説明

乳酸菌増殖剤および乳酸菌発酵食品

【課題】 本発明は、安全かつ食品に使用可能な乳酸菌増殖促進を有する脂肪酸を提供することを課題とする。
【解決手段】 本発明は、乳酸菌増殖促進作用を有する脂肪酸として、シス-バクセン酸を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は乳酸菌増殖促進作用および腸内環境改善作用を有する脂肪酸に関する。
【背景技術】
【0002】
乳酸菌は腸内細菌の一つとしてヒト腸内に存在し腸内フローラを形成しているが、クロストリジウム属などの悪玉菌やピロリ菌などの病原菌の生育を阻害するバクテリオシンの生産や変異原性の減少、血清コレステロール低下作用、血圧降下作用、免疫強化作用等の健康機能を有することから、善玉菌(プロバイオテイクス)とされ、健康な生活をおくる上でこれら乳酸菌を積極的に摂取することが望まれている(非特許文献1)。実際、乳酸桿菌や乳酸球菌、ビフィズス菌などの乳酸菌を添加したヨーグルトや発酵乳が特定保健用食品として認可され、機能性食品の一大市場を築いている。
【0003】
また、ヒトの腸内環境を改善する目的で、ヒトの腸内に生息する善玉菌、とくに乳酸菌の増殖を促進させる物質、いわゆるプレバイオテイクス物質の開発も進められている。これまでに効果が認められたプレバイオテイクス物質は、加水分解を受けず小腸でも吸収されずにそのままの形態で、乳酸菌が生息する大腸まで届くようなガラクトオリゴ糖やフラクトオリゴ糖など難消化性糖類に限られ(非特許文献2)、かつ乳酸菌の中でもビフィズス菌の増殖を活性化させるものがほとんどである。一方、乳酸菌の中でもLactobacillus属乳酸桿菌は、取扱が容易なことからプロバイオテイクスとして幅広く食品に利用されているが、プロバイオテイクス機能を効果的に発揮させるためには、乳酸桿菌を添加した食品を保存や輸送する際に起こる乳酸桿菌の減少を抑えること、あるいは増加させるが必要である。また、腸内の悪玉菌の繁殖を抑えて腸内環境を改善するには、善玉菌である乳酸桿菌を腸内で増殖させることが肝要である。しかし、乳酸桿菌の増殖促進物質について調べた事例は少なく、今のところ、N-アセチルノイラミン酸(特許文献1)と低分子のペプチド(非特許文献3)が報告されているに過ぎない。また、ある種の乳酸桿菌に不飽和脂肪酸のひとつであるオレイン酸(シス9-オクタデセン酸)要求性があることが知られている(非特許文献4)。しかし、脂肪酸を含む発酵食品を製造しようとすると、発酵遅延や菌の死滅を招くことが知られており(特許文献2)、少量で効果的に乳酸桿菌の増殖を促進する脂肪酸の存在は知られていない。食品に利用可能な物質で、腸内環境改善に有効な乳酸桿菌の増殖を促進できる物質が求められている。
【0004】
シス-バクセン酸はオレイン酸と同じ炭素数18で、シス型の二重結合を1個有する脂肪酸であるが、二重結合が炭素鎖の11位にある。シス-バクセン酸は、微生物の他、牛脂、羊脂、バター等の乳酪製品、ワサビやラデイッシュ、ユリ根、大根等の根菜類に含まれている。特にオレンジやミカンなどの柑橘類または柿類の果肉の全脂質中に20〜30%の高濃度で含まれている。シス-バクセン酸には、近年、結腸癌細胞増殖抑制作用(非特許文献5)や酸化ストレス抑制作用(非特許文献6)などが報告され、その健康機能が注目されている。したがって、シス-バクセン酸に腸内環境改善に関わる乳酸菌の増殖を促進する作用があれば、高い健康機能を有した乳酸菌増殖促進剤として食品に利用できることになる。
【0005】
【特許文献1】特開平7−267866号公報
【特許文献2】特開2002−58425号公報
【非特許文献1】食品と栄養サプリメント、2003、pp.139−162
【非特許文献2】フーズ・フード・イングレジエンツ・ジャーナル・ジャパン(Foods Food Ingredients Journal of Japan)、2004、Vol.209、No.9、pp.780−792
【非特許文献3】日本畜産学会報、1991、Vol.62、pp.314−316
【非特許文献4】ジャーナル・オブ・ジェネラル・アプライド・マイクロバイオロジー(Journal of General Applied Microbiology)、1995、Vol.41、pp.327−332
【非特許文献5】キャンサー・レターズ(Cancer Letters)、1995、Vol.91、No.1、pp.55−61
【非特許文献6】アメリカン・ジャーナル・オブ・フィジオロジー(American Journal of Physiology)、1991、Vol.260、pp.L481−488
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、健康機能を有し、かつ腸内環境の改善に有用な乳酸桿菌に特異的で食品に使用可能な乳酸菌増殖促進作用を有する脂肪酸を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的に対し、本発明者らは種々の脂肪酸と乳酸桿菌の生育を鋭意検討した結果、脂肪酸のうち、二重結合を1個有する炭素数18の不飽和脂肪酸、とくにシス-バクセン酸(シス11−オクタデセン酸)に、極めて強い乳酸菌増殖促進作用があることを見出し、本発明を完成するに至った。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、腸内環境の改善に有用な乳酸菌の増殖を促進する作用と特別な健康機能を有する脂肪酸としてシス-バクセン酸が提供される。この脂肪酸は、乳酸醗酵時あるいは乳酸醗酵製品に添加して飲食物、健康食品、もしくは動物用飼料となすことができ、簡便かつ安全に使用できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
シス-バクセン酸は乳製品や根菜類、柑橘類、柿類の野菜・果実にも含まれており、安全性については問題のないものである。
【0010】
本脂肪酸は入手が容易であり、低濃度(10−6M)で乳酸菌増殖促進作用を示すことから、食品に添加した場合に風味に影響を及ぼすことはない。
【0011】
本脂肪酸はカルシウム塩、マグネシウム塩、カリウム塩等の塩類の他、メチルエステル、エチルエステル、プロピルエステル、ステリルエステル、シュガーエステル、ソルビタンエステル、プロピレングリコールエステル等のエステル類の形態としても使用可能である。
【0012】
また、本脂肪酸はヨーグルトや発酵乳に使用できるのはもちろんのこと、乳酸菌を含有する食品であるチーズ、発酵バター、発酵肉製品(発酵ソーセージ・熟成ハム)、発酵魚製品(馴れずし・魚糠漬)、根菜漬、穀実加工品(発酵豆乳など)、パン、ケーキ、アイスクリーム、菓子類、酒類にも使用可能である。用途についても一般家庭用に止まることなく業務用、給食用、健康食品用、治療用及び病院給食用としても使用できる。つまり、本発明は、乳酸菌を含む食品全てに応用できるものである。
【0013】
また、本発明に係る脂肪酸は例えば他のサプリメントと同じように、ソフトカプセルやマイクロカプセル等のカプセル状にして直接ヒトが摂取することも可能である。このように本発明に係る脂肪酸は、ヒトの腸内環境を改善するために、消化管内に生息する善玉菌の乳酸菌の活性化に利用される他、抗癌作用や抗酸化ストレスなど複次的な健康機能が期待される。
【実施例1】
【0014】
以下に本発明をより具体的に説明するために、試験例および製造例を示す。無論、本発明はそれらによって限定されるものではない。
【0015】
乳酸菌にはヒトの消化器系に生息する5種のLactobacillus属(L. gasseri 2株、L. plantarum 2株、L. reuteri 1株)乳酸桿菌を用いた。添加する脂肪酸には、シス-バクセン酸(シス11−オクタデセン酸)の他、パルミチン酸(ヘキサデカン酸)、ステアリン酸(オクタデカン酸)、パルミトレイン酸(シス9−ヘキサデセン酸)、オレイン酸、リノール酸、α−リノレン酸、エイコサペンタエン酸(シス5、シス8、シス11、シス14、シス17−エイコサペンタエン酸)、ドコサヘキサエン酸(シス4、シス7、シス10、シス13、シス16、シス19−ドコサヘキサエン酸)、エライジン酸(トランス9−オクタデセン酸)、バクセン酸(トランス11−オクタデセン酸)を用い、Tween 80を含まない乳酸桿菌専用培地(MRS培地)に濃度7.645×10−4Mを基準とし、3段階の濃度(1、1/10、1/100量)で各種脂肪酸を添加した。各培地に菌液が2%となるように接種し、37℃、24時間培養後595nmにおける吸光度を測定し、培養しないものとの差から生育度を調べた。
【0016】
表1にL. gasseri培養後の成育度を脂肪酸無添加の場合との相対値で示した。供試した脂肪酸のうち、飽和脂肪酸には乳酸菌の増殖を促進する作用は見られず、二重結合を2個以上含む、リノール酸、α−リノレン酸、エイコサペンタエン酸、ドコサヘキサエン酸のような高度不飽和脂肪酸では、添加濃度が高いと乳酸菌の生育を抑制する傾向が見られた。一方、シス-バクセン酸の他、オレイン酸、バクセン酸、エライジン酸の炭素数が18で二重結合を1個有する不飽和脂肪酸(モノエン酸)は濃度依存的に乳酸菌の生育を促進させた。この実験結果は他のLactobacillus属乳酸桿菌でも同じであった。以上より、炭素数18で二重結合を1個有する脂肪酸に乳酸菌増殖促進作用のあることが明らかとなったが、これら脂肪酸のうち、エライジン酸やバクセン酸はトランス型二重結合を有するため、摂取した場合に血中コレステロールを増加させ、動脈硬化を引き起こし、心疾患を招く恐れがあるので、食品に使用するのには不適当である。一方、シス-バクセン酸はオレイン酸と同等以上の強い乳酸菌増殖促進作用を示すと共に、特異な生理機能を有することから、乳酸菌増殖促進物質として優れている。
【0017】
すなわち、シス-バクセン酸を乳酸発酵時に添加することにより、醗酵効率を上げると共に、乳酸菌を含む食品に添加することにより、食品の保存・輸送の際中に乳酸菌の増殖を促す他、食品を摂取した場合に、腸内で乳酸菌を増殖させることにより悪玉菌を減らして腸内環境を改善するだけでなく、癌や酸化ストレスの緩和や予防といった副次的な健康機能も期待できる。
【0018】
シス-バクセン酸は柑橘類や柿類の果肉の脂質中に高濃度で含まれており、柑橘類や柿類の果肉から抽出、濃縮した脂質を乳酸発酵時または乳酸菌を含む食品に添加しても良い。
【0019】
【表1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
シス-バクセン酸を有効成分とすることを特徴とする乳酸菌増殖剤。
【請求項2】
前記乳酸菌増殖剤の増殖対象となる乳酸菌が乳酸桿菌であることを特徴とする請求項1に記載の乳酸菌増殖剤。
【請求項3】
前記乳酸菌増殖剤が前記シス-バクセン酸を含む柑橘類または柿類の果肉由来の脂質であることを特徴とする請求項1または2に記載の乳酸菌増殖剤。
【請求項4】
シス-バクセン酸が添加されていることを特徴とする乳酸菌発酵食品。
【請求項5】
前記シス-バクセン酸を含む柑橘類または柿類の果肉由来の脂質が添加されていることを特徴とする請求項4に記載の乳酸菌発酵食品。

【公開番号】特開2006−262778(P2006−262778A)
【公開日】平成18年10月5日(2006.10.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−85661(P2005−85661)
【出願日】平成17年3月24日(2005.3.24)
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【Fターム(参考)】