説明

中性のキトサンヒドロゲルおよびその製造方法

【課題】 室温付近で長時間安定に保存することができる形態のキトサンを提供すること。
【解決手段】 実質的に水とキトサンからなる中性のキトサンヒドロゲルを提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、中性のキトサンヒドロゲルおよびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
キトサンは、甲殻類から得られるキチン(β−1,4−ポリ−N−アセチル−D−グルコサミン)の脱アセチル化物(β−1,4−ポリ−D−グルコサミン)であり、生体適合性に優れた分子量50万程度の天然高分子である。キトサンには、生分解性があり、抗菌性、保湿性、抗アレルギー性等の作用を示すばかりでなく、他の抗菌剤と比べて人体や環境に安全であることから、キトサンを含む医薬品、化粧品、整髪料、食品添加剤、繊維、膜などを開発する研究が盛んになってきている。
【0003】
しかし、キトサンは一般的な有機溶媒には全く溶けず、また水にも完全には溶解しない。キトサンは有機酸と塩を作り、水溶性になる。また鉱酸類としては、塩酸水を加えるとゆっくりと溶解するが、硝酸や硫酸に対しては不溶性である。そこでキトサンの溶解方法として、各種の有機酸を含む水溶液へ溶解させる方法(特許文献1〜4)あるいは有機酸の緩衝水溶液を用いる方法(特許文献5)などが提案されている。
【0004】
従来キトサンは、その粉末を蟻酸、酢酸、酸性アミノ酸、アスコルビン酸などの有機酸や炭酸などの無機酸により水溶性にして、抗菌剤や化粧品として一般に用いられてきた。しかし、これらの酸性のキトサン溶液は室温での粘度安定性(分子量安定性)が悪いため、キトサン粉末として保存し、使用直前に溶解しなければ、要求される機能を発揮できないという欠点があった。特に化粧品や整髪料として用いる場合、キトサン溶液を直接使用するため、室温前後で長時間安定に保存する必要がある。しかしキトサンは酸性溶液中で放置すると低温においても時間と共に分子量が低下して溶液の粘性が保てないという問題があった。
【0005】
また、酸で溶解するには溶解漕の他に、ろ過装置などを必要とするといった技術的な問題があった。さらに、キトサンの溶解にもっともよく用いられている酢酸のような有機酸は、化粧品などとして用いた場合、皮膚の赤化や肌荒れを引き起こす危険性も指摘されている。
【0006】
なお、キトサンの特性としては、有機物の凝集作用、抗菌性(特に大腸菌等、食品中などで増殖する菌の生育を阻害する作用)が挙げられるが、分子量6,000以上の場合にかかる作用を発揮し、分子量4,000程度では抗菌性などは発揮されない。
【特許文献1】特開平6−319517号公報
【特許文献2】特開平11−193301号公報
【特許文献3】特開平11−199601号公報
【特許文献4】特開2000−290187号公報
【特許文献5】特開平9−110634号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、室温付近で長時間安定に保存することができる形態の水膨潤型キトサンを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、実質的に水とキトサンからなる中性かつ酸臭のないキトサンヒドロゲルを提供する。かかるキトサンヒドロゲルの含水率は50重量%〜96重量%が好ましく、94重量%〜96重量%がより好ましい。
【0009】
本発明によって提供される、中性のキトサンヒドロゲルの第一の製造方法は、以下の工程を有する。
(1)キトサンを酸水溶液に溶解する工程、
(2)工程(1)のキトサン水溶液のpHを中性〜アルカリ性に調整する工程、
(3)工程(2)において生じた沈殿を収集する工程、および、
(4)工程(3)において収集した沈殿を水によりpHが中性になるまで洗浄する工程。
【0010】
また、本発明によって提供される、中性のキトサンヒドロゲルの第二の製造方法は、以下の工程を有する。
(1)キトサンを酸水溶液に溶解する工程、
(2)工程(1)のキトサン水溶液のpHを中性〜アルカリ性に調整する工程、
(3)工程(2)において生じた沈殿を収集する工程および、
(4)工程(3)において収集した沈殿を水に分散させた液を、pHが中性になるまで水に対して透析する工程。
【0011】
本発明による中性のキトサンヒドロゲルは、遠心分離またはろ過することにより、その含水率を所望の値に変化させることができる。
【発明の効果】
【0012】
本発明のキトサンヒドロゲルは、均質、中性であり、酸臭がせず、塩分を含有せず、長時間室温で保存することができるため、キトサンの用途の拡大を図ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明による中性のキトサンヒドロゲルの調製に用いるキトサンの入手源は特に限定されないが、例えば、エビ、カニ、イカなどの甲殻類から得られるキチンを脱アセチル化して得たものでもよいし、市販のものでもよく、その形態は好ましくは固体、好ましくはフレーク状、さらに好ましくは粉末である。また、その脱アセチル化度は、75〜98%程度のものが好ましい。分子量は10,000〜200,000程度が好ましく、10,000〜75,000程度のものがより好ましく、10,000〜40,000程度のものがさらに好ましい。
【0014】
本発明による中性のキトサンヒドロゲルは、そのpHが中性域の値、具体的にはpH6.0〜7.5のものであり、より好ましくはpH6.8〜7.2のものである。また、キトサンヒドロゲルとは、水とキトサンからなるゲル状物質であってそのなかにキトサンが実質的に均一に存在するものをいう。また、本発明による中性のキトサンヒドロル中に存在するキトサンの脱アセチル化度および分子量は、上記の調製方法に用いる固体キトサンの脱アセチル化度および分子量と実質的に同一である。即ち、脱アセチル化度および分子量はキトサンヒドロゲルの調製工程において実質的に変化しない。
【0015】
本発明による中性のキトサンヒドロゲルの含水率は50重量%〜96重量%が好ましく、80〜96重量%が好ましく、94重量%〜96重量%が特に好ましい。しかし、本発明による中性のキトサンヒドロゲルは、遠心分離またはろ過することにより、その含水率を所望の値に変化させることができる。
【0016】
本発明の中性のキトサンヒドロゲルの第一および第二の製造方法においては、まず、キトサンを酸水溶液に溶解する。この工程において用いるキトサンはフレーク状、好ましくは粉末の形態であり、酸水溶液に対して約0.5重量%〜4重量%、好ましくは約1重量%〜4重量%溶解する。酸の種類は特に限定されないが、酢酸、塩酸、乳酸などが挙げられ、好ましくは酢酸である。氷酢酸を用いる場合、その濃度は2〜6重量%が好ましく、約4重量%がさらに好ましい。
【0017】
酸水溶液へのキトサンの溶解方法は特に限定されず、撹拌などの常套の方法により溶解すればよい。溶解時の温度は室温、例えば15〜40℃とすればよい。溶解時間はキトサンフレークの形状、分子量、脱アセチル化度に応じて異なるが、一般的には4〜5時間の撹拌により溶解する。このようにして得られるキトサン水溶液のpHは3〜4程度である。
【0018】
次いで、得られたキトサン水溶液のpHを中性〜アルカリ性にする。この工程における「中性〜アルカリ性」とは、pH7〜12、酸臭を取り除くことが出来るため好ましくはpH8〜10である。pHの調整方法は常套方法、例えば、塩基性物質の添加、好ましくは塩基性物質の水溶液の滴下による。この際、水溶液を激しく撹拌するのが好ましい。塩基性物質としては、NaOH、KOH、NHOHなどが挙げられる。
【0019】
この工程は、例えば、キトサン水溶液をミキサーなどで激しく撹拌(撹拌速度:10,000〜12,000rpm程度)しながら1〜10MのNaOH水溶液をpHが7〜12となるまで滴下して行う。溶液がアルカリ性に近づくにつれ、白色沈殿が生成する。
【0020】
次の工程においてこのようにして形成した白色沈殿を収集する。沈殿の収集方法は、特に限定されず、例えば遠心分離、ろ過などが挙げられる。
【0021】
本発明の第一の調製方法においては、収集した沈殿を水によりpHが中性、即ちpH6.0〜7.5、好ましくは6.8〜7.2になるまで洗浄する。洗浄方法としては特に限定されないが、収集した沈殿を水に分散して得られる懸濁液を撹拌し、遠心分離、ろ過などにより沈殿を収集することを繰り返す方法や、例えばカラム中の沈殿に大量の水を通す方法などが挙げられる。このようにして洗浄したキトサンを含有する液を遠心分離し所望の濃度に調節することにより、中性のキトサンヒドロゲルが得られる。
【0022】
本発明の第二の調製方法においては、前述のように収集した沈殿を水に分散させた液を透析膜に入れ、pHが中性、即ちpH6.0〜7.5、好ましくは6.8〜7.2になるまで水に対して透析する。透析に用いる分散液の量は透析液(即ち水)に対して0.1〜1.0%程度が好ましい。また、分散液におけるキトサンの含有量は0.1〜2.0%程度が好ましい。透析回数は、透析液の量や、分散液のpHなどによって異なるが、2〜5回程度が好ましい。透析温度は室温、例えば10〜20℃程度とすればよい。中性となった分散液を遠心分離により所望の濃度に調節することにより、中性のキトサンヒドロゲルが得られる。
【0023】
本発明により得られる中性のキトサンヒドロゲルは、室温で安定に保存することができる。また、本発明の中性のキトサンヒドロゲルは、例えば、塩酸、乳酸、酢酸などの酸水溶液に容易に溶解して透明のキトサン水溶液が得られる。特に本発明により得られる中性のキトサンヒドロゲルの塩酸溶液は室温で安定である。
以下本発明を実施例により詳細に説明する。
【実施例1】
【0024】
3.06gのキトサン粉末(分子量40,000、脱アセチル化度84%)を、室温で5〜7時間撹拌することにより100mlの4重量%の酢酸水に溶解した。この際の水溶液のpHは3.85であった。溶液をろ過して不溶部を除去後、ミキサーで高速撹拌下、10重量%NaOH水溶液を添加し、pH11.0〜12.0にした。生成した沈殿を遠心分離により収集し、さらに蒸留水に分散させて遠心分離により沈殿を収集する操作をpHが6.8〜7.2になるまで5回繰り返した。
【実施例2】
【0025】
3.06gのキトサン粉末(分子量40,000、脱アセチル化度84%)を、室温で5〜7時間撹拌することにより100mlの4重量%の酢酸水に溶解した。この際の水溶液のpHは3.85であった。溶液をろ過して不溶部を除去後、ミキサーで高速撹拌下、10重量%NaOH水溶液を添加し、pH11.0〜12.0にした。生成した沈殿を遠心分離により収集した後、蒸留水に分散させて1000mlの分散液を透析袋に入れ、pHが中性になるまで1000mlの蒸留水に対して透析を行った。透析用蒸留水は5回交換した。
【実施例3】
【0026】
実施例2で得た中性のキトサンヒドロゲルを室温保存し、一定量(30ml)取り出し、濃塩酸(36%溶液、0.5ml)を添加して粘り気のある液を得、この粘度を測定した。図1は粘度の経時変化を示した図である。測定開始から15日間まで粘度(即ちキトサン分子量)における変化はほとんどなかった。
【実施例4】
【0027】
実施例2で得た中性のキトサンヒドロゲル(含水量93.9%)10gを水30mlに加え、0.1M HClを16ml添加し、撹拌して透明な溶液を得た。この溶液のpHは5.24であった。溶液を室温で放置して粘度変化を追跡した。図2に示すように、粘度変化はほとんど観察されなかった。一方、キトサン粉末3.05gを100mlの4重量%の酢酸水に撹拌しながら溶解した。得られた透明な溶液をろ過後、室温で放置し、粘度の経時変化を追跡した。図2に示すように、時間と共に粘度(即ちキトサン分子量)が大幅に減少した。従って、キトサンは塩酸水溶液とした方が酢酸水溶液とするより安定である。
【実施例5】
【0028】
実施例2で得た中性のキトサンヒドロゲルを塩酸と酢酸でpH滴定を行った結果、pKaはいずれも約6.4を示し、塩酸水溶液としても酢酸水溶液としてもキトサンそのものの性質には変化がないことが示された。
【産業上の利用可能性】
【0029】
本発明による中性のキトサンヒドロゲルは、化粧品等への使用に好適である。また、水溶液とすることにより、あるいはそのまま塗布することにより、食品保存剤として利用することもできる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】図1は、キトサンヒドロゲルを塩酸に溶解した場合の粘度の経時変化を示す図である。
【図2】図2は、キトサンヒドロゲルを塩酸および酢酸に溶解した場合の粘度変化の差を示す図である。
【図3−1】図3−1は、キトサンヒドロゲルの酢酸による滴定曲線である。
【図3−2】図3−2は、キトサンヒドロゲルの塩酸による滴定曲線である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
実質的に水とキトサンからなる中性のキトサンヒドロゲル。
【請求項2】
含水率が50重量%〜96重量%である請求項1のキトサンヒドロゲル。
【請求項3】
含水率が94重量%〜96重量%である請求項2のキトサンヒドロゲル。
【請求項4】
(1)キトサンを酸水溶液に溶解する工程、
(2)工程(1)のキトサン水溶液のpHを中性〜アルカリ性に調整する工程、
(3)工程(2)において生じた沈殿を収集する工程、および、
(4)工程(3)において収集した沈殿を水によりpHが中性になるまで洗浄する工程、
を含む請求項1〜3のいずれかの中性のキトサンヒドロゲルの製造方法。
【請求項5】
(1)キトサンを酸水溶液に溶解する工程、
(2)工程(1)のキトサン水溶液のpHを中性〜アルカリ性に調整する工程、
(3)工程(2)において生じた沈殿を収集する工程および、
(4)工程(3)において収集した沈殿を水に分散させた液を、pHが中性になるまで水に対して透析する工程、
を含む請求項1〜3のいずれかのキトサンヒドロゲルの製造方法。
【請求項6】
請求項1〜3のいずれかのキトサンヒドロゲルを遠心分離またはろ過することにより、キトサンヒドロゲルの含水率を変化させる方法。

【図1】
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【図2】
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【図3−1】
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【図3−2】
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【公開番号】特開2006−176584(P2006−176584A)
【公開日】平成18年7月6日(2006.7.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−369515(P2004−369515)
【出願日】平成16年12月21日(2004.12.21)
【出願人】(399030060)学校法人 関西大学 (208)
【Fターム(参考)】