説明

ロケットエンジンの燃焼室及び中空構造体の製造方法

【課題】品質を落とすことなくできるだけ短い期間で中空構造体を形成することが可能な中空構造体の製造方法を提供する。
【解決手段】中空構造体の製造方法は、部材10に溝を形成する工程と、充填剤を溝に充填する工程と、充填剤及び部材10の露出面に導電層を形成する工程と、電鋳法により導電層上に第1層12を形成する工程と、コールドスプレー法により第1層12上に第2層13を形成する工程と、溝から充填剤を除去する工程とを具備する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ロケットエンジンの燃焼室及び中空構造体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
内部に空間を有する構造体が知られている(以下、「中空構造体」ともいう)。中空構造体の内部の空間を、冷媒を流通させる冷却流路として使用すれば、中空構造体を冷却することが可能である。このような中空構造体の適用例として、航空宇宙用のロケットエンジンの燃焼室が考えられる。ロケットエンジンの燃焼室は使用時に極めて高温になるため、冷却しながら使用する必要がある。そのため、燃焼室には冷媒を流通させる複数の冷却流路が冷却構造として設けられている。
【0003】
図1A〜図1Dは、従来のロケットエンジンの燃焼室の製造方法を示す説明図である。まず、図1Aに示すように、燃焼室の銅製の内筒110に複数の溝111を形成する。次に、図1Bに示すように、溝111にワックス120を充填する(中子充填)。その後、内筒110とワックス120の表面に銀粉121を塗布する(導電処理)。続いて、図1Cに示すように、導電処理を施された内筒110とワックス120の表面に電鋳法を行い、銅製の電鋳層112を形成する。その後、図1Dに示すように、ワックス120を除去し(中子除去)、銀粉121を除去する。以上により、複数の冷却流路114を有する銅製の燃焼室が製造される。
【0004】
関連する技術として、特開2004−137602号公報に基材にコーティング材料を施す方法が開示されている。この方法は、ボーショック層によって基材から吹き流されるのを回避するのに十分な大きさから50ミクロンまでの範囲の大きさを有する金属粉末の粒子を準備するステップと、前記金属粉末が塑性変形するのに十分な速度でスプレーノズルを通って前記金属粉末の粒子を前記基材の少なくとも1つの面上を通過させ前記少なくとも1つの面上に堆積層を形成するステップとを有してなる、ことを特徴とする。本方法は、ロケットエンジンのマニホールドに対し実施されている。
【0005】
特開平3−23352号公報にロケットエンジンの燃焼室及びその製造方法が開示されている。このロケットエンジンの燃焼室の製造方法は、断面が同心円状に設けられた内筒と外筒とを有し、該内筒及び外筒の接する面の少なくとも一方に溝が設けられ冷媒の通過する冷却通路としたロケットエンジンの燃焼室の製造方法である。溝に耐熱可溶性中子を充填し内外筒を着接して内外筒の間を、真空密閉した後、これらを熱間静水圧加工することにより内外筒を拡散接合し、前記耐熱可溶性中子を除去することを特徴とする。本方法は、ロケットエンジン燃焼室に対して実施されている。
【0006】
特開平4−45296号公報に中空体の製造方法が開示されている。この中空体の製造方法は、中空体の中子を形成する母材の凹所に、常温で固体状態の昇華性物質を形状可変な状態にして充填する工程、充填された昇華性物質の露出面に粉末状にした導電性物質を塗布し導電層を形成する工程、電鋳法により導電層表面に電鋳層を形成させる工程、母材の凹所から充填された昇華性物質を外部へ昇華除去する工程、とから成ることを特徴とする。本方法は、ロケットエンジン燃焼室などに対して実施されている。
【0007】
特開平2−197591号公報に銅電鋳方法が開示されている。この電鋳方法は、130〜160g/Lの硫酸銅5水和物、130〜160g/Lの硫酸、0〜100ppmの塩素イオンを含み、残部は水から成る浴温が24〜28℃に保たれた酸性硫酸銅浴に、電鋳すべき製品と対極とを浸漬し、1〜7A/dmの電流密度で製品を陰極とする電解と、1〜7A/dmの電流密度で製品を陽極とする電解とを、製品を陰極とする時間が製品を陽極とする時間よりも長くなるような一定の周期で電解電流の極性を反転させながら電解して電着層を形成させることを特徴とする。本方法は、ロケットエンジン燃焼室などに対して実施されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2004−137602号公報
【特許文献2】特開平3−23352号公報
【特許文献3】特開平4−45296号公報
【特許文献4】特開平2−197591号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記図1A〜図1Dの例で示されるロケットエンジンの燃焼室のような中空構造体は、電鋳法により形成されている。しかし、電鋳法は以下のような問題点が有る。(1)中子充填(図1B)、導電処理(図1B)、及び中子除去(図1D)は、それぞれ1日以上の期間を要する。(2)電鋳法による膜(例示:銅)の成長速度が極めて遅く、目標膜厚の到達まで数ヶ月かかる。(3)電鋳法により膜(例示:銅)を成長させる場合、膜が均一に成長させることが難しく、膜厚が厚くなると不均一な層が形成されてくる。そのため、膜の成長を途中で停止し、不均一な層を切削除去し、所定の洗浄後に再び電鋳法で膜の成長を行う、という一連の処理が複数回必要となる。このことが、製造に掛かる日数を増加させている。
【0010】
以上のような問題点のため、中空構造体であるロケットエンジンの燃焼室の製造フロータイムは約数ヶ月と長くなっている。ここで、製造フロータイムを短縮するために電鋳法を用い、不均一な層を残したまま製造を続けることも考え得るが、膜(例示:銅)に要求される品質の高さを維持することができず適用できない。品質を落とすことなくできるだけ短い期間で中空構造体を形成することが可能な技術が望まれる。また、特に、ロケットエンジンの燃焼室の場合、熱や圧力などの衝撃によるリークの発生は、ロケットの運航に極めて重大な影響を及ぼす。衝撃により強くかつ信頼性をより高くすることが可能な技術が求められる。
【0011】
従って、本発明の目的は、品質を落とすことなくできるだけ短い期間で中空構造体を形成することが可能な中空構造体の製造方法を提供することにある。
【0012】
また、本発明の他の目的は、衝撃により強く信頼性をより高くする中空構造体又はロケットエンジンの燃焼室を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
以下に、発明を実施するための形態で使用される番号・符号を用いて、課題を解決するための手段を説明する。これらの番号・符号は、特許請求の範囲の記載と発明を実施するための形態との対応関係を明らかにするために括弧付きで付加されたものである。ただし、それらの番号・符号を、特許請求の範囲に記載されている発明の技術的範囲の解釈に用いてはならない。
【0014】
本発明の中空構造体の製造方法は、部材(10)に溝(11)を形成する工程と、充填剤(20)を溝(11)に充填する工程と、充填剤(20)及び部材(10)の露出面に導電層(21)を形成する工程と、電鋳法により、導電層(21)上に第1層(12)を形成する工程と、コールドスプレー法により、第1層(12)上に第2層(13)を形成する工程と、溝(11)から充填剤(20)を除去する工程とを具備する。
【0015】
本発明では、部材(10)及び充填層(20)を覆うように形成する層を、第1層(12)と第2層(13)とに分けてそれぞれ電鋳法とコールドスプレー法とで製造している。成膜速度が早く、取り扱いが容易なコールドスプレー法を用いることで、電鋳法のみで形成する場合と比較して、成膜期間を短縮でき、成膜の手間やコストを削減することができる。
【0016】
上記の中空構造体の製造方法において、第2層(13)を非酸化性雰囲気中で熱処理する工程を更に具備する。
本発明では、後工程として熱処理を加えることで、主にコールドスプレー法で成膜した第2層(13)の残留応力を開放して、第2層(13)の力学的特性を向上させることができる。
【0017】
上記の中空構造体の製造方法において、第2層(13)を形成する工程は、第2層(13)を形成することを一時中止して第2層(13)を熱処理する工程を含む。
本発明では、途中工程として熱処理を加えることで、主にコールドスプレー法で成膜した第2層(13)の残留応力を開放して、第2層(13)の力学的特性を向上させることができる。また、成膜途中で残留応力が開放されて膜成長が良好に続くので、相対的に厚い膜を成膜することがより可能になる。
【0018】
上記の中空構造体の製造方法において、第2層(13)は、第1層(12)よりも厚い。
本発明では、成膜速度が早く、取り扱いが容易なコールドスプレー法をより多く用いることで、より、成膜期間を短縮でき、より成膜の手間やコストを削減することができる。
【0019】
上記の中空構造体の製造方法において、第1層(12)は、針状結晶を主成分として含む。第2層(13)は、粒状結晶を主成分として含む。
本発明では、異方な結晶性を有する二つの層が積層されているため、衝撃に対する耐性が強化されるという効果が有る。
【0020】
上記の中空構造体の製造方法において、部材(10)は、ロケットエンジンの燃焼室の内筒である。第1層(12)及び第2層(13)は、燃焼室の外筒である。溝(11)は、燃焼室の冷媒流路である。
本発明では、上記中空構造体の製造方法をロケットエンジンの燃焼室(25)の製造方法に用いることにより、電鋳法のみで形成する場合と比較して、成膜期間を短縮でき、成膜の手間やコストを削減することができる。
【0021】
本発明のロケットエンジンの燃焼室は、断面が同心円状に設けられた内筒(10a)と、内筒(10a)の外側に、断面が同心円状に設けられた外筒(15a)とを具備する。内筒(10a)又は外筒(15a)は、冷媒が流通可能な複数の冷媒流路(14a)を有する。外筒(15a)は、内筒(10a)側に設けられた第1層(12a)と、第1層(12a)の外側に設けられた第2層(13a)とを含む。第1層(12a)と第2層(13a)とは結晶構造が異なる。
本発明では、結晶構造が異なる異方な結晶性を有する二つの層が積層されているため、衝撃に対する耐性が強化されるという効果が有る。ロケットエンジンの燃焼室(25)のような高温高圧の流体が燃焼し流通する厳しい使用環境の下で使用されるものは、このような特性を有することは特に好ましい。
【0022】
上記のロケットエンジンの燃焼室において、第1層(12a)は、針状結晶を主成分として含む。第2層(13a)は、粒状結晶を主成分として含む。
本発明では、第1層(12a)が針状結晶を主成分とし、第2層(13a)が粒状結晶という異方な結晶性を有する二つの層が積層されているため、衝撃に対する耐性が強化されるという効果が有る。
【0023】
上記のロケットエンジンの燃焼室において、第2層(13a)は、第1層(12a)よりも厚い。
本発明では、第2層(13a)をコールドスプレー法で成膜し第1層(12a)を電鋳法で成膜する場合には、第2層(13a)を相対的に厚くしてコールドスプレー法をより多く用いることで、より、成膜期間を短縮でき、より成膜の手間やコストを削減することができる。
【発明の効果】
【0024】
本発明により、品質を落とすことなくできるだけ短い期間で中空構造体を形成することが可能となる。また、本発明により、衝撃により強く信頼性をより高くする中空構造体又はロケットエンジンの燃焼室を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1A】図1Aは、従来のロケットエンジンの燃焼室の製造方法を示す説明図である。
【図1B】図1Bは、従来のロケットエンジンの燃焼室の製造方法を示す説明図である。
【図1C】図1Cは、従来のロケットエンジンの燃焼室の製造方法を示す説明図である。
【図1D】図1Dは、従来のロケットエンジンの燃焼室の製造方法を示す説明図である。
【図2A】図2Aは、本発明の実施の形態に係る中空構造体の構成を示す斜視図である。
【図2B】図2Bは、図2Aの中空構造体における第1層及び第2層の結晶状態を模式的に示す断面図である。
【図3A】図3Aは、本発明の実施の形態に係る中空構造体を適用したロケットエンジンの燃焼室を示す斜視図である。
【図3B】図3Bは、本発明の実施の形態に係る中空構造体を適用したロケットエンジンの燃焼室を示すxy平面図である。
【図3C】図3Cは、本発明の実施の形態に係る中空構造体を適用したロケットエンジンの燃焼室を示すzx断面図(図3BにおけるAA’断面図)である。
【図4A】図4Aは、本発明の実施の形態に係る中空構造体の製造方法を示すフロー図である。
【図4B】図4Bは、本発明の実施の形態に係る中空構造体の製造方法を示すフロー図である。
【図4C】図4Cは、本発明の実施の形態に係る中空構造体の製造方法を示すフロー図である。
【図4D】図4Dは、本発明の実施の形態に係る中空構造体の製造方法を示すフロー図である。
【図4E】図4Eは、本発明の実施の形態に係る中空構造体の製造方法を示すフロー図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、本発明の実施の形態に係るロケットエンジンの燃焼室及び中空構造体の製造方法について、添付図面を参照して説明する。
【0027】
図2Aは、本発明の実施の形態に係る中空構造体の構成を示す斜視図である。この中空構造体1は、内部に流体(例示:冷媒)が通過可能な複数の冷却流路14(複数の空間)を有している。流体として冷媒を用いれば、中空構造体1は冷却可能な部材として用いることができる。中空構造体1の形状は図2Aのような板形状に限定されず、他の所望の形状(例示:柱状、筒状、面状、それらが湾曲した形状)を有していても良い。また、冷却流路14の形状は図2Aのような矩形断面や限定されず、他の所望の形状(例示:円又は楕円状、多角形状)を有していても良い。中空構造体1は、基材部10と、積層部15とを具備している。
【0028】
基材部10は、製造時に基材となる部分である。形状には特に限定がなく、図2Aでは板状の例が示されている。基材部10には、冷媒が通過可能な少なくとも一つの冷却流路14が設けられている。ただし、冷却流路14は、積層部15に設けられていてもよい。材料としては、冷却効率や強度や延びの面から金属が例示される。ロケットエンジンの燃焼室の場合には、冷却効率や強度や延びが優れている銅又は銅を主成分とする合金が好ましい。
【0029】
積層部15は、製造時に基材上に形成される部分である。形状には特に限定はないが、後述の製造方法から層上構造となる。図2Aでは板状の例が示されている。積層部15の一部は、冷却流路14の一側面を構成している。材料としては、基材部10と一体に中空構造体1を構成することから、基材部10と同一の材料であることが好ましい。すなわち、冷却効率や強度や延びの面から金属が例示される。ロケットエンジンの燃焼室の場合には、冷却効率や強度や延びが優れている銅又は銅を主成分とする合金が好ましい。
【0030】
積層部15は、第1層12と第2層13を備えている。第1層12は、基材部10の表面に層状に設けられている。その一部分は冷却水路14の一側面を構成している。第2層13は、第1層12の表面に層状に設けられている。第1層12と第2層13とは、一体で積層部15を構成するが、結晶構造が異なっている。以下に、第1層12と第2層13について更に説明する。
【0031】
図2Bは、図2Aの中空構造体における第1層及び第2層の結晶状態を模式的に示す断面図である。第1層12は、針状結晶を主成分として含んでいる。針状結晶は、基材部10から第2層13に向かう方向に伸びている。一方、第2層13は、粒状結晶を主成分として含んでいる。粒状結晶は、第1層12上に積み重なるように形成されている。ただし、主成分とは、最も多い成分という意味である。すなわち、積層部15は、結晶構造の異なる二つの層で構成されている。結晶構造の異なる二つの層は、後述されるように製造方法を異ならせることで実現することができる。例えば、第1層12を電鋳法で、第2層13をコールドスプレー法でそれぞれ形成することで上記結晶構造を実現できる。
【0032】
このように、第1層12と第2層13の結晶構造が異なるため、すなわち異方な結晶性を有する二つの層が積層されているため、衝撃に対する耐性が強化されるという効果が有る。すなわち、ある衝撃が、一方の結晶構造にとって致命的であっても、他方の結晶構造には問題ない場合がある。そのような場合、その一方の結晶構造のみで積層部15を構成する場合と比較して、衝撃に対する耐性を強化することができる。その結果、例えば、基材部10から積層部15への流体のリーク耐性を高めることができる。また、後述されるように第1層12を電鋳法で、第2層13をコールドスプレー法でそれぞれ形成する場合、製造期間の短縮やコストや手間の削減を図ることができる。
【0033】
次に、この中空構造体1をロケットエンジンの燃焼室に適用した例について説明する。
図3Aは本発明の実施の形態に係る中空構造体を適用したロケットエンジンの燃焼室を示す斜視図、図3Bはそのxy平面図、及び図3Cはそのzx断面図(図3BにおけるAA’断面図)である。この燃焼室25は、ロケットエンジンに用いられ、使用時に高温高圧の流体が燃焼し流通する。内部に冷媒が通過する複数の冷却流路14a(複数の空間)を有し、その冷媒による冷却により燃焼室25の温度を所望の温度以下に抑制する。燃焼室25は、z方向に伸び、中央付近がくびれた筒の形状を有している。燃焼室25は、基材部としての内筒10aと、積層部としての外筒15aとを具備している。
【0034】
内筒10aは、そのくびれた筒の内側の部分である。そのxy断面は、内筒10aの内面と外面とが概ね同心円状になるように設けられている。内筒10aは、その外面に沿ってz方向の上から下まで貫通するように設けられ、冷媒が流通する複数の冷却流路14aを有している。冷却流路14aのxy断面は、矩形の形状を有している。ただし、冷却流路14は、外筒15aに設けられていてもよい。材料としては、冷却効率や強度や延びの面から銅又は銅を主成分とする合金が好ましい。なお、「概ね」とは製造誤差範囲での相違を許容する意味である(以下同じ)。
【0035】
外筒15aは、そのくびれた筒の外側の部分であり、内筒10aの外面に結合されている。そのxy断面は、外筒15aの内面と外面とが同心円状になるように設けられている。外筒15aの同心円の軸と内藤10aの同心円の軸とは概ね一致している。外筒15aの一部は、冷却流路14の一側面を構成している。材料としては、内筒10aと一体に燃焼室25を構成することから、内筒10aと同一の材料であることが好ましい。すなわち、冷却効率や強度や延びの面から銅又は銅を主成分とする合金が好ましい。
【0036】
外筒15aは、第1層12aと第2層13aを備えている。第1層12aは、内筒10a側に、内筒10a上に層状に設けられ、図2Bにおける第1層12と同様である。すなわち、内筒10aから第2層13aに向かう方向に伸びる針状結晶を主成分として含んでいる。第2層13aは、第1層12aの外側の表面に層状に設けられ、図2Bにおける第2層13と同様である。すなわち、第1層12a上に積み重なるように形成された粒状結晶を主成分として含んでいる。このように、外筒15aは、結晶構造の異なる二つの層で構成されている。このような結晶構造は、例えば、後述されるように第1層12aは電鋳法で、第2層13aはコールドスプレー法でそれぞれ形成することで実現される。
【0037】
この場合にも、第1層12aと第2層13aの結晶構造が異なるため、衝撃に対する耐性が強化されるという効果が有る。すなわち、燃焼室25では、供給される液体燃料の極低温や、爆発による高温や高圧など様々な衝撃が加わる。このとき、ある衝撃が一方の結晶構造にとって致命的であっても、他方の結晶構造には問題ない場合がある。そのような場合、その一方の結晶構造のみで外筒15aを構成する場合と比較して、衝撃に対する耐性を強化することができる。その結果、例えば、内筒10aに部分的にクラックが入り、外筒15aに一部侵入するおそれがあったとしても、第1層12a又は第2層13aのいずれかがその侵入をより確実に阻止することができる。その結果、液体燃料や燃焼ガスのリークなどをこれまで以上により確実に防止することができる。
【0038】
また、第1層12aを電鋳法で、第2層13aをコールドスプレー法でそれぞれ形成する場合、第1層12aを相対的に薄くし、第2層13aを相対的に厚くすることが好ましい。それにより、後述されるように、製造期間の短縮や製造コストや製造の手間の削減を図ることができる。
【0039】
次に、本発明の実施の形態に係る中空構造体(図2A〜図2B)の製造方法について説明する。
図4A〜図4Eは、本発明の実施の形態に係る中空構造体の製造方法を示すフロー図である。
【0040】
まず、図4Aに示すように、基材部10の表面に複数の溝11を形成する。溝11は、最終的に流体流路14となるものである。そのため、その数や形状は製造される中空構造体に求められる特性により決定される。この図の例では、流路方向に対して垂直な断面が矩形形状を有する溝11が形成されている。
【0041】
次に、図4Bに示すように、ワックスのような充填剤20を複数の溝11に充填する。充填剤20は、その露出面と基材部の表面(露出面)とが概ね同一の平面を成すように充填される。これにより、この上に製造される第1層12の平面性を高めることができる。また、第1層12と基材部10との接合を強固にすることができる。加えて、第1層12及びその上に形成される第2層13の延びや強度を高めることができる。
【0042】
続いて、図4Cに示すように、充填剤20及び基材部10の露出面に銀粉のような導電層21を形成する。すなわち、電鋳法において、電鋳皮膜を形成する領域に導電処理を施す。そして、電鋳法により、導電処理を施された充填剤20及び基材部10の表面(導電層21上)に、電鋳皮膜として第1層12を形成する。このとき、電鋳皮膜の膜厚は、第1層12上に形成する第2層13を安定的に形成するために必要な程度であればよく、厚くしないことが好ましい。電鋳法で厚い膜を形成することは、背景技術の欄で説明したように時間や手間やコストがかかるからである。第2層13を安定的に形成するために必要な膜厚は、第2層13の製造条件によって異なり、実験やシミュレーションなどにより決定される。例えば、銅の第2層13をコールドスプレー法で後述される条件で成膜する場合、第1層12として銅の電鋳皮膜を0.1mm以上積層する。
【0043】
次に、図4Dに示すように、コールドスプレー法により、電鋳皮膜である第1層12上に、コールドスプレー膜として第2層13を形成する。例えば、銅のコールドスプレー膜を10mm程度積層する。
銅のコールドスプレーの条件としては、例えば、
コールドスプレーの作動ガス:ヘリウム、窒素
銅粉末供給量:50g/min−200g/min
ガス圧力:2MPa−10MPa
成膜前加熱炉内の粉末及びガス温度:200℃−950℃
である。なお、コールドスプレー法を実施する場合、充填剤20は予め除去してもよい。
この第1層12と第2層13とを合わせた膜厚が、積層部15として所望の膜厚となるようにする。
【0044】
その後、図4Eに示すように、複数の溝11から充填剤20を溶融等の方法により除去する。それにより、積層部15と基材部10とで囲まれた複数の冷却流路14を有する中空構造体1を製造することができる。
【0045】
この中空構造体1は、既述のように、電鋳法とコールドスプレー法を組み合わせて積層部15を成膜している。ここで、コールドスプレー法の成膜速度は電鋳法の成膜速度と比較して極めて速い。そのため、電鋳法とコールドスプレー法を組み合わせて積層部15(例示:銅膜)を成膜する場合の方が、電鋳法だけで積層部15を成膜する場合と比較して、極めて短期間に成膜を終了させることができる。それにより、膜の強度や延びなどの力学的特性を維持しながら、中空構造体1の製造期間を短縮できる。
【0046】
成膜時間を短縮する方法としては、電鋳法を用いず、コールドスプレー法のみで成膜することも考えられる。しかし、コールドスプレー法では、成膜時のガス圧力が非常に強い。そのため、充填剤20に悪影響を与えてしまい、溝11を適切に覆って冷却水路14を形成することができず、積層部15の形状も波打ってしまうという問題がある。しかし、本実施の形態では、第1層12として電鋳法を用い、溝11を適切に覆って冷却水路14を形成してからコールドスプレー法を用いるので、上記問題を解消することができる。
【0047】
また、この時、図2Bに示すように、第1層12は針状結晶を主成分として含み、第2層13は粒状結晶を主成分として含んでいる。すなわち、積層部15は結晶構造の異なる二つの層で構成されている。このように異方な結晶性を有する二つの層が積層されているため、衝撃に対する耐性が強化されるという効果が有る。その結果、例えば、基材部10から積層部15への流体のリーク耐性を高めることができる。
【0048】
また、電鋳法では、装置や浴の関係で成長が止まることや、成長が不適切になる場合が有る。成長が不適切になる場合には膜特性が著しく悪くなるため、成長を止める必要がある。このような場合、再び電鋳法を実施するためには、まず、浴槽から部材を取り出し、部材を洗浄し、部材表面を薄く削り、部材を洗浄し、部材を浴槽へ浸漬し、その後にようやく再び電鋳法を実施するという手順になる。そのため、手間やコストや時間が非常に多くかかることになる。
しかし、本実施の形態で示すように、電鋳法による第1層とコールドスプレー法による第2層とを積層することで、電鋳法でかかっていた成長停止に伴う手間やコストや時間を大幅に削減することが可能となる。特に、電鋳法による第1層の膜厚を相対的に薄くする一方、コールドスプレー法による第2層の膜厚を相対的に厚くすることにより、その効果をより一層高めることができ、好ましいといえる。
また、コールドスプレー法の場合、膜に傷がついた場合でも、表面を薄く削った後、直ぐに成膜を再開できるので、補修をすることも容易であるという効果もある。
【0049】
次に、中空構造体1をロケットエンジンの燃焼室25(図3A〜図3C)に適用した場合について説明する。その製造方法は基本的に上記図4A〜図4Eを参照して説明した場合と同様である。すなわち、以下のようになる。
【0050】
まず、ロケットエンジン燃焼室25用の内筒10aを準備する。そして、図4Aの場合と同様に、内筒10aの表面に複数の溝を形成する。その溝は、最終的に流体流路14aとなるものである。そのため、その数や形状は製造される燃焼室25に求められる特性により決定される。
【0051】
次に、図4Bの場合と同様に、ワックスのような充填剤を複数の溝に充填する。充填剤は、その露出面と内筒10aの表面(露出面)とが概ね同一の平面を成すように充填される。これにより、この上に製造される第1層12aの平面性を高めることができる。また、第1層12aと内筒10aとの接合を強固にすることができる。加えて、第1層12a及びその上に形成される第2層13aの延びや強度を高めることができる。
【0052】
続いて、図4Cの場合と同様に、充填剤及び内筒10aの露出面に銀粉のような導電層を形成する。すなわち、電鋳法において、電鋳皮膜を形成する領域に導電処理を施す。そして、電鋳法により、導電処理を施された充填剤及び内筒10aの表面(導電層上)に、銅の電鋳皮膜として第1層12aを形成する。例えば、銅の電鋳皮膜を0.1mm以上積層する。0.1mm以上とするのは、第1層12a上に形成する第2層13aを安定的に形成するためである。
【0053】
次に、図4Dの場合と同様に、コールドスプレー法により、電鋳皮膜である第1層12a上に、コールドスプレー膜として第2層13aを形成する。例えば、銅のコールドスプレー膜を10mm程度積層する。
銅のコールドスプレーの条件としては、例えば、
コールドスプレーの作動ガス:ヘリウム、窒素
銅粉末供給量:50g/min−200g/min
ガス圧力:2MPa−10MPa
成膜前加熱炉内の粉末及びガス温度:200℃−950℃
である。なお、コールドスプレー法を実施する場合、充填剤は予め除去してもよい。
この第1層12aと第2層13aとを合わせた膜厚が、外筒15aとして所望の膜厚となるようにする。
【0054】
その後、図4Eの場合と同様に、複数の溝から充填剤を溶融等の方法により除去する。それにより、外筒15aと内筒10aとで囲まれた複数の冷却流路14aを有する中空構造体1を製造することができる。
【0055】
このロケットエンジンの燃焼室25は、既述のように、電鋳法とコールドスプレー法を組み合わせて外筒15aを成膜している。ここで、ここで、コールドスプレー法の成膜速度は電鋳法の成膜速度と比較して極めて速い。そのため、電鋳法とコールドスプレー法を組み合わせて外筒15a(銅膜)を成膜する場合の方が、電鋳法だけで外筒を成膜する場合と比較して、極めて短期間に成膜を終了させることができる。例えば、電鋳法だけで外筒を成膜する場合には2カ月程度の工期が必要であったが、要していたが、電鋳法とコールドスプレー法を組み合わせて外筒を成膜することで、2週間程度にまで工期を大幅に短縮することが可能となった。すなわち、膜の強度や延びなどの力学的特性を維持しながら、ロケットエンジンの燃焼室25の製造期間を短縮できる。加えて、製造の手間や製造コストを削減することが可能となる。
【0056】
上述の本発明の実施の形態に係る中空構造体の製造方法の変形例について説明する。
本変形例では、コールドスプレー法により第1層12(第1層12a)上にコールドスプレー膜として第2層13(第2層13a)を形成する(図4D)とき、成膜途中及び成膜後に熱処理を実施する。例えば、10mmの膜厚の銅のコールドスプレー膜を製造している場合、膜厚が5mmのときに一旦コールドスプレー法を停止し、熱処理を実行する。そして、膜厚が10mmになりコールドスプレー法が終了した後、更に熱処理を実行する。なお、熱処理を実施する場合、充填剤20は予め(例示:コールドスプレー直前、又は、熱処理直前)除去してもよい。
【0057】
熱処理条件は例えば以下のとおりである。
熱処理温度:200℃−950℃
熱処理時間:1時間−10時間
熱処理雰囲気:Arガス雰囲気中、真空中(非酸化性雰囲気中)
なお、成膜中の熱処理回数や上記熱処理条件は上記の回数や条件に限定されず、成膜する膜や膜の成膜条件や所望の膜質に応じて設定される。
【0058】
成膜する膜や膜の成膜条件や所望の膜質熱処理条件などに応じて、成膜途中の熱処理を省略し、成膜後の熱処理のみとすることもできる。また、コールドスプレー直前およびコールドスプレー中に、適切な条件で基材を熱しながら、成膜を行ってもよい。
【0059】
熱処理を施すことにより、成膜中に生じた第2層13(第2層13a)の残留応力が成膜中及び成膜後に緩和される等の効果により、結晶性の良好な膜を安定的に成膜することができる。それにより、膜の強度や延びなどの力学的特性を向上させた状態で、相対的に厚い膜を成膜することがより可能になる。特に、ロケットエンジンの燃焼室25の製造の場合、電鋳法のみで製造した場合と同等以上の性能を得ることができる。
【0060】
本発明は上記実施の形態や変形例に限定されず、本発明の技術思想の範囲内において、各実施の形態は適宜変形又は変更され得ることは明らかである。
【符号の説明】
【0061】
1 中空構造体
10 基材部
10a 内筒
11 溝
12、12a 第1層
13、13a 第2層
14、14a 冷却流路
15 積層部
15a 外筒
20 充填剤
21 導電層
25 燃焼室

【特許請求の範囲】
【請求項1】
部材に溝を形成する工程と、
充填剤を前記溝に充填する工程と、
前記充填剤及び前記部材の露出面に導電層を形成する工程と、
電鋳法により、前記導電層上に第1層を形成する工程と、
コールドスプレー法により、前記第1層上に第2層を形成する工程と、
前記溝から前記充填剤を除去する工程と
を具備する
中空構造体の製造方法。
【請求項2】
請求項1に記載の中空構造体の製造方法において、
前記第2層を非酸化性雰囲気中で熱処理する工程を更に具備する
中空構造体の製造方法。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の中空構造体の製造方法において、
前記第2層を形成する工程は、
前記第2層を形成することを一時中止して前記第2層を熱処理する工程を含む
中空構造体の製造方法。
【請求項4】
請求項1乃至3のいずれか一項に記載の中空構造体の製造方法において、
前記第2層は、前記第1層よりも厚い
中空構造体の製造方法。
【請求項5】
請求項1乃至4のいずれか一項に記載の中空構造体の製造方法において、
前記第1層は、針状結晶を主成分として含み
前記第2層は、粒状結晶を主成分として含む
中空構造体の製造方法。
【請求項6】
請求項1乃至5のいずれか一項に記載の中空構造体の製造方法において、
前記部材は、ロケットエンジンの燃焼室の内筒であり、
前記第1層及び前記第2層は、前記燃焼室の外筒であり、
前記溝は、前記燃焼室の冷媒流路である
中空構造体の製造方法。
【請求項7】
断面が同心円状に設けられた内筒と、
前記内筒の外側に、断面が同心円状に設けられた外筒と
を具備し、
前記内筒又は前記外筒は、冷媒が流通可能な複数の冷媒流路を有し、
前記外筒は、
前記内筒側に設けられた第1層と、
前記第1層の外側に設けられた第2層と
を含み、
前記第1層と前記第2層とは結晶構造が異なる
ロケットエンジンの燃焼室。
【請求項8】
請求項7に記載のロケットエンジンの燃焼室において、
前記第1層は、針状結晶を主成分として含み
前記第2層は、粒状結晶を主成分として含む
ロケットエンジンの燃焼室。
【請求項9】
請求項8に記載のロケットエンジンの燃焼室において、
前記第2層は、前記第1層よりも厚い
ロケットエンジンの燃焼室。

【図1A】
image rotate

【図1B】
image rotate

【図1C】
image rotate

【図1D】
image rotate

【図2A】
image rotate

【図2B】
image rotate

【図3A】
image rotate

【図3B】
image rotate

【図3C】
image rotate

【図4A】
image rotate

【図4B】
image rotate

【図4C】
image rotate

【図4D】
image rotate

【図4E】
image rotate


【公開番号】特開2012−57203(P2012−57203A)
【公開日】平成24年3月22日(2012.3.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−200332(P2010−200332)
【出願日】平成22年9月7日(2010.9.7)
【出願人】(000006208)三菱重工業株式会社 (10,378)
【Fターム(参考)】