説明

保湿剤

【課題】スクワレンを必ずしも配合しなくても保湿効果を有する保湿剤を提供すること。
【解決手段】(a)藻類ボトリオコッカスブラウニーから抽出される炭化水素成分、及び/又は(b)前記(a)成分における2重結合部分に水素添加した成分を含む保湿剤。(c)化学式1で表される炭化水素成分、及び/又は(d)前記(c)成分における2重結合部分に水素添加した成分を含む保湿剤。保湿剤には、オリーブオイルを含むことが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、皮膚を保湿するために用いられる保湿剤に関する。
【背景技術】
【0002】
皮膚は、図2に示す構造を有する。皮膚の保湿においては、角質細胞1の外側にある皮脂膜3、細胞間脂質5、それにNMF(Natural Moisturizing Factor、天然保湿成分)7が重要な役割を担っている。角質細胞1の中で、まずはNMF7が水分9と結合し、蒸発しにくい結合水を作る。そして、細胞間脂質5がラメラ構造という層状の構造をとって水分を逃がさないように挟み込む形をつくる。さらに、皮膚表面で皮脂膜3がフタとなり、細胞間脂質5が引き込んだ水分の蒸発を防いでいる。これら、皮脂膜3、細胞間脂質5、NMF7がバランスよく各々の機能を発揮することで肌が保湿される。
【0003】
皮脂膜3の成分は以下のとおりである。
スクワレン:10%
ロウ:22%
脂肪酸:25%
トリグリセリド:25%
モノグリセリド、ジグリセルド:10%
コレステロールエステル:2.5%
コレステロール:1.5%
その他:4%
皮脂膜3を作るのに欠かせないのがスクワレンである。しかしながらスクワレンの分泌量は、女性の場合25才前後をピークに減少する。スクワレンの量が少なくなると、皮脂膜3のバランスが崩れ、保湿の機能が低下し、また、紫外線やほこり等の刺激に負けやすい肌になる。そこで従来、保湿効果を狙う化粧品等には、深海サメ肝臓やオリーブオイル等から抽出したスクワレンを、酸化され難い安定構造のスクワランに変えて添加してきた。
【0004】
例えば、特開2007−191455号公報(特許文献1)には、オリーブ果実から取れるバージンオリーブオイル中に極微量含まれているスクワレンを抽出・精製し、スクワランにして、そのスクワランをバージンオリーブオイルに30〜50%添加すれば、保湿や肌荒れに効果を発揮することが記載されている。また、特開2009−234920号公報(特許文献2)には、数種の脂肪酸やミツロウ、ホホバ油に加えてスクワランを4%添加することで皮膚の保水性が飛躍的に向上することが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2007−191455号公報
【特許文献2】特開2009−234920号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
スクワランは上述した多くの優れた効能のために、これまで、多くの保湿剤や化粧品等に添加されてきた。しかしながら、スクワランの元となるスクワレンの供給源は、深海に住むアイザメと呼ばれるサメの肝臓であり、アイザメは近年乱獲によって個体数が大きく減少している。このようなことから、現在スクワレンの価格は高騰し、さらに将来的にはアイザメの捕獲自体が規制されるのではないかとされている。一方、アイザメ以外にもオリーブ油や米ぬか等にもスクワレンは含まれているが、非常に微量であり、やはり価格的に高コストであるといった問題がある。
【0007】
本発明は以上の点に鑑みなされたものであり、スクワランを必ずしも配合しなくても保湿効果を有する保湿剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の第1の保湿剤は、(a)藻類ボトリオコッカスブラウニーから抽出される炭化水素成分、及び/又は(b)前記(a)成分における2重結合部分に水素添加した成分を含むことを特徴とする。
【0009】
本発明の第1の保湿剤は、保湿性能が高く、また、安全性が高い。本発明の第1の保湿剤において、前記(a)成分と前記(b)成分との合計濃度は、15〜30重量%であることが好ましい。この範囲内であることにより、保湿性能が一層高くなる。なお、(a)成分のみを含み、(b)成分を含まない場合の合計濃度とは、(a)成分の濃度である。また、(b)成分のみを含み、(a)成分を含まない場合の合計濃度とは、(b)成分の濃度である。また、上記の濃度とは、保湿剤の全量を100重量%としたときの濃度である。
前記(b)成分は、(a)成分における2重結合部分の全てに水素添加したものであってもよいし、一部のみに水素添加したものであってもよい。
【0010】
本発明の第2の保湿剤は、(c)化学式1で表される炭化水素成分、及び/又は(d)前記(c)成分における2重結合部分に水素添加した成分を含むことを特徴とする。
【0011】
【化1】

【0012】
本発明の第2の保湿剤は、保湿性能が高く、また、安全性が高い。本発明の第2の保湿剤において、前記(c)成分と前記(d)成分との合計濃度は、15〜30重量%であることが好ましい。この範囲内であることにより、保湿性能が一層高くなる。なお、(c)成分のみを含み、(d)成分を含まない場合の合計濃度とは、(c)成分の濃度である。また、(d)成分のみを含み、(c)成分を含まない場合の合計濃度とは、(d)成分の濃度である。また、上記の濃度とは、保湿剤の全量を100重量%としたときの濃度である。
前記(d)成分は、(c)成分における2重結合部分の全てに水素添加したものであってもよいし、一部のみに水素添加したものであってもよい。
【0013】
本発明の第1の保湿剤、及び第2の保湿剤は、オリーブオイルを含むことが好ましい。オリーブオイルは、例えば、保湿剤の基材とすることができる。オリーブオイルを含むことにより、保湿性能が一層高くなる。本発明の第1の保湿剤、及び第2の保湿剤は、様々な用途に用いることができ、例えば、化粧用保湿剤とすることができる。本発明の第1の保湿剤、及び第2の保湿剤は、皮膚に塗布する方法で用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】ボトリオイル(C3458)の分子構造を表す説明図である。
【図2】皮膚の構造を表す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の実施形態を説明する。
1.保湿剤の製造
(1)炭化水素の抽出
緑藻類である「botoryococcus braunii」(以下ではボトリオコッカスと表記)を、所定の濃度まで培養した後、水中からネット等で回収し、凝縮する。ここで、凝縮とは、水分と藻体とを可能な範囲で分離することを意味する。また、ボトリオコッカスは、独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センターに、受託番号「tsukuba-1 FERM T-22046」において寄託されている。なお、ここで用いたボトリオコッカスは、RaceBと称されるものである。
【0016】
凝縮したボトリオコッカスを、上方か開口した、浅い容器(バット等)に展開し、乾燥させる。乾燥の方法は、温風乾燥であっても、天日乾燥であってもよい。乾燥したボトリオコッカスを、はさみを用いて細断し、ヘキサンに浸漬する。このとき、ボトリオコッカスのオイル分がヘキサンに溶出する。そのヘキサンをエバポレータで分留し、オイル分(炭化水素とトリグリセリド等の脂質)を抽出する。抽出したオイル分を、シリカゲルカラムに通す。このとき、炭化水素のみがシリカゲルカラムを通過する。そして、シリカゲルカラムを通過した炭化水素を得る。
【0017】
得られた炭化水素の組成を、GC−FID、GC−MSにより分析した。ここで、GCはガスクロマトグラフを意味し、FIDは水素炎イオン化検出器を意味し、MSは質量分析計を意味する。また、得られた炭化水素の分子構造を、1H−NMR、13C−NMRにより解析した。ここで、NMRは核磁気共鳴装置である。
【0018】
組成分析及び分子構造解析の結果、得られた炭化水素は、図1に示す分子構造を有するC3458であることが確認できた。以下では、この炭化水素をボトリオイル(C3458)とする。
(2)水素を添加した炭化水素の製造
前記(1)で得られたボトリオイル(C3458)に対し、次のようにして水素を添加した。
【0019】
まず、300mlオートクレーブ反応容器に、Ar気流下、以下の材料を投入した。
ボトリオイル(C3458):28.67g
10%Pd−C(50%含水品):2.87g
酢酸エチル:96ml
次に、オートクレーブ反応容器に水素を3.1MPa充填し、攪拌を開始した。水素の消費とともに水素を追加充填しながら、0.9〜3.3MPaの水素圧の下で攪拌を続けた。このとき、反応初期において少し発熱が生じた。
【0020】
一晩攪拌した後、水素の吸収がそれ以上見られなくなったので、反応を停止した。オートクレーブ反応容器内をArガスで置換した後、反応液をセライトでろ過し、また、触媒(10%Pd−C)をろ過して酢酸エチルで十分に洗浄した。ろ液を減圧濃縮し、残渣を28g得た。この残渣のNMR分析を行ったところ、不飽和炭化水素のピークが消失していた。また、残渣のGC/MS分析を行ったところ、主生成物の分子量は448であった。この残渣が、ボトリオイル(C3458)に水素を添加したもの(以下、水素添加ボトリオオイルとする)である。
(3)保湿剤の製造
ボトリオイル(C3458)とオリーブオイルとを表1に示す配合比で混合して、保湿剤1、保湿剤2を製造した。また、水素添加ボトリオオイルとオリーブオイルとを表1に示す配合比で混合して、保湿剤3、保湿剤4を製造した。
【0021】
また、比較例として、スクワラン(和光純薬工業(株)製)とオリーブオイルとを表1に示す配合比で混合して、保湿剤R1、保湿剤R2を製造した。
【0022】
【表1】

【0023】
2.保湿剤の評価
(1)保湿性能の評価
保湿剤1〜保湿剤4、保湿剤R1、保湿剤R2をパネラ(ヒト)の皮膚に塗布し、塗布から15分後、30分後、45分後、60分後、90分後、120分後にそれぞれ、角質水分量の変化率Aを測定した。角質水分量の変化率Aは、以下の式1で定義される量であり、このAの値が大きいほど、保湿性能が高いことを示す。
【0024】
(式1) A=(B/Bi)×100
ここで、Bは各測定時(塗布から15分後、30分後、45分後、60分後、90分後、120分後)における皮膚電気伝導度であり、Biは保湿剤の塗布直後における皮膚電気伝導度である。B、Biの単位はそれぞれμSであり、Aの単位は%である。Aの測定部位はパネラの前腕内側中央部とし、パネラは肌健常者とした。B、Biの測定には、表皮角質水分測定器SKICON−200EXwpを用いた。各条件(保湿剤の種類、塗布からの時間)において、それぞれ、7人のパネラに対し角質水分量の変化率Aの測定を行い、Aの平均値及び標準偏差を算出した。
【0025】
表2、表3に、各保湿剤を用いた場合の角質水分量の変化率Aの平均値(上段)と、標準偏差(下段)を示す。また、比較対照として、保湿剤の代わりに蒸留水を用いた場合の角質水分量の変化率Aも示す。なお、表2に示すデータは、同じときに取得されたものであり、また、表3に示すデータは、同じときに取得されたものである。
【0026】
【表2】

【0027】
【表3】

【0028】
表2から明らかなように、保湿剤1、保湿剤2における角質水分量の変化率Aは、保湿剤R1、保湿剤R2における角質水分量の変化率Aと同等以上であった。また、保湿剤1、保湿剤2における角質水分量の変化率Aは、蒸留水を塗布した場合の角質水分量の変化率Aよりも顕著に高かった。
【0029】
また、表3から明らかなように、保湿剤3、保湿剤4における角質水分量の変化率Aは、保湿剤R1、保湿剤R2における角質水分量の変化率Aと同等以上であった。また、保湿剤3、保湿剤4における角質水分量の変化率Aは、蒸留水を塗布した場合の角質水分量の変化率Aよりも顕著に高かった
すなわち、保湿剤1〜保湿剤4は、保湿性能において優れていることが確認できた。
(2)安全性の評価(その1)
保湿剤1、保湿剤2の安全性を確認するために、ボトリオイル(C3458)による皮膚パッチテストを行った。具体的には、ボトリオイル(C3458)をモルモットに投与し、投与後48時間までに紅斑・痂皮形成や浮腫形成が見られるかを観察した。投与量は0.03mL/匹とし、n数は3とした。また、比較対照として、ボトリオイル(C3458)の代わりに、スクワレン(和光純薬工業(株)製)、又はスクワラン(和光純薬工業(株)製)を用いて同様のパッチテストを行った。パッチテストの結果を表4に示す。
【0030】
【表4】

【0031】
表4に示されるように、ボトリオイル(C3458)では、紅斑・痂皮形成や浮腫形成は生じなかった。一方、スクワレンでは、紅斑・痂皮形成が生じた。
(3)安全性の評価(その2)
保湿剤3、保湿剤4の安全性を確認するために、水素添加ボトリオオイルを塗布した絆創膏を試験動物の皮膚に貼り付け、パッチテストを実施した。その結果から、一次刺激性インデックス(P.I.I値)を算出した。また、比較対照として、試薬を塗布していない絆創膏を試験動物に貼り付けた場合の一次刺激性インデックスも算出した。パッチテストは、各条件とも、3匹の試験動物(M1〜M3)について行った。パッチテストの結果を表5に示す。
【0032】
【表5】

【0033】
表5に示すように、水素添加ボトリオオイルについての一次刺激性インデックスは全て0.00であり、安全性が高い(紅斑・痂皮形成や浮腫形成が全く生じない)ことが確認できた。
3.保湿剤が奏する効果
保湿剤1〜保湿剤4は、上述した保湿性能の評価結果から明らかなように、スクワランを配合していなくても、保湿性能が非常に高い。また、保湿剤1〜保湿剤4は、上述した安全性の評価結果から明らかなように、安全性が高い。
【0034】
尚、本発明は前記実施形態になんら限定されるものではなく、本発明を逸脱しない範囲において種々の態様で実施しうることはいうまでもない。
例えば、保湿剤1、保湿剤2におけるボトリオイル(C3458)の濃度は、15〜30重量%の範囲で任意に設定できる。また、保湿剤3、保湿剤4における水素添加ボトリオオイルの濃度は、15〜30重量%の範囲で任意に設定できる。
【0035】
また、保湿剤1〜保湿剤4において、オリーブオイルの代わりに、他のオイル、溶剤を用いてもよい。また、保湿剤1〜保湿剤4には、本発明の効果を奏する範囲において、他の成分(例えば、化粧品等に添加される公知の成分)を添加してもよい。
【符号の説明】
【0036】
1・・・角質細胞、3・・・皮脂膜、5・・・細胞間脂質、7・・・NMF、
9・・・水分

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)藻類ボトリオコッカスブラウニーから抽出される炭化水素成分、及び/又は(b)前記(a)成分における2重結合部分に水素添加した成分を含む保湿剤。
【請求項2】
前記(a)成分と前記(b)成分との合計濃度が15〜30重量%であることを特徴とする請求項1に記載の保湿剤。
【請求項3】
(c)化学式1で表される炭化水素成分、及び/又は(d)前記(c)成分における2重結合部分に水素添加した成分を含む保湿剤。
【化2】

【請求項4】
前記(c)成分と前記(d)成分との合計濃度が15〜30重量%であることを特徴とする請求項3に記載の保湿剤。
【請求項5】
オリーブオイルを含むことを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の保湿剤。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2013−35791(P2013−35791A)
【公開日】平成25年2月21日(2013.2.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−174242(P2011−174242)
【出願日】平成23年8月9日(2011.8.9)
【出願人】(000004260)株式会社デンソー (27,639)
【出願人】(504171134)国立大学法人 筑波大学 (510)
【出願人】(510154039)株式会社新産業創造研究所 (3)
【Fターム(参考)】