説明

ルテニウム化合物及びそれを用いた不斉シクロプロパン化合物の製造方法

【課題】ルテニウム化合物及びそれを用いた不斉シクロプロパン化合物の製法を提供する
【解決手段】ルテニウム化合物は下記の一般式(I)で表される。


[式(I)において、R>〜Rはそれぞれ独立して水素原子、アルキル基、アリール基又はシクロアルキル基であり、X、X、Xはそれぞれ独立してハロゲン原子、カルボニル、炭素数2〜10のニトリル、エチレン、水、アルコール分子等である。]

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ルテニウム化合物及びそれを用いた不斉シクロプロパン化合物の製造方法に関する。更に詳しくは、本発明は、通常、不斉合成触媒の用途に用いられるルテニウム化合物、及び新規な配位子を有する有用な錯体触媒として設計され、合成された本発明のルテニウム化合物を使用し、好ましくない副反応であるオレフィンメタセシスの併発を押え、1mol%以下の微量で、且つ高活性であるため室温付近又はそれ以下の低温域で実施することができ、トランス選択性と光学収率とがともに高い不斉シクロプロパン化合物が得られ、大量生産にも適用し得る不斉シクロプロパン化合物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
光学活性シクロプロパン化合物は、医薬及び農薬等に利用することができる原料として重要な化合物群である。例えば、殺虫作用を有するピレスリン誘導体及び抗生物質補助薬であるシラスタチン等の合成原料となる。この光学活性シクロプロパン骨格を合成する反応は、不斉シクロプロパン化反応として知られており、ジアゾ化合物と置換オレフィン類とを出発物質とし、不斉補助配位子と金属とを組み合わせた触媒を用いて実施されている(例えば、非特許文献1参照。)。しかし、オレフィンの置換基によって生成物にトランス/シス異性体を生じることがあり、且つそれぞれの不斉収率を高度に維持するのは容易ではなく、従来、これらの問題点を解決するための種々の触媒が報告されている。
【0003】
触媒用の金属としては、通常、銅又はロジウムが用いられている。これらのうちで、銅は活性は強いものの異性体比が低く、ロジウムも活性は強いがシクロプロパン化を除く他の反応、例えば、好ましくないC−H挿入反応などが進行し、且つロジウムは希少金属で高価であることが問題である。また、比較的安価なルテニウム触媒もシクロプロパン化に活性を有していることが知られているが、好ましくないオレフィンメタセシス反応を併発することがある。
【0004】
更に、前記のルテニウム触媒の欠点を排除した触媒として、最近、Deshpande等によって報告されたビスオキサゾリンルテニウム触媒があり、活性は中程度であるが、配位子と基質との組み合わせによって極めて高いトランス選択性を与えることが報告されている(例えば、非特許文献2参照。)。また、ルテニウム触媒に関する報告例の多くはサレン型配位子、ポルフィリン配位子を骨格とするものであり、配位子の合成及び錯体触媒の合成が容易ではなく、大量生産に用いる触媒としては難点がある(例えば、非特許文献3、4参照。)。更に、このルテニウム触媒では、触媒活性がより高く、且つトランス選択性と光学収率とがともに高い製品が要求されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Tetrahedron,2008,64,7041−7095.
【非特許文献2】Tetrahedron:Asymmetry,2003,14,855−865.
【非特許文献3】Organometallics,2006,25,2002−2010.
【非特許文献4】Chem−Eur J.2003,9,4746−4756.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、前記の従来の状況に鑑みてなされたものであり、通常、不斉合成触媒の用途に用いられるルテニウム化合物、及び新規な配位子を有する有用な錯体触媒として設計され、合成された本発明のルテニウム化合物を使用し、好ましくない副反応であるオレフィンメタセシスの併発を押え、1mol%以下の微量で、且つ高活性であるため室温付近又はそれ以下の低温域で実施することができ、トランス選択性と光学収率とがともに高い不斉シクロプロパン化合物が得られ、大量生産にも適用し得る不斉シクロプロパン化合物の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は以下のとおりである。
1.一般式(I)で表されるルテニウム化合物。
【化1】

[式(I)において、R、R、R、R、Rはそれぞれ独立して水素原子、アルキル基、アリール基又はシクロアルキル基であり、X、X、Xはそれぞれ独立してハロゲン原子、カルボニル、炭素数2〜10のカルボキシラート、炭素数2〜10のニトリル、エチレン、水、アルコール分子からなる配位基又は分子状配位子である。]
2.前記Rがメチル基、Rが水素又はフェニル基、Rが水素原子、Rが水素原子、Rがフェニル基であり、XがCl、Xがカルボニル(CO)、Xが水分子である前記1.に記載のルテニウム化合物。
3.前記1.又は2.に記載のルテニウム化合物を用いることを特徴とする不斉シクロプロパン化合物の製造方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明のルテニウム化合物は、通常、不斉合成触媒として用いられ、好ましくは触媒量1mol%以下、反応温度0℃付近で、例えば、オレフィン類とジアゾ酢酸エステルとを用いて、副反応生成物が少なく、目的とする不斉シクロプロパン化合物を高収率で製造することができる用途に好適である。
また、Rがメチル基、Rが水素又はフェニル基、Rが水素原子、Rが水素原子、Rがフェニル基であり、XがCl、Xがカルボニル(CO)、Xが水分子である場合は、不斉合成触媒として用いることによって、より高収率、且つ高いトランス選択性及び光学収率で不斉シクロプロパン化合物を製造することができる。
本発明の不斉シクロプロパン化合物の製造方法によれば、本発明のルテニウム化合物を使用し、ジアゾ酢酸エステルを用いるシクロプロパン化反応で、スチレン、置換スチレン、ビニルナフタレン、アルキルオレフィン類等のオレフィン類から、高収率、且つ高いトランス選択性及び光学収率で不斉シクロプロパン化合物を製造することができる。
【0009】
本発明のルテニウム化合物を不斉合成触媒として用いると、高いトランス選択性、且つ例えば、90〜99%と高い光学収率で不斉シクロプロパン化合物を製造することができるが、その理由は以下のように考えられる。
先ず、反応点は、Xの水配位子等の配位子が脱離し、空き配座の活性点が発生する。この空の活性点にジアゾ酢酸エステルが反応し、脱窒素し、中間カルベン錯体がその場で発生する。また、このカルベン部位にオレフィン類が接近し、付加脱離によりシクロプロパン環が生成する。このとき、立体障害のためトランス体が優先し、同時に、カルベン部位の一方のプロキラル面だけがオレフィン類に攻撃されるため、高度な不斉誘導が起こり、高い光学収率を与えるものと考えられる。
【0010】
【化2】

【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】実施例1で合成したルテニウム化合物(1)のH−NMRスペクトルである。
【図2】実施例1で合成したルテニウム化合物(1)の13C−NMRスペクトルである。
【図3】実施例1で合成したルテニウム化合物(2)のH−NMRスペクトルである。
【図4】実施例1で合成したルテニウム化合物(2)の13C−NMRスペクトルである。
【図5】実施例3で合成した不斉シクロプロパン化合物のトランス体のH−NMRスペクトルである。
【図6】実施例3で合成した不斉シクロプロパン化合物のトランス体の13C−NMRスペクトルである。
【図7】実施例5で合成した不斉シクロプロパン化合物のトランス体のH−NMRスペクトルである。
【図8】実施例5で合成した不斉シクロプロパン化合物のトランス体の13C−NMRスペクトルである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
[1]ルテニウム化合物
本発明のルテニウム化合物は、下記一般式(I)
【化3】

[式(I)において、R、R、R、R、Rはそれぞれ独立して水素原子、アルキル基、アリール基、シクロアルキル基であり、X、X、Xはそれぞれ独立してハロゲン原子、カルボニル、炭素数2〜10のカルボキシラート、炭素数2〜10のニトリル、エチレン、水、アルコール分子の配位基又は分子状配位子である。]で表されるルテニウム化合物である。
【0013】
本発明のルテニウム化合物は、例えば、下記の反応式のようにして製造することができる。
一般式(II)[式(II)において、R、R、R、R、Rはそれぞれ独立して水素原子、アルキル基、アリール基、シクロアルキル基である。)で表されるベンゼン化合物と、ハロゲン化ルテニウム三水塩(下記の反応式では塩化物)と、ベンゼン化合物に対して3〜6倍の過剰量のマグネシウムとの混合物に、エチルアルコールと、ベンゼン化合物に対して過剰量の1,4−シクロオクタジエン(COD)を加え、アルゴン雰囲気下、所定時間、例えば、24時間(下記のように、12〜120時間とすることができる。)加熱し、還流させ、反応させる。反応時の雰囲気は不活性雰囲気であり、この不活性雰囲気は特に限定されないが、例えば、窒素ガス雰囲気、又はアルゴンガス、ヘリウムガス、ネオンガス等の希ガス雰囲気とすることができる。反応後、溶媒を留去し、残留固形物をトルエン等の有機溶媒に溶解させ、セライトカラム等によりろ過し、不溶物を除去する。次いで、ろ液を濃縮し、残留固体をシリカゲルカラムクロマトグラフィー等により精製する。溶出液としては、酢酸エチル/ヘキサン等を用いることができる。その後、この溶出液を留去することにより黄色固体の式(I)で表されるルテニウム化合物が得られる。
【0014】
【化4】

【0015】
一般式(II)で表されるベンゼン化合物は、既知の方法により合成することができる(例えば、Adv.Synth.Catal.,2006.348.1235−1240参照)。反応溶媒としては、アルコール類等を用いることができ、エチルアルコール及びメチルアルコール等が用いられることが多い。反応温度は室温(20〜30℃)から100℃、特に60〜80℃の範囲とすることができ、反応時間は反応温度にもよるが、ベンゼン化合物の種類等により、12〜120時間、特に12〜96時間、更に24〜96時間とすることができる。反応後の残留固形物からの目的物の抽出には、トルエンの他、酢酸エチル、塩化メチレン等の有機溶媒を用いることができる。更に、残留固体(抽出物)を、シリカゲル又はアルミナ等を用いたクロマトグラフィーにより精製し、前記の反応において用いる。
【0016】
[2]不斉シクロプロパン化合物の製造方法
本発明のルテニウム化合物の用途は特に限定されないが、不斉合成触媒の用途、例えば、不斉シクロプロパン化合物の合成触媒として有用であり、本発明の不斉シクロプロパンの製造方法は、本発明のルテニウム化合物を不斉合成触媒として用いるものである。
不斉シクロプロパン化合物は、オレフィン類とジアゾ酢酸エステルとを用いて製造することができる。オレフィン類は特に限定されず、各種のオレフィン類を用いることができ、例えば、スチレン、置換スチレン、ビニルナフタレン、アルキルオレフィン類等のオレフィン類が挙げられる。また、ジアゾ酢酸エステルも特に限定されないが、炭素数1〜12のアルキルエステル又はアリールアルキルエステルを用いることができる。このジアゾ酢酸エステルとしては、ジアゾ酢酸メチル、ジアゾ酢酸エチル、ジアゾ酢酸tert−ブチル等が用いられることが多い。
【0017】
ルテニウム化合物の使用量は特に限定されないが、0.1〜5mol%であることが好ましく、0.2〜2mol%、特に0.5〜1mol%であることがより好ましい。更に、オレフィン類のジアゾ酢酸エステルに対する量比も特に限定されないが、1〜5倍であることが好ましい。また、反応溶媒も特に限定されず、塩化メチレン、ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン、トルエン、酢酸エチル及びジクロロエチレン等を用いることができ、塩化メチレンが好ましい。
【0018】
更に、本発明の不斉シクロプロパン化合物の製造方法では、不斉シクロプロパン化合物は、オレフィン類と、ジアゾ酢酸エステルとを用いた分子間シクロプロパン化反応により製造することができるが、本発明のルテニウム化合物を用いた場合、ジアゾ酢酸エステルを用いない分子内シクロプロパン化反応によっても不斉シクロプロパン化合物を製造することができる。
【0019】
不斉シクロプロパン化合物製造時の反応温度は特に限定されないが、本発明のルテニウム化合物は触媒活性が高いため、0℃付近、例えば、−15〜15℃、特に−5〜5℃という室温以下の低温で反応させることができる。また、オレフィン類と溶媒の組み合わせによって、反応温度を−50〜70℃、特に−30〜50℃の範囲で調整することができる。シクロプロパン化反応は、オレフィン類と、触媒である少量のルテニウム化合物とが溶解した溶液に、ジアゾ酢酸エステル溶液を1〜3時間程度かけて徐々に加えることにより行うことができる。更に、反応終了後、生成した濃縮残渣を、シリカゲルカラムクロマトグラフィー等によって精製することにより、目的とするシクロプロパン化合物を得ることができる。トランス:シス比はNMR測定により、光学収率は液体クロマトグラフィーにより、それぞれ検定することができる。
【実施例】
【0020】
実施例1(ルテニウム化合物の合成)
前記の一般式(II)において、Rがメチル基、Rが水素原子[ルテニウム化合物(1)]又はフェニル基[ルテニウム化合物(2)]、R及びRが水素原子、Rがフェニル基であるベンゼン化合物(1mmol)、塩化ルテニウム三水塩(2mmol)及びマグネシウム(5mmol)の混合物に、エチルアルコール(20ml)及び1,4−シクロオクタジエン(0.6ml)を加え、アルゴン雰囲気下、24時間加熱し、還流させた。その後、溶媒を留去し、残留固形物をトルエンに溶解させ、次いで、ろ過し、不溶物をセライトカラムにより除去した。その後、ろ液を濃縮し、残留固体をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(溶出液;酢酸エチル/ヘキサン混合溶媒)により精製し、目的とする黄色固体のルテニウム化合物を得た。
【0021】
前記のようにして合成したルテニウム化合物(1)及び(2)を分析した結果は下記のとおりである。
が水素原子であるルテニウム化合物(1):R = CH, R = H, R = H, R = Ph, R = H, X = Cl, X = CO, X = HO、収率33%; H NMR (300 MHz, CDCl, rt): δ= 2.610 (s, 3H), 2.614 (s,3H), 4.37 (dd, J = 8.1, 10.5 Hz, 1H), 4.57 (dd, J = 13.2, 13.5 Hz, 1H), 4.95-5.17(m,4H), 6.73 (s, 1H), 7.21-7.54 ppm (m, 10H); 13C NMR (75 MHz, CDCl, rt): δ= 19.5,19.6, 66.6, 69.7, 78.0, 78.1, 127.5, 127.6, 128.2, 128.3, 128.4, 128.7, 138.0, 139.6,140.5, 140.6, 173.4, 174.7, 189.0, 192.1 ppm; IR (KBr, cm−1): 3354, 3061, 3032, 2961,2923, 1927, 1597, 1476, 1379, 1216, 1015, 938; Elemental analysis calcd (%) for C27H25ClNORu: C 56.10, H 4.36, N 4.85; found: C 56.41, H 4.28, N 4.66.
【0022】
がフェニル基であるルテニウム化合物(2):R = CH, R = Ph, R = H, R = Ph, R = H, X = Cl, X = CO, X = HO、収率72%; H NMR (300 MHz, CDCl, rt): δ= 2.65 (s, 3H), 2.67 (s, 3H),4.86 (d, J = 9.9 Hz, 1H), 5.09 (d, J = 7.8 Hz, 1H), 5.63 (d, J = 9.9 Hz, 1H), 5.67(d, J = 7.8 Hz, 1H), 6.79 (s, 1H), 7.25-7.51 ppm (m, 20H); 13C NMR (75 MHz,CDCl, rt): δ= 19.7, 19.8, 74.8, 77.9, 92.6, 92.6, 125.8, 126.7, 127.3, 127.8, 128.2,128.3, 128.4, 125.5, 128.8, 128.9, 129.0, 137.4, 137.6, 137.9, 139.2, 140.9, 172.9, 173.9,189.0, 192.9 ppm; IR (KBr, cm−1): 3416, 3062, 3031, 2956, 2924, 1920, 1597, 1496,1454, 1355, 1213, 1065, 903; Elemental analysis calcd (%) for C39H34ClNORu: C 64.06, H 4.69, N 3.83; found: C 64.33, H 4.62, N 3.60.
【0023】
実施例2(ルテニウム化合物の合成)
実施例1で合成したルテニウム化合物(1)73mg(0.10mmol)のトルエン溶液に、アルゴン雰囲気下、tert−ブチルイソシアマイド33μl(0.30mmol)を加え、その後、室温で3時間攪拌し、次いで、混合物をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(溶出液;酢酸エチル/ヘキサン混合溶媒)により精製し、目的とする黄色固体の式(I)におけるXが−CN(t−Bu)であるルテニウム化合物(3)62mgを得た。
【0024】
が−CN(t−Bu)であるルテニウム化合物(3):R = CH, R = Ph, R = H, R = Ph, R = H, X = Cl, X = CO, X = CN(tBu)、収率78%; H NMR (300 MHz, CDCl, rt) _= 0.79 (s, 9H), 2.62 (s, 6H), 4.81 (d,JHH = 10.3 Hz, 1H), 5.05 (d, JHH = 8.7 Hz, 1H), 5.44 (d, JHH = 10.3 Hz, 1H), 5.53 (d,JHH = 8.7 Hz, 1H), 6.77 (s, 1H), 7.13-7.50 ppm (m, 20H); 13C NMR (75 MHz, CDCl,S2rt): δ= 19.59, 19.63, 30.1, 55.1, 76.3, 78.5, 92.4, 92.5, 126.3, 127.1, 127.4, 127.6, 128.0,128.1, 128.2, 128.4, 128.6, 128.7, 128.7, 128.8, 128.9, 137.5, 138.0, 138.5, 139.9, 140.2,140.3, 148.0, 175.1, 176.2, 193.5, 206.2 ppm; IR (KBr, cm−1): 3033, 2978, 2926, 2154,1905, 1593, 1455, 1356, 1215, 948, 9002; HRMS calcd for C38H32N2O2 (M+):767.1489; found: 767.1484.
【0025】
尚、H−NMRスペクトルは、「Varian Mercury 300スペクトロメーター」により25℃で測定して得たものである。化学シフトは、溶媒の残存シグナル(CDCl;7.26ppm)を内部標準としてppmで記録した。13C−NMRスペクトルは、同じ装置により25℃で測定して得たものである。化学シフトは、溶媒の残存シグナル(CDCl;77.0ppm)を内部標準としてppmで記録した。スペクトルデータは、化学シフト、積分値、多重度(s=1重線、d=2重線、m=多重線)、及びカップリング定数(Hz)の順で表記した。
【0026】
赤外線スペクトルは、「JASCO FT/IR−230又はJASCO FT/IR−4200スペクトロメーター」により測定して得たものである。元素分析は、「YANACO MT−6」により実施した。高分解能マススペクトル分析は、「BRUKER DALTONICS microTOF focus−KRスペクトロメーター」により実施した。
用いた分析機器及びスペクトルデータの表示は、以下の実施例においても同様である。
【0027】
実施例3(不斉シクロプロパン化合物の合成)
実施例1で合成したルテニウム化合物(2)3.7mg(0.005mmol)及び蒸留したスチレン208mg(2.0mmol)の塩化メチレン(1.5ml)溶液(0℃に冷却した溶液)に、ジアゾ酢酸tert−ブチルエステル(1.0mmol)の塩化メチレン(0.5ml)溶液を、シリンジを用いて2時間かけて滴下した。その後、反応混合物を更に0℃で1時間撹拌し、次いで、溶媒を留去し、トランス体とシス体の不斉シクロプロパン化合物の混合物を得た。この混合物のNMRにより検定したトランス:シス比は92:8であった。また、混合物をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(溶出液:ヘキサン/酢酸エチル混合溶媒)により精製し、目的とする不斉シクロプロパン化合物の混合物197mgを得た。収率は90%であった。更に、高速液体クロマトグラフィ「DAICEL CHIRACEL OJ−H」により検定したトランス体の光学収率は98%であった[下記反応式(I)参照]。
【0028】
【化5】

【0029】
前記のようにして合成したトランス体(1)を分析した結果は下記のとおりである。
トランス体(1): [α]22 = -257.9 (c=1.06 in CHCl); H NMR (300 MHz, CDCl, rt): δ = 1.21-1.28 (m, 1H), 1.48 (s, 9H), 1.51-1.58 (m, 1H), 1.82-1.88 (m, 1H), 2.41-2.48 (m, 1H), 7.08-7.11 (m, 2H), 7.16-7.22 (m, 1H), 7.24-7.31 ppm (m, 2H); 13C NMR (75 MHz, CDCl, rt): δ= 17.2, 25.4, 25.9, 28.3, 80.5, 125.8, 126.1, 128.2, 140.2, 172.2 ppm; Chiral HPLC (DAICEL CHIRALCEL OJ-H, hexane, 0.7 mL/min), 98% ee (tmajor = 14.8 min, tminor = 17.8 min).
【0030】
実施例4(オレフィン類の種類を変えた不斉シクロプロパン化合物の合成)
オレフィン類の種類を変えた他は、実施例2と同様の操作によって、置換スチレン類7種、2?ビニルナフタレン、1?フェニルブタジエン及び4?フェニル?1?ブテンをシクロプロパン化させた。結果は表1、2のとおりである。
尚、表1、2におけるトランス体(2)〜(11)の光学収率は、実施例2の場合と同様にして検定した。また、各々のトランス体の構造は実施例2と同様にH NMR及び13C NMR等により分析し、確認することができた。
【0031】
【表1】

【0032】
【表2】

【0033】
表1、2によれば、7種類の置換スチレン類を用いた場合、収率は85〜92%と高く、トランス:シス比は92:8〜96:4でトランス比が十分に高く、且つ光学収率も98〜99%で、本発明のルテニウム化合物は不斉シクロプロパン化合物の合成触媒として優れた性能を有していることが分かる。また、オレフィン類が2?ビニルナフタレンであるときも、同様に優れた作用効果が得られている。一方、オレフィン類が1?フェニルブタジエンであるときは、トランス比が少し低く、オレフィン類が4?フェニル?1?ブテンであるときは、収率が低いが、シクロプロパン化の作用は有している。
【0034】
実施例5(分子内シクロプロパン化反応)
実施例1で合成したルテニウム化合物(2)7.5mg(0.01mmol)の塩化メチレン(2ml)溶液に、0℃でジアゾ酢酸シンナミルエステル202mg(1.0mmol)の塩化メチレン(1ml)溶液を滴下した。その後、0℃で30分撹拌し、次いで、減圧下、溶媒を留去し、残渣をシリカゲルクロマトグラフィー(溶出液:ヘキサン/酢酸エチル混合溶媒)により精製し、目的とする不斉シクロプロパン化合物[下記反応式(II)では「環化物(1)と表記する。」167mgを得た。収率は96%であった。また、ガスクロマトグラフィ「Supelco Betal Dex 325」により検定した光学収率は99%であった[下記反応式(II)参照]。
【0035】
【化6】

【0036】
前記のようにして合成した不斉シクロプロパン化合物[環化物(1)]を分析した結果は下記のとおりである。
環化物(1): [α]D22 = -132.7 (c = 0.99 in CHCl); H NMR (300 MHz, CDCl, rt): δ = 2.31-2.38 (m, 2H), 2.51-2.58 (m, 1H), 4.40-4.51 (m, 2H), 7.00-7.10 (m, 2H), 7.22-7.35 ppm (m, 3H); 13C NMR (75 MHz, CDCl, rt): δ = 26.3, 27.5, 29.4, 69.7, 125.6, 126.9, 128.4, 136.9, 174.6 ppm; IR (KBr, cm−1): 3061, 3027, 2990, 2967, 2901, 1767, 1602, 1498, 1457, 1376, 1292, 1179, 1104, 1039, 964; GC (Supelco BETA DEX 325): 99% ee, tR = 51.0 min (major), 49.2 min (minor).
【産業上の利用可能性】
【0037】
本発明は、主として薬品化学及び材料化学産業等において利用することができ、例えば、医薬品、農薬、液晶及び機能性材料等の原料又はその中間体として有用な不斉シクロプロパン化合物を製造する際に利用することができる。また、本発明のルテニウム化合物は、オレフィン類及びケトン類の不斉水素化能やアルキンとアルデヒドとの直接的カップリングなどの能力を有しており、幅広い光学活性機能性有機物質の合成触媒となり得ることが推察される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式(I)で表されるルテニウム化合物。
【化1】

[式(I)において、R、R、R、R、Rはそれぞれ独立して水素原子、アルキル基、アリール基又はシクロアルキル基であり、X、X、Xはそれぞれ独立してハロゲン原子、カルボニル、炭素数2〜10のカルボキシラート、炭素数2〜10のニトリル、エチレン、水、アルコール分子からなる配位基又は分子状配位子である。]
【請求項2】
前記Rがメチル基、Rが水素又はフェニル基、Rが水素原子、Rが水素原子、Rがフェニル基であり、XがCl、Xがカルボニル(CO)、Xが水分子である請求項1に記載のルテニウム化合物。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のルテニウム化合物を用いることを特徴とする不斉シクロプロパン化合物の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2011−178699(P2011−178699A)
【公開日】平成23年9月15日(2011.9.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−43204(P2010−43204)
【出願日】平成22年2月26日(2010.2.26)
【出願人】(504139662)国立大学法人名古屋大学 (996)
【Fターム(参考)】