二本鎖リボ核酸ポリイオンコンプレックス
【課題】糸球体、特にメサンギウム細胞などにおける遺伝子サイレンシングに機能する二本鎖リボ核酸の当該組織又は細胞への送達に有用なデリバリーシステムなどを提供する。
【解決手段】二本鎖リボ核酸と、下記一般式(I)又は(II)で表されるブロック共重合体とが静電結合されてなる非高分子ミセル形態のポリイオンコンプレックスであって、動的光散乱測定法で測定した場合に100nm未満の平均粒径を有するポリイオンコンプレックス。
(式中の記号の定義は、明細書に記載の通りである)
【解決手段】二本鎖リボ核酸と、下記一般式(I)又は(II)で表されるブロック共重合体とが静電結合されてなる非高分子ミセル形態のポリイオンコンプレックスであって、動的光散乱測定法で測定した場合に100nm未満の平均粒径を有するポリイオンコンプレックス。
(式中の記号の定義は、明細書に記載の通りである)
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、二本鎖リボ核酸ポリイオンコンプレックスに関し、詳しくは、リボ核酸の生体内送達、より詳しくはリボ核酸医薬のドラッグデリバリーシステムの分野に関する。
【背景技術】
【0002】
二本鎖のshort interfering RNA(siRNA)によるRNA干渉は、その強力な遺伝子サイレンシング能により研究用ツールばかりでなく治療戦略としても非常に有望である(非特許文献1〜4)。しかしながら、siRNAの生体内での適用は、未だ局所送達に限られている(非特許文献5〜8)。この制限は、siRNAの生体内での酵素分解による低い安定性及び/又は細胞膜の低い透過性に依拠している。送達ビヒクルの開発によって全身投与によりsiRNAを標的組織に導入することが決定的となる可能性があるが、siRNAの腎臓疾患に対する有効性を利用する送達システムの報告はごくわずかである。
【0003】
脂質とコンジュゲート化したsiRNA(非特許文献9)又はリポソーム内にカプセル化されたsiRNA(非特許文献10)は、肝臓に集積して標的遺伝子をサイレンシングすることが示されたが、当該siRNAの腎臓における分布は、尿細管細胞での分解プロセス又は尿細管内腔への排泄の過程を見ているに過ぎないと考えられる。常在細胞が血行動態的又は免疫学的障害に対応して様々な病原性因子を分泌する糸球体は、分子治療にとって合理的な標的である。しかし、siRNA単独(数nmの小分子)では尿中へ迅速に排泄される一方、上記脂質コンジュゲート化siRNA又はリポソーム内カプセル化siRNAではそのサイズ(数百nm)や特性故に糸球体中の結合組織であるメサンギウム細胞などへの送達は困難である。腎臓疾患に対する有効な医薬が少ない背景からも、糸球体を標的とするsiRNAによる遺伝子サイレンシングに適した送達システムの開発が望まれている。
【0004】
本発明者らは、荷電性タンパク質やDNAのデリバリーシステムとして、ブロック共重合体とのポリイオンコンプレックスが有用であることをすでに報告している(特許文献1)。また、特に2本鎖オリゴ核酸のデリバリーに適したブロック共重合体の構造やポリイオンコンプレックスの作製法を検討し、高分子ミセル形態の2本鎖オリゴ核酸を担持したブロック共重合体を報告している(特許文献2)。また、ポリカチオン性化合物に対して櫛形に結合している親水性基を側鎖として有する担体(グラフト共重合体)とRNAとの複合体が、血中におけるRNAの安定性と滞留性を改善することも報告されている(特許文献3)。特許文献1及び2に記載の核酸デリバリーシステムは、生体内の種々の組織への安定的な送達が期待されるが、数十〜数百nmのサイズ分布を有する高分子ミセルである。また、特許文献3に記載の複合体は、肝臓での遺伝子発現を強く抑制することが示されているが、腎臓領域への送達については全く記載されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第2690276号公報
【特許文献2】国際公開第2005/078084号パンフレット
【特許文献3】特開2008−201673号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Gewirtz, A.M. 2007. J. Clin. Invest. 117:3612-3614
【非特許文献2】Akhtar, S., and Benter, I.F. 2007. J Clin. Invest. 117:3623-3632
【非特許文献3】Blow, N. 2007. Nature. 450:1117-1120
【非特許文献4】Kim, D.H., and Rossi, J.J. 2007. Nat. Rev. Genet. 8:173-184
【非特許文献5】Savaskan, N.E., et al. 2008. Nat. Med. 14:629-632
【非特許文献6】Palliser, D., et al. 2006. Nature. 439:89-94
【非特許文献7】Thakker, D.R., et al. 2004. Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A. 101:17270-17275
【非特許文献8】Bitko, V., Musiyenko, A., Shulyayeva, O., and Barik, S. 2005. Nat. Med. 11:50-55
【非特許文献9】Soutschek, J., et al. 2004. Nature. 432:173-178
【非特許文献10】Zimmermann, T.S., et al. 2006. Nature. 441:111-114
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、上記問題点に鑑みてなされたものであり、その解決しようとする課題は、糸球体、特にメサンギウム細胞などにおける遺伝子サイレンシングに機能する二本鎖リボ核酸の当該組織又は細胞への送達に有用なデリバリーシステムなどを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意研究を重ねた結果、二本鎖リボ核酸と特定のポリカチオン構造を有するブロック共重合体とを所定の条件下で混合することにより、高分子ミセルを形成せずに100nm未満の平均粒径を有する、より小さいサイズのポリイオンコンプレックスを生成することを見出し、かかるポリイオンコンプレックスを用いて糸球体細胞へ初めて有効に二本鎖リボ核酸を送達することに成功し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明は以下のとおりである。
〔1〕 二本鎖リボ核酸と、下記一般式(I)又は(II)で表されるブロック共重合体とが静電結合されてなる非高分子ミセル形態のポリイオンコンプレックスであって、動的光散乱測定法で測定した場合に100nm未満の平均粒径を有するポリイオンコンプレックス。
【0010】
【化1】
【0011】
(上記各式中、
R1a及びR1bはそれぞれ独立して水素原子又は未置換もしくは置換された直鎖もしくは分枝のC1-12アルキル基を表し、
L1、L2は連結基を表し、
R2は水素原子、保護基、疎水性基又は重合性基を表し、
R3は水酸基、オキシベンジル基、−NH−(CH2)a−X基(Xは一級、二級、三級アミン又は四級アンモニウム塩の内一種類又は二種類以上を含むアミン化合物残基であるか、あるいはアミンでない化合物残基であり、aは1〜5の整数である)又は開始剤残基を表し、
R4a及びR4bはそれぞれ独立して水素原子、アミノ基の保護基又は−C(=NH)NHR5(R5は水素原子もしくはアミノ基の保護基を表す)を表し、
mは5〜20000の整数、nは2〜5000の整数、xは1〜5の整数をそれぞれ表す)
〔2〕 二本鎖リボ核酸がsiRNAである、前記〔1〕に記載のポリイオンコンプレックス。
〔3〕 50nm未満の平均粒径を有する、前記〔1〕又は〔2〕に記載のポリイオンコンプレックス。
〔4〕 10〜20nm未満の平均粒径を有する、前記〔1〕〜〔3〕のいずれかに記載のポリイオンコンプレックス。
〔5〕 前記〔1〕〜〔4〕のいずれかに記載のポリイオンコンプレックス及び薬学的に許容され得る担体を含有する医薬組成物。
〔6〕 糸球体又はメサンギウム細胞送達用である、前記〔5〕に記載の医薬組成物。
〔7〕 メサンギウムを病態の主とする腎疾患の治療又は予防用である、前記〔5〕又は〔6〕に記載の医薬組成物。
〔8〕 下記一般式(I)又は(II):
【0012】
【化2】
【0013】
(上記各式中、
R1a及びR1bはそれぞれ独立して水素原子又は未置換もしくは置換された直鎖もしくは分枝のC1-12アルキル基を表し、
L1、L2は連結基を表し、
R2は水素原子、保護基、疎水性基又は重合性基を表し、
R3は水酸基、オキシベンジル基、−NH−(CH2)a−X基(Xは一級、二級、三級アミン又は四級アンモニウム塩の内一種類又は二種類以上を含むアミン化合物残基であるか、あるいはアミンでない化合物残基であり、aは1〜5の整数である)又は開始剤残基を表し、
R4a及びR4bはそれぞれ独立して水素原子、アミノ基の保護基又は−C(=NH)NHR5(R5は水素原子もしくはアミノ基の保護基を表す)を表し、
mは5〜20000の整数、nは2〜5000の整数、xは1〜5の整数をそれぞれ表す)で表されるブロック共重合体、ならびに前記ブロック重合体及び/又は二本鎖リボ核酸を溶解するための試薬を別々の容器に格納してなる、二本鎖リボ核酸送達用ポリイオンコンプレックスナノキャリアを調製するためのキット。
〔9〕 二本鎖リボ核酸を格納した容器をさらに含有する前記〔8〕に記載のキット。
〔10〕 ブロック共重合体と二本鎖リボ核酸とを、
N/P=1.2〜1.5(Nはブロック共重合体中のカチオンの総数を示し、Pは二本鎖リボ核酸中のリン酸エステル結合もしくはそれと同等の結合の総数を示す)で混合することを記載した指示書をさらに含有する前記〔8〕又は〔9〕に記載のキット。
〔11〕 糸球体又はメサンギウム細胞送達用である、前記〔8〕〜〔10〕のいずれかに記載のキット。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、従来のサブミクロンサイズのナノキャリア及び本発明者らがこれまで開発してきたポリイオンコンプレックスに比べて、100nm未満(好ましくは50nm未満、より好ましくは10〜20nm未満)という非常に小さい平均粒径を有するポリイオンコンプレックスを提供することができる。本発明のポリイオンコンプレックスは、二本鎖リボ核酸とブロック共重合体とが静電結合により複合体を形成することによって得られるものであり、二本鎖リボ核酸の100nm未満(好ましくは50nm未満、より好ましくは10〜20nm未満)のサイズのナノキャリアとして、従来のサブミクロンサイズのナノキャリアなどが到達できなかった生体内組織(例えば、糸球体又はメサンギウム細胞)への送達が容易かつ効率的に可能になる。
本発明の医薬組成物によれば、上記したポリイオンコンプレックス成分の特徴により尿中に迅速に排泄されることなく、長時間安定して血中を循環可能である。したがって、siRNAなどの二本鎖リボ核酸を用いる遺伝子サイレシングを利用した疾患の治療又は予防にとって、遺伝子サイレシング効果が持続し、少ない投与量でも効果を発揮できるばかりでなく、これまで有効な医薬品が少なかったメサンギウムを病態の主とする腎疾患の治療又は予防の選択肢が広がることが期待される。
本発明のキットによれば、100nm未満(好ましくは50nm未満、より好ましくは10〜20nm未満)という非常に小さいサイズのポリイオンコンプレックスを容易に調製することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1A】実施例で用いたポリ(エチレングリコール)-ポリ(L-リシン)(PEG-PLL)ブロックコポリマー及びポリ(α,β-アスパラギン酸)[P(Asp)]ホモポリマーの化学構造を示す。
【図1B】ポリイオンコンプレックス(PIC)ナノキャリアのヒストグラム解析を示す。PICナノキャリアのサイズ分布を動的光散乱により測定した。
【図1C】Cy3標識siRNAとPEG-PLLとを10mM Hepes(pH7.3)緩衝液中でN/P=0〜2.8で混合し、形成されたPICナノキャリアの流体力学直径を蛍光相関分光法で測定した結果を示す。
【図2A】FITC標識非サイレンシングコントロールsiRNA(naked)、FITC標識siRNA/PICナノキャリア(PIC)、FITC標識siRNA内包HVJ-E(HVJ)で処理した培養メサンギウム細胞又は非処理(NT)細胞の蛍光顕微鏡写真を示す。HVJ-Eと比較してPICナノキャリアは、0.2μmのポアサイズを有するフィルターを通過することが示された。図面は、3つの独立した実験の代表例である。(原図の倍率; x200)
【図2B】MAPK1 siRNA/PICナノキャリアをインビトロトランスフェクションしたメサンギウム細胞におけるMAPK1発現のQ-RT-PCR解析を示す。P値は、ANOVAにより計算した。平均 +/- s.e.、n=5。NT;非処理、NSC/PIC;非サイレンシングコントロールsiRNA/PICナノキャリア、MPK/naked;ネイキッドMAPK1 siRNA、MPK/PIC;MAPK1 siRNA/PICナノキャリア。
【図2C】MAPK1 siRNA/PICナノキャリアをインビトロトランスフェクションしたメサンギウム細胞におけるMAPK1発現のQ-RT-PCR解析を示す。MAPK1 siRNA/PICナノキャリアのトランスフェクションは、用量依存的に50nMを越えるMAPK1 siRNAの濃度でMAPK1 mRNA発現を有意に抑制した。P値は、ANOVAにより計算した。平均 +/- s.e.、n=5。NT;非処理。
【図3】インビボ及びエクスビボ光学イメージング解析を示す。(A)Cy5標識コントロールsiRNA/PICナノキャリアは腹腔内注入後すぐに腎臓に集積し、3時間を越えて腎臓で高い蛍光シグナルを保持した。(B)注入後3.5時間の腎臓でのエクスビボイメージング。ネイキッドsiRNAに比べて延長したシグナルは、siRNA/PICナノキャリアで処置したマウスの皮質領域を含む腎臓全体で検出された。図面は、3つの独立した実験の代表例である。NT;非処置、naked;ネイキッドsiRNA、PIC;siRNA/PICナノキャリア。
【図4A】PICナノキャリアの糸球体内集積を示す。腹腔内注入後3.5時間又は5.5時間の糸球体に取り込まれたCy5標識siRNA/PICナノキャリアを示す共焦点顕微鏡解析及び断面強度測定である。naked; ネイキッドsiRNA、PIC; siRNA/PICナノキャリア、HVJ; siRNA内包HVJ-E。
【図4B】PICナノキャリアの糸球体内集積を示す蛍光顕微鏡写真である。FITC標識ポリ(α,β-アスパラギン酸)[P(Asp)]PICナノキャリア(P(Asp)/PIC)の腹腔内注入6時間後の腎臓切片を、非処置(NT)、ネイキッドP(Asp)及びP(Asp)内包HVJ-E(P(Asp)/HVJ)と比較した蛍光顕微鏡写真である。高蛍光強度は、P(Asp)/PICで処置したマウスのほとんどすべての糸球体で検出された(黄色の矢及び挿入)。自動蛍光は、尿細管領域で見出された。図面は、3つの独立した実験の代表例である。(原図の倍率; x200)
【図5A】siRNA/PICナノキャリアがネイキッドsiRNAと比較して長期化した血中循環を示す、EtBr染色で可視化したポリアクリルアミドゲルイメージである。
【図5B】図5Aで可視化したポリアクリルアミドゲルのバンドのデンシトメーターによる解析を示す。P値は、ANOVAにより計算した。平均 +/- s.e.、n=3。
【図5C】siRNA/PICナノキャリア及びネイキッドsiRNAのマウス血漿の蛍光強度の経時的直接測定結果を示す。PIC; Alexa Fluor 647標識非サイレンシングコントロール(NSC)siRNA/PICナノキャリア、naked; ネイキッドAlexa Fluor 647標識NSC siRNA。100%の注入用量は、マウスの体重に基づく全血液容量を用いて見積った。*P<0.05, **<0.01, ***<0.001 vs. ネイキッドsiRNA, ANOVA, 平均 +/- s.e., n=4。
【図6A】MAPK1 siRNA/PICナノキャリアによる糸球体内でのMAPK1サイレンシングを示す。MRL/lprマウスの単離した糸球体でのMAPK1 mRNA発現のQ-RT-PCR解析。NT; 非処置、NSC/PIC; 非サイレンシングコントロールsiRNA/PICナノキャリア、MPK/PIC; MAPK1 siRNA/PICナノキャリア、MPK/HVJ; MAPK1 siRNA内包HVJ-E。非処置BALB-cマウスをコントロールとして用いた。P値をANOVAにより計算した。平均 +/- s.e.、n=5。
【図6B】アンチセンス(AS)及びセンス(S)プローブを用いた腎臓切片のMAPK1 mRNAに対するインサイチュハイブリダイゼーションを示す。(原図の倍率、x200)
【図6C】MAPK1 siRNA/PICナノキャリアによる糸球体内でのMAPK1サイレンシングを示すウエスタンブロット及びその結果のデンシトメトリー解析である。MAPK1 siRNA/PICナノキャリアは、MAPK1タンパク質(左)及びP-MAPK1タンパク質(右)の両方の発現を抑制した。P値はANOVAにより計算した。平均 +/- s.e.、n=4。
【図6D】MAPK1 siRNA/PICナノキャリアによる糸球体内でのMAPK1サイレンシングを示す腎臓切片のMAPK1及びP-MAPK1の免疫染色である。(原図の倍率、x200)
【図6E】図6Dにおけるデンシトメトリー解析の結果を示す。データは、糸球体におけるMAPK1(左)又はP-MAPK1(右)の染色陽性領域(%)として表した。
【図7A】MAPK1 siRNA/PICナノキャリアによる糸球体病変の改善を示す。代表的な糸球体(上図)及び尿細管間質領域(下図)を示した。NT;非処置、NSC/PIC;非サイレンシングコントロールsiRNA/PICナノキャリア、MPK/PIC; MAPK1 siRNA/PICナノキャリア、MPK/HVJ; MAPK1 siRNA内包HVJ-E。(原図の倍率、x200)
【図7B】MAPK1 siRNA/PICナノキャリアによる糸球体病変の改善を示す腎切片の組織学的解析である。糸球体硬化スコアは、MAPK1 sRNA/PICナノキャリア処置群では有意に低下していた。P値は、ANOVAにより計算した。平均 +/- s.e.、n=6。
【図7C】MAPK1 siRNA/PICナノキャリアによる糸球体病変の改善を示す腎切片の組織学的解析である。尿細管間質傷害の半定量的スコアリングは、4群間で有意差がなかった。P値は、ANOVAにより計算した。平均 +/- s.e.、n=6。
【図7D】MAPK1 siRNA/PICナノキャリアによる糸球体病変の改善を示す腎切片の組織学的解析である。全硬化の糸球体の数は、MAPK1 sRNA/PICナノキャリア処置群では有意に低下していた。P値は、ANOVAにより計算した。平均 +/- s.e.、n=6。
【図7E】MAPK1 siRNA/PICナノキャリアによる糸球体病変の改善を示す腎切片の組織学的解析である。PAS陽性の糸球体病変(%)は、MAPK1 sRNA/PICナノキャリア処置群では有意に低下していた。P値は、ANOVAにより計算した。平均 +/- s.e.、n=6。
【図8A】糸球体内でのMAPK1サイレンシングによるTGF-β1発現の抑制を示す。Q-RT-PCR解析により、MAPK1 siRNA/PICナノキャリアでの処置は、MRL/lprマウスの糸球体でTGF-β1 mRNAの発現を抑制することが解明された。NT;非処置、NSC/PIC;非サイレンシングコントロールsiRNA/PICナノキャリア、MPK/PIC; MAPK1 siRNA/PICナノキャリア、MPK/HVJ;MAPK1 siRNA内包HVJ-E。非処置BALB-cマウスをコントロールとして用いた。P値をANOVAにより計算した。平均 +/- s.e.、n=5。
【図8B】糸球体内でのMAPK1サイレンシングによるTGF-β1発現の抑制を示す。腎切片におけるTGF-β1 mRNAのインサイチュハイブリダイゼーションの結果を示す。AS;アンチセンスプローブ、S;センスプローブ。(原図の倍率、x200)
【図9A】プラスミノーゲン活性化因子インヒビター-1(PAI-1)及びフィブロネクチン(FN)の免疫染色を示す。糸球体におけるPAI-1及びFNの発現低下は、MAPK1 siRNA/PICナノキャリアの処置群で顕著であった。NT;非処置、NSC/PIC;非サイレンシングコントロールsiRNA/PICナノキャリア、MPK/PIC;MAPK1 siRNA/PICナノキャリア、MPK/HVJ;MAPK1 siRNA内包HVJ-E。(原図の倍率、x200)
【図9B】図9Aの糸球体のPAI-1染色のデンシトメトリー解析を示す。データは、各糸球体におけるPAI-1の染色陽性領域(%)として表した。P値をANOVAにより計算した。平均 +/- s.e.、n=3。
【図9C】図9Aの糸球体のFN染色のデンシトメトリー解析を示す。データは、各糸球体におけるFNの染色陽性領域(%)として表した。P値をANOVAにより計算した。平均 +/- s.e.、n=3。
【図10】PICナノキャリアの糸球体における局在を示す。FITC-P(Asp)/PICナノキャリアの腹腔内注入後120分のラット腎検体において、糸球体のFITC陽性領域は、OX-7染色(ローダミンレッド)でほぼ重層された。このことは、PICナノキャリアが主にメサンギウム領域に取り込まれることを示唆する。P(Asp)/PIC;FITC標識ポリ(α,β-アスパラギン酸)/PICナノキャリア。
【図11】siRNA/PICナノキャリアの尿中排泄を示す。(A)Alexa Fluor 647標識非サイレンシングコントロールsiRNA(naked)又はAlexa Fluor 647標識siRNA/PICナノキャリアを5nmolの用量(siRNA含量)で腹腔内注入後の尿試料スポットの相対蛍光強度を示す。ネイキッドsiRNAは、注入後迅速に排泄され、210分では尿中に痕跡量のsiRNAしか検出されなかったが、siRNA/PICナノキャリア又はその代謝物の尿中への排泄は遅延した。(B)各時点での代表的尿試料を示す。
【図12A】糸球体の断面と本発明のPICナノキャリア(PIC)を模式的に示した図である。図中、MCはメサンギウム細胞を、ETCは糸球体内皮細胞を、GBMは糸球体基底膜を、podocyteは足細胞を、capillaryは毛細血管を示す。
【図12B】糸球体の断面とHVJ−E及びリポソーム(liposome)を模式的に示した図である。図中、MCはメサンギウム細胞を、ETCは糸球体内皮細胞を、GBMは糸球体基底膜を、podocyteは足細胞を、capillaryは毛細血管を示す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明は、二本鎖リボ核酸とブロック共重合体とが静電結合されてなる、非高分子ミセル形態のポリイオンコンプレックスを提供する。
【0017】
1.ブロック共重合体
本発明に用いられるブロック共重合体は、下記一般式(I)又は(II)で表される。
【0018】
【化3】
【0019】
(上記各式中、
R1a及びR1bはそれぞれ独立して水素原子又は未置換もしくは置換された直鎖もしくは分枝のC1-12アルキル基を表し、
L1、L2は連結基を表し、
R2は水素原子、保護基、疎水性基又は重合性基を表し、
R3は水酸基、オキシベンジル基、−NH−(CH2)a−X基(Xは一級、二級、三級アミン又は四級アンモニウム塩の内一種類又は二種類以上を含むアミン化合物残基であるか、あるいはアミンでない化合物残基であり、aは1〜5の整数である)又は開始剤残基を表し、
R4a及びR4bはそれぞれ独立して水素原子、アミノ基の保護基又は−C(=NH)NHR5(R5は水素原子もしくはアミノ基の保護基を表す)を表し、
mは5〜20000の整数、nは2〜5000の整数、xは1〜5の整数をそれぞれ表す)
【0020】
本発明に用いられるブロック共重合体は、式(I)又は(II)の連結基(L1又はL2)を介して左半分が非荷電性セグメントを構成するポリエチレングリコール(以下、「PEG」と省略する場合がある)又はその誘導体部分であり、右半分が荷電性セグメントを構成する、側鎖に1級アミノ基を有するポリアミノ酸(以下、単に「ポリアミノ酸」と省略する場合がある)部分である。かかる荷電性セグメントと二本鎖リボ核酸とがポリイオンコンプレックス(以下、「PIC」と省略する場合がある)を形成する。
【0021】
非荷電性セグメントを構成するPEG又はその誘導体の好ましい分子量は、200〜1,000,000、より好ましくは500〜200,000、特に好ましくは1,000〜50,000である。
【0022】
荷電性セグメントを構成するポリアミノ酸の好ましい分子量は、200〜1,000,000、より好ましくは500〜200,000、特に好ましくは1,000〜50,000である。
【0023】
上記一般式(I)又は(II)において、R1a及びR1bはそれぞれ独立して水素原子又は未置換もしくは置換された直鎖もしくは分枝のC1−12アルキル基を表すが、C1−12アルキルとしては、メチル、エチル、n−プロピル、iso−プロピル、n−ブチル、sec−ブチル、tert−ブチル、n−ペンチル、n−ヘキシル、デシル、ウンデシルなどが挙げられる。また置換された場合の置換基としてはアセタール化ホルミル基、シアノ基、ホルミル基、カルボキシル基、アミノ基、C1−6アルコキシカルボニル基、C2−7アシルアミド基、同一もしくは異なるトリ−C1−6アルキルシロキシ基、シロキシ基又はシリルアミノ基が挙げられる。
【0024】
一般式(I)におけるR2は水素原子、保護基又は疎水性基を表すが、保護基としてはC1−6アルキルカルボニル基が挙げられ、好ましくはアセチル基である。疎水性基としてはベンゼン、ナフタレン、アントラセン、ピレンなどの誘導体が挙げられる。
【0025】
これらの保護基、疎水性基、重合性基を共重合体の末端に導入する方法としては、酸ハロゲン化物を用いる方法、酸無水物を用いる方法、活性エステルを用いる方法など、通常の合成で用いられている手法が挙げられる。
【0026】
一般式(II)におけるR3は水酸基、オキシベンジル基、−NH−(CH2)a−X基である。ここで、Xは一級、二級、三級アミン又は四級アンモニウム塩の内一種類又は二種類以上を含むアミン化合物残基であるか、あるいはアミンでない化合物残基であり、aは1〜5の整数である。あるいは、R3は開始剤残基である。つまり、低分子の開始剤を用いて保護アミノ酸のN−カルボン酸無水物を重合させてポリアミノ酸セグメントを合成してからPEGセグメントと結合させる方法でブロック共重合体を製造する場合には、使用した開始剤に由来する構造、すなわち−NH−R6であってR6が未置換又は置換された直鎖又は分枝のC1−20アルキル基をとることもできる。
【0027】
未置換又は置換された直鎖又は分枝のC1−20アルキル基としては、メチル、エチル、n−プロピル、iso−プロピル、n−ブチル、tert−ブチル、n−ペンチル、n−ヘキシルなどのC1-6低級アルキル、さらにC7-12の中級アルキル、また、テトラデシル、ヘキサデシル、オクタデシル、イコサニルなどのC13-20の高級アルキルが挙げられる。これらの基は、場合により、1以上のハロゲン(例えば、フッ素、塩基、臭素)で置換されていてもよく、また、中〜高級アルキルにあっては、1個の水酸基で置換されていてもよい。
【0028】
一般式(I)又は(II)中のR4a及びR4bは、それぞれ独立して水素原子、アミノ基の保護基又は−C(=NH)NHR5(R5は水素原子もしくはアミノ基の保護基を表す)である。R4a、R4b及びR5における保護基とは、通常アミノ基の保護基として用いられている基を指し、例えば、Z基、Boc基、アセチル基、トリフルオロアセチル基などが挙げられる。保護基は、二本鎖核酸とポリイオンコンプレックスを形成する前に除去されることが好ましい。したがって、一般式(I)又は(II)中のR4a、R4b及びR5の大部分(例えば、90%以上、好ましくは95%以上、より好ましくは99%以上)が水素原子であることが好ましい。
【0029】
非荷電性セグメントの鎖長を規定するmは、5〜20000の整数、好ましくは10〜5000、特に好ましくは40〜500である。荷電性セグメントの鎖長を規定するnは、2〜5000の整数、好ましくは4〜2500の整数、より好ましくは5〜1000、特に好ましくは10〜200である。m及びnは、一般式(I)又は(II)の共重合体と二本鎖リボ核酸とがポリイオンコンプレックスを形成する限りは、限定されるものではない。したがって、本明細書では便宜上、ポリエチレングリコール、ポリアミノ酸などと称しているが、「ポリ」の語には、所謂、「オリゴ」に分類されるものも包合される概念として用いている。
【0030】
一般式(I)又は(II)中のポリアミノ酸の側鎖を規定するxは、1〜5の整数、好ましくは2〜4、特に好ましくは3(オルニチン側鎖に相当)又は4(リシン側鎖に相当)である。また、xが3でR4a及びR4bが−C(=NH)NH2の場合は、アルギニン側鎖に相当する。
【0031】
本発明において、好ましいブロック共重合体としては、片末端一級アミノ基のポリエチレングリコールとNε−Z−L−リシンNカルボン酸無水物を反応させた後、Z基を脱保護して得られるポリエチレングリコール−ポリリシンブロック共重合体(PEG−PLLと略記する)が挙げられる。その他、ポリエチレングリコール−ポリオルニチンブロック共重合体(PEG−PLOと略記する)も好適に使用することができる。
【0032】
上記共重合体の製造方法は特に限定されるものではないが、一つの方法として、例えば、末端にアミノ基を有するPEG誘導体を用いて、そのアミノ末端に、Nε−Z−L−リシンなどの保護アミノ酸のN−カルボン酸無水物を重合させてブロック共重合体を合成し、その後側鎖を変換することにより、本発明の共重合体を得る方法が挙げられる。この場合、共重合体の構造は一般式(I)となり、連結基L1は、用いたPEG誘導体などの末端構造に由来する構造となるが、好ましくは−(CH2)b−NH−であり、かつbは0〜5の整数である。
【0033】
また、ポリアミノ酸セグメント部分を合成してから、PEGセグメント部分と結合させる方法でも、本発明の共重合体は製造可能であり、この場合結果的に上記の方法で製造したものと同一の構造となることもあるが、一般式(II)の構造となることもある。連結基L2は特に限定されるものではないが、好ましくは−(CH2)c−CO−であり、かつcは0〜5の整数である。
【0034】
上記ブロック共重合体は、公知の方法によって製造することができる。好ましい製造方法として、例えば、特許第2690276号公報、国際公開第2005/078084号パンフレットに記載の方法が挙げられる。
【0035】
2.二本鎖リボ核酸
本発明において、上記ブロック共重合体と静電結合させる核酸は、実質的にリボ核酸である限り、いかなる種類の二本鎖核酸であってもよい。すなわち、本発明における二本鎖リボ核酸は、デオキシリボースではなくリボースを含むヌクレオシドを主たる構成要素とし、ヌクレオシド間がリン酸エステル結合又はそれと同等の結合で重合した核酸が二本鎖構造をとりうるものをいう。二本鎖構造は、一本鎖リボ核酸同士が相補的塩基対結合により二本鎖を形成したもの、一本鎖リボ核酸中の相補的塩基配列によるヘアピン構造を形成したものなど、特に限定されるものではない。二本鎖リボ核酸は、所定の細胞における特定の遺伝子の発現を抑制する「遺伝子ノックダウン」効果を意図して用いられることが多く、そのようなノックダウン用核酸としては、siRNA、shRNAなどが挙げられるが、これらに限定されるものではない。siRNAは、その5’末端及び/又は3’末端にDNAのオーバーハングを有する場合がある。また、核酸がRNA−DNAハイブリッド核酸であったり、二本鎖リボ核酸中にその他の核酸誘導体が含まれる場合もある。さらに、生体内での挙動を可視化するために、標識された二本鎖リボ核酸を用いる場合もある。このような場合においても、実質的に二本鎖を構成する核酸がリボ核酸である限り、本発明における二本鎖リボ核酸に含まれる。二本鎖リボ核酸の長さは、細胞内で所期の目的を達成する限り特に限定されるものではないが、10〜1000ヌクレオチド(nt)、好ましくは10〜100nt、より好ましくは15〜50ntである。
【0036】
近年、二本鎖RNAが遺伝子ノックダウンを起こす現象が発見され、RNA干渉(RNAi)と名付けられた。ハエ、線虫だけではなく、哺乳動物細胞でもsiRNAやshRNAがmRNAを破壊することが明らかとなっている。siRNA(short interference RNA,small interfering RNA)は、ターゲットとする遺伝子に相補的な配列を有する短い二本鎖RNAであり、ターゲットとなる遺伝子の発現を強力に抑制する作用を有する。shRNA(short hairpin RNA)は、センス鎖とアンチセンス鎖がループを介して繋がり、ノックダウン効果の発現にはさらに細胞内でのプロセシングを経て、siRNAとなる。また、近年内在性の遺伝子発現調節機構として発見されたmiRNA(micro RNA)では、siRNAと同様の機構が推測されながら、標的mRNAと完全な相補性を持たないことが多いことも明らかとなっている。従って、siRNAのターゲット配列との完全な相補性は必ずしも絶対の条件ではない。siRNAの長さは、10〜100ヌクレオチド(nt)、好ましくは10〜50nt、より好ましくは18〜25ntである。
【0037】
3.ポリイオンコンプレックス
前記二本鎖リボ核酸とブロック共重合体とのポリイオンコンプレックスを製造する方法としては、それぞれの溶液を適切な混合比で混合することにより、核酸をブロック共重合体に静電結合させることを基本とする。つまり、核酸とブロック共重合体とを混合すると、核酸の負電荷とブロック共重合体の正電荷によって、静電結合したポリイオンコンプレックスが形成する。本発明においては、前記ブロック共重合体と結合させる核酸を二本鎖リボ核酸に限定することにより、非高分子ミセル形態のポリイオンコンプレックスとすることができる。ここで、高分子ミセル形態とは、ブロック共重合体の親水性セグメント(PEG又はその誘導体部分)がシエル部分を疎水性セグメント(ポリアミノ酸部分)がコア部分を形成するコア−シエル型形態をいう。本発明に用いるブロック共重合体は、ポリアミノ酸部分のカチオンと二本鎖リボ核酸のアニオンとの静電的相互作用によりコア−シエル型形態を形成しない。したがって、非高分子ミセル形態とは、上記コア−シエル型形態ではないことを意味する。
【0038】
二本鎖リボ核酸とブロック共重合体との混合比は、ブロック共重合体中のカチオンの総数(N)と二本鎖リボ核酸中のリン酸エステル結合又はそれと同等の結合の総数(P)との比率(N/P比)で表すことができる。ここで、リン酸エステル結合と同等の結合とは、リン酸エステル結合よりもヌクレアーゼ耐性であること等の生体内での安定性を目的としてリボ核酸の一部のヌクレオシド間に形成される結合をいい、ホスホロチオエート、ホスホロジチオエート、ホスホロアミデート、ボラノホスフェート、ホスホロセレネート、メチルホスホロエートなどがあげられる。なお、前記同等の結合がリン酸エステル結合と同等の電荷を有する場合(−1)、両者の数を足してPを求めることができるが、電荷を有しない場合(0)、正電荷を有する場合(+1)又は負電荷を2個有する場合(−2)、リン酸エステル結合(−1)の総数から各電荷を加減することによって、Pを計算することができる。ブロック共重合体中のカチオンの総数(N)は、上記式(I)又は(II)におけるカチオン性のアミノ基の総数である。
【0039】
N/P比は、ポリイオンコンプレックスを形成できる限り限定されない。但し、Pを増やすにつれてコンプレックスを形成しない遊離の二本鎖リボ核酸が増え、Nを増やすにつれて二本鎖リボ核酸と結合しない空のブロック共重合体が増えるので、当業者であれば、適切なN/P比を適宜選択することができる。二本鎖リボ核酸の効率的な送達を目的とする場合、N/P比は、1.2〜1.5が好ましく、1.2〜1.4がより好ましい。
【0040】
ポリイオンコンプレックスの形成に用いられる溶液としては、生理食塩水、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)などが挙げられる。二本鎖リボ核酸及びブロック共重合体を上記溶液に別々に溶解し、得られた二本鎖リボ核酸溶液及びブロック共重合体溶液を混合し、通常、4〜25℃で0.5〜24時間、静置又は攪拌することによりポリイオンコンプレックスを形成する。さらに、透析、攪拌、希釈、濃縮、超音波処理、温度制御、pH制御、イオン強度制御、有機溶媒の添加などの操作を適宜付加することができる。
【0041】
このようにして形成された本発明のポリイオンコンプレックスは、動的光散乱測定法で測定した場合に100nm未満の平均粒径である。平均粒径は、好ましくは50nm未満、より好ましくは10〜20nm、最も好ましくは10〜20nm未満である。平均粒径の測定方法は、例えば、動的光散乱光度計(例、大塚電子(株)社製、DLS−7000DH型)を用いて粒度分布曲線を作成し、ヒストグラム解析により求めることができる。また、二本鎖リボ核酸が蛍光標識されている場合は、蛍光相関分光法で平均粒径を測定することもできる。蛍光相関分光法による平均粒径の測定方法は、後述する実施例に記載されている。
【0042】
4.医薬組成物
本発明のポリイオンコンプレックス及び薬学的に許容され得る担体を含有する医薬組成物は、静電結合した二本鎖リボ核酸を有効成分とすることにより、遺伝子治療を目的とした医薬品として使用することができる。
【0043】
本発明の医薬組成物は、薬学的に許容され得る担体を配合し、静脈、皮下、筋肉内注射剤として非経口的に投与することができる。その際、必要により、自体公知の方法によって、凍結乾燥物とすることも可能である。薬学的に許容され得る担体としては、製剤素材として慣用の各種有機あるいは無機担体物質が用いられ、溶剤、溶解補助剤、懸濁化剤、等張化剤、緩衝剤、無痛化剤などとして配合される。また必要に応じて、防腐剤、抗酸化剤、着色剤などの製剤添加物を用いることもできる。溶剤の好適な例としては、注射用水、アルコール、プロピレングリコール、マクロゴール、ゴマ油、トウモロコシ油などが挙げられる。溶解補助剤の好適な例としては、ポリエチレングリコール、プロピレングリコール、D−マンニトール、安息香酸ベンジル、エタノール、トリスアミノメタン、コレステロール、トリエタノールアミン、炭酸ナトリウム、クエン酸ナトリウムなどが挙げられる。懸濁化剤の好適な例としては、ステアリルトリエタノールアミン、ラウリル硫酸ナトリウム、ラウリルアミノプロピオン酸、レシチン、塩化ベンザルコニウム、塩化ベンゼトニウム、モノステアリン酸グリセリンなどの界面活性剤;ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、カルボキシメチルセルロースナトリウム、メチルセルロース、ヒドロキシメチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロースなどの親水性高分子などが挙げられる。等張化剤の好適な例としては、塩化ナトリウム、グリセリン、D−マンニトールなどが挙げられる。緩衝剤の好適な例としては、リン酸塩、酢酸塩、炭酸塩、クエン酸塩などの緩衝液などが挙げられる。無痛化剤の好適な例としては、ベンジルアルコールなどが挙げられる。防腐剤の好適な例としては、パラオキシ安息香酸エステル類、クロロブタノール、ベンジルアルコール、フェネチルアルコール、デヒドロ酢酸、ソルビン酸などが挙げられる。抗酸化剤の好適な例としては、亜硫酸塩、アスコルビン酸などが挙げられる。
【0044】
平均粒径が100nm未満の平均粒径であるポリイオンコンプレックスは、注射剤(皮下注射用、静脈注射用、動脈注射用、筋肉注射用、腹腔内注射用など)の調製に際して使用される0.22μmのフィルターを用いて除菌濾過しても、極めて高収率で回収し得、注射剤が効率よく提供できる点で優れている。
【0045】
10〜20nm未満の平均粒径を有するポリイオンコンプレックスは、これまで送達が困難であった糸球体、特にメサンギウム細胞への送達が効率的に達成される。前記ポリイオンコンプレックスは、糸球体内皮細胞の孔(約70〜100nm)を通過する一方、糸球体基底膜(直径約4nmの物質が通れる間隙が開いている)を通過することはできない。糸球体内皮細胞とメサンギウム領域との間には、基底膜や隔膜が介在しないため、糸球体内皮を通過したポリイオンコンプレックスはメサンギウム細胞に容易に接触することができ、メサンギウム細胞への核酸医薬の送達を可能とする(図12A)。既存のリポソームなど、粒子径が200nmを超えるような送達システムでは、理論的に、正常構造の糸球体内皮や形態学的変化を伴わない病初期の糸球体疾患における内皮のバリアーを粒子が通過不能であることから、メサンギウムへの有効な送達を達成できないと考えられる(図12B)。
【0046】
本発明の医薬組成物の投与形態としては注射が挙げられ、静脈内、動脈内、筋肉、関節内、皮下、皮内などに投与することができる。腎臓への送達を目的とする場合、皮下又は静脈内への持続点滴が望ましい。さらに、カテーテルを用いた投与形態を採用することも可能である。この場合、通常は単位投与量アンプル又は多投与量容器の形態で提供される。その投与量は、治療目的、投与対象の年齢、投与経路、投与回数により異なり、広範囲に変えることができ、本発明の医薬組成物に含まれる二本鎖リボ核酸の量は、当業者であれば適宜設定することができ、例えば、一回につき体重1kgあたり0.01μg〜10000μgであり、3日間から4週間間隔で投与される。
【0047】
本発明の医薬組成物は、生体内での安定性、血中の滞留性に優れ、かつ、毒性は低い。本発明の医薬組成物は、哺乳動物(例、ヒト、ウマ、ウシ、ブタ、ラット、イヌ、ネコなど)の疾患の治療又は予防剤として有用である。
【0048】
本発明の医薬組成物が対象とする疾患は、ターゲットとする遺伝子の発現抑制により治療可能な疾患であれば特に限定されるものではない。前述したように、本発明の医薬組成物中に含まれるポリイオンコンプレックスが10〜20nm未満の平均粒径を有する場合、メサンギウムを病態の主とする腎疾患の治療又は予防用に好適に用いられる。
【0049】
メサンギウムを病態の主とする腎疾患としては、IgA腎症などのメサンギウム増殖性糸球体腎炎が挙げられ、また、膜性増殖性糸球体腎炎や膠原病腎において、メサンギウム細胞の増殖とメサンギウム基質の増生が認められる。一方、糸球体硬化にメサンギウム細胞が役割を演じていると考えられている疾患としては、高血圧性腎硬化症、糖尿病性腎症などが挙げられる。
【0050】
5.キット
本発明は、二本鎖リボ核酸送達用ポリイオンコンプレックスナノキャリアを調製するためのキットを提供する。当該キットは、上述したブロック共重合体、ならびに前記ブロック重合体及び/又は二本鎖リボ核酸を溶解するための試薬を別々の容器に格納して含む。溶解用試薬としては、生理食塩水、PBS、Hepes緩衝液などが挙げられ、特に限定されないが、RNアーゼフリーであることが好ましい。
【0051】
前記キットには、特定の二本鎖リボ核酸及び/又は対照二本鎖リボ核酸を格納した容器をさらに含んでもよい。ポリイオンコンプレックスを形成させるための対照としては、二本鎖リボ核酸に限定されず、後述する実施例に記載されたポリアスパラギン酸等のポリアニオンであってもよい。
【0052】
二本鎖リボ核酸のポリイオンコンプレックスを調製するためには、ブロック共重合体と二本鎖リボ核酸とを、N/P=1.2〜1.5(Nはブロック共重合体中のカチオンの総数を示し、Pは二本鎖リボ核酸中のリン酸エステル結合もしくはそれと同等の結合の総数を示す)で混合することが好ましい。したがって、本発明のキットには、かかる混合条件を記載した指示書をさらに含むことが望ましい。
【0053】
本発明のキットを用いて得られた二本鎖リボ核酸のポリイオンコンプレックスは、研究用試薬として実験動物における生体内送達、特に糸球体又はメサンギウム細胞への送達に有用である。
【0054】
投与対象の実験動物は、特に限定されるものではないが、マウス、ラット、モルモット、ハムスター、ウサギ、イヌ、ヒツジ、ヤギ、ウシ、ブタ、サルなどが挙げられる。
【実施例】
【0055】
以下に実施例及び試験例を挙げて、本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0056】
実験動物
6週齢雌性BALB-cマウス及び4週齢雄性Wistarラットは、Charles River Laboratories(Kanagawa, Japan)から購入し、8週齢雌性MRL/lprマウスは、Japan SLC(Shizuoka, Japan)から購入した。すべてのマウス及びラットは、高圧滅菌した飼料及び滅菌水を自由摂取させて飼育した。すべての動物研究は、東京大学の動物実験に関するガイドラインの原則に従って行った。
【0057】
材料
α-メトキシ-ω-アミノポリ(エチレングリコール)(PEG)(MW=12000)は、日油株式会社(Tokyo, Japan)から入手した。既報(Harada, A., Cammas, S., and Kataoka, K. 1996. Macromolecules. 29:6183-6188)に従って、アミノ酸誘導体のN-カルボキシル無水物(NCA)の開環重合によって、PEG-ポリ(L-lysine)(PEG-PLL)ブロックコポリマー(PLLの重合度:72)を合成した。HVJ-Eは、石原産業株式会社(Osaka, Japan)から購入した。フロオレセインイソチオシアネート(FITC)で標識したポリ(α,β-アスパラギン酸)[FITC-P(Asp)]ホモポリマー(P(Asp)の重合度:26)は、既報(Nishiyama, N., and Kataoka, K. 2001. J. Control. Release. 74:83-94)に従って、FITCのP(Asp)のN-末端1級アミノ基への単純コンジュゲーションによって調製した。MAPK1 siRNAおよび非サイレンシングコントロール(スクランブル)siRNAは、Qiagenから購入した。siRNAの配列は、以下の通りである:
Mm/Hs_MAPK1(ヒト及びマウスに共通):
5'-UGCUGACUCCAAAGCUCUGdTdT-3'(forward、配列番号1)、
3'-dTdTACGACUGAGGUUUCGAGAC-5'(reverse、配列番号2);
非サイレンシングコントロールsiRNA:
5'-UUCUCCGAACGUGUCACGUdTdT-3'(forward、配列番号3)、
3'-dTdTAAGAGGCUUGCACAGUGCA-5'(reverse、配列番号4)。実験によっては、非サイレンシングコントロールsiRNAをFITC、Alexa FluorR 647、Cy3又はCy5で標識した。
【0058】
PICナノキャリアの調製
FITC-P(Asp)又はsiRNA及びPEG-PLL(PEGのMW=12000;PLLの重合度:72)を、10mMリン酸緩衝生理食塩水(pH7.4)に別々に溶解し、N/P比[=(PLL中の1級アミノ基)/(P(Asp)中のカルボキシル基又はsiRNA中のリン酸結合ユニット)] = 1.4で混合し、PICナノキャリアを形成した(Itaka, K., et al. 2004. J. Am. Chem. Soc. 126:13612-13613;Ideta, R., et al. 2004. FEBS Lett. 557:21-25)。
【0059】
HVJエンベロープベクターの調製
製造業者の指示書に従って、高効率形質転換HVJ-Eベクターを調製した。
【0060】
PICナノキャリアのキャラクタリゼーション
PICナノキャリアの平均粒径及び多分散性は、He-Neレーザー(633nm)を装着したZetasizer nanoseries (Malvern Insturements Ltd, UK)を用いて、動的光散乱測定装置(DLS)により評価した。蛍光相関分光法(FCS)による実験は、40X対物レンズ(C-apochromat, Carl Zeiss, Germany)及びConfoCor3モジュールを装着したLSM510(Carl Zeiss, Germany)を用いて、PEG-PLLとsiRNAとのコンプレックスのサイズ決定を行った。照射源は、Cy3-siRNAに対してArレーザー(488nm)であった。試料を、8ウエルLaboratory-Tekチャンバー(Nalgene Nunc International,Rochester,NY)中で、Cy3-siRNAと非標識siRNAの混合物(1:200)から調製した(最終のCy3-siRNA濃度;50nM)。拡散係数(D)は、ローダミン6G(50nM)の基準に基づいて計算した。流体力学直径(d)は、Stokes-Einsteinの関係式(d = kBT/3πηD;式中、ηは溶媒の粘性率、kBはBoltzmann定数、及びTは絶対温度である)から計算した。
【0061】
細胞培養及びインビトロの評価
マウスメサンギウム細胞は、既報(Okuda, T., Yamashita, N., Ogata, E., and Kurokawa, K. 1986. J. Clin. Invest. 78:1443-1448;Kaname, S., Uchida, S., Ogata, E., and Kurokawa, K. 1992. Kidney Int. 42:1319-1327)に従い、8週齢雌性MRL/lprマウスの腎臓から単離した糸球体を培養することにより得て、15%FCS、ストレプトマイシン(100μg/ml)、ペニシリン(100 U/ml)及びL-グルタミン(2mM)を含むDMEM/F12(50/50)培地で維持した。得られた細胞は、メサンギウム細胞の典型的な形態の特徴を示し、平滑筋αアクチン染色に対して均一に陽性を示した。継代数5〜10の細胞を次の実験に使用した。メサンギウム細胞によるPICナノキャリアの細胞内取り込みを調べるため、3μl/ウエルのPICナノキャリア(FITC標識非サイレンシングコントロール(scramble)siRNAを保持する)又はネイキッドFITC標識siRNAを50nMの濃度で、チャンバースライド(8-ウエルLab-TekTM Chamber SlidesTM、Nunc)上にウエル当たり0.4mlの血清含有培地中で継代したマウスメサンギウム細胞に適用した。さらに、0.2μmポアサイズのAcrodiscシリンジフィルター(Pall Corporation, NY)を用いて、送達ビヒクルのサイズ障壁の効果を調べ、siRNA/PICナノキャリアとsiRNA内包HVJ-Eとを比較した。siRNAの遺伝子サイレンシング効果を評価するため、siRNA/PICナノキャリア(MAPK1及び非サイレンシングコントロールsiRNA)又はネイキッドMAPK1 siRNAを、培養したマウスメサンギウム細胞(1.0x105細胞/ウエル)に、種々の濃度(5、16、50又は160nM)で加えた。24時間後、細胞を次の実験に用いた。
【0062】
腎臓におけるPICナノキャリアの集積
腎臓におけるPICナノキャリアの集積能を調べるために、FITC-P(Asp)/PICナノキャリア(0.5ml、0.7mgのP(Asp)含量)、ネイキッドFITC-P(Asp)(0.5ml、0.7mg)又はFITC-P(Asp)/内包HVJ-E(0.5ml、0.7mgのP(Asp)含量)を、BALB-cマウスに腹腔内投与した。腹腔内注入6時間後に各マウスを解剖した。組織をOCTコンパウンド(Lab-Tek Products; Miles Laboratories, Naperville, IL, USA)を用いて瞬間凍結させ、4μmの凍結切片を作製し、蛍光顕微鏡(model BX51, Olympus, Tokyo, Japan)を用いて観察した。腎臓におけるsiRNA/PICナノキャリアの集積に関しては、Cy5標識siRNA/PICナノキャリア(0.5ml、5nmolのsiRNA含量)、Cy5標識ネイキッドsiRNA(0.5ml、5nmol)又はCy5標識siRNA内包HVJ-E(0.5ml、5nmolのsiRNA含量)をBALB-cマウスに投与した。腹腔内注入後、各マウスを3.5時間目又は5.5時間目に解剖した。組織をOCTコンパウンドを用いて瞬間凍結させ、4μmの凍結切片を作製し、共焦点レーザースキャニング顕微鏡(LSM 510, Carl Zeiss, Germany)下で観察した。注入したPICナノキャリアの糸球体における細胞内局在を調べるため、1mlのFITC-P(Asp)/PICナノキャリアを、4週齢雄性Wistarラットに投与した。尾静脈注入後120分で腎臓組織を取り出し、瞬間凍結させた。4μmの凍結切片を、メサンギウム細胞特異的抗原であるThy1.1に対する抗体(cloneMRC OX-7)(Serotec, Ltd., Oxford, England)で染色し、次いで、ビオチン化抗マウスIgG(二次抗体; Dako Corp.)及びローダミン/ニュートラライト アビジン(Southern Biotec, Birmingham, AL)で検出した。
【0063】
マウス血漿におけるPICナノキャリアの安定性及び尿排泄
血液循環におけるsiRNAの安定性を調べるため、Alexa Fluor 647標識ネイキッド非サイレンシングsiRNA、Alexa Fluor 647標識非サイレンシングsiRNA/PICナノキャリア又はAlexa Fluor 647標識非サイレンシングsiRNA内包HVJ-Eを、経時的に腹腔内投与した。各群に同量のsiRNAを用いた(0.5ml、5nmolのsiRNA含量)。その後、マウスから血液試料を採集した。試料の血漿中の相対蛍光単位(RFU)を、Nanodrop ND-3300蛍光分光計(Nanodrop Technologies, Inc., DE)を用いて調べ、%注入用量を計算した。注入用量の100%は、マウスの体重に基づく全血液容量を用いて推定した。あるいは、血漿試料中のsiRNAの安定性は、電気泳動及び臭化エチジウム(EtBr)染色により直接調べた。すなわち、50μlのマウス新鮮血漿を得て、350μlのTris-EDTA緩衝液と混合した。フェノール/クロロホルム/イソアミルアルコール(25:24:1)を用いて、反応混合物からsiRNAを抽出した。siRNAを、5-20%ポリアクリルアミドゲル(Wako Pure chemical industries Ltd, Osaka, Japan)上で電気泳動し、EtBr(0.1μg/l)染色後UV照射により可視化した。siRNAの尿中への排出に関しては、Nanodrop ND-3300を用いて、経時的に採取したスポット尿のRFUを調べた。
【0064】
インビボ及びエクスビボイメージング
siRNAのPICナノキャリアとのコンプレックス化の有無での生体内分布を調べるために、光が漏れない気密試料箱中に搭載された高感度冷却CCDカメラからなるIVIS 200 Imaging System(Xenogen, CA)を使用した。蛍光シグナルのイメージ及び測定は、Living Imageソフトウエア(Xenogen)を用いて取得し、解析した。6週齢雌性BALB-cマウスを1-3%イソフルラン(Abbott Laboratories, IL)を用いて麻酔し、Cy5標識siRNA/PICナノキャリア(0.5ml、5nmolのsiRNA含量)又はネイキッドCy5標識siRNA(0.5ml、5nmol)を腹腔内に注入した。マウスをカメラ箱内の温めたステージ上に置き、沈静を持続させるために1-2%イソフルランに継続的に暴露させた。生きたマウスのイメージングの後、マウスを安楽死させ、目的の組織を取り出し、30分以内にエクスビボイメージングを行った。
【0065】
慢性糸球体腎炎でのMAPK1 siRNA/PICナノキャリアのサイレンシング効果の評価
インビボの生体内糸球体におけるMAPK1 siRNA/PICナノキャリアのノックダウン効果を評価するために、MRL/lprマウスを選択した。当該マウスは、下記のように無作為に4群(n=6)に分けた:MAPK1 siRNA/PICナノキャリアでの処置群、非サイレンシングコントロールsiRNA/PICナノキャリアでの処置群、MAPK1 siRNA内包HVJ-Eでの処置群及び非処置群。週2回の腹腔内注入は、12週齢で開始し、1週当たり2nmolの用量のsiRNAを投与した。17週齢の尿試料を採取し、尿試験紙により尿中アルブミン排泄を検出した。次いで、血液試料を採取し、すべてのマウスから組織を取り出した。2個の腎臓のうちの1つを細かく切り、慣用の篩い分け法により糸球体画分を分離した。他方の腎臓は、凍結切片に供し、メチル-カルノア(Methyl Carnoy)固定した。
【0066】
定量リアルタイムPCR(Q-RT-PCR)
RNeasyRキット(Qiagen)を用いて全細胞性RNAを単離し、RNAseH+逆転写酵素及びランダムプライマー(Qiagen)を用いて、第一鎖cDNAを合成した。次いで、FAM又はYakima Yellow dyeで標識したプローブ(Qiagen)を用いて、二連のリアルタイムPCRアッセイを行った。ハウスキーピング遺伝子Rn18s及び標的遺伝子(MAPK1及びTGF-β)の発現は、同じウエル中で同時に定量した。次いで、標的遺伝子の発現をRn18sの発現に対して正規化した。PCRは、ABI PRISM 7000(Applied Biosystems, CA)を用いて行い、最初の活性化を95℃で15分行った後、76℃で45秒の伸長、94℃で45秒の変性ならびに56℃で45秒のアニーリング及び伸長を45サイクル行った。相対的な定量は、限界サイクルの測定及び標準曲線の使用で達成した。すべてのPCR実験は、三連で行った。
【0067】
ウエスタンブロット解析
ウエスタンブロッティングは、ホスホ-ERK1/2抗体(Cell Signaling Technology, Beverly, MA)及びパン-ERK1/2抗体(Cell Signaling Technology)を用いて行い、それぞれ、MAPK1/2(ERK1/2)のリン酸化及び全MAPK1/2タンパク質発現を評価した。抗βアクチン抗体は、Cell Signaling Technology製であった。糸球体画分を細胞溶解緩衝液中、室温で30分間可溶化し、試料中のタンパク質濃度をDCプロテインアッセイ(Bio-Rad, Hercules, CA, USA)で測定した。20μgのタンパク質を各レーンに載せ、非還元条件下でドデシル硫酸ナトリウム-ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS-PAGE)を行った。結合した抗体を、1μg/mlのアルカリホスファターゼコンジュゲート化抗マウスIgG(Promega, Madison, WI, USA)で検出した。5-ブロモ-4-クロロ-3-インドリルホスフェート/ニトロブルーテトラゾリウム(BCIP/NBT)錠剤(Sigma Fast; Sigma Chemical Co., St. Louis, MO, USA)を基質として用いた。
【0068】
免疫組織化学
凍結切片用の組織をOCT(Lab-Tek Products; Miles Laboratories, Naperville, IL, USA)中に包埋し、液体窒素で瞬間凍結した。MAPK-1/2、ホスホMAPK-1/2、PAI-1(American diagnostica, Inc, Stamford, CT)及びFN(BD Biosciences, CA)に対して、Vectastain elite ABC Kit(Vector Laboratories, Inc., Burlingame, CA)及びペルオキシダーゼ基質キットDAB(Vector Laboratories)を用いて、凍結切片を染色した。定量的解析に対しては、各切片から無作為に選んだ20を超える糸球体において、DAB陽性領域をイメージアナライジングソフトウエア(Molecular Deviices Corp., Downingtown, PA)を用いてデンシトメーターにより計算した。
【0069】
糸球体及び尿細管間質性病変の組織学的評価
腎臓の組織学を調べるため、過ヨウ素酸シッフ(PAS)試薬を用いてパラフィン包埋組織の4μm切片を染色した。糸球体病変は、糸球体硬化スコアを用いて、各検体中の少なくとも30の無作為に選択した糸球体を調べた盲検観察者によって半定量的に計数した(Tanaka, T., et al. 2005. Lab. Invest. 85:1292-1307;Raij, L., Azar, S., and Keane, W. 1984. Kidney Int. 26:137-143)。糸球体硬化は、PAS染色により、ループ状毛細血管の限局性又は広範性閉塞を有する癒着形成として定義され、以下のように分類された(0〜4): 0、正常; 1、0%〜25%の糸球体に影響を及ぼす; 2、25%〜50%に影響; 3、50%〜75%に影響;及び4、75%〜100%に影響。尿細管の病変は、各検体中の少なくとも20の無作為に選択した皮質視野を調べた盲検観察者によって半定量的に計数された(Tanaka, T., et al. 2005. Lab. Invest. 85:1292-1307;Pichler, R.H., et al. 1995. J. Am. Soc. Nephrol. 6:1186-1196)。尿細管間質性病変は、以下のように、尿細管細胞性(cellularity)、基定膜厚、細胞浸潤、拡張、萎縮、腐肉形成又は間質拡大の割合を基礎にして分類された(0〜5): 0、変化なし; 1、<10%尿細管間質性病変; 2、10%〜25%; 3、25%〜50%; 4、50%〜75%;及び5、75%〜100%。さらに、糸球体病変は、各横断面において全糸球体数に対する全硬化を伴う糸球体数の比により解析し、また、イメージ解析ソフトウエアを用いて糸球体におけるPAS陽性領域の半定量によっても解析した。
【0070】
インサイチュハイブリダイゼーション
プローブの配列を決定するため、Megablast(より相同性の高い配列を最適化する)を用いてデータベースを検索し、マウスMAPK1 mRNA及びTGF-βmRNAに相補的で他の既知配列とは有意な相同性のない50塩基長の配列を選択した。50ピコモルのオリゴヌクレオチドプローブを、DIGオリゴヌクレオチドテーリングキット(Roche Diagnostics, Mannheim, Germany)を用いて標識した。遊離のDIGをエタノール沈殿により除去し、ジエチルピロカーボネート処理した水に溶解した。インサイチュハイブリダイゼーションは、既報のプロトコールに従って行った(Miyazaki, M., et al. 1994. Intern. Med. 33:87-91;Yamada, K., et al. 2001. Kidney Int. 59:137-146)。要約すると、凍結切片(4μm厚)を4%パラホルムアルデヒドのPBS溶液中で固定し、HClで脱プロテインし、proteinase K(Sigma Chemical Co.)で消化した。検体をプレハイブリダイゼーション緩衝液中でプレハイブリダイズし、当該緩衝液を排出し、プレハイブリダイゼーション緩衝液中、ジゴキシゲニン(DIG)標識オリゴヌクレオチドプローブと一晩ハイブリダイズした。ハイブリダイゼーション後、ヒツジポリクローナル抗DIG抗体(Roche Diagnostics, Mannheim, Germany)、西洋ワサビペルオキシダーゼ(HRP)コンジュゲート化ウサギ抗ヒツジ抗体(Dako)及びHRPコンジュゲート化ブタ抗ウサギ抗体(Dako)を用いて、DIG標識プローブを可視化した。発色は、0.05mol/L Tris-HCl、pH7.6中のジアミノベンジジンテトラヒドロクロリド(DAB Chromogen, Dako)及び0.03% H2O2で展開した。切片をMethyl Green(Vector Laboratories, Burlingame, CA)で対比染色した。反応の特異性を評価するため、配列に対応するセンスプローブをアンチセンスプローブの代わりに使用した。
【0071】
尿蛋白及び血中尿素窒素の測定
尿蛋白を尿試験紙で検出し、0〜3まで半定量的に記録した。血中尿素窒素(BUN)は、UN-S(Denka Seiken, Tokyo, Japan)を用いるウレアーゼ-グルタメートデヒドロゲナーゼ法に従って測定した。
【0072】
統計学的解析
すべての値は、平均 +/- SEで示す。ANOVAを用いて群間の有意差を検定した。0.05未満のP値を統計学的に有意とみなした。
【0073】
結果
ポリイオンコンプレックスナノキャリアの特徴
本研究において、siRNAとPICナノキャリアとのコンプレックスは、PEG-PLLコポリマー(12-73)とsiRNA溶液とをN/P比=1.4で単純に混合することで調製した(図1A)。動的光散乱(DLS)測定によるヒストグラム解析により約10nmサイズのコンプレックスの形成が明らかになった(図1B)。このことは、蛍光相関分光(FCS)解析により当該コンプレックスのサイズが13.7±0.1nmに測定されたことからも確認された(図1C)。当該ナノキャリアは、DLS解析によって297.3nmの直径と測定されたHVJ-Eと比較して小さい。ネイキッドsiRNAの直径は、FCS解析により6.56±0.07nmであることが示された(図1C)。したがって、本発明のコンプレックスは、siRNAと相対的に少ない数のPEG-PLLコポリマーとから構成されるユニットとして存在することができる。
【0074】
siRNAとナノキャリアとのコンプレックスのメサンギウム細胞へのインビトロトランスフェクション
PICナノキャリアのインビトロでのトランスフェクション効率を調べるため、フルオレセインイソチオシアネート(FITC)標識非サイレンシングコントロール(NSC)siRNAとPICナノキャリアとのコンプレックス、HVJ-Eに内包されたFITC標識NSC siRNA又はFITC標識ネイキッドNSC siRNAを培養したマウスメサンギウム細胞に適用した。siRNA/PICナノキャリアで処理した細胞は強力な蛍光を示したが(図2A)、コントロール細胞又はネイキッドsiRNAで処理した細胞は、ほとんど陰性であった。さらに、有窓糸球体内皮細胞のサイズ選択的障壁を模倣するため、試料を0.2μmポアサイズのフィルターでろ過した後にメサンギウム細胞へのトランスフェクションを行った。フィルターで前処理したsiRNA/HVJ-E群では蛍光がほとんど消失したが、ろ過したsiRNA/PICナノキャリアで処理した細胞は高い蛍光強度を保持していた。このことは、siRNA/PICナノキャリアは0.2μmサイズのフィルターを通過可能であることを示唆する(図2A)。次に、メサンギウム細胞におけるMAPK1 siRNA/PICナノキャリアの遺伝子サイレンシング効果を調べた。定量リアルタイム(Q-RT)PCR解析により、50nM又はそれ以上の濃度のMAPK1 siRNAでMAPK1 mRNA発現が有意に抑制されることがわかった(図2B及びC)。
【0075】
インビボ及びエクスビボ光学イメージング解析
siRNAとナノキャリアとのコンプレックスの全身分布を調べるため、IVISシステムを使用した。マウスの全体像は、5nmolのCy5標識siRNA/PICナノキャリアの腹腔内注入直後に、両側の腎臓で強い蛍光を示した。腎臓における高い蛍光シグナルは、ネイキッドsiRNAと比較して、最小のコントラストで3時間有意に可視化できた(図3A)。さらに、ネイキッドsiRNA又はsiRNA/PICナノキャリアの腹腔内投与3.5時間後に、主要な組織に関するエクスビボイメージング解析を行った。蛍光シグナルは、ネイキッドsiRNA及びsiRNA/PICナノキャリアで処置した両方のマウスで、肝臓、肺及び腎臓で検出された。しかしながら、腎臓の中心領域に分布されるネイキッドsiRNAの場合と比較して、siRNA/PICナノキャリアで処置したマウスでは腎臓全体が高い蛍光を示した。siRNA/PICナノキャリアは、糸球体が局在する皮質領域に持続的に分布することが示唆される(図3B)。
【0076】
ナノキャリアの糸球体内集積及び局在
Cy5標識siRNA/PICナノキャリア、Cy5標識siRNA内包HVJ-E又はCy5標識ネイキッドsiRNAを腹腔内注入し、3.5及び5.5時間後の腎臓の凍結切片を用いて、共焦点顕微鏡で腎臓中のsiRNAの局在を調べた。蛍光強度プロファイリングによる断面解析により、ネイキッドsiRNA又はsiRNA/HVJ-Eで処置したマウスと比較して、siRNA/PICナノキャリアで3.5時間処置したマウスの糸球体において高いシグナルが明らかになった(図4A)。尿細管領域の自動蛍光は、すべての群で見出された。また、ポリアニオンのモデルとして、siRNAの代わりにFITC標識ポリ(α,β-アスパラギン酸)[P(Asp)]を用いて、蛍光顕微鏡下で、ほとんどすべての糸球体においてP(Asp)/PICナノキャリアの高い蛍光強度を示した(図4B)。注入したP(Asp)/PICナノキャリアの糸球体における細胞内局在をさらに調べるために、Wistarラットにおいて、メサンギウムマーカーであるOX-7の染色を行った。糸球体でのFITC陽性領域は、概ねOX-7染色と重なり、前記コンプレックスがメサンギウムに主として局在することが示唆された(図10)。
【0077】
siRNAとナノキャリアとのコンプレックスの血中循環の持続
siRNA/PICナノキャリアの血中循環の安定性を評価するために、siRNAのポリアクリルアミドゲル電気泳動を行った。臭化エチジウム(EtBr)染色により、腹腔内に注入されたネイキッドsiRNAは10分以内に迅速に血液から除去されたが、siRNA/PICナノキャリアは腹腔内注入後2時間、siRNAの循環を延長したことがわかった(図5A、B)。また、Alexa Fluor 647標識siRNA/PICナノキャリア又はAlexa Fluor 647標識ネイキッドsiRNAの注入後、経時的に、マウス血漿中の蛍光強度を直接測定した(図5C)。Alexa Fluor 647標識siRNA/PICナノキャリアは、ネイキッドsiRNAと比較して、2時間蛍光が持続することがわかった。siRNAの尿中への排泄に関して、スポット尿の蛍光強度を測定した。ネイキッドsiRNAは、注入後迅速に排泄され、210分後の尿試料にはごくわずかの量の蛍光しか検出されなかったが、siRNA/PICナノキャリアの尿中の排泄は、約60分遅かった(図11A、B)。
【0078】
糸球体腎炎マウスにおけるMAPK1 siRNA/PICナノキャリアによるMAPK1の糸球体内でのサイレンシング
MAPK1 siRNA/PICナノキャリアが生体内で糸球体で遺伝子サイレンシング効果を奏するか否かを調べるため、ループス腎炎モデルのMRL/lprマウスを使用した。MAPK1 siRNA/PICナノキャリア、コントロールsiRNA/PICナノキャリア又はMAPK1 siRNA内包HVJ-Eを週2回、12〜16週齢の間で腹腔内注入を繰り返した後、17週齢マウスを実験に供した。Q-RT-PCR解析により、単離した糸球体でのMAPK1 mRNA発現は、MAPK1 siRNA/PICナノキャリアで処置されたマウスで有意に抑制されたが、コントロールsiRNA/PICナノキャリア又はMAPK1 siRNA内包HVJ-Eは効果がなかった(図6A)。MAPK1 siRNA/PICナノキャリアによる糸球体でのMAPK1サイレンシングの直接的な証拠のため、腎臓切片でMAPK1 mRNAのインサイチュハイブリダイゼーションを行った。MAPK1 mRNA発現は、コントロールsiRNA/PICナノキャリア又は非処置の試料と比べて、MAPK1 siRNA/PICナノキャリアで処置したマウスの糸球体でほぼ完全に阻害された(図6B)。ふるいにかけた糸球体画分のウエスタンブロット解析により、全MAPK1及びリン酸化MAPK1のタンパク質レベルは、MAPK1 siRNA/PICナノキャリアで処置したマウスで低下したことがわかった(図6C)。免疫組織化学的解析により、MAPK1 siRNA/PICナノキャリア群では、コントロールsiRNA/PICナノキャリア又は非処置群と比べて、糸球体においてMAPK1及びリン酸化MAPK1の両方がほぼ完全に抑制されたことがわかった(図6D及びE)。MAPK1 siRNA内包HVJ-Eでの処置は、MAPK1 mRNA及びMAPK1タンパク質の糸球体での発現を抑制しなかった(図6A〜E)。
【0079】
ナノキャリアによるsiRNA介在糸球体内MAPK1サイレンシングは糸球体腎炎マウスにおける糸球体組織学及び検査値を改善する
コントロールMRL/lprマウスは、17週齢でBUNの上昇を示し、既報と一致した(Prez de Lema, G., et al. 2001. J. Am. Soc. Nephrol. 12:1369-1382)。12〜16週齢に亘るMAPK1 siRNA/PICナノキャリアの腹腔内反復注入の後、BUN及び蛋白尿レベルは、非処置、コントロールsiRNA/PICナノキャリア又はMAPK1 siRNA内包HVJ-Eと比べて有意に低下した(表1)。腎臓の組織病理学的解析は、過ヨウ素酸シッフ(Schiff)(PAS)染色により行った(図7A〜E)。糸球体硬化スコア(図7B)、全硬化した糸球体数(図7D)及びPAS陽性糸球体病変(図7E)はすべて、MAPK1 siRNA/PICナノキャリア処置群において有意に低下した。一方、前記群間では、尿細管間質性病変は変化しなかった(図7C)。
【0080】
糸球体内MAPK1サイレンシングによるTGF-βシグナル伝達経路の調節
進行性の腎疾患において、ナノキャリアによりsiRNAが介在する糸球体内MAPK1サイレンシングが糸球体硬化の改善を生じるメカニズムを調べた。単離した糸球体のQ-RT-PCR解析により、MAPK1 siRNA/PICナノキャリア処置群においてTGF-β1 mRNAの発現が有意に抑制されることを明らかにした(図8A)。また、インサイチュハイブリダイゼーションによっても、TGF-β1 mRNA発現がMAPK1 siRNA/PICナノキャリアで処置したマウスの糸球体で有意に阻害されることを示した(図8B)。したがって、TGF-βシグナル伝達の上流の調節因子としてのMAPK1の役割が示唆される。最後に、細胞外マトリックスタンパク質及びプラスミノーゲン活性化因子インヒビター-1(PAI-1)の免疫組織化学的解析を行い、MAPK1 siRNA/PICナノキャリア群において、当該タンパク質の発現が明確に低下していることを示した(図9A〜C)。これらの結果は、ループス腎炎モデルマウスにおいて、増加したMAPK1がTGF-β発現を刺激し、細胞外マトリックスタンパク質の集積及び糸球体硬化につながる可能性を示唆する。
【0081】
【表1】
【0082】
本研究において、PEG-PLLコポリマーに基づく送達ビヒクルにより糸球体への効率的なsiRNA送達に成功した。本システムを用いて、糸球体に標的化したMAPK1 siRNAが糸球体においてMAPK1発現をmRNA及びタンパク質レベルで抑制し、MRL/lprマウスの糸球体疾患の病理学的変化を改善することを示した。
【0083】
本システムの優位性は、第一に、siRNAを保持するナノキャリアのサイズにある。ポリイオンコンプレックス(PIC)ナノキャリアは、動的光散乱測定及び蛍光相関分光解析により示されるように、従来から使用されているリポソーム又はHVJ-エンベロープベクターと比較して非常に小さい(10-20nm対200-500nm)(図1B及びC)。本発明におけるナノキャリアは、約100nmの内皮有窓を超えて毛細血管壁を通過して透過可能であり、一方で、アルブミン分子のサイズと同等の4nmのポアサイズを有するサイズ選択的ろ過障壁を生じる糸球体基底膜(GBM)を通過することを免れる。したがって、当該ナノキャリアは、メサンギウムがGBMの介入なしに内皮細胞に直接隣接するので、メサンギウム細胞と接触することになる(Kriz, W., Elger, M., Lemley, K., and Sakai, T. 1990. Kidney Int. 38 (Suppl. 30):S2-S9)。実際、糸球体、特にメサンギウムにおけるPICナノキャリアの集積が共焦点顕微鏡又は蛍光顕微鏡下で明確に示された(図4A及びB)。一般に、内皮障害を伴った不可逆的な病理学的変化が糸球体で起こる前に糸球体疾患の初期治療が推奨されているので、本発明におけるナノキャリアは、損傷のない内皮を通過するには大き過ぎるリポソーム(Imai, E., Takabatake, Y., Mizui, M., and Isaka, Y. 2004. Kidney Int. 65:1551-1555;Zhang, Y., et al. 2006. J. Am. Soc. Nephrol. 17:1090-1101;Isaka, Y., et al. 1993. J. Clin. Invest. 92:2597-2601;Maeshima, Y., et al. 1998. J. Clin. Invest. 101:2589-2597;Tomita, N., et al. 2000. J. Am. Soc. Nephrol. 11:1244-1252;Tuffin, G., Waelti, E., Huwyler, J., Hammer, C., and Marti, H.P. 2005. J. Am. Soc. Nephrol. 16:3295-3305)と比較して臨床的に有利であると考えられる。また、コンジュゲート化されたsiRNA(そのほとんどがアルブミンに結合している)も、障害されたGBMを通過してろ過されるので、腎疾患の治療には望ましくない。第2に、本発明におけるナノキャリアの持続する循環時間が重要である。水溶性、酵素耐性能ならびに血漿タンパク質及び血液細胞との最小化された非特異的相互作用を始めとする顕著な生体適合性に関しては、PEGセグメントに負うところが大きい(Harada-Shiba, M., et al. 2002. Gene Ther. 9:407-414;Itaka, K., et al. 2003. Biomaterials. 24:4495-4506;Harada, A., Togawa, H., and Kataoka, K. 2001. Eur. J. Pharm. Sci. 13:35-42;Akagi, D., et al. 2007. Gene Ther. 14:1029-1038)。マウス血漿のポリアクリルアミドゲル電気泳動(図5A及びB)及び蛍光強度測定(図5C)で示すように、siRNA/PICナノキャリアは、ネイキッドsiRNAと比較して持続した循環時間を有する。循環における寿命は、糸球体での効率的な集積に寄与するはずである。第3に、本発明におけるナノキャリアの医薬としてのメリットは、調製が容易なことである。PLLセグメントは、緩衝溶液中で単純に混合することにより、静電的相互作用を介してsiRNAとポリイオンコンプレックスを形成することができる(DeRouchey, J., et al. 2008. Biomacromolecules.9:724-732)。さらに、本システムにおけるPEG-PLLに基づくコンストラクトは、ウイルスベクターと比べて臨床的使用において安全であると考えられる(Wang, X., Skelley, L., Cade, R., and Sun, Z. 2006. Gene Ther. 13:1097-1103)。PLLは、一般に安全と認められる物質(GRAS)として、The Food and Drug Administration(FDA)によって承認されており、PEGもFDAによって承認され、既にペグ化インターフェロンなどの持続作用性医薬に使用されている。ナノキャリアのこれらすべての特性は、糸球体疾患を治療するための医薬に対して臨床応用を可能にすると考えられる。
【0084】
MRL/lpr系統は、TNF-α受容体遺伝子ファミリーであり、アポトーシスシグナルを媒介するFasをコードするfas遺伝子の突然変異により生じた、ヒト全身性エリテマトーデス(SLE)のマウスモデルである(Watanabe-Fukunaga, R., Brannan, C.I., Copeland, N.G., Jenkins, N.A., and Nagata, S. 1992. Nature. 356:314-317)。MRL/lprマウスは、イムノグロブリン(様々な自己抗体)の上昇したレベルで特徴付けられる自己免疫症候群を自然発症し、腎炎及び大量のリンパ増殖を伴う血管炎を発症する(Theofilopoulos, A.N., and Dixon, F.J. 1985. Adv. Immunol. 37:269-390; Cohen, P.L., and Eisenberg, R.A. 1991. Annu. Rev. Immunol. 9:243-269)。MRL/lprマウスの腎臓の兆候は、疾患の開始においてメサンギウム増殖性糸球体腎炎であり、経過の後期において半月体形成を有するびまん性増殖性糸球体腎炎であり、最後には不可逆的な腎不全の進行により死に至ることが知られている(Andrews, B.S., et al. 1978. J. Exp. Med. 1148:1198-1215)。したがって、12〜16週齢での処置は、糸球体腎炎の進行ステージでの病理学的変化に対する本ナノキャリアシステムの評価を可能ならしめた。
【0085】
主要な細胞内シグナル伝達因子であるマイトジェン活性化プロテインキナーゼ(MAPK)は、腎疾患を含む炎症プロセスにおいて細胞増殖及びアポトーシスを調節する様々な機能を有する(Herlaar, E., and Brown, Z. 1999. Mol. Medicine Today. 5:439-447;Tian, W., Zhang, Z., and Cohen, D.M. 2000. Am. J. Physiol. Renal Physiol. 279:F593-F604)。最近の研究により、MAPK1、c-Jun NH2ターミナルキナーゼ(JNK)及びp38MAPKの活性化が実験的ネフローゼの糸球体傷害に関与している可能性が明らかになった(Bokemeyer, D., et al. 2000. J. Am. Soc. Nephrol. 11:232-240;Bokemeyer, D., et al. 1997. J. Clin. Invest. 100:582-588)。また、MRL/lprマウスにおいて、p38MAPKの活性化が自己免疫腎疾患の病原性に寄与していることが報告されている(Iwata, Y., et al. 2003. J. Am. Soc. Nephrol. 14:57-67)。本研究において、MRL/lprマウスにおいてMAPK1のアップレギュレーションを見出した。確かに、MAPK1 siRNA/PICナノキャリアによる糸球体内でのMAPK1サイレンシング(インサイチュハイブリダイゼーションおよび免疫組織化学により明確に示された(図6B及びD))は、糸球体病変の組織学的改善(図7A〜E)ならびに腎機能及び尿蛋白の改善(表1)を導いた。
【0086】
進行性腎疾患において、TGF-βは繊維化促進因子として、メサンギウム細胞において下記のように重要な役割を果たす:1)コラーゲン及びフィブロネクチンの産生を亢進させる、2)細胞外マトリックス(ECM)を分解するプロテアーゼの発現を抑制する、及び3)プラスミノーゲン活性化因子インヒビター-1(PAI-1)などのECMプロテアーゼインヒビターの合成を刺激する。興味深いことに、TGF-βスーパーファミリーの細胞内シグナル伝達は一連のSmadタンパク質により媒介されているが(Huwiler, A., and Pfeilschifter, J. 1994. FEBS Lett. 354:255-258;Hartsough, M.T., and Mulder, K.M. 1995. J. Biol. Chem. 270:7117-7124;Frey, R.S., and Mulder, K.M. 1997. Cancer Res. 57:628-633)、MAPKのシグナル伝達経路は、様々なタイプの細胞において、TGF-βのシグナル伝達カスケードにも関与していることが見出された。MAPK1及びJNKは、メサンギウム細胞においてTGF-β1により活性化されることが示された(Huwiler, A., and Pfeilschifter, J. 1994. FEBS Lett. 354:255-258;Hayashida, T., Decaestecker, M., and Schnaper, H.W. 2003.FASEB J. 17:1576-1578)。さらに、JNKではなくMAPK1経路をブロックすることにより、ECM成分のTGF-β1により誘導される発現が低下した(Uchiyama-Tanaka, Y., et al. 2001. Kidney Int. 60:2153-2163)。これらのインビトロでの知見から、TGF-β1で刺激されたMAPK1とSmadシグナル伝達との間の相乗的な役割が示唆されるが、インビボでのかかるシグナル伝達カスケードの相互作用はまだ決定されていない。他方、培養されたメサンギウム細胞において、MAPK1は、アンジオテンシンII(Uchiyama-Tanaka, Y., et al. 2001. Kidney Int. 60:2153-2163)、レニン(Huang, Y., Noble, N.A., Zhang, J., Xu, C., and Border, W.A. 2007. Kidney Int. 72:45-52)、機械的伸張(Ingram, A.J., Ly, H., Thai, K., Kang, M., and Scholey, J.W. 1999. Kidney Int. 55:476-485;Ishida, T., Haneda, M., Maeda, S., Koya, D., and Kikkawa, R. 1999. Diabetes. 48:595-602)及び高グルコース(Isono, M., Cruz, M.C., Chen, S., Hong, S.W., and Ziyadeh, F.N. 2000. J. Am. Soc. Nephrol. 11:2222-2230;Hayashida, T., and Schnaper, H.W. 2004. J. Am. Soc. Nephrol. 15:2032-2041)を含む種々の因子により刺激されたTGF-β1の発現を媒介又は先行することが知られているが、今日まで、MAPK1依存性のTGF-β1の発現に関するインビボでの状況は不明であった。本研究において、MAPK1は、糸球体におけるTGF-β1の上流の調節因子ならびにECM構成成分及びPAI-1の発現を介して糸球体硬化におけるその後のモジュレーターとしての役割を果たすことが示された。
【0087】
結論として、本発明者らは、PEG-PLLに基づくナノキャリアによるsiRNA介在糸球体内遺伝子サイレンシングに成功した。本システムは、糸球体疾患の分子機構を研究するためのツールばかりでなく、将来的に慢性腎疾患又は糸球体疾患を制御する新規戦略としても利用可能である。
【産業上の利用可能性】
【0088】
本発明によれば、二本鎖リボ核酸の新規な投与形態を提供することができ、目的とする組織又は細胞へ効率的に送達することが可能となる。これにより、基礎研究分野のみならず医療の分野において、遺伝子サイレシングによる研究の進展及び疾患の治療が期待できる。
【技術分野】
【0001】
本発明は、二本鎖リボ核酸ポリイオンコンプレックスに関し、詳しくは、リボ核酸の生体内送達、より詳しくはリボ核酸医薬のドラッグデリバリーシステムの分野に関する。
【背景技術】
【0002】
二本鎖のshort interfering RNA(siRNA)によるRNA干渉は、その強力な遺伝子サイレンシング能により研究用ツールばかりでなく治療戦略としても非常に有望である(非特許文献1〜4)。しかしながら、siRNAの生体内での適用は、未だ局所送達に限られている(非特許文献5〜8)。この制限は、siRNAの生体内での酵素分解による低い安定性及び/又は細胞膜の低い透過性に依拠している。送達ビヒクルの開発によって全身投与によりsiRNAを標的組織に導入することが決定的となる可能性があるが、siRNAの腎臓疾患に対する有効性を利用する送達システムの報告はごくわずかである。
【0003】
脂質とコンジュゲート化したsiRNA(非特許文献9)又はリポソーム内にカプセル化されたsiRNA(非特許文献10)は、肝臓に集積して標的遺伝子をサイレンシングすることが示されたが、当該siRNAの腎臓における分布は、尿細管細胞での分解プロセス又は尿細管内腔への排泄の過程を見ているに過ぎないと考えられる。常在細胞が血行動態的又は免疫学的障害に対応して様々な病原性因子を分泌する糸球体は、分子治療にとって合理的な標的である。しかし、siRNA単独(数nmの小分子)では尿中へ迅速に排泄される一方、上記脂質コンジュゲート化siRNA又はリポソーム内カプセル化siRNAではそのサイズ(数百nm)や特性故に糸球体中の結合組織であるメサンギウム細胞などへの送達は困難である。腎臓疾患に対する有効な医薬が少ない背景からも、糸球体を標的とするsiRNAによる遺伝子サイレンシングに適した送達システムの開発が望まれている。
【0004】
本発明者らは、荷電性タンパク質やDNAのデリバリーシステムとして、ブロック共重合体とのポリイオンコンプレックスが有用であることをすでに報告している(特許文献1)。また、特に2本鎖オリゴ核酸のデリバリーに適したブロック共重合体の構造やポリイオンコンプレックスの作製法を検討し、高分子ミセル形態の2本鎖オリゴ核酸を担持したブロック共重合体を報告している(特許文献2)。また、ポリカチオン性化合物に対して櫛形に結合している親水性基を側鎖として有する担体(グラフト共重合体)とRNAとの複合体が、血中におけるRNAの安定性と滞留性を改善することも報告されている(特許文献3)。特許文献1及び2に記載の核酸デリバリーシステムは、生体内の種々の組織への安定的な送達が期待されるが、数十〜数百nmのサイズ分布を有する高分子ミセルである。また、特許文献3に記載の複合体は、肝臓での遺伝子発現を強く抑制することが示されているが、腎臓領域への送達については全く記載されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第2690276号公報
【特許文献2】国際公開第2005/078084号パンフレット
【特許文献3】特開2008−201673号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Gewirtz, A.M. 2007. J. Clin. Invest. 117:3612-3614
【非特許文献2】Akhtar, S., and Benter, I.F. 2007. J Clin. Invest. 117:3623-3632
【非特許文献3】Blow, N. 2007. Nature. 450:1117-1120
【非特許文献4】Kim, D.H., and Rossi, J.J. 2007. Nat. Rev. Genet. 8:173-184
【非特許文献5】Savaskan, N.E., et al. 2008. Nat. Med. 14:629-632
【非特許文献6】Palliser, D., et al. 2006. Nature. 439:89-94
【非特許文献7】Thakker, D.R., et al. 2004. Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A. 101:17270-17275
【非特許文献8】Bitko, V., Musiyenko, A., Shulyayeva, O., and Barik, S. 2005. Nat. Med. 11:50-55
【非特許文献9】Soutschek, J., et al. 2004. Nature. 432:173-178
【非特許文献10】Zimmermann, T.S., et al. 2006. Nature. 441:111-114
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、上記問題点に鑑みてなされたものであり、その解決しようとする課題は、糸球体、特にメサンギウム細胞などにおける遺伝子サイレンシングに機能する二本鎖リボ核酸の当該組織又は細胞への送達に有用なデリバリーシステムなどを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意研究を重ねた結果、二本鎖リボ核酸と特定のポリカチオン構造を有するブロック共重合体とを所定の条件下で混合することにより、高分子ミセルを形成せずに100nm未満の平均粒径を有する、より小さいサイズのポリイオンコンプレックスを生成することを見出し、かかるポリイオンコンプレックスを用いて糸球体細胞へ初めて有効に二本鎖リボ核酸を送達することに成功し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明は以下のとおりである。
〔1〕 二本鎖リボ核酸と、下記一般式(I)又は(II)で表されるブロック共重合体とが静電結合されてなる非高分子ミセル形態のポリイオンコンプレックスであって、動的光散乱測定法で測定した場合に100nm未満の平均粒径を有するポリイオンコンプレックス。
【0010】
【化1】
【0011】
(上記各式中、
R1a及びR1bはそれぞれ独立して水素原子又は未置換もしくは置換された直鎖もしくは分枝のC1-12アルキル基を表し、
L1、L2は連結基を表し、
R2は水素原子、保護基、疎水性基又は重合性基を表し、
R3は水酸基、オキシベンジル基、−NH−(CH2)a−X基(Xは一級、二級、三級アミン又は四級アンモニウム塩の内一種類又は二種類以上を含むアミン化合物残基であるか、あるいはアミンでない化合物残基であり、aは1〜5の整数である)又は開始剤残基を表し、
R4a及びR4bはそれぞれ独立して水素原子、アミノ基の保護基又は−C(=NH)NHR5(R5は水素原子もしくはアミノ基の保護基を表す)を表し、
mは5〜20000の整数、nは2〜5000の整数、xは1〜5の整数をそれぞれ表す)
〔2〕 二本鎖リボ核酸がsiRNAである、前記〔1〕に記載のポリイオンコンプレックス。
〔3〕 50nm未満の平均粒径を有する、前記〔1〕又は〔2〕に記載のポリイオンコンプレックス。
〔4〕 10〜20nm未満の平均粒径を有する、前記〔1〕〜〔3〕のいずれかに記載のポリイオンコンプレックス。
〔5〕 前記〔1〕〜〔4〕のいずれかに記載のポリイオンコンプレックス及び薬学的に許容され得る担体を含有する医薬組成物。
〔6〕 糸球体又はメサンギウム細胞送達用である、前記〔5〕に記載の医薬組成物。
〔7〕 メサンギウムを病態の主とする腎疾患の治療又は予防用である、前記〔5〕又は〔6〕に記載の医薬組成物。
〔8〕 下記一般式(I)又は(II):
【0012】
【化2】
【0013】
(上記各式中、
R1a及びR1bはそれぞれ独立して水素原子又は未置換もしくは置換された直鎖もしくは分枝のC1-12アルキル基を表し、
L1、L2は連結基を表し、
R2は水素原子、保護基、疎水性基又は重合性基を表し、
R3は水酸基、オキシベンジル基、−NH−(CH2)a−X基(Xは一級、二級、三級アミン又は四級アンモニウム塩の内一種類又は二種類以上を含むアミン化合物残基であるか、あるいはアミンでない化合物残基であり、aは1〜5の整数である)又は開始剤残基を表し、
R4a及びR4bはそれぞれ独立して水素原子、アミノ基の保護基又は−C(=NH)NHR5(R5は水素原子もしくはアミノ基の保護基を表す)を表し、
mは5〜20000の整数、nは2〜5000の整数、xは1〜5の整数をそれぞれ表す)で表されるブロック共重合体、ならびに前記ブロック重合体及び/又は二本鎖リボ核酸を溶解するための試薬を別々の容器に格納してなる、二本鎖リボ核酸送達用ポリイオンコンプレックスナノキャリアを調製するためのキット。
〔9〕 二本鎖リボ核酸を格納した容器をさらに含有する前記〔8〕に記載のキット。
〔10〕 ブロック共重合体と二本鎖リボ核酸とを、
N/P=1.2〜1.5(Nはブロック共重合体中のカチオンの総数を示し、Pは二本鎖リボ核酸中のリン酸エステル結合もしくはそれと同等の結合の総数を示す)で混合することを記載した指示書をさらに含有する前記〔8〕又は〔9〕に記載のキット。
〔11〕 糸球体又はメサンギウム細胞送達用である、前記〔8〕〜〔10〕のいずれかに記載のキット。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、従来のサブミクロンサイズのナノキャリア及び本発明者らがこれまで開発してきたポリイオンコンプレックスに比べて、100nm未満(好ましくは50nm未満、より好ましくは10〜20nm未満)という非常に小さい平均粒径を有するポリイオンコンプレックスを提供することができる。本発明のポリイオンコンプレックスは、二本鎖リボ核酸とブロック共重合体とが静電結合により複合体を形成することによって得られるものであり、二本鎖リボ核酸の100nm未満(好ましくは50nm未満、より好ましくは10〜20nm未満)のサイズのナノキャリアとして、従来のサブミクロンサイズのナノキャリアなどが到達できなかった生体内組織(例えば、糸球体又はメサンギウム細胞)への送達が容易かつ効率的に可能になる。
本発明の医薬組成物によれば、上記したポリイオンコンプレックス成分の特徴により尿中に迅速に排泄されることなく、長時間安定して血中を循環可能である。したがって、siRNAなどの二本鎖リボ核酸を用いる遺伝子サイレシングを利用した疾患の治療又は予防にとって、遺伝子サイレシング効果が持続し、少ない投与量でも効果を発揮できるばかりでなく、これまで有効な医薬品が少なかったメサンギウムを病態の主とする腎疾患の治療又は予防の選択肢が広がることが期待される。
本発明のキットによれば、100nm未満(好ましくは50nm未満、より好ましくは10〜20nm未満)という非常に小さいサイズのポリイオンコンプレックスを容易に調製することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1A】実施例で用いたポリ(エチレングリコール)-ポリ(L-リシン)(PEG-PLL)ブロックコポリマー及びポリ(α,β-アスパラギン酸)[P(Asp)]ホモポリマーの化学構造を示す。
【図1B】ポリイオンコンプレックス(PIC)ナノキャリアのヒストグラム解析を示す。PICナノキャリアのサイズ分布を動的光散乱により測定した。
【図1C】Cy3標識siRNAとPEG-PLLとを10mM Hepes(pH7.3)緩衝液中でN/P=0〜2.8で混合し、形成されたPICナノキャリアの流体力学直径を蛍光相関分光法で測定した結果を示す。
【図2A】FITC標識非サイレンシングコントロールsiRNA(naked)、FITC標識siRNA/PICナノキャリア(PIC)、FITC標識siRNA内包HVJ-E(HVJ)で処理した培養メサンギウム細胞又は非処理(NT)細胞の蛍光顕微鏡写真を示す。HVJ-Eと比較してPICナノキャリアは、0.2μmのポアサイズを有するフィルターを通過することが示された。図面は、3つの独立した実験の代表例である。(原図の倍率; x200)
【図2B】MAPK1 siRNA/PICナノキャリアをインビトロトランスフェクションしたメサンギウム細胞におけるMAPK1発現のQ-RT-PCR解析を示す。P値は、ANOVAにより計算した。平均 +/- s.e.、n=5。NT;非処理、NSC/PIC;非サイレンシングコントロールsiRNA/PICナノキャリア、MPK/naked;ネイキッドMAPK1 siRNA、MPK/PIC;MAPK1 siRNA/PICナノキャリア。
【図2C】MAPK1 siRNA/PICナノキャリアをインビトロトランスフェクションしたメサンギウム細胞におけるMAPK1発現のQ-RT-PCR解析を示す。MAPK1 siRNA/PICナノキャリアのトランスフェクションは、用量依存的に50nMを越えるMAPK1 siRNAの濃度でMAPK1 mRNA発現を有意に抑制した。P値は、ANOVAにより計算した。平均 +/- s.e.、n=5。NT;非処理。
【図3】インビボ及びエクスビボ光学イメージング解析を示す。(A)Cy5標識コントロールsiRNA/PICナノキャリアは腹腔内注入後すぐに腎臓に集積し、3時間を越えて腎臓で高い蛍光シグナルを保持した。(B)注入後3.5時間の腎臓でのエクスビボイメージング。ネイキッドsiRNAに比べて延長したシグナルは、siRNA/PICナノキャリアで処置したマウスの皮質領域を含む腎臓全体で検出された。図面は、3つの独立した実験の代表例である。NT;非処置、naked;ネイキッドsiRNA、PIC;siRNA/PICナノキャリア。
【図4A】PICナノキャリアの糸球体内集積を示す。腹腔内注入後3.5時間又は5.5時間の糸球体に取り込まれたCy5標識siRNA/PICナノキャリアを示す共焦点顕微鏡解析及び断面強度測定である。naked; ネイキッドsiRNA、PIC; siRNA/PICナノキャリア、HVJ; siRNA内包HVJ-E。
【図4B】PICナノキャリアの糸球体内集積を示す蛍光顕微鏡写真である。FITC標識ポリ(α,β-アスパラギン酸)[P(Asp)]PICナノキャリア(P(Asp)/PIC)の腹腔内注入6時間後の腎臓切片を、非処置(NT)、ネイキッドP(Asp)及びP(Asp)内包HVJ-E(P(Asp)/HVJ)と比較した蛍光顕微鏡写真である。高蛍光強度は、P(Asp)/PICで処置したマウスのほとんどすべての糸球体で検出された(黄色の矢及び挿入)。自動蛍光は、尿細管領域で見出された。図面は、3つの独立した実験の代表例である。(原図の倍率; x200)
【図5A】siRNA/PICナノキャリアがネイキッドsiRNAと比較して長期化した血中循環を示す、EtBr染色で可視化したポリアクリルアミドゲルイメージである。
【図5B】図5Aで可視化したポリアクリルアミドゲルのバンドのデンシトメーターによる解析を示す。P値は、ANOVAにより計算した。平均 +/- s.e.、n=3。
【図5C】siRNA/PICナノキャリア及びネイキッドsiRNAのマウス血漿の蛍光強度の経時的直接測定結果を示す。PIC; Alexa Fluor 647標識非サイレンシングコントロール(NSC)siRNA/PICナノキャリア、naked; ネイキッドAlexa Fluor 647標識NSC siRNA。100%の注入用量は、マウスの体重に基づく全血液容量を用いて見積った。*P<0.05, **<0.01, ***<0.001 vs. ネイキッドsiRNA, ANOVA, 平均 +/- s.e., n=4。
【図6A】MAPK1 siRNA/PICナノキャリアによる糸球体内でのMAPK1サイレンシングを示す。MRL/lprマウスの単離した糸球体でのMAPK1 mRNA発現のQ-RT-PCR解析。NT; 非処置、NSC/PIC; 非サイレンシングコントロールsiRNA/PICナノキャリア、MPK/PIC; MAPK1 siRNA/PICナノキャリア、MPK/HVJ; MAPK1 siRNA内包HVJ-E。非処置BALB-cマウスをコントロールとして用いた。P値をANOVAにより計算した。平均 +/- s.e.、n=5。
【図6B】アンチセンス(AS)及びセンス(S)プローブを用いた腎臓切片のMAPK1 mRNAに対するインサイチュハイブリダイゼーションを示す。(原図の倍率、x200)
【図6C】MAPK1 siRNA/PICナノキャリアによる糸球体内でのMAPK1サイレンシングを示すウエスタンブロット及びその結果のデンシトメトリー解析である。MAPK1 siRNA/PICナノキャリアは、MAPK1タンパク質(左)及びP-MAPK1タンパク質(右)の両方の発現を抑制した。P値はANOVAにより計算した。平均 +/- s.e.、n=4。
【図6D】MAPK1 siRNA/PICナノキャリアによる糸球体内でのMAPK1サイレンシングを示す腎臓切片のMAPK1及びP-MAPK1の免疫染色である。(原図の倍率、x200)
【図6E】図6Dにおけるデンシトメトリー解析の結果を示す。データは、糸球体におけるMAPK1(左)又はP-MAPK1(右)の染色陽性領域(%)として表した。
【図7A】MAPK1 siRNA/PICナノキャリアによる糸球体病変の改善を示す。代表的な糸球体(上図)及び尿細管間質領域(下図)を示した。NT;非処置、NSC/PIC;非サイレンシングコントロールsiRNA/PICナノキャリア、MPK/PIC; MAPK1 siRNA/PICナノキャリア、MPK/HVJ; MAPK1 siRNA内包HVJ-E。(原図の倍率、x200)
【図7B】MAPK1 siRNA/PICナノキャリアによる糸球体病変の改善を示す腎切片の組織学的解析である。糸球体硬化スコアは、MAPK1 sRNA/PICナノキャリア処置群では有意に低下していた。P値は、ANOVAにより計算した。平均 +/- s.e.、n=6。
【図7C】MAPK1 siRNA/PICナノキャリアによる糸球体病変の改善を示す腎切片の組織学的解析である。尿細管間質傷害の半定量的スコアリングは、4群間で有意差がなかった。P値は、ANOVAにより計算した。平均 +/- s.e.、n=6。
【図7D】MAPK1 siRNA/PICナノキャリアによる糸球体病変の改善を示す腎切片の組織学的解析である。全硬化の糸球体の数は、MAPK1 sRNA/PICナノキャリア処置群では有意に低下していた。P値は、ANOVAにより計算した。平均 +/- s.e.、n=6。
【図7E】MAPK1 siRNA/PICナノキャリアによる糸球体病変の改善を示す腎切片の組織学的解析である。PAS陽性の糸球体病変(%)は、MAPK1 sRNA/PICナノキャリア処置群では有意に低下していた。P値は、ANOVAにより計算した。平均 +/- s.e.、n=6。
【図8A】糸球体内でのMAPK1サイレンシングによるTGF-β1発現の抑制を示す。Q-RT-PCR解析により、MAPK1 siRNA/PICナノキャリアでの処置は、MRL/lprマウスの糸球体でTGF-β1 mRNAの発現を抑制することが解明された。NT;非処置、NSC/PIC;非サイレンシングコントロールsiRNA/PICナノキャリア、MPK/PIC; MAPK1 siRNA/PICナノキャリア、MPK/HVJ;MAPK1 siRNA内包HVJ-E。非処置BALB-cマウスをコントロールとして用いた。P値をANOVAにより計算した。平均 +/- s.e.、n=5。
【図8B】糸球体内でのMAPK1サイレンシングによるTGF-β1発現の抑制を示す。腎切片におけるTGF-β1 mRNAのインサイチュハイブリダイゼーションの結果を示す。AS;アンチセンスプローブ、S;センスプローブ。(原図の倍率、x200)
【図9A】プラスミノーゲン活性化因子インヒビター-1(PAI-1)及びフィブロネクチン(FN)の免疫染色を示す。糸球体におけるPAI-1及びFNの発現低下は、MAPK1 siRNA/PICナノキャリアの処置群で顕著であった。NT;非処置、NSC/PIC;非サイレンシングコントロールsiRNA/PICナノキャリア、MPK/PIC;MAPK1 siRNA/PICナノキャリア、MPK/HVJ;MAPK1 siRNA内包HVJ-E。(原図の倍率、x200)
【図9B】図9Aの糸球体のPAI-1染色のデンシトメトリー解析を示す。データは、各糸球体におけるPAI-1の染色陽性領域(%)として表した。P値をANOVAにより計算した。平均 +/- s.e.、n=3。
【図9C】図9Aの糸球体のFN染色のデンシトメトリー解析を示す。データは、各糸球体におけるFNの染色陽性領域(%)として表した。P値をANOVAにより計算した。平均 +/- s.e.、n=3。
【図10】PICナノキャリアの糸球体における局在を示す。FITC-P(Asp)/PICナノキャリアの腹腔内注入後120分のラット腎検体において、糸球体のFITC陽性領域は、OX-7染色(ローダミンレッド)でほぼ重層された。このことは、PICナノキャリアが主にメサンギウム領域に取り込まれることを示唆する。P(Asp)/PIC;FITC標識ポリ(α,β-アスパラギン酸)/PICナノキャリア。
【図11】siRNA/PICナノキャリアの尿中排泄を示す。(A)Alexa Fluor 647標識非サイレンシングコントロールsiRNA(naked)又はAlexa Fluor 647標識siRNA/PICナノキャリアを5nmolの用量(siRNA含量)で腹腔内注入後の尿試料スポットの相対蛍光強度を示す。ネイキッドsiRNAは、注入後迅速に排泄され、210分では尿中に痕跡量のsiRNAしか検出されなかったが、siRNA/PICナノキャリア又はその代謝物の尿中への排泄は遅延した。(B)各時点での代表的尿試料を示す。
【図12A】糸球体の断面と本発明のPICナノキャリア(PIC)を模式的に示した図である。図中、MCはメサンギウム細胞を、ETCは糸球体内皮細胞を、GBMは糸球体基底膜を、podocyteは足細胞を、capillaryは毛細血管を示す。
【図12B】糸球体の断面とHVJ−E及びリポソーム(liposome)を模式的に示した図である。図中、MCはメサンギウム細胞を、ETCは糸球体内皮細胞を、GBMは糸球体基底膜を、podocyteは足細胞を、capillaryは毛細血管を示す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明は、二本鎖リボ核酸とブロック共重合体とが静電結合されてなる、非高分子ミセル形態のポリイオンコンプレックスを提供する。
【0017】
1.ブロック共重合体
本発明に用いられるブロック共重合体は、下記一般式(I)又は(II)で表される。
【0018】
【化3】
【0019】
(上記各式中、
R1a及びR1bはそれぞれ独立して水素原子又は未置換もしくは置換された直鎖もしくは分枝のC1-12アルキル基を表し、
L1、L2は連結基を表し、
R2は水素原子、保護基、疎水性基又は重合性基を表し、
R3は水酸基、オキシベンジル基、−NH−(CH2)a−X基(Xは一級、二級、三級アミン又は四級アンモニウム塩の内一種類又は二種類以上を含むアミン化合物残基であるか、あるいはアミンでない化合物残基であり、aは1〜5の整数である)又は開始剤残基を表し、
R4a及びR4bはそれぞれ独立して水素原子、アミノ基の保護基又は−C(=NH)NHR5(R5は水素原子もしくはアミノ基の保護基を表す)を表し、
mは5〜20000の整数、nは2〜5000の整数、xは1〜5の整数をそれぞれ表す)
【0020】
本発明に用いられるブロック共重合体は、式(I)又は(II)の連結基(L1又はL2)を介して左半分が非荷電性セグメントを構成するポリエチレングリコール(以下、「PEG」と省略する場合がある)又はその誘導体部分であり、右半分が荷電性セグメントを構成する、側鎖に1級アミノ基を有するポリアミノ酸(以下、単に「ポリアミノ酸」と省略する場合がある)部分である。かかる荷電性セグメントと二本鎖リボ核酸とがポリイオンコンプレックス(以下、「PIC」と省略する場合がある)を形成する。
【0021】
非荷電性セグメントを構成するPEG又はその誘導体の好ましい分子量は、200〜1,000,000、より好ましくは500〜200,000、特に好ましくは1,000〜50,000である。
【0022】
荷電性セグメントを構成するポリアミノ酸の好ましい分子量は、200〜1,000,000、より好ましくは500〜200,000、特に好ましくは1,000〜50,000である。
【0023】
上記一般式(I)又は(II)において、R1a及びR1bはそれぞれ独立して水素原子又は未置換もしくは置換された直鎖もしくは分枝のC1−12アルキル基を表すが、C1−12アルキルとしては、メチル、エチル、n−プロピル、iso−プロピル、n−ブチル、sec−ブチル、tert−ブチル、n−ペンチル、n−ヘキシル、デシル、ウンデシルなどが挙げられる。また置換された場合の置換基としてはアセタール化ホルミル基、シアノ基、ホルミル基、カルボキシル基、アミノ基、C1−6アルコキシカルボニル基、C2−7アシルアミド基、同一もしくは異なるトリ−C1−6アルキルシロキシ基、シロキシ基又はシリルアミノ基が挙げられる。
【0024】
一般式(I)におけるR2は水素原子、保護基又は疎水性基を表すが、保護基としてはC1−6アルキルカルボニル基が挙げられ、好ましくはアセチル基である。疎水性基としてはベンゼン、ナフタレン、アントラセン、ピレンなどの誘導体が挙げられる。
【0025】
これらの保護基、疎水性基、重合性基を共重合体の末端に導入する方法としては、酸ハロゲン化物を用いる方法、酸無水物を用いる方法、活性エステルを用いる方法など、通常の合成で用いられている手法が挙げられる。
【0026】
一般式(II)におけるR3は水酸基、オキシベンジル基、−NH−(CH2)a−X基である。ここで、Xは一級、二級、三級アミン又は四級アンモニウム塩の内一種類又は二種類以上を含むアミン化合物残基であるか、あるいはアミンでない化合物残基であり、aは1〜5の整数である。あるいは、R3は開始剤残基である。つまり、低分子の開始剤を用いて保護アミノ酸のN−カルボン酸無水物を重合させてポリアミノ酸セグメントを合成してからPEGセグメントと結合させる方法でブロック共重合体を製造する場合には、使用した開始剤に由来する構造、すなわち−NH−R6であってR6が未置換又は置換された直鎖又は分枝のC1−20アルキル基をとることもできる。
【0027】
未置換又は置換された直鎖又は分枝のC1−20アルキル基としては、メチル、エチル、n−プロピル、iso−プロピル、n−ブチル、tert−ブチル、n−ペンチル、n−ヘキシルなどのC1-6低級アルキル、さらにC7-12の中級アルキル、また、テトラデシル、ヘキサデシル、オクタデシル、イコサニルなどのC13-20の高級アルキルが挙げられる。これらの基は、場合により、1以上のハロゲン(例えば、フッ素、塩基、臭素)で置換されていてもよく、また、中〜高級アルキルにあっては、1個の水酸基で置換されていてもよい。
【0028】
一般式(I)又は(II)中のR4a及びR4bは、それぞれ独立して水素原子、アミノ基の保護基又は−C(=NH)NHR5(R5は水素原子もしくはアミノ基の保護基を表す)である。R4a、R4b及びR5における保護基とは、通常アミノ基の保護基として用いられている基を指し、例えば、Z基、Boc基、アセチル基、トリフルオロアセチル基などが挙げられる。保護基は、二本鎖核酸とポリイオンコンプレックスを形成する前に除去されることが好ましい。したがって、一般式(I)又は(II)中のR4a、R4b及びR5の大部分(例えば、90%以上、好ましくは95%以上、より好ましくは99%以上)が水素原子であることが好ましい。
【0029】
非荷電性セグメントの鎖長を規定するmは、5〜20000の整数、好ましくは10〜5000、特に好ましくは40〜500である。荷電性セグメントの鎖長を規定するnは、2〜5000の整数、好ましくは4〜2500の整数、より好ましくは5〜1000、特に好ましくは10〜200である。m及びnは、一般式(I)又は(II)の共重合体と二本鎖リボ核酸とがポリイオンコンプレックスを形成する限りは、限定されるものではない。したがって、本明細書では便宜上、ポリエチレングリコール、ポリアミノ酸などと称しているが、「ポリ」の語には、所謂、「オリゴ」に分類されるものも包合される概念として用いている。
【0030】
一般式(I)又は(II)中のポリアミノ酸の側鎖を規定するxは、1〜5の整数、好ましくは2〜4、特に好ましくは3(オルニチン側鎖に相当)又は4(リシン側鎖に相当)である。また、xが3でR4a及びR4bが−C(=NH)NH2の場合は、アルギニン側鎖に相当する。
【0031】
本発明において、好ましいブロック共重合体としては、片末端一級アミノ基のポリエチレングリコールとNε−Z−L−リシンNカルボン酸無水物を反応させた後、Z基を脱保護して得られるポリエチレングリコール−ポリリシンブロック共重合体(PEG−PLLと略記する)が挙げられる。その他、ポリエチレングリコール−ポリオルニチンブロック共重合体(PEG−PLOと略記する)も好適に使用することができる。
【0032】
上記共重合体の製造方法は特に限定されるものではないが、一つの方法として、例えば、末端にアミノ基を有するPEG誘導体を用いて、そのアミノ末端に、Nε−Z−L−リシンなどの保護アミノ酸のN−カルボン酸無水物を重合させてブロック共重合体を合成し、その後側鎖を変換することにより、本発明の共重合体を得る方法が挙げられる。この場合、共重合体の構造は一般式(I)となり、連結基L1は、用いたPEG誘導体などの末端構造に由来する構造となるが、好ましくは−(CH2)b−NH−であり、かつbは0〜5の整数である。
【0033】
また、ポリアミノ酸セグメント部分を合成してから、PEGセグメント部分と結合させる方法でも、本発明の共重合体は製造可能であり、この場合結果的に上記の方法で製造したものと同一の構造となることもあるが、一般式(II)の構造となることもある。連結基L2は特に限定されるものではないが、好ましくは−(CH2)c−CO−であり、かつcは0〜5の整数である。
【0034】
上記ブロック共重合体は、公知の方法によって製造することができる。好ましい製造方法として、例えば、特許第2690276号公報、国際公開第2005/078084号パンフレットに記載の方法が挙げられる。
【0035】
2.二本鎖リボ核酸
本発明において、上記ブロック共重合体と静電結合させる核酸は、実質的にリボ核酸である限り、いかなる種類の二本鎖核酸であってもよい。すなわち、本発明における二本鎖リボ核酸は、デオキシリボースではなくリボースを含むヌクレオシドを主たる構成要素とし、ヌクレオシド間がリン酸エステル結合又はそれと同等の結合で重合した核酸が二本鎖構造をとりうるものをいう。二本鎖構造は、一本鎖リボ核酸同士が相補的塩基対結合により二本鎖を形成したもの、一本鎖リボ核酸中の相補的塩基配列によるヘアピン構造を形成したものなど、特に限定されるものではない。二本鎖リボ核酸は、所定の細胞における特定の遺伝子の発現を抑制する「遺伝子ノックダウン」効果を意図して用いられることが多く、そのようなノックダウン用核酸としては、siRNA、shRNAなどが挙げられるが、これらに限定されるものではない。siRNAは、その5’末端及び/又は3’末端にDNAのオーバーハングを有する場合がある。また、核酸がRNA−DNAハイブリッド核酸であったり、二本鎖リボ核酸中にその他の核酸誘導体が含まれる場合もある。さらに、生体内での挙動を可視化するために、標識された二本鎖リボ核酸を用いる場合もある。このような場合においても、実質的に二本鎖を構成する核酸がリボ核酸である限り、本発明における二本鎖リボ核酸に含まれる。二本鎖リボ核酸の長さは、細胞内で所期の目的を達成する限り特に限定されるものではないが、10〜1000ヌクレオチド(nt)、好ましくは10〜100nt、より好ましくは15〜50ntである。
【0036】
近年、二本鎖RNAが遺伝子ノックダウンを起こす現象が発見され、RNA干渉(RNAi)と名付けられた。ハエ、線虫だけではなく、哺乳動物細胞でもsiRNAやshRNAがmRNAを破壊することが明らかとなっている。siRNA(short interference RNA,small interfering RNA)は、ターゲットとする遺伝子に相補的な配列を有する短い二本鎖RNAであり、ターゲットとなる遺伝子の発現を強力に抑制する作用を有する。shRNA(short hairpin RNA)は、センス鎖とアンチセンス鎖がループを介して繋がり、ノックダウン効果の発現にはさらに細胞内でのプロセシングを経て、siRNAとなる。また、近年内在性の遺伝子発現調節機構として発見されたmiRNA(micro RNA)では、siRNAと同様の機構が推測されながら、標的mRNAと完全な相補性を持たないことが多いことも明らかとなっている。従って、siRNAのターゲット配列との完全な相補性は必ずしも絶対の条件ではない。siRNAの長さは、10〜100ヌクレオチド(nt)、好ましくは10〜50nt、より好ましくは18〜25ntである。
【0037】
3.ポリイオンコンプレックス
前記二本鎖リボ核酸とブロック共重合体とのポリイオンコンプレックスを製造する方法としては、それぞれの溶液を適切な混合比で混合することにより、核酸をブロック共重合体に静電結合させることを基本とする。つまり、核酸とブロック共重合体とを混合すると、核酸の負電荷とブロック共重合体の正電荷によって、静電結合したポリイオンコンプレックスが形成する。本発明においては、前記ブロック共重合体と結合させる核酸を二本鎖リボ核酸に限定することにより、非高分子ミセル形態のポリイオンコンプレックスとすることができる。ここで、高分子ミセル形態とは、ブロック共重合体の親水性セグメント(PEG又はその誘導体部分)がシエル部分を疎水性セグメント(ポリアミノ酸部分)がコア部分を形成するコア−シエル型形態をいう。本発明に用いるブロック共重合体は、ポリアミノ酸部分のカチオンと二本鎖リボ核酸のアニオンとの静電的相互作用によりコア−シエル型形態を形成しない。したがって、非高分子ミセル形態とは、上記コア−シエル型形態ではないことを意味する。
【0038】
二本鎖リボ核酸とブロック共重合体との混合比は、ブロック共重合体中のカチオンの総数(N)と二本鎖リボ核酸中のリン酸エステル結合又はそれと同等の結合の総数(P)との比率(N/P比)で表すことができる。ここで、リン酸エステル結合と同等の結合とは、リン酸エステル結合よりもヌクレアーゼ耐性であること等の生体内での安定性を目的としてリボ核酸の一部のヌクレオシド間に形成される結合をいい、ホスホロチオエート、ホスホロジチオエート、ホスホロアミデート、ボラノホスフェート、ホスホロセレネート、メチルホスホロエートなどがあげられる。なお、前記同等の結合がリン酸エステル結合と同等の電荷を有する場合(−1)、両者の数を足してPを求めることができるが、電荷を有しない場合(0)、正電荷を有する場合(+1)又は負電荷を2個有する場合(−2)、リン酸エステル結合(−1)の総数から各電荷を加減することによって、Pを計算することができる。ブロック共重合体中のカチオンの総数(N)は、上記式(I)又は(II)におけるカチオン性のアミノ基の総数である。
【0039】
N/P比は、ポリイオンコンプレックスを形成できる限り限定されない。但し、Pを増やすにつれてコンプレックスを形成しない遊離の二本鎖リボ核酸が増え、Nを増やすにつれて二本鎖リボ核酸と結合しない空のブロック共重合体が増えるので、当業者であれば、適切なN/P比を適宜選択することができる。二本鎖リボ核酸の効率的な送達を目的とする場合、N/P比は、1.2〜1.5が好ましく、1.2〜1.4がより好ましい。
【0040】
ポリイオンコンプレックスの形成に用いられる溶液としては、生理食塩水、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)などが挙げられる。二本鎖リボ核酸及びブロック共重合体を上記溶液に別々に溶解し、得られた二本鎖リボ核酸溶液及びブロック共重合体溶液を混合し、通常、4〜25℃で0.5〜24時間、静置又は攪拌することによりポリイオンコンプレックスを形成する。さらに、透析、攪拌、希釈、濃縮、超音波処理、温度制御、pH制御、イオン強度制御、有機溶媒の添加などの操作を適宜付加することができる。
【0041】
このようにして形成された本発明のポリイオンコンプレックスは、動的光散乱測定法で測定した場合に100nm未満の平均粒径である。平均粒径は、好ましくは50nm未満、より好ましくは10〜20nm、最も好ましくは10〜20nm未満である。平均粒径の測定方法は、例えば、動的光散乱光度計(例、大塚電子(株)社製、DLS−7000DH型)を用いて粒度分布曲線を作成し、ヒストグラム解析により求めることができる。また、二本鎖リボ核酸が蛍光標識されている場合は、蛍光相関分光法で平均粒径を測定することもできる。蛍光相関分光法による平均粒径の測定方法は、後述する実施例に記載されている。
【0042】
4.医薬組成物
本発明のポリイオンコンプレックス及び薬学的に許容され得る担体を含有する医薬組成物は、静電結合した二本鎖リボ核酸を有効成分とすることにより、遺伝子治療を目的とした医薬品として使用することができる。
【0043】
本発明の医薬組成物は、薬学的に許容され得る担体を配合し、静脈、皮下、筋肉内注射剤として非経口的に投与することができる。その際、必要により、自体公知の方法によって、凍結乾燥物とすることも可能である。薬学的に許容され得る担体としては、製剤素材として慣用の各種有機あるいは無機担体物質が用いられ、溶剤、溶解補助剤、懸濁化剤、等張化剤、緩衝剤、無痛化剤などとして配合される。また必要に応じて、防腐剤、抗酸化剤、着色剤などの製剤添加物を用いることもできる。溶剤の好適な例としては、注射用水、アルコール、プロピレングリコール、マクロゴール、ゴマ油、トウモロコシ油などが挙げられる。溶解補助剤の好適な例としては、ポリエチレングリコール、プロピレングリコール、D−マンニトール、安息香酸ベンジル、エタノール、トリスアミノメタン、コレステロール、トリエタノールアミン、炭酸ナトリウム、クエン酸ナトリウムなどが挙げられる。懸濁化剤の好適な例としては、ステアリルトリエタノールアミン、ラウリル硫酸ナトリウム、ラウリルアミノプロピオン酸、レシチン、塩化ベンザルコニウム、塩化ベンゼトニウム、モノステアリン酸グリセリンなどの界面活性剤;ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、カルボキシメチルセルロースナトリウム、メチルセルロース、ヒドロキシメチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロースなどの親水性高分子などが挙げられる。等張化剤の好適な例としては、塩化ナトリウム、グリセリン、D−マンニトールなどが挙げられる。緩衝剤の好適な例としては、リン酸塩、酢酸塩、炭酸塩、クエン酸塩などの緩衝液などが挙げられる。無痛化剤の好適な例としては、ベンジルアルコールなどが挙げられる。防腐剤の好適な例としては、パラオキシ安息香酸エステル類、クロロブタノール、ベンジルアルコール、フェネチルアルコール、デヒドロ酢酸、ソルビン酸などが挙げられる。抗酸化剤の好適な例としては、亜硫酸塩、アスコルビン酸などが挙げられる。
【0044】
平均粒径が100nm未満の平均粒径であるポリイオンコンプレックスは、注射剤(皮下注射用、静脈注射用、動脈注射用、筋肉注射用、腹腔内注射用など)の調製に際して使用される0.22μmのフィルターを用いて除菌濾過しても、極めて高収率で回収し得、注射剤が効率よく提供できる点で優れている。
【0045】
10〜20nm未満の平均粒径を有するポリイオンコンプレックスは、これまで送達が困難であった糸球体、特にメサンギウム細胞への送達が効率的に達成される。前記ポリイオンコンプレックスは、糸球体内皮細胞の孔(約70〜100nm)を通過する一方、糸球体基底膜(直径約4nmの物質が通れる間隙が開いている)を通過することはできない。糸球体内皮細胞とメサンギウム領域との間には、基底膜や隔膜が介在しないため、糸球体内皮を通過したポリイオンコンプレックスはメサンギウム細胞に容易に接触することができ、メサンギウム細胞への核酸医薬の送達を可能とする(図12A)。既存のリポソームなど、粒子径が200nmを超えるような送達システムでは、理論的に、正常構造の糸球体内皮や形態学的変化を伴わない病初期の糸球体疾患における内皮のバリアーを粒子が通過不能であることから、メサンギウムへの有効な送達を達成できないと考えられる(図12B)。
【0046】
本発明の医薬組成物の投与形態としては注射が挙げられ、静脈内、動脈内、筋肉、関節内、皮下、皮内などに投与することができる。腎臓への送達を目的とする場合、皮下又は静脈内への持続点滴が望ましい。さらに、カテーテルを用いた投与形態を採用することも可能である。この場合、通常は単位投与量アンプル又は多投与量容器の形態で提供される。その投与量は、治療目的、投与対象の年齢、投与経路、投与回数により異なり、広範囲に変えることができ、本発明の医薬組成物に含まれる二本鎖リボ核酸の量は、当業者であれば適宜設定することができ、例えば、一回につき体重1kgあたり0.01μg〜10000μgであり、3日間から4週間間隔で投与される。
【0047】
本発明の医薬組成物は、生体内での安定性、血中の滞留性に優れ、かつ、毒性は低い。本発明の医薬組成物は、哺乳動物(例、ヒト、ウマ、ウシ、ブタ、ラット、イヌ、ネコなど)の疾患の治療又は予防剤として有用である。
【0048】
本発明の医薬組成物が対象とする疾患は、ターゲットとする遺伝子の発現抑制により治療可能な疾患であれば特に限定されるものではない。前述したように、本発明の医薬組成物中に含まれるポリイオンコンプレックスが10〜20nm未満の平均粒径を有する場合、メサンギウムを病態の主とする腎疾患の治療又は予防用に好適に用いられる。
【0049】
メサンギウムを病態の主とする腎疾患としては、IgA腎症などのメサンギウム増殖性糸球体腎炎が挙げられ、また、膜性増殖性糸球体腎炎や膠原病腎において、メサンギウム細胞の増殖とメサンギウム基質の増生が認められる。一方、糸球体硬化にメサンギウム細胞が役割を演じていると考えられている疾患としては、高血圧性腎硬化症、糖尿病性腎症などが挙げられる。
【0050】
5.キット
本発明は、二本鎖リボ核酸送達用ポリイオンコンプレックスナノキャリアを調製するためのキットを提供する。当該キットは、上述したブロック共重合体、ならびに前記ブロック重合体及び/又は二本鎖リボ核酸を溶解するための試薬を別々の容器に格納して含む。溶解用試薬としては、生理食塩水、PBS、Hepes緩衝液などが挙げられ、特に限定されないが、RNアーゼフリーであることが好ましい。
【0051】
前記キットには、特定の二本鎖リボ核酸及び/又は対照二本鎖リボ核酸を格納した容器をさらに含んでもよい。ポリイオンコンプレックスを形成させるための対照としては、二本鎖リボ核酸に限定されず、後述する実施例に記載されたポリアスパラギン酸等のポリアニオンであってもよい。
【0052】
二本鎖リボ核酸のポリイオンコンプレックスを調製するためには、ブロック共重合体と二本鎖リボ核酸とを、N/P=1.2〜1.5(Nはブロック共重合体中のカチオンの総数を示し、Pは二本鎖リボ核酸中のリン酸エステル結合もしくはそれと同等の結合の総数を示す)で混合することが好ましい。したがって、本発明のキットには、かかる混合条件を記載した指示書をさらに含むことが望ましい。
【0053】
本発明のキットを用いて得られた二本鎖リボ核酸のポリイオンコンプレックスは、研究用試薬として実験動物における生体内送達、特に糸球体又はメサンギウム細胞への送達に有用である。
【0054】
投与対象の実験動物は、特に限定されるものではないが、マウス、ラット、モルモット、ハムスター、ウサギ、イヌ、ヒツジ、ヤギ、ウシ、ブタ、サルなどが挙げられる。
【実施例】
【0055】
以下に実施例及び試験例を挙げて、本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0056】
実験動物
6週齢雌性BALB-cマウス及び4週齢雄性Wistarラットは、Charles River Laboratories(Kanagawa, Japan)から購入し、8週齢雌性MRL/lprマウスは、Japan SLC(Shizuoka, Japan)から購入した。すべてのマウス及びラットは、高圧滅菌した飼料及び滅菌水を自由摂取させて飼育した。すべての動物研究は、東京大学の動物実験に関するガイドラインの原則に従って行った。
【0057】
材料
α-メトキシ-ω-アミノポリ(エチレングリコール)(PEG)(MW=12000)は、日油株式会社(Tokyo, Japan)から入手した。既報(Harada, A., Cammas, S., and Kataoka, K. 1996. Macromolecules. 29:6183-6188)に従って、アミノ酸誘導体のN-カルボキシル無水物(NCA)の開環重合によって、PEG-ポリ(L-lysine)(PEG-PLL)ブロックコポリマー(PLLの重合度:72)を合成した。HVJ-Eは、石原産業株式会社(Osaka, Japan)から購入した。フロオレセインイソチオシアネート(FITC)で標識したポリ(α,β-アスパラギン酸)[FITC-P(Asp)]ホモポリマー(P(Asp)の重合度:26)は、既報(Nishiyama, N., and Kataoka, K. 2001. J. Control. Release. 74:83-94)に従って、FITCのP(Asp)のN-末端1級アミノ基への単純コンジュゲーションによって調製した。MAPK1 siRNAおよび非サイレンシングコントロール(スクランブル)siRNAは、Qiagenから購入した。siRNAの配列は、以下の通りである:
Mm/Hs_MAPK1(ヒト及びマウスに共通):
5'-UGCUGACUCCAAAGCUCUGdTdT-3'(forward、配列番号1)、
3'-dTdTACGACUGAGGUUUCGAGAC-5'(reverse、配列番号2);
非サイレンシングコントロールsiRNA:
5'-UUCUCCGAACGUGUCACGUdTdT-3'(forward、配列番号3)、
3'-dTdTAAGAGGCUUGCACAGUGCA-5'(reverse、配列番号4)。実験によっては、非サイレンシングコントロールsiRNAをFITC、Alexa FluorR 647、Cy3又はCy5で標識した。
【0058】
PICナノキャリアの調製
FITC-P(Asp)又はsiRNA及びPEG-PLL(PEGのMW=12000;PLLの重合度:72)を、10mMリン酸緩衝生理食塩水(pH7.4)に別々に溶解し、N/P比[=(PLL中の1級アミノ基)/(P(Asp)中のカルボキシル基又はsiRNA中のリン酸結合ユニット)] = 1.4で混合し、PICナノキャリアを形成した(Itaka, K., et al. 2004. J. Am. Chem. Soc. 126:13612-13613;Ideta, R., et al. 2004. FEBS Lett. 557:21-25)。
【0059】
HVJエンベロープベクターの調製
製造業者の指示書に従って、高効率形質転換HVJ-Eベクターを調製した。
【0060】
PICナノキャリアのキャラクタリゼーション
PICナノキャリアの平均粒径及び多分散性は、He-Neレーザー(633nm)を装着したZetasizer nanoseries (Malvern Insturements Ltd, UK)を用いて、動的光散乱測定装置(DLS)により評価した。蛍光相関分光法(FCS)による実験は、40X対物レンズ(C-apochromat, Carl Zeiss, Germany)及びConfoCor3モジュールを装着したLSM510(Carl Zeiss, Germany)を用いて、PEG-PLLとsiRNAとのコンプレックスのサイズ決定を行った。照射源は、Cy3-siRNAに対してArレーザー(488nm)であった。試料を、8ウエルLaboratory-Tekチャンバー(Nalgene Nunc International,Rochester,NY)中で、Cy3-siRNAと非標識siRNAの混合物(1:200)から調製した(最終のCy3-siRNA濃度;50nM)。拡散係数(D)は、ローダミン6G(50nM)の基準に基づいて計算した。流体力学直径(d)は、Stokes-Einsteinの関係式(d = kBT/3πηD;式中、ηは溶媒の粘性率、kBはBoltzmann定数、及びTは絶対温度である)から計算した。
【0061】
細胞培養及びインビトロの評価
マウスメサンギウム細胞は、既報(Okuda, T., Yamashita, N., Ogata, E., and Kurokawa, K. 1986. J. Clin. Invest. 78:1443-1448;Kaname, S., Uchida, S., Ogata, E., and Kurokawa, K. 1992. Kidney Int. 42:1319-1327)に従い、8週齢雌性MRL/lprマウスの腎臓から単離した糸球体を培養することにより得て、15%FCS、ストレプトマイシン(100μg/ml)、ペニシリン(100 U/ml)及びL-グルタミン(2mM)を含むDMEM/F12(50/50)培地で維持した。得られた細胞は、メサンギウム細胞の典型的な形態の特徴を示し、平滑筋αアクチン染色に対して均一に陽性を示した。継代数5〜10の細胞を次の実験に使用した。メサンギウム細胞によるPICナノキャリアの細胞内取り込みを調べるため、3μl/ウエルのPICナノキャリア(FITC標識非サイレンシングコントロール(scramble)siRNAを保持する)又はネイキッドFITC標識siRNAを50nMの濃度で、チャンバースライド(8-ウエルLab-TekTM Chamber SlidesTM、Nunc)上にウエル当たり0.4mlの血清含有培地中で継代したマウスメサンギウム細胞に適用した。さらに、0.2μmポアサイズのAcrodiscシリンジフィルター(Pall Corporation, NY)を用いて、送達ビヒクルのサイズ障壁の効果を調べ、siRNA/PICナノキャリアとsiRNA内包HVJ-Eとを比較した。siRNAの遺伝子サイレンシング効果を評価するため、siRNA/PICナノキャリア(MAPK1及び非サイレンシングコントロールsiRNA)又はネイキッドMAPK1 siRNAを、培養したマウスメサンギウム細胞(1.0x105細胞/ウエル)に、種々の濃度(5、16、50又は160nM)で加えた。24時間後、細胞を次の実験に用いた。
【0062】
腎臓におけるPICナノキャリアの集積
腎臓におけるPICナノキャリアの集積能を調べるために、FITC-P(Asp)/PICナノキャリア(0.5ml、0.7mgのP(Asp)含量)、ネイキッドFITC-P(Asp)(0.5ml、0.7mg)又はFITC-P(Asp)/内包HVJ-E(0.5ml、0.7mgのP(Asp)含量)を、BALB-cマウスに腹腔内投与した。腹腔内注入6時間後に各マウスを解剖した。組織をOCTコンパウンド(Lab-Tek Products; Miles Laboratories, Naperville, IL, USA)を用いて瞬間凍結させ、4μmの凍結切片を作製し、蛍光顕微鏡(model BX51, Olympus, Tokyo, Japan)を用いて観察した。腎臓におけるsiRNA/PICナノキャリアの集積に関しては、Cy5標識siRNA/PICナノキャリア(0.5ml、5nmolのsiRNA含量)、Cy5標識ネイキッドsiRNA(0.5ml、5nmol)又はCy5標識siRNA内包HVJ-E(0.5ml、5nmolのsiRNA含量)をBALB-cマウスに投与した。腹腔内注入後、各マウスを3.5時間目又は5.5時間目に解剖した。組織をOCTコンパウンドを用いて瞬間凍結させ、4μmの凍結切片を作製し、共焦点レーザースキャニング顕微鏡(LSM 510, Carl Zeiss, Germany)下で観察した。注入したPICナノキャリアの糸球体における細胞内局在を調べるため、1mlのFITC-P(Asp)/PICナノキャリアを、4週齢雄性Wistarラットに投与した。尾静脈注入後120分で腎臓組織を取り出し、瞬間凍結させた。4μmの凍結切片を、メサンギウム細胞特異的抗原であるThy1.1に対する抗体(cloneMRC OX-7)(Serotec, Ltd., Oxford, England)で染色し、次いで、ビオチン化抗マウスIgG(二次抗体; Dako Corp.)及びローダミン/ニュートラライト アビジン(Southern Biotec, Birmingham, AL)で検出した。
【0063】
マウス血漿におけるPICナノキャリアの安定性及び尿排泄
血液循環におけるsiRNAの安定性を調べるため、Alexa Fluor 647標識ネイキッド非サイレンシングsiRNA、Alexa Fluor 647標識非サイレンシングsiRNA/PICナノキャリア又はAlexa Fluor 647標識非サイレンシングsiRNA内包HVJ-Eを、経時的に腹腔内投与した。各群に同量のsiRNAを用いた(0.5ml、5nmolのsiRNA含量)。その後、マウスから血液試料を採集した。試料の血漿中の相対蛍光単位(RFU)を、Nanodrop ND-3300蛍光分光計(Nanodrop Technologies, Inc., DE)を用いて調べ、%注入用量を計算した。注入用量の100%は、マウスの体重に基づく全血液容量を用いて推定した。あるいは、血漿試料中のsiRNAの安定性は、電気泳動及び臭化エチジウム(EtBr)染色により直接調べた。すなわち、50μlのマウス新鮮血漿を得て、350μlのTris-EDTA緩衝液と混合した。フェノール/クロロホルム/イソアミルアルコール(25:24:1)を用いて、反応混合物からsiRNAを抽出した。siRNAを、5-20%ポリアクリルアミドゲル(Wako Pure chemical industries Ltd, Osaka, Japan)上で電気泳動し、EtBr(0.1μg/l)染色後UV照射により可視化した。siRNAの尿中への排出に関しては、Nanodrop ND-3300を用いて、経時的に採取したスポット尿のRFUを調べた。
【0064】
インビボ及びエクスビボイメージング
siRNAのPICナノキャリアとのコンプレックス化の有無での生体内分布を調べるために、光が漏れない気密試料箱中に搭載された高感度冷却CCDカメラからなるIVIS 200 Imaging System(Xenogen, CA)を使用した。蛍光シグナルのイメージ及び測定は、Living Imageソフトウエア(Xenogen)を用いて取得し、解析した。6週齢雌性BALB-cマウスを1-3%イソフルラン(Abbott Laboratories, IL)を用いて麻酔し、Cy5標識siRNA/PICナノキャリア(0.5ml、5nmolのsiRNA含量)又はネイキッドCy5標識siRNA(0.5ml、5nmol)を腹腔内に注入した。マウスをカメラ箱内の温めたステージ上に置き、沈静を持続させるために1-2%イソフルランに継続的に暴露させた。生きたマウスのイメージングの後、マウスを安楽死させ、目的の組織を取り出し、30分以内にエクスビボイメージングを行った。
【0065】
慢性糸球体腎炎でのMAPK1 siRNA/PICナノキャリアのサイレンシング効果の評価
インビボの生体内糸球体におけるMAPK1 siRNA/PICナノキャリアのノックダウン効果を評価するために、MRL/lprマウスを選択した。当該マウスは、下記のように無作為に4群(n=6)に分けた:MAPK1 siRNA/PICナノキャリアでの処置群、非サイレンシングコントロールsiRNA/PICナノキャリアでの処置群、MAPK1 siRNA内包HVJ-Eでの処置群及び非処置群。週2回の腹腔内注入は、12週齢で開始し、1週当たり2nmolの用量のsiRNAを投与した。17週齢の尿試料を採取し、尿試験紙により尿中アルブミン排泄を検出した。次いで、血液試料を採取し、すべてのマウスから組織を取り出した。2個の腎臓のうちの1つを細かく切り、慣用の篩い分け法により糸球体画分を分離した。他方の腎臓は、凍結切片に供し、メチル-カルノア(Methyl Carnoy)固定した。
【0066】
定量リアルタイムPCR(Q-RT-PCR)
RNeasyRキット(Qiagen)を用いて全細胞性RNAを単離し、RNAseH+逆転写酵素及びランダムプライマー(Qiagen)を用いて、第一鎖cDNAを合成した。次いで、FAM又はYakima Yellow dyeで標識したプローブ(Qiagen)を用いて、二連のリアルタイムPCRアッセイを行った。ハウスキーピング遺伝子Rn18s及び標的遺伝子(MAPK1及びTGF-β)の発現は、同じウエル中で同時に定量した。次いで、標的遺伝子の発現をRn18sの発現に対して正規化した。PCRは、ABI PRISM 7000(Applied Biosystems, CA)を用いて行い、最初の活性化を95℃で15分行った後、76℃で45秒の伸長、94℃で45秒の変性ならびに56℃で45秒のアニーリング及び伸長を45サイクル行った。相対的な定量は、限界サイクルの測定及び標準曲線の使用で達成した。すべてのPCR実験は、三連で行った。
【0067】
ウエスタンブロット解析
ウエスタンブロッティングは、ホスホ-ERK1/2抗体(Cell Signaling Technology, Beverly, MA)及びパン-ERK1/2抗体(Cell Signaling Technology)を用いて行い、それぞれ、MAPK1/2(ERK1/2)のリン酸化及び全MAPK1/2タンパク質発現を評価した。抗βアクチン抗体は、Cell Signaling Technology製であった。糸球体画分を細胞溶解緩衝液中、室温で30分間可溶化し、試料中のタンパク質濃度をDCプロテインアッセイ(Bio-Rad, Hercules, CA, USA)で測定した。20μgのタンパク質を各レーンに載せ、非還元条件下でドデシル硫酸ナトリウム-ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS-PAGE)を行った。結合した抗体を、1μg/mlのアルカリホスファターゼコンジュゲート化抗マウスIgG(Promega, Madison, WI, USA)で検出した。5-ブロモ-4-クロロ-3-インドリルホスフェート/ニトロブルーテトラゾリウム(BCIP/NBT)錠剤(Sigma Fast; Sigma Chemical Co., St. Louis, MO, USA)を基質として用いた。
【0068】
免疫組織化学
凍結切片用の組織をOCT(Lab-Tek Products; Miles Laboratories, Naperville, IL, USA)中に包埋し、液体窒素で瞬間凍結した。MAPK-1/2、ホスホMAPK-1/2、PAI-1(American diagnostica, Inc, Stamford, CT)及びFN(BD Biosciences, CA)に対して、Vectastain elite ABC Kit(Vector Laboratories, Inc., Burlingame, CA)及びペルオキシダーゼ基質キットDAB(Vector Laboratories)を用いて、凍結切片を染色した。定量的解析に対しては、各切片から無作為に選んだ20を超える糸球体において、DAB陽性領域をイメージアナライジングソフトウエア(Molecular Deviices Corp., Downingtown, PA)を用いてデンシトメーターにより計算した。
【0069】
糸球体及び尿細管間質性病変の組織学的評価
腎臓の組織学を調べるため、過ヨウ素酸シッフ(PAS)試薬を用いてパラフィン包埋組織の4μm切片を染色した。糸球体病変は、糸球体硬化スコアを用いて、各検体中の少なくとも30の無作為に選択した糸球体を調べた盲検観察者によって半定量的に計数した(Tanaka, T., et al. 2005. Lab. Invest. 85:1292-1307;Raij, L., Azar, S., and Keane, W. 1984. Kidney Int. 26:137-143)。糸球体硬化は、PAS染色により、ループ状毛細血管の限局性又は広範性閉塞を有する癒着形成として定義され、以下のように分類された(0〜4): 0、正常; 1、0%〜25%の糸球体に影響を及ぼす; 2、25%〜50%に影響; 3、50%〜75%に影響;及び4、75%〜100%に影響。尿細管の病変は、各検体中の少なくとも20の無作為に選択した皮質視野を調べた盲検観察者によって半定量的に計数された(Tanaka, T., et al. 2005. Lab. Invest. 85:1292-1307;Pichler, R.H., et al. 1995. J. Am. Soc. Nephrol. 6:1186-1196)。尿細管間質性病変は、以下のように、尿細管細胞性(cellularity)、基定膜厚、細胞浸潤、拡張、萎縮、腐肉形成又は間質拡大の割合を基礎にして分類された(0〜5): 0、変化なし; 1、<10%尿細管間質性病変; 2、10%〜25%; 3、25%〜50%; 4、50%〜75%;及び5、75%〜100%。さらに、糸球体病変は、各横断面において全糸球体数に対する全硬化を伴う糸球体数の比により解析し、また、イメージ解析ソフトウエアを用いて糸球体におけるPAS陽性領域の半定量によっても解析した。
【0070】
インサイチュハイブリダイゼーション
プローブの配列を決定するため、Megablast(より相同性の高い配列を最適化する)を用いてデータベースを検索し、マウスMAPK1 mRNA及びTGF-βmRNAに相補的で他の既知配列とは有意な相同性のない50塩基長の配列を選択した。50ピコモルのオリゴヌクレオチドプローブを、DIGオリゴヌクレオチドテーリングキット(Roche Diagnostics, Mannheim, Germany)を用いて標識した。遊離のDIGをエタノール沈殿により除去し、ジエチルピロカーボネート処理した水に溶解した。インサイチュハイブリダイゼーションは、既報のプロトコールに従って行った(Miyazaki, M., et al. 1994. Intern. Med. 33:87-91;Yamada, K., et al. 2001. Kidney Int. 59:137-146)。要約すると、凍結切片(4μm厚)を4%パラホルムアルデヒドのPBS溶液中で固定し、HClで脱プロテインし、proteinase K(Sigma Chemical Co.)で消化した。検体をプレハイブリダイゼーション緩衝液中でプレハイブリダイズし、当該緩衝液を排出し、プレハイブリダイゼーション緩衝液中、ジゴキシゲニン(DIG)標識オリゴヌクレオチドプローブと一晩ハイブリダイズした。ハイブリダイゼーション後、ヒツジポリクローナル抗DIG抗体(Roche Diagnostics, Mannheim, Germany)、西洋ワサビペルオキシダーゼ(HRP)コンジュゲート化ウサギ抗ヒツジ抗体(Dako)及びHRPコンジュゲート化ブタ抗ウサギ抗体(Dako)を用いて、DIG標識プローブを可視化した。発色は、0.05mol/L Tris-HCl、pH7.6中のジアミノベンジジンテトラヒドロクロリド(DAB Chromogen, Dako)及び0.03% H2O2で展開した。切片をMethyl Green(Vector Laboratories, Burlingame, CA)で対比染色した。反応の特異性を評価するため、配列に対応するセンスプローブをアンチセンスプローブの代わりに使用した。
【0071】
尿蛋白及び血中尿素窒素の測定
尿蛋白を尿試験紙で検出し、0〜3まで半定量的に記録した。血中尿素窒素(BUN)は、UN-S(Denka Seiken, Tokyo, Japan)を用いるウレアーゼ-グルタメートデヒドロゲナーゼ法に従って測定した。
【0072】
統計学的解析
すべての値は、平均 +/- SEで示す。ANOVAを用いて群間の有意差を検定した。0.05未満のP値を統計学的に有意とみなした。
【0073】
結果
ポリイオンコンプレックスナノキャリアの特徴
本研究において、siRNAとPICナノキャリアとのコンプレックスは、PEG-PLLコポリマー(12-73)とsiRNA溶液とをN/P比=1.4で単純に混合することで調製した(図1A)。動的光散乱(DLS)測定によるヒストグラム解析により約10nmサイズのコンプレックスの形成が明らかになった(図1B)。このことは、蛍光相関分光(FCS)解析により当該コンプレックスのサイズが13.7±0.1nmに測定されたことからも確認された(図1C)。当該ナノキャリアは、DLS解析によって297.3nmの直径と測定されたHVJ-Eと比較して小さい。ネイキッドsiRNAの直径は、FCS解析により6.56±0.07nmであることが示された(図1C)。したがって、本発明のコンプレックスは、siRNAと相対的に少ない数のPEG-PLLコポリマーとから構成されるユニットとして存在することができる。
【0074】
siRNAとナノキャリアとのコンプレックスのメサンギウム細胞へのインビトロトランスフェクション
PICナノキャリアのインビトロでのトランスフェクション効率を調べるため、フルオレセインイソチオシアネート(FITC)標識非サイレンシングコントロール(NSC)siRNAとPICナノキャリアとのコンプレックス、HVJ-Eに内包されたFITC標識NSC siRNA又はFITC標識ネイキッドNSC siRNAを培養したマウスメサンギウム細胞に適用した。siRNA/PICナノキャリアで処理した細胞は強力な蛍光を示したが(図2A)、コントロール細胞又はネイキッドsiRNAで処理した細胞は、ほとんど陰性であった。さらに、有窓糸球体内皮細胞のサイズ選択的障壁を模倣するため、試料を0.2μmポアサイズのフィルターでろ過した後にメサンギウム細胞へのトランスフェクションを行った。フィルターで前処理したsiRNA/HVJ-E群では蛍光がほとんど消失したが、ろ過したsiRNA/PICナノキャリアで処理した細胞は高い蛍光強度を保持していた。このことは、siRNA/PICナノキャリアは0.2μmサイズのフィルターを通過可能であることを示唆する(図2A)。次に、メサンギウム細胞におけるMAPK1 siRNA/PICナノキャリアの遺伝子サイレンシング効果を調べた。定量リアルタイム(Q-RT)PCR解析により、50nM又はそれ以上の濃度のMAPK1 siRNAでMAPK1 mRNA発現が有意に抑制されることがわかった(図2B及びC)。
【0075】
インビボ及びエクスビボ光学イメージング解析
siRNAとナノキャリアとのコンプレックスの全身分布を調べるため、IVISシステムを使用した。マウスの全体像は、5nmolのCy5標識siRNA/PICナノキャリアの腹腔内注入直後に、両側の腎臓で強い蛍光を示した。腎臓における高い蛍光シグナルは、ネイキッドsiRNAと比較して、最小のコントラストで3時間有意に可視化できた(図3A)。さらに、ネイキッドsiRNA又はsiRNA/PICナノキャリアの腹腔内投与3.5時間後に、主要な組織に関するエクスビボイメージング解析を行った。蛍光シグナルは、ネイキッドsiRNA及びsiRNA/PICナノキャリアで処置した両方のマウスで、肝臓、肺及び腎臓で検出された。しかしながら、腎臓の中心領域に分布されるネイキッドsiRNAの場合と比較して、siRNA/PICナノキャリアで処置したマウスでは腎臓全体が高い蛍光を示した。siRNA/PICナノキャリアは、糸球体が局在する皮質領域に持続的に分布することが示唆される(図3B)。
【0076】
ナノキャリアの糸球体内集積及び局在
Cy5標識siRNA/PICナノキャリア、Cy5標識siRNA内包HVJ-E又はCy5標識ネイキッドsiRNAを腹腔内注入し、3.5及び5.5時間後の腎臓の凍結切片を用いて、共焦点顕微鏡で腎臓中のsiRNAの局在を調べた。蛍光強度プロファイリングによる断面解析により、ネイキッドsiRNA又はsiRNA/HVJ-Eで処置したマウスと比較して、siRNA/PICナノキャリアで3.5時間処置したマウスの糸球体において高いシグナルが明らかになった(図4A)。尿細管領域の自動蛍光は、すべての群で見出された。また、ポリアニオンのモデルとして、siRNAの代わりにFITC標識ポリ(α,β-アスパラギン酸)[P(Asp)]を用いて、蛍光顕微鏡下で、ほとんどすべての糸球体においてP(Asp)/PICナノキャリアの高い蛍光強度を示した(図4B)。注入したP(Asp)/PICナノキャリアの糸球体における細胞内局在をさらに調べるために、Wistarラットにおいて、メサンギウムマーカーであるOX-7の染色を行った。糸球体でのFITC陽性領域は、概ねOX-7染色と重なり、前記コンプレックスがメサンギウムに主として局在することが示唆された(図10)。
【0077】
siRNAとナノキャリアとのコンプレックスの血中循環の持続
siRNA/PICナノキャリアの血中循環の安定性を評価するために、siRNAのポリアクリルアミドゲル電気泳動を行った。臭化エチジウム(EtBr)染色により、腹腔内に注入されたネイキッドsiRNAは10分以内に迅速に血液から除去されたが、siRNA/PICナノキャリアは腹腔内注入後2時間、siRNAの循環を延長したことがわかった(図5A、B)。また、Alexa Fluor 647標識siRNA/PICナノキャリア又はAlexa Fluor 647標識ネイキッドsiRNAの注入後、経時的に、マウス血漿中の蛍光強度を直接測定した(図5C)。Alexa Fluor 647標識siRNA/PICナノキャリアは、ネイキッドsiRNAと比較して、2時間蛍光が持続することがわかった。siRNAの尿中への排泄に関して、スポット尿の蛍光強度を測定した。ネイキッドsiRNAは、注入後迅速に排泄され、210分後の尿試料にはごくわずかの量の蛍光しか検出されなかったが、siRNA/PICナノキャリアの尿中の排泄は、約60分遅かった(図11A、B)。
【0078】
糸球体腎炎マウスにおけるMAPK1 siRNA/PICナノキャリアによるMAPK1の糸球体内でのサイレンシング
MAPK1 siRNA/PICナノキャリアが生体内で糸球体で遺伝子サイレンシング効果を奏するか否かを調べるため、ループス腎炎モデルのMRL/lprマウスを使用した。MAPK1 siRNA/PICナノキャリア、コントロールsiRNA/PICナノキャリア又はMAPK1 siRNA内包HVJ-Eを週2回、12〜16週齢の間で腹腔内注入を繰り返した後、17週齢マウスを実験に供した。Q-RT-PCR解析により、単離した糸球体でのMAPK1 mRNA発現は、MAPK1 siRNA/PICナノキャリアで処置されたマウスで有意に抑制されたが、コントロールsiRNA/PICナノキャリア又はMAPK1 siRNA内包HVJ-Eは効果がなかった(図6A)。MAPK1 siRNA/PICナノキャリアによる糸球体でのMAPK1サイレンシングの直接的な証拠のため、腎臓切片でMAPK1 mRNAのインサイチュハイブリダイゼーションを行った。MAPK1 mRNA発現は、コントロールsiRNA/PICナノキャリア又は非処置の試料と比べて、MAPK1 siRNA/PICナノキャリアで処置したマウスの糸球体でほぼ完全に阻害された(図6B)。ふるいにかけた糸球体画分のウエスタンブロット解析により、全MAPK1及びリン酸化MAPK1のタンパク質レベルは、MAPK1 siRNA/PICナノキャリアで処置したマウスで低下したことがわかった(図6C)。免疫組織化学的解析により、MAPK1 siRNA/PICナノキャリア群では、コントロールsiRNA/PICナノキャリア又は非処置群と比べて、糸球体においてMAPK1及びリン酸化MAPK1の両方がほぼ完全に抑制されたことがわかった(図6D及びE)。MAPK1 siRNA内包HVJ-Eでの処置は、MAPK1 mRNA及びMAPK1タンパク質の糸球体での発現を抑制しなかった(図6A〜E)。
【0079】
ナノキャリアによるsiRNA介在糸球体内MAPK1サイレンシングは糸球体腎炎マウスにおける糸球体組織学及び検査値を改善する
コントロールMRL/lprマウスは、17週齢でBUNの上昇を示し、既報と一致した(Prez de Lema, G., et al. 2001. J. Am. Soc. Nephrol. 12:1369-1382)。12〜16週齢に亘るMAPK1 siRNA/PICナノキャリアの腹腔内反復注入の後、BUN及び蛋白尿レベルは、非処置、コントロールsiRNA/PICナノキャリア又はMAPK1 siRNA内包HVJ-Eと比べて有意に低下した(表1)。腎臓の組織病理学的解析は、過ヨウ素酸シッフ(Schiff)(PAS)染色により行った(図7A〜E)。糸球体硬化スコア(図7B)、全硬化した糸球体数(図7D)及びPAS陽性糸球体病変(図7E)はすべて、MAPK1 siRNA/PICナノキャリア処置群において有意に低下した。一方、前記群間では、尿細管間質性病変は変化しなかった(図7C)。
【0080】
糸球体内MAPK1サイレンシングによるTGF-βシグナル伝達経路の調節
進行性の腎疾患において、ナノキャリアによりsiRNAが介在する糸球体内MAPK1サイレンシングが糸球体硬化の改善を生じるメカニズムを調べた。単離した糸球体のQ-RT-PCR解析により、MAPK1 siRNA/PICナノキャリア処置群においてTGF-β1 mRNAの発現が有意に抑制されることを明らかにした(図8A)。また、インサイチュハイブリダイゼーションによっても、TGF-β1 mRNA発現がMAPK1 siRNA/PICナノキャリアで処置したマウスの糸球体で有意に阻害されることを示した(図8B)。したがって、TGF-βシグナル伝達の上流の調節因子としてのMAPK1の役割が示唆される。最後に、細胞外マトリックスタンパク質及びプラスミノーゲン活性化因子インヒビター-1(PAI-1)の免疫組織化学的解析を行い、MAPK1 siRNA/PICナノキャリア群において、当該タンパク質の発現が明確に低下していることを示した(図9A〜C)。これらの結果は、ループス腎炎モデルマウスにおいて、増加したMAPK1がTGF-β発現を刺激し、細胞外マトリックスタンパク質の集積及び糸球体硬化につながる可能性を示唆する。
【0081】
【表1】
【0082】
本研究において、PEG-PLLコポリマーに基づく送達ビヒクルにより糸球体への効率的なsiRNA送達に成功した。本システムを用いて、糸球体に標的化したMAPK1 siRNAが糸球体においてMAPK1発現をmRNA及びタンパク質レベルで抑制し、MRL/lprマウスの糸球体疾患の病理学的変化を改善することを示した。
【0083】
本システムの優位性は、第一に、siRNAを保持するナノキャリアのサイズにある。ポリイオンコンプレックス(PIC)ナノキャリアは、動的光散乱測定及び蛍光相関分光解析により示されるように、従来から使用されているリポソーム又はHVJ-エンベロープベクターと比較して非常に小さい(10-20nm対200-500nm)(図1B及びC)。本発明におけるナノキャリアは、約100nmの内皮有窓を超えて毛細血管壁を通過して透過可能であり、一方で、アルブミン分子のサイズと同等の4nmのポアサイズを有するサイズ選択的ろ過障壁を生じる糸球体基底膜(GBM)を通過することを免れる。したがって、当該ナノキャリアは、メサンギウムがGBMの介入なしに内皮細胞に直接隣接するので、メサンギウム細胞と接触することになる(Kriz, W., Elger, M., Lemley, K., and Sakai, T. 1990. Kidney Int. 38 (Suppl. 30):S2-S9)。実際、糸球体、特にメサンギウムにおけるPICナノキャリアの集積が共焦点顕微鏡又は蛍光顕微鏡下で明確に示された(図4A及びB)。一般に、内皮障害を伴った不可逆的な病理学的変化が糸球体で起こる前に糸球体疾患の初期治療が推奨されているので、本発明におけるナノキャリアは、損傷のない内皮を通過するには大き過ぎるリポソーム(Imai, E., Takabatake, Y., Mizui, M., and Isaka, Y. 2004. Kidney Int. 65:1551-1555;Zhang, Y., et al. 2006. J. Am. Soc. Nephrol. 17:1090-1101;Isaka, Y., et al. 1993. J. Clin. Invest. 92:2597-2601;Maeshima, Y., et al. 1998. J. Clin. Invest. 101:2589-2597;Tomita, N., et al. 2000. J. Am. Soc. Nephrol. 11:1244-1252;Tuffin, G., Waelti, E., Huwyler, J., Hammer, C., and Marti, H.P. 2005. J. Am. Soc. Nephrol. 16:3295-3305)と比較して臨床的に有利であると考えられる。また、コンジュゲート化されたsiRNA(そのほとんどがアルブミンに結合している)も、障害されたGBMを通過してろ過されるので、腎疾患の治療には望ましくない。第2に、本発明におけるナノキャリアの持続する循環時間が重要である。水溶性、酵素耐性能ならびに血漿タンパク質及び血液細胞との最小化された非特異的相互作用を始めとする顕著な生体適合性に関しては、PEGセグメントに負うところが大きい(Harada-Shiba, M., et al. 2002. Gene Ther. 9:407-414;Itaka, K., et al. 2003. Biomaterials. 24:4495-4506;Harada, A., Togawa, H., and Kataoka, K. 2001. Eur. J. Pharm. Sci. 13:35-42;Akagi, D., et al. 2007. Gene Ther. 14:1029-1038)。マウス血漿のポリアクリルアミドゲル電気泳動(図5A及びB)及び蛍光強度測定(図5C)で示すように、siRNA/PICナノキャリアは、ネイキッドsiRNAと比較して持続した循環時間を有する。循環における寿命は、糸球体での効率的な集積に寄与するはずである。第3に、本発明におけるナノキャリアの医薬としてのメリットは、調製が容易なことである。PLLセグメントは、緩衝溶液中で単純に混合することにより、静電的相互作用を介してsiRNAとポリイオンコンプレックスを形成することができる(DeRouchey, J., et al. 2008. Biomacromolecules.9:724-732)。さらに、本システムにおけるPEG-PLLに基づくコンストラクトは、ウイルスベクターと比べて臨床的使用において安全であると考えられる(Wang, X., Skelley, L., Cade, R., and Sun, Z. 2006. Gene Ther. 13:1097-1103)。PLLは、一般に安全と認められる物質(GRAS)として、The Food and Drug Administration(FDA)によって承認されており、PEGもFDAによって承認され、既にペグ化インターフェロンなどの持続作用性医薬に使用されている。ナノキャリアのこれらすべての特性は、糸球体疾患を治療するための医薬に対して臨床応用を可能にすると考えられる。
【0084】
MRL/lpr系統は、TNF-α受容体遺伝子ファミリーであり、アポトーシスシグナルを媒介するFasをコードするfas遺伝子の突然変異により生じた、ヒト全身性エリテマトーデス(SLE)のマウスモデルである(Watanabe-Fukunaga, R., Brannan, C.I., Copeland, N.G., Jenkins, N.A., and Nagata, S. 1992. Nature. 356:314-317)。MRL/lprマウスは、イムノグロブリン(様々な自己抗体)の上昇したレベルで特徴付けられる自己免疫症候群を自然発症し、腎炎及び大量のリンパ増殖を伴う血管炎を発症する(Theofilopoulos, A.N., and Dixon, F.J. 1985. Adv. Immunol. 37:269-390; Cohen, P.L., and Eisenberg, R.A. 1991. Annu. Rev. Immunol. 9:243-269)。MRL/lprマウスの腎臓の兆候は、疾患の開始においてメサンギウム増殖性糸球体腎炎であり、経過の後期において半月体形成を有するびまん性増殖性糸球体腎炎であり、最後には不可逆的な腎不全の進行により死に至ることが知られている(Andrews, B.S., et al. 1978. J. Exp. Med. 1148:1198-1215)。したがって、12〜16週齢での処置は、糸球体腎炎の進行ステージでの病理学的変化に対する本ナノキャリアシステムの評価を可能ならしめた。
【0085】
主要な細胞内シグナル伝達因子であるマイトジェン活性化プロテインキナーゼ(MAPK)は、腎疾患を含む炎症プロセスにおいて細胞増殖及びアポトーシスを調節する様々な機能を有する(Herlaar, E., and Brown, Z. 1999. Mol. Medicine Today. 5:439-447;Tian, W., Zhang, Z., and Cohen, D.M. 2000. Am. J. Physiol. Renal Physiol. 279:F593-F604)。最近の研究により、MAPK1、c-Jun NH2ターミナルキナーゼ(JNK)及びp38MAPKの活性化が実験的ネフローゼの糸球体傷害に関与している可能性が明らかになった(Bokemeyer, D., et al. 2000. J. Am. Soc. Nephrol. 11:232-240;Bokemeyer, D., et al. 1997. J. Clin. Invest. 100:582-588)。また、MRL/lprマウスにおいて、p38MAPKの活性化が自己免疫腎疾患の病原性に寄与していることが報告されている(Iwata, Y., et al. 2003. J. Am. Soc. Nephrol. 14:57-67)。本研究において、MRL/lprマウスにおいてMAPK1のアップレギュレーションを見出した。確かに、MAPK1 siRNA/PICナノキャリアによる糸球体内でのMAPK1サイレンシング(インサイチュハイブリダイゼーションおよび免疫組織化学により明確に示された(図6B及びD))は、糸球体病変の組織学的改善(図7A〜E)ならびに腎機能及び尿蛋白の改善(表1)を導いた。
【0086】
進行性腎疾患において、TGF-βは繊維化促進因子として、メサンギウム細胞において下記のように重要な役割を果たす:1)コラーゲン及びフィブロネクチンの産生を亢進させる、2)細胞外マトリックス(ECM)を分解するプロテアーゼの発現を抑制する、及び3)プラスミノーゲン活性化因子インヒビター-1(PAI-1)などのECMプロテアーゼインヒビターの合成を刺激する。興味深いことに、TGF-βスーパーファミリーの細胞内シグナル伝達は一連のSmadタンパク質により媒介されているが(Huwiler, A., and Pfeilschifter, J. 1994. FEBS Lett. 354:255-258;Hartsough, M.T., and Mulder, K.M. 1995. J. Biol. Chem. 270:7117-7124;Frey, R.S., and Mulder, K.M. 1997. Cancer Res. 57:628-633)、MAPKのシグナル伝達経路は、様々なタイプの細胞において、TGF-βのシグナル伝達カスケードにも関与していることが見出された。MAPK1及びJNKは、メサンギウム細胞においてTGF-β1により活性化されることが示された(Huwiler, A., and Pfeilschifter, J. 1994. FEBS Lett. 354:255-258;Hayashida, T., Decaestecker, M., and Schnaper, H.W. 2003.FASEB J. 17:1576-1578)。さらに、JNKではなくMAPK1経路をブロックすることにより、ECM成分のTGF-β1により誘導される発現が低下した(Uchiyama-Tanaka, Y., et al. 2001. Kidney Int. 60:2153-2163)。これらのインビトロでの知見から、TGF-β1で刺激されたMAPK1とSmadシグナル伝達との間の相乗的な役割が示唆されるが、インビボでのかかるシグナル伝達カスケードの相互作用はまだ決定されていない。他方、培養されたメサンギウム細胞において、MAPK1は、アンジオテンシンII(Uchiyama-Tanaka, Y., et al. 2001. Kidney Int. 60:2153-2163)、レニン(Huang, Y., Noble, N.A., Zhang, J., Xu, C., and Border, W.A. 2007. Kidney Int. 72:45-52)、機械的伸張(Ingram, A.J., Ly, H., Thai, K., Kang, M., and Scholey, J.W. 1999. Kidney Int. 55:476-485;Ishida, T., Haneda, M., Maeda, S., Koya, D., and Kikkawa, R. 1999. Diabetes. 48:595-602)及び高グルコース(Isono, M., Cruz, M.C., Chen, S., Hong, S.W., and Ziyadeh, F.N. 2000. J. Am. Soc. Nephrol. 11:2222-2230;Hayashida, T., and Schnaper, H.W. 2004. J. Am. Soc. Nephrol. 15:2032-2041)を含む種々の因子により刺激されたTGF-β1の発現を媒介又は先行することが知られているが、今日まで、MAPK1依存性のTGF-β1の発現に関するインビボでの状況は不明であった。本研究において、MAPK1は、糸球体におけるTGF-β1の上流の調節因子ならびにECM構成成分及びPAI-1の発現を介して糸球体硬化におけるその後のモジュレーターとしての役割を果たすことが示された。
【0087】
結論として、本発明者らは、PEG-PLLに基づくナノキャリアによるsiRNA介在糸球体内遺伝子サイレンシングに成功した。本システムは、糸球体疾患の分子機構を研究するためのツールばかりでなく、将来的に慢性腎疾患又は糸球体疾患を制御する新規戦略としても利用可能である。
【産業上の利用可能性】
【0088】
本発明によれば、二本鎖リボ核酸の新規な投与形態を提供することができ、目的とする組織又は細胞へ効率的に送達することが可能となる。これにより、基礎研究分野のみならず医療の分野において、遺伝子サイレシングによる研究の進展及び疾患の治療が期待できる。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
二本鎖リボ核酸と、下記一般式(I)又は(II)で表されるブロック共重合体とが静電結合されてなる非高分子ミセル形態のポリイオンコンプレックスであって、動的光散乱測定法で測定した場合に100nm未満の平均粒径を有するポリイオンコンプレックス。
【化1】
(上記各式中、
R1a及びR1bはそれぞれ独立して水素原子又は未置換もしくは置換された直鎖もしくは分枝のC1-12アルキル基を表し、
L1、L2は連結基を表し、
R2は水素原子、保護基、疎水性基又は重合性基を表し、
R3は水酸基、オキシベンジル基、−NH−(CH2)a−X基(Xは一級、二級、三級アミン又は四級アンモニウム塩の内一種類又は二種類以上を含むアミン化合物残基であるか、あるいはアミンでない化合物残基であり、aは1〜5の整数である)又は開始剤残基を表し、
R4a及びR4bはそれぞれ独立して水素原子、アミノ基の保護基又は−C(=NH)NHR5(R5は水素原子もしくはアミノ基の保護基を表す)を表し、
mは5〜20000の整数、nは2〜5000の整数、xは1〜5の整数をそれぞれ表す)
【請求項2】
二本鎖リボ核酸がsiRNAである、請求項1に記載のポリイオンコンプレックス。
【請求項3】
50nm未満の平均粒径を有する、請求項1又は2に記載のポリイオンコンプレックス。
【請求項4】
10〜20nm未満の平均粒径を有する、請求項1〜3のいずれか1項に記載のポリイオンコンプレックス。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載のポリイオンコンプレックス及び薬学的に許容され得る担体を含有する医薬組成物。
【請求項6】
糸球体又はメサンギウム細胞送達用である、請求項5に記載の医薬組成物。
【請求項7】
メサンギウムを病態の主とする腎疾患の治療又は予防用である、請求項5又は6に記載の医薬組成物。
【請求項8】
下記一般式(I)又は(II):
【化2】
(上記各式中、
R1a及びR1bはそれぞれ独立して水素原子又は未置換もしくは置換された直鎖もしくは分枝のC1-12アルキル基を表し、
L1、L2は連結基を表し、
R2は水素原子、保護基、疎水性基又は重合性基を表し、
R3は水酸基、オキシベンジル基、−NH−(CH2)a−X基(Xは一級、二級、三級アミン又は四級アンモニウム塩の内一種類又は二種類以上を含むアミン化合物残基であるか、あるいはアミンでない化合物残基であり、aは1〜5の整数である)又は開始剤残基を表し、
R4a及びR4bはそれぞれ独立して水素原子、アミノ基の保護基又は−C(=NH)NHR5(R5は水素原子もしくはアミノ基の保護基を表す)を表し、
mは5〜20000の整数、nは2〜5000の整数、xは1〜5の整数をそれぞれ表す)で表されるブロック共重合体、ならびに前記ブロック重合体及び/又は二本鎖リボ核酸を溶解するための試薬を別々の容器に格納してなる、二本鎖リボ核酸送達用ポリイオンコンプレックスナノキャリアを調製するためのキット。
【請求項9】
二本鎖リボ核酸を格納した容器をさらに含有する請求項8に記載のキット。
【請求項10】
ブロック共重合体と二本鎖リボ核酸とを、
N/P=1.2〜1.5(Nはブロック共重合体中のカチオンの総数を示し、Pは二本鎖リボ核酸中のリン酸エステル結合もしくはそれと同等の結合の総数を示す)で混合することを記載した指示書をさらに含有する請求項8又は9に記載のキット。
【請求項11】
糸球体又はメサンギウム細胞送達用である、請求項8〜10のいずれか1項に記載のキット。
【請求項1】
二本鎖リボ核酸と、下記一般式(I)又は(II)で表されるブロック共重合体とが静電結合されてなる非高分子ミセル形態のポリイオンコンプレックスであって、動的光散乱測定法で測定した場合に100nm未満の平均粒径を有するポリイオンコンプレックス。
【化1】
(上記各式中、
R1a及びR1bはそれぞれ独立して水素原子又は未置換もしくは置換された直鎖もしくは分枝のC1-12アルキル基を表し、
L1、L2は連結基を表し、
R2は水素原子、保護基、疎水性基又は重合性基を表し、
R3は水酸基、オキシベンジル基、−NH−(CH2)a−X基(Xは一級、二級、三級アミン又は四級アンモニウム塩の内一種類又は二種類以上を含むアミン化合物残基であるか、あるいはアミンでない化合物残基であり、aは1〜5の整数である)又は開始剤残基を表し、
R4a及びR4bはそれぞれ独立して水素原子、アミノ基の保護基又は−C(=NH)NHR5(R5は水素原子もしくはアミノ基の保護基を表す)を表し、
mは5〜20000の整数、nは2〜5000の整数、xは1〜5の整数をそれぞれ表す)
【請求項2】
二本鎖リボ核酸がsiRNAである、請求項1に記載のポリイオンコンプレックス。
【請求項3】
50nm未満の平均粒径を有する、請求項1又は2に記載のポリイオンコンプレックス。
【請求項4】
10〜20nm未満の平均粒径を有する、請求項1〜3のいずれか1項に記載のポリイオンコンプレックス。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載のポリイオンコンプレックス及び薬学的に許容され得る担体を含有する医薬組成物。
【請求項6】
糸球体又はメサンギウム細胞送達用である、請求項5に記載の医薬組成物。
【請求項7】
メサンギウムを病態の主とする腎疾患の治療又は予防用である、請求項5又は6に記載の医薬組成物。
【請求項8】
下記一般式(I)又は(II):
【化2】
(上記各式中、
R1a及びR1bはそれぞれ独立して水素原子又は未置換もしくは置換された直鎖もしくは分枝のC1-12アルキル基を表し、
L1、L2は連結基を表し、
R2は水素原子、保護基、疎水性基又は重合性基を表し、
R3は水酸基、オキシベンジル基、−NH−(CH2)a−X基(Xは一級、二級、三級アミン又は四級アンモニウム塩の内一種類又は二種類以上を含むアミン化合物残基であるか、あるいはアミンでない化合物残基であり、aは1〜5の整数である)又は開始剤残基を表し、
R4a及びR4bはそれぞれ独立して水素原子、アミノ基の保護基又は−C(=NH)NHR5(R5は水素原子もしくはアミノ基の保護基を表す)を表し、
mは5〜20000の整数、nは2〜5000の整数、xは1〜5の整数をそれぞれ表す)で表されるブロック共重合体、ならびに前記ブロック重合体及び/又は二本鎖リボ核酸を溶解するための試薬を別々の容器に格納してなる、二本鎖リボ核酸送達用ポリイオンコンプレックスナノキャリアを調製するためのキット。
【請求項9】
二本鎖リボ核酸を格納した容器をさらに含有する請求項8に記載のキット。
【請求項10】
ブロック共重合体と二本鎖リボ核酸とを、
N/P=1.2〜1.5(Nはブロック共重合体中のカチオンの総数を示し、Pは二本鎖リボ核酸中のリン酸エステル結合もしくはそれと同等の結合の総数を示す)で混合することを記載した指示書をさらに含有する請求項8又は9に記載のキット。
【請求項11】
糸球体又はメサンギウム細胞送達用である、請求項8〜10のいずれか1項に記載のキット。
【図1A】
【図1C】
【図2B】
【図2C】
【図5B】
【図5C】
【図6A】
【図6E】
【図7B】
【図7C】
【図7D】
【図7E】
【図8A】
【図9B】
【図9C】
【図12A】
【図12B】
【図1B】
【図2A】
【図3】
【図4A】
【図4B】
【図5A】
【図6B】
【図6C】
【図6D】
【図7A】
【図8B】
【図9A】
【図10】
【図11】
【図1C】
【図2B】
【図2C】
【図5B】
【図5C】
【図6A】
【図6E】
【図7B】
【図7C】
【図7D】
【図7E】
【図8A】
【図9B】
【図9C】
【図12A】
【図12B】
【図1B】
【図2A】
【図3】
【図4A】
【図4B】
【図5A】
【図6B】
【図6C】
【図6D】
【図7A】
【図8B】
【図9A】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2010−233499(P2010−233499A)
【公開日】平成22年10月21日(2010.10.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−85176(P2009−85176)
【出願日】平成21年3月31日(2009.3.31)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年10月21日(2010.10.21)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年3月31日(2009.3.31)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【Fターム(参考)】
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