説明

偏波制御素子

【課題】90°または180°といった大きな位相変化を生じさせることができる小型の偏波(偏光)制御素子を実現する。
【解決手段】基板1上の金属層2には、互いに交差する第1、第2のスリット14,15が設けられる。第1、第2のスリット14,15は、波長以下の周期でそれぞれ形成され、第2のスリット15には誘電体3が埋め込まれる。この結果、第1のスリット14を通過する偏波成分と第2のスリット15を通過する偏波成分との間で、誘電体3の屈折率に応じた位相差を生じさせることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電磁波の偏波を制御する素子に関し、特にマイクロ波、赤外光、および可視光の偏波または偏光を制御する素子に関する。
【背景技術】
【0002】
偏光を制御するための素子は、特定の偏光方向の電界のみを透過あるいは反射させる偏光子、特定の偏光方向の電界を特定の位相量だけ変化させる位相子、そして特定の偏光状態をランダムな偏光状態に変化させる偏光解消素子に分類される。
【0003】
これらの偏光制御素子のうちの位相子として、従来から、有機や無機の複屈折材料を利用したもの、全反射における位相シフトを利用したものなどが知られている。さらに、最近になって、光の波長よりも小さい周期構造による位相変調技術が開発されている。
【0004】
たとえば、特開2006−330108号公報(特許文献1)で開示される技術では、基板上に金属の微小構造の集合である金属微小構造の群が形成されている。このような基板に対して光を照射すると、各金属微小構造に生じる近接場光によって、複数の金属微小構造の間で相互作用が生じる。このとき、入射光の偏光に対して金属微小構造の群が非対称に配列されている場合には、金属微小構造間の近接場光相互作用に異方性が生じる。このため、各金属微小構造からの光が重畳された反射光あるいは透過光の偏光成分にも位相差が生じることになり、出射光における偏光状態が変換される。
【特許文献1】特開2006−330108号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
有機の複屈折材料を用いた位相子は、高分子材料に特有な分子構造の異方性に伴なう屈折率の異方性を利用している。有機材料は安価に利用できるメリットがあるものの耐熱性および耐光性が劣るという問題がある。無機の複屈折材料には水晶や方解石などの結晶を利用したものが挙げられる。いずれも耐熱性や耐光性はあるが、複屈折性が小さいため、素子のサイズが大きくなるという問題がある。
【0006】
一方、全反射を利用した位相子はフレネルプリズムと呼ばれ、全反射時における、s偏光(電界が全反射面と平行な面内にある偏光)とp偏光(s偏光と垂直な偏光)の位相シフト量が異なることを利用している。このタイプの位相子は波長分散の小さい位相量が得られることがメリットであるが、やはり素子のサイズが大きくなるという欠点がある。
【0007】
また、上述の特開2006−330108号公報(特許文献1)で開示されている技術では、位相シフト量が小さく、90°(1/4波長板)または180°(1/2波長板)といった実際のデバイスに利用するための位相シフト量を得るのは困難である。
【0008】
したがって、本発明の目的は、90°または180°といった大きな位相変化を生じさせることができる小型の偏波(偏光)制御素子を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は要約すると、電磁波の偏波を制御する偏波制御素子であって、電磁波を透過する基板と、基板上に設けられ、電磁波を反射する反射層とを備える。ここで、反射層には、複数の第1、第2のスリットが形成される。
【0010】
複数の第1のスリットは、第1の方向に沿って形成される。複数の第1のスリットの各々と隣接する第1のスリットとの中心線の間隔は、電磁波の波長を基板の屈折率で割った値より小さい。
【0011】
複数の第2のスリットは、第2の方向に沿うとともに各々が複数の第1のスリットに交差するように形成される。複数の第2のスリットの各々と隣接する第2のスリットとの中心線の間隔は、電磁波の波長を基板の屈折率で割った値より小さい。そして、複数の第2のスリットの各々には、少なくとも一部の領域に第1の誘電体が埋め込まれる。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、複数の第1のスリットには、第1の方向と垂直な方向に電界が振動する偏波成分が通過する。複数の第2のスリットには、第2の方向と垂直な方向に電界が振動する偏波成分が通過する。ここで、第2のスリットには第1の誘電体が埋め込まれているので、両方向の偏波成分間で誘電体の屈折率に応じた位相差を生じさせることができる。この結果、位相変化の大きい小型の偏波制御素子を実現できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明の実施の形態について図面を参照して詳しく説明する。なお、同一または相当する部分には同一の参照符号を付して、その説明を繰り返さない。また、図解を容易にするために、図中の同一または相当する部分に同一のハッチングを付している。
【0014】
また、本発明の偏波制御素子は、マイクロ波、赤外光、可視光などの電磁波に対して用いられる。以下の各実施の形態の説明では、電磁波および偏波という用語を用いるが、対象とする電磁波の波長が光の領域の場合には、これらの用語は、光および偏光に読替えることができる。
【0015】
[実施の形態1]
図1は、本発明の実施の形態1の偏波制御素子10の構成を模式的に示す斜視図である。
【0016】
また、図2は、図1の偏波制御素子10の正面図であり、図3は、図1の偏波制御素子10の上面図である。図1〜図3において、基板1の主面1Aに平行な方向をx方向およびy方向とし、基板1の主面1Aに垂直な方向をz方向とする。また、以下の図面では図解を容易にするために同一または相当する部分に同一のハッチングを付している。
【0017】
図1〜図3を参照して、偏波制御素子10は、石英ガラスなどの基板1と、基板1の主面1A上に形成された金属層2とを含む。基板1は偏波制御素子10に入射された電磁波に対して透明であることが望ましい。金属層2は入射された電磁波を反射する反射層として用いられる。
【0018】
金属層2には、x方向に沿う複数の第1のスリット14と、y方向に沿う複数の第2のスリット15とが形成される。複数の第1のスリット14と複数の第2のスリット15とは互いに交差して格子状に形成される。金属層2は、これらの第1のスリット14および第2のスリット15によって、x、y方向に行列状に並ぶ複数の金属ブロック2(本発明の反射部)に分割される。以下では、x方向を金属ブロック2の行方向、y方向を金属ブロック2の列方向とも称する。
【0019】
なお、図1では、簡単のために、6本の第1のスリット14、3本の第2のスリット15を図示している。実際の偏波制御素子10の金属層2には多数の第1、第2のスリット14、15が形成される。
【0020】
実施の形態1の偏波制御素子10では、第1のスリット14と第2のスリット15とは直交している。また、第1、第2のスリット14,15は、それぞれ一定の幅、一定の周期で形成される。第1、第2のスリット14、15の周期は、偏波制御素子10に入射された電磁波の波長を基板の屈折率で割った値より小さく設定される。
【0021】
金属ブロック2は、x方向の大きさがDx、y方向の大きさがDy、z方向の厚みがLzの略直方体の形状を有する。ここで、第1のスリット14の幅をWyとし、第2のスリット15の幅をWxとすれば、互いに隣接する第1のスリット14の中心線間の距離(第1のスリット14の周期)は、Ly=Dy+Wyとなる。同様に、互いに隣接する第2のスリット15の中心線間の距離(第2のスリット15の周期)は、Lx=Dx+Wxとなる。
【0022】
各第2のスリット15には、さらに、複数の第1スリット14との交差部分17を含めた全領域に第1の誘電体3が埋め込まれる。次に説明するようにこの誘電体3によって、第1、第2のスリット14、15をそれぞれ通過する電磁波の偏波成分に位相差を生じさせることができる。
【0023】
図4は、実施の形態1の偏波制御素子10の動作を説明するための図である。以下、図4を参照して、偏波制御素子10の動作について詳述する。
【0024】
偏波(偏光)とは、電磁波の電界(あるいはそれと直交するの磁界)の振動方向が空間的に偏った状態にあることを示す。電界が振動する方向には電磁波の進行方向に対して垂直で互いに直交する独立な2つの方向があり、電磁波の偏光状態は、この2つの方向の電界の重ね合わせとして表わすことができる。したがって、任意の偏波状態は、これらの独立な2方向の振幅の比と位相差で決定される。たとえば、直線偏波は2つの方向の振動の位相差が0である状態を表わす。また、円偏波は2つの方向の振幅が等しく、位相差が90°である状態を示している。
【0025】
図4は、基板に垂直な方向11(金属層2が形成された基板1の主面1A側から裏面側の方向)に電磁波が入射する場合を示す。図4の場合、入射電磁波の電界12は、電磁波の進行方向k(kは波数ベクトルの方向を示す。)に垂直に振動する直線偏波である。このとき、電磁波の電界12は、x方向に電界が振動する偏波成分Exとy方向に電界が振動する偏波成分Eyとの和で表わされる。直線偏波の場合、x方向の偏波成分Exとy方向の偏波成分Eyとの位相差は0である。
【0026】
入射電磁波は、偏波制御素子10によって偏波成分が制御される。図4の場合、偏波制御素子10を透過した電磁波の電界13は、電磁波の進行方向に向かって右回りに旋回する右旋偏波となっている。このような偏波制御素子10の特性は、金属層2に形成されたスリット14,15における電磁波の伝播特性に基づいている。そこで、まず、一方向にスリットが形成されている偏光子の電磁波の伝播特性について図5を参照して説明する。
【0027】
図5は、偏波制御素子10の比較例としての偏光子50の構成を模式的に示す斜視図である。図5の偏光子50は、ワイヤグリッド偏光子(wire grid polarizer)と呼ばれる。
【0028】
図5を参照して、偏光子50は、透光性の基板1と、基板1の主面上に形成された金属層2Aとを含む。金属層2Aは、y方向に沿ったスリット15が形成されることによって、複数の金属ブロック2Aに分割される。
【0029】
偏光子50の特性は、入射される電磁波の波長λとスリット15の周期Lxとの大小関係によって異なる。なお、基板1中では、電磁波の波長が屈折率の分だけ短くなるので、正確には、電磁波の波長λを基板の屈折率で割った値とスリットの周期Lxとを対比する必要がある。以下の説明では、簡単のために基板1の屈折率を1とする。
【0030】
スリットの周期Lxが電磁波の波長λより大きい場合には、偏光子50は回折格子として機能する。スリットの周期Lxが電磁波の波長λより短くなると、λ=Lx×sinθを満足するθが存在しないので、偏光子50は分光作用を持たなくなる。スリットの周期Lxが波長λより短い場合には、偏光作用が顕著に現れる。
【0031】
スリットに電磁波が入射する場合、スリット15に平行な方向に電界Eyを有する偏波は、その波長がスリット幅Wxの2倍より短くないとスリット15内を伝播することができない。したがって、スリット15に平行な方向に電界Eyを有する偏波は、その波長がスリット幅Wxより長くなるにつれて、ほとんどすべてが反射されてしまう。一方、スリット15に垂直な方向に電界Exを有する偏波は、その波長がスリット15の幅Wxより長くなってもスリット内の伝播が制限されない。ここで、スリット内を伝播可能な偏波であっても、スリットが単一の場合には、その大部分は金属層の表面で反射されてしまうけれども、多数のスリットを周期的に配列することによって、効率的に電磁波をスリット内に導くことが可能となる。こうして、図5に示すように電磁波の進行方向k(kは波数ベクトルの方向を示す。進行方向kは、基板1に垂直方向11である。)に垂直に振動する電界12のうち、スリットに垂直な方向の偏波成分16がスリットを通過することになる。
【0032】
偏光子50の特性は、金属層2A中の自由電子の応答によっても説明できる。導体中の自由電子は、電磁波を受けるとそれに同期して振動する。したがって、スリット15に平行な方向に電界を有する直線偏波は、各金属ブロック2A内の自由電子の振動によって遮蔽されるので、ほとんど反射されることになる。一方、スリット15に垂直な方向に電界を有する直線偏波の場合には、自由電子の動きがスリット15によって阻止されることになる。したがって、スリット15に垂直な方向に電界を有する直線偏波の大部分がスリット15を通り抜ける。このような特性は、x、yの両方向に格子状にスリットが配置されている場合でも成り立つ。
【0033】
再び図4を参照して、偏波制御素子10には、互いに直交したx方向とy方向とに平行なスリット14,15が設けられている。スリット14,15の周期Ly,Lxは、x、y方向ともに電磁波の波長λよりも短い。ここで、進行方向に垂直な方向に電界が振動する直線偏波が基板1に垂直に入射する場合を考える。なお、以下では、金属層2が配置された2次元面(xy平面)に垂直に電磁波が入射するものとするが、電磁波が2次元面に傾いていて入射しても扱いは変わらない。
【0034】
上述したスリットの伝播特性により、x方向に平行な偏波成分はy方向に平行な第2のスリット15内を伝播し、y方向に平行な偏波成分は、x方向に平行な第1のスリット14内を伝播する。さらに、誘電体3がy方向に平行な第2のスリット15にのみ埋め込まれている。よって、誘電体の屈折率をn、電磁波の波長をλ、金属ブロック2の厚さ(スリット内での電磁波の伝播距離に等しい。)をLzとすると、誘電体3が埋め込まれた第2のスリット15内の伝播に伴なう位相シフト量φxは、
【0035】
【数1】

【0036】
となる。ただし、πは円周率である。一方、誘電体が埋め込まれていない第1のスリット14内の伝播に伴なう位相シフト量φyは
【0037】
【数2】

【0038】
となる。したがって、第1、第2のスリット14,15内の伝播に伴ない、複数の金属ブロック2の裏面において生じるx方向に平行な偏波成分とy方向に平行な偏波成分の間の位相差Δφは、
【0039】
【数3】

【0040】
となる。この結果から、たとえば、図4のように、直線偏波12の電磁波が入射した場合には、式(3)においてΔφ=0.5φとなるとように金属ブロック2の厚さLzと誘電体3の屈折率nの素子を作製すれば、出射する電磁波は円偏波13になる。
【0041】
上述の結果は、スリットの幅Wx,Wyが、スリットの周期Lx,Lyに比べて十分に小さい場合に成り立つ。より正確な位相差Δφの関係式の導出には、第1のスリット14と第2のスリット15との交差部分17を考慮する必要がある。
【0042】
本件発明者らの検討によれば、y方向に平行な偏波成分は、第1、第2のスリットの交差部分17にも、第1のスリット14の幅Wyに等しい幅Wyで伝播することが解明している。したがって、第1のスリット14の平均的な有効屈折率は、金属ブロック2で挟まれた長さDxの部分の空気の屈折率1と、交差部分17に対応する長さWxの誘電体3の屈折率nとを平均化した値になる。よって、上式(2)、(3)は、次式(4)、(5)のようにそれぞれ修正される。
【0043】
【数4】

【0044】
以上のように、実施の形態1の偏波制御素子10によれば、任意の偏波を有する入射電磁波は、誘電体が埋め込まれた空隙のみを通過する偏波成分と、それと直交して空気の空隙のみを通過する偏波成分とに分かれる。それぞれの偏波成分において有効屈折率が異なるので、偏波制御素子10を通過後の両偏波成分に大きな位相差が生じる。さらに、誘電体の種類および厚みを変えることにより、屈折率異方性の設計が可能である。偏波制御素子10は、たとえば、近赤外、可視光用の偏光制御板(1/2波長板、1/4波長板)として用いることができる。
【0045】
上述の説明において、金属ブロック2の厚みと誘電体3の厚みとが異なっていても、偏波制御素子10は位相子として機能する。誘電体3の厚みが金属ブロック2の厚みよりも厚い場合には、スリットの外側で電磁波は広がるので、スリットからはみ出した誘電体3の部分は位相子の機能にほとんど影響しない。したがって、この場合、上式(3)、(5)のLzは金属ブロック2の厚みとしてよい。逆に、スリットに埋め込まれた誘電体3の厚みが金属ブロック2の厚みより薄い場合には、上式(3)、(5)のLzは誘電体3の厚みとしてよい。
【0046】
また、第1、第2のスリット14,15の周期は、それぞれ一定でなくも偏波(偏光)作用は生じる。しかし、スリットの周期が一定のほうが、電磁波の透過率が大きくなり、また、電磁波の透過率も空間的に一様となり、好ましい位相子の特性が得られる。
【0047】
また、第1、第2のスリット14,15の方向は、必ずしも直交していなくても位相子として機能する。しかし、第1、第2のスリット14,15の方向が互いに直交しているほうが、電磁波の位相の変換効率がよいと考えられる。
【0048】
また、金属ブロック2の厚みLzの厚みの下限は、電磁波が透過しない程度の厚みが必要である。金属ブロック2の厚みLzの上限は、スリットの導波損失で決まる。導波損失にはスリットの作製制度に依存した構造揺らぎによる散乱、および電磁波の波長に依存した金属による電磁波吸収などが考えられる。
【0049】
次に、偏波制御素子10の具体的な数値計算例について説明する。
図6は、偏波制御素子10による位相シフトの数値計算結果を示すグラフである。図6の縦軸は、x方向に平行な偏波成分とy方向に平行な偏波成分の位相シフトの差Δφを表わす。図6の横軸は、誘電体3の屈折率nを表わす。
【0050】
先に述べたように、誘電体3の屈折率n、あるいは金属ブロック2の厚さLzを変えることにより、偏波状態の制御が可能である。図6は、誘電体3の屈折率nを変えたときの位相シフトΔφを示す。このデータ(図6の黒点)は、電磁波の波長としてマイクロ波領域の500mmを用いた場合について、有限差分時間領域法によって計算したものである。光領域の500nmの波長の電磁波を用いた場合も同様の結果を確認している。
【0051】
数値計算に用いたパラメータは、次のとおりである。光領域の場合、金属ブロックの寸法は、Dx=230nm、Dy=110nm、Lz=300nmであり、第1、第2のスリットの幅は、どちらも20nmである。また、マイクロ波領域の場合、金属ブロックの寸法は、Dx=230mm、Dy=110mm、Lz=300mmであり、第1、第2のスリットの幅は、どちらも20mmである。マイクロ波領域および光領域のいずれの場合も、電磁波は基板1に垂直に入射される。また、誘電体3の厚みと金属ブロック2の厚みとは等しい。
【0052】
金属ブロックの複素誘電関数は、ドルーデモデルに従って与えられる。ドルーデモデルによれば、電磁波の角周波数ωに対する比誘電率εは、プラズマ周波数をωpとし、電子の緩和時間を1/Γとし、虚数単位をiとして、次式で表わされる。
【0053】
【数5】

【0054】
数値計算では、上式において、Γ=1.94e+13rad/s、ωp=3.57e+15rad/s(ただし、eは10の累乗を表わす。)とした。この場合、金属ブロックの特性は、光領域では有限の導電率の金属、マイクロ波領域では完全導体と考えることができる。
【0055】
図6に示すように、誘電体3の屈折率nに対する位相差Δφの依存性は、図6に実線で示した式(3)と一致する。ここで、式(3)では、数値計算のパラメータに合わせて、金属ブロック2の厚さLzを波長λの0.6倍としている。
【0056】
図7は、偏波制御素子10の製造工程の一例を説明するための図である。以下、図7(A)〜(E)を参照して、偏波制御素子10の製造工程について説明する。
【0057】
まず、図7(A)、(B)に示すように、基板1の主面1A上の全面に誘電体3を製膜する。その後、誘電体3の表面にフォトレジスト4Aを塗布して、電子ビームリソグラフィなどによって幅Wxのライン状にパターニングする。図(B)は図(A)の上面図である。
【0058】
基板1は、使用する電磁波の波長に対して透明で複屈折性のないものが望ましい。たとえば、マイクロ波では、プラスティックやセラミクス、赤外領域ではシリコン、可視光領域では石英ガラスを含む基板が利用できる。誘電体3は基板1と同様に、使用する波長に対して透明であるものが望ましい。たとえば、マイクロ波では低温で焼結可能なセラミクス、赤外あるいは可視領域ではゾルゲルガラス、ナノ粒子を分散した高分子材料などが、屈折率の調整可能な透明な誘電体として利用可能である。
【0059】
次に、パターニングしたフォトレジスト4Aをマスクとして、誘電体3をエッチングする。エッチングの方法として、たとえば、反応性プラズマエッチングなどの異方性エッチングを用いる。エッチング後にフォトレジスト4Aを除去することによって、図7(C)に示すように、ライン状の誘電体3が基板1上に形成される。
【0060】
次に、金属ブロック2をリフトオフ法によって形成する。このため、図7(D)に示すように、電子ビームリソグラフィなどによって、格子状のスリットが形成される位置(金属ブロック2と逆パターンの位置)にレジストパターン4Bを形成する。図の縦方向のレジストパターンは、図7(C)で形成したライン状の誘電体3の上に形成される。
【0061】
次に、金属ブロック2として用いられる金属材料を真空蒸着法などにより基板1の主面側の全面に製膜する。金属材料としては、たとえば、金、銀、銅、アルミニウム、ニッケル、クロム、白金、およびこられの材料からなる合金など、導電率の大きい材料であればよい。電磁波の波長がマイクロ波領域であれば、キャリア密度の大きい半導体も利用可能である。
【0062】
次に、レジスト4B上に堆積した不要な金属層をレジストとともに除去することによって、図7(E)に示す偏波制御素子10が形成される。
【0063】
[実施の形態1の変形例]
図8は、実施の形態1の変形例の偏波制御素子10Aの構成を模式的に示す正面図である。図8の偏波制御素子10Aは、第2のスリット15のうち第1のスリット14との交差部分17を除いた領域に誘電体3Aが埋め込まれている点で、図1〜図3に示す偏波制御素子10と異なる。その他の点については、前述の偏波制御素子10と同様であるので、共通する部分には同一の参照符号を付して説明を繰返さない。
【0064】
図8を参照して、スリットの幅Wx,Wyがスリットの周期Lx,Lyに比べて十分に小さい場合には、偏波制御素子10Aの特性は前述の偏波制御素子10の特性と同様である。すなわち、基板1に垂直に直線偏波が入射したとき、透過した電磁波のx方向に平行な偏波成分とy方向に平行な偏波成分の間の位相差Δφは、(3)式で与えられる。
【0065】
第1のスリット14と第2のスリット15との交差部分17を考慮した場合には、前述の式(1)、(3)が次式(7)、(8)のようにそれぞれ修正される。
【0066】
【数6】

【0067】
上式の導出では、x方向に平行な偏波成分の電磁波が、第1、第2のスリットの交差部分17にも、第2のスリット15の幅Wxに等しい幅Wxで伝播すると考える。そして、第2のスリット15の平均的な有効屈折率を、金属ブロック2で挟まれた長さDyの誘電体3の屈折率nと、交差部分17に対応する長さWyの空気の屈折率1との平均として与える。
【0068】
図9は、実施の形態1の他の変形例の偏波制御素子10Bの構成を模式的に示す正面図である。図9の偏波制御素子10Bは、第1のスリット14のうち第2のスリット15との交差部分17を除いた領域に誘電体3Bが埋め込まれている点で、図1〜図3に示す偏波制御素子10と異なる。その他の点については、前述の偏波制御素子10と同様であるので、共通する部分には同一の参照符号を付して説明を繰返さない。
【0069】
図9を参照して、第2のスリット15に埋め込まれた誘電体3の屈折率をn1とし、第1のスリット14に埋め込まれた誘電体3Bの屈折率をn2とする。屈折率n1は、屈折率n2より大きいとする。この場合、基板1に垂直に直線偏波が入射したとき、透過した電磁波のx方向に平行な偏波成分とy方向に平行な偏波成分の間の位相差Δφは、次式で与えられる。ただし、スリットの幅Wx,Wyは、スリットの周期Lx,Lyに比べて十分に小さいとする。
【0070】
【数7】

【0071】
上述のように、スリットへの誘電体の埋め込み方にはいろいろなバリエーションが考えられる。たとえば、電磁波の波長よりも短い周期で誘電体の部分と空気の部分とが繰返される場合にも、第2のスリット15の有効屈折率は第1のスリット14と異なることになる。したがって、このように第2のスリット15に部分的に誘電体が埋め込まれている場合にも、偏波制御素子10は位相子として機能する。
【0072】
[実施の形態2]
実施の形態2では、スリットに埋め込む誘電体として電界により屈折率が変化する材料を用いる。各金属ブロック2は電極として用いられ、誘電体を挟む金属ブロック間に電圧を印加することによって、偏波制御素子を通過する電磁波の偏波状態を印加電圧に応じて変化させることができる。
【0073】
図10は、本発明の実施の形態2の偏波制御素子10Cの構成を模式的に示す上面図である。
【0074】
また、図11は、偏波制御素子10Cの構成を模式的に示す斜視図である。図12は、図11の偏波制御素子10Cのうち基板1および透明電極5の部分を示す斜視図である。図10〜図12においても、基板1の主面1Aに平行な方向をx方向およびy方向とし、基板1の主面1Aに垂直な方向をz方向とする。また、図10、図11では簡単のために、4行6列の金属ブロック2を図示しているけれども、実際の偏波制御素子10Cでは多数の金属ブロック2が行列状に配列される。
【0075】
図10〜図12を参照して、偏波制御素子10Cは、金属ブロック2と同一の幅Dxでy方向に延びる複数個の透明電極5をさらに含む点で、実施の形態1の偏波制御素子と異なる。各透明電極5は、y方向に並ぶ金属ブロック2の列2.1〜2.4に対応して設けられ、各列2.1〜2.4ごとに金属ブロック2と基板1との間に形成される。したがって、各透明電極5は、対応する列の金属ブロック2とのみ接続されるので、列方向に並ぶ複数の金属ブロック2に共通の電圧を印加することができる。
【0076】
透明電極5は、対象とする電磁波に対して透明であることが望ましい。透明電極5として、可視光の領域では、たとえば、ITO(Indium Tin Oxide:酸化インジウム・スズ)を用いることができる。また、マイクロ波、赤外線領域では、半導体に適当な濃度の不純物をドープした材料を用いることができる。たとえば、ゲルマニウムに少量のガリウムをドープした半導体結晶(Ge:Ga)にイオン注入によってホウ素をドープした材料などを用いることができる。
【0077】
偏波制御素子10Cは、さらに、第2のスリット15に埋め込まれた誘電体3Cとして、電界により屈折率が変化する材料が用いられる点において、実施の形態1の偏波制御素子10と異なる。誘電体3Cは、第1、第2のスリット14,15の境界部分17を含めて、隣接する金属ブロック2の間および隣接する透明電極5の間に、基板1の表面に到達するまで埋め込まれる。誘電体3Cとして、たとえば、液晶などの有機材料、ニオブ酸リチウム(LiNbO3)などの無機の非線形光学結晶を用いることができる。
【0078】
なお、偏波制御素子10のその他の点については、実施の形態1の偏波制御素子10と共通するので、共通する部分については同一の参照符号を付して説明を繰返さない。
【0079】
透明電極5が設けられることによって、金属ブロック2の各列2.1〜2.4に対して交互に電圧を印加すれば、隣接する列の間に設けられた第2のスリット15に電界が一様に形成される。具体的には、直流電源6を設けて、直流電源6の正極と奇数番目の列2.1,2.3とを接続し、直流電源6の負極と偶数番目の列2.2,2.4とを接続する。これにより、2次元金属ブロック2の偏波制御特性を損なわずに誘電体3Cに電界を印加することができる。そして、電界の印加によって誘電体3Cの屈折率が変化するので偏波状態を制御できる。
【0080】
なお、第1のスリット14を通過した電磁波は、透明電極5を通過するときには広がるので、透明電極5の屈折率は偏波制御特性にはほとんど影響を及ぼさない。
【0081】
また、透明電極5の幅は必ずしも金属ブロックと同一の幅Dxでなくてもよい。各列2.1〜2.4の金属ブロック2が電気的に接続できればよいので、金属ブロックの幅Dxより狭くても構わない。
【0082】
図13は、偏波制御素子10Cの製造工程の一例を説明するための図である。以下、図13(A)〜(F)を参照して、偏波制御素子10Cの製造工程について説明する。
【0083】
まず、図13(A)に示すように、基板1の主面1A上の全面にITOなど透明電極5用の材料を製膜する。さらに、製膜したITO層の上に、電子ビームリソグラフィーなどにより、幅Dxでy方向に延びる透明電極5の形状にパターニングされたフォトレジスト4Cを形成する。
【0084】
次に、フォトレジスト4Cをマスクとして、反応性プラズマエッチングなどによりITO層をエッチングする。エッチング後にフォトレジスト4Cを除去することによって、図13(B)に示すように、基板1上に列方向に並ぶ複数の透明電極5が形成される。
【0085】
次に、図13(C)に示すように、透明電極5が形成された基板1の主面1A側の全面に誘電体膜3Cを製膜する。製膜した誘電体膜3Cの上に、さらに、電子ビームリソグラフィなどにより、ライン状にパターンニングされたフォトレジスト4Aを形成する。フォトレジスト4Aは、フォトレジスト4Cの逆パターンになっているので、透明電極5の上層には形成されない。
【0086】
この後、パターニングしたフォトレジスト4Aをマスクとして、反応性プラズマエッチングなどにより誘電体3をエッチングする。エッチング後にフォトレジスト4Aを除去することによって、図13(D)に示すように、ライン状の誘電体3Cと透明電極5とが基板1上に交互に並んだ形状が形成される。
【0087】
次に、金属ブロック2をリフトオフ法によって形成する。このため、図13(E)に示すように、電子ビームリソグラフィなどによって、格子状のスリットが形成される位置(金属ブロック2と逆パターンの位置)にレジストパターン4Bを形成する。次に、金属ブロック2として用いられる金属材料をレジストパターン4Bの上から真空蒸着法などにより基板1の主面側の全面に製膜する。この後、レジスト4B上に堆積した不要な金属層をレジストとともに除去することによって、図13(F)に示すように、偏波制御素子10Cが形成される。
【0088】
今回開示された実施の形態はすべての点で例示であって制限的なものでないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて請求の範囲によって示され、請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【図面の簡単な説明】
【0089】
【図1】本発明の実施の形態1の偏波制御素子10の構成を模式的に示す斜視図である。
【図2】図1の偏波制御素子10の正面図である。
【図3】図1の偏波制御素子10の上面図である。
【図4】実施の形態1の偏波制御素子10の動作を説明するための図である。
【図5】偏波制御素子10の比較例としての偏光子50の構成を模式的に示す斜視図である。
【図6】偏波制御素子10による位相シフトの数値計算結果を示すグラフである。
【図7】偏波制御素子10の製造工程の一例を説明するための図である。
【図8】実施の形態1の変形例の偏波制御素子10Aの構成を模式的に示す正面図である。
【図9】実施の形態1の他の変形例の偏波制御素子10Bの構成を模式的に示す正面図である。
【図10】本発明の実施の形態2の偏波制御素子10Cの構成を模式的に示す上面図である。
【図11】偏波制御素子10Cの構成を模式的に示す斜視図である。
【図12】図11の偏波制御素子10Cのうち基板1および透明電極5の部分を示す斜視図である。
【図13】偏波制御素子10Cの製造工程の一例を説明するための図である。
【符号の説明】
【0090】
1 基板、1A 主面、2 金属層(金属ブロック)、3,3A,3B,3C 誘電体、5 透明電極、10,10A〜10C 偏波制御素子、14 第1のスリット、15 第2のスリット、17 スリットの交差部分、22,23 連結部、Lx,Ly スリットの周期、Wx,Wy スリットの幅。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電磁波の偏波を制御する偏波制御素子であって、
前記電磁波を透過する基板と、
前記基板上に設けられ、前記電磁波を反射する反射層とを備え、
前記反射層には、第1の方向に沿って複数の第1のスリットが形成され、
前記複数の第1のスリットの各々と隣接する第1のスリットとの中心線間の間隔は、前記電磁波の波長を前記基板の屈折率で割った値より小さく、
前記反射層には、第2の方向に沿うとともに各々が前記複数の第1のスリットに交差する複数の第2のスリットがさらに形成され、
前記複数の第2のスリットの各々と隣接する第2のスリットとの中心線間の間隔は、前記電磁波の波長を前記基板の屈折率で割った値より小さく、
前記複数の第2のスリットの各々には、少なくとも一部の領域に第1の誘電体が埋め込まれる、偏波制御素子。
【請求項2】
前記電磁波は、マイクロ波、赤外光、および可視光のいずれか1つである、請求項1に記載の偏波制御素子。
【請求項3】
前記複数の第1のスリットの各々の幅、および互いに隣接する第1のスリットの中心線間の間隔は、それぞれ一定であり、
前記複数の第2のスリットの各々の幅、および互いに隣接する第2のスリットの中心線間の間隔は、それぞれ一定である、請求項1または2に記載の偏波制御素子。
【請求項4】
前記第2のスリットの各々には、前記複数の第1スリットとの交差部分を含めた全領域に前記第1の誘電体が埋め込まれる、請求項3に記載の偏波制御素子。
【請求項5】
前記第1の方向と前記第2の方向とは直交し、
前記電磁波として、前記第1、第2の方向に電界がそれぞれ振動する互いに同位相の波長λの2つの直線偏波が、前記基板に垂直に入射した場合に、前記偏波制御素子を通過した2つの直線偏波間に所望の位相差Δφを得るために、前記位相差Δφと、前記第1の誘電体の屈折率nと、前記反射層および前記第1の誘電体の厚みLzと、前記複数の第2のスリットの各々の幅Wxと、隣接する第2のスリットの中心線間の間隔Lxとが、次式
【数1】

の関係を満足する、請求項4に記載の偏波制御素子。
【請求項6】
前記第2のスリットの各々には、前記複数の第1のスリットとの交差部分を除いた全領域に前記第1の誘電体が埋め込まれる、請求項3の記載の偏波制御素子。
【請求項7】
前記第1の方向と前記第2の方向とは直交し、
前記電磁波として、前記第1、第2の方向に電界がそれぞれ振動する互いに同位相の波長λの2つの直線偏波が、前記基板に垂直に入射した場合に、前記偏波制御素子を通過した2つの直線偏波間に所望の位相差Δφを得るために、前記位相差Δφと、前記第1の誘電体の屈折率nと、前記反射層および前記第1の誘電体の厚みLzと、前記複数の第1のスリットの各々の幅Wyと、隣接する第1のスリットの中心線間の間隔Lyとが、次式
【数2】

の関係を満足する、請求項6に記載の偏波制御素子。
【請求項8】
前記第1のスリットの各々には、前記複数の第2のスリットとの交差部分を除いた領域の少なくとも一部に、前記第1の誘電体と屈折率の異なる第2の誘電体が埋め込まれる、請求項1〜3のいずれか1項に記載の偏波制御素子。
【請求項9】
前記第1の誘電体は、電界に応じて屈折率が変化し、
前記反射層は、前記複数の第1、第2のスリットによって、行列状に並ぶ複数の反射部に分離され、
前記複数の反射部の各々は、前記第1の方向に隣接する反射部との間に設けられた前記第1の誘電体に電界をかけるための電極である、請求項1〜7のいずれか1項に記載の偏波制御素子。
【請求項10】
前記偏波制御素子は、前記第2の方向に沿って配列された複数の反射部の列ごとに対応して設けられる複数の透明電極をさらに備え、
前記複数の透明電極の各々は、対応する列の複数の反射部とのみ接続され、
前記複数の透明電極の各々は、前記電磁波を透過する、請求項9に記載の偏波制御素子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【公開番号】特開2009−192609(P2009−192609A)
【公開日】平成21年8月27日(2009.8.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−30448(P2008−30448)
【出願日】平成20年2月12日(2008.2.12)
【出願人】(000006013)三菱電機株式会社 (33,312)
【Fターム(参考)】