低栄養症状疾患治療剤
【課題】食欲不振、悪液質又は悪性疾患、感染症及び炎症性疾患による付随的体重減少による衰弱状態などの低栄養症状を示す疾患の治療剤を提供する。
【解決手段】グレリン又はグレリン類似体を有効成分として含有する低栄養症状を示す疾患の治療剤。
【解決手段】グレリン又はグレリン類似体を有効成分として含有する低栄養症状を示す疾患の治療剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は新規な低栄養症状疾患治療剤に関する。さらに詳しくは、グレリン又はグレリン類似体を有効成分として含有する低栄養症状を示す疾患の治療剤に関する。また、グレリンのアゴニスト又はアンタゴニストを用いた新規な摂食異常又は代謝異常治療剤に関する。
【背景技術】
【0002】
体重調節は摂食量とエネルギー消費のバランスが鍵を握り、両者のバランスが肥満、やせを引き起こす。1994年に発見されたレプチンがadiposity(体脂肪量蓄積)シグナルとして体重調節の根幹に関わることが明らかにされて以来、レプチンの下流に位置する、多くの新しい食欲調節に関与するペプチドが見いだされた。特に、それまで個々独立した機能としてしか捉えられていなかった視床下部由来の神経ペプチド群が、レプチンの下流でそれぞれが機能し、さらにこれらの神経ペプチド群相互間でも密に情報交換が行われていることがわかってきた。
【0003】
これらの神経ペプチドのうち、食欲を亢進する物質としては、ニューロペプチドY(NPY)、オレキシン類(orexins)、モチリン(motilin)、メラニン濃縮ホルモン(melanin-concentrating hormone:MCH)やアゴウチ関連タンパク質(agouti-related protein:AGRP)が知られている。また、食欲を抑制する物質としては、α−メラノサイト刺激ホルモン(α-melanocyte-stimulating hormone:α−MSH)、副腎皮質刺激ホルモン放出因子(corticotropin-releasing factor:CRF)、コカイン−及びアンフェタミン−制御転写物(cocain- and amphetamine- regulated transcript:CART)やコレシストキニン(cholesystokinin:CCK)などが知られている。これらのペプチドは胃腸の運動を制御する生理学的メカニズムに関与しており、エネルギー恒常性に影響すると考えられている。
【0004】
特に、NPYは36アミノ酸からなる神経伝達物質であり、摂食中枢とされる視床下部に豊富に発現する。NPYは視床下部弓状核(ARC)で産生され、軸索を通じて主に室傍核(PVN)へと分泌されて摂食に影響を及ぼす。NPYを中枢投与すると強力な摂食亢進作用を示す(Schwartz, MW et al., Am. J. Clin. Nutr., 69:584, 1999)が、末梢への投与では摂食に関係しないか、逆に抑制傾向を示した。この現象は他のPPファミリーペプチドでも同様に見られる。NPYが引き起こす種々の生理作用はNPY受容体を介して行われる。NPY受容体は現在、5つのサブタイプ(Y1、Y2、Y4、Y5、y6)がクローニングされており、その基本構造は7回膜貫通型Gタンパク質共役受容体である。リガンドの結合特異性と摂食促進活性の検討からY5受容体が、そしてアンタゴニスト投与実験を含めた解析から、Y1受容体が摂食調節と密接に関係する受容体として報告されている(Inui A., Trends Pharmacol Sic 20:43-46, 1999など)。
【0005】
一方、成長ホルモン(GH)は、下垂体前葉から分泌されるホルモンであり、その分泌は巧妙に制御されており、視床下部の成長ホルモン放出ホルモン(GHRH)によって刺激を受け、ソマトスタチンによって抑制される。近年、GHRHやソマトスタチンとは別の経路によるGH分泌調節機構が明らかになってきた。この別経路のGH分泌調節機構は、GHの分泌促進活性をもつ合成化合物である成長ホルモン放出促進因子(growth hormone secretagogue:GHS)の研究により展開されてきた。GHSはGHRHとは異なる経路で作用する。すなわち、GHRHはGHRH受容体を活性化して、細胞内cAMP濃度を上昇させるのに対して、GHSはGHRH受容体とは異なる受容体を活性化して、細胞内IP3系を介して細胞内Ca++イオン濃度を上昇させる。このGHSが作用する受容体であるGHS−Rは、1996年に発現クローニング法により構造が解明された(Howard A.D. et al, Science, 273: 974-977, 1996)。GHS−Rは細胞膜を7回貫通する典型的なGタンパク質共役型受容体であり、主として視床下部、下垂体に存在する。
【0006】
さらに、生体内に存在しない合成化合物であるGHSを結合する受容体が存在することから、このGHS−Rに結合して、活性化する内因性のリガンドが探索された。その結果、GHS−Rに特異的なリガンドとして、グレリン(Ghrelin)がラットの胃から精製、同定された(Kojima M. et al., Nature, 402:656-660, 1999)。
【0007】
グレリンは、アミノ酸28残基からなるペプチドで、3番目のセリン残基がn−オクタノイル化されている。また、ヒトのグレリンはラットグレリンとアミノ酸2残基が異なる。以下にラット及びヒトのグレリンの構造式を示す。
【0008】
【化1】
【0009】
化学合成したグレリンはナノモルオーダーで、GHS−Rを発現させたCHO細胞の細胞内Ca++上昇活性や、初代培養下垂体細胞で成長ホルモンの放出活性をもつ。さらに、in vivoでもラットにおいて血中成長ホルモンを上昇させる。グレリンのmRNAは胃で顕著に発現しており、またグレリンは血中にも存在する。さらに、GHS−Rは視床下部、心臓、肺、膵臓、小腸や脂肪組織にも存在している(前記Kojima ら)。また、グレリンには摂食促進作用のあることが報告されている(Wren et al., Endocrinology, 141(11):4325-4328, 2000)。これらの知見から、グレリンは胃で産生され、血中を介して下垂体に運搬された後に脳や末梢でさまざまな作用を及ぼしていると考えられているが、その生理的役割はまだ十分に解明されていない。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の目的は、グレリンの食欲調節における作用及びそのメカニズムを解明し、またこれを用いた新規な低栄養症状疾患治療剤を開発することにある。さらには、グレリンのアゴニスト又はアンタゴニストを用いた新規な摂食異常又は代謝異常治療剤を開発することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記目的を達成するために鋭意研究した結果、本発明者らは、グレリンがNPYとY1受容体を介して顕著な食欲促進作用を示すことを発見し、本発明を完成した。
すなわち、本発明は、グレリンを有効成分として含有する低栄養症状を示す疾患の治療剤を提供する。
【0012】
本発明はさらに、グレリンの存在下又は非存在下に、候補物質を動物に投与し、摂食量、NPY mRNA発現量、NPYとNPYのY1受容体との結合量、酸素消費量、胃内容排出速度、又は迷走神経の活性を測定することを含む、グレリンのアゴニスト又はアンタゴニストのスクリーニング方法を提供する。
【0013】
本発明はさらに、上記方法により得られるグレリンのアゴニストを有効成分として含有する食欲不振症又は体重減少症治療剤を提供する。
本発明はさらに、上記方法により得られるグレリンのアンタゴニストを有効成分として含有する肥満予防剤又は治療剤を提供する。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】図1は、Aは、ヒトグレリンとヒトモチリンのアミノ酸配列を示したものである。Bは、ヒトグレリン受容体とヒトモチリン受容体のアミノ酸配列を示したものである。同じアミノ酸を星印で示す。
【図2】図2は、グレリンICV投与の摂食に及ぼす効果を示す。
【図3】図3は、NPY、AGRP、オレキシンA、オレキシンB及びMCHと比較したグレリンのマウスICV投与の効果を示す。
【図4】図4は、グレリンのICV投与後の視床下部におけるNPY遺伝子の発現を示す。上のパネルは、グレリンICV投与後の視床下部NPY mRNAのノーザンブロットを示す。下のグラフは、ノーザンブロットのデータをG3PDH mRNAに正規化して対照群のパーセントで表示したものである。
【図5】図5は、NPYのY1受容体アンタゴニスト(BIBO3304)及びY5受容体アンタゴニスト(L152804)で前処理することが、グレリンで誘導された摂食に及ぼす効果を示す。
【図6】図6は、グレリンICV投与の酸素消費量に及ぼす効果を示す。
【図7】図7は、グレリンIP投与の摂食に及ぼす効果を示す。
【図8】図8は、グレリンIP投与の視床下部NPY mRNA発現に及ぼす効果を示す。
【図9】図9は、グレリンIP投与の胃内容排出速度に及ぼす効果を示す。
【図10】図10は、迷走神経切断術がグレリンの摂食促進効果に及ぼす効果を示す。
【図11】図11は、迷走神経切断術がグレリン投与時の胃迷走神経の求心性神経活性に及ぼす効果を示す。
【図12】図12は、48時間絶食したリーンマウスにおける、グレリンmRNAの胃での発現をノーザンブロット分析で試験した結果を示す。
【図13】図13は、IL−1β及びレプチンをIP投与したときの、胃におけるグレリンmRNA発現をノーザンブロットで試験した結果を示す。
【図14】図14は、ob/ob肥満マウスの胃におけるグレリンmRNA発現をノーザンブロットで試験した結果を示す。
【図15】図15は、ob/obマウスにレプチンを繰り返し投与したときの、胃におけるグレリンmRNA発現をノーザンブロットで試験した結果を示す。
【図16】図16は、絶食リーンマウスにグレリンとIL−1βを共投与したときの摂食量と体重に及ぼす効果を示す。
【図17】図17は、グレリンを繰り返し投与したときの、IL−1βで誘導される摂食量と体重の減少に及ぼす効果を示す。
【図18】図18は、LC-6移植HHM/cahexiaモデルマウスにおけるグレリンの体重増加に及ぼす効果を示す。
【図19】図19は、LC-6移植HHM/cahexiaモデルマウスにおけるグレリンの脂肪増加に及ぼす効果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明で有効成分として用いるグレリンは、式1で表されるラットグレリン又はヒトグレリン又はグレリン類似体である。
【0016】
【化2】
【0017】
グレリン類似体には、食欲促進作用を有する限り、28個のアミノ酸の1個以上のアミノ酸が欠損、置換または付加されているものも包含され、さらに、これらの各種誘導体、例えば、ペプチド構成アミノ酸が置換された誘導体(アミノ酸間に基、例えば、アルキレンが挿入されたものも包含する)及びエステル誘導体も包含される。
【0018】
グレリン又はグレリン類似体はいかなる方法で製造したものでもよく、例えば、ヒト、ラットの細胞より分離、精製したもの、合成品、半合成品、遺伝子工学的手法により得られたものなどを含み、特に制限はない。
【0019】
28個のアミノ酸の1個以上のアミノ酸が欠損、置換または付加されているもの例としては、グレリンの14番目のGln残基が欠除した、des-Gln14-グレリンなどが代表的である。ラットdes-Gln14-グレリンはグレリン遺伝子のスプライシングの違いにより生じるものであり、ラット胃においてはグレリンの4分の1程度存在し、成長ホルモン放出活性の強さはグレリンと同じである。
【0020】
さらに、J.Med.Chem.2000, 43, 4370-4376には、ヒトGHSR1aの活性化に必要なグレリンの最少配列が記載されており、ここに記載された下記のようなものも本発明のグレリン類似体に包含される。例えば、グレリン28個のアミノ酸のうち、N末端から3及び4番目のアミノ酸(好ましくは、N末端4個のアミノ酸)を有し、かつN末端から3番目のアミノ酸(Ser)の側鎖が置換されているペプチド及びその誘導体であって、食欲促進作用を有するものが挙げられる。
【0021】
N末端から3番目のアミノ酸の側鎖の例としてはグレリンの側鎖であるn−オクタノイル以外のアシル基及び置換アルキル基(これらの炭素数は6〜18が好ましい)が挙げられ、具体的な側鎖としては、下記のものが挙げられる:
−CO−(CH2)6CH3、−CO(CH2)9CH3、−CO(CH2)14CH3、−CO−CH=CH−CH=CH−CH=CH−CH3、−CO−CH(CH2CH2CH3)2、−CO−(CH2)6CH2Br、−CO−(CH2)2CONH(CH2)2CH3、−CH2−NH−CO(CH2)8CH3、−CH2−O−CO(CH2)8CH3、−CH2−NH−CO(CH2)6CH3、
【0022】
【化3】
【0023】
N末端から3及び4番目のアミノ酸を有し、かつN末端から3番目のアミノ酸(Ser)の側鎖が置換されているグレリン類似体の具体的な例としては、第37回ペプチド討論会(2000年10月18日〜20日)で報告された化合物:
NH2−(CH2)4−CO−Ser(オクチル)−Phe−Leu−NH−(CH2)2−NH2があげられる。
【0024】
本発明によって明らかになった以下に記載するグレリンの作用メカニズムを考慮すると、これらのグレリン類似体も食欲促進活性を期待することができる。
本発明の低栄養症状を示す疾患の治療剤においては、グレリン又はグレリン類似体を2種以上組み合わせて用いてもよい。
【0025】
本発明の低栄養症状を示す疾患の治療剤は中枢投与(例えば脳室内投与、脊髄腔注)とすることも、末梢投与とすることも可能である。好ましくは、末梢投与で使用する。上述したように、NPYや他のPPファミリーペプチドは末梢への投与では摂食に関係しないが、本発明の治療剤は末梢投与でも顕著な食欲亢進効果を示した。従って、本発明の治療剤は投与に伴う患者の苦痛が少なく、かつ簡便に服用することができ、従来の食欲調節性ペプチドに比べてはるかに利点が大きい。
【0026】
グレリン又はグレリン類似体は、公知の製剤技術により、単独であるいは薬理学的に受容しうる担体、添加剤などとともに、通常の経口投与用製剤及び非経口投与用製剤とすることができる。例えば、溶液製剤(動脈注、静脈注又は皮下注などの注射剤、点鼻剤、シロップ剤等)、錠剤、トローチ剤、カプセル剤、散剤、顆粒剤、軟膏剤、座剤などに製剤化することができる。また、ドラッグデリバリーシステム(除放剤など)で使用することも可能である。
【0027】
本発明の低栄養症状を示す疾患の治療剤の投与量は、患者の年齢、体重、症状、投与経路などに応じて異なり、医師の判断によって決定される。通常、静脈内投与のためには、グレリンとして、体重1kgあたり約0.1μg〜1000mg、好ましくは約0.01mg〜100mg、より好ましくは0.1mg〜10mgである。但し、投与量はこれに限定されるものではない。
【0028】
本発明の治療剤は、低栄養症状を示す疾患の治療に用いることができ、特に食欲不振、悪液質又は悪性疾患、感染症及び炎症性疾患による付随的体重減少による衰弱状態から選ばれる疾患に有効である。とりわけ、悪液質に伴う食欲不振症又は体重減少症の治療剤として有用である。悪液質は、漸進性の体重減少、貧血、皮膚乾燥又は浮腫、食欲不振などを主症状とする全身状態の不良をいい、感染症、寄生虫症、悪性腫瘍など非常に多くの疾患の末期症状としてみられる。本明細書では、食欲亢進、摂食増加、摂食促進などの用語は同じ意味をもつ言葉として互換的に使用する。
【0029】
本発明はさらに、グレリンの存在下又は非存在下に、候補物質を動物に投与し、摂食量、NPY mRNA発現量、NPYとNPYのY1受容体との結合量、酸素消費量、胃内容排出速度、又は迷走神経の活性を測定することを含む、グレリン又はグレリン類似体のアゴニスト又はアンタゴニストのスクリーニング方法を提供する。具体的な測定方法は例えば本明細書に記載の方法を用いることができるが、これに限定されない。
【0030】
上記スクリーニング方法で得られたグレリン又はグレリン類似体のアゴニストを本発明の食欲不振症又は体重減少症治療剤の有効成分として用いることができる。
また、上記スクリーニング方法で得られたグレリン又はグレリン類似体のアンタゴニストを本発明の肥満予防剤又は治療剤の有効成分として用いることができる。以下の実施例に示すように、NPYのY1受容体アンタゴニストで前処理することによって、グレリンで誘導される摂食促進を有意に阻害した。従って、グレリン又はグレリン類似体のアンタゴニスト投与により、肥満を治療するだけでなく、予防することも可能となる。
【0031】
本発明では、グレリン又はグレリン類似体のアゴニストとしてモチリンもしくはモチリン類似体又はそれらのアゴニストを用いることができ、またグレリン又はグレリン類似体のアンタゴニストとしてモチリンもしくはモチリン類似体のアンタゴニストを用いることができる。
【0032】
モチリンは十二指腸、空腸上部の内分泌細胞から分泌される22アミノ酸残基のペプチドであり(Itoh, Z., Peptides, 18:593-608, 1997)、消化管の空腹期(interdigestive)運動、胆嚢収縮及び胃や膵臓からの酵素分泌に関与する。モチリンはGH分泌を促進することが報告されており、非ペプチド性のモチリンアゴニストを用いて胃の運動を促進することが報告されている(前出、Itoh)。図1のAに示すように、ヒトグレリンとヒトモチリンは互いに36%のアミノ酸同一性を示す(アクセス番号A59316及びP12872)。さらに、図1のBに示すように、ヒトグレリン受容体はヒトモチリン受容体と全体として50%のアミノ酸同一性を示す(アクセス番号Q92847、Q92848及びQ43193)。また、最近になって、Tomasettoたちもマウス胃から新規なペプチドを単離したが、これはグレリンと同一であり、モチリン関連ペプチドと命名した(Tomasetto C. et al., Gastroenterology, 119:395-405, 2000)。グレリンとモチリンとの配列相同性及びグレリン受容体とモチリン受容体との配列相同性に鑑み、グレリン又はグレリン類似体のアゴニストとしてモチリンもしくはモチリン類似体又はそれらのアゴニストを用いることができ、またグレリン又はグレリン類似体のアンタゴニストとしてモチリンもしくはモチリン類似体のアンタゴニストを用いることができる。
【0033】
摂食とエネルギーバランスを制御するメカニズムは複雑であり、まだ十分には解明されていない。現在までに、NPY、AGRP、オレキシン類、MCH、ビーコン(beacon)、メラニン細胞刺激ホルモン(MSH)、ニューロメジンU、コカイン−及びアンフェタミン−制御転写物(CART)、副腎皮質刺激ホルモン放出因子(CRF)やレプチンを含む多くのペプチドがエネルギー恒常性に影響することが示されてきた。上述したように、36アミノ酸からなるペプチドであるNPYが摂食刺激系及び体重制御における鍵となる成分の一つである。これまでの研究では、中枢投与したNPYはげっ歯類で摂食を刺激し、代謝率を下げる(Bray G.A. et al., Recent Prog Horm Res, 53:95-118, 1998)。NPY類似体及び特定のアンタゴニストを用いた受容体の薬理学的性状決定によると、Y1受容体及びY5受容体のいずれもがNPY摂食受容体であると考えられている。
【0034】
本発明において、ICV投与したグレリンはNPYと同様に摂食を顕著に刺激し、酸素消費量を減少し、これらはいずれもY1受容体アンタゴニストでブロックされた。少量のグレリンが脳に存在することが逆転写ポリメラーゼ連鎖反応(RT−PCR)による増幅と、免疫組織学的分析で示唆されている。従来の報告では、GHS−Rは弓状核(arcuate nucleus:ARC)に局在しており、弓状核でNPYが合成される(Tannenbaus GS et al., Endocrinology, 139:4420-4423, 1998)。インサイチュハイブリダーゼーション試験で、GHS−RとNPYは弓状核ニューロンに共に局在していることが示されている(Guan XM et al., Brain Res MolBrain Res, 48:23-29, 1997など)。さらに、非ペプチド性の成長ホルモン放出促進因子が視床下部で機能して弓状核ニューロンの電気活性を変えて、転写因子であるc−fosの発現を活性化することが知られている(Dickson Sl et al., Neuroendocrinology, 61:36-43, 1995など)。
【0035】
本発明では、NPYのmRNA発現はグレリンを中枢投与することによって有意に上昇した。従って、ポジティブなエネルギーバランスを生み出すグレリンの作用メカニズムは、視床下部のNPYとY1受容体系と関与していると思われる。現在までに、いくつかのペプチドが脳に投与したときに摂食を増加することが示されている(Elmquist JK et al., Nat Neurosci, 1:445-450, 1998など)。しかしながら、末梢投与して食欲亢進作用を示すペプチドは今までに報告されていない。本発明では、末梢投与したグレリンがNPYとY1受容体を介して摂食刺激することを明らかにした。迅速な胃の内容排出は過食や肥満と密に関連すること、また同様に胃の内容排出の遅延は食欲不振や悪液質と関連することが示唆されている(Inui A., Cancer Res 59:4493-4501, 1999など)。本発明では、グレリンはモチリンと同様に有意に胃内容排出速度を増加した。これまでの研究では、コレシストキニン(CCK)が強力な摂食阻害効果と、胃迷走神経の求心活性化を介する胃空隙化を阻害する効果を有することが報告されている(Schwartz GJ et al., Am J Physiol, 272:R1726-1733, 1997)。
【0036】
本発明では、グレリンの食欲亢進効果もまた迷走神経と求心活性を介していることを明らかにした。電気生理学的研究から明らかなように、ラットに静脈投与するときのグレリンの有効量は、CCKの有効量よりも低い。ボンベシン、IL−1β、レプチン及びガストリン放出ペプチド(GRP)を含む種々の反オレキシン分子(anorexigenic molecules)が胃迷走神経求心の放電率(discharge rate)を増加することが報告されている(前出、Schwartzなど)。従って、グレリンが迷走神経活性に及ぼす効果、及び摂食に及ぼす効果はこれらの摂食阻害分子とは反対のものであり、食欲亢進活性が迷走神経を介して作用することを支持している。
【0037】
さらに本発明では、胃でのグレリンmRNAの発現が飢餓状態によって上昇することを示した。これらの結果は、飢餓状態でのグレリンmRNAの増加が少なくとも部分的には視床下部NPYの活性化の原因であり、その結果摂食を引き起こすことを示唆している。もしそうであるとすると、胃は、末梢から視床下部への飽満シグナルであるレプチンの産生源であるだけでなく、摂食刺激シグナルであるグレリンの産生源でもある。食欲不振や悪液質では、IL−1、IL−6や腫瘍壊死因子のようなサイトカインがエネルギーバランスに重要な影響を及ぼす(Inui A., Cancer Res 59:4493-4501, 1999など)。また、悪液質は体重減少などを主症状とする全身状態の不良をきたすことが知られている。摂食を抑制することが知られているレプチン、CRF、CCK及びインスリンを含むいくつかのホルモンはサイトカインで誘導される。本発明では、胃でのグレリンmRNA発現がIL−1β及びレプチンのいずれによっても減少し、ob/obマウス(レプチンが欠失しており、そのため暴食に陥り肥満となっているマウス)では上昇することを示した。レプチンを繰り返し投与するとエネルギーの取込だけでなく、グレリンmRNAの発現も減少した。従って、胃におけるグレリン遺伝子の発現が食欲の制御と蜜に関連しており、飢餓状態への適応性応答又は肥満の発生のいずれかに役割を果たしている。さらに、末梢投与したグレリンがIL−1βで誘導される食欲不振と体重減少を逆転させ、悪液質状態を改善した。グレリンが下垂体からの成長ホルモン放出を強力に刺激することは知られている(前出、Kojima et al.)。これらの知見と本発明で得られた知見を合わせて考えると、IP投与したグレリンのみで、体重増加を刺激することができ、このペプチドが体の成長と脂肪組織の質量の制御に寄与している可能性がある。本発明者は特定の理論に拘束されるものではないが、グレリンは、短期的な食事関連のオレキシゲン(CCKやその他の食事関連飽満因子のカウンターパート)というよりは、体重を長期的に制御する因子、すなわちレプチンのカウンターパートであるのかも知れない。現在までのところ、成長ホルモンは、外科手術ストレス、敗血症、グルココルチコイド投与、HIV感染及び癌と関連する筋肉喪失を治療する有力な同化剤として用いられてきた。成長ホルモンは少なくともある条件下では、全身と筋肉タンパク質合成を刺激する。代って、グレリンは成長ホルモン分泌が減少し、筋肉質量が減少し、また多くの場合食欲不振を伴う老人の治療に有効である。
【0038】
グレリン又はグレリン類似体を有効成分とする本発明の低栄養症状を示す疾患の治療剤は、摂食を促進し、エネルギー消費を減少し、成長ホルモン分泌を刺激することによって、ポジティブなエネルギーバランス状態と体重増加を誘導する。
【0039】
本発明を以下の実施例によってさらに詳しく説明するが、本発明の範囲はこれに限定されない。本発明の記載に基づき種々の変更、修飾が当業者には可能であり、これらの変更、修飾も本発明に含まれる。
【実施例】
【0040】
試験材料及び方法
(1)動物実験
7週齢のddy雄マウス(32−35g)はJAPAN SLC (Shizuoka, Japan)から購入した。10−11週齢の肥満型(ob/ob)C57BL/6Jマウス(38−42g)はShionogi Co., Ltd. (Shiga, Japan)から購入した。これらを個別で制御された環境で飼育した(温度22±2℃、湿度55±10%、12時間ごとの明暗サイクルで午前7時に明サイクル開始)。特記しない限り食餌と水は自由に与えた。マウスは各実験で1回だけ用いた。ラットグレリン、ラットNPY、ヒトアゴウチ関連タンパク質(agouti-related protein)86−132(AGRP)、マウスオレキシンA、マウスオレキシンB及びマウスメラニン濃縮ホルモン(MCH)はPeptide Institute (Osaka, Japan)から購入した。組換えマウスレプチン及び組換えマウスIL−1βはそれぞれR & D Systems (Minneapolis, USA)及びUpstate Biotechnology (New York, USA)から購入した。BIBO3304はBoeringer-Ingelheim Pharma, Germany)から、またL152804及びJ115814はBanyu (Banyu Pharmaceutical Co., Ltd., Tokyo, Japan)から恵与された。なお、BIBO3304及びJ115814はNPYのY1受容体アンタゴニストであり、L152804はY5受容体アンタゴニストである。投与の直前に各薬剤を人工脳脊髄液(ACSF)4μlで希釈して第三脳室内(intra-third corebroventricular:ICV)投与するか、あるいは生理食塩水100μlで希釈して腹腔内(IP)投与した。対照群にはACSF又は生理食塩水のみを与えた。各アンタゴニストはグレリンと同時に投与した。結果は平均値±SEで示した。分散解析(ANOVA)を行い、Bonferroniのt検定により群間の差を求めた。P<0.05の場合に統計的に有意な差があるとした。
(2)ICV投与
ICV投与を行うためには、マウスをペントバルビタールナトリウム(80−85mg/kgIP)で麻酔し、実験前の7日間、定位固定装置(SR-6, Narishige, Tokyo, Japan)内においた。各頭蓋骨に、針を使って中央縫合の側方0.9mmで前頂の0.9mm後方に穴をあけた。一端を長さ3mmにわたって傾斜させた24ゲージのカニューレ(Safelet-Cas, Nipro, Osaka, Japan)を第三脳室に埋め込みICV投与用とした。カニューレを歯科用セメントで頭蓋骨に固定し、シリコンでふたをした。27ゲージの注入用インサートをPE−20チュービングでミクロシリンジに取り付けた。マウスを拘束したり、行動を大きく制限することなく、これをピンセットで前記の固定したカニューレに挿入した。実験終了後、カニューレ端の位置を確認するために、色素(エバンスブルー0.5%及びゼラチン5%)を注入し、凍結脳セクションの組織学的実験に供した。
(3)迷走神経切断術(truncal vagotomy)
実験の4日前に、以下のようにして迷走神経切断術を行った。マウスをペントバルビタールナトリウム(80−85mg/kgIP)で麻酔した。腹壁の中央線を切開して、胃を暖かい食塩水で湿らせた滅菌ガーゼで覆った。食道下部を露出して、迷走神経の前方枝及び後方枝を切断した。手術の最後に腹壁を二重に縫合した。シャム(虚偽)手術マウスでは、同様に迷走神経幹を露出したが、切断はしなかった。迷走神経を切断したマウス及びシャム手術したマウスを完全栄養流動食(Oriental Yeast Co., Ltd. Tokyo, Japan)で飼育した。
(4)摂食試験
試験は10時に開始した。摂食試験前に、マウスには自由に食餌と水を摂らせた。ただし、グレリンとIL−1βのIP共投与が摂食に及ぼす効果を調べる試験では、マウスに16時間食餌を与えず、水のみ自由に摂らせた。摂食量の測定は、ICV又はIP投与の20分、1時間、2時間及び4時間後に、予め測定して与えておいた食餌量から残った食餌量を差し引いて求めた。食餌制限をしなかったリーンマウスでは、グレリン(3ナノモル/マウス)、IL−1β(5ピコモル/マウス)もしくは生理食塩水を5日間繰り返しIP投与した。マウスには7時と19時に毎日注射した。摂食量と体重を毎日測定するとともに、毛並みの状態を観察した。
(5)RNAの単離とノーザンブロット分析
視床下部ブロックと胃からRNeasy Mini Kit (Qlagen, Tokyo, Japan)を用いてRNAを単離した。全RNAをホルムアルデヒドで変性し、1%アガロースゲルで電気泳動し、Hybond N+ メンブラン(Amersham Pharmacia Biotech AB, Uppsala, Sweden)にブロットした(Ueno N. et al., Gastroenterology, 117:1427-1432, 1999)。メンブランを32P標識したcDNAプローブとハイブリダイズさせて視床下部中のNPY mRNAを測定し、ジゴキシゲニン標識したcDNAプローブとハイブリダイズさせて胃中のグレリンmRNAを測定した。ハイブリダイズしたシグナルの全量をデンシトメトリ(Image Master 1D Elite ver 3.0, Amersham Pharmacia Biotech AB, Uppsala, Sweden)で測定した。データをグリセルアルデニド3リン酸デヒドロゲナーゼ(G3PDH)mRNAに正規化して対照群のパーセントで表示した。
(6)NPY遺伝子発現
マウスを24時間絶食させた。絶食期間中、ICV投与する予定のマウスにはグレリン(1ナノモル/マウス)もしくはACSFを12時間毎に投与し、3回目の最終投与の30分後にマウスを頸部脱臼によって殺した。IP投与する予定のマウスにはグレリン(3ナノモル/マウス)もしくは生理食塩水を8時間毎に投与し、4回目の最終投与の30分後にマウスを頸部脱臼によって殺した。直ちに脳ブロックを切除してドライアイスで凍結し、ノーザンブロットを調製するまで−80℃で保存した。
(7)グレリン遺伝子発現
リーンマウスを48時間絶食させた。絶食期間中、絶食マウスにIL−1β(5ピコモル/マウス)、レプチン(3ナノモル/マウス)もしくは生理食塩水を12時間毎にIP投与し、5回目の最終投与の30分後にマウスを頸部脱臼によって殺した。絶食しないob/obマウスでは、レプチン(3ナノモル/マウス)もしくは生理食塩水を7日間繰り返し投与した。マウスには毎日7時と19時に注射をし、最終投与の30分後にマウスを頸部脱臼によって殺した。直ちに胃を切除してドライアイスで凍結し、ノーザンブロットを調製するまで−80℃で保存した。
(8)酸素消費量
酸素消費量を22℃でO2/CO2代謝測定システム(Model MK-5000, Muromachikikai, Tokyo, Japan)を用いて測定した(前出、Ueno N. et al.)。チャンバー容量は560ml、チャンバーへの空気の流速は500ml/分であった。サンプルは3分ごとに取り出し、標準ガスサンプルは30分毎に取り出した。マウスを明サイクル中で食餌、水を与えずに、またチャンバー中に拘束せずに入れて、BIBO3304(5ナノモル/マウス)の存在下もしくは不在下に、グレリン(10時に0.3−1ナノモル/マウス)をICV投与し、その2時間後の酸素消費量を測定した。
(9)胃内容排出速度
胃内容排出速度測定試験の前に、マウスを16時間絶食させ、水は自由に摂らせた。絶食マウスに予め計量した食餌ぺレットを1時間自由に摂らせ、その後グレリンを投与した。投与後1又は2時間で再度マウスを絶食させた。摂食重量は残ったぺレットを計量して求めた。試験開始後2又は3時間後にマウスを頸部脱臼により殺した。ただちに胃を開腹術により露出し、幽門と噴門を素早く結紮して除去し、乾燥内容物重量を測定した。内容物は真空凍結乾燥システム(Model 77400, Labconco, Kansas, USA)で乾燥した。胃内容排出速度は以下の式によって計算した:
胃内容排出速度 (%)={1−(胃から回収した食餌の乾燥重量/摂食重量)}x100
(10)電気生理学的研究
雄Wistarラット(300g)をウレタン(1g/kgIP)で麻酔し、気管カニューレを挿入した。解剖顕微鏡下で、迷走神経の胃分岐部(gastric branch)の末梢切断端から神経フィラメントを切り出して、一対の銀線電極で求心性の神経活性を記録した。神経活性の経時変化を観察するために、速度メータ(rate meter)(5秒の休止期間)を用いた(Niijima A., J. Nutr 130:971S-973S, 2000)。グレリン(3−300フェムトモル/ラット)投与は下方大静脈(IV)に挿入した小さいカテーテルを介して行った。迷走神経活性に及ぼすグレリンの効果を、注射の前後50秒にわたって、5秒ごとのインパルスの平均数を比較することで測定した。結果は平均値±SEで表した。ANOVA及びScheffe検定を行い、群間の差を評価した。P<0.05の場合を統計的に有意であると判定した。
実施例1:グレリンICV投与の摂食に及ぼす効果
本実施例では、グレリンのマウス脳室(ICV)投与の効果を試験した。絶食しないリーンマウスにACSF(対照)又はグレリン(0.003−1ナノモル/マウス)をICV投与した。薬剤投与の20分、1時間、2時間及び4時間後に摂食量を試験した。得られた結果を図2に示す。結果は平均±SEで表し、nは動物数を表す。*P<0.05及び**P<0.01は、Bonferroniのt検定によって対照群と比較した有意差である。グレリンは用量依存的に摂食量を顕著かつ有意に増加した。ICV投与の24時間後では、1ナノモルのグレリンを投与したマウスでは累積的摂食量も増加したが、これは統計的有意差ではなかった(6.31±0.10g対5.68±0.21g(対照群):P<0.076)。
【0041】
実施例2:他のペプチドと比較したグレリンICV投与の効果
NPY、AGRP、オレキシンA、オレキシンB及びMCHと比較したグレリンのマウスICV投与の効果を実施例1と同様にして、1ナノモル/マウスで試験した。結果を図3に示す。4時間での摂食増加能は、NPY>グレリン>AGRP>オレキシンA>オレキシンB>MCHの順であった。従って、グレリンはNPYを除く全ての食欲亢進性ペプチドよりも強力であった。
【0042】
実施例3:グレリンICV投与のNPY遺伝子発現に及ぼす効果
グレリンがNPY経路を介して作用している可能性を試験するために、グレリンのICV投与後の視床下部におけるNPY遺伝子の発現を上記した方法により調べた。得られた結果を図4に示す。上のパネルは、グレリンICV投与後の視床下部NPY mRNAのノーザンブロットを示す。下のグラフは、ノーザンブロットのデータをグリセルアルデニド3リン酸デヒドロゲナーゼ(G3PDH)mRNAに正規化して対照群のパーセントで表示したものである。グレリンはNPY mRNAの発現を58%も増加した。
【0043】
実施例4:NPYの受容体アンタゴニストによる前処理がグレリン誘導の摂食増加に及ぼす効果
NPYのY1受容体アンタゴニスト(BIBO3304及びJ115814)及びY5受容体アンタゴニスト(L152804)で前処理することが、グレリンで誘導された摂食に効果を及ぼすかどうかについて試験した。Y1受容体アンタゴニストであるBIBO3304及びJ115814(5ナノモル/マウス:ICV投与)はグレリン(1ナノモル/マウス:ICV投与)で誘導される摂食を有意に阻害した。一方、Y5受容体アンタゴニストのL152804(5ナノモル/マウス:ICV投与)はこの効果を示さなかった(図5)。従って、グレリンはNPYのY1受容体を介して作用していると考えられた。
【0044】
実施例5:グレリンのICV投与の酸素消費量に及ぼす効果
グレリンのICV投与の酸素消費量に及ぼす効果を上記の方法を用いて試験した。得られた結果を図6に示す。グレリンは摂食促進したのと同じ用量(0.3−1ナノモル/マウス:ICV投与)で酸素消費量を減少したが、これはY1受容体アンタゴニスト(BIBO3304:5ナノモル/マウス:ICV投与)で前処理することによって阻害された。また、グレリンは、1ナノモルグレリンを投与したマウスで、ICV投与の1時間(7.24±6.96%)及び2時間(5.18±6.01%)後に呼吸商(RQ)を増加する傾向を示したが、統計的有意差には至らなかった。
【0045】
実施例6:グレリンIP投与の摂食及びNPY mRNA発現に及ぼす効果
IP投与したグレリンが同様な摂食亢進効果を示すかを絶食していないリーンマウスで試験した。グレリンのIP投与は3ナノモル/マウスで顕著に摂食を増加した(図7)。3ナノモル/マウスのグレリンをIP投与した24時間後の蓄積摂食量はさらに有意に高かった(6.68±0.16g対6.10±0.17g(対照):P<0.05)。この食欲亢進活性はY1受容体アンタゴニストであるBIBO3304のICV投与によってブロックされたが、Y5受容体アンタゴニストのL152804ではブロックされなかった。グレリンのIP投与後の視床下部NPYのmRNA発現をノーザンブロットで試験したところ、12%の発現増加が観察された(図8:なお、図8中のSalineは、対照群として食塩水を投与した群での結果を示す)。
【0046】
実施例7:グレリンIP投与の胃内容排出速度に及ぼす効果
グレリンが胃内容排出速度を増加するかどうかを上記の方法を用いて試験した。図9は、グレリン(0.3−1ナノモル/マウス)をICV投与したときの1時間及び2時間後の胃内容排出速度を示す。ICV投与でもIP投与でも、グレリンは投与1時間後で胃内容排出速度を有意に増加した(30.16±3.70%(3ナノモル)対20.34±2.27%(対照):P<0.05)。従って、グレリンはモチリンと同様に胃の運動を亢進する。
【0047】
実施例8:迷走神経切断術がグレリンの摂食促進効果、NPY mRNA発現及び胃迷走神経の求心性神経活性に及ぼす効果
グレリンの摂食促進効果が迷走神経を介する経路と関連するかどうかを上述した方法で迷走神経切断術を施したマウスで試験した。迷走神経切断術は侵襲的手術であるが、この手術によってグレリンのIP投与で誘導された摂食促進効果が無くなった(図10:なお、図10中で、Shamはシャム手術群、Vagotomyは迷走神経切断術を施した群を示す)。IP投与したグレリンで誘導された視床下部NPYのmRNA発現の有意な増加もこの手術によって無くなった(データ示さず)。上記の方法を用いて行った電気生理学的研究では、グレリンのIV投与は胃迷走神経の求心性の神経活性を有意に減少した(図11)。
【0048】
実施例9:グレリンmRNAの胃での発現
グレリンmRNAの胃での発現をノーザンブロット分析で試験した。図12に示すように、48時間の絶食は、対照の絶食しないマウスに比べて有意に(16%)グレリンmRNAを増加した(なお、図12中で、Fedは絶食をしないマウス群を、Fastは絶食をしたマウス群を示す)。
【0049】
胃でのグレリンmRNA発現に何らかの異化物質が影響を及ぼしているかどうかを試験するために、IL−1β及びレプチンをIP投与した。図13に示すように、IL−1βとレプチンはいずれも胃におけるグレリンmRNAの発現を有意に減少した(IL−1βについては23±2.8%、レプチンについては22±3.5%)。
【0050】
また、ob/ob肥満マウスの胃におけるノーザンブロット分析を行った。任意量の食餌をさせたリーンマウスと比較して、ob/obマウスのグレリンmRNA発現は有意に(19%)上昇していた(図14)。レプチンはob/obマウスにおいても、リーンマウスにおいても有意に(17±3.2%:P<0.01)グレリンmRNAの発現を減少した。ob/obマウスにレプチンを繰り返し投与すると、食塩水を与えた対照群と比較して、グレリンmRNAを有意に(31%)減少し、また同時に摂食量と体重が減少した(図15)。対照群及びob/obマウスのどちらにおいても視床下部のノーザンブロットではグレリンmRNAの発現を検出しなかった。
【0051】
実施例10:グレリンとIL−1βを共投与したときの摂食量と体重に及ぼす効果
グレリンとIL−1βを共投与したときの摂食量と体重に及ぼす効果を検討した。図16に示すように、IL−1βで誘導される摂食減少はグレリンによってブロックされた。さらに、グレリンを繰り返し投与すると、IL−1βで誘導される摂食量と体重の減少を逆転した(図17)。
【0052】
また、IL−1βのみを投与した群では、毛並みが乱れ、全身状態の悪化が観察されたが、グレリンとIL−1βを共投与した群では、毛並みが改善し、グレリンが悪液質に伴う全身状態の不良を改善することがわかった。
【0053】
実施例11:LC-6移植HHM/cahexiaモデルマウスに対するグレリンの影響
モデル動物として、ヒト肺癌細胞株LC-6を移植したHHMモデルマウスを用いた。このモデルマウスは悪液質に伴う体重減少を示すことが知られている(WO98/13388)。1群6匹のマウスにグレリンを3、0.3、0 nmol/個体を10回(1日2回、12時間おき、5日間)投与した。別途、腫瘍を移植していない正常群(n=5)を準備した。
【0054】
0−5日目に体重測定を行い、また5日目には精巣周辺の脂肪重量を測定した。
得られた結果を図18及び図19に示す。3 nmol投与群は、0nmol投与群に比較して投与開始後3日目まで体重の増加が認められ、5日目まで持続した。また、3 nmol投与群は、0nmol投与群に比較して脂肪重量の増加が認められた。
【技術分野】
【0001】
本発明は新規な低栄養症状疾患治療剤に関する。さらに詳しくは、グレリン又はグレリン類似体を有効成分として含有する低栄養症状を示す疾患の治療剤に関する。また、グレリンのアゴニスト又はアンタゴニストを用いた新規な摂食異常又は代謝異常治療剤に関する。
【背景技術】
【0002】
体重調節は摂食量とエネルギー消費のバランスが鍵を握り、両者のバランスが肥満、やせを引き起こす。1994年に発見されたレプチンがadiposity(体脂肪量蓄積)シグナルとして体重調節の根幹に関わることが明らかにされて以来、レプチンの下流に位置する、多くの新しい食欲調節に関与するペプチドが見いだされた。特に、それまで個々独立した機能としてしか捉えられていなかった視床下部由来の神経ペプチド群が、レプチンの下流でそれぞれが機能し、さらにこれらの神経ペプチド群相互間でも密に情報交換が行われていることがわかってきた。
【0003】
これらの神経ペプチドのうち、食欲を亢進する物質としては、ニューロペプチドY(NPY)、オレキシン類(orexins)、モチリン(motilin)、メラニン濃縮ホルモン(melanin-concentrating hormone:MCH)やアゴウチ関連タンパク質(agouti-related protein:AGRP)が知られている。また、食欲を抑制する物質としては、α−メラノサイト刺激ホルモン(α-melanocyte-stimulating hormone:α−MSH)、副腎皮質刺激ホルモン放出因子(corticotropin-releasing factor:CRF)、コカイン−及びアンフェタミン−制御転写物(cocain- and amphetamine- regulated transcript:CART)やコレシストキニン(cholesystokinin:CCK)などが知られている。これらのペプチドは胃腸の運動を制御する生理学的メカニズムに関与しており、エネルギー恒常性に影響すると考えられている。
【0004】
特に、NPYは36アミノ酸からなる神経伝達物質であり、摂食中枢とされる視床下部に豊富に発現する。NPYは視床下部弓状核(ARC)で産生され、軸索を通じて主に室傍核(PVN)へと分泌されて摂食に影響を及ぼす。NPYを中枢投与すると強力な摂食亢進作用を示す(Schwartz, MW et al., Am. J. Clin. Nutr., 69:584, 1999)が、末梢への投与では摂食に関係しないか、逆に抑制傾向を示した。この現象は他のPPファミリーペプチドでも同様に見られる。NPYが引き起こす種々の生理作用はNPY受容体を介して行われる。NPY受容体は現在、5つのサブタイプ(Y1、Y2、Y4、Y5、y6)がクローニングされており、その基本構造は7回膜貫通型Gタンパク質共役受容体である。リガンドの結合特異性と摂食促進活性の検討からY5受容体が、そしてアンタゴニスト投与実験を含めた解析から、Y1受容体が摂食調節と密接に関係する受容体として報告されている(Inui A., Trends Pharmacol Sic 20:43-46, 1999など)。
【0005】
一方、成長ホルモン(GH)は、下垂体前葉から分泌されるホルモンであり、その分泌は巧妙に制御されており、視床下部の成長ホルモン放出ホルモン(GHRH)によって刺激を受け、ソマトスタチンによって抑制される。近年、GHRHやソマトスタチンとは別の経路によるGH分泌調節機構が明らかになってきた。この別経路のGH分泌調節機構は、GHの分泌促進活性をもつ合成化合物である成長ホルモン放出促進因子(growth hormone secretagogue:GHS)の研究により展開されてきた。GHSはGHRHとは異なる経路で作用する。すなわち、GHRHはGHRH受容体を活性化して、細胞内cAMP濃度を上昇させるのに対して、GHSはGHRH受容体とは異なる受容体を活性化して、細胞内IP3系を介して細胞内Ca++イオン濃度を上昇させる。このGHSが作用する受容体であるGHS−Rは、1996年に発現クローニング法により構造が解明された(Howard A.D. et al, Science, 273: 974-977, 1996)。GHS−Rは細胞膜を7回貫通する典型的なGタンパク質共役型受容体であり、主として視床下部、下垂体に存在する。
【0006】
さらに、生体内に存在しない合成化合物であるGHSを結合する受容体が存在することから、このGHS−Rに結合して、活性化する内因性のリガンドが探索された。その結果、GHS−Rに特異的なリガンドとして、グレリン(Ghrelin)がラットの胃から精製、同定された(Kojima M. et al., Nature, 402:656-660, 1999)。
【0007】
グレリンは、アミノ酸28残基からなるペプチドで、3番目のセリン残基がn−オクタノイル化されている。また、ヒトのグレリンはラットグレリンとアミノ酸2残基が異なる。以下にラット及びヒトのグレリンの構造式を示す。
【0008】
【化1】
【0009】
化学合成したグレリンはナノモルオーダーで、GHS−Rを発現させたCHO細胞の細胞内Ca++上昇活性や、初代培養下垂体細胞で成長ホルモンの放出活性をもつ。さらに、in vivoでもラットにおいて血中成長ホルモンを上昇させる。グレリンのmRNAは胃で顕著に発現しており、またグレリンは血中にも存在する。さらに、GHS−Rは視床下部、心臓、肺、膵臓、小腸や脂肪組織にも存在している(前記Kojima ら)。また、グレリンには摂食促進作用のあることが報告されている(Wren et al., Endocrinology, 141(11):4325-4328, 2000)。これらの知見から、グレリンは胃で産生され、血中を介して下垂体に運搬された後に脳や末梢でさまざまな作用を及ぼしていると考えられているが、その生理的役割はまだ十分に解明されていない。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の目的は、グレリンの食欲調節における作用及びそのメカニズムを解明し、またこれを用いた新規な低栄養症状疾患治療剤を開発することにある。さらには、グレリンのアゴニスト又はアンタゴニストを用いた新規な摂食異常又は代謝異常治療剤を開発することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記目的を達成するために鋭意研究した結果、本発明者らは、グレリンがNPYとY1受容体を介して顕著な食欲促進作用を示すことを発見し、本発明を完成した。
すなわち、本発明は、グレリンを有効成分として含有する低栄養症状を示す疾患の治療剤を提供する。
【0012】
本発明はさらに、グレリンの存在下又は非存在下に、候補物質を動物に投与し、摂食量、NPY mRNA発現量、NPYとNPYのY1受容体との結合量、酸素消費量、胃内容排出速度、又は迷走神経の活性を測定することを含む、グレリンのアゴニスト又はアンタゴニストのスクリーニング方法を提供する。
【0013】
本発明はさらに、上記方法により得られるグレリンのアゴニストを有効成分として含有する食欲不振症又は体重減少症治療剤を提供する。
本発明はさらに、上記方法により得られるグレリンのアンタゴニストを有効成分として含有する肥満予防剤又は治療剤を提供する。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】図1は、Aは、ヒトグレリンとヒトモチリンのアミノ酸配列を示したものである。Bは、ヒトグレリン受容体とヒトモチリン受容体のアミノ酸配列を示したものである。同じアミノ酸を星印で示す。
【図2】図2は、グレリンICV投与の摂食に及ぼす効果を示す。
【図3】図3は、NPY、AGRP、オレキシンA、オレキシンB及びMCHと比較したグレリンのマウスICV投与の効果を示す。
【図4】図4は、グレリンのICV投与後の視床下部におけるNPY遺伝子の発現を示す。上のパネルは、グレリンICV投与後の視床下部NPY mRNAのノーザンブロットを示す。下のグラフは、ノーザンブロットのデータをG3PDH mRNAに正規化して対照群のパーセントで表示したものである。
【図5】図5は、NPYのY1受容体アンタゴニスト(BIBO3304)及びY5受容体アンタゴニスト(L152804)で前処理することが、グレリンで誘導された摂食に及ぼす効果を示す。
【図6】図6は、グレリンICV投与の酸素消費量に及ぼす効果を示す。
【図7】図7は、グレリンIP投与の摂食に及ぼす効果を示す。
【図8】図8は、グレリンIP投与の視床下部NPY mRNA発現に及ぼす効果を示す。
【図9】図9は、グレリンIP投与の胃内容排出速度に及ぼす効果を示す。
【図10】図10は、迷走神経切断術がグレリンの摂食促進効果に及ぼす効果を示す。
【図11】図11は、迷走神経切断術がグレリン投与時の胃迷走神経の求心性神経活性に及ぼす効果を示す。
【図12】図12は、48時間絶食したリーンマウスにおける、グレリンmRNAの胃での発現をノーザンブロット分析で試験した結果を示す。
【図13】図13は、IL−1β及びレプチンをIP投与したときの、胃におけるグレリンmRNA発現をノーザンブロットで試験した結果を示す。
【図14】図14は、ob/ob肥満マウスの胃におけるグレリンmRNA発現をノーザンブロットで試験した結果を示す。
【図15】図15は、ob/obマウスにレプチンを繰り返し投与したときの、胃におけるグレリンmRNA発現をノーザンブロットで試験した結果を示す。
【図16】図16は、絶食リーンマウスにグレリンとIL−1βを共投与したときの摂食量と体重に及ぼす効果を示す。
【図17】図17は、グレリンを繰り返し投与したときの、IL−1βで誘導される摂食量と体重の減少に及ぼす効果を示す。
【図18】図18は、LC-6移植HHM/cahexiaモデルマウスにおけるグレリンの体重増加に及ぼす効果を示す。
【図19】図19は、LC-6移植HHM/cahexiaモデルマウスにおけるグレリンの脂肪増加に及ぼす効果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明で有効成分として用いるグレリンは、式1で表されるラットグレリン又はヒトグレリン又はグレリン類似体である。
【0016】
【化2】
【0017】
グレリン類似体には、食欲促進作用を有する限り、28個のアミノ酸の1個以上のアミノ酸が欠損、置換または付加されているものも包含され、さらに、これらの各種誘導体、例えば、ペプチド構成アミノ酸が置換された誘導体(アミノ酸間に基、例えば、アルキレンが挿入されたものも包含する)及びエステル誘導体も包含される。
【0018】
グレリン又はグレリン類似体はいかなる方法で製造したものでもよく、例えば、ヒト、ラットの細胞より分離、精製したもの、合成品、半合成品、遺伝子工学的手法により得られたものなどを含み、特に制限はない。
【0019】
28個のアミノ酸の1個以上のアミノ酸が欠損、置換または付加されているもの例としては、グレリンの14番目のGln残基が欠除した、des-Gln14-グレリンなどが代表的である。ラットdes-Gln14-グレリンはグレリン遺伝子のスプライシングの違いにより生じるものであり、ラット胃においてはグレリンの4分の1程度存在し、成長ホルモン放出活性の強さはグレリンと同じである。
【0020】
さらに、J.Med.Chem.2000, 43, 4370-4376には、ヒトGHSR1aの活性化に必要なグレリンの最少配列が記載されており、ここに記載された下記のようなものも本発明のグレリン類似体に包含される。例えば、グレリン28個のアミノ酸のうち、N末端から3及び4番目のアミノ酸(好ましくは、N末端4個のアミノ酸)を有し、かつN末端から3番目のアミノ酸(Ser)の側鎖が置換されているペプチド及びその誘導体であって、食欲促進作用を有するものが挙げられる。
【0021】
N末端から3番目のアミノ酸の側鎖の例としてはグレリンの側鎖であるn−オクタノイル以外のアシル基及び置換アルキル基(これらの炭素数は6〜18が好ましい)が挙げられ、具体的な側鎖としては、下記のものが挙げられる:
−CO−(CH2)6CH3、−CO(CH2)9CH3、−CO(CH2)14CH3、−CO−CH=CH−CH=CH−CH=CH−CH3、−CO−CH(CH2CH2CH3)2、−CO−(CH2)6CH2Br、−CO−(CH2)2CONH(CH2)2CH3、−CH2−NH−CO(CH2)8CH3、−CH2−O−CO(CH2)8CH3、−CH2−NH−CO(CH2)6CH3、
【0022】
【化3】
【0023】
N末端から3及び4番目のアミノ酸を有し、かつN末端から3番目のアミノ酸(Ser)の側鎖が置換されているグレリン類似体の具体的な例としては、第37回ペプチド討論会(2000年10月18日〜20日)で報告された化合物:
NH2−(CH2)4−CO−Ser(オクチル)−Phe−Leu−NH−(CH2)2−NH2があげられる。
【0024】
本発明によって明らかになった以下に記載するグレリンの作用メカニズムを考慮すると、これらのグレリン類似体も食欲促進活性を期待することができる。
本発明の低栄養症状を示す疾患の治療剤においては、グレリン又はグレリン類似体を2種以上組み合わせて用いてもよい。
【0025】
本発明の低栄養症状を示す疾患の治療剤は中枢投与(例えば脳室内投与、脊髄腔注)とすることも、末梢投与とすることも可能である。好ましくは、末梢投与で使用する。上述したように、NPYや他のPPファミリーペプチドは末梢への投与では摂食に関係しないが、本発明の治療剤は末梢投与でも顕著な食欲亢進効果を示した。従って、本発明の治療剤は投与に伴う患者の苦痛が少なく、かつ簡便に服用することができ、従来の食欲調節性ペプチドに比べてはるかに利点が大きい。
【0026】
グレリン又はグレリン類似体は、公知の製剤技術により、単独であるいは薬理学的に受容しうる担体、添加剤などとともに、通常の経口投与用製剤及び非経口投与用製剤とすることができる。例えば、溶液製剤(動脈注、静脈注又は皮下注などの注射剤、点鼻剤、シロップ剤等)、錠剤、トローチ剤、カプセル剤、散剤、顆粒剤、軟膏剤、座剤などに製剤化することができる。また、ドラッグデリバリーシステム(除放剤など)で使用することも可能である。
【0027】
本発明の低栄養症状を示す疾患の治療剤の投与量は、患者の年齢、体重、症状、投与経路などに応じて異なり、医師の判断によって決定される。通常、静脈内投与のためには、グレリンとして、体重1kgあたり約0.1μg〜1000mg、好ましくは約0.01mg〜100mg、より好ましくは0.1mg〜10mgである。但し、投与量はこれに限定されるものではない。
【0028】
本発明の治療剤は、低栄養症状を示す疾患の治療に用いることができ、特に食欲不振、悪液質又は悪性疾患、感染症及び炎症性疾患による付随的体重減少による衰弱状態から選ばれる疾患に有効である。とりわけ、悪液質に伴う食欲不振症又は体重減少症の治療剤として有用である。悪液質は、漸進性の体重減少、貧血、皮膚乾燥又は浮腫、食欲不振などを主症状とする全身状態の不良をいい、感染症、寄生虫症、悪性腫瘍など非常に多くの疾患の末期症状としてみられる。本明細書では、食欲亢進、摂食増加、摂食促進などの用語は同じ意味をもつ言葉として互換的に使用する。
【0029】
本発明はさらに、グレリンの存在下又は非存在下に、候補物質を動物に投与し、摂食量、NPY mRNA発現量、NPYとNPYのY1受容体との結合量、酸素消費量、胃内容排出速度、又は迷走神経の活性を測定することを含む、グレリン又はグレリン類似体のアゴニスト又はアンタゴニストのスクリーニング方法を提供する。具体的な測定方法は例えば本明細書に記載の方法を用いることができるが、これに限定されない。
【0030】
上記スクリーニング方法で得られたグレリン又はグレリン類似体のアゴニストを本発明の食欲不振症又は体重減少症治療剤の有効成分として用いることができる。
また、上記スクリーニング方法で得られたグレリン又はグレリン類似体のアンタゴニストを本発明の肥満予防剤又は治療剤の有効成分として用いることができる。以下の実施例に示すように、NPYのY1受容体アンタゴニストで前処理することによって、グレリンで誘導される摂食促進を有意に阻害した。従って、グレリン又はグレリン類似体のアンタゴニスト投与により、肥満を治療するだけでなく、予防することも可能となる。
【0031】
本発明では、グレリン又はグレリン類似体のアゴニストとしてモチリンもしくはモチリン類似体又はそれらのアゴニストを用いることができ、またグレリン又はグレリン類似体のアンタゴニストとしてモチリンもしくはモチリン類似体のアンタゴニストを用いることができる。
【0032】
モチリンは十二指腸、空腸上部の内分泌細胞から分泌される22アミノ酸残基のペプチドであり(Itoh, Z., Peptides, 18:593-608, 1997)、消化管の空腹期(interdigestive)運動、胆嚢収縮及び胃や膵臓からの酵素分泌に関与する。モチリンはGH分泌を促進することが報告されており、非ペプチド性のモチリンアゴニストを用いて胃の運動を促進することが報告されている(前出、Itoh)。図1のAに示すように、ヒトグレリンとヒトモチリンは互いに36%のアミノ酸同一性を示す(アクセス番号A59316及びP12872)。さらに、図1のBに示すように、ヒトグレリン受容体はヒトモチリン受容体と全体として50%のアミノ酸同一性を示す(アクセス番号Q92847、Q92848及びQ43193)。また、最近になって、Tomasettoたちもマウス胃から新規なペプチドを単離したが、これはグレリンと同一であり、モチリン関連ペプチドと命名した(Tomasetto C. et al., Gastroenterology, 119:395-405, 2000)。グレリンとモチリンとの配列相同性及びグレリン受容体とモチリン受容体との配列相同性に鑑み、グレリン又はグレリン類似体のアゴニストとしてモチリンもしくはモチリン類似体又はそれらのアゴニストを用いることができ、またグレリン又はグレリン類似体のアンタゴニストとしてモチリンもしくはモチリン類似体のアンタゴニストを用いることができる。
【0033】
摂食とエネルギーバランスを制御するメカニズムは複雑であり、まだ十分には解明されていない。現在までに、NPY、AGRP、オレキシン類、MCH、ビーコン(beacon)、メラニン細胞刺激ホルモン(MSH)、ニューロメジンU、コカイン−及びアンフェタミン−制御転写物(CART)、副腎皮質刺激ホルモン放出因子(CRF)やレプチンを含む多くのペプチドがエネルギー恒常性に影響することが示されてきた。上述したように、36アミノ酸からなるペプチドであるNPYが摂食刺激系及び体重制御における鍵となる成分の一つである。これまでの研究では、中枢投与したNPYはげっ歯類で摂食を刺激し、代謝率を下げる(Bray G.A. et al., Recent Prog Horm Res, 53:95-118, 1998)。NPY類似体及び特定のアンタゴニストを用いた受容体の薬理学的性状決定によると、Y1受容体及びY5受容体のいずれもがNPY摂食受容体であると考えられている。
【0034】
本発明において、ICV投与したグレリンはNPYと同様に摂食を顕著に刺激し、酸素消費量を減少し、これらはいずれもY1受容体アンタゴニストでブロックされた。少量のグレリンが脳に存在することが逆転写ポリメラーゼ連鎖反応(RT−PCR)による増幅と、免疫組織学的分析で示唆されている。従来の報告では、GHS−Rは弓状核(arcuate nucleus:ARC)に局在しており、弓状核でNPYが合成される(Tannenbaus GS et al., Endocrinology, 139:4420-4423, 1998)。インサイチュハイブリダーゼーション試験で、GHS−RとNPYは弓状核ニューロンに共に局在していることが示されている(Guan XM et al., Brain Res MolBrain Res, 48:23-29, 1997など)。さらに、非ペプチド性の成長ホルモン放出促進因子が視床下部で機能して弓状核ニューロンの電気活性を変えて、転写因子であるc−fosの発現を活性化することが知られている(Dickson Sl et al., Neuroendocrinology, 61:36-43, 1995など)。
【0035】
本発明では、NPYのmRNA発現はグレリンを中枢投与することによって有意に上昇した。従って、ポジティブなエネルギーバランスを生み出すグレリンの作用メカニズムは、視床下部のNPYとY1受容体系と関与していると思われる。現在までに、いくつかのペプチドが脳に投与したときに摂食を増加することが示されている(Elmquist JK et al., Nat Neurosci, 1:445-450, 1998など)。しかしながら、末梢投与して食欲亢進作用を示すペプチドは今までに報告されていない。本発明では、末梢投与したグレリンがNPYとY1受容体を介して摂食刺激することを明らかにした。迅速な胃の内容排出は過食や肥満と密に関連すること、また同様に胃の内容排出の遅延は食欲不振や悪液質と関連することが示唆されている(Inui A., Cancer Res 59:4493-4501, 1999など)。本発明では、グレリンはモチリンと同様に有意に胃内容排出速度を増加した。これまでの研究では、コレシストキニン(CCK)が強力な摂食阻害効果と、胃迷走神経の求心活性化を介する胃空隙化を阻害する効果を有することが報告されている(Schwartz GJ et al., Am J Physiol, 272:R1726-1733, 1997)。
【0036】
本発明では、グレリンの食欲亢進効果もまた迷走神経と求心活性を介していることを明らかにした。電気生理学的研究から明らかなように、ラットに静脈投与するときのグレリンの有効量は、CCKの有効量よりも低い。ボンベシン、IL−1β、レプチン及びガストリン放出ペプチド(GRP)を含む種々の反オレキシン分子(anorexigenic molecules)が胃迷走神経求心の放電率(discharge rate)を増加することが報告されている(前出、Schwartzなど)。従って、グレリンが迷走神経活性に及ぼす効果、及び摂食に及ぼす効果はこれらの摂食阻害分子とは反対のものであり、食欲亢進活性が迷走神経を介して作用することを支持している。
【0037】
さらに本発明では、胃でのグレリンmRNAの発現が飢餓状態によって上昇することを示した。これらの結果は、飢餓状態でのグレリンmRNAの増加が少なくとも部分的には視床下部NPYの活性化の原因であり、その結果摂食を引き起こすことを示唆している。もしそうであるとすると、胃は、末梢から視床下部への飽満シグナルであるレプチンの産生源であるだけでなく、摂食刺激シグナルであるグレリンの産生源でもある。食欲不振や悪液質では、IL−1、IL−6や腫瘍壊死因子のようなサイトカインがエネルギーバランスに重要な影響を及ぼす(Inui A., Cancer Res 59:4493-4501, 1999など)。また、悪液質は体重減少などを主症状とする全身状態の不良をきたすことが知られている。摂食を抑制することが知られているレプチン、CRF、CCK及びインスリンを含むいくつかのホルモンはサイトカインで誘導される。本発明では、胃でのグレリンmRNA発現がIL−1β及びレプチンのいずれによっても減少し、ob/obマウス(レプチンが欠失しており、そのため暴食に陥り肥満となっているマウス)では上昇することを示した。レプチンを繰り返し投与するとエネルギーの取込だけでなく、グレリンmRNAの発現も減少した。従って、胃におけるグレリン遺伝子の発現が食欲の制御と蜜に関連しており、飢餓状態への適応性応答又は肥満の発生のいずれかに役割を果たしている。さらに、末梢投与したグレリンがIL−1βで誘導される食欲不振と体重減少を逆転させ、悪液質状態を改善した。グレリンが下垂体からの成長ホルモン放出を強力に刺激することは知られている(前出、Kojima et al.)。これらの知見と本発明で得られた知見を合わせて考えると、IP投与したグレリンのみで、体重増加を刺激することができ、このペプチドが体の成長と脂肪組織の質量の制御に寄与している可能性がある。本発明者は特定の理論に拘束されるものではないが、グレリンは、短期的な食事関連のオレキシゲン(CCKやその他の食事関連飽満因子のカウンターパート)というよりは、体重を長期的に制御する因子、すなわちレプチンのカウンターパートであるのかも知れない。現在までのところ、成長ホルモンは、外科手術ストレス、敗血症、グルココルチコイド投与、HIV感染及び癌と関連する筋肉喪失を治療する有力な同化剤として用いられてきた。成長ホルモンは少なくともある条件下では、全身と筋肉タンパク質合成を刺激する。代って、グレリンは成長ホルモン分泌が減少し、筋肉質量が減少し、また多くの場合食欲不振を伴う老人の治療に有効である。
【0038】
グレリン又はグレリン類似体を有効成分とする本発明の低栄養症状を示す疾患の治療剤は、摂食を促進し、エネルギー消費を減少し、成長ホルモン分泌を刺激することによって、ポジティブなエネルギーバランス状態と体重増加を誘導する。
【0039】
本発明を以下の実施例によってさらに詳しく説明するが、本発明の範囲はこれに限定されない。本発明の記載に基づき種々の変更、修飾が当業者には可能であり、これらの変更、修飾も本発明に含まれる。
【実施例】
【0040】
試験材料及び方法
(1)動物実験
7週齢のddy雄マウス(32−35g)はJAPAN SLC (Shizuoka, Japan)から購入した。10−11週齢の肥満型(ob/ob)C57BL/6Jマウス(38−42g)はShionogi Co., Ltd. (Shiga, Japan)から購入した。これらを個別で制御された環境で飼育した(温度22±2℃、湿度55±10%、12時間ごとの明暗サイクルで午前7時に明サイクル開始)。特記しない限り食餌と水は自由に与えた。マウスは各実験で1回だけ用いた。ラットグレリン、ラットNPY、ヒトアゴウチ関連タンパク質(agouti-related protein)86−132(AGRP)、マウスオレキシンA、マウスオレキシンB及びマウスメラニン濃縮ホルモン(MCH)はPeptide Institute (Osaka, Japan)から購入した。組換えマウスレプチン及び組換えマウスIL−1βはそれぞれR & D Systems (Minneapolis, USA)及びUpstate Biotechnology (New York, USA)から購入した。BIBO3304はBoeringer-Ingelheim Pharma, Germany)から、またL152804及びJ115814はBanyu (Banyu Pharmaceutical Co., Ltd., Tokyo, Japan)から恵与された。なお、BIBO3304及びJ115814はNPYのY1受容体アンタゴニストであり、L152804はY5受容体アンタゴニストである。投与の直前に各薬剤を人工脳脊髄液(ACSF)4μlで希釈して第三脳室内(intra-third corebroventricular:ICV)投与するか、あるいは生理食塩水100μlで希釈して腹腔内(IP)投与した。対照群にはACSF又は生理食塩水のみを与えた。各アンタゴニストはグレリンと同時に投与した。結果は平均値±SEで示した。分散解析(ANOVA)を行い、Bonferroniのt検定により群間の差を求めた。P<0.05の場合に統計的に有意な差があるとした。
(2)ICV投与
ICV投与を行うためには、マウスをペントバルビタールナトリウム(80−85mg/kgIP)で麻酔し、実験前の7日間、定位固定装置(SR-6, Narishige, Tokyo, Japan)内においた。各頭蓋骨に、針を使って中央縫合の側方0.9mmで前頂の0.9mm後方に穴をあけた。一端を長さ3mmにわたって傾斜させた24ゲージのカニューレ(Safelet-Cas, Nipro, Osaka, Japan)を第三脳室に埋め込みICV投与用とした。カニューレを歯科用セメントで頭蓋骨に固定し、シリコンでふたをした。27ゲージの注入用インサートをPE−20チュービングでミクロシリンジに取り付けた。マウスを拘束したり、行動を大きく制限することなく、これをピンセットで前記の固定したカニューレに挿入した。実験終了後、カニューレ端の位置を確認するために、色素(エバンスブルー0.5%及びゼラチン5%)を注入し、凍結脳セクションの組織学的実験に供した。
(3)迷走神経切断術(truncal vagotomy)
実験の4日前に、以下のようにして迷走神経切断術を行った。マウスをペントバルビタールナトリウム(80−85mg/kgIP)で麻酔した。腹壁の中央線を切開して、胃を暖かい食塩水で湿らせた滅菌ガーゼで覆った。食道下部を露出して、迷走神経の前方枝及び後方枝を切断した。手術の最後に腹壁を二重に縫合した。シャム(虚偽)手術マウスでは、同様に迷走神経幹を露出したが、切断はしなかった。迷走神経を切断したマウス及びシャム手術したマウスを完全栄養流動食(Oriental Yeast Co., Ltd. Tokyo, Japan)で飼育した。
(4)摂食試験
試験は10時に開始した。摂食試験前に、マウスには自由に食餌と水を摂らせた。ただし、グレリンとIL−1βのIP共投与が摂食に及ぼす効果を調べる試験では、マウスに16時間食餌を与えず、水のみ自由に摂らせた。摂食量の測定は、ICV又はIP投与の20分、1時間、2時間及び4時間後に、予め測定して与えておいた食餌量から残った食餌量を差し引いて求めた。食餌制限をしなかったリーンマウスでは、グレリン(3ナノモル/マウス)、IL−1β(5ピコモル/マウス)もしくは生理食塩水を5日間繰り返しIP投与した。マウスには7時と19時に毎日注射した。摂食量と体重を毎日測定するとともに、毛並みの状態を観察した。
(5)RNAの単離とノーザンブロット分析
視床下部ブロックと胃からRNeasy Mini Kit (Qlagen, Tokyo, Japan)を用いてRNAを単離した。全RNAをホルムアルデヒドで変性し、1%アガロースゲルで電気泳動し、Hybond N+ メンブラン(Amersham Pharmacia Biotech AB, Uppsala, Sweden)にブロットした(Ueno N. et al., Gastroenterology, 117:1427-1432, 1999)。メンブランを32P標識したcDNAプローブとハイブリダイズさせて視床下部中のNPY mRNAを測定し、ジゴキシゲニン標識したcDNAプローブとハイブリダイズさせて胃中のグレリンmRNAを測定した。ハイブリダイズしたシグナルの全量をデンシトメトリ(Image Master 1D Elite ver 3.0, Amersham Pharmacia Biotech AB, Uppsala, Sweden)で測定した。データをグリセルアルデニド3リン酸デヒドロゲナーゼ(G3PDH)mRNAに正規化して対照群のパーセントで表示した。
(6)NPY遺伝子発現
マウスを24時間絶食させた。絶食期間中、ICV投与する予定のマウスにはグレリン(1ナノモル/マウス)もしくはACSFを12時間毎に投与し、3回目の最終投与の30分後にマウスを頸部脱臼によって殺した。IP投与する予定のマウスにはグレリン(3ナノモル/マウス)もしくは生理食塩水を8時間毎に投与し、4回目の最終投与の30分後にマウスを頸部脱臼によって殺した。直ちに脳ブロックを切除してドライアイスで凍結し、ノーザンブロットを調製するまで−80℃で保存した。
(7)グレリン遺伝子発現
リーンマウスを48時間絶食させた。絶食期間中、絶食マウスにIL−1β(5ピコモル/マウス)、レプチン(3ナノモル/マウス)もしくは生理食塩水を12時間毎にIP投与し、5回目の最終投与の30分後にマウスを頸部脱臼によって殺した。絶食しないob/obマウスでは、レプチン(3ナノモル/マウス)もしくは生理食塩水を7日間繰り返し投与した。マウスには毎日7時と19時に注射をし、最終投与の30分後にマウスを頸部脱臼によって殺した。直ちに胃を切除してドライアイスで凍結し、ノーザンブロットを調製するまで−80℃で保存した。
(8)酸素消費量
酸素消費量を22℃でO2/CO2代謝測定システム(Model MK-5000, Muromachikikai, Tokyo, Japan)を用いて測定した(前出、Ueno N. et al.)。チャンバー容量は560ml、チャンバーへの空気の流速は500ml/分であった。サンプルは3分ごとに取り出し、標準ガスサンプルは30分毎に取り出した。マウスを明サイクル中で食餌、水を与えずに、またチャンバー中に拘束せずに入れて、BIBO3304(5ナノモル/マウス)の存在下もしくは不在下に、グレリン(10時に0.3−1ナノモル/マウス)をICV投与し、その2時間後の酸素消費量を測定した。
(9)胃内容排出速度
胃内容排出速度測定試験の前に、マウスを16時間絶食させ、水は自由に摂らせた。絶食マウスに予め計量した食餌ぺレットを1時間自由に摂らせ、その後グレリンを投与した。投与後1又は2時間で再度マウスを絶食させた。摂食重量は残ったぺレットを計量して求めた。試験開始後2又は3時間後にマウスを頸部脱臼により殺した。ただちに胃を開腹術により露出し、幽門と噴門を素早く結紮して除去し、乾燥内容物重量を測定した。内容物は真空凍結乾燥システム(Model 77400, Labconco, Kansas, USA)で乾燥した。胃内容排出速度は以下の式によって計算した:
胃内容排出速度 (%)={1−(胃から回収した食餌の乾燥重量/摂食重量)}x100
(10)電気生理学的研究
雄Wistarラット(300g)をウレタン(1g/kgIP)で麻酔し、気管カニューレを挿入した。解剖顕微鏡下で、迷走神経の胃分岐部(gastric branch)の末梢切断端から神経フィラメントを切り出して、一対の銀線電極で求心性の神経活性を記録した。神経活性の経時変化を観察するために、速度メータ(rate meter)(5秒の休止期間)を用いた(Niijima A., J. Nutr 130:971S-973S, 2000)。グレリン(3−300フェムトモル/ラット)投与は下方大静脈(IV)に挿入した小さいカテーテルを介して行った。迷走神経活性に及ぼすグレリンの効果を、注射の前後50秒にわたって、5秒ごとのインパルスの平均数を比較することで測定した。結果は平均値±SEで表した。ANOVA及びScheffe検定を行い、群間の差を評価した。P<0.05の場合を統計的に有意であると判定した。
実施例1:グレリンICV投与の摂食に及ぼす効果
本実施例では、グレリンのマウス脳室(ICV)投与の効果を試験した。絶食しないリーンマウスにACSF(対照)又はグレリン(0.003−1ナノモル/マウス)をICV投与した。薬剤投与の20分、1時間、2時間及び4時間後に摂食量を試験した。得られた結果を図2に示す。結果は平均±SEで表し、nは動物数を表す。*P<0.05及び**P<0.01は、Bonferroniのt検定によって対照群と比較した有意差である。グレリンは用量依存的に摂食量を顕著かつ有意に増加した。ICV投与の24時間後では、1ナノモルのグレリンを投与したマウスでは累積的摂食量も増加したが、これは統計的有意差ではなかった(6.31±0.10g対5.68±0.21g(対照群):P<0.076)。
【0041】
実施例2:他のペプチドと比較したグレリンICV投与の効果
NPY、AGRP、オレキシンA、オレキシンB及びMCHと比較したグレリンのマウスICV投与の効果を実施例1と同様にして、1ナノモル/マウスで試験した。結果を図3に示す。4時間での摂食増加能は、NPY>グレリン>AGRP>オレキシンA>オレキシンB>MCHの順であった。従って、グレリンはNPYを除く全ての食欲亢進性ペプチドよりも強力であった。
【0042】
実施例3:グレリンICV投与のNPY遺伝子発現に及ぼす効果
グレリンがNPY経路を介して作用している可能性を試験するために、グレリンのICV投与後の視床下部におけるNPY遺伝子の発現を上記した方法により調べた。得られた結果を図4に示す。上のパネルは、グレリンICV投与後の視床下部NPY mRNAのノーザンブロットを示す。下のグラフは、ノーザンブロットのデータをグリセルアルデニド3リン酸デヒドロゲナーゼ(G3PDH)mRNAに正規化して対照群のパーセントで表示したものである。グレリンはNPY mRNAの発現を58%も増加した。
【0043】
実施例4:NPYの受容体アンタゴニストによる前処理がグレリン誘導の摂食増加に及ぼす効果
NPYのY1受容体アンタゴニスト(BIBO3304及びJ115814)及びY5受容体アンタゴニスト(L152804)で前処理することが、グレリンで誘導された摂食に効果を及ぼすかどうかについて試験した。Y1受容体アンタゴニストであるBIBO3304及びJ115814(5ナノモル/マウス:ICV投与)はグレリン(1ナノモル/マウス:ICV投与)で誘導される摂食を有意に阻害した。一方、Y5受容体アンタゴニストのL152804(5ナノモル/マウス:ICV投与)はこの効果を示さなかった(図5)。従って、グレリンはNPYのY1受容体を介して作用していると考えられた。
【0044】
実施例5:グレリンのICV投与の酸素消費量に及ぼす効果
グレリンのICV投与の酸素消費量に及ぼす効果を上記の方法を用いて試験した。得られた結果を図6に示す。グレリンは摂食促進したのと同じ用量(0.3−1ナノモル/マウス:ICV投与)で酸素消費量を減少したが、これはY1受容体アンタゴニスト(BIBO3304:5ナノモル/マウス:ICV投与)で前処理することによって阻害された。また、グレリンは、1ナノモルグレリンを投与したマウスで、ICV投与の1時間(7.24±6.96%)及び2時間(5.18±6.01%)後に呼吸商(RQ)を増加する傾向を示したが、統計的有意差には至らなかった。
【0045】
実施例6:グレリンIP投与の摂食及びNPY mRNA発現に及ぼす効果
IP投与したグレリンが同様な摂食亢進効果を示すかを絶食していないリーンマウスで試験した。グレリンのIP投与は3ナノモル/マウスで顕著に摂食を増加した(図7)。3ナノモル/マウスのグレリンをIP投与した24時間後の蓄積摂食量はさらに有意に高かった(6.68±0.16g対6.10±0.17g(対照):P<0.05)。この食欲亢進活性はY1受容体アンタゴニストであるBIBO3304のICV投与によってブロックされたが、Y5受容体アンタゴニストのL152804ではブロックされなかった。グレリンのIP投与後の視床下部NPYのmRNA発現をノーザンブロットで試験したところ、12%の発現増加が観察された(図8:なお、図8中のSalineは、対照群として食塩水を投与した群での結果を示す)。
【0046】
実施例7:グレリンIP投与の胃内容排出速度に及ぼす効果
グレリンが胃内容排出速度を増加するかどうかを上記の方法を用いて試験した。図9は、グレリン(0.3−1ナノモル/マウス)をICV投与したときの1時間及び2時間後の胃内容排出速度を示す。ICV投与でもIP投与でも、グレリンは投与1時間後で胃内容排出速度を有意に増加した(30.16±3.70%(3ナノモル)対20.34±2.27%(対照):P<0.05)。従って、グレリンはモチリンと同様に胃の運動を亢進する。
【0047】
実施例8:迷走神経切断術がグレリンの摂食促進効果、NPY mRNA発現及び胃迷走神経の求心性神経活性に及ぼす効果
グレリンの摂食促進効果が迷走神経を介する経路と関連するかどうかを上述した方法で迷走神経切断術を施したマウスで試験した。迷走神経切断術は侵襲的手術であるが、この手術によってグレリンのIP投与で誘導された摂食促進効果が無くなった(図10:なお、図10中で、Shamはシャム手術群、Vagotomyは迷走神経切断術を施した群を示す)。IP投与したグレリンで誘導された視床下部NPYのmRNA発現の有意な増加もこの手術によって無くなった(データ示さず)。上記の方法を用いて行った電気生理学的研究では、グレリンのIV投与は胃迷走神経の求心性の神経活性を有意に減少した(図11)。
【0048】
実施例9:グレリンmRNAの胃での発現
グレリンmRNAの胃での発現をノーザンブロット分析で試験した。図12に示すように、48時間の絶食は、対照の絶食しないマウスに比べて有意に(16%)グレリンmRNAを増加した(なお、図12中で、Fedは絶食をしないマウス群を、Fastは絶食をしたマウス群を示す)。
【0049】
胃でのグレリンmRNA発現に何らかの異化物質が影響を及ぼしているかどうかを試験するために、IL−1β及びレプチンをIP投与した。図13に示すように、IL−1βとレプチンはいずれも胃におけるグレリンmRNAの発現を有意に減少した(IL−1βについては23±2.8%、レプチンについては22±3.5%)。
【0050】
また、ob/ob肥満マウスの胃におけるノーザンブロット分析を行った。任意量の食餌をさせたリーンマウスと比較して、ob/obマウスのグレリンmRNA発現は有意に(19%)上昇していた(図14)。レプチンはob/obマウスにおいても、リーンマウスにおいても有意に(17±3.2%:P<0.01)グレリンmRNAの発現を減少した。ob/obマウスにレプチンを繰り返し投与すると、食塩水を与えた対照群と比較して、グレリンmRNAを有意に(31%)減少し、また同時に摂食量と体重が減少した(図15)。対照群及びob/obマウスのどちらにおいても視床下部のノーザンブロットではグレリンmRNAの発現を検出しなかった。
【0051】
実施例10:グレリンとIL−1βを共投与したときの摂食量と体重に及ぼす効果
グレリンとIL−1βを共投与したときの摂食量と体重に及ぼす効果を検討した。図16に示すように、IL−1βで誘導される摂食減少はグレリンによってブロックされた。さらに、グレリンを繰り返し投与すると、IL−1βで誘導される摂食量と体重の減少を逆転した(図17)。
【0052】
また、IL−1βのみを投与した群では、毛並みが乱れ、全身状態の悪化が観察されたが、グレリンとIL−1βを共投与した群では、毛並みが改善し、グレリンが悪液質に伴う全身状態の不良を改善することがわかった。
【0053】
実施例11:LC-6移植HHM/cahexiaモデルマウスに対するグレリンの影響
モデル動物として、ヒト肺癌細胞株LC-6を移植したHHMモデルマウスを用いた。このモデルマウスは悪液質に伴う体重減少を示すことが知られている(WO98/13388)。1群6匹のマウスにグレリンを3、0.3、0 nmol/個体を10回(1日2回、12時間おき、5日間)投与した。別途、腫瘍を移植していない正常群(n=5)を準備した。
【0054】
0−5日目に体重測定を行い、また5日目には精巣周辺の脂肪重量を測定した。
得られた結果を図18及び図19に示す。3 nmol投与群は、0nmol投与群に比較して投与開始後3日目まで体重の増加が認められ、5日目まで持続した。また、3 nmol投与群は、0nmol投与群に比較して脂肪重量の増加が認められた。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
グレリン又はグレリン類似体を有効成分として含有する低栄養症状を示す疾患の治療剤。
【請求項2】
低栄養症状を示す疾患が食欲不振、悪液質又は悪性疾患、感染症及び炎症性疾患による付随的体重減少による衰弱状態から選ばれる疾患である請求項1記載の治療剤。
【請求項3】
悪液質に伴う食欲不振症又は体重減少症治療剤である請求項2記載の治療剤。
【請求項4】
末梢投与用である請求項1〜3のいずれかに記載の治療剤。
【請求項5】
グレリンの存在下又は非存在下に、候補物質を動物に投与し、摂食量、NPY mRNA発現量、NPYとNPYのY1受容体との結合量、酸素消費量、胃内容排出速度、又は迷走神経の活性を測定することを含む、グレリン又はグレリン類似体のアゴニスト又はアンタゴニストのスクリーニング方法。
【請求項6】
請求項5記載の方法により得られるグレリン又はグレリン類似体のアゴニストを有効成分として含有する食欲不振症又は体重減少症治療剤。
【請求項7】
請求項5記載の方法により得られるグレリン又はグレリン類似体のアンタゴニストを有効成分として含有する肥満予防剤又は治療剤。
【請求項1】
グレリン又はグレリン類似体を有効成分として含有する低栄養症状を示す疾患の治療剤。
【請求項2】
低栄養症状を示す疾患が食欲不振、悪液質又は悪性疾患、感染症及び炎症性疾患による付随的体重減少による衰弱状態から選ばれる疾患である請求項1記載の治療剤。
【請求項3】
悪液質に伴う食欲不振症又は体重減少症治療剤である請求項2記載の治療剤。
【請求項4】
末梢投与用である請求項1〜3のいずれかに記載の治療剤。
【請求項5】
グレリンの存在下又は非存在下に、候補物質を動物に投与し、摂食量、NPY mRNA発現量、NPYとNPYのY1受容体との結合量、酸素消費量、胃内容排出速度、又は迷走神経の活性を測定することを含む、グレリン又はグレリン類似体のアゴニスト又はアンタゴニストのスクリーニング方法。
【請求項6】
請求項5記載の方法により得られるグレリン又はグレリン類似体のアゴニストを有効成分として含有する食欲不振症又は体重減少症治療剤。
【請求項7】
請求項5記載の方法により得られるグレリン又はグレリン類似体のアンタゴニストを有効成分として含有する肥満予防剤又は治療剤。
【図1】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図19】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図19】
【公開番号】特開2010−6823(P2010−6823A)
【公開日】平成22年1月14日(2010.1.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−190037(P2009−190037)
【出願日】平成21年8月19日(2009.8.19)
【分割の表示】特願2002−560663(P2002−560663)の分割
【原出願日】平成14年1月31日(2002.1.31)
【出願人】(000003311)中外製薬株式会社 (228)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年1月14日(2010.1.14)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年8月19日(2009.8.19)
【分割の表示】特願2002−560663(P2002−560663)の分割
【原出願日】平成14年1月31日(2002.1.31)
【出願人】(000003311)中外製薬株式会社 (228)
【Fターム(参考)】
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