説明

リチウム二次電池用正極およびその利用

【課題】内部抵抗が抑制されたリチウム二次電池用正極を提供する。
【解決手段】
本発明のリチウム二次電池用正極では、正極合材層が正極集電体の表面に形成されており、当該正極合材層は、層状構造を有するリチウム遷移金属複合酸化物からなる正極活物質を備えている。ここで、本発明のリチウム二次電池用正極では、正極活物質の結晶格子面において15×15nmあたり1〜50箇所の(003)格子面のずれが存在することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リチウム二次電池用正極およびその利用、さらには該リチウム二次電池用正極の製造に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、正極と負極との間をリチウムイオンが行き来することによって充電および放電するリチウム二次電池(典型的にはリチウムイオン二次電池)は、車両搭載用電源あるいはパソコンや携帯端末の電源として益々の需要増大が見込まれている。かかるリチウム二次電池は、リチウムイオンを可逆的に吸蔵および放出し得る電極合材層(正極合材層および負極合材層)が集電体の表面に形成されてなる電極を備えている。上記電極合材層には、電荷担体となるリチウムイオンを可逆的に吸蔵および放出し得る材料である電極活物質(正極活物質および負極活物質)が含まれており、正極活物質にはリチウム(Li)と少なくとも1種の遷移金属元素を含むリチウム遷移金属複合酸化物が用いられている。このリチウム遷移金属複合酸化物の中でも、層状構造のリチウム遷移金属複合酸化物(例えば、層状構造リチウムコバルト複合酸化物(LiCoO)、層状構造リチウムニッケル複合酸化物(LiNiO)など)は、高エネルギー密度のリチウム二次電池を構成するために好ましく用いられている。
【0003】
上記正極活物質に用いられるリチウム遷移金属複合酸化物に関連する従来技術として、特許文献1、2が挙げられる。特許文献1、2では、正極活物質の表面にイオン注入を行うことによって、正極活物質の表面にアモルファス層を形成(正極活物質の表面を非晶化)している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平10−144291号公報
【特許文献2】特開平7−6753号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明者は、従来よりも優れた電池特性を有するリチウム二次電池を実現するために、上記層状構造のリチウム遷移金属複合酸化物からなる正極活物質の結晶構造について検討した。その結果、正極活物質の結晶構造が原因でリチウム二次電池の電池特性が低下するという現象が生じていることを見いだした。かかる問題点について以下で説明する。
【0006】
図10は、一般的な層状構造のリチウム遷移金属複合酸化物からなる正極活物質の結晶構造を模式的に示した図である。なお、説明の便宜上、以下の説明では図10の紙面における横方向をX方向、縦方向をY方向とする。
【0007】
図10に示すように、正極活物質130は複数の単位結晶132から構成されており、当該単位結晶132はX方向に向かって連続して配置されている。この単位結晶132は層状構造を有しており、Li層134と遷移金属層136とがY方向に向かって交互に積み重なり、当該Li層134と遷移金属層136との間に酸素層138が存在している。上記Li層134はX方向に向かって連続して配置された複数のリチウム原子134aで構成されており、遷移金属層136はX方向に向かって連続して配置された複数の遷移金属原子136aで構成されている。さらに、酸素層138は、X方向に向かって連続して配置された複数の酸素原子138aで構成されている。
【0008】
かかる構造の正極活物質130を備えたリチウム二次電池を充電すると、上記Li層134からリチウムイオン(Li)が放出される。逆に、当該リチウム二次電池から放電すると、上記Li層134にLiが挿入される。すなわち、層状構造のリチウム遷移金属複合酸化物からなる正極活物質130では、Li層134に沿ってLiが吸蔵若しくは放出される。すなわち、リチウム原子134aの配置に沿ってリチウム伝導経路が形成される。
ここで、上述したように、層状構造のリチウム遷移金属複合酸化物では、リチウム原子134aがLi層134においてX方向に向かって連続して配置されている。また、当該Li層134を含む単位結晶132もX方向に向かって連続して配置されている。すなわち、層状構造のリチウム遷移金属複合酸化物からなる正極活物質は、X方向のみに沿った二次元的なリチウム伝導経路が形成される。この場合、Y方向においてはリチウムの吸蔵・放出がされにくいため、正極活物質の内部抵抗が高くなる原因となる。
【0009】
本発明は、上述の問題点を鑑みてなされたものであり、その目的は、層状構造のリチウム遷移金属複合酸化物からなる正極活物質の内部抵抗を低減し、従来よりも高い電池特性を有するリチウム二次電池を構築できるリチウム二次電池用正極とその製造方法を提供することである。また、本発明は、かかるリチウム二次電池用正極を利用して構築されたリチウム二次電池を製造する方法を提供することを他の目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を実現する本発明は、正極合材層が正極集電体の表面に形成されているリチウム二次電池用正極を提供するものである。当該リチウム二次電池用正極が有している正極合材層は、層状構造を有するリチウム遷移金属複合酸化物からなる正極活物質を備えている。
ここで、上記リチウム二次電池用正極は、上記正極活物質の結晶格子面において15×15nm(すなわち、15nmを一辺とする正方形状の領域)あたり1〜50箇所の(003)格子面のずれが存在することを特徴としている。
【0011】
なお、本明細書において「リチウム二次電池」とは、電解質イオンとしてLiを利用し、正負極間のLiの移動により充放電が実現される二次電池をいう。一般に、リチウムイオン電池と称される二次電池は、本明細書におけるリチウム二次電池に包含される典型例である。また、本明細書において「正極活物質」とは、二次電池において電荷担体となる化学種(すなわちLi)を可逆的に吸蔵および放出(典型的には挿入および脱離)可能な物質をいう。
【0012】
ここで開示されるリチウム二次電池用正極においては、上述のように正極活物質の(003)格子面にずれが存在している。すなわち、かかる(003)格子面のずれが存在している箇所では、リチウム原子が配列される方向にずれが生じ、リチウムイオンの伝導経路がずれることによって、二次元的であったリチウムイオンの伝導経路が三次元的になる。従って、本発明によれば、三次元的なリチウム電導経路を形成することによって正極活物質の内部抵抗を従来よりも低くすることができる。
【0013】
特に本発明のリチウム二次電池用正極では、結晶格子面において15×15nmあたり1〜50箇所の頻度で上記正極活物質の(003)格子面のずれが存在している。すなわち、層状構造のリチウム遷移金属複合酸化物が有する特有の結晶構造を維持しつつ、(003)格子面のずれを生じさせている。したがって、リチウムイオンの伝導経路を三次元的にした場合であっても、リチウム遷移金属複合酸化物の結晶構造が大きく乱れる(例えば、アモルファス化する)ことがない。この場合、リチウム遷移金属複合酸化物の結晶構造が維持されているため、正極活物質へのリチウムイオンの挿入・放出を容易にすることができる。
【0014】
また、ここで開示されるリチウム二次電池用正極の好ましい一つの態様では、上記リチウム遷移金属複合酸化物は、一般式:
LixMO
(ここで、xは0<x<1.3を満足する実数であり、Mは1又は2以上の遷移金属元素であって、少なくともNi、CoおよびMnからなる群から選択される一種の遷移金属元素を含む)
で示される化合物である。
上述のリチウム遷移金属複合酸化物からなる正極活物質は、より多くの電荷担体(リチウム)を吸蔵し得るので、より高容量のリチウム二次電池を提供することができる。
【0015】
また、ここで開示されるリチウム二次電池用正極の好ましい一つの態様では、正極活物質の結晶格子面において15×15nmのあたり20箇所以下の(003)格子面のずれが存在する。かかる態様によると、リチウム遷移金属複合酸化物の結晶構造が大きく乱れることなく、より適切に正極活物質に三次元的なリチウム伝導経路を作成することができる。
【0016】
また、本発明は、他の側面として、上記リチウム二次電池用正極を備えたリチウム二次電池を提供する。さらに、本発明によると、ここに開示されるリチウム二次電池を備える車両を提供する。本発明によって提供されるリチウム二次電池は、特に車両に搭載される電池の電源として適した性能(例えば高容量または高エネルギー密度)を示すものであり得る。したがって、ここに開示されるリチウム二次電池は、ハイブリッド自動車、電気自動車のような電動機を備える自動車等の車両に搭載されるモーター(電動機)用の電源として好適に使用され得る。
【0017】
また、本発明は、他の側面として、層状構造を有するリチウム遷移金属複合酸化物からなる正極活物質を備えた正極合材層を正極集電体の表面に形成してなるリチウム二次電池用正極を製造する方法(以下「製造方法」と称する。)も提供する。この製造方法は、正極活物質の結晶格子面において15×15nmのあたり1〜50箇所の(003)格子面のずれを生じさせることを特徴とする。
【0018】
ここで開示される製造方法の好ましい一態様では、正極活物質に対してプラズマスパッタリング処理を行うことによって、正極活物質の(003)格子面にずれを生じさせる。かかる製造方法では、プラズマスパッタリング処理によって正極活物質の表面に対して局所的に物理的衝撃を加えることができるため、リチウム遷移金属複合酸化物の結晶構造を維持しつつ正極活物質の(003)格子面にずれを生じさせることが容易になる。したがって、かかる製造方法によれば、上記正極活物質の結晶格子面において15×15nm(すなわち、15nmを一辺とする正方形状の領域)あたり1〜50箇所の(003)格子面のずれが存在するリチウム二次電池用正極を容易に製造することができる。
【0019】
また、ここで開示される製造方法の好ましい一態様では、予め(003)格子面にずれを生じさせた正極活物質を用いて、正極合材層を形成する。かかる製造方法では、正極活物質のみに対して(003)格子面にずれを生じさせる処理を行うことができるため、(003)格子面のずれが存在するリチウム二次電池用正極を容易に製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明の一実施形態に係るリチウム二次電池用正極の正極活物質の結晶構造を模式的に示す図。
【図2】本発明の一実施形態に係るリチウム二次電池を模式的に示す斜視図。
【図3】図2のリチウム二次電池のIII−III間における断面図。
【図4】図2のリチウム二次電池の捲回電極体を模式的に示す斜視図。
【図5】図2のリチウム二次電池を搭載した車両を模式的に示す側面図。
【図6】サンプル1の任意の位置における(003)格子面を撮影したTEM写真。
【図7】図6とは異なった位置におけるサンプル1の(003)格子面を撮影したTEM写真。
【図8】図6、7とは異なった位置におけるサンプル1の(003)格子面を撮影したTEM写真。
【図9】サンプル1およびサンプル2を用いて構築したセルに対する交流インピーダンス測定の結果を示すグラフ。
【図10】一般的な層状構造のリチウム遷移金属複合酸化物からなる正極活物質の結晶構造を模式的に示す図。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の好適な実施形態を説明する。なお、本明細書において特に言及している事項以外の事柄であって本発明の実施に必要な事柄は、当該分野における従来技術に基づく当業者の設計事項として把握され得る。また、本発明は、本明細書に開示されている内容と当該分野における技術常識に基づいて実施することができる。
【0022】
ここでは、まず、本実施形態に係るリチウム二次電池用正極の各構成要素について説明する。ここで開示されるリチウム二次電池用正極は、正極集電体と、該正極集電体の表面に形成された正極合材層とを備えている。
【0023】
ここで開示されるリチウム二次電池用正極は、正極集電体を備えている。当該正極集電体には、導電性の良好な素材からなる導電性部材を好ましく用いることができる。かかる導電性部材としては、例えば、金属(例えば、アルミニウム、銅、など)や該金属の合金などが挙げられる。また、当該正極集電体の形状は、構築するリチウム二次電池の形状等に応じて異なり得るため特に制限はなく、例えば、棒状、板状、箔状、メッシュ状などの種々の形態を採用することができる。
【0024】
ここで開示されるリチウム二次電池用正極の正極合材層は、上記正極集電体の表面に形成されている。かかる正極合材層は、一般的なリチウム二次電池用正極合材層に用いられるものでよく、具体的には、正極活物質及びその他の添加物(バインダ、導電材など)を分散媒体に分散した正極ペーストを正極集電体の表面に塗布した後に、当該正極ペーストを乾燥させることによって形成される。このとき、正極合材層は正極集電体の片面のみに形成されていてもよいし、正極集電体の両面に形成されていてもよい。
【0025】
上記正極合材層が備えている正極活物質は、リチウム二次電池における電荷担体であるリチウム(Li)を吸蔵・放出することができる。ここで開示されるリチウム二次電池用正極の正極活物質は、層状構造を有するリチウム遷移金属複合酸化物から構成されている。層状構造のリチウム遷移金属複合酸化物とは、リチウム(Li)の他に一種以上の遷移金属元素を含んだ酸化物であり、層状の結晶構造を有している。リチウム遷移金属複合酸化物の平均粒径は、1μm〜50μm程度であるとよく、好ましくは2μm〜20μm程度、より好ましくは3μm〜8μm程度であるとよい。なお、本明細書中における「平均粒径」とは、レーザ散乱・回折法に基づく粒度分布測定装置に基づいて測定した粒度分布から導き出せるメジアン径(D50:50%体積平均粒子径)をいう。
【0026】
また、層状構造のリチウム遷移金属複合酸化物には、一般式LixMOで示される化合物を好ましく用いることができる。上記一般式において、Liの原子量xは、0<x<1.3を満たす実数である。また、Mは、1又は2以上の遷移金属元素を表しており、少なくともNi、CoおよびMnからなる群から選択される一種の遷移金属元素を含んでいる。なお、上記Ni、CoおよびMn以外に上記金属元素Mに含まれ得る金属元素として、例えば、カルシウム(Ca)、アルミニウム(Al)、クロム(Cr)、鉄(Fe)、バナジウム(V)、マグネシウム(Mg)、チタン(Ti)、ジルコニウム(Zr)、ニオブ(Nb)、モリブデン(Mo)、タングステン(W)、銅(Cu)、亜鉛(Zn)、ガリウム(Ga)、インジウム(In)、スズ(Sn)、ランタン(La)およびセリウム(Ce)などを挙げることができる。上記一般式を満たした層状構造のリチウム遷移金属複合酸化物は、他のリチウム遷移金属複合酸化物に比べてより多くの電荷担体(リチウム)を吸蔵し得るため、より高容量のリチウム二次電池を提供することができる。
また、上記一般式を満たすリチウム遷移金属複合酸化物の一例として、いわゆる三元系のリチウム遷移金属複合酸化物が挙げられる。三元系のリチウム遷移金属複合酸化物として、例えば、一般式LiNi1/3Mn1/3Co1/3(ここでxは0<x<1.3を満たす実数である。)で表される化合物が挙げられる。かかる三元系のリチウム遷移金属複合酸化物は、正極の熱安定性を向上させるという利点を有しているため、上記一般式を満たすリチウム遷移金属複合酸化物の中でもより好ましく用いることができる。
【0027】
ここで、本実施形態に係るリチウム二次電池用正極は、上記正極活物質の結晶格子面において15×15nmあたり1〜50箇所の(003)格子面のずれが存在することを特徴とする。以下、かかる特徴について図1を参照しながら説明する。図1は正極活物質の結晶構造を模式的に示す図である。なお、以下の説明において、図1における横方向をX方向、縦方向をY方向とする。また、図1は、発明の理解を助けるために、本来六面体などの立体的構造を有する正極活物質の結晶構造を平面的に表したものであり、紙面に対する奥行き方向には同様の層状構造が形成されている。
【0028】
図1に示すように、層状構造のリチウム遷移金属複合酸化物からなる正極活物質30は、複数の単位結晶32a〜32dから構成されている。これらの単位結晶32a〜32dでは、Li層34と金属層36とが所定の方向(単位結晶32aにおいてはY方向)に向かって交互に積み重なっており、当該Li層34と金属層36の間に酸素層38が存在している。Li層34は所定の方向(単位結晶32aにおいてはX方向)に向かって連続して配置された複数のリチウム原子34aから構成されており、金属層36は所定の方向(単位結晶32aにおいてはX方向)に向かって連続して配置された複数の遷移金属原子36aから構成されている。さらに、酸素層38は所定の方向(単位結晶32aにおいてはX方向)に向かって連続して配置された複数の酸素原子38aから構成されている。かかる単位結晶32a〜32dでは、リチウム原子34aが配置されている方向(例えば、単位結晶32aにおいてはX方向)に沿ってリチウム伝導経路が形成される。
【0029】
ここで開示されるリチウム二次電池用正極では、正極活物質30の(003)格子面にずれが存在している。ここで、当該「(003)格子面のずれ」について説明する。ここで、「(003)格子面」とは、いわゆるミラー定数で規定された結晶格子面であり、「(003)格子面のずれ」が存在する部位では、正極活物質30の結晶構造が歪み、正極活物質30の最表面部にずれが生じている。すなわち、(003)格子面のずれが存在している箇所では、図1の単位結晶32cのように、単位結晶が傾けられる。このとき、単位結晶32cのLi層34を構成するリチウム原子34aが配置されている方向もX方向に対して傾けられるので、(003)格子面のずれが存在する部位(図1における単位結晶32cの付近)ではX方向だけでなくY方向にも向かうリチウム伝導経路(換言すると「三次元的なリチウム伝導経路」)が形成される。したがって、ここで開示されるリチウム二次電池用正極では、三次元的なリチウム伝導経路が形成されている正極活物質を備えているため、従来の二次元的なリチウム伝導経路が形成されている正極活物質よりも正極活物質の内部抵抗を低くすることができる。
【0030】
また、上記正極活物質の(003)格子面のずれの頻度は、結晶格子面において15×15nmのあたり1〜50箇所程度(好ましくは20箇所以下、より好ましくは2〜20箇所、典型的には10箇所程度)であるとよい。当該ずれの頻度は、正極活物質の結晶格子面の観察において、任意に定めた15nmを一辺とする正方形状の領域内に存在する(003)格子面のずれの数を計数したものである。
上述のように、正極活物質の(003)格子面にずれが存在している場合、正極活物質に三次元的なリチウム伝導経路が形成されるため、正極活物質の内部抵抗を低減させることができる。一方で、かかる「ずれ」の数が過剰になると、リチウム遷移金属複合酸化物の結晶構造が大きく乱れる(例えば、アモルファス化する)ので、正極活物質におけるリチウムイオンの挿入・放出が困難になる。
これに対して、ここで開示されるリチウム二次電池用正極の正極活物質では、(003)格子面に生じるずれの頻度を結晶格子面において15×15nmのあたり1〜50箇所程度(好ましくは20個以下、例えば10個程度)としているので、三次元的なリチウム電導経路が形成され、且つ、上記リチウム遷移金属複合酸化物の結晶構造を維持することができる。これによって、内部抵抗が低減されるとともに、リチウムイオンの挿入・放出が容易な正極活物質を備えたリチウム二次電池用正極を提供することができる。
【0031】
以上、本発明の好適な実施形態について説明した。
なお、上述したように、リチウム二次電池用正極の正極合材層には、正極活物質の他に導電材や結着剤などの添加物が添加されていてもよい。
導電材としては、カーボン粉末やカーボンファイバー等の導電性粉末材料が好ましく用いられる。カーボン粉末としては、種々のカーボンブラックを使用するとよく、例えば、アセチレンブラック、ファーネスブラック、ケッチェンブラックおよびグラファイト粉末からなる群より選択される少なくとも1種を好適に使用し得る。また、炭素繊維、金属繊維などの導電性繊維類などを単独又はこれらの混合物として含ませることができる。なお、これらのうち一種のみを用いても、二種以上を併用してもよい。また、本発明を限定するものではないが、導電材には、1μm以下(例えば0.001μm〜1μm)の平均粒径を有する材料がより好ましく用いられる。
結着材としては、一般的なリチウム二次電池に使用される結着材と同様のもの等を適宜採用することができ、使用する溶媒に溶解または分散可溶なポリマーを適宜採用するとよい。例えば、非水系溶媒を用いる場合、結着剤には、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)、ポリ塩化ビニリデン(PVDC)等のポリマーを好ましく用いることができる。一方、水系溶媒を用いる場合、結着剤には、カルボキシメチルセルロース(CMC;典型的にはナトリウム塩)、ヒドロキシエチルセルロース(HEC)、ヒドロキシプロピルセルロース(HPC)、メチルセルロース(MC)、酢酸フタル酸セルロース(CAP)、ヒドロキシプロピルメチルセルロース(HPMC)、ヒドロキシプロピルメチルセルロースフタレート(HPMCP)等のセルロース誘導体;または、ポリビニルアルコール(PVA)、ポリエチレンオキサイド(PEO)、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、テトラフルオロエチレン−パーフルオロアルキルビニルエーテル共重含体(PFA)、テトラフルオロエチレン−ヘキサフルオロプロピレン共重合体(FEP)、エチレン−テトラフルオロエチレン共重合体(ETFE)等のフッ素系樹脂;酢酸ビニル共重合体;スチレンブタジエンブロック共重合体(SBR)、アクリル酸変性SBR樹脂(SBR系ラテックス)、アラビアゴム等のゴム類等のポリマー;などを好ましく用いることができる。なお、上記結着材は、一種を単独で用いてもよく、二種以上を組み合わせて用いてもよい。また、上記で例示したポリマー材料は、結着材としての機能の他に、増粘材その他の添加材としての機能を発揮する目的で正極合材層に添加されることもあり得る。
【0032】
次に、上述のリチウム二次電池用正極を製造する方法(以下、単に製造方法と称する。)について説明する。なお、以下の説明において特に言及しない事項については、本発明の目的を実現し得る限りにおいて、従来から用いられるリチウム二次電池用正極の製造方法と同様の技術を適宜採用することができる。
【0033】
上記製造方法を実施するにあたり、正極活物質を用意する手段として従来公知の方法を用いることができる。例えば、上記リチウム遷移金属複合酸化物の原子組成に応じて、適宜選択されるいくつかの原料化合物を所定のモル比で混合し、適当な手段で焼成することによって該酸化物を調製することができる。そして、焼成後の該酸化物を適当な手段で冷却、粉砕、分級することにより、所望する平均粒径および/または粒径分布を有する二次粒子によって実質的に構成された粒状の正極活物質を得ることができる。
【0034】
ここで開示される製造方法では、上述のプロセスで得た正極活物質を備えた正極合材層を正極集電体の表面に形成する。具体的には、先ず、上述の工程で得られた正極活物質と、他の添加物(結着剤、導電材など)と、溶媒とを混ぜ合わせて、正極合材層の前駆物質である正極ペーストを調製する。そして、該正極ペーストを、正極集電体の表面(集電体の片面若しくは両面)に付与し、該正極ペーストを乾燥させることによって、正極集電体の表面に正極合材層が形成される。正極ペーストを調製する際に用いる分散媒としては、水系溶媒(例えば、水など)や非水系溶媒(例えば、トルエン、N−メチル−2ピロリドン(NMP)、メチルエチルケトンなど)を用いることができる。また、上記正極ペーストを正極集電体の表面に付与する方法としては、従来公知の方法と同様の技法を適宜採用することができる。かかる技法を実施するためには、例えば、スリットコーター、グラビアコーター、ダイコーター、コンマコーター等の塗布装置を用いることができる。
【0035】
ここで、本実施形態に係る製造方法は、上述したリチウム二次電池用正極の製造プロセスに中に、正極活物質の結晶格子面において15×15nmのあたり1〜50箇所の(003)格子面のずれを生じさせることを特徴とする。正極活物質の結晶格子面において15×15nmのあたり1〜50箇所の(003)格子面のずれを生じさせるための処理は、種々の方法を利用することができる。かかる処理の一例としては、種々の物理的エネルギーを伴うスパッタリング処理(例えば、プラズマスパッタリング処理、イオンビームスパッタリング処理など)が挙げられる。
【0036】
以下、正極活物質の結晶格子面において15×15nmのあたり1〜50箇所の(003)格子面のずれを生じさせるための処理として、上述のようなスパッタリング処理を利用した場合について説明する。
【0037】
ここで開示される製造方法では、予め正極活物質の(003)格子面にずれを生じさせ、当該正極活物を用いて、正極合材層を形成する。この場合、後述する(003)格子面にずれを生じさせる処理を、正極活物質のみに対して行うことができるので、(003)格子面のずれが存在するリチウム二次電池用正極を容易に製造することができる。さらに詳しく述べると、正極活物質の(003)格子面にずれを生じさせる処理には、焼成後のリチウム遷移金属複合酸化物を冷却、粉砕、分級したもの(正極活物質)を提供するとよい。
【0038】
ここでは、先ず、分級後の正極活物質を正負極の正極を備えたチャンバーの内部に収容する。このとき、正極活物質は、該チャンバー内の負極側に配置するとよい。これによって、後述するプラズマスパッタリング処理において、イオン化された原子を正極活物質に適切に衝突させることができる。
【0039】
次に、チャンバー内を不活性ガスで満たす。当該不活性ガスとしては、アルゴン(Ar)、ヘリウム(He)、ネオン(Ne)、クリプトン(Kr)キセノン(Xe)、窒素(N)、酸素(O)などの原子を含むガスを用いることができ、これらの中でもArを含むガス(以下、「Arガス」と称する。)を用いることが好ましい。また、Arガスを用いた場合のArの原子数は、1×10−18個/cm〜1×10−14個/cm程度、より好ましくは1×10−17個/cm〜1×10−15個/cm程度であるとよい。
【0040】
そして、不活性ガスで満たされたチャンバー内に電圧を加えることによって、上記プラズマスパッタリング処理を実施する。不活性ガスとして原子数が1×10−16個/cm程度のArガスを用いた場合、チャンバー内へ0.1keV〜5keV程度(好ましくは0.5keV〜1keV程度)の加速電圧を加えるとよい。また、上述の条件でスパッタリング処理を行う場合、処理時間は0.1分〜10分(好ましくは0.5分〜2分)程度に定めるとよい。
【0041】
上述のように、プラズマスパッタリング処理を行うと、不活性ガスに含まれる原子がイオン化される。該イオン化された原子は、正極から負極に向かって移動し、チャンバー内に収容された正極活物質の表面に衝突する。このとき、正極活物質の表面には、局所的な物理的衝撃が加えられる。当該衝撃が加えられた箇所では、正極活物質を構成する単位結晶が傾き、正極活物質の(003)格子面にずれが生じる。このように、プラズマスパッタリング処理を行うことによって、正極活物質の(003)格子面に対して、局所的にずれを生じさせることができるので、正極活物質の結晶構造を維持しつつ正極活物質の(003)格子面にずれを生じさせることが容易になる。
また、上述の不活性ガス中の原子数、加速電圧の値、処理時間などを操作することによって、(003)格子面のずれを生じさせる頻度は容易に変更することができる。このため、かかる方法によれば、結晶格子面において15×15nmのあたり1〜50箇所程度(好ましくは20箇所以下、より好ましくは2〜20箇所、典型的には10箇所程度)の(003)格子面のずれを正極活物質に生じさせることができる。
【0042】
以上、リチウム二次電池用正極を製造する方法について説明した。なお、上述の製造方法は、本発明の一実施形態を示したものであり、本発明を限定することを意図したものではない。
例えば、上述の説明では、(003)格子面のずれを生じさせた正極活物質を用いて、正極合材層を作成していた。しかし、正極活物質の(003)格子面にずれを生じさせる処理は他のタイミングで実施することもできる。具体的には、正極活物質を含んだ正極ペーストや正極合材層を形成した後に上記プラズマスパッタリング処理をしてもよい。
また、プラズマスパッタリング処理における「不活性ガス中の原子数」、「加速電圧」、「処理時間」の数値は、相互に影響することによって適切な値が変化する。したがって、上述の各要素の数値範囲は、本発明を実施する際の一例を示しただけであり、本発明を限定することを意図したものではない。
【0043】
次に、上述したリチウム二次電池用正極を用いた角型形状のリチウム二次電池(リチウムイオン電池)について図2および図3を参照しながら詳細に説明する。なお、以下の説明は、本発明をかかる実施形態に限定することを意図したものではない。また、以下の説明において特に言及している事項以外の事柄であって本発明の実施に必要な事柄(例えば、電極体の構成および製造方法、セパレータの構成および製造方法、リチウム二次電池その他の電池の構築に係る一般的技術等)は、当該分野における従来技術に基づく当業者の設計事項として把握され得る。
なお、以下の図面において、同じ作用を奏する部材・部位には同じ符号を付し、重複する説明は省略又は簡略化することがある。また、各図における寸法関係(長さ、幅、厚さ等)は実際の寸法関係を反映するものではない。
【0044】
図2は、一実施形態に係る角型形状のリチウム二次電池100を模式的に示す斜視図であり、図3は、図2中のIII−III線断面図である。また、図4は、当該リチウム二次電池100の電極体20を捲回して作製する状態を模式的に示す斜視図である。
【0045】
図2および図3に示されるように、本実施形態に係るリチウム二次電池100は、直方体形状の角型の電池ケース10と、該ケース10の開口部12を塞ぐ蓋体14とを備える。この開口部12より電池ケース10内部に扁平形状の電極体(捲回電極体20)及び電解質を収容することができる。また、蓋体14には、外部接続用の正極端子48と負極端子58とが設けられており、それら端子48,58の一部は蓋体14の表面側に突出している。また、外部端子48,58の一部はケース内部で内部正極端子47または内部負極端子57にそれぞれ接続されている。
【0046】
次に、図3および図4を参照し、本実施形態に係る捲回電極体20について説明する。図4に示されるように、捲回電極体20は、長尺状の正極集電体42の表面に正極合材層44を有するシート状の正極40、長尺シート状のセパレータ60、長尺状の負極集電体52の表面に負極合材層54を有するシート状の負極50とから構成される。そして、捲回軸方向Rの方向での断面視において、正極40及び負極50は、2枚のセパレータ60を介して積層されており、正極40、セパレータ60、負極50、セパレータ60の順に積層されている。該積層物は、軸芯(図示しない)の周囲に筒状に捲回され、得られた捲回電極体20を側面方向から押しつぶして拉げさせることによって扁平形状に成形されている。
【0047】
本実施形態に係るリチウム二次電池100では、上述のリチウム二次電池用正極が正極40として用いられている。
【0048】
また、図3、4に示されるように、本実施形態に係る捲回電極体20は、その捲回軸方向Rの中心部において、正極集電体42の表面上に形成された正極合材層44と、負極集電体52の表面上に形成された負極合材層54とが重なり合って密に積層された部分が形成されている。また、捲回軸方向Rに沿う方向での断面視において、該方向Rの一方の端部において、正極合材層44が形成されずに正極集電体42の露出した部分(正極合材層非形成部46)がセパレータ60および負極50(あるいは、正極合材層44と負極合材層54との密な積層部分)からはみ出た状態で積層されて構成されている。即ち、上記電極体20の端部には、正極集電体42における正極合材層非形成部46が積層されて成る正極集電体積層部45が形成されている。また、電極体20の他方の端部も正極40と同様の構成であり、負極集電体52における負極合材層非形成部56が積層されて、負極集電体積層部55が形成されている。なお、セパレータ60は、ここでは正極合材層44および負極合材層54の積層部分の幅より大きく、該電極体20の幅より小さい幅を備えるセパレータが用いられ、正極集電体42と負極集電体52が互いに接触して内部短絡を生じさせないように正極合材層44および負極合材層54の積層部分に挟まれるように配されている。
【0049】
セパレータ60は、正極40および負極50の間に介在するシートであって、正極40の正極合材層44と、負極50の負極合材層54にそれぞれ接するように配置される。そして、正極40と負極50における両合材層44,54の接触に伴う短絡防止や、該セパレータ60の空孔内に電解質(非水電解液)を含浸させることにより電極間の伝導パス(導電経路)を形成する役割を担っている。
かかるセパレータ60の構成材料としては、樹脂からなる多孔性シート(微多孔質樹脂シート)を好ましく用いることができる。ポリプロピレン、ポリエチレン、ポリスチレン等の多孔質ポリオレフィン系樹脂が特に好ましい。
【0050】
本実施形態に係るリチウム二次電池は、以下のように構築することができる。上述した態様で、上記リチウム二次電池用正極(正極40)及び負極50を2枚のセパレータ60と共に積重ね合わせて捲回し、得られた捲回電極体20を側面方向から押しつぶして拉げさせることによって扁平形状に成形する。そして、正極集電体42の正極合材層非形成部46に内部正極端子47を、負極集電体52の負極合材層非形成部56には内部負極端子57をそれぞれ超音波溶接、抵抗溶接等により接合し、上記扁平形状に形成された捲回電極体20の正極40または負極50と電気的に接続する。こうして得られた捲回電極体20を電池ケース10に収容した後、非水電解液を注入し、注入口を封止することによって、本実施形態のリチウム二次電池100を構築することができる。なお、電池ケース10の構造、大きさ、材料(例えば金属製またはラミネートフィルム製であり得る)、および正負極を主構成要素とする電極体の構造(例えば捲回構造や積層構造)等について特に制限はない。
【0051】
なお、非水電解液は、従来からリチウム二次電池に用いられる非水電解液と同様のものを特に限定なく使用することができる。かかる非水電解液は、典型的には、適当な非水溶媒に支持塩を含有させた組成を有する。上記非水溶媒としては、例えば、プロピレンカーボネート(PC)、エチレンカーボネート(EC)、ジエチルカーボネート(DEC)、ジメチルカーボネート(DMC)、エチルメチルカーボネート(EMC)等からなる群から選択された一種又は二種以上を用いることができる。また、上記支持塩としては、例えば、LiPF、LiBF、LiClO、LiAsF、LiCFSO、LiCSO、LiN(CFSO、LiC(CFSO、LiI等のリチウム化合物(リチウム塩)を用いることができる。なお、非水電解液における支持塩の濃度は、従来のリチウム二次電池で使用される非水電解液と同様でよく、特に制限はない。適当なリチウム化合物(支持塩)を0.5〜1.5mol/L程度の濃度で含有させた電解質を使用することができる。
【0052】
このようにして構築されたリチウム二次電池100は、上述したように、車両搭載用高出力電源として優れた電池特性(ハイレート特性またはサイクル特性)を示すものであり得る。従って、本発明に係るリチウム二次電池100は、特に自動車等の車両に搭載されるモーター(電動機)用電源として好適に使用し得る。従って、図5に模式的に示すように、かかるリチウム二次電池100(当該リチウム二次電池100を複数個直列に接続して形成される組電池の形態であり得る。)を電源として備える車両(典型的には自動車、特にハイブリッド自動車、電気自動車、燃料電池自動車のような電動機を備える自動車)1を提供する。
【0053】
以下、本発明に関する試験例を説明する。なお、ここで説明する内容は、本発明をかかる具体例に示すものに限定することを意図したものではない。
【0054】
ここで説明する試験では、リチウム二次電池用正極を作製し、かかるリチウム二次電池用正極の正極活物質における(003)格子面のずれを計数した。また、かかるリチウム二次電池用正極を用いて、リチウム二次電池を構築し、該電池の交流インピーダンスを測定した。
【0055】
<リチウム二次電池用正極の作製>
正極活物質の出発原料として、リチウム供給源である水酸化リチウム、ニッケル供給源である硝酸ニッケル、コバルトの供給源である硝酸コバルトおよびマンガンの供給源である硝酸マンガンとを、Liと他の全ての構成金属元素の合計(Mall)とのモル比(Li/Mall)が1:1となるような分量で混合した。
そして、上記出発原料の混合物を焼成した。当該焼成では、大気中において室温から徐々に昇温し、所定の仮焼成温度で上記混合物を約5時間加熱した。次いで、さらに昇温し、仮焼成によって得られた仮焼成物を所定の最高焼成温度で約20時間加熱して焼成した。かかる焼成により、リチウム、ニッケル、コバルト及びマンガンを構成元素として有する層状構造のリチウム遷移金属複合酸化物であるリチウム遷移金属複合酸化物粉末(LiNi0.33Co0.33Mn0.33)を得た。そして、焼成後のリチウム遷移金属複合酸化物を冷却、粉砕、分級して、正極活物質を得た。
【0056】
次に、正極活物質(分級後のリチウム遷移金属複合酸化物粉末)に対して、スパッタリング処理を行った。当該スパッタリング処理では、Ar含有量が1×10−16個/cmであるAr含有ガスで満たしたチャンバー内の負極側に、上記正極活物質を配置し、加速電圧2.0keV、処理時間1分の条件でチャンバー内に電圧を加えた。
【0057】
そして、上記スパッタリング処理後の正極活物質を用いて正極合材層の前駆物質である正極ペーストを調製した。正極ペーストの調製では、分散媒としてのN−メチル−2−ピロリドン(NMP)に、上記正極活物質と、結着材としてのポリフッ化ビニリデン(PVDF)と、導電材としてのアセチレンブラックとを加えて混合した。そして、厚み約15μmのアルミニウム箔からなる正極集電体を用意し、ダイコーターを用いて該正極集電体の両面に上記正極ペーストを塗布した。塗布後、正極ペーストを乾燥させ、乾燥した正極ペーストに対してプレスを行い、正極集電体の表面(両面)に正極合材層を形成した。以下、上述の製造プロセスを経て得られたリチウム二次電池用正極をサンプル1と称する。
【0058】
<(003)格子面のずれの計数>
ここでは、サンプル1を作製する際に用いた正極活物質の表面(003格子面)を透過型電子顕微鏡(TEM)で観察した。そして、TEM観察下において15nmを一辺とする正方形状の領域を無作為に3つ設定し、かかる領域内に存在する(003)格子面のずれを目視でカウントした。当該カウントの際に設定した領域を図6〜図8に示す。なお、図6〜図8では、上記(003)格子面のずれが存在している箇所に記号「T」を付している。
【0059】
図6〜8に示すように、サンプル1では、無作為に設定した3つの領域の何れにも(003)格子面(最表面))にずれが存在していた。第一の領域内(15×15nm)には11個の(003)格子面のずれが確認できた(図6参照)。また、第二の領域内では10個の(003)格子面のずれが確認でき(図7参照)、第三の領域内では9個の(003)格子面のずれが確認できた(図8参照)。
【0060】
上述の結果から、層状構造のリチウム遷移金属複合酸化物からなる正極活物質に対して、スパッタリング処理を行うことによって正極活物質の(003)格子面にずれを生じさせることができることが分かった。また、スパッタリング処理の条件を上述の様に定めた場合、15×15nmあたり10±2箇所程度の頻度で(003)格子面のずれを生じさせることができることが分かった。
【0061】
<試験用リチウム二次電池(「電池1」の構築>
次に、上記サンプル1を正極として用いて試験用リチウム二次電池を構築した。具体的には、正極に上記サンプル1を用い、負極にカーボン材料(人造黒鉛)を負極活物質として用いた電極を用いた。そして、当該正極および負極を2枚のセパレータとともに積層し、この積層シートを捲回して捲回電極体を作製した。そして、この電極体を電解液とともに電池ケース内に収容して、18650型電池(径18mm、高さ65mm)を構築した。この際、電解液には、エチレンカーボネート(EC)とエチルメチルカーボネート(EMC)とジメチルカーボネート(DMC)とを3:3:4(体積比)の割合で混合した1.0MのLiPFを用いた。以下の説明では、当該リチウム二次電池を「電池1」と称する。
【0062】
<電池2の作製>
また、上記電池1の比較対照として、従来のリチウム二次電池用正極を用いてなる試験用リチウム二次電池(以下、「電池2」と称する。)も構築した。電池2は、正極合材層が備える正極活物質に対して、上述したような(003)格子面にずれを生じさせる処理を実施していない点を除いて、上記電池1と同様の材料およびプロセスで構築されている。
【0063】
<交流インピーダンス測定>
ここでは、電池1および電池2に対して交流インピーダンス測定を行った。かかる測定を行うにあたり、充電レベル(SOC)が40%になるように電池1および電池2を充電し、−30℃の環境下に配置した。そして、各々の電池に対して0.001Hz〜1000Hzの周波数で交流電流を流し、各周波数における内部抵抗の絶対値を測定した。かかる測定結果を図9に示す。なお、図9のグラフにおいて、横軸は交流電流の周波数(Hz)、縦軸は内部抵抗の絶対値(|Z|(mΩ))を示している。
【0064】
図9に示すように、高周波域(1000Hz〜1Hz)では、電池1、2ともに内部抵抗が低くなったため、大きな差が見られなかった。しかし、低周波数域(1Hz〜0.001Hz)になるにつれて、電池2の内部抵抗よりも、電池1の内部抵抗の方が低くなる傾向が見られた。例えば、交流電流の周波数が0.1Hzの場合、電池1の内部抵抗が4010(mΩ)程度になり、電池2の内部抵抗が4550(mΩ)程度になった。そして、周波数が0.001Hzの場合、電池1の内部抵抗が4660(mΩ)程度になり、電池2の内部抵抗が5350(mΩ)程度になった。
【0065】
このように、(003)格子面にずれが存在するリチウム遷移金属複合酸化物を正極活物質として用いたリチウム二次電池用正極では、従来のリチウム二次電池用正極に比べて、内部抵抗が低くなった。したがって、このため、かかる正極活物質を用いてリチウム二次電池を構築すると、従来よりも好適な電池特性を得ることができると解される。
【産業上の利用可能性】
【0066】
ここに開示されるリチウム二次電池用正極は、リチウム二次電池の内部抵抗を低減させることができ、ハイレート特性などの電池特性に優れたリチウム二次電池を構築することに貢献することができる。
【符号の説明】
【0067】
10 電池ケース
12 開口部
14 蓋体
20 電極体(捲回電極体)
30 正極活物質
32a〜32d 単位結晶
34 Li層
34a リチウム原子
36 金属層
36a 遷移金属原子
38 酸素層
38a 酸素原子
40 正極
42 正極集電体
44 正極合材層
45 正極集電体積層部
46 正極合材層非形成部
47 内部正極端子
48 正極端子
50 負極
52 負極集電体
54 負極合材層
55 負極集電体積層部
56 負極合材層非形成部
57 内部負極端子
58 負極端子
60 セパレータ
100 リチウム二次電池


【特許請求の範囲】
【請求項1】
正極合材層が正極集電体の表面に形成されているリチウム二次電池用正極であって、
前記正極合材層は、層状構造を有するリチウム遷移金属複合酸化物からなる正極活物質を備えており、
ここで、前記正極活物質の結晶格子面において15×15nmあたり1〜50箇所の(003)格子面のずれが存在することを特徴とする、リチウム二次電池用正極。
【請求項2】
前記リチウム遷移金属複合酸化物は、以下の一般式:
LixMO
(ここで、xは0<x<1.3を満足する実数であり、Mは1又は2以上の遷移金属元素であって、少なくともNi、CoおよびMnからなる群から選択される一種の遷移金属元素を含む)
で示される化合物である、請求項1に記載のリチウム二次電池用正極。
【請求項3】
前記正極活物質は、前記結晶格子面において15×15nmのあたり20箇所以下の(003)格子面のずれが存在することを特徴とする、請求項1又は2に記載のリチウム二次電池用正極。
【請求項4】
請求項1〜3の何れかに記載のリチウム二次電池用正極を備えたリチウム二次電池。
【請求項5】
請求項4に記載のリチウム二次電池を備えた車両。
【請求項6】
層状構造を有するリチウム遷移金属複合酸化物からなる正極活物質を備えた正極合材層を正極集電体の表面に形成してなるリチウム電池用正極を製造する方法において、
前記正極活物質の結晶格子面において15×15nmあたり1〜50箇所の(003)格子面のずれを生じさせることを特徴とする、製造方法。
【請求項7】
前記正極活物質に対してプラズマスパッタリング処理を行うことによって、前記正極活物質の(003)格子面にずれを生じさせる、請求項6に記載の製造方法。
【請求項8】
予め(003)格子面にずれを生じさせた正極活物質を用いて、前記正極合材層を形成する、請求項6又は7に記載の製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate


【公開番号】特開2012−9231(P2012−9231A)
【公開日】平成24年1月12日(2012.1.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−143163(P2010−143163)
【出願日】平成22年6月23日(2010.6.23)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】