説明

リチウムイオン二次電池用炭素材、リチウムイオン二次電池用負極材およびリチウムイオン二次電池

【課題】充電容量、放電容量、充放電効率が優れたリチウムイオン電池を提供できる炭素材を提供する
【解決手段】本発明のリチウムイオン二次電池用炭素材は、陽電子消滅法により測定した該炭素材の陽電子寿命が370ピコ秒以上、480ピコ秒以下であり、かつ、前記炭素材に満充電状態となるまで電気化学的にリチウムをドープし、7Li核−固体NMR分析を行ったとき、基準物質である塩化リチウムの共鳴線に対して低磁場側に60ppm〜80ppmシフトした主共鳴ピークが観測されることを特徴とするリチウムイオン二次電池用炭素材である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リチウムイオン二次電池用炭素材、リチウムイオン二次電池用負極材およびリチウムイオン二次電池に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、リチウムイオン二次電池の負極には、炭素材が使用されている。充放電サイクルが進行しても、炭素材料を使用した負極上にはデンドライト状リチウムが析出されにくく、安全性が保証されるためである。
たとえば、特許文献1には、窒素含有量が0.1〜5重量%であり、0.33nmを超える細孔径を有する細孔が占める細孔容積が0.1〜50ml/kgである炭素材が開示されており、特許文献2には、特定の樹脂組成物を炭化処理し、細孔容積が50ml/kg以下である炭素材が開示されている。
また、特許文献3には、7Li核−固体NMRによるピークシフト位置によりLiイオンのドープ状態を規定した炭素材を使用した技術が開示されている。
しかしながら、特許文献1,2に開示された従来の炭素材を使用したものでは、このような要求に応えることが難しい。すなわち、特許文献1,2に開示された従来の炭素材では、炭素材表面よりガスが侵入できる細孔に関するもので、表面反応低減等による充放電効率を向上させるものではあるが、充放電容量向上も含めた炭素材を開発するには至っていない。また、特許文献3に開示された技術においても、容量、サイクル効率の改善は見られるが、充放電効率(不可逆容量に起因する初回効率)も優れた炭素材を開発するには至っていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2006−083012号公報
【特許文献2】特開2004−303428号公報
【特許文献3】特開平11−250909号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、上記の課題を解決し得るものであり、本発明によれば、充電容量、放電容量が高く、充電容量、放電容量および充放電効率のバランスに優れたリチウムイオン電池を提供することができるリチウムイオン二次電池用炭素材、リチウムイオン二次電池用負極材およびリチウムイオン二次電池を提供できる。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上述の目的は、以下の第(1)項〜第(6)項によって達成される。
【0006】
(1)リチウムイオン二次電池用炭素材であって、
以下の条件(A)〜(E)のもと、陽電子消滅法により測定した該炭素材の陽電子寿命が370ピコ秒以上、480ピコ秒以下であり、
(A)陽電子線源:電子加速器を用いて電子・陽電子対から陽電子を発生
(B)ガンマ線検出器:BaFシンチレーターおよび光電子増倍管
(C)測定温度及び雰囲気:25℃、真空中
(D)消滅γ線カウント数:3×10以上
(E)陽電子ビームエネルギー:10KeV
かつ、前記炭素材に満充電状態となるまで電気化学的にリチウムをドープし、7Li核−固体NMR分析を行ったとき、基準物質である塩化リチウムの共鳴線に対して低磁場側に60ppm〜80ppmシフトした主共鳴ピークが観測されることを特徴とするリチウムイオン二次電池用炭素材。
【0007】
(2)第(1)項に記載のリチウムイオン二次電池用炭素材において、
広角X線回折法からBragg式を用いて算出される(002)面の平均面間隔dが3.4Å以上、3.9Å以下であり、c軸方向の結晶子の大きさLcが8Å以上、50Å以下であるリチウムイオン二次電池用炭素材。
【0008】
(3)第(1)項または第(2)項に記載のリチウムイオン二次電池用炭素材において、
窒素吸着におけるBET3点法による比表面積が15m/g以下、1m/g以上であるリチウムイオン二次電池用炭素材。
【0009】
(4)第(1)項乃至第(3)項のいずれかに記載のリチウムイオン二次電池用炭素材において、炭素原子を95wt%以上含み、かつ、炭素原子以外の元素として、窒素原子を0.5wt%以上、5wt%以下含むものであるリチウムイオン二次電池用炭素材。
【0010】
(5)第(1)項乃至第(4)項のいずれかに記載のリチウムイオン二次電池用炭素材を含むリチウムイオン二次電池用負極材。
【0011】
(6)第(5)項に記載のリチウムイオン二次電池用負極材を含むリチウムイオン二次電池。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、充電容量、放電容量が高く、充電容量、放電容量および充放電効率のバランスに優れたリチウムイオン電池を提供することができるリチウムイオン二次電池用炭素材、リチウムイオン二次電池用負極材およびリチウムイオン二次電池が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】消滅γ線のカウント数と、陽電子消滅時間との関係を示す図である。
【図2】リチウムイオン二次電池の模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。
(リチウムイオン二次電池用炭素材)
はじめに、本発明のリチウムイオン二次電池用炭素材(以下、炭素材という場合もある)の概要について説明する。
本発明のリチウムイオン二次電池用炭素材は、以下の条件(A)〜(E)のもと、陽電子消滅法により測定した該炭素材の陽電子寿命が370ピコ秒以上、480ピコ秒以下であり、
(A)陽電子線源:電子加速器を用いて電子・陽電子対から陽電子を発生
(B)ガンマ線検出器:BaFシンチレーターおよび光電子増倍管
(C)測定温度及び雰囲気:25℃、真空中
(D)消滅γ線カウント数:3×10以上
(E)陽電子ビームエネルギー:10KeV
かつ、前記炭素材に満充電状態となるまで電気化学的にリチウムをドープし、7Li核−固体NMR分析を行ったとき、基準物質である塩化リチウムの共鳴線に対して低磁場側に60ppm〜80ppmシフトした主共鳴ピークが観測されることを特徴とするリチウムイオン二次電池用炭素材である。
【0015】
次に、リチウムイオン二次電池用炭素材について詳細に説明する。
本発明のリチウムイオン二次電池用炭素材に用いられる原料あるいは前駆体は特に限定されるものではないが、樹脂または樹脂組成物を炭化処理することにより得られるものが好適である。
樹脂あるいは、樹脂組成物に含まれる樹脂としては、特に限定されないが、例えば、熱硬化性樹脂、熱可塑性樹脂、あるいはエチレン製造時に副生する石油系のタールおよびピッチ、石炭乾留時に生成するコールタール、コールタールの低沸点成分を蒸留除去した重質成分やピッチ、石炭の液化により得られるタール及びピッチのような石油系又は石炭系のタール若しくはピッチ、さらには前記タール、ピッチ等を架橋処理したものなどを含有することができ、これらを単独あるいは二種類以上を併用することができる。
また、後述するように、樹脂組成物は、上記樹脂を主成分とするとともに、硬化剤、添加剤などを併せて含有することができ、さらには酸化等による架橋処理なども適宜実施することができる。
【0016】
ここで熱硬化性樹脂としては特に限定されないが、例えば、ノボラック型フェノール樹脂、レゾール型フェノール樹脂などのフェノール樹脂、ビスフェノール型エポキシ樹脂、ノボラック型エポキシ樹脂などのエポキシ樹脂、メラミン樹脂、尿素樹脂、アニリン樹脂、シアネート樹脂、フラン樹脂、ケトン樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、ウレタン樹脂などが挙げられる。また、これらが種々の成分で変性された変性物を用いることもできる。
【0017】
また、熱可塑性樹脂としては特に限定されないが、例えば、ポリエチレン、ポリスチレン、ポリアクリロニトリル、アクリロニトリル−スチレン(AS)樹脂、アクリロニトリル−ブタジエン−スチレン(ABS)樹脂、ポリプロピレン、塩化ビニル、メタクリル樹脂、ポリエチレンテレフタレート、ポリアミド、ポリカーボネート、ポリアセタール、ポリフェニレンエーテル、ポリブチレンテレフタレート、ポリフェニレンサルファイド、ポリサルホン、ポリエーテルサルホン、ポリエーテルエーテルケトン、ポリエーテルイミド、ポリアミドイミド、ポリイミド、ポリフタルアミド、などが挙げられる。
【0018】
本発明の炭素材に用いられる主成分となる樹脂としては、熱硬化性樹脂が好ましい。これにより、炭素材の残炭率をより高めることができる。
そして、熱硬化性樹脂の中でも、ノボラック型フェノール樹脂、レゾール型フェノール樹脂、メラミン樹脂、フラン樹脂、及び、アニリン樹脂、およびこれらの変性物から選ばれるものであることが好ましい。これにより、炭素材の設計の自由度が広がり、低価格で製造することができる。
【0019】
また、熱硬化性樹脂を用いる場合には、その硬化剤を併用することができる。
ここで用いられる硬化剤としては特に限定されないが、例えば、ノボラック型フェノール樹脂の場合はヘキサメチレンテトラミン、レゾール型フェノール樹脂、ポリアセタール、パラホルムなどを用いることができる。また、エポキシ樹脂の場合は、脂肪族ポリアミン、芳香族ポリアミンなどのポリアミン化合物、酸無水物、イミダゾール化合物、ジシアンジアミド、ノボラック型フェノール樹脂、ビスフェノール型フェノール樹脂、レゾール型フェノール樹脂など、エポキシ樹脂にて公知の硬化剤を用いることができる。
なお、通常は所定量の硬化剤を併用する熱硬化性樹脂であっても、本発明で用いられる樹脂組成物においては、通常よりも少ない量を用いたり、あるいは硬化剤を併用しないで用いたりすることもできる。
【0020】
また、本発明で用いる樹脂組成物においては、このほか、添加剤を配合することができる。
ここで用いられる添加剤としては特に限定されないが、例えば、200〜800℃にて炭化処理した炭素材前駆体、黒鉛及び黒鉛変性剤、有機酸、無機酸、含窒素化合物、含酸素化合物、芳香族化合物、及び、非鉄金属元素などを挙げることができる。
上記添加剤は、用いる樹脂の種類や性状などにより、単独あるいは二種類以上を併用することができる。
【0021】
本発明の炭素材に用いられる樹脂としては、後述する含窒素樹脂類を主成分樹脂として含んでいてもよい。また、主成分樹脂に含窒素樹脂類が含まれていないときには主成分樹脂以外の成分として、少なくとも1種以上の含窒素化合物を含んでいてもよいし、含窒素樹脂類を主成分樹脂として含むとともに含窒素化合物を主成分樹脂以外の成分として含んでいてもよい。このような樹脂を炭化処理することにより、窒素を含有する炭素材を得ることができる。
【0022】
ここで、含窒素樹脂類としては、以下のものを例示することができる。
熱硬化性樹脂としては、メラミン樹脂、尿素樹脂、アニリン樹脂、シアネート樹脂、ウレタン樹脂のほか、アミンなどの含窒素成分で変性されたフェノール樹脂、エポキシ樹脂などが挙げられる。
熱可塑性樹脂としては、ポリアクリロニトリル、アクリロニトリル−スチレン(AS)樹脂、アクリロニトリル−ブタジエン−スチレン(ABS)樹脂、ポリアミド、ポリエーテルイミド、ポリアミドイミド、ポリイミド、ポリフタルアミドなどが挙げられる。
【0023】
また、含窒素樹脂類以外の樹脂としては、以下のものを例示することができる。
熱硬化性樹脂としては、フェノール樹脂、エポキシ樹脂、フラン樹脂、不飽和ポリエステル樹脂などが挙げられる。
【0024】
熱可塑性樹脂としては、ポリエチレン、ポリスチレン、ポリプロピレン、塩化ビニル、メタクリル樹脂、ポリエチレンテレフタレート、ポリカーボネート、ポリアセタール、ポリフェニレンエーテル、ポリブチレンテレフタレート、ポリフェニレンサルファイド、ポリサルホン、ポリエーテルサルホン、ポリエーテルエーテルケトンなどが挙げられる。
【0025】
また、主成分樹脂以外の成分として含窒素化合物を用いる場合、その種類としては特に限定されないが、例えば、ノボラック型フェノール樹脂の硬化剤であるヘキサメチレンテトラミン、エポキシ樹脂の硬化剤である脂肪族ポリアミン、芳香族ポリアミン、ジシアンジアミドなどのほか、硬化剤成分以外にも、硬化剤として機能しないアミン化合物、アンモニウム塩、硝酸塩、ニトロ化合物など窒素を含有する化合物を用いることができる。
上記含窒素化合物としては、主成分樹脂に含窒素樹脂類を含む場合であっても含まない場合であっても、1種類を用いてもよいし、2種類以上を併用してもよい。
【0026】
本発明の炭素材に用いられる樹脂組成物、あるいは樹脂中の窒素含有量としては特に限定されないが、5〜65重量%であることが好ましい。さらに好ましくは10〜20重量%である。
このような樹脂組成物あるいは樹脂の炭化処理を行うことにより、最終的に得られる炭素材中の炭素原子含有量が95wt%以上であり、窒素原子含有量が0.5〜5wt%であることが好ましい。
このように窒素原子を0.5wt%以上、特に1.0wt%以上含有することで、窒素の有する電気陰性度により、炭素材に好適な電気的特性を付与することができる。これにより、リチウムイオンの吸蔵・放出を促進させ、高い充放電特性を付与することができる。
【0027】
また、窒素原子を5wt%以下、特に3wt%以下とすることで、炭素材に付与される電気的特性が過剰に強くなってしまうことが抑制され、吸蔵されたリチウムイオンが窒素原子と電気的吸着を起こすことが防止される。これにより、不可逆容量の増加を抑制し、高い充放電特性を得ることができる。
【0028】
本発明の炭素材中の窒素含有量は、上記樹脂組成物あるいは樹脂中の窒素含有量のほか、樹脂組成物あるいは樹脂を炭化する条件や、炭化処理の前に硬化処理やプレ炭化処理を行う場合には、それらの条件についても適宜設定することによって、調整することができる。
たとえば、上述したような窒素含有量である炭素材を得る方法としては、樹脂組成物あるいは樹脂中の窒素含有量を所定値として、これを炭化処理する際の条件、特に、最終温度を調整する方法があげられる。
【0029】
本発明の炭素材に用いられる樹脂組成物の調製方法としては特に限定されないが、例えば、上記主成分樹脂と、これ以外の成分とを所定の比率で配合し、これらを溶融混合する方法、これらの成分を溶媒に溶解して混合する方法、あるいは、これらの成分を粉砕して混合する方法などにより調製することができる。
【0030】
炭素材において、上記窒素含有量は熱伝導度法により測定したものである。
本方法は、測定試料を、燃焼法を用いて単純なガス(CO、HO、及びN)に変換した後に、ガス化した試料を均質化した上でカラムを通過させるものである。これにより、これらのガスが段階的に分離され、それぞれの熱伝導率から、炭素、水素、及び窒素の含有量を測定することができる。
なお、本発明では、パーキンエルマー社製・元素分析測定装置「PE2400」を用いて実施した。
【0031】
また、本発明の炭素材は、陽電子消滅法により測定した陽電子寿命が370ピコ秒以上、好ましくは、380ピコ秒以上である。また、本発明の炭素材は、陽電子消滅法により測定した陽電子寿命が480ピコ秒以下、好ましくは、460ピコ秒以下である。
陽電子消滅法により測定した陽電子寿命が370ピコ秒以上、480ピコ秒以下である場合には、後述するようにリチウムが出入りしやすいサイズの空隙が炭素材に形成されているといえ、充電容量、放電容量を高めることができ、充電容量、放電容量が高く、一定程度以上の充放電効率を有する炭素材、すなわち、充電容量、放電容量および充放電効率のバランスに優れた炭素材を得ることができる。
【0032】
ここで、陽電子寿命と、空隙サイズとの関係について説明する。
陽電子寿命法とは、陽電子(e+)が試料に入射してから、消滅するまでの時間を計測して、空隙の大きさを測定する方法である。
陽電子は、電子の反物質であり、電子と同じ静止質量を持つがその電荷は正である。
陽電子は、物質中に入射すると、電子と対(陽電子−電子対(ポジトロニウム))になり、その後消滅することが知られている。炭素材に陽電子を打ち込むと、陽電子(e)は高分子中で叩き出された電子の1つと結合してポジトロニウムを形成する。ポジトロニウムは高分子材料中の電子密度の低い部分、すなわち高分子中の局所空隙にトラップされ、空隙壁から出た電子雲と重なり消滅する。ポジトロニウムが高分子中の空隙中に存在する場合、その空隙の大きさとポジトロニウムの消滅寿命は反比例の関係にある。すなわち、空隙が小さいとポジトロニウムと周囲電子との重なりが大きくなり、陽電子消滅寿命は短くなる。一方、空隙が大きいとポジトロニウムが空隙壁からしみ出した他の電子と重なって消滅する確立が低くなりポジトロニウムの消滅寿命は長くなる。したがって、ポジトロニウムの消滅寿命を測定することにより炭素材中の空隙の大きさを評価することができる。
上述したように、炭素材に入射した陽電子は、エネルギーを失った後、電子とともに、ポジトロニウムを形成し消滅する。この際、炭素材からは、γ線が放出されることとなる。
従って、放出されたγ線が測定の終了信号となる。
陽電子消滅寿命の測定には、陽電子源として電子加速器や汎用のものとしては放射性同位元素22Naがよく用いられる。22Naは22Neにβ崩壊するときに、陽電子と1.28MeVのγ線を同時放出する。炭素材中に入射した陽電子は、消滅過程を経て511keVのγ線を放出する。したがって、1.28MeVのγ線を開始信号とし、511kevのγ線を終了信号として、両者の時間差を計測すれば陽電子の消滅寿命を求めることができる。具体的には、図1に示すような、陽電子寿命スペクトルが得られる。この陽電子寿命スペクトルの傾きAが陽電子寿命を示しており、陽電子寿命スペクトルから炭素材の陽電子寿命を把握することができる。
また、陽電子源として、電子加速器を使用する場合には、タンタルまたはタングステンからなるターゲットに電子ビームを照射することによって発生する制動X線により電子・陽電子対生成を引起こさせ、陽電子を発生させる。電子加速器の場合、陽電子ビームを試料に入射した時点を測定開始点(前記22Naにおける開始信号に相当)とし、終了信号は22Naの場合と同様の原理で測定を実施する。
【0033】
従来、特許文献1,2に開示されているように、COを使用したガス吸着法により、細孔容量や、細孔径を測定し、リチウムを吸蔵、放出することができる径や容量を有する細孔が形成された炭素材を開発していた。しかしながら、特許文献1,2に開示された条件を満たす細孔を有する炭素材を使用しても、充電容量、放電容量を向上させることは非常に困難であった。
これは、二酸化炭素分子は、分子径が0.33nmであり、リチウムイオン(イオン半径が約0.06nm)よりも非常に大きいことに起因すると考えられる。二酸化炭素を使用したガス吸着法では検出できないような非常に小さい細孔にもリチウムイオンは、出入りすることができるため、COを使用したガス吸着法では、リチウムイオンが吸蔵、放出可能な細孔を正確に見積もることが難しい。そのため、リチウムイオンが吸蔵、放出可能な最適な細孔を有する炭素材を得ることができなかったと考えられる。
これに対し、陽電子消滅法で使用される陽電子は非常に小さいため、リチウムイオンが吸蔵、放出に最適な孔を正確に見積もることができる。従って、陽電子消滅法により測定した陽電子寿命が370ピコ秒以上、480ピコ秒以下である炭素材を製造し、この炭素材を使用することで、充電容量、放電容量を高めることが可能となる。
陽電子消滅法により測定した陽電子寿命が370ピコ秒未満の場合には、空孔サイズが小さすぎて、リチウムイオンを吸蔵、放出しにくくなる。また、陽電子消滅法により測定した陽電子寿命が480ピコ秒を超えると、リチウムを吸蔵量は多くなるが、電解液等他の物質の侵入により、静電容量の増加によりリチウムが放出しにくくなると推測される。
【0034】
また、本発明の炭素材は、該炭素材に満充電状態となるまで電気化学的にリチウムをドープし、7Li核−固体NMR分析を行ったとき、基準物質である塩化リチウムの共鳴線に対して低磁場側に60ppm〜80ppmシフトした主共鳴ピークが観測されることを特徴とするリチウムイオン二次電池用炭素材である。
7Li核−固体NMRにより測定したピークシフト位置が60ppm以上80ppm以下である炭素材を用いた場合、後述するように、炭素材内部において適切に制御された微細構造の中にリチウムが収納されることにより、放電容量が高く、充放電効率の優れた炭素材を得ることができる。
【0035】
ここで7Li核−固体NMR法と炭素材内部の微細構造との関係について説明する。
まず固体NMR法とは、固体状態にある分子や原子のNMR信号を検出し、固体材料の化学構造や分子のインフォメーション、また分子運動性を調べる方法である。負極炭素に取り込まれた7Liの固体NMRを測定した場合、リチウムが存在している状態によりピークのシフト位置やサテライトピークの形が異なり、炭素の種類や炭素内部の微細構造を知ることができる。
一般に黒鉛のようなグラファイト結晶構造をもつ炭素材にLiを満充電までドープした場合、7 Li−NMR化学シフトのピーク位置は20ppm〜55ppm付近に存在し、難黒鉛化炭素材のような非晶質構造をもつ炭素材では、ドープされるLi量に伴ってピーク位置がより低磁場側にシフトし、一般には120ppm付近までにピークを持つ幅広いスペクトルを示す。この際、満充電におけるピーク位置がより低磁場側にシフトする炭素材ほど、炭素材内部における非晶質の割合が大きい炭素材であるということができる。
【0036】
従来、黒鉛を負極活物質として用いた場合、不可逆容量が小さく充放電効率は高いが、放電容量は理論値372mAh/gを越えることができず、充放電を繰り返すとリチウムイオンの吸蔵脱離性能が劣化するという問題があった。一方、難黒鉛化炭素を負極活物質として用いた場合、放電容量、サイクル効率は高いが、不可逆容量が大きく充放電効率が低いという問題があった。
そこで、特許文献3に開示しているように、黒鉛と、7Li核−固体NMRにより測定したピークシフト位置が86ppmである難黒鉛化炭素とを併用した技術により、放電容量、サイクル効率の向上した炭素材が開発されたが、ピークシフト位置が86ppmという非晶質の割合が大きい炭素材を用いたことで不可逆容量が大きくなり、充放電効率が低下することが予想された。
これに対し、7Li核−固体NMRにより測定したピークシフト位置が60ppm以上80ppm以下である、微細構造を適切に制御した炭素材を製造することで、黒鉛と併用せずとも放電容量、充放電効率の優れた炭素材を得ることができる。
すなわち、本発明の炭素材は、ピークシフト位置が60ppm以下のものに比べ、非晶質の部分が適度に存在することで、放電容量が向上し、ピークシフト位置が80ppm以上のものに比べ、結晶質の部分が多く存在することで、不可逆容量が小さく初回効率が向上したと考えられる。
【0037】
また、本発明の炭素材は、広角X線回折法からBragg式を用いて算出される(002)面の平均面間隔d002が3.4Å以上、3.9Å以下であることが好ましい。平均面間隔d002が3.4Å以上、特に3.6Å以上である場合には、リチウムイオンの吸蔵に伴う層間の収縮・膨張が起こり難くなるため、充放電サイクル性の低下を抑制できる。
一方で、平均面間隔d002が3.9Å以下、特に3.8Å以下である場合にはリチウムイオンの吸蔵・脱離が円滑に行われ、充放電効率の低下を抑制できる。
さらに、本発明の炭素材は、c軸方向((002)面直交方向)の結晶子の大きさLcが8Å以上、50Å以下であることが好ましい。
Lcを8Å以上、特に9Å以上とすることでリチウムイオンを吸蔵・脱離することができる炭素層間スペースが形成され、十分な充放電容量が得られるという効果があり、50Å以下、特に15Å以下とすることでリチウムイオンの吸蔵・脱離による炭素積層構造の崩壊や、電解液の還元分解を抑制し、充放電効率と充放電サイクル性の低下を抑制できるという効果がある。
Lcは以下のようにして算出される。
X線回折測定から求められるスペクトルにおける002面ピークの半値幅と回折角から次のScherrerの式を用いて決定した。
Lc=0.94 λ /(βcosθ) ( Scherrerの式)
Lc:結晶子の大きさ
λ:陰極から出力される特性X線Kα1の波長
β:ピークの半値幅( ラジアン)
θ:スペクトルの反射角度
【0038】
本発明の炭素材におけるX線回折スペクトルは、島津製作所製・X線回折装置「XRD−7000」により測定したものである。本発明の炭素材における、上記平均面間隔の測定方法は以下の通りである。
本発明の炭素材のX線回折測定から求められるスペクトルより、平均面間隔dを以下のBragg式より算出した。
λ=2dhklsinθ Bragg式 (dhkl=d002
λ:陰極から出力される特性X線Kα1の波長
θ:スペクトルの反射角度
【0039】
さらに、本発明の炭素材は、窒素吸着におけるBET3点法による比表面積が15m/g以下、1m/g以上であることが好ましい。
窒素吸着におけるBET3点法による比表面積が15m/g以下であることで、炭素材と電解液との反応を抑制できる。
また、窒素吸着におけるBET3点法による比表面積を1m/g以上とすることで電解液の炭素材への適切な浸透性が得られるという効果がある。
比表面積の算出方法は以下の通りである。
下記(1)式より単分子吸着量Wmを算出し、下記(2)式より総表面積Stotalを算出し、下記(3)式より比表面積Sを求めた。
1/[W(Po/P−1)=(C−1)/WmC(P/Po)/WmC・・(1)
式(1)中、P:吸着平衡にある吸着質の気体の圧力、Po:吸着温度における吸着質の飽和蒸気圧、W:吸着平衡圧Pにおける吸着量、Wm:単分子層吸着量、C:固体表面と吸着質との相互作用の大きさに関する定数(C=exp{(E1−E2)RT})[E1:第一層の吸着熱(kJ/mol)、E2:吸着質の測定温度における液化熱(kJ/mol)]
Stotal=(WmNAcs)M・・・・・・・・・(2)
式(2)中、N:アボガドロ数、M:分子量、Acs:吸着断面積
S=Stotal/w・・・・・・(3)
式(3)中、w:サンプル重量(g)
【0040】
以上のような炭素材は、樹脂あるいは、樹脂組成物の代表例では以下のようにして製造することができる。
はじめに、炭化処理すべき、樹脂あるいは、樹脂組成物を製造する。
樹脂組成物の調製のための装置としては特に限定されないが、例えば、溶融混合を行う場合には、混練ロール、単軸あるいは二軸ニーダーなどの混練装置を用いることができる。また、溶解混合を行う場合は、ヘンシェルミキサー、ディスパーザなどの混合装置を用いることができる。そして、粉砕混合を行う場合には、例えば、ハンマーミル、ジェットミルなどの装置を用いることができる。
このようにして得られた樹脂組成物は、複数種類の成分を物理的に混合しただけのものであってもよいし、樹脂組成物の調製時、混合(攪拌、混練など)に際して付与される機械的エネルギーおよびこれが変換された熱エネルギーにより、その一部を化学的に反応させたものであってもよい。具体的には、機械的エネルギーによるメカノケミカル的反応、熱エネルギーによる化学反応をさせてもよい。
【0041】
本発明の炭素材は、上記の樹脂組成物あるいは、樹脂を炭化処理してなるものである。
ここで炭化処理の条件としては特に限定されないが、例えば、800〜3000℃で0.1〜50時間、好ましくは0.5〜10時間保持して行うことができる。炭化処理時の雰囲気としては窒素、ヘリウムガスなどの不活性雰囲気下、もしくは不活性ガス中に微量の酸素が存在するような、実質的に不活性な雰囲気下、または還元ガス雰囲気下で行うことが好ましい。このようにすることで、樹脂の熱分解(酸化分解)を抑制し、所望の炭素材を得ることができ、
このような炭化処理時の温度、時間等の条件は、炭素材の特性を最適なものにするため適宜調整することができる。
たとえば、本願発明の満充電状態において7Li核−固体NMRにより測定したとき、主共鳴ピークのピークシフト位置が、基準物質である塩化リチウムの共鳴線に対して低磁場側に60ppm〜80ppmシフトした炭素材を得るためには、使用する樹脂に応じて適宜条件を選べばよいが、炭化が進行していく初期から中期(例えば500−800℃程度の昇温過程)においては、必要に応じて昇温速度を20〜200℃/時間で昇温するとよい。
このようにすることで、炭素材内部において非晶質の部分と結晶質の部分が適切に制御されるという理由により、7Li核−固体NMRにより測定したピークシフト位置が60ppm以上80ppm以下である炭素材を得ることができると推測される。
【0042】
なお、上記炭化処理を行う前に、プレ炭化処理を行うことができる。
ここでプレ炭化処理の条件としては特に限定されないが、例えば、200〜600℃で1〜10時間行うことができる。このように、炭化処理前にプレ炭化処理を行うことで、樹脂組成物あるいは樹脂を不融化させ、炭化処理工程前に樹脂組成物あるいは樹脂等の粉砕処理を行った場合でも、粉砕後の樹脂組成物あるいは樹脂等が炭化処理時に再融着するのを防ぎ、所望とする炭素材を効率的に得ることができるようになる。
このとき、陽電子消滅法により測定した陽電子寿命が370ピコ秒以上、480ピコ秒以下である炭素材を得るための方法の一例としては、還元ガス、不活性ガスが存在しない状態で、プレ炭化処理を行うことがあげられる。
【0043】
また、炭素材を構成する樹脂として熱硬化性樹脂や重合性高分子化合物を用いた場合には、このプレ炭化処理の前に、樹脂組成物あるいは樹脂の硬化処理を行うこともできる。
硬化処理方法としては特に限定されないが、例えば、樹脂組成物に硬化反応が可能な熱量を与えて熱硬化する方法、あるいは、樹脂と硬化剤とを併用する方法などにより行うことができる。これにより、プレ炭化処理を実質的に固相でできるため、樹脂の構造をある程度維持した状態で炭化処理またはプレ炭化処理を行うことができ、炭素材の構造や特性を制御することができるようになる。
【0044】
なお、上記炭化処理あるいはプレ炭化処理を行う場合には、上記樹脂組成物に、金属、顔料、滑剤、帯電防止剤、酸化防止剤などを添加して、所望する特性を炭素材に付与することもできる。
【0045】
上記硬化処理及び/又はプレ炭化処理を行った場合は、その後、上記炭化処理の前に、処理物を粉砕しておいてもよい。こうした場合には、炭化処理時の熱履歴のバラツキを低減させ、炭素材の表面状態の均一性を高めることができる。そして、処理物の取り扱い性を良好なものにすることができる。
さらに、陽電子消滅法により測定した陽電子寿命が370ピコ秒以上、480ピコ秒以下の炭素材を得るために、たとえば、必要に応じて炭化処理後において、還元ガスまたは不活性ガスの存在下で、800〜500℃まで自然冷却し、その後、100℃以下となるまで100℃/時間で冷却してもよい。
このようにすることで、急速冷却による炭素材の割れが抑制され、形成された空隙が維持できるという理由により、陽電子消滅法により測定した陽電子寿命が370ピコ秒以上、480ピコ秒以下である炭素材が得ることができると推測される。
【0046】
(リチウム二次電池)
次に、本発明の二次電池用負極材(以下、単に「負極材」という)の実施形態およびこれを用いた実施形態であるリチウム二次電池(以下、単に「二次電池」という)について説明する。
【0047】
図2は、二次電池の実施形態の構成を示す概略図である。
二次電池10は、負極材12および負極集電体14により構成される負極13と、正極材20および正極集電体22により構成される正極21と、ならびに電解液16と、セパレータ18とを含むものである。
【0048】
負極13において、負極集電体14としては、例えば銅箔またはニッケル箔を用いることができる。そして負極材12は、本発明の炭素材を用いる。
【0049】
本発明の負極材は、例えば、以下のようにして製造される。
上記炭素材100重量部に対して、有機高分子結着剤(ポリエチレン、ポリプロピレンなどを含むフッ素系高分子、ブチルゴム、ブタジエンゴムなどのゴム状高分子など)1〜30重量部、および適量の粘度調整用溶剤(N−メチル−2−ピロリドン、ジメチルホルムアミドなど)を添加して混練して、ペースト状にした混合物を圧縮成形、ロール成形などによりシート状、ペレット状などに成形して、負極材12を得ることができる。
そして、負極集電体14と積層することにより、負極13を製造することができる。
【0050】
また、上記炭素材100重量部に対して、有機高分子結着剤(ポリエチレン、ポリプロピレンなどを含むフッ素系高分子、ブチルゴム、ブタジエンゴムなどのゴム状高分子など)1〜30重量部、および適量の粘度調整用溶剤(N−メチル−2−ピロリドン、ジメチルホルムアミドなど)を添加して混練して、スラリー状にした混合物を負極材12として用い、これを負極集電体14に塗布、成形することにより、負極13を製造することもできる。
【0051】
電解液16としては、非水系溶媒に電解質となるリチウム塩を溶解したものが用いられる。
この非水系溶媒としては、プロピレンカーボネート、エチレンカーボネート、γ−ブチロラクトンなどの環状エステル類、ジメチルカーボネートやジエチルカーボネートなどの鎖状エステル類、ジメトキシエタンなどの鎖状エーテル類などの混合物などを用いることができる。
電解質としては、LiClO4、LiPF6などのリチウム金属塩、テトラアルキルアンモニウム塩などを用いることができる。また、上記塩類をポリエチレンオキサイド、ポリアクリロニトリルなどに混合し、固体電解質として用いることもできる。
【0052】
セパレータ18としては、特に限定されないが、例えばポリエチレン、ポリプロピレンなどの多孔質フィルム、不織布などを用いることができる。
【0053】
正極21において、正極材20としては特に限定されないが、例えばリチウムコバルト酸化物(LiCoO2)、リチウムニッケル酸化物(LiNiO2)、リチウムマンガン酸化物(LiMn24)などの複合酸化物や、ポリアニリン、ポリピロールなどの導電性高分子などを用いることができる。
正極集電体22としては、例えばアルミニウム箔を用いることができる。
そして、本実施形態における正極21は、既知の正極の製造方法により製造することができる。
【0054】
なお、本発明は前述の実施形態に限定されるものではなく、本発明の目的を達成できる範囲での変形、改良等は本発明に含まれるものである。
【実施例】
【0055】
以下、本発明を実施例により説明する。しかし、本発明は実施例に限定されるものではない。又、各実施例、比較例で示される「部」は「重量部」、「%」は「重量%」を示す。
【0056】
はじめに、以下の実施例、比較例における測定方法を説明する。
(1.陽電子寿命法による陽電子寿命の測定方法)
陽電子・ポジトロニウム寿命測定・ナノ空孔計測装置(産業技術総合研究所製)を用いて、陽電子が消滅する際に発生する電磁波(消滅γ線)を測定し、陽電子寿命を測定した。
具体的には、以下のようである。
(A)陽電子線源:産業技術総合研究所 計測フロンティア研究部門の電子加速器を用 いて、電子・陽電子対生成から陽電子を発生(前記電子加速器は、 ターゲット(タンタル)に電子ビームを照射して、電子・陽電子対生 成を引きおこし、陽電子を発生)
(B)ガンマ線検出器:BaFシンチレーターおよび光電子増倍管
(C)測定温度及び雰囲気:25℃、真空中(1×10−5Pa(1×10−7Torr))
(D)消滅γ線カウント数:3×10以上
(E)陽電子ビームエネルギー:10keV
(F)試料サイズ:粉末を試料ホルダ(アルミ板)に厚み0.1mmで塗布
【0057】
(2.7Li核−固体NMR法)
下記のようにして製造した炭素電極を正極に、リチウムを負極に用いた非水溶媒系二次電池を作成した。
炭素材90重量部、ポリフッ化ビニリデン10重量部に、N−メチル−2−ピロリドンを加えてペースト状とし、フィルム上に均一に塗布し、乾燥、プレスをかけた後、フィルムから剥離させ直径16mmの円板状に打ち抜き炭素電極(ここでは正極)とした。
負極には、厚さ1mmの金属リチウム薄膜を直径16mmの円板状に打ち抜いたものを使用し、電解液には、ジエチルカーボネートとエチレンカーボネートを容量比で1:1で混合した混合溶媒に1モル/リットルの割合でLiPF6を加えたものを、セパレータにはポリプロピレン製微細孔膜を使用した。
次に、前記の作製した電池を用いて電流密度0.2mA/cm2の電気量でリチウムが析出するまで充電することでリチウムイオンが満充電状態でドープした炭素電極を得た。
ドープ終了後は、2時間休止した後、アルゴン雰囲気下で炭素電極を取り出し、電解液を拭き取った炭素電極を全てNMR用サンプル管に充填した。
NMR分析は、日本電子製JNM−ECA400によりMAS−Li−NMRの測定を行った。測定に際して、塩化リチウムを基準物質として、これを0ppmに設定した。
【0058】
(3.平均面間隔(d002)、c軸方向の結晶子の大きさ(Lc))
島津製作所製・X線回折装置「XRD−7000」を使用して平均面間隔を測定した。
炭素材のX線回折測定から求められるスペクトルより、平均面間隔d002を以下のBragg式より算出した。
λ=2dhklsinθ Bragg式 (dhkl=d002
λ:陰極から出力される特性X線Kα1の波長
θ:スペクトルの反射角度
また、Lcは以下のようにして測定した。
X線回折測定から求められるスペクトルにおける002面ピークの半値幅と回折角から次のScherrerの式を用いて決定した。
Lc=0.94 λ /(βcosθ) ( Scherrerの式)
Lc:結晶子の大きさ
λ:陰極から出力される特性X線Kα1の波長
β:ピークの半値幅( ラジアン)
θ:スペクトルの反射角度
【0059】
(4.比表面積)
ユアサ社製のNova−1200装置を使用して窒素吸着におけるBET3点法により測定した。具体的な算出方法は、前記実施形態で述べた通りである。
【0060】
(5.炭素含有率、窒素含有率)
パーキンエルマー社製・元素分析測定装置「PE2400」を用いて測定した。測定試料を、燃焼法を用いてCO、HO、及びNに変換した後に、ガス化した試料を均質化した上でカラムを通過させる。これにより、これらのガスが段階的に分離され、それぞれの熱伝導率から、炭素、水素、及び窒素の含有量を測定した。
ア)炭素含有率
得られた炭素材を、110℃/真空中、3時間乾燥処理後、元素分析測定装置を用いて炭素組成比を測定した。
イ)窒素含有率
得られた炭素材を、110℃/真空中、3時間乾燥処理後、元素分析測定装置を用いて窒素組成比を測定した。
【0061】
(6.充電容量、放電容量、充放電効率)
(1)二次電池評価用二極式コインセルの製造
各実施例、比較例で得られた炭素材100部に対して、結合剤としてポリフッ化ビニリデン10部、希釈溶媒としてN−メチル−2−ピロリドンを適量加え混合し、スラリー状の負極混合物を調製した。調製した負極スラリー状混合物を18μmの銅箔の両面に塗布し、その後、110℃で1時間真空乾燥した。真空乾燥後、ロールプレスによって電極を加圧成形した。これを直径16.156mmの円形として切り出し負極を作製した。
正極はリチウム金属を用いて二極式コインセルにて評価を行った。電解液として体積比が1:1のエチレンカーボネートとジエチルカーボネートの混合液に過塩素酸リチウムを1モル/リットル溶解させたものを用いた。
【0062】
(2)充電容量、放電容量の評価
充電条件は電流25mA/gの定電流で1mVになるまで充電した後、1mV保持で1.25mA/gまで電流が減衰したところを充電終止とした。また、放電条件のカットオフ電位は 1.5Vとした。
【0063】
(3)充放電効率の評価
上記(2)で得られた値をもとに、下記式により算出した。
充放電効率(%)=[放電容量/充電容量]×100
【0064】
(実施例1)
樹脂組成物として、フェノール樹脂PR−217(住友ベークライト(株)製)を以下の工程(a)〜(f)の順で処理を行い、炭素材を得た。
(a)還元ガス置換、不活性ガス置換、還元ガス流通、不活性ガス流通のいずれも無し
で、室温から500℃まで、100℃/時間で昇温
(b)還元ガス置換、不活性ガス置換、還元ガス流通、不活性ガス流通のいずれも無し
で、500℃で2時間脱脂処理後、冷却
(c)振動ボールミルで微粉砕
(d)不活性ガス(窒素)置換および流通下、室温から1200℃まで、100℃/時
間で昇温
(e)不活性ガス(窒素)流通下、1200℃で8時間炭化処理
(f)不活性ガス(窒素)流通下、600℃まで自然放冷後、600℃から100℃以
下まで、100℃/時間で冷却
【0065】
(実施例2)
実施例1においてフェノール樹脂にかえて、アニリン樹脂(以下の方法で合成したもの)を用いた。
アニリン100部と37% ホルムアルデヒド水溶液697部、蓚酸2部を攪拌装置及び冷却管を備えた3つ口フラスコに入れ、100℃で3時間反応後、脱水し、アニリン樹脂110部を得た。得られたアニリン樹脂の重量平均分子量は約800であった。
以上のようにして得られたアニリン樹脂100部とヘキサメチレンテトラミン10部を粉砕混合し得られた樹脂組成物を、実施例1と同様の工程で処理を行い、炭素材を得た。
【0066】
(実施例3)
実施例2と同様の樹脂組成物を使用した。
また、樹脂組成物の処理に際して、実施例2の(d)、(e)の工程を以下のようにした点以外は、実施例2と同様にして炭素材を得た。
(d)不活性ガス(窒素)置換および流通下、室温から1100℃まで、100℃/時
間で昇温
(e)不活性ガス(窒素)流通下、1100℃で8時間炭化処理
【0067】
(実施例4)
実施例3において、樹脂組成物をTGP1000(大阪化成(株)製)にかえた点以外は、実施例3と同様な工程で処理を行い、炭素材を得た。
【0068】
(比較例1)
黒鉛(メソフェーズカーボンマイクロビーズ)から構成される炭素材を用意した。
【0069】
(比較例2)
ノボラック型フェノール樹脂(住友ベークライト(株)製PR−53195)30部、ヘキサメチレンテトラミン3部、メラミン樹脂70部を粉砕混合して樹脂組成物を調製した。
得られた樹脂組成物を、以下の工程で処理を行い、炭素材を得た。なお、(e)の工程後は、自然放冷とした。
(a)還元ガス置換、不活性ガス置換、還元ガス流通、不活性ガス流通のいずれも無し
で、100℃から200℃まで、20℃/時間で昇温
(b)還元ガス置換、不活性ガス置換、還元ガス流通、不活性ガス流通のいずれも無し
で、200℃で1時間熱処理
(c)振動ボールミルで微粉砕
(d)窒素雰囲気下にて室温から1200℃まで10℃/時間で昇温
(e)窒素雰囲気下にて1200℃で10時間炭化処理
【0070】
(比較例3)
アントラキノール135重量部、37%ホルムアルデヒド水溶液40重量部、25%
硫酸水溶液2重量部、およびメチルイソブチルケトン150重量部を攪拌機および冷却管を備えた3つ口フラスコに入れ、100℃で3時間反応後、反応温度を150℃に上昇して脱水し、多環フェノール樹脂90重量部を得た。
得られた多環フェノール樹脂100重量部に対してヘキサメチレンテトラミンを10重量部の割合で添加したものを粉砕混合した後、還元ガス置換、不活性ガス置換、還元ガス流通、不活性ガス流通のいずれも無しで、200℃にて5時間硬化処理を行った。硬化処理後、窒素雰囲気下にて昇温し、1000℃到達後10時間の炭化処理を行い、自然放冷して炭素材を得た。
【0071】
(比較例4)
樹脂組成物にTGP1000(大阪化成(株)製)を使用し、
(a)〜(h)の順で処理を行い、炭素材を得た。
(a)還元ガス置換、不活性ガス置換、還元ガス流通、不活性ガス流通のいずれも無し
で、室温から500℃まで、100℃/時間で昇温
(b)還元ガス置換、不活性ガス置換、還元ガス流通、不活性ガス流通のいずれも無し
で、500℃で2時間脱脂処理後、冷却
(c)振動ボールミルで微粉砕
(d)不活性ガス(窒素)置換および流通下、室温から500℃まで、100℃/時間
で昇温
(e)不活性ガス(窒素)流通下、800℃まで5℃/時間で昇温
(f)不活性ガス(窒素)流通下、1100℃まで100℃/時間で昇温
(g)不活性ガス(窒素)流通下、1100℃で8時間炭化処理
(h)不活性ガス(窒素)流通下、600℃まで自然放冷後、600℃から100℃以
下まで、100℃/時間で冷却
【0072】
上記実施例、比較例で得られた炭素材について、陽電子寿命、Li−NMR、平均面間隔、結晶子の大きさ、比表面積、炭素含有率、窒素含有率を測定した。結果を表1に示す。
また、上記実施例、比較例で得られた炭素材を負極として使用した場合の充電容量、放電容量、充放電効率を同じく表1に示す。
【0073】
【表1】

【0074】
陽電子消滅法により測定した陽電子寿命が370ピコ秒以上、480ピコ秒以下であり、7Li核−固体NMRにより測定したピークシフト位置が60ppm〜80ppmである実施例1〜4では、いずれも充電容量、放電容量が非常に高く、また、充放電効率も78%以上と高いものとなった。すなわち、本願発明のリチウムイオン二次電池用炭素材は、黒鉛や従来の難黒鉛材ではなし得ない、充電容量、放電容量の絶対値が高いことに加え、充放電効率も良好なものであることがわかる。
また、陽電子寿命が370ピコ秒以上、480ピコ秒以下、ピークシフト位置が60ppm〜80ppmであることに加え、窒素原子を1wt%以上5wt%以下含む実施例2、3では、放電容量も高いものとなった。
実施例2、3では、広角X線回折法からBragg式を用いて算出される(002)面の平均面間隔dが3.4Å以上、3.9Å以下であり、陽電子寿命が370ピコ秒以上、480ピコ秒以下であるため、可逆的にリチウムイオンを吸蔵・放出することができる有効なサイズの空孔が形成され、ピークシフト位置が60ppm〜80ppmであるため、炭素材内部の非晶質、結晶質の部分が適切に制御されていることに加え、炭素材が窒素原子を1wt%以上5wt%以下含むことで、最適量の窒素含量に起因する電気陰性度により、炭素材に好適な電気的特性を付与することができると考えられる。これにより、リチウムイオンの吸蔵・放出を促進させ、高い充放電特性が得られると推測される。
一方、比較例1では、陽電子寿命が370ピコ秒以下、7Li核−固体NMR主共鳴ピークが60ppm以下であるため、充電容量、放電容量いずれも低い値となり、比較例2では、7Li核−固体NMR主共鳴ピークは60〜80ppmの範囲内であるものの、陽電子寿命が524ピコ秒と非常に大きい値であり、充放電効率が非常に低いものとなった。また、比較例3では、7Li核−固体NMR主共鳴ピークは60〜80ppmの範囲内であるものの、陽電子寿命が362ピコ秒と非常に小さい値であり、充電容量、放電容量ともに小さくなってしまった。さらに、比較例4では、陽電子寿命が370ピコ秒以上、480ピコ秒以下であるものの、7Li核−固体NMR主共鳴ピークが88ppmと非常に大きい値となり、充放電効率が非常に低いものとなった。
【符号の説明】
【0075】
10 二次電池
12 負極材
14 負極集電体
13 負極
20 正極材
22 正極集電体
21 正極
16 電解液
18 セパレータ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
充放電効率が非常に低いものとなった。リチウムイオン二次電池用炭素材であって、
以下の条件(A)〜(E)のもと、陽電子消滅法により測定した該炭素材の陽電子寿命が370ピコ秒以上、480ピコ秒以下であり、
(A)陽電子線源: 電子加速器を用いて電子・陽電子対から陽電子を発生
(B)ガンマ線検出器: BaFシンチレーターおよび光電子増倍管
(C)測定温度及び雰囲気: 25℃、真空中
(D)消滅γ線カウント数: 3×10以上
(E)陽電子ビームエネルギー:10KeV
かつ、前記炭素材に満充電状態となるまで電気化学的にリチウムをドープし、7Li核−固体NMR分析を行ったとき、基準物質である塩化リチウムの共鳴線に対して低磁場側に60ppm〜80ppmシフトした主共鳴ピークが観測されることを特徴とするリチウムイオン二次電池用炭素材。
【請求項2】
請求項1に記載のリチウムイオン二次電池用炭素材において、
広角X線回折法からBragg式を用いて算出される(002)面の平均面間隔dが3.4Å以上、3.9Å以下であり、c軸方向の結晶子の大きさLcが8Å以上、50Å以下であるリチウムイオン二次電池用炭素材。
【請求項3】
請求項1または2に記載のリチウムイオン二次電池用炭素材において、
窒素吸着におけるBET3点法による比表面積が15m/g以下、1m/g以上であるリチウムイオン二次電池用炭素材。
【請求項4】
請求項1乃至3のいずれかに記載のリチウムイオン二次電池用炭素材において、
炭素原子を95wt%以上含み、かつ、炭素原子以外の元素として、窒素原子を0.5wt%以上、5wt%以下含むものであるリチウムイオン二次電池用炭素材。
【請求項5】
請求項1乃至4のいずれかに記載のリチウムイオン二次電池用炭素材を含むリチウムイオン二次電池用負極材。
【請求項6】
請求項5に記載のリチウムイオン二次電池用負極材を含むリチウムイオン二次電池。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−198690(P2011−198690A)
【公開日】平成23年10月6日(2011.10.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−66354(P2010−66354)
【出願日】平成22年3月23日(2010.3.23)
【出願人】(000002141)住友ベークライト株式会社 (2,927)
【Fターム(参考)】