説明

中枢神経系原発悪性リンパ腫マーカーおよびその用途

【課題】中枢神経系原発悪性リンパ腫に対する新たな治療法、診断学の開発のために中枢神経系原発悪性リンパ腫の指標となる中枢神経系原発悪性リンパ腫マーカーおよびその用途を提供する。
【解決手段】本発明の中枢神経系原発悪性リンパ腫マーカー遺伝子は、中枢神経系原発悪性リンパ腫を診断するために使用する中枢神経系原発悪性リンパ腫マーカー遺伝子であって、Integrinβ1又はLamininα3を含み、前記遺伝子の発現量が健常者のそれと比較して高い場合に、前記中枢神経系原発悪性リンパ腫であると判定することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、中枢神経系原発悪性リンパ腫の判定の指標となりうる中枢神経系原発悪性リンパ腫マーカーおよびその用途に関する。
【背景技術】
【0002】
中枢神経系原発性悪性リンパ腫(PCNSL)は中枢神経系に原発する節外性非ホジキン型リンパ腫で、多くはB細胞リンパ腫である。PCNSLはあらゆる年齢層に発生するが、多くは50−60歳代に好発し、その男女比は1.5と報告されている。PCNSLは原発脳腫瘍の1−3%の発生率であると報告されているが、その頻度は免疫抑制状態の患者、たとえば、腎臓または心臓移植さらにエイズなどの免疫不全などが増加したことにより、最近増加している。その増加は最近のMRIをはじめとする画像診断技術の進歩などだけでは説明できないと考えられている。PCNSLの多くは脳に原発するが、眼球内或いは脊髄にも併発することがしばしば経験される。一般的には系統的リンパ腫の脳実質への転移は稀で、逆にPCNSLの他臓器転移も少ない。多くのPCNSLはリアル分類の瀰漫性大細胞型B細胞性リンパ腫か高悪性度リンパ腫であるバーキットリンパ腫の組織型である。PCNSLの標準的治療法はいまだに確立されていない。PCNSLの予後は一般的に不良であり、未治療の場合その平均生存期間は3−5ヶ月であると考えられている。放射線治療によりその平均生存期間は12−18ヶ月まで延長される。最近、放射線化学療法を基本とした第II相臨床試験の結果が数多く報告され、それらの平均生存期間は4年近くにまで改善されており、放射線化学療法が現在ではPCNSLの標準的治療法と考えられている。しかしながら、放射線化学療法の治療スケジュールに関しては多くの議論のあるところであり、未だにコンセンサスは得られていない。特に、再発時は治療抵抗性となり治療困難をきわめ、その病態の解析と新たな治療法の開発は重要な課題である(非特許文献1)。それゆえ新たな診断、治療法に結びつくような新しい分子標的の発見等、腫瘍生物学的な解析が望まれていた。
【0003】
インテグリンはαとβからなるヘテロ2量体から構成され、インテグリンレセプターが形成される。多くは、フィブロネクチン、コラーゲン、ヴィトロネクチンなどのリガンドと結合する。インテグリンを介したシグナル伝達により細胞増殖、分化、運動、アポトーシスなどさまざまな細胞機能を調節する(非特許文献2、3)。一方、ラミニンはα、β、γのサブユニットから構成され、血管内皮周囲などの基底膜に存在し、細胞の移動、接着などに影響を及ぼすと考えられる(非特許文献4)。
【0004】
また、Integrinβ1、Lamininα3が中枢神経系原発悪性リンパ腫に高発現する結果は、中枢神経系という特殊な環境にリンパ腫が発育する生物学の理解に重要な見解を与える可能性がある。
【非特許文献1】Yamanaka R, Tanaka R: Advances for the treatment of primary central nervous system lymphoma(Review). OncolRep 12:563-568,2004.
【非特許文献2】Hynes RO.: Integrins : versatility, modulation, and signaling in cell adhesion. Cell 69:11-25,1992.
【非特許文献3】Clark EA, Brugge JS. : Integrins and signal transduction pathways: the road taken. Science 268:233-239,1995.
【非特許文献4】Tryggvason K. : The laminin family. Curr Opin Cell Biol. 5:877-882,1993.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
各癌種に対しては、包括的遺伝子発現情報をもとにした治療標的遺伝子、マーカー遺伝子の選択は試みられている。しかしながら、中枢神経系原発悪性リンパ腫に関して類似するような研究はなく今後の発展が期待される。Integrinβ1、Lamininα3は中枢神経系原発悪性リンパ腫に高発現し、マーカーであると述べた報告はみあたらない。さらに中枢神経系原発悪性リンパ腫は未だ治療法が確立されておらず、新たな診断、治療法に結びつくような新しい分子標的の発見等、腫瘍生物学的な解析が期待されている。
【0006】
本発明は、以上の事情に鑑みてなされたものであって、中枢神経系原発悪性リンパ腫に対する新たな治療法、診断学の開発のために中枢神経系原発悪性リンパ腫の指標となる中枢神経系原発悪性リンパ腫マーカーおよびその用途を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題に鑑みて鋭意検討した結果、各腫瘍サンプルからmRNAを抽出しagilentマイクロアレイを用いて、12729遺伝子について正常脳組織のmRNAに対する発現レベルを定量した。そして中枢神経系原発悪性リンパ腫6例と体幹部の節性リンパ腫4例の遺伝子発現プロファイルを比較し、中枢神経系原発悪性リンパ腫に有意差を持ち高発現する遺伝子の中から標的候補遺伝子を選択した。これらの遺伝子の発現を抗体を用いて免疫組織学的に解析し、任意の3視野での各タンパク質の発現面積を算出し、50%以上のポジティブと50%以下のネガティブの2群に分けて比較した結果、中枢神経系原発悪性リンパ腫では80%の症例で陽性であったが、体幹部の節性リンパ腫では0%の症例で陽性であった。このことから、Integrinβ1、Lamininα3が中枢神経系原発悪性リンパ腫の発症に関与していることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
本発明の請求項1の発明は、中枢神経系原発悪性リンパ腫を診断するために使用する中枢神経系原発悪性リンパ腫マーカー遺伝子であって、Integrinβ1又はLamininα3を含み、前記遺伝子の発現量が健常者のそれと比較して高い場合に、前記中枢神経系原発悪性リンパ腫であると判定することを特徴とする中枢神経系原発悪性リンパ腫マーカー遺伝子である。
【0009】
本発明の請求項2の発明は、前記Integrinβ1又はLamininα3の発現量が、そのmRNA又はタンパク質の少なくとも一方の量により測定されることを特徴とする請求項1に記載の中枢神経系原発悪性リンパ腫マーカーである。
【0010】
本発明の請求項3の発明は、請求項1又は2のいずれかに記載の中枢神経系原発悪性リンパ腫マーカー遺伝子を定量するためのmRNAマーカーであって、Integrinβ1mRNA又はLamininα3mRNAを含むことを特徴とするmRNAマーカー。
【0011】
本発明の請求項4の発明は、請求項1又は2のいずれかに記載の中枢神経系原発悪性リンパ腫マーカー遺伝子を定量するためのタンパク質マーカーであって、Integrinβ1タンパク質又はLamininα3タンパク質を含むことを特徴とするタンパク質マーカー。
【0012】
本発明の請求項5の発明は、請求項3記載のmRNAマーカーを定量するために使用されるオリゴヌクレオチドであって、前記mRNAの塩基配列またはその相補塩基配列の一部からなり、前記mRNAまたはそのcDNAと部分特異的塩基対を形成することを特徴とするオリゴヌクレオチド。
【0013】
本発明の請求項6の発明は、請求項3記載のmRNAマーカーを定量するために使用されるプライマーであって、請求項5に記載のオリゴヌクレオチドを含み、前記オリゴヌクレオチドが前記mRNAまたはそのcDNAと部位特異的塩基対を形成することを特徴とするプライマー。
【0014】
本発明の請求項7の発明は、請求項3記載のmRNAマーカーを定量するために使用されるプローブであって、請求項5に記載のオリゴヌクレオチドを含み、前記オリゴヌクレオチドが前記mRNAまたはそのcDNAと部位特異的塩基対を形成することを特徴とするプローブ。
【0015】
本発明の請求項8の発明は、請求項4記載のタンパク質マーカーを定量するための抗体であって、Integrinβ1タンパク質又はLamininα3タンパク質を認識することを特徴とする抗体。
【0016】
本発明の請求項9の発明は、請求項3記載のmRNAマーカーを定量するために使用するキットであって、少なくとも、前記mRNAのcDNAを定量可能なように増幅するために請求項6記載のプライマーと、検出のため前記増幅産物に対合させる請求項7記載のプローブとを含むことを特徴とするキット。
【0017】
本発明の請求項10の発明は、請求項4記載のタンパク質マーカーを定量するために使用するキットであって、少なくとも、請求項8記載の抗体及び/又はその標識化抗体を含むことを特徴とするキット。
【0018】
本発明の請求項11の発明は、以下の工程(a)及び(b)を含むことを特徴とする中枢神経系原発悪性リンパ腫の診断方法である:(a)被験者の生体試料から調製されたRNAまたは該RNAから転写された相補的ポリヌクレオチドにおける、Integrinβ1又はLamininα3を含む中枢神経系原発悪性リンパ腫マーカー遺伝子の発現量を測定する工程、(b)前記発現量が健常者のそれと比較して多い被験者を中枢神経系原発悪性リンパ腫と診断する工程。
【0019】
本発明の請求項12の発明は、以下の工程(a)及び(b)を含むことを特徴とする中枢神経系原発悪性リンパ腫の診断方法である:(a)被験者の生体試料から調製されたタンパク質における、Integrinβ1タンパク質又はLamininα3タンパク質を含む中枢神経系原発悪性リンパ腫のタンパク質マーカーの発現量を測定する工程、(b)前記発現量が健常者のそれと比較して多い被験者を中枢神経系原発悪性リンパ腫と診断する工程。
【0020】
本発明の請求項13の発明は、以下の工程(a)、(b)及び(c)を含むことを特徴とするIntegrinβ1又はLamininα3を含む中枢神経系原発悪性リンパ腫マーカー遺伝子又はIntegrinβ1タンパク質又はLamininα3タンパク質を含む中枢神経系原発悪性リンパ腫のタンパク質マーカーの発現を抑制する物質のスクリーニング方法である:(a)被験物質と、前記中枢神経系原発悪性リンパ腫マーカー遺伝子又はタンパク質マーカーを発現している細胞とを接触させる工程、(b)被験物質を接触させた細胞における前記中枢神経系原発悪性リンパ腫マーカー遺伝子又はタンパク質マーカーの発現量を測定し、被験物質を接触させない対照細胞における上記に対応する中枢神経系原発悪性リンパ腫マーカー遺伝子又はタンパク質マーカーの発現量と比較する工程、(c)上記(b)の比較結果に基づいて、中枢神経系原発悪性リンパ腫マーカー遺伝子又はタンパク質マーカーの発現量を減少させる被験物質を選択する工程。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、中枢神経系原発悪性リンパ腫の指標となる中枢神経系原発悪性リンパ腫マーカーが提供される。また、この中枢神経系原発悪性リンパ腫マーカー遺伝子やタンパク質マーカーを使用することによって、腫瘍マーカーとしての診断応用の他に、新規抗癌剤など創薬への応用が可能となる。さらに、中枢神経系原発悪性リンパ腫マーカー遺伝子に対するプローブ等を作製することにより、中枢神経系原発悪性リンパ腫マーカー遺伝子を検出し、中枢神経系原発悪性リンパ腫の診断を確実に行うことができる。また、中枢神経系原発悪性リンパ腫を抑制する物質のスクリーニングを行い、新規抗癌剤の開発を進展させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
以下、本発明について詳細に説明する。
【0023】
本発明の「脳腫瘍」は、頭蓋内に発生するすべての腫瘍をいう。このような脳腫瘍の中でも中枢神経系原発悪性リンパ腫は、中枢神経系組織から発生する節外性の悪性リンパ腫で、以前は非常に稀な疾患と言われていたが、近年増加傾向にあり、日常臨床の場で時に遭遇する脳腫瘍の一つである。
【0024】
本発明におけるインテグリンはαとβからなるヘテロ2量体から構成され、インテグリンレセプターが形成される。多くは、フィブロネクチン、コラーゲン、ヴィトロネクチンなどのリガンドと結合する。インテグリンを介したシグナル伝達により細胞増殖、分化、運動、アポトーシスなどさまざまな細胞機能を調節する。一方、ラミニンはα、β、γのサブユニットから構成され、血管内皮周囲などの基底膜に存在し、細胞の移動、接着などに影響を及ぼすと考えられる。
【0025】
本発明で使用することができるIntegrinβ1、Lamininα3の起源は特に限定されず、任意の生物に由来する任意の遺伝子を使用することができる。本発明は、任意の起源に由来するIntegrinβ1、Lamininα3を包含する。例えば、哺乳動物から入手できるIntegrinβ1、Lamininα3を使用してもよい。用語「哺乳動物」とは、哺乳類の任意の個体を意味し、大型動物(牛、羊、馬など)、運動動物(犬及び猫を含む)、及び霊長類(旧世界ザル、新世界ザル、類人猿、ヒトなどを含む)などを含む。例えば、ヒトIntegrinβ1、Lamininα3が使用される。本発明で使用するIntegrinβ1、Lamininα3は、例えばPCRなどの当業者に公知の技術を用いて哺乳動物培養細胞などから得たcDNAでもよい。
【0026】
本発明の中枢神経系原発悪性リンパ腫マーカー遺伝子は、中枢神経系原発悪性リンパ腫を判定するために使用する中枢神経系原発悪性リンパ腫マーカー遺伝子であって、Integrinβ1又はLamininα3を含み、前記遺伝子の発現量が健常者のそれと比較して高い場合に、前記中枢神経系原発悪性リンパ腫であると判定することを特徴とする。
本発明の中枢神経系原発悪性リンパ腫マーカー遺伝子を用いて中枢神経系原発悪性リンパ腫の判定において、Integrinβ1又はLamininα3の発現量を測定する場合、そのmRNAを定量してもよく、そのタンパク質を定量してもよい。したがって、Integrinβ1mRNA又はLamininα3mRNAは、本発明の中枢神経系原発悪性リンパ腫の遺伝子マーカーを定量するためのmRNAマーカーとすることができ、Integrinβ1タンパク質又はLamininα3タンパク質は、本発明の中枢神経系原発悪性リンパ腫マーカー遺伝子を定量するためのタンパク質マーカーとすることができる。
本発明の中枢神経系原発悪性リンパ腫マーカー遺伝子を定量するための前記mRNAマーカーを定量する方法としては、細胞内の特定mRNA量を定量できる方法であれば、特に制限されず、例えば、前記mRNAマーカーのmRNAもしくはそのcDNAの塩基配列またはそれらの相補塩基配列の一部からなるオリゴヌクレオチドであって、前記mRNAマーカーのmRNAまたはcDNAに部位特異的に結合するオリゴヌクレオチドを含むプライマーやプローブを用いた方法があげられる。前記プライマーやプローブは、前記オリゴヌクレオチドが前記マーカーmRNAのmRNAまたはそのcDNAと部位特異的塩基対を形成するものであれば、前記mRNAを検出・定量するための様々な修飾がされたものであってよい。さらに、本発明のプローブを固定化させたDNAチップを作製することも可能である。DNAチップの作製方法は、当業者には公知である。DNAチップを用いることにより、本発明の中枢神経系原発悪性リンパ腫マーカー遺伝子の発現レベルを検出、測定することができる。
【0027】
本発明の抗体は、前記のタンパク質マーカーを定量するための抗体であって、Integrinβ1タンパク質又はLamininα3タンパク質を認識することを特徴とする。本発明の抗体はIntegrinβ1タンパク質又はLamininα3タンパク質に特異的に結合する性質を有することから、前記抗体を利用することによって、被験者の組織内に発現したIntegrinβ1タンパク質又はLamininα3タンパク質を特異的に検出することができる。
【0028】
抗体の製造方法は公知であり、本発明の抗体も常法に従って製造することができる。具体的には、本発明の抗体がポリクローナル抗体の場合には、常法に従って大腸菌等で発現し精製したIntegrinβ1タンパク質又はLamininα3タンパク質を用いて、あるいは常法に従ってこれらIntegrinβ1タンパク質又はLamininα3タンパク質の部分アミノ酸配列を有するオリゴペプチドを合成して、家兎等の非ヒト動物に免疫し、該免疫動物の血清から常法に従って得ることが可能である。一方、モノクローナル抗体の場合には、常法に従って大腸菌等で発現し精製したIntegrinβ1タンパク質又はLamininα3タンパク質またはこれらタンパク質の部分アミノ酸配列を有するオリゴペプチドをマウス等の非ヒト動物に免疫し、得られた脾臓細胞と骨髄腫細胞とを細胞融合させて調製したハイブリドーマ細胞の中から得ることができる。該抗体は、適当な標識によりラベル(例えば、酵素標識、放射性標識、蛍光標識等)されていてもよいし、ビオチン等により適当に修飾されていてもよい。それゆえ、該抗体には、標識物質によって標識化された抗体も含まれる。
【0029】
本発明のキットは、前記のmRNAマーカーを定量するために使用されるキットであって、少なくとも、前記mRNAのcDNAを定量可能なように増幅するために前記のプライマーと、検出のため前記増幅産物に対合させる前記のプローブとを含むことを特徴とする。
【0030】
さらに、本発明のキットは、前記のタンパク質マーカーを定量するために使用されるキットであって、少なくとも、前記の抗体及び/又はその標識化抗体を含むことを特徴とする。この診断キットは、抗体や標識化抗体を液相中に含むものであってもよく、あるいは抗体や標識化抗体を固相担体に結合したものであってもよい。さらにこの診断キットは、例えば標識化抗体の標識が酵素の場合にはその基質を含むものであってもよく、固相担体を含むものの場合には、固相への非結合分子を洗浄除去するための溶液を含むものであってもよい。このようなキットは、被検成分の種類に応じて各種のものが市販されており、この発明の診断キットも、この発明によって提供される抗体及び/又は標識化抗体を用いることを除き、公知公用のキットに用いられている各要素によって構成することができる。
【0031】
本発明の中枢神経系原発悪性リンパ腫の診断方法は、下記の工程(a)及び(b)を含むことを特徴とする:(a)被験者の生体試料から調製されたRNAまたは該RNAから転写された相補的ポリヌクレオチドにおける、Integrinβ1又はLamininα3を含む中枢神経系原発悪性リンパ腫マーカー遺伝子の発現量を測定する工程、(b)前記発現量が健常者のそれと比較して多い被験者を中枢神経系原発悪性リンパ腫と診断する工程。
【0032】
本発明の中枢神経系原発悪性リンパ腫の診断方法において、「被験者」は、例えばMRI検査等によって中枢神経系原発悪性リンパ腫の疑いがあると診察された患者であり、その「生体試料」とは患者脳からの切除組織あるいは血液等である。評価対象の生体試料は、遺伝子マーカーを含む任意の試料であり得る。患者脳からの切除組織あるいは血液等から常法に従って、生体試料からRNAを調製することができる。また、患者脳からの切除組織あるいは血液等から常法に従って、該RNAから転写された相補的ポリヌクレオチドを調製することができる。例えば、被験者の細胞から単離したmRNAを鋳型として、cDNAを合成し、PCR増幅する。その際に、標識dNTPを取り込ませて標識cDNAとすることができる。
【0033】
本発明の中枢神経系原発悪性リンパ腫の診断方法は、前記生体試料における中枢神経系原発悪性リンパ腫マーカー遺伝子の発現レベルを検出し、測定することによって実施される。本発明の診断方法により、中枢神経系原発悪性リンパ腫の判定を行うことが可能である。健常者の生体試料におけるIntegrinβ1又はLamininα3を含む中枢神経系原発悪性リンパ腫マーカー遺伝子の発現量を基準とし、被験者の生体試料における前記中枢神経系原発悪性リンパ腫マーカー遺伝子の発現量が前記基準より高いと中枢神経系原発悪性リンパ腫とする。具体的には、本発明の検出方法は、RT−PCR法、ノーザンブロット法、DNAマイクロアレイ解析法、in situ ハイブリダイゼーション解析法などの公知の方法により前記中枢神経系原発悪性リンパ腫の遺伝子マーカーの発現量を測定する。このとき、本発明のプローブやプライマーを適宜用いることができる。
【0034】
さらに、本発明の中枢神経系原発悪性リンパ腫の診断方法は、下記の工程(a)及び(b)を含むことを特徴とする:(a)被験者の生体試料から調整されるタンパク質における、Integrinβ1タンパク質又はLamininα3タンパク質を含む中枢神経系原発悪性リンパ腫のタンパク質マーカーの発現量を測定する工程、(b)前記発現量が健常者のそれと比較して多い被験者を中枢神経系原発悪性リンパ腫と診断する工程。
【0035】
本発明の中枢神経系原発悪性リンパ腫の診断方法は、前記生体試料における中枢神経系原発悪性リンパ腫のタンパク質マーカーの発現レベルを検出し、測定することによって実施される。本発明の診断方法により、中枢神経系原発悪性リンパ腫の判定を行うことが可能である。健常者の生体試料におけるIntegrinβ1タンパク質又はLamininα3タンパク質を含む中枢神経系原発悪性リンパ腫のタンパク質マーカーの発現量を基準とし、被験者の生体試料における前記中枢神経系原発悪性リンパ腫のタンパク質マーカーの発現量が前記基準より高いと中枢神経系原発悪性リンパ腫とする。具体的には、公知の方法に基づいて、患者の組織の一部を採取し、そこから常法に従ってタンパク質を調製する。その後、例えば、ウェスタンブロット法、ELISA法、蛍光抗体法など公知の検出方法に基づいて、中枢神経系原発悪性リンパ腫マーカーの発現量を検出することができる。このとき、後述する抗体を適宜用いることができる。
【0036】
本発明のIntegrinβ1又はLamininα3を含む中枢神経系原発悪性リンパ腫マーカー遺伝子又はIntegrinβ1タンパク質又はLamininα3タンパク質を含む中枢神経系原発悪性リンパ腫のタンパク質マーカーの発現を抑制する物質のスクリーニング方法は、以下の工程(a)、(b)及び(c)を含むことを特徴とする:(a)被験物質と、前記中枢神経系原発悪性リンパ腫マーカーを発現している細胞とを接触させる工程、(b)被験物質を接触させた細胞における前記中枢神経系原発悪性リンパ腫マーカーの発現量を測定し、被験物質を接触させない対照細胞における上記に対応する中枢神経系原発悪性リンパ腫マーカーの発現量と比較する工程、(c)上記(b)の比較結果に基づいて、中枢神経系原発悪性リンパ腫マーカーの発現量を減少させる被験物質を選択する工程。
【0037】
本発明のIntegrinβ1又はLamininα3を含む中枢神経系原発悪性リンパ腫マーカー遺伝子又はIntegrinβ1タンパク質又はLamininα3タンパク質を含む中枢神経系原発悪性リンパ腫のタンパク質マーカーの発現を抑制する物質のスクリーニング方法は、前記中枢神経系原発悪性リンパ腫マーカー遺伝子又はタンパク質マーカーの発現量を低下させる物質を探索することによって、中枢神経系原発悪性リンパ腫を抑制する候補物質を提供するものである。
【0038】
本発明のスクリーニングに用いられる細胞としては、Integrinβ1又はLamininα3を含む中枢神経系原発悪性リンパ腫マーカー遺伝子又はIntegrinβ1タンパク質又はLamininα3タンパク質を含む中枢神経系原発悪性リンパ腫のタンパク質マーカーを発現する培養細胞全般を挙げることができる。培養細胞においてこれら中枢神経系原発悪性リンパ腫マーカーが発現しているか否かは、公知のウェスタンブロット法などにて検出することにより、容易に確認することができる。培養細胞としては、具体的には、例えば癌患者より単離、調製した生体組織や血球由来の細胞、または本発明の中枢神経系原発悪性リンパ腫マーカー遺伝子のいずれかを導入した細胞等を挙げることができる。
【0039】
また、本発明のスクリーニング方法に際して、被験物質と細胞とを接触させる条件は、特に制限されないが、該細胞が死滅せず且つ本発明の中枢神経系原発悪性リンパ腫マーカー遺伝子又はタンパク質マーカーを発現できる培養条件(温度、pH、培地組成など)を選択するのが好ましい。
【0040】
以下に本発明の実施例によって、本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例により何ら制限されるものではない。なお、以下の実施例1〜2における実験方法等は次の通りである。
【0041】
(対象症例)
新潟大学医歯学総合病院にて手術摘出された中枢神経系原発悪性リンパ腫6例と体幹部の節性リンパ腫4例をDNAマイクロアレイの対象とした。組織診断はいずれも瀰漫性大細胞型B細胞性リンパ腫である。なお、当研究は新潟大学倫理委員会の規定に則り、全ての対象患者からインフォームドコンセントを得ている。
【0042】
(RNAの抽出)
凍結組織片はアイソジェン(Nippongene)中でポリトロンにより破砕された(最高速度で5秒間×2回)。クロロホルムを添加後、15,000×gで10分間遠心し、RNAを含んだ水層を採取した。イソプロピルアルコールを用いトータルRNAを沈殿させ、70%エタノールで1度洗浄し、それをDEPC処理HOに溶解した。トータルRNAは1.5ユニットのDnaseIで処理し、再度、クロロホルム抽出を行った後に、エタノール沈殿し、DEPC処理HOに懸濁した。その後、Rneasyミニキットを使い、低分子の核酸を除去した。トータルRNAの質はバイオアナライザー2100(Agilent)にてrRNA比[28s/18s]を計測した。精製したトータルRNAは70%エタノール中で−80℃に使用まで保存した。また、ヒト正常脳mRNAはClontech社のものを使用した。
【0043】
(Cy3−,Cy5−標識化cDNAの合成)
cDNAの合成はagilentフルオレッセントダイレクトラベルキットを用いて行った。10μgの精製したトータルRNAとT7プロモーター配列を有するオリゴdTプライマーを用いて、1.25μlの1mMフルオロリンクdCTP(Cy3−dCTP又はCy5−dCTP)、200ユニットのスーパースクリプトII逆転写酵素で42℃1時間反応させ1本鎖のcDNAを合成した後に2本鎖のcDNAを合成し、フェノール/クロロホルムで抽出し、フェーズロックゲルにて精製した。なお、腫瘍のRNAはCy5、正常脳組織のRNAはCy3を用いて標識した。得られたcDNAはエタノール沈殿により回収し、使用まで70%エタノール中で−80℃で保存した。
【0044】
(agilentマイクロアレイ解析)
腫瘍患者の遺伝子発現はagilentマイクロアレイを用いて試験した。ハイブリダイゼーションは25μl中、2×デポジションコントロールバッファー12.5μl、Cot−1DNA2.5μl、ヌクレアーゼフリーウォーター7.5μl、cDNA2.5μlを含む溶液で65℃、17時間行った。チップを0.5%SSC/0.1%SDS溶液で洗浄後、各ピクセルの蛍光強度はHP社製レーザースキャナーにて測定し、画像化、さらに各遺伝子の正常脳組織に対する腫瘍組織での発現比の数値化を行った。この実験により、ヒトリンパ腫患者の約12729遺伝子の発現を測定した。
【0045】
(統計解析)
中枢神経系原発悪性リンパ腫と体幹部の節性リンパ腫において異なる発現をする遺伝子群を同定するため、agilentマイクロアレイ解析を行った。遺伝子毎に中枢神経系原発悪性リンパ腫の平均相違の平均を求め、求めた平均の値と節内性リンパ腫の平均相違を比較し、Student’sのt検定でp<0.01を示した遺伝子を選び出した。その結果、表1に示すように、Integrinβ1、Lamininα3の2個の遺伝子を選び出した。表1は、中枢神経系原発悪性リンパ腫と体幹部の節性リンパ腫の間で発現レベルに有意差のある遺伝子で、中枢神経系原発悪性リンパ腫に高発現する標的となりうると考えられる候補遺伝子を示す。
【0046】
【表1】

【0047】
(免疫組織解析)
中枢神経系原発悪性リンパ腫15例と体幹部の節性リンパ腫5例について検討を行った。5ミクロン切片を作成し、脱パラフィン化の後に10mMクエン酸ナトリウム溶液(PH6.0)中にて121℃、10分間加温した。0.3%Hにて内因性ペルオキシダーゼ活性の阻害を行った。10%ヤギ血清にてブロッキング後、各抗体(Integrinβ1ヤギポリクローナル抗体、1:10希釈;Lamininα3ヤギポリクローナル抗体、1:10希釈)(いずれもSanta Cruz Biotechnology社)と4℃12時間反応させた。洗浄後、アビジン−ビオチン−ペルオキシダーゼシステム(Vectasin elite ABC kit, Vector Labs, Burlingame, CA)を反応させ、0.01%3,3−ジアミノベンジジン(DAB)(Sigma)とPBS0.01%過酸化水素水にて発色させた。
【0048】
図2に示すように、これらの遺伝子産物は症例によって様々な程度に染色された。任意の3視野での各タンパク質の発現面積を算出し、50%以上のポジティブと50%以下のネガティブの2群に分けた(表2)。Integrinβ1、Lamininα3は中枢神経系原発悪性リンパ腫では80%の症例で陽性であったが、体幹部の節性リンパ腫では0%の症例で陽性であった。表2は、中枢神経系原発悪性リンパ腫と体幹部の節性リンパ腫において抗体を用いてIntegrinβ1、Lamininα3のタンパク質レベルでの発現を比較した結果を示す。
【0049】
【表2】

【実施例1】
【0050】
(中枢神経系原発悪性リンパ腫に高発現する遺伝子の同定)
中枢神経系原発悪性リンパ腫と体幹部の節性リンパ腫において異なる発現をする遺伝子群を同定するため、agilentマイクロアレイ解析を行った。この実験により、図1に示すような手順にしたがって、ヒトリンパ腫患者の約12729遺伝子の発現を測定した。遺伝子毎に中枢神経系原発悪性リンパ腫の平均相違の平均を求め、求めた平均の値と節内性リンパ腫の平均相違を比較し、Student’sのt検定でp<0.01を示した遺伝子を選び出した。その結果、表1に示すように、Integrinβ1、Lamininα3の2個の遺伝子を選び出した。
【実施例2】
【0051】
(中枢神経系原発悪性リンパ腫組織及び体幹部の節性リンパ腫組織におけるIntegrinβ1、Lamininα3発現の免疫組織化学的検討)
中枢神経系原発悪性リンパ腫15例と体幹部の節性リンパ腫5例について免疫組織化学的検討を行った。図2に示すように、これらの遺伝子産物は症例によって様々な程度に染色された。任意の3視野での各タンパク質の発現面積を算出し、50%以上のポジティブと50%以下のネガティブの2群に分けた(表2)。Integrinβ1、Lamininα3は中枢神経系原発悪性リンパ腫では80%の症例で陽性であったが、体幹部の節性リンパ腫では0%の症例で陽性であった。
【図面の簡単な説明】
【0052】
【図1】マイクロアレイによる解析手順の概略を示すフローチャートである。
【図2】中枢神経系原発悪性リンパ腫組織及び体幹部の節性リンパ腫組織におけるIntegrinβ1、Lamininα3のタンパク質レベルでの発現の免疫組織化学染色の結果を示す顕微鏡写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
中枢神経系原発悪性リンパ腫を診断するために使用する中枢神経系原発悪性リンパ腫マーカー遺伝子であって、Integrinβ1又はLamininα3を含み、前記遺伝子の発現量が健常者のそれと比較して高い場合に、前記中枢神経系原発悪性リンパ腫であると判定することを特徴とする中枢神経系原発悪性リンパ腫マーカー遺伝子。
【請求項2】
前記Integrinβ1又はLamininα3の発現量が、そのmRNA又はタンパク質の少なくとも一方の量により測定されることを特徴とする請求項1に記載の中枢神経系原発悪性リンパ腫マーカー遺伝子。
【請求項3】
請求項1又は2のいずれかに記載の中枢神経系原発悪性リンパ腫マーカー遺伝子を定量するためのmRNAマーカーであって、Integrinβ1mRNA又はLamininα3mRNAを含むことを特徴とするmRNAマーカー。
【請求項4】
請求項1又は2のいずれかに記載の中枢神経系原発悪性リンパ腫マーカー遺伝子を定量するためのタンパク質マーカーであって、Integrinβ1タンパク質又はLamininα3タンパク質を含むことを特徴とするタンパク質マーカー。
【請求項5】
請求項3記載のmRNAマーカーを定量するために使用されるオリゴヌクレオチドであって、前記mRNAの塩基配列またはその相補塩基配列の一部からなり、前記mRNAまたはそのcDNAと部分特異的塩基対を形成することを特徴とするオリゴヌクレオチド。
【請求項6】
請求項3記載のmRNAマーカーを定量するために使用されるプライマーであって、請求項5に記載のオリゴヌクレオチドを含み、前記オリゴヌクレオチドが前記mRNAまたはそのcDNAと部位特異的塩基対を形成することを特徴とするプライマー。
【請求項7】
請求項3記載のmRNAマーカーを定量するために使用されるプローブであって、請求項5に記載のオリゴヌクレオチドを含み、前記オリゴヌクレオチドが前記mRNAまたはそのcDNAと部位特異的塩基対を形成することを特徴とするプローブ。
【請求項8】
請求項4記載のタンパク質マーカーを定量するための抗体であって、Integrinβ1タンパク質又はLamininα3タンパク質を認識することを特徴とする抗体。
【請求項9】
請求項3記載のmRNAマーカーを定量するために使用するキットであって、少なくとも、前記mRNAのcDNAを定量可能なように増幅するために請求項6記載のプライマーと、検出のため前記増幅産物に対合させる請求項7記載のプローブとを含むことを特徴とするキット。
【請求項10】
請求項4記載のタンパク質マーカーを定量するために使用するキットであって、少なくとも、請求項8記載の抗体及び/又はその標識化抗体を含むことを特徴とするキット。
【請求項11】
下記の工程(a)及び(b)を含むことを特徴とする中枢神経系原発悪性リンパ腫の診断方法:
(a)被験者の生体試料から調製されたRNAまたは該RNAから転写された相補的ポリヌクレオチドにおける、Integrinβ1又はLamininα3を含む中枢神経系原発悪性リンパ腫マーカー遺伝子の発現量を測定する工程、
(b)前記発現量が健常者のそれと比較して多い被験者を中枢神経系原発悪性リンパ腫と診断する工程。
【請求項12】
下記の工程(a)及び(b)を含むことを特徴とする中枢神経系原発悪性リンパ腫の診断方法:
(a)被験者の生体試料から調製されたタンパク質における、Integrinβ1タンパク質又はLamininα3タンパク質を含む中枢神経系原発悪性リンパ腫のタンパク質マーカーの発現量を測定する工程、
(b)前記発現量が健常者のそれと比較して多い被験者を中枢神経系原発悪性リンパ腫と診断する工程。
【請求項13】
下記の工程(a)、(b)及び(c)を含むことを特徴とするIntegrinβ1又はLamininα3を含む中枢神経系原発悪性リンパ腫マーカー遺伝子又はIntegrinβ1タンパク質又はLamininα3タンパク質を含む中枢神経系原発悪性リンパ腫のタンパク質マーカーの発現を抑制する物質のスクリーニング方法:
(a)被験物質と、前記中枢神経系原発悪性リンパ腫マーカー遺伝子又はタンパク質マーカーを発現している細胞とを接触させる工程、
(b)被験物質を接触させた細胞における前記中枢神経系原発悪性リンパ腫マーカー遺伝子又はタンパク質マーカーの発現量を測定し、被験物質を接触させない対照細胞における上記に対応する中枢神経系原発悪性リンパ腫マーカー遺伝子又はタンパク質マーカーの発現量と比較する工程、
(c)上記(b)の比較結果に基づいて、中枢神経系原発悪性リンパ腫マーカー遺伝子又はタンパク質マーカーの発現量を減少させる被験物質を選択する工程。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2007−185127(P2007−185127A)
【公開日】平成19年7月26日(2007.7.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−4893(P2006−4893)
【出願日】平成18年1月12日(2006.1.12)
【出願人】(304027279)国立大学法人 新潟大学 (310)
【出願人】(590001452)国立がんセンター総長 (80)
【Fターム(参考)】