説明

中空捲縮ポリフェニレンサルファイド短繊維の製造方法

【課題】 耐薬品性、耐熱性、保温性に優れると共に、優れた嵩高性、圧縮性、軽量性を有する中空捲縮ポリフェニレンサルファイド短繊維(原綿)を効率的に製造する。
【解決手段】 ポリフェニレンサルファイドからなり、中空率が5〜45%の中空断面を有し、かつ、3〜15山/25mmの捲縮数と5〜30%の捲縮度を有する短繊維を製造する方法であって、ポリフェニレンサルファイドを中空糸用紡糸口金から紡出し、紡出糸の片側から冷却風を吹き付けて非対称冷却した後に引き取り、延伸し、押込捲縮を付与し、所定長に切断することを特徴とする中空捲縮ポリフェニレンサルファイド短繊維の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、衣料用に適した保温性、嵩高性と嵩高回復性を備え、更に軽量化された中空捲縮ポリフェニレンサルファイド短繊維を安定して製造する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ポリフェニレンサルファイド短繊維は機械的強度、耐薬品性、耐熱性などに優れるため、衣料用途や産業用途などを主体に広く使用されてきている。例えば、繰り返し蒸気で処理される手術着をはじめとする滅菌衣料、シーツ、枕カバーおよび布団カバーなどの寝具、アイロン台のカバーなどのアイロン資材などにおいて使用されてきている。これら用途において要求される蒸気処理耐久性や難燃性を向上させるために、木綿繊維やポリエステル短繊維やポリアミド短繊維などに、ポリフェニレンサルファイド短繊維を3〜50重量%混綿させて不織布や紡績糸とし、滅菌衣料等の用途に使用することが、特開2001−55640号公報(特許文献1)に開示されている。
【0003】
また、ポリフェニレンサルファイド繊維を衣服の裏地として用いる場合において、着用時のヒンヤリ感を低減したり、肌との接触における滑りを向上させるためには、ポリフェニレンサルファイド繊維を多く含む糸が裏地片面に多く浮いている織組織とすることが、特開2005−2548号公報(特許文献2)に開示されている。
【0004】
しかし、これらの従来の技術において使用されているポリフェニレンサルファイド短繊維は、いずれも、丸断面の短繊維であり、詰め綿としての保温性や軽量性、更には嵩高性や圧縮率に関しては未だ不満足なものであった。
【0005】
さらにまた、ポリフェニレンサルファイド短繊維をバグフィルター用フェルトとして用いる場合の振動によるダスト払い落とし性を向上させるために、中空断面捲縮ポリフェニレンサルファイド短繊維をバグフィルター用フェルトに用いることが、特開2008−179938号公報(特許文献3)に開示されている。この中空断面捲縮ポリフェニレンサルファイド短繊維の製法としては、中空繊維用ノズルから紡出されたポリフェニレンサルファイドを冷却し延伸しカットする製法であって、冷却風速や延伸温度条件を特定範囲内とする方法が記載されている。
【0006】
しかし、ここに記載されている製造方法では、衣料用で要求される捲縮性を有する中空短繊維を製造することは困難であり、即ち、衣料用に適した保温性、嵩高性、嵩高回復性、及び軽量性を満足させることは困難である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2001−55640号公報
【特許文献2】特開2005−2548号公報
【特許文献3】特開2008−179938号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、かかる従来技術の背景に鑑み、ポリフェニレンサルファイド短繊維の持つ特長である耐薬品性、耐熱性、保温性に優れると共に、優れた嵩高性、圧縮性、軽量性を有する中空捲縮ポリフェニレンサルファイド短繊維(原綿)を効率的に製造する方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上述した保温性向上と軽量化を達成するために、本発明の中空捲縮ポリフェニレンサルファイド短繊維の製造方法は、ポリフェニレンサルファイドからなり、中空率が5〜45%の中空断面を有し、かつ、3〜15山/25mmの捲縮数と5〜30%の捲縮度を有する短繊維を製造する方法であって、ポリフェニレンサルファイドを中空用口金から紡出し、紡出糸の片側から冷却風を吹き付けて非対称冷却した後に引き取り、延伸し、押込捲縮を付与し、所定長に切断することを特徴とするものである。
【0010】
得られるポリフェニレンサルファイド短繊維は、嵩高が50cc/g以上、かつ圧縮率が45%以上であるポリフェニレンサルファイド原綿であることが好ましい。
【発明の効果】
【0011】
本発明法によれば、耐薬品性、耐熱性に加えて非常にソフトな風合いを有し嵩高性や圧縮性に優れると共に、保温性向上、軽量化を図ることにも成功したポリフェニレンサルファイド短繊維(原綿)を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明に用いる口金スリットの形状の一例を示す平面図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下本発明を詳細に説明する。
【0014】
本発明の中空ポリフェニレンサルファイド短繊維は、中空断面を有するポリフェニレンサルファイド短繊維であり、その中空断面は中空糸用口金より製造される。
【0015】
中空糸用口金としては、その一例を示す図1(平面図)に示すように、3個の弧状スリットから構成され、各スリットの形状が実質的に円周の一部から成るものを用いればよい。この場合の各スリットの間隔Yは0.1±0.01mm、スリット幅Wは0.06±0.02mm、各スリットによって構成される内接円の半径Rは0.4〜0.5mmであることが好ましい。このスリット形状の他に、弧状スリットの数が2個や4個であるスリット形状などを用いることもできる。
【0016】
本発明のポリフェニレンサルファイド短繊維は、中空断面を有すると共に捲縮を有するものであり、この捲縮は非対称冷却及び押込捲縮により付与される。ここで、中空断面は、中空率が5〜45%の中空断面である。また、捲縮は、3〜15山/25mmの捲縮数及び5〜30%の捲縮度を有するものである。この捲縮は、嵩高性の向上のためには、スパイラル捲縮であることが好ましい。スパイラル捲縮は、例えば、繊維を断面方向に非対称性を持たせ、延伸時の配向差により捲縮発現させる方法により付与することができる。
【0017】
嵩高性や軽量性などを向上させるためには、上記した中空率、捲縮数及び捲縮度を満足することが必要である。中空率は、スパイラル捲縮付与性、見かけ密度を小さくすることから高い方が好ましいが、高すぎる場合には中空部のつぶれが発生するので、5〜45%の範囲とする。好ましい中空率は10〜40%である。ここで言う中空率とは、繊維横断面における繊維外形から求めた面積に対する中空部分の面積の比を百分率で表したものであり、繊維横断面写真から計算により求めることができる。
【0018】
本発明の捲縮短繊維における捲縮数は3〜15山/25mmである。捲縮数が3山/25mm未満の場合は、衣料用に求められる嵩高で軽量感のある良好な風合いを達成することはできない。好ましくは9山/25mm以上である。捲縮数が多すぎると嵩高性が逆に低下してしまうので、捲縮数は高くても15山/25mm以下であり、12山/25mm以下とすることが好ましい。最も好ましい捲縮数は8〜9山/25mmである。
【0019】
また、本発明の捲縮短繊維における捲縮度は5〜30%以上である。捲縮度が5%未満では空隙率が高くならず、ひいては軽量性、ソフト性、および保温性が不十分となる。好ましい捲縮度は10〜30%であり、特に好ましくは15〜30%である。
【0020】
本発明の中空ポリフェニレンサルファイド短繊維は、嵩高度が50以上かつ圧縮率が45%以上であるポリフェニレンサルファイド原綿であることが好ましい。嵩高度が50未満の場合は空隙率、保温性が低くなり、布団などに用いる場合の保温性を満足させることが難しい。保温性の面から、嵩高度はさらに好ましくは60以上、特に好ましくは80以上である。
【0021】
ポリフェニレンサルファイド原綿の圧縮率は、例えば布団などに用いたときの圧縮時の嵩高性である。この圧縮率が低い場合には、小さな圧縮荷重でも嵩高特性が低下し、保温性が低下してしまう。この観点から、好ましい圧縮率は45%以上、特に好ましい圧縮率は55%以上である。
【0022】
上記した中空ポリフェニレンサルファイド短繊維を製造するために、本発明では、ポリフェニレンサルファイドを中空糸用紡糸口金から紡出し、紡出糸の片側から冷却風を吹き付けて非対称冷却した後に引き取り、延伸し、押込捲縮を付与し、所定長に切断する方法を採用する。
【0023】
ここで用いるポリフェニレンサルファイドは、十分な長期耐熱性や強度を有する繊維を得るために、線状ポリマーでかつ重合度が高いことが望ましい。その重合度は、具体的には、メルトフローレートが50〜200g/10minで表される水準が好ましい。メルトフローレートが50g/10min未満では溶融紡糸温度における粘性が高く、紡糸時の圧損上昇などから生産性が悪いという面から好ましくない。また、メルトフローレートが200g/10minを超えるほどに分子量が小さくなると、紡糸時の圧損上昇の問題はないが分子量分布が大きくなるので、低圧損状態でより高分子量ポリマーが混在し、高分子量ポリマーの溶融状態が悪く紡糸時の糸切れなどを誘発し紡糸性に悪影響を及ぼす問題が生じ易い。また、得られる繊維の長期耐熱性の低下という観点からも低分子量化は好ましくない。
【0024】
上記したメルトフローレートのポリフェニレンサルファイドのポリマを、通常の溶融紡糸機に供給し、前記した中空糸用スリットの口金から紡出し、冷却して引き取る。中空糸用スリットとしては、前述したような、弧状の3スリットからなる吐出孔形状を用いればよい。紡糸直後には、紡出糸の片側から冷却風を強く吹き付けて非対称冷却を行う。冷却風は、20℃程度の冷却空気で、風速20〜100m/minとすることが好ましい。引き取られた未延伸糸は、次いで、液浴中で延伸される。延伸温度は80〜100℃、延伸倍率は2.5〜4.0倍とすることが好ましい。次いで、押込捲縮法により機械捲縮を付与し、規定の長さに切断した後、リラックス状態で高温熱処理してスパイラル捲縮を発現させる。
【実施例】
【0025】
次に、実施例に基づいて本発明を詳細に説明する。また、実施例で採用した各種の物理特性の測定方法は以下の通りである。
【0026】
A.ポリマの融点
パーキンエルマー社製の示差走査熱量計(DSC−7)を用いて、昇温速度15℃/分の条件で測定し、得られた溶融ピークのピーク温度を融点とする。
【0027】
B.短繊維の中空率
本製法により得られた短繊維の横断面を写真に撮り、20個の断面について中空部と単繊維断面との面積を測定し、単繊維断面の面積に対する中空部の面積百分率(%)の平均値を中空率とする。
【0028】
C.原綿の嵩高、圧縮率
JIS−L1097に準拠して測定する。
【0029】
E.短繊維の捲縮数、捲縮度、強度
JIS−L1097に準拠して測定する。
【0030】
H.クロー(clo)値
クロー(clo)値とは、Gagge A.P、Burton A.Lらによって提案された保温性の評価手段である。1クローは、気温21℃、湿度50%以下、風速5cm/sの室内で椅子に座っている人の皮膚温を平均33℃に保つのに必要な断熱性であると定義される。実際の評価方法は、40℃の高温側恒温体Th(℃)と20℃の低温側恒温体Tl(℃)の2枚の恒温体の間に、サンプルを挟み、定常状態となるまで待ってから、高温側恒温体から低温側恒温体に流れる熱流量B(℃m2hr/kcal)を測定し、下式にて求める。測定に使用したサンプルは、本製法のPPS短繊維(3.1dtex × 38mm)の原綿から通常の方法(打綿→カード→練条→粗紡→精紡)で紡績糸(10s)を製造し、得られた紡績糸を経糸及び緯糸に用いて製造した平織物(経糸密度 168本/2.54cm、緯糸密度 36本/2.54cm)である。
【0031】
クロー値(℃m2hr/kcal)
=[Th(℃)−Tl(℃)]/[0.18×B(℃m2hr/kcal)]
=[40(℃)−20(℃)]/[0.18×B(℃m2hr/kcal)]
【0032】
[実施例1]
メルトフローレートが175g/10minであるポリフェニレンサルファイドチップを乾燥させてプレッシャーメルター型紡糸機に供給し、メルター温度325℃にて溶融し、紡糸温度320℃とした溶融パックへ導入して、図1に平面図として示した3個の弧状スリットから構成される中空用紡糸口金(600ホール)から吐出量349g/分で紡出した。ここで、3個の弧状スリットは実質的に円周の一部となるように配置されていて、各スリットの間隔Yが0.1mm、スリット幅Wが0.06mm、各スリットによって構成される内接円の半径Rが0.5mmである。紡出された糸を、20℃、60m/minのチムニー風を紡出糸の側面の片側方向から吹きつけ、非対称冷却を行った。冷却後800m/minにて引き取って未延伸糸とした。得られた未延伸糸を、液浴の延伸温度95℃、延伸倍率3.35倍の条件で液浴延伸した後、スタッフィングボックス型クリンパーで10山/25mmの捲縮を付与した。次いで、120℃でリラックス熱処理を行って3次元捲縮を発現させ、38mmの長さにカットして中空ポリフェニレンサルファイド短繊維(原綿)を製造した。
【0033】
得られた原綿の強度は3.5(cN/dtex)、伸度は60%、中空率は25%であった。得られた原綿は非常にソフトで嵩高なものであった。結果を表1に示す。
【0034】
[実施例2]
紡出糸を冷却する冷却風の速度を90m/minに変更した以外は、実施例1と同様にしてポリフェニレンサルファイド短繊維の生産を行った。嵩高性は実施例1に比べて優れていたが、製糸性がやや悪かった。結果を表1に示す。
【0035】
[実施例3]
紡出糸を冷却する冷却風の速度を30m/minに変更した以外は、実施例1と同様にしてポリフェニレンサルファイド短繊維の生産を行った。嵩高性は実施例1に比べて劣っていたが、ソフトで嵩高なものであった。結果を表1に示す。
【0036】
[実施例4]
スタッフィング型クリンパーの捲縮条件を変更して、捲縮数を15山/25mmに変更した以外は実施例1と同様に生産を行った。嵩高性、ソフト性ともに優れたものであった。結果を表1に示す。
【0037】
[実施例5]
スタッフィング型クリンパーの捲縮条件を変更して、捲縮数を5山/25mmに変更した以外は実施例1と同様に生産を行った。嵩高性は実施例1に比べて劣っていたが、ソフトで嵩高なものであった。結果を表1に示す。
【0038】
[比較例1]
実施例1で使用したと同じポリフェニレンサルファイドチップを使用し、繊維断面を中実の丸断面にしたこと、冷却方法を非対称冷却でなく、外周から冷却風を吹き付ける環状冷却としたこと以外は実施例1と同様にしてポリフェニレンサルファイド短繊維の生産を行った。製糸性は良好であったが、嵩高性に欠け、風合いはややソフトであった。結果を表1に示す。
【0039】
[比較例2]
ポリマとして、通常のポリエチレンテレフタレート(PET)を使用し、紡糸温度を290℃としたこと以外は、実施例1と同様にしてポリエチレンテレフタレート短繊維の生産を行った。クロー値がポリフェニレンサルファイドポリマと比べ低く、風合いは粗硬であった。結果を表1に示す。
【0040】
【表1】

【符号の説明】
【0041】
Y:スリットの間隔
W:スリットの幅
R:スリットによって構成される内接円の半径

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリフェニレンサルファイドからなり、中空率が5〜45%の中空断面を有し、かつ、3〜15山/25mmの捲縮数と5〜30%の捲縮度を有する短繊維を製造する方法であって、ポリフェニレンサルファイドを中空糸用紡糸口金から紡出し、紡出糸の片側から冷却風を吹き付けて非対称冷却した後に引き取り、延伸し、押込捲縮を付与し、所定長に切断することを特徴とする中空捲縮ポリフェニレンサルファイド短繊維の製造方法。
【請求項2】
ポリフェニレンサルファイド短繊維が、嵩高が50cc/g以上、かつ圧縮率が45%以上であるポリフェニレンサルファイド原綿である請求項1に記載の中空捲縮ポリフェニレンサルファイド短繊維の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2010−216026(P2010−216026A)
【公開日】平成22年9月30日(2010.9.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−62471(P2009−62471)
【出願日】平成21年3月16日(2009.3.16)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】