説明

伸線装置、及び伸線方法

【課題】本発明は、平滑で清浄な表面を有する金属線を製造する伸線装置、及び伸線方法を提供する。
【解決手段】伸線装置1は、金属線材50を伸線ダイス60への進入部において潤滑液240に浸漬させる浸漬手段と、前記潤滑液240に浸漬した前記金属線材50を1つ以上の伸線ダイス60に通して走行させる走行手段とを有する。前記伸線ダイス60又は前記潤滑液240と、前記金属線材50との間のバイアス電圧を制御する電圧制御手段を有することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、引き抜き、押し出し伸線装置、及び伸線方法に関する。
【背景技術】
【0002】
引き抜きは、金属の加工方法の一種であり、主に金属線材をそれよりも大きさの小さな孔を有するダイスに通して減面する加工方法である。したがって、前記加工の際に金属線材とダイスとの間に大きな摩擦力が生じるので、ダイスが摩耗する。実際の加工においては、ダイス材質や加工する金属線材等の条件に合わせて、加工時に発生する摩擦力を低下させるために通常潤滑液が使用されている。ここで、ダイスとは、金属線材と接する耐摩耗性のあるダイヤモンドや超硬金属とこれらと一体となったダイスケースと称される複合構造体をいう。本発明では、金属線材と接する耐摩耗性のあるダイヤモンドや超硬金属部分をダイスチップと称する。ステンレス鋼等の材質で構成されるダイスケースとダイスチップは焼きばめ等の嵌合、あるいは金属ろうで接合され、一体化しており、ダイスを構成している。ダイスチップとダイスケースは、焼結金属を介して一体化している場合もある。
【0003】
加工時に生じる金属摩耗粉は、金属線材とダイスの隙間から外に速やかに排出されない場合、ダイス孔内に巻き込まれて金属線材の加工された表面を傷つけたり、ダイス摩耗を促進したりする。特に、後述する線材の引き抜き加工では、摩擦力を更に大きくし、加工時に断線する等の悪影響がある。
【0004】
金属線材の引抜加工機械は、通常、一個のキャプスタンと一個のダイスからなる単頭伸線機と、伸線ライン上に複数のキャプスタンと複数のダイスが並んで連続的に伸線できる連続伸線機とがある。この内、連続伸線機は、更に、スリップ型とノンスリップ型に分類される。
【0005】
スリップ型伸線機は、通常1台の電動機で、予め定められた断面減少に応じた周速の駆動キャプスタンを回転させ、キャプスタンの周面で線材を送りながら、必要数のダイスを通して線を引抜く機械である。キャプスタンの周速と線の送り速さは一致していることが理想的であるが、ダイス孔の誤差やその摩耗があるため、スリップ型伸線機では、線材とキャプスタンを多少スリップさせながら駆動させる機構になっている。したがって、スリップ型伸線機では、通常、ダイスとキャプスタンは、潤滑液の中に浸かっている場合が多い。潤滑液は、線材の冷却の役割も負っており、伸線液とも呼ぶ。
【0006】
一方、ノンスリップ型伸線機は、線材をキャプスタン駆動面で滑らせないで駆動する型のものである。特に、近年、電子制御技術の向上により、各々のダイスによって減面されていく線の張力をダンサーの変位によってリアルタイムで検出し、駆動キャプスタンの回転速度を極めて短い時間でフィードバックし、キャプスタンの回転速度を逐次制御して、駆動キャプスタンの周速(周速度)と線材の伸線速度とを一致させる新しい型のノンスリップ型の伸線機(特許文献1)が上市され始めている。この新しい型のノンスリップ型伸線機は、平滑な表面性状が必要なボンディングワイヤ等の電子用金属細線の製造にも期待されている。
【0007】
前記新しい型のノンスリップ型伸線機の特長は、各々のダイス前に設置された変位検出用ダンサーによりダイスに入力する背面張力を制御でき、ダイスに進入する線のばたつきを小さくすることができることである。これにより、極細線の高速伸線が可能になっている。以降、該伸線機を「張力制御型ノンスリップ型伸線機」と称する。
【0008】
また、特許文献2には、鋼線等の伸線を行う方法として、ダイスボックス内にダイス及び粉末状の潤滑剤を納め、該潤滑剤中に電極を設けて、該電極と被伸線材との間に200〜1000Vの直流電圧を印加することが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2005−103623号公報
【特許文献2】特開昭58−6721号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上述の張力制御型ノンスリップ型伸線機の機構上の特徴は、駆動キャプスタンと金属線材との間で滑りが生じないようにこれらの部分が潤滑液(伸線液)に浸漬しておらず、ドライで駆動させることである。尚、これらの間で摩擦力を確保するため、駆動キャプスタンの外周がウレタンライニングされていることもある。
【0011】
現在、唯一市販されている張力制御型ノンスリップ伸線機では、ダイヤモンドのような不導体(絶縁体)のダイスを使用する場合、金属線材は、ダイス及び潤滑液に対して電気的に浮いている形となっている(電気的につながっていない)。また、ダイス、及び潤滑液は、電気的に接地もされていない。金属線、ダイス、及び潤滑液の相対的な電位は、特に制御の必要性がないとされていたことから、これまでは制御されないで伸線されていた。
【0012】
ところで、特許文献2は、張力制御型ノンストリップ型伸線機ではないが、ダイスから潤滑剤中の電極を介して被伸線材に電圧を印加しているが、前記電圧の印加は、潤滑剤が粉末状(固体)であることを前提として、該潤滑剤を被伸線材に付着する付着量を増加させるという効果を得るためのものである。
【0013】
金属線材に伸線方向と反対方向にも張力(背面張力)が与えられる張力制御型ノンスリップ型伸線機を用いた引き抜き加工は利点が多いが、金属線材の材質によっては金属粉がダイス孔部に蓄積し、断線が頻発することがあった。これは、背面張力の印加によって、ダイスに進入する金属線材の直進性が良く、ばたつきが小さいため、削られた金属粉がダイス孔と金属線材との間に滞留しやすいためと考えられる。
【0014】
上述のように、張力制御型ノンスリップ型伸線機の場合には、上記の問題が顕著に現れるものであるが、張力制御型ノンスリップ型伸線機以外の従来のノンスリップ型伸線機やそれ以外の型の伸線装置や伸線方法においても同様の問題を有するものである。特に、ダイス通過後の金属線材の線径が100μm以下の強度が小さい細線の伸線工程において問題が顕著である。
【0015】
本発明は、上記伸線装置の問題点を解決し、断線の発生を低減し、平滑で清浄な表面を有する金属線を製造する伸線装置、及び伸線方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明は、上記従来技術の問題を解決するために鋭意検討した結果、以下の構成を要旨とする。
【0017】
本発明の請求項1に係る伸線装置は、金属線材を潤滑液に浸漬させる浸漬手段と、前記潤滑液に浸漬した前記金属線材を1つ以上の伸線ダイスに通して走行させる走行手段とを有する伸線装置であって、更に、前記伸線ダイス又は前記潤滑液と、前記金属線材との間のバイアス電圧を制御する電圧制御手段を有することを特徴とする。
【0018】
本発明の請求項2に係る伸線装置は、前記電圧制御手段が、前記金属線材を接地する接地手段を有することを特徴とする。
【0019】
本発明の請求項3に係る伸線装置は、前記バイアス電圧が、-100V以上+100V以下であることを特徴とする。
【0020】
本発明の請求項4に係る発明は、前記バイアス電圧が、-1.5V以上+1.5V以下であることを特徴とする。
【0021】
本発明の請求項5に係る伸線装置は、前記電圧制御手段が、前記伸線ダイス又は前記潤滑液に対して、前記金属線材を負側に制御することを特徴とすることを特徴とする。
【0022】
本発明の請求項6に係る伸線装置は、前記走行手段は回転駆動キャプスタンを有し、該回転駆動キャプスタンの周速と、該回転駆動キャプスタンと接する前記金属線材の走行速度とを一致させる速度制御手段と、前記進入部における前記金属線材の進行方向と反対向きの線張力を制御する張力制御手段とを有することを特徴とする。
【0023】
本発明の請求項7に係る伸線装置は、金属線材を潤滑液に浸漬する浸漬工程と、前記潤滑液に浸漬した前記金属線材を1つ以上の伸線ダイスに通して走行させる走行工程とを有する伸線方法であって、前記伸線ダイス又は前記潤滑液と、前記金属線材との間のバイアス電圧を制御しながら伸線することを特徴とする。
【0024】
本発明の請求項8に係る伸線方法は、前記走行工程は、回転駆動キャプスタンで前記金属線材を走行させ、前記回転駆動キャプスタンの周速と、前記回転駆動キャプスタンと接する前記金属線材の走行速度を一致するように制御し、かつ、前記バイアス電圧を制御しながら伸線することを特徴とする。
【発明の効果】
【0025】
本発明は、以上のように構成することにより、金属線材表面の金属粉がダイス孔から速やかに排出されるので、ダイスのリダクション部、ベアリング部への金属粉の巻き込みが抑制され、ダイスと金属線材との間に生じる摩擦力が低下し、金属線材の引抜力を低く出来る。この作用によって、本発明では、断線の発生を低減し、平滑で清浄な表面を有する金属線を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】本発明を説明するためのノンスリップ型伸線機の概略を示す図
【図2】ダイスと金属線材の関係を表す模式図
【図3】金属線材の電位を制御する機構の変形例(1)を示す図
【図4】金属線材の電位を制御する機構の変形例(2)を示す図
【図5】金属線材の電位を制御する機構の変形例(3)を示す図
【図6】ダイスの中心をなす孔部を構成する部材の孔部断面図
【図7】実施例で使用したノンスリップ型伸線機の一伸線ユニット
【図8】実施例で使用したノンスリップ型伸線機の最終ダイス部と引抜力測定部
【図9】実施例1で生じた金線断線部の走査型電子顕微鏡像
【図10】実施例3で使用したダイヤモンドダイスのリダクション部の走査型電子顕微鏡像
【発明を実施するための形態】
【0027】
本発明の効果が顕著に発現する張力制御型ノンスリップ型伸線機の例を用いながら、発明について説明する。
【0028】
図1は、伸線装置としての張力制御型ノンスリップ型伸線機(以下、「伸線機」ともいう。)1の概略構成である。この図は、本実施形態を説明するために必要な主要構成を示したものであって、潤滑液の循環機構や断線検出機構等は省略されている。また、図1では、繰出ユニット10、伸線ユニット20、巻取ユニット30が順に一直線状に並んでいる。伸線ユニット20には、ダイス60が1枚設けられている。また、本実施形態に係る伸線機1は、伸線ユニット20が2個設けられており、繰出スプール40から繰出された被加工金属線材である被伸線の金属線材50を2枚の伸線ダイス(以下、「ダイス」という。)60で引抜き、減面させ、巻取スプール70で巻取る連続伸線機を示したものである。ダイス60は、上記した通り、後述するダイスチップと、当該ダイスチップと一体となったダイスケースとで構成される。
【0029】
繰出ユニット10は、伸線機1の最上流側に設けられ、伸線前の金属線材50を、下流側に設けられた伸線ユニット20に繰出スプール40から繰出すように構成されている。巻取ユニット30は、伸線機1の最下流側に設けられ、上流側に設けられた伸線ユニット20から送り出される伸線後の金線を巻取スプール70で巻き取るように構成されている。
【0030】
伸線ユニット20は、走行手段とダイス60とが図示しない本体に設けられており、当該走行手段により金属線材50をダイス60に通過させ得るように構成されている。走行手段は、ガイドプーリ120A、回転駆動キャプスタン80、ダンサプーリ120B、入側ガイドプーリ120C、ダンサーアーム90を有する。また、伸線ユニット20には、張力手段としての張力コントローラー100が設けられている。これにより、伸線ユニット20は、繰出ユニット10から繰出された金属線材50に対し伸線処理を行い得るように構成されている。
【0031】
金属線材50は、伸線ユニット20において、上流側から、ガイドプーリ120A、回転駆動キャプスタン80、ダンサプーリ120B、入側ガイドプーリ120Cへと順に掛架され、進入部からダイス60に通されている。回転駆動キャプスタン80は、回転駆動することにより、上流側から金属線材50を受取って下流側へ送り出すように構成されている。
【0032】
ダイス60は、入側ガイドプーリ120Cと、ダイス60の下流側の伸線ユニットのガイドプーリ120Aとの間に設けられている。このダイス60には金属線材50が通過するダイス孔(本図には図示しない)が設けられている。金属線材50は、ダイス60の下流側の伸線ユニットの回転駆動キャプスタン80の駆動により引き抜かれる。このようにして金属線材50は、ダイスを通過することにより、伸線される。張力コントローラー100は進入部における金属線材50の進行方向と反対向きの線張力を制御し得るように構成されている。
【0033】
張力制御型ノンスリップ型伸線機1は、金属線材50と回転駆動キャプスタン80を滑らせないで伸線する伸線機であって、流れる金属線材50の速さ(金属線材50の走行速度)と円筒型の回転駆動キャプスタン80の周速を一致させる速度制御手段(図示しない)を有する。速度制御手段は、プーリー付きダンサーアーム90を付した張力コントローラー100で、ダイス背面の張力(バックテンション)が一定になるようにして、ダンサーアームの角度変位をフィードバックすることにより、回転駆動キャプスタン80の回転速度を制御するように構成されている。本図中の矢印110は回転駆動キャプスタン80の回転方向を示す。各回転駆動キャプスタン80は、各伸線ユニット20の伸線状況に応じて、リアルタイムで独立に駆動する。プーリ120は、金属線材50のガイドとして使用され、その数は、装置の形態により、必要に応じて増減される。
【0034】
因みに、張力制御型ノンスリップ型伸線機では、回転駆動キャプスタンと金属線材とを滑らせないように駆動する必要があり、その為には一定以上の摩擦力が必要である。したがって、一般的なスリップ型伸線機と異なり、回転駆動キャプスタンは潤滑液(本図には図示しない)に浸漬されていない場合が多い。また、回転駆動キャプスタンにウレタンライナー等が施されている場合もある。伸線部分に潤滑液が必要な場合は、ダイスの部分のみが浸漬されるか、ダイスに入る手前で、金属線材(進入部)に潤滑液をかけるように構成されている。上記した従来の張力制御型ノンスリップ型伸線機では、金属線材、潤滑液、及びダイスは、それぞれ、絶縁された状態となる(電気的につながっていない)。
【0035】
これに対し、本実施形態の伸線機1は、図2に示したように、金属線材50と、潤滑液240又はダイス60との間のバイアス電圧を制御する電圧制御手段を備えているのが特徴である。前記電圧制御手段の一つは、金属線材50を接地手段により接地し、潤滑液240とダイス60に正又は負の電圧を印加する構成である。金属線材50は、地球電位と電気的に接続される。潤滑液240とダイス60は、電位制御用リード線230によってバイアス電圧を印加する電源と電気的に接続される。
【0036】
金属線材50は、金属線材50を貯線、あるいは繰出す繰出スプール40(ボビン)を電気導体にすることにより、当該繰出スプール40を通じて電気的に接続され得る。また、金属線材50は、導電性プーリーを新たに設けて、該導電性プーリーを介する形式でも電気的接続が可能である。また、金属線材50は、回転駆動キャプスタン80を導電性とすることにより、該回転駆動キャプスタン80を介する形式でも電気的接続が可能である。また、金属線材50は、平滑な導電性のすり板と金属線材50と接触させ、摺動させる機構でも電気的接続が可能である。このようにして、金属線材50は、繰出スプール40、導電性プーリー、又は回転駆動キャプスタン80を介して電気的に接続され得る。具体的な形態例は後述する。
【0037】
電圧を印加する以外の部分で金属線材50と接触する部分は、電流回路の形成を防止して、本発明の効果を効率的に得るために、電気的に絶縁されていることが望ましい。回転駆動キャプスタン80を介して上記電圧を印加する場合には、回転駆動キャプスタン80を駆動するモーター軸と回転駆動キャプスタン80との間で電気的に絶縁する機構を設けることが望ましい。
【0038】
上記と逆に、潤滑液240とダイス60とを接地する接地手段を有すると共に、金属線材50に正又は負のバイアス電圧を印加するように構成しても良い。
【0039】
すなわち、本実施形態の伸線機1は、金属線材50の電位を地球電位、周囲の環境電位に対して制御できる機構を設けていれば良い。
【0040】
因みに、上述した背面張力を制御する型の張力制御型ノンスリップ型伸線機の場合、現在市販されているノンスリップ型伸線機では、ダイスを押えるダイスホルダーと金属線材は、どちらも電気的に接地されていない。
【0041】
これに対し、本実施形態に係る伸線機1は、上述のように、前記ダイスホルダー又は金属線材50のいずれかを接地するか、又は、ダイス60若しくは潤滑液240と、金属線材50との間にバイアス電圧を印加する機構を有するものである。
【0042】
以下に、ダイス60の詳細、及び、電気的な接続方法の例について述べる。
【0043】
図2は、ダイス60と金属線材50の関係を表す模式図である。ダイスチップ210は、中心にダイス孔が形成されており、ダイヤモンド、セラミックス、超硬合金等の様々な高硬度の素材で構成されている。ダイス60は、ダイスホルダー250によって浸漬手段としての潤滑液槽260に固定されている。潤滑液槽260には、前記潤滑液240が収容されている。
【0044】
例えば、ダイスホルダー250は、ダイス押え用板ばね250Aと、ダイス高さ調整用金具250Bと、ダイス押え用垂直壁金具250Cとを有し、金属線材50に対してダイス60を垂直に保持する。ダイス押え用板ばね250Aは、一端が潤滑液槽260の底部に固定され、他端がダイス60をダイス押え用垂直壁金具250Cに押し付ける。潤滑液槽260は、ダイス押え用垂直壁金具250Cと一体をなし、潤滑液240を金属線50のダイス進入部の高さまで水位を保持するために設けられる。
【0045】
ダイス60は、電位制御用リード線230により電気的に接続される。また、当該電位制御用リード線230の代わりに、図示しないバスバーを用いても良い。本実施形態において電位制御用リード線230は、電圧制御手段及び接地手段となり得る、すなわち、電位制御用リード線230は、一端がダイス60に電気的に接続されていると共に、他端がバイアス電圧を印加する電源、又はアースに電気的に接続され得る。
【0046】
本実施形態に係る潤滑液240への電気的な接続は、潤滑液240と直接接するダイスホルダー250、又は潤滑液槽260を介して行なう形態を取る。また、潤滑液槽260に電極を設ける形態として、潤滑液240に電気的接続をしても良い。
【0047】
本発明では、ダイス60及び潤滑液240は、電気的に接地されていた方が、ダイス60への線通し(線がけ)作業を行う際の作業者の安全上、より望ましい。勿論、伸線機1にインターロック機構を設け、人が触れない伸線時にのみ電圧が引加させるような機構を設ければその限りではない。
【0048】
図3は、図2のダイスチップ210の断面部分を拡大した図であり、典型的なダイス孔の形態である。ダイス孔はその中心軸に対して多段の角度を有してラッパ状に開いており、入線側から順にエントランス610、アプローチ620、リダクション630、ベアリング640、バックリーフ650、エクジット660と呼ばれる部位からなる。ダイヤモンド製のダイスチップ210の場合、それぞれの前記部位の中心軸に対する典型的な角度は、エントランス610では40〜90°、アプローチ620では15〜40°、リダクション630では7〜24°、ベアリング640では0°、バックリーフ650では-10〜-40°、エクジット660では-50〜-90°である。また、それぞれの前記部位の境界は丸みを付けているのが一般的である。但し、必ずしも上記のような構成になっていなくても、本発明の効果を得ることができる。
【0049】
金属線材50と接するのは、通常、リダクション630とベアリング640の部分であり、これらの部分で金属線材50が減面される。したがって、ダイス摩耗が生じるのはこれらの部分である。
【0050】
潤滑液240は、通常、リダクション630まで満たされている。しかしながら、ダイスチップ210と金属線材50の摩擦によって金属粉が発生したり、前の工程や前の伸線ユニットのダイス60から、金属線材50に巻き込まれた金属粉が潤滑液240に持ち込まれる。これらの金属粉が滞留すると、潤滑液240が減面部(例えば、リダクション630まで)まで満たされなくなり、摩擦力が増加し、健全な引抜加工が出来なくなる。場合によっては、引き抜き抵抗の増加による断線の原因となる。この現象は、入線時の伸線のばたつきが小さい、背面張力を制御できる伸線機(張力制御型ノンスリップ型伸線機)で生じ易い。また、前記現象は、伸線される金属線材50が金やニッケルのような軟質材で生じやすい。滞留した金属粉が金属線材50の表面とダイス孔の間に噛み込んだ場合、該金属線材50の金属表面性状を悪化させる。この問題は、金属線材50が炭素鋼、ステンレス鋼、パラジウム等の比較的硬質材で顕著となる。
【0051】
これら上記の問題を抑制させるために、本実施形態に係る伸線機1は、ダイス60又は潤滑液240と、金属線材50との間のバイアス電圧を制御する電圧制御手段が設けられている。
【0052】
一般的に、金属線材とダイスとの摩擦によって生じる金属粉は、微細であり帯電する。したがって、本実施形態では、金属粉の電位に対して反対の電位を金属線材50に与えることによって、該金属粉が、金属線材50から離脱し、ダイス外部に出ることを促進するように構成されている。このようにして伸線機1は、金属粉のダイス60への詰まりを防止することができる。
【0053】
前記金属粉が正負のどちらの極に帯電するかは、該金属粉の表面に吸着するイオン、すなわち潤滑液240の電解質成分やpH(酸性又は塩基性の度合い)で異なる。従って、前記のように印加するバイアス電圧の極も正負の両方の場合があり、該極は、前記金属粉の帯電極に合わせて、金属粉が金属線材50から離脱するような極にするのが望ましい。また、ダイス60通過後の金属線材50の線径が20μm程度の極細線である場合には、絶対値で0.5V(|±0.5|V)の小さな電圧(-0.5V以上+0.5V以下の電圧)を電源(図示しない)から印加することにより、本発明の効果が顕著に認められる。連続伸線機のような引抜加工機の場合、濡れ手で線がけする作業があることから、安全上、絶対値で100V以下(-100V以上+100V以下の電圧)の電圧であることが望ましい。勿論、安全上の十分なインターロックが施されるならば、この限りではない。金属線材50に電圧を印加して特定のバイアス電圧を保つという点を考慮すると、ダイスチップ210は、ダイヤモンドのような絶縁体により構成することが好ましい。尚、上記バイアス電圧に関し、ダイス60と金属線材50とをつないだ回路とした場合には、導体でつながった回路内にダイヤモンドのような絶縁体により構成されたダイスチップ210を介して回路が構成されているので、電源電圧がダイス60と金属線材50との間のバイアス電圧とみなすことができる。潤滑液240と金属線材50とをつないだ回路とした場合には、導体でつながった回路内に電気抵抗が高く絶縁体に近い潤滑液240を介して回路が構成されているので、電源電圧が潤滑液240と金属線材50との間のバイアス電圧とみなすことができる。
【0054】
上記で述べた張力制御型ノンスリップ型伸線機1では、金属線材50のバイアス電圧を制御しない場合、潤滑液240等の周囲環境によって、伸線時の金属粉が詰まりやすい環境になる場合がある。この場合、金属線材50を電気的に接地するだけで、金属粉の詰まりを抑制できる効果が得られる。
【0055】
本実施形態の伸線方法は、上述の伸線機1を用いて、以下のように伸線する。
【0056】
金属線材50を潤滑液(伸線液)240に浸漬する浸漬工程と、該金属線材50をダイス60に通して走行させ、前記金属線材50に対し引抜加工(減面加工)する走行工程とを有して、少なくとも前記走行工程を繰り返して連続伸線する。即ち、前記走行工程を複数回行うものである。更に、前記走行工程において、前記ダイス60又は前記潤滑液240と、前記金属線材50との間のバイアス電圧を制御しながら引抜加工する(伸線する)。
【0057】
上述のバイアス電圧は、伸線機1の停止中から印加しても良い。また、該バイアス電圧は、伸線時のみ印加しても良い。また、該バイアス電圧の印加に関し、伸線速度に応じて、電圧を可変して印加する機構としても良い。ダイス60が電気伝導体(導体)の場合、該ダイス60を介して電流が流れ、ジュール熱を発生する場合があるため、停止時のダイス60近傍での局所的な加熱を避ける点から、伸線速度に応じて電圧を可変して印加する機構を有していることが望ましい。
【0058】
また、金属線材50を潤滑液240に浸漬する浸漬工程と、該金属線材50をダイス60に通して走行させ、前記金属線材50に対し引抜加工(減面加工)する走行工程において、該金属線材50を回転駆動キャプスタン80で走行させ、少なくとも前記走行工程を繰り返して連続伸線する方法であってもよい。更に、伸線機1は前記回転駆動キャプスタン80の周速と、前記回転駆動キャプスタン80と接する前記金属線材50の走行速度を一致するように制御する。これによって、ダイス60に進入する線のばたつきを小さくすることができ、極細線の高速伸線が可能になる。更に、前記走行工程において、前記ダイス60又は前記潤滑液240と、前記金属線材50との間のバイアス電圧を制御しながら引抜加工する(伸線する)。
【0059】
(変形例)
本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨の範囲内で適宜変更することが可能である。たとえば、上記実施形態では、繰出ユニット10、伸線ユニット20、巻取ユニット30が順に一直線状に並んでいる場合について説明したが、本発明は、これに限られない。
【0060】
また、金属線材50にバイアス電圧を印加する方法、あるいはアースを取る手法として、例えば図4〜図6のような方法が挙げられる。
【0061】
図4は、通電シュー310上を、金属線材50をすべらせながらバイアス電圧を印加して制御する方式である。通電シュー310と金属線材50との接触面は、金属線材50の表面の傷を防止するために、平滑で、摩耗を防止するため硬質であるのが好ましい。
【0062】
図5は、自由に回転する導電性プーリーを介して、バイアス電圧を印加して制御する方法である。導電性プーリー410とリード線230は、電気的に接続されている。よって、例えば、該プーリーの材質は、金属や金属めっきされた材質で導電性を有するものである。また、使用するベアリングも電気的接触を良くするために、金属のような導電体とする。更に該ペアリング部は、オイルレス、もしくは導電性グリスを使用するのが望ましい。
【0063】
図6は、回転駆動キャプスタン80にバイアス電圧を印加して制御する機構を設けたものである。張力制御型ノンスリップ伸線機1では、金属線材50と回転駆動キャプスタン80の摩擦力を大きくするために接触長を長く取る必要がある。振り分けプーリー510は、回転駆動キャプスタン80に金属線材50を複数回巻きつけた時に金属線材50が重ならないように整列するよう振り分けるためのプーリー(ローラー)である。このように、回転駆動キャプスタン80と金属線材50は十分な接触を取っていることから、回転駆動キャプスタン80に導電性のあるものを使用し、図のようにリード線230に接続した板ばね520を回転駆動キャプスタン80に接触させることにより、十分な電気的接続を得ることができる。したがって、比較的高い電圧を印加する場合に有効である。板ばね520と回転駆動キャプスタン80との接触部は、図6では円筒面で有るが、導通のある部位で有れば、回転駆動キャプスタン80のどの場所でも良い。また、板ばね520の代わりに電気ブラシを利用しても良い。リード線側をアースに取るのでなければ、通常アースが取られるモーター軸と回転駆動キャプスタン80とは絶縁する。図6のように振り分けプーリー510を使用する場合は、振り分けプーリー510を導電性のある材料とし、図5の導電性プーリーを用いてバイアス電圧を印加して制御する機構としてもよい。
【0064】
上記は、代表的な例を示したものであり、例示したような方法以外にも金属線材50と導通を取ることができれば、上記の方法に限定されるものではない。金属を巻きつけるスプールが導電性のものであれば、スプールから図6のようにして導通と取ることも可能である。また、金属線材50の導通を取る個所は、伸線ライン上のどこでもよく、複数個所取ってもよい。
【0065】
スリップ型伸線機の場合、通常潤滑液槽内に回転駆動キャプスタンが入っており、これらにアースを取ることが通常であるから、金属線材のバイアス電圧を制御する方法としては、図4、図5、あるいはスプール材質が導電性のものに限定されるが、スプールを通じで導通を取る方法が取られる。
【0066】
上記実施形態では、張力制御型ノンスリップ型伸線機の場合について説明したが本発明はこれに限らず、スリップ型伸線機にも適用することができる。スリップ型伸線機の場合、回転駆動キャプスタンが潤滑液に浸漬しているので、潤滑液槽にアースが取られていることが通常であるから、金属線材側にバイアス電圧を印加することになる。
【0067】
また、伸線機は伸線ユニットが2個設けられている場合について説明したが本発明はこれに限らず、伸線ユニットを3個以上繰り返し並べることによって、ダイス枚数を増やすことが可能である。
【実施例】
【0068】
本発明を、以下の実施例で説明する。
(実施例1)
本実施例では、半導体実装用金線の伸線を行なった。金属線材50の素材は、99.999mass%の原料金に20mass ppmのカルシウムを添加した99.99 mass%の金合金線である。始めに原料金とカルシウムを、ゾーンメルト炉で溶解、凝固させ、直径6mm、長さ150mmのインゴットを製造した。その後、溝型圧延機で直径1.5mm程度にまで減面した。その後、単結晶ダイヤモンド製のダイスチップ210を含むダイス60を使用して、36.2μmまで伸線した。前記伸線は通常のスリップ型伸線機を使用し、平均各回減面率は8%で行なった。線径100μm以下の領域で金属線材の走行速度は300m/min.である。
【0069】
その後、極細線用ノンスリップ伸線機を使用して、22.7μmまでの伸線を試みた。伸線は、エフ・エー電子製の張力制御型のノンスリップ型伸線機(型式D3FLT)を使用した。
【0070】
前記ノンスリップ型伸線機1は、伸線ユニットが連続して9個設けられており、9枚までのダイス60を設置可能な連続伸線機である。伸線ユニットは、各々のダイス60の後方にダンサーを呼ばれる変位検出部を有し、検出した変位情報を、独立して駆動する金属線材50を送る回転駆動キャプスタン80の回転速度にリアルタイムでフィードバックする方式を取っている。回転駆動キャプスタン80と金属線材50がスリップしないことから、従来のスリップ型の伸線機におけるスリップ率の変動による線張力の不安定性が排除され、高速の連続伸線を可能にしている。また、ダンサーによってダイス60に入線する金属線材50の張力(背面張力)を制御することができるため、ダイス60に入線する金属線材50の振動を小さくすることが出来る。
【0071】
図7は、前記ノンスリップ型伸線機1の一部であり、9つの伸線ユニットの第5ユニットである。金属線材50は、本図の矢印270に示す方向に流動され、回転駆動キャプスタン80、プーリー付ダンサー90を通ってダイス60に入線する。回転駆動キャプスタン80はアルミニウム製であるが、スリップしないよう周部にウレタンライナーが施されている。更に、スリップ防止のため、回転駆動キャプスタン80と振り分けローラー510に3周金属線材50を巻いた後、金属線材50を送り出す。振り分けローラー510は、金属線材50を多重に巻いた時、回転駆動キャプスタン80周上で金属線材50が重ならないようにするためのテーパーのついたローラーである。
【0072】
ダイス60は、天然単結晶ダイヤモンド製のダイスチップ210を使用し、ステンレス製ダイスケースにマウントされている。
【0073】
金属線材50は、第5ダイスへの入線時の線径が、第4ダイスの孔径にほぼ等しく、29.0μmである。孔径27.7μmの第5ダイスを通すことによって、金属線材50は断面積で約8.8%減面される。ダンサーによって、金属線材50の張力は一定に制御されるため、ダイス60後方の張力(背面張力)は一定に制御される。各々のダイス60へ入線する金属線材50の背面張力fb(mN)は、ダイス60の孔径によってfb=10×(D/20)2の式に従って設定した。ここで、Dはダイス孔の直径(μm)である。したがって、第5ダイス前の設定背面張力は、19mNである。
【0074】
ダイス60は、ステンレス製ダイスホルダー250で固定され、ダイス入線側に設けた潤滑液槽に潤滑液240が一時的に貯蔵され、潤滑される。潤滑液槽は、小さな空間であるが、ニードルバルブ710を通じて、一定の流量でフィルターを通った潤滑液240が供給され、潤滑液槽260からあふれた潤滑液240が潤滑液回収トレー720に設けられた回収孔730を通じて回収され、循環される循環ラインを有する構造となっている。
【0075】
第1ダイスから第8ダイスまでは、同じ伸線ユニットが繰り返されている。最終ダイスである第9ダイスが設けられた伸線ユニットのみ、駆動原理は同じであるが、構造が異なっている。図8に第9ダイスが設けられた伸線ユニットと引抜力測定部の構成図を示す。前記伸線ユニットは金属線材50の進入部にノズル810から潤滑液240を噴射して、金属線材50を潤滑液240に浸漬する構造になっている。潤滑液240の循環ラインは、他の伸線ユニットのものと同一である。
【0076】
本実施例において、第9ダイス、第8ダイスのダイス径は、22.7μm、23.5μmである。したがって、第9ダイスにおける減面率は6.7%、第9ダイスの背面張力は、13mNである。
【0077】
第9ダイスを出た後、ロードセル820に接続されたプーリー830にかかる荷重を測定することによって、第9ダイスで金属線材50を引き抜くための引抜力を測定することができる。
【0078】
本伸線機1では、繰り出しから巻き取りまでの回転駆動キャプスタン80を含む10個のモーター(図示しない)は、外筒と、当該外筒にベアリングを介して軸支された駆動軸とを有し、前記外筒が電気的に接地されている。しかし、駆動軸は、ベアリングを介してアースと電気的に接続されているが、ブラシ等を用いて積極的にアース(接地)されているわけではない。そのため、駆動軸は、アースに対する電気抵抗が高く、電気的に十分接地されている状態とはいえいない。更に、繰り出し、巻き取りのためのスプールは、アルマイト加工されており、回転駆動キャプスタン80はウレタンライナー加工されているため、金属線材50とモーターの駆動軸とは完全に絶縁されている。また、途中のダンサプーリを含む全てのプーリは、非導電性のプラスチック製である。ダイスホルダーはステンレス製であるが、第1ダイスから、第9ダイスまで電気的に接地されていない。また、ダイス60は、ダイヤモンド製であることから、金属線材50は、アースから電気的に完全に絶縁された状態にある(接地されていない)。
【0079】
上記の構成を有する連続伸線機1を使用して、金属線材50の伸線を行なった。等速運転時の伸線速さ(伸線の走行速度)は、800m/min。加減速の加速度は、2000m/(min)2とした。潤滑液240は市販のポリオキシエチレンアルキルエーテルを主成分とした非イオン性界面活性剤をイオン交換水で0.0002mass%に希釈したものを使用した。
【0080】
しかし、上記条件で伸線を行った結果、伸線量が1000mに達する前に断線する現象が繰り返し生じた。断線箇所は、ダイス部であり、9つのダイスにランダムに起こった。断線部をSEM(Scanning Electron Microscope; 走査型電子顕微鏡)で観察したところ、図9に示すように、断線部のダイス入り口側の金属線材先端にコーン状の金属粉910が詰まっていることが観察された。この部分を拡大するとこの金属粉は、直径が1μm以下、長さが数μmから数十μmの繊維状の金属粉体の集合体であり、EDS(エネルギー分散型X線分光分析法)で分析した結果、ほぼ100%の金であることがわかった。コーンが破断部先端にあること、コーンの角度がダイス60のリダクション角とほぼ一致することから、金線表面からカンナ屑状に削れた金属粉がリダクション部に滞留し、摩擦力が大きくなった結果、線を引き抜く力が大きくなり、金線が耐えられなくなり、断線に至ったものと断定された。
【0081】
上記現象は、インゴットロット、ダイスロットによって発生しない場合もあったが、特定の頻度で再現よく起こり、工業的には歩留まり低下や生産性低下という問題を引き起こすものであった。
【0082】
次に、上記伸線機1の電気系統に変更を施した。第一に、繰出スプール及び巻取スプールを本体に軸支する軸に金属ブラシを接触させ、当該金属ブラシを接地した。金線を巻き取る巻取スプールをアルミニウム製とした。このことによって、金属線材は電気的に接地された。このように構成した伸線機1を使用して、同様な試験を実施した。
【0083】
その結果、前述の伸線に比べて、等速伸線中は安定して伸線ができるようになった。減速して停止直前、あるいは停止直後に断線することは稀に生じたが、前述の伸線に比べて頻度は極めて少なく、等速伸線中は断線することは全く無かった。稀に生じた断線部の金線性状は、電気的な接地機構を有しない伸線機で伸線した場合(上述の伸線)と同じであった。すなわち、金属粉詰まりは僅かに発生したが、軽微になっている。停止直前、あるいは停止中に断線する理由は、動摩擦係数が静止摩擦係数より大きいためと考えられる。
【0084】
以上説明したように、本実施例で使用した金属線材の伸線において、金属線材を電気的に接地する機構が設けられていない伸線機を使用した場合、金属粉の詰まりが頻発し、工業的には歩留まりが低く、生産性の低いものであったが、本実施例である、金属線材を電気的に接地する機構が設けられている伸線機1を使用した場合、停止直前の断線は稀に認められたが、伸線中の停止は無く工業的に歩留まりが著しく向上し、生産性が極めて向上することが確認できた。
(実施例2)
次に、実施例1で示したノンスリップ型伸線機の電気構成を変更し、バイアス電圧を制御した場合の影響を調べた。
【0085】
まず、巻き取り軸のアースを非接続とし、金線を巻き取るスプールをアルマイトコーティングしたものに変更し、アースから絶縁させた。次に、繰り出された金属線材に曲率40mmの外周を鏡面研磨したアルミニウム円筒の外周を接触させ、定電圧直流電源に接続した。ついで、9つのダイスを押えているステンレス製ダイスホルダーを全て接地した。ダイスホルダーは、ダイスと接触しているため、定電圧直流電源から電圧を加えることによって、金属線材はダイスに対してバイアス電圧が印加できるように構成されている。
【0086】
前記構成の連続伸線機を使用して、金属線材の伸線を行なった。バイアス電圧を印加した以外の伸線条件は、実施例1と同じ条件で行なった。また、第9ダイスを通じて引き抜くための引抜力の測定を実施した。表1にその結果をまとめたものを示す。断線の評価は、10000mの伸線中、及び減速停止時を通して断線しなかった場合を◎、10000mの伸線中には断線しなかったが、停止時に断線が認められた場合を○、伸線中に断線が生じた場合を×とした。
【0087】
【表1】

【0088】
表1に示したように、ダイスに対する金属線材のバイアス電圧を制御した伸線機を使用した場合は、伸線中には断線が認められず、安定した伸線が可能であった。バイアス電圧を0V又はプラス側に取った場合は、停止直前、あるいは停止した後、稀に断線が見られ、図9に示したような金属粉詰まりが認められた。しかし、実施例1で示した金属線材の電位を制御する機構の無い伸線機を使用して伸線した場合に比較して、断線する頻度が格段に少なく、大きく改善することがわかった。
【0089】
更に、本実施例の条件では、ダイスに対する金属線材の電位をマイナス(負)にした場合において、金属粉詰まりによる断線が全く見られなくなり、より大きな効果が得られた。
【0090】
第9ダイスを通過させるための引抜力は、-0.1Vのバイアス電圧で低下が見られ始め、更に-1.0Vまでバイアス電圧が絶対値で大きくなるに従って、小さくなった。本実施例で使用した伸線機では、金属線材の背面張力が制御でき、第9ダイス後方への張力は、13mNである。したがって、金属線材と接触しているダイスチップのリダクション、ベアリングの面からの力は、引抜力から背面張力を引いた値になる。引抜力の低下は、金属線材とダイスの摩擦力の減少を意味し、これは金属粉がリダクションから速やかに排出され、潤滑が良くなる作用と、接触面積の減少、金属粉のベアリングへの食い込みが減少する作用によるものである。
(実施例3)
次に、金線より硬質なステンレス鋼線の伸線試験を実施し、ダイス摩耗と表面性状に対するバイアス電圧を制御した伸線機の有用性を検証した。
【0091】
伸線する金属線材は、線径37.4μmのSUS304製の線材であり、25.0μmまでの伸線を試みた。伸線は、実施例1と同じエフ・エー電子製の張力制御型のノンスリップ伸線機(型式D3FLT)を使用した。ダイスチップは、人造単結晶ダイヤモンド製であり、ステンレスケース内にマウントされている。ダイス摩耗を比較するため、ダイス孔の中心線の直交面を〈111〉に揃えたものを使用した。
【0092】
各々のダイスへ入線する金属線材の背面張力fb(mN)は、ダイスの孔径によってfb=20×(D/20)2の式に従って設定した。ここで、Dはダイス孔の直径(μm)である。ただし、上限は50mNとし、背面張力がこれを超える場合は、50mNとした。
【0093】
本実施例において、9個のダイスの内、第9ダイス、第8ダイスのダイス径は、25.0μm、26.3μmである。したがって、第9ダイスにおける減面率は9.7%、第9ダイスの背面張力は、31mNである。
【0094】
金属線材とダイスのバイアス電圧が調整できない現行の連続伸線機を使用して、ステンレス鋼線の伸線を行なった。等速運転時の伸線速さ(金属線材の走行速度)は、1000m/min.で、加減速の加速度は、2000m/(min.)2とした。潤滑液は、両性界面活性剤を9%、アニオン系界面活性剤3%、還元剤22%、消泡剤1%、メタノール22%を含有し、残部(溶媒)が水である(水溶液)市販の潤滑液を、イオン交換水で0.3%に希釈したものを使用した。
【0095】
金線と異なり、伸線中、停止時の断線は発生せず、安定的な伸線が可能であった。ステンレスは金に比較して硬質であるため、金属粉の変形によるダイスチップのリダクションにおける物理的堆積が起こり難いためと考えられる。等速運転時の第9ダイスの引抜力は、平均引抜力が145mNであり、背面張力を引いて求められるダイス摩擦を含むステンレス鋼線とダイスに作用する力は114mNであった。
【0096】
試験した範囲で断線は生じなかったが、伸線巻取り量が30000mを超えたところから金属線材の表面性状が悪くなり、伸線された線の表面をSEMで観察したところ、表面に伸線方向に沿って疵が入っていることがわかった。
【0097】
図10は、ステンレス鋼線の総引抜長さが69250mの時の入線側から見たダイスリダクション部のSEM写真である。典型的なダイス摩耗であるリング摩耗1030に加え、リダクション部が著しく摩耗していることが観察された。ステンレス鋼線表面に観察された疵は、リダクション、及びベアリングが摩耗して生じたダイスマークである。これは、生じた鉄粉が速やかにダイスの外に排出されず、ベアリングへ硬質な鉄粉の食い込みが頻繁に起きたためと考えられる。
【0098】
次に、第1ダイスの手前のプーリーの一つを、導電性を有するプーリーに変更し、定電圧直流電源に接続した。ついで、9つのダイスを押えているステンレス製ダイスホルダーを全て接地し、金属線材にバイアス電圧を印加できる機構を伸線機に施した。
【0099】
前記伸線機を使用して、導電性プーリーを介してステンレス鋼線に-1.5Vの電圧を印加し、同じ条件で伸線を行なった。同じ条件での最終ダイスの引抜力は133mNであり、金属線材の背面張力を引いて求められるダイス摩擦を含むステンレス鋼線とダイスに作用する力は102mNと、ステンレス鋼線の電位を制御していない場合に比較して約10%減少した。これは、鉄粉が、ダイスの外に速やかに排出され、リダクションへの鉄粉の付着、これによる潤滑液周りの悪化、及び、ベアリング部へ鉄粉の食い込みによる摩擦力の上昇が抑制されたためである。
【0100】
引抜量100000mを超えてもステンレス鋼線に大きな疵は殆ど生じず、入線側からダイスを観察しても僅かなリング摩耗は認められたが、リダクション、ベアリングの孔は真円に保たれていた。
【0101】
すなわち、ステンレス鋼線のバイアス電圧を制御した伸線機では、金属線材を伸線する時のダイス孔近傍での金属粉の滞留を抑制し、引抜抵抗増加、断線、金属線の表面疵を抑制し、またダイス摩耗の低減に有用であることがわかった。
【0102】
同様な実験を同じ線径のパラジウム線で実施した。線速が300m/min.である以外は同じ条件で実施したところ、ダイス摩耗がステンレス鋼線の1/10の量で発生する等、顕著な摩耗が発生したが、金属線材にバイアス電圧を制御した伸線機で伸線したものの方が、伸線時のダイス孔近傍での金属粉の滞留を抑制され、引抜抵抗増加、断線、金属線の表面疵を抑制し、またダイス摩耗の低減に有用であることが確認された。
(実施例4)
次に、ニッケル被覆された銅線の伸線試験を実施し、ダイス摩耗に対するバイアス電圧を制御した伸線機の有用性を検証した。実施例1で示したノンスリップ型伸線機を用い、バイアス電圧を制御した場合の影響を調べた。
【0103】
ニッケル被覆銅線の繰り出し、巻き取りを行う繰出スプール及び巻取スプールはアルマイトコーティングしたものを使用し、アースから絶縁させた。次に、回転駆動キャプスタンのうち、最も下流にある回転駆動キャプスタンの周面を硬質クロムメッキし、鏡面し仕上げた金属製のものとし、図5のような形態でリード線を付した板ばねを接触させ、リード線を通じてニッケル被覆銅線に定電圧直流電源から通電できるようにした。モーターの駆動軸と回転駆動キャプスタンは絶縁した。残りの回転駆動キャプスタンの周面はウレタンライニングされたものを使用し、ニッケル被覆銅線とは絶縁されている。
【0104】
一方、9つのダイスを押えているステンレス製ダイスホルダーを全て接地した。したがって、定電圧直流電源に電圧を加えることによって、ダイスに対するバイアス電圧を金属線材に印加できるように構成されている。
【0105】
このように構成された連続伸線機を使用して、直径100μmのニッケル被覆銅線の伸線を行なった。ダイスは人造単結晶タイヤモンド製であり、摩耗を比較するために〈111〉面方位が伸線方向になるものにした。各回減面率は約8%で、9つのダイスを用いて引き抜いた仕上がり線径は、70μmである。ダイス摩耗を強調して調べるために、潤滑液は純水とし、巻き取り速さは1000m/min.とした。
【0106】
接地されたダイスに対するニッケル被覆銅線の電位を-0.5V、-1.0V、-1.3V、-1.5V、-2.0Vに変えて、各電圧を引加しながら50000m伸線した。比較のために、上記の電気的な措置をとらず、ニッケル被覆銅線とダイスの両方共、接地させず電位制御しなかった場合についても同じ条件で伸線を行った。
【0107】
50000mの伸線を行った後、走査型電子顕微鏡を使用して、ダイス孔径が100μmのダイスと70μmダイスのリダクション部の摩耗の程度を調べた。その結果を表2に示した。
【0108】
【表2】

【0109】
ニッケル被覆銅線、ダイスとも電位を制御しなかった場合は、著しいダイス摩耗が生じていた。一方、バイアス電圧を引加した場合のダイス摩耗は、軽微であり、許容できるものであった。特に、ニッケル被覆銅線のダイスに対する電位が、孔径が70μmダイスでは-1.0V以下、孔径が100μmダイスでは-1.5V以下の電圧を引加して伸線した場合、ダイス摩耗は、認められなかった。また、前記バイアス電圧を-100V又は+100Vとした場合も、同様の効果が得られた。
【0110】
以上、説明したように金属線材のバイアス電圧を制御することによって、金属粉の詰まりによる断線やダイス摩耗が効果的に抑制されることが分かった。特に、線径100μm以下の金属線材を伸線する場合に有効であり、細線の伸線に対しては、小さな電圧で十分な効果があることが分かった。
【符号の説明】
【0111】
1 伸線機(伸線装置)
10 繰出ユニット
20 伸線ユニット
30 巻取ユニット
40 繰出スプール
50 金属線材
60 ダイス
70 巻取スプール
80 回転駆動キャプスタン(走行手段)
90 プーリー付きダンサーアーム
100 張力コントローラー(張力制御手段)
110 駆動部の回転方向
120 プーリ
120A ガイドプーリ(走行手段)
120B ダンサプーリ(走行手段)
120C 入側ガイドプーリ(走行手段)
210 ダイスチップ
220 ダイスケース
230 電位制御用リード線(電圧制御手段)
240 潤滑液
250 ダイスホルダー
250A ダイス押え用板ばね
250B ダイス高さ調整用金具
250C ダイス押え用垂直壁金具
260 潤滑液槽(浸漬手段)
270 伸線方向
310 通電シュー
410 導電性プーリー
510 振り分けローラー(振り分けプーリー)
520 通電用板ばね
610 エントランス
620 アプローチ
630 リダクション
640 ベアリング
650 バックリリーフ
660 エクジット
710 潤滑液供給ニードルバルブ
720 潤滑液受けトレー
730 潤滑液回収孔
810 潤滑液噴射ノズル
820 引抜測定用ロードセル
830 引抜力測定用プーリー
910 断線部先端の金属粉
1010 ダイヤモンドダイス
1020 リング摩耗部
1030 リダクション摩耗部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属線材を潤滑液に浸漬させる浸漬手段と、
前記潤滑液に浸漬した前記金属線材を1つ以上の伸線ダイスに通して走行させる走行手段と
を有する伸線装置であって、
更に、前記伸線ダイス又は前記潤滑液と、前記金属線材との間のバイアス電圧を制御する電圧制御手段を有することを特徴とする伸線装置。
【請求項2】
前記電圧制御手段は、前記金属線材を接地する接地手段を有することを特徴とする請求項1に記載の伸線装置。
【請求項3】
前記バイアス電圧が、-100V以上+100V以下であることを特徴とする請求項1又は2に記載の伸線装置。
【請求項4】
前記バイアス電圧が、-1.5V以上+1.5V以下であることを特徴とする請求項1又は2に記載の伸線装置。
【請求項5】
前記電圧制御手段は、前記伸線ダイス又は前記潤滑液に対して、前記金属線材を負側に制御することを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の伸線装置。
【請求項6】
前記走行手段は回転駆動キャプスタンを有し、
該回転駆動キャプスタンの周速と、該回転駆動キャプスタンと接する前記金属線材の走行速度とを一致させる速度制御手段と、
前記進入部における前記金属線材の進行方向と反対向きの線張力を制御する張力制御手段と
を有することを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の伸線装置。
【請求項7】
金属線材を潤滑液に浸漬する浸漬工程と、
前記潤滑液に浸漬した前記金属線材を1つ以上の伸線ダイスに通して走行させる走行工程と
を有する伸線方法であって、
前記伸線ダイス又は前記潤滑液と、前記金属線材との間のバイアス電圧を制御しながら伸線することを特徴とする伸線方法。
【請求項8】
前記走行工程は、回転駆動キャプスタンで前記金属線材を走行させ、前記回転駆動キャプスタンの周速と、前記回転駆動キャプスタンと接する前記金属線材の走行速度を一致するように制御し、かつ、前記バイアス電圧を制御しながら伸線することを特徴とする請求項7記載の伸線方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2011−240388(P2011−240388A)
【公開日】平成23年12月1日(2011.12.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−116100(P2010−116100)
【出願日】平成22年5月20日(2010.5.20)
【出願人】(306032316)新日鉄マテリアルズ株式会社 (196)
【出願人】(595179228)株式会社日鉄マイクロメタル (38)
【Fターム(参考)】