説明

リフレクトアレー

【課題】入射波を所望の方向に反射させるリフレクトアレーにおいてグレーティングローブを抑制すること。
【解決手段】リフレクトアレーは、互いに隣接する少なくとも第1及び第2の素子配列を有し、第1及び第2の素子配列の各々は複数の素子を含み、第1及び第2の素子配列の内の1つの素子配列に属する2つの素子がそれぞれ反射する電波の位相差は、2つの素子の間隔と電波の反射角を引数とする三角関数の値との積に比例し、1つの素子配列に属する複数の素子全体にわたる位相差の合計は2πに相当し、第1の素子配列に属する任意の素子が反射する電波の位相は、第2の素子配列に属する何れの素子が反射する電波の位相とも異なる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はリフレクトアレーに関連する。
【背景技術】
【0002】
無線通信において、電波の伝搬経路に建物等の障害物が存在すると、受信レベルが劣化してしまう。このため、その建物と同程度以上の高所に反射板(リフレクタ)を設け、電波が届きにくい場所に反射波を送る技術がある。反射板により電波を反射する場合において、垂直面内における電波の入射角が比較的小さかった場合、反射板は電波を所望方向に向けることが困難になってしまう(図1)。一般に、電波の入射角と反射角は等しいからである。この問題に対処するため、地面を覗き込むように反射板を傾斜させることが考えられる。そのようにすると、反射板に対する入射角及び反射角を大きくすることができ、到来波を所望方向に向けることができる。しかしながら、電波を遮るような建物と同程度に高い場所の反射板を、地面側に傾けて設置することは、安全性の観点からは好ましくない。このような観点から、電波の入射角と反射角が異なるリフレクタ、すなわち電波の入射角が比較的小さかったとしても所望方向に反射波を向けることが可能なリフレクタが望まれている。
【0003】
このようなリフレクタはいくつかの技法で実現可能であるが、本発明はメタマテリアルとして実現するリフレクタに関連する。一般に「メタマテリアル」は自然界には存在しない電磁的性質を発揮できるように人工的に形成された装置である。具体的には、平面的に配置された多数の素子でリフレクタを形成し、素子の各々が、意図された所定の位相の電波を反射するように設計することで、反射角が制御される。この種のリフレクタは、多数の素子を有するので、リフレクトアレーとも言及される。従来のリフレクトアレーについては例えば非特許文献1に記載されている。
【0004】
従来のリフレクトアレーにおいて、入射波を所望の方向(θ=α)で反射させようとした場合、所望の方向(θ=α)だけでなく、別の方向(θ=-α)にも不要な反射波が生じてしまう。このような不要な反射波はサイドローブ又はグレーティングローブと呼ばれる。グレーティングローブは、所望方向のビーム(メインローブ)の電力を弱め、また、所望方向以外において不要な干渉を引き起こすので、十分に抑制されることが望ましい。しかしながら、メタマテリアルで形成されたリフレクトアレーにおいて、グレーティングローブを効果的に抑制することは十分にはできていない。
【0005】
なお、従来のアレーアンテナに対するグレーティングローブ削減の方法として、素子間隔を1/2λよりも小さくする方法(非特許文献2)、給電アレーの間に無給電のサブアレーを用いる方法(特許文献1)、不等間隔給電と無給電サブアレーを組み合わせる方法(特許文献2)等がある。また、非特許文献3によれば、従来のマッシュルーム構造を用いたリフレクトアレーが-π/2からπ/2までをπ/10ごとの位相差を与えて設計されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2010-219588号公報
【特許文献2】特開2010-212877号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】T. Maruyama, T. Furuno, and S. Uebayashi, “Experiment and analysis of reflect beam direction control using a reflector having periodic tapered mushroom-like structure,” ISAP2008, MO-IS1, 1644929, p. 9.
【非特許文献2】オーム社:アンテナ工学ハンドブックp.201
【非特許文献3】K. Chang, J. Ahn, and Y. J. Yoon, ”High-impedance surface with nonidentical lattices,” iWAT2008, P315, pp. 474~477, 2008.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の課題は、入射波を所望の方向に反射させるリフレクトアレーにおいてグレーティングローブを抑制することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
一実施形態によるリフレクトアレーは、
互いに隣接する少なくとも第1及び第2の素子配列を有するリフレクトアレーであって、
前記第1及び第2の素子配列の各々は複数の素子を含み、
前記第1及び第2の素子配列の内の1つの素子配列に属する2つの素子がそれぞれ反射する電波の位相差は、該2つの素子の間隔と前記電波の反射角を引数とする三角関数の値との積に比例し、
前記1つの素子配列に属する複数の素子全体にわたる前記位相差の合計は2πに相当し、
前記第1の素子配列に属する任意の素子が反射する電波の位相は、前記第2の素子配列に属する何れの素子が反射する電波の位相とも異なる、リフレクトアレーである。
【発明の効果】
【0010】
一実施形態によれば、入射波を所望の方向に反射させるリフレクトアレーにおいてグレーティングローブを抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】従来の問題点を説明するための図。
【図2】リフレクトアレーの部分拡大図。
【図3】リフレクトアレーの平面図。
【図4】リフレクトアレーの原理を説明するための図。
【図5】適切な反射位相とともに電波が反射される様子を示す図。
【図6】マッシュルーム構造に対する等価回路図。
【図7】パッチサイズと反射位相との関係を示す図。
【図8】垂直制御のためのリフレクトアレーの平面図。
【図9】垂直制御におけるパッチの一例を示す図。
【図10】垂直制御におけるパッチの別の例を示す図。
【図11】垂直制御におけるパッチの更に別の例を示す図。
【図12】リフレクトアレーにおける素子の配置例を示す図。
【図13】シミュレーションモデルを示す図。
【図14】シミュレーションモデルのxz平面に関する断面図。
【図15】シミュレーションモデルの平面図。
【図16−1】1層目の導電層に関する平面図。
【図16−2】2層目の導電層に関する平面図。
【図16−3】3層目の導電層に関する平面図。
【図16−4】4層目の導電層に関する平面図。
【図16−5】5層目の導電層に関する平面図。
【図17】各種のパラメータの値を示す図。
【図18】各素子のパッチサイズを示す図。
【図19】Δφ=23度の場合に個々の素子に設定される反射位相を示す図。
【図20】反射波の遠方放射界を示す図。
【図21】従来例のためのシミュレーションモデルを示す図。
【図22】Δφ=24度の場合に個々の素子に設定される反射位相を示す図。
【図23】従来例による反射波の遠方放射界を示す図。
【図24】本発明と従来例の比較例を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、添付図面を参照しながら実施例を説明する。図中、同様な要素には同じ参照番号又は参照符号が付されている。実施例は次の観点から説明される。
【0013】
1.リフレクトアレー
2.発明原理
3.シミュレーション
【0014】
<1.リフレクトアレー>
図2は一実施形態によるリフレクトアレーの部分拡大図を示す。図示の例の場合、リフレクトアレーは、平面状に並ぶ多数の素子で形成され、多数の素子の各々はマッシュルーム構造を有する。個々のマッシュルーム構造は、接地プレート51と、ビア52と、パッチ53とを有する。図示の例の場合、ある直線pに沿って3つの素子が並んでおり、直線pに平行な別の直線qに沿って3つの素子が並んでおり、全部で6つの素子が示されている。図示の簡明化のため描かれていないが、実際には、直線p、qに沿って更に多くの素子が整列しており、直線p、qに平行な他の直線に沿う素子も存在する。すなわち、リフレクトアレーはx軸方向及びy軸方向に沿って整列した多数の素子を有する。図3は一実施形態によるリフレクトアレーの平面図を示す。
【0015】
図2に示されている接地プレート51は、多数の素子(マッシュルーム構造)に対して共通の電位を供給する導体である。Δx及びΔyは、隣接する素子におけるビア同士の間のx軸方向の間隔及びy軸方向の間隔をそれぞれ示す。Δx及びΔyは、マッシュルーム構造1つ分に対応する接地プレート51のサイズを表す。一般に、接地プレート51は多数のマッシュルーム構造が並んだアレイと同程度に大きい。
【0016】
ビア52は、接地プレート51とパッチ53とを電気的に接続又は短絡するために設けられる。
【0017】
パッチ53は、x軸方向にWxの長さを有し、y軸方向にWyの長さを有する。パッチ53は、接地プレート51に対して平行に距離tを隔てて設けられ、ビア52を介して接地プレート51に接続又は短絡される。
【0018】
図示されてはいないが、パッチ53と接地プレート51との間には誘電体又は絶縁体が存在し、ビア52はその誘電体を貫通している。
【0019】
図4はリフレクトアレーの動作原理を説明するための図を示す。図示のリフレクトアレーは、y軸方向に並んだ複数の素子M1ないしMNを有し、これらN個の素子と同様な構造が、y軸方向及びx軸方向に反復的に設けられている。素子の各々は電波を反射する何らかの素子であり、図示の例ではマッシュルーム構造である。電波は、z軸∞方向から到来又は入射し、z軸方向に対して角度αをなして反射する。隣接する素子同士の間隔がΔyであったとすると、これらの素子による反射波の位相差Δφ及び反射角αは次式を満たす。
【0020】
Δφ=(2π/λ)×Δy×sin(α)
α=sin-1[(λΔφ)/(2πΔy)]
λは電波の波長である。一例として、λは2.72cmであり、これは11GHzの電波に対応する。波長に比べて十分大きなリフレクトアレーを構成する場合、y軸方向に整列するN個の素子M1ないしMNの全体による反射位相差N×Δφが、360度(2πラジアン)になるように、個々の素子の反射位相を設定することが望ましい。例えば、N=4の場合、Δφ=360/4=90度である。したがって、少なくとも理論上は、隣接する素子間の反射位相差が90度であるように素子を設計し、それらを4個並べたものを2次元的に反復的に並べることで、角度αの方向に電波を反射するリフレクトアレーを実現することが原理的には可能である。ただし、後述するようにグレーティングローブの問題が生じてしまう。
【0021】
図5は、隣接する素子同士の位相差が90度である場合の反射波を模式的に示す。90度ずつ反射位相が変化する4つの素子を1つの単位として、周期的な構造を実現することで、所望のリフレクトアレーを実現することができる。図5には、各反射波における等位相面が破線で示されている。
【0022】
図6は、図2に示すマッシュルーム構造の等価回路を示す。図2に示されるように、線pに沿って並ぶ素子のパッチ53と、線qに沿って並ぶ素子のパッチ53との間のギャップ(隙間、間隔)に起因して、キャパシタンスCが生じる。更に、素子のビア52及び接地プレート51に起因してインダクタンスLが生じる。したがって、隣接するマッシュルーム構造の等価回路は、図6右側に示されるような回路になる。すなわち、等価回路において、インダクタンスLとキャパシタンスCとが並列に接続されている。キャパシタンスC、インダクタンスL、表面インピーダンスZs及び反射係数Γは、次のように表すことができる。
【0023】
【数1】

数式(1)において、ε0は真空の誘電率を表し、εrはパッチ同士の間に介在する材料の比誘電率を表す。「素子間隔」は上記の例の場合、x軸方向のビア間隔Δxである。「ギャップ」は隣接するパッチ同士の隙間又は間隔であり、上記の例の場合、(Δx-Wx)である。Wxはx軸方向のパッチの長さを表す。すなわち、arccosh関数の引数は、素子間隔とギャップとの比率を表す。数式(2)において、μはビア同士の間に介在する材料の透磁率を表し、tはパッチ53の高さ(接地プレート51からパッチ53までの距離)を表す。数式(3)において、ωは角周波数を表し、jは虚数単位を表す。数式(4)において、ηは自由空間インピーダンスを表し、Φは位相差を表す。
【0024】
図7は、図2に示すような素子のパッチのサイズWxと反射位相φとの関係を示す。図示されているように、素子のパッチのサイズと反射位相との間には一定の関係がある。上述したように、リフレクトアレーの場合、整列するN個の素子の全体による反射位相差N×Δφが、360度(2πラジアン)になるように、個々の素子の反射位相φを設定することが望ましい。従って、リフレクトアレーの設計においては、個々の素子が適切な反射位相を実現するように、キャパシタンスC及びインダクタンスLを適切に設定する必要がある。一般に、素子の反射位相は、共振周波数において0になり、共振周波数は上記のキャパシタンスC及びインダクタンスLにより決定される。従って、個々の素子が実現すべき反射位相は、パッチやビアの寸法等を適切に設定し、キャパシタンスC及びインダクダンスLの値を適切な値に設定することで実現される。
【0025】
図7は、5種類の基板の厚みtの各々について、パッチのサイズWxと反射位相との関係を示す。基板の厚みはビアの高さと同義である。t02は厚みtが0.2mmである場合のグラフを表す。t08は厚みtが0.8mmである場合のグラフを表す。t16は厚みtが1.6mmである場合のグラフを表す。t24は厚みtが2.4mmである場合のグラフを表す。t22は厚みtが2.2mmである場合のグラフを表す。ビア間隔Δx及びΔyは、一例として1.93mmである。
【0026】
グラフt02より、厚さを0.2mmとすることにより、反射位相を175度の周辺にできることがわかる。しかし、パッチのサイズWxが0.5mmから1.9mmまで変化しても、反射位相の値はほとんど変化しない。グラフt08より、厚さを0.8mmとすることにより、位相を160度の周辺とすることができる。この場合、パッチのサイズWxが0.5mmから1.9mmまで変化すると、反射位相は約162度から148度まで変化するが、変化の範囲は14度であり、比較的狭い。グラフt16より、厚さを1.6mmとすると位相は135度以下になり、パッチのサイズWxが0.5mmから1.8mmに変化する場合、反射位相は135度から90度まで緩慢にしか減少していないが、サイズWxが1.8mmより大きくなると、反射位相は急激に減少し、サイズWxが1.9mmの場合に、-20度付近に達する。グラフt24の場合、パッチのサイズWxが0.5mmから1.5mmに変化する場合、反射位相は107度から57度まで緩慢にしか減少していないが、サイズWyが1.5mmより大きくなると、反射位相は急激に減少し、サイズWxが1.9mmの場合に、反射位相は、-110度付近に達する。ビアの間隔が1.9mmの場合、パッチのサイズWxは1.9mmが限界値になるが、隣接するパッチが僅かな高低差とともに重なることが許容される場合、ビアの間隔より大きなパッチのサイズを使用することが可能になる。グラフt22はそのような場合に対応する。すなわち、一方の素子のビアの高さは2.4mmであり隣接する他方の素子のビアの高さは2.2mmである。グラフt22より、パッチのサイズWxが1.9mmから2.4mmに変化する場合、反射位相は-80度から-160度まで急激に減少するが、サイズWyが2.4mmより大きくなると、反射位相は緩慢にしか減少せず、サイズWxが3.1mmの場合に、反射位相は、-173度に達する。
【0027】
図2に示すようなマッシュルーム構造で素子を形成する場合、y軸方向のパッチサイズWyは全ての素子で同一であり、x軸方向のパッチサイズWxが素子の場所によって異なる。なお、パッチサイズWyが全ての素子で共通することは必須ではなく、素子毎に異なるように設計することも可能である。ただし、パッチサイズWyが全ての素子で同一であるマッシュルーム構造を用いてリフレクトアレーを設計する場合、設計が簡易になり、x軸方向のパッチサイズWxを、素子の場所に応じて決定すればよい。具体的には、様々なビアの高さ又は基板の厚みtの内、設計に使用するものを選択し、整列する複数のパッチ各々のサイズが、そのパッチの位置で必要な反射位相に応じて決定される。
【0028】
一例として、ビア間隔Δy=1.93mm、隣接する素子による反射位相差Δφ=24度、反射角α=70度、周波数f=11GHzであったとする。この場合、360度÷Δφ=15個の素子でリフレクトアレーの1単位を形成することが考えられる。15個の素子各々が実現すべき反射位相は、一例として、図7の四角印で示される点に対応する値とすることができる。図7はビア間隔が1.93mmの場合のグラフであり、ビア間隔が異なればグラフも異なるが、反射位相とパッチサイズとの間の相互関係は図7に示すものに類似している。
【0029】
ところで、図2-4に示す構造において、電界がx軸方向を向いた電波がz軸∞方向から到来すると、反射波は電界の方向に対して横方向(y軸方向)に反射する。このようにして反射波を制御することを便宜上「水平制御」と言及する。しかしながら本発明は水平制御に限定されない。例えば、図2-4に示す構造の代わりに、図8に示すような構造でリフレクトアレーを構成することで、電界がy軸方向を向いた電波を、電界の方向に対して縦方向(y軸方向)に反射させることが可能である。このようにして反射波を制御することを便宜上「垂直制御」と言及する。垂直制御の場合、ある方向(図8ではy軸方向)に沿って並ぶ複数の素子(パッチ)に関し、隣接する素子同士の間の隙間(ギャップ)は、その方向に沿って徐々に変化している。水平制御の場合は、ある直線(図2のp)に沿って整列する素子(パッチ)と、その直線に隣接する平行な直線(図2のq)に沿って整列する素子(パッチ)との間の隙間(ギャップ)が、それらの直線に沿って徐々に変化している。
【0030】
垂直制御を行う場合において、パッチサイズとギャップはいくつかの方法によって決めることができる。例えば、図9に示すように個々のパッチを対称に形成し且つ素子の間隔Δyを共通にしてもよいし、図10に示すように個々のパッチを非対称に形成し且つ素子の間隔Δyを共通にしてもよいし、図11に示すように個々のパッチを対称に形成し且つ素子の間隔を異ならせてもよい。これらは一例に過ぎず、適切な如何なる方法でパッチサイズ及びギャップが決定されてもよい。本発明によるリフレクトアレーは、水平制御及び垂直制御の何れの素子構造をも使用することができる。
【0031】
<2.発明原理>
図12はリフレクトアレーにおける素子の配置例を概略的に示す。リフレクトアレーは行列形式に配置された複数の素子配列G11、G12、G21、G22...を有する。個々の素子配列は、電波を反射する素子を複数個含み、それら複数個の素子全体で所望の方向に電波を反射させることができる。すなわち、任意の1つの素子配列に属する2つの素子がそれぞれ反射する波長λの電波の位相差Δφは、その2つの素子の間隔Δyと反射角αを引数とする三角関数の値sin(α)との積に比例する。Δφ=(2π/λ)×Δy×sin(α)。更に、1つの素子配列Gijに属する複数の素子全体にわたる位相差の合計は2πに相当する。
【0032】
従来のリフレクトアレーの場合、ある素子配列Gij内の個々の素子が実現する反射位相と、隣接する素子配列Gi±1j±1内の個々の素子が実現する反射位相とは完全に同一であるように設計されている。すなわち、図5に示すような設計の「第1周期」が図12の1つの素子配列(例えば、G11)に対応し、図5の設計の「第2周期」が図12の隣接する素子配列(例えば、G12、G21等)に対応する。例えば、第1周期における2番目の素子の反射位相は90度に設定されており、第2周期における2番目の素子の反射位相も90度に設定されている。より一般的には、y軸方向においてm番目の素子が反射する電波の位相と、(m+(2π/Δφ))番目の素子が反射する電波の位相は同一であるように決定される。このように同一の位相を有する反射波が周期的に生じることに起因して、所望方向θ=αだけでなく、非所望方向θ=-α方向にも反射波(グレーティングローブ)が発生してしまう。
【0033】
本発明の一実施形態では、従来とは異なり、ある素子配列Gijに属する任意の素子が反射する電波の位相は、隣接する素子配列Gi±1j±1に属する何れの素子が反射する電波の位相とも異なるように、個々の素子の位相が設計される。すなわち、隣接する2つの素子配列全体の中で、同じ反射位相を実現する素子は存在しない。このような反射位相を実現する方法として、少なくとも以下の2つが考えられる。
【0034】
[方法1]
方法の1つは、隣接する素子がそれぞれ反射する電波の位相差Δφと2πとの比率Xが、無限小数を含む値であるように、位相差Δφを決定することである。この点、(2π/Δφ)が自然数になるように位相差Δφを決定していた従来の方法と大きく異なる。
【0035】
例えば、ある素子の反射位相がφ0度(又は0ラジアン)であったとすると、隣接する素子の反射位相φ1は、φ10+Δφとなる。一般的には、m番目(mは自然数)の素子の反射位相φmは、φm0+(m-1)Δφとなる。右辺の第2項は、次のように変形できる。
【0036】
右辺第2項=(m-1)Δφ=(m-1)×2π×(Δφ/2π)=[(m-1)/X]×2π
ただし、X=(2π/Δφ)であり、これは無限小数を含む値である。従って、2以上のmに関し、[(m-1)/X]が整数になることはないので、m番目の素子の反射位相φmがφ0に等しくなることはない。後述の実施例では、Δφ=23度の例が説明され、この場合、X=(2π/Δφ)=360度/23度=15.65217391...である。
【0037】
無限小数を含む値は、無理数で表現されてもよいし、有理数で表現されてもよい。有理数の場合、無限小数を含む値は循環小数で表現されてもよいし、循環小数でない小数(非循環小数)で表現されてもよい。
【0038】
[方法2]
方法1の場合、隣接する素子配列だけでなく、リフレクトアレーに含まれている全ての素子配列全体において、同じ反射位相を実現する素子が存在しないようにすることができる。しかしながら、この場合、実現しなければならない反射位相の値は、リフレクトアレーに含まれている素子の総数の分だけ用意する必要があり、簡易に実現できないことが懸念される。特に、リフレクトアレーを構成する素子数が多い場合、そのような問題が懸念される。このような懸念に対処する観点からは、少なくとも隣接する素子配列同士の間では同一の反射位相を実現する素子が存在しないようにするが、隣接していない素子配列においては、同一の反射位相を実現する素子が存在してもよい、とすることが考えられる。例えば、図5に示す例の場合、第1周期と第2周期の間では、同一の反射位相を実現する素子が存在しないようにするが、第1周期と第3周期の間では、同一の反射位相を実現する素子が存在してもよい。この場合、同一の反射位相を実現する素子が存在することに起因して、グレーティングローブに寄与する反射波が若干生じてしまうが、隣接する素子配列同士の間にそのような素子が存在する場合よりも、グレーティングローブを効果的に抑制することができる。同一の反射位相を実現する素子が存在したとしても、それらが遠く離れていれば(少なくとも1周期分以上)、グレーティングローブに大きくは寄与しないことが期待できる。
【0039】
この場合、隣接する素子がそれぞれ反射する電波の位相差Δφと2mπとの比率は、従来と同様に割り切れる値であるが、mは2以上の自然数に制限される点が従来と大きく異なる。
【0040】
<3.シミュレーション>
上記の発明原理に基づいて個々の素子の反射位相が設計されたリフレクトアレーについてシミュレーションが行われた。
【0041】
図13は、シミュレーションに使用されたシミュレーションモデルを示す。概して、x軸方向に多数の素子(42個)が整列しており、これらの素子は全て異なる反射位相を実現するように寸法等が設計されている。図示のような構造がy軸方向に反復的に設けられることで、リフレクトアレーが形成される。x軸及びy軸の取り方が図2等の場合と異なっていることに留意を要するが、座標軸の取り方は本発明に本質的ではない。個々の素子はx軸方向にWx及びy軸方向にWyの寸法を有し、x軸方向の寸法Wxは全ての素子に共通しており、1.846mmである。隣接する素子の反射波の位相差Δφは、23度である。この場合、X=(2π/Δφ)=360度/23度=15.65217391...となり、割り切れない。図示の例の場合、このような素子をx軸方向に47個並べた構造が理想的であるが、実現困難な反射位相に対応する5つの素子が設けられていない。
【0042】
図14は、図13に示すシミュレーションモデルのxz平面に関する断面図を示す。リフレクトアレーは、例えば銅板である5つの導電層(1-5層目)と各導電層の間を満たす絶縁層又は誘電体層とで構成されることが想定されている。誘電体層の厚みは5種類ある(t1-t5)。
【0043】
図15は、図13に示すシミュレーションモデルの平面図を示す。x軸方向に関する素子間隔XSize及びy軸方向の素子間隔YSizeはともに1.846mmである。また、パッチのx軸方向に沿う辺の長さPXSizeは1.746mmである。
【0044】
図16-1ないし16-5は、1層目ないし5層目の導電層の平面図をそれぞれ示す。図16-1及び図16-2に示されているように、x軸方向に並ぶ素子には#1ないし#47の番号が付されているが、上述したように、47個の素子の内5つは省略されている。具体的には、#17、#18、#32、#33、#34に対応する素子が設けられていない。
【0045】
図17は、図13ないし図16-5に示すシミュレーションモデルにおけるパラメータの値を一覧表で表現している。図18は、各素子のパッチサイズを示す。入射及び反射する電波の周波数は11GHzであり、波長は約2.73cmである。従って個々のパッチの寸法は波長に対してかなり小さい。
【0046】
図19は、42個の素子各々に設定される反射位相を示す。目下のシミュレーションモデルの場合、隣接する素子同士の間の反射位相差Δφは、23度である。従って、0度から始まって23度ずつ反射位相が異なるように素子を整列させることが想定されている。ただし、47個の内5つは設けられていないので、それらの素子に対応するものが図中の×印で示されている。上述したように、X=(2π/Δφ)=360/23=15.65217391...は、無限小数を含む値でなり、割り切れない。このため、42個の素子は全て異なる反射位相を実現するように設計される。
【0047】
図20は、図13-19に示すシミュレーションモデルによるリフレクトアレーが電波を反射した場合の遠方放射界を示す。所望方向は+70度の方向である。図示されているように、所望方向にメインローブが形成され、-70度方向付近のサイドローブ又はグレーティングローブは小さく抑制されていることがわかる。
【0048】
本発明によるリフレクトアレーに関するシミュレーション結果を従来例と比較するために、従来の方法で反射位相が設計されたリフレクトアレーについてもシミュレーションが行われた。
【0049】
図21は、従来例についてのシミュレーションに使用されたシミュレーションモデルを示す。概して、x軸方向に多数の素子が整列しているが、13個の素子を含む素子配列が3組反復されている。すなわち、同一の反射位相を実現する素子が、x軸上で3つ存在することになる。個々の素子はx軸方向にWx及びy軸方向にWyの寸法を有し、x軸方向の寸法Wxは全ての素子に共通しており、1.93mmである(図13-20に示す例の場合と異なる)。隣接する素子の反射波の位相差Δφは、24度である。この場合、(2π/Δφ)=360度/24度=15となり、ちょうど割り切れる。従って、15個の素子を含む素子配列を3組反復することで、従来例によるリフレクトアレーを形成することができる。ただし、本発明の場合と公平に比較を行うため、いくつかの素子が間引かれている。上述したように、図13-20に示す例の場合、#17、#18、#32、#33、#34の素子は設けられていなかった。そこで、図21に示すシミュレーションモデルにおいても、これらの素子の位置に概ね対応する場所の素子が間引かれている。
【0050】
図22は、39個の素子各々に設定される反射位相を示す。目下のシミュレーションモデルの場合、隣接する素子同士の間の反射位相差Δφは、24度である。従って、0度から始まって24度ずつ反射位相が異なるように素子を整列させることが想定されている。ただし、設けられていない素子に対応するものは図中の×印で示されている。(2π/Δφ)=360/24は、割り切れる値(15)になる。このため、39個の素子の内、異なる反射位相の値は13個(13種類)しかなく、1つの反射位相につき3つの素子が同一の反射位相を実現する。
【0051】
図23は、図21、22に示すシミュレーションモデルによる従来例のリフレクトアレーが電波を反射した場合の遠方放射界を示す。所望方向は+70度の方向である。図示されているように、所望方向にメインローブが形成されているが、-70度方向付近のサイドローブ又はグレーティングローブが大きく形成されていることがわかる。
【0052】
図24は、本発明と従来例との比較例を示す。これは、図20に示すシミュレーション結果と図23に示すシミュレーション結果を重ねたものである。図示されているように、本発明の方がグレーティングローブを非常に小さく抑制できていることがわかる。
【0053】
以上本発明は特定の形態を参照しながら説明されてきたが、それらは単なる例示に過ぎず、当業者は様々な変形例、修正例、代替例、置換例等を理解するであろう。説明の便宜上、上記の実施形態はマッシュルーム構造の素子を有するリフレクトアレーの観点から説明されてきたが、本発明はそのような形態に限定されず、他の状況で使用されてもよい。例えば、左手系伝送線路理論、メタマテリアル、EBG(電気的バンドギャップ)構造を用いたリフレクトアレーの設計、リフレクトアレーを応用する伝搬環境改善技術、リフレクトアレーを応用する反射波の方向制御技術等のような様々な場面で本発明を使用することも可能である。発明の理解を促すため具体的な数値例を用いて説明がなされたが、特に断りのない限り、それらの数値は単なる一例に過ぎず適切な如何なる値が使用されてもよい。発明の理解を促すため具体的な数式を用いて説明がなされたが、特に断りのない限り、それらの数式は単なる一例に過ぎず適切な如何なる数式が使用されてもよい。項目の区分けは本発明に本質的ではなく、2以上の項目に記載された事項が必要に応じて組み合わせて使用されてよいし、ある項目に記載された事項が、別の項目に記載された事項に(矛盾しない限り)適用されてよい。本発明は上記実施例に限定されず、本発明の精神から逸脱することなく、様々な変形例、修正例、代替例、置換例等が本発明に包含される。
【符号の説明】
【0054】
M1-MN 素子
51 接地プレート
52 ビア
53 パッチ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
互いに隣接する少なくとも第1及び第2の素子配列を有するリフレクトアレーであって、
前記第1及び第2の素子配列の各々は複数の素子を含み、
前記第1及び第2の素子配列の内の1つの素子配列に属する2つの素子がそれぞれ反射する電波の位相差は、該2つの素子の間隔と前記電波の反射角を引数とする三角関数の値との積に比例し、
前記1つの素子配列に属する複数の素子全体にわたる前記位相差の合計は2πに相当し、
前記第1の素子配列に属する任意の素子が反射する電波の位相は、前記第2の素子配列に属する何れの素子が反射する電波の位相とも異なる、リフレクトアレー。
【請求項2】
前記1つの素子配列に属する隣接する素子がそれぞれ反射する電波の位相差と2πとの比率が無限小数を含む値である、請求項1記載のリフレクトアレー。
【請求項3】
前記1つの素子配列に属する隣接する素子がそれぞれ反射する電波の位相差と2πとの比率が有理数である、請求項1記載のリフレクトアレー。
【請求項4】
当該リフレクトアレーが前記第1の素子配列に隣接していない第3の素子配列を更に含み、
前記第1の素子配列に属する何れかの素子が反射する電波の位相は、前記第3の素子配列に属する何れの素子が反射する電波の位相に等しい、請求項3記載のリフレクトアレー。
【請求項5】
前記1つの素子配列に属する隣接する素子がそれぞれ反射する電波の位相差と2mπとの比率が割り切れる値であり、mは2以上の自然数である、請求項4記載のリフレクトアレー。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図11】
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【図12】
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【図14】
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【図15】
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【図16−1】
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【図16−2】
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【図16−3】
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【図16−4】
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【図16−5】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図22】
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【図23】
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【図24】
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【図9】
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【図10】
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【図13】
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【図21】
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【公開番号】特開2013−115756(P2013−115756A)
【公開日】平成25年6月10日(2013.6.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−262695(P2011−262695)
【出願日】平成23年11月30日(2011.11.30)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成23年度 総務省「超高速移動通信システムの実現に向けた要素技術の研究開発」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(392026693)株式会社エヌ・ティ・ティ・ドコモ (5,876)
【Fターム(参考)】