中空状蛍光体並びに同中空状蛍光体の製造方法
【課題】不純物が少なくPL特性のよい中空状蛍光体、製造工程が少なく簡単な中空状蛍光体の製造方法、及び、余分な原料の不要な中空状蛍光体の製造方法を提供すること。
【解決手段】クロロアパタイトの構成金属を含む塩と、Ca、Ba、Sr、Mgの少なくとも一つを含む金属塩化物と、サマリウム、ユーロピウム、テルビウム、ジスプロシウムの少なくとも一つを含む塩とを溶解した原料溶液を霧化する霧化工程2,3と、霧化液滴を反応炉内4で加熱する加熱合成工程と、生成した中空状蛍光体粒子を捕集する捕集工程10と、粒子が中空状蛍光体粒子となるように原料溶液の濃度を制御する制御工程と、を備えたスプレー熱分解法によってテンプレート無しで作製する方法とした。
【解決手段】クロロアパタイトの構成金属を含む塩と、Ca、Ba、Sr、Mgの少なくとも一つを含む金属塩化物と、サマリウム、ユーロピウム、テルビウム、ジスプロシウムの少なくとも一つを含む塩とを溶解した原料溶液を霧化する霧化工程2,3と、霧化液滴を反応炉内4で加熱する加熱合成工程と、生成した中空状蛍光体粒子を捕集する捕集工程10と、粒子が中空状蛍光体粒子となるように原料溶液の濃度を制御する制御工程と、を備えたスプレー熱分解法によってテンプレート無しで作製する方法とした。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体照明(SSL=Solid-State Lighting)用の材料として利用可能な中空状蛍光体並びに同中空状蛍光体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
この種の中空状蛍光体に関連する先行技術文献情報として下記に示す特許文献1がある。この特許文献1はテレビ映像などを表示可能なプラズマディスプレーパネル(PDP)の製造方法に関し、PDPの隔壁として中空状蛍光体を使用することで、隔壁の比誘電率を小さくし、PDP駆動時における消費電力を抑制する考えが記されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2007−324098号公報(0013段落、0065段落、図4、図8)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、特許文献1に記された中空状蛍光体は、先ず母粒子の周囲を、母粒子よりも軟化点の高い多数の子粒子で被覆した複合粒子を形成し、次に母粒子のみを溶解させて内部を空洞化する方法(テンプレート方式)によって作られている。したがって、母粒子の構成成分としての炭素などの不純物が中空状蛍光体に残留するために、中空状蛍光体のPL(フォトルミネッセンス)特性などが損なわれる、母粒子を除去するための後工程などが必要なため製造工程が多く煩雑である、製造に何種類もの複雑な装置が必要である、母粒子を構成する原料が余分に必要である等の問題があった。
【0005】
そこで、本発明の目的は、上に例示した従来技術によって知られる実情に鑑み、テンプレート方式母粒子に由来する不純物の問題が少なくPL特性の優れた中空状蛍光体を提供すること、製造工程が比較的少なく簡単で、余分な原料をできるだけ必要としない中空状蛍光体の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明による空状蛍光体の特徴構成は、クロロアパタイトを主体として含みスプレー熱分解法によってテンプレートを用いることなく作製された中空状蛍光体である点にある。
【0007】
本発明の第1の特徴構成による中空状蛍光体では、最終的に大半を除去されることで中空部を創製するためのテンプレート(母粒子)を用いることなく作製(直接合成)されている(テンプレートフリー、テンプレートレス)ので、テンプレートの構成成分に由来する不純物が中空状蛍光体に残留せず、そのためPL特性の優れた中空状蛍光体が得られる。また、テンプレートとして必要な母粒子の原料が不要となるため、より低価格の中空状蛍光体が得られる。さらに、中空状で密度が低いために、軽量で且つ光透過率の高い理想的な蛍光体が得られる。また、スプレー熱分解という数秒以内の著しく短時間で完結する単一工程で蛍光体の合成が完結するので、非常に効率的な製造方法となる。さらに、スプレー熱分解であれば、蛍光体粒子を数秒以内の著しく短い時間で作製することができ、また、蛍光体の特性を原料溶液および合成条件により容易に制御し易い点も有利である。
【0008】
さらに、中空状蛍光体がクロロアパタイトを主体として含む構成となるように、スプレー熱分解法に用いる原料液体の組成を調製した結果、外形が理想的な球形を呈し、且つ、非常に量子収率の高い中空状蛍光体を安価で安定的に製造できるようになった。また、クロロアパタイトは、非毒性の良く知られたランプ用蛍光体でもあるので、作製時のハンドリングも容易である。また、同じ理由から、固体照明(SSL)用としてLEDの発光部に設置する際、或いは、プラズマディスプレーパネル(PDP)の隔壁に設置する際も既存技術を利用し易くなった。
【0009】
本発明の他の特徴構成は、クロロアパタイトを構成する金属元素としてCa、Ba、Sr、及びMgの少なくとも1つを含む点にある。
【0010】
本構成のように、クロロアパタイトを構成する主な金属元素としてCa、Ba、Srの少なくとも1つが適用されていれば、クロロアパタイトとしての安定した結晶形態が得られ、量子収率の高い中空状蛍光体も安定して製造できる。さらに、これらの主な金属元素の一部をMgによって置換した場合は、さらに結晶性が向上するので、1.00という非常に量子収率の達成が可能となる。
【0011】
本発明の他の特徴構成は、0.90以上の量子効率を有する中空状蛍光体である点にある。
【0012】
本構成であれば、本発明による中空状蛍光体を例えばLEDの発光部などに設けることで、非常に実用的なレベルの固体照明(SSL)を実現できる。また、PDPの隔壁に設置した場合も消費電力が少なくて済むことが予測される。
【0013】
本発明の他の特徴構成は、紫外線によって励起されて青色光を発する中空状蛍光体である点にある。
【0014】
本構成であれば、発明による中空状蛍光体を、市場で比較的容易に入手可能なセリウムドープYAG(イットリウムアルミニウムガーネット)蛍光体(紫外線によって励起されて青色の対向色である黄色の光を発する)と適当な比率で混合して、UV−LEDの発光部を覆う被膜と体裁して設ければ、この2種類の蛍光体を備えた被膜が紫外線を受けて非常に高い量子効率で白色光を発光する波長変換フィルタとして働くため、汎用的で実用的な白色照明装置が得られる。
また、本構成であれば、UV−LEDからの非常にピーク波長が安定した紫外線に基づく発光作用を用いるため、ピーク波長がばらつき易い可視光LEDを用いた白色照明に比して色度ばらつきの少ない白色照明装置が得られる。
【0015】
本発明の他の特徴構成は、1〜2μmの粒子径を有する中空状蛍光体である点にある。
【0016】
本構成であれば、粒子径が1〜2μmの比較的狭い範囲によく揃った中空状蛍光体が得られるので、作成後に分級操作を経ずに種々の用途に使用し易い。
【0017】
本発明による中空状蛍光体の製造方法の特徴構成は、
少なくとも、クロロアパタイトを構成する金属を含む塩と、Ca、Ba、Sr、Mgの少なくとも一つを含む金属塩化物と、サマリウム、ユーロピウム、テルビウム、ジスプロシウムの少なくとも一つを含む塩とを溶解した原料溶液を霧化する霧化工程と、
前記超音波噴霧器によって霧化された前記原料溶液の液滴を還元雰囲気の反応炉内で加熱する加熱合成工程と、
前記加熱合成工程によって生成した中空状蛍光体粒子を捕集する捕集工程と、
前記粒子が中空状蛍光体粒子となるように少なくとも前記原料溶液の濃度を制御する制御工程と、を備えた点にある。
【0018】
本発明の出願人による種々の研究成果により、クロロアパタイトを構成する金属を含む塩を溶解した原料溶液を用意して、これを霧化し、霧化された液滴を加熱合成したときに粒子が中空化されるための最も支配的な要因の一つは、原料溶液の濃度であることが判明した。したがって、本構成であれば、先ずクロロアパタイトとユーロピウムなどの蛍光元素の成分を有し、粒子が中空状となるような濃度に制御された原料溶液を用意すれば、後は、霧化工程、加熱合成工程、及び、捕集工程という3つの比較的簡単な工程を繰り返すだけで中空状蛍光体を得ることができる。
【0019】
本発明の他の特徴構成は、前記制御工程が、さらに、前記加熱合成工程における加熱温度、前記液滴および前記粒子が前記加熱合成工程に曝される時間長さの少なくとも一つの制御を含む点にある。
【0020】
また、本発明の出願人による種々の研究成果により、粒子が中空化されるための次に支配的な要因は液滴が受ける蒸発速度であること、及び、この蒸発速度を左右するのは加熱温度と炉内での粒子の滞留時間であることが判明した。したがって、本構成のように、制御工程が、さらに、加熱合成工程における加熱温度、液滴および粒子が加熱合成工程に曝される時間長さの少なくとも一つの制御を含むようにすれば、さらに高い歩留まりで中空状蛍光体を得ることができる。尚、炉内での粒子の滞留時間を左右するのは、炉内でのガス流量と反応炉の内部形状などであることも判明した。
【0021】
本発明の他の特徴構成は、前記加熱合成工程における加熱温度が1050℃〜1150℃の間である点にある。
【0022】
本構成による加熱温度を用いれば、最大のPL強度が安定して得られ、且つ、青色発光を示す蛍光体が安定して得られるので、黄色発光を示す市販のCeドープYAG蛍光体との組み合わせで輝度の高い白色照明を得ることができる。
【0023】
本発明の他の特徴構成は、記加熱合成工程では、粒子を搬送するためのキャリアガスが流され、前記制御工程は、前記反応炉内の全ガス流量を制御する工程を含む点にある。
【0024】
本構成の工程によって反応炉内の全ガス流量を制御すれば、PL強度(量子収率)をさらに的確に制御でき、紫外線による励起で青色の色度を備えたCaクロロアパタイト蛍光体を安定的に作製できる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】超音波噴霧熱分解法による中空状蛍光体の製造装置を示す概略構成図である。
【図2】種々の合成温度で調製されたCaクロロアパタイト蛍光体のFESEM写真及びXRDパターンである。
【図3】種々の合成温度で調製されたCaクロロアパタイト蛍光体のPLスペクトル(a)、及び、温度の関数としての相対PL強度を示すグラフ(b)である。
【図4】種々の原料溶液濃度で調製されたCaクロロアパタイト蛍光体のPLスペクトル(a)、原料溶液濃度と粒子(dp)ならびに液滴直径(dd)間の相関関係を示すグラフ(b)、及び、カルシウムクロロアパタイト蛍光体の形成機構を示す略図(c)である。
【図5】種々の原料溶液濃度で調製されたCaクロロアパタイトのFESEM写真、及び、FESEM写真に基づいて測定された対応する体積平均直径(挿入図)である。
【図6】全流量の関数としての相対PL強度、滞留時間、及び、H2の流量を示すグラフである。
【図7】Ca、Sr、Baの各クロロアパタイト蛍光体の正規化されたPLスペクトルとSEM写真とデジタル写真(a)、及び、XRDパターン(b)である。
【図8】Srクロロアパタイト蛍光体粒子(a)とBaクロロアパタイト蛍光体粒子(b)に関するTEM写真、及び、SAEDパターンである。
【図9】Ca、Sr、Baの各クロロアパタイト蛍光体のCIE色度図、及び、これらの蛍光体を用いて作製された白色LEDの上面と側面の外観色度を示す写真である。
【図10】Caクロロアパタイト蛍光体粒子のSTEM(左上)と元素マッピング像、及び、EDSパターンである。
【図11】Srクロロアパタイト蛍光体粒子のSTEM(左上)と元素マッピング像、及び、EDSパターンである。
【図12】Baクロロアパタイト蛍光体粒子のSTEM(左上)と元素マッピング像、及び、EDSパターンである。
【図13】本発明によるクロロアパタイト蛍光体の諸特性を比較例と共に示す一覧表である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下に本発明を実施するための形態について図面を参照しながら説明する。
図1は、本発明による超音波噴霧熱分解法によって中空状蛍光体を製造するための装置の一例を示す概略図である。
【0027】
(製造装置の構成)
この製造装置1は、原料溶液をマイクロメーターサイズの液滴に霧化する超音波噴霧器2と、得られた液滴を加熱するための長尺状の管状反応炉4と、管状反応炉4内で生成した粒子を捕集する静電捕集器8と、製造に必要なキャリアガスを供給するためのガス供給源18と、を備えている。
【0028】
超音波噴霧器2としては、例えばオムロンヘルスケア株式会社製のNE−U17などを用いることができる。超音波噴霧器2に設けられた前駆体容器3に合成用の原料液体Aを導入し、約1.7MHzなどで駆動させれば、原料液体Aが超音波で霧化されて、マイクロメーターサイズの液滴が得られる。
前駆体容器3の内部空間で噴霧された液滴は、ガス供給源18から送られるキャリアガスにより、ほぼ鉛直状に配置された管状反応炉4中に運ばれ、さらに管状反応炉4内で搬送されながら、所定の温度に維持され、数秒間加熱される。キャリアガスは、搬送を主目的とするN2ガスと、管状反応炉4内を還元雰囲気にするためのH2ガスの混合物からなる。N2ガスとH2ガスの混合比は例えば95:5(vol%)とすれば良い。
【0029】
管状反応炉4は、例えば長さが1mで内径が13mmのアルミナ製の炉体5と、炉体5の外周に環状に配置された加熱手段6とを有する。加熱手段6としては、抵抗発熱体などを用いることができるが、炉内を1050℃〜1150℃の範囲の一定温度に保持できれば、これに限らない。図では、加熱手段6は炉の長さ方向に沿って5つのセクションに分割されており、セクション毎に加熱量および温度の制御が可能となっている。そのために、炉内の径方向中心部の温度を測定するための熱電対(不図示)が各セクションに対応する形で配置されている。また、管状反応炉4には、これらの熱電対によって得られる各セクションの温度測定値に基づいて、炉体5内の温度がほぼ均等となるようにフィードバック制御可能な制御装置(不図示)が設けられている。
【0030】
静電捕集器8は、捕集容器本体10と、捕集容器本体10の内部に配置された捕集用フィルタ11と、捕集容器本体10の上面に挿通設置されたコロナ放電体12と、放電用の高圧電源13とを有する。管状反応炉4で合成された粒子は、キャリアガスによって捕集容器本体10に導入され、コロナ放電体12によって電荷をチャージされ、捕集用フィルタ11に静電沈着する。静電捕集器8はマイクロメーターサイズの粒子を約95%の捕集効率で捕集可能である。
捕集容器本体11に進入したキャリアガスは、捕集用フィルタ11を通過した後で、捕集容器本体10から強制的に排気され、酸性ガスを吸収するためのNaOHトラップ15を経て、系外へ出る。
【0031】
(原料液体)
上記の製造装置を用いて本発明で作製しようとする粒子はクロロアパタイト蛍光体であり、その科学式はM5(PO4)3Clx:Eu2+である。ここで、Mを構成する金属元素はCa,Sr,Baのいずれかである。
そこで、以下の各水溶液を用意し、これらをM、P、Cl、Euの各元素が上記の化学式に基づく化学量論比となるように混合して、このクロロアパタイト蛍光体を作製するための前駆体すなわち原料液体Aとし、前駆体容器3に設置した。ここにはMとしてCaを用いる場合を記載する。
【0032】
1.M硝酸塩:Ca(NO3)2・4H2O、
2.M塩化物:CaCl2
3.ユーロピウム硝酸塩:Eu(NO3)3・6H2O
4.リン酸:H3PO4
5.硝酸:HNO3
【0033】
但し、M5(PO4)3Clx:Eu2+のMがSrの場合、M硝酸塩はSr(NO3)2・4H2O、M塩化物はSrCl2となる。M5(PO4)3Clx:Eu2+のMがBaの場合、M硝酸塩はBa(NO3)2・4H2O、M塩化物はBaCl2となる。
尚、Eu原子は、M原子に対して3mol%のドーピング濃度で加えられた。
【0034】
出願人による検討の結果、以上の原料液体Aを前駆体として、上記の製造装置を用いて得られる粒子の特性は、操作上の幾つかのパラメータ、特に、管状反応炉4による加熱温度、前駆体容器3に設置する原料液体Aの濃度、管状反応炉4内での全ガス流量によって大きく変動することが判明している。
以下では、先ず、クロロアパタイトを構成する金属元素MとしてCaを用いた場合、すなわち、カルシウムクロロアパタイト蛍光体粒子(以下、Caアパタイト蛍光体粒子と省略)を合成するための最適条件を決定するために、これらの重要な各パラメータと粒子の特性との関係について検討する。
【0035】
(加熱温度)
図2(a)は、800〜1400℃の間の種々の合成温度で調製されたCaアパタイト蛍光体粒子の電界放射走査型電子顕微鏡(FESEM)像の写真である。また、各FESEM像の写真の右上隅には、それらに対応するデジタル画像(365nmのピーク波長を有するUV−LEDチップにアパタイト蛍光体を塗布して、この波長光による励起で得られる発光色をデジタルカメラで撮影した画像)が添えられている。原料溶液Aの濃度は0.10M、全ガス流量は5L/minで一定とした。
これらのFESEM像から、上記の温度範囲内では温度の違いに関わらず、約1〜1.5μmの範囲の略同程度の粒径を持つ球状の粒子が得られることがわかる。
【0036】
しかし、デジタル画像を比較調査すると、合成温度によって色度が異なる事実が認められた。すなわち、本発明において、黄色発光を示す市販のCeドープYAG蛍光体との組み合わせで白色照明を得るために好都合な青色発光は1100℃でのみ出現し、800℃と900℃では暗い赤紫色と中間の淡紫色が観察された。このような青色からのシフトは、不完全な還元反応、すなわち800℃と900℃ではH2によるEu3+の還元が低速となるためと考えられる。他方、1100℃を超えると、1200℃で薄い紫色となり、最終的に1400℃では赤色となる。この現象は不合理にも見えるが、1200℃以上の高温では粒子が炉体5内に滞留可能な時間が短縮化され、還元反応が進み難いためと論理付けることが可能である。
【0037】
すなわち、管状反応炉4の内部ガス流量(室温で5L/min)=Qgi、合成温度=T、高温での全ガス流量=Qgt、炉体5の長さ=L(ここでは1.0m)、炉体5の内直径=D(ここでは30mm)として、管状反応炉4内の温度が一定と仮定すれば、粒子の滞留時間τrは次の式によって示される。
τr=Vr/Qgt=298πLD2/(4QgiT)・・・[数式1]
但し、Vrは反応炉の体積でありπLD2/4で表される。
式(1)によると、合成温度以外の要素を一定にした場合、合成温度が800℃での滞留時間は2.36秒、1400℃での滞留時間は1.51秒と計算され、合成温度が高くなるほど滞留時間が短縮化されることが分かる。すなわち、合成温度が1400℃の場合、滞留時間が著しく短いためにH2によるEu3+のEu2+への還元が不完全となり、これも同温度にて赤色発光の粒子が得られた理由の一つと考えられる。
【0038】
図2(b)は、同上の温度範囲内での種々の合成温度で調製されたCaアパタイト蛍光体粒子のXRD(X線回折)パターンを示す。
この図から、合成温度の上昇に伴って(211)、(112)、及び(300)の各面が右方向へシフトする傾向が確認される。この傾向は結晶構造がクロロアパタイトから水酸化アパタイト(Ca10(PO4)6(OH)2)へ変化していることを意味する。この結晶構造の変化は、高温になると塩化物が塩化水素ガスを形成するため、塩化物が欠如することに起因するものと推測される。
【0039】
図3(a)は、種々の合成温度で調製されたCaアパタイト蛍光体粒子を365nmのピーク波長を有するUV−LEDによって励起した場合のPLスペクトルを示す。図3(b)は図3(a)から読み取られる各温度のPL強度ピーク値を温度の関数として表した相対PL強度を示す。これらの図から、最大のPL強度もまた1100℃の合成温度で得られることが理解される。この現象は、図2(b)について先に議論した結晶構造の変化によって説明できるかも知れない。
いずれにしても、青色発光を得るための最適の合成温度も、最大のPL強度を得るための最適の合成温度も同様に1100℃であることが分かったため、以降の他のパラメータを検討する際の基準の合成温度としては1100℃を使用した。
尚、蛍光体のPLスペクトルはキセノンレーザー源を備えた分光蛍光光度計(島津製作所製RF−5300PC)で記録された。
【0040】
(原料液体の濃度)
図4(a)は、超音波噴霧器2の前駆体容器3に設置する原料液体Aの濃度を0.05〜0.33Mの範囲で変えた場合に、得られるCaアパタイト蛍光体粒子のPL蛍光スペクトルを示すグラフである(濃度の単位Mはモル/リットルを示す)。ここでも蛍光体粒子は365nmのピーク波長を有するUV−LEDによって励起された。このグラフからこの濃度範囲では原料溶液濃度の増加に伴ってPL強度が増加する傾向が明白に認められる。また、最大のPL強度が観察される0.33Mの濃度の原料液体Aを用いた場合、量子効率(QE)は92%と非常に高い値を示した。
量子収率(QEまたは限界量子収率)は、BaSO4で被覆された積分球と150Wキセノンランプとを備えた絶対PL量子収率測定システム(浜松フォトニクス社製C9920−02)を用いて分析された。
【0041】
図4(b)は、図4(a)に結果を示した実験に供した原料溶液について、その濃度に対する液滴直径(dd)並びに管状反応炉4によって合成された粒子の直径(dp)の相関関係を示すグラフである。また、グラフ中に挿入された画像は低濃度(0.05M、左下)と高濃度(0.33M、右上)で得られた蛍光体の代表的なTEM写真である。尚、原料溶液の液滴直径はレーザー回折粒子サイズシステムを用いて測定された。このグラフから液滴サイズ(○形のプロット)はすべての濃度で近似的に一定であることが分かる。他方、合成された粒子の直径は、計算値による粒子径(□形のプロット)と測定値による粒子径(▽形のプロット)のいずれにおいても、原料溶液の濃度に伴って増加する傾向が明白に認められる。また、この傾向は種々の原料溶液濃度で調製されたCaクロロアパタイトのFESEM写真(図5)、及び、FESEM写真に基づいて測定された対応する体積平均直径の棒グラフ(図5の挿入図)からも確認できる。
【0042】
SPプロセスにおける典型的に見られる1滴1粒子(ODOP)機構の理論によれば、仮に液滴サイズが一定であれば、得られる粒子の直径は、図4(b)に記入された計算値の曲線(□−□)に示されるように、濃度の増加に応じて単純に増加する。しかし、測定値の曲線(▽−▽)は、必ずしも計算値の曲線とは一致せず、濃度の増加に伴って計算値の曲線から上方へのずれが大きくなるという傾向が明白に認められる。この現象は、原料溶液Aの高濃度化に応じて中空粒子が形成される傾向を示すと思われる。また、図4(b)の右上に示す濃度0.33Mによる粒子のTEM写真からも中空構造の形成が確認される。
【0043】
ここで前述のような中空構造の形成機構について説明を試みる。先ず、図4(c)は液滴から粒子への転移機構の概念図を示し、ClおよびChはそれぞれ原料溶液Aの低濃度と高濃度を示す。典型的なSPプロセスでは、図4(c)に示すように、炉内に導入された液滴は先ず「核生成−結晶化」工程(tn-c)を受け、次に「乾燥−焼結」工程(td-s)を経て最終的な粒子が形成される。但し、高いPL強度を有するクロロアパタイト蛍光体の粒子を得るためには、上記「乾燥−焼結」工程(td-s)に続いて、H2などによるEu3+→Eu2+の「還元」工程(tr)が不可欠となる。原料溶液Aが高濃度(Ch)の場合においてのみ「乾燥−焼結」工程(td-s)で粒子の中空化が生じる現象は、液滴外周部での乾燥固化が水分の放出に先行して生じることによる可能性がある。
【0044】
いずれにしても、このように、テンプレートを使用しない方法で中空状のクロロアパタイト蛍光体を作製可能であることは注目に値する事実である。そして、粒子が中空状であることで、クロロアパタイト蛍光体の作製において重要な「還元」工程がより効率的に進行し、特に、中空の二次粒子を構成する個々の一次粒子が均等に且つ高度に還元されていることが予測される。
【0045】
さらに、図4cを更に詳細に見ると、図中で、tn-c、td-s、trと記された各矢印の長さは、「核生成−結晶化」、「乾燥−焼結」、「還元」の各工程における平均的な特性時間を象徴的に示す。そして、管状反応炉4内における各液滴(粒子)のトータル滞留時間はtn-c、td-s、trの合計と一致する。
ここで、合成温度とガス流量とが同じ条件下では、互いに濃度の異なる原料溶液でも滞留時間は同一であると仮定できる。先ず、原料溶液が低濃度の場合、過飽和に達するまでに長時間を要するので「核生成−結晶化」の特性時間tn-cは非常に長くなり、全滞留時間のうちの多くを占めることになる。他方、高濃度では過飽和までの時間が短縮化され、「核生成−結晶化」の特性時間tn-cが短くなるのに対応して「還元」工程(tr)に提供される時間が長めとなり、十分な還元作用が得られ易くなり、還元されたEu2+による蛍光特性が得られる。こうして、原料溶液を高濃度とした場合に得られるPL特性の増大には、高濃度における還元反応の促進が関与していることが理解される。
【0046】
(全ガス流量)
また、Caアパタイト蛍光体粒子の持つPL強度の制御には、原料溶液Aの濃度や温度効果に加えて、管状反応炉4内での全ガス流量が重要な役割を果たすことが判明した。図6は、全ガス流量の関数としての相対PL強度(a)、滞留時間(b)、H2流量(c)を示すグラフである。図6(a)から、全ガス流量が2−7(L/min)の範囲では、相対PL強度は全ガス流量の増加とともに徐々に増加すること、及び、7(L/min)を超えると全ガス流量の増加とともに減少することがわかる。
【0047】
この現象は全ガス流量の変化により引き起こされる、「滞留時間」と「H2流量」の間のトレードオフ効果とに起因すると考えられる。すなわち、前述の数式1に示されるように、液滴(粒子)の滞留時間:τrは全ガス流量Qgt、温度:T、及び反応炉の体積:Vrの関数である。他のパラメータを一定に保ち、同様な結果が温度のもので到達される。すなわち、全ガス流量が増加すると必然的に滞留時間は短くなるので、H2による還元反応も全ガス流量の増加に応じて妨げられる筈である。他方、全ガス流量が増加する間にはH2流量自体も増加するので、還元反応は促進されることになる。これらの相反する2つの現象どうしのトレードオフの結果として、相対PL強度は、全ガス流量の7(L/min)を境に、全ガス流量が同境界値を超えても下回っても次第に低下する傾向を示すものと思われる。
【0048】
また、上述の議論に加えて、全ガス流量が7(L/min)付近の値を超えると、反応炉内の流体の流れ(flow pattern)に乱れが生じる傾向が認められた。そこで、その他のパラメータを検討するための以降の実験では、安定した結果が得られる良好な実験条件を保持する目的で全ガス流量として5(L/min)が採用された。
以上のように、加熱温度、原料液体Aの濃度、全ガス流量の3つのパラメータを制御するだけで、中空状で高い量子収率(0.92)を示し、紫外線による励起で青色の色度を備えたCaクロロアパタイト蛍光体を安定的に作製できることが分かった(図13を参照)。
【0049】
(Mg2+による置換)
しかし、これらのCaクロロアパタイト蛍光体のPL特性や量子収率はまだ実用レベルとしては必ずしも十分とはいえない。
そこで、発光性能をさらに向上させることを狙って、Caクロロアパタイト蛍光体のカルシウムをマグネシウムで置き換えることで、ユーロピウムドープ濃度を変える方法を試みた。これは出願人が以前に報告した方法である(Adv. Mater. 2008, 20, 3422-3426: "Rapid Synthesis of Non-Aggregated Fine Chloroapatite Blue Phosphor with High Quantum Efficiency")。本発明のための実験結果でもこの方法は実際に効果を示し、原料液体Aの濃度を0.33Mとした場合には1.00という非常に量子収率を達成した(図13を参照)。詳細には、前記Adv. Mater.誌に記されているように、Ca2+の一部をイオン半径がより小さいMg2+で置換することでCaクロロアパタイトの結晶性が向上されるという効果を利用した技術内容である。
【0050】
(Srアパタイト及びBaアパタイト)
以下は、その他のパラメータとしてアパタイトを構成する組成の効果について、具体的には、M5(PO4)3Clx:Eu2+のMとしてCaの代わりにSrが適用されたSrアパタイト蛍光体、及び、MとしてCaの代わりにBaが適用されたBaアパタイト蛍光体を比較検討した結果を示す。各蛍光体粒子は、加熱合成温度:1100℃、全ガス流量:5L/min、原料溶液濃度:0.33Mの条件で作製された。
【0051】
図7(a)に示された3つの曲線は、Caアパタイト蛍光体、Srアパタイト蛍光体、Baアパタイト蛍光体の正規化されたPLスペクトルである。座標内には、これら3種類の各アパタイト蛍光体のSEM写真と、それらに対応する365nmUV光による励起時のデジタル画像が挿入されている。また、図7(b)は得られたSrアパタイト蛍光体とBaアパタイト蛍光体の各XRDパターンを示す。
【0052】
図7(a)の正規化されたPLスペクトルからは、Srアパタイト蛍光体はCaアパタイト蛍光体よりも青色にシフトする傾向が、また、Baアパタイト蛍光体はSrアパタイト蛍光体よりも更に青色にシフトする傾向が示される。この現象は、化合物の結合イオン性(P)の理論によって説明され、Eu2+イオンのgファクターに密接に関係する。
【0053】
図8(a)はSrアパタイト蛍光体のTEM写真を示し、その右上隅には拡大されたTEM写真が、右下隅には対応するSAEDパターンが挿入されている。図8(b)はBrアパタイト蛍光体のTEM写真を示し、その右下隅には対応するSAEDパターンが挿入されている。
各TEM写真からは、Caアパタイト蛍光体粒子に加えて、Srアパタイト蛍光体とBaアパタイト蛍光体もやはり中空状を示すことがわかる。これらのSrアパタイト蛍光体とBaアパタイト蛍光体も濃度:0.33Mの原料溶液Aから作製した。
【0054】
これらのTEM写真を詳細に観察すると、SAEDパターンに見られるドット状の電子回折(ED)パターンによって裏付けられるように、これらの中空粒子は速い核生成と結晶化によって生成した多数の一次ナノ結晶が集合することで構成されていることが理解される。これらSrアパタイト蛍光体とBaアパタイト蛍光体は100%に近いQE値をもつ優れたPL性能を示した(図13参照)。
【0055】
図9は、このように作製した3種類の蛍光体(Ca、Sr、Baの各アパタイト蛍光体)のXY色度座標グラフである(CIE1931色度図)。これらの蛍光体の中で、Srアパタイト蛍光体は最も低いy座標(0.154、0.030)を示し、一方、Baアパタイトは、参照例として併記された市販のBAM:Euと正確に一致する色度座標値(0.156、0.044)を示した。BAM:Eu(化学式:Ba1-xMgAl10O17:Eux)はプラズマディスプレイパネルや希ガスランプの青色発光材料として既に広く利用されている。
尚、Caアパタイト蛍光体については、原料溶液Aの濃度を0.05Mから増加させるのに応じて、色度座標値が黒丸で示した(0.203、0.178)から明確な青色の座標値へと顕著に変動する様子と、白丸で示した濃度0.33Mでは理想的な(0.144、0.054)の座標値が得られることが示されている。
【0056】
以上のような種々の検討の結果として得られた、本発明による3種類の蛍光体(Ca、Sr、Baの各アパタイト蛍光体)の実用性を確かめるため、以下に詳述するように、これらの3種類の蛍光体を市販のセリウムをドープしたイットリウムアルミニウムガーネット(YAG:Ce)蛍光体とともに混合したエポキシ樹脂懸濁液をUVLEDチップ上にコートすることにより白色LEDを作製した。これらの各白色LEDで得られる白色光の写真を図9の右側に示す。これらの写真から分かるように、いずれの白色LEDからも非常に強い白色光が生成された。
【0057】
(白色LEDの作製手順)
各蛍光体粒子(アパタイト、YAGなど)の0.5gをエタノール50gに加え、その溶液にPVP樹脂を重量比で3:1となるように加えた。その透明な蛍光体―ポリマー懸濁液を3時間にわたってボールミルで処理した。最後に、上述の蛍光体/ポリマーのコンポジット液滴をUV−LEDの上に滴下し、固化のため6時間室温で乾燥した。UV−LEDチップとしては、365nmのピーク波長を放出するNSHU550B(日亜株式会社製)を用いた。
【0058】
図10、図11、図12は、それぞれCaクロロアパタイト蛍光体、Srクロロアパタイト蛍光体粒子、Baクロロアパタイト蛍光体粒子のSTEM(左上)と元素マッピング像、及び、EDS(エネルギー分散X線分光器)で得られたパターンである。EDSパターンの結果は、粒子内のほとんどすべての元素の原子比が原料溶液のもの、すなわち(P:Cl:Ca:Eu=1.00:3.00:1.72:0.017)と一致することを示す。Cl比の極端な違いはCl元素の欠如により引き起こされたものである。SrアパタイトとBaアパタイト蛍光体の元素分析結果からは不純物が検出されなかった事実は、再びSP法の有効性と有望性、SP法を用いて粒子の組成を原料溶液の化学量論比の操作により簡単に制御できることを示す。粒子の元素マッピングと化学組成はエネルギー分散X線分光装置を備えた走査型透過電子顕微鏡(STEM)を用いて実施された。
【産業上の利用可能性】
【0059】
スプレー熱分解法によるテンプレート無しの工程によって不純物の問題が少なくPL特性の優れた中空状蛍光体を提供すること、製造工程が比較的少なく簡単な中空状蛍光体の製造方法および製造装置を提供すること、及び、余分な原料を必要としない中空状蛍光体の製造方法および製造装置を提供すること等に利用可能である。
【符号の説明】
【0060】
1 製造装置
2 超音波噴霧器
3 前駆体容器
4 管状反応炉
5 炉体
6 加熱手段
8 静電捕集器
10 捕集容器本体
11 捕集用フィルタ
12 コロナ放電体
13 高圧電源
15 NaOHトラップ
18 ガス供給源
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体照明(SSL=Solid-State Lighting)用の材料として利用可能な中空状蛍光体並びに同中空状蛍光体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
この種の中空状蛍光体に関連する先行技術文献情報として下記に示す特許文献1がある。この特許文献1はテレビ映像などを表示可能なプラズマディスプレーパネル(PDP)の製造方法に関し、PDPの隔壁として中空状蛍光体を使用することで、隔壁の比誘電率を小さくし、PDP駆動時における消費電力を抑制する考えが記されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2007−324098号公報(0013段落、0065段落、図4、図8)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、特許文献1に記された中空状蛍光体は、先ず母粒子の周囲を、母粒子よりも軟化点の高い多数の子粒子で被覆した複合粒子を形成し、次に母粒子のみを溶解させて内部を空洞化する方法(テンプレート方式)によって作られている。したがって、母粒子の構成成分としての炭素などの不純物が中空状蛍光体に残留するために、中空状蛍光体のPL(フォトルミネッセンス)特性などが損なわれる、母粒子を除去するための後工程などが必要なため製造工程が多く煩雑である、製造に何種類もの複雑な装置が必要である、母粒子を構成する原料が余分に必要である等の問題があった。
【0005】
そこで、本発明の目的は、上に例示した従来技術によって知られる実情に鑑み、テンプレート方式母粒子に由来する不純物の問題が少なくPL特性の優れた中空状蛍光体を提供すること、製造工程が比較的少なく簡単で、余分な原料をできるだけ必要としない中空状蛍光体の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明による空状蛍光体の特徴構成は、クロロアパタイトを主体として含みスプレー熱分解法によってテンプレートを用いることなく作製された中空状蛍光体である点にある。
【0007】
本発明の第1の特徴構成による中空状蛍光体では、最終的に大半を除去されることで中空部を創製するためのテンプレート(母粒子)を用いることなく作製(直接合成)されている(テンプレートフリー、テンプレートレス)ので、テンプレートの構成成分に由来する不純物が中空状蛍光体に残留せず、そのためPL特性の優れた中空状蛍光体が得られる。また、テンプレートとして必要な母粒子の原料が不要となるため、より低価格の中空状蛍光体が得られる。さらに、中空状で密度が低いために、軽量で且つ光透過率の高い理想的な蛍光体が得られる。また、スプレー熱分解という数秒以内の著しく短時間で完結する単一工程で蛍光体の合成が完結するので、非常に効率的な製造方法となる。さらに、スプレー熱分解であれば、蛍光体粒子を数秒以内の著しく短い時間で作製することができ、また、蛍光体の特性を原料溶液および合成条件により容易に制御し易い点も有利である。
【0008】
さらに、中空状蛍光体がクロロアパタイトを主体として含む構成となるように、スプレー熱分解法に用いる原料液体の組成を調製した結果、外形が理想的な球形を呈し、且つ、非常に量子収率の高い中空状蛍光体を安価で安定的に製造できるようになった。また、クロロアパタイトは、非毒性の良く知られたランプ用蛍光体でもあるので、作製時のハンドリングも容易である。また、同じ理由から、固体照明(SSL)用としてLEDの発光部に設置する際、或いは、プラズマディスプレーパネル(PDP)の隔壁に設置する際も既存技術を利用し易くなった。
【0009】
本発明の他の特徴構成は、クロロアパタイトを構成する金属元素としてCa、Ba、Sr、及びMgの少なくとも1つを含む点にある。
【0010】
本構成のように、クロロアパタイトを構成する主な金属元素としてCa、Ba、Srの少なくとも1つが適用されていれば、クロロアパタイトとしての安定した結晶形態が得られ、量子収率の高い中空状蛍光体も安定して製造できる。さらに、これらの主な金属元素の一部をMgによって置換した場合は、さらに結晶性が向上するので、1.00という非常に量子収率の達成が可能となる。
【0011】
本発明の他の特徴構成は、0.90以上の量子効率を有する中空状蛍光体である点にある。
【0012】
本構成であれば、本発明による中空状蛍光体を例えばLEDの発光部などに設けることで、非常に実用的なレベルの固体照明(SSL)を実現できる。また、PDPの隔壁に設置した場合も消費電力が少なくて済むことが予測される。
【0013】
本発明の他の特徴構成は、紫外線によって励起されて青色光を発する中空状蛍光体である点にある。
【0014】
本構成であれば、発明による中空状蛍光体を、市場で比較的容易に入手可能なセリウムドープYAG(イットリウムアルミニウムガーネット)蛍光体(紫外線によって励起されて青色の対向色である黄色の光を発する)と適当な比率で混合して、UV−LEDの発光部を覆う被膜と体裁して設ければ、この2種類の蛍光体を備えた被膜が紫外線を受けて非常に高い量子効率で白色光を発光する波長変換フィルタとして働くため、汎用的で実用的な白色照明装置が得られる。
また、本構成であれば、UV−LEDからの非常にピーク波長が安定した紫外線に基づく発光作用を用いるため、ピーク波長がばらつき易い可視光LEDを用いた白色照明に比して色度ばらつきの少ない白色照明装置が得られる。
【0015】
本発明の他の特徴構成は、1〜2μmの粒子径を有する中空状蛍光体である点にある。
【0016】
本構成であれば、粒子径が1〜2μmの比較的狭い範囲によく揃った中空状蛍光体が得られるので、作成後に分級操作を経ずに種々の用途に使用し易い。
【0017】
本発明による中空状蛍光体の製造方法の特徴構成は、
少なくとも、クロロアパタイトを構成する金属を含む塩と、Ca、Ba、Sr、Mgの少なくとも一つを含む金属塩化物と、サマリウム、ユーロピウム、テルビウム、ジスプロシウムの少なくとも一つを含む塩とを溶解した原料溶液を霧化する霧化工程と、
前記超音波噴霧器によって霧化された前記原料溶液の液滴を還元雰囲気の反応炉内で加熱する加熱合成工程と、
前記加熱合成工程によって生成した中空状蛍光体粒子を捕集する捕集工程と、
前記粒子が中空状蛍光体粒子となるように少なくとも前記原料溶液の濃度を制御する制御工程と、を備えた点にある。
【0018】
本発明の出願人による種々の研究成果により、クロロアパタイトを構成する金属を含む塩を溶解した原料溶液を用意して、これを霧化し、霧化された液滴を加熱合成したときに粒子が中空化されるための最も支配的な要因の一つは、原料溶液の濃度であることが判明した。したがって、本構成であれば、先ずクロロアパタイトとユーロピウムなどの蛍光元素の成分を有し、粒子が中空状となるような濃度に制御された原料溶液を用意すれば、後は、霧化工程、加熱合成工程、及び、捕集工程という3つの比較的簡単な工程を繰り返すだけで中空状蛍光体を得ることができる。
【0019】
本発明の他の特徴構成は、前記制御工程が、さらに、前記加熱合成工程における加熱温度、前記液滴および前記粒子が前記加熱合成工程に曝される時間長さの少なくとも一つの制御を含む点にある。
【0020】
また、本発明の出願人による種々の研究成果により、粒子が中空化されるための次に支配的な要因は液滴が受ける蒸発速度であること、及び、この蒸発速度を左右するのは加熱温度と炉内での粒子の滞留時間であることが判明した。したがって、本構成のように、制御工程が、さらに、加熱合成工程における加熱温度、液滴および粒子が加熱合成工程に曝される時間長さの少なくとも一つの制御を含むようにすれば、さらに高い歩留まりで中空状蛍光体を得ることができる。尚、炉内での粒子の滞留時間を左右するのは、炉内でのガス流量と反応炉の内部形状などであることも判明した。
【0021】
本発明の他の特徴構成は、前記加熱合成工程における加熱温度が1050℃〜1150℃の間である点にある。
【0022】
本構成による加熱温度を用いれば、最大のPL強度が安定して得られ、且つ、青色発光を示す蛍光体が安定して得られるので、黄色発光を示す市販のCeドープYAG蛍光体との組み合わせで輝度の高い白色照明を得ることができる。
【0023】
本発明の他の特徴構成は、記加熱合成工程では、粒子を搬送するためのキャリアガスが流され、前記制御工程は、前記反応炉内の全ガス流量を制御する工程を含む点にある。
【0024】
本構成の工程によって反応炉内の全ガス流量を制御すれば、PL強度(量子収率)をさらに的確に制御でき、紫外線による励起で青色の色度を備えたCaクロロアパタイト蛍光体を安定的に作製できる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】超音波噴霧熱分解法による中空状蛍光体の製造装置を示す概略構成図である。
【図2】種々の合成温度で調製されたCaクロロアパタイト蛍光体のFESEM写真及びXRDパターンである。
【図3】種々の合成温度で調製されたCaクロロアパタイト蛍光体のPLスペクトル(a)、及び、温度の関数としての相対PL強度を示すグラフ(b)である。
【図4】種々の原料溶液濃度で調製されたCaクロロアパタイト蛍光体のPLスペクトル(a)、原料溶液濃度と粒子(dp)ならびに液滴直径(dd)間の相関関係を示すグラフ(b)、及び、カルシウムクロロアパタイト蛍光体の形成機構を示す略図(c)である。
【図5】種々の原料溶液濃度で調製されたCaクロロアパタイトのFESEM写真、及び、FESEM写真に基づいて測定された対応する体積平均直径(挿入図)である。
【図6】全流量の関数としての相対PL強度、滞留時間、及び、H2の流量を示すグラフである。
【図7】Ca、Sr、Baの各クロロアパタイト蛍光体の正規化されたPLスペクトルとSEM写真とデジタル写真(a)、及び、XRDパターン(b)である。
【図8】Srクロロアパタイト蛍光体粒子(a)とBaクロロアパタイト蛍光体粒子(b)に関するTEM写真、及び、SAEDパターンである。
【図9】Ca、Sr、Baの各クロロアパタイト蛍光体のCIE色度図、及び、これらの蛍光体を用いて作製された白色LEDの上面と側面の外観色度を示す写真である。
【図10】Caクロロアパタイト蛍光体粒子のSTEM(左上)と元素マッピング像、及び、EDSパターンである。
【図11】Srクロロアパタイト蛍光体粒子のSTEM(左上)と元素マッピング像、及び、EDSパターンである。
【図12】Baクロロアパタイト蛍光体粒子のSTEM(左上)と元素マッピング像、及び、EDSパターンである。
【図13】本発明によるクロロアパタイト蛍光体の諸特性を比較例と共に示す一覧表である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下に本発明を実施するための形態について図面を参照しながら説明する。
図1は、本発明による超音波噴霧熱分解法によって中空状蛍光体を製造するための装置の一例を示す概略図である。
【0027】
(製造装置の構成)
この製造装置1は、原料溶液をマイクロメーターサイズの液滴に霧化する超音波噴霧器2と、得られた液滴を加熱するための長尺状の管状反応炉4と、管状反応炉4内で生成した粒子を捕集する静電捕集器8と、製造に必要なキャリアガスを供給するためのガス供給源18と、を備えている。
【0028】
超音波噴霧器2としては、例えばオムロンヘルスケア株式会社製のNE−U17などを用いることができる。超音波噴霧器2に設けられた前駆体容器3に合成用の原料液体Aを導入し、約1.7MHzなどで駆動させれば、原料液体Aが超音波で霧化されて、マイクロメーターサイズの液滴が得られる。
前駆体容器3の内部空間で噴霧された液滴は、ガス供給源18から送られるキャリアガスにより、ほぼ鉛直状に配置された管状反応炉4中に運ばれ、さらに管状反応炉4内で搬送されながら、所定の温度に維持され、数秒間加熱される。キャリアガスは、搬送を主目的とするN2ガスと、管状反応炉4内を還元雰囲気にするためのH2ガスの混合物からなる。N2ガスとH2ガスの混合比は例えば95:5(vol%)とすれば良い。
【0029】
管状反応炉4は、例えば長さが1mで内径が13mmのアルミナ製の炉体5と、炉体5の外周に環状に配置された加熱手段6とを有する。加熱手段6としては、抵抗発熱体などを用いることができるが、炉内を1050℃〜1150℃の範囲の一定温度に保持できれば、これに限らない。図では、加熱手段6は炉の長さ方向に沿って5つのセクションに分割されており、セクション毎に加熱量および温度の制御が可能となっている。そのために、炉内の径方向中心部の温度を測定するための熱電対(不図示)が各セクションに対応する形で配置されている。また、管状反応炉4には、これらの熱電対によって得られる各セクションの温度測定値に基づいて、炉体5内の温度がほぼ均等となるようにフィードバック制御可能な制御装置(不図示)が設けられている。
【0030】
静電捕集器8は、捕集容器本体10と、捕集容器本体10の内部に配置された捕集用フィルタ11と、捕集容器本体10の上面に挿通設置されたコロナ放電体12と、放電用の高圧電源13とを有する。管状反応炉4で合成された粒子は、キャリアガスによって捕集容器本体10に導入され、コロナ放電体12によって電荷をチャージされ、捕集用フィルタ11に静電沈着する。静電捕集器8はマイクロメーターサイズの粒子を約95%の捕集効率で捕集可能である。
捕集容器本体11に進入したキャリアガスは、捕集用フィルタ11を通過した後で、捕集容器本体10から強制的に排気され、酸性ガスを吸収するためのNaOHトラップ15を経て、系外へ出る。
【0031】
(原料液体)
上記の製造装置を用いて本発明で作製しようとする粒子はクロロアパタイト蛍光体であり、その科学式はM5(PO4)3Clx:Eu2+である。ここで、Mを構成する金属元素はCa,Sr,Baのいずれかである。
そこで、以下の各水溶液を用意し、これらをM、P、Cl、Euの各元素が上記の化学式に基づく化学量論比となるように混合して、このクロロアパタイト蛍光体を作製するための前駆体すなわち原料液体Aとし、前駆体容器3に設置した。ここにはMとしてCaを用いる場合を記載する。
【0032】
1.M硝酸塩:Ca(NO3)2・4H2O、
2.M塩化物:CaCl2
3.ユーロピウム硝酸塩:Eu(NO3)3・6H2O
4.リン酸:H3PO4
5.硝酸:HNO3
【0033】
但し、M5(PO4)3Clx:Eu2+のMがSrの場合、M硝酸塩はSr(NO3)2・4H2O、M塩化物はSrCl2となる。M5(PO4)3Clx:Eu2+のMがBaの場合、M硝酸塩はBa(NO3)2・4H2O、M塩化物はBaCl2となる。
尚、Eu原子は、M原子に対して3mol%のドーピング濃度で加えられた。
【0034】
出願人による検討の結果、以上の原料液体Aを前駆体として、上記の製造装置を用いて得られる粒子の特性は、操作上の幾つかのパラメータ、特に、管状反応炉4による加熱温度、前駆体容器3に設置する原料液体Aの濃度、管状反応炉4内での全ガス流量によって大きく変動することが判明している。
以下では、先ず、クロロアパタイトを構成する金属元素MとしてCaを用いた場合、すなわち、カルシウムクロロアパタイト蛍光体粒子(以下、Caアパタイト蛍光体粒子と省略)を合成するための最適条件を決定するために、これらの重要な各パラメータと粒子の特性との関係について検討する。
【0035】
(加熱温度)
図2(a)は、800〜1400℃の間の種々の合成温度で調製されたCaアパタイト蛍光体粒子の電界放射走査型電子顕微鏡(FESEM)像の写真である。また、各FESEM像の写真の右上隅には、それらに対応するデジタル画像(365nmのピーク波長を有するUV−LEDチップにアパタイト蛍光体を塗布して、この波長光による励起で得られる発光色をデジタルカメラで撮影した画像)が添えられている。原料溶液Aの濃度は0.10M、全ガス流量は5L/minで一定とした。
これらのFESEM像から、上記の温度範囲内では温度の違いに関わらず、約1〜1.5μmの範囲の略同程度の粒径を持つ球状の粒子が得られることがわかる。
【0036】
しかし、デジタル画像を比較調査すると、合成温度によって色度が異なる事実が認められた。すなわち、本発明において、黄色発光を示す市販のCeドープYAG蛍光体との組み合わせで白色照明を得るために好都合な青色発光は1100℃でのみ出現し、800℃と900℃では暗い赤紫色と中間の淡紫色が観察された。このような青色からのシフトは、不完全な還元反応、すなわち800℃と900℃ではH2によるEu3+の還元が低速となるためと考えられる。他方、1100℃を超えると、1200℃で薄い紫色となり、最終的に1400℃では赤色となる。この現象は不合理にも見えるが、1200℃以上の高温では粒子が炉体5内に滞留可能な時間が短縮化され、還元反応が進み難いためと論理付けることが可能である。
【0037】
すなわち、管状反応炉4の内部ガス流量(室温で5L/min)=Qgi、合成温度=T、高温での全ガス流量=Qgt、炉体5の長さ=L(ここでは1.0m)、炉体5の内直径=D(ここでは30mm)として、管状反応炉4内の温度が一定と仮定すれば、粒子の滞留時間τrは次の式によって示される。
τr=Vr/Qgt=298πLD2/(4QgiT)・・・[数式1]
但し、Vrは反応炉の体積でありπLD2/4で表される。
式(1)によると、合成温度以外の要素を一定にした場合、合成温度が800℃での滞留時間は2.36秒、1400℃での滞留時間は1.51秒と計算され、合成温度が高くなるほど滞留時間が短縮化されることが分かる。すなわち、合成温度が1400℃の場合、滞留時間が著しく短いためにH2によるEu3+のEu2+への還元が不完全となり、これも同温度にて赤色発光の粒子が得られた理由の一つと考えられる。
【0038】
図2(b)は、同上の温度範囲内での種々の合成温度で調製されたCaアパタイト蛍光体粒子のXRD(X線回折)パターンを示す。
この図から、合成温度の上昇に伴って(211)、(112)、及び(300)の各面が右方向へシフトする傾向が確認される。この傾向は結晶構造がクロロアパタイトから水酸化アパタイト(Ca10(PO4)6(OH)2)へ変化していることを意味する。この結晶構造の変化は、高温になると塩化物が塩化水素ガスを形成するため、塩化物が欠如することに起因するものと推測される。
【0039】
図3(a)は、種々の合成温度で調製されたCaアパタイト蛍光体粒子を365nmのピーク波長を有するUV−LEDによって励起した場合のPLスペクトルを示す。図3(b)は図3(a)から読み取られる各温度のPL強度ピーク値を温度の関数として表した相対PL強度を示す。これらの図から、最大のPL強度もまた1100℃の合成温度で得られることが理解される。この現象は、図2(b)について先に議論した結晶構造の変化によって説明できるかも知れない。
いずれにしても、青色発光を得るための最適の合成温度も、最大のPL強度を得るための最適の合成温度も同様に1100℃であることが分かったため、以降の他のパラメータを検討する際の基準の合成温度としては1100℃を使用した。
尚、蛍光体のPLスペクトルはキセノンレーザー源を備えた分光蛍光光度計(島津製作所製RF−5300PC)で記録された。
【0040】
(原料液体の濃度)
図4(a)は、超音波噴霧器2の前駆体容器3に設置する原料液体Aの濃度を0.05〜0.33Mの範囲で変えた場合に、得られるCaアパタイト蛍光体粒子のPL蛍光スペクトルを示すグラフである(濃度の単位Mはモル/リットルを示す)。ここでも蛍光体粒子は365nmのピーク波長を有するUV−LEDによって励起された。このグラフからこの濃度範囲では原料溶液濃度の増加に伴ってPL強度が増加する傾向が明白に認められる。また、最大のPL強度が観察される0.33Mの濃度の原料液体Aを用いた場合、量子効率(QE)は92%と非常に高い値を示した。
量子収率(QEまたは限界量子収率)は、BaSO4で被覆された積分球と150Wキセノンランプとを備えた絶対PL量子収率測定システム(浜松フォトニクス社製C9920−02)を用いて分析された。
【0041】
図4(b)は、図4(a)に結果を示した実験に供した原料溶液について、その濃度に対する液滴直径(dd)並びに管状反応炉4によって合成された粒子の直径(dp)の相関関係を示すグラフである。また、グラフ中に挿入された画像は低濃度(0.05M、左下)と高濃度(0.33M、右上)で得られた蛍光体の代表的なTEM写真である。尚、原料溶液の液滴直径はレーザー回折粒子サイズシステムを用いて測定された。このグラフから液滴サイズ(○形のプロット)はすべての濃度で近似的に一定であることが分かる。他方、合成された粒子の直径は、計算値による粒子径(□形のプロット)と測定値による粒子径(▽形のプロット)のいずれにおいても、原料溶液の濃度に伴って増加する傾向が明白に認められる。また、この傾向は種々の原料溶液濃度で調製されたCaクロロアパタイトのFESEM写真(図5)、及び、FESEM写真に基づいて測定された対応する体積平均直径の棒グラフ(図5の挿入図)からも確認できる。
【0042】
SPプロセスにおける典型的に見られる1滴1粒子(ODOP)機構の理論によれば、仮に液滴サイズが一定であれば、得られる粒子の直径は、図4(b)に記入された計算値の曲線(□−□)に示されるように、濃度の増加に応じて単純に増加する。しかし、測定値の曲線(▽−▽)は、必ずしも計算値の曲線とは一致せず、濃度の増加に伴って計算値の曲線から上方へのずれが大きくなるという傾向が明白に認められる。この現象は、原料溶液Aの高濃度化に応じて中空粒子が形成される傾向を示すと思われる。また、図4(b)の右上に示す濃度0.33Mによる粒子のTEM写真からも中空構造の形成が確認される。
【0043】
ここで前述のような中空構造の形成機構について説明を試みる。先ず、図4(c)は液滴から粒子への転移機構の概念図を示し、ClおよびChはそれぞれ原料溶液Aの低濃度と高濃度を示す。典型的なSPプロセスでは、図4(c)に示すように、炉内に導入された液滴は先ず「核生成−結晶化」工程(tn-c)を受け、次に「乾燥−焼結」工程(td-s)を経て最終的な粒子が形成される。但し、高いPL強度を有するクロロアパタイト蛍光体の粒子を得るためには、上記「乾燥−焼結」工程(td-s)に続いて、H2などによるEu3+→Eu2+の「還元」工程(tr)が不可欠となる。原料溶液Aが高濃度(Ch)の場合においてのみ「乾燥−焼結」工程(td-s)で粒子の中空化が生じる現象は、液滴外周部での乾燥固化が水分の放出に先行して生じることによる可能性がある。
【0044】
いずれにしても、このように、テンプレートを使用しない方法で中空状のクロロアパタイト蛍光体を作製可能であることは注目に値する事実である。そして、粒子が中空状であることで、クロロアパタイト蛍光体の作製において重要な「還元」工程がより効率的に進行し、特に、中空の二次粒子を構成する個々の一次粒子が均等に且つ高度に還元されていることが予測される。
【0045】
さらに、図4cを更に詳細に見ると、図中で、tn-c、td-s、trと記された各矢印の長さは、「核生成−結晶化」、「乾燥−焼結」、「還元」の各工程における平均的な特性時間を象徴的に示す。そして、管状反応炉4内における各液滴(粒子)のトータル滞留時間はtn-c、td-s、trの合計と一致する。
ここで、合成温度とガス流量とが同じ条件下では、互いに濃度の異なる原料溶液でも滞留時間は同一であると仮定できる。先ず、原料溶液が低濃度の場合、過飽和に達するまでに長時間を要するので「核生成−結晶化」の特性時間tn-cは非常に長くなり、全滞留時間のうちの多くを占めることになる。他方、高濃度では過飽和までの時間が短縮化され、「核生成−結晶化」の特性時間tn-cが短くなるのに対応して「還元」工程(tr)に提供される時間が長めとなり、十分な還元作用が得られ易くなり、還元されたEu2+による蛍光特性が得られる。こうして、原料溶液を高濃度とした場合に得られるPL特性の増大には、高濃度における還元反応の促進が関与していることが理解される。
【0046】
(全ガス流量)
また、Caアパタイト蛍光体粒子の持つPL強度の制御には、原料溶液Aの濃度や温度効果に加えて、管状反応炉4内での全ガス流量が重要な役割を果たすことが判明した。図6は、全ガス流量の関数としての相対PL強度(a)、滞留時間(b)、H2流量(c)を示すグラフである。図6(a)から、全ガス流量が2−7(L/min)の範囲では、相対PL強度は全ガス流量の増加とともに徐々に増加すること、及び、7(L/min)を超えると全ガス流量の増加とともに減少することがわかる。
【0047】
この現象は全ガス流量の変化により引き起こされる、「滞留時間」と「H2流量」の間のトレードオフ効果とに起因すると考えられる。すなわち、前述の数式1に示されるように、液滴(粒子)の滞留時間:τrは全ガス流量Qgt、温度:T、及び反応炉の体積:Vrの関数である。他のパラメータを一定に保ち、同様な結果が温度のもので到達される。すなわち、全ガス流量が増加すると必然的に滞留時間は短くなるので、H2による還元反応も全ガス流量の増加に応じて妨げられる筈である。他方、全ガス流量が増加する間にはH2流量自体も増加するので、還元反応は促進されることになる。これらの相反する2つの現象どうしのトレードオフの結果として、相対PL強度は、全ガス流量の7(L/min)を境に、全ガス流量が同境界値を超えても下回っても次第に低下する傾向を示すものと思われる。
【0048】
また、上述の議論に加えて、全ガス流量が7(L/min)付近の値を超えると、反応炉内の流体の流れ(flow pattern)に乱れが生じる傾向が認められた。そこで、その他のパラメータを検討するための以降の実験では、安定した結果が得られる良好な実験条件を保持する目的で全ガス流量として5(L/min)が採用された。
以上のように、加熱温度、原料液体Aの濃度、全ガス流量の3つのパラメータを制御するだけで、中空状で高い量子収率(0.92)を示し、紫外線による励起で青色の色度を備えたCaクロロアパタイト蛍光体を安定的に作製できることが分かった(図13を参照)。
【0049】
(Mg2+による置換)
しかし、これらのCaクロロアパタイト蛍光体のPL特性や量子収率はまだ実用レベルとしては必ずしも十分とはいえない。
そこで、発光性能をさらに向上させることを狙って、Caクロロアパタイト蛍光体のカルシウムをマグネシウムで置き換えることで、ユーロピウムドープ濃度を変える方法を試みた。これは出願人が以前に報告した方法である(Adv. Mater. 2008, 20, 3422-3426: "Rapid Synthesis of Non-Aggregated Fine Chloroapatite Blue Phosphor with High Quantum Efficiency")。本発明のための実験結果でもこの方法は実際に効果を示し、原料液体Aの濃度を0.33Mとした場合には1.00という非常に量子収率を達成した(図13を参照)。詳細には、前記Adv. Mater.誌に記されているように、Ca2+の一部をイオン半径がより小さいMg2+で置換することでCaクロロアパタイトの結晶性が向上されるという効果を利用した技術内容である。
【0050】
(Srアパタイト及びBaアパタイト)
以下は、その他のパラメータとしてアパタイトを構成する組成の効果について、具体的には、M5(PO4)3Clx:Eu2+のMとしてCaの代わりにSrが適用されたSrアパタイト蛍光体、及び、MとしてCaの代わりにBaが適用されたBaアパタイト蛍光体を比較検討した結果を示す。各蛍光体粒子は、加熱合成温度:1100℃、全ガス流量:5L/min、原料溶液濃度:0.33Mの条件で作製された。
【0051】
図7(a)に示された3つの曲線は、Caアパタイト蛍光体、Srアパタイト蛍光体、Baアパタイト蛍光体の正規化されたPLスペクトルである。座標内には、これら3種類の各アパタイト蛍光体のSEM写真と、それらに対応する365nmUV光による励起時のデジタル画像が挿入されている。また、図7(b)は得られたSrアパタイト蛍光体とBaアパタイト蛍光体の各XRDパターンを示す。
【0052】
図7(a)の正規化されたPLスペクトルからは、Srアパタイト蛍光体はCaアパタイト蛍光体よりも青色にシフトする傾向が、また、Baアパタイト蛍光体はSrアパタイト蛍光体よりも更に青色にシフトする傾向が示される。この現象は、化合物の結合イオン性(P)の理論によって説明され、Eu2+イオンのgファクターに密接に関係する。
【0053】
図8(a)はSrアパタイト蛍光体のTEM写真を示し、その右上隅には拡大されたTEM写真が、右下隅には対応するSAEDパターンが挿入されている。図8(b)はBrアパタイト蛍光体のTEM写真を示し、その右下隅には対応するSAEDパターンが挿入されている。
各TEM写真からは、Caアパタイト蛍光体粒子に加えて、Srアパタイト蛍光体とBaアパタイト蛍光体もやはり中空状を示すことがわかる。これらのSrアパタイト蛍光体とBaアパタイト蛍光体も濃度:0.33Mの原料溶液Aから作製した。
【0054】
これらのTEM写真を詳細に観察すると、SAEDパターンに見られるドット状の電子回折(ED)パターンによって裏付けられるように、これらの中空粒子は速い核生成と結晶化によって生成した多数の一次ナノ結晶が集合することで構成されていることが理解される。これらSrアパタイト蛍光体とBaアパタイト蛍光体は100%に近いQE値をもつ優れたPL性能を示した(図13参照)。
【0055】
図9は、このように作製した3種類の蛍光体(Ca、Sr、Baの各アパタイト蛍光体)のXY色度座標グラフである(CIE1931色度図)。これらの蛍光体の中で、Srアパタイト蛍光体は最も低いy座標(0.154、0.030)を示し、一方、Baアパタイトは、参照例として併記された市販のBAM:Euと正確に一致する色度座標値(0.156、0.044)を示した。BAM:Eu(化学式:Ba1-xMgAl10O17:Eux)はプラズマディスプレイパネルや希ガスランプの青色発光材料として既に広く利用されている。
尚、Caアパタイト蛍光体については、原料溶液Aの濃度を0.05Mから増加させるのに応じて、色度座標値が黒丸で示した(0.203、0.178)から明確な青色の座標値へと顕著に変動する様子と、白丸で示した濃度0.33Mでは理想的な(0.144、0.054)の座標値が得られることが示されている。
【0056】
以上のような種々の検討の結果として得られた、本発明による3種類の蛍光体(Ca、Sr、Baの各アパタイト蛍光体)の実用性を確かめるため、以下に詳述するように、これらの3種類の蛍光体を市販のセリウムをドープしたイットリウムアルミニウムガーネット(YAG:Ce)蛍光体とともに混合したエポキシ樹脂懸濁液をUVLEDチップ上にコートすることにより白色LEDを作製した。これらの各白色LEDで得られる白色光の写真を図9の右側に示す。これらの写真から分かるように、いずれの白色LEDからも非常に強い白色光が生成された。
【0057】
(白色LEDの作製手順)
各蛍光体粒子(アパタイト、YAGなど)の0.5gをエタノール50gに加え、その溶液にPVP樹脂を重量比で3:1となるように加えた。その透明な蛍光体―ポリマー懸濁液を3時間にわたってボールミルで処理した。最後に、上述の蛍光体/ポリマーのコンポジット液滴をUV−LEDの上に滴下し、固化のため6時間室温で乾燥した。UV−LEDチップとしては、365nmのピーク波長を放出するNSHU550B(日亜株式会社製)を用いた。
【0058】
図10、図11、図12は、それぞれCaクロロアパタイト蛍光体、Srクロロアパタイト蛍光体粒子、Baクロロアパタイト蛍光体粒子のSTEM(左上)と元素マッピング像、及び、EDS(エネルギー分散X線分光器)で得られたパターンである。EDSパターンの結果は、粒子内のほとんどすべての元素の原子比が原料溶液のもの、すなわち(P:Cl:Ca:Eu=1.00:3.00:1.72:0.017)と一致することを示す。Cl比の極端な違いはCl元素の欠如により引き起こされたものである。SrアパタイトとBaアパタイト蛍光体の元素分析結果からは不純物が検出されなかった事実は、再びSP法の有効性と有望性、SP法を用いて粒子の組成を原料溶液の化学量論比の操作により簡単に制御できることを示す。粒子の元素マッピングと化学組成はエネルギー分散X線分光装置を備えた走査型透過電子顕微鏡(STEM)を用いて実施された。
【産業上の利用可能性】
【0059】
スプレー熱分解法によるテンプレート無しの工程によって不純物の問題が少なくPL特性の優れた中空状蛍光体を提供すること、製造工程が比較的少なく簡単な中空状蛍光体の製造方法および製造装置を提供すること、及び、余分な原料を必要としない中空状蛍光体の製造方法および製造装置を提供すること等に利用可能である。
【符号の説明】
【0060】
1 製造装置
2 超音波噴霧器
3 前駆体容器
4 管状反応炉
5 炉体
6 加熱手段
8 静電捕集器
10 捕集容器本体
11 捕集用フィルタ
12 コロナ放電体
13 高圧電源
15 NaOHトラップ
18 ガス供給源
【特許請求の範囲】
【請求項1】
クロロアパタイトを主体として含みスプレー熱分解法によってテンプレートを用いることなく作製された中空状蛍光体。
【請求項2】
前記クロロアパタイトを構成する金属元素としてCa、Ba、Sr、及びMgの少なくとも1つを含む請求項1に記載の中空状蛍光体。
【請求項3】
0.90以上の量子効率を有する請求項1または2に記載の中空状蛍光体。
【請求項4】
紫外線によって励起されて青色光を発する請求項1から3のいずれか一項に記載の中空状蛍光体。
【請求項5】
1〜2μmの粒子径を有する請求項1から4のいずれか一項に記載の中空状蛍光体。
【請求項6】
中空状蛍光体の製造方法であって、
少なくとも、クロロアパタイトを構成する金属を含む塩と、Ca、Ba、Sr、Mgの少なくとも一つを含む金属塩化物と、サマリウム、ユーロピウム、テルビウム、ジスプロシウムの少なくとも一つを含む塩とを溶解した原料溶液を霧化する霧化工程と、
前記超音波噴霧器によって霧化された前記原料溶液の液滴を還元雰囲気の反応炉内で加熱する加熱合成工程と、
前記加熱合成工程によって生成した中空状蛍光体粒子を捕集する捕集工程と、
前記粒子が中空状蛍光体粒子となるように少なくとも前記原料溶液の濃度を制御する制御工程と、を備えた製造方法。
【請求項7】
前記制御工程が、さらに、前記加熱合成工程における加熱温度、前記液滴および前記粒子が前記加熱合成工程に曝される時間長さの少なくとも一つの制御を含む請求項6に記載の製造方法。
【請求項8】
前記加熱合成工程における加熱温度が1050℃〜1150℃の間である請求項7に記載の製造方法。
【請求項9】
前記加熱合成工程では、粒子を搬送するためのキャリアガスが流され、前記制御工程は、前記反応炉内の全ガス流量を制御する工程を含む請求項7または8に記載の製造方法。
【請求項1】
クロロアパタイトを主体として含みスプレー熱分解法によってテンプレートを用いることなく作製された中空状蛍光体。
【請求項2】
前記クロロアパタイトを構成する金属元素としてCa、Ba、Sr、及びMgの少なくとも1つを含む請求項1に記載の中空状蛍光体。
【請求項3】
0.90以上の量子効率を有する請求項1または2に記載の中空状蛍光体。
【請求項4】
紫外線によって励起されて青色光を発する請求項1から3のいずれか一項に記載の中空状蛍光体。
【請求項5】
1〜2μmの粒子径を有する請求項1から4のいずれか一項に記載の中空状蛍光体。
【請求項6】
中空状蛍光体の製造方法であって、
少なくとも、クロロアパタイトを構成する金属を含む塩と、Ca、Ba、Sr、Mgの少なくとも一つを含む金属塩化物と、サマリウム、ユーロピウム、テルビウム、ジスプロシウムの少なくとも一つを含む塩とを溶解した原料溶液を霧化する霧化工程と、
前記超音波噴霧器によって霧化された前記原料溶液の液滴を還元雰囲気の反応炉内で加熱する加熱合成工程と、
前記加熱合成工程によって生成した中空状蛍光体粒子を捕集する捕集工程と、
前記粒子が中空状蛍光体粒子となるように少なくとも前記原料溶液の濃度を制御する制御工程と、を備えた製造方法。
【請求項7】
前記制御工程が、さらに、前記加熱合成工程における加熱温度、前記液滴および前記粒子が前記加熱合成工程に曝される時間長さの少なくとも一つの制御を含む請求項6に記載の製造方法。
【請求項8】
前記加熱合成工程における加熱温度が1050℃〜1150℃の間である請求項7に記載の製造方法。
【請求項9】
前記加熱合成工程では、粒子を搬送するためのキャリアガスが流され、前記制御工程は、前記反応炉内の全ガス流量を制御する工程を含む請求項7または8に記載の製造方法。
【図13】
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【公開番号】特開2011−21125(P2011−21125A)
【公開日】平成23年2月3日(2011.2.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−168115(P2009−168115)
【出願日】平成21年7月16日(2009.7.16)
【出願人】(000002141)住友ベークライト株式会社 (2,927)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年2月3日(2011.2.3)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年7月16日(2009.7.16)
【出願人】(000002141)住友ベークライト株式会社 (2,927)
【Fターム(参考)】
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