説明

低温耐性植物、並びにその製造方法及び同定方法

【課題】低温耐性の向上した低温耐性植物を製造及び同定すること。
【解決手段】植物の有するOsDSH1遺伝子を過剰発現させること等によりOsDSH1遺伝子産物の機能を亢進させ、低温耐性の向上した低温耐性植物を製造する。また、植物体のOsDSH1遺伝子の発現を調べること等により、低温耐性の向上した低温耐性植物を同定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、低温耐性植物を製造、又は同定するための方法に関する。
【背景技術】
【0002】
スフィンゴ脂質は、分子内に長鎖アミノアルコールであるスフィンゴシンを含む脂質である。スフィンゴ脂質は、動物や植物の生体膜の主要な成分の一つであると共に、細胞内シグナル伝達分子として植物の様々な生理機能の制御に関わることが示されている。植物と動物ではスフィンゴ脂質に含まれるスフィンゴシンの組成は異なり、植物ではC4位に水酸基が付加されたファイトスフィンゴシンが多くを占める。C4ハイドロキシラーゼは、ジヒドロスフィンゴシンC4位のヒドロキシル化反応を触媒する水酸化酵素であり、植物のファイトスフィンゴシン合成における鍵酵素であると考えられている。酵母の有するジヒドロスフィンゴシンC4ハイドロキシラーゼであるSUR2の遺伝子は、国際塩基配列データベース(INSD)において、アクセッション番号U07171が付与された遺伝子として登録されている。
【0003】
一方、植物は種々の環境ストレス、例えば生育適温を下回る低温に遭遇した場合、発芽、生育、開花結実等に傷害を受ける。特に、熱帯や亜熱帯起源の植物の多く、例えば、日本を始め世界各国における常食であるイネは、低温に敏感なため低温障害を受けやすい。これに対し、環境ストレスへの耐性が向上した有用植物の品種を作出して、食料生産の効率を向上させることは、人口増加に伴う世界レベルでの食料不足への対策として重要である。そのため、自然に生じた優良品種を選抜する選抜法や、同種又は異種間の交配を行う交配法等の手法によって、環境ストレス耐性を獲得した植物の作出がこれまで試みられてきた。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、一般に選抜法には多くの時間が必要であり、また、所望の形質を有する植物を確実に同定することが容易でないこともある。一方、交配法では掛け合わせの可能な組合せに限りがあるため所望の形質を獲得した植物が得られないこともある。
【0005】
そこで、本発明は、低温耐性を向上させた植物を容易に製造すること、及び低温耐性が向上した植物を容易に同定することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
発明者らは、低温ストレスに曝されたイネにおける遺伝子発現を調べ、ジヒドロスフィンゴシンC4ハイドロキシラーゼをコードするOsDSH1遺伝子の遺伝子発現レベルが、低温ストレスにより上昇していることに着目した。この知見に基づき発明者は鋭意研究に取り組み、OsDSH1遺伝子をイネに導入すると低温耐性が向上することを見いだして、以下の発明の完成に至った。
【0007】
本発明に係る低温耐性植物の製造方法は、前記植物のOsDSH1遺伝子産物の機能を亢進させることを特徴とする製造方法である。前記OsDSH1遺伝子産物の機能を亢進させるためには、前記植物のOsDSH1遺伝子の発現を亢進させてもよい。また、前記OsDSH1遺伝子産物の機能を亢進させるために、外来遺伝子を用いて植物を形質転換することにより、機能を亢進させてもよい。さらに、OsDSH1遺伝子産物の機能が亢進していることを特徴とする低温耐性植物、及びその種子も、本特許の権利の範囲に含まれる。
【0008】
本発明に係る低温耐性植物の同定方法は、OsDSH1遺伝子産物の機能の増減、又はOsDSH1遺伝子の発現を調べることを特徴とする方法である。
【0009】
本発明に係る低温耐性植物の同定マーカーは、OsDSH1遺伝子の関連物質であることを特徴とするマーカーである。
【0010】
本発明に係る低温耐性植物の同定キットは、OsDSH1遺伝子の増幅用PCRプライマーペア、又はOsDSH1遺伝子産物の検出用抗体のいずれかを含むことを特徴とするキットである。また、本発明に係る低温耐性植物の検出器は、OsDSH1遺伝子の検出用プローブ、又はOsDSH1遺伝子産物の検出用抗体のいずれかを表面に固定した基材を含むことを特徴とする検出器である。
【0011】
なお、本発明において、前記いずれの植物もイネであってよい。
【0012】
また、本発明のOsDSH1遺伝子は、次の(a)又は(b)に示すペプチドのいずれかをコードする遺伝子、又はその相同遺伝子であってもよい:(a)配列番号1に示されるアミノ酸配列を有するペプチド;(b)配列番号1に示されるアミノ酸配列に対して1〜数残基が欠失、置換又は挿入したアミノ配列を有するペプチドであって、そのペプチドを有する植物に低温耐性を与えることを特徴とするペプチド。
【発明の効果】
【0013】
本発明の実施によって、低温耐性を向上させた植物を容易に製造すること、あるいは低温耐性が向上した植物を容易に同定することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下に、本発明の実施の形態を、実施例を挙げながらさらに詳細に説明する。実施例に特に説明がない場合には、 J. Sambrook, E. F. Fritsch & T. Maniatis (Ed.), “Molecular Cloning, A Laboratory Manual (3rd edition)”, Cold Spring Harbor Press, Cold Spring Harbor, New York (2001) や、 F. M. Ausubel, R. Brent, R. E. Kingston, D. D. Moore, J.G. Seidman, J. A. Smith, K. Struhl (Ed.), “Current Protocols in Molecular Biology”, John Wiley & Sons Ltd. 等の、当該技術分野における標準的なプロトコール集に記載の方法、あるいはそれらを修飾したり、改変した方法を用いる。また、市販の試薬キットや装置を用いるときには、特に説明がない場合は、それらに添付のプロトコールや取扱説明書に従って用いる。
【0015】
なお、本発明の目的、特徴、利点、及びアイデアは、本明細書の記載により当業者には明らかであり、本明細書の記載に基づき、当業者が本発明を再現することは容易である。以下に記載された具体的な実施例等は、本発明の好ましい実施態様を示すための例示又は説明として示されているのであって、本発明をそれらに限定するものではない。本明細書で開示されている本発明の意図並びに範囲内で、本明細書の記載に基づき、様々な改変並びに修飾ができることは、当業者にとって明らかである。
【0016】
===OsDSH1遺伝子===
本発明のOsDSH1遺伝子は、配列番号1で示されるイネOsDSH1をコードするOsDSH1遺伝子、及び他の植物におけるOsDSH1遺伝子の相同遺伝子である。OsDSH1遺伝子の由来となる植物の種類は特に限定されないが、食用や飼料用として用いられる有用植物、例えばイネ、麦、トウモロコシ、大豆、アブラナ等の穀物を生産する植物が好適である。
【0017】
なお、イネOsDSH1遺伝子の産物は、配列番号1と同一のアミノ酸配列を有したペプチドであってもよいし、そのペプチドを有している植物に低温耐性を与えるようなペプチドであれば、配列番号1に対して1〜数アミノ酸残基が欠失、置換、又は挿入されたアミノ酸配列を有したペプチドであってもよい。また、他の植物におけるOsDSH1遺伝子の相同遺伝子とは、その配列がOsDSH1遺伝子とアミノ酸レベルでの相同性を有し、低温耐性を与える形質の面で、当該植物において、イネのOsDSH1遺伝子に対応する機能を有する遺伝子のことを言う。
【0018】
===植物におけるOsDSH1と低温耐性===
低温ストレスに曝されたイネにおいては、ジヒドロスフィンゴシンC4ハイドロキシラーゼをコードするOsDSH1遺伝子の発現レベルが、低温ストレスにより上昇する。また、OsDSH1遺伝子をイネに導入し過剰発現させると、イネの低温耐性が向上する。この知見より、植物において、OsDSH1遺伝子の発現レベルとその植物個体の低温耐性とは相関があることがわかる。
【0019】
なお、本明細書において低温耐性植物とは、低温耐性が向上した植物、すなわち低温ストレスにより生じ得る障害が低減された形質を有する植物をいう。本発明を実施する対象となる植物の種類は、特に限定されるものではないが、食用や飼料用として用いられる有用植物であって、低温耐性の向上が望まれる植物、例えばイネ、麦、トウモロコシ、大豆、アブラナ等の穀物を生産する植物が好適である。
【0020】
===OsDSH1遺伝子又はその産物を指標とした低温耐性植物の同定方法===
本発明の一つの実施態様では、調査対象の植物においてOsDSH1蛋白質の機能の増減を調べ、野生型の植物よりOsDSH1蛋白質の機能が増加している個体を同定することによって、低温耐性植物を同定する。
【0021】
OsDSH1蛋白質の機能の増減は、通常用いられる方法で調べればよく、例えば、一般的に蛋白質の機能の強弱とその蛋白質の発現レベルは相関しているので、OsDSH1遺伝子の発現を調べることにより、OsDSH1蛋白質の機能の増減を判断することができる。
【0022】
OsDSH1遺伝子の発現を調べるためには、一つの方法として、OsDSH1蛋白質の量の増減を調べればよい。その場合、具体的には、OsDSH1蛋白質に対する特異的な抗体を用い、ELISA法やイムノブロッティング法等の手法によって、OsDSH1蛋白質を検出することができる。また、別の方法として、OsDSH1遺伝子のmRNAの量の増減を調べてもよく、具体的には、ノーザンブロッティング法等の各ハイブリダイゼーションを利用した核酸検出法や、RT−PCR法やリアルタイムRT−PCR法等の遺伝子増幅法を行ってもよい。
【0023】
なお、上記のように発現を検出する際には、検出するためのDNAプローブ、PCR用プライマー、抗体は、対象となる植物に固有のOsDSH1遺伝子又はその産物に対する、特異的な反応によって検出できるように作成されることが好ましい。
【0024】
また、野生型の植物よりOsDSH1蛋白質の機能が増加している個体においては、OsDSH1遺伝子自体に変異が生じている必要はない。例えば、OsDSH1遺伝子の転写を活性化する調節遺伝子の発現が亢進したため、OsDSH1遺伝子の発現が上昇している場合などもあり得るため、OsDSH1遺伝子以外の遺伝子に変異のある植物も、OsDSH1遺伝子の発現を検出するための対象となる。
【0025】
以上のように、これらOsDSH1遺伝子及びその産物(すなわちOsDSH1蛋白質)を含む、OsDSH1遺伝子関連物質を、低温耐性植物を同定するためのマーカー(指標)として利用することによって、低温耐性植物を簡便かつ的確に同定することができる。ここで、遺伝子関連物質とは、DNA、RNA、蛋白質、又はそれらの一部を含む、遺伝子が転写されてから最終産物になるまでの過程に関係する分子のことを言う。本発明ではこれら分子のいずれかについて、その検出に適した任意の方法で検出することによって、低温耐性植物を同定することができる。
【0026】
==OsDSH1遺伝子発現検出キット==
低温耐性植物を同定するためにOsDSH1蛋白質を検出する場合、その検出を簡便にするため、OsDSH1蛋白質検出用抗体を含んだキットを提供することができる。このキットには、免疫化学的検出のためのバッファーや、OsDSH1蛋白質検出用抗体を表面に固定化した基材を含むイムノクロマト法(Immunochromatography)のための同定器や、OsDSH1蛋白質検出用抗体をウエルの底に付着させたELISA用多穴プレートなどが含まれていてもよい。
【0027】
また、低温耐性植物を同定するためにOsDSH1遺伝子mRNAを検出する場合、OsDSH1遺伝子を特異的に増幅するRT−PCR用プライマーペアを含んだキットを提供することができる。このキットには、RT−PCR用バッファーや逆転写酵素などが含まれていてもよい。また、ハイブリダイゼーションによってOsDSH1遺伝子mRNAを検出する場合、OsDSH1遺伝子の配列、又はその部分配列を有するオリゴヌクレオチドを、OsDSH1遺伝子検出用のプローブとして利用することができるため、この検出用プローブを表面に固定した基材を含んだ、低温耐性植物を簡便に同定することのできる同定器を提供することができる。
【0028】
===OsDSH1遺伝子を用いた形質転換による低温耐性植物の樹立===
本発明のさらに別の実施態様においては、植物のOsDSH1遺伝子産物の機能が亢進した低温耐性植物を樹立することができる。その際、大別して、(1)植物のOsDSH1遺伝子産物の機能を亢進させることにより、低温耐性植物を人為的に製造する方法、(2)自然に生じた、OsDSH1遺伝子産物の機能が亢進する突然変異を有する植物を選別する方法、がある。
【0029】
(1)人為的製造方法
OsDSH1遺伝子産物の機能を亢進させるためには、特定の遺伝子産物の機能を亢進するどのような方法を実施してもよいが、以下に、植物へ外来遺伝子を導入して発現させるreverse geneticsの手法を用いた形質転換法、及び植物が固有に持つ内在性遺伝子の発現レベルを向上させるforward geneticsの手法を用いた変異誘起法を例として述べる。
【0030】
まず、外来遺伝子を用いてOsDSH1遺伝子の発現を亢進させるためには、特定の形質を導入できる一般的な遺伝子工学的手法である、形質転換の手法を行うことが好ましい。ここで形質転換とは、遺伝子の導入により生物の遺伝的形質を変えることを言う。
【0031】
形質転換によって導入するOsDSH1遺伝子は、植物体で外来遺伝子を発現させるために好適な媒体を介して導入することが好ましく、例えば、OsDSH1遺伝子を発現ベクターに挿入して植物に導入するとよい。OsDSH1遺伝子を挿入する発現ベクターは、植物体で遺伝子を発現させるためのベクターであればよく、またOsDSH1遺伝子以外の遺伝子、例えば選択マーカー用薬剤耐性遺伝子(ハイグロマイシン耐性遺伝子等)を含んでいてもよい。
【0032】
OsDSH1遺伝子を植物に導入するためには、外来遺伝子を植物に導入する一般的な方法を行なえばよい。例えば、パーティクルガン法、エレクトロポレーション法、ポリエチレングリコール(PEG)法等の、遺伝子を直接導入する方法を行なってもよいし、あるいは、間接的に媒体を介して遺伝子を導入する方法、例えばアグロバクテリウム法を行なってもよい。形質転換の対象となる植物に応じて、これらの手法とその実施条件を適切に選ぶことによって、効率よく形質転換を行うことができる。例えば、イネへの形質転換に当たって、発現ベクターとしてアグロバクテリウムで複製可能なバイナリーベクターを使用する場合、遺伝子導入法としてアグロバクテリウム法を利用することが好適である。
【0033】
このようにして遺伝子を導入された植物のうちから、所望の低温耐性植物を選び出すには、本発明の同定方法を実施することが好ましい。すなわち、遺伝子導入の操作を行った後に得られる植物群に対して、前述したような同定方法を行うことによって、低温耐性の形質が実際に導入された植物を容易に選別することができる。
【0034】
他方、内在性遺伝子を操作することによってOsDSH1遺伝子産物の機能を亢進させるためには、まず、化学突然変異物質(エチルメタンスルホン酸やメチルニトロソウレア等)による処理や、放射線(ガンマ線やイオンビーム等)の照射等の変異誘起法によって、植物の染色体DNAに突然変異をランダムに誘起させればよい。このようにして得られた突然変異植物群の中から、前述したような同定方法を行うことによって、低温耐性の形質が実際に導入された植物を容易に選別することができる。
【0035】
(2)交配法
自然に生じた低温耐性植物を含む植物群を利用して低温耐性植物を選択する場合は、大多数が低温耐性を有していないことが予想される植物群の中から、低温耐性植物を選抜することが必要となる。その場合、交配させることにより自然突然変異率を高めることができるため、従来から、植物体を交配させた中から、目的の形質を有する植物体を選抜することが行なわれてきた。この選抜の際、本発明の同定方法を行って、OsDSH1遺伝子産物の機能が亢進した低温耐性植物を同定することにより、低温耐性を獲得した植物体を得ることができる。
【0036】
また、得られた低温耐性植物同士をさらに交配することにより、OsDSH1遺伝子産物の機能がさらに亢進した植物体を選抜することもできる。その場合、上記(1)に記載した方法で人為的に製造された低温耐性植物同士を交配させることにより、OsDSH1遺伝子産物の機能がさらに亢進した植物体を選抜してもよい。
【0037】
この交配/選抜を繰り返すことにより、より高度な低温耐性を獲得した植物も得ることが可能である。
【実施例】
【0038】
===OsDSH1遺伝子の発現解析===
イネの組織におけるOsDSH1遺伝子の発現を調べるために、まず、常温で生育したイネの組織についてのRT−PCR法を以下のように行なった。
【0039】
イネの栽培品種である日本晴(学名Oryza sativa L. ssp. Japonica cv. Nipponbare)を、播種してから温室内で3ヶ月に渡って30℃で栽培した植物体の葉、根、茎、及び穂から、RNeasyキット(Quiagen社)を用いてRNAを抽出した。各mRNAに対するcDNAを、RevTraAceキット(東洋紡)を用いて合成した。また、日本晴のゲノムDNAを、緑葉からCTAB法(上記文献Current Protocols in Molecular Biologyに記載)により抽出した。
【0040】
各組織由来のcDNA又はゲノムDNAを鋳型として、下記の塩基配列を有するプライマーペア(FとRの組合せ)を使用し、下記の反応条件によるPCRを行なって、OsDSH1遺伝子を増幅した。また内部対照として、アクチンI(Actin I)遺伝子についても、同じ反応条件で同時にPCRを行なった:
OsDSH1発現確認プライマー(F):GGAGTGGCCGCCCTGCACCATA(配列番号2);
OsDSH1発現確認プライマー(R):CATGGTAGGCGCTGTTGTTGCTG(配列番号3);
Actin I発現確認プライマー(F):AGCTTCCTGATGGACAGGTT(配列番号4);
Actin I発現確認プライマー(R):CACAAGTGAGAACCACAGGT(配列番号5);
反応条件:94℃で2分間変性後、94℃30秒−57℃30秒−72℃60秒のサイクルを30回。
【0041】
PCRにより増幅されたDNA断片を、アガロースゲル電気泳動法で解析した。その結果、図1において分子量760bpのバンドとして示されているように、OsDSH1遺伝子は、葉、根、茎、及び穂の各組織の全てにおいて発現していた。
【0042】
次に、低温によるOsDSH1の発現の変化を見るために、播種後17日間に渡り30℃で生育した日本晴を、2週間16℃の環境にて生育させる低温処理を行った。低温処理開始後0、1、3、5、7、10、及び14日目の植物体から、その一部をそれぞれサンプリングして図1について述べた方法と同様の方法でRNAを抽出及びcDNA合成を行い、各々のcDNAに対してOsDSH1又はActin Iを増幅するPCRを同様に行なった。一方、低温処理の代わりに30℃にて生育した植物体についても同様にして0、1、3、5、7、10、及び14日後のサンプリングとPCRを行い、PCR産物をアガロースゲル電気泳動法によって比較した。
【0043】
その結果、図2に示すように、低温処理開始1日以内に、OsDSH1遺伝子の発現が一旦大きく減少したが、5日目以降に再び発現が認められた(図2の1段目)。これに対し、30℃処理を行った植物体では、処理開始後5日目までに発現が減弱して以降は、変化が見られなかった(図2の3段目)。
【0044】
===OsDSH1遺伝子によるイネの形質転換===
次に、OsDSH1遺伝子の発現が亢進した植物を製造するため、以下のような形質転換の手法により、OsDSH1遺伝子をイネに導入した形質転換体(OsDSH1形質転換体)を作出した。
【0045】
まず、図4に示す模式図の遺伝子構造を持つ、OsDSH1遺伝子を過剰に発現させるための形質転換ベクターを以下のように作製した。
【0046】
イネ完全長cDNAライブラリー(http://rgp.dna.affrc.go.jp)よりOsDSH1の転写産物に対応するcDNA(データベースアクセッション番号:AU173530)を検索し、これに対応するクローン(R3673)を入手した。次にこのcDNAの翻訳開始点と終結点の間の配列をPCRにより増幅した。その際に、両方の末端付近の配列にそれぞれBglII又はEcoRI制限酵素切断部位を付加したPCRプライマーペア:
GAAGGAGATCTGGAGTGTCTTGAGAGGATGG(配列番号8);
CTTCTACTGAATTCCAACACAATGTAGTTAGAAA(配列番号9);
を用いた。増幅されたDNA断片を、発現プラスミドベクターpCAMBIA1301(http://www.cambia.org/daisy/cambia/585.html、CAMBIA(オーストラリア)より入手)を改良したベクター(pCAMBIA1301M)のBglIIおよびEcoRI部位に導入することにより、形質転換ベクター(OE-OsDSH1)を作成した。なおpCAMBIA1310Mは、pCAMBIA1301のBglII制限酵素切断部位とBstEII切断部位の間の配列を、合成DNA配列:
(BglII)AGATCTAAGCTTGAATTCCCGGGATCCACTAGTTAAGAGCTCTCTAGACATCACCATCACCATCACTAGGGTGACC(BstEII)(配列番号10);
に置き換えたものである。
【0047】
次に、この形質転換ベクターOE-OsDSH1を用いて、アグロバクテリウム法でイネ(日本晴)のカルスを形質転換し、ハイグロマイシン耐性を獲得した形質転換カルスを得た。再分化培地で生育させ、発芽、発根した再分化個体を得たので、これを形質転換体とした。
【0048】
一方、形質転換によって得られるOsDSH1形質転換体を同定するため、図3に示す模式図で表される、OsDSH1遺伝子の一部を増幅するプライマーペアを設計した。これらの塩基配列は以下の通りである:
形質転換体確認用プライマーRT-PCR(F):TGCTGGACGCCATGGGGATGGA(配列番号11);
形質転換体確認用プライマーRT-PCR(R):CTCCCTTGCGGTTCTCAAGA(配列番号12)
【0049】
非形質転換体である日本晴、及びOsDSH1形質転換体の9つの株について、その緑葉から図1と同様の方法でcDNAを合成した。各々のcDNAを鋳型として、形質転換体確認用プライマーRT-PCR(F及びR)を用いたRT−PCR法により、発現したOsDSH1遺伝子の転写産物を検出した。
【0050】
RT−PCRにより増幅されたDNAを電気泳動により解析した結果を図5に示す。形質転換体OE1、OE2、OE3、OE4、OE5、OE7、OE12、OE13、OE14の植物体(図5では#番号で示している)のいずれもが、濃いバンドとして示されるOsDSH1遺伝子を、対照となる非形質転換体(日本晴)よりも強く発現していた。
【0051】
また、同じ形質転換転換体の試料に対して、図1と同じ方法で緑葉からのmRNAの抽出及びcDNAの合成を行った。得られたcDNAを鋳型として、リアルタイムRT−PCR用プライマー(F)及び(R)(配列番号6及び7)を用い、SYBR Green Realtime PCR Master Mixキット(東洋紡)を用いてABI7000 Sequence Detection System(Applied Biosystems社)でリアルタイムPCRを行って、OsDSH1遺伝子の発現を解析した。
【0052】
その結果、図6に示すように、形質転換体におけるOsDSH1遺伝子の発現レベルは、いずれも非形質転換体よりも高かった(約500倍以上)。
【0053】
このように、アグロバクテリウム法を用いた形質転換によって、OsDSH1遺伝子の発現が亢進したイネの形質転換体を得た。
【0054】
===OsDSH1過剰発現体の低温ストレス下における伸長===
OsDSH1遺伝子が、低温ストレスによる植物への影響に対して及ぼす効果を調べるため、OsDSH1遺伝子を過剰に発現するようなイネの形質転換体(OsDSH1過剰発現体)を作出し、低温処理を行って生育の様子を解析した。
【0055】
まず、形質転換ベクターOE-OsDSH1(図4)を用いて、図4について説明した方法と同様の方法で、イネ(日本晴)の形質転換を実施して、OsDSH1過剰発現体を作製した。得られた過剰発現体について、形質転換による稔実性への影響を調べるため、これらの形質転換体および日本晴を通常作期に栽培し、これに生じた穂を全て集め、これらについたモミの数を数えた。これらの中で実ったもの(完熟したもの)を数え、その割合を求めて、稔実率を調べた。
【0056】
その結果、図7のグラフに示すように、OsDSH1過剰発現体OE1、OE2、OE3、OE4の稔実率は、対照となる非形質転換体の日本晴と比べて違いが見られなかった。このことから、イネにおけるOsDSH1遺伝子の発現の亢進は、稔実性に影響を及ぼさないことが分かった。
【0057】
そこでこれらのOsDSH1過剰発現体について、低温ストレスを受けることによってどのような影響を受けるかを調べるため、図8の模式図に示す流れに従って、以下のようにして低温ストレス実験を実施した。すなわち、イネの種子を播種した後、葉が2〜3枚出るまで長日条件(昼14時間、夜10時間の日照周期)、30℃で7日間栽培した。植物体の集団を2つに分け、それぞれを16℃又は30℃の人工気象器へ移して栽培を続けた。
【0058】
低温ストレス開始後0、1、3、5、7、10、及び14日目の植物体を観察して、高さ(草丈)を測定した。その結果、図9のグラフに示すように、OsDSH1過剰発現体の個体OE3−5、OE4−5、OE5−1、OE−14−2のそれぞれについて、低温ストレス下のほとんどの期間にわたって、非形質転換体に比べて成長量が多い傾向が見られた。
【0059】
以上のことから、イネにおけるOsDSH1遺伝子の発現を亢進させると、稔実性には影響がないが、低温耐性が向上することが分かった。すなわち、OsDSH1遺伝子を導入する形質転換により、低温耐性植物を製造できることが分かった。
【図面の簡単な説明】
【0060】
【図1】図1は、本発明の実施例において、イネの組織におけるOsDSH1遺伝子の発現を、RT−PCR法とゲル電気泳動法で解析した結果を示す図である。
【図2】図2は、本発明の実施例において、低温処理を施したイネにおけるOsDSH1遺伝子の発現を、RT−PCR法とゲル電気泳動法で解析した結果を示す図である。
【図3】図3は、本発明の実施例における、OsDSH1形質転換体を同定するためのプライマーについて示す模式図である。
【図4】図4は、本発明の実施例における、OsDSH1遺伝子を用いた形質転換ベクターを示す模式図である。
【図5】図5は、本発明の実施例において、OsDSH1形質転換体におけるOsDSH1遺伝子の発現を、RT−PCR法と電気泳動法で分析した結果を表す図である。
【図6】図6は、本発明の実施例において、OsDSH1形質転換体におけるOsDSH1遺伝子の発現レベルをリアルタイムRT−PCRによって分析した結果を表すグラフである。縦軸には発現量を定量し、内部対照としたActin1の発現量に対する比率を求め、そのコントロール(日本晴)で得られた値を1とした相対値が表されている。
【図7】図7は、本発明の実施例における、OsDSH1過剰発現体の稔実率を示すグラフである。
【図8】図8は、本発明の実施例における、OsDSH1過剰発現体に対する低温ストレス実験の流れを示す模式図である。
【図9】図9は、本発明の実施例における、低温ストレス下におけるOsDSH1過剰発現体の成長を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
低温耐性植物の製造方法であって、前記植物のOsDSH1遺伝子産物の機能を亢進させることを特徴とする製造方法。
【請求項2】
前記植物のOsDSH1遺伝子の発現を亢進させることにより、前記OsDSH1遺伝子産物の機能を亢進させることを特徴とする、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
外来遺伝子を用いて前記植物を形質転換することにより前記OsDSH1遺伝子の機能を亢進させることを特徴とする、請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記OsDSH1遺伝子が、下記(a)又は(b)に示すペプチドのいずれかをコードする遺伝子、又はその相同遺伝子であることを特徴とする、請求項1〜3のいずれかに記載の製造方法。
(a)配列番号1に示されるアミノ酸配列を有するペプチド。
(b)配列番号1に示されるアミノ酸配列に対して1〜数残基が欠失、置換又は挿入したアミノ配列を有するペプチドであって、当該ペプチドを有する植物に低温耐性を与えることを特徴とするペプチド。
【請求項5】
前記植物がイネであることを特徴とする、請求項1〜4のいずれかに記載の製造方法。
【請求項6】
OsDSH1遺伝子産物の機能が亢進していることを特徴とする低温耐性植物。
【請求項7】
請求項6に記載の低温耐性植物の種子。
【請求項8】
低温耐性植物の同定方法であって、OsDSH1遺伝子産物の機能の増減を調べることを特徴とする同定方法。
【請求項9】
低温耐性植物の同定方法であって、OsDSH1遺伝子の発現を調べることを特徴とする同定方法。
【請求項10】
前記OsDSH1遺伝子が、下記(a)又は(b)に示すペプチドのいずれかをコードする遺伝子、又はその相同遺伝子であることを特徴とする、請求項8又は9に記載の同定方法。
(a)配列番号1に示されるアミノ酸配列を有するペプチド。
(b)配列番号1に示されるアミノ酸配列に対して1〜数残基が欠失、置換又は挿入したアミノ配列を有するペプチドであって、当該ペプチドを有する植物に低温耐性を与えることを特徴とするペプチド。
【請求項11】
前記植物がイネであることを特徴とする、請求項8〜10のいずれかに記載の同定方法。
【請求項12】
低温耐性植物の同定マーカーであって、OsDSH1遺伝子の関連物質であることを特徴とする同定マーカー。
【請求項13】
前記OsDSH1遺伝子が、下記(a)又は(b)に示すペプチドのいずれかをコードする遺伝子、又はその相同遺伝子であることを特徴とする、請求項12に記載の同定マーカー。
(a)配列番号1に示されるアミノ酸配列を有するペプチド。
(b)配列番号1に示されるアミノ酸配列に対して1〜数残基が欠失、置換又は挿入したアミノ配列を有するペプチドであって、前記ペプチドを有する植物に低温耐性を与えることを特徴とするペプチド。
【請求項14】
前記植物がイネであることを特徴とする、請求項14又は15に記載の同定マーカー。
【請求項15】
OsDSH1遺伝子の増幅用PCRプライマーペア、又はOsDSH1遺伝子産物の検出用抗体のいずれかを含むことを特徴とする、低温耐性植物の同定キット。
【請求項16】
OsDSH1遺伝子の検出用プローブ、又はOsDSH1遺伝子産物の検出用抗体のいずれかを表面に固定した基材を含むことを特徴とする、低温耐性植物の同定器。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2007−228914(P2007−228914A)
【公開日】平成19年9月13日(2007.9.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−56487(P2006−56487)
【出願日】平成18年3月2日(2006.3.2)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2005年11月25日 第28回日本分子生物学会年会組織委員会発行の「第28回日本分子生物学会年会講演要旨集」に発表
【出願人】(803000115)学校法人東京理科大学 (545)
【Fターム(参考)】