説明

亜鉛蛍光プローブ

【課題】亜鉛蛍光プローブとして有用な化合物を提供する。
【解決手段】下記の一般式(I):


(式中、R1、及びR2は、それぞれ独立に水素原子、又は炭素数1〜6のアルキル基を示し、R3は炭素数1〜6のヒドロキシアルキル基を示す)で表される化合物又はその塩。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、亜鉛イオンを特異的に捕捉して錯体を形成し、該錯体形成に伴って蛍光を発する亜鉛蛍光プローブに関する。
【背景技術】
【0002】
亜鉛はヒトの体内において鉄に次いで含量の多い必須金属元素であり、細胞内に存在するほとんどの亜鉛イオンは蛋白質と強固に結合して、蛋白質の構造保持や機能発現に関与している。また、細胞内にごく微量存在するフリーの亜鉛イオン(通常はμmol/Lレベル以下である)の生理的役割についても、酵素触媒作用、遺伝子発現、アポトーシス、神経伝達に関与する等、種々の報告がある。生きた細胞において、リアルタイムでの亜鉛イオンの測定および亜鉛イオンの分布を視覚化することにより、生体内過程における亜鉛イオンの機能をさらに解明することができる。
【0003】
従来、組織内の亜鉛イオンを測定するために、亜鉛イオンを特異的に捕捉して錯体を形成し、該錯体形成に伴って蛍光を発する化合物(亜鉛蛍光プローブ)が用いられている。亜鉛蛍光プローブとして下記の化合物が実用化されている。例えば、フルオレセイン骨格を錯体形成に伴って蛍光を発する部分構造(特異蛍光団)として用いている化合物としては、ZnAF-2(特許文献1:国際公開WO2001/62755),Newport Green(非特許文献1:Molecular Probes社のカタログである"Handbook of Fluorescent Probes and Research Products" 8th edition by Richard P. Haugland, pp.805-817)などが実用化されている。また、キノリン骨格を特異蛍光団として用いている化合物としては、TSQ(非特許文献2:Biol. Res., 27, 49 (1994))、Zinquin ethyl ester(非特許文献3:Neurosci., 17, 6678 (1997))などが実用化されており、ダンシル骨格を特異蛍光団として用いている化合物としては、Dansylaminoethylcyclen(非特許文献4:J. Am. Chem. Soc., 118, 12686 (1996))が実用化されている。
【0004】
一方、細胞に蛍光プローブを適用するときには、細胞内に導入される蛍光プローブの濃度が細胞の種類によってばらつく場合があり、また、同一種類の細胞においても膜などの疎水性の高い部分に蛍光プローブが局在してしまう場合や細胞膜の厚さの違いによって測定部位においても蛍光強度に差が生じることがあるなど、測定に影響を与える要因も多い。
【0005】
これらの要因による測定誤差を減少させ、定量的解析を行なえるレシオ(ratio)測定法への適用が可能な亜鉛イオン蛍光プローブも開発されている(特許文献2:国際公開WO2002/102795)。この方法は、蛍光波長又は励起波長のいずれかに異なる2波長を用いて蛍光強度を測定し、その比を検出する工程を含んでおり、蛍光プローブ自体の濃度や励起光強度による影響を無視できるとともに、1つの波長で観察を行なった場合に生じる蛍光プローブ自身の局在や濃度変化、あるいは退色などによる測定誤差をなくすことができる。
【0006】
最近、Henaryらは、2-(2'-ヒドロキシフェニル)ベンズイミダゾール誘導体が亜鉛イオンと選択的に錯体を形成するとともに、励起波長のピークが長波長側、蛍光波長のピークが低波長側にシフトすることを報告し(非特許文献5:J. Phys. Chem. A.,106, 5210 (2002))、さらに、2-(2'-ベンゼンスルホンアミドフェニル)ベンズイミダゾール誘導体がレシオ法による亜鉛蛍光センサーとして使用できることを報告している(非特許文献6:Chem. Eur. J., 10, 3015 (2004))。
このように2-フェニルベンズイミダゾール誘導体は亜鉛蛍光プローブとして有用なものであるが、さらに高感度に亜鉛イオンを検出可能な誘導体開発の要望は高い。
【特許文献1】国際公開WO2001/62755
【特許文献2】国際公開WO2002/102795
【非特許文献1】Molecular Probes社カタログ "Handbook of Fluorescent Probes and Research Products" 8th edition by Richard P. Haugland, pp.805-817
【非特許文献2】Biol. Res., 27, 49 (1994)
【非特許文献3】Neurosci., 17, 6678 (1997)
【非特許文献4】J. Am. Chem. Soc., 118, 12686 (1996)
【非特許文献5】J. Phys. Chem. A.,106, 5210 (2002)
【非特許文献6】Chem. Eur. J., 10, 3015 (2004)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の課題は、高選択的かつ高感度な亜鉛蛍光プローブとなりうる化合物又はその塩を提供すること、及び該亜鉛蛍光プローブを用いた亜鉛イオン測定方法を提供することにある。より具体的には、水溶液中において選択的に亜鉛イオンを捕捉し、かつ捕捉後の錯体の蛍光特性に優れた2-(2'-ヒドロキシフェニル)ベンズイミダゾール誘導体を用いた亜鉛イオン測定方法を提供することが本発明の課題である。さらに本発明の別な課題は、亜鉛イオンを捕捉することによって励起スペクトルあるいは蛍光スペクトルのピークに波長シフトを生じると共に蛍光強度が著しく増加する化合物を提供すること、並びに上記の特徴を有する化合物を含む亜鉛蛍光プローブ及び該亜鉛蛍光プローブを用いた亜鉛イオンの測定方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは上記の課題を解決すべく鋭意研究を行なった結果、2-(2'-ヒドロキシ-3'-ヒドロキシメチル-フェニル)ベンズイミダゾール誘導体が亜鉛イオン存在下、亜鉛イオンと選択的に1:1錯体を形成して極大吸収波長及び極大励起波長が顕著に波長シフトすること、及び350nm付近の励起光で励起すると亜鉛イオン濃度の増加に伴って極大蛍光波長が短波長シフトすると共に430nm付近の蛍光強度が顕著に増加することを見出した。本発明はこれらの知見を基にして完成されたものである。
【0009】
すなわち、本発明により、下記の一般式(I)及び(II):
【化1】

(式中、R1及びR2は、それぞれ独立に水素原子又は炭素数1〜6のアルキル基を示し、R3は炭素数1〜6のヒドロキシアルキル基を示す)
【化2】

(式中、R11及びR12は、それぞれ独立に水素原子又は炭素数1〜6のアルキル基を示し、R13は炭素数1〜6のヒドロキシアルキル基を示す)で表される化合物又はその塩が提供される。
上記の発明の好ましい態様としては、上記一般式(I)においてR1がメチル基であり、R2が水素原子であり、R3がヒドロキシメチル基である化合物又はその塩が提供される。
【0010】
別の観点からは、本発明により、上記一般式(I)若しくは(II)で表される化合物又はその塩を含む亜鉛イオン蛍光プローブ;上記一般式(I)若しくは(II)で表される化合物又はその塩と亜鉛イオンとから形成される亜鉛錯体が提供される。
【0011】
また、本発明により、亜鉛イオンの測定法であって、下記の工程:
(a)上記一般式(I)若しくは(II)で表される化合物又はその塩と亜鉛イオンとを反応させる工程;及び
(b)上記工程(a)で生成した亜鉛錯体の蛍光強度を測定する工程
を含む方法;及び測定をレシオ法により行なう上記の方法が提供される。
【発明の効果】
【0012】
上記一般式(I)又は(II)で表される化合物又はその塩は、亜鉛イオン存在下、亜鉛イオンと選択的に1:1錯体を形成し、350 nm付近の励起光で励起すると亜鉛イオン濃度の増加に伴って430 nm付近の蛍光強度が顕著に増加することから、亜鉛イオン測定に用いることができる。また、上記一般式(I)又は(II)で表される化合物又はその塩は、亜鉛イオン濃度の増加に伴って極大吸収波長及び極大励起波長が長波長側にシフトすると共に極大蛍光波長が短波長側にシフトする性質を有することから、レシオ法による生体内の亜鉛イオンの測定にも用いることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本明細書において「アルキル基」とは直鎖、分枝鎖、環状、又はそれらの組み合わせからなるアルキル基を意味している。炭素数1〜6のアルキル基としては、例えば、メチル基、エチル基、n-プロピル基、イソプロピル基、シクロプロピル基、n-ブチル基、sec-ブチル基、イソブチル基、tert-ブチル基、シクロプロピルメチル基、n-ペンチル基、n-ヘキシル基などを挙げることができる。ヒドロキシアルキル基のアルキル部分も同様である。ヒドロキシアルキル基に存在する水酸基は好ましくは1個であり、アルキル基の末端に位置していることが好ましい。
【0014】
上記一般式(I)において、R1が示す炭素数1〜6のアルキル基のうち炭素数1〜3のアルキル基が好ましく、特にメチル基であることが好ましい。R2が示す炭素数1〜6のアルキル基としてはメチル基であることが好ましい。R3が示すヒドロキシアルキル基としてはヒドロキシメチル基が好ましい。R1がメチル基であり、R2が水素原子であり、R3がヒドロキシメチル基であることが特に好ましい。上記一般式(II)における、R11、R12、及びR13は一般式(I)におけるR1、R2、及びR3と同様である。
【0015】
上記一般式(I)又は(II)で表される本発明の化合物は酸付加塩又は塩基付加塩として存在することができる。酸付加塩としては、例えば、塩酸塩、硫酸塩、硝酸塩などの鉱酸塩、又はメタンスルホン酸塩、p-トルエンスルホン酸塩、シュウ酸塩、クエン酸塩、酒石酸塩などの有機酸塩などを挙げることができ、塩基付加塩としては、ナトリウム塩、カリウム塩、カルシウム塩、マグネシウム塩などの金属塩、アンモニウム塩、又はトリエチルアミン塩などの有機アミン塩などを挙げることができる。これらのほか、グリシンなどのアミノ酸との塩を形成する場合もある。本発明の化合物又はその塩は水和物又は溶媒和物として存在する場合もあるが、これらの物質はいずれも本発明の範囲に包含される。
【0016】
上記一般式(I)又は(II)で表される本発明の化合物は、置換基の種類により、1個又は2個以上の不斉炭素を有する場合があるが、1個又は2個以上の不斉炭素に基づく光学活性体や2個以上の不斉炭素に基づくジアステレオ異性体などの立体異性体のほか、立体異性体の任意の混合物、ラセミ体などは、いずれも本発明の範囲に包含される。
【0017】
本発明の上記一般式(I)で表される化合物の代表的化合物の製造方法を下記のスキームに示す。本明細書の実施例には、このスキームに記載した製造方法がより詳細かつ具体的に示されている。従って、当業者は、これらの説明を基にして反応原料、反応条件、及び反応試薬などを適宜選択し、必要に応じてこれらの方法に修飾や改変を加えることによって、上記一般式(I)で表される本発明の化合物をいずれも製造することができる。一般式(II)で表される本発明の化合物を製造するためには、下記スキームにおいてo-フェニレンジアミンの代わりに2,3-ジアミノナフタレンを用いればよい。
【0018】
【化3】

【0019】
本発明の上記一般式(I)又は(II)で表される本発明の化合物又はその塩は、亜鉛イオン測定に用いることができる。上記一般式(I)又は(II)で表される本発明の化合物又はその塩は、亜鉛イオンを選択的に捕捉して亜鉛イオンと1:1錯体を形成するが、該錯体が形成されると350 nm付近の励起光で励起した場合における430 nm付近の蛍光強度が約18倍に増加するとともに励起スペクトルのピークに顕著な長波長側へのシフトを生じる。この波長シフトは、亜鉛イオン濃度に応じて通常は約20 nm程度までの範囲で観測でき、他の金属イオン(例えばナトリウムイオン、カルシウムイオン、カリウムイオン、又はマグネシウムイオンなど)の影響を受けずに亜鉛イオンに特異的な波長シフトとして観測できる。さらに、蛍光スペクトルピークも亜鉛イオン濃度に応じて通常は約17 nm程度までの範囲で短波長シフトが観測できる。
【0020】
従って、本発明の化合物を亜鉛蛍光プローブとして用い、例えば適当な異なる2波長を選択して励起し、その時の蛍光強度の比を測定することにより、亜鉛イオンをレシオ法によって測定することが可能になる。異なる2波長は、一方の波長において励起した場合に亜鉛イオン濃度の上昇に伴って蛍光強度が増大し、かつ他方の波長において励起した場合には亜鉛イオン濃度の上昇とともに蛍光強度が減少するように選択することができる。レシオ法についてはMason W. T.の著書(Mason W. T. in Fluorescent and Luminescent Probes for Biological Activity, Second Edition, Edited by Mason W. T., Academic Press))などに詳細に記載されており、本明細書の実施例にも本発明の化合物を用いた測定方法の具体例を示した。
【0021】
また、上記一般式(I)又は(II)で表される本発明の化合物又はその塩は亜鉛イオンを特異的に捕捉することができるという特徴を有している。従って、上記一般式(I)又は(II)で表される本発明の化合物又はその塩は、生細胞や生組織中の亜鉛イオンを生理条件下で測定するための亜鉛蛍光プローブとして極めて有用である。なお、本明細書において用いられる「測定」という用語については、定量及び定性を含めて最も広義に解釈すべきものである。
【0022】
本発明の亜鉛蛍光プローブの使用方法は特に限定されず、従来公知の亜鉛蛍光プローブと同様に用いることが可能である。通常は、生理食塩水や緩衝液などの水性媒体、又はメタノール、エタノール、アセトン、エチレングリコール、ジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミドなどの水混合性の有機溶媒と水性媒体との混合物などに上記一般式(I)又は(II)で表される化合物及びその塩からなる群から選ばれる物質を溶解し、適切な緩衝液中にこの溶液を添加して、適宜選択された異なる2波長により励起して、それぞれの蛍光強度を測定すればよい。また、例えば、細胞や組織中の亜鉛イオンを測定する場合には、マイクロインジェクションや界面活性剤などを用いることで組織や細胞内に上記一般式(I)又は(II)で表される化合物及びその塩からなる群から選ばれる物質を導入し、細胞や組織中の亜鉛イオンをバイオイメージング手法によって測定することができる。
【0023】
例えば、上記スキーム中及び下記実施例中に示した化合物3の励起波長は332 nm、蛍光波長は450 nmであり、5μmol/Lで亜鉛蛍光プローブとして用いると2500μmol/L程度の濃度までの亜鉛イオンを捕捉し、亜鉛イオンの濃度に依存して蛍光強度が増加する。また、亜鉛イオンの濃度に依存して励起スペクトルのピークが20 nm程度ブルーシフトする。従って、この化合物をプローブとして用い、励起波長として例えば332 nm及び352 nmを用い、それぞれの励起波長における蛍光強度を測定してその強度比を求めればレシオ測定も可能である。なお、本発明の亜鉛蛍光プローブを適切な添加物と組み合わせて組成物の形態で用いてもよい。例えば、緩衝剤、溶解補助剤、pH調節剤などの添加物と組み合わせることができる。
【実施例】
【0024】
以下、本発明を実施例によりさらに具体的に説明するが、本発明の範囲は下記の実施例に限定されることはない。実施例中の化合物番号は、上記のスキーム中の化合物番号に対応している。
例1:化合物3の合成
(a)化合物1の合成
化合物1をJournal of the American Chemical Society, 74, 6257(1952)に記載の方法に従って合成した。水酸化ナトリウム4.44 g(0.11 mol)を10 mLの水に溶解し、p−クレゾール11.01 g(0.10 mol)を添加した。さらにホルムアルデヒド水溶液(37%)18.37 g(0.22 mol)を添加し、室温で7日間攪拌した。続いて反応溶液にイソプロピルアルコール200 mLを添加して15分間攪拌し、生成した白色固体をガラスフィルターで濾別した。濾別した固体をビーカーに移し、1N塩酸150 mLを加えて10分間氷冷した後、溶け残った白色固体をG5ガラスフィルターで濾別して化合物1を得た。(収量9.66 g、収率57%)
1H-NMR(CDCl3,400 MHz):7.79(s,1H)、6.89(s,1H)、4.79(d,4H,J=6.4 Hz)、2.32(t,2H,J=12 Hz)、2.25(s,3H)
【0025】
(b)化合物2の合成
化合物2をBulletin of the Chemical Society of Japan, 57, 2683 (1984)に記載の方法を適用して合成した。化合物1、5.08 g(30 mmol)をクロロホルム150 mLに溶解し、二酸化マンガン(IV)20.03 g(230 mmol)を添加し、室温で48時間攪拌した。反応溶液をガラスフィルターを用いて濾過後、濾液を減圧下留去し、化合物2(白色固体)を得た。(収量1.96 g,収率39%)
1H-NMR(CDCl3,400 MHz):11.13(s,1H)、9.83(s,1H)、7.39(d,1H,J=2.0 Hz)、7.26(d,1H,J=1.6 Hz)、4.70(s,2H)、2.32(s,3H)
【0026】
(c)化合物3の合成
化合物3をSpectrochimica Acta, Part A, 63, 343 (2006)に記載の方法を適用して合成した。化合物2,0.53 g(3.2 mmol)をエタノール30 mLとジメチルホルムアミド3 mLに溶解し、ここへ亜硫酸水素ナトリウム0.33 g(3.2 mmol)を添加し、室温で4時間攪拌した。続いてo−フェニレンジアミン0.35 g(3.2 mmol)をジメチルホルムアミド15 mLに溶解した溶液を添加し、130℃で4時間還流した。終了後、溶媒を減圧下留去し、ここへ大量の水を添加し、析出した固体をガラスフィルターを用いて濾別した。得られた個体をアセトンで再結晶し、化合物3(白色粉末)を得た。(収量0.69 g,収率86%)
1H-NMR(CDCl3、400 MHz):13.27(s,1H)、13.19(s,1H)、7.75(s,1H)、7.68(br s,1H)、7.59(br s,1H)、7.32(s,1H)、7.28(br s,2H)、5.07(br s,1H)、4.59(s,2H)、2.34(s,3H)
Elemental Analysis:
Calcd for C15H14N2O2:C,70.85;H,5.55;N,11.02.
Found:C,70.46;H,5.50;N,10.70.
【0027】
例2:化合物3の光学特性
化合物3の亜鉛蛍光プローブとしての性質を調べるため、吸収スペクトル、励起スペクトル、及び蛍光スペクトルを測定した。スペクトル測定用サンプルは、化合物3を50 mmol/L,HEPES緩衝液(pH 7.4, I = 0.05 (50 mmol/L,硝酸カリウム水溶液中)、共溶媒として0.5%メタノールを含有)に5 μmol/Lになるように溶解して調製した。
【0028】
(a)測定条件
・吸収スペクトルの測定条件
測定装置:SHIMADZUUV-1600PC 紫外・可視分光光度計
スキャン速度:中速
スキャン範囲:250〜500 nm
サンプリングピッチ:0.2 nm
測定温度:25℃
・励起スペクトル、蛍光スペクトルの測定条件
測定装置:SHIMADZURF-5300PC Spectrofluorophotometer
スキャン速度:Medium
スキャン範囲:250〜600 nm
励起バンド幅:10 nm
蛍光バンド幅:10 nm
感度:Low
測定温度:25℃
【0029】
亜鉛イオン添加前及び亜鉛イオン(2500 μmol/L,硫酸亜鉛)添加後の化合物3の光学特性を表1に示す。また、化合物3の濃度が5 μmol/Lの際の亜鉛イオンの濃度変化(化合物3の濃度に対して0倍(無添加)、10倍、50倍、100倍、200倍、400倍、500倍の濃度となるよう、ただし励起スペクトル測定のときのみ0倍(無添加)、10倍、100倍、200倍、500倍の濃度となるように、硫酸亜鉛を添加)に対する吸収スペクトル、励起スペクトル(蛍光波長:433 nm)、蛍光スペクトル(励起波長:355 nm)を図1(a)、(b)、(c)に示す。化合物3と亜鉛イオンが配位することによって、化合物3の励起極大波長が20 nm長波長側へシフトした。また、極大蛍光波長が17 nm短波長側へシフトした。
【0030】
【表1】

【0031】
例3:化合物3に各種陽イオンを添加した場合の化合物3の光学特性
化合物3に、亜鉛イオン以外の金属イオンを負荷した場合の蛍光強度の変化を検討した。金属イオンとしては、ナトリウムイオンNa+(塩化ナトリウム)、カリウムイオンK+(塩化カリウム)、カルシウムイオンCa2+(塩化カルシウム)、マグネシウムイオンMg2+(硫酸マグネシウム)、鉄イオンFe2+(硫酸鉄)、コバルトイオンCo2+(硫酸コバルト)、ニッケルイオンNi2+(硫酸ニッケル)、マンガンイオンMn2+(塩化マンガン)、銅イオンCu2+(硫酸銅)を用いて検討を行なった。各金属イオン添加前及び添加後の化合物3の蛍光特性(励起波長355 nm)を測定し、各金属イオン添加前後の蛍光強度比(金属添加後の蛍光強度/金属未添加時の蛍光強度)を図2に示した。なお、各金属イオンは、Na+、K+、Ca2+、Mg2+、Mn2+に関しては5000 μmol/L、Co2+、Ni2+に関しては2500 μmol/L、Fe2+に関しては100 μmol/L、Cu2+に関しては25 μmol/Lとなるように化合物3溶液に添加した。蛍光スペクトルの測定条件は例2と同一である。
【0032】
各金属イオンを添加した際、Na+、K+、Ca2+、Mg2+の場合は蛍光強度はほぼ変化せず、Fe2+、Co2+、Ni2+、Mn2+、Cu2+の場合は蛍光強度が弱くなった。以上より、蛍光強度が大きく増加したのは亜鉛イオンを添加した場合のみであることから、化合物3は、亜鉛イオンに特異的な蛍光プローブであると結論された。
【0033】
例4:酸解離定数の決定
化合物3の酸解離定数を吸収スペクトル法により求めた。2 mmol/L HEPES緩衝液(pH = 7.5, 8.0, I = 0.002(2 mmol/L塩化ナトリウム水溶液中)、0.5%メタノールを共溶媒として含有)、2 mmol/L CHES緩衝液(pH = 8.5, 9.0, 9.5, 10.0, I = 0.002(2 mmol/L塩化ナトリウム水溶液中)、0.5%メタノールを共溶媒として含有)、2 mmol/L CAPS緩衝液(pH = 10.5, 11.0, 12.0, I = 0.002(2 mmol/L塩化ナトリウム水溶液中)、0.5%メタノールを共溶媒として含有)の異なる9つの緩衝液中に、化合物3を5 μmol/Lとなるように溶解し吸収スペクトルを測定した。吸収スペクトルの測定条件は例2と同一である。
【0034】
図3(a)に吸収スペクトルの測定結果を示した。pHが上がると360 nm付近の吸光度は増加し、310 nm付近の吸光度は低下した。303 nm、338 nmに等吸収点が見られた。このスペクトル変化は、図3(b)に示すHL種とL種の濃度変化に起因すると考えられる。
pHとpKaの関係は次式:
pH = pKa + log([L]/[HL])
によって定義されるので、波長359 nmの吸光度から両種の濃度を求めた。図3(c)のプロットの切片よりpKaが9.58であるので、化合物3の酸解離定数Kaは2.63×10-10 Mと決定された。
【0035】
例5:化合物3と亜鉛イオンとの見かけの錯形成定数Kappの決定
化合物3のpH7.4における錯形成定数Kappを吸収スペクトル法により決定した。化合物3を50 mmol/L HEPES緩衝液(pH 7.4, I = 0.05(50 mmol/L 硝酸カリウム水溶液中)、0.5%メタノールを共溶媒として含有)に5 μmol/Lとなるように溶解し、亜鉛イオン濃度が0, 50, 250, 500, 1000, 2000, 2500 μmol/Lとなるように溶液を調整して吸収スペクトルを測定した。吸収スペクトルの測定条件は、例2と同一である。
図1(a)に示した吸収スペクトルの測定結果より、亜鉛イオンの濃度が上がると、図3(b)に示すHL種の濃度が減少し、図4(a)に示すL種に類似した種(ML種)のスペクトルが現れ、その濃度が増加する。また、262 nm、341 nmに等吸収点が現れることから、化合物3は亜鉛イオンと共存するとL種が亜鉛イオンに1:1で結合したML種となることが分かる。
亜鉛イオン濃度[M]とKappの関係は次式:
−log[M] = logKapp + log([HL]/[ML])
によって定義されるので、波長352 nmの吸光度を利用して両種の濃度を求めた。図4(b)のプロットの切片よりpKappが3.58であるので、見かけの錯形成定数Kappは3.76×103 M-1と決定された。
【0036】
例6:レシオ法による蛍光強度の測定
50 mmol/L HEPES緩衝液(pH 7.4, I = 0.05(50 mmol/L、硝酸カリウム水溶液中)、0.5%メタノールを共溶媒として含有)を用いた化合物3の5μmol/L溶液に、硫酸亜鉛を添加し、亜鉛イオン濃度が0〜2500 μmol/Lになるように調製した。蛍光波長を433 nmに固定したときの励起波長320 nmと355 nmにおける蛍光強度のレシオ変化を示す(図5(a))。
50 mmol/L HEPES緩衝液(pH7.4、I=0.05(50 mmol/L、亜硝酸カリウム水溶液中)、0.5% メタノールを共溶媒として含有)中で、化合物3の5 μmol/L溶液に、ナトリウムイオン濃度、カリウムイオン濃度、カルシウムイオン濃度、マグネシウムイオン濃度がそれぞれ0、2500、5000 μmol/Lになるように塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化カルシウム、硫酸マグネシウムをそれぞれ添加した。蛍光波長を433 nmに固定したときの励起波長320 nmと355 nmにおける蛍光強度のレシオ変化を示す(図5(b))。
亜鉛イオンを添加した場合には亜鉛イオンの濃度に依存してレシオが変化するが、他のイオンを加えた場合にはレシオの変化が無視できるほど小さいことから、化合物3はレシオ法により亜鉛イオンを高選択的に定量できる可能性を有することが分かった。
【0037】
例7:化合物3のレシオ法への応用
50 mmol/L HEPES緩衝液(pH7.4、I=0.05(50 mmol/L 亜硝酸カリウム水溶液中)、0.5% メタノールを共溶媒として含有)中に化合物3が5 μmol/L,硫酸亜鉛が2500 μmol/Lとなるように溶液を調整した。続いて塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化カルシウム、硫酸マグネシウムを5000 μmol/Lになるようにそれぞれ添加した。蛍光波長を433 nmに固定したときの励起波長320 nm、355 nmにおける蛍光強度のレシオ変化を図6に示す。化合物3に硫酸亜鉛のみを添加した場合と、硫酸亜鉛に加えて塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化カルシウム、硫酸マグネシウムを添加した場合ではレシオに変化が見られなかった。従って、ナトリウムイオン、カリウムイオン、カルシウムイオン、マグネシウムイオンが共存している場合でも、化合物3を用いて亜鉛イオンを高選択的に定量できることが分かった。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】化合物3の亜鉛イオンの濃度に依存した(a)吸収スペクトル、(b)励起スペクトル(蛍光波長:433 nm)、(c)蛍光スペクトル(励起波長:355 nm)を示す。
【図2】化合物3の亜鉛イオン選択性を示す。
【図3】(a)は化合物3のpH変化に伴う吸収スペクトル変化を示し、(b)はpH変化に伴う化合物3の構造変化を示し、(c)は化合物3のpHとlog([L]/[LH])の関係をプロットした結果を示す。[L]は(b)のL種の濃度、[LH]は(b)のLH種の濃度を示す。
【図4】(a)は亜鉛イオンフリーの化合物3と亜鉛イオンとの錯体形成を示し、(b)は亜鉛イオン存在化での−log[M]とlog([M]/[ML])の関係をプロットした結果を示す。[M]は亜鉛イオン濃度、[ML]は(a)の化合物3が亜鉛イオンと錯体形成したML種の濃度を示す。
【図5】(a)は亜鉛イオン濃度と化合物3の蛍光強度のレシオ(355 nm/320 nm)を示し、(b)は各種金属イオン濃度と化合物3の蛍光強度のレシオ(355 nm/320 nm)を示す。
【図6】亜鉛イオンと各種金属イオンを共存させた場合の化合物3のレシオ(355 nm/320 nm)を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記の一般式(I):
【化1】

(式中、R1及びR2はそれぞれ独立に水素原子又は炭素数1〜6のアルキル基を示し、R3は炭素数1〜6のヒドロキシアルキル基を示す)で表される化合物又はその塩。
【請求項2】
下記の一般式(II):
【化2】

(式中、R11及びR12はそれぞれ独立に水素原子又は炭素数1〜6のアルキル基を示し、R13は炭素数1〜6のヒドロキシアルキル基を示す)で表される化合物又はその塩。
【請求項3】
2−(2'−ヒドロキシ−3’−ヒドロキシメチル−5'−メチルフェニル)ベンズイミダゾールまたはその塩。
【請求項4】
請求項1ないし3のいずれか1項に記載の化合物又はその塩を含む亜鉛蛍光プローブ。
【請求項5】
請求項1ないし3のいずれか1項に記載の化合物又はその塩の亜鉛イオン測定における使用。
【請求項6】
請求項1ないし3のいずれか1項に記載の化合物又はその塩を含む亜鉛イオン測定用試薬。
【請求項7】
請求項1ないし3のいずれか1項に記載の化合物又はその塩と亜鉛イオンから形成される亜鉛錯体。
【請求項8】
亜鉛イオンの測定方法であって、下記の工程:
(a) 請求項1ないし3のいずれか1項に記載の化合物又はその塩と亜鉛イオンとを反応させる工程;及び
(b)上記工程で生成した亜鉛錯体の蛍光強度を測定する工程
を含む方法。
【請求項9】
蛍光強度の測定をレシオ法により行なう請求項8に記載の方法。
【請求項10】
蛍光強度の測定をイメージングにより行なう請求項8に記載の方法。

【図1】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図2】
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【図6】
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【公開番号】特開2007−314444(P2007−314444A)
【公開日】平成19年12月6日(2007.12.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−144220(P2006−144220)
【出願日】平成18年5月24日(2006.5.24)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成17年11月25日 日本化学会関東支部主催の「第16回関東支部茨城地区研究交流会」において文書をもって発表
【出願人】(504203572)国立大学法人茨城大学 (99)
【Fターム(参考)】