説明

レーザー脱離イオン化質量分析用サンプルプレート

【課題】LDIやMALDIなどにおけるイオン化に適し、繰り返し使用可能なレーザー脱離イオン化質量分析用サンプルプレートを提供する。
【解決手段】レーザー脱離イオン化質量分析用サンプルプレートを、分析対象の保持面として面粗さ(Ra)が2.0μm以下である、熱分解炭素層を備えるようにする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微細で均一な結晶を形成し、繰り返し使用可能なレーザー脱離イオン化( laser desorption/ionization: LDI)質量分析用サンプルプレートに関する。
【背景技術】
【0002】
タンパク質、ペプチド、多糖類など高分子化合物や、有機化合物の解析において、レーザー脱離イオン化(LDI)やマトリックス支援レーザー脱離イオン化(MALDI)及びこれを利用する飛行時間型質量分析(time-of-flight/Mass Spectrometry:TOF/MS)などの質量分析法は有用なツールとなっている。
【0003】
これらのイオン化手法、例えばMALDIにおいては、通常サンプルスライド上に、シナピン酸などのマトリックスとタンパク質の混合物を載置し、結晶化した後、これにレーザー照射することでタンパク質をイオン化させている。こうしたイオン化工程において用いられるサンプルプレートはその後の質量分析工程のために導電性であるステンレスなどの金属製プレートが用いられている。
【0004】
また、電気泳動によりあるいはインクジェット等の印刷手法により、二次元的に配列された分子を液体透過性の非導電性サンプルプレートにプロットし、このサンプルプレートを金属製のサンプルプレートに導電性両面テープ等で貼り付けることによるイオン化分析が行われている(特許文献1)。
【0005】
さらに、導電性のガラス状炭素をサンプルプレートに使用し、微細で均一な結晶を形成し、精度の高いマトリックス支援レーザー脱離イオン化分析も行われている(特許文献2)。
【特許文献1】特開2005−83784号
【特許文献2】特許公報3548769号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
質量分析にあたっては、分析対象に対して、エドマン反応等を用いて化学修飾がなされることが多い。しかしながら、ステンレスなどの金属製プレートでは、こうした化学修飾に対する耐性がなく、別途化学修飾を行った上、金属製サンプルプレートに、修飾物を移す必要があり、操作が非常に煩雑であった。上記特許文献1に開示される液体透過性のサンプルプレートは導電性を有しているものではないため、金属製サンプルプレートに貼り付けるなどしても良好なイオン化は困難であるほか、サンプルプレートを金属製サンプルプレートに貼り付ける必要があるため、サンプルプレートとしては薄膜を用いざるを得ず、そのため取り扱いが難しかった。さらに、サンプルプレートにおいて化学修飾の過程で生成した官能基等が金属製プレートを腐食するため、金属製サンプルプレートを繰り返し使用することが困難であった。また、特許文献2に開示される導電性で化学修飾に対して強いガラス状炭素製サンプルプレートを使用し測定対象物を含むマトリックスの結晶を析出させた場合においては、結晶の発生する面密度にムラができやすく、レーザーを照射する位置によってピーク強度が安定しないといった問題があった。このため良好な信号を与える領域を探す操作が必要であり、測定毎に測定値の信頼性が安定しないといった問題があった。
【0007】
そこで本発明は、LDIやMALDIなどにおけるイオン化に適し、繰り返し使用可能なレーザー脱離イオン化質量分析用サンプルプレートを提供することを一つの目的とする。また、本発明は、精度の高い測定のできるレーザー脱離イオン化質量分析用サンプルプレートを提供することを他の一つの目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の課題を解決するために鋭意検討した結果、分析対象の保持面として面粗さ(Ra)が2.0μm以下である熱分解炭素層を備えることにより、上記課題の少なくとも一つを解決できることを見いだし、本発明を完成した。すなわち、本発明によれば以下の手段が提供される。
【0009】
本発明によれば、レーザー脱離イオン化質量分析用サンプルプレートであって、分析対象の保持面として面粗さ(Ra)が2.0μm以下である熱分解炭素層を備える、サンプルプレートが提供される。前記面粗さ(Ra)が1.4μm以下であることが好ましい。
本発明のサンプルプレートは、MALDI質量分析用であることが好ましく、また、飛行時間型質量分析装置用であることが好ましい。
【0010】
本発明のサンプルプレートは、前記熱分解炭素層の20(v/v)%アセトニトリル水溶液に対する接触角が45°以上70°以下であることも好ましい。さらに、記熱分解炭素層の厚さが20μm以上60μm以下であることも好ましい。
【0011】
また、本発明のサンプルプレートは、前記熱分解炭素層をセラミック基板上に備えることができる。前記セラミック基板は等方性黒鉛であることが好ましい。また、前記セラミック基板の熱膨張係数が2.0×10-6/℃以上4.8×10-6/℃以下であることも好ましい。
【0012】
本発明によれば、上記いずれかのサンプルプレートを備える、マトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析装置も提供される。さらに、本発明によれば、上記いずれかのサンプルプレートを使用する、マトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析方法も提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明の分析用サンプルプレートは、面粗さ(Ra)が2.0μm以下の熱分解炭素層で分析対象の保持面を構成したことを特徴としている。本発明によれば、分析対象の保持面が熱分解炭素層で構成されているため、サンプルの供給、保持又は分析のためにサンプルプレートへの電圧の印加等が必要な場合のサンプルプレートとして有用である。例えば、本発明の分析用サンプルプレートは、MALID−TOFMSなどの質量分析用の金属製サンプルプレートに替えてあるいはその一部として用いることができる。
【0014】
また、本発明によれば、熱分解炭素層は、充分な耐食性を有しており金属製のサンプルプレートに比べて容易に耐食性を向上させることができる。このため、分析対象を修飾するための種々の化学反応をサンプルプレート上で容易に実施することができる。これにより、従来、質量分析に先立って、別途行っていた修飾反応の生成物を質量分析用のサンプルプレートに塗布したりしていたが、そういった煩雑さは解消し、修飾反応と、分析工程とを同一のプレート上で実施できるようになる。
【0015】
さらに、本発明によれば、面粗さが2.0μm以下の熱分解炭素層で分析対象保持面が構成されているため、分析対象を含む試料溶液を熱分解炭素層上に滴下し保持させるとき、分析対象を均一な面密度を析出させることができる。特に、MALDIにおいては、熱分解炭素層上でマトリックスと分析対象とを含む試料溶液を結晶を析出させて得られる結晶の面密度が熱分解炭素層の凹部と凸部の間で差が生じ難く熱分解炭素層の表面においてより均一な面密度で結晶を生成させることができる。この結果、レーザーを照射する位置によってピーク強度が安定しないといった問題を抑制又は回避することができる。
【0016】
なお、本発明における熱分解炭素とは、メタン、プロパンなどの炭化水素ガスを高温(800℃以上2500℃以下)で導入し適当な基材上に沈積させたものを意味している。具体的には、熱CVD法によって成膜される炭素膜が挙げられる。したがって、PVD法(低温プラズマ処理、イオンプレーティング、イオンスパッター、ECRプラズマコーティングなど)によって低い基材温度(典型的には室温付近)で生成されるDLC(ダイヤモンドライクカーボン)は、本発明の熱分解炭素に含まれない。以下、本発明の実施形態について詳細に説明する。
【0017】
(レーザー脱離イオン化質量分析用サンプルプレート)
本発明のサンプルプレートは、分析目的等に応じた形態を採ることができる。例えば、基板などの平板状、1個又は複数個の分析対象領域を形成するウェルなどの凹部や隔壁を有するマイクロタイタープレート状とすることができる。
【0018】
本発明のサンプルプレートは、分析対象の保持面として熱分解炭素層を備えている。本発明においては、熱分解炭素層が、サンプルプレート全体を構成することを排除するものではないが、通常、適当な基材表面に熱分解炭素層が形成される。
【0019】
(基材)
熱分解炭素層を保持させる基材としては、サンプルプレートとしての剛性を保持する限り特に限定されない。多孔質であっても緻密質であってもよい。基材は、ステンレスなどの金属材料、導電性高分子材料も使用可能であるが、熱分解炭素層の形成等の観点から、800℃以上の耐熱性を有する基板であることが好ましい。こうした基板材料としては、セラミックス材料が好適である。セラミックス材料としては、例えば、カーボン、炭化珪素、アルミナ、窒化アルミニウム、窒化ホウ素等が挙げられるが、なかでも、グラファイトが好ましく、より好ましくは等方性黒鉛である。等方性黒鉛は、熱分解炭素の熱CVDに必要な温度に対する耐熱性を備えるほか、それ自体も高い導電性を有している。さらに、組織が緻密であるため、面粗さの小さいサンプルプレートが製作しやすいことにより、安定した測定が可能である。また熱分解炭素膜との熱膨張係数差が小さいことより、コーティング膜の剥がれ、クラック等の問題が発生しにくい利点がある。
【0020】
基材の導電性は、例えば、TOFMSに用いられる場合においては、厚み方向の体積抵抗値(Ωcm)が(mΩcm)が0.2以上1000以下であるものを用いることができる。こうした体積抵抗値は、例えばJISK7194や特に黒鉛材に関してはJIS R7222によって測定することができる。によって測定することができる。また、絶縁性セラミックスのマトリックスに金属や導電性セラミックス材料の粒子を混合した複合導電性セラミックス材料なども挙げられる。また、基材は、熱膨張係数が2.0×10-6/℃以上4.8×10-6/℃以下であることが好ましい。熱分解炭素の製膜方向に対して垂直方向の熱膨張係数は2.2×10-6/℃程度であるため、基材の熱膨張係数が4.8×10-6/℃を超えると熱分解炭素との熱膨張係数の差が大きくなり、剥離しやすくなる問題がある。また、2.0×10-6/℃未満となると、反対に熱分解炭素の膜にクラックが入る可能性がある。尚、熱膨張係数の測定範囲は50℃〜400℃であり、算出方法は50℃における長さを基準とした400℃における伸び率を温度差(350℃)で除して算出するものとする。
【0021】
(熱分解炭素層)
熱分解炭素層としては、既に説明したように、熱CVD法等により成膜された層など、炭化水素を少なくとも800℃以上で分解して堆積させた層が挙げられる。熱分解炭素層は、液体又は気体の浸透性が抑制された緻密質であることが好ましい。こうした熱分解炭素層をグラファイト(好ましくは等方性黒鉛)などの基材表面に備えるものとしては、一般に熱分解炭素皮膜黒鉛(例えば、パイロカーブ(イビデン株式会社製)、パイログラフ(東洋炭素株式会社製)および日立化成株式会社製品等)として入手することができる。
【0022】
また、熱分解炭素層は、面粗さ(Ra)が2.0μm以下であることが好ましい。面粗さが2.0μmを超えると、熱分解炭素製膜上で試料溶液から結晶化させたときの得られる結晶の面密度が表面の面粗さ(凹凸)のために均一でなくなり、測定の精度を向上させることができない。また、凹凸により飛行時間に差が生じてスペクトルの分解能が低下する。また、2.0μmを超えると、表面積が大きくなりレーザーの照射エネルギーが分散するため、エネルギー効率が低下しイオン出現照射強度が大きくしなければならず被測定物が損傷しやすくなってしまう。さらに、これらの観点から、面粗さはより好ましくは1.4μm以下である。1.4μm以下であると、結晶の面密度をより均一化でき、凹部と凸部における飛行時間の差も抑制されるため、スペクトル分解能の低下を抑制又は回避することができるため、より精度の高い測定が可能となる。さらに、表面積の増大が抑制されるためにレーザーの照射エネルギーの分散を抑制して照射するレーザーの照射強度増加を回避できる。一方、面粗さは、0.05μm以上であることが好ましい。0.05μm以上であると、試料溶液の溶媒を揮発させて結晶化させる際、溶液がブロットの中央に移動するのを抑制しやすくなり、結晶化の際の溶媒揮発状況等により結晶が偏在し面密度が不均一化するのを抑制することができる。なお、面粗さ(Ra)は、テーラーホブソン社製フォームタリサーフS−5型を使用し、JISB0601に従って測定した。カットオフ値は0.25、触針半径は2μm、測定長さは4mmにて測定するものとする。
【0023】
熱分解炭素層は、20(v/v)%アセトニトリル水溶液に対する接触角が45°以上70°以下であることが好ましい。接触角がこの範囲であると、アセトニトリルを含む試料溶液を熱分解炭素層に滴下したときに適度なスポット径を確保することができて面密度を維持でき測定のSN比を高めることができる。一方、接触角が45°未満の場合、サンプル及びマトリックスのアセトニトリル水溶液をサンプルプレート上に滴下したときに溶液が拡散し、乾燥、風乾したあとにできる結晶は、スポット径が大きくなるため、面密度が低下して、測定のSN比を高めることができない。また、接触角が70°を超える場合、サンプルプレートに対する濡れ性が悪くなるため、ピペットにて一定量計量された試料溶液がピペットに残ってしまってすべての試料溶液をサンプルプレート上に載置させることができず、測定精度を悪化させる。また70°を超える場合、サンプルプレート上での液滴の安定性が悪く、僅かな振動や気流によってブロットが拡大し、結晶の面密度が一定にならないため、測定精度が低下する。なお、アセトニトリル水溶液の成分は、アセトニトリル以外の残部は水である。また、接触角の測定は、熱分解炭素層にアセトニトリルをピペットで滴下し概ね5秒以内に真横から写真を撮影し、写真上でサンプルプレートと液滴の接する端部において液滴の接線とサンプルプレートの角度を測定することによって行うものとする。
【0024】
熱分解炭素層は、その厚さが20μm以上60μm以下であることが好ましい。この範囲であると、基材の凹凸に対応して十分な厚みで熱分解炭素層を被覆できるとともに内部歪が抑制された熱分解炭素層となる。一方、20μm未満であるとセラミックスなどの基材において粒子界面に発生する凹部の底部に熱分解炭素層を十分な厚みで被覆できない場合があり、60μmを超えると熱分解炭素の膜の成長につれて内部歪みを蓄えるようになる。これらのため、熱分解炭素層が剥がれ、サンプルプレートとして使用できなくなったり、サンプルプレートに反りが発生し精度の高い測定ができなくなったりする。
【0025】
(サンプルプレートの製造方法)
こうしたサンプルプレートは、適当な基材表面に熱CVD法等により熱分解炭素層を形成することによって得ることができる。サンプルプレートにおける熱分解炭素層の上記した表面粗さ、厚み、撥アセトニトリル水溶液性は、サンプルプレートの熱分解炭素層の特性として備えていれば足りる。すなわち、熱CVD法等により形成した熱分解炭素層そのままの特性であってもよいし、熱CVD法等により形成した熱分解炭素層に対してショットブラストや研磨などの表面処理を施した後の特性であってもよい。
【0026】
(分析対象)
本発明のサンプルプレートに保持する分析対象としては、特に制限なく、DNAやRNA、DNA/RNAキメラ、DNA/RNAハイブリッドなどの形態のポリヌクレオチド及びオリゴヌクレオチド、ペプチド、タンパク質、多糖類、糖タンパク質、脂質、PNA(ペプチド核酸)などが挙げられる。このような生体高分子は分析のために化学修飾が施されて誘導体化されていてもよい。また、分析対象としては、こうした生体高分子のほか、天然又は人工の有機化合物が挙げられる。こうした分析対象は、細胞や菌体抽出物、発酵産物、無細胞系抽出物、PCR産物、人工的な合成産物、タンパク質の酵素処理物等に含まれている。また、本発明のサンプルプレートを用いた分析対象は、特に、MALDIによって分析可能なあるいは分析するのが適した化合物であることが好適である。
【0027】
(分析方法)
本発明のサンプルプレートを用いた質量分析方法は、分析対象が保持されたサンプルプレートを用いることを特徴としている。すなわち、分析対象が保持されたサンプルプレートをまず作製し、その後このサンプルプレートに対して各種の分析手法を実施して分析結果を得ることを特徴としている。以下、まず分析対象が保持されたサンプルプレート及びその作製工程について説明する。
【0028】
(分析対象が保持されたサンプルプレート)
分析対象のサンプルプレートへの保持とは、少なくともサンプルプレート上の分析対象を分析するときまで一定位置に保持されていることを意味している。したがって、分析後の分析対象が洗浄等により容易にサンプルプレートから除去可能な程度の固定状態であっても、その分析対象はサンプルプレートに保持されているといえる。分析対象の保持形態は、特に限定されない。例えば、イオン結合、水素結合、静電的相互作用、疎水性相互作用、キレート等の非共有結合性の結合にて保持されていてもよいし、共有結合によって保持されていてもよい。また、こうした化学的結合以外であってもよく、サンプルプレート表面上の単に凹部に分析対象が存在している場合であっても、分析するときまで当該凹部に保持されている限り、この分析対象は保持されているといえる。固定形態は、分析対象の種類とサンプルプレートの材料や表面修飾等によって種々の形態がありうるが、質量分析におけるイオン化を考慮すれば非共有結合性の結合であることが好ましい。
【0029】
分析対象は、サンプルプレートの表面に直接に保持されてもよいが、間接的に、例えば、サンプルプレートの表面に直接保持された介在物を介してサンプルプレートに保持されていてもよい。例えば、サンプルプレートに、抗体又は抗原を保持しておき、このサンプルプレートに対して抗原又は抗体を供給して抗原抗体反応を行うことで、分析対象たる抗体又は抗原を、抗原−抗体複合体の形態で、サンプルプレートに保持されていてもよい。また、ヌクレオチド鎖間の対合する塩基間の水素結合による複合体形成(ハイブリダイゼーション)により分析対象たるオリゴヌクレオチド又は核酸などハイブリダイズ可能な化合物が保持されていてもよい。この場合、サンプルプレートに対して一定のヌクレオチド配列を有する核酸等を保持しておく。こうした抗原−抗体間の特異的な相互作用、レセプター−リガンド相互作用、ハイブリダイゼーションなど、タンパク質−タンパク質相互作用、タンパク質−核酸相互作用及びその他の各種相互作用、予めサンプルプレートに保持した介在物と分析対象との間の水素結合、親水性相互作用、疎水性相互作用、静電的相互作用及び、キレート作用等を利用して、分析対象がサンプルプレートに保持されてもよい。
【0030】
また、分析対象は、必要に応じて化学修飾がなされていてもよい。化学修飾の種類は特に問わない。後段にて詳述するように、例えばタンパク質についてはエドマン法による反応生成物を分析対象として保持されていてもよい。
【0031】
1種又は2種以上の分析対象がまとまりをもって保持されたサンプルプレート上の領域(スポット等)は、分析対象を含んでいるため、そのまま分析のためのセルを構成することができる。すなわち、サンプルプレートには、1種又は2種以上の分析対象が保持された分析用のセルを1個又は2個以上有することができる。なお、セルとは、1種又は2種以上の分析対象が保持された領域であり、分析方法の測定対象となる領域を意味している。
【0032】
2種以上の分析用セルを有している場合、これらの分析用セルは、配列されていることが好ましく、それぞれ固有の位置情報が関連付けられていることがより好ましい。すなわち、分析用セルのそれぞれのサンプルプレート上における位置が特定されていることが好ましい。分析用のセルが固有の位置情報に関連付けられて、その位置が特定されていることにより、分析工程を容易化することができるとともに、分析工程後の解析を容易化でき、結果としてサンプルプレート上に多くの分析用セルを保持させたときの分析を高速化することができる。例えば、MALDIによる場合、サンプルプレート上に配列された分析用セルに順次レーザーを照射して、セルに含まれる分析対象を脱離・イオン化させることで、大量の分析用セルについて解析を容易にかつ迅速に行うことができる。
【0033】
(分析対象が保持されたサンプルプレートの作製)
分析対象をサンプルプレート上に直接保持するには、まず、分析対象をサンプルプレート上に供給する。分析対象は、サンプルプレート上で合成してもよいし、予め調製された分析対象をサンプルプレート上に供給してもよい。サンプルプレート上で直接分析対象を合成する場合としては、無細胞タンパク質合成系によりタンパク質を合成する場合や、サンプルプレート上でオリゴヌクレオチドを合成する場合が挙げられる。また、分析対象をサンプルプレートに供給するには、例えば、インクジェット法やピン法等を用いることができる。
【0034】
また、分析対象を含む混合物を電気泳動又はクロマトグラフィーなどの分離手法で分離した上でサンプルプレートに供給してもよい。特に、電気泳動やクロマトグラフィーで分離されたパターンに基づいて分離された成分をサンプルプレートに供給することが好ましい。こうすることで、各種分離手段によって分離された分析対象をその分離パターンに対応して個々に解析することができる。具体的には、電気泳動パターンは、ブロッティングを利用してそのままサンプルプレートに転写することができる。この場合、サンプルプレートは液体浸透性であることが好ましい。また、液体クロマトグラフィーからの溶離液を一定量毎にサンプルプレートにドット状又はストリーム状に滴下させることにより、各種の溶離画分をその分離パターンに対応して保持できる。
【0035】
なお、分析対象がペプチドやタンパク質などの高分子化合物である場合、質量分析で分析可能な分子量や得られる情報内容を考慮して、各種の分解酵素で適宜低分子化した上でサンプルプレート上に供給してもよい。例えば、タンパク質はトリプシンなどのプロテアーゼなどで処理すればよい。フラグメンテーションパターンについて解析できるほか、質量分析の精度が向上され、タンパク質の同定あるいはタンパク質の配列決定が容易化される。また、こうしてフラグメント化したタンパク質を電気泳動や液体クロマトグラフィーで分離した上、サンプルプレートに供給することが好ましい。
【0036】
なお、電気泳動としては、アガロースゲル電気泳動、変性アガロースゲル電気泳動、ポリアクリルアミド電気泳動、SDSポリアクリルアミド電気泳動、等電点電気泳動及び二次元電気泳動などが挙げられる。また、液体クロマトグラフィーとしては、マイクロキャピラリーあるいはナノキャピラリーを用いた液体クロマトグラフィーが好ましく用いられる。
【0037】
こうして分析対象をサンプルプレート上に供給した後、分析対象はサンプルプレートに保持される。最も簡易には、分析対象を供給する際に用いた水などの媒体を蒸発させ乾燥させることで分析対象をサンプルプレートに保持することができる。また、サンプルプレートあるいはサンプルプレート表面の官能基と分析対象とを共有結合を介して保持するときには、分析対象とともにあるいは別個に必要な試薬をサンプルプレート上に供給し反応させることで分析対象をサンプルプレートに保持できる。その他、保持形態に応じて必要な条件を付与する。
【0038】
分析対象をサンプルプレート上に供給した後あるいは保持した後、サンプルプレート上において分析対象に化学修飾を施すことができる。化学修飾が施される前の分析対象は、分析対象の前駆体ともいえる。修飾の種類や方法は特に限定されない。例えば、分析対象がタンパク質、ペプチド等の場合には、1−フルオロ−2,4−ジニトロベンゼン(FNDB)や5−ジメチルアミノナフタレン−1−スルホニルクロリド(ダンシルクロリド)との反応や、エドマン試薬(フェニルイソチオシアネート)と無水酸とによるエドマン法が挙げられる。
【0039】
本発明における分析対象としては、エドマン反応若しくはその類似反応の反応生成物及び反応中間体が挙げられる。例えば、エドマン法の変法を利用して、タンパク質等のN末端アミノ酸配列をいわゆるラダーシーケンス法で決定することができる。すなわち、ファニルイソチオシアネート(PITC)に数%のイソシアネート(ITC)、フルオレセインイソチオシアネート(FITC)及びメチルイソチオシアネート(MITC)などのいずれかを加えてカップリングさせてN末端アミノ酸残基に対する修飾基を変化させ、その後のフルオロ酢酸などによるN末端アミノ残基の切断反応を抑制したり、あるいは切断反応時間を調整することでN末端アミノ酸残基の切断反応を抑制したりして、サンプルプレートの分析領域上に、(1)こうした分解反応生成物の一方である切断されたN末端アミノ酸残基の誘導体と、(2)他の一方であるN末端アミノ酸残基が切断されたフラグメント(被エドマン反応物)と、(3)カップリングされたが切断されていない未切断のタンパク質やペプチドの修飾体(カップリング体)を優勢に残存させるようにする。
【0040】
ここで、上記(2)がエドマン反応又はその類似反応の反応生成物であり、上記(3)がエドマン反応又はその類似反応の反応中間体である。
【0041】
これらのうち、(2)及び(3)は、N末端アミノ酸残基分が異なるだけであるので、これらのフラグメントの質量の差を質量分析工程において計測し、比較することで、N末端アミノ酸残基を決定することができる。さらに、こうした反応工程と質量分析工程とを必要な回数繰り返し行うことで、N末端アミノ酸配列を決定することができる。
【0042】
以上のことから、ペプチドやタンパク質をサンプルプレートに保持させる操作及びこうしたサンプルプレートの典型例として以下の例が挙げられる。すなわち、タンパク質をトリプシンなどのプロテアーゼで分解した後、マイクロあるいはナノキャピラリー液体クロマトグラフィーにて分離し、溶離液をサンプルプレート上に多数個のスポットとして配列して滴下し乾燥し、個々のスポットに対して、上記したようなエドマン法の変法を適用して反応させ、その後洗浄して乾燥する。こうすることで、タンパク質がトリプシンによって分解されて得られる1種又は2種以上のフラグメントを液体クロマトグラフィーによる分離パターンに対応して分配された1個又は2個以上の溶離液スポット(分析用のセル)として備えているサンプルプレートが得られる。また、同時に、エドマン法の変法の適用により、各溶離液スポットには、スポットに含まれるペプチドやタンパク質のN末端アミノ酸残基が切断された被エドマン反応物であるフラグメントと、カップリングされたがN末端が切断されていない未切断のカップリング体とが保持されたサンプルプレートが得られる。
【0043】
また、分析対象を間接的にサンプルプレート上に保持するには、まず、分析対象を間接的に保持するための介在物が保持されたサンプルプレートを用意する。介在物とは、上記したように、例えば、タンパク質や核酸等である。こうした介在物をサンプルプレート上に供給し保持するには、上記のような方法を適宜用いることができる。また、分析対象を保持するには、こうして介在物を保持したサンプルプレートに対して、分析対象を含有する試料を供給し、意図した相互作用を生じさせて、分析対象を介在物を介して分析対象をサンプルプレートに保持する。
【0044】
(分析工程)
分析対象が保持されたサンプルプレートについて分析工程を実施する。本分析工程においては、質量分析法を採用することが好ましい。質量分析工程におけるイオン化方法は、特に限定されないが、サンプルプレートをそのままイオン化に用いる観点からは、マトリックスを使用しないレーザー脱離イオン化(LDI)、マトリックスを使用するマトリックス支援レーザー脱離イオン化(MALDI)を用いることが好ましい。なかでも、ペプチドやタンパク質などにはMALDIを用いることが好ましい。
【0045】
MALDIに用いるレーザーとしては、N2、Nd−YAG、CWCO、TEA−CO2、アルゴンなどが用いられる。また、MALDIに用いるマトリックスとしては、特に限定しないが、ニコチン酸、2−ピラジンカルボン酸、シナピン酸、2,5−ジヒドロキシ安息香酸、5−メトキシサリチル酸、α−シアノ−4−ヒドロキシケイ皮酸、3−ヒドロキシピコリン酸、ジアミノナフタレン、2−(4−ヒドロキシフェニラゾ)安息香酸、ジスラノール、コハク酸、5−(トリフルオロメチル)ウラシル,グリセリンなどを用いることができる。マトリックスの分析対象に対する添加量等は特に限定しないで従来公知範囲で適宜設定することができる。
【0046】
また、本質量分析方法における質量分析工程は、磁場偏光型、四重極型、イオントラップ型、飛行時間型、フーリエ変換イオンサイクロン型、タンデム型などの各種の質量分析計による分析が可能である。なかでも、LDI及びMALDIよる場合には、飛行時間型分析計を用いる質量分析工程が好ましい。
【0047】
質量分析工程においては、サンプルプレート上の分析用セルに存在する1種又は2種以上の分析対象の質量を分析することができる。例えば、分析用セルにエドマン法の生成物が存在するとき、すなわち、エドマン反応生成物である末端アミノ酸残基の誘導体(ATZ誘導体又はPTH誘導体)と、被エドマン反応物である残余のフラグメントと、N末端にイソシアネート系カップリング剤がカップリングしたが切断されなかった未切断のタンパク質又はペプチドの修飾体が存在するとき、LDI法やMALDI法によれば、被エドマン反応物である残余のフラグメントと未切断物の分子量を容易に測定することができ、これにより、全体の分子量とともにN末端アミノ酸を同定することができる。
【0048】
なお、分析工程で実施する分析方法は質量分析のほか、各種の分析方法を実施することができる。また、分析対象が蛍光試薬や発色試薬等により標識されている場合には、サンプルプレート上のこうした蛍光や発色などを検出する方法を採用することができる。
【0049】
(質量分析装置)
本発明の質量分析装置は、本発明のサンプルプレートを備えている。本発明の質量分析装置は、LDI又はMALDIであり、さらに飛行時間型質量分析装置であることが好ましい。
【実施例】
【0050】
以下、本発明を実施例を挙げて具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
(サンプルプレート作成工程)
被覆する熱分解炭素層の厚さ分を減寸してサンプルプレートの形状に研磨を施したセラミック基材に、熱分解炭素(イビデン社製パイロカーブ)をコーティングして実施例1および2のサンプルプレートを作製した。作製したサンプルプレートの外観をチェックしたところ、剥離、クラック等の問題はなかった。また、このとき使用したセラミック基材の材質、熱分解炭素層の層厚、基材の熱膨張係数、熱分解炭素層の面粗さは表1の通りであった。なお、これらの測定は、既に説明したとおりの方法で行った。
【0051】
また、併せて、表1に示す比較例1、2及び参考例1〜3のサンプルプレートを用意した。比較例1のサンプルプレートは、表面粗さ以外が2.1μmである以外は、実施例と同様にして作製した。また、比較例2のサンプルプレートは、等方性黒鉛にフェノール樹脂を含浸し、硬化、焼成工程を経てガラス状炭素化したカーボン板をサンプルプレートの形状に加工して作製した。比較例1及び2のサンプルプレートは、剥離やクラック等もなかった。
【0052】
参考例1〜3のサンプルプレートは、熱分解層の層厚や基材の熱膨張係数を表1に記載のとおりとする以外は実施例と同様にして作製した。参考例1〜3のサンプルプレートは、剥離、クラック等の問題が発生してしまい、こうした観点からサンプルプレートとしての使用が困難であった。
【0053】
比較例及び参考例のサンプルプレートについても、実施例のサンプルプレートと同様に、セラミック基材の材質、熱分解炭素層の層厚、基材の熱膨張係数、熱分解炭素層の面粗さは表1の通りであった。
【0054】
【表1】

【0055】
(試料調整工程)
実施例及び比較例のサンプルプレートに対し、以下のようにして、分析対象を保持させた。分析対象物として、アンジオテンシン(angiotensin,MW1293)を500、250、125、62.5、31.3、15.6fmol/μlとなるよう20v/v%アセトニトリル溶液で希釈し、それぞれ1μlずつをポリプロピレン製のピペットを使用して載置し、結晶を析出させた後、熱分解炭素層の表面を観察した。なお、マトリックスは、α−シアノ−4−ヒドロキシケイヒ酸を使用し、その濃度は5mg/mlとし、1μmlを滴下した。実施例1及び2並びに比較例1及び2のアンジオテンシンを含むマトリックスの結晶の析出状態を、それぞれ図1A、図1B、図1C及び図1D及び表2に示す。また、これらのサンプルプレート上における20v/v%アセトニトリル水溶液の接触角を測定した。アセトニトリル水溶液との接触角を表1に併せて示す。
【0056】
(分析工程)
分析対象のブロットを保持させたサンプルプレートをMALDI−TOF質量分析装置(ABIVoyager DE−STR MALDITOF型質量分析計)を用いて分析し、アンジオテンシン(angiotensin,MW1293)に由来するピークと、バックグラウンドノイズとの比較を各希釈率にて実施し、測定の可否を確認した。測定可否について表2に示すとともに、実施例1、2及び比較例1、2の詳細な測定チャートを図2A、図2B、図2C及び図2Dにそれぞれ示す。また、実施例1,2及び比較例1,2におけるアンジオテンシン62.5fmol/μlの20v/v%アセトニトリル水溶液をブロットしたサンプルプレートにおける任意の単位の信号強度分布を図3に示す。
【0057】
【表2】

【0058】
表1及び表2に示すように、実施例1、2および比較例1、2に示すサンプルプレートにおいては、MALDI質量分析装置のサンプルプレートとして利用可能であるとともに、MALDI質量分析装置による測定が、従来のガラス状カーボンと同様に可能であることがわかった。また、図1A、図1B及び表2に示すように、実施例1及び2のサンプルプレートの熱分解炭素層上の結晶は、微細なうえにブロットのどの位置においてもマトリックス結晶が均一に分散していることが確認できた。さらに、図3に示すように、実施例1、2のサンプルプレートによれば、信号強度分布の分散程度が低く、精度及び再現性に優れた測定が可能であることがわかった。これに対して、図1C及び図1D及び表2に示すように、比較例1及び2のサンプルプレートにおいては、マトリックス結晶の分散性が悪く、ブロット内において結晶の偏析が観察された。また、図3に示すように、比較例1及び2のサンプルプレートでは、信号強度がばらつく傾向が見られた。
【0059】
なお、熱分解炭素は、酸やアルカリに対する耐食性や耐有機溶媒性に優れるため、熱分解炭素層上における化学修飾も可能であるとともに良好な繰り返し使用性を備えている。したがって、本実施例のサンプルプレートは、LDIやMALDIなどにおけるイオン化に適し、繰り返し使用可能であって、しかも精度の高い測定のできるレーザー脱離イオン化質量分析用サンプルプレートであることがわかった。
【図面の簡単な説明】
【0060】
【図1A】実施例1における分析対象を含むマトリックス結晶の顕微鏡写真を示す図。
【図1B】実施例2における分析対象を含むマトリックス結晶の顕微鏡写真を示す図。
【図1C】比較例1における分析対象を含むマトリックス結晶の顕微鏡写真を示す図。
【図1D】比較例2における分析対象を含むマトリックス結晶の顕微鏡写真を示す図。
【図2A】実施例1の測定チャートを示す図。
【図2B】実施例2の測定チャートを示す図。
【図2C】比較例1の測定チャートを示す図。
【図2D】比較例2の測定チャートを示す図。
【図3】実施例1,2及び比較例1,2におけるアンジオテンシン62.5fmol/μlのアセトニトリル水溶液をブロットしたサンプルプレートにおける任意の単位の信号強度分布を示す図。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
レーザー脱離イオン化質量分析用サンプルプレートであって、
分析対象の保持面として面粗さ(Ra)が2.0μm以下である、熱分解炭素層を備える、サンプルプレート。
【請求項2】
前記面粗さ(Ra)は1.4μm以下である熱分解炭素層を備える、請求項1に記載のサンプルプレート。
【請求項3】
20(v/v)%アセトニトリル水溶液に対する接触角が45°以上70°以下である、請求項1又は2に記載のサンプルプレート。
【請求項4】
前記熱分解炭素層の厚さが20μm以上60μm以下である、請求項1〜3のいずれかに記載のサンプルプレート。
【請求項5】
前記熱分解炭素層をセラミック基板上に備える、請求項1〜4のいずれかに記載のサンプルプレート。
【請求項6】
前記セラミック基板は等方性黒鉛である、請求項5に記載のサンプルプレート。
【請求項7】
前記セラミック基板の熱膨張係数が2.0×10-6/℃以上4.8×10-6/℃以下である、請求項5又は6に記載のサンプルプレート。
【請求項8】
飛行時間型質量分析装置用である請求項1〜7のいずれかに記載のサンプルプレート。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれかに記載のサンプルプレートを備える、レーザー脱離イオン化質量分析装置。
【請求項10】
請求項1〜8のいずれかに記載のサンプルプレートを使用する、レーザー脱離イオン化質量分析方法。

【図1A】
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【図1B】
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【図1C】
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【図1D】
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【図2A】
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【図2B】
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【図2C】
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【図2D】
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【図3】
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【公開番号】特開2007−309668(P2007−309668A)
【公開日】平成19年11月29日(2007.11.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−136311(P2006−136311)
【出願日】平成18年5月16日(2006.5.16)
【出願人】(503152059)株式会社バイオロジカ (4)
【出願人】(000000158)イビデン株式会社 (856)
【上記1名の代理人】
【識別番号】110000017
【氏名又は名称】特許業務法人アイテック国際特許事務所
【Fターム(参考)】