説明

下痢原性大腸菌検出方法

【課題】 複数種の下痢原性大腸菌を精度よく迅速に検出する方法を提供する。
【解決手段】 本発明の下痢原性大腸菌検出方法は、菌種特異性を有するプライマー対群を用いて、一本鎖核酸から検査対象としての部分的でかつ連続な一本鎖核酸を増幅する工程と、前記増幅した核酸断片を定量する工程と、定量結果に基づいて、下痢原性大腸菌を特定する工程とを含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複数種の下痢原性大腸菌を同時に検出する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
食品衛生、食品工場などの分野において、食中毒の原因となる細菌として多くの種類が知られている。下痢原性大腸菌は、これらの食中毒の原因となる細菌に含まれる。下痢原性大腸菌には、腸管病原性大腸菌、志賀毒素産生性大腸菌、腸管毒素原性大腸菌、腸管凝集接着性大腸菌、腸管組織侵入性大腸菌、分散接着性大腸菌、腸管凝集接着性大腸菌耐熱性腸管毒素遺伝子保有大腸菌などが知られている。
【0003】
志賀毒素産生性大腸菌に属する大腸菌である、大腸菌O157:H7は、志賀毒素を産生し、激しい出血性下痢を引き起こす。小児および老齢者では、症状が顕著であり、続発症として溶血性尿毒症症候群(hemolytic uremic syndrome:HUS)や脳症を起こすことが知られている。
【0004】
志賀毒素産生性大腸菌に属する大腸菌のうち、O157、O111、O26などの菌は、100個以下で経口感染し、発症し、集団感染の原因となる。これらの大腸菌は、特に、腸管出血性大腸菌と呼ばれている。腸管出血性大腸菌、特にO157を検査する方法は、種々検討されている(例えば、特許文献1参照)。
【0005】
特許文献1に記載の方法では、ベロ毒素遺伝子とO157のO抗原合成領域遺伝子をコードするヌクレオチドの配列を増幅させるプライマーを用いて、標的ヌクレオチドを増幅させ、ベロ毒素遺伝子とO157のO抗原合成領域遺伝子を検出する。
【特許文献1】特開平11−332595号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、特許文献1に記載の方法では、ポリメラーゼ連鎖反応(以下「PCR」という)で得られた標的ヌクレオチドは、アガロースゲル電気泳動法を用いて検出する。このような従来の検出方法では、(1)PCR工程と検出工程が別になっているため時間を要する、(2)PCR産物の大きさによって該当するヌクレオチドが存在するかどうかを判定するため、特異性に問題が残る、などの問題がある。
【0007】
一方、鑑別検査が困難であるという理由で、O157以外の下痢原性大腸菌については、通常臨床細菌検査は行われていない。このため、他の下痢原性大腸菌による感染の多くを見落としている可能性がある。特に、食品検査などの場合には、多数・多種類の検体を同時に検査する必要がある。したがって、O157を含めた下痢原性大腸菌を精度よく迅速に検出する方法が求められている。
【0008】
本発明は、上記問題に鑑みなされたものであり、その目的は、複数種の下痢原性大腸菌を精度よく迅速に検出する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、上記課題を解決すべく、鋭意検討した結果、下痢原性大腸菌の原因遺伝子を標的遺伝子として、これらの遺伝子を組み合わせて検出することで、複数種の下痢原性大腸菌を精度よく迅速に検出できることを見出し、本発明を完成させた。すなわち、本発明は以下のとおりである。
【0010】
本発明の下痢原性大腸菌検出方法は、菌種特異性を有するプライマー対群を用いて、一本鎖核酸から検査対象としての部分的でかつ連続な一本鎖核酸を増幅する工程と、前記増幅した核酸断片を定量する工程と、定量結果に基づいて、下痢原性大腸菌を特定する工程とを含む。
【0011】
前記菌種特異性を有するプライマー対群が、配列番号1と2、配列番号3と4、配列番号5と6、配列番号7と8、配列番号9と10、配列番号11と12、配列番号13と14、配列番号15と16、配列番号17と18、配列番号19と20からなる配列対からなる群から選択される配列対の組み合わせであるとよい。
【0012】
特定される下痢原性大腸菌が、腸管病原性大腸菌、志賀毒素産生性大腸菌、腸管毒素原性大腸菌、腸管凝集接着性大腸菌、腸管組織侵入性大腸菌、分散接着性大腸菌、または腸管凝集接着性大腸菌耐熱性腸管毒素遺伝子保有大腸菌である。
【発明の効果】
【0013】
本発明の下痢原性大腸菌検出方法は、下痢原性大腸菌の病因因子となる原因遺伝子を標的遺伝子として、これらの遺伝子を組み合わせて同時に検出する。この結果、複数種の下痢原性大腸菌を精度よく迅速に検出することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下に、本発明を詳細に説明する。
本発明では、下痢原性大腸菌のうち、腸管病原性大腸菌、志賀毒素産生性大腸菌、腸管毒素原性大腸菌、腸管凝集接着性大腸菌、腸管組織侵入性大腸菌、分散接着性大腸菌、または腸管凝集接着性大腸菌耐熱性腸管毒素遺伝子保有大腸菌を検出する。
【0015】
[下痢原性大腸菌の病因因子]
(腸管病原性大腸菌:EPEC)
腸管病原性大腸菌は、乳幼児胃腸炎の原因菌として知られている。発展途上国においては、深刻な感染症の原因菌である。EPECの病原因子は、EPECの小腸粘膜への接着および定着の際に見られる細胞骨格障害(attaching−effacting lesion:A/E障害)である。A/E障害では、EPEC表面に現れるインチミンが、小腸粘膜細胞への接着に重要な役割を果たしている。インチミンは、LEE(locus of enterocite effacement)遺伝子群の一つであるインチミン遺伝子(eae)にコードされている。
【0016】
(志賀毒素産生性大腸菌:STEC)
STECは、志賀毒素(Stx)を産生する。Stxには、Stx1とStx2の2種類がある。Stx1は、Shigella dysenteriac 1の産生する志賀毒素とほぼ一致する。Stx2は、種々の変異型の存在が知られている。ブタの浮腫病原因菌が産生するStx2eのようにヒトに病原性を示さないものもある。
【0017】
STECの一部である腸管出血性大腸菌(EHEC)は、Stx産生性に加え、インチミン産生性を併せ持つ傾向がある。EHECの産生するインチミンは、EPECの産生するインチミンとは塩基配列が異なる。EHECの産生するインチミンは、ε型やγ型などに型別されている。
【0018】
(腸管毒素原性大腸菌:ETEC)
ETECは、発展途上国における乳幼児下痢症および旅行者下痢症の主要な原因菌として知られている。ETECは、ETEC上の定着繊毛(CFA)により小腸の粘膜上皮細胞に接着し、粘膜面で増殖してエンテロトキシンを産生することにより、下痢を発症する。エンテロトキシンには、60℃10分の加熱で活性を失う易熱性腸管毒素(heat−labile enterotoxin:LT)と、100℃15分の加熱に耐える耐熱性腸管毒素(heat−stable enterotoxin:ST)の2種類がある。ETECは、それらのいずれかのまたは両方の毒素を産生する。ヒトのETECが産生するSTIには、遺伝子間の相同性により、STIa(STp)とSTIb(STh)の2種類がある。エンテロトキシンの遺伝子(elt、est)は、通常1個のプラスミド上にある。エンテロトキシンの遺伝子の遺伝学的性状は安定しており、世代を経ても変化しない。
【0019】
(腸管凝集接着性大腸菌:EAggEC)
EAggECは、ヒトの喉頭癌細胞であるHEp−2細胞に凝集塊を形成して接着する(aggregative adhesion:AA凝集接着)。EAggECは、既知のエンテロトキシンを産生しない。EAggECの病原性の詳細は明らかでない。EAggECの凝集接着に関与する因子は、EAggEC上のAAFと呼ばれる線毛である。AggR遺伝子(aggR)は、AAFの発現を制御している。
【0020】
(腸管組織侵入性大腸菌:EIEC)
EIECは、大腸粘膜細胞内へ侵入する。そして、おそらくエンテロトキシンを産生する。EIECは、生化学的・血清学的性状に加え、遺伝子学的にも、病原性の上でも、Shigellaと密接に関係する。EIECのプラスミドpInv上のVir遺伝子(virB)は、細胞侵入に関わる遺伝子を制御している。
【0021】
(分散接着性大腸菌:DAEC)
DAECは、HEp−2細胞に分散接着するグループである。このDAECは、病原菌および非病原菌の両者を含む不均一な菌群である。DAECには、非線毛性接着因子(Afa)を持つものがある。また、下痢症患者から分離されたDAECには、マンノース耐性赤血球凝集反応(MRHA)を示す、Afa/Dr+型サブタイプのAfaE1、AfaE2、AfaE3(draE)、AfaE5、AfaE6(daaE)のいずれかを保有するものが多い。このことから、一部のDAECの病原機構には、Afaが関与すると考えられている。
【0022】
(腸管凝集接着性大腸菌耐熱性腸管毒素遺伝子保有大腸菌:EAST1EC)
EAST1は、1991年にEAggECから発見された。その後EAggEC以外の
下痢原性大腸菌からもastAが検出され、EAST1が下痢症に関与していることを示唆する集団事例が報告されている。ただし、EAST1ECの病原遺伝子は、明らかではない。
【0023】
[標的遺伝子]
本発明では、上記下痢原性大腸菌の病原遺伝子である、stx1、stx2、eae、est(STp)、est(STh)、elt、aggR、astA、virB、afaB(Afa/Dr+)を標的遺伝子として検出する。
【0024】
[検体]
本発明の検出方法に用いられる検体としては、上記下痢原性大腸菌を含む可能性のあるものであれば特に限定されない。例えば、食品、食品原料、拭き取り検体、ヒトや動物の臨床検査材料、例えば培養した菌体、糞便、吐瀉物、尿、血液、組織などが挙げられる。
【0025】
上記検体は、検査の前に増菌処理を行ってもよい。増菌処理は公知の方法により行えばよく、例えばFDA(Food and Drug Administration:食品医薬品局)の二段培養法などを用いることができる。
【0026】
また、検体からのDNA抽出方法も特に限定されず、Marmur法(J.Marmur,J.mol.Biol.(1961)3:208−218)、酵素法などのその改良法(G.Voordouw et al.,Appln.Environ.Microbiol.(1991) 57:3070−3078)、ベンジルクロライド法(Nucleic Acids Res. (1993) 21:5279−5280)等の一般的な既知のDNA抽出法や、市販の各種DNA抽出キット[例えば、Cell and Tissue DNA Isolation kit (Gentra Systems)、Nucleon PhytoPure, plant and fungal DNA extraction kits(Amersham Biosciences Corp., USA)、DNA Extraction IsoplantII kit(Nippon Gene Co. Ltd., Japan)、DNeasy Plant Mini Kit(Qiagen GmbH, Hilden, Germany)等]などを用いてもよい。上記のDNA抽出法によって、ゲノムDNA及び細胞小器官由来DNA(ミトコンドリアDNAなど)を、通常、検体から抽出することができる。
【0027】
[下痢原性大腸菌の検出]
本発明の下痢原性大腸菌検出方法では、上記DNAを、所定のプライマーを用いて、PCRによって増幅して、検出する。検出は、PCR産物をアガロースゲル電気泳動に供し、PCR産物の蛍光強度をイメージアナライザ等を用いて数値化し、定量することも可能であるが、精度に限界があるため、リアルタイムPCR法を用いることが望ましい。
【0028】
リアルタイムPCR法は、サーマルサイクラーと蛍光光度計を一体化した機器、例えば
ABI PRISM 7000 Sequence Detection System (ABI;Applied Biosystems,California,USA)を用いて行うことができる。この機器は、2つの蛍光を同時に検知し測定することができる。このため、マルチプレックス反応が可能である。また、リアルタイムPCR法により、PCR産物の生成量をリアルタイムで検出可能となる。
【0029】
PCRの反応条件の例は、始めの熱変性を95℃15分行い、95℃1分、60℃1分を40サイクル行うなどである。
【0030】
[プライマー]
本発明の下痢原性大腸菌検出方法において、上記得られたDNAは、表1に示す配列のプライマー対(配列番号1と2、配列番号3と4、配列番号5と6、配列番号7と8、配列番号9と10、配列番号11と12、配列番号13と14、配列番号15と16、配列番号17と18、配列番号19と20)を用いて標的核酸を増幅する。表1に示すように、stx1、stx2、eae、est(STp)、est(STh)、elt、aggR、astA、virB、afaB(Afa/Dr+)のプライマーは、それぞれフォワードプライマーとリバースプライマーとのプライマーセットである。これらのプライマーは、正常な増幅曲線が認められ、マルチプレックス反応において、他方の遺伝子にミスプライミングしないものである。
【0031】
上記プライマーは、標的遺伝子上の表1に示す部位を含んでいれば、塩基配列の長さが30程度まで前後に長く設定してもよく、5’末端側に他の塩基配列を含んでいてもよい。プライマー全体の長さが前記範囲内であり、且つ塩基配列が相補的になっていれば5‘側に伸ばしても3’側に伸ばしても、標的遺伝子の増幅に大きな影響は与えないからである。一方、5’末端側に他の塩基配列を含んでいてもよいのは、3’末端側の塩基配列がPCRの特異的な増幅反応において重要であり、5’末端側の塩基配列が若干異なっていても、PCRの反応自体への悪影響が小さいからである。
【0032】
[プローブ]
本発明の下痢原性大腸菌検出方法において、増幅されたDNAは、表2に示す配列のプローブを用いて検出する。表2に示す配列のプローブは、PCR増幅産物の内部塩基配列とハイブリダイズする。
【0033】
本発明で用いるプローブは、例えば5’末端をフルオレセン系の蛍光物質(レポータ色素として働く)(FAM(カルボフルオレセン)、VICなど)で、3’末端をローダミン系のクエンチャー物質(TAMRA、MGB−NFQなど)で修飾した、TaqMan(登録商標)プローブおよびTaqMan(登録商標) MGBプローブとして用いればよい。検出する下痢原性大腸菌の種類に応じて、プローブを修飾するレポータとクエンチャー物質を変えて、使用すればよい。表2には、プローブを修飾するレポータとクエンチャー物質の例が示されている。
【0034】
表1、2に挙げられたプライマーおよびプローブは、以下の方法を用いて作成された。具体的には、Primer Express ver.2.0(ABI)を用いて、添付のガイドラインに従い設計した。塩基配列は、例えば米国生物工学情報センター(NCBI;National Center for Biotechnology Information)の提供するGenBankより収集した。本発明において設計に用いた配列のIDナンバーを表1、2に示す。
【0035】
また、遺伝子にいくつかの変異型がある場合は,塩基配列のホモロジー比較をGENETYX−WIN ver.4.0.3(ゼネティックス,東京)を用いて、プライマー設計箇所を特定して設計を行った。設計後のプライマーおよびプローブ、アンプリコンはNCBI BLASTのNucleotide−nucleotide BLAST (blastn)(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/BLAST/ NCBI BLAST)を用いて、標的遺伝子への特異性を確認した。
【0036】
【表1】


【表2】

【0037】
本発明で用いるプライマー及びプローブの使用濃度は適宜変更できる。特にマルチプレックスを行う場合は、組み合わせによって、使用濃度を適宜変更すればよい。表3には、stx(Stx1・Stx2)・eaeトリプレックス、stx1・stx2デュプレックス、est(STp・STh)・eltトリプレックス,est(STp)・est(STh)デュプレックス,aggR・astAデュプレックス、virB・afaBデュプレックスを組み合わせて、リアルタイムPCTを行った場合のプライマー及びプローブの使用濃度、最終濃度の一例を示す。
【表3】

【0038】
[下痢原性大腸菌の検出]
本発明の下痢原性大腸菌検出方法においては、上記下痢原性大腸菌の病原遺伝子である、stx1、stx2、eae、est(STp)、est(STh)、elt、aggR、astA、virB、afaB(Afa/Dr+)の検出は、複数の標的遺伝子の組み合わせて行えばよい。例えば、stx(Stx1、Stx2)およびest(STp, STh)についてはデュプレックスPCRで、eaeはstx(Stx1およびStx2遺伝子)とのトリプレックスPCRで、eltはest(STpおよびSTh遺伝子)とのトリプレックスPCRで行う、などである。
【0039】
所定濃度の、検体由来のDNA、プライマー、プローブ、DNAポリメラーゼ、MgCl、dNTPなどを有するPCT反応液を、96ウェルプレートなどのウェルプレートに入れ、蓋をする。これを用いて、リアルタイムPCRを行う。
【0040】
各標的遺伝子の検出は、PCR産物を精製し、そのDNA濃度からコピー数を算出してあらかじめ作成しておいた検量線から求める。検量線は、PCR反応のサイクル数とDNA濃度の対数値とをプロットして作成する。また、上記レポータとクエンチャー物質とで標識されたプローブを用いると、DNAの増幅に従い、標識したレポータがプローブの5’末端から解離される。このレポータの蛍光強度の変化を検出・解析して行う。
【0041】
PCR産物の定量、解析は、ABI PRISM 7000 Sequence Detection System (ABI)を用いて行うことができる。
【0042】
本発明の方法によれば、多種類の下痢原性大腸菌が含まれている、異なる検体から、高い特異性と検出感度で、下痢原性大腸菌を網羅的に検出できる。
【実施例】
【0043】
以下、実施例により本発明を説明するが、本発明はかかる実施例に限定されるものではない。また、本発明の要旨を逸脱することなく、適宜変更することが可能である。
【0044】
以下の実施例において、各病原遺伝子陽性株として、以下の菌株を使用した。これらの菌株は、リアルタイムPCR法による各遺伝子の定量に際して使用する検量線の作成と測定時の陽性対照として用いた。[ ]内は標的病原遺伝子を表す。
【0045】
1.使用菌株
腸管病原性大腸菌(Enteropathogenic E. coli:EPEC)
E2348/69 [eae]
腸管出血性大腸菌(Enterohemorrhagic E. coli :EHEC)
99−140−A(99−26) [stx1,eae]
V−831 [stx2,eae]
志賀毒素産生性大腸菌(Shiga toxin−producing E. coli :STEC)
EC7225 [stx1]
EC8212 [stx2]
腸管毒素原性大腸菌(Enterotoxigenic E. coli :ETEC)
97−245−244 [est(STp)]
E7476 [est (STh)]
E5798 [elt]
腸管凝集接着性大腸菌(Enteroaggregative E. coli :EAggEC)
E59152 [aggR]
腸管組織侵入性大腸菌(Enteroinvasive E. coli :EIEC)
E35990 [virB]
分散接着性大腸菌(Diffusely adherent E. coli :DAEC)
V−64 [afaB]
腸管凝集接着性大腸菌耐熱性腸管毒素遺伝子保有大腸菌(EAggEC heat−stable enterotoxin 1 gene−possessing E. coli :EAST1EC)
96−127−23 [astA]
【0046】
2.培地
・トリプトソーヤブイヨン:TSB
TRYPTONE SOYA BROTH(Oxiod, Hampshire,UK)12gを400mlの蒸留水に混合し、加温溶解した後8mlずつ試験管に分注し、オートクレーブ滅菌(121℃,15分)した。

・トリプトソーヤ寒天平板:TSA
TRYPTONE SOYA AGAR(Oxiod)32gを800mlの蒸留水に混合し、オートクレーブ滅菌(121℃,15分)した後,シャーレに約20mlずつ分注した。
【0047】
(実施例1)
(リアルタイムPCR検量線の作成・各種細菌に対する検出特異性の確認)
(DNAの抽出)
DNAの抽出は、PUREGENE Cell and Tissue DNA Isolation kit(Gentra Systems, Minnesota, USA)を用いて、添付のプロトコールを一部改変して以下の手順で行った。
【0048】
1)500μlの菌懸濁液(TSB、37℃、18時間培養、約109cfu/ml)を1.5mlマイクロチューブにとり、15,000×gで5分間遠心し,上清を取り除いた。
【0049】
2)300μlのCell Lysis Solutionを加え、ピペッティングして沈殿とよく混合し、80℃5分インキュベートした。
【0050】
3)さらに、ときどき転倒混和しながら37℃で30分インキュベートした。1分間氷上に置き室温に戻し、軽く遠心して壁に付着した試薬等を落とした。
【0051】
4)100μlのProtein Precipitation Solutionを加え、ボルテックスでハイスピード20秒間激しく混和した。
【0052】
5)タンパク質の沈殿を強固なペレットにするため、15,000×gで4分間遠心した。
【0053】
6)上清を300μlの100%イソプロパノール(2−Propanol;和光純薬工業)が入った新しい1.5mlチューブに移し、穏やかに50回転倒混和した。
【0054】
7)15,000×gで1分間遠心し、ペーパーの上に上清を捨て、300μlの70%エタノール(v/v)を加えて数回転倒させDNAを洗浄した。
【0055】
8)さらに15,000×gで1分間遠心し、エタノールを注意深く捨て、ペーパーの上にチューブを伏せてペレットを乾燥した。
【0056】
9)50μlのDNA Hydration Solutionを加え、65℃1分間インキュベートまたは室温で一晩静置し,途中数回タッピングを行った。DNAは−20℃で保存した.
【0057】
なお、培養菌液は段階希釈後スパイラルプレート法でTSAに塗沫し、生菌数を算出した。
【0058】
(リアルタイムPCR)
リアルタイムPCRは、stx(Stx1・Stx2)・eaeトリプレックス、stx1・stx2デュプレックス、est(STp・STh)・eltトリプレックス、est(STp)・est(STh)デュプレックス、aggR・astAデュプレックス、virB・afaBデュプレックスの組み合わせで行った。リアルタイムPCRで使用したafaBプライマーおよびプローブは、Afa/Dr+のDAECが持つafaBのみを標的とする
【0059】
単一のプライマーを使用する際は、Realtime PCR Master Mix(東洋紡)を、マルチプレックスの場合は、QuantiTect Multiplex PCR kit (Qiagen GmbH,Hilden,Germany)を使用した。
【0060】
添付のプロトコールに従い、反応液は計50μlとし、2×マスターミックスを25μl添加した。単一のプライマー・プローブを使用する際は、プライマー各0.3μM、プローブ0.1μMとした。
【0061】
PCR反応液は、96ウェルプレート(B−96−AB−RT;イナ・オプティカ、大阪)に分注した。各ウェルにテンプレートDNA2μlを添加した。プレートは、ThermalSeal RT film (50μm−thick;EXCEL Scientific,California,USA)でシールし、Optical Adhesive Cover (ABI)で覆った。PCR条件は、Realtime PCR Master Mix(東洋紡)の場合は、95℃1分の熱変性ステップの後、95℃15秒、60℃1分を40サイクル行った。QuantiTect Multiplex PCR kit(Qiagen GmbH)の場合は、始めの熱変性を95℃15分行い、95℃1分、60℃1分を40サイクル行った。
【0062】
リアルタイムPCR装置は、ABI PRISM 7000 Sequence Detection System (ABI)を使用した。添付のプロトコールに従い、PCRおよびデータ解析を行った。
【0063】
(検量線の作成)
定量試験では、各病原遺伝子陽性株のテンプレートDNAを10倍段階希釈して、1濃度につき3対(競合試験は1点のみ)リアルタイムPCRで測定した。テンプレートDNAは、GeneQuant pro “S” RNA/DNA Calculator(Amersham Pharmacia Biotech)により吸光度を測定し、濃度をもとめ初期鋳型量を算出した。各PCR条件について、初期鋳型濃度とCt値(増幅が指数関数的に起こる領域で一定の増幅産物量になるサイクル数(threshold cycle))から検量線を作成し、各濃度におけるCt値を比較した。PCR増幅効率は次の計算式により算出した。
E=10[−1/slope]−1
(X軸に初期鋳型濃度(Log10)をY軸にCt値を取った場合)
また、PCRに供した菌液の濃度(cfu/ml)から、各条件下での最小検出濃度(検出限界)を算出し比較を行った。
【0064】
各マルチプレックス・リアルタイムPCRの検量線は,すべての遺伝子においてIUPACの検出限界の定義に基づく決定係数(R)が0.99以上となった。増幅効率は78−108%であった。また、マルチプレックス反応(各病原遺伝子陽性株のテンプレートを1:1の割合で混合)で増幅させ測定した場合においても単一の遺伝子を増幅させ測定した場合と同程度に検出および定量された。さらに、競合条件下(各病原遺伝子陽性株のテンプレートを1:1−10:1または10:1の割合で混合)においても、すべての遺伝子について、1:1のマルチプレックス反応と同程度に検出および定量された。検出限界値は3.7×10−1.2×10cfu/mlとなり,上記のいずれの条件においても同程度の感度で検出された(表4)。表4は、リアルタイムPCRにおける各条件下での検出限界値を示す表である。
【表4】



【0065】
(各種細菌に対する検出特異性の確認)
次に、陽性対照群、陰性対照群の大腸菌株を用いて、上記の方法でDNAを抽出して、通常のPCRと、リアルタイムPCRを行い、検出効果を比較した。
【0066】
なお、以下の実験において、比較例として用いる通常のPCRは、下記表5のプライマーを用いて行った。標的遺伝子は、invE、stx、elt、est、eaeA、aggR、afaC、astAである。Realtime PCR Master Mix(東洋紡)を、使用した。

【表5】




【0067】
表6、7は、本実施例に用いた陽性対照群、陰性対照群の大腸菌株(菌株番号1〜96)、非大腸菌(菌株番号97)、赤痢菌(菌株番号98)、コレラ菌(菌株番号97、98)を示す。表6、7において、グループは、上記で示したDECの種類を意味し、血清型に記号が付されているものは、血清型の毒素を持つものを意味し、保有病原遺伝子は、各菌株において、有している病原遺伝子を意味する。表6、7において、aは、検量線用陽性対照を、bは、秋田県健康環境センター 微生物班 八柳潤先生より分与を、cは、大阪市立環境科学研究所 微生物保健課 中村寛美先生より分与を意味する。
【表6】

【表7】

【0068】
表8、9は、表6、7に示す陽性対照群、陰性対照群の菌株を用いて、上記の方法でDNAを抽出して、通常のPCRと、リアルタイムPCRを行い、標的遺伝子の検出効果を比較した表である。表8、9において、記載されている菌株番号は、表6、7に示す菌株に付された菌株番号と同一である。
【表8】


【表9】

【0069】
表8、9から、検出したstx1陽性16株(赤痢菌:Shigella dysenteriae 1株(菌株番号98)を含む)、stx2陽性20株(菌株番号13、16、17、19、29、23−27、38、40)、eae陽性35株、est(STp)陽性4株、est(STh)陽性6株、elt陽性5株、aggR陽性14株、astA陽性23株、afaB陽性6株、virB陽性2株については、PCRのデータと一致していることがわかる。なお、PCRでは、stx1、stx2、stx2Vhaは、同じプライマーで検出した。また、eltと塩基配列が似ているとされるコレラ毒素遺伝子ctx陽性株(Vibrio cholerae)2株は、リアルタイムPCRでは検出されないことを確認した。
【0070】
以上から、純培養菌液から抽出を行ったテンプレートDNAを用いたマルチプレックス・リアルタイムPCR法では、すべての組み合わせにおいて本発明で検出対象となる遺伝子を有する大腸菌を、高い特異性と検出感度で検出されることがわかった。これにより、本発明の方法を用いれば、本発明の検出対象となる下痢原性大腸菌を検出できることがわかる。
【0071】
(実施例2)
(食品中の下痢原性大腸菌検出)
(使用菌株)
実施例1に用いた各病原性遺伝子陽性群を用いた。
【0072】
(培地・試薬)
・ブレインハートインフュージョンブイヨン:BHI
BRAIN HEART INFUSION(Oxiod)37gを1000mlの蒸留水に混合し、オートクレーブ滅菌(121℃,15分)した。
【0073】
・トリプトンフォスフェートブイヨン:TP
Polypepton(日本製薬株式会社,東京)20g、りん酸水素二カリウム(KHPO;和光純薬工業)2g、りん酸二水素カリウム(KHPO;和光純薬工業)2g、塩化ナトリウム(NaCl;和光純薬工業)5g、Tween 80(MP Biomedicals,Ohio,USA)1.5mlを1000mlの蒸留水に混合し、5N水酸化ナトリウム(NaOH;和光純薬工業)溶液でpH7.0に調整してオートクレーブ滅菌(121℃,15分)した。
【0074】
・トリコロール寒天平板
トリコロール(株式会社エルメックス,東京)7.85gを200mlの蒸留水に混合し、オートクレーブ滅菌(121℃,15分)した後、シャーレに約20mlずつ分注した。
【0075】
・食品希釈用PBS(リン酸緩衝生理食塩水)
りん酸二水素カリウム(KHPO;和光純薬工業)34gを蒸留水500mlに溶解後、1N水酸化ナトリウム(NaOH;和光純薬工業)溶液175mlを加え、蒸留水で全量を1000mlとして、pH7.2に修正した。これを原液として冷蔵保管し、使用時には原液1mlを蒸留水800mlに混合し、0.85%となるよう塩化ナトリウム(NaCl;和光純薬工業)を加えてオートクレーブ滅菌(121℃,15分)した。
【0076】
(食品の培養方法)
食品の増菌培養法にはFDAの二段培養法を用いて、以下の手順で行った。
滅菌ストマフィルター(Sタイプ;株式会社GSIクレオス理化学機器部,東京)に検体を無菌的に約10gとり、System Diluter (IUL,S.A.,Barcelona,Spain)を用いてBHIを10倍希釈量加えた。マスティケーター(IUL,S.A.)を用いて90秒間よく混和させ、37℃3時間静置した。培養後、フィルターを通して残渣を除きながら別の滅菌ストマフィルター(Pタイプ;GSIクレオス)に移し、再びSystem Diluterを用いて等量のTPを加え、混和させてから44℃の水浴で20時間培養した。培養後のサンプル液は、トリコロール寒天平板に画線塗沫し、37℃一晩培養して大腸菌および大腸菌群の有無を調べた。
【0077】
(食品の増菌培養液の保存)
10mlのサンプル液を15mlの遠沈管にとり、10,000rpm(回転半径84mm,4℃)で10分間遠心した。上清をデカントして捨て、10%グリセロール(関東化学)添加BHIを2ml加えてよく混和した後、1mlずつ凍結保存用バイアル(2ml Plastic Screwcap Microtube;旭テクノグラス,東京)に分注し、−80℃で保存した。
【0078】
(食品の細菌培養液中のDEC検出感度)
食品中に存在する様々な細菌や食品由来の物質に影響を受けることなく、目的の細菌を検出および定量できるかを検討した。まず、各病原遺伝子陽性株の増菌培養液(TSB,37℃18時間培養,約10cfu/ml)を食品希釈用PBSで10倍段階希釈し、1.5mlのマイクロチューブに食品(牛または豚ミンチ肉)の増菌後の培養液と下記表10の分量で混合した。cfuは、コロニーを形成する単位(colony forming unit)を意味する。
【表10】

【0079】
実施例1と同様の方法でDNA抽出を行い、1濃度につき1点としてリアルタイムPCRにて定量した。同時に菌液原液から抽出したテンプレートDNAを10倍段階希釈してられた検量線(1濃度につき3対)と比較した。ただし、ここではstx(Stx1,Stx2)及びest(STp,STh)についてはデュプレックスPCR、eaeはstx(Stx1)とのデュプレックスPCR(プライマーはそれぞれ0.2μM,0.4μM,プローブ各0.1μM)、eltはest(STp)とのデュプレックスPCR(プライマーはそれぞれ0.3μM、0.4μM,プローブ各0.1μM)を行った。
【0080】
表11は、純粋培養をした菌液の検出限界と、食品の増菌培養液における菌液の検出限界を表す表である。検体に測定対象としたすべての遺伝子、また各々の組み合わせにおいて,純培養菌液のテンプレートを段階希釈して作成した検量線とおおむね一致した。また、検出限界は純培養菌液時と同様に約10−10cfu/mlまで検出可能であった(表11)。リアルタイムPCRではすべての遺伝子について,純培養の菌液を測定した場合と同程度の感度を保っていた。このことから、食品中の常在細菌や食品由来の物質に影響を受けることなく、目的の病原遺伝子を検出および定量できることがわかった。
【表11】

【0081】
(食品中のDEC検出)
FDAの二段培養法による食品中のDEC検出感度を、リアルタイムPCRで調べた。
【0082】
DEC(EHEC,EPEC,EAggEC,EAST1EC,DAEC,EIEC)汚染食品モデルとして大阪府下の小売店より購入した牛ミンチ肉を、ETEC汚染モデルとして豚ミンチ肉を用いた。各病原遺伝子陽性株の増菌培養液(37℃18時間,約10cfu/ml)を食品希釈用PBSで10倍段階希釈し、ミンチ肉10gにそれぞれ約1,10,100cfu/mlの菌液を1ml添加した。陰性対照として、食品希釈用PBSを1ml加えた。検体は上記食品の増菌培養法に従って増菌培養を行い、DNA抽出後リアルタイムPCR及びPCRにて遺伝子の有無を調べた。各株とも5種類の検体を用いて検討した。
【0083】
FDAの二段培養法による食品中のDEC検出感度を、表12に示す。リアルタイムPCRではミンチ肉10gに対し、10cfu以上の添加量では100%、1cfuレベルでも72%の検体で陽性となった(表12(b))。一方、通常のPCRでは100、10、1cfu添加でそれぞれ91、84、47%となった(表12(a))。特に、est,eltを対象とするPCRにおいて陽性率の低下が顕著であった。この結果から、本発明の検出方法を用いると、きわめて検出感度に優れることがわかった。
【表12】



【0084】
このことから、本発明のリアルタイムPCRを用いると、食品中に少量のDECが存在する場合であっても、検出できることがわかった。
【0085】
(スクリーニング試験)
大阪府下を流通する食材115検体(肉類23,野菜類46,魚介類17,動物性加工食品15,植物性加工食品14)と上記食品中のDECの検出で作成した陰性対照群33検体の計148検体について、FDAの二段培養法で増菌し、リアルタイムPCR法で、DECの検索を行った。結果を表13に示す。陽性となった食品検体については,増菌培養液の当該病原遺伝子保有菌の濃度を、既述の方法で作成した検量線を用いて算出した。また、比較例として、上記PCR法を用いて同様にDECを検出した結果を、下記表13に、[ ]内に示した。
【表13】

【0086】
表11から、増菌培養を行った食材115検体(肉類23,野菜類46,魚介類17,動物性加工食品15,植物性加工食品14,表10)のうち、表11の大腸菌群の欄に示すように、80検体がEMB培地上に細菌コロニーを形成した。コロニーによって細菌の存在が確認された80検体について、リアルタイムPCRで各病原遺伝子の検索を行ったところ、41検体が陽性となった(表11)。
【0087】
総計148検体中、病原性遺伝子陽性となった検体は、リアルタイムPCRでは41検体(28%)であった。細菌培養により大腸菌が検出された80検体中の41検体に下痢原性大腸菌が存在していることがわかる。一方、PCRでは、35検体しか検出できなかった。
【0088】
このことから、本発明の検出方法を用いると、複数のDECを精度よく検出できることがわかった。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
菌種特異性を有するプライマー対群を用いて、一本鎖核酸から検査対象としての部分的でかつ連続な一本鎖核酸を増幅する工程と、
前記増幅した核酸断片を定量する工程と、
定量結果に基づいて、下痢原性大腸菌を特定する工程と
を含む、下痢原性大腸菌検出方法。
【請求項2】
前記菌種特異性を有するプライマー対群が、配列番号1と2、配列番号3と4、配列番号5と6、配列番号7と8、配列番号9と10、配列番号11と12、配列番号13と14、配列番号15と16、配列番号17と18、配列番号19と20からなる配列対からなる群から選択される配列対の組み合わせである、請求項1に記載の下痢原性大腸菌検出方法。
【請求項3】
特定される下痢原性大腸菌が、腸管病原性大腸菌、志賀毒素産生性大腸菌、腸管毒素原性大腸菌、腸管凝集接着性大腸菌、腸管組織侵入性大腸菌、分散接着性大腸菌、または腸管凝集接着性大腸菌耐熱性腸管毒素遺伝子保有大腸菌である、請求項1または2に記載の下痢原性大腸菌検出方法。



【公開番号】特開2008−283895(P2008−283895A)
【公開日】平成20年11月27日(2008.11.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−131077(P2007−131077)
【出願日】平成19年5月16日(2007.5.16)
【出願人】(506122327)公立大学法人大阪市立大学 (122)
【出願人】(507159647)株式会社KALS (2)
【出願人】(302066467)株式会社三共刃型工業 (5)
【Fターム(参考)】