説明

不整脈治療剤

【課題】 不整脈治療剤及び予防剤の提供。
【解決手段】 (±)−2−メトキシエチル 3−フェニル−2−(E)−プロペニル 1,4−ジヒドロ−2,6−ジメチル−4−(3−ニトロフェニル)−3,5−ピリジンジカルボキシレート(シルニジピン)を不整脈治療剤及び予防剤として、また、重篤な不整脈によって誘発される心臓突然死の予防剤として用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、心臓疾患における主要かつ重要な症状の1つである不整脈の治療剤及び予防剤に関する。
【背景技術】
【0002】
心臓が収縮と拡張を繰り返す規則正しい拍動のリズムは、心臓上部の洞結節から発生する電気刺激によってつくられる。洞結節が発した刺激は心房に伝わって収縮を促し、さらに房室結節を経由して心室に伝わって心室の収縮を促して、血液を送り出す。この過程のいずれかで発生した障害、あるいは、洞結節以外の部位で発生した電気的な興奮によって生ずる拍動リズムの乱れが不整脈である。
洞結節以外の部位で発生するものの1つとして心室性期外収縮があり、心室性期外収縮の中にはR on T型や心室性頻拍など心室細動に移行しやすいものがあり、生命予後に関わる危険な不整脈の出現には細心の注意が払われる。心筋梗塞後に発生する心室性期外収縮数はその患者の生命予後と逆相関することが知られ、心室性期外収縮出現と心臓突然死には大きな因果関係があると考えられている。
【0003】
不整脈の発生にはarrhythmogenic substrates(不整脈源性基質)と呼ばれる様々な因子が関与している。例えば、心筋細胞内へのカルシウム過負荷、心室筋再分極時間延長、交感神経機能亢進に基づく血漿カテコールアミン濃度の上昇、徐脈、低カリウム血症などがこれに含まれ、これらの基質が複合的に関与して不整脈が誘発される。従って、不整脈源生基質を是正することが不整脈の発生やそれに引き続く心臓突然死の治療や予防に繋がると考えられる。
【0004】
不整脈の治療剤としては、キニジン、ジソピラミド、リドカイン、フレカイニド等のNaチャネル抑制剤、メトプロロール、プロプラノール等のβ−ブロッカー、ジルチアゼム、ベラパミル等のカルシウム拮抗剤が用いられているが、それぞれにさまざまな副作用の問題がある。
カルシウム拮抗剤は、高血圧の治療にも使用されていて、血圧降下の点で非常に優れるが、降圧作用出現時に頻脈など交感神経活性上昇の関与した心血管系の副作用が認められることがある。このため、現在ではこのような副作用が出現しがたい長時間作用型カルシウム拮抗剤が好まれて使用されている。長時間作用型カルシウム拮抗剤の中で例えば1,4−ジヒドロピリジン系薬剤であるアムロジピンは短時間作用型カルシウム拮抗剤で懸念されたような心血管系イベントの発生率,死亡率を上昇させないことが重症慢性心不全患者を対象とした大規模臨床試験(非特許文献1)で示され、カルシウム拮抗剤の中で注目を浴びている薬剤である。しかしながら、アムロジピンは高血圧患者の血漿カテコールアミン濃度を上昇させて心室性期外収縮(不整脈)発生数を増加させることが報告されている(非特許文献2)。したがって、短時間作用型カルシウム拮抗剤の欠点を改良したアムロジピンを代表とする長時間作用型カルシウム拮抗剤でも不整脈源性基質を改善する可能性は低いと考えられている。
【0005】
ところで、近年の細胞電気生理学的研究によりカルシウム拮抗薬の作用部位であるカルシウムチャンネルには幾つかのサブタイプが確認され、化学構造が類似する1,4−ジヒドロピリジン型カルシウム拮抗剤の間でも各サブタイプにより作用の強度が異なることが明らかにされてきた(非特許文献3)。
本発明の不整脈治療剤における有効成分である、構造式
【0006】
【化2】



【0007】
で表される(±)−2−メトキシエチル 3−フェニル−2−(E)−プロペニル 1,4−ジヒドロ−2,6−ジメチル−4−(3−ニトロフェニル)−3,5−ピリジンジカルボキシレート(以下、「シルニジピン」という)もその1つであり、血圧降下作用の持続時間が長いカルシウム拮抗剤として開発されたものである(特許文献1)。シルニジピンは、その後の研究によりカルシウム拮抗剤の主作用である血管に分布するL型カルシウムチャンネルの阻害に加えて交感神経系に分布するN型カルシウムチャンネルも抑制することが判明している(非特許文献4)。
【0008】
シルニジピンは、また、動脈硬化性疾患(特許文献2)、糖尿病(特許文献3)の治療剤として有用であることも知られている。
さらに、心臓領域においては、シルニジピンが心不全患者の心血行動態を改善したことから、心不全治療剤への応用の可能性が示されている(特許文献4)。すなわち、同文献では、心不全を「心臓のポンプ機能が総合的に低下する疾患」と定義し、実施例では、シルニジピンを投与した患者において、心筋障害を引き起こす原因となる血中ノルエピネフィリン(NE)の放出が抑制され、心房性Na利尿ペプチド(ANP)及び脳性Na利尿ペプチド(BNP)量の低下傾向が見られたこと、また、心臓のポンプ機能が改善されたことの確認がなされている。しかし、同文献にいう心臓のポンプ機能の低下と、前記した不整脈とは、発生のメカニズムが相違し、治療薬の選択も異なる。したがって、同文献には、シルニジピンの不整脈源性基質ならびにその複合的な変化により発生すると考えられる心室性期外収縮に与える作用は示されていない。
【特許文献1】特公平3−14307号公報
【特許文献2】特開平6−40918号公報
【特許文献3】特開2000−351731号公報
【特許文献4】特開2000−309535号公報
【非特許文献1】PRAISE Study; Packer et al., N Engl J Med 1996; 335: 1107-1114
【非特許文献2】Eguchi et al., Hypertens Res, 2002; 25: 329-333
【非特許文献3】Uneyama et al., Eur J Pharmacol, 1999; 373: 93-100
【非特許文献4】Uneyama et al., Br J Pharmacol, 1997; 122: 37-42
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の課題は、不整脈の治療に有用な薬剤、さらには重篤な不整脈による心臓突然死を予防する薬剤を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、鋭意研究を行った結果、シルニジピンが、心臓突然死モデルである慢性房室ブロック犬への投与によって、心室筋再分極時間の短縮とカテコールアミンの1つであるアドレナリンの血漿中濃度の低下を伴って心室性期外収縮の発生数を減少させることを見出し、同化合物が、不整脈の治療剤として有効であることを確認して本発明を完成した。
【0011】
すなわち、本発明は、シルニジピン、その薬学的に許容される酸付加物、光学異性体、又は水和物を有効成分として含有する不整脈の治療剤及び予防剤である。
本発明の不整脈治療剤における有効成分であるシルニジピンは、例えば前出の特公平3−14307号公報に記載の方法により製造することができる。シルニジピンには光学異性体が存在するが、本発明における有効成分としては、ラセミ体でもよく、あるいは光学異性体のいずれを用いてもよい。光学活性体は、例えば特公平6−43397号公報記載の方法で製造することができる。
酸付加物を得るための酸としては、塩酸、硫酸、臭化水素酸、リン酸等の無機塩、およびフマル酸、マレイン酸、クエン酸、酒石酸、コハク酸、メタンスルホン酸、p−トルエンスルホン酸等の有機酸が挙げられる。
【0012】
投与量は、患者の年齢、体重、病態、治療成績、投与方法、処置時間及び当業者が認める他の因子によって異なるが、成人1人につき1日当たり有効成分1mg〜200mg、好ましくは3mg〜50mgを目安とし、これを1回又は数回に分けて投与することができる。
【0013】
投与方法は、経口投与、非経口投与のいずれでもよいが、経口投与又は吸入による投与が好ましい。経口投与のための製剤としては、散剤、顆粒剤、錠剤、丸剤、カプセル剤(ハードカプセルおよびソフトカプセル剤を含む)、チュアブル剤などの固形剤、乳濁剤、溶液剤、シロップ剤、エリキシル剤等の液剤が、また、非経口投与のための製剤としては、皮下、筋肉、または静脈用の注射剤、吸入剤、貼付剤、外用液剤、軟膏剤、坐剤、及び膣座剤等が挙げられる。
これらの製剤は、有効成分と、医薬上許容し得るベヒクル、担体、賦形剤、希釈剤、結合剤、潤滑剤、崩壊剤、界面活性剤、可溶化剤、溶解補助剤、懸濁化剤、緩衝剤、等張化剤、安定化剤、防腐剤、香味矯臭剤等の添加剤とを一般的に認められた製薬実施に要求される単位用量の形態で混合し、自体公知の方法で製造する。これらの組成物又は製剤中の有効成分の量は、指示された範囲の適当な用量が得られるように適宜決められる。
【0014】
経口投与用の製剤において、有効成分の他に、例えばラクトース(乳糖)、マンニトール、グルコース、コーンスターチ、ヒドロキシプロピルセルロース、結晶セルロース、デンプン、ポリビニルピロリドン、マクロゴール、メタケイ酸アルミン酸マグネシウム等の賦形剤ないし希釈剤と混合される。また、ステアリン酸マグネシウム、タルク等の潤滑剤、クロスカルメロースナトリウム、繊維素グリコール酸カルシウム等の崩壊剤、ラクトース等の安定化剤等を添加してもよい。
錠剤又は丸剤は、必要により、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、エチルセルロース等のコーティング剤でフィルムコーティングしてもよい。
また、錠剤には、例えば日本特許第3110794号に記載されているような固体分散錠も含まれる。
経口投与用の液体製剤において、有効成分は、不活性な希釈剤(例えば、精製水、エタノール等)に溶解ないし懸濁される。また、界面活性剤(ポリソルベート80(登録商標)、ステアリン酸ポリオキシル40、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油等)、可溶化剤、溶解補助剤、懸濁化剤のような補助剤、甘味剤、風味剤、芳香剤、防腐剤等を添加してもよい。
【0015】
非経口投与用の注射剤としては、無菌の水性及び/又は非水性の溶液剤、懸濁剤、乳濁剤がある。水性の溶液剤、懸濁剤には、例えば注射用蒸留水又は生理食塩水が用いられる。非水溶性の溶解剤、懸濁剤には、例えばオリーブ油、ゴマ油、綿実油、コーン油等の植物油、プロピレングリコール、ポリエチレングリコール、エタノールのようなアルコール類、ポリソルベート80(登録商標)等が用いられる。また、無菌の水性と非水性の溶解剤、懸濁剤および乳濁剤を混合して使用してもよい。
これらの製剤は、さらに防腐剤、湿潤剤、乳化剤、分散剤、安定化剤(例えば、ラクトース)、溶解補助剤(例えば、グルタミン酸、アスパラギン酸)のような補助剤を含んでいてもよい。これらはバクテリア保留フィルターを通すろ過、殺菌剤の配合または放射線照射によって無菌化される。これらはまた、例えば凍結乾燥品のような無菌の固体組成物を製造し、使用前に、無菌化した又は無菌の注射用蒸留水又は他の溶媒に溶解して使用することもできる。
吸入剤は、不活性な希釈剤以外に亜硫酸ナトリウムのような安定化剤と等張性を与えるような緩衝剤、例えば塩化ナトリウム、クエン酸ナトリウムあるいはクエン酸のような安定剤と等張化剤を含有してもよい。吸入剤の製造方法は、例えば米国特許第2,868,691号明細書および同第3,095,355号明細書に記載されている。
【0016】
本発明の不整脈治療剤は、シルニジピンとともに、治療に悪影響を与えない他の薬剤と併用して投与することもできる。併用薬剤としては、他の抗不整脈剤のほか、不整脈発症の原因となった基礎疾患があればその治療薬等が挙げられる。併用薬剤は、シルニジピンと同一製剤中に混合して配合してもよいし、別途製剤化して、組み合わせ剤としてもよい。
【0017】
不整脈のうち、例えば心室性期外収縮は、心臓突然死に至る心室細動を引き出す場合があることから、このような重篤な不整脈発生が予想される患者には、その予防のために抗不整脈剤が臨床使用されており、シルニジピンもその目的に使用することが可能である。
【発明の効果】
【0018】
本発明の薬剤は、心臓突然死モデルである慢性房室ブロック犬においてアドレナリン血漿レベルの低下作用および心室筋再分極時間の短縮作用を発現し、心室性早期期外収縮の発生数を減少させることができる。すなわち、本発明の薬剤は不整脈源性基質の減少効果を有するため、各種タイプの不整脈の治療に用いることができ、さらには重篤な不整脈による心臓突然死を予防する薬剤としても有用である。
【実施例】
【0019】
以下に、本発明を実施例によってさらに詳細に説明するが、本発明はこれによって限定されるものではない。
【0020】
(実施例)
致死性不整脈誘発による心臓突然死モデルである慢性房室ブロック犬をSugiyama A. et al.: Jpn. J. Pharmacol. 2002; 88: 341-350記載の方法により作成した。慢性房室ブロック犬(7匹、体重約10Kg)にホルター心電計を装着することで心電図を記録し、心室性早期期外収縮の発生数を計測した。神経体液性因子の血漿中レベルを計測するため、安静状態で橈側皮静脈より採血した。抗凝固剤にEDTAを用いて血液を採取し、遠心操作により血漿を分離した。心室筋再分極時間は単相性活動電位記録電極を用いて右心室より記録した活動電位の90%回復時間(MAP90)で示した。
投薬前の値を取得した後、慢性房室ブロック犬にシルニジピンを毎朝1回経口投与した。1日当たりの投与量は5mgとした。投与開始から4週間目に再度ホルター心電図の計測と採血を実施し、投与後の値を取得した。
投薬前の血漿中アドレナリン濃度は305±43 pg/ml(平均±標準誤差)であったのに対し、投与4週間後には201±40 pg/mlに減少した。
投薬前のMAP90は270±10 msec(平均±標準誤差)であったのに対し、投与4週間後には233±12 msecに短縮した。
投薬前の心室性早期期外収縮の発生数は21時間当たり284±177回(平均±標準誤差)であったのに対し、投与4週間後には77±29回に減少した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
構造式
【化1】



で表される(±)−2−メトキシエチル 3−フェニル−2−(E)−プロペニル 1,4−ジヒドロ−2,6−ジメチル−4−(3−ニトロフェニル)−3,5−ピリジンジカルボキシレート、その薬学的に許容される酸付加物、光学異性体、又は水和物を有効成分として含有する不整脈の治療剤及び予防剤。

【公開番号】特開2004−256533(P2004−256533A)
【公開日】平成16年9月16日(2004.9.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−30316(P2004−30316)
【出願日】平成16年2月6日(2004.2.6)
【出願人】(000000066)味の素株式会社 (887)
【Fターム(参考)】