説明

体外における幹細胞の維持と純化に関する方法、組成物およびシステム

【課題】細胞周期をコントロールする方法、組成物およびシステムを提供する。
【解決手段】幹細胞を休止状態(G0期)に維持または誘導する方法であって、該細胞の膜上の脂質ラフトの集積を阻害する工程を含む方法を提供する。該方法において、脂質ラフトの集積阻害が、トランスフォーミング増殖因子(TGF)βファミリーのメンバー等によって達成される方法を提供する。該方法により、幹細胞の維持、増殖を容易にかつ計画的にすることができ、幹細胞の同定も容易になる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞の細胞周期の調節およびその利用に関する。
【背景技術】
【0002】
動物およびヒトのような高等生物の生命維持および発達において、細胞周期の調節は、重要な要因である。細胞周期の調節により、整然とした系統的な細胞分化がおこり、最終的には未分化の単細胞から多様な特殊組織を有する高等構造の生物が発達する。
【0003】
一般に、細胞周期の適切な調節は、生物にとって、初期成長の段階のみならず、生物の一生を通じて非常に重要である。従って、生物が成熟した後も、正常な周期発達は健常であることについて非常に重要である。例えば、血液形成および生殖器官において特定の細胞を調節することは非常に重要であることなどからも明らかである。
【0004】
血液形成において重要な役割を果たしている造血幹細胞は、自己複製能および多分化能を兼ね備えている細胞である。造血幹細胞は、この二つの性質を利用して、一生にわたって全ての血液細胞を供給する。未分化で高い増殖能を持つ細胞であるにもかかわらず、大部分の造血幹細胞は通常、骨髄のニッシェと呼ばれる微小環境中でG期に入っている。しかし、長期Brduとり込み実験などから3週間に一度程度の頻度で非対称性分裂を行うことにより、自分自身と前駆細胞を供給していると考えられている(非特許文献1;非特許文献2)。しかし、ニッシェ中にある造血幹細胞は、決してG0期に入りっ放しではなく、定期的に細胞周期(cell cycle)に入ることから、冬眠様状態という方が適切である。
【0005】
最近、骨髄ニッシェが骨芽細胞領域にあり、Ang-1とその受容体であるTie-2、あるいはカドヘリンなどが造血幹細胞の冬眠様状態維持に関与していることが報告されたが(非特許文献3)、造血幹細胞の冬眠様状態の分子機構についての詳細は不明である。造血幹細胞の分化や自己複製の機構は生物学的のみならず臨床的にもきわめて重要な問題である。しかし、造血幹細胞が骨髄細胞中に数万個に一個の頻度でしか存在せず、得られる細胞数に限度があるためタンパク質レベルでの実験が困難であることから、造血幹細胞に関するサイトカイン受容体またはシグナル伝達に関連する分子についての研究にとって大きな障害になっていた。
【0006】
本発明者らは、過去にFACSを用いて成体マウス骨髄中の造血幹細胞を高度に濃縮する方法を確立し、高度に濃縮された造血幹細胞(CD34−KSL細胞)を用いればin vitro だけでなくin vivoにおいてもクローナルな解析が可能であることを示してきた。
【0007】
本発明において、本発明者らは、これらの高度に濃縮した造血幹細胞を対象として免疫染色法を組み合わせることにより単細胞レベルでの分子の局在やリン酸化を示す技術を開発し、造血幹細胞におけるシグナル伝達系の解析に応用することが可能となった。
【0008】
本発明者らが最初に対象としたのは、サイトカイン刺激後の造血幹細胞における脂質ラフト(脂質ラフト)領域(LR)の集積形成である。細胞膜上のスフィンゴ脂質が会合して脂質ドメインであるLRでは、Srcファミリーのキナーゼと他のシグナル伝達物質とが会合しており(非特許文献4,5)、細胞内へのシグナル伝達において重要な役割を果たしている。LRに関する先駆的研究は、T細胞においてなされた。MHCとTCRとの結合がT細胞膜上にLRの集積を引き起こすこと、そしてLRへのTCRが局在化することの有無によるシグナルの違いが、TCRがLRに移行することでチロシンリン酸化の増大を引き起こすことが報告されている(非特許文献4,6,7,8)。
【非特許文献1】Cheshier,S.H.,Morrison,S.J.,Liao,X.,and Weissman,I.L.(1999).In vivo proliferation and cell cycle kinetics of long-term self-renewing hematopoietic stem cells.Proc.Natl.Acad.Sci.U.S.A.96,3120-3125.
【非特許文献2】Sudo,K.,Ema,H.,Morita,Y.,and Nakauchi, H.(2000).Age-associated characteristics of murine hematopoietic stem cells. J.Exp.Med.192,1273-1280
【非特許文献3】Zhang,J.,Niu,C.,Ye,L.,Huang,H.,He,X.,Tong,W.-G.,Ross,J.,Haug,J.,Johnson,T.,Feng,J.Q.,Harris,S.,Wiedemann,L.M.,Mishina,Y.,and Li,L.(2003).Identification of the haematopoietic stem cell niche and control ofthe niche size.Nature 425,836-841.
【非特許文献4】Miceli,M.C.,Moran,M.,Chung,C.D.,Patel,V.P.,Low,T.,and Zinnanti,W.(2001).Co-stimulation and counter-stimulation: lipid raft clustering controls TCR signaling and functional outcomes.Semin.Immunol.13,115-128.
【非特許文献5】Sotgia F,Razani B,Bonuccelli G,Schubert W,Battista M,Lee H,Capozza F,Schubert AL,Minetti C,Buckley JT,Lisanti MP.,Intracellular retention of glycosylphosphatidyl inositol-linked proteins in caveolin-deficient cells. Mol Cell Biol.2002 Jun;22(11):3905-26.
【非特許文献6】Guo B,Kato RM,Garcia-Lloret M,Wahl MI,Rawlings DJ. Engagement of the human pre-B cell receptor generates a lipid raft-dependent calcium signaling complex., Immunity.2000 Aug;13(2):243-53.
【非特許文献7】Lee CJ,LiaoCL,Lin YL., Flavivirus activates phosphatidylinositol 3-kinase signaling to block caspase-dependent apoptotic cell death at the early stage of virus infection., J Virol.2005 Jul;79(13):8388-99.
【非特許文献8】Encinas M,Tansey MG,Tsui-Pierchala BA,Comella JX,Milbrandt J,Johnson EM Jr., c-Src is required for glial cell line-derived neurotrophic factor (GDNF) family ligand-mediated neuronal survival via a phosphatidylinositol-3 kinase (PI-3K)-dependent pathway., J Neurosci.2001 Mar 1;21(5):1464-72.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記状況に鑑み、幹細胞(特に造血幹細胞)について、細胞周期を調節し、その維持・増殖をコントロールすることができる技術への期待が高まっている。本発明は、そのような技術を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、種々のサイトカインで造血幹細胞を刺激し、その後のLRの集積について解析するとともに、Aktのリン酸化、G期でのみ核内に局在するforkheadファミリー分子(Seoane,J.,Le,H.V.,Shen,L.,Anderson,S.A,and Massague,J.(2004).Integration of Smad and forkhead pathways in the control of neuroepithelial and glioblastoma cell proliferation.Cell 117,211-223)の核への局在、細胞周期関連タンパクの動向などについて解析を行った。その結果、造血幹細胞においてもLRの集積が細胞の分裂に重要であることが明らかとなった。さらに本研究ではTGF−βがLRの集積を阻害し造血幹細胞の冬眠様状態の誘導に関与している可能性が強く示唆された。
【0011】
造血幹細胞は骨髄ニッシェに存在し、冬眠様状態にあってゆっくりと分裂しながら自分自身と前駆細胞を供給していると考えられている。しかしこの冬眠様状態の機構の詳細は不明である。高度に純化した造血幹細胞にサイトカイン刺激を与えて個々に観察したところ、KLとTPO刺激によって造血幹細胞膜上に脂質ラフト(図6を参照)が形成されることが細胞分裂に必須であること、脂質ラフトの形成阻害剤を用いるとサイトカイン刺激下でも造血幹細胞が冬眠様状態に陥ることを明らかにした。脂質ラフトの形成はAng−1によってもある程度阻害されたが、TGF−βが脂質ラフト形成阻害に中心的な役割を果たしていた。ニッシェにおける造血幹細胞の冬眠様状態の維持にはTGF−βからのシグナルが脂質ラフトの集積を阻害することがクリティカルな役割を果たしていることが示唆された。
【0012】
Zachariasら(p.913; van Meerによる展望記事を参照)は、シアン蛍光タンパク質 と黄色蛍光タンパク質分子とが通常の二量体形成をしないように遺伝子工学的に処理され た、変異型シアン蛍光タンパク質(mCFP)および変異型黄色蛍光タンパク質分子 (mYFP)の間で、蛍光共鳴エネルギー転移(fluorescence resonance energy transfer;FRET)をモニターすることにより、タンパク質の脂質ラフトへの標的化を研究 した。FRETは、ラフトに局在化することが知られている、CFPとカベオリン(caveolin)との融合タンパク質と、そのアミノ末端をアシル化されたYFPとの間で検出された。しかしながら、YFPのプレニル修飾によっては、タンパク質はラフトに標的化されなかった。したがって、タンパク質の脂質修飾は、局在化を制御することができ、そしてその結果、脂質ラフト中の様々なタンパク質の機能を制御することができる(Science May 3,2002,Vol.296 (David A.Zacharias,Jonathan D.Violin,Alexandra C.Newton,and Roger Y.Tsien p.913−916.))。
【0013】
造血幹細胞は骨髄ニッシェに存在し、冬眠様状態にあってゆっくりと分裂しながら自分自身と前駆細胞を供給していると考えられている。しかしこの冬眠様状態の機構の詳細は不明である。高度に純化した造血幹細胞にサイトカイン刺激を与えて個々に観察したところ、KLおよびとTPOの刺激によって造血幹細胞膜上に脂質ラフトが形成されることが細胞分裂に必須であること、脂質ラフトの形成阻害剤を用いるとサイトカイン刺激下でも造血幹細胞が冬眠様状態に陥ることを明らかにした。脂質ラフトの形成はAng−1によってもある程度阻害されたが、TGF−βが脂質ラフトの形成阻害に中心的な役割を果たしていた。ニッシェにおける造血幹細胞の冬眠様状態の維持にはTGF−βからのシグナルがraftの集積を阻害することがクリティカルな役割を果たしていることが示唆された。
【0014】
従って、本発明は、以下を提供する。
(1)幹細胞を休止状態(G期)に維持または誘導する方法であって、該方法は:
A)該細胞の膜上の脂質ラフト(raft)の集積を阻害する工程
を包含する、方法。
(2)前記集積は、細胞膜上でスフィンゴ脂質およびコレステロールが集積したミクロドメインの有無によって判定される、項目1に記載の方法。
(3)前記脂質ラフトの集積阻害は、トランスフォーミング増殖因子(TGF)βファミリーのメンバー、メチルβシクロデキストリン、c−srcインヒビター、PI3Kインヒビターおよびc−srcインヒビターからなる群より選択される少なくとも1つの因子により達成される、項目1に記載の方法。
(4)前記TGFβは、配列番号1に示すヌクレオチド配列またはその改変体もしくは断片によりコードされるかまたは配列番号2にアミノ酸配列またはその改変体もしくは断片を含む、項目3に記載の方法。
(5)前記脂質ラフトの集積阻害は、トランスフォーミング増殖因子(TGF)βファミリーのメンバーの活性化因子により達成される、項目1に記載の方法。
(6)前記TGFβファミリーのメンバーの活性化因子は、インテグリンβ6およびプラスミンからなる群より選択される、項目5に記載の方法。
(7)前記脂質ラフトは、c−Kitリガンド(KL)(配列番号3(核酸配列)または配列番号4(アミノ酸配列))および血小板刺激因子(TPO)(配列番号5(核酸配列)または配列番号6(アミノ酸配列))刺激によって細胞膜上に集積される、項目1に記載の方法。
(8)前記脂質ラフトは、c−kit(配列番号7(核酸配列)または配列番号8(アミノ酸配列))、ガングリオシドGM−1およびc−mpl(配列番号9(核酸配列)または配列番号10(アミノ酸配列))からなる群より選択される少なくとも1つの因子を観察することによって同定される、項目1に記載の方法。
(9)前記細胞は、造血幹細胞である、項目1に記載の方法。
(10)前記細胞は、骨髄造血幹細胞である、項目1に記載の方法。
(11)前記阻害は、Ang−1(配列番号11(核酸配列)または配列番号12(アミノ酸配列))添加時よりも大きな阻害であることを特徴とする、項目1に記載の方法。
(12)前記阻害は、TGFβファミリーのメンバーによって達成される阻害と少なくとも同程度の阻害であることを特徴とする、項目1に記載の方法。
(13)前記阻害は、Ang−1では達成できないがTGFβで達成できる阻害濃度を特徴とする、項目1に記載の方法。
(14)前記脂質ラフトの集積は、幹細胞因子(SCF)(配列番号13(核酸配列)または配列番号14(アミノ酸配列))によって生じる、項目1に記載の方法。
(15)前記阻害工程は、SCFおよび血小板刺激因子(TPO)(配列番号5(核酸配列)または配列番号6(アミノ酸配列))の存在下で行われる、項目1に記載の方法。
(16)細胞を保存する方法であって、
A)該細胞の膜上の脂質ラフトの集積を阻害する工程
を包含する、方法。
(17)幹細胞を濃縮または純化するための方法であって、
A)幹細胞を含むか含むと予測される試料を提供する工程;
B)該試料を幹細胞が生存する条件で培養する工程;および
C)該試料を細胞の膜上の脂質ラフトの集積を阻害する条件に暴露する工程
を包含する、方法。
(18)項目17に記載の方法によって得られた濃縮または純化された幹細胞。
(19)幹細胞が濃縮または純化された組成物を生産するための方法であって、
A)幹細胞を含む試料を提供する工程;
B)該試料を細胞の膜上の脂質ラフトの形成を阻害する条件に暴露する工程;および
C)該試料を幹細胞が生存する条件で培養する工程
を包含する、方法。
(20)項目19に記載の方法によって得られた組成物。
(21)細胞増殖を促進または誘導する方法であって、該方法は:
A)該細胞の膜上の脂質ラフト(raft)の集積を生じさせるかまたは促進する工程
を包含する、方法。
(22)前記集積を、細胞膜上でスフィンゴ脂質およびコレステロールが集積したミクロドメインの有無によって判定する工程を包含する、項目21に記載の方法。
(23)前記脂質ラフトの集積は、トランスフォーミング増殖因子(TGF)βインヒビター、c−srcアクチベーター、およびガングリオシドからなる群より選択される因子により達成される、項目21に記載の方法。
(24)前記TGFβは、配列番号1に示す配列(TGFβ1)またはその改変体もしくは断片である、項目23に記載の方法。
(25)前記TGFβのインヒビターは、TGFβのアンチセンス核酸、RNAi、抗体、化合物および低分子からなる群より選択される、項目21に記載の方法。
(26)前記脂質ラフトの形成促進は、トランスフォーミング増殖因子(TGF)βのRNAiにより達成される、項目25に記載の方法。
(27)前記脂質ラフトは、KLおよびTPO刺激によって細胞膜上に集積される、項目21に記載の方法。
(28)前記細胞は、造血幹細胞である、項目21に記載の方法。
(29)前記細胞は、骨髄造血幹細胞である、項目21に記載の方法。
(30)前記脂質ラフトは、c−kit、GM−1およびc−mplからなる群より選択される少なくとも1つの因子を含む、項目21に記載の方法。
(31)前記脂質ラフトの集積は、SCFおよびTPOからなる群より選択される少なくとも1つの因子の存在下で行われる、項目21に記載の方法。
(32)細胞を休止状態(G期)に維持または誘導するための因子を同定するためのスクリーニング方法であって、該方法は:
A)該因子の候補物質を提供する工程;
B)該目的の細胞における脂質ラフトを観察する工程;
C)該因子を目的の細胞に暴露させる工程;および
D)該因子への暴露後の該目的の細胞における脂質ラフトを観察し、脂質ラフトの集積阻害を引き起こす因子は、該目的の細胞を休止状態に維持または誘導するための因子であると決定する工程、
を包含する、方法。
(33)さらに
E)前記因子を目的の細胞に暴露して細胞周期を調節し得るかどうかを確認する工程、
をさらに包含する、項目32に記載の方法。
(34)前記脂質ラフトの観察は、蛍光色素染色およびウエスタンブロッティングからなる群より選択される手法により行われる、項目32に記載の方法。
(35)前記因子は、幹細胞の同定、濃縮または純化に使用される、項目32に記載の方法。
(36)細胞増殖を維持または誘導する因子を同定するためのスクリーニング方法であって、該方法は:
A)該因子の候補物質を提供する工程;
B)該目的の細胞における脂質ラフトを観察する工程;
C)該因子を目的の細胞に暴露させる工程;および
D)該因子への暴露後の該目的の細胞における脂質ラフトを観察し、脂質ラフトの集積を引き起こす因子は、該目的の細胞の増殖を維持または誘導するための因子であると決定する工程、
を包含する、方法。
(37)幹細胞を休止状態(G期)に維持または誘導するシステムであって、該細胞の膜上のラフトの集積を阻害する手段を備えるシステム。
(38)幹細胞を休止状態(G期)に維持または誘導する培地であって、該細胞の膜上の脂質ラフトの集積を阻害する因子を含む培地。
(39)細胞を保存するための培地であって、該細胞の膜上の脂質ラフトの集積を阻害する因子を含む培地。
(40)幹細胞を濃縮または純化するためのシステムであって、
A)幹細胞を含むか含むと予測される試料を提供する手段;
B)該試料を幹細胞が生存する条件で培養する手段;および
C)該試料を細胞の膜上の脂質ラフトの集積を阻害する条件に暴露する手段
を備える、システム。
(41)幹細胞を同定、濃縮または純化するための培地であって、該細胞の膜上の脂質ラフトの集積を阻害する因子を含む培地。
(42)細胞増殖を維持または誘導するシステムであって:該細胞の膜上の脂質ラフトの集積を生じさせるかまたは促進する手段を備える、システム。
(43)細胞増殖を維持または誘導する培地であって:該細胞の膜上の脂質ラフトの集積を生じさせるかまたは促進する因子を含む培地。
(44)細胞を休止状態(G期)に維持または誘導するための因子を同定するためのスクリーニングシステムであって、該システムは:
A)該因子の候補物質を提供する手段;
B)該目的の細胞における脂質ラフトを観察する手段;
C)該因子を目的の細胞に暴露させる手段;および
D)該因子への暴露後の該目的の細胞における脂質ラフトを観察し、脂質ラフトの集積阻害を引き起こす因子は、該目的の細胞を休止状態に維持または誘導するための因子であると決定する手段、
を備える、システム。
(45)細胞増殖を維持または誘導する因子を同定するためのスクリーニングシステムであって、該システムは:
A)該因子の候補物質を提供する手段;
B)該目的の細胞における脂質ラフトを観察する手段;
C)該因子を目的の細胞に暴露させる手段;および
D)該因子への暴露後の該目的の細胞における脂質ラフトを観察し、脂質ラフトの集積を引き起こす因子は、該目的の細胞の増殖を維持または誘導するための因子であると決定する手段、
を備える、システム。
(46)細胞の膜上の脂質ラフトの集積を阻害する因子の、幹細胞を同定し、あるいはその休止状態(G期)に維持または誘導するための使用。
(47)細胞の膜上の脂質ラフトの集積を促進する因子の、細胞増殖を促進または誘導するための使用。
(48)幹細胞を同定する方法であって、該方法は:
A)判定される細胞の膜上の脂質ラフトの集積を観察する工程;および
B)集積が観察されない場合、該判定される細胞が幹細胞であると判定する工程
を包含する、方法。
(49)前記判定は、前記細胞が未分化細胞であることを確認し、かつ、前記脂質ラフトの集積が観察されない場合に該細胞が幹細胞であると判定する工程を包含する、項目48に記載の方法。
(50)幹細胞を同定するシステムであって、該システムは、
A)判定される細胞の膜上の脂質ラフトの集積を観察する手段;および
B)集積が観察されない場合、該判定される細胞が幹細胞であると判定する手段
を備える、システム。
(51)前記判定は、前記細胞が未分化細胞であることを確認し、かつ、前記脂質ラフトの集積が観察されない場合に該細胞が幹細胞であると判定することを包含する、項目50に記載のシステム。
(52)幹細胞を同定するシステムであって、該システムは、
A)判定される細胞の膜上の脂質ラフトの集積を観察するための蛍光色素染色またはウエスタンブロッティングのためのキットを備え、ここで、集積が観察されない場合、幹細胞があると判定することを特徴とする、システム。
(53)前記判定は、前記細胞が未分化細胞であることを確認し、かつ、前記脂質ラフトの集積が観察されない場合に該細胞が幹細胞であると判定すると判定する工程を包含する、項目52に記載のシステム。
【0015】
以下に、本発明の好ましい実施形態を示すが、当業者は本発明の説明および当該分野における周知慣用技術からその実施形態などを適宜実施することができ、本発明が奏する作用および効果を容易に理解することが認識されるべきである。
【0016】
従って、本発明のこれらおよび他の利点は、必要に応じて添付の図面等を参照して、以下の詳細な説明を読みかつ理解すれば、当業者には明白になることが理解される。
【発明の効果】
【0017】
本発明は、幹細胞の細胞周期を調節する方法、組成物およびシステムを提供する。このような調節により、幹細胞の維持・制御・増殖をコントロールすることが容易になり、その維持・増殖を容易にかつ計画的にすることができるようになった。また、幹細胞の同定も容易にすることができるようになった。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、本発明を説明する。本明細書の全体にわたり、単数形の表現は、特に言及しない限り、その複数形の概念をも含むことが理解されるべきである。従って、単数形の冠詞(例えば、英語の場合は「a」、「an」、「the」など)は、特に言及しない限り、その複数形の概念をも含むことが理解されるべきである。また、本明細書において使用される用語は、特に言及しない限り、当該分野で通常用いられる意味で用いられることが理解されるべきである。したがって、他に定義されない限り、本明細書中で使用される全ての専門用語および科学技術用語は、本発明の属する分野の当業者によって一般的に理解されるのと同じ意味を有する。矛盾する場合、本明細書(定義を含めて)が優先する。
【0019】
以下に提供される実施形態は、本発明のよりよい理解のために提供されるものであり、本発明の範囲は以下の記載に限定されるべきでないことが理解される。従って、当業者は、本明細書中の記載を参酌して、本発明の範囲内で適宜改変を行うことができることは明らかである。
【0020】
(用語の定義)
以下に本明細書において特に使用される用語の定義を記載する。
【0021】
本明細書において「脂質ラフト」とは、Kai Simons らが提案したスフィンゴ脂質とコレステロールに富んだ脂質膜ドメインをいい,グリコシルホスファチジルイノシトール(GPI)アンカータンパク質や膜を介する情報伝達に関与するタンパク質が集積した超分子構造を形成していると考えられている。脂質ラフトは情報伝達,細菌やウイルスの感染,細胞内小胞輸送等に重要な役割を果たしていることが示唆されている。ラフト形成はスフィンゴ脂質同士の会合がその引き金となっていると考えられる。実際モデル膜ではラフト様脂質ドメインの形成は容易に観察される。しかしながら細胞に実際にラフトが存在するか,という基本的な問題は未だに議論の的である。これは第一にスフィンゴ脂質を追跡する良い方法がないことに起因している。脂質ラフトは、細胞膜上でスフィンゴ脂質とコレステロールが集積したミクロドメインの有無によって判定される。
【0022】
本明細書において「脂質ラフトの集積」とは、脂質ラフトが、例えば、ミクロドメインのGM1(ガラクトース(Gal)−Nアセチルガラクトサミン−ガラクトース(Gal)−グリコシル(Glc)−セラミド(Cer)という糖脂質)という領域としてそのセラミドに結合している部分を観察していることによって観察することができる。従って、その存在自体が指標となる。GM1は例示的なものであり、合成されるラフト分画によってこの境界となる部分は変動する。脂質ラフトの集積は、細胞膜上でスフィンゴ脂質とコレステロールが集積したミクロドメインの有無によって判定することができ、観察がされれば本明細書において集積があると判定することができる。このような脂質ラフトの集積は、幹細胞因子(SCF)(配列番号13(核酸配列)または配列番号14(アミノ酸配列))、血小板刺激因子(TPO)(配列番号5(核酸配列)または配列番号6(アミノ酸配列))などの因子によって促進されることが知られている。従って、本発明では、このような因子を用いて脂質ラフトの集積を促進させて、その後のアッセイに用いることができる。
【0023】
本明細書において「スフィンゴ脂質」とは、スフィンゴイド(スフィンゴシン=2S,3R,4E−2−アミノ−4−オクタデセン−1,3−ジオール)などの長鎖塩基を共通構成成分として含む複合脂質を総称した用語である。グリセロールを共通構成成分とするグリセロ脂質とともに複合脂質界を二大別する。スフィンゴイドに脂肪酸が酸アミド結合したセラミドの1位の水酸基に,さらに置換基として,糖がグリコシド結合したスフィンゴ糖脂質(セレブロシド、各種の糖を含むガングリオシド、血液型糖脂質などの複雑な糖鎖構造の糖脂質などがあり、糖鎖全体の性質によって、中性糖からなる中性スフィンゴ糖脂質群とシアル酸、硫酸化糖などを含む酸性スフィンゴ糖脂質群(ガングリオシド,スルファチドなど))と、置換基としてリン酸と塩基(コリン,エタノールアミンなど)が結合したスフィンゴリン脂質(スフィンゴミエリン,セラミドホスホエタノールアミン、セラミドシリアチン、セラミドアミノエチルホスホン酸など)に分類されている。
【0024】
本明細書において「コレステロール」とは、当該分野において通常使用されるのと同じ意味を有し、C2746Oで表される物質およびその誘導体(エステル(例えば、脂肪酸とのエステル))をいう。ヒトではほとんど全細胞の通常成分として遊離状もしくは脂肪酸とのエステルの形で存在.とくに脳、神経組織および脊髄などに多く含まれる.血中では,主として低密度リポタンパク質および高密度リポタンパク質に存在する。ジギトニンで沈澱する。
【0025】
本明細書において、スフィンゴ脂質およびコレステロールは、ウェスタンブロット、蛍光色素染色などの免疫学的アッセイによって同定することができる。
【0026】
本明細書において「ミクロドメイン」とは、スフィンゴ脂質およびコレステロールが集積した集合物をいい、例えば、数十ナノメートルという大きさであり、脂質が豊富に存在するという特性を有し、そしてカベオリン抗体にてウェスタンブロットするという判定方法によって確認することができる。
【0027】
脂質ラフトの集積は、トランスフォーミング増殖因子(TGF)βインヒビター、c−srcアクチベーター、およびガングリオシドからなる群より選択される因子によっても達成され得る。
【0028】
本明細書において通常脂質ラフトは、c−Kitリガンド(KL)(配列番号3(核酸配列)または配列番号4(アミノ酸配列))および血小板刺激因子(TPO)(配列番号5(核酸配列)または配列番号6(アミノ酸配列))刺激によって細胞膜上に集積されると言われている。従って、本発明において、脂質ラフトの集積は、これら因子の刺激によって促進させることができる。
【0029】
本明細書において通常脂質ラフトは、c−kit(配列番号7(核酸配列)または配列番号8(アミノ酸配列))、ガングリオシドGM1(Galβ1→3GalNAcβ1→4(NeuAα2→3)Galβ1→4Glcβ1→1’Cer;)およびc−mpl(配列番号9(核酸配列)または配列番号10(アミノ酸配列))からなる群より選択される少なくとも1つの因子を同定することによって確認することができる。
【0030】
ここで、 本発明において糖を記載するために使用する命名法は、通常の命名法に従う。例えば、ガラクトース
【0031】
【化1】

【0032】
は、Gal;
Nアセチルガラクトサミン
【0033】
【化2】

【0034】
は、GalNAc;
グルコース
【0035】
【化3】

【0036】
は、Glc;
Nアセチルノイラミン酸
【0037】
【化4】

【0038】
は、Neu5Ac(あるいはNeuAと記す。);
セラミド
【0039】
【化5】



【0040】
は、Cerである。
【0041】
本明細書において「脂質ラフトの集積の阻害」は、通常脂質ラフトの集積を生じる条件において、ある因子との相互作用によって集積が進行しないかまたは集積が解離することをいう。脂質ラフトの集積の阻害は、Ang−1(配列番号11(核酸配列)または配列番号12(アミノ酸配列))添加によって観察されているが、本発明では、さらに、TGFβファミリーメンバー(好ましくはTGFβ)によって達成される阻害によって、G期への移行が促進されることが見出された。従って、好ましくは、本明細書では、脂質ラフトの集積の阻害は、TGFβファミリーのメンバーによって達成される阻害と少なくとも同程度の阻害であることが必要であり得、そして、阻害は、Ang−1では達成できないがTGFβで達成できる阻害濃度であり得る。
【0042】
本明細書において「幹細胞」とは、自己複製能を有し、多分化能(すなわち多能性)(「pluripotency」)を有する細胞をいう。幹細胞は通常、組織が傷害を受けたときにその組織を再生することができる。本明細書では幹細胞は、胚性幹(ES)細胞または組織幹細胞(組織性幹細胞、組織特異的幹細胞または体性幹細胞ともいう)であり得るがそれらに限定されない。また、上述の能力を有している限り、人工的に作製した細胞(たとえば、本明細書において記載される融合細胞、再プログラム化された細胞など)もまた、幹細胞であり得る。胚性幹細胞とは初期胚に由来する多能性幹細胞をいう。胚性幹細胞は、1981年に初めて樹立され、1989年以降ノックアウトマウス作製にも応用されている。1998年にはヒト胚性幹細胞が樹立されており、再生医学にも利用されつつある。組織幹細胞は、胚性幹細胞とは異なり、分化の方向が限定されている細胞であり、組織中の特定の位置に存在し、未分化な細胞内構造をしている。従って、組織幹細胞は多能性のレベルが低い。組織幹細胞は、核/細胞質比が高く、細胞内小器官が乏しい。組織幹細胞は、概して、多分化能を有し、細胞周期が遅く、個体の一生以上に増殖能を維持する。
【0043】
由来する部位により分類すると、組織幹細胞は、例えば、皮膚系、消化器系、骨髄球系、神経系などに分けられる。皮膚系の組織幹細胞としては、表皮幹細胞、毛嚢幹細胞などが挙げられる。消化器系の組織幹細胞としては、膵(共通)幹細胞、肝幹細胞などが挙げられる。骨髄球系の組織幹細胞としては、造血幹細胞、間葉系幹細胞などが挙げられる。神経系の組織幹細胞としては、神経幹細胞、網膜幹細胞などが挙げられる。
【0044】
本明細書において「幹細胞が生存する条件」とは、幹細胞が生存する任意の条件をいい、例えば、培地、培養条件、フィーダー細胞の存在などが挙げられる。代表的な条件としては、例えば、培地としてはアルファーMEM、培養条件としては、SCF+TPO、フィーダー細胞としては、OP細胞株などを挙げることができるがこれに限定されない。
【0045】
本明細書において「造血幹細胞」とは、造血組織および腸上皮組織などの細胞新生系において細胞生産のもとになる細胞をいう。この造血幹細胞は、自己を保存するとともに、すべての血液系細胞に分化することができる。そのような血液細胞としては、例えば、単球系幹細胞、Bリンパ球系幹細胞、Tリンパ球系幹細胞、骨髄球系幹細胞、Tリンパ系細胞、Bリンパ系細胞、血小板系細胞、赤血球系細胞、単球系細胞などを挙げることができる。
【0046】
造血細胞は骨髄の中でつくられ、分化して、赤血球、血小板、白血球などになり末梢血液の中を流れる。骨髄球系細胞の分化を見ると、一番大元には多能性幹細胞があり、次に造血系細胞に特化した造血幹細胞があり、多能性前駆細胞へと分化し、さらに骨髄球系前駆細胞およびリンパ球系前駆細胞へと分化する。
【0047】
本明細書では、造血幹細胞は、通常骨髄に存在する造血幹細胞(骨髄造血幹細胞)をさすが、近年その他にも造血幹細胞の範疇に入るものがある可能性があり、本発明では、そのような幹細胞も標的とすることが企図される。
【0048】
骨髄球系では多能性幹細胞からCFU−GEMMという細胞へ分化する。そのCFU−GEMMという細胞からCFU−GMという細胞へ、次いで骨髄芽球、前骨髄球、骨髄球という形で分化する。これらは骨髄中に存在する細胞であり、これが分化すると好中球となって末梢血中を流れる。CFU−GMからは単球の方へ行き、単芽球、前単球、単球と分化する。この単球が末梢血へあらわれる。またCFU−GEMMという細胞からBFU−E細胞へと分化し、それから前赤芽球、赤芽球、赤血球へと分化する。また、巨核球系への分化し、CFU−Meg(巨核球、メガカリオサイトの略)、巨核芽球、巨核球、血小板へと分化する。
【0049】
リンパ球系では、多能性幹細胞からリンパ系の幹細胞へと分化し、Bリンパ球系とTリンパ球系とに分かれる。それと別個にNK細胞の方へ分かれていくというラインが存在する。Bリンパ球系のラインとしてはpre−pro−B細胞、pro−B細胞、pre−B細胞へと分化し、immature−B細胞、mature−B細胞を経て、抗体を産生する形質細胞(plasma cells)へと分化する。Tリンパ球系としては、胸腺前駆細胞、未成熟胸腺細胞、共通胸腺細胞(common thymocytes)、成熟胸腺細胞へと分化する。成熟胸腺細胞からヘルパー/インデューサーTリンパ球へいく系統と、抑制/細胞傷害性Tリンパ球へと分化する系統が存在する。したがって、これらのTリンパ球および/またはBリンパ球の異常の処置または予防についても本発明の因子または組成物は有効であり得る。このような分化に関するより詳細な説明については、赤司浩一、最新医学 56(2)、15−23,2001を参照のこと。この文献は、本明細書において参考として援用される。
【0050】
本明細書において「単離された」とは、通常の環境において天然に付随する物質が少なくとも低減されていること、好ましくは実質的に含まないことをいう。従って、単離された細胞とは、天然の環境において付随する他の物質(たとえば、他の細胞、タンパク質、核酸など)を実質的に含まない細胞をいう。核酸またはポリペプチドについていう場合、「単離された」とは、たとえば、組換えDNA技術により作製された場合には細胞物質または培養培地を実質的に含まず、化学合成された場合には前駆体化学物質またはその他の化学物質を実質的に含まない、核酸またはポリペプチドを指す。
【0051】
本明細書において、「樹立された」または「確立された」細胞とは、特定の性質(例えば、多分化能)を維持し、かつ、細胞が培養条件下で安定に増殖し続けるようになった状態をいう。したがって、樹立された幹細胞は、多分化能を維持する。
【0052】
本明細書において「分化(した)細胞」とは、機能および形態が特殊化した細胞(例えば、筋細胞、神経細胞など)をいい、幹細胞とは異なり、多能性はないか、またはほとんどない。分化した細胞としては、例えば、表皮細胞、膵実質細胞、膵管細胞、肝細胞、血液細胞、心筋細胞、骨格筋細胞、骨芽細胞、骨格筋芽細胞、神経細胞、血管内皮細胞、色素細胞、平滑筋細胞、脂肪細胞、骨細胞、軟骨細胞などが挙げられる。
【0053】
本明細書において、「分化」または「細胞分化」とは、1個の細胞の分裂によって由来した娘細胞集団の中で形態的および/または機能的に質的な差をもった二つ以上のタイプの細胞が生じてくる現象をいう。従って、元来特別な特徴を検出できない細胞に由来する細胞集団(細胞系譜)が、特定のタンパク質の産生などはっきりした特徴を示すに至る過程も分化に包含される。現在では細胞分化を,ゲノム中の特定の遺伝子群が発現した状態と考えることが一般的であり、このような遺伝子発現状態をもたらす細胞内あるいは細胞外の因子または条件を探索することにより細胞分化を同定することができる。細胞分化の結果は原則として安定であって、特に動物細胞では,別のタイプの細胞に分化することは例外的にしか起こらない。
【0054】
本明細書において「多能性」または「多分化能」とは、互換可能に用いられ、細胞の性質をいい、1以上、好ましくは2以上の種々の組織または臓器に分化し得る能力をいう。従って、「多能性」および「多分化能」は、本明細書においては特に言及しない限り「未分化」と互換可能に用いられる。通常、細胞の多能性は発生が進むにつれて制限され、成体では一つの組織または器官の構成細胞が別のものの細胞に変化することは少ない。従って多能性は通常失われている。とくに上皮性の細胞は他の上皮性細胞に変化しにくい。これが起きる場合通常病的な状態であり、化生(metaplasia)と呼ばれる。しかし間葉系細胞では比較的単純な刺激で他の間葉性細胞にかわり化生を起こしやすいので多能性の程度は高い。胚性幹細胞は、多能性を有する。組織幹細胞は、多能性を有する。本明細書において、多能性のうち、受精卵のように生体を構成する全ての種類の細胞に分化する能力は全能性といい、多能性は全能性の概念を包含し得る。ある細胞が多能性を有するかどうかは、たとえば、体外培養系における、胚様体(Embryoid Body)の形成、分化誘導条件下での培養等が挙げられるがそれらに限定されない。また、生体を用いた多能性の有無についてのアッセイ法としては、免疫不全マウスへの移植による奇形腫(テラトーマ)の形成、胚盤胞への注入によるキメラ胚の形成、生体組織への移植、腹水への注入による増殖等が挙げられるがそれらに限定されない。
【0055】
従って、本明細書において「胚性幹細胞」または「ES細胞」とは、交換可能に用いられ、初期胚に由来する任意の多能性幹細胞をいう。通常胚性幹細胞は、全能性またはほぼ全能性を有するとされる。この胚性幹細胞を正常な宿主胚盤胞へ導入し仮親子宮へ戻すことによってキメラ作製を行ったところ、高いキメラ形成能を持つ、生殖系列キメラ(胚性幹細胞由来の機能的生殖細胞を持つキメラマウス)が得られた(A.Bradley et al.:Nature,309,255,1984)。胚性幹細胞株は、培養下で、種々の遺伝子導入法(例えばリン酸カルシウム法、レトロウイルスベクター法、リポゾーム法、エレクトロポレーション法等)の適用が可能である。また、遺伝子が組込まれた細胞を選別する方法を工夫し、相同遺伝子組換え(homologous recombination)を利用し、特定の遺伝子を狙って改変(置換、欠失、挿入)させた細胞のクローンを得ることもできる。インビトロでこのような処理をした胚性幹細胞株は生殖系列への分化能を保持することから、ある特定の遺伝子の機能を個体レベルで調べる研究が現在盛んに行われている(M.R.Capecchi:Science,244,1288,1989)。胚性幹細胞を利用したトランスジェニックマウス作出法は、ある特定の遺伝子のみを任意に改変させた個体を得ることを可能にした点でマイクロインジェクション法によるトランスジェニック動物作出法にはない多くの利点が考えられる。特に、特定の遺伝子を不活化させたノックアウト動物を作出できるようになり、遺伝子の機能を解明したり、外来性の遺伝子のみを発現させることができる。従って、胚性幹細胞の樹立が容易になれば、その効果は図り知れない。このような胚性幹細胞は、受精3.5日目のマウス胚盤胞の内部細胞塊の細胞をインビトロ培養に移し,細胞塊の解離と継代を繰り返すことにより,多分化能を保持し,正常核型を維持したまま無制限に増殖しつづける幹細胞を樹立することに作製することができる。通常、胚性幹細胞の多分化能を維持するには、STO細胞株および/またはマウス胎仔から調製した初代培養繊維芽細胞などのフィーダー細胞層上で胚性幹細胞を培養することが好ましいとされる。
【0056】
このように、本発明の診断において、当該分野において公知の技法(抗原抗体反応に基づく検出など)を用いて診断、検出の補助とすることができる。
【0057】
本明細書において「細胞周期」とは、真核生物において、有糸分裂、細胞質分裂および間期を含む細胞分裂を構成する事象のサイクルを言う。代表的には、細胞分裂およびDNA複製に見られる周期性である。歴史的には、増殖中の体細胞では細胞周期を分裂期(M期)と間期に分けていたが、DNA合成が間期の一部で行われていることを見出され、この時期(S期)をはさんで,G期、S期およびG期の3期に従来のM期を加えて、細胞周期全体を4期に分けるようになり、通常はこのサイクルのことを細胞周期という。従って、1つの局面では、細胞周期は、S期に倍加した遺伝情報をM期に等分配して細胞を複製していくサイクルを意味する。本明細書において、1細胞周期の各期の所要時間は生体細胞の直接観察、分裂指数、オートラジオグラフ法の導入、セルソーターによる各細胞内DNA含量の測定などによって算出され得る。増殖を停止した多くの細胞種ではG期の途中から細胞周期を離脱し,G期にあると称する。G期の途中には、もはやG期には離脱せずS期に進むことを決定される点として、酵母ではスタート(start),哺乳類細胞では制限点(restriction point)が想定されている。通常の細胞周期ではM期とS期とは、必ず1回ずつ交替しておこるが,これを保障するフィードバック機構として、チェックポイント(check point)という概念が提唱されており、本明細書においても必要に応じて適用する。チェックポイントとしては,(1)G1期中のスタート(制限点);(2)G2期にあってS期の完了をモニターしてM期への移行を了承する点;(3)M期の中期にあって分裂装置の完成をモニターしてM期終結への移行を了承する点、の少なくとも3点が想定されている。
【0058】
細胞周期の進行を制御する主な因子群は、従来、CDK、サイクリン、CDK阻害因子(CKI)が知られている。CDKがタンパク質リン酸化酵素の触媒サブユニットである。細胞周期進行の駆動装置であるともいえる。CDKの調節因子として、サイクリンは活性化因子であり、CKIは抑制因子ということができる。CDKとサイクリンとは、それぞれタンパク質ファミリーを構成し、それらのサブタイプの組合せに応じて細胞周期の進行を促す時期が異なる。哺乳類体細胞における代表例としては、サイクリンB−Cdc2(CDK1)複合体(Cdc2キナーゼ)はM期、サイクリンD−CDK4複合体およびサイクリンE−CDK2複合体はG期、サイクリンA−CDK2複合体はS期の進行をもたらすとされている。CKIは、G期とS期の進行の抑制あるいはG期への離脱をもたらすとされている。
【0059】
本明細書において「G期」とは、細胞が細胞周期の進行をG期で止めている状態にある期間をいう。細胞周期の進行の停止はG期、G期、M期などで起こるが、通常G期はG期で細胞周期を離脱した場合をさし、本明細書においても通常の定義に従う。細胞が分化あるいは老化して増殖停止したときが代表例である。G期とG期との出入は,G期中で上述したチェックポイントの前で起こり、哺乳類細胞では、サイクリンDとE、CDK2とCDK4、CDK阻害因子(CKI)などによって制御されていると考えられている。
【0060】
本明細書において「トランスフォーミング増殖因子(TGF)βファミリー」とは、「トランスフォーミング増殖因子(TGF)βスーパーファミリー」とも呼ばれ、他のサイトカインと干渉し、またはコラーゲン沈着を高めるような多機能性をもつ調節サイトカインとして知られているサイトカインのファミリーである。このファミリーのメンバーとしては、代表的には、TGFβ、アクチビン、骨形成誘導因子(MBP;bone morphogenic proteins)、インヒビン、増殖分化因子(GDF)、神経膠由来神経栄養性因子(GDNF)などが含まれる。TGF−βファミリーのメンバーは、細胞表面の2種類のセリン/スレオニンキナーゼ型受容体を介して、細胞内のSmadと呼ばれるタンパク質を活性化し、そのシグナルを伝える。レセプターによって活性化されたSmadは、複合体を形成して核内移行し、DNAに結合して標的遺伝子の転写活性を調整しているといわれている。この調節には、種々の転写因子、コアクチベーターp300、コリプレッサーcSkiがSmadに結合して活性を制御しているといわれている。TGF−βファミリーの詳細については、総説、宮澤恵二ら、著、新細胞増殖因子のバイオロジー、実験医学バイオサイエンスシリーズ34:羊土社、2001を参照のこと。本明細書では、TGFβと少なくとも75%の相同性を有しており、細胞増殖調節に関与していれば、TGF−βファミリーのメンバーの一つと考えることができる。
【0061】
TGF−βは、分子量約25kDaの二量体構造を有するタンパク質とされており、そのモノマーは、配列番号1(核酸)および配列番号2(アミノ酸)を有する(これは、TGF−β1の配列を示す。)とされている。
【0062】
本明細書において「因子」としては、意図する目的を達成することができる限りどのような物質または他の要素(例えば、光、放射能、熱、電気などのエネルギー)でもあってもよい。そのような物質としては、例えば、タンパク質、ポリペプチド、オリゴペプチド、ペプチド、ポリヌクレオチド、オリゴヌクレオチド、ヌクレオチド、核酸(例えば、cDNA、ゲノムDNAのようなDNA、mRNAのようなRNAを含む)、ポリサッカリド、オリゴサッカリド、脂質、有機低分子(例えば、ホルモン、リガンド、情報伝達物質、有機低分子、コンビナトリアルケミストリで合成された分子、医薬品として利用され得る低分子(例えば、低分子リガンドなど)など)、これらの複合分子が挙げられるがそれらに限定されない。ポリヌクレオチドに対して特異的な因子としては、代表的には、そのポリヌクレオチドの配列に対して一定の配列相同性を(例えば、70%以上の配列同一性)もって相補性を有するポリヌクレオチド、プロモーター領域に結合する転写因子のようなポリペプチドなどが挙げられるがそれらに限定されない。ポリペプチドに対して特異的な因子としては、代表的には、そのポリペプチドに対して特異的に指向された抗体またはその誘導体あるいはその類似物(例えば、単鎖抗体)、そのポリペプチドがレセプターまたはリガンドである場合の特異的なリガンドまたはレセプター、そのポリペプチドが酵素である場合、その基質などが挙げられるがそれらに限定されない。
【0063】
本明細書において、「TGFβ結合タンパク質」とは、TGFβファミリーのメンバーに対して結合し、好ましくはその機能を調節するタンパク質をいう。そのようなTGFβ結合タンパク質としては、例えば、米国特許第6,395,511号、同第6,489,445号、および同第6,495,736号などに記載されているTGFβファミリーのメンバーの結合タンパク質、WO2004/082608に記載のスクレロスチン(sclerostin)、コーディン(Chordin)(赤di et al.,2001 Arthritis Research 3:1,Oelgeschlager et al.,2000 Nature 405:757等を参照)、シスチンノットタンパク質(noggin)(Groppe et al.,2002 Nature 420:636を参照)、DANファミリータンパク質(例えば、DAN、Cerebrus、Germlinなどを含む、Hsu et al.,1998,Mol.Cell 1: 673を参照)などを挙げることができる。
【0064】
本明細書において「TGFβファミリーメンバーの活性化因子(アクチベーター)」とは、TGFβファミリーの任意のメンバーを活性化することができる任意の因子をいう。そのような因子としては、例えば、TGFβの産生を促進する因子などを挙げることができる。
【0065】
TGFβアクチベーターであるかどうかは、以下の試験手法により確認することができる。潜在型TGFβとアクチベーターとを細胞株を培養している培地に加え細胞増殖能力が阻害されるか否かの実験方法で証明することができる。
【0066】
本明細書において「TGFβファミリーメンバーの阻害因子(インヒビター)」とは、TGFβファミリーの任意のメンバーを阻害することができる任意の因子をいう。そのような因子としては、例えば、SB−505124(2−(5−ベンゾ[1,3]ジオキソール−5−イル−2−tert−ブチル−3H−イミダゾール−4−イル)−6−メチルピリジンヒドロクロリド)(Mol Pharmacol 65:744−752,2004)を挙げることができる。
【0067】
TGFβインヒビターであるかどうかは、以下の試験手法により確認することができる。潜在型TGFβとアクチベーターとを、細胞株を培養している培地に加え細胞増殖能力が阻害されるか否かの実験方法で証明することができる。
【0068】
本明細書において使用される「アルキル化βシクロデキストリン」は、アルキル基を有する、7つのD‐グルコピラノース基がα1→4グリコシド結合によって王冠状に環化した構造を有する糖をいう。
【0069】
本明細書において使用される「メチルβシクロデキストリン」は、メチル基を有する、7つのD‐グルコピラノース基がα1→4グリコシド結合によって王冠状に環化した構造を有する糖をいう。
【0070】
本明細書において「c−src」とは、チロシンプロテインキナーゼであり、がん遺伝子産物の一種であり、本明細書において通常使用されるのと同じ定義で用いられる。
【0071】
本明細書において「c−srcインヒビター」とは、シグナル伝達因子であるc−srcを阻害する任意の因子(例えば、コスモバイオ株式会社のカタログ番号SC−3050として入手可能なインヒビター、PP2(4−アミノ−5−(4−クロロフェニル)−7−(t−ブチル)ピラゾロ[3,4−d]ピリミジン;コスモバイオ株式会社のカタログ番号529573)、PP3(4−aアミノ−7−フェニルピラゾロ[3,4−d]ピリミジン;コスモバイオ株式会社のカタログ番号529574など)、PP1(4−アミノ−1−tert−ブチル−3−(1′−ナフチル)ピラゾロ[3,4−d]ピリミジン;コスモバイオ株式会社のカタログ番号529579)など)をさす。
【0072】
c−srcインヒビターであるかどうかは、ウェスタンブロット法およびリン酸化抗体にて免疫染色法を用いた試験手法により確認することができる。
【0073】
本明細書において「PI3K」または「ホスファチジルイノシトール3キナーゼ」とは、イノシトール環3位をリン酸化する酵素をさす。リン酸化という分子構造の変化は、それまでになかった活性を発揮させたりする。ホスファチジルイノシトール/PIは生体膜の主成分のひとつでリン脂質の一種である。生体膜からイノシトール部分を突き出したような形で存在する。リン酸化されうる水酸基を多数有しており、いろいろな形のリン酸化イノシトール(PIP2、PIP3など)ができることから、さまざまなシグナルを出すのに最適である。
【0074】
本明細書において「PI3Kインヒビター」とは、シグナル伝達因子であるPI3Kを阻害する任意の因子(例えば、Ly294002(2−(4−モルホリニル)−8−フェニル−4H−1−ベンゾピラン−4−オン;Cayman Chemical(カタログ番号70920)などから入手可能)をさす。
【0075】
c−srcインヒビターであるかどうかは、ウェスタンブロット法およびリン酸化抗体にて免疫染色法を用いた試験手法により確認することができる。
【0076】
(詳細な説明)
本発明の研究において、以下のことが提供される。
【0077】
(脂質ラフトの形成)
T細胞においてはAPC上のMHCに提示された抗原と結合したTCRは脂質ラフトへ移行することにより効率よくシグナルを伝達し、分裂およびサイトカイン産生を開始するが、この集積が阻害された場合シグナル伝達効率は低下し細胞の増殖やサイトカイン産生能が阻害される(Miceli,M.C.,Moran,M.,Chung,C.D.,Patel,V.P.,Low,T.,and Zinnanti,W.(2001).Co−stimulation and counter−stimulation: lipid raft clustering controls TCR signaling and functional outcomes.Semin.Immunol.13,115−128.)。この現象を幹細胞(代表的には、造血幹細胞)に置き換えた実験を本発明において実施することによって確認した。ニッチに存在する(骨髄から分離されたばかりの)幹細胞(代表的には、造血幹細胞)はG期に存在し、c−kit,c−mplという増殖シグナル受容体の脂質ラフトへの集積がおきていない。しかし、これらの幹細胞(代表的には、造血幹細胞)は、in vitroではc−kit,c−mplのシグナルに即座に反応して脂質ラフトを集積しc−kit,c−mplの脂質ラフトへの移行が観察される。この際、KLのみの刺激によってもc−mplが、またTPOのみの刺激によってもc−Kitがそれぞれ脂質ラフトに集積することから、それぞれの受容体は散在している脂質ラフトにあらかじめ結合していることが示唆される。またこのような脂質ラフトが観察された細胞は強い細胞内シグナル分子のリン酸化が起こる。c−kitと脂質ラフトとの関与を示唆する報告が近年報告されている。またc−kitと脂質ラフトとの関与を示唆する報告が近年報告されていることから(Broudy VC,Lin NL,Liles WC,Corey SJ,O’Laughlin B,Mou S,Linnekin D.Signaling via Src family kinases is requi赤 for normal internalization of the receptor c−Kit.Blood.1999 Sep 15;94(6):1979−86.16,Jahn T,Seipel P,Coutinho S,Urschel S,Schwarz K,Miething C,Serve H,Peschel C,Duyster J.Analysing c−kit internalization using a functional c−kit−EGFP chimera containing the fluorochrome within the extracellular domain)、幹細胞(代表的には、造血幹細胞)の脂質ラフト集積は細胞分裂を促すきっかけとなる。
【0078】
(冬眠様状態の重要性)
造血幹細胞はなぜ大部分の細胞が冬眠様状態にあるのであろうか? 幹細胞(代表的には、造血幹細胞)の冬眠様状態は線虫やリスの冬眠状態に非常に良く似ている。それは本発明者らが今回のデータで示したForkheadファミリーのFOXO分子の核への局在である。線虫の研究において冬眠状態(dauer arrest)の研究は盛んであり、哺乳類のForkheadファミリーに相当するDaf−16の核への移行が冬眠状態を誘導する(Ogg S,Paradis S,Gottlieb S,Patterson GI,Lee L,Tissenbaum HA,Ruvkun G.、The Fork head transcription factor DAF−16 transduces insulin−like metabolic and longevity signals in C.elegans.Nature.1997 Oct 30;389(6654):994−9.;Inoue T,Thomas JH. Targets of TGF−beta signaling in Caenorhabditis elegans dauer formation.Dev Biol.2000 Jan 1;217(1):192−204.;Lee RY,Hench J,Ruvkun G.Regulation of C.elegans DAF−16 and its human ortholog FKHRL1 by the daf−2 insulin−like signaling pathway.Curr Biol.2001 Dec 11;11(24):1950−1957.;およびGerisch B,Weitzel C,Kober−Eisermann C,Rottiers V,Antebi A.A hormonal signaling pathway influencing C.elegans metabolism,reproductive development,and life span.Dev Cell.2001 Dec;1(6):841−851)。またリスにおいても冬眠状態では同じForkheadファミリー遺伝子の核内移行が重要とされている(Cai D,McCarron RM,Hallenbeck J.Cloning and characterization of a forkhead transcription factor gene,FoxO1a,from thirteen−lined ground squirrel.Gene.2004 Dec 8;343(1):203−9.)。また、冬眠状態のリスや線虫においてもAKTのリン酸化が低下しているとの報告もある(Cai D,McCarron RM,Yu EZ,Li Y,Hallenbeck J.,Akt phosphorylation and kinase activity are down−regulated during hibernation in the 13−lined ground squirrel.Brain Res.2004 Jul 16;1014(1−2):14−21.)。線虫やげっ歯類のように冬眠する生物は比較的寿命が長いことが知られている。幹細胞(代表的には、造血幹細胞)は一生にわたり造血を維持する機能を持つ寿命の長い細胞である。このような細胞を大切に維持していくためには冬眠様状態は有効であることが示唆される。さらにFOXO分子は最近リン酸化したsmadと結合し核内に移行するという報告がある(Seoane J,Le HV,Shen L,Anderson SA,Massague J.Integration of Smad and forkhead pathways in the control of neuroepithelial and glioblastoma cell proliferation.Cell.2004 Apr 16;117(2):211−223.)。セリン/スレオニンキナーゼであるTGF−βRはsmadをリン酸化し幹細胞(代表的には、造血幹細胞)の冬眠様状態の維持に一役かっていると示唆される。
【0079】
(冬眠様状態を誘導するのが微小環境の役割である)
細胞膜の脂質ラフトが集積し多々の分子が接近すると分子間の相互作用などにより強いシグナル伝達がおきる。脂質ラフトの集積を阻害した条件下において幹細胞(代表的には、造血幹細胞)は生存して冬眠様状態に入ることができるが、前駆細胞はすぐ死滅する。サイトカインが無いと脂質ラフト集積の有無を問わず、全ての細胞は直ちに死滅する。したがって脂質ラフトが形成されないという条件下でもc−Kitやc−Mpl受容体は少なくとも生存シグナルを伝えるうること、そしてこの生存シグナルは幹細胞(代表的には、造血幹細胞)に特異的であって前駆細胞では機能しないことが示唆された。この違いがシグナルの強さの違いなのか、それとも質的な違いなのかは不明であるが、集積形成しない場合とする場合とでは異なるシグナル伝達経路が存在するという可能性は他の幹細胞にもあてはまる可能性があり、興味深い。幹細胞(代表的には、造血幹細胞)の活性化を促すKLやTPOは生体内のどの場所にも存在しえる。しかし、それに幹細胞(代表的には、造血幹細胞)がむやみに反応して増殖しないようにc−kit,c−mplの集積を阻害して冬眠様状態にしているのがニッチ細胞の役割ではないか。ニッチ細胞から離れた幹細胞(代表的には、造血幹細胞)は脂質ラフトが集積されやすくなり、サイトカインに反応して効率良く増殖するようになる。
【0080】
(TGF、オステオブラストによるTGFの産生、Ang−1、TGFの活性化と局所濃度)
(TGF−βによる冬眠様状態の誘導)
TGFシグナルが幹細胞(代表的には、造血幹細胞)の分裂を阻害するという報告は多数ある。また、stem−cellデータベースもTGFスーパーファミリーのメンバーが幹細胞(代表的には、造血幹細胞)に多数発現していることを示している。実際、今回の実験でTGF−βが脂質ラフトの集積阻害をすることを確認できた。TGF−βがどのように脂質ラフトの集積を阻害するかについては不明な点が多いが、TGF−βの刺激がJNK,カスパーゼ(caspase)を活性化してc−srcの活性を阻害することが原因かもしれない(Atfi A,Drobetsky E,Boissonneault M,Chapdelaine A,Chevalier S.Transforming growth factor beta down−regulates Src family protein tyrosine kinase signaling pathways.J Biol Chem.1994 Dec 2;269(48):30688−93.;.Park SS,Eom YW,Kim EH,Lee JH,Min do S,Kim S,Kim SJ,Choi KS.Involvement of c−Src kinase in the regulation of TGF−beta1−induced apoptosis.Oncogene.2004 Aug 19;23(37):6272−81.;Encinas M,Tansey MG,Tsui−Pierchala BA,Comella JX,Milbrandt J,Johnson EM Jr.c−Src is requi赤 for glial cell line−derived neurotrophic factor (GDNF) family ligand−mediated neuronal survival via a phosphatidylinositol−3 kinase (PI−3K)−dependent pathway.J Neurosci.2001 Mar 1;21(5):1464−72.)。c−srcインヒビターを加えた時にも脂質ラフトの集積阻害がみられた事もこの仮説を支持する。TGF−βは多くの細胞で産生されているが、オステオブラストもその一つである。またTGF−βは他のサイトカインとは違い多くが潜在型として体内に存在する。この潜在型TGF−βはプラスミンやインテグリンβ6によって活性化されることが知られている。興味深い事ことβ6は骨髄細胞のなかでもストローマ細胞に特異的に発現している。このように幹細胞(代表的には、造血幹細胞)を冬眠状態に維持する場所はTGF−βが最も活性化しやすい場所と考えることができる。最近、Karsson等はTGF−βR1のコンディショナルKOマウスを用いた実験からvivoにおいてTGF−βのシグナルは造血幹細胞の停止(quiescense)に無関係であると報告している。しかし、彼らが使用したマウスはTGF−R1のみのKOマウスであり、TGFR2を介したシグナルについては解析していない。TGFR2ドミナントネガティヴ(TBRIIDN)マウスの実験では造血異常がみられること(Oh SP,Seki T,Goss KA,Imamura T,Yi Y,Donahoe PK,Li L,Miyazono K,ten Dijke P,Kim S,Li E. Activin receptor−like kinase 1 modulates transforming growth factor−beta 1 signaling in the regulation of angiogenesis.Proc Natl Acad Sci U S A.2000 Mar 14;97(6):2626−31.)から彼らのデータと本発明者らのデータを合わせて考えると、TGFR1以外にもTGFR2と結合してシグナルを伝える分子が考えられる。TGFR2はTGFβR1のほかにAKL−1と結合することが報告されている(Shah AH,Tabayoyong WB,Kimm SY,Kim SJ,Van Parijs L,Lee C.Reconstitution of lethally irradiated adult mice with dominant negative TGF−beta type II receptor−transduced bone marrow leads to myeloid expansion and inflammatory disease.J Immunol.2002 Oct 1;169(7):3485−91)ことからTGFβからのシグナルが造血幹細胞の脂質ラフト集積阻害および冬眠様状態の誘導に関与していることが強く示唆される。
【0081】
一方、AraiらはAng−1/Tie−2が幹細胞(代表的には、造血幹細胞)冬眠様状態の維持に関与していることを報告している(Arai F,Hirao A,Ohmura M,Sato H,Matsuoka S,Takubo K,Ito K,Koh GY,Suda T.Tie2/angiopoietin−1 signaling regulates hematopoietic stem cell quiescence in the bone marrow niche.Cell.2004 Jul 23;118(2):149−161.)。実際、本発明者らの実験系においてもAng−1を加えると脂質ラフトの集積が部分的にではあるが阻害された。しかしAng−1の添加ではAktのリン酸化の阻害までは誘導できず、コロニー形成を阻止することはできなかった(unpublished data)。本発明者らのデータは幹細胞(代表的には、造血幹細胞)の冬眠様状態の誘導に関してAng−1よりもTGF−βの方が中心的な役割を果たしていることを強く示唆している。しかし、Ang−1は不溶性であることから本発明者らの使用したAng−1自体の活性が低いという可能性は残されている。
【0082】
(自己複製との関連)
本発明において、本発明者らは幹細胞(代表的には、造血幹細胞)の冬眠様状態への導入にTGF−β/TGFβRを介したシグナルによる脂質ラフトの集積阻害が重要な役割をはたしていることを明らかにした。骨髄ニッシェにおける造血の機構を解明する上できわめて重要な知見である。しかしながら、本発明者らの一つの目的は幹細胞(代表的には、造血幹細胞)の自己複製の分子機構の解明である。TGF−βは脂質ラフトの集積を阻害することにより幹細胞(代表的には、造血幹細胞)の分裂を阻害するが、自己複製するためには細胞分裂が必須である。長期BrdU取り込み実験はほぼ全ての幹細胞(代表的には、造血幹細胞)が平均して3週間に一度分裂していることを示している。どのようなシグナルがニッシェ上で冬眠様状態にある幹細胞(代表的には、造血幹細胞)を順次分裂させていくかに関わらず、本発明では、G期への誘導を可能にしたことは意義深い。
【0083】
(一般技術)
本明細書において用いられる分子生物学的手法、生化学的手法、微生物学的手法は、当該分野において周知であり慣用されるものであり、例えば、Sambrook J.et al.(1989).Molecular Cloning:A Laboratory Manual,Cold Spring Harborおよびその3rd Ed.(2001);Ausubel,F.M.(1987).Current Protocols in Molecular Biology,緑e Pub.Associates and Wiley−Interscience;Ausubel,F.M.(1989).Short Protocols in Molecular Biology:A Compendium of Methods from Current Protocols in Molecular Biology,緑e Pub.Associat ES and Wiley−Interscience;Innis,M.A.(1990).PCR Protocols:A Guide to Methods and Applications,Academic Press;Ausubel,F.M.(1992).Short Protocols in Molecular Biology:A Compendium of Methods from Current Protocols in Molecular Biology,緑e Pub.Associates;Ausubel,F.M.(1995).Short Protocols in Molecular Biology:A Compendium of Methods from Current Protocols in Molecular Biology,緑e Pub.Associates;Innis,M.A.et al.(1995).PCR Strategies,Academic Press;Ausubel,F.M.(1999).Short Protocols in Molecular Biology:A Compendium of Methods from Current Protocols in Molecular Biology,Wiley,and annual updates;Sninsky,J.J.et al.(1999).PCR Applications:Protocols for Functional Genomics,Academic Press、別冊実験医学「遺伝子導入&発現解析実験法」羊土社、1997などに記載されており、これらは本明細書において関連する部分(全部であり得る)が参考として援用される。
【0084】
人工的に合成した遺伝子を作製するためのDNA合成技術および核酸化学については、例えば、Gait,M.J.(1985).Oligonucleotide Synthesis:A Practical Approach,IRLPress;Gait,M.J.(1990).Oligonucleotide Synthesis:A Practical Approach,IRL Press;Eckstein,F.(1991).Oligonucleotides and Analogues:A Practical Approach,IRL Press;Adams,R.L.etal.(1992).The Biochemistry of the Nucleic Acids,Chapman&Hall;Shabarova,Z.et al.(1994).Advanced Organic Chemistry of Nucleic Acids,Weinheim;Blackburn,G.M.et al.(1996).Nucleic Acids in Chemistry and Biology,Oxford University Press;Hermanson,G.T.(I996).Bioconjugate Techniques,Academic Pressなどに記載されており、これらは本明細書において関連する部分が参考として援用される。
【0085】
(発明を実施するための好ましい形態)
以下に好ましい実施形態の説明を記載するが、この実施形態は本発明の例示であり、本発明の範囲はそのような好ましい実施形態に限定されないことが理解されるべきである。
【0086】
1つの局面において、本発明は、幹細胞を休止状態(G期)に維持または誘導する方法を提供する。この方法は:A)該細胞の膜上の脂質ラフト(raft)の集積を阻害する工程を包含する。脂質ラフトの集積の阻害は、本明細書において記載される種々の因子によって達成することができる。
【0087】
1つの実施形態において、脂質ラフトの集積は、細胞膜上でスフィンゴ脂質およびコレステロールが集積したミクロドメインの有無によって判定される。スフィンゴ脂質およびコレステロールは、ウェスタンブロット、蛍光色素染色などの種々の手法によって測定することができる。
【0088】
別の実施形態において、本発明において観察される脂質ラフトの集積阻害は、トランスフォーミング増殖因子(TGF)βファミリーのメンバー、メチルβシクロデキストリン、c−srcインヒビター、PI3Kインヒビター(例えば、Ly294002)およびc−srcインヒビター(例えば、PP2)からなる群より選択される少なくとも1つの因子により達成され得るがこれらに限定されない。このような因子は、集積の阻害をみることによって、当業者は、任意の等価物を入手することができることに留意すべきである。
【0089】
別の実施形態において、本発明において使用されるTGFβは、配列番号1に示すヌクレオチド配列またはその改変体もしくは断片によりコードされるかまたは配列番号2にアミノ酸配列またはその改変体もしくは断片を含む。そのような改変体は、以下のような物を使用することができる。
【0090】
TGFβなどの核酸分子もしくはポリペプチドまたはその改変体もしくはフラグメントなどのタンパク質をコードする天然の核酸は、例えば、配列番号1などの核酸配列の一部またはその改変体を含むPCRプライマーおよびハイブリダイゼーションプローブを有するcDNAライブラリーから容易に分離される。好ましいアクチビンまたはその改変体もしくはフラグメントなどをコードする核酸は、本質的に1%ウシ血清アルブミン(BSA);500mM リン酸ナトリウム(NaPO);1mM EDTA;42℃の温度で 7% SDS を含むハイブリダイゼーション緩衝液、および本質的に2×SSC(600mM NaCl;60mM クエン酸ナトリウム);50℃の0.1% SDSを含む洗浄緩衝液によって定義される低ストリンジェント条件下、さらに好ましくは本質的に50℃の温度での1%ウシ血清アルブミン(BSA);500mM リン酸ナトリウム(NaPO);15%ホルムアミド;1mM EDTA;7% SDS を含むハイブリダイゼーション緩衝液、および本質的に50℃の1×SSC(300mM NaCl;30mM クエン酸ナトリウム);1% SDSを含む洗浄緩衝液によって定義される低ストリンジェント条件下、最も好ましくは本質的に50℃の温度での1%ウシ血清アルブミン(BSA);200mM リン酸ナトリウム(NaPO);15%ホルムアミド;1mM EDTA;7%SDSを含むハイブリダイゼーション緩衝液、および本質的に65℃の0.5×SSC(150mM NaCl;15mM クエン酸ナトリウム);0.1% SDSを含む洗浄緩衝液によって定義される低ストリンジェント条件下に配列番号1などに示す配列の1つまたはその一部とハイブリダイズし得る。
【0091】
本明細書において、「ストリンジェントな条件でハイブリダイズするポリヌクレオチド」とは、当該分野で慣用される周知の条件で入手されるポリヌクレオチドをいう。本発明のポリヌクレオチド中から選択されたポリヌクレオチドをプローブとして、コロニー・ハイブリダイゼーション法、プラーク・ハイブリダイゼーション法あるいはサザンブロットハイブリダイゼーション法等を用いることにより、そのようなポリヌクレオチドを得ることができる。具体的には、コロニーあるいはプラーク由来のDNAを固定化したフィルターを用いて、0.7〜1.0MのNaCl存在下、65℃でハイブリダイゼーションを行った後、0.1〜2倍濃度のSSC(saline−sodium citrate)溶液(1倍濃度のSSC溶液の組成は、150mM 塩化ナトリウム、15mM クエン酸ナトリウムである)を用い、65℃条件下でフィルターを洗浄することにより同定できるポリヌクレオチドを意味する。ハイブリダイゼーションは、Molecular Cloning 2nd ed.,Current Protocols in Molecular Biology,Supplement 1〜38、DNA Cloning 1:Core Techniques,A Practical Approach,Second Edition,Oxford University Press(1995)等の実験書に記載されている方法に準じて行うことができる。ここで、ストリンジェントな条件下でハイブリダイズする配列からは、好ましくは、A配列のみまたはT配列のみを含む配列が除外される。「ハイブリダイズ可能なポリヌクレオチド」とは、上記ハイブリダイズ条件下で別のポリヌクレオチドにハイブリダイズすることができるポリヌクレオチドをいう。ハイブリダイズ可能なポリヌクレオチドとして具体的には、本発明で具体的に示されるアミノ酸配列を有するポリペプチド(例えば、アクチビン)をコードするDNAの塩基配列と少なくとも60%以上の相同性を有するポリヌクレオチド、好ましくは80%以上の相同性を有するポリヌクレオチド、さらに好ましくは95%以上の相同性を有するポリヌクレオチドを挙げることができる。
【0092】
本明細書において「高度にストリンジェントな条件」は、核酸配列において高度の相補性を有するDNA鎖のハイブリダイゼーションを可能にし、そしてミスマッチを有意に有するDNAのハイブリダイゼーションを除外するように設計された条件をいう。ハイブリダイゼーションのストリンジェンシーは、主に、温度、イオン強度、およびホルムアミドのような変性剤の条件によって決定される。このようなハイブリダイゼーションおよび洗浄に関する「高度にストリンジェントな条件」の例は、0.0015M 塩化ナトリウム、0.0015M クエン酸ナトリウム、65〜68℃、または0.015M 塩化ナトリウム、0.0015M クエン酸ナトリウム、および50% ホルムアミド、42℃である。このような高度にストリンジェントな条件については、Sambrook et al.,Molecular Cloning:A Laboratory Manual、第2版、Cold Spring Harbor Laboratory(Cold Spring Harbor,N,Y.1989);およびAnderson et al.、Nucleic Acid Hybridization:a Practical approach、IV、IRL Press Limited(Oxford,England).Limited,Oxford,Englandを参照のこと。必要により、よりストリンジェントな条件(例えば、より高い温度、より低いイオン強度、より高いホルムアミド、または他の変性剤)を、使用してもよい。他の薬剤が、非特異的なハイブリダイゼーションおよび/またはバックグラウンドのハイブリダイゼーションを減少する目的で、ハイブリダイゼーション緩衝液および洗浄緩衝液に含まれ得る。そのような他の薬剤の例としては、0.1%ウシ血清アルブミン、0.1%ポリビニルピロリドン、0.1%ピロリン酸ナトリウム、0.1%ドデシル硫酸ナトリウム(NaDodSOまたはSDS)、Ficoll、Denhardt溶液、超音波処理されたサケ精子DNA(または別の非相補的DNA)および硫酸デキストランであるが、他の適切な薬剤もまた、使用され得る。これらの添加物の濃度および型は、ハイブリダイゼーション条件のストリンジェンシーに実質的に影響を与えることなく変更され得る。ハイブリダイゼーション実験は、通常、pH6.8〜7.4で実施されるが;代表的なイオン強度条件において、ハイブリダイゼーションの速度は、ほとんどpH独立である。Anderson et al.、Nucleic Acid Hybridization:a Practical Approach、第4章、IRL Press Limited(Oxford,England)を参照のこと。
【0093】
DNA二重鎖の安定性に影響を与える因子としては、塩基の組成、長さおよび塩基対不一致の程度が挙げられる。ハイブリダイゼーション条件は、当業者によって調整され得、これらの変数を適用させ、そして異なる配列関連性のDNAがハイブリッドを形成するのを可能にする。完全に一致したDNA二重鎖の融解温度は、以下の式によって概算され得る。
Tm(℃)=81.5+16.6(log[Na])+0.41(%G+C)−600/N−0.72(%ホルムアミド)
ここで、Nは、形成される二重鎖の長さであり、[Na]は、ハイブリダイゼーション溶液または洗浄溶液中のナトリウムイオンのモル濃度であり、%G+Cは、ハイブリッド中の(グアニン+シトシン)塩基のパーセンテージである。不完全に一致したハイブリッドに関して、融解温度は、各1%不一致(ミスマッチ)に対して約1℃ずつ減少する。
【0094】
あるタンパク質分子(例えば、アクチビンなど)において、配列に含まれるあるアミノ酸は、相互作用結合能力の明らかな低下または消失なしに、例えば、カチオン性領域または基質分子の結合部位のようなタンパク質構造において他のアミノ酸に置換され得る。あるタンパク質の生物学的機能を規定するのは、タンパク質の相互作用能力および性質である。従って、特定のアミノ酸の置換がアミノ酸配列において、またはそのDNAコード配列のレベルにおいて行われ得、置換後もなお、もとの性質を維持するタンパク質が生じ得る。従って、生物学的有用性の明らかな損失なしに、種々の改変が、本明細書において開示されたペプチドまたはこのペプチドをコードする対応するDNAにおいて行われ得る。
【0095】
上記のような改変を設計する際に、アミノ酸の疎水性指数が考慮され得る。タンパク質における相互作用的な生物学的機能を与える際の疎水性アミノ酸指数の重要性は、一般に当該分野で認められている(Kyte.JおよびDoolittle,R.F.J.Mol.Biol.157(1):105−132,1982)。アミノ酸の疎水的性質は、生成したタンパク質の二次構造に寄与し、次いでそのタンパク質と他の分子(例えば、酵素、基質、レセプター、DNA、抗体、抗原など)との相互作用を規定する。各アミノ酸は、それらの疎水性および電荷の性質に基づく疎水性指数を割り当てられる。それらは:イソロイシン(+4.5);バリン(+4.2);ロイシン(+3.8);フェニルアラニン(+2.8);システイン/シスチン(+2.5);メチオニン(+1.9);アラニン(+1.8);グリシン(−0.4);スレオニン(−0.7);セリン(−0.8);トリプトファン(−0.9);チロシン(−1.3);プロリン(−1.6);ヒスチジン(−3.2);グルタミン酸(−3.5);グルタミン(−3.5);アスパラギン酸(−3.5);アスパラギン(−3.5);リジン(−3.9);およびアルギニン(−4.5))である。
【0096】
あるアミノ酸を、同様の疎水性指数を有する他のアミノ酸により置換して、そして依然として同様の生物学的機能を有するタンパク質(例えば、酵素活性において等価なタンパク質)を生じさせ得ることが当該分野で周知である。このようなアミノ酸置換において、疎水性指数が±2以内であることが好ましく、±1以内であることがより好ましく、および±0.5以内であることがさらにより好ましい。疎水性に基づくこのようなアミノ酸の置換は効率的であることが当該分野において理解される。
【0097】
親水性指数もまた、本発明のアミノ酸配列を改変するのに有用である。米国特許第4,554,101号に記載されるように、以下の親水性指数がアミノ酸残基に割り当てられている:アルギニン(+3.0);リジン(+3.0);アスパラギン酸(+3.0±1);グルタミン酸(+3.0±1);セリン(+0.3);アスパラギン(+0.2);グルタミン(+0.2);グリシン(0);スレオニン(−0.4);プロリン(−0.5±1);アラニン(−0.5);ヒスチジン(−0.5);システイン(−1.0);メチオニン(−1.3);バリン(−1.5);ロイシン(−1.8);イソロイシン(−1.8);チロシン(−2.3);フェニルアラニン(−2.5);およびトリプトファン(−3.4)。アミノ酸が同様の親水性指数を有しかつ依然として生物学的等価体を与え得る別のものに置換され得ることが理解される。このようなアミノ酸置換において、親水性指数が±2以内であることが好ましく、±1以内であることがより好ましく、および±0.5以内であることがさらにより好ましい。
【0098】
本明細書において、「保存的置換」とは、アミノ酸置換において、元のアミノ酸と置換されるアミノ酸との親水性指数または/および疎水性指数が上記のように類似している置換をいう。保存的置換の例としては、例えば、親水性指数または疎水性指数が、±2以内のもの同士、好ましくは±1以内のもの同士、より好ましくは±0.5以内のもの同士のものが挙げられるがそれらに限定されない。従って、保存的置換の例は、当業者に周知であり、例えば、次の各グループ内での置換:アルギニンおよびリジン;グルタミン酸およびアスパラギン酸;セリンおよびスレオニン;グルタミンおよびアスパラギン;ならびにバリン、ロイシン、およびイソロイシン、などが挙げられるがこれらに限定されない。
【0099】
本明細書において、「改変体」とは、もとのポリペプチドまたはポリヌクレオチドなどの物質に対して、一部が変更されているものをいう。そのような改変体としては、置換改変体、付加改変体、欠失改変体、短縮(truncated)改変体、対立遺伝子変異体などが挙げられる。そのような改変体としては、基準となる核酸分子またはポリペプチドに対して、1または数個の置換、付加および/または欠失、あるいは1つ以上の置換、付加および/または欠失を含むものが挙げられるがそれらに限定されない。対立遺伝子(allele)とは、同一遺伝子座に属し、互いに区別される遺伝的改変体のことをいう。従って、「対立遺伝子変異体」とは、ある遺伝子に対して、対立遺伝子の関係にある改変体をいう。そのような対立遺伝子変異体は、通常その対応する対立遺伝子と同一または非常に類似性の高い配列を有し、通常はほぼ同一の生物学的活性を有するが、まれに異なる生物学的活性を有することもある。「種相同体またはホモログ(homolog)」とは、ある種の中で、ある遺伝子とアミノ酸レベルまたはヌクレオチドレベルで、相同性(好ましくは、60%以上の相同性、より好ましくは、80%以上、85%以上、90%以上、95%以上の相同性)を有するものをいう。そのような種相同体を取得する方法は、本明細書の記載から明らかである。「オルソログ(ortholog)」とは、オルソロガス遺伝子(orthologous gene)ともいい、二つの遺伝子がある共通祖先からの種分化に由来する遺伝子をいう。例えば、多重遺伝子構造をもつヘモグロビン遺伝子ファミリーを例にとると、ヒトおよびマウスのαヘモグロビン遺伝子はオルソログであるが,ヒトのαヘモグロビン遺伝子およびβヘモグロビン遺伝子はパラログ(遺伝子重複で生じた遺伝子)である。オルソログは、分子系統樹の推定に有用である。オルソログは、通常別の種において、もとの種と同様の機能を果たしていることがあり得ることから、本発明のオルソログもまた、本発明において有用であり得る。
【0100】
本明細書において「保存的(に改変された)改変体」は、アミノ酸配列および核酸配列の両方に適用される。特定の核酸配列に関して、保存的に改変された改変体とは、同一のまたは本質的に同一のアミノ酸配列をコードする核酸をいい、核酸がアミノ酸配列をコードしない場合には、本質的に同一な配列をいう。遺伝コードの縮重のため、多数の機能的に同一な核酸が任意の所定のタンパク質をコードする。例えば、コドンGCA、GCC、GCG、およびGCUはすべて、アミノ酸アラニンをコードする。したがって、アラニンがコドンにより特定される全ての位置で、そのコドンは、コードされたポリペプチドを変更することなく、記載された対応するコドンの任意のものに変更され得る。このような核酸の変動は、保存的に改変された変異の1つの種である「サイレント改変(変異)」である。ポリペプチドをコードする本明細書中のすべての核酸配列はまた、その核酸の可能なすべてのサイレント変異を記載する。当該分野において、核酸中の各コドン(通常メチオニンのための唯一のコドンであるAUG、および通常トリプトファンのための唯一のコドンであるTGGを除く)が、機能的に同一な分子を産生するために改変され得ることが理解される。したがって、ポリペプチドをコードする核酸の各サイレント変異は、記載された各配列において暗黙に含まれる。好ましくは、そのような改変は、ポリペプチドの高次構造に多大な影響を与えるアミノ酸であるシステインの置換を回避するようになされ得る。このような塩基配列の改変法としては、制限酵素などによる切断、DNAポリメラーゼ、Klenowフラグメント、DNAリガーゼなどによる処理等による連結等の処理、合成オリゴヌクレオチドなどを用いた部位特異的塩基置換法(特定部位指向突然変異法;Mark Zoller and Michael Smith,Methods in Enzymology,100,468−500(1983))が挙げられるが、この他にも通常分子生物学の分野で用いられる方法によって改変を行うこともできる。
【0101】
本明細書中において、機能的に等価なポリペプチドを作製するために、アミノ酸の置換のほかに、アミノ酸の付加、欠失、または修飾もまた行うことができる。アミノ酸の置換とは、もとのペプチドを1つ以上、または1もしくは数個、例えば、1〜10個、好ましくは1〜5個、より好ましくは1〜3個のアミノ酸で置換することをいう。アミノ酸の付加とは、もとのペプチド鎖に1つ以上、例えば、1〜10個、好ましくは1〜5個、より好ましくは1〜3個のアミノ酸を付加することをいう。アミノ酸の欠失とは、もとのペプチドから1つ以上、または1もしくは数個、例えば、1〜10個、好ましくは1〜5個、より好ましくは1〜3個のアミノ酸を欠失させることをいう。アミノ酸修飾は、アミド化、カルボキシル化、硫酸化、ハロゲン化、短縮化、脂質化(lipidation)、ホスホリル化、アルキル化、グリコシル化、リン酸化、水酸化、アシル化(例えば、アセチル化)などを含むが、これらに限定されない。置換、または付加されるアミノ酸は、天然のアミノ酸であってもよく、非天然のアミノ酸、またはアミノ酸アナログでもよい。天然のアミノ酸が好ましい。
【0102】
本明細書において「対応する」遺伝子(例えば、ポリペプチド分子またはポリヌクレオチド分子)とは、ある種において、比較の基準となる種における所定の遺伝子と同様の作用を有するか、または有することが予測される遺伝子(例えば、ポリペプチド分子またはポリヌクレオチド分子)をいい、そのような作用を有する遺伝子が複数存在する場合、進化学的に同じ起源を有するものをいう。従って、ある遺伝子に対応する遺伝子は、その遺伝子のオルソログであり得る。したがって、マウスのTGFβなどの遺伝子に対応する遺伝子は、他の動物(ヒト、ラット、ブタ、ウシなど)においても見出すことができる。そのような対応する遺伝子は、当該分野において周知の技術を用いて同定することができる。したがって、例えば、ある動物における対応する遺伝子は、対応する遺伝子の基準となる遺伝子(例えば、マウスのTGFβなどの遺伝子)の配列をクエリ配列として用いてその動物(例えばヒト、ラット)の配列データベースを検索することによって見出すことができる。そのようなTGFβなどの因子は、当業者が本明細書において記載されるような表をもとに、検索することが可能である。
【0103】
1つの実施形態では、脂質ラフトの集積阻害は、例えば、トランスフォーミング増殖因子(TGF)βファミリーのメンバーの活性化因子により達成される。このような活性化因子は、当該分野において周知の技法によって決定することができ、例えば、インテグリンβ6およびプラスミンなどを挙げることができる。
【0104】
別の実施形態では、脂質ラフトは、c−Kitリガンド(KL)(配列番号3(核酸配列)または配列番号4(アミノ酸配列))および血小板刺激因子(TPO)(配列番号5(核酸配列)または配列番号6(アミノ酸配列))刺激によって細胞膜上に集積される。
【0105】
別の実施形態では、脂質ラフトは、c−kit(配列番号7(核酸配列)または配列番号8(アミノ酸配列))、GM−1およびc−mpl(配列番号9(核酸配列)または配列番号10(アミノ酸配列))からなる群より選択される少なくとも1つの因子を観察することによって同定される。理論に束縛されないが、これらの因子は、脂質ラフトの集積と同調する傾向が見られたからである。
【0106】
1つの実施形態では、本発明が対象とする幹細胞は、造血幹細胞(特に骨髄からとれる骨髄造血幹細胞)であるがそれに限定されない。理論に束縛されることを望まないが、幹細胞は、どのような細胞であっても同様の脂質ラフトの形成およびその集積がみられるからである。
【0107】
1つの実施形態では、本発明において達成されるべき脂質ラフトの集積の阻害は、Ang−1(配列番号11(核酸配列)または配列番号12(アミノ酸配列))添加時よりも大きな阻害であり得る。このような阻害は、本明細書において記載されたアッセイ方法によって定量することができる。脂質ラフトの集積の阻害は、TGFβファミリーのメンバーによって達成される阻害と少なくとも同程度の阻害であり得る。
【0108】
好ましい実施形態では、脂質ラフトの集積の阻害は、Ang−1では達成できないがTGFβで達成できる阻害濃度であり得る。本発明では、特に、脂質ラフトの集積の阻害を、TGFβまたはその等価物により達成可能なレベルにまで阻害することによって細胞のG期への導入が好ましいことも見出されているからである。
【0109】
他方で、本発明において好ましい実施形態では、脂質ラフトの集積は、幹細胞因子(SCF)(配列番号13(核酸配列)または配列番号14(アミノ酸配列))によって生じさせることができる。
【0110】
1つの実施形態では、阻害工程は、SCFおよび血小板刺激因子(TPO)(配列番号5(核酸配列)または配列番号6(アミノ酸配列))の存在下で行うことができる。これらの因子は、通常の培養培地に添加して使用することができる。
【0111】
本発明では、任意の培地を含む任意の培養液を用いることができる。そのような培養液としては、例えば、DMEM、P199、MEM、HBSS(Hanks平衡化塩溶液)、Ham’s F12、BME、RPMI1640、MCDB104、MCDB153(KGM)などが挙げられるがそれらに限定されない。このような培養液には、デキサメタゾン(dexamethasone)などの副腎皮質ステロイド、インスリン、グルコース、インドメタシン、イソブチル−メチルキサンチン(IBMX)、アスコルベート−2−ホスフェート(ascorbate−2−phosphate)、アスコルビン酸およびその誘導体、グリセロホスフェート(glycerophosphate)、エストロゲンおよびその誘導体、プロゲステロンおよびその誘導体、アンドロゲンおよびその誘導体、aFGF・bFGF・EGF・IGF・TGFβ・ECGF・BMP・PDGFをはじめとする増殖因子、下垂体エキス、松果体エキス、レチノイン酸、ビタミンD、甲状腺ホルモン、子牛血清、馬血清、ヒト血清、ヘパリン、炭酸水素ナトリウム、HEPES、アルブミン、トランスフェリン、セレン酸(亜セレン酸ナトリウムなど)、リノレン酸、3−イソブチル−1−メチルキサンチン、5−アザンシチジンなどの脱メチル化剤、トリコスタチンなどのヒストン脱アセチル化剤、アクチビン、LIF・IL−2・IL−6などのサイトカイン、ヘキサメチレンビスアセトアミド(HMBA)、ジメチルアセトアミド(DMA)、ジブチルcAMP(dbcAMP)、ジメチルスルホキシド(DMSO)、ヨードデオキシウリジン(IdU)、ヒドロキシウレア(HU)、シトシンアラビノシド(AraC)、マイトマイシンC(MMC)、酪酸ナトリウム(NaBu)、ポリブレン、セレニウムなどを1つまたはその組み合わせとして含ませておいてもよい。
【0112】
(保存法)
別の局面において、本発明は、細胞を保存する方法を提供する。この方法は、A)該細胞の膜上の脂質ラフトの集積を阻害する工程を包含する。理論に束縛されることを望まないが、脂質ラフトの集積を阻害することによって、細胞がG期に導入され、いわゆる「休眠」または「冬眠」期に入ることから、細胞の寿命が延長されるからである。その保存効果は、休眠によって予期される任意の効果であり得る。
【0113】
(濃縮・純化方法)
別の局面において、本発明は、幹細胞を濃縮または純化するための方法を提供する。この方法は、A)幹細胞を含むか含むと予測される試料を提供する工程;B)該試料を幹細胞が生存する条件で培養する工程;およびC)該試料を細胞の膜上の脂質ラフトの集積を阻害する条件に暴露する工程を包含する。理論に束縛されることを望まないが、脂質ラフトの集積を阻害することによって、いわゆる「休眠」または「冬眠」期に入ることから、細胞の分別が容易になるからである。脂質ラフトの集積の阻害は、本明細書に記載される任意の具体的な条件およびその改変を用いることができ、そのような条件は本発明の濃縮純化方法に使用することができることが理解される。
【0114】
1つの局面において、本発明は、本発明の幹細胞を濃縮または純化するための方法によって得られた濃縮または純化された幹細胞を提供する。
【0115】
(幹細胞濃縮・純化組成物の生産)
別の局面において、本発明は、幹細胞が濃縮または純化された組成物を生産するための方法を提供する。この方法は、A)幹細胞を含む試料を提供する工程;B)該試料を細胞の膜上の脂質ラフトの形成を阻害する条件に暴露する工程;およびC)該試料を幹細胞が生存する条件で培養する工程を包含する。理論に束縛されることを望まないが、脂質ラフトの集積を阻害することによって、いわゆる「休眠」または「冬眠」期に入ることから、細胞の分別が容易になり、それにより分離することができるからである。脂質ラフトの集積の阻害は、本明細書に記載される任意の具体的な条件およびその改変を用いることができ、そのような条件は本発明の濃縮純化方法に使用することができることが理解される。分離には、例えば、フローサイトメトリーなどの技術を用いることができる。濃縮または純化は、例えば、所望の幹細胞が、存在する細胞のうち、少なくとも約50%以上、少なくとも約60%以上、少なくとも約70%以上、少なくとも約80%以上、少なくとも約90%以上、少なくとも約95%以上、少なくとも約99%以上であることが好ましい。
【0116】
1つの局面において、本発明は、本発明の幹細胞が濃縮または純化された組成物を生産するための方法によって得られた組成物を提供する。
【0117】
(細胞増殖の促進または誘導)
別の局面において、本発明は、細胞増殖を促進または誘導する方法を提供する。この方法は:A)該細胞の膜上の脂質ラフト(raft)の集積を生じさせるかまたは促進する工程を包含する。ここでは、集積は、細胞膜上でスフィンゴ脂質およびコレステロールが集積したミクロドメインの有無によって判定され得る。
【0118】
1つの実施形態では、脂質ラフトの集積は、トランスフォーミング増殖因子(TGF)βインヒビター、c−srcアクチベーター、およびガングリオシドからなる群より選択される因子により達成され得る。
【0119】
別の実施形態では、TGFβは、配列番号1に示す配列(TGFβ1)またはその改変体もしくは断片であるがそれに限定されない。このような改変体は、本明細書において上記された形態のうち任意のものを使用することができることが理解される。
【0120】
別の実施形態では、TGFβのインヒビターは、TGFβのアンチセンス核酸、RNAi、抗体、化合物および低分子などであり得る。
【0121】
好ましい実施形態では、脂質ラフトの形成促進は、トランスフォーミング増殖因子(TGF)βのRNAiにより達成され得る。
【0122】
本明細書において「RNAi」とは、RNA interferenceの略称で、二本鎖RNA(dsRNAともいう)のようなRNAiを引き起こす因子を細胞に導入することにより、相同なmRNAが特異的に分解され、遺伝子産物の合成が抑制される現象およびそれに用いられる技術をいう。本明細書においてRNAiはまた、場合によっては、RNAiを引き起こす因子と同義に用いられ得る。
【0123】
本明細書において「RNAiを引き起こす因子」とは、RNAiを引き起こすことができるような任意の因子をいう。本明細書において「遺伝子」に対して「RNAiを引き起こす因子」とは、その遺伝子に関するRNAiを引き起こし、RNAiがもたらす効果(例えば、その遺伝子の発現抑制など)が達成されることをいう。そのようなRNAiを引き起こす因子としては、例えば、標的遺伝子の核酸配列の一部に対して少なくとも約70%の相同性を有する配列またはストリンジェントな条件下でハイブリダイズする配列を含む、少なくとも10ヌクレオチド長の二本鎖部分を含むRNAまたはその改変体が挙げられるがそれに限定されない。ここで、この因子は、好ましくは、3’突出末端を含み、より好ましくは、3’突出末端は、2ヌクレオチド長以上のDNA(例えば、2〜4ヌクレオチド長のDNAであり得る。このようなRNAiは、本明細書において、生物中のエラープローン頻度を調節するために有用であり得る。
【0124】
1つの実施形態では、本発明において利用される脂質ラフトは、KLおよびTPO刺激によって細胞膜上に集積されてもよいがそれに限定されない。
【0125】
1つの実施形態では、本発明が対象とする幹細胞は、造血幹細胞(特に骨髄からとれる骨髄造血幹細胞)であるがそれに限定されない。理論に束縛されることを望まないが、幹細胞は、どのような細胞であっても同様の脂質ラフトの形成およびその集積がみられるからである。
【0126】
別の実施形態では、脂質ラフトは、c−Kitリガンド(KL)(配列番号3(核酸配列)または配列番号4(アミノ酸配列))および血小板刺激因子(TPO)(配列番号5(核酸配列)または配列番号6(アミノ酸配列))刺激によって細胞膜上に集積される。
【0127】
別の実施形態では、脂質ラフトは、c−kit(配列番号7(核酸配列)または配列番号8(アミノ酸配列))、GM−1(ガラクトース(Gal)−Nアセチルガラクトサミン−ガラクトース(Gal)−グリコシル(Glc)−セラミド(Cer))およびc−mpl(配列番号9(核酸配列)または配列番号10(アミノ酸配列))からなる群より選択される少なくとも1つの因子を観察することによって同定される。理論に束縛されないが、これらの因子は、脂質ラフトの集積と同調する傾向が見られたからである。別の実施形態では、阻害工程は、SCFおよび血小板刺激因子(TPO)(配列番号5(核酸配列)または配列番号6(アミノ酸配列))の存在下で行うことができる。これらの因子は、通常の培養培地に添加して使用することができる。
【0128】
(スクリーニング)
別の局面において、本発明は、細胞を休止状態(G期)に維持または誘導するための因子を同定するためのスクリーニング方法を提供する。この方法は:A)該因子の候補物質を提供する工程;B)該目的の細胞における脂質ラフトを観察する工程;C)該因子を目的の細胞に暴露させる工程;およびD)該因子への暴露後の該目的の細胞における脂質ラフトを観察し、脂質ラフトの集積阻害を引き起こす因子は、該目的の細胞を休止状態に維持または誘導するための因子であると決定する工程、を包含する。
【0129】
本明細書において「スクリーニング」とは、目的とするある特定の性質をもつ生物または物質などの標的を、特定の操作/評価方法で多数を含む集団の中から選抜することをいう。スクリーニングのために、本発明の因子(例えば、抗体)、ポリペプチドまたは核酸分子を使用することができる。スクリーニングは、インビトロ、インビボなど実在物質を用いた系を使用してもよく、インシリコ(コンピュータを用いた系)の系を用いて生成されたライブラリーを用いてもよい。本発明では、所望の活性を有するスクリーニングによって得られた化合物もまた、本発明の範囲内に包含されることが理解される。また本発明では、本発明の開示をもとに、コンピュータモデリングによる薬物が提供されることも企図される。
【0130】
このようなスクリーニングまたは同定の方法は、当該分野において周知であり、例えば、そのようなスクリーニングまたは同定は、マイクロタイタープレート、DNAまたはプロテインなどの生体分子アレイまたはチップを用いて行うことができる。スクリーニングの試験因子を含む対象としては、例えば、遺伝子のライブラリー、コンビナトリアルライブラリーで合成した化合物ライブラリーなどが挙げられるがそれらに限定されない。
【0131】
したがって、好ましい実施形態では、本発明は、疾患または障害の調節因子を同定する方法を提供する。このような調節因子は、それぞれの疾患の医薬またはそのリード化合物として用いることができる。そのような調節因子ならびにその調節因子を含む医薬およびそれを利用する治療法もまた、本発明の範囲内にあることが意図される。
【0132】
したがって、本発明では、本発明の開示をもとに、コンピュータモデリングによる薬物が提供されることも企図される。
【0133】
本発明は、他の実施形態において、本発明の化合物に対する調節活性についての有効性のスクリーニングの道具として、コンピュータによる定量的構造活性相関(quantitative structure activity relationship=QSAR)モデル化技術を使用して得られる化合物を包含する。ここで、コンピューター技術は、いくつかのコンピュータによって作成した基質鋳型、ファーマコフォア、ならびに本発明の活性部位の相同モデルの作製などを包含する。一般に、インビトロで得られたデータから、ある物質に対する相互作用物質の通常の特性基をモデル化することに対する方法は、最近CATALYSTTM ファーマコフォア法(Ekins et al.、Pharmacogenetics,9:477〜489,1999;Ekins et al.、J.Pharmacol.& Exp.Ther.,288:21〜29,1999;Ekins et al.、J.Pharmacol.& Exp.Ther.,290:429〜438,1999;Ekins et al.、J.Pharmacol.& Exp.Ther.,291:424〜433,1999)および比較分子電界分析(comparative molecular field analysis;CoMFA)(Jones et al.、Drug Metabolism & Disposition,24:1〜6,1996)などを使用して示されている。本発明において、コンピュータモデリングは、分子モデル化ソフトウェア(例えば、CATALYSTTMバージョン4(Molecular Simulations,Inc.,San Diego,CA)など)を使用して行われ得る。
【0134】
活性部位に対する化合物のフィッティングは、当該分野で公知の種々のコンピュータモデリング技術のいずれかを使用してで行うことができる。視覚による検査および活性部位に対する化合物のマニュアルによる操作は、QUANTA(Molecular Simulations,Burlington,MA,1992)、SYBYL(Molecular Modeling Software,Tripos Associates,Inc.,St.Louis,MO,1992)、AMBER(Weiner et al.、J.Am.Chem.Soc.,106:765−784,1984)、CHARMM(Brooks et al.、J.Comp.Chem.,4:187〜217,1983)などのようなプログラムを使用して行うことができる。これに加え、CHARMM、AMBERなどのような標準的な力の場を使用してエネルギーの最小化を行うこともできる。他のさらに特殊化されたコンピュータモデリングは、GRID(Goodford et al.、J.Med.Chem.,28:849〜857,1985)、MCSS(Miranker and Karplus,Function and Genetics,11:29〜34,1991)、AUTODOCK(Goodsell and Olsen,Proteins:S tructure,Function and Genetics,8:195〜202,1990)、DOCK(Kuntz et al.、J.Mol.Biol.,161:269〜288,(1982))などを含む。さらなる構造の化合物は、空白の活性部位、既知の低分子化合物における活性部位などに、LUDI(Bohm,J.Comp.Aid.Molec.Design,6:61〜78,1992)、LEGEND(Nishibata and Itai,Tetrahedron,47:8985,1991)、LeapFrog(Tripos Associates,St.Louis,MO)などのようなコンピュータープログラムを使用して新規に構築することもできる。このようなモデリングは、当該分野において周知慣用されており、当業者は、本明細書の開示に従って、適宜本発明の範囲に入る化合物(例えば、所望の校正機能を付与する化合物など)を設計することができる。
【0135】
好ましい実施形態では、本発明のスクリーニング方法は、前記因子を目的の細胞に暴露して細胞周期を調節し得るかどうかを確認する工程、をさらに包含し得る。
【0136】
1つの実施形態では、脂質ラフトの観察は、蛍光色素染色およびウエスタンブロッティングからなる群より選択される手法により行われ得る。
【0137】
本発明のスクリーニング方法によって使用される因子は、幹細胞の同定、濃縮または純化に使用され得る。
【0138】
別の局面において、本発明は、細胞増殖を維持または誘導する因子を同定するためのスクリーニング方法を提供する。この方法は:A)該因子の候補物質を提供する工程;B)該目的の細胞における脂質ラフトを観察する工程;C)該因子を目的の細胞に暴露させる工程;およびD)該因子への暴露後の該目的の細胞における脂質ラフトを観察し、脂質ラフトの集積を引き起こす因子は、該目的の細胞の増殖を維持または誘導するための因子であると決定する工程、を包含する。スクリーニング方法は、上記された任意の形態を用いて行うことができる。
【0139】
(G期維持・誘導システム)
1つの局面において、本発明は、幹細胞を休止状態(G期)に維持または誘導するシステムであって、該細胞の膜上のラフトの集積を阻害する手段を備えるシステムを提供する。ここでは、細胞の膜上のラフトの集積を阻害する手段としては、本明細書において上記される任意の因子などを挙げることができるがそれに限定されない。
【0140】
(濃縮・純化システム)
別の局面において、本発明は、幹細胞を濃縮または純化するためのシステムを提供する。このシステムは、A)幹細胞を含むか含むと予測される試料を提供する手段;B)該試料を幹細胞が生存する条件で培養する手段;およびC)該試料を細胞の膜上の脂質ラフトの集積を阻害する条件に暴露する手段を備える。
【0141】
別の局面において、本発明は、細胞増殖を維持または誘導するシステムであって:該細胞の膜上の脂質ラフトの集積を生じさせるかまたは促進する手段を備える、システムを提供する。
【0142】
他の局面において、本発明は、細胞を休止状態(G期)に維持または誘導するための因子を同定するためのスクリーニングシステムを提供する。このシステムは:A)該因子の候補物質を提供する手段;B)該目的の細胞における脂質ラフトを観察する手段;C)該因子を目的の細胞に暴露させる手段;およびD)該因子への暴露後の該目的の細胞における脂質ラフトを観察し、脂質ラフトの集積阻害を引き起こす因子は、該目的の細胞を休止状態に維持または誘導するための因子であると決定する手段、を備える。
【0143】
さらに別の局面において、本発明は、細胞増殖を維持または誘導する因子を同定するためのスクリーニングシステムを提供する。このシステムは:A)該因子の候補物質を提供する手段;B)該目的の細胞における脂質ラフトを観察する手段;C)該因子を目的の細胞に暴露させる手段;およびD)該因子への暴露後の該目的の細胞における脂質ラフトを観察し、脂質ラフトの集積を引き起こす因子は、該目的の細胞の増殖を維持または誘導するための因子であると決定する手段、を備える。ここで使用され得る手段としては、本明細書において記載された任意の形態を用いて使用することができる。
【0144】
(培地)
1つの局面において、本発明は、幹細胞を休止状態(G期)に維持または誘導する培地であって、該細胞の膜上の脂質ラフトの集積を阻害する因子を含む培地を提供する。
【0145】
別の局面において、本発明は、細胞を保存するための培地であって、該細胞の膜上の脂質ラフトの集積を阻害する因子を含む培地を提供する。
【0146】
さらに別の局面において、本発明は、幹細胞を同定、濃縮または純化するための培地であって、該細胞の膜上の脂質ラフトの集積を阻害する因子を含む培地を提供する。
【0147】
さらに別の局面において、本発明は、細胞増殖を維持または誘導する培地であって:該細胞の膜上の脂質ラフトの集積を生じさせるかまたは促進する因子を含む培地を提供する。
【0148】
このような培地において、基本となる成分としては、幹細胞が成長する成分であれば、どのようなものでも使用可能であることが理解され得る。
【0149】
(使用)
1つの局面において、本発明は、細胞の膜上の脂質ラフトの集積を阻害する因子の、幹細胞を同定し、あるいはその休止状態(G期)に維持または誘導するための使用を提供する。ここで使用され得る因子としては、本明細書において記載された任意の形態を用いて使用することができる。
【0150】
他の局面において、本発明は、細胞の膜上の脂質ラフトの集積を促進する因子の、細胞増殖を促進または誘導するための使用を提供する。ここで使用され得る因子としては、本明細書において記載された任意の形態を用いて使用することができる。
【0151】
(幹細胞同定方法・システム)
1つの局面において、本発明は、幹細胞を同定する方法を提供する。この方法は:A)判定される細胞の膜上の脂質ラフトの集積を観察する工程;およびB)集積が観察されない場合、幹細胞があると判定する工程を包含する。ここで、幹細胞の有無と、集積の度合いとは、以下のような関係であると理解される。
【0152】
本発明の成果により、集積が有るとき細胞は活性化状態にあると考えられ、集積が無いとき細胞は静止状態で有ると考えられることが明らかになった。集積の度合いが大きいほど細胞がより活性化しており効率的に分裂するが集積の度合いが少なければ細胞の分裂効率も良くないと考えられる。未分化細胞の内脂質ラフトの集積が起きていない細胞を幹細胞であると判定する。また培養において脂質ラフトが集積されていてなくても生き残っているものが幹細胞であると判定する。生体内に存在する幹細胞は脂質ラフトの集積が起きていないものが幹細胞ということになる。詳しく言えば、生体内ではまた分離した直後の細胞の未分化細胞の一部に脂質ラフトの集積が起きていない細胞が幹細胞だということである。
【0153】
好ましい実施形態では、幹細胞が未分化であり、かつ、脂質ラフトが観察されていないときに幹細胞であると判定する。
【0154】
別の局面において、本発明は、幹細胞を同定するシステムを提供する。このシステムは、A)判定される細胞の膜上の脂質ラフトの集積を観察する手段;およびB)集積が観察された場合、幹細胞があると判定する手段を備える。このような手段としては、例えば、集積を確認・観察する装置が電気回線を通じて信号送信可能な状態で接続されているコンピュータを備えるデバイスを挙げることができる。
【0155】
ここで、このようなコンピュータには、幹細胞が未分化であり、かつ、脂質ラフトが観察されていないときに幹細胞であると判定する手段またはプログラムが備えられ得る。
【0156】
さらに別の局面において、本発明は、幹細胞を同定するシステムを提供する。このシステムは、A)判定される細胞の膜上の脂質ラフトの集積を観察するための蛍光色素染色またはウエスタンブロッティングのためのキットを備え、ここで、集積が観察された場合、幹細胞があると判定することを特徴とする。このような手段としては、例えば、集積を確認・観察する装置が電気回線を通じて信号送信可能な状態で接続されているコンピュータを備えるデバイスを挙げることができる。
【0157】
このようにして、本発明を利用して、「幹細胞」を、「幹細胞」と判定することができることが理解される。
【0158】
本明細書において引用された、科学文献、特許、特許出願などの参考文献は、その全体が、各々具体的に記載されたのと同じ程度に本明細書において参考として援用される。
【0159】
以上、本発明を、理解の容易のために好ましい実施形態を示して説明してきた。以下に、実施例に基づいて本発明を説明するが、上述の説明および以下の実施例は、例示の目的のみに提供され、本発明を限定する目的で提供したのではない。従って、本発明の範囲は、本明細書に具体的に記載された実施形態にも実施例にも限定されず、特許請求の範囲によってのみ限定される。
【実施例】
【0160】
以下に実施例を示して本発明をさらに詳しく説明するが、この発明は以下の例に限定されるものではない。以下の実施例において用いられる試薬、支持体などは、例外を除き、Sigma(St.Louis,USA、和光純薬(大阪、日本)などから市販されるものを用いた。以下において使用した動物は、日本の大学において規定される飼育規準を遵守して飼育および実験した。
【0161】
(実験手順)
(マウス)
C57BL/6(B6−Ly5.2)マウスは日本SLCから購入した。C57BL/6(B6−Ly5.1)マウスは三共ラボから購入した。C57BL/6(B6−Ly5.2xLy5.1−F1)マウスは本発明者らの研究室でかけ合わせて作製した。動物のために東京大学医科学研究所の組み換えDNA実験の指導に従って、本発明者らは動物を世話した。
【0162】
(マーカー)
Alexa−488およびAlexa−647、Cholera toxin B subunit およびAlexa−647 goat anti−rabbit IgG およびgoat anti−mouse IgG(Molecular Probes); rabbit anti−c−Mpl,Rabbit anti−phospho AktおよびRabbit anti−FKHRL1,FKHR; (upstate cell signaling solutions);mouse anti−サイクリンD1(BD Biosience);rabbit anti−p57(Santa cruz biotechnology,Inc); rabbit anti−phospho Smad2/3(CHEMICON); rabbit anti−phospho pY418 src(BIOSOURCE)。
【0163】
(Ki−67のHSCにおける発現パターン)
最初にマウスの足の骨から骨髄細胞をとりだし、比重遠心法によりリンパ球分画を回収し血液細胞の分化マーカーを混ぜたビオチン標識の抗体を加え30分反応した後に抗rat−IgGマグネットビーズを加えた。未分化の細胞の選択はMACSカラムを用いカラムにトラップされない細胞を回収した。回収した細胞にストレプトアビジンテキサスレッド,抗c−kit(APC標識),sca−1(PE cy5.5標識),CD34(FITC標識)抗体を加え1時間反応させた。その後FIX&PERM cell PERMEABILIZATION kit(caltag laboratories Inc)を用いKi−67(PE標識)抗体を細胞内染色した。5カラー解析はFACSVantage(BD)で行った。
【0164】
(HSCの分離と免疫染色)
HSCの分離はマウスの足の骨から骨髄細胞をとりだし、比重遠心法によりリンパ球分画を回収し血液細胞の分化マーカーを混ぜたビオチン標識の抗体を加え30分反応した後に抗rat−IgGマグネットビーズを加えました。未分化の細胞の選択はMACSカラムを用いカラムにトラップされない細胞を回収した。
【0165】
その後、本発明者らの一般的な染色法はストレプトアビジンテキサスレッド,抗c−kit(APC標識),sca−1(PE標識),CD34(FITC標識)抗体を加えCD34−,c−kit+,sca−1+,Lin−の細胞集団をソーティングした。c−kitの局在を観察する場合は異なり、ストレプトアビジンテキサスレッド,抗c−kit(PE標識),sca−1(APC標識),CD34(FITC標識)抗体とした。HSCの免疫染色法はFACSVantage(BD)のクローンソーティング技術によって実現できた。まずスライドガラス上にポリリジンをコーティングし水で洗い乾かします。乾かした後スライドガラス上に培地または4%パラホルムアルデヒド(PFA)/ PBSのドロップを作った。このドロップの中にFACSVantageのクローンソートを用いHSCを入れた。ソーティングしたHSCは30分から1時間4℃の条件下で置きます。サイトカインの反応は4℃の条件下から取り出し37℃,5%CO2条件で30分(サイトカインによっては1時間)反応させた後に4%PFAをドロップに加え10分間反応し細胞の動きを停止させた。PBSで洗った後にサポニンまたは0.5%トライトンX/PBSで細胞に穴をあけた。PBSで洗った後、10%Goat血清+CD16/32(mouse Fc block)抗体で30分ブロッキングした。1次抗体は抗pAkt,FOXO3A,FOXO1A,サイクリンD1抗体をovernightで反応させた。二次抗体はCD34−,c−kit+,sca−1+,Lin−の細胞集団なので蛍光が重ならないalexa488,647を用いた。これらの抗体を30分反応させた後DAPI入りマウント液で標本を完成させた。C−kitの局在はFACSでソーティングしたPEの標識で観察した。
【0166】
(LR集積阻害培養)
LR阻害剤としてメチルβシクロデキストリン(MBCD)を用いた。HSCにおいて最も良くLRの集積阻害を阻害し細胞傷害がない濃度は1mMと検定した。培養液はs−cloneに1%s−clone添加剤,10%FCS,L−グルタミン/ペニシリンにmouse−SCF(20ng/ml),human−TPO(50ng/ml)の培地をコントロール培地としLR阻害培地はコントロール培地条件に1mM−MBCDを加えたものを用いた。LR阻害培地を96wellプレート(TPP)に200ul/well入れた。HSCを1−cell/ウェルになるようにFACS Vantageでクローンソートした。細胞がウェルに入っていることは顕微鏡で確かめた。確かめた後に37℃、5%COの条件で培養した。培養を初めて〜10日まで顕微鏡で細胞を観察して1wellに存在する細胞の生死、細胞の数を確かめた。
【0167】
(単細胞培養コロニーアッセイ)
LR阻害培地とリカバリー培地としてs−cloneに1%s−clone添加剤,10%FCS,L−グルタミン/ペニシリンにmouse−SCF(20ng/ml),human−TPO(50ng/ml),IL−3(20ng/ml),EPO(2U)を加えた培地を用いた。96wellプレート(TPP)にHSCを1−cell/wellになるようにFACS Vantageでクローンソートした。細胞がwellに入っていることは顕微鏡で確かめた。確かめた後に37℃、5%CO2の条件で11日培養した。コントロールは最初からリカバリー培地で培養した。LR阻害培地でHSCを5日間,7日間培養したものは上清を取り除きリカバリー培地に換え11日培養させコロニーを形成させました。TGF−β1でのLR集積阻害培地はリカバリー培地にTGF−β1を5ng/ml加えたものを用いた。コロニーが形成した細胞についてサイトスピンを行いヘマカラーで染色し各血球形態(n,m,E,M)の存在をしらべた。
【0168】
(LR集積阻害HSCの骨髄再構築能)
LR阻害培地を96ウェルプレート(TPP)に200μl/ウェル入れた。ドナーマウスはLy5.2 マウスから採取したHSCを1細胞/ウェルになるようにFACS Vantageでクローンソートした。LR阻害培地で5日,7日培養し顕微鏡で生きていて細胞が一個だったHSCを移植用に選び出した。5日間培養したものは単細胞移植を50匹,20個細胞移植を20匹行った。7日間培養したものは20個細胞移植を20匹行った。コントロールはソーティングしたばかりのHSCを用い単細胞移植を50匹,20個細胞移植を20匹行った。レシピエントマウスはLy5.1マウスを用いた。あらかじめ950Rの致死量の放射線を放射した。コンペジター細胞はLy5.1xLy5.2マウスのF−1マウスの骨髄細胞を一匹の移植あたり2×10個用いました。骨髄再構築能の解析は、3週目のマウスの末梢血でのLy5.2マウス由来の細胞がどのくらいの頻度で生着しているかをFACSも用い解析した。マウスから末梢血を採取し抗B220,CD4,CD8,Mac−1,Gr−1,Ly5.1,Ly5.2抗体をもちい解析した。解析したデータから全ての血球細胞のうちLy5.2陽性の細胞が0.1%以上で、かつ全ての血球系に分化できたものに関して陽性と判断した。
【0169】
(実施例1:造血幹細胞における脂質ラフトの役割の解明)
まず、造血幹細胞における脂質ラフトの役割を明らかにするために実験を行った。実験条件は、上記材料および方法に準じた。
【0170】
造血幹細胞の増殖には脂質ラフトの集積形成が必要である:造血幹細胞の骨髄中での頻度は3万個に一個ときわめて低いが、CD34−KSL分画では高度に濃縮されていて、これらの細胞を一個致死量放射線照射したマウスに移植すると3匹に1匹は長期骨髄再建がみられる。これらの細胞の細胞周期の状態を調べるため、5カラー解析を行って骨髄細胞におけるKi67の発現を調べた。造血前駆細胞であるCD34KSL細胞では約83.2%の細胞がKi67陽性でcyclingしているが、CD34−KSL細胞では93.6%以上の細胞がKi67陰性でG期にあることが示された(図1a)。
【0171】
次に成体マウス骨髄細胞よりFACSで取り出したCD34−KSL細胞およびCD34KSL細胞50個を固定して免疫染色を行った。CD34KS細胞を脂質ラフトの形成の指標であるGM−1を染色すると、92%の細胞において膜全体でdiffuseに認められ脂質ラフトの集積形成は認められない(図1b)。また、もう一つのG期の指標であるFOXO3Aの核内への局在も確認された。一方でKLの受容体であるc−Kitの集積ならびに細胞内シグナル伝達分子であるAktのリン酸化もみられない。しかし、CD34KSL細胞では98%の細胞においてGM−1およびC−Kitの脂質ラフト形成およびAktのリン酸化、FOXO3Aの細胞質への局在が認められた。このように成体骨髄中の造血幹細胞の大部分がG期にあって、脂質ラフトの形成は認められない。
【0172】
次にサイトカインで刺激による影響を調べるため、FACSで分取したCD34−KSL細胞をSCF,TPO,IL−3,EPO存在下で30分培養してから同様な方法で解析を行った。IL−3,EPOで刺激しても大きな変化は見られなかったが、SCFおよびTPOの存在下で培養した場合、全ての細胞でサイトカインの種類に関係なくGM−1、c−Kit、c−mplの脂質ラフトへの集積が確認された。さらにFOXO3Aの細胞内局在ならびにAktのリン酸化を解析した。SCF、TPO,SCF+TPO、いずれの場合においても脂質ラフトの形成とAktのリン酸化、FOXO3Aの細胞質への移行が観察され。細胞の分裂と脂質ラフト形成の強い相関が示唆された。
【0173】
(実施例2:脂質ラフトの形成を阻害することによっておこる造血幹細胞内イベントの分析)
次に、脂質ラフトの形成を阻害することによっておこる造血幹細胞内イベントを分析した。実験条件は、上記材料および方法に準じた。
【0174】
生体内から分離した直後のHSCの細胞膜上の脂質ラフトにはc−kit,c−mplが集積していない。大部分の造血幹細胞がG期にあることを考えると、これは脂質ラフトの集積が細胞分裂を誘導している可能性を示唆している。
【0175】
そこでサイトカインシグナルの存在下において、メチルβ−シクロデキストリン(MβCD)を用いて細胞膜のコレステロールを除去し、脂質ラフトの形成阻害が細胞分裂に与える影響を調べた。HSCをSCFTPO1mMMβCDを加えた液滴にソーティングし4℃下で30分置いたのちに、CO2インキュベーターで30分反応させ、共焦点顕微鏡法でラベルされた抗体とCTxBの局在を観察した。その結果、GM−1、c−Kitおよびc−Mplの細胞膜上での局在は、生体内から分離した直後のHSCと同様に、広く局在し、Aktのリン酸化も強く起こっておらず、FOXO3Aが核内で局在するパターンを示した(図2−a)。MβCDを加えたHSCにおいても、GM−1の集積が起こっているものが少数存在したものの、ほとんどのHSCではGM−1の集積がみられなかった。また、G期では細胞質に局在し細胞周期が開始されると核に移行するサイクリンD1(の局在を観察してみたところやはり骨髄中に存在するHSCと同様に、細胞質での局在が観察された(図2−b)。MβCD以外のGM−1の集積を阻害すると思われる試薬(アクチン重合の阻害薬サイトカラシンD,PI3−KインヒビターLy256564,srcファミリーインヒビターSU6656,PP2など)を試したところ、同様の現象がみられた。
【0176】
(実施例3:脂質ラフトの形成阻害は造血幹細胞を冬眠状態にする)
次に、脂質ラフトの形成阻害によって、造血幹細胞が冬眠状態にされるかどうかを確認した。実験条件は、上記材料および方法に準じた。
【0177】
上記から脂質ラフト(GM−1)の集積が起こらない条件下では、サイトカイン存在下でもFOXO3Aの局在やAktのリン酸化の状態は骨髄中と同様に維持される事が示された。そこで本発明者らは、脂質ラフトの集積阻害がHSCのニッシェにおける冬眠様状態をmimicできるのではないかという仮説のもと、HSC単一細胞培養系を用い造血幹細胞としての機能を維持しつづけることができるかin vitroで検証した。
【0178】
HSCを1−cell/wellソーティングして、SCF+TPO+1mM−MβCD存在下で5〜7日間培養した。その結果、MβCD存在下で5日培養した群では52%、7日培養群では68%、10日培養群では94%死滅した。サイトカイン無しではHSC、CD34ともに24時間以内に100%死滅した。また、CD34の細胞群ではサイトカイン存在下でも2日で99%死滅したことから、HSCでは脂質ラフトの形成が無くても生存シグナルが入るが、CD34細胞ではそのシグナルを入れることができないと考えられる(図3−a)。
【0179】
その後の生存した細胞でMβCDを抜きSCF、TPO、IL−3およびEPO存在下の培養液に換えコロニーアッセイを行なった結果56.9%という高頻度でnmEMコロニーができ、相対的に未分化な造血前駆細胞が増加していた。興味深いことに生存した細胞の93%が細胞分裂を起こさず単一細胞のままで維持されていることから、脂質ラフトを阻害することにより造血幹細胞がin vitroにおいて冬眠様状態に誘導されうることが示唆された。この系でもMβCD以外のGM−1の集積を阻害する試薬(サイトカラシンD,Ly294002,SU6656,PP2)などを試したが、細胞傷害性が高いため5〜7日間の培養は不可能だった。
【0180】
脂質ラフトの集積がサイトカイン存在下での増殖に必要であるというin vitroの結果は脂質ラフト集積阻害が骨髄内におけるHSCの冬眠様の状態を再現するという仮説の妥当性を示唆する。培養後のHSC活性をさらに確実に証明するため骨髄移植の系によって長期骨髄再構築能を調べた。ここで本発明者らは、HSCをSCF,TPO,1mM−MβCDを含む培地にクローンソーティングし5〜7日37℃でシングルセルカルチャーを行った。培養後も48%の細胞が生き残り、そのうち93%が一個の状態で維持されていた。これらの細胞を回収し、5日培養した群では致死量の放射線を照射したマウス50匹に、回収した培養後のHSCを一個あるいは20個尾静脈から、7日培養した群では20匹に各20細胞移植した。6週間後FACSを用いて末梢血中のドナー細胞のキメリズム解析を行った。コントロールとしては、ソーティングした直後のHSCを一個または20個移植した。その結果、コントロール単一細胞群では50匹中12匹(24%)で生着が認められたのに対し5日培養単一細胞群においては50匹中24匹(48%)で生着が認められ、有意に生着率の向上が見られた。このような脂質ラフトを作らせない条件下で造血幹細胞が相対的に濃縮されたということは、造血幹細胞だけが冬眠様状態に入るためのマシナリーを備えていることをあらためて強く示唆する。20個の移植を行った群ではコントロール群でも全例で生着が認められたため、このような違いを見ることはできなかった。これらの結果は分裂しない状態で造血幹細胞が7日間にわたって機能を維持し続けうることを示しており、脂質ラフトの形成阻害が冬眠様状態の誘導に重要な役割をはたいていることが示された。
【0181】
(実施例4:TGF−βが脂質ラフトの形成を阻害する(TGFRは造血幹細胞により多く発現されている))
次に、本実施例では、TGF−βが脂質ラフトの形成を阻害する(TGFRは造血幹細胞により多く発現されている)ことを実証した。実験は、上記材料および方法に記載されているものに準じた。
【0182】
本発明では、骨髄ニッシェにおいてどのような分子が脂質ラフトの形成阻害を司っているかをさらに研究した。Arai等は骨髄ニッシェにおける造血幹細胞がG期にある機構としてAng−1/Tie−2からのシグナルの関与を報告した(非特許文献3)。また、ReyaはNotchのリガンドが造血幹細胞の未分化性維持に関与を、KarlssonらはTGFベータシグナルがin vitroでの造血幹細胞のquiescenceに関与していると報告している。
【0183】
そこで本発明者らは脂質ラフトの集積を阻害に関与しそうな分子、Notch ligand,Ang−1,N−caldherinなどをスクリーニングした。方法としてはこれらのサイトカイン存在下でHSCを1時間培養し、その後SCF+TPOで30min刺激してからCtxBおよびFOXO3Aの局在、Aktのリン酸化について共焦点顕微鏡法で観察した。
【0184】
その結果、Ang−1は部分的ではあるが脂質ラフトの形成を阻害したが、Aktのリン酸化は阻害しなかった。ところが、驚いたことにTGF−βシグナルは脂質ラフトの集積を強力に阻害した。最初からTGF−β、SCF、TPOで刺激すると脂質ラフトの集積が見られるが、あらかじめTGF−β1だけで刺激しておくと SCF,TPOを加えても脂質ラフトの集積は阻止された。またAkt,FOXO3Aなどでも免疫染色を行った結果MβCDで脂質ラフトの集積阻害をおこなった結果と合致した(図5−a)。実際にTGF−β1存在下で単一細胞コロニーアッセイを行ったところ予想通りコロニーの形成阻害がみられた(図5−b)。しかしTGF−βに対する抗体を加えるとコロニーは形成されることからTGF−βが脂質ラフト集積を阻害することによって冬眠様状態を誘導しうることが明らかとなった。
【0185】
(実施例5:他の幹細胞での実証)
他の幹細胞で行う場合まずTGF−βレセプターの発現を確認する。確認ができた場合TGF−bを培養液中に加え培養してみる。その結果、造血幹細胞と同様な結果が得られると期待できる。
【0186】
(実施例6:自動化)
本発明の仕組みを利用して実施するスクリーニングは、ロボットを用いて自動化することができる。この場合、例えば、ベックマンコールターのBiomekシリーズを用いて、マイクロプレートを用いたシステムを構築するか、またはZymarkのStaccato Mini−Systemシリーズを用いてシステムを構築することができる。
【0187】
このようにして得られたリード化合物は、動物実験に用いることができる。あるいは、このようなリード化合物をもとに、他の化合物を設計することができる。
【0188】
(実施例7:動物実験)
実施例6などで、脂質ラフトの集積阻害に関連することが判明した化合物について、マウス、ラットまたはサルなどの動物に投与して幹細胞を調節する化合物をスクリーニングする。
【0189】
このようなスクリーニングにより、幹細胞を実際に調節する物質をスクリーニングすることができる。
【0190】
以上のように、本発明の好ましい実施形態を用いて本発明を例示してきたが、本発明は、特許請求の範囲によってのみその範囲が解釈されるべきであることが理解される。本明細書において引用した特許、特許出願および文献は、その内容自体が具体的に本明細書に記載されているのと同様にその内容が本明細書に対する参考として援用されるべきであることが理解される。
【産業上の利用可能性】
【0191】
本発明は、幹細胞の細胞周期を調節する方法、組成物およびシステムを提供する。このような調節により、幹細胞の維持・制御・増殖をコントロールすることが容易になり、その維持・増殖を容易にかつ計画的にすることができるようになった。また、幹細胞の同定も容易にすることができるようになった。これらの有用性は、バイオ関連の産業において有用である。
【図面の簡単な説明】
【0192】
【図1】図1は、骨髄中のHSCが静止状態であり静止状態HSCは脂質ラフトの集積が起きていないと示した。(A)骨髄中のCD34,c−kit,sca−1,Lin−(HSC)細胞を固定し抗Ki67抗体で染色したものを示した。(B)分離した直後のHSCをCTxB、抗c−kit,リン酸化Akt,Foxo3a抗体で免疫染色した。左側のパネルは核をDAPI(青)で染色したものを示した。左から2番目パネルはGM1領域(緑)を示した。左から3番目のパネルは上からc−kit,リン酸化Akt,Fxo3a(赤)を示した。右側のパネルは3色を重ね合わせたものを示した。パネル右側のグラフはHSCとCD34KSL細胞とでのGM1集積の有無を示した。黒棒はGM1領域の集積を起こしていないもので、灰色棒はGM1領域の集積を起こしているものを示した。
【図2】図2は、HSCはSCFとTPOの刺激がGM1領域を集積させHSCを活性化させることを示した。(A)SCFとTPOとでHSCを刺激しGM1領域とc−kitの局在を示した。左側のパネルから順番に分離直後のHSC、SCFで30分刺激した後のHSC,TPOで30分刺激した後のHSC、SCF+TPOで30分刺激した後のHSC、分離直後のCD34+KSL細胞の免疫染色を示した。上から核(青),GM1領域(緑),c−kit(赤),で染色したものを示した。下のパネルは3色を重ね合わせたものを示した。パネルの右側のグラフは分離直後のHSCとSCFで30分刺激した後のHSC,TPOで30分刺激した後、SCF+TPOで30分刺激した後のHSCでのGM1領域集積の有無を示した。黒棒はGM1領域の集積を起こしていないもので、灰色棒はGM1領域の集積を起こしているものを示した。(B)SCFとTPOとでHSCを刺激しGM1領域とFoxo3aの局在とAktのリン酸化強度を示した。GM1領域の局在とAktのリン酸化の強度を示したのが左側の3列のパネルでGM1領域とFoxo3aの局在を示したのが中間の3つのパネル、右側2つのパネルはCD34KSL細胞でのGM1領域とFoxo3aの局在とAktのリン酸化強度を示した。上のパネルから核(青),GM1(緑),pAktまたはFoxo3a(赤)で染色したものを示した。下のパネルは3色を重ね合わせたものを示した。パネルの下ヒストグラムNIHイメージで染色した蛍光の強度解析し示した。GM1を緑線、リン酸化AktとFoxo3aは赤線で示した。
【図3】図3は、HSCの脂質ラフトの集積を阻害することよるHSCの特徴を示した。(A)左側3つのパネルはGM1の局在とAktのリン酸化を免疫染色で示した。左側から分離直後のHSC,SCFとTPOで30分刺激したものとMbCDで30分反応させた後にSCFとTPOで30分刺激したものを示した。右側の3つのパネルはGM1とFoxo3aの局在を免疫染色で示した。左側から分離直後のHSC,SCFとTPOで30分刺激したものとMbCDで30分反応させた後にSCFとTPOで30分刺激したものを示した。上のパネルから核(青),GM1(緑),pAktまたはFoxo3a(赤)で染色したものを示した。下のパネルは3色を重ね合わせたものを示した。パネルの左側に示したグラフはGM1集積の有無を示したもので黒棒が集積なしを示していてはいい灰色棒は集積ありを示した。(B)では細胞周期を動かす分子サイクリンD1が脂質ラフト阻害剤によりどのような局在をするのかを示した。右側から分離直後のHSC,MbCDで30分反応後SCFとTPOで30分刺激したHSC,SCF+TPOで30分刺激したもの、CD34KSL細胞を示した。上のパネルから核(青),サイクリンD1(赤)で染色したものを示した。下のパネルは2色を重ね合わせたものを示した。(C)はHSCで細胞周期を止めていると考えられるCDKIのp21,p27,p57のRTPCRでの発現の確認と免疫染色でのp57のタンパク質での発現を示した。上のパネルは左から分離直後のHSC、MbCDで30分反応後SCFとTPOで12時間刺激したHSC,SCF+TPOで12時間刺激したもの、CD34KSL細胞を示した。核(青),p57(緑)で染色したものを示した。RTPCRは分離直後のHSC、CD34KSL細胞、Lin細胞で行った。
【図4】図4は、HSCの脂質ラフトの集積を阻害することよるHSCの多分化性の維持。(A) MbCDとSCFとTPO存在下で培養を行い生き残る細胞と死んでいく細胞の比を示した。左から5日、7日、10日培養した時点での細胞の生死を観察したものを示した。(B) HSCの脂質ラフトの集積を阻害することよるHSCの多分化性の維持を示した。左から分離直後のHSC,MbCD+SCF+TPOで5日〜7日間培養を行い細胞分離せずに1個であったHSCをSCF+TPO+IL−3+EPO存在下で単一細胞コロニーアッセイを行った結果を示した。
【図5】図5は、HSCの脂質ラフトの集積を阻害することよるHSCの多分化性の維持。(A)脂質ラフトの阻害が細胞の分裂を阻害し多分化能力を維持していることを示した。左から分離直後のHSCと5日間MbCD+SCF+TPO存在下で培養し1つであったHSCを単一細胞移植したものを示し。真ん中から右は20個のHSCを移植した群を示した。
【図6】図6は、脂質ラフトの模式図である。
【配列表フリーテキスト】
【0193】
配列番号1は、TGFβの核酸配列である。
配列番号2は、TGFβのアミノ酸配列である。
配列番号3(核酸配列)または配列番号4(アミノ酸配列)は、c−Kitリガンド(KL)のそれぞれの核酸配列およびアミノ酸配列である。
配列番号5(核酸配列)または配列番号6(アミノ酸配列)は、マウスTPOのそれぞれの核酸配列およびアミノ酸配列である。
配列番号7(核酸配列)または配列番号8(アミノ酸配列)は、マウスc-kitのそれぞれの核酸配列およびアミノ酸配列である。
配列番号9(核酸配列)または配列番号10(アミノ酸配列)は、マウスc-mplのそれぞれの核酸配列およびアミノ酸配列である。
配列番号11(核酸配列)または配列番号12(アミノ酸配列)は、マウスAng-1のそれぞれの核酸配列およびアミノ酸配列である。
配列番号13(核酸配列)または配列番号14(アミノ酸配列)は、マウス幹細胞因子(SCF)のそれぞれの核酸配列およびアミノ酸配列である。
配列番号1は、Mouse-TGF-β1の核酸配列である。
配列番号2は、Mouse-TGF-β1のアミノ酸配列である。
配列番号3(核酸配列)および配列番号4(アミノ酸配列)は、それぞれ、c−Kitリガンド(KL)の核酸配列およびアミノ酸配列である。
配列番号5(核酸配列)および配列番号6(アミノ酸配列)は、それぞれ、マウスTPOの核酸配列およびアミノ酸配列である。
配列番号7(核酸配列)および配列番号8(アミノ酸配列)は、それぞれ、マウスc-kitの核酸配列およびアミノ酸配列である。
配列番号9(核酸配列)および配列番号10(アミノ酸配列)は、それぞれ、マウスc-mplの核酸配列およびアミノ酸配列である。
配列番号11(核酸配列)および配列番号12(アミノ酸配列)は、それぞれ、マウスAng-1のアミノ酸配列および核酸配列である。
配列番号13(核酸配列)および配列番号14(アミノ酸配列)は、それぞれ、マウス幹細胞因子(SCF)のアミノ酸配列および核酸配列である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
幹細胞を休止状態(G期)に維持または誘導する方法であって、該方法は:
A)該細胞の膜上の脂質ラフト(raft)の集積を阻害する工程
を包含する、方法。
【請求項2】
前記集積は、細胞膜上でスフィンゴ脂質およびコレステロールが集積したミクロドメインの有無によって判定される、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記脂質ラフトの集積阻害は、トランスフォーミング増殖因子(TGF)βファミリーのメンバー、メチルβシクロデキストリン、c−srcインヒビター、PI3Kインヒビターおよびc−srcインヒビターからなる群より選択される少なくとも1つの因子により達成される、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記TGFβは、配列番号1に示すヌクレオチド配列またはその改変体もしくは断片によりコードされるかまたは配列番号2にアミノ酸配列またはその改変体もしくは断片を含む、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
前記脂質ラフトの集積阻害は、トランスフォーミング増殖因子(TGF)βファミリーのメンバーの活性化因子により達成される、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
前記TGFβファミリーのメンバーの活性化因子は、インテグリンβ6およびプラスミンからなる群より選択される、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記脂質ラフトは、c−Kitリガンド(KL)(配列番号3(核酸配列)または配列番号4(アミノ酸配列))および血小板刺激因子(TPO)(配列番号5(核酸配列)または配列番号6(アミノ酸配列))刺激によって細胞膜上に集積される、請求項1に記載の方法。
【請求項8】
前記脂質ラフトは、c−kit(配列番号7(核酸配列)または配列番号8(アミノ酸配列))、ガングリオシドGM−1およびc−mpl(配列番号9(核酸配列)または配列番号10(アミノ酸配列))からなる群より選択される少なくとも1つの因子を観察することによって同定される、請求項1に記載の方法。
【請求項9】
前記細胞は、造血幹細胞である、請求項1に記載の方法。
【請求項10】
前記細胞は、骨髄造血幹細胞である、請求項1に記載の方法。
【請求項11】
前記阻害は、Ang−1(配列番号11(核酸配列)または配列番号12(アミノ酸配列))添加時よりも大きな阻害であることを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項12】
前記阻害は、TGFβファミリーのメンバーによって達成される阻害と少なくとも同程度の阻害であることを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項13】
前記阻害は、Ang−1では達成できないがTGFβで達成できる阻害濃度を特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項14】
前記脂質ラフトの集積は、幹細胞因子(SCF)(配列番号13(核酸配列)または配列番号14(アミノ酸配列))によって生じる、請求項1に記載の方法。
【請求項15】
前記阻害工程は、SCFおよび血小板刺激因子(TPO)(配列番号5(核酸配列)または配列番号6(アミノ酸配列))の存在下で行われる、請求項1に記載の方法。
【請求項16】
細胞を保存する方法であって、
A)該細胞の膜上の脂質ラフトの集積を阻害する工程
を包含する、方法。
【請求項17】
幹細胞を濃縮または純化するための方法であって、
A)幹細胞を含むか含むと予測される試料を提供する工程;
B)該試料を幹細胞が生存する条件で培養する工程;および
C)該試料を細胞の膜上の脂質ラフトの集積を阻害する条件に暴露する工程
を包含する、方法。
【請求項18】
請求項17に記載の方法によって得られた濃縮または純化された幹細胞。
【請求項19】
幹細胞が濃縮または純化された組成物を生産するための方法であって、
A)幹細胞を含む試料を提供する工程;
B)該試料を細胞の膜上の脂質ラフトの形成を阻害する条件に暴露する工程;および
C)該試料を幹細胞が生存する条件で培養する工程
を包含する、方法。
【請求項20】
請求項19に記載の方法によって得られた組成物。
【請求項21】
細胞増殖を促進または誘導する方法であって、該方法は:
A)該細胞の膜上の脂質ラフト(raft)の集積を生じさせるかまたは促進する工程
を包含する、方法。
【請求項22】
前記集積を、細胞膜上でスフィンゴ脂質およびコレステロールが集積したミクロドメインの有無によって判定する工程を包含する、請求項21に記載の方法。
【請求項23】
前記脂質ラフトの集積は、トランスフォーミング増殖因子(TGF)βインヒビター、c−srcアクチベーター、およびガングリオシドからなる群より選択される因子により達成される、請求項21に記載の方法。
【請求項24】
前記TGFβは、配列番号1に示す配列(TGFβ1)またはその改変体もしくは断片である、請求項23に記載の方法。
【請求項25】
前記TGFβのインヒビターは、TGFβのアンチセンス核酸、RNAi、抗体、化合物および低分子からなる群より選択される、請求項21に記載の方法。
【請求項26】
前記脂質ラフトの形成促進は、トランスフォーミング増殖因子(TGF)βのRNAiにより達成される、請求項25に記載の方法。
【請求項27】
前記脂質ラフトは、KLおよびTPO刺激によって細胞膜上に集積される、請求項21に記載の方法。
【請求項28】
前記細胞は、造血幹細胞である、請求項21に記載の方法。
【請求項29】
前記細胞は、骨髄造血幹細胞である、請求項21に記載の方法。
【請求項30】
前記脂質ラフトは、c−kit、GM−1およびc−mplからなる群より選択される少なくとも1つの因子を含む、請求項21に記載の方法。
【請求項31】
前記脂質ラフトの集積は、SCFおよびTPOからなる群より選択される少なくとも1つの因子の存在下で行われる、請求項21に記載の方法。
【請求項32】
細胞を休止状態(G期)に維持または誘導するための因子を同定するためのスクリーニング方法であって、該方法は:
A)該因子の候補物質を提供する工程;
B)該目的の細胞における脂質ラフトを観察する工程;
C)該因子を目的の細胞に暴露させる工程;および
D)該因子への暴露後の該目的の細胞における脂質ラフトを観察し、脂質ラフトの集積阻害を引き起こす因子は、該目的の細胞を休止状態に維持または誘導するための因子であると決定する工程、
を包含する、方法。
【請求項33】
さらに
E)前記因子を目的の細胞に暴露して細胞周期を調節し得るかどうかを確認する工程、
をさらに包含する、請求項32に記載の方法。
【請求項34】
前記脂質ラフトの観察は、蛍光色素染色およびウエスタンブロッティングからなる群より選択される手法により行われる、請求項32に記載の方法。
【請求項35】
前記因子は、幹細胞の同定、濃縮または純化に使用される、請求項32に記載の方法。
【請求項36】
細胞増殖を維持または誘導する因子を同定するためのスクリーニング方法であって、該方法は:
A)該因子の候補物質を提供する工程;
B)該目的の細胞における脂質ラフトを観察する工程;
C)該因子を目的の細胞に暴露させる工程;および
D)該因子への暴露後の該目的の細胞における脂質ラフトを観察し、脂質ラフトの集積を引き起こす因子は、該目的の細胞の増殖を維持または誘導するための因子であると決定する工程、
を包含する、方法。
【請求項37】
幹細胞を休止状態(G期)に維持または誘導するシステムであって、該細胞の膜上のラフトの集積を阻害する手段を備えるシステム。
【請求項38】
幹細胞を休止状態(G期)に維持または誘導する培地であって、該細胞の膜上の脂質ラフトの集積を阻害する因子を含む培地。
【請求項39】
細胞を保存するための培地であって、該細胞の膜上の脂質ラフトの集積を阻害する因子を含む培地。
【請求項40】
幹細胞を濃縮または純化するためのシステムであって、
A)幹細胞を含むか含むと予測される試料を提供する手段;
B)該試料を幹細胞が生存する条件で培養する手段;および
C)該試料を細胞の膜上の脂質ラフトの集積を阻害する条件に暴露する手段
を備える、システム。
【請求項41】
幹細胞を同定、濃縮または純化するための培地であって、該細胞の膜上の脂質ラフトの集積を阻害する因子を含む培地。
【請求項42】
細胞増殖を維持または誘導するシステムであって:該細胞の膜上の脂質ラフトの集積を生じさせるかまたは促進する手段を備える、システム。
【請求項43】
細胞増殖を維持または誘導する培地であって:該細胞の膜上の脂質ラフトの集積を生じさせるかまたは促進する因子を含む培地。
【請求項44】
細胞を休止状態(G期)に維持または誘導するための因子を同定するためのスクリーニングシステムであって、該システムは:
A)該因子の候補物質を提供する手段;
B)該目的の細胞における脂質ラフトを観察する手段;
C)該因子を目的の細胞に暴露させる手段;および
D)該因子への暴露後の該目的の細胞における脂質ラフトを観察し、脂質ラフトの集積阻害を引き起こす因子は、該目的の細胞を休止状態に維持または誘導するための因子であると決定する手段、
を備える、システム。
【請求項45】
細胞増殖を維持または誘導する因子を同定するためのスクリーニングシステムであって、該システムは:
A)該因子の候補物質を提供する手段;
B)該目的の細胞における脂質ラフトを観察する手段;
C)該因子を目的の細胞に暴露させる手段;および
D)該因子への暴露後の該目的の細胞における脂質ラフトを観察し、脂質ラフトの集積を引き起こす因子は、該目的の細胞の増殖を維持または誘導するための因子であると決定する手段、
を備える、システム。
【請求項46】
細胞の膜上の脂質ラフトの集積を阻害する因子の、幹細胞を同定し、あるいはその休止状態(G期)に維持または誘導するための使用。
【請求項47】
細胞の膜上の脂質ラフトの集積を促進する因子の、細胞増殖を促進または誘導するための使用。
【請求項48】
幹細胞を同定する方法であって、該方法は:
A)判定される細胞の膜上の脂質ラフトの集積を観察する工程;および
B)集積が観察されない場合、該判定される細胞が幹細胞であると判定する工程
を包含する、方法。
【請求項49】
前記判定は、前記細胞が未分化細胞であることを確認し、かつ、前記脂質ラフトの集積が観察されない場合に該細胞が幹細胞であると判定する工程を包含する、請求項48に記載の方法。
【請求項50】
幹細胞を同定するシステムであって、該システムは、
A)判定される細胞の膜上の脂質ラフトの集積を観察する手段;および
B)集積が観察されない場合、該判定される細胞が幹細胞であると判定する手段
を備える、システム。
【請求項51】
前記判定は、前記細胞が未分化細胞であることを確認し、かつ、前記脂質ラフトの集積が観察されない場合に該細胞が幹細胞であると判定することを包含する、請求項50に記載のシステム。
【請求項52】
幹細胞を同定するシステムであって、該システムは、
A)判定される細胞の膜上の脂質ラフトの集積を観察するための蛍光色素染色またはウエスタンブロッティングのためのキットを備え、ここで、集積が観察されない場合、幹細胞があると判定することを特徴とする、システム。
【請求項53】
前記判定は、前記細胞が未分化細胞であることを確認し、かつ、前記脂質ラフトの集積が観察されない場合に該細胞が幹細胞であると判定すると判定する工程を包含する、請求項52に記載のシステム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2007−116926(P2007−116926A)
【公開日】平成19年5月17日(2007.5.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−310514(P2005−310514)
【出願日】平成17年10月25日(2005.10.25)
【出願人】(503341675)株式会社リプロセル (13)
【Fターム(参考)】