説明

乗客コンベアの自動診断運転装置

【課題】
製品稼動開始初期からの機器劣化兆候を早い時期から予測する。
【解決手段】
踏段及びハンドレールをチェーン及びベルトを介して駆動する電動機7と、電動機の起動,停止及び回転速度を制御する制御装置4と、を有する乗客コンベアの自動診断運転装置において、起動指令が与えられたことを検出する起動指令検出手段14と、チェーン等の状態を診断するために通常起動とは異なる加速度やトルク制御によって診断専用運転を行うように前記制御装置へ指令する診断運転命令手段17と、診断専用運転時に制御装置が監視している情報を計測する診断データ計測手段18と、を備え、起動指令が与えられた場合、診断専用運転を開始し、計測された情報の値又は変化率に基づいて劣化状態を診断する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、乗客コンベアの自動診断運転装置に係り、特に、コンベアを駆動する伝達機器が劣化しても適切な状態に維持するものに好適である。
【背景技術】
【0002】
従来、利用頻度の少ない特殊運転モードの運転を特定間隔で繰り返すことで、待機中の機器の動きが悪くなることを防いだり、特殊運転モードの命令が与えられた時に機器の異常が発見され、必要な時に利用できないといった故障を減らしたり、するため、日ごろから特殊運転モードの動作状態をチェックし、通常運転起動指令でも特定の時期には自動で特殊運転モードへ切り替えてテスト運転を行うことが知られ、例えば、特許文献1に記載されている。
【0003】
【特許文献1】特開平5−310393号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記従来技術は、予め設定した間隔で特殊運転モードのテスト運転が行われるので、テスト運転と通常運転の利用を希望した乗客の乗り込みが同期してしまった場合は乗客へ不便を掛けることになる。また、テスト運転は設定した動作手順通りに運転を開始してから終了したかを自己チェックしているだけなので、テスト運転が行われたその瞬間、その機器が正常に動くことの確認であり、機器の摩耗劣化の変化傾向を捉えるチェックではないので、次回も正しく動作するかを判定することができない。
【0005】
さらに、故障の発生を未然に防ぐものでなく、調整が必要な時期や部品交換が必要な時期を事前に分からないので、機器の状態が良くても悪くても技術員による保全作業を計画的に実行しなければならず、品質の維持が技術員の劣化兆候を捉える能力に依存する。
【0006】
本発明の目的は、上記従来技術の課題を解決し、製品稼動開始初期からの機器劣化兆候を早い時期から予測することにある。また、他の目的は、技術員による保全作業頻度を少なくすることにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するために本発明は、無端状に連結される踏段と、該踏段の側方に立設される欄干に設けられ前記踏段と同期して動くハンドレールと、前記踏段及び前記ハンドレールをチェーン及びベルトを介して駆動する電動機と、該電動機の起動,停止及び回転速度を制御する制御装置と、を有する乗客コンベアの自動診断運転装置において、起動指令が与えられたことを検出する起動指令検出手段と、前記チェーン等の状態を診断するために通常起動とは異なる加速度やトルク制御によって診断専用運転を行うように前記制御装置へ指令する診断運転命令手段と、前記診断専用運転時に前記制御装置が監視している情報を計測する診断データ計測手段と、を備え、前記起動指令が与えられた場合、前記診断専用運転を開始し、計測された前記情報の値又は変化率に基づいて劣化状態を診断するものである。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、起動指令が与えられた場合、診断専用運転を開始し、劣化状態を診断するので、設置環境や稼動条件によって機器の劣化速度が異なる乗客コンベアにおいて、個々の乗客コンベアごとに、いつも同じ条件下の診断結果を比較することで精度良く劣化の変化傾向を捉えることができる。したがって、機器の性能管理値を外れる前に技術員による保全作業を計画し、保全のための不稼動時間を最小化することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下、本発明による乗客コンベアの自動診断運転装置の一実施例を図面により詳細に説明する。乗客コンベアの一例としてエスカレーターを例に挙げて説明する。
【0010】
図1はエスカレーターの駆動機器構成を示す正面図であり、エスカレーターは乗客が乗り降りする踏段1を走行させて乗客を輸送する。エスカレーターの走行は、設備管理者または技術員2によって操作盤3に鍵を挿入し、乗降部付近に人がいないもしくは周囲に注意喚起した上で鍵を手で回して起動信号を出力し、この信号は機械室内に設けられた制御装置4に伝えられる。
【0011】
制御装置4は、起動信号を受け取ると、図2に示すように踏段1を制動する制動装置5を開放し、トルク可変装置6に指令を与えて電動機7を駆動し、電動機7が回転を始めると減速機8が同期して回転する。減速機8はドライビングチェーン9によって踏段1を連結している踏段チェーン10と連結され、さらに、ハンドレール11を駆動するハンドレール駆動装置12へ動力を伝達するハンドレール駆動チェーン13と連結されているので、電動機7の回転に同期して踏段1とハンドレール11が回転して乗客を安全に輸送する。
【0012】
図3は、機能ブロック図であり、エスカレーターは上部または下部方向へ運転する場合、準備動作として設備管理者または技術員2によってアラーム指令を発し、周辺にいる方に起動を開始することをアナウンスする。その後、鍵などの操作によって起動操作を行い、起動信号が出力される。この起動信号が出力されたことを検出する起動指令検出手段14と、エスカレーター本体制御機能とは隔離されたエリアに格納されている。
【0013】
起動判定手段15は起動信号が待機時間情報と日時情報を基にその日初めての信号であるかを判定し、停止指令検出手段16は通常走行状態から設備管理者または技術員2の停止操作によって停止命令が与えられたことを検出する。その日初めての起動信号であると判定された場合は、製品本体制御による正常加速動作に入る前に診断のための専用運転を行う。診断運転命令手段17は、一定時間以上の通常走行を継続した後、その日初めての正常停止操作が行われた直後に再度診断のための専用運転を行うように命令を与える。
【0014】
診断運転命令が与えられたら、エスカレーターは所定時間内だけ前記診断運転命令手段17のプログラム命令に従って運転を開始し、診断データ計測手段18は制御装置4が監視している情報、例えば、運転命令が与えられてから踏段1が動き始めるまでの時間を計測して制動装置5の可動片動作ストロークを診断したり、ハンドレール11が動き始めてから2〜10パルス分の時間を計測してハンドレール駆動チェーン13のテンションを診断するデータを計測したり、する。
【0015】
計測データ格納手段19は変化傾向を捉えるため計測したデータを一定期間格納し、劣化診断手段20は計測した前回計測データと最新の計測データの差をその間に走行した距離や時間で除して変化傾向を捉え、機器の劣化状態を診断する。監視センター21は診断の結果によって調整作業計画が必要と判定された場合に技術員へ診断結果を報知する。
【0016】
自動診断運転の動作について制動装置5の診断を例に図4に示すフローチャートと図5,図6に示すグラフ図で説明する。
【0017】
手順1で設備管理者または技術員2の鍵操作によってエスカレーターの起動指令が与えられたかを判定する。起動指令が与えられたと判定したら、手順2でその日最初の起動指令であるかを判定する。判定は、日付情報を基に、前回起動操作に対して日付が変わっていて、前回停止からの待機時間がおおよそ3時間以上経過しているかによって行う。
【0018】
最初の起動指令であると判定したら、手順3で診断運転命令を与える。診断運転命令を与えるプログラムとエスカレーター本体の制御を司るプログラムの格納エリアは明確に隔離し、エスカレーターは診断運転時だけ本体制御と隔離された診断運転命令プログラムに主導権を与えて運転を行う。
【0019】
診断運転命令が与えられたら、手順4で制動装置5へ通電しないまま保持状態で電動機7を回転させようとするトルクを掛ける。この時のトルクは、制動保持状態を保て、踏段の多少のアンバランスに負けない程度であれ良いので、目安としては定格トルクの10%〜100%が適当である。
【0020】
手順5で、通常に比べて遅い起動加速度でエスカレーターの運転を開始するように制御装置4へ指令を与える。この時の加速度は機器の摩耗劣化による変化傾向をきめ細かく診断するには、加速を遅くするほど診断精度は高くなるが、その替わり起動操作を行う人の利便性が低下してしまうので、0.05m/s2〜0.005m/s2程度が目安として適当である。運転開始命令を与えると同時に、手順6で制動装置5へ電流を供給して電磁力を発生させて保持状態を開放する。この状態が継続するといずれ保持状態が開放して踏段1が動き始めるが、手順7で踏段1が動き始めるまでの時間はN秒以上経過していないか判定する。
【0021】
図5,図6に示すように、制動装置5の可動片のストロークが大きくなると保持状態が開放するまでに要する時間が長くなるので、結果として踏段1が動き出すまでの時間も長くなる。一般的な可動片のストローク管理値であれば、0.2秒〜0.8秒程度で開放動作は完了するので、Nは制御ロス時間を含める。Nを大きくしてしまうと、エスカレーター本体制御プログラムとは隔離された診断目的のためのプログラム命令に従って運転する時間が長くなるため、万一の安全装置制御機能が働かない場合も考えられるので3秒〜7秒が適当である。手順7でN秒以上経過しても踏段1の動き始めが検出できない場合は、手順8で診断運転エラーまたは制動装置異常と判断して遠隔監視センター21へ発報し、運転制御の主導権をエスカレーター本体プログラムへ引き渡して通常運転にそのまま切り替えて診断を終了する。
【0022】
手順9でN秒以内に踏段1が動き始めたと判定したら、手順10で踏段1が動き始めた時間T2を計測すると同時に手順11で運転制御の主導権をエスカレーター本体プログラムへ引き渡して通常運転の開始命令を与え、エスカレーターは通常の加速度で運転を始めて設定速度による走行を継続する。その間に手順12で手順6と手順10で計測したデータから制動装置5へ電流を供給してから踏段1が動き始めるまでに要した時間D1を算出して所定のエリアへ算出結果を格納する。
【0023】
その後、手順13で、設備管理者または技術員2によって周囲の安全を確認しながら鍵操作によってエスカレーターへ正常に停止命令が与えられたかを判定する。正常な停止命令が与えられたと判定したら、手順14でエスカレーターの制動を開始し、手順15で制動装置5が保持状態となってエスカレーターが停止したかを判定する。停止したと判定したら、手順16でエスカレーターが起動してから停止するまでに走行した時間がM時間以上であるかを判定する。ここで、Mは制動装置5へ通電されてコイル温度が上昇して安定するまでに要する時間が目安となり、0.5時間〜3時間が適当である。
【0024】
M時間以上走行されずに停止した場合は、手順17で停止後のHOT状態による制動装置5の診断は行えないと判断して診断を終了する。M時間以上走行して停止したと判定したら、手順18で停止直後に再度診断運転を行うように命令を与え、手順4〜手順10までと同じ手順で踏段1が動き出すまでの時間を手順19〜25で計測する。手順25で踏段1の動き始め時間T5を計測し、手順26でエスカレーターへ停止命令を与えて運転を止める。
【0025】
次に、手順27で停止直後の診断運転で手順21と手順25で計測したデータから制動装置5へ電流を供給してから踏段1が動き始めるまでに要した時間D2を算出して所定のエリアへ算出結果を格納する。そして、手順28で制動装置5の劣化状態を診断する。診断の方法としては、計測したD1とD2をエスカレーターが据付完了して竣工を開始した直後の時の値と比較し、その変化率で判断できる。一般的には110%〜150%の変化率であれば制動装置5の可動片のストロークが管理値を外れていると判断できる。また、D1とD2を絶対値と比較することも有効で、350ms〜450msより大きいと管理値を外れているとおおよそ判断できる。
【0026】
これにより、起動時や停止直後はエスカレーター上に乗客はいないもしくは少数であるのが一般的であり、いつも同じ条件で変化傾向を監視できる。さらに、待機状態からの起動開始直後の診断運転計測と一定時間以上走行してからの停止直後の診断運転計測の両方を監視することで、診断精度を高めることができる。
【0027】
手順28の診断結果を基に、手順29で制動装置5の調整作業必要有無を判定し、間もなく管理値に到達するもしくは管理値を外れていた場合は手順30で制動装置5の調整作業を計画するように監視センター21へ発報して診断を終了する。
【0028】
以上、設備管理者または技術員2の起動及び停止操作を基準に診断運転命令を発するので、いつも乗客がいない安定した状態で診断データを計測することとなり、信頼性の高い機器の劣化診断を行うことができる。
【0029】
図7は、他の実施例を示す機能ブロック図であり、図3に示すものに対し、設備管理者または技術員2による起動及び停止操作命令を基準に診断運転命令を発する代わりに、エスカレーターの乗降口や周辺の様子をモニターできる監視カメラ22と、カメラ画像からエスカレーターを起動しても安全であるかどうかを判断する画像認識手段23と、エスカレーターを安全に起動できると判断したら遠隔指令でエスカレーターへ起動指令を与えられる遠隔起動指令手段24を備える。
【0030】
したがって、エスカレーターが停止した直後から起動されるまでの待機中に必要に応じて機器の診断運転を何度も行うことができるので、診断ごとのバラツキを診断回数を増やして平均することで、予防保全の信頼性を向上できる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】本発明による一実施の形態の乗客コンベアの駆動機器構成を示す正面図。
【図2】一実施の形態による乗客コンベアの制動装置の配置を示す斜視図。
【図3】一実施形態であるエスカレーターの機能ブロック図。
【図4】一実施形態であるエスカレーターの診断運転手順を示すフローチャート図。
【図5】一実施形態であるエスカレーターの診断運転手順を示すグラフ。
【図6】一実施形態であるエスカレーターの診断運転手順を示すグラフ。
【図7】他の実施形態であるエスカレーターの機能ブロック図。
【符号の説明】
【0032】
1 踏段
2 設備管理者または技術員
3 操作盤
4 制御装置
5 制動装置
6 トルク可変装置
7 電動機
8 減速機
9 ドライビングチェーン
10 踏段チェーン
11 ハンドレール
12 ハンドレール駆動装置
13 ハンドレール駆動チェーン
14 起動指令検出手段
15 起動判定手段
16 停止指令検出手段
17 診断運転命令手段
18 診断データ計測手段
19 計測データ格納手段
20 劣化診断手段
21 遠隔監視センター
22 監視カメラ
23 画像認識手段
24 遠隔起動指令手段

【特許請求の範囲】
【請求項1】
無端状に連結される踏段と、該踏段の側方に立設される欄干に設けられ前記踏段と同期して動くハンドレールと、前記踏段及び前記ハンドレールをチェーン及びベルトを介して駆動する電動機と、該電動機の起動,停止及び回転速度を制御する制御装置と、を有する乗客コンベアの自動診断運転装置において、
起動指令が与えられたことを検出する起動指令検出手段と、
前記チェーン等の状態を診断するために通常起動とは異なる加速度やトルク制御によって診断専用運転を行うように前記制御装置へ指令する診断運転命令手段と、
前記診断専用運転時に前記制御装置が監視している情報を計測する診断データ計測手段と、
を備え、前記起動指令が与えられた場合、前記診断専用運転を開始し、計測された前記情報の値又は変化率に基づいて劣化状態を診断することを特徴とする乗客コンベアの自動診断運転装置。
【請求項2】
請求項1に記載のものにおいて、前記制御装置が監視している情報は、運転命令が与えられてから前記踏段が動き始めるまでの時間、あるいは、前記ハンドレールを駆動する前記チェーンのテンションとされたことを特徴とする乗客コンベアの自動診断運転装置。
【請求項3】
請求項1に記載のものにおいて、前記起動指令検出手段で検出された起動指令がその日最初の起動指令である場合、前記診断専用運転を開始することを特徴とする乗客コンベアの自動診断運転装置。
【請求項4】
請求項1に記載のものにおいて、乗客コンベアが停止した直後に前記劣化状態の診断を行うことを特徴とする乗客コンベアの自動診断運転装置。
【請求項5】
請求項1に記載のものにおいて、乗客コンベアの乗降口付近の様子を監視する監視カメラと、前記監視カメラの画像を認識する画像認識手段と、を設け、前記起動指令が与えられたことに代えて、前記乗降口付近に人がいないと判断される場合、前記劣化状態の診断を行うことを特徴とする乗客コンベアの自動診断運転装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2009−155050(P2009−155050A)
【公開日】平成21年7月16日(2009.7.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−335499(P2007−335499)
【出願日】平成19年12月27日(2007.12.27)
【出願人】(000005108)株式会社日立製作所 (27,607)
【出願人】(000232955)株式会社日立ビルシステム (895)
【Fターム(参考)】