を溶解した水溶液からリチウムを回収する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、高エネルギー密度の2次電池としてリチウムイオン電池が多く利用されているが、そのリサイクルはいまだ実用的なものが定着していない。例えば、正極活物質を構成する有価金属の回収においても、回収しやすいニッケルやコバルトは乾式処理方法等によって回収されているが、主要な金属であるリチウムについては乾式処理での回収が困難であるため、多くは廃棄処理されてきた。
【0003】
また、湿式処理による有価金属の回収も行われており、電池から分離した正極活物質を酸性溶液に溶解した後、化学的手法によりニッケルやコバルト等の有価金属を回収している。この湿式処理においても、ニッケルやコバルト等の回収は可能であるが、リチウムについては十分な回収が困難であった。即ち、一般に炭酸リチウムとして沈殿させる方法がとられているが、高い濃度のリチウムイオン水溶液を得ることが難しいため十分な沈殿が生成せず、廃液として処理されることが多かった。
【0004】
例えば、特開2003−157913公報には、使用済みリチウムイオン電池から金属を回収する方法として、電解によりニッケルとコバルトを回収し、不純物を水酸化物として除去した後、リチウムを炭酸塩として回収する方法が記載されている。しかしながら、リチウム以外の不純物を除去した後の水溶液は所望のリチウムイオン濃度に達しないことが多く、その場合は炭酸リチウムの溶解度見合いでリチウムがロスするため回収率が非常に悪くなるという問題があった。
【0005】
一方、特開2003−245542公報には、海水中等からリチウムを採取するために、リチウム吸着剤を用いてリチウムを濃縮する方法が記載されている。しかし、この方法では固体吸着剤を用いるために、連続的な抽出と逆抽出が困難である。また、本来多量の海水に含まれる微量のリチウムの濃縮を目的とする方法であり、リチウム量が多い場合にはバッチ処理数が多くなるため、電池のリサイクルにおいては実用的な方法ではない。
【0006】
【特許文献1】特開2003−157193公報
【特許文献2】特開2003−245542公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記したように、一般に湿式処理によるリチウムの回収においては、イオンとして溶け込んでいるリチウムを炭酸化により固体の炭酸リチウムとして回収するが、水溶液中のリチウム濃度が低いと回収が困難であった。これは、その塩の溶解度以上となるようにリチウム濃度が高くなければ、塩が固体の形にならないためである。
【0008】
具体的には、リチウムイオン電池のリサイクルにおいて、電池から分離した正極活物質を溶解した溶液のリチウムイオン濃度は数g/lであるが、リチウムイオンを有用な形で回収するためには、リチウムイオン濃度を数十g/lまで高める必要がある。しかし、一般的に溶液を濃縮するためには蒸発が必要であり、この場合に所望濃度まで水を蒸発させるためには多大なエネルギーを要することから、経済的に極めて困難であった。
【0009】
本発明は、このような従来の事情に鑑みてなされたものであり、低濃度のリチウムイオンを含む水溶液を簡単に低コストで濃縮し、リチウムイオンを炭酸化して固体の炭酸リチウムとして回収する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を達成するため、本発明が提供するリチウムの回収方法は、リチウムイオンを含む水溶液をpH4.0以上に調整し、酸性系溶媒抽出剤と接触させてリチウムイオンを抽出した後、その溶媒抽出剤をpH3.0以下の水溶液と接触させてリチウムイオンを逆抽出し、得られた高濃度リチウムイオン水溶液を60℃以上に保った状態で水溶性炭酸塩と混合することにより、リチウムイオンを固体の炭酸リチウムとして回収することを特徴とする。
【0011】
上記本発明のリチウムの回収方法においては、前記酸性系溶媒抽出剤として、2−エチルヘキシルホスホン酸モノ−2−エチルヘキシル、ジ(2−エチルヘキシル)ホスホン酸、ビス(2,4,4−トリメチルペンチル)ホスホン酸、若しくはフィニルアルキルベータジケトンとトリオクチルホスホン酸の混合物のいずれかを用いることができる。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、酸性系溶媒抽出剤を用いることによって水溶液中のリチウムイオンを効率的に抽出剤側に抽出し、それを酸性水溶液で逆抽出することによって効率的にリチウムイオンの濃縮液を得ることができる。従って、更に繰り返し操作によって、リチウムイオン濃度を炭酸化により固体の炭酸リチウムとするのに足りる濃度まで上昇させることができる。
【0013】
従って、本発明方法は、使用済みのリチウムイオン電池から分離した正極活物質を溶解したリチウムイオン濃度の低い水溶液であっても、湿式処理によってリチウムを効率よく且つ経済的に回収することができるため、使用済みのリチウムイオン電池のリサイクルにおいて特に有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
酸性系溶媒抽出剤は、軽元素の抽出には利用されているが、これをリチウムの抽出に応用した例は知られていなかった。しかし、本発明者らは、pHを変えて水溶液から溶媒抽出剤へのリチウムの抽出率を調査検討したところ、pH4以上になるとpHが上昇するにつれて溶媒抽出剤側にリチウムイオンを抽出できることを見出した。
【0015】
本発明方法は、上記の知見に基づいてなされたものであり、低濃度(数g/l程度)のリチウムイオンを含む水溶液に酸性系溶媒抽出剤を接触混合し、その水溶液のpHを4以上に調整し、更に好ましくは使用する溶媒抽出剤に適したpH範囲に調整することによって、溶媒抽出剤中にリチウムイオンを抽出することが可能となった。
【0016】
酸性系溶媒抽出剤としては、例えば、2−エチルヘキシルホスホン酸モノ−2−エチルヘキシル(pH4〜7)、ジ(2−エチルヘキシル)ホスホン酸(pH4〜6)、ビス(2,4,4−トリメチルペンチル)ホスホン酸(pH4〜8)、あるいは、フィニルアルキルベータジケトンとトリオクチルホスホン酸の混合物(pH4〜10)などを用いることができる。尚、上記各溶媒抽出剤の末尾に記したpH値は、リチウムイオンの抽出に適したpH範囲である。
【0017】
尚、調整したpH範囲において酸性系溶媒抽出剤に抽出される他の金属(例えば、ニッケル、鉄など)が水溶液中にイオンとして存在すると、リチウムイオンと共に他の金属も同時に溶媒抽出剤側に抽出され、後の逆抽出時にも水溶液側に逆抽出されて、リチウムイオンと同様に濃縮されてしまう。従って、これら他の金属イオンは、リチウム濃縮のための酸性系溶媒抽出剤による抽出操作を行う前に、中和操作などによって分離除去しておくことが望ましい。
【0018】
また、酸性系溶媒抽出剤の特徴として、pHを酸性側にすることによりHとのイオン交換が行われ、抽出された金属イオンが放出される。この性質を利用して、リチウムイオンを抽出した酸性系溶媒抽出剤を、pH3.0以下に調整した少量の水溶液と接触混合させると、最初に抽出したリチウム水溶液の濃度(数g/l程度)よりも高い濃度でリチウムイオンが水溶液に逆抽出されてくる。
【0019】
従って、好ましくは、この逆抽出側の水溶液を繰り返し使用して、上記した逆抽出の操作を繰り返すことによって、水溶液中のリチウムイオン濃度を炭酸化により固体の炭酸リチウムとするのに足りる数十g/l程度のレベルまで濃縮することができる。また、pHを正確に制御することで抽出率や逆抽出率を制御することができ、従って水溶液中の最終的なリチウムイオン濃度もコントロールすることが可能である。
【0020】
このようにして濃縮された高濃度リチウムイオン水溶液は、次に炭酸ナトリウムや炭酸カルシウム等の水溶性炭酸塩と混合撹拌することによって、水溶液中のリチウムイオンを固体の炭酸リチウムとして析出させることができる。尚、水溶性炭酸塩としては、炭酸ナトリウムが好ましい。ただし、リチウムの炭酸塩である炭酸リチウムは、他の塩とは溶解性が異なり、水溶液温度が高くなると急激に溶解度が低下する。即ち、炭酸リチウムの溶解度は、25℃では1.28%であるが、60℃になると1.00%に低下し、更に100℃になると0.7%にまで減少する。
【0021】
このため、高濃度リチウムイオン水溶液の温度を60℃以上に高めると、溶解度の高い硫酸ナトリウム等の他の塩よりも炭酸リチウムの溶解度が低くなり、炭酸リチウムが選択的に結晶として沈殿するため、高純度の炭酸リチウム固体を得ることができる。尚、高濃度リチウムイオン水溶液の温度は高い方が良いが、一般的に80℃以上となると反応槽や周辺装置の耐熱性の観点から操作が難しくなったりコスト増になったりし、更に90℃以上では沸点が近くなるため、一般的には60〜80℃が適当な温度範囲と言える。
【実施例】
【0022】
[実施例1]
酸性系溶媒抽出剤として、下記の4種類を用意した。
(1)フェニルアルキルベータジケトン(ヘンケル社製、商品名:LIX54)10体積%+トリオクチルホスホン酸(TOPO)10体積%+希釈剤(シェルケミカルズジャパン(株)製、商品名:シェルゾールA)80体積%
(2)ジ(2−エチルヘキシル)ホスホン酸(バイエル社製、商品名D2EHPA)20体積%+希釈剤(新日本石油(株)製、商品名:クリンソルG)80体積%、
(3)2−エチルヘキシルホスホン酸モノ−2−エチルヘキシル(大八化学(株)製、商品名PC−88A)20体積%+希釈剤(クリンソルG)80体積%、
(4)ビス(2,4,4−トリメチルペンチル)ホスホン酸(サイテック社製、商品名:Cynex272)20体積%+希釈剤(クリンソルG)80体積%
【0023】
上記(1)〜(4)の各酸性系溶媒抽出剤について、リチウムイオンを効率よく抽出できるpH範囲を確認した。即ち、硫酸リチウムを純水に溶解してリチウムイオン水溶液(リチウムイオン濃度5.16g/l)を調整し、この水溶液と上記各酸性系溶媒抽出剤とを体積比率で1:2になるように混合し、5重量%NaOH溶液を滴下して水溶液のpHを徐々に上昇させながら、水溶液と抽出剤とが分離できるpH範囲を確認した。その結果、リチウムイオンを抽出分離できる最小pHはいずれの抽出剤も4.0であり、最大pHは抽出剤(1)でpH10、抽出剤(2)でpH6、抽出剤(3)でpH7、及び抽出剤(4)ではpH8であった。これらの最大pHを超えると、抽出剤の分離が不十分になり、抽出操作に適さないことが分かった。
【0024】
次に、上記と同じ(1)〜(4)の各酸性系溶媒抽出剤とリチウムイオン水溶液(リチウムイオン濃度5.16g/l)を用意し、この水溶液と各抽出剤を体積比率で1:2及び1:4になるように接触混合した。その際、それぞれの抽出剤に適したpHとするため、5重量%NaOH溶液を滴下して、抽出剤(1)ではpH9.5、抽出剤(2)ではpH5.0、抽出剤(3)ではpH7.0、及び抽出剤(4)ではpH8.0に調整した。
【0025】
その結果、下記表1に示す抽出結果が得られた。いずれの酸性系溶媒抽出剤の場合も、始液であるリチウムイオン濃度5.16g/lの水溶液中のリチウムイオンのうち50%以上が抽出され、溶媒抽出剤の体積比率を上げると抽出率も上昇した。これにより、水溶液のpHを酸性系溶媒抽出剤に応じて適切な値に調節すれば、酸性系溶媒抽出剤を用いて実用上十分な程度にリチウムイオンを抽出できることが分かった。
【0026】
【表1】

【0027】
上記のごとくリチウムイオンを抽出した各酸性系溶媒抽出剤に、それぞれ1mol/lの硫酸水溶液を体積比率で抽出剤の1/2となるように接触混合させ、リチウムイオンの逆抽出操作を行った。その結果、いずれの酸性系溶媒抽出剤においても、抽出段階で1.5g/l前後あった抽出剤中のリチウムイオン濃度が0.01g/l以下となり、逆抽出が効果的に行われていることが分かった。
【0028】
[実施例2]
酸性系溶媒抽出剤として、2−エチルヘキシルホスホン酸モノ−2−エチルヘキシル(大八化学(株)製、商品名PC−88A)20体積%+希釈剤(新日本石油(株)製、商品名:テクリーンN20)80体積%を用意し、上記実施例1と同様にしてリチウムイオンを効率よく抽出できるpH範囲を確認した。
【0029】
即ち、始液としてリチウムイオン濃度が5g/lとなるように調節した硫酸リチウム水溶液を用意し、この水溶液と上記抽出剤を体積比率1:2にして接触混合し、混合後の水溶液のpHが2.0〜7.0になるように5重量%NaOH溶液を滴下して調節した。
【0030】
そのときのpHの変化に伴うリチウム抽出率の変化を図1に示した。水溶液のpHが3を超えた付近からリチウムイオンの抽出が始まり、pH4以上ではpHの上昇に伴って次第にリチウム抽出率が高くなることが分かった。
【0031】
[実施例3]
酸性系溶媒抽出剤として、上記実施例2と同じ2−エチルヘキシルホスホン酸モノ−2−エチルヘキシル(大八化学(株)製、商品名PC−88A)20体積%+希釈剤(新日本石油(株)製、商品名:テクリーンN20)80体積%を用い、硫酸リチウム水溶液と接触混合して混合後の水溶液のpHを7.0に調整し、リチウムイオンを抽出したところ、抽出剤中のリチウムイオン濃度は1.5g/lであった。
【0032】
次に、このリチウムイオンを抽出した抽出剤を、純水と抽出剤の体積比率が1:2となるように純水と接触混合し、混合後の水溶液に15重量%硫酸水溶液を滴下してpHを0.1に調整して、リチウムイオンを逆抽出した。この1回目の逆抽出操作の後、残ったリチウムイオン水溶液を用い、別途抽出操作によって得たリチウムイオンを含んだ抽出剤と再度接触混合させることにより、同様の逆抽出操作を繰り返した。
【0033】
この操作を5回まで繰り返し、それぞれの操作ごとに残ったリチウムイオン水溶液のリチウムイオン濃度を測定し、得られた結果を下記表2に示した。この結果から、操作を繰り返すごとに水溶液中に抽出剤からのリチウムイオンが定量ずつ逆抽出され、最終的に水溶液中のリチウムイオンを17g/l程度の濃度まで濃縮できることが確認できた。
【0034】
【表2】

【0035】
[実施例4]
リチウムイオン濃度が10g/lの硫酸リチウム水溶液に、濃度200g/lの炭酸ナトリウム水溶液を滴下混合し、このときの水溶液の温度を20℃及び60℃に調整して、炭酸リチウムを結晶として沈殿させた。このときの反応温度と回収した炭酸リチウム固体中の硫黄品位を下記表3に示した。温度が60℃以上であれば、硫酸リチウム中の硫黄濃度は低く、純粋な炭酸リチウムを製造できることが分かった。
【0036】
【表3】

【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】リチウム抽出時のpHと抽出率の関係を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
リチウムイオンを含む水溶液をpH4.0以上に調整し、酸性系溶媒抽出剤と接触させてリチウムイオンを抽出した後、その溶媒抽出剤をpH3.0以下の水溶液と接触させてリチウムイオンを逆抽出し、得られた高濃度リチウムイオン水溶液を60℃以上に保った状態で水溶性炭酸塩と混合することにより、リチウムイオンを固体の炭酸リチウムとして回収することを特徴とするリチウムの回収方法。
【請求項2】
前記酸性系溶媒抽出剤として、2−エチルヘキシルホスホン酸モノ−2−エチルヘキシル、ジ(2−エチルヘキシル)ホスホン酸、ビス(2,4,4−トリメチルペンチル)ホスホン酸、若しくはフィニルアルキルベータジケトンとトリオクチルホスホン酸の混合物のいずれかを用いることを特徴とする、請求項1に記載のリチウムの回収方法



【図1】
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【公開番号】特開2006−57142(P2006−57142A)
【公開日】平成18年3月2日(2006.3.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−240375(P2004−240375)
【出願日】平成16年8月20日(2004.8.20)
【出願人】(000183303)住友金属鉱山株式会社 (2,015)
【Fターム(参考)】