説明

人工皮膚の製造方法

【課題】動物由来の材料や病原体が含まれていない生体適合性に優れた人工皮膚、創傷被覆剤の提供。
【解決手段】
人工皮膚の製造方法であって、(A)真皮線維芽細胞を、繊維構造を有するペプチドハイドロゲルに混合したものを固化することにより真皮層を形成する工程と、(B)上記工程(A)で得られた真皮層の上に皮膚角化細胞を播種し培養することにより表皮層を形成する工程を含む、方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、簡易で安全なハイブリッド型人工皮膚の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生体組織から採取した細胞を生体外で培養することは、今では培養フラスコを用いることにより研究室で一般的に行われるようになり、種々の細胞の特性を明らかにして我々の組織や臓器への理解を深め医学に貢献してきた。ただ最近では細胞単独を2次元的に培養するだけでは完全に生体内で起きていることを再現することは難しいことがわかってきた。
【0003】
培養フラスコの中で2次元的に広がっている細胞は、その一部が培養フラスコに、そして隣接する細胞に接着しており、残りの部分は培養液に直接露出している。そのため培養液中の栄養素や各種の成長因子、サイトカインが直接個々の細胞に作用することになる。生体内において細胞は3次元的に配列し、その間を細胞間質によって満たされているため、栄養素や各種の成長因子、サイトカインは拡散と細胞同士、細胞と細胞間質の間でのシグナルの伝達で広がっていく。特に最近では細胞間質の重要性が認識されており、幹細胞の分化にも細胞間質が大きな役割を持つことが示唆されている(非特許文献1および2)。
【0004】
組織工学や再生医療の目標は、最終的に患者の体と一体になる生きた細胞、組織、器官を用いて患者の機能を修復することである(非特許文献3)。このために組織工学や再生医療では培養した細胞に担体(Scaffold)を用いることにより、3次元的に組織に類似した構造に構築している。理想的な担体 (Scaffold)の条件としては、
1.基本構造がデザインしやすく変更も容易である、
2.生体内での分解を制御できる、
3.細胞毒性がない、
4.細胞と物質の関係を特異的に促進または阻害する特性がある、
5.免疫反応や炎症反応をほとんど惹起しない、
6.安価で簡単に大量生産できる、
7.生理的な親和性がある、
というような点が挙げられる(非特許文献4)。
【0005】
再生医療分野の中でも皮膚細胞を利用した皮膚代替物研究の進歩は著しいが、これまでに開発された人工皮膚代替物における担体として、生体吸収性の合成高分子からなるネットを利用したものや、シリコン膜にナイロンネット貼付したもの、コラーゲンスポンジとシリコンシートの2層構造からなるもの(非特許文献5)や、アテロコラーゲンのスポンジをシート状にしたものや,さらにポアサイズの異なるコラーゲンスポンジを合わせたもの(非特許文献6)や、フィブリン糊、同種皮膚を無細胞化した無細胞真皮マトリックス(ADM)(非特許文献7および8)などが開発されてきた。
【0006】
しかしながら、現在研究開発中の生きた線維芽細胞と表皮角化細胞を含むハイブリッド型人工皮膚は、担体(Scaffold)に動物由来の物質を使用してものが多く、未知の感染症に対する潜在的な危険性を含んでいる。従来の人工皮膚代替物の担体(Scaffold)の中には、ウシ、ブタ、ラット由来のコラーゲン、フィブリン糊、同種真皮マトリックスのように動物由来物質を使用するものもある(非特許文献9および10)。白血病に対する血液製剤の投与によるHIV感染や輸入した乾燥脳硬膜を使用してのCreutzfeld-Jacob病発症を例に挙げるまでもなく、動物や他人の組織に由来したものを投与もしくは移植することは、その時点では安全と思われていても未知の感染症に対する潜在的なリスクである。
【0007】
人工皮膚のような再生医学が広く一般的な治療として普及していくためには、素材にばらつきがあり機能に制限がある感染症の不安を抱えた天然材料から、安全で規格化された
使いやすい機能を取り入れることのできる合成材料への素材の転換が必要である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Engler AJ et al, Cell 2006 Aug 25;126(4):677-689
【非特許文献2】Narmoneva DA et al, Biomaterials 2005 Aug; 26(23):4837-4846.
【非特許文献3】Vacanti JP et al, Lancet 1999 Jul;354 Suppl 1:SI32-34.
【非特許文献4】Holmes TC et al, Trends in biotechnology 2002 Jan;20(1):16-21.
【非特許文献5】Yannas IV et al, Journal of biomedical materials research 1980 Jan;14(1):65-81.
【非特許文献6】森川訓行ほか、再生歯 3(1):12-22,2005
【非特許文献7】Ghosh MM et al, Annals of plastic surgery 1997 Oct;39(4):390-404.
【非特許文献8】山口亮ほか、熱傷 30(3):152-160,2004.
【非特許文献9】Bokhari MA et al, Biomaterials 2005 Sep;26(25):5198-5208.
【非特許文献10】Bell E et al, Science (New York, NY 1981 Mar 6;211(4486):1052-1054.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の課題は、新規な人工皮膚の製造方法を用いることにより、動物由来の材料や病原体が含まれていない生体適合性に優れた人工皮膚を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するため、本発明者らは鋭意研究を行い、生体材料由来でなく、かつ未知の感染症に対して危険のないペプチドハイドロゲルを担体 (Scaffold)に用いて、ヒト線維芽細胞を3次元培養した培養真皮を作製するとともに、作製した培養真皮にヒト表皮角化細胞を用いて表皮層を加えた培養皮膚を作製することにより、安全な人工皮膚が得られることを見出し、本発明を完成させた。
【0011】
従って、本発明は以下を包含する。
【0012】
項1.人工皮膚の製造方法であって、
(A)真皮線維芽細胞と、繊維構造を有するペプチドハイドロゲルに混合したものを固化することにより真皮層を形成する工程と、
(B)上記工程(A)で得られた真皮層の上に表皮角化細胞を播種し培養することにより表皮層を形成する工程を含む、方法。
【0013】
項2.人工真皮の製造方法であって、
真皮線維芽細胞と、繊維構造を有するペプチドハイドロゲルに混合したものを固化することにより真皮層を形成する工程を含む、方法。
【0014】
項3.前記ペプチドハイドロゲルが、酸性であることを特徴とする項1または2に記載の人工皮膚または、人工真皮の製造方法。
【0015】
項4.前記固化が、酸性のペプチドハイドロゲルを中和させることによって生じる固化であることを特徴とする項1〜3のいずれか1項に記載の方法。
【0016】
項5.前記ペプチドハイドロゲルが、アミノ酸1〜0.1%(w/v)と水99〜99.9%(w/v)から構成される合成マトリックスである、項1〜4のいずれか1項に記載の方法。
【0017】
項6.前記ペプチドハイドロゲルのペプチドが、疎水性および親水性側鎖が交互に配置された12〜30個のアミノ酸で構成されるペプチド又は当該ペプチドを修飾したものであることを特徴とする、項5に記載の方法。
【0018】
項7.前記アミノ酸が、アルギニン、アスパラギン酸、アラニン、リジン、ロイシン、プロリン、スレオニンおよびバリンからなる群より選択される3種以上からなることを特徴とする、項6に記載の方法。
【0019】
項8.前記アミノ酸が、アルギニン、アスパラギンおよびアラニンからなることを特徴とする、項6に記載の方法。
【0020】
項9.ペプチドハイドロゲルのペプチドが配列番号1〜7のいずれかで表されるアミノ酸配列からなることを特徴とする、項6に記載の方法。
【0021】
項10.前記ペプチドの修飾したものが、細胞外マトリックスを認識することの出来るペプチドが付加修飾されたものであることを特徴とする、項6に記載の方法。
【0022】
項11.項1〜10のいずれか1項に記載の方法により製造された人工皮膚または人工真皮。
【0023】
項12.項1〜10のいずれか1項に記載の方法により製造された人工皮膚または人工真皮からなる創傷被覆剤。
【0024】
項13.皮膚移植用である、項11に記載の人工皮膚または人工真皮。
【発明の効果】
【0025】
本発明の人工皮膚製造方法によれば、動物由来の材料や病原体が含まれていない、生体適合性に非常に優れた人工皮膚を得ることができる。さらに、本発明の方法において、培養液としてFetal Bovine Serum (FBS)などの動物由来のものを含まない培養液と組み合わせることにより、培養液中にも担体にも動物や他人の組織に由来したものを一切使用しないハイブリッド型人工皮膚材料を得ることが可能である。
【0026】
加えて、本発明の製造方法においては、担体(Scaffold)として用いるペプチドハイドロゲルが重合に際し細胞や生理活性分子(成長因子)と簡単に混合でき、また分子量が小さいので免疫反応も起きにくい。さらに、ペプチドハイドロゲルは組織に対する生理的な親和性があり、その分解産物はアミノ酸であり組織内に元々多量に存在することから細胞毒性がない。
【0027】
また、従来のコラーゲンゲルを用いた人工皮膚製造方法では、長期培養後においてもコラーゲンゲルが残るが、本発明の方法では、担体として用いるペプチドハイドロゲルは必要な期間が経過すれば移植用の担体が分解され、担体は組織には残存しないため、培養した細胞の細胞遊走、増殖、分化が促されるといった利点がある。すなわち、本発明は皮膚をin vivoで成長させるために有用な方法であり、本発明の方法により得られる人工皮膚は特に臨床の移植用途に適している。
【0028】
本発明の方法により得られる人工皮膚は、担体がアミノ酸のみからなる合成物なので、動物由来の材料を担体に使用する際にその中に含まれる可能性のある病原体を除去する費用がかからず、安価に作製できる。
【0029】
また本発明の方法により得られる人工皮膚は細胞以外の成分が合成物なので、同一の品質のものを多量に作製することが出来る。さらに、本発明の方法により得られる人工皮膚は天然材料を含む場合に問題となる内在している生理活性分子(成長因子)を含まない。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】図1は、実施例1で用いたペプチドハイドロゲルRADA16(PuraMatrix(登録商標))のペプチドの模式図である。
【図2】図2は、実施例1で用いたペプチドハイドロゲルSDP(PuraMatrix(登録商標))のペプチドの模式図である。
【図3】図3は、本発明の製造方法の概略図である。
【図4】図4は、実施例で製造した培養皮膚および真皮のHE染色写真である(20倍、100倍および400倍)。
【図5】図5は、実施例で製造した培養皮膚および真皮の抗ヒトI型コラーゲン抗体を用いた免疫組織化学染色写真である(20倍、100倍および400倍)。
【図6】図6は、実施例で製造した培養皮膚および真皮の抗フィブロネクチン抗体、抗ヒトIV型コラーゲン抗体、および抗ラミニン抗体を用いた免疫組織化学染色写真である(200倍)。
【図7】図7は、実施例で製造した培養皮膚および真皮における抗転写因子p63抗体を用いた免疫組織化学染色写真である(200倍、および400倍を更に拡大したもの)。
【図8】図8は、実施例で製造した培養真皮内における線維芽細胞の生細胞数の計測実験(MTSアッセイ)の結果である。
【図9】図9は、実施例で製造した真皮培養内におけるヒトI型コラーゲン量の定量実験の結果である。
【図10】図10は、実施例で製造した培養皮膚および培養真皮の培養液中におけるヒトI型コラーゲン定量実験の結果である。
【図11】図11は、RADA16ハイドロゲルペプチドを用いて作成した培養真皮および培養真皮の培養液中におけるヒトI型コラーゲン定量実験の結果を比較したものである。
【図12】図12は、SDPハイドロゲルペプチドを用いて作成した培養真皮および培養真皮の培養液中におけるヒトI型コラーゲン定量実験の結果を比較したものである。
【発明を実施するための形態】
【0031】
本発明において、線維芽細胞(特に真皮由来の線維芽細胞)、角化細胞は、市販品の各種細胞株を利用することができるが、動物、特にヒトの皮膚から得たものを培養して調製してもよい。とりわけ、臨床的な皮膚移植に利用する場合には、皮膚移植する部分以外の患者皮膚由来の線維芽細胞、角化細胞を用いて培養するのが好ましい。
【0032】
本発明で用いるペプチドハイドロゲルは、繊維構造を有し、動物由来ではないアミノ酸を主成分とするハイドロゲルであれば特に限定されないが、好ましい態様としては、アミノ酸1〜0.1 % (w/v)と水99〜99.9 % (w/v)からなる合成ペプチド(合成マトリックス)であることが好ましい。
【0033】
本発明で用いるペプチドハイドロゲルを構成するペプチドの好ましい態様としては、疎水性および親水性側鎖が交互に配置された12〜30個のアミノ酸で構成されるペプチドが挙げられる。
【0034】
当該ペプチドを構成するアミノ酸としては、例えば、アルギニン、アスパラギン酸、アラニン、リジン、ロイシン、プロリン、スレオニンおよびバリンからなる群より3種以上を選択することができる。アミノ酸の組み合わせとしては、アルギニン、アスパラギンおよびアラニンの組み合わせ;バリン、リジン、プロリンおよびスレオニン;あるいはリジン、ロイシン及びアスパラギン酸の組み合わせなどが考えられる。中でも、本願発明に係るペプチドハイドロゲルにおいては、ペプチドを構成するアミノ酸が、標準アミノ酸であるアルギニン、アスパラギンおよびアラニンであることが好ましい。また、当該ペプチドは修飾されていてもよい。
【0035】
本発明におけるペプチドの付加修飾とは、細胞外マトリックスを認識することが出来る他のペプチドを、疎水性および親水性側鎖が交互に配置されたアミノ酸で構成されるペプチドに対して付加する修飾であれば良いものとする。細胞外マトリックスの例として、ヒアルロン酸、コラーゲン、ラミニン、ファイブロネクチン、ヴィトロネクチン、インテグリン、プロテオグリカン、グリコサミノグリカン、パールカン、カドヘリン、テネイシン、エンタクチン、ニドゲン、オステオポンチン、オステオネクチン、オステオカルシン、骨シアロタンパク質、オステオプロテグリン、トロンボスポンジン、フォスフォフォリン、フォンビルブラント因子、フィブリノーゲン、エラスチン、フィブリリン、エンタクチン、ケラチンなどが挙げられる。
【0036】
付加するペプチド配列の具体的な例として、「Davis GE, Bayless KJ, Davis MJ, Meininger GA. Regulation of tissue injury responses by the exposure of matricryptic sites within extracellular matrix molecules. Am J Pathol 2000;156:1489-98.」に記載のペプチドが挙げられる。疎水性および親水性側鎖が交互に配置されたアミノ酸で構成されるペプチドに対して、上記細胞外マトリックスを認識することの出来るペプチドが付加されたペプチド付加修飾体が、ペプチドハイドロゲルを形成するものとする。
【0037】
好ましいペプチドの構成の例示としては、ペプチドが配列番号1〜3で表されるアミノ酸配列からなるものが挙げられる。また、ペプチドが修飾されている場合の例示としては、配列番号4〜7で表されるアミノ酸配列からなるものが挙げられる。さらに好ましい態様としては、ペプチドが配列番号1または7で表されるアミノ酸配列からなるペプチドハイドロゲルであって、1〜0.1 % (w/v)と水99〜99.9 % (w/v)からなるゲルを用いる
本発明で用いるペプチドハイドロゲルは、pHの変化によりペプチドが自己重合してβシート構造をとるナノメーター単位の繊維構造を持った担体を形成する。この担体は、細胞の付着を促進する高度に精製されたペプチド配列を持った基質であり、平均ポアサイズ50〜200 nmの3次元線維構造を形成する。
【0038】
本発明で用いるペプチドハイドロゲルは、例えば、米国特許5,670,483号などに記載のものを用いることができるが、その他の市販のものを用いてもよい。あるいは、本発明で用いるペプチドハイドロゲルは、ペプチド合成装置(ペプチドシンセサーザー)を用いて公知の固相合成法等により作成できる。
【0039】
本発明の人工皮膚製造方法は、以下:
(A)真皮線維芽細胞と、繊維構造を有するペプチドハイドロゲルとを混合したものを、固化することにより真皮層を形成する工程と、
(B)上記工程(A)で得られた真皮層の上に表皮角化細胞を播種し培養することにより表皮層を形成する工程とを含む。
【0040】
工程(A)においては、人工皮膚の真皮層を形成する担体(Scaffold)として、前記ペプチドハイドロゲルを用いる。
【0041】
本発明の製造方法の工程(A)においては、前記ペプチドハイドロゲルと線維芽細胞を混合し、それを固化することにより真皮層を形成する。
【0042】
本発明における人工皮膚の作製においては、目的に応じて異なる2種類以上の修飾ペプチドからなるペプチドハイドロゲルを、またはそれぞれ単一の修飾ペプチドからなる、異なる2種類以上のペプチドハイドロゲルを利用することが可能である。ただし、それぞれのペプチドの配合比率または、それぞれのペプチドハイドロゲルの比率については、目的が達成される条件であれば、特に限定されないものとする。
【0043】
具体的には、例えば、線維芽細胞を3〜30×106 cells/cm3程度の濃度で10%スクロース液等に懸濁し、当該懸濁液を2 %ペプチドハイドロゲル(約pH 3)に等量混合する。得られた混合物は、混合することによりpHが上昇するので自然に固化する。これを培養することにより真皮層を形成する。
【0044】
培養の条件は特に限定されないが、D-MEM培養液などの培地に真皮層を浸した状態で37 ℃付近、7.5 %CO2下で、2〜3日ごとに培養液を交換しながら、約2〜3週間ほど行うのが好ましい。
【0045】
さらに、臨床的な皮膚移植に利用する人工皮膚を製造する場合には、ペプチドハイドロゲルと線維芽細胞を混合する際、あらかじめペプチドハイドロゲルに、細胞遊走、増殖、分化を促進のための、または免疫の正常化を図るためのペプチド、ポリペプチド、あるいは薬物等を添加しておくこともできる。そのようなペプチド、ポリペプチド、又は薬物の例としては、例えば、上皮成長因子(Epidermal growth factor:EGF)、インスリン様成長因子(Insulin-like growth factor:IGF)、トランスフォーミング成長因子(Transforming growth factor:TGF)、神経成長因子(Nerve growth factor:NGF)、脳由来神経栄養因子(Brain-derived neurotrophic factor:BDNF)、血管内皮細胞増殖因子(Vesicular endothelial growth factor:VEGF)、顆粒球コロニー刺激因子(Granulocyte-colony stimulating factor:G-CSF)、顆粒球マクロファージコロニー刺激因子(Granulocyte-macrophage-colony stimulating factor:GM-CSF)、血小板由来成長因子(Platelet-derived growth factor:PDGF)、エリスロポエチン(Erythropoietin:EPO)、トロンボポエチン(Thrombopoietin:TPO)、線維芽細胞増殖因子(fibroblast growth factor:FGF)、肝細胞増殖因子(Hepatocyte growth factor:HGF)、結合組織成長因子(Connective-tissue growth factor:CTGF)、骨形成因子(Bone morphogenetic Protein:BMP)、インターロイキン(Interleukin:IL)などが挙げられる。これらのペプチド、ポリペプチド、あるいは又は薬物はヒト由来のものに限らず、ラット、マウス、ウシなどの動物由来のものであって良いものとする。
【0046】
本発明の製造方法の工程(B)においては、工程(A)によって得られた培養真皮層の上に、表皮角化細胞を播種し、次いで培養することによって表皮層を形成する。このようにして培養真皮層の上に表皮角化細胞を培養したものが本発明における人工皮膚である。
【0047】
角化細胞は、例えば、真皮層上に、3〜6×106 cells/cm3程度の濃度で播種し、細胞が完全に接着するまで37℃、7.5 %CO2下で1〜3日ほど培養を行うのが好ましい。
【0048】
角化細胞の接着を促進するために、角化細胞播種3〜7日前にさらに3〜30×106 cells/cm3程度の濃度で線維芽細胞を真皮層上に播種し真皮層表面の線維芽細胞密度を上げておくこともできる。
【0049】
線維芽細胞及び角化細胞を含む人工皮膚の培養を継続すると、真皮層内の線維芽細胞は増殖分化してコラーゲンを分泌し真皮層の強度を高める。担体であるペプチドハイドロゲルは3週間後より徐々に分解される。しかしながら、線維芽細胞及び角化細胞の培養の初期時点ではペプチドハイドロゲルは一部分解されるのみであり、全部が分解されることはない。次に、培地を10% FBS添加D-MEM培養液又はKGM-2培養液、あるいはそれらの等量混合液などの培地に変更し、角化細胞が空気中に出るように培地の量を調整しながら、1〜2週間培養をすることで表皮層の角化細胞も増殖して5〜10層に重層化した人工皮膚を得ることができる。
【0050】
なお、本明細書に列挙した培地(培養液)は、使用可能な培地の単なる例示であって、本発明の製造方法で用いる培地がこれらに限定されるわけではない。
【0051】
本発明の製造方法は、特に移植用皮膚を製造するために好適に用いることができる。移植用人工皮膚を製造する場合、培養皮膚(真皮層+表皮層)を3〜4週間培養した後、ペプチドハイドロゲルが50〜90%残存する状態で移植することが好ましい。
【0052】
本発明における創傷被覆剤は、魚鱗癬などの先天的な皮膚疾患や骨疾患切、開創または切創、裂傷、擦過傷、かすり傷、熱傷、釘または針などの皮膚を刺す物に起因する刺傷、体内に刺さるナイフ等の突起物に起因する穿通創、体内に食い込む、もしくは貫通する銃弾または類似の発射体に起因する銃創、打撲傷または打ち身、血腫、長時間にわたって加えられた大きな、または極度の力に起因する挫滅傷などの閉鎖創、乾癬、座瘡、褥瘡、湿疹、糜爛、潰瘍などの皮膚病による創傷などに対する治療剤である。また、創傷治療や治療の際に生じる傷を縫合させる際や、瘢痕拘縮防止剤として使用することも可能である。
【0053】
本発明における創傷被覆剤の剤型は、目的が達成されれば特に限定しないが、湿布剤、注入剤、軟膏剤、塗布剤、粘着パッチ剤、散布剤、噴霧剤、貼付剤、充填剤、補填材、移植材などが挙げられる。
【0054】
本発明における創傷被覆剤は、様々な剤型で提供することが可能となるように、動物油脂および植物油脂、鉱油、合成油、エステル油、ワックス、直鎖高級アルコール、脂肪酸、界面活性剤、リン脂質、ゲル化剤、増粘剤、アルコール、グリセリン、プロピレングリコール、鉱物粘土等の充填剤、ソフトフォーカス粉末、防腐剤、芳香剤、顔料および純水などの既知の原材料からなる、適当な賦形剤や基剤を含むものとする。また、担体(Scaffold)を補強するために、シリコン膜などが含まれていても良いものとする。
【0055】
本発明におけるコラーゲン合成促進剤は、上記の創傷被覆剤と同様の剤型で、かつ同様の賦形剤など含む組成で提供することができる。特に注入剤として、皮膚のシワや弛みを改善するなど、美容整形分野での施術や、皮膚の老化防止用のために用いることが出来る。
【実施例】
【0056】
以下、本発明を実施例に従いより詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されない。
【0057】
実施例1:人工皮膚の製造方法
1.細胞培養
新生児由来ヒト真皮線維芽細胞(Lonza Walkersville, Walkersville, MD)を用い、10% FBS (Invitrogen, Carlsbad, CA) 添加D-MEM(Lonza Walkersville, Walkersville, MD)を培養液として培養フラスコ内で継代培養して8継代したものを実験に使用した。新生児由来ヒト表皮角化細胞(Lonza Walkersville, Walkersville, MD)はKGM-2 (Lonza Walkersville, Walkersville, MD)を培養液として培養フラスコ内で継代培養して5継代したものを実験に使用した。詳しい材料、試薬、試料を表1にまとめた。
【0058】
【表1】

【0059】
2.標本作製
培養真皮の担体(Scaffold)として配列番号1のアミノ酸配列のペプチドを有する、1 %ペプチドハイドロゲルRADA16 (50%)水溶液(PuraMatrix(図1:登録商標) : 3D Matrix Japan, Japan)と、RADA16にラミニン中のYIGSR接着ペプチド(Y: チロシン, I: イソロイシン, G: グリシン, S: セリン, R: アルギニン)を付加した、配列番号7のアミノ酸配列のペプチドを有するペプチドハイドロゲル SDP (50%) 水溶液(PuraMatrix(図2:登録商標) : 3D Matrix Japan, Japan)を混合したものを担体に使用した。また、1 %ペプチドハイドロゲルRADA16 (50%)水溶液のみからなる担体を用いた実験も行った。
【0060】
標本1個あたりヒト線維芽細胞1×106個を10%スクロース液150μlに懸濁し、同量の上記の混合ペプチドハイドロゲル水溶液と混合した後、直ちに細胞培養インサートに分注した。インサートを12 well plate 内に静置して、その周囲にDMEM培養液を満たして線維芽細胞とペプチドハイドロゲルの混合液を固化させて真皮層を作成した。(培養真皮)この状態で2〜3日ごとに培養液を交換しながら37℃、7.5%CO2条件下のインキュベータにて培養した。培養真皮作成3週間後に新生児由来皮膚角化細胞1×106個をKGM-2培養液150μlに懸濁しインサート内の培養真皮上に分注して表皮層を作成した。(培養皮膚)培養皮膚作製後は培養液を10% FBS添加DMEMとKGM-2の等量混合液に替えて培養した。
培養真皮は作成後5週間、培養皮膚は培養皮膚作成後1週間(培養真皮作成後4週間)培養を続けた。(図3)
3.組織免疫化学染色
1週間ごとに培養した標本を中性20 %ホルマリンで固定したのち脱水処理を行い低温パラフィンにて包埋した。6μm の厚みで組織標本を作製してHE染色、免疫染色を行い顕微鏡下で観察を行った。
【0061】
培養真皮内における線維芽細胞の機能発現の指標としてヒトI型コラーゲン染色を行った。ベンタナI-VIEW DAB ユニバーサルキットを使用し、培養した標本を、脱パラフィン、水洗した後プロテアーゼにより賦活した。一次抗体として抗ヒトI型コラーゲン抗体(MP Biomedicals, Solon, OH) にて標識し、ヘマトキシリンにて核染色を行った。
【0062】
同様の方法で培養皮膚内における基底膜形成の指標として抗ラミニン染色(Chemicon international, Temecula, CA)、抗ファイブロネクチン染色(Santa Cruz Biotechnology, Santa Cruz, CA)、抗ヒトIV型コラーゲン染色(American Research Products, Belmont, MA)を、表皮角化細胞の分化の指標として抗Nuclear transcription factor p63抗体(Santa Cruz Biotechnology)を行った。
【0063】
4.MTSアッセイ (細胞数の計測)
培養真皮の1週間ごとに培養した標本の線維芽細胞数を計測した。測定にはCellTiter 96(登録商標) AQueous One Solution Cell Proliferation Assay (Promega Corp., Madison, WI) 用いた。
【0064】
破砕した標本を1個あたり5μlとり95μlのD-MEMを入れ懸濁させ100μlずつ96 well plateに分注して検体とした。説明書に基づき反応液を各wellに20μlずつ分注した後2時間インキュベータの中で反応させた。吸光度の計測はプレートリーダーを用いて490 nmの測定波長にて行った。週ごとに6個の標本を計測した。Student’s t-検定にて有意差を検定した。
【0065】
5.コラーゲンアッセイ(コラーゲン量の計測)
培養真皮の1週間ごとに培養した標本中とその培養液中のコラーゲン定量を行った。測定にはHuman type I collagen ELISA detection kit (AC Biotechnologies, Japan) を用いた。
破砕した標本にペプシン液を加え4℃にて一晩振盪したのちペプシンを中和したものを標本由来の試料とした。
【0066】
同様に培養液にペプシン液を加え4℃にて一晩振盪したのちペプシンを中和したものを培養液由来の試料とした。
【0067】
試料とビオチン標識コラーゲン抗体溶液との混合液を、コラーゲンを固相化したマイクロタイタープレートに50μlずつ分注して室温にて1時間反応させた。プレートを洗浄した後HRP標識アビジン溶液を50μlずつ分注してさらに室温にて1時間反応させた。洗浄後TMB substrateを50μlずつ分注してさらに室温にて15分間反応させた。吸光度の計測はプレートリーダーを用いて450 nmの測定波長にて行った。週ごとに3個の標本を計測した。Student’s t-検定にて有意差を検定した。
【0068】
実施例2:人工皮膚の移植
実施例1と同様の方法を用いて、体重250−300gのオスHairless rat 背部より皮膚を採取して線維芽細胞と表皮角化細胞を採取して増殖させハイブリッド型人工皮膚材料を作製する。4週間後に同じ固体の背部の別な部位に長径1cmの皮膚全層切開層を作製してハイブリッド型人工皮膚材料を移植する。その後1、2、3、4週間後に移植部のバイオプシーを行い、病理組織学的に評価を行う。
【0069】
結果
1.組織標本のHE染色(図4)
RADA16のみでは荒い泡沫状の真皮層の隔壁内に線維芽細胞が存在しており、真皮上層に線維芽細胞の密度が高い部分があり(Fibroblast rich upper layer :FRUL), その上に表面の角化を伴った重層角化細胞による表皮層が存在していた。
【0070】
SDPを混合したものでは真皮層は細かな泡沫状の隔壁内に多数の線維芽細胞が存在しておりFRULは厚かったが、表皮層はほぼ単層の角化細胞よりなっていた。
【0071】
2.免疫組織化学
免疫組織化学染色では、隔壁内の細胞周囲に抗ヒトI型コラーゲン抗体による陽性所見を認めヒト線維芽細胞から分泌されたI型コラーゲン存在を確認できた。特にSDPを混合したものでは、隔壁内の多数の線維芽細胞と厚いFRULに一致してRADA16のみを用いた結果よりも強い発現を認めた。(図5)
RADA16のみを用いた人工皮膚では基底膜形成の指標となる蛋白のうちファイブロネクチンとヒトIV型コラーゲンは発現を認めラミニンは陰性であった。
【0072】
SDPを混合したものではファイブロネクチンは陰性で、ヒトIV型コラーゲンは表皮真皮境界部より下方に強い発現を認めると共に真皮層内の線維芽細胞周囲にも発現を認めた。ラミニンは表皮真皮境界部に発現を認めた。(図6)
表皮層の角化細胞はほぼ1層で細胞Nuclear transcription factor p63で陽性を示し未分化で分裂能の高い基底細胞が主体であった。(図7)
3.細胞数計測
細胞数は1週目まではRADA16のみを用いた方が多い(p<0.01)が、2週目に急速にSDPを混合した方が多くなりそれ以降はSDPを混合した方が多く、2週目(p<0.05)と5週目(p<0.01)で有意差を認めた。(図8)
4.コラーゲン定量
培養真皮内コラーゲン量は培養期間中SDPを混合した方が多くすべての週で有意差を認めた。(p<0.01)。(図9)
培養液中コラーゲン濃度は4週目まではSDPを混合した方が多いが5週目でほぼ同じになり、1〜4週で有意差を認めた。(0,2週目(p<0.01)、1,3週目(p<0.05))(図10)
RADA16のみを用いた方では真皮層内にコラーゲンを保持できず培養液中に流出させているが(図11)、SDPを混合した方では真皮層内にコラーゲンを保持してさらになお培養液中にもRADA16のみを用いた方と同程度流出させており、より多くのコラーゲンを真皮内において線維芽細胞が合成していることが推察される。(図12)
【産業上の利用可能性】
【0073】
本発明の方法を用いて作製した人工皮膚あるいは人工真皮は、上記用途のほかに、シワや弛みを改善するための施術やその他の美容整形分野における施術、老化防止用皮膚外用剤に用いることが可能である。また、歯科領域での治療時における歯牙欠損、骨欠損、または軟部組織欠損について使用することが可能である。さらに、化粧料や皮膚用外剤などの開発において、動物実験など倫理的に問題の生じる手法を回避して、生体への影響を確認する必要がある製品における安全性試験などに対するモデル皮膚として用いることが可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
人工皮膚の製造方法であって、
(A)真皮線維芽細胞と、繊維構造を有するペプチドハイドロゲルに混合したものを固化することにより真皮層を形成する工程と、
(B)上記工程(A)で得られた真皮層の上に表皮角化細胞を播種し培養することにより表皮層を形成する工程を含む、方法。
【請求項2】
人工真皮の製造方法であって、
真皮線維芽細胞と、繊維構造を有するペプチドハイドロゲルに混合したものを固化することにより真皮層を形成する工程を含む、方法。
【請求項3】
前記ペプチドハイドロゲルが、酸性であることを特徴とする請求項1または2に記載の人工皮膚または、人工真皮の製造方法。
【請求項4】
前記固化が、酸性のペプチドハイドロゲルを中和させることによって生じる固化であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
前記ペプチドハイドロゲルが、アミノ酸1〜0.1%(w/v)と水99〜99.9%(w/v)から構成される合成マトリックスである、請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
前記ペプチドハイドロゲルのペプチドが、疎水性および親水性側鎖が交互に配置された12〜30個のアミノ酸で構成されるペプチド又は当該ペプチドを修飾したものであることを特徴とする、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記アミノ酸が、アルギニン、アスパラギン酸、アラニン、リジン、ロイシン、プロリン、スレオニンおよびバリンからなる群より選択される3種以上からなることを特徴とする、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
前記アミノ酸が、アルギニン、アスパラギンおよびアラニンからなることを特徴とする、請求項6に記載の方法。
【請求項9】
ペプチドハイドロゲルのペプチドが配列番号1〜7のいずれかで表されるアミノ酸配列からなることを特徴とする、請求項6に記載の方法。
【請求項10】
前記ペプチドの修飾したものが、細胞外マトリックスを認識することの出来るペプチドが付加修飾されたものであることを特徴とする、請求項6に記載の方法。

【請求項11】
請求項1〜10のいずれか1項に記載の方法により製造された人工皮膚または人工真皮。
【請求項12】
請求項1〜10のいずれか1項に記載の方法により製造された人工皮膚または人工真皮からなる創傷被覆剤。
【請求項13】
皮膚移植用である、請求項11に記載の人工皮膚または人工真皮。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2009−226207(P2009−226207A)
【公開日】平成21年10月8日(2009.10.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−42560(P2009−42560)
【出願日】平成21年2月25日(2009.2.25)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り ▲1▼発行者名 日本形成外科学会 刊行物名 第17回日本形成外科学会基礎学術集会プログラム抄録集 発行日 平成20年9月1日
【出願人】(592019213)学校法人昭和大学 (23)
【Fターム(参考)】