説明

乳酸菌検出用PCRプライマー

【課題】ケフィアグレイン構成乳酸菌、ラクトバシルス・ケフィラノファシエンス、ラクトバシルス・ケフィーリ、ラクトバシルス・パラケフィーリ、ロイコノストック・メセンテロイデス及び、ラクトバシルス・ケフィラノファシエンスの亜種ケフィラノファシエンス、亜種ケフィアグラナムについて、PCR検査によって簡便に短時間に検出・識別及び/又は定量するためのPCRプライマーセット、その増幅領域DNA、及びこれらを用いた検査方法を提供する。
【解決手段】ケフィアグレイン構成乳酸菌のDNAジャイレースサブユニットB遺伝子塩基配列において、他の菌株にはない検出・識別に最適な領域及びこの領域の増幅用PCRプライマーセットを設計し、これを用いて検査することで、簡便で短時間に目的の菌株を個別に検出、識別、定量する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルコール発酵乳であるケフィアの生産にスターターとして使用されるケフィアグレイン(乳酸菌と酵母の共生体)の構成乳酸菌の検出・識別及び/又は定量に用いるPCRプライマーセット、その増幅領域DNA、及びそれらを用いた乳酸菌の簡便な検出・識別及び/又は定量方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ケフィアは、長寿者の多いことで知られる旧ソビエト連邦のコーカサス地方(現在のグルジア共和国、アルメニア共和国、アゼルバイジャン共和国にまたがる地域)に古くから伝わるアルコール発酵乳であり、ケフィールとも呼ばれている。このケフィアは、一般的な乳酸発酵乳とは異なり、乳酸菌による乳酸醗酵と酵母によるアルコール発酵を同時に進めることにより、独特の風味をもつ発酵乳となる。このケフィアの生産(発酵)には、ケフィアグレインと称されるスターターを使用する。
【0003】
ケフィアグレインとは、複数の乳酸菌と酵母が共生する共生体であり、ケフィア粒又はケフィア種とも呼ばれている。形状及び色彩は、弾性のある塊であり、乳白色、半透明で、数ミリから数センチの大きさがある。またケフィアグレイン自体は、代々乳に植え継がれることで今日まで伝えられてきている。一般的なケフィアグレインは、10種類以上もの乳酸菌と酵母で構成されており、これらが複合発酵することで多種類の微生物が有用菌として働き、ケフィアが様々な健康効果をもたらすと考えられている。また、ケフィアグレインはケフィランと呼ばれる粘性多糖類が糊のような役割をして、各乳酸菌と酵母をからめて共生体を構築していると考えられており、このケフィランにも抗腫瘍効果などの様々な有効性が報告されている。
【0004】
ケフィアグレイン構成乳酸菌としては、ラクトバシルス・ケフィラノファシエンス(Lactobacillus kefiranofaciens)、ラクトバシルス・ケフィーリ(Lactobacillus kefiri)、ラクトバシルス・パラケフィーリ(Lactobacillus parakefiri)、ロイコノストック・メセンテロイデス(Leuconostoc mesenteroides)が主なものとして例示される。この中で、ラクトバシルス・ケフィラノファシエンスはケフィランを産出することから、ケフィアグレインの形成に最も重要な役割がある乳酸菌であるとされている。さらにラクトバシルス・ケフィラノファシエンスは、2つの亜種、ケフィラノファシエンス(Lactobacillus kefiranofaciens subsp. kefiranofaciens)、ケフィアグラナム(Lactobacillus kefiranofaciens subsp. kefirgranum)に分類される。
【0005】
例えば、株式会社不二家で保有するケフィアグレイン(Kefir grain F20)には、上述の乳酸菌が全て含まれていることが培養検査等で明らかにされている。また、Food Microbiology,25,492−501(2008)(非特許文献1)に報告されているケフィアグレインも、これに近い乳酸菌の構成となっている。
【0006】
しかし、近年ケフィアが世界各国へ広がったことや、ケフィアが発酵するごとに菌叢が変化していくことなどから、現在では産地等の条件により含まれる菌の種類、数、バランスが大きく異なってきている。中には、ケフィアには元来含まれない菌を含んでいたり、上述の有用な乳酸菌の一部あるいは全部を含んでいない、というものも見受けられる。したがって、ケフィアやケフィア製造の際に使用するケフィアグレインなどに、上述の有用乳酸菌が確実に一定の菌数含まれていることを検査等により確認することが非常に重要である。
【0007】
ケフィアグレイン構成乳酸菌の検査を行う場合、これまでの技術では、例えばラクトバシルス・ケフィラノファシエンスの培養には特別な培地を必要とするのに加え、この培地を使用しても単菌培養自体の難しさがあり、コロニーが出現するまで1〜2週間と長期間を要していた(特許文献1)。そのため、多種の乳酸菌が含まれるケフィアやケフィアグレインなどから、特定のケフィアグレイン構成乳酸菌の検出や、得られた乳酸菌の菌株の識別、菌数の定量などを短時間で簡便に行うことは非常に困難であり、品質管理上などでの問題が生じていた。
【0008】
近年、16SrRNA遺伝子配列のPCR検査によって、ロイコノストック属の検出を行う簡便な検査法が報告されている(特許文献2)。しかし、この検出方法では、例えばラクトバシルス・ケフィラノファシエンスの2つの亜種については16SrRNA遺伝子配列が100%一致するため、これら2つの亜種を識別することはできない。つまり、16SrRNA遺伝子配列は近縁の菌種間での配列保存領域が極めて多く、この同定方法では属などの識別は可能であっても、近縁種や亜種の識別は困難であると考えられる。
【0009】
また、16SrRNA遺伝子よりも配列多型が多いDNAジャイレースサブユニットB遺伝子(gyrB)の配列について、多くの細菌の遺伝子配列の急速な蓄積が行われており、この配列を利用した細菌同定法も報告されている(特許文献3、4)。しかし、特許文献3で開示の方法は、gyrB配列中の細菌種間で保存性の高い配列を利用しているため、特定の菌株の識別には適さない。また、特許文献4に開示の方法は、ビール混濁性に関与するラクトバシルス・ブレビスの菌株に関する方法であるが、PCR増幅産物をさらに制限酵素処理してビール混濁性の基準株との制限酵素切断パターンを比較することでその菌株のビール混濁性を判断するのみであり、菌株の同定までを行うものではない。
【0010】
特に、ケフィアグレイン構成乳酸菌は上述の培養の特殊性、困難性などから、簡便で検査時間が短時間ですむ検出・識別及び定量法の開発が望まれているが、上述のような従来技術ではこの課題を解決することはできなかった。
【特許文献1】特開昭61−257197号公報
【特許文献2】特開2003−255号公報
【特許文献3】特開平7−213299号公報
【特許文献4】特開2003−250557号公報
【非特許文献1】Food Microbiology,25,492−501(2008)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、ケフィアグレイン構成乳酸菌、ラクトバシルス・ケフィラノファシエンス、ラクトバシルス・ケフィーリ、ラクトバシルス・パラケフィーリ、ロイコノストック・メセンテロイデス及び、ラクトバシルス・ケフィラノファシエンスの亜種ケフィラノファシエンス、亜種ケフィアグラナムについて、PCR検査によって簡便に短時間に検出・識別及び/又は定量するためのPCRプライマーセット、その増幅領域DNA、及びこれらを用いた検査方法の提供を目的としてなされたものである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記目的を達成するため、本発明者らは鋭意研究の結果、上述のケフィアグレイン構成乳酸菌のDNAジャイレースサブユニットB遺伝子(gyrB)に着目し、この遺伝子配列と他の乳酸菌の配列を比較・解析して、この遺伝子配列中の他の菌株にはない検出・識別に最適な領域及びこの領域の増幅用PCRプライマーセットを設計し、これを検査に用いることで、目的の菌の検出・識別及び定量が可能であることを見出し、本発明に至った。
【0013】
すなわち、本発明の実施形態は次のとおりである。
(1)ケフィアグレイン構成乳酸菌、ラクトバシルス・ケフィラノファシエンス(Lactobacillus kefiranofaciens)のDNAジャイレースサブユニットB遺伝子の一部をPCR反応により増幅することで、当該菌株の検出・識別及び/又は定量をすることを特徴とする、配列番号1及び2に記載の塩基配列からなるPCRプライマーセット(F−プライマー(配列番号1)とR−プライマー(配列番号2)のセット)、及び配列番号3に記載の塩基配列からなる該遺伝子の増幅領域DNA。
(2)ケフィアグレイン構成乳酸菌、ラクトバシルス・ケフィーリ(Lactobacillus kefiri)のDNAジャイレースサブユニットB遺伝子の一部をPCR反応により増幅することで、当該菌株の検出・識別及び/又は定量をすることを特徴とする、配列番号4及び5に記載の塩基配列からなるPCRプライマーセット(F−プライマー(配列番号4)とR−プライマー(配列番号5)のセット)、及び配列番号6に記載の塩基配列からなる該遺伝子の増幅領域DNA。
(3)ケフィアグレイン構成乳酸菌、ラクトバシルス・パラケフィーリ(Lactobacillus parakefiri)のDNAジャイレースサブユニットB遺伝子の一部をPCR反応により増幅することで、当該菌株の検出・識別及び/又は定量をすることを特徴とする、配列番号7及び8に記載の塩基配列からなるPCRプライマーセット(F−プライマー(配列番号7)とR−プライマー(配列番号8)のセット)、及び配列番号9に記載の塩基配列からなる該遺伝子の増幅領域DNA。
(4)ケフィアグレイン構成乳酸菌、ロイコノストック・メセンテロイデス(Leuconostoc mesenteroides)のDNAジャイレースサブユニットB遺伝子の一部をPCR反応により増幅することで、当該菌株の検出・識別及び/又は定量をすることを特徴とする、配列番号10及び11に記載の塩基配列からなるPCRプライマーセット(F−プライマー(配列番号10)とR−プライマー(配列番号11)のセット)、及び配列番号12に記載の塩基配列からなる該遺伝子の増幅領域DNA。
(5)ケフィアグレイン構成乳酸菌、ラクトバシルス・ケフィラノファシエンスの亜種ケフィラノファシエンス(Lactobacillus kefiranofaciens subsp. kefiranofaciens)のDNAジャイレースサブユニットB遺伝子の一部をPCR反応により増幅することで、当該菌株の検出・識別及び/又は定量をすることを特徴とする、配列番号13及び14に記載の塩基配列からなるPCRプライマーセット(F−プライマー(配列番号13)とR−プライマー(配列番号14)のセット)、及び配列番号15に記載の塩基配列からなる該遺伝子の増幅領域DNA。
(6)ケフィアグレイン構成乳酸菌、ラクトバシルス・ケフィラノファシエンスの亜種ケフィアグラナム(Lactobacillus kefiranofaciens subsp. kefirgranum)のDNAジャイレースサブユニットB遺伝子の一部をPCR反応により増幅することで、当該菌株の検出・識別及び/又は定量をすることを特徴とする、配列番号14及び16に記載の塩基配列からなるPCRプライマーセット(F−プライマー(配列番号16)とR−プライマー(配列番号14)のセット)、及び配列番号17に記載の塩基配列からなる該遺伝子の増幅領域DNA。
(7)(1)〜(6)に記載のPCRプライマーセット(PCR用のF−プライマーとR−プライマーのセット)を少なくとも1種以上含む、ケフィアグレイン構成乳酸菌、ラクトバシルス・ケフィラノファシエンス(Lactobacillus kefiranofaciens)、その亜種(Lactobacillus kefiranofaciens subsp. kefiranofaciens、Lactobacillus kefiranofaciens subsp. kefirgranum)、ラクトバシルス・ケフィーリ(Lactobacillus kefiri)、ラクトバシルス・パラケフィーリ(Lactobacillus parakefiri)、ロイコノストック・メセンテロイデス(Leuconostoc mesenteroides)のうち少なくとも1種以上の乳酸菌の検出・識別及び/又は定量用PCR検査キット。
(8)(1)〜(6)に記載のPCRプライマーセット(PCR用のF−プライマーとR−プライマーのセット)を少なくとも1種以上使用して、検体のDNAをPCR反応により増幅することで、ケフィアグレイン構成乳酸菌、ラクトバシルス・ケフィラノファシエンス(Lactobacillus kefiranofaciens)、その亜種(Lactobacillus kefiranofaciens subsp. kefiranofaciens、Lactobacillus kefiranofaciens subsp. kefirgranum)、ラクトバシルス・ケフィーリ(Lactobacillus kefiri)、ラクトバシルス・パラケフィーリ(Lactobacillus parakefiri)、ロイコノストック・メセンテロイデス(Leuconostoc mesenteroides)のうち少なくとも1種以上の乳酸菌を検出・識別及び/又は定量する方法。
(9)(7)に記載のPCR検査キットを使用することを特徴とする、(8)に記載の乳酸菌を検出・識別及び/又は定量する方法。
【0014】
つまり、本発明においては、配列番号1〜17及び図1、図2で示される、各乳酸菌株が固有に持つgyrB部分塩基配列及びこれらを特異的に増幅するPCRプライマーセット(F−プライマーとR−プライマーのセット)、このプライマーセットを1種以上含むPCR検査キット、及びこれらを使用した乳酸菌のPCR検査方法を提供している。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、ケフィアグレイン構成乳酸菌であるラクトバシルス・ケフィラノファシエンス、ラクトバシルス・ケフィーリ、ラクトバシルス・パラケフィーリ、ロイコノストック・メセンテロイデス及び、ラクトバシルス・ケフィラノファシエンスの亜種ケフィラノファシエンス、亜種ケフィアグラナムについて、PCR検査によって直接、簡便に短時間に検出・識別することが可能となる。また、これらのプライマーセットをリアルタイムPCR検査に用いることで目的菌株の定量も行うことができ、検出・識別だけでなく、菌数確認、菌数管理などが可能であるため、上記乳酸菌の品質管理等に非常に有効である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明では、まずケフィアグレイン構成乳酸菌の中で、ラクトバシルス・ケフィラノファシエンス、ラクトバシルス・ケフィーリ、ラクトバシルス・パラケフィーリ、ロイコノストック・メセンテロイデス及び、ラクトバシルス・ケフィラノファシエンスの亜種ケフィラノファシエンス、亜種ケフィアグラナムを検出・識別標的菌株とした。
【0017】
そして、これらの菌株のPCR検査での検出・識別のため、配列多型が多いgyrB遺伝子に着目し、公共の遺伝子配列データベースを解析した。しかし、データベースに蓄積されていたのはロイコノストック・メセンテロイデスのgyrB遺伝子配列のみであったため、PCR法を利用して他の菌株のgyrB遺伝子を全て取得し、全長塩基配列を決定した。
【0018】
これらのgyrB遺伝子配列情報と、近縁種でありgyrB遺伝子の塩基配列が公知である様々な乳酸菌の配列情報を比較して、上述のケフィアを構成する乳酸菌株を検出・識別するのに最適であると思われる増幅領域DNA、及びこの領域のみを増幅するPCRプライマーセットを設計した。これらの設計に際しては、通常のPCR検査に適用可能な領域及びプライマーであること、目的の菌株の目的領域のみを増幅、検出し、他の菌株では増幅反応を行わないプライマーであること、増幅後のDNA(PCR産物)について制限酵素処理やシークエンス等の特別な操作を必要としない増幅領域であること、定量検査として有効なリアルタイムPCR検査にも適用可能な100bp前後の長さの増幅領域であること、などを主な設計基準とした。
【0019】
上記手法により設計されたのが、ラクトバシルス・ケフィラノファシエンスについては配列番号1で示されるF−プライマー、配列番号2で示されるR−プライマー、配列番号3で示される増幅領域DNA(98bp)、ラクトバシルス・ケフィーリについては配列番号4で示されるF−プライマー、配列番号5で示されるR−プライマー、配列番号6で示される増幅領域DNA(117bp)、ラクトバシルス・パラケフィーリについては配列番号7で示されるF−プライマー、配列番号8で示されるR−プライマー、配列番号9で示される増幅領域DNA(118bp)、ロイコノストック・メセンテロイデスについては配列番号10で示されるF−プライマー、配列番号11で示されるR−プライマー、配列番号12で示される増幅領域DNA(149bp)、亜種ケフィラノファシエンスについては配列番号13で示されるF−プライマー、配列番号14で示されるR−プライマー、配列番号15で示される増幅領域DNA(121bp)、亜種ケフィアグラナムについては配列番号16で示されるF−プライマー、配列番号14で示されるR−プライマー(亜種ケフィラノファシエンスのR−プライマーと同一)、配列番号17で示される増幅領域DNA(124bp)である。これらは図1、図2にも示されている。
【0020】
PCR検査の検体としては、乳酸菌培養液、ケフィア、ケフィアグレインなどから定法により調製したDNAを用いることができるほか、乳酸菌培養液、ケフィア、ケフィアグレインなどをそのまま検体として使用することも可能である。また、ケフィア以外の加工食品等から定法により調製したDNAや、その加工食品等をそのまま検体として用いることも可能であり、その加工食品等の中の上記乳酸菌の有無の検出等にも利用可能である。
【0021】
PCR検査としては、定法のPCR試薬及びPCR検査機器を使用することができる。また、標的となる増幅領域DNAが短いためリアルタイムPCR法にも適用が可能であり、これらで通常用いられる試薬及び検査機器も使用することができる。反応条件についても定法を用いることができ、例えば、通常のPCR反応において、95℃10分の熱変性反応後、95℃15秒−65℃1分の2ステップを30サイクル反応し、最後に65℃10分伸長反応を行った後低温でホールドする条件などを用いることができる。この反応条件は、検体などの特性等により温度、時間を適宜増減させてもよく、反応サイクル数も適宜増減させてよい。例えば、ラクトバシルス・ケフィーリ及びラクトバシルス・パラケフィーリ増幅反応について、95℃15秒−68℃1分の2ステップを30サイクル反応し、最後に68℃10分伸長反応を行う条件としてもよく、亜種ケフィラノファシエンス増幅反応について、96℃15秒−72℃30秒の2ステップを25サイクル反応し、最後に72℃10分伸長反応を行う条件としてもよく、亜種ケフィアグラナム増幅反応について、96℃15秒−70℃30秒の2ステップを25サイクル反応し、最後に70℃10分伸長反応を行う条件としてもよい。このPCR反応条件の調整は、PCRに関する基本的な知識を有していれば、検体等に応じてすることは容易に行えるため、特に限定されるものではない。
【0022】
また、PCR検査に際して、PCR反応に使用するPCR試薬(DNAポリメラーゼ、単体のデオキシリボヌクレオチドミックス、バッファー、MgCl溶液等)の一部又は全部と上述のPCRプライマーセットを1種含んだPCR検査キットとして使用することができる。増幅領域のサイズが異なるものや、蛍光ラベル標識等の条件があえば、2種以上のPCRプライマーセットを含むPCR検査キットを使用して、同時に複数菌種の検査をすることも可能である。
【0023】
PCR検査によって得られた増幅産物は、定法のPCR産物を確認する方法で行うことができる。例えば、通常のPCR法での増幅産物については、アガロースゲル等にPCR反応サンプル及び所定のサイズマーカーをアプライして一定時間ゲル電気泳動を行い、電気泳動後のゲルをエチジウムブロマイド等の染色液で染色した後、UV照射などで増幅の有無及び断片サイズを確認することができる。なお、本発明のプライマーセットは菌種に特異的に反応するため、PCR検査によって得られた増幅産物の制限酵素処理やシークエンス等の特別な確認操作は必要なく、これらを行うことはない。また、リアルタイムPCRについては、通常は検査機器に常時検査結果(定量データ)が示されるため、PCR反応後の増幅産物の確認操作自体を必要としない。
【0024】
これらのPCRプライマーセットによりPCR産物が確認された検体には、該プライマーセットが特異的に検出する菌株が存在していることがわかり、リアルタイムPCR検査によれば当該菌数の確認も可能である。また、分離培養等によって得られた特定の乳酸菌についても、これらのプライマーセットを用いて検査することにより菌株を識別することができる。これらの検査に要する時間は数時間であり、長くとも検査開始から6時間以内には検査結果が判明する。これにより、複数の乳酸菌で構成されるケフィア、ケフィアグレインから、培養検査と比較して、非常に短時間で直接的に簡便に上述の菌株を個別に検出、識別、定量することができる。また、ケフィア以外の加工食品等の検体についても、上述の菌株の含有の判別が即座に可能となり、発酵乳等の食品の品質管理など産業上非常に有効である。
【実施例】
【0025】
以下、本発明の実施例について述べるが、本発明はこれらのみに限定されるものではない。
【0026】
(実施例1:PCR検査に用いる検体ゲノムDNAの調製)
検査に用いた検出・識別標的菌株(8株)及び標的菌株以外の乳酸菌(7株)については表1に示した。菌株名に記載されるJCMおよびNBRCは、菌株分譲機関を示している。菌株名にJCMと記載されているものは、独立行政法人理化学研究所バイオリソースセンター微生物材料開発室より入手し、菌株名にNBRCと記載されているものは、独立行政法人製品評価技術基盤機構バイオテクノロジー本部生物遺伝資源部門から入手した。また、菌株名の最後に「T」とつくものは、Type Strain(基準株)であることを示している。
【0027】
【表1】

【0028】
これら15株の菌よりゲノムDNAを調製した。方法は、5mlのMRS液体培地(OXOID社製品)に各供試菌を植菌し、アネロパック・ケンキ(三菱ガス化学社製品)を用いて嫌気条件下30℃で2〜10日間培養を行った。充分培養がされたところで、これらの培養液2mlからDNeasy Blood & Tissue Kit(QIAGEN社製品)を用いて抽出したものを各菌のDNA溶液として使用した。
【0029】
(実施例2:PCRプライマーの設計及び作製)
検出・識別標的菌株のgyrB遺伝子配列情報とgyrB遺伝子の塩基配列が公知である様々な乳酸菌の配列情報を比較し、通常のPCR検査に適用可能な領域及びプライマーであること、目的の菌株の目的領域のみを増幅、検出し、目的の菌株の他の領域や他の菌株では増幅反応を行わないプライマーであること、増幅後のDNAについて特別な操作を必要としないこと、リアルタイムPCR検査にも適用可能な100bp前後の長さの増幅領域であることを設計基準として、各標的菌株の特異的プライマーセット(図1)及び増幅領域(図2)を設計した。
上述の設計した各菌株を特異的に検出するためのプライマーは、全て定法に従い、単体のデオキシリボヌクレオチドからDNA合成を行って作製した。
【0030】
(実施例3:PCR反応液の調製及びPCR増幅反応)
各プライマーセットにつき、表2及び表3に示す組成でPCR反応液を調製した。
【0031】
【表2】

【0032】
【表3】

【0033】
PCR増幅反応はGeneAmp PCR System 9700(Applied Biosystems社製品)を用いて、各プライマーセットにつき以下の条件で行った。
【0034】
ラクトバシルス・ケフィラノファシエンス及びロイコノストック・メセンテロイデス検出用プライマーセットを使用したPCR増幅反応は、95℃10分間熱変性後、95℃15秒−65℃1分の2ステップを30サイクル反応し、最後に65℃10分間伸長反応を行った後低温でホールドした。
【0035】
ラクトバシルス・ケフィーリ、ラクトバシルス・パラケフィーリ検出用プライマーセットを使用したPCR増幅反応は、95℃10分間熱変性後、95℃15秒−68℃1分の2ステップを30サイクル反応し、最後に68℃10分間伸長反応を行った後低温でホールドした。
【0036】
ラクトバシルス・ケフィラノファシエンス亜種ケフィラノファシエンス検出用プライマーセットを使用したPCR増幅反応は、95℃10分間熱変性後、96℃15秒−72℃30秒の2ステップを25サイクル反応し、最後に72℃10分間伸長反応を行った後低温でホールドした。
【0037】
ラクトバシルス・ケフィラノファシエンス亜種ケフィアグラナム検出用プライマーセットを使用したPCR増幅反応は、95℃10分間熱変性後、96℃15秒−70℃30秒の2ステップを25サイクル反応し、最後に70℃10分間伸長反応を行った後低温でホールドした。
【0038】
PCR増幅産物の検出はゲル電気泳動によって行った。各PCR増幅反応後の反応液に6×Loading Buffer Orange G(ニッポンジーン社製品)2μlを加え撹拌した後、6μlを1×TAE Bufferを用いて作製した3.5%のNuSieve 3:1 Agaroseゲル(Lonza社製品)にアプライした。またDNAサイズマーカーには50bp DNA ラダー(invitrogen社製品)を使用した。DNAのバンドは、エチジウムブロマイド溶液で約20分間染色後、紫外線照射して確認した。
【0039】
各プライマーセットを使用したPCR増幅産物の確認結果(電気泳動写真)を図3〜8に示す。また、各PCR増幅結果を一覧としてまとめたものを図9に示す。
【0040】
各図から明らかなように、本発明において設計した全てのプライマーセットは、いずれも標的とする乳酸菌株から調製したゲノムDNAを検体としたときのみにPCR増幅産物が確認され、標的としていない乳酸菌株から調製したゲノムDNAを検体としたときには全くPCR増幅産物が確認されなかった。特に、ラクトバシルス・ケフィラノファシエンスの亜種特異的プライマーセットは、それぞれ標的外の亜種を検体としたときにPCR増幅産物が確認されず、各亜種を的確に検出、識別することができた。
【0041】
(実施例4:ケフィアグレインを検体としたPCR増幅反応)
株式会社不二家で保有しているケフィアグレイン(Kefir grain F20)20mgから、DNeasy Blood & Tissue Kit(QIAGEN社製品)を用いて抽出したものをDNA溶液として使用し、各プライマーセットにつき表2及び表3に示す組成でPCR反応液を調製した。これを、各プライマーセットについて実施例3と同じ条件でPCR増幅反応を行い、同じ条件でゲル電気泳動によってPCR増幅産物を確認した。
【0042】
PCR増幅産物の確認結果(電気泳動写真)を図10に示す。図から明らかなように、各レーンにはそれぞれのプライマーセットの増幅領域DNAのサイズ位置に唯一のバンドが見られる。このことから、本発明において設計した全てのプライマーセットは、複数の乳酸菌種が混在しているケフィアグレインから調製したゲノムDNAを検体としても、プライマーセットの標的菌株のみを確実に増幅できることが確認された。
【0043】
したがって、これらのプライマーセットを用いてPCR反応を行うことで、検体中に含まれる標的のケフィアグレイン構成乳酸菌を簡便に短時間で個別に検出、識別できることが証明された。また、本発明のプライマーセットは蛍光標識等を行ってリアルタイムPCR検査に使用することも可能であるため、これらのプライマーセットを用いてリアルタイムPCR検査を行い、標的菌株の検体中の菌数を短時間で測定することも可能であることが明らかとなった。
【0044】
本発明は要すれば、次の通りである。
本発明は、ケフィアグレイン構成乳酸菌、ラクトバシルス・ケフィラノファシエンス、ラクトバシルス・ケフィーリ、ラクトバシルス・パラケフィーリ、ロイコノストック・メセンテロイデス及び、ラクトバシルス・ケフィラノファシエンスの亜種ケフィラノファシエンス、亜種ケフィアグラナムのすくなくともひとつについて、PCR検査によって簡便に短時間に検出・識別及び/又は定量するために使用することを特徴とする、各配列番号に示される塩基配列からなるPCRプライマーセット、その増幅領域DNA、及びこれらを用いた検査方法に関するものである。
本発明によれば、ケフィアグレイン構成乳酸菌のDNAジャイレースサブユニットB遺伝子塩基配列において、他の菌株にはない検出・識別に最適な領域及びこの領域の増幅用PCRプライマーセットを設計し、これを用いて検査することにより、簡便で短時間に目的の菌株を個別に検出、識別、定量することがはじめて可能となった。
【図面の簡単な説明】
【0045】
【図1】ケフィアグレインを構成する各乳酸菌検出用プライマーセットの塩基配列。
【図2】ケフィアグレインを構成する各乳酸菌検出に用いるプライマーセットでの増幅領域DNAである、ジャイレースサブユニットB遺伝子(gyrB)部分塩基配列。
【図3】ラクトバシルス・ケフィラノファシエンス種特異的プライマーを用いたPCR増幅産物の電気泳動写真(図面代用写真)。
【図4】ラクトバシルス・ケフィーリ特異的プライマーを用いたPCR増幅産物の電気泳動写真(図面代用写真)。
【図5】ラクトバシルス・パラケフィーリ特異的プライマーを用いたPCR増幅産物の電気泳動写真(図面代用写真)。
【図6】ロイコノストック・メセンテロイデス特異的プライマーを用いたPCR増幅産物の電気泳動写真(図面代用写真)。
【図7】亜種ケフィラノファシエンス特異的プライマーを用いたPCR増幅産物の電気泳動写真(図面代用写真)。
【図8】亜種ケフィアグラナム特異的プライマーを用いたPCR増幅産物の電気泳動写真(図面代用写真)。
【図9】実施例3での各種プライマーセットによるPCR増幅結果一覧。
【図10】実施例4でのKefir grain F20を検体としたときの各特異的プライマーセットでのPCR増幅産物の電気泳動写真(図面代用写真)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ケフィアグレイン構成乳酸菌、ラクトバシルス・ケフィラノファシエンス(Lactobacillus kefiranofaciens)のDNAジャイレースサブユニットB遺伝子の一部をPCR反応により増幅することで、当該菌株の検出・識別及び/又は定量をすることを特徴とする、配列番号1及び2に記載の塩基配列からなるPCRプライマーセット、及び配列番号3に記載の塩基配列からなる該遺伝子の増幅領域DNA。
【請求項2】
ケフィアグレイン構成乳酸菌、ラクトバシルス・ケフィーリ(Lactobacillus kefiri)のDNAジャイレースサブユニットB遺伝子の一部をPCR反応により増幅することで、当該菌株の検出・識別及び/又は定量をすることを特徴とする、配列番号4及び5に記載の塩基配列からなるPCRプライマーセット、及び配列番号6に記載の塩基配列からなる該遺伝子の増幅領域DNA。
【請求項3】
ケフィアグレイン構成乳酸菌である、ラクトバシルス・パラケフィーリ(Lactobacillus parakefiri)のDNAジャイレースサブユニットB遺伝子の一部をPCR反応により増幅することで、当該菌株の検出・識別及び/又は定量をすることを特徴とする、配列番号7及び8に記載の塩基配列からなるPCRプライマーセット、及び配列番号9に記載の塩基配列からなる該遺伝子の増幅領域DNA。
【請求項4】
ケフィアグレイン構成乳酸菌である、ロイコノストック・メセンテロイデス(Leuconostoc mesenteroides)のDNAジャイレースサブユニットB遺伝子の一部をPCR反応により増幅することで、当該菌株の検出・識別及び/又は定量をすることを特徴とする、配列番号10及び11に記載の塩基配列からなるPCRプライマーセット、及び配列番号12に記載の塩基配列からなる該遺伝子の増幅領域DNA。
【請求項5】
ケフィアグレイン構成乳酸菌である、ラクトバシルス・ケフィラノファシエンスの亜種ケフィラノファシエンス(Lactobacillus kefiranofaciens subsp. kefiranofaciens)のDNAジャイレースサブユニットB遺伝子の一部をPCR反応により増幅することで、当該菌株の検出・識別及び/又は定量をすることを特徴とする、配列番号13及び14に記載の塩基配列からなるPCRプライマーセット、及び配列番号15に記載の塩基配列からなる該遺伝子の増幅領域DNA。
【請求項6】
ケフィアグレイン構成乳酸菌である、ラクトバシルス・ケフィラノファシエンスの亜種ケフィアグラナム(Lactobacillus kefiranofaciens subsp. kefirgranum)のDNAジャイレースサブユニットB遺伝子の一部をPCR反応により増幅することで、当該菌株の検出・識別及び/又は定量をすることを特徴とする、配列番号14及び16に記載の塩基配列からなるPCRプライマーセット、及び配列番号17に記載の塩基配列からなる該遺伝子の増幅領域DNA。
【請求項7】
請求項1〜6に記載のPCRプライマーセットを少なくとも1種以上含む、ケフィアグレイン構成乳酸菌、ラクトバシルス・ケフィラノファシエンス(Lactobacillus kefiranofaciens)、その亜種(Lactobacillus kefiranofaciens subsp. kefiranofaciens、Lactobacillus kefiranofaciens subsp. kefirgranum)、ラクトバシルス・ケフィーリ(Lactobacillus kefiri)、ラクトバシルス・パラケフィーリ(Lactobacillus parakefiri)、ロイコノストック・メセンテロイデス(Leuconostoc mesenteroides)のうち少なくとも1種以上の乳酸菌の検出・識別及び/又は定量用PCR検査キット。
【請求項8】
請求項1〜6に記載のPCRプライマーセットを少なくとも1種以上使用して、検体のDNAをPCR反応により増幅することで、ケフィアグレイン構成乳酸菌、ラクトバシルス・ケフィラノファシエンス(Lactobacillus kefiranofaciens)、その亜種(Lactobacillus kefiranofaciens subsp. kefiranofaciens、Lactobacillus kefiranofaciens subsp. kefirgranum)、ラクトバシルス・ケフィーリ(Lactobacillus kefiri)、ラクトバシルス・パラケフィーリ(Lactobacillus parakefiri)、ロイコノストック・メセンテロイデス(Leuconostoc mesenteroides)のうち少なくとも1種以上の乳酸菌を検出・識別及び/又は定量する方法。
【請求項9】
請求項7に記載のPCR検査キットを使用することを特徴とする、請求項8に記載の乳酸菌を検出・識別及び/又は定量する方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2010−81889(P2010−81889A)
【公開日】平成22年4月15日(2010.4.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−255453(P2008−255453)
【出願日】平成20年9月30日(2008.9.30)
【出願人】(000005360)株式会社不二家 (1)
【Fターム(参考)】