説明

位相調整機能を有する光子検出器および光子検出方法

【課題】サンプリングクロックがジッタを持っていても、精度の良い識別が可能な光子検出回路および光子検出方法を提供する。
【解決手段】受光素子10に所定周期でゲートパルスS20を印加することにより光子検出を行う光子検出回路であって、受光素子101の所定周期単位のサンプル波形データS22を平均することで平均波形データS23を生成するゲート周期平均化部13と、平均波形データS23と受光素子から出力されたサンプル波形データS22との位相差S24をなくすように平均波形データS23およびサンプル波形データS22の少なくとも一方の位相をシフトさせる位相シフト部15と、位相調整された平均波形データS23cに対するサンプル波形データS22cから光子検出の識別を行う識別部16と、を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アバランシェ・フォトダイオード(Avalanche photodiode)等の単一光子検出可能な受光素子をゲートモードで駆動する光子検出回路に係り、特に受光素子の出力信号をサンプリングにより離散的なデータとして処理する光子検出回路および光子検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
光子受信器において、単一光子を検出する素子としては、一般にアバランシェ・フォトダイオード(以下、APDと記す。)が用いられている。基本的には、APDのブレークダウン電圧(VBd)以上の逆バイアス電圧をAPDに印加することでAPDの増倍率を極めて大きくしておき、光子1個から生成する光電流を十分に大きな信号振幅まで増幅することで外部回路による処理を可能にしている。
【0003】
光ファイバを用いた長距離単一光子伝送を行う為には、1.55um帯に感度を持つ化合物系のAPDが光子検出素子として最適である。非特許文献1に記載されるように、化合物APDを用いた単一光子検出器では、APD素子の冷却とゲートモードの適用が必須である。ゲートモードで駆動されたAPDから出力される光子検出信号は、ゲートパルスの微分波形に光子検出信号波形が重畳されて出力される。この微分波形はAPDのPNジャンクションの寄生容量に起因することから、チャージパルスとも呼ばれる。
【0004】
チャージパルスは、回路帯域の上昇に連れて大きな振幅として観測されるために、小振幅の光子検出信号の検出を阻害する。この問題を解決するための高精度なチャージパルス補償方式が非特許文献2〜4に提案されており、高感度な光子検出が実現可能になった。
【0005】
更に、非特許文献5および特許文献1には、上述したチャージパルス補償回路において、素子の個体差に起因したチャージパルス補償誤差の問題が存在する事を指摘し、その解決方法を提案している。
【0006】
非特許文献2〜4で提案された手法では、APD出力信号をアナログ信号としてチャージパルス補償を行い信号の識別を行っている。それに対して、非特許文献5および特許文献1に記載の手法では、APD出力波形を高速のアナログ−デジタル(AD)コンバータを用いてサンプリングを行い、デジタル信号処理によりチャージパルス補償と信号識別とを実行する(以下、この方式をADC方式と呼ぶ)。アナログ処理による方式ではAPDの種類や個体差に合わせて補償信号の生成回路や遅延調節の必要があったのに対して、ADC方式では、補償波形を過去のAPD出力波形を用いて生成しているので、個別調整が不要となり量産性に優れている事が特徴である。以下、非特許文献5および特許文献1に記載されたADC方式の光子検出回路について簡単に説明する。
【0007】
図9(A)はデジタル信号処理によりチャージパルス補償と信号識別とを実行する光子検出回路の概念的な構成図であり、図9(B)はそのゲートパルスおよびAPD出力信号の一例を示す波形図である。APD1には、直流バイアス電圧に重畳してゲート生成回路2から周期的なゲートパルスS1が印加される(図9(B))。これによってAPD1からゲートパルスS1の微分波形を含む出力信号S2が出力される(図9(B))。ここでは、(N+1)回目のゲートパルス印加時に光子が入射し、これによって、ゲートパルスS1の微分波形に光子に起因する受光成分が重畳されたAPD出力S2の波形が例示されている。
【0008】
APD出力S2は、サンプリング回路3によってサンプリングクロックに従ってサンプリングされ、サンプリングされた離散的データS3(以下、サンプル波形という。)としてゲート周期波形平均化部4へ出力される。ゲート周期波形平均化部4は、ゲート周期ごとのサンプル波形S3が平均化され、その平均波形S4が識別部5へ出力される。光子の到達率が低い場合には、平均波形S4は実質的に微分波形に近い波形となる。したがって、識別部5は平均波形S4に対するサンプル波形S3の差分を識別することで、チャージパルス補償された光子検出信号S4を出力する。
【0009】
【非特許文献1】B.F.Levine, C.G.Bethea and J.C.Campbell,“Nearroom temperature 1.3um single photon counting with a InGaAsavalanche photodiode”, Electronics Letters, vol.20 No.14, 1964, pp596
【非特許文献2】Donald S Bethune, William P. Risk, Gary W. Pabst, “A high-performance integrated single-photon detector for telecom wavelengths,” Journal of Modern Optics, Vol. 51, No. 9-10 / 15 June-10 July 2004, pp. 1359-1368
【非特許文献3】GREGOIRE RIBORDY, NICOLAS GISIN, OLIVIER GUINNARD, DAMIEN STUCKI, MARK WEGMULLER and HUGO ZBINDEN “Photon counting at telecom wavelengths with commercial InGaAs/InPavalanche photodiodes: current performance,”Journalof modern optics, 15 june - 10 july2004、vol. 51, no. 9-10, pp. 1381-1398
【非特許文献4】Akio Yoshizawa, Ryosaku Kaji, and Hidemi Tsuchida, “Gated-mode single-photon detection at 1550 nm by discharge pulse counting,”APPLIEDPHYSICS LETTERS, VOLUME 84, NUMBER 18 3 MAY 2004, pp. 3606-3608
【非特許文献5】SeigoTakahashi, Akio Tajima, Akihisa Tomita (NEC, JST), “High-efficiency single photon detector combined with an ultra-small APD module and a self-training discriminator for high-speed quantum cryptosystems,” The 13th Microoptics conference (MOC'07) technical digest, Oct 28, 2007, Post deadline papers, PD1
【特許文献1】特開2006−284202号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、APD出力をサンプリングして離散的なデータとして処理する場合、サンプリングクロックが持つジッタ等の原因によりサンプル波形S3の誤差が拡大し、識別の精度が劣化する場合がある。すなわち、チャージパルス領域の信号の時間変化率が非常に大きいので、サンプリングポイントの変化に対して、サンプリングされる信号レベルが大きく変化する。つまり、サンプリングクロックがジッタを持つ場合、チャージパルス領域のサンプリング結果は、本来は一定である事が期待されるにも拘わらず大きな揺らぎを持つ。この事はADC方式の特徴である、
このようなサンプル波形S3の揺らぎは、平均波形S4から差分により光子検出の識別を行う識別部5にとっては誤差の拡大を意味する。つまり、システムの持つ最大のジッタのズレ量のクロックでサンプリングされたAPD出力S2は平均波形S4とは異なるレベルとなり、サンプル波形S3と平均波形S4との比較により信号識別を行うと、ジッタによる波形の差を誤識別する可能性がある。この誤識別によるエラーを低減する為には、識別の閾値を高くする必要があるが、このことは小信号の検出漏れによる光子検出効率の低下に招来する。以下、サンプリングジッタの影響について具体的に説明する。
【0011】
図10(A)はサンプリングポイントとAPD出力S2の波形とを示す図であり、図10(B)はサンプリングジッタに起因するサンプル波形と平均波形との波形のズレを示す図である。図10(A)に示すように、APD出力波形S2に対して、サンプリングポイントがAおよびBのようにずれた場合、特にサンプル波形S3のレベルが非常に大きく時間変化する部分では信号レベルが大きく変化することが分かる。
【0012】
図10(B)に示すように、白丸で示す平均波形S4に対して、サンプル波形S3のサンプリングポイントがずれて黒丸で示す波形S3となった場合、光子検出を識別する識別窓での信号レベルが変動する。このためにサンプル波形S3と平均波形S4との比較により信号識別を行うと、ジッタによる波形の差を誤識別する可能性がある。
【0013】
そこで、本発明の目的は、サンプリングクロックがジッタを持っていても、精度の良い識別が可能な光子検出回路および光子検出方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明による光子検出回路は、受光素子に所定周期でゲートパルスを印加することにより光子検出を行う光子検出回路であって、前記受光素子の前記所定周期単位のサンプル波形データを平均することで平均波形データを生成するゲート周期平均化手段と、前記平均波形データと前記受光素子から出力されたサンプル波形データとの位相差をなくすように、前記平均波形データおよび前記出力されたサンプル波形データの少なくとも一方の位相を調整する位相調整手段と、位相調整された前記平均波形データに対する前記出力されたサンプル波形データから光子検出の識別を行う識別手段と、を有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、サンプリングクロックがジッタを持っていても、光子検出の精度の良い識別が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
1.一実施形態
図1は本発明の一実施形態による光子検出回路の概略的な構成を示すブロック図である。ここでは、ゲートパルス駆動によって光子検出可能な受光素子としてアバランシェ・フォトダイオード(APD)を用いた光子検出回路を例示する。
【0017】
APD10にはゲート生成回路11からゲートパルスS20が所定周期(ゲート周期)で印加される。ゲート生成回路11はゲートクロックCLKgに従ってゲートパルスS20をゲート周期で生成する。これによってAPD10はゲートパルスS20の微分波形を含むAPD出力S21をゲート周期で出力する。ゲートパルスS20が印加されている期間に光子信号S1が入射すると、これによって、ゲートパルスS20の微分波形に光子に起因する受光成分が重畳されたAPD出力S21が出力される。
【0018】
APD出力S21は、サンプリング部12によってサンプリングクロックCLKsに従ってサンプリングされ、サンプリングされた離散的な時系列データS22(以下、サンプル波形S22という。)としてゲート周期波形平均化部13へ出力される。ゲート周期波形平均化部13は、ゲートクロックCLKgおよびサンプリングクロックCLKsを入力し、ゲート周期ごとのサンプル波形S22を各時点で平均化し、その平均化された時系列データS23(以下、平均波形S23という。)を位相調整部へ出力する。
【0019】
位相調整部は位相差検出部14および位相シフト部15からなる。位相差検出部14は、サンプル波形S22と平均波形S23とを後述する位相比較窓の期間で比較することにより位相差を検出し、その位相差信号S24を位相シフト部15へ出力する。
【0020】
位相シフト部15は、位相差をゼロにするように、サンプル波形S22あるいは平均波形S23を相対的に位相シフトさせ、位相が合致したサンプル波形S22cおよび平均波形S23cを識別部16へ出力する。
【0021】
識別部16は、平均波形S23cに対するサンプル波形S22cの差分を識別窓の期間で検出し、その差分と所定閾値との比較結果を光子検出信号S25として出力する。
【0022】
上述したように、光子信号S1の光子到達率が低い場合には、平均波形S23は実質的にゲートパルスS20の微分波形に近い波形となる。したがって、識別部16は平均波形S23cに対するサンプル波形S22cの差分からチャージパルス補償された光子検出信号S25を得ることができる。
【0023】
さらに、本実施形態によれば、識別部16には、位相が合致したサンプル波形S22cおよび平均波形S23cが入力するので、サンプリングクロックCLKsのジッタによりサンプリング部12でサンプリングポイントのズレが発生しても、正確な光子検出を行うことができる。言い換えれば、サンプル波形S22cと平均波形S23cとの比較によりサンプリングクロックCLKsのジッタを推測し、信号識別の精度劣化を回避することができる。
【0024】
なお、サンプリング部12、ゲート周期波形平均化部13、位相差検出部14、位相シフト部15および識別部16と同等の機能は、プログラムをCPU等のプログラム制御プロセッサ上で実行することにより実現することもできる。
【0025】
2.第1実施例
2.1)構成
図2は本発明の第1実施例による光子検出回路の構成を示すブロック図である。APD101には直流バイアス電圧に重畳してゲート生成回路102からゲートパルスS20が所定周期(ゲート周期)で印加される。ゲート生成回路102は、ゲートクロックCLKgに従って、APD101のブレークダウン電圧(VBd)以上の逆バイアス電圧(ゲートパルスS20)をゲート周期で生成する。これによってAPD101はゲートパルスS20の微分波形を含むAPD出力S21をゲート周期で出力する。上述したように、ゲートパルスS20が印加されている期間に光子信号S1が入射すると、ゲートパルスS20の微分波形に光子に起因する受光成分が重畳されたAPD出力S21が出力される。
【0026】
APD出力S21はサンプリング部103によってサンプリングクロックCLKsに従ってサンプリングされ、離散的なサンプル波形S22としてゲート周期波形平均化部へ出力される。ゲート周期波形平均化部は、メモリ104、波形平均化部105およびメモリ制御部106からなる。サンプル波形S22はメモリ104に蓄積され、波形平均化部105によって平均波形S23が生成される。
【0027】
具体的には、メモリ制御部106のアドレス制御によりサンプル波形S22はメモリ104に時系列に書き込まれ、波形平均化部105はその時系列のサンプル波形S22をゲート周期単位で読み出してゲート周期内の各サンプリングポイントでの平均レベルを算出し、ゲート周期における平均波形S23を生成する。
【0028】
こうして生成された平均波形S23は位相調整部107に入力し、サンプル波形S22と位相調整される。位相調整部107は、上述した位相差検出部14および位相シフト部15により構成することができるが、本実施例では、平均波形S23だけを位相シフトさせてサンプル波形S22の位相と合致させている。
【0029】
位相調整された平均波形S23cは補間部108に入力する。補間部108は平均波形S23cから後述する補償平均波形S30を生成して識別部109へ出力する。識別部109は、ゲートクロックCLKgに従ってサンプル波形S22と補償平均波形S30を入力し、2つの波形の差分を演算することで光子検出信号の有無を識別し光子検出信号S31を生成する。
【0030】
なお、クロック源110およびクロック処理部111によってゲートクロックCLKgおよびサンプリングクロックCLKsが生成される。ゲートクロックCLKgはゲート生成部102、メモリ制御部106および識別部109へ出力され、サンプリングクロックCLKsはサンプリング部103およびメモリ制御部106に出力される。
【0031】
2.2)位相調整および補間動作
次に、本実施例による光子検出回路の位相調整部107および補間部108による補償平均波形S30の生成動作について説明する。
【0032】
図3(A)はサンプリングポイントとAPD出力S21の波形とを示す図であり、図3(B)はサンプリングジッタ等に起因するサンプル波形と平均波形との波形のズレと位相検出動作を説明するための図であり、図3(C)は位相調整されたサンプル波形および平均波形と保管された平均波形を示す図である。
【0033】
ここでは図3(A)に示すAPD出力波形S21に対してサンプリングポイントがずれた場合を考える。この場合、図3(B)に示すように、白丸で示す平均波形S23に対して、サンプル波形S22は黒丸で示すように位相がシフトしている。
【0034】
既に述べたように、APD101に光子が入射して電流が流れた場合、識別窓Wdで示した領域に受光成分が出現する。したがって、ゲートパルス立ち上がり部分のチャージパルスでは、サンプル波形S22と平均波形S23とは本体同じ値を取るべきであるが、サンプリングポイントがずれたことにより、図3(B)に示す白丸と黒丸のように波形に差が生じている。
【0035】
そこで、本実施例では、ゲートパルスの立ち上がり部分に対応するチャージパルスに対して位相比較窓Wphを設定し、位相差検出部14が位相比較窓Wphの範囲内で2つの波形S22およびS23の位相差信号S24を算出する。例えば、平均波形S23の近似波形201を算出し、サンプル波形S22との時間差を算出することで、位相差を求める事が可能である。ここでは近似波形201は、位相比較窓Wphの範囲での平均波形S23を直線近似した例を示している。位相シフト部15は、位相差信号S24で示す位相差だけ平均波形S23をシフトさせて平均波形S23cを生成し補間部108へ出力する。
【0036】
補間部108は位相調整された平均波形S23cのサンプル値間を補間することで、補償平均波形S30を生成して識別部109へ出力する。補償平均波形S30はサンプリングクロックCLKsのジッタを補償した平均波形となるので、この補償平均波形S30とサンプル波形S22とは図3(C)に示すように重なり、識別窓Wdの範囲の誤差が補償され、その結果誤検出が回避可能となる。
【0037】
2.3)効果
本発明の第1実施例によれば、サンプル波形S22と平均波形S23cとの位相を合致させ、さらに平均波形S23cを補間したもので光子検出の識別を行っているので、サンプリングクロックCLKsのジッタによりサンプリング部12でサンプリングポイントのズレが発生しても、識別部109において正確な光子検出を行うことができる。
【0038】
3.第2実施例
上述した第1実施例による光子検出回路において、サンプリング部103のサンプリング周期を密にすることでサンプル波形の補間精度更に向上させることができる。本発明の第2実施例による光子検出回路では、平均波形の補間精度の向上を目的として、メモリに格納するサンプル波形の間隔を密にする機能が付加される。
【0039】
図4は本発明の第2実施例による光子検出回路の構成を示すブロック図である。ただし、図2に示す第1実施例の回路と同じ機能を有するブロックには同一参照番号を付して詳細な説明は省略する。
【0040】
本実施例では、サンプリングクロックCLKsが可変遅延部120を通してサンプリングクロックCLKs+としてサンプリング部103およびメモリ制御部106へそれぞれ供給される。可変遅延部120の遅延量は遅延制御部121からの遅延制御信号S40により制御され、サンプリングクロックCLKsの位相を少なくとも2π以下の幅で変化させる。これにより、サンプリングの時間分解能を向上させることができる。
【0041】
また、遅延制御部121からの遅延制御信号S40はメモリ制御部106にも供給され、メモリ104のメモリアドレスに関して遅延量を反映した制御が可能となる。すなわち、メモリ制御回路106は、遅延量の調整ステップ数に対応する大きなメモリアドレス空間の制御を行う。
【0042】
可変遅延部120からのサンプリングクロックCLKs+に従って、サンプリング部103は、APD出力S21をサンプリングし、サンプル波形S41を生成する。このサンプル波形S41は、サンプリングクロックCLKs+の周期に相当する時間分解能を持つ。本実施例では、光子検出シーケンスを実行する前に、平均波形S42を高精度に生成するトレーニングシーケンスを定義し、その間に可変遅延部120を動作させることができる。
【0043】
一例として、可変遅延部120の遅延量を0、π/2、π、3π/2の4段階で制御を行う場合について説明する。
【0044】
図5(A)はAPD出力S21の波形を示す図であり、図5(B)はサンプリングクロックCLKsにより得られるサンプル波形S22を示す図であり、図5(C)はサンプリングクロックCLKs+により得られるサンプル波形S41における位相比較窓の前後の部分(チャージパルス部分)を示す拡大図である。
【0045】
本実施例では、可変遅延部120の遅延量が0、π/2、π、3π/2の4段階で制御されるので、図5(C)の白丸で示すように4倍の時間分解能でAPD出力S21のサンプリングを行い、メモリ104にサンプル波形S41を格納する。メモリ104は、分解能の向上、つまり、可変遅延部120の可変ステップ数に相当するだけの容量を備える必要がある。この場合、4段階の遅延制御ステップであれば、図2におけるメモリ104のメモリ量に対して、4倍のメモリ量を備える。
【0046】
このように、本実施例によれば、サンプリングクロックCLKsを可変遅延制御によりスキャンし、それに対応するようにメモリ104の容量を拡張することにより、生成する平均波形S42の時間分解能を向上させることができる。これにより位相調整部107での位相比較処理の精度が改善される。すなわち、チャージパルスの時間幅に対してサンプリングクロックCLKsの周期が広い場合であっても、位相比較の精度劣化を回避することができる。
【0047】
4.第3実施例
上述した第2実施例による光子検出回路では、サンプリング部103のサンプリング周期を密にすることでサンプル波形の補間精度更に向上させることができるが、本発明の第3実施例による光子検出回路では、サンプリングの時間分解能を十分に向上させる事により補間処理を省略することが可能である。
【0048】
図6は本発明の第3実施例による光子検出回路の構成を示すブロック図である。ただし、図4に示す第2実施例の回路と同じ機能を有するブロックには同一参照番号を付して詳細な説明は省略する。本実施例によれば、位相調整部107の位相調整後の平均波形S42cは、セレクタ130により選択平均波形S50として識別部131へ出力される。
【0049】
たとえば、上述したように可変遅延部120の遅延量を0、π/2、π、3π/2の4段階で制御することで、4倍の分解能の向上が得られたが、更に微細に遅延制御を行う事で平均波形S42の誤差を減少させることができる。したがって、可変遅延部120の遅延ステップ数を増大させることにより、補間処理を必要としない程に十分な精度を持つ平均波形S42cとして生成する事が可能となる。この場合、識別部131で必要とするデータ量は平均波形S42cのように多量ではないので、セレクタ130によって平均波形S42cから識別窓Wdの処理を行うのに必要十分な選択平均波形S50を生成して識別部131へ出力する。言い換えれば、ゲート周期のうち、識別窓に対応するタイミングの平均波形S42cのみを選択平均波形S50として識別部131へ出力すればよい。
【0050】
このように、可変遅延部120の遅延制御ステップ数を増大させることで補間処理を省略することが可能な程度に十分な精度をもつ平均波形S42を生成することができる。サンプリング精度を高めることでメモリ104の容量は増大するが、第1実施例のような補間部108を省略することができ、処理回路の規模の削減と同時に、補間処理に必要な演算時間の圧縮が可能となる。
【0051】
5.第4実施例
上述した第3実施例では、補間処理を省略することができる反面、メモリ104の容量が増大する。そこで、本発明の第4実施例では、補間処理を省略し、かつメモリ104の容量を削減可能な構成を提供する。
【0052】
図7は本発明の第4実施例による光子検出回路の構成を示すブロック図である。ただし、図6に示す第3実施例の回路と同じ機能を有するブロックには同一参照番号を付して詳細な説明は省略する。本実施例によれば、ゲート周期波形平均化部のメモリ104の前段にスイッチ140を設けることで、メモリ104の容量の増大を回避する。
【0053】
スイッチ140は、メモリ制御部106の制御によりサンプル波形S41をメモリ104へ選択的に伝達する。すなわち、サンプル波形S41の識別処理に必要となる部分は、位相比較窓および識別窓の時間領域のみであるから、スイッチ140は、サンプル波形S41の必要な位相部分のみを選択的にメモリ104に格納する。これによってメモリ104の容量の増大を回避することができる。具体体な動作例を次に説明する。
【0054】
図8(A)はAPD出力S21の波形を示す図であり、図8(B)はサンプリングクロックCLKs+により得られるサンプル波形S41を示す図であり、図8(C)は位相比較窓および識別窓を選択するスイッチタイミング信号を示す波形図である。
【0055】
上述したようにサンプル波形S41の識別処理に必要となる部分は、位相比較窓および識別窓の時間領域のみであるから、図8(C)に示すように、位相比較窓および識別窓に対応するタイムスロットのみ、サンプル波形S41をメモリ104に伝達するようにスイッチ140を制御すればよい。たとえば、図8(C)に示すような波形のスイッチ制御信号をメモリ制御部106がスイッチ140へ出力し、位相比較窓および識別窓のタイミングでサンプル波形S41をメモリ104へ通過させ、その他の期間ではサンプル波形S41をメモリ104に格納されない。
【0056】
このようにメモリ制御を行うことで、サンプリングの時間分解能を十分に向上させることで補間処理を省略することができ、かつメモリ104の容量を削減することが可能となる。
【産業上の利用可能性】
【0057】
本発明による光子検出回路は、量子鍵配信装置および量子暗号装置、あるいは、光子数検出器、Optical Time Domain Reflectmeter (OTDR)、分光器、暗視野カメラなどの光子検出部に適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0058】
【図1】本発明の一実施形態による光子検出回路の概略的な構成を示すブロック図である。
【図2】本発明の第1実施例による光子検出回路の構成を示すブロック図である。
【図3】(A)はサンプリングポイントとAPD出力S21の波形とを示す図であり、(B)はサンプリングジッタ等に起因するサンプル波形と平均波形との波形のズレと位相検出動作を説明するための図であり、(C)は位相調整されたサンプル波形および平均波形と保管された平均波形を示す図である。
【図4】本発明の第2実施例による光子検出回路の構成を示すブロック図である。
【図5】(A)はAPD出力S21の波形を示す図であり、(B)はサンプリングクロックCLKsにより得られるサンプル波形S22を示す図であり、(C)はサンプリングクロックCLKs+により得られるサンプル波形S41における位相比較窓の前後の部分(チャージパルス部分)を示す拡大図である。
【図6】本発明の第3実施例による光子検出回路の構成を示すブロック図である。
【図7】本発明の第4実施例による光子検出回路の構成を示すブロック図である。
【図8】(A)はAPD出力S21の波形を示す図であり、(B)はサンプリングクロックCLKs+により得られるサンプル波形S41を示す図であり、(C)は位相比較窓および識別窓を選択するスイッチタイミング信号を示す波形図である。
【図9】(A)はデジタル信号処理によりチャージパルス補償と信号識別とを実行する光子検出回路の概念的な構成図であり、(B)はそのゲートパルスおよびAPD出力信号の一例を示す波形図である。
【図10】(A)はサンプリングポイントとAPD出力S2の波形とを示す図であり、(B)はサンプリングジッタに起因するサンプル波形と平均波形との波形のズレを示す図である。
【符号の説明】
【0059】
10 アバランシェ・フォトダイオード(APD)
11 ゲート生成部
12 サンプリング部
13 ゲート周期波形平均化部
14 位相差検出部
15 位相シフト部
16 識別部
CLKg ゲートクロック
CLKs サンプリングクロック
S20 ゲートパルス
S21 APD出力
S22 サンプル波形
S23 平均波形
S22c 位相調整後のサンプル波形
S23c 位相調整後の平均波形
S24 位相差信号
S25 光子検出信号

【特許請求の範囲】
【請求項1】
受光素子に所定周期でゲートパルスを印加することにより光子検出を行う光子検出回路において、
前記受光素子の前記所定周期単位のサンプル波形データを平均することで平均波形データを生成するゲート周期平均化手段と、
前記平均波形データと前記受光素子から出力されたサンプル波形データとの位相差をなくすように、前記平均波形データおよび前記出力されたサンプル波形データの少なくとも一方の位相を調整する位相調整手段と、
位相調整された前記平均波形データに対する前記出力されたサンプル波形データから光子検出の識別を行う識別手段と、
を有することを特徴とする光子検出回路。
【請求項2】
前記位相調整手段は、前記所定周期の中の前記ゲートパルスの立ち上がり部分に対応する時間領域を位相比較窓として前記位相差を検出することを特徴とする請求項1に記載の光子検出回路。
【請求項3】
前記位相調整手段は、前記受光素子の出力波形の時間変化率の大きな時間領域を前記位相比較窓として設定することを特徴とする請求項2に記載の光子検出回路。
【請求項4】
前記識別手段は、前記所定周期の中の前記位相調整手段の位相差検出を行う時間領域とは異なる時間領域に設定された識別窓で前記識別を行うことを特徴とする請求項1−3のいずれか1項に記載の光子検出回路。
【請求項5】
前記位相調整手段により位相調整された前記平均波形データを補間する補間手段を更に設け、前記識別手段は、前記補間された平均波形データに対する前記出力されたサンプル波形データから光子検出の識別を行うことを特徴とする請求項1−4のいずれか1項に記載の光子検出回路。
【請求項6】
前記受光素子の出力波形をサンプリングすることで前記サンプル波形データを得る際のサンプリングクロックの位相を所定ステップでスキャンする可変遅延手段と、
前記スキャンされたサンプリングクロックにより得られた前記所定周期ごとの稠密なサンプル波形データを格納する格納手段と、
を有し、前記ゲート周期平均化手段は前記格納手段に格納された前記稠密なサンプル波形データを前記所定周期単位のサンプル波形データとして入力することを特徴とする請求項1−5のいずれか1項に記載の光子検出回路。
【請求項7】
前記所定周期の中の前記位相調整手段の位相差検出を行う時間領域である位相比較窓とは異なる時間領域に設定された識別窓を設け、前記位相調整された平均波形データのうち前記識別窓の部分を選択して前記識別手段へ出力する選択手段を更に有することを特徴とする請求項6に記載の光子検出回路。
【請求項8】
前記所定周期の中の前記位相調整手段の位相差検出を行う時間領域である位相比較窓と、前記位相比較窓は異なる時間領域に設定された識別窓とを設け、前記サンプル波形データのうち前記位相検出窓および前記識別窓に対応する部分のみを前記格納手段に格納するスイッチ手段を更に有することを特徴とする請求項6または7に記載の光子検出回路。
【請求項9】
受光素子に所定周期でゲートパルスを印加することにより光子検出を行う光子検出方法において、
前記受光素子の前記所定周期単位のサンプル波形データを平均することで平均波形データを生成し、
前記平均波形データと前記受光素子から出力されたサンプル波形データとの位相差をなくすように、前記平均波形データおよび前記出力されたサンプル波形データの少なくとも一方の位相を調整し、
位相調整された前記平均波形データに対する前記出力されたサンプル波形データから光子検出の識別を行う、
ことを特徴とする光子検出方法。
【請求項10】
前記所定周期の中の前記ゲートパルスの立ち上がり部分に対応する時間領域を位相比較窓として前記位相差を検出することを特徴とする請求項9に記載の光子検出方法。
【請求項11】
前記受光素子の出力波形の時間変化率の大きな時間領域を前記位相比較窓として設定することを特徴とする請求項10に記載の光子検出方法。
【請求項12】
前記所定周期の中の前記位相差検出を行う時間領域とは異なる時間領域に設定された識別窓で前記識別を行うことを特徴とする請求項9−11のいずれか1項に記載の光子検出方法。
【請求項13】
前記位相調整された平均波形データを補間し、
前記補間された平均波形データに対する前記出力されたサンプル波形データから光子検出の識別を行うことを特徴とする請求項9−12のいずれか1項に記載の光子検出方法。
【請求項14】
前記受光素子の出力波形をサンプリングすることで前記サンプル波形データを得る際のサンプリングクロックの位相を所定ステップでスキャンし、
前記スキャンされたサンプリングクロックにより得られた前記所定周期ごとの稠密なサンプル波形データを格納手段に格納し、
前記格納手段に格納された前記稠密なサンプル波形データを前記所定周期単位のサンプル波形データとして平均化することを特徴とする請求項9−13のいずれか1項に記載の光子検出方法。
【請求項15】
前記所定周期の中の前記位相差検出を行う時間領域である位相比較窓とは異なる時間領域に設定された識別窓を設け、前記位相調整された平均波形データのうち前記識別窓の部分を選択して前記識別を実行することを特徴とする請求項14に記載の光子検出方法。
【請求項16】
前記所定周期の中の前記位相差検出を行う時間領域である位相比較窓と、前記位相比較窓は異なる時間領域に設定された識別窓とを設け、前記サンプル波形データのうち前記位相検出窓および前記識別窓に対応する部分のみを前記格納手段に格納することを特徴とする請求項14または15に記載の光子検出方法。
【請求項17】
受光素子に所定周期でゲートパルスを印加することにより光子検出を行う光子検出回路としてコンピュータを機能させるプログラムにおいて、さらに、
前記受光素子の前記所定周期単位のサンプル波形データを平均することで平均波形データを生成するゲート周期平均化手段と、
前記平均波形データと前記受光素子から出力されたサンプル波形データとの位相差をなくすように、前記平均波形データおよび前記出力されたサンプル波形データの少なくとも一方の位相を調整する位相調整手段と、
位相調整された前記平均波形データに対する前記出力されたサンプル波形データから光子検出の識別を行う識別手段と、
として前記コンピュータを機能させるプログラム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2009−229247(P2009−229247A)
【公開日】平成21年10月8日(2009.10.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−74894(P2008−74894)
【出願日】平成20年3月24日(2008.3.24)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願(平成19年度、独立行政法人情報通信研究機構、高度通信・放送研究開発における委託研究)は産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000004237)日本電気株式会社 (19,353)
【Fターム(参考)】