説明

レーザ用光学素子の汚れ防止装置及び方法

【課題】劣悪環境下でのレーザ加工において、光学素子のくもり、汚れ等の白濁発生を防止することにより、安定したレーザ加工を実現する方法を提供する。
【解決手段】光学素子2表面の帯電極性や帯電量を検出する静電気極性判定センサ5、前記帯電極性や帯電量の検出値に基づいて逆性イオンを含むパージガス6を前記光学素子表面に吹きつけるイオン発生装置4、及び、前記光学素子2を挟んで前記イオン発生装置4に対向する、前記パージガス6によって吹き飛ばされた埃や塵を集めるための集塵ボックス8からなることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、劣悪環境下におけるレーザ加工で使用する光学素子の汚れ防止装置及び方法に関する。
【背景技術】
【0002】
通常、レーザ加工機では、レーザ本体とは別にレーザ光を伝送するミラーやレーザ光を集光するレンズ等の光学系を筐体に納め、筐体中を、清浄なパージガス等で正圧にして埃等の侵入を防いで、光学系の汚れを回避している。しかしながら、製鉄所等の工場ラインのような、床や空気中などの埃や塵等の異物の多い劣悪環境下では、完全に筐体への侵入を防ぐことは困難であり、特に、メンテナンスで筐体を開放した時、相当量の埃、塵等の異物が侵入し、そのまま筐体内に留まってしまう。
【0003】
この埃、塵等の異物がパージガス等で浮遊し、レンズやミラーに付着することがある。これまで、この異物を除去するために、局所的に、パージガスをレンズやミラーに吹きつけて対処していた。
【0004】
レーザ波長10.6μmの炭酸ガスレーザやレーザ波長1.06μmのYAGレーザで、マルチモードと呼ばれる、さほど中心部に高い強度分布を持たない場合は、問題にならなかった。しかし、近年レーザ加工に用いられ始めた、レーザ波長1.08μm近傍のファイバレーザに代表される高出力かつシングルモードの中心部に高い強度分布を有するレーザにおいては、単にパージガスを吹きつける対処をすると、レンズがくもったり白濁したりする現象が発生することを、本発明者らは見出した。
【0005】
ファイバレーザは、数十μmの微小スポットへ集光できることが特徴の一つであるが、微小集光による微細加工の場合、このレンズの白濁はレーザビームの集光特性を劣化させて、加工品質に大きな影響を与えてしまう。例えば、この現象が発生すると、光学系を通過した後のレーザパワーを、レーザ本体出射口でのレーザパワーで除したレーザ光の透過率は低下し、加工に必要なレーザパワーが得られなくなる。
【0006】
また、集光レンズが白濁すると、焦点距離が設計より短くなったり、被加工物上のレーザ照射径が設計より大きくなったりしてしまい、所望の加工ができなくなることがある。
【0007】
これを解決するため、特許文献1には、筐体内をクリーンルーム化する方法が開示されているが、この方法では、非常にコストが高く、また、光学系の調整作業や保守管理作業が不便である等の問題があり、実現はむずかしい。
【0008】
【特許文献1】特開平8−332586号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の課題は、製鉄所の工場ラインのような埃や塵等の異物の多い劣悪環境下でのレーザ加工において、光学素子のくもり、汚れ等の発生を防止することにより、安定したレーザ加工を実現するため、簡便で、低コストで、かつ、保守管理がし易いレーザ用光学素子の汚れ防止技術を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、通常の清浄なパージガスの吹きつけにおいても発生する、劣悪環境下でのレーザ加工において、光学素子のくもり、汚れ等の白濁発生現象を詳細に検討した結果、ビーム強度分布と静電気に着目して、劣悪環境下でのレーザ加工において、光学素子のくもり、汚れ等の白濁発生を防止する装置及び方法を見出した。本発明の要旨を以下に示す。
【0011】
本発明のレーザ用光学素子の汚れ防止装置は、レーザビームを被加工材に光学素子を用いて伝送し、集光・照射して加工するレーザ加工装置に用いる光学素子の汚れ防止装置であって、前記光学素子表面の帯電極性や帯電量を検出する静電気極性判定センサ、前記帯電極性や帯電量の検出値に基づいて、逆性イオンを含むパージガスを前記光学素子表面に吹きつけるイオン発生装置、及び、前記光学素子を挟んで前記イオン発生装置に対向する、前記パージガスによって吹き飛ばされた埃や塵を集めるための集塵ボックスからなることを特徴とする。
【0012】
本発明のレーザ用光学素子の汚れ防止方法は、レーザビームを被加工材に光学素子を用いて伝送し、集光・照射して加工するレーザ加工装置に用いる光学素子の汚れ防止方法であって、静電気極性判定センサで前記光学素子表面の帯電極性や帯電量を検出し、前記帯電極性や帯電量の検出値に基づいて、イオン発生装置を用いて逆性イオンを含むパージガスを前記光学素子表面に吹きつけ、前記パージガスによって吹き飛ばされた埃や塵を前記光学素子を挟んで前記イオン発生装置に対向する集塵ボックスに集めることを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
これまで、埃や塵等の異物の多い劣悪環境下でのレーザ加工では、光学レンズのくもり、汚れ等の発生により、安定した加工が困難であり、光学素子のメンテナンス負荷も高かった。本発明により、長期間安定したレーザ加工が可能となるとともに、光学素子の清掃等のメンテナンス周期が伸び、メンテナンス負荷が軽減される。しかも、簡便で低コストで実現できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明者は、通常の清浄なパージガスの吹きつけにおいても発生する、劣悪環境下でのレーザ加工において、光学素子のくもり、汚れ等の白濁発生現象を詳細に検討した結果、ビーム強度分布と静電気に着目して、集光特性に多大な影響を与えるレンズの白いくもりの発生メカニズムは、以下に説明するような発生メカニズムであると考えるに至った。以下、検討結果を説明する。
【0015】
パージガスは、配管とそこを通るエアー間で摩擦を生じ、静電気を帯びる。この静電気を帯びたパージガスを光学素子に吹きつけると、光学素子も静電気を帯びる。そして、大気中に浮遊する塵や埃やごみ等の異物が、この静電気に吸い寄せられ、光学素子に付着する。付着した異物は、レーザビームによって照射加熱され、水分等が蒸発し又は化学反応して、有機物、無機物が変質したものと考えられる。
【0016】
しかしながら、局所的なパージガスのみで、なぜこれまで問題にならなかったのか、また、ファイバレーザで問題が発生したのかという疑問が残る。これを検証するため、通常のパージガスのみを吹きつける条件で、ファイバレーザのレーザパワーを変化させ、それぞれの10日後の最小集光径の変化を調査した。
【0017】
図5は、本検討で集光特性を測定するのに用いたレーザ照射装置である。レーザ装置1から出射されたレーザビーム9が集光レンズ2によって集光され、ビームプロファイラー7によって集光特性が測定される。パージガス6は、供給ホース3より集光レンズに噴射される。パージガス6の供給ホース3の先端には、イオン発生装置4と静電気極性判定センサ5が装備されているが、本調査では使用していない。なお、イオン発生装置4と静電気極性判定センサ5は、市販のものを利用した。
【0018】
ビームプロファイラー7以外は、筐体10に納められている。レーザビームは、波長1.08μmの200W連続発振ファイバレーザで、レーザビーム径は6mm、集光レンズの焦点距離は200mmである。パージガスとしては、窒素ガス、アルゴンガス等の不活性気体、クリーンエアー等を使用した。今回は、乾燥エアーを異物除去フィルターに通したクリーンエアーを使用した。
【0019】
図4に、レンズに入射されるレーザパワー密度と最小集光径の関係を示す。横軸のレーザパワー密度Ipはレーザパワー/レーザビーム面積で定義され、レーザパワー密度Ipを変化させるのに、レーザパワーを変化させた。また、レーザビーム面積は、レンズに入射するビームにおいて、レーザパワーの86%が含まれる径から算出して定義される。縦軸の最小集光径は、集光レンズで集光されたビームにおいて、レーザパワーの86%が含まれる直径で定義される。
【0020】
この図より、レーザパワー密度Ipが0.5kW/cm2程度以上では、白濁が発生して最小集光径も大きくなる。レーザパワー密度Ipが0.5kW/cm2程度以下では、10日を経過しても白濁は発生せず、照射直後の最小集光径50μmと同程度になる。比較として、工業的に切断等に用いられている炭酸ガスレーザを例にとると、レーザパワー6000W、レーザビーム径40mmで、レーザパワー密度Ipは0.48kW/cm2であり、白濁の発生は見られない。
【0021】
このように、これまでは、高出力レーザにおいてもレーザパワー密度Ipが大きくなかったために、白濁が発生しなかったものと考えられる。
【0022】
したがって、レーザ用光学素子の白濁を防ぐには、光学素子に入射するレーザパワー密度Ipを0.5kW/cm2以下とすることが必要である。しかし、ファイバレーザのようなシングルモードを持つレーザ加工においては、加工速度を上げるためなどの理由で、大出力のレーザビームを用いることが多い。そのために、この条件を満たすのが困難な場合が多々ある。
【0023】
本発明者は、この集光特性に多大な影響を与えるレンズの白いくもりの発生メカニズムを基に、これを防ぐには、静電気、特に、光学素子の静電気を抑制することがポイントであると考えた。光学素子が静電気を帯びないよう、帯電防止膜の使用が考えられるが、帯電防止皮膜層の特性によっては、光学レンズの反射率等の光学特性が変化してしまう。
【0024】
特に、レーザに対する吸収率が上がった場合は、レンズの熱膨張を引き起こし、焦点距離や集光径の光学特性に著しく影響を与える。また、帯電防止膜の長期安定性にも問題があるのが現状である。
【0025】
また、静電気を防ぐために湿度を高くするという、湿度による管理も考えられるが、空気中の水分によって結露が生じやすくなり、レンズ表面でガラスと水分に含まれる成分が反応して、光学レンズのくもり、汚れを増長してしまう。
【0026】
まず、パージガスを吹きつけた場合、光学素子はプラスに帯電していることをセンサにより確認した。そこで、マイナスイオン発生装置でマイナスイオンを供給し、中和させたところ、最初は、塵や埃等の異物の付着は抑制されたが、時間とともに付着量が増加した。この原因は、マイナスイオンを供給しすぎたために、レンズが逆にマイナスに帯電してしまい、プラスに帯電している異物を引き寄せてしまったためであった。
【0027】
次に、光学素子の表面の帯電極性を検出して、それとは逆の極性のイオンを供給することとした。これは、上記のマイナスイオン供給と比較して大きな効果が認められたが、やはり時間とともに異物が付着する結果となった。この原因は、イオンを光学素子に供給することにより、二次的にプラス及びマイナスに帯電した異物を筐体内に存在させることになることである。
【0028】
イオン発生装置は、光学素子を中和状態にするため、時間的に、プラス、マイナスのイオンを交互に発生させるので、帯電した逆極性の異物を引き寄せてしまう。このため、光学素子及びイオンを発生させるための電極針に短時間であるが異物が付着する。
【0029】
電極針に異物が付着すると、放電時に反応を起こして電極を覆う析出物が生成され、そのイオン供給能力を減少してしまう。このため、パージガスの静電気で光学素子は、再び帯電し、異物が、再度、付着してしまうと考えられる。
【0030】
そこで、二次的にプラス及びマイナスに帯電した異物を筐体内に存在させないために、イオン発生装置及びパージガスで除去された異物を、フィルター又は放電型集塵機で捕らえ、光学素子及び電極針への再付着を防ぐ方法を着想した。
【0031】
本発明において、異物を補足する集塵ボックスは、レンズに吹きつけたパージガスを十分に取り込める開口を持ち、ファンによる吸引力を持ち、内部にフィルター又は放電型集塵機を持った構成にする。
【0032】
なお、本実施の形態において、光学系は筐体内に収納したが、塵や埃が顕著ではないときには、筐体内に収納する必要がない。
【実施例】
【0033】
(集光特性)
図1は、本実施例で用いた、汚れ防止装置を組み込んだ、レーザビームの集光特性を測定するためのレーザ照射装置の例である。図5と同じく、レーザ装置1から出射されたレーザビーム9が集光レンズ2によって集光され、ビームプロファイラー7によって集光特性が測定される。
【0034】
パージガス6は、供給ホース3より集光レンズ2に噴射される。パージガス6の供給ホース3の先端には、市販の除電装置を用いたイオン発生装置4と静電気極性判定センサ5が装備され、さらに、集光レンズ2をはさんで、パージガス6によって除去された埃や塵等の異物を回収する集塵ボックス8が配置されている。本実施例では、開口部11とファン13を備える集塵ボックス8内に、市販の空気清浄用フィルター12を装着した。
【0035】
ビームプロファイラー7以外は、筐体10に納められている。筐体10の大きさは、1m(W)×1m(L)×0.5m(H)である。測定条件としては、波長1.08μmの200W連続発振ファイバレーザを使用し、レーザビーム径は6mm、集光レンズの焦点距離は200mmである。
【0036】
【表1】

【0037】
表1に、本発明及び比較例の装置構成を示す。レーザ照射開始直後、並びに、本発明、パージガスのみ(比較例1)、及び、パージガスとイオン発生装置のみ(比較例2)を使用した場合の3通りについて、10日後のそれぞれ集光直径の集光特性を図2に示す。フォーカス位置は照射開始直後の最も集光径が小さくなった位置を0として、マイナスが大きいほど集光レンズ側、プラスほど集光レンズから遠い方向である。
【0038】
本発明では、照射開始直後とほぼ同等の集光特性が維持されている。一方、比較例1のパージガスのみでは、最小集光径が50μmから100μmと大きくなり、その位置もレンズに近い側に5mmシフトしている。比較例2のパージガスとイオン発生装置のみでは、最小集光径が50μmから70μmと大きくなり、その位置もレンズに近い側に1mmシフトしている。
【0039】
比較例1の集光レンズの外観を観察したところ、レーザビームが入射するレンズ表面中央部周辺に、白いくもりが明確に見られた。比較例2の集光レンズにも、非常に薄いが、白いくもりが認められた。
【0040】
これより、集光径が大きくなったのは、この白いくもりにより収差が発生したものと考えられる。また、レーザビームパワーの伝送効率は、およそ10%低下していた。これより、この白いくもりによりレーザビームパワーが吸収され、熱となり、熱レンズ効果を引き起こしたため、焦点位置がシフトしたと考えられる。
【0041】
その結果、図3に示すように、パージガスのみの比較例1では、4日程度で集光径が2倍程度となる白いくもりが発生していた。また、イオン発生装置4として、市販の除電器を使用する比較例2では、15日程度で集光径が2倍程度となる白いくもりが発生していたのに対して、本発明では、約30日にまで、その発生を防ぐことができた。
【0042】
本発明により、長期間安定したレーザ加工が可能となるとともに、光学素子の清掃等のメンテナンス周期が伸び、メンテナンス負荷が軽減される。
【0043】
30日後に、本発明例の除電器の電極針を外観検査したところ、異物が付着していた。また、フィルターも汚れていた。これより、異物の補足の能力が低下したため、帯電した浮遊異物が増加して、光学素子及び電極針に付着し、イオン供給能力低下によって白いくもりが発生したと考えられる。その主要因としては、パージガス自体の清浄度に影響され、従がって、より清浄度の高いパージガスを供給できれば、さらに、長期間の効果が期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】本発明の劣悪環境下におけるレーザ用光学素子の汚れ防止装置の概略を示す図である。
【図2】本発明の実施例と比較例における集光特性、フォーカス位置と集光径の関係を示す図である。
【図3】本発明の実施例と比較例における照射日数と集光径の関係を示す図である。
【図4】レーザパワー密度と最小集光径の関係を示す図である。
【図5】パージガス吹きつけ時のファイバーレーザ光の集光特性を測定するのに用いたレーザ照射装置の概略を示す図である。
【符号の説明】
【0045】
1 レーザ発振器
2 集光レンズまたは、fθレンズ
3 パージガス配管
4 イオン発生装置
5 静電気センサ
6 パージガス
7 ビームプロファイラー
8 集塵ボックス
9 レーザビーム
10 装置筐体
11 開口部
12 フィルター
13 ファン

【特許請求の範囲】
【請求項1】
レーザビームを被加工材に光学素子を用いて伝送し、集光・照射して加工するレーザ加工装置に用いる光学素子の汚れ防止装置であって、
前記光学素子表面の帯電極性や帯電量を検出する静電気極性判定センサ、
前記帯電極性や帯電量の検出値に基づいて、逆性イオンを含むパージガスを前記光学素子表面に吹きつけるイオン発生装置、及び、
前記光学素子を挟んで前記イオン発生装置に対向する、前記パージガスによって吹き飛ばされた埃や塵を集めるための集塵ボックス
からなることを特徴とするレーザ用光学素子の汚れ防止装置。
【請求項2】
レーザビームを被加工材に光学素子を用いて伝送し、集光・照射して加工するレーザ加工装置に用いる光学素子の汚れ防止方法であって、
静電気極性判定センサで前記光学素子表面の帯電極性や帯電量を検出し、
前記帯電極性や帯電量の検出値に基づいて、イオン発生装置を用いて逆性イオンを含むパージガスを前記光学素子表面に吹きつけ、
前記パージガスによって吹き飛ばされた埃や塵を、前記光学素子を挟んで前記イオン発生装置に対向する集塵ボックスに集める
ことを特徴とするレーザ用光学素子の汚れ防止方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate


【公開番号】特開2007−283354(P2007−283354A)
【公開日】平成19年11月1日(2007.11.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−113327(P2006−113327)
【出願日】平成18年4月17日(2006.4.17)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】