説明

リチウムイオン二次電池用負極及びその製造方法

【課題】 活物質層を低抵抗とすることで優れたサイクル性能を有するリチウムイオン二次電池用負極及びその製造方法を提供する。
【解決手段】集電体1と集電体1の表面にバインダ5を介して活物質2を固定させてなる活物質層8とを有するリチウムイオン二次電池用負極において、活物質2はSiおよび/またはSnを含み、活物質層8は、有機金属錯体3を加熱して得られた変性有機金属錯体6及び/または金属単体を含み、変性有機金属錯体6及び金属単体は、Liと合金化せず、かつ1×10S/mより高い導電率を有することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リチウムイオン二次電池用負極及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
電子機器の小型化、軽量化が進み、その電源としてエネルギー密度の高い二次電池が望まれている。二次電池とは、電解質を介した化学反応により正極活物質と負極活物質が持つ化学エネルギーを外部に電気エネルギーとして取り出すものである。このような二次電池において、実用化されているなかで高いエネルギー密度を持つ二次電池はリチウムイオン二次電池である。
【0003】
リチウムイオン二次電池には、正極の活物質として主にリチウムコバルト複合酸化物等のリチウム含有金属複合酸化物が用いられ、負極の活物質としてはリチウムイオンの層間への挿入(リチウム層間化合物の形成)及び層間からのリチウムイオンの放出が可能な多層構造を有する炭素材料が主に用いられている。
【0004】
正、負極の極板は、これらの活物質とバインダ樹脂と導電材とを溶剤に分散させてスラリーとしたものを集電体である金属箔上に両面塗布し、溶剤を乾燥除去して合剤層を形成後、これをロールプレス機で圧縮成形して作製されている。
【0005】
また近年リチウムイオン二次電池の負極活物質として炭素材料の理論容量を大きく超える充放電容量を持つ次世代の負極活物質の開発が進められている。例えば、SiやSnなどリチウムと合金化可能な金属を含む材料が期待されている。
【0006】
これらのSiやSnなどの活物質は電子伝導性が悪い。負極の導電性が悪いと、電極の内部抵抗が上がるため、サイクル特性が劣化する。そのため、導電材として黒鉛やカーボンブラック等の炭素材を活物質層に添加するのが一般的である。しかし、炭素材を用いた導電材を増量してもある程度の所で抵抗が下がらなくなる。
【0007】
また、SiやSnなどを活物質に用いる場合、これらの材料は、充放電時のLiの吸蔵・放出に伴う体積変化が大きいため、集電体との接着状態を良好に維持することが難しい。また、これらの材料はLiの挿入、脱離に伴う体積変化率が非常に大きく、充放電サイクルによって膨張、収縮を繰り返し、活物質粒子が微粉化したり、脱離したりするため、サイクル劣化が非常に大きいという欠点がある。
【0008】
上記のようにサイクル特性を向上させるため、例えば、活物質を剥離、脱落しにくくするために様々なバインダ樹脂や活物質の組み合わせが検討されている。
【0009】
特許文献1では、バインダ樹脂としてアルコキシル基含有樹脂を用いる二次電池用電極が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2009−43678号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】

サイクル特性を向上させるために、特許文献1に記載のように活物質と、それを結着させるバインダ樹脂との組み合わせや、導電材についても各種検討されているが、サイクル性能がより優れた活物質を用いたリチウムイオン二次電池用負極が求められている。
【0012】
本発明は、このような事情に鑑みて為されたものであり、低抵抗とすることで優れたサイクル性能を有するリチウムイオン二次電池用負極及びその製造方法を提供することを目的とする。また、リチウムの吸蔵・放出に伴う体積変化が大きい活物質の集電体からの剥離、脱落を抑制することで優れたサイクル性能を有するリチウムイオン二次電池用負極及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者等が鋭意検討した結果、活物質層が有機金属錯体を加熱して得られた変性有機金属錯体及び/または金属単体を含み、変性有機金属錯体及び金属単体は、Liと合金化せず、かつ1×10S/mより高い導電率を有すると優れたサイクル性能を有するリチウムイオン二次電池用負極を提供することが出来ることを見いだした。
【0014】
すなわち、本発明のリチウムイオン二次電池用負極は、集電体と集電体の表面にバインダを介して活物質を固定させてなる活物質層とを有するリチウムイオン二次電池用負極において、活物質はSiおよび/またはSnを含み、活物質層は、変性有機金属錯体及び/または金属単体を含み、変性有機金属錯体及び金属単体は、Liと合金化せず、かつ1×10S/mより高い導電率を有することを特徴とする。
【0015】
変性有機金属錯体とは、有機金属錯体の加熱によって、有機金属錯体の少なくとも一部の有機物が消失したものを指す。また金属単体は、有機金属錯体の加熱によって、有機金属錯体のすべての有機物が消失したものを指す。つまり変性有機金属錯体及び金属単体は、有機金属錯体を加熱して得られたものである。
【0016】
この変性有機金属錯体及び金属単体は、1×10S/mより高い導電率を有する。従ってこれらを活物質層に含むことにより、導電材として黒鉛(導電率1×10S/m)を用いるよりも負極をより低抵抗とすることが出来る。
【0017】
また有機金属錯体は金属粉末そのものよりも活物質層に分散しやすい。金属粉末の場合は、バインダと優先的に結着することで塊が発生する。そのため、金属粉末を活物質層に均一に分散することができない。それに対して有機金属錯体は塊が発生せず、活物質層に均一に分散することができる。
【0018】
そのため、この変性有機金属錯体及び金属単体は、活物質層に良好に分散させることが出来る。従って、活物質層を良好に低抵抗とすることができる。
【0019】
また加熱によって有機金属錯体の有機物の少なくとも一部を消失させるときに、変性有機金属錯体または金属単体のまわりに空隙が形成される。そのため、活物質層は分散された空隙を含む。この空隙は、充放電時のLiの吸蔵・放出に伴う上記活物質の体積変化を吸収して活物質の剥離、脱落を抑制していると考えられる。
【0020】
ここで、図1(a)(b)を用いて活物質層の成り立ちを説明する。図1(a)には、集電体1上に、活物質2と、有機金属錯体3と、導電材4と、バインダ樹脂5とが塗布されているところが記載されている。図1(b)には、図1(a)に示された集電体に塗布された有機金属錯体3やバインダ樹脂5を熱処理することによって、有機金属錯体3が有機物を消失して変性有機金属錯体6になり、空隙7が形成されたことが示されている。また、熱処理により硬化したバインダ樹脂5を介して活物質2と変性有機金属錯体6と導電材4とが集電体1に固定され、集電体1上に活物質層8が形成される。図1(a)及び(b)は模式図であり、大きさ、形状は正確なものではない。
【0021】
この図1(b)に示すように、得られた活物質層8には変性有機金属錯体6が分散しており、尚かつ空隙7も分散して存在していると考える。また、図1(b)では、変性有機金属錯体6として記載しているが、これは有機物が全て消失した金属単体であってもよい。
【0022】
この変性有機金属錯体6及び金属単体はLiと合金化せず、かつ1×10S/mより高い導電率を有する。このように導電率の高い変性有機金属錯体6又は金属単体が活物質層8に分散することによって活物質層8の導電率が上がり、低抵抗となる。
【0023】
また、分散された空隙は、活物質の膨張収縮による体積変化を吸収出来ると考えられ、そのため活物質の集電体からの剥離、脱落を抑制出来ると考えられる。
【0024】
また、上記有機金属錯体に含まれる金属は、Cu,Ni,Co,Ti,Fe,Cd,Ga,Mn,Mo,Pt,Na,Cr,V,Pd及びWから選ばれる少なくとも一つであることが好ましい。
【0025】
特に上記金属は、Cu、Na、Mo、Coがより好ましい。Cu、Na、Mo、Coは、Liと合金化せず、上記金属の中でも導電率が高い。Cuの導電率は65×10S/m、Naの導電率は21×10S/m、Moの導電率は19×10S/m、Coの導電率は17×10S/mである。Cuの導電率は、黒鉛の導電率の約60倍にあたる。その導電率の高さから、上記金属は、Cuがより好ましい。
【0026】
また、上記変性有機金属錯体または金属単体は粒子径が0.01μm〜10μmであることが好ましい。特に粒子径が0.05μm〜2μmであることが好ましい。
【0027】
粒子径が小さすぎると、粒子同士が離れ離れになる確率が高い。そのため導電ネットワークが切れて、活物質層の導電性が低下する。また、粒子径が大きすぎると、活物質に接触する面積が低下して活物質への導電パスが低下し、その結果、活物質層の導電性が低下する。
【0028】
また、上記活物質層は、有機金属錯体の有機物の少なくとも一部を消失させて形成された空隙を5%〜40%含むと好ましい。特に空隙を15%〜30%含むとより好ましい。
この範囲の空隙を有することにより、活物質の膨張、収縮による体積変化を吸収することが出来る。
【0029】
また、本発明のリチウムイオン二次電池用電極の製造方法は、集電体の表面に、ポリイミド樹脂あるいはアルコキシル基含有シラン変性ポリアミック酸樹脂からなるバインダ樹脂と、Siおよび/またはSnを含む活物質と、Liと合金化せず1×10S/mより高い導電率を有する金属を含む有機金属錯体と、を塗布する塗布工程と、集電体に塗布された有機金属錯体及びバインダ樹脂を350℃以上500℃以下で加熱して、有機金属錯体の有機物の少なくとも一部を消失させ、かつバインダ樹脂を硬化して活物質を集電体の表面に固定する硬化工程と、を有することを特徴とする。
【0030】
バインダ樹脂にポリイミド樹脂あるいはアルコキシル基含有シラン変性ポリアミック酸樹脂を用いることにより、ポリイミド骨格を有するバインダ樹脂とすることが出来る。
バインダ樹脂がポリイミド骨格を持つため、バインダ樹脂の強度が強く耐熱性及び耐久性に優れる。
【0031】
また、アルコキシル基含有シラン変性ポリアミック酸樹脂は、樹脂とシリカのハイブリッド体であり、無機成分である集電体や活物質、導電材及び有機金属錯体とも密着性がよく、集電体に活物質、導電材等を強固に保持できる。
【0032】
また、バインダ樹脂にポリイミド骨格を有する樹脂を用いた場合、スラリーに金属粉末等をそのまま混入し分散させようとしても、凝集してしまい分散出来ない。その点、本発明では金属粉末の代わりに有機金属錯体を用いるので、バインダ樹脂に容易かつ良好に分散させることが出来る。
【0033】
上記硬化工程において、集電体に塗布された有機金属錯体及びバインダ樹脂は350℃以上500℃以下で加熱される。この温度範囲とすることによって、有機金属錯体の有機物のうち少なくとも一部を消失出来、またバインダ樹脂を分解させない。このとき、消失するとは具体的には有機物が昇華によって消失することを指す。
【0034】
350℃未満では、有機物が消失せず、活物質層の導電性が上昇しない。そのため電極抵抗が高くなる。また、500℃を超えると、バインダが分解し、サイクル特性が低下する。
【0035】
有機金属錯体の有機物は、殆ど消失しているほうが好ましいので、集電体に塗布された有機金属錯体及びバインダ樹脂は440℃以上480℃以下で加熱されることがより好ましい。
【0036】
また、上記金属はCu,Ni,Co,Ti,Fe,Cd,Ga,Mn,Mo,Pt,Na,Cr,V,Pd及びWから選ばれる少なくとも一つであることが好ましい。
【0037】
また、有機金属錯体はフタロシアニン誘導体からなることが好ましい。
【0038】
例えば、有機金属錯体として、銅フタロシアニン(CuPc)、(例えば、Copper(II) 1,2,3,4,8,9,10,11,15,16,17,18,22,23,24,25-hexadecafluoro-29H,31H-phthalocyanine、Copper(II) 1,2,3,4,8,9,10,11,15,16,17,18,22,23,24,25-hexadecachloro-29H,31H-phthalocyanine、Copper(II) 1,4,8,11,15,18,22,25-octabutoxy-29H,31H-phthalocyanine、Copper(II) 2,3,9,10,16,17,23,24-octakis(octyloxy)-29H,31H-phthalocyanine、Copper(II) 2,9,16,23-tetra-tert-butyl-29H,31H-phthalocyanine、Copper(II) 3,10,17,24-tetra-tert-butyl-1,8,15,22-tetrakis(dimethylamino)-29H,31H-phthalocyanine、Copper(II) 4,4′,4′′,4′′′-tetraaza-29H,31H-phthalocyanine、Copper phthalocyanine-3,4′,4″,4″′-tetrasulfonic acid tetrasodiumsalt 、Copper(II) phthalocyanine-tetrasulfonic acid tetrasodiumsalt 、Copper(II) tetrakis(4-cumylphenoxy)phthalocyanine)、ニッケルフタロシアニン(NiPc)、コバルトフタロシアニン(CoPc)、(例えば、Cobalt(II) 1,2,3,4,8,9,10,11,15,16,17,18,22,23,24,25-hexadecafluoro-29H,31H-phthalocyanine)、チタニルフタロシアニン(TiOPc)、2塩化チタンフタロシアニン(TiClPc)、鉄フタロシアニン(FePc)、塩化鉄フタロシアニン(ClFePc)、(例えば、Iron(II) 1,2,3,4,8,9,10,11,15,16,17,18,22,23,24,25-hexadecachloro-29H,31H-phthalocyanine)、カドミウムフタロシアニン(CdPc)、ガリウムフタロシアニン(GaPc)、塩化ガリウムフタロシアニン(ClGaPc)、マンガンフタロシアニン(MnPc)、塩化マンガンフタロシアニン(ClMnPc)、モリブデンフタロシアニン(MoPc)、白金フタロシアニ(PtPc)、ナトリウムフタロシアニン(NaPc)、クロムフタロシアニン(CrPc)、バナジウムフタロシアニン(VPc)、パラジウムフタロシアニン(PdPc)、テトラフェニルポルフィリン銅(TPP−Cu)、テトラフェニルポルフィリンコバルト(TPP−Co)、テトラフェニルポルフィリンニッケル(TPP−Ni)、モリブデンポルフィリン、Platinum octaethylporphyrin、チタンポルフィリン、バナジウムポルフィリン、鉄ポルフィリン、カドミウムポルフィリンが好ましい。 中心金属の導電性が高いため、銅フタロシアニン(CuPc)、モリブデンフタロシアニン(MoPc)、コバルトフタロシアニン(CoPc)、ナトリウムフタロシアニン(NaPc)、テトラフェニルポルフィリン銅(TPP−Cu)がより好ましい。
【0039】
また、活物質、バインダ樹脂、及び有機金属錯体の総量を100質量%としたときに、有機金属錯体は5質量%以上65質量%以下であることが好ましい。
【0040】
活物質の量を減らすと、電極の持つ電気容量が下がる。しかし、活物質の量を増やしても、サイクル特性がでないと容量規制を行うことになり、活物質が実際にもっている電気容量を全て活用出来るわけではない。そのため、活物質の量を減らしても有機金属錯体を入れることによって、サイクル特性が上がり、結果的に高容量の電極とすることが出来る。有機金属錯体の配合量を上記範囲とすることによってサイクル特性の優れた負極とすることが出来る。
【0041】
さらに有機金属錯体は、25質量%以上40質量%以下であるとより好ましい。この範囲の有機金属錯体を配合させることによって、最適な導電ネットワークを構築することが出来る。
【0042】
このような製造方法によれば、負極の抵抗を下げることが出来るとともに、活物質が集電体表面から剥離、脱落するのを抑制できる。そのため、サイクル特性に優れたリチウムイオン二次電池用負極を製造することが出来る。
【発明の効果】
【0043】
本発明のリチウムイオン二次電池用負極によれば、優れたサイクル特性を発揮することが出来る。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】(a)及び(b)は、本発明のリチウムイオン二次電池用負極を説明する模式図である。
【図2】試験例3の負極のSEM写真を示す。
【図3】試験例1の負極のSEM写真を示す。
【図4】試験例1及び試験例2のモデル電池について、サイクル数と容量維持率(%)との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0045】
本発明のリチウムイオン二次電池用負極は、集電体と、集電体の表面にバインダ樹脂と、Siおよび/またはSnを含む活物質と、変性有機金属錯体及び/または金属単体を含む。
【0046】
集電体とは放電或いは充電の間、電極に電流を流し続けるための化学的に不活性な電子高伝導体のことである。集電体は電子高伝導体で形成された箔、板、メッシュ等の形状となる。目的に応じた形状であれば特に限定されない。例えば、集電体としては、ステンレス鋼、チタン、ニッケル、アルミニウム、銅などの金属材料または導電性樹脂からなる多孔性または無孔の導電性基板が挙げられる。多孔性導電性基板としては、たとえば、メッシュ体、ネット体、パンチングシート、ラス体、多孔質体、発泡体、不織布などの繊維群成形体、などが挙げられる。無孔の導電性基板としては、たとえば、箔、シート、フィルムなどが挙げられる。
【0047】
活物質とは、充電反応及び放電反応などの電極反応に直接寄与する物質のことである。本発明の活物質は、リチウムを挿入、脱離可能なSiおよび/またはSnである。
【0048】
一般的に負極の活物質に用いられるカーボンの理論容量が372mAhg−1であるのに対し、Siの理論容量は4200mAhg−1、Snは994mAhg−1である。このように従来用いられるカーボンに比べてSi及びSnは大容量の理論容量を有する。
【0049】
ただし、カーボン系材料に比べてSi、Snはリチウムの挿入に伴う体積変化が2倍以上ある。具体的には、Si、Snの場合、リチウムの挿入によって体積はもとの体積の約4倍となる。SiおよびSnは粉体形状であり、その粉体粒子径は100μm以下が好ましい。またSiおよびSnの粉体粒子径は、0.01μm以上10μm以下がより好ましい。
【0050】
有機金属錯体とは、金属を含む有機錯体を指す。金属元素の周りに配位子となる有機物が共有結合および配位結合している構造となる。フタロシアン(C3216)、ポルフィリン(C2014)、エチレンジアミン4酢酸、クエン酸等を配位子とする有機金属錯体が好適に用いることが出来る。
【0051】
変性有機金属錯体及び金属単体は、Liと合金化せず、かつ1×10S/mより高い導電率を有する。変性有機金属錯体とは、有機金属錯体の加熱によって、有機金属錯体の少なくとも一部の有機物が消失したものを指す。また、金属単体は、有機金属錯体の加熱によって、有機金属錯体のすべての有機物が消失したものを指す。この消失とは有機物が昇華していることを意味する。
【0052】
有機金属錯体の少なくとも一部の有機物を消失させるためには、バインダ樹脂がポリイミド骨格を有するものを用いた場合は、真空中(10Pa以下の減圧下)で350℃〜500℃の温度で加熱することが好ましい。350℃より低い温度では、有機金属錯体は、分解も昇華もせず、初期の状態を保ったままである。500℃より高い温度の場合、バインダが分解してしまうため、サイクル特性が悪くなる。
【0053】
バインダがポリイミドで有機金属錯体がCuPcの場合は、450℃〜480℃で加熱するとよい。
【0054】
この時、有機金属錯体中の有機物は、その少なくとも一部が消失されていればいいが、有機物のほぼ全部が消失していることが望ましい。有機物全部が消失する状態とは、有機金属錯体が、金属単体となることを指す。
【0055】
有機物の少なくとも一部が消失されていることにより、変性された有機金属錯体は金属元素の周りに有機物が消失して出来た空隙が形成されている状態となる。
【0056】
有機金属錯体として、金属原子を分子内に含有している金属フタロシアニン誘導体、金属ポルフィリン誘導体、金属エチレンジアミン誘導体、金属クエン酸誘導体が挙げられる。これらを用いることによって分子レベルで金属原子が分散された活物質層を容易に得ることが出来る。
【0057】
有機金属錯体に含まれる金属として、Cu,Ni,Co,Ti,Fe,Cd,Ga,Mn,Mo,Pt,Na,Cr,V,Pd及びWが例示される。これらはLiと合金化しないため、充放電に関与しない。また、1×10S/mより高い導電率を有するため、黒鉛よりも高い導電率を有する。特に上記金属は、Cu、Na、Mo、Coがより好ましい。
【0058】
充放電反応において、リチウムイオンの授受と同時に活物質と集電体との電子の授受が必要不可欠である。そのため、活物質層の電子伝導性を向上させることによってサイクル特性の劣化を抑制出来る。
【0059】
また、本発明のリチウムイオン二次電池用負極の製造方法は、塗布工程と硬化工程とを有する。
【0060】
塗布するとは集電体にバインダ樹脂、活物質及び有機金属錯体を載せることである。塗布方法として、ロールコート法、ディップコート法、ドクターブレード法、スプレーコート法、カーテンコート法など二次電池用電極を作製する際に一般的に用いる塗布方法を用いることが出来る。
【0061】
集電体の表面には上記活物質と合わせて導電材を固定させることも出来る。導電材としては炭素質微粒子であるカーボンブラック、黒鉛、アセチレンブラック、ケッチンブラック、カーボンファイバ等を単独で又は二種以上組み合わせて添加することが出来る。
【0062】
バインダ樹脂はこれらの活物質、有機金属錯体及び導電材を集電体に塗布する際の結着剤として用いられる。バインダ樹脂はなるべく少ない量で活物質等を結着させることが求められ、その量は活物質、導電材、有機金属錯体及びバインダ樹脂を合計したものの5wt%〜20wt%が望ましい。
【0063】
本発明で用いるバインダ樹脂は、特に制限されないが、ポリイミド樹脂あるいはアルコキシル基含有シラン変性ポリアミック酸樹脂が好ましい。
【0064】
アルコキシル基含有シラン変性ポリアミック酸樹脂は樹脂とシリカとのハイブリッド体となっている。樹脂とシリカとのハイブリッド体であることによって無機成分である集電体や活物質及び導電材とも密着性がよく、集電体に活物質や導電材を強固に保持出来る。
上記バインダ樹脂は公知の技術によって合成することが出来る。例えばバインダ樹脂としてアルコキシ基含有シラン変性ポリアミック酸樹脂とする場合、前駆体であるカルボン酸無水物成分とジアミン成分とからなるポリアミック酸と、アルコキシシラン部分縮合物とを反応させて形成することができる。アルコキシシラン部分縮合物は加水分解性アルコキシシランモノマーを、酸又は塩基触媒、及び水の存在下で部分的に縮合させて得られるものが用いられる。この時アルコキシシラン部分縮合物はあらかじめエポキシ化合物と反応させ、エポキシ基含有アルコキシシラン部分縮合物としてからポリアミック酸と反応させてアルコキシ基含有シラン変性ポリアミック酸樹脂を形成してもよい。
【0065】
また、上記のバインダ樹脂は、市販品を好適に用いることが出来る。例えばアルコキシ基含有シラン変性ポリアミック酸樹脂である商品名「コンポセランH800」(荒川化学工業社製)の市販品がある。
【0066】
上記商品名「コンポセランH800」(荒川化学工業社製)の基本骨格の化学式を下記に示す。
【0067】
【化1】

【0068】
塗布工程では、バインダ樹脂と活物質と有機金属錯体とをあらかじめ混合し、溶媒等を加えてスラリーとしてから集電体に塗布することが出来る。使用可能な溶媒としてN−メチル−2−ピロリドン(NMP)、メタノール、メチルイソブチルケトン(MIBK)などが挙げられる。活物質と有機金属錯体とバインダ樹脂にさらに導電材も合わせてスラリーとして塗布してもよい。これらを混合してスラリーとするには、プラネタリーミキサー、脱泡ニーダー、ボールミル、ペイントシェーカー、振動ミル、ライカイ機、アジテーターミル等の一般的な混合装置を使用すればよい。塗布厚みは5μm〜40μmが好ましい。
【0069】
また、バインダ樹脂と活物質と有機金属錯体との混合割合は質量部(wt%)で活物質:有機金属錯体:バインダ樹脂=75:5:20〜30:65:5が好ましい。なお、この混合割合は、それぞれの上限および下限を示している。例えば、活物質の場合、上限は75wt%、下限は30wt%である。導電材を含む場合の混合割合は、活物質:有機金属錯体:導電材:バインダ樹脂:=70:5:5:20〜25:65:5:5が好ましい。
【0070】
硬化工程は、バインダ樹脂を硬化し、かつ有機金属錯体の有機物を消失させる工程である。バインダ樹脂を硬化することによって活物質等を集電体表面に固定する。バインダ樹脂の硬化は、使用するバインダ樹脂の硬化条件に合わせ、また用いた有機金属錯体の少なくとも一部の有機物が消失出来る温度条件で行えばよい。
【0071】
バインダ樹脂としてポリイミド樹脂あるいはアルコキシル基含有シラン変性ポリアミック酸樹脂を用いた場合は、集電体に塗布された有機金属錯体及びバインダ樹脂を真空中において350℃以上500℃以下で加熱する。
【実施例】
【0072】
以下、一実施例を挙げて本発明を更に詳しく説明する。上記した図1(b)に本発明のリチウムイオン二次電池用負極の一部模式説明図を示す。
【0073】
本発明のリチウムイオン二次電池用負極の一実施例は、集電体1の表面にバインダ樹脂5を介して活物質2と変性有機金属錯体6と導電材4とを固定させたものである。すなわち本実施例のリチウムイオン二次電池用負極は集電体1と活物質層8とを有する。
【0074】
バインダ樹脂5は分散された活物質2と分散された変性有機金属錯体6と分散された導電材4と集電体1との間に介在しており、活物質2、変性有機金属錯体6、導電材4及び集電体1をお互いにつなぎ止めている状態となっている。
【0075】
図1(b)は模式図であるので、描かれた形状は正確なものではない。バインダ樹脂5は図1では粉末形状に記載されているが不定形である。また、図1(b)に示すように集電体1の表面はバインダ樹脂5、活物質2、変性有機金属錯体6、及び導電材4によって全面的に覆われているのではなく、各物質と集電体1の表面との間には所々空隙7が存在している。これは活物質層8内に空隙7が存在していることになる。
【0076】
本発明のリチウムイオン二次電池用負極を以下のように作製し、評価用モデル電池を用いて充放電サイクル試験を行った。試験は負極を評価極とした、ラミネートセル型電池を用いた。
【0077】
<評価用電極作製>
負極活物質として、純度99.9%以上の市販のSi粉末(福田金属製、平均粒子径5μm以下、以下Siと称する)を用い、バインダ樹脂として、ポリイミド樹脂(荒川化学製、以下PIと称する)を用い、有機金属錯体として銅フタロシアニン(Aldrich製、銅フタロシアニン),また導電材としてケッチェンブラックインターナショナル社製のKB(ケッチンブラック)(平均粒径:30〜50nm)を用いて電極を作製した。
銅フタロシアニン(以下CuPcと称する)は、平均粒子径2μmの粉末を使用した。
【0078】
試験例1及び試験例3ではポリイミド樹脂をN-メチルピロリドン(NMP)に溶解させたペースト10wt%に、Si粉末50wt%及びCuPc粉末35wt%を入れ、さらにケッチンブラック(KB)5wt%を添加し、混合してスラリ−を調製した。試験例2も同様の操作で、CuPcを用いないで、Si:KB:PI=85:5:10(wt%)の割合で混合し、スラリーを調整した。
【0079】
その後、厚さ18μmの電解銅箔に上記スラリ−を塗布し、ドクターブレードを用いて成膜した。
【0080】
得られたシートを80℃で20分間乾燥してNMPを揮発させて除去した後、ロ−ルプレス機により、電解銅箔からなる集電体と上記複合粉体からなる活物質層を強固に密着接合させた。この密着接合により、活物質層の密度調整も行った。
【0081】
これを矩形状(26mm×31mm)に抜き取り、試験例1は450℃で5時間、試験例2は430℃で5分間、試験例3は、430℃で5分間、真空炉で加熱させて厚さ15μm以下の電極とした。
【0082】
なお、CuPcは真空中で430℃の熱処理では変化しない。その違いをみるために試験例3では、試験例1と同様に得られた負極層を430℃で5分間加熱した。
得られた負極の構成を、説明する。負極は、銅箔からなるシート状の集電体と、集電体の表面に形成された負極活物質層と、からなる。集電体は、矩形状(26mm×31mm)の活物質層塗布部と、活物質層塗布部の隅部から延出するタブ溶接部と、を備える。活物質層塗付部の一方の面には、負極活物質層が形成されている。集電体のタブ溶接部には、ニッケル製のタブを抵抗溶接した。さらに、タブ溶接部には、樹脂フィルムを被着した。
【0083】
<ラミネートセル型電池作製>
正極活物質としてLiCoOを含む正極を、上記の手順で得られた負極の対極として用い、ラミネートセルを作製した。ラミネートセルは、負極、対極およびセパレータが積層されてなる極板群と、極板群を包み込んで密閉するラミネートフィルムと、ラミネートフィルム内に注入される非水電解液と、を備える。
【0084】
対極には、正極活物質としてLiCoO(パイオトレック株式会社製)を含む正極を用いた。この正極は、集電体として厚さ15μmのアルミニウム箔が用いられ、容量は1.6mAh/cm、電極密度は2.8g/cmであった。対極は、負極と同様に、矩形状(25mm×30mm)の活物質層塗付部と、活物質層塗付部の隅部から延出するタブ溶接部と、を備え、いずれもアルミニウム箔からなる構成とした。活物質層塗付部の一方の面には、LiCoOを含む正極活物質層を形成した。タブ溶接部には、アルミニウム製のタブを抵抗溶接した。さらに、タブ溶接部には、樹脂フィルムを被着した。
【0085】
セパレータには、ポリプロピレン樹脂からなる矩形状シート(27mm×32mm、厚さ25μm)を用いた。電極、セパレータ、対極の順に、負極活物質層と正極活物質層とがセパレータを介して対向するように積層して、極板群を構成した。
【0086】
次に、極板群を2枚一組のラミネートフィルムで覆い、三辺をシールした後、袋状となったラミネートフィルムに所定の非水電解液を注入した。その後、残りの一辺をシールすることで、四辺が気密にシールされ、極板群および非水電解液が密閉されたラミネートセルを得た。なお、両極のタブの一部は、外部との電気的接続のため外側へ延出している。
【0087】
非水電解液として、エチレンカ−ボネ−ト(EC)+ジエチルカ−ボネ−ト(DEC)(EC:DEC=1:1(体積比))にLiPF6を1モルの濃度で溶解した溶液を用いた。
【0088】
<ラミネートセル型電池評価>
上記の手順で作製したラミネートセルについて、室温(30℃)にて充放電試験を行った。充放電試験は、0.2Cで4.25VまでCCCV充電(定電流定電圧充電)を10時間行った後、0.2Cで2.6VまでCC放電(定電流放電)を行い100サイクル繰り返した。
【0089】
試験例1及び試験例2のモデル電池について、サイクル数と容量維持率(%)の関係を示すグラフを図4に示す。図4から明らかなように、まず試験例1の電極を評価極とした電池では、試験例2の電極を評価極とした電池に比べて初期充電容量の減少量が小さかった。試験例1では10サイクル目までほぼ100%の容量を維持しているが、試験例2では1サイクル目から90%の容量まで低下していた。また試験例2の100サイクル後の容量維持率が60%程度であるのに対し、試験例1では100サイクル後の容量保持率が74%程度維持されていた。
【0090】
<表面観察>
また試験例1及び試験例3の電極を観察するために、10,000倍のSEM写真をとった。図2及び図3にSEM観察結果の写真を示す。図2は試験例3のSEM写真であり、図3は試験例1のSEM写真である。図2に矢印で示すように、試験例3の電極ではCuPcが変化せずに残っていることがわかった。また図3に矢印及び円で示すように、試験例1ではCuPcは変性して形状を変えており、空隙も見られることがわかった。
【0091】
<抵抗測定>
表1の割合で電極を構成した試験例4,5,6の電極を作成し、製造された電池の抵抗をソーラトロン社製インピーダンス測定装置にて、周波数1,000,000〜0.01Hzに変化させた時のインピーダンスを測定した。
【0092】
この時、試験例6は黒鉛を35wt%いれたものであり、これ以上多く黒鉛を入れた電極も作成して測定したが、インピーダンスは試験例6より下がらなかった。
【0093】
【表1】

【0094】
試験例4〜6のインピーダンスの測定結果を表2に示す。
【0095】
【表2】

【0096】
表2に示すように、試験例6において導電材として黒鉛を可能な限り入れてもインピーダンスは3.45Ωだったのに対し、試験例4では2.86Ωとそれよりも大幅にインピーダンスを下げることが出来た。ここで示されるように試験例4は、試験例5,6より、低抵抗となっていることが確認できた。これは黒鉛よりも導電率の高いCuが活物質層に存在することにより、電極の抵抗を下げることが出来たためと考えられる。
【符号の説明】
【0097】
1:集電体、2:活物質、3:有機金属錯体、4:導電材、5:バインダ樹脂、6:変性有機金属錯体、7:空隙、8:活物質層。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
集電体と前記集電体の表面にバインダを介して活物質を固定させてなる活物質層とを有するリチウムイオン二次電池用負極において、
前記活物質はSiおよび/またはSnを含み、
前記活物質層は、変性有機金属錯体及び/または金属単体を含み、
前記変性有機金属錯体及び前記金属単体は、Liと合金化せず、かつ1×10S/mより高い導電率を有することを特徴とするリチウムイオン二次電池用負極。
【請求項2】
前記変性有機金属錯体及び前記金属単体は有機金属錯体を加熱して得られる請求項1に記載のリチウムイオン二次電池用負極。
【請求項3】
前記有機金属錯体に含まれる金属は、Cu,Ni,Co,Ti,Fe,Cd,Ga,Mn,Mo,Pt,Na,Cr,V,Pd及びWから選ばれる少なくとも一つである請求項2に記載のリチウムイオン二次電池用負極。
【請求項4】
前記変性有機金属錯体または前記金属単体は粒子径が0.01μm〜10μmである請求項1〜3のいずれかに記載のリチウムイオン二次電池用負極。
【請求項5】
前記活物質層は、前記有機金属錯体の有機物の少なくとも一部を消失させて形成された空隙を5%〜40%含む請求項2〜4のいずれかに記載のリチウムイオン二次電池用負極。
【請求項6】
集電体の表面に、ポリイミド樹脂あるいはアルコキシル基含有シラン変性ポリアミック酸樹脂からなるバインダ樹脂と、Siおよび/またはSnを含む活物質と、Liと合金化せず1×10S/mより高い導電率を有する金属を含む有機金属錯体と、を塗布する塗布工程と、
前記集電体に塗布された前記有機金属錯体及び前記バインダ樹脂を350℃以上500℃以下で加熱して、前記有機金属錯体の有機物の少なくとも一部を消失させ、かつ前記バインダ樹脂を硬化して前記活物質を前記集電体の表面に固定する硬化工程と、
を有することを特徴とするリチウムイオン二次電池用負極の製造方法。
【請求項7】
前記金属はCu,Ni,Co,Ti,Fe,Cd,Ga,Mn,Mo,Pt,Na,Cr,V,Pd及びWから選ばれる少なくとも一つである請求項6に記載のリチウムイオン二次電池用負極の製造方法。
【請求項8】
前記有機金属錯体はフタロシアニン誘導体からなる請求項6または7に記載のリチウムイオン二次電池用負極の製造方法。
【請求項9】
前記有機金属錯体は銅フタロシアニンである請求項6〜8の何れかに記載のリチウムイオン二次電池用負極の製造方法。
【請求項10】
前記活物質、前記バインダ樹脂、及び前記有機金属錯体の総量を100質量%としたときに、前記有機金属錯体は5質量%以上65質量%以下である請求項6〜9に記載のリチウムイオン二次電池用負極の製造方法。

【図1】
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【図4】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−65812(P2011−65812A)
【公開日】平成23年3月31日(2011.3.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−214384(P2009−214384)
【出願日】平成21年9月16日(2009.9.16)
【出願人】(000003218)株式会社豊田自動織機 (4,162)
【Fターム(参考)】