説明

位置推定システム及びプログラム

【課題】複数のサブアレーにおけるAOA(Angle of Arrival)推定に基づいて信号源の位置を推定する位置推定システム及びプログラムにおいて、サブアレーのアンテナの素子数を増やさずに位置推定精度を向上させ、コスト削減と装置サイズの縮小を達成する位置推定システム及びプログラムを提供すること。
【解決手段】各サブアレーにおけるAOA推定に基づいて信号源の概略位置を初期推定し、信号源と各サブアレーまでの距離に基づいて各サブアレーにおいて受信信号を位相補正して同期を取り、複数のサブアレーからの信号を共有して、その相関行列に基づいてAOAを更新し、推定位置を更新する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複数のサブアレー(実際のアレーアンテナ)におけるAOA(Angle of Arrival)推定に基づいて信号源の位置を推定する位置推定システム及びプログラムに関し、特に、サブアレーのアンテナの素子数を増やさずに位置推定精度を向上させ、コスト削減と装置サイズの縮小を達成する位置推定システム及びプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来のAOAを利用した位置推定システムでは、位置推定精度の改善にはアンテナの素子数を増やす必要があり、受信機で用いるアレーアンテナが大きくなる。(例えば、非特許文献1参照。)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】S. Zhilong et al., "Precise localization with smart antennas in Ad-Hoc networks", IEEE Globecom Conf., pp. 1053-1057, Nov. 2007
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、上記問題点に鑑み、複数のサブアレーにおけるAOA推定に基づいて信号源の位置を推定する位置推定システム及びプログラムにおいて、サブアレーのアンテナの素子数を増やさずに位置推定精度を向上させ、コスト削減と装置サイズの縮小を達成する位置推定システム及びプログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の位置推定システムは、離れて設置されている複数のアレーアンテナ(以下、実際のアレーアンテナを「サブアレー」と言う。)の各アンテナ素子からの信号をそれぞれ受信して、各サブアレーの位置における信号源からの電波の到来方向を推定する第1到来方向推定手段と、該第1到来方向推定手段によって推定された各到来方向に基づいて前記信号源の位置を推定する第1位置推定手段と、該第1位置推定手段によって推定された信号源の位置と各前記サブアレーの位置との距離に基づいて、各前記サブアレーのアンテナ素子の1つである第1アンテナ素子からの信号の同期を取るために各前記信号の位相を補正する信号同期手段と、該信号同期手段によって同期が取れた他のサブアレーの信号を共有して、複数のサブアレーからの信号を1つの仮想のアレーアンテナからの信号として、各信号を成分とする行列を作成するデータ共有手段と、該データ共有手段によって作成された行列の相関行列を演算する相関行列演算手段と、該相関行列演算手段によって演算された相関行列に基づいて、各サブアレーの位置における前記信号源からの電波の到来方向を推定する第2到来方向推定手段と、該第2到来方向推定手段によって推定された各到来方向に基づいて前記信号源の位置を推定する第2位置推定手段とを備えることを特徴とする。
【0006】
また、前記信号同期手段、データ共有手段、相関行列演算手段、第2到来方向推定手段及び第2位置推定手段を所定回数繰り返し実行して最終的な前記信号源の位置を推定することで、位置推定精度を高くすることができる。
【0007】
また、前記データ共有手段は、前記他のサブアレーのアンテナ素子の1つからの信号を前記行列の第1成分として行列を作成することで、共有データを有効に利用して位置推定精度を高くすることができる。
【0008】
また、前記第2到来方向推定手段は、広帯域信号を帯域分割し、1つの周波数の信号部分空間を他の周波数に周波数変換して、次の行列Zを検定することで、位置推定精度を高くすることができる。
【0009】
【数1】

(1)
ここで、Ukは周波数変換された信号部分空間、Wkは各周波数の相関行列から得られる周波数変換された雑音部分空間である。
【0010】
また、前記第2到来方向推定手段は、前記相関行列を固有値展開して、得られる雑音部分空間の固有値を含む直交行列に基づいて、MUSIC(Multiple Signal Classification)スペクトルのピークを求めることによって、電波の到来方向を推定することで、位置推定精度を高くすることができる。
【0011】
また、本発明は、コンピュータを、上記の位置推定システムとして機能させるためのプログラムである。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、複数のサブアレーにおけるAOA推定に基づいて信号源の位置を推定する位置推定システム及びプログラムにおいて、サブアレーのアンテナの素子数を増やさずに位置推定精度を向上させ、コスト削減と装置サイズの縮小を達成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明の一実施例による位置推定システムを使用する環境を説明する図である。
【図2】本発明の一実施例による位置推定システムの機能動作を示すフローチャートである。
【図3】本発明の一実施例による位置推定システムの位置推定特性をシミュレーションした環境を説明する図である。
【図4】仮想アレーの構成方法を変えて、推定精度をシミュレーションした結果を示す図である。
【図5】従来例と本実施例の推定精度をシミュレーションした結果を示す図である。
【図6】従来例と本実施例の位置推定誤差の確率分布をシミュレーションした結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、添付図面を参照しながら本発明を実施するための形態について詳細に説明する。
【実施例1】
【0015】
図1は、本発明の一実施例による位置推定システムを使用する環境を説明する図である。実際のアレーアンテナであるサブアレー1及びサブアレー2は、それぞれ3つのアンテナ素子を有し、信号源からの電波を受信して、その到来方向θ^1、θ^2を推定する。ここで「^」は文章中において、その左の文字に「^」が被っていることを表す。サブアレーkの位相中心点を(xk,yk)、信号源の位置を(x^,y^)とすると、以下のような2つの直線式が書ける。
【0016】
【数2】

(2)
式(2)から、信号源の位置(x^,y^)は次のように求められる。
【0017】
【数3】

(3)
【0018】
3つ以上のサブアレーがある場合には、複数の直線の交点の重心などに基づいて1点を求める。
【0019】
図2は、本発明の一実施例による位置推定システムの機能動作を示すフローチャートである。まず、各サブアレーにおいて実際のアレーアンテナによって信号源の到来方向を推定する(ステップS1)。ここでは、MUSIC(Multiple Signal Classification)法により推定する例を説明する。L個の狭帯域信号を仮定すると、時刻tにおけるM素子アレーアンテナの受信モデルは、次のように表せる。
【0020】
【数4】

(4)
ここで、A→(θ)はM×Lのステアリング行列で、ステアリングベクトルa→(θ)から構成される。ここで「→」は文章中において、その左の文字がベクトル又は行列であることを表す。各サブアレーが素子間隔dの等間隔直線アレーで構成されているとき、a→(θ)=[a1(θ),a2(θ),・・・,aM(θ)]Tの成分であるアレー応答は
【0021】
【数5】

(5)
と表される。ただし、[・]Tは転置、S→(t)はL×1の信号波形ベクトル、N→(t)はM×1の雑音ベクトルである。Nはスナップショット数であり、相関行列は次のように推定される。
【0022】
【数6】

(6)
ただし、[・]Hはエルミート転置である。これを固有値展開すると、
【0023】
【数7】

(7)
ここで、Λ→^S、Λ→^NはR→^の信号部分空間、雑音部分空間の固有値を含む対角行列、E→^S、E→^Nはそれぞれの固有値に対応する固有ベクトルを含む直交行列である。
【0024】
雑音部分空間が推定されると、次式で与えられるMUSICスペクトルのピークを探すことで、AOAを推定することができる。
【0025】
【数8】

(8)
【0026】
各サブアレー1、2における電波の到来方向θ^1、θ^2が推定されることにより、式(3)によって信号源の位置(x^,y^)を推定することができる(ステップS2)。
【0027】
本実施例では、繰り返しAOA推定により、複数サブアレーの受信信号を共有して位置推定する。まず、初期推定によって大まかな信号源の位置を推定し、更新推定によって位置を更新していく。図1のように、2つのサブアレー1、2に対して仮想アレー1、2を考える。各仮想アレー1、2は自身のサブアレー素子1、2と、離れた位置にあるもう一方のサブアレー素子2、1で構成される。
【0028】
時刻tにおけるM素子サブアレーの受信信号は、次のように表される。
【0029】
【数9】

(9)
ここで、X→k(t)、A→k(t)、N→k(t)はそれぞれ、サブアレーkの受信信号、ステアリング行列、雑音ベクトルである。アレーの参照点を信号源の位置とすると、仮想アレーkにおけるアレー応答は
【0030】
【数10】

(10)
と表せる。ここで、
【0031】
【数11】

(11)
である。am(θ)は仮想アレーkのアレー応答を表し、b(rk)は信号源から仮想アレーkまでの位相差を表している。このため、本実施例では、仮想アレー1の第1素子と、仮想アレー2の第1素子における受信信号の位相を揃えるように位相補正して、信号の同期を取る(ステップS3)。その上で、2つのサブアレーの受信信号を共有する(ステップS4)。
【0032】
【数12】

(12)
【0033】
各サブアレーは、新しく構成された受信信号から新たな相関行列を計算する(ステップS5)。
【0034】
【数13】

(13)
さらに、n回目の更新における仮想アレーkのアレー応答を、次のように表す。
【0035】
【数14】

(14)
ここで、(1/r^k)は信号源とサブアレーkの間の信号減衰である。式(14)においてθはスペクトルを走査する変数であるが、θ^2(n-1)は定数である。U→^NをR→^vの雑音部分空間、v1(n)→(θ)=[v1(n)1(θ),v1(n)2(θ),・・・,v1(n)2M(θ)]をn回目の更新におけるステアリングベクトルとすると、仮想アレー1でのMUSICスペクトルは、次式で与えられる。
【0036】
【数15】

(15)
同様に仮想アレー2におけるMUSICスペクトルは、次式で与えられる。
【0037】
【数16】

(16)
ここで、各仮想アレーで利用する受信サンプルX→v(t)は同じなので、雑音部分空間U→^Nも同一である。式(15)、(16)から、新しいAOAとしてθ^(n)1、θ^(n)2が得られ(ステップS6)、式(3)によって信号源の位置を推定する(ステップS7)。本実施例では、この更新推定を繰り返し行うことでAOAを更新し、信号源の位置を更新し(ステップS8)、信号源の 推定座標を出力する(ステップS9)。
【0038】
図3は、本発明の一実施例による位置推定システムの位置推定特性をシミュレーションした環境を説明する図である。位置推定特性のシミュレーションにおいて、信号源と各サブアレーは図3のように配置されているものとする。信号源の使用周波数は単一周波数とし、スナップショット数をN=100とする。各サブアレーは素子間隔d=λ/2の等間隔直線アレーであり、シミュレーションの実行回数は10000回である。
【0039】
図4は、仮想アレーの構成方法を変えて、推定精度をシミュレーションした結果を示す図である。仮想アレーの構成方法を表1に示すように変えて、推定精度をシミュレーションした。
【0040】
【表1】

例えば、構成方法1は、仮想アレーの第1素子である基準素子をサブアレー1の素子としたものである。結果は図4に、更新回数対RMSE(Root Mean Square Errors、単位λ:波長)として示され、仮想アレー1、2共に仮想素子を基準素子とする構成方法4によって、推定精度を高くすることができることが分かった。これは参照点となる第1素子のアレー応答vk1(θ)を定数とする選択によって精度が高くなるものと考えられる。
【0041】
図5は、従来例と本実施例の推定精度をシミュレーションした結果を示す図である。図4の結果から、本実施例は構成方法4、すなわち、仮想素子を基準素子とした。更新回数は5回固定とした。使用したサブアレー及びその素子数は、図3を参照して次のとおりである。
従来例1:3素子サブアレー1、2
従来例2:6素子サブアレー1、2
従来例3:3素子サブアレー1、2、3、4
従来例4:6素子サブアレー1、2、3、4
本発明 :3素子サブアレー1、2
結果は図5に、SNR(Signal-to-Noise Ratio:単位dB)対RMSE(単位λ:波長)として示され、本実施例は3素子2サブアレーでありながら、従来例3の3素子4サブアレーよりも推定精度が高く、従来例2の6素子2サブアレーに匹敵する推定精度が得られた。低SNR(0dB以下)では、従来例2に比べて推定精度が劣化しているが、初期推定精度が悪い場合、適切なデータ共有ができないためと考えられる。SNRが高くなると従来法2と同等以上の推定精度が得られており、これはより正確なデータ共有ができ、AOA推定誤差の分散が減少するためと考えられる。
【0042】
図6は、従来例と本実施例の位置推定誤差の確率分布をシミュレーションした結果を示す図である。結果は、1波長ごとの位置推定誤差である距離誤差(単位λ:波長)対PDF(確率密度関数:Probability Density Function)として示され、本実施例は誤差の小さい確率が最も高く、更新推定によって精度が大きく改善することが分かる。
【0043】
なお、本発明は上記実施例に限定されるものではない。
サブアレーは3つ以上あっても良い。
【0044】
到来方向推定の手法としてはESPRIT(Estimation of
Signal Parameters via Rotational Invariance Techniques)法又はTOPS(Test of Orthogonality of Projected Subspace)などでも良い。
【0045】
従来のTOPSは、広帯域信号を帯域分割し、1つの周波数の信号部分空間を他の周波数に周波数変換して、次の行列Dを検定する。
【0046】
【数17】

(17)
ここで、Ukは周波数変換された信号部分空間、Wkは各周波数の相関行列から得られる周波数変換された雑音部分空間である。この行列D→はθが所望の到来方向であるときランクが減少する。この行列D→のランクの減少を利用して到来方向推定を行う。
【0047】
これに対して、次の行列Z→を検定する。
【0048】
【数18】

(18)
この行列Z→はφが所望の到来方向であるとき、部分行列の行と列が0に近づく。しかし従来のTOPSでは、部分行列の行しか0に近づかない。そのため、従来のTOPSよりも直交性の検定精度が上がり、この改善TOPSでは分解能が低、中SNRで改善される。
【0049】
なお、本発明の位置推定システムは、コンピュータを本位置推定システムとして機能させるためのプログラムでも実現される。このプログラムは、コンピュータで読み取り可能な記録媒体に格納されていてもよい。
【0050】
このプログラムを記録した記録媒体は、システム内のROMそのものであってもよいし、また、外部記憶装置としてCD−ROMドライブ等のプログラム読取装置が設けられ、そこに記録媒体を挿入することで読み取り可能なCD−ROM等であってもよい。
【0051】
また、上記記録媒体は、磁気テープ、カセットテープ、フレキシブルディスク、ハードディスク、MO/MD/DVD等、又は半導体メモリであってもよい。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
離れて設置されている複数のアレーアンテナ(以下、実際のアレーアンテナを「サブアレー」と言う。)の各アンテナ素子からの信号をそれぞれ受信して、各サブアレーの位置における信号源からの電波の到来方向を推定する第1到来方向推定手段と、
該第1到来方向推定手段によって推定された各到来方向に基づいて前記信号源の位置を推定する第1位置推定手段と、
該第1位置推定手段によって推定された信号源の位置と各前記サブアレーの位置との距離に基づいて、各前記サブアレーのアンテナ素子の1つである第1アンテナ素子からの信号の同期を取るために各前記信号の位相を補正する信号同期手段と、
該信号同期手段によって同期が取れた他のサブアレーの信号を共有して、複数のサブアレーからの信号を1つの仮想のアレーアンテナからの信号として、各信号を成分とする行列を作成するデータ共有手段と、
該データ共有手段によって作成された行列の相関行列を演算する相関行列演算手段と、
該相関行列演算手段によって演算された相関行列に基づいて、各サブアレーの位置における前記信号源からの電波の到来方向を推定する第2到来方向推定手段と、
該第2到来方向推定手段によって推定された各到来方向に基づいて前記信号源の位置を推定する第2位置推定手段と
を備えることを特徴とする位置推定システム。
【請求項2】
前記信号同期手段、データ共有手段、相関行列演算手段、第2到来方向推定手段及び第2位置推定手段を所定回数繰り返し実行して最終的な前記信号源の位置を推定することを特徴とする請求項1記載の位置推定システム。
【請求項3】
前記データ共有手段は、前記他のサブアレーのアンテナ素子の1つからの信号を前記行列の第1成分として行列を作成することを特徴とする請求項1又は2記載の位置推定システム。
【請求項4】
前記第2到来方向推定手段は、広帯域信号を帯域分割し、1つの周波数の信号部分空間を他の周波数に周波数変換して、次の行列Zを検定することを特徴とする請求項1乃至3いずれかに記載の位置推定システム。
【数19】

(19)
ここで、Ukは周波数変換された信号部分空間、Wkは各周波数の相関行列から得られる周波数変換された雑音部分空間である。
【請求項5】
前記第2到来方向推定手段は、前記相関行列を固有値展開して、得られる雑音部分空間の固有値を含む直交行列に基づいて、MUSIC(Multiple Signal Classification)スペクトルのピークを求めることによって、電波の到来方向を推定することを特徴とする請求項1乃至3いずれかに記載の位置推定システム。
【請求項6】
コンピュータを、請求項1乃至5いずれかに記載の位置推定システムとして機能させるためのプログラム。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−128088(P2011−128088A)
【公開日】平成23年6月30日(2011.6.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−288519(P2009−288519)
【出願日】平成21年12月18日(2009.12.18)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 社団法人電子情報通信学会「電子情報通信学会技術研究報告」第109巻、第105号、平成21年 6月18日発行に発表
【出願人】(899000079)学校法人慶應義塾 (742)
【Fターム(参考)】