説明

リチウム一次電池用負極およびリチウム一次電池

【課題】リチウム一次電池において、放電時における負極の分極を抑制し、低温環境下および高温保存後の大電流放電特性を向上させる。
【解決手段】正極10、負極11、セパレータ12、正極ケース13、負極ケース14、ガスケット15および図示しない非水電解液を含むリチウム一次電池1において、負極11を、リチウムまたはリチウム合金からなる成形体表面にカルボン酸リチウム層およびカーボン層を順次設けた構成にする。カルボン酸リチウムとは、たとえば、炭酸リチウム、酪酸リチウムなどの、分子内にカルボキシル基を含み、カルボキシル基の1つの酸素がリチウムと結合した化合物である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リチウム一次電池用負極およびリチウム一次電池に関する。さらに詳しくは、本発明は主に、リチウム一次電池における負極の改良に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、リチウム一次電池は、起電力が高く、高エネルギー密度を有することから、携帯機器、車載用電子機器などの電子機器の主電源やメモリーバックアップ用電源として広く用いられている。リチウム一次電池は、二酸化マンガンなどの金属酸化物、フッ化黒鉛などの正極活物質を含む正極、セパレータ、リチウムまたはリチウム合金を含む負極および非水電解液を含む。リチウム一次電池の中でも、フッ化黒鉛を用いたリチウム一次電池は、二酸化マンガンなどの金属酸化物を用いたリチウム一次電池に比べて、長期貯蔵性や高温環境下での安定性に優れ、使用可能な温度範囲が広い。
【0003】
一方、最近では電子機器の小型化、軽量化および高性能化が進み、それに伴って、リチウム一次電池に対しても、電池性能のさらなる向上が求められている。特に車載用電子機器の主電源またはメモリーバックアップ用電源として用いる場合、約−40℃の低温から約125℃の高温までの幅広い温度範囲で、十分な放電特性を発揮することが要求される。なお、リチウム一次電池は、放電初期に電圧が降下した後、緩やかに電圧が上昇するという放電特性を示す。放電初期の電圧降下の度合が大きいほど、電池性能が低い。この放電特性は、大電流放電時に顕著になる。また、リチウム一次電池などの一次電池の使用形態には、電池容量の一部を放電する部分放電を繰返し、完全放電に至る場合がある。
【0004】
リチウム一次電池の高性能化に当たっては、種々の検討がなされているが、その中でも負極の改良は不十分である。リチウムまたはリチウム合金からなる負極の表面には、リチウムが反応性に富むことから、負極作製時、電池組立て時などに種々の成分を含有する被膜が形成される。この被膜は電池の放電特性を左右することがある。たとえば、電池を低温環境下で放電させると、この被膜が抵抗成分になり、放電初期において負極の分極(過電圧)が大きくなる。その結果、放電初期における電圧が大きく降下する場合がある。
【0005】
また、フッ化黒鉛からなる正極またはフッ素を含有する溶質を含む非水電解液を用いると、それらに由来するフッ素と負極表面のリチウムとが反応して、フッ化リチウムからなる被膜が負極表面に生成する。フッ化リチウムは絶縁体であるため、この被膜の存在により、放電時における負極の分極が非常に大きくなる場合がある。特に、0℃以下の低温度環境下では、大電流放電時の放電初期において負極の分極が著しく大きくなり、放電初期における電圧降下が顕著になる。放電初期の電圧降下を抑制するためには、負極表面に形成される被膜などによる負極の分極を低減化する必要がある。
このように、リチウムを含有する負極表面に形成される被膜は、電池性能に大きな影響を及ぼすため、種々の提案がなされている。
【0006】
たとえば、表面にリチウムが存在する負極においては、リチウムが酸化されて酸化リチウムまたは水酸化リチウムからなる酸化物系被膜がその表面に形成される。この酸化物系被膜は電池内部のインピーダンスを上昇させ、電池放電性能を低下させ、電池性能のばらつきを大きくする。この点に着目した提案がなされている(たとえば、特許文献1参照)。特許文献1は、負極集電体と、負極集電体表面に設けられる負極活物質層とを含み、炭酸リチウムを含有する被膜(以下「炭酸リチウム被膜」とする)が負極活物質層表面に形成された負極に関する。
【0007】
特許文献1の技術は、リチウムイオン二次電池において、表面にリチウムが存在する負極を用いるに際し、その表面に炭酸リチウム被膜を形成することを特徴とする。ここで用いられる負極は、負極活物質層と負極集電体とを含み、負極活物質層にリチウムを吸蔵させたものである。すなわち、特許文献1では、負極表面に炭酸リチウム被膜を形成することにより、負極表面に酸化物系被膜が形成されるのを抑制しようとしている。なお、特許文献1では、炭酸リチウム被膜は、負極活物質層にリチウムを吸蔵させた後、これを二酸化炭素と接触させることにより形成される。
【0008】
特許文献1の技術は、金属酸化物からなる正極を用いる場合には有効である。しかしながら、フッ素を含有する溶質を含む非水電解液またはフッ化黒鉛からなる正極を用いると、負極活物質層表面に炭酸リチウム被膜が形成されていても、絶縁体であるフッ化リチウムの生成が避けられない。フッ化リチウムは、前記したように、放電初期において、負極の分極ひいては電圧降下を顕著に増大させる。このように、炭酸リチウム被膜は、フッ化リチウムの生成を防止することができない。
【0009】
また、負極表面に形成された炭酸リチウム被膜が電池の部分放電により破壊され、負極表面に炭酸リチウム被膜とは異なる被膜が形成され、電圧降下が起こり易くなることに着目した提案がなされている(たとえば、特許文献2参照)。特許文献2は、フッ化炭素を含有する正極、リチウムを含有する負極および非水電解液を含むリチウム一次電池に関する。特許文献2の電池は、負極および非水電解液に特徴がある。負極は、その表面に、厚さ10nm以上の炭酸リチウム被膜が形成されている。非水電解液は、非水溶媒として1,2−ジメトキシエタンを含有し、その水分値が100〜200ppmである。
【0010】
特許文献2では、前記した特定の非水電解液を使用することにより、部分放電後の保存時における電池インピーダンスを安定化させ、電池の部分放電による炭酸リチウム被膜の破壊を抑制している。しかしながら、非水電解液中に含有される水は非水電解液と反応し、その反応による生成物が負極表面に付着し、部分放電時に負極の分極を増大させる。したがって、特許文献2のリチウム一次電池は高性能で実用性に優れるが、部分放電時の電圧降下をさらに小さくする点で、改良の余地が残されている。
【0011】
さらに、負極表面のリチウムと非水電解液に含有される成分とが反応し、電気的に不活性なリチウム化合物が負極表面に生成し、負極の分極の程度が大きくなり、放電時の電圧降下が顕著になる点に着目した提案がなされている(たとえば、特許文献3参照)。特許文献3は、正極、リチウムまたはリチウム合金からなる負極、セパレータおよび非水電解液を含み、負極表面にカーボンブラック層が形成されているリチウム一次電池に関する。負極表面に形成されるカーボンブラック層は、リチウムと非水電解液との反応を抑制する。したがって、電気的に不活性で、電気抵抗体になるリチウム化合物が負極表面で増加するのが抑制される。その結果、低温度環境下および高温保存後の大電流放電時における、放電初期の電圧降下が少ない、非常に高性能のリチウム一次電池が得られる。
【0012】
負極の表面に形成されたカーボンブラック層の電位は、電解液に接すると、リチウムまたはリチウム合金と同等レベルになる。そのため、カーボンブラック粒子内へのリチウムイオンの挿入反応と、電解液の分解反応とが進行し、短時間で、分解生成物が負極の表面に堆積する。この分解生成物は、負極表面の保護皮膜となり、カーボンブラックを用いない場合に比較して安定な負極と電解液との界面が形成される。このような界面が形成されると、低温環境下における負極の分極や高温保存による電池内部抵抗の増大が抑制されると特許文献3に記載されている。
【0013】
しかしながら、リチウム表面には種々の成分を含む皮膜が形成されているため、カーボンブラック粒子内へのリチウムイオンの挿入反応と、電解液の分解反応の進行にはばらつきが有る。つまり電解液の分解反応が十分に進行しないおそれがある。そのため、カーボンブラックを用いない場合に比較すると、低温環境下における負極の分極や高温保存による電池内部抵抗の増大は確かに抑制されるが、抑制効果が十分に発揮されない場合がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【特許文献1】特開2005−216601号公報
【特許文献2】特開2006−236890号公報
【特許文献3】特開2006−339046号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明の目的は、低温環境下および高温保存後において良好な大電流放電特性を示すリチウム一次電池を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、リチウムを含有する負極表面に、カルボン酸リチウム層およびカーボン層を順次形成した構成を想到するに至った。そして、この構成によれば、リチウムまたはリチウム合金の表面に、カルボニル基を含むカルボン酸リチウム層を設けているため、酸化リチウムまたは水酸化リチウムなど種々の成分を含む被膜の生成が抑制される。さらに、負極表面では、カーボン層を構成するカーボン粒子へのリチウムの挿入が均一に進行する。そのため、カーボン層表面での電解液の分解反応の進行に伴い負極の表面に分解生成物が均一に堆積し、負極と電解液との良好な界面を形成する。
【0017】
さらに、カーボン層が、電解液中の電解質や正極由来のフッ素とカルボン酸リチウム層との反応を抑制するため、カルボン酸リチウム層が安定であり、フッ化リチウム(LiF)の生成が抑制される。さらに、カーボン層は負極のリチウムと電解液中の電解質や正極由来のフッ素との反応を抑制するため、LiFの生成を抑制する。また、LiFが生成しても、そのLiFは負極リチウム表面ではなく、カーボン層表面に生成するため、負極表面の分極の増大を抑制する。したがって、−40℃の低温環境下で良好な大電流放電特性を示し、高温保存特性に優れ、特に100℃以上の高温保存でも電池のインピーダンスの増加が顕著に抑制され、放電初期の電圧降下が少ないリチウム一次電池が得られることを見出した。
【0018】
すなわち本発明は、リチウムまたはリチウム合金の表面に、カルボン酸リチウム層およびカーボン層を順次設けてなるリチウム一次電池用負極に係る。
カルボン酸リチウム層は、異種原子として1または2個の酸素原子を含みかつ分子内にカルボニル基を有する5員環の複素環化合物でリチウムまたはリチウム合金を処理することにより形成されることが好ましい。
【0019】
5員環の複素環化合物は、プロピレンカーボネート、エチレンカーボネート、ビニレンカーボネートおよびγ―ブチロラクトンよりなる群から選ばれる少なくとも1つであることが好ましい。
カルボン酸リチウム層は、厚みが10〜30nmであることが好ましい。
カーボン層は、カーボンブラックおよび黒鉛から選ばれる少なくとも1つを含有することが好ましい。
【0020】
また本発明は、フッ化黒鉛または二酸化マンガンを含有する正極、本発明のリチウム一次電池用負極および非水電解液を含むリチウム一次電池に係る。
本発明のリチウム一次電池において、非水電解液は、溶質としてテトラフルオロホウ酸リチウムを含有し、かつ溶媒としてγ−ブチロラクトンを含有することが好ましい。
【発明の効果】
【0021】
本発明のリチウム一次電池用負極を用いた本発明のリチウム一次電池は、−40℃の低温環境下において良好な大電流放電特性を発揮する。また、本発明のリチウム一次電池は、高温保存後の大電流放電特性にも優れ、特に125℃の高温下での保存後でも、内部インピーダンスの増加が顕著に抑制され、放電初期の電圧降下が少ない。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】本発明の実施形態の1つであるリチウムイオン一次電池の構成を簡略化して示す縦断面図である。
【図2A】実施例1の負極におけるリチウム表面のX線光電子分光法によるC1s束縛エネルギースペクトルである。
【図2B】実施例1の負極におけるリチウム表面のX線光電子分光法によるO1s束縛エネルギースペクトである。
【図2C】実施例1の負極におけるリチウム表面のX線光電子分光法によるF1s束縛エネルギースペクトルである。
【図2D】実施例1の負極におけるリチウム表面のX線光電子分光法によるB1s束縛エネルギースペクトルである。
【図3A】実施例1の負極におけるカーボン層表面のX線光電子分光法によるC1s束縛エネルギースペクトルである。
【図3B】実施例1の負極におけるカーボン層表面のX線光電子分光法によるO1s束縛エネルギースペクトルである
【図3C】実施例1の負極におけるカーボン層表面のX線光電子分光法によるF1s束縛エネルギースペクトルである。
【図3D】実施例1の負極におけるカーボン層表面のX線光電子分光法によるB1s束縛エネルギースペクトルである。
【図4A】比較例1の負極におけるリチウム表面のX線光電子分光法によるC1s束縛エネルギースペクトルである。
【図4B】比較例1の負極におけるリチウム表面のX線光電子分光法によるO1s束縛エネルギースペクトルである。
【図4C】比較例1の負極におけるリチウム表面のX線光電子分光法によるF1s束縛エネルギースペクトルである。
【図4D】比較例1の負極におけるリチウム表面のX線光電子分光法によるB1s束縛エネルギースペクトルである。
【発明を実施するための形態】
【0023】
[リチウム一次電池用負極]
本発明のリチウム一次電池用負極(以下単に「本発明の負極」とする)は、リチウムまたはリチウム合金を含有し、少なくとも正極と対向する表面に、カルボン酸リチウム層およびカーボン層が順次形成されていることを特徴とする。
【0024】
本発明では、リチウムが存在する負極表面にカルボン酸リチウム層を設け、カルボン酸リチウム層の表面にカーボン層を設ける。
本発明におけるカルボン酸リチウム層はX線光電子分光法によって、アルゴンビームの照射時間の変化に対する、C1s、O1sスペクトルに基づいてカルボン酸リチウムからなると推測される層である。カルボン酸リチウム層を設けることにより、酸化リチウムまたは水酸化リチウムを含有する酸化物系被膜が負極表面に形成されるのを抑制できる。なお、本発明のカルボン酸リチウム層は、炭酸リチウムを含む層またはカルボン酸リチウムと炭酸リチウムとを含む層であると推測される。カルボン酸リチウムとは、たとえば、炭酸リチウム、酪酸リチウムなどの、分子内にカルボキシル基を含み、カルボキシル基の1つの酸素がリチウムと結合したものである。
【0025】
また、カルボン酸リチウム層を設けた負極表面のリチウムは反応性が良好であるため、カーボン層を構成するカーボン粒子へのリチウムの挿入が均一に進行する。このため、カーボン層表面での電解液の分解反応が均一に進行し、負極の表面に分解生成物が均一に堆積する。つまり、負極/電解液の良好な界面が均一に形成される。さらに、カーボン層が電解液中の電解質や正極由来のフッ素とカルボン酸リチウム層との反応を抑制するため、カルボン酸リチウム層が安定である。
なお、炭酸リチウムと炭酸リチウム以外のカルボン酸リチウムとを含むカルボン酸リチウム層は、炭酸リチウムを含みかつ炭酸リチウム以外のカルボン酸リチウムを含まない層よりも、本発明の目的を達成する上で、さらに優れている。
【0026】
また、カーボン層が、負極のリチウムと電解液中の電解質や正極由来のフッ素とカルボン酸リチウム層との反応を抑制するため、LiFの生成が抑制される。また、LiFが生成しても、LiFは負極のリチウムまたはリチウム合金の表面ではなく、カーボン層表面に生成する。このため、リチウムまたはリチウム合金表面の分極の増大が抑制される。その結果、−40℃の低温環境下で負極の分極が抑制され、良好な大電流放電特性を示し、高温保存特性に優れ、特に100℃以上の高温保存でも電池のインピーダンスの増加が顕著に抑制され、放電初期の電圧降下が少ないリチウム一次電池が得られる
【0027】
また、カーボン層は、部分放電によるカルボン酸リチウム層の破壊を防止する。また、カーボン層は、リチウムまたはリチウム合金と非水電解液に含有される成分(特に溶質)との反応生成物による負極での分極の増大、電池のインピーダンスの増加などを顕著に抑制する。たとえば、フッ素を含有する溶質を用いる場合には、溶質とリチウムとの反応によるLiFの生成を抑制する。また、フッ化黒鉛を含有する正極を用いる場合には、LiFが負極表面ではなく、カーボン層表面に生成するので、放電時における負極(特に負極のリチウム表面)の分極が増大するのを抑制できる。
【0028】
したがって、低温環境下での良好な大電流放電特性が得られる。たとえば、低温環境下でも、良好なパルス放電特性が得られる。さらに、高温保存特性が向上する。
【0029】
さらに、カルボン酸リチウム層とカーボン層とを併用することにより、予想以上に、電池の高温保存特性が顕著に向上することが判明した。すなわち、高温保存後の電池インピーダンスの増加および電池の膨れが顕著に抑制されることが判明した。電池インピーダンスの増加が非常に少ないことにより、放電時における電圧降下幅が非常に小さくなり、安定した放電特性が得られる。すなわち、125℃もの高温で長期間保存しても、放電性能の劣化が非常に小さい。また、高温保存下でも電池の膨れが非常に少ないことにより、電子機器などに装着された状態で長時間高温に晒されても、その機能が安定的に発揮できることが明らかである。本発明では、125℃×10日間の高温保存試験を行っている。
【0030】
これに対し、特許文献3によれば、カーボン層の形成により電池の高温保存特性が向上することが記載されている。しかしながら、負極のリチウムまたはリチウム合金の表面構造が制御されていないことから、高温であるほど効果のばらつきが大きくなる。特許文献3には、本発明の高温保存特性については記載がない。また、特許文献3における高温保存試験は60℃×45日間である。本発明の高温保存試験と比べると、日数は4倍以上であるが、温度は65℃の差が有ることから、電池に対する過酷さの点では本発明の方が顕著である。
【0031】
本発明の負極は、リチウムまたはリチウム合金を含有する。リチウム合金は、リチウムに比べると、物性や表面状態の改良が期待される。リチウム合金としては、この分野で常用されるものを使用でき、リチウムをマトリックス成分とし、リチウムと合金化が可能な金属から選ばれる1または2以上を含有するものを使用できる。リチウムと合金化が可能な金属としては、たとえば、アルミニウム、錫、マグネシウム、インジウム、カルシウム、マンガンなどが挙げられる。リチウムと合金化が可能な金属のリチウム合金における含有量は特に制限はないが、好ましくはリチウム合金全量の5重量%以下である。5重量%を超えると、リチウム合金の融点の上昇、高硬度化、加工性の低下などが起こり易くなるおそれがある。
【0032】
リチウムまたはリチウム合金は、従来のリチウム一次電池用負極と同様に、最終的に得られるリチウム一次電池の形状および寸法、規格性能などに応じて、任意の形状および厚さに成形される。たとえば、リチウム一次電池がコイン型電池である場合は、径5〜25mm程度、厚さ0.2〜2.0mm程度の円盤状に成形される。
【0033】
本発明の負極の表面には、カルボン酸リチウム層が設けられる。カルボン酸リチウム層は、たとえば、下記に示す溶媒処理法、炭酸ガス法などにより形成できる。
溶媒処理法によれば、リチウムまたはリチウム合金と溶媒とを接触させることにより、リチウムまたはリチウム合金の表面にカルボン酸リチウム層が形成される。ここで、溶媒としては、異種原子として1または2個の酸素原子を含みかつ分子内にカルボニル基を有する5員環の複素環化合物を使用できる。5員環の複素環化合物としては、プロピレンカーボネート(PC)、エチレンカーボネート(EC)、ビニレンカーボネート(VC)、γ―ブチロラクトン(γ−BL)などが好ましく、γ―ブチロラクトンが特に好ましい。
【0034】
5員環の複素環化合物は、リチウムまたはリチウム合金との接触によりリチウムと容易に反応してカルボン酸リチウムを生成させる。より具体的には、たとえば、リチウムまたはリチウム合金を、5員環の複素環化合物を付着させた治具により加圧すればよい。これにより、活性なリチウム表面が露出するのと同時に、そのリチウムと5員環の複素環化合物とが接触し、カルボン酸リチウム層が生成する。特に、PCを付着させた場合は、炭酸リチウムを比較的多く含むカルボン酸リチウム層が生成する。また、γ−BLを付着させた場合は、酪酸リチウムを多く含むカルボン酸リチウム層が生成する。
【0035】
また、炭酸ガス法によれば、リチウムまたはリチウム合金を、炭酸ガスと不活性ガスとの混合ガスに接触させることにより、リチウムまたはリチウム合金の表面にカルボン酸リチウム層が形成される。より具体的には、たとえば、炭酸ガスと不活性ガスとの混合ガス中にて、リチウムまたはリチウム合金を加圧または裁断して活性なリチウム表面を露出させればよい。これにより、活性なリチウム表面は露出と同時に炭酸ガスと容易に反応し、炭酸リチウムが生成し、カルボン酸リチウム層が形成される。炭酸ガス法によれば、炭酸リチウムを主成分として含有するカルボン酸リチウム層が得られる。ここで不活性ガスとしては、たとえば、アルゴンガスを使用できる。
【0036】
上記した方法の中でも、通常の電池組立て雰囲気中(たとえば、ドライエア中や、アルゴンなどの不活性ガス中)で実施でき、量産時の管理が容易であるなどの観点から、溶媒処理法が特に好ましい。
【0037】
カルボン酸リチウム層の厚みは、たとえば、酸化物系被膜が形成されるのを防止するといった観点からは、好ましくは10〜30nmである。カルボン酸リチウム層の膜厚が10nm未満では、酸化物系被膜が形成されるのを十分に抑制できないおそれがある。一方、膜厚が30nmを超えるカルボン酸リチウム層を形成するのは困難である。カルボン酸リチウム層の厚みは、溶媒処理法では、リチウムまたはリチウム合金表面を治具で加圧する際の圧力、加圧時間、治具への溶媒の付着量などを適宜選択することで制御できる。また、炭酸ガス法では、混合ガスにおける炭酸ガスの含有率、混合ガスを接触させる時間などを調整することで、炭酸リチウム層の厚みを制御できる。なお、カルボン酸リチウム層の厚みは、X線光電子分光法によって測定し、算出できる。
【0038】
カーボン層は、カルボン酸リチウム層の表面に形成される。カーボン層は、炭素質材料の粉末(以下「炭素質粉末」とする)を含有する層である。炭素質材料としては、カーボンブラックまたは黒鉛を使用する。カーボンブラックは良好な導電性を有し、また一次粒子径が小さいため、非水電解液を保持する空隙を有することが可能であり、均一なカーボン層を形成できる。また、黒鉛も良好な導電性を有する。なお、ここで使用する炭素質材料の粒径は特に制限はないが、好ましくは1〜10μmである。カーボンブラックおよび黒鉛よりも導電性の低い炭素質材料を用いてカーボン層を形成すると、放電時における負極の分極を増大させる場合がある。
【0039】
カーボンブラックの具体例としては、たとえば、アセチレンブラック、ケッチェンブラック、コンタクトブラック、ファーネスブラック、ランプブラックなどが挙げられる。カーボンブラックは1種を単独でまたは2種以上を組み合わせて使用できる。黒鉛の具体例としては、たとえば、人造黒鉛、天然黒鉛などが挙げられる。人造黒鉛には、高純度黒鉛、高結晶性黒鉛などが含まれる。黒鉛は1種を単独でまたは2種以上を組み合わせて使用できる。
【0040】
また、カーボンブラックの1種または2種以上と、黒鉛の1種または2種以上とを組み合わせて使用できる。なお、カーボンブラックおよび黒鉛としては各種市販品をも使用でき、たとえば、デンカブラック(商品名、アセチレンブラック、一次粒子の平均粒子径:35nm、電気化学工業(株)製)、カーボンECP(商品名、ケッチェンブラック、ライオン(株)製)、カーボトロンPS(F)(商品名、人造黒鉛、平均粒子径:約10μm(株)クレハ製)などが挙げられる。
【0041】
カーボン層の形成は、公知の方法と同様にして実施できる。たとえば、特開平11−135116号公報には、被覆工程および加圧工程を含むカーボン層の形成方法が記載されている。被覆工程では、カルボン酸リチウム層の表面に炭素質粉末を被覆する。この工程は、炭素質粉末を担持しかつ電圧が印加されたコーティングローラとカルボン酸リチウム層とを接触させることにより行われる。加圧工程では、炭素質粉末が被覆されたカルボン酸リチウム層を加圧する。この工程は、炭素質粉末が被覆されたカルボン酸リチウム層を有するリチウムまたはリチウム合金を、圧接状態にある一対のローラの圧接ニップ部に通過させることにより行われる。加圧は、超音波振動の付与下に実施してもよい。これにより、カーボン層が形成される。
【0042】
また、特開2006−339046号公報には、たとえば、加圧冶具を用いる方法、ローラプレス機を用いる方法、溶剤を用いる方法などが挙げられている。加圧冶具を用いる方法は、加圧冶具の端面に炭素質粉末を付着させ、この端面をカルボン酸リチウム層表面に当接し、加圧する方法である。溶剤を用いる方法は、炭素質粉末の低沸点溶剤分散液をカルボン酸リチウム層表面に塗布または転写した後、油圧プレス機などで加圧する方法である。これらの方法において、加圧時に超音波振動を付与しても良い。これにより、カーボン層が形成される。
【0043】
カーボン層の厚みは特に制限されないが、好ましくは0.5〜5.0μmである。或いは、カーボン層の厚みを制御するのではなく、カルボン酸リチウム層表面の単位面積当たりに担持される炭素質粉末の重量を制御しても良い。たとえば、カルボン酸リチウム層の表面1cm2あたり、0.1〜1.0mgの炭素質粉末を担持させてカーボン層を形成するのが好ましい。
【0044】
[リチウム一次電池]
本発明のリチウム一次電池は、正極、上記した本発明の負極、セパレータおよび非水電解液を含む。すなわち、本発明のリチウム一次電池は、負極以外は、従来のリチウム一次電池と同様の構成を有していても良い。
【0045】
[リチウム一次電池]
図1は、本発明の実施形態の1つであるリチウム一次電池1の構成を簡略化して示す縦断面図(厚み方向の断面図)である。リチウム一次電池1は、正極10、負極11、セパレータ12、正極ケース13、負極ケース14、ガスケット15および図示しない非水電解液を含む、コイン形状のリチウム一次電池である。正極10、セパレータ12および負極11は、この順番に積層されて電極群を形成する。
【0046】
正極10は、たとえば、正極活物質、導電材および結着剤を含み、セパレータ12を介して負極11に対向するように設けられる。
正極活物質としてはリチウム一次電池の分野で常用されるものを使用でき、その中でも、フッ化黒鉛や、二酸化マンガンなどの金属酸化物などが好ましい。フッ化黒鉛は、長期信頼性、安全性、高温安定性などの点で優れている。フッ化黒鉛としては、化学式(CFxn(0.9≦x≦1.1)で表されるものが好ましい。フッ化黒鉛は、石油コークス、人造黒鉛などをフッ素化して得られる。この方法では、通常、石油コークス、人造黒鉛などの炭素系材料(C)とフッ素(F)とを1:x(モル比)の割合で反応させる。これにより、CとFとが前記1:xの割合で結合したものが多数(n)集合した物質が得られ、これをフッ化黒鉛と呼んでいる。
【0047】
カルボン酸リチウム層およびカーボン層が形成されていない負極を用いると、フッ化黒鉛から遊離するフッ素によって、負極表面に電気絶縁体であるLiF層が形成され易い。しかしながら、本発明の負極を用いる場合には、電池性能に影響を及ぼすほどのLiF層は形成されないので、電池性能の向上に大きく寄与するフッ化黒鉛を制限なく使用できる。一方金属酸化物としては、二酸化マンガン、酸化銅などが挙げられる。正極活物質は1種を単独でまたは2種以上を組み合わせて使用できる。
【0048】
導電材としては、使用される正極活物質の充放電時の電位範囲において化学変化を起こさない電子伝導体を使用でき、たとえば、グラファイト類、カーボンブラック類、炭素繊維、金属繊維、有機導電性材料などが挙げられる。導電材は1種を単独でまたは2種以上を組み合わせて使用できる。導電材の使用量は特に限定されないが、たとえば、正極活物質100重量部に対して5〜30重量部である。
【0049】
結着剤としては、使用される正極活物質の充放電時の電位範囲において化学変化を起こさない結着剤を使用でき、たとえば、ポリフッ化ビニリデンなどのフッ素系樹脂、スチレン−ブタジエン系ゴム、フッ素系ゴム、ポリアクリル酸などが挙げられる。結着剤は1種を単独でまたは2種以上を組み合わせて使用できる。結着剤の使用量は特に限定されないが、たとえば、正極活物質100重量部に対して3〜15重量部である。
【0050】
負極11は、本発明の負極である。負極11は、少なくとも、セパレータ12を介して正極10に対向する面に、カルボン酸リチウム層およびカーボン層が形成されている。
セパレータ12としては、リチウム一次電池1内部の環境に耐性を有するセパレータを使用でき、たとえば、合成樹脂製の不織布、合成樹脂製の多孔質フィルムなどが挙げられる。多孔質フィルムは微多孔フィルムとも呼ばれる。不織布に用いられる合成樹脂としては、たとえば、ポリプロピレン(PP)、ポリフェニレンサルファイド(PPS)、ポリブチレンテレフタレート(PBT)などが挙げられる。これらの中でも、PPSおよびPBTは耐高温性、耐溶剤性、保液性に優れるため好ましい。また、多孔質フィルムに用いられる合成樹脂としては、ポリエチレン(PE)、ポリプロピレン(PP)などが挙げられる。
【0051】
正極ケース13は、正極集電体および正極端子を兼ねる。負極ケース14は、負極集電体および負極端子を兼ねる。正極ケース13および負極ケース14には、リチウム一次電池の分野で常用されるものを使用でき、たとえば、ステンレス鋼製のものが挙げられる。
ガスケット15は、主に、正極ケース13と負極ケース14とを絶縁する。ガスケット15には、たとえば、ポリプロピレン(PP)、ポリフェニレンサルファイド(PPS)、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)などの合成樹脂製のものを使用できる。特にPPSは耐高温性、耐溶剤性に優れ、成形性も良好であるため好ましい。
【0052】
非水電解液は、溶質および非水溶媒を含有する。
溶質は、非水溶媒に溶解する支持塩である。溶質としては、リチウム一次電池の分野で常用されるものを使用でき、たとえば、ヘキサフルオロリン酸リチウム(LiPF6)、テトラフルオロホウ酸リチウム(LiBF4)、トリフルオロメチルスルホン酸リチウム(LiCF3SO3)、リチウムビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミド(LiN(CF3SO22)、リチウムビス(ペンタフルオロエチルスルホニル)イミド(LiN(C25SO22)、リチウム(トリフルオロメチルスルホニル)(ノナフルオロブチルスルホニル)イミド(LiN(CF3SO2)(C49SO2))、リチウムトリス(トリフルオロメチルスルホニル)メチド(LiC(CF3SO23)、過塩素酸リチウム(LiClO4)などが挙げられる。溶質は1種を単独でまたは2種以上を組み合わせて使用できる。
【0053】
溶質濃度は特に制限されないが、好ましくは0.7〜1.5モル/Lである。溶質濃度が0.7モル/L未満では、室温における放電特性、長期保存特性などが低下するおそれがある。一方、溶質濃度が1.5モル/Lを超えると、−40℃程度の低温環境下での非水電解液の粘度上昇、イオン伝導度の低下などが顕著になるおそれがある。
【0054】
非水溶媒としては、リチウム一次電池の分野で常用されるものを使用でき、たとえば、γ−ブチロラクトン(γ−BL)、γ−バレロラクトン(γ−VL)、プロピレンカーボネート(PC)、エチレンカーボネート(EC)、ブチレンカーボネート、ビニレンカーボネート、1,2−ジメトキシエタン(DME)、1,2−ジエトキシエタン(DEE)、ジメチルカーボネート(DMC)、ジエチルカーボネート(DEC)、エチルメチルカーボネート(EMC)、N,N−ジメチルホルムアミド、テトラヒドロフラン、2−メチルテトラヒドロフラン、ジメチルスルホキシド、ホルムアミド、アセトアミド、ジエチルホルムアミド、アセトニトリル、プロピオニトリル、ニトロメタン、エチルモノグライム、トリメトキシメタン、ジオキソラン、ジオキソラン誘導体、スルホラン、メチルスルホラン、プロピレンカーボネート誘導体、テトラヒドロフラン誘導体などが挙げられる。非水溶媒は1種を単独でまたは2種以上を組み合わせて使用できる。
【0055】
これらの中でも、幅広い温度範囲で安定であり、溶質を溶解し易いため、γ−ブチロラクトンが好ましい。また、非水溶媒にγ−ブチロラクトンを用いる場合、溶質にはLiBF4を用いるのが好ましい。γ−ブチロラクトンとLiBF4との併用により、リチウム一次電池1の高温保存特性が顕著に向上する。より具体的には、γ−ブチロラクトンとLiBF4とを含有する非水電解液を含むリチウム一次電池1を85〜125℃の高温環境下で、たとえば、15日間保存しても、電池の膨れはほとんど起こらない。これに対し、LiBF4以外の溶質を含有する非水電解液を用いると、目視で確認できる程度の膨れが発生することがある。
【0056】
なお、リチウムまたはリチウム合金からなる負極11の表面には、既にカルボン酸リチウム層およびカーボン層が形成され、金属リチウムの活性な表面は露出していない。また、通常では、リチウム一次電池1の中で、金属リチウムは、負極作製時や電池組立て時などに種々の成分を含有する被膜が形成されているため、その活性な表面は電解液と接触することもない。したがって、電解液の非水溶媒にγ−ブチロラクトンを用いても、金属リチウムとγ−ブチロラクトンとの反応は殆ど起こらない。
【0057】
リチウム一次電池1は、本発明の負極である負極11を用いる以外は、従来のリチウム一次電池と同様にして作製できる。
たとえば、正極10が正極ケース13の内面に接触するように正極ケース13内に収容し、その上にセパレータ12を載置する。さらに、非水電解液を注液し、正極10およびセパレータ12に非水電解液を含浸させる。
【0058】
一方、負極ケース14のフラット部内面に負極11であるリチウムまたはリチウム合金の成形体を圧着し、負極11の正極10との対向面に図示しない炭酸リチウム層およびカーボン層を形成する。次いで、負極ケース14の周縁部にガスケット15を装着した状態で、正極ケース13と負極ケース14とを組み合わせる。さらに、正極ケース13の開口部を内側にかしめて封口することにより、リチウム一次電池1が得られる。さらに必要に応じて、リチウム一次電池1の表面には樹脂フィルムなどからなる外装体を装着しても良い。
【実施例】
【0059】
以下に実施例および比較例を挙げ、本発明をさらに具体的に説明する。
(実施例1)
以下の手順で、図1に示すコイン型の本発明のリチウム一次電池1を作製した。
(1)正極10の作製
石油コークスをフッ素化し、フッ化黒鉛((CF1.0n)を得た。このフッ化黒鉛(正極活物質)、アセチレンブラック(導電材)およびスチレン−ブタジエンゴム(SBR、結着剤)を100:15:6の重量比で混合した。この混合物に、水とイソプロピルアルコールを加えて十分に混練し、正極合剤を作製した。この正極合剤を70℃で乾燥した後、所定の金型と油圧プレス機を用いて加圧成形し、直径16mm、厚み3mmのペレットを作製した。このペレットを100℃で12時間乾燥し、正極10を作製した。
【0060】
(2)負極11の作製
ステンレス鋼製の負極ケース14の内面にリチウム製円盤(厚み2.6mm、径12.7mm)を配置した。このリチウム製円盤に、γ−ブチロラクトン(γ−BL)330μlを付着させたリチウム圧着治具を用いて、リチウム製円盤の厚みが1.3mmになるまで加圧し、リチウム製円盤を負極ケース14に圧着させた。リチウム製円盤表面には、厚み30nmのカルボン酸リチウム層が形成されていた。カルボン酸リチウム層は、酪酸リチウムおよび炭酸リチウムを含有していた。
【0061】
さらに、カルボン酸リチウム層の表面にアセチレンブラック粉末(商品名:デンカブラック(商標名)、一次粒子の平均粒径35nm、電気化学工業(株)製)を0.7mg/cm2の割合で配置し、加圧しながら超音波振動を付与することによりカーボン層を形成し、負極11を作製した。なお、負極11の作製は露点−50℃以下のドライエア中で行った。
【0062】
(3)電池の組立て
ステンレス鋼製の正極ケース13の内底面に、正極10を配置し、さらに正極10上にセパレータ12を配置した。その後、所定量の非水電解液を注入して、正極10およびセパレータ12に非水電解液を含浸させた。セパレータ12には、ポリブチレンテレフタレート製不織布を用いた。非水電解液には、γ−ブチロラクトン(γ−BL)にテトラフルオロホウ酸リチウム(LiBF4)を1モル/Lの濃度で溶解させたものを用いた。
【0063】
次に、負極11が圧着された負極ケース14を、負極11と正極10とが対向するように正極ケース10に装着し、正極ケース10の開口端部を、ガスケット15を介して負極ケース14の周縁部にかしめつけ、正極ケース10の開口部を封口した。このようにしてコイン型電池(外径24.5mm、厚み5.0mm)を作製した。電池作製は、露点−50℃以下のドライエア中で行った。
【0064】
(実施例2)
負極11を以下のようにして作製する以外は、実施例1と同様にして、本発明のコイン型リチウム一次電池1を作製した。
[負極11の作製]
アルゴンガスとCO2ガスとの混合ガス(CO2濃度:3000ppm)を充填したグローブボックス内で、リチウムインゴットを厚み1.3mm、幅20mmに押し出し成型することにより、表面に厚み10nmのカルボン酸リチウム層が形成された金属リチウムを得た。カルボン酸リチウム層は炭酸リチウムを含有していた。この金属リチウムを径18.0mmの円形に打ち抜き、ステンレス鋼製負極ケース14の内面に圧着した。カルボン酸リチウム層の表面に、実施例1と同様にしてアセチレンブラック粉末(デンカブラック)を配置してカーボン層を形成し、負極11を作製した。
【0065】
(実施例3)
アセチレンブラック粉末(デンカブラック)に代えて、カーボンブラック粉末(商品名:カーボンECP、一次粒子の平均粒径39.5nm、ライオン(株)製)を用いる以外は、実施例1と同様にして、本発明のコイン型リチウム一次電池1を作製した。
【0066】
(実施例4)
アセチレンブラック粉末(デンカブラック)に代えて、人造黒鉛粉末(商品名:カーボトロンPSF、平均粒径9μm、(株)クレハ製)を用いる以外は、実施例1と同様にして、本発明のコイン型リチウム一次電池1を作製した。
【0067】
(実施例5)
アセチレンブラック粉末(デンカブラック)に代えて、人造黒鉛粉末(高純度黒鉛、平均粒径3μm、比表面積12.8m2/g)を用いる以外は、実施例1と同様にして、本発明のコイン型リチウム一次電池1を作製した。
【0068】
(実施例6)
非水電解液として、γ−ブチロラクトン(γ−BL)にLiN(SO2CF32を1モル/Lの濃度で溶解させたものを用いる以外は、実施例1と同様にして、本発明のコイン型リチウム一次電池1を作製した。
【0069】
(実施例7)
非水電解液として、γ−ブチロラクトン(γ−BL)にLiPF6を1モル/Lの濃度で溶解させたものを用いる以外は、実施例1と同様にして、本発明のコイン型リチウム一次電池1を作製した。
【0070】
(実施例8)
正極活物質として、二酸化マンガン(MnO2)を用い、導電材としてケッチェンブラックを用い、結着剤としてフッ素樹脂(ポリフルオロエチレン(FEP)、商標名:ネオフロン、ダイキン工業(株)製))を用いた。正極活物質と、導電材と、結着剤とを、100:3:6の重量比で混合し、正極合剤を作製した。この正極合剤を70℃で乾燥した後、所定の金型と油圧プレス機を用いて加圧成形し、直径16mm、厚み3mmのペレットを作製した。このペレットを200℃で12時間乾燥し、正極10を作製した。
【0071】
プロピレンカーボネート(PC)と1,2−ジメトキシエタン(DME)との体積比1:1の混合溶媒(PC−DME溶媒)に、過塩素酸リチウム(LiClO4)を0.5モル/Lの濃度で溶解させ、非水電解質を調製した。
上記で得られた正極10および非水電解質を用いる以外は、実施例1と同様にして、本発明のコイン型リチウム一次電池1を作製した。
【0072】
(比較例1)
負極11に代えて下記に示す方法で作成した負極を使用する以外は、実施例1と同様にして、コイン型リチウム一次電池を作製した。
[負極の作製]
アルゴンガスとCO2ガスとの混合ガス(CO2濃度:1000ppm)を充填したグローブボックス内で、リチウムインゴットを厚み1.3mm、幅20mmに押し出し成型することにより、表面に厚み5nmのカルボン酸リチウム層が形成された金属リチウムを得た。この金属リチウムを径18.0mmの円形に打ち抜き、ステンレス鋼製負極ケースの内面に圧着し、負極とした。
【0073】
(比較例2)
厚み1.3mmの金属リチウムを径18.0mmの円形に打ち抜き、ステンレス鋼製負極ケースの内面に圧着し、その表面に実施例1と同様にしてカーボン層を形成し、負極を作製した。負極11に代えてこの負極を使用する以外は、実施例1と同様にして、コイン型リチウム一次電池を作製した。なお、カーボン層を形成する前の金属リチウムの表面には、カルボン酸リチウム以外の成分を多く含む被膜が形成されていた。
【0074】
(比較例3)
負極のカルボン酸リチウム層表面にカーボン層を形成しない以外は、実施例1と同様にして、コイン型リチウム一次電池を作製した。
【0075】
(比較例4)
厚み1.3mmの金属リチウムを径18.0mmの円形に打ち抜き、ステンレス鋼製負極ケースの内面に圧着し、その表面に実施例1と同様にしてカーボン層を形成し、負極を作製した。負極11に代えてこの負極を使用する以外は、実施例8と同様にして、コイン型リチウム一次電池を作製した。なお、カーボン層を形成する前の金属リチウムの表面には、カルボン酸リチウム以外の成分を多く含む被膜が形成されていた。
【0076】
(比較例5)
負極のカルボン酸リチウム層表面にカーボン層を形成しない以外は、実施例8と同様にして、コイン型リチウム一次電池を作製した。
【0077】
(試験例1)
実施例1〜7および比較例1〜3のコイン型リチウム一次電池、各3個について、下記の評価試験を行った。結果を表1に示す。また、実施例8および比較例4〜5のコイン型リチウム一次電池、各3個について、下記の評価試験を行った。結果を表2に示す。なお、表1および表2の「カーボン層 炭素質粉末」の項目において、AB:アセチレンブラック、CB:カーボンブラック、人造黒鉛X:高純度黒鉛、人造黒鉛Y:カーボトロンPSFである。
【0078】
(A)初期特性の評価
作製直後の各電池について、4mAの定電流で30分間予備放電した。さらに、60℃で1日間エージングし、開回路電圧(OCV)が安定した後、OCVと1kHzでの初期電池内部抵抗とを、室温で測定した。その結果、いずれの電池にも異常が認められなかった。
【0079】
(B)低温大電流放電特性の評価
各電池を60℃で1日間エージングした後、−40℃の環境下でパルス放電させ、低温での大電流放電特性を評価した。具体的には、10mAで20秒間定電流放電した後、60秒間休止する放電サイクルを720時間(30日間)繰り返し、各サイクルにおけるパルス放電時の電圧の経時変化を測定し、720時間における最小のパルス電圧を求めた。
【0080】
(C)カルボン酸リチウム層の厚みの測定
カルボン酸リチウム層の厚みは、X線光電子分光法によって確認した。具体的にはX線光電子分光計(商品名:Model 5600、アルバック・ファイ(ULVAC−PHI)株式会社製)で測定し、アルゴンビームの照射時間の変化に対する、C1s、O1s、F1s、B1s電子の各スペクトル変化から算出した。
【0081】
また、実施例1および比較例1の負極表面のX線光電子分光法によるC1s、O1s、F1s、B1s電子の各スペクトルを、X線光電子分光計(Model 5600)により測定した。結果を図2A〜図2D、図3A〜図3Dおよび図4A〜図4Dに示す。
【0082】
図2A〜図2Dは、実施例1の負極におけるリチウム表面のカルボン酸リチウム層のX線光電子分光法によるスペクトルである。図2AはC1s電子の束縛エネルギースペクトルである。図2BはO1s電子の束縛エネルギースペクトである。図2CはF1s電子の束縛エネルギースペクトルである。図2DはB1s電子の束縛エネルギースペクトルである。
【0083】
図3A〜図3Dは、実施例1の負極におけるカーボン層表面のX線光電子分光法によるスペクトルである。図3AはC1s電子の束縛エネルギースペクトルである。図3BはO1s電子の束縛エネルギースペクトルである。図3CはF1s電子の束縛エネルギースペクトルである。図3DはB1s電子の束縛エネルギースペクトルである。
【0084】
図4A〜図4Dは、比較例1の負極におけるリチウム表面のX線光電子分光法によるスペクトルである。図4AはC1s電子の束縛エネルギースペクトルである。図4BはO1s電子の束縛エネルギースペクトルである。図4CはF1s電子の束縛エネルギースペクトルである。図4DはB1s電子の束縛エネルギースペクトルである。
【0085】
【表1】

【0086】
【表2】

【0087】
表1に示すように、正極活物質としてフッ化黒鉛を用いたいずれの電池も、20℃において、OCVが3V以上であり、1kHzでの初期電池内部抵抗が8.5Ωを超えるものは認められず、初期特性は良好であった。本発明の実施例1〜7の電池では、比較例1〜3の電池に比べて、パルス放電時の閉路電圧(パルス放電電圧)の最低値が高い。
また表2に示すように、正極活物質として二酸化マンガンを用いたいずれの電池も、20℃において、OCVが3V以上であり、1kHzでの初期電池内部抵抗が8.5Ωを超えるものは認められず、初期特性は良好であった。本発明の実施例8の電池の電池では、比較例4、5の電池に比べて、パルス放電時の閉路電圧(パルス放電電圧)の最低値が高い。
【0088】
次に、図2A〜図2Dに示すように、実施例1の負極のリチウム表面には、カルボン酸リチウムに帰属されるC1s電子の290〜289eVのピーク(図2A)およびO1s電子の533〜530eVのピーク(図2B)が30μmの厚みまで観測された。また、LiFに帰属されるF1s電子の686eVのピーク(図2C)は観測されたが、かなり小さかった。また、B1s電子のB−F結合(非水電解液の溶質の分解物由来と考えられる、以下同じ)に帰属される195eVのピーク(図2D)は観測されなかった。
【0089】
また、図3A〜図3Dに示すように、実施例1の負極のカーボン層表面には、カルボン酸リチウムに帰属されるC1s電子の290〜289eVのピーク(図3A)、およびO1s電子の533〜530eVのピーク(図3B)が最表層近傍に若干ではあるが観測された。また、LiFに帰属されるF1s電子の686eVのピーク(図3C)が観測された。B1s電子のB−F結合に帰属される195eVのピーク(図3D)は殆ど観測されなかった。
【0090】
これらのことから、実施例1では、負極のリチウム表面にはカルボン酸リチウム層およびカーボン層が形成されており、カルボン酸リチウム層上に設けられたカーボン層により、リチウムと非水電解液との反応、詳しくはリチウムと溶質との反応によるLiFの生成が抑制されていると推測される。さらに、負極に生成するLiFがリチウムの表面ではなく、カーボン層表面に生成していると推測される。
【0091】
一方、図4A〜図4Dに示すように、比較例1のリチウム表面には、カルボン酸リチウムに帰属されるC1s電子の290〜289eVのピーク(図4A)、およびO1s電子の533〜530eVのピーク(図4B)が最表面近くにやや観測された。また、LiFに帰属される(k)F1s電子の686eVのピーク(図4C)が観測された。さらに、B1s電子のB−F結合に帰属される195eVのピーク(図4D)が観測された。
これらのことから、比較例1のリチウム表面には電気絶縁体であるLiFが生成し、さらに非水電解液中の溶質が分解しているものと考えられる。
【0092】
実施例1〜7の電池では、カルボン酸リチウム層により酸化リチウムまたは水酸化リチウムからなる酸化物系被膜の生成が抑制されていると考えられる。また、カーボン層がカルボン酸リチウム層を保護し、電解液中の正極または溶質に由来するフッ素と、炭酸リチウムとの反応を抑制しており、さらに負極のリチウムと非水電解液中の溶質との反応物であるLiFの生成を抑制していると考えられる。また、負極で生成するLiFが、リチウムの表面ではなく、カーボン層表面に生成したため、負極表面の放電時の分極が増大するのを抑制し、そのため、−40℃における良好なパルス特性が得られるものと考えられる。
【0093】
実施例8の電池では、実施例1〜7と同様にカルボン酸リチウム層により酸化リチウムまたは水酸化リチウムからなる酸化物系被膜の生成が抑制されていると考えられる。また、カーボン層がカルボン酸リチウム層を保護し、負極のリチウムと非水電解液との反応も抑制していると考えられる。
【0094】
これに対し、比較例1ではカルボン酸リチウム層が薄いため、酸化リチウムまたは水酸化リチウムからなる酸化物系被膜が生成するのを十分に抑制できないと考えられる。また、カーボン層が形成されていないため、カルボン酸リチウム層は非水電解液中の正極や溶質由来のフッ素と反応してLiFを生成する。さらにリチウムと非水電解液中の溶質や正極由来のフッ素との反応物、たとえばLiFがリチウム表面に生成することにより、リチウム表面の分極が増大し、良好なパルス特性が得られないと考えられる。
【0095】
比較例2および4では、負極のリチウム表面には、酪酸リチウムおよび炭酸リチウム以外の成分を多く含む被膜が形成されているために、負極表面の分極が増大し、良好なパルス特性が得られないものと考えられる。比較例3ではカーボン層が形成されていないため、カルボン酸リチウム層は非水電解液中の正極や溶質由来のフッ素と反応してLiFを生成する。さらにリチウムと非水電解液中の溶質や正極由来のフッ素との反応物、たとえばLiFがリチウム表面に生成することにより、リチウム表面の分極が増大し、良好なパルス特性が得られないと考えられる。比較例5ではカーボン層が形成されていないため、カルボン酸リチウム層は非水電解液中の成分と反応し、反応生成物が負極表面に堆積することにより、負極の分極が増大し、良好なパルス特性が得られないと考えられる。
【0096】
(試験例2)
電池の高温保存特性を調べた。具体的には、実施例1および比較例1のリチウム一次電池、各3個を60℃で1日間エージングした後、85℃、および125℃の高温環境下で保存し、電池厚みを測定した。結果を表3に示す。
【0097】
【表3】

【0098】
(試験例3)
電池の高温保存特性を調べた。具体的には、実施例1および比較例1のリチウム一次電池、各3個を60℃で1日間エージングした後、85℃、および125℃の高温環境下で保存し、保存後の20℃における開回路電圧(OCV)および1kHzでの電池内部抵抗を測定した。結果を表4に示す。
【0099】
【表4】

【0100】
表3に示すように、高温保存後の電池の膨れは、85℃の保存では実施例1および比較例1の電池には殆ど差は認められなかったが、125℃の15日保存では比較例1の電池の方が明らかに膨れの度合が大きかった。
また、表3および表4に示すように、実施例1の電池は85℃以上の高温においても良好な保存特性を示した。実施例1では高温保存においても、初期の性能が安定的に維持されていた。これに対し、比較例1では125℃での10日保存後に、電池内部抵抗が大きく上昇した。比較例1では負極表面の反応が高温保存により促進され、負極表面でのLiFの生成が進行し、内部抵抗が上昇したものと考えられる。
【0101】
実施例1の電池のように、溶質がテトラフルオロホウ酸リチウム、および溶媒がγ−ブチロラクトンである非水電解液を使用することで、特に良好な低温大電流放電特性が得られるだけでなく、特に良好な高温保存特性をも得ることができる。なお、実施例では負極活物質として金属リチウムを用いたが、リチウム合金を使用しても同様の効果を得ることができる。
【産業上の利用可能性】
【0102】
本発明のリチウム一次電池は、低温大電流放電特性が良好であるので、携帯機器や情報機器などの電子機器の電源、車載用電子機器の主電源、またはメモリーバックアップ用電源として好適に用いられる。
【符号の説明】
【0103】
1 リチウム一次電池
10 正極
11 負極
12 セパレータ
13 正極ケース
14 負極ケース
15 ガスケット

【特許請求の範囲】
【請求項1】
リチウムまたはリチウム合金の表面に、カルボン酸リチウム層およびカーボン層を順次設けてなるリチウム一次電池用負極。
【請求項2】
前記カルボン酸リチウム層は、異種原子として1または2個の酸素原子を含みかつ分子内にカルボニル基を有する5員環の複素環化合物でリチウムまたはリチウム合金を処理することにより形成される請求項1に記載のリチウム一次電池用負極。
【請求項3】
前記5員環の複素環化合物が、プロピレンカーボネート、エチレンカーボネート、ビニレンカーボネートおよびγ―ブチロラクトンよりなる群から選ばれる少なくとも1つである請求項2に記載のリチウム一次電池用負極。
【請求項4】
前記カルボン酸リチウム層の厚みが10〜30nmである請求項1〜3のいずれか1つに記載のリチウム一次電池用負極。
【請求項5】
前記カーボン層はカーボンブラックおよび黒鉛から選ばれる少なくとも1つを含有する請求項1〜4のいずれか1つに記載のリチウム一次電池用負極。
【請求項6】
フッ化黒鉛または二酸化マンガンを含有する正極、請求項1〜5のいずれか1つに記載のリチウム一次電池用負極および非水電解液を含むリチウム一次電池。
【請求項7】
前記非水電解液が、溶質としてテトラフルオロホウ酸リチウムを含有し、かつ非水溶媒としてγ−ブチロラクトンを含有する請求項6記載のリチウム一次電池。

【図1】
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【図2A】
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【図2B】
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【図2C】
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【図2D】
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【図3A】
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【図3B】
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【図3C】
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【図3D】
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【図4A】
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【図4B】
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【図4C】
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【図4D】
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【公開番号】特開2009−277650(P2009−277650A)
【公開日】平成21年11月26日(2009.11.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−94600(P2009−94600)
【出願日】平成21年4月9日(2009.4.9)
【出願人】(000005821)パナソニック株式会社 (73,050)
【Fターム(参考)】