説明

光増感色素、色素増感光電変換素子、電子機器および建築物

【課題】熱色素増感光電変換素子に用いた場合に光電変換効率の低下を防止することができる光増感色素およびこの光増感色素を用いた色素増感光電変換素子を提供する。
【解決手段】多孔質光電極と対極間に電解質層を設け、多孔質光電極に光増感色素が結合した色素増感光電変換素子で、光増感色素として下式等の官能基にカルボキシ基、配位子にチオシアネート配位子を2つ有するポリピリジンルテニウム錯体のチオシアネート配位子のうち少なくも1つをN−ブチルベンズイミダゾール基で置換したものを用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この開示は、光増感色素、色素増感光電変換素子、電子機器および建築物に関し、特に、色素増感太陽電池に用いて好適な光増感色素、この光増感色素を用いる色素増感光電変換素子、この色素増感光電変換素子を用いる電子機器およびこの色素増感光電変換素子を用いる建築物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
太陽光を電気エネルギーに変換する光電変換素子である太陽電池は太陽光をエネルギー源としているため、地球環境に対する影響が極めて少なく、より一層の普及が期待されている。
【0003】
従来より、太陽電池としては、単結晶または多結晶のシリコンを用いた結晶シリコン系太陽電池および非晶質(アモルファス)シリコン系太陽電池が主に用いられている。
【0004】
一方、1991年にグレッツェルらが提案した色素増感太陽電池は、高い光電変換効率を得ることができ、しかも従来のシリコン系太陽電池とは異なり製造の際に大掛かりな装置を必要とせず、低コストで製造することができることなどにより注目されている(例えば、非特許文献1参照。)。
【0005】
この色素増感太陽電池は、一般的に、光増感色素を結合させた酸化チタンなどからなる多孔質電極と白金などからなる対極とを対向させ、それらの間に電解液からなる電解質層が充填された構造を有する。電解液としては、ヨウ素やヨウ化物イオンなどの酸化・還元種を含む電解質を溶媒に溶解したものが多く用いられる。
【0006】
従来の色素増感太陽電池においては、多孔質電極に結合させる光増感色素は、ポリピリジンルテニウム(Ru)錯体系の光増感色素が主流である。このポリピリジンルテニウム錯体系の光増感色素には、配位子としてチオシアネート配位子(−NCS基)を複数有するものが一般的である。その代表例として下記式で表されるZ907と呼ばれる光増感色素
【化1】

や、N719と呼ばれる光増感色素
【化2】

や、C106と呼ばれる光増感色素
【化3】

や、Z991と呼ばれる光増感色素
【化4】

などがある。
【0007】
これらの色素の他にも、色素増感太陽電池の光電変換性能を向上させるために、多種多様な光増感色素が提案されている(例えば、特許文献1参照。)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2009−200028号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Nature,353,p.737-740,1991
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
また、色素増感太陽電池の光電変換性能の向上には、電解液に添加剤を加えることが有効であるということも知られている。電解液の添加剤としては、例えば、ルベンズイミダゾール(NBB)などが挙げられる。特に、光増感色素をポリピリジンルテニウム錯体系の色素とした色素増感太陽電池の電解液にN−ブチルベンズイミダゾールを添加すると、従来の色素増感太陽電池と比較して光電変換効率の経時劣化が抑制されることが知られている。
【0011】
しかしながら、上記の構成の色素増感太陽電池は経時耐久性は向上しているものの、未だに実用上十分な経時耐久性を有しているとは言えない。
【0012】
そこで、この発明が解決しようとする課題は、熱や電解液などに対して安定で、色素増感太陽電池などの色素増感光電変換素子に用いた場合に経時劣化による光電変換効率の低下を防止することができる新規な光増感色素を提供することである。
【0013】
この発明が解決しようとする他の課題は、上記のような優れた光増感色素を用いた色素増感光電変換素子を提供することである。
【0014】
この発明が解決しようとするさらに他の課題は、上記のような優れた光電変換素子を用いた高性能の電子機器を提供することである。
【0015】
この発明が解決しようとするさらに他の課題は、上記のような優れた光電変換素子を用いた建築物を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記課題を解決するために、この開示は、
少なくとも1つのチオシアネート配位子を有するポリピリジンルテニウム錯体のチオシアネート配位子のうち、少なくとも1つを中性配位子で置換してなる光増感色素である。
【0017】
この開示におけるポリピリジンルテニウム錯体は、官能基としてカルボキシ基を有し、配位子としてチオシアネート配位子を少なくとも1つ有するものが好ましく、また、官能基としてカルボキシ基を有し、配位子としてチオシアネート配位子を少なくとも2つ有するものがより好ましく、具体的には、例えば、ビピリジンルテニウム錯体やターピリジンルテニウム錯体などが挙げられる。ビピリジンルテニウム錯体であれば、4,4’−ジカルボキシ−2,2’−ビピリジンまたは4,4’,4”−トリカルボキシ−2,2’,2”テルピリジンを表面固定用の配位子として少なくとも1つ有することが好ましい。特に、ビピリジンルテニウム錯体が、4,4’−ジカルボキシ−2,2’−ビピリジンを配位子として1つ有し、チオシアネート配位子を2つ有する場合にあっては、残りの2つの配位部位には4、4’位に官能基R1、R2を有する2,2’−ビピリジン誘導体を配位させることが好ましく、具体的には、例えば、下記式(1)などで表される。
【化5】

【0018】
式(1)中の官能基R1、R2は基本的にはどのようなものであってもよいが、具体的には、例えば、下記式(2)〜(7)で表されるような官能基が挙げられる。式(1)の色素が、官能基R1、R2に依らない理由は、官能基R1、R2とチオシアネート配位子との反応性の相関が低いため、チオシアネート配位子の脱離や中性配位子による置換に官能基R1、R2が関与しないと考えられるからである。
【化6】

【化7】

【化8】

【化9】

【化10】

【化11】

【0019】
また、ポリピリジンルテニウム錯体は、例えば、下記式(8)に表されるような、配位子としてチオシアネート配位子を3つ有するビピリジンルテニウム錯体(商品名:Black Dye)などであってもよいが、ポリピリジンルテニウム錯体は上記に挙げたものに限定されるものではない。
【化12】

【0020】
この開示における中性配位子は、窒素原子を少なくとも1つ含む複素環式化合物であって、以下に挙げる条件のいずれか1つを満たす。
(1)五員複素環または六員複素環を少なくとも1つ含む。
(2)複素環骨格に不飽和結合を少なくとも1つ含む。
(3)複素環骨格を形成する環状部分の分子量が68以上136以下の範囲である。
【0021】
上記に挙げた条件のいずれか1つを満たす中性配位子としては、典型的には、N−ブチルベンズイミダゾールと、その誘導体が挙げられるが、中性配位子は、これに限定されるものではなく、具体的には、例えば、下記式(9)〜(33)で表される複素環式化合物が挙げられる。
【化13】

【化14】

【化15】

【化16】

【化17】

【化18】

【化19】

【化20】

【化21】

【化22】

【化23】

【化24】

【化25】

【化26】

【化27】

【化28】

【化29】

【化30】

【化31】

【化32】

【化33】

【化34】

【化35】

【化36】

【化37】

【0022】
また、この開示の光増感色素は、具体的には、例えば、下記式(34)で表される。
【化38】

【0023】
式(34)中の官能基R1、R2は基本的にはどのようなものであってもよいが、具体的には、例えば、式(2)〜(7)で表される官能基などから適宜選択される。
【0024】
式(34)中の配位子R3、R4は、一方が中性配位子であり、もう一方はチオシアネート配位子および中性配位子のいずれかである。中性配位子は、具体的には、例えば、式(9)〜(33)で表される中性配位子などから適宜選択される。中性配位子が複数配位する場合には、複数の中性配位子は同一のものであっても、違うものであってもよく、上記に挙げたものなどから適宜選択され組み合わされる。式(34)で表される光増感色素としては、具体的には、例えば、下記式(35)で表される光増感色素などが挙げられる。
【化39】

【0025】
式(35)で表される光増感色素は、官能基としてカルボキシ基を有し、配位子としてチオシアネート配位子を2つ有するビピリジンルテニウム錯体のチオシアネート配位子のうち、1つを中性配位子であるN−ブチルベンズイミダゾール基で置換してなる光増感色素である。
【0026】
また、配位子R3、R4の配座によっては、分子式が同一の化合物であっても幾何異性体、光学異性体などの立体異性体が発生する場合が想定される。この場合にあっては、同一の構造を持つ化合物のみを光増感色素として用いてもよいし、異なる構造の化合物を混合したものを光増感色素として用いてもよい。幾何異性体が発生する場合としては、具体的には、例えば、式(34)中の配位子R3、R4にチオシアネート配位子と中性配位子とがそれぞれ1つずつ配位している場合が挙げられる。
【0027】
また、この開示の光増感色素は、具体的には、例えば、下記式(36)で表される。
【化40】

【0028】
式(36)中の配位子R5、R6、R7のうち、少なくとも1つは中性配位子であり、残りはチオシアネート配位子および中性配位子のいずれかである。中性配位子は、具体的には、例えば、式(9)〜(33)で表される中性配位子などから選ばれる。ここで、中性配位子が複数配位する場合には、複数の中性配位子は同一のものであっても、違うものであってもよく、中性配位子は、上記に挙げたものなどから適宜選択され組み合わされる。式(36)で表される光増感色素は、具体的には、例えば、下記式(37)、(38)および(39)で表される光増感色素などが挙げられる。
【化41】

【化42】

【化43】

【0029】
式(37)で表される光増感色素は、官能基としてカルボキシ基を有し、配位子としてチオシアネート配位子を3つ有するポリピリジンルテニウム錯体のチオシアネート配位子のうち、1つを中性配位子であるN−ブチルベンズイミダゾール基で置換してなる光増感色素である。
【0030】
式(38)で表される光増感色素は、官能基としてカルボキシ基を有し、配位子としてチオシアネート配位子を3つ有するポリピリジンルテニウム錯体のチオシアネート配位子のうち、2つを中性配位子であるN−ブチルベンズイミダゾール基で置換してなる光増感色素である。
【0031】
式(39)で表される光増感色素は、式(38)で表される光増感色素の中性配位子のうち、1つをN−ブチルベンズイミダゾール基とは異なる中性配位子としたものである。
【0032】
また、配位子R5、R6、R7の配座によっては、分子式が同一の化合物であっても幾何異性体、光学異性体などの立体異性体が発生する場合が想定される。この場合にあっては、同一の構造を持つ化合物のみを光増感色素として用いてもよいし、異なる構造の化合物を混合したものを光増感色素として用いてもよい。
【0033】
また、この開示は、
多孔質電極と対極との間に電解質層が設けられた構造を有し、
上記多孔質電極に、少なくとも1つのチオシアネート配位子を有するポリピリジンルテニウム錯体のチオシアネート配位子のうち、少なくとも1つを中性配位子で置換してなる光増感色素が結合した色素増感光電変換素子である。
【0034】
また、この開示は、
少なくとも1つの光電変換素子を有し、
上記光電変換素子が、
多孔質電極と対極との間に電解質層が設けられた構造を有し、
上記多孔質電極に、少なくとも1つのチオシアネート配位子を有するポリピリジンルテニウム錯体のチオシアネート配位子のうち、少なくとも1つを中性配位子で置換してなる光増感色素が結合した色素増感光電変換素子である電子機器である。
【0035】
また、この開示は、
少なくとも1つの光電変換素子を有し、
上記光電変換素子が、
多孔質電極と対極との間に電解質層が設けられた構造を有し、
上記多孔質電極に、少なくとも1つのチオシアネート配位子を有するポリピリジンルテニウム錯体のチオシアネート配位子のうち、少なくとも1つを中性配位子で置換してなる光増感色素が結合した色素増感光電変換素子である建築物である。
【0036】
この開示において、電解質層としては典型的には電解液が用いられる。電解液としては従来公知のものを用いることができ、必要に応じて選択される。電解液の揮発を防止する観点からは、電解液としては、好適には、低揮発性の電解液、例えばイオン液体を溶媒に用いたイオン液体系電解液が用いられる。イオン液体としては、従来公知のものを用いることができ、必要に応じて選ばれる。
【0037】
多孔質電極は、半導体からなる微粒子により構成される。半導体は、好適には、酸化チタン(TiO2)、取り分けアナターゼ型のTiO2を含む。
【0038】
色素増感光電変換素子は、最も典型的には、太陽電池として構成される。ただし、色素増感光電変換素子は、太陽電池以外のもの、例えば光センサーなどであってもよい。
【0039】
電子機器は、基本的にはどのようなものであってもよく、携帯型のものと据え置き型のものとの双方を含むが、具体例を挙げると、携帯電話、モバイル機器、ロボット、パーソナルコンピュータ、車載機器、各種家庭電気製品などである。この場合、光電変換素子は、例えばこれらの電子機器の電源として用いられる太陽電池である。
【0040】
建築物は、典型的にはビルディング、マンションなどの大型建築物であるが、これに限定されず、外壁面を有する建築された構造物であれば、基本的にはどのようなものであってもよい。建築物は、具体的には、例えば、戸建住宅、アパート、駅舎、校舎、庁舎、競技場、球場、病院、教会、工場、倉庫、小屋、車庫、橋などが挙げられ、特に、少なくとも1つの窓部(例えばガラス窓)あるいは採光部を有する建築された構造物であることが好ましいが、建築物は上記に挙げたものに限定されるものではない。
【0041】
建築物に設けられる光電変換素子および/または複数の光電変換素子が電気的に接続されている光電変換素子モジュールのうち、窓部あるいは採光部などに設けられるものは、2枚の透明板の間に挟持し、必要に応じて固定して構成することが好適であって、典型的には、光電変換素子および/または光電変換素子モジュールを2枚のガラス板の間に組み込み必要に応じて固定することによって構成される。
【0042】
透明板を構成する透明材料としては、透明であって光が透過しやすい材料であれば基本的にはどのようなものであってもよく、具体的には、透明無機材料、透明樹脂などが挙げられ、透明無機材料であれば、例えば、石英ガラス、ホウケイ酸ガラス、リン酸ガラス、ソーダガラスなどが挙げられ、透明樹脂であれば、例えば、ポリエチレンテレフタラート、ポリエチレンナフタラート、ポリブチレンテレフタラート、アセチルセルロース、テトラアセチルセルロース、ポリフェニレンスルフィド、ポリカーボネート、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリフッ化ビニリデン、ブロム化フェノキシ、アラミド類、ポリイミド類、ポリスチレン類、ポリアリレート類、ポリスルホン類、ポリオレフィン類などが挙げられるが、透明材料はこれに限定されるものではない。
【0043】
また、光電変換素子および/または光電変換素子モジュールを挟持するものは透明板に限定されず、透明材料で構成された球体、楕円体、多面体、錐体、錐台、柱体、レンズ体などであってもよい。
【0044】
上述のように構成されたこの開示による光増感色素においては、チオシアネート配位子の代替配位子としてのN−ブチルベンズイミダゾール基はチオシアネート配位子に比べて安定であるため、熱や電解液に対する経時劣化による光電変換効率の低下を防止することができる。
【発明の効果】
【0045】
この開示によれば、熱や電解液に対して安定な光増感色素を得ることができる。この光増感色素を色素増感光電変換素子に用いることにより、光電変換効率の低下を防止することができる。そして、この優れた色素増感光電変換素子を用いることにより、高性能の電子機器などを実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】この開示の第2の実施の形態による色素増感光電変換素子を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0047】
本開示者らは、上述の課題を解決するために鋭意研究を行った。その中でも、特に、光増感色素としてポリピリジンルテニウム錯体系の色素と、N−ブチルベンズイミダゾールを添加した電解液とを有する色素増感太陽電池に注目した。
【0048】
その研究の過程において、本開示者らは、上記の色素増感太陽電池の光電変換効率の低下と共に、光増感色素が変性していくことを見出した。さらに、この変性が電解液中のN−ブチルベンズイミダゾールがポリピリジンルテニウム錯体の補助配位子であるチオシアネート配位子の少なくとも1つと交換することによって引き起こされるものであるということも見出した。
【0049】
しかしながら、この変性した光増感色素自体が色素増感太陽電池の光電変換効率の低下に直接的に寄与しているとは言い難かった。その理由は、変性前の光増感色素と変性後の光増感色素との間での光吸収能力にはさほど変化が生じなかったからである。
【0050】
そこで、本開示者らはさらに研究を進め、上記の色素増感太陽電池の光電変換効率の低下の要因は、光増感色素の変性によるものではなく、光増感色素の変性に伴う電解液の変性であることを見出した。電解液の変性は、電解液中に光増感色素のチオシアネート配位子が溶出し、電解液中のN−ブチルベンズイミダゾールが減少することによって起こる。これを防止するためには、光増感色素においてチオシアネート配位子の脱離を防止する必要がある。
【0051】
そこで、本開示者らは、光増感色素に配位されている複数のチオシアネート配位子のうち、少なくとも1つを他の配位子、特にN−ブチルベンズイミダゾール基で置換すると、光増感色素自体が持つ電子の光吸収の能力を維持しつつも、光増感色素における配位子の結合を安定化させることができることを見出した。さらに、上記の光増感色素を色素増感太陽電池に用いると、上述した電解液の変性を有効に抑えることができることも見出し、この知見により本開示に至った。
【0052】
以下、発明を実施するための形態(以下「実施の形態」とする)について説明する。なお、説明は以下の順序で行う。
1.第1の実施の形態(光増感色素)
2.第2の実施の形態(色素増感光電変換素子およびその製造方法)
【0053】
<1.第1の実施の形態>
[光増感色素]
第1の実施の形態による光増感色素は式(35)で表されるものである。
【0054】
<実施例1>
式(35)で表される光増感色素を以下のようにして合成した。
まず、3重量%のテトラブチルアンモニウムヒドロキシド水溶液中に、Z907を0.9gとN−ブチルベンズイミダゾールを3.8gとを混合し、油浴温度115℃で24時間加熱還流し反応溶液を調製した。その後、この反応溶液を室温まで放冷し、0.1M硝酸150mlで中和後に色素を抽出し再沈殿させることによって目的となる色素の粗生成物0.8gを得た。これを、カラムクロマトグラフィー法または再沈殿法によって精製し、式(35)で表される光増感色素0.3gを得た。
【0055】
この第1の実施の形態によれば、式(35)で表される光増感色素は、チオシアネート配位子と、−N−ブチルベンズイミダゾール基とを配位子として有するので、N−ブチルベンズイミダゾール基が光増感色素に安定に結合するとともに、他方の配位子であるチオシアネート配位子の結合も安定化することができる。これにより、電解液などに対して安定であり、色素増感光電変換素子に用いた場合に長期間にわたって光電変換効率の低下を防止することができる。
【0056】
<2.第2の実施の形態>
[色素増感光電変換素子]
図1は第1の実施の形態による色素増感光電変換素子を示す要部断面図である。
図1に示すように、この色素増感光電変換素子においては、透明基板1の一主面に透明電極2が設けられ、この透明電極2上にこの透明電極2より小さい所定の平面形状を有する多孔質電極3が設けられている。この多孔質電極3には、少なくとも、式(35)で表される光増感色素を含む一種または二種以上の光増感色素が結合している。一方、対向基板4の一主面に導電層5が設けられ、この導電層5上に対極6が設けられている。この対極6は多孔質電極3と同一の平面形状を有する。透明基板1上の多孔質電極3と対向基板4上の対極6との間に電解質層7が設けられている。そして、これらの透明基板1および対向基板4の外周部が封止材8で封止されている。この封止材8は透明電極2および導電層5に接しているが、透明電極2を多孔質電極3と同一の平面形状に形成することにより透明基板1に接するようにしてもよいし、対極6を導電層5の全面に形成することによりこの導電層5に接するようにしてもよい。
【0057】
多孔質電極3としては、典型的には、半導体微粒子を焼結させた多孔質半導体層が用いられる。光増感色素はこの半導体微粒子の表面に吸着している。半導体微粒子の材料としては、シリコンに代表される元素半導体、化合物半導体、ペロブスカイト構造を有する半導体などを用いることができる。これらの半導体は、光励起下で伝導帯電子がキャリアとなり、アノード電流を生じるn型半導体であることが好ましい。具体的には、例えば、酸化チタン(TiO2)、酸化亜鉛(ZnO)、酸化タングステン(WO3)、酸化ニオブ(Nb25)、チタン酸ストロンチウム(SrTiO3)、酸化スズ(SnO2)などの半導体が用いられる。これらの半導体の中でも、TiO2、取り分けアナターゼ型のTiO2を用いることが好ましい。ただし、半導体の種類はこれらに限定されるものではなく、必要に応じて、二種類以上の半導体を混合または複合化して用いることができる。また、半導体微粒子の形態は粒状、チューブ状、棒状などのいずれであってもよい。
【0058】
上記の半導体微粒子の粒径に特に制限はないが、一次粒子の平均粒径で1nm以上200nm以下が好ましく、特に好ましくは5nm以上100nm以下である。また、半導体微粒子よりも大きいサイズの粒子を混合し、この粒子で入射光を散乱させ、量子収率を向上させることも可能である。この場合、別途混合する粒子の平均サイズは20nm以上500nm以下であることが好ましいが、これに限定されるものではない。
【0059】
多孔質電極3は、できるだけ多くの光増感色素を結合させることができるように、半導体微粒子からなる多孔質半導体層の内部の空孔に面する微粒子表面も含めた実表面積の大きいものが好ましい。このため、多孔質電極3を透明電極2の上に形成した状態での実表面積は、多孔質電極3の外側表面の面積(投影面積)に対して10倍以上であることが好ましく、100倍以上であることがさらに好ましい。この比に特に上限はないが、通常1000倍程度である。
【0060】
一般に、多孔質電極3の厚さが増し、単位投影面積当たりに含まれる半導体微粒子の数が増加するほど、実表面積が増加し、単位投影面積に保持することができる光増感色素の量が増加するため、光吸収率が高くなる。一方、多孔質電極3の厚さが増加すると、光増感色素から多孔質電極3に移行した電子が透明電極2に達するまでに拡散する距離が増加するため、多孔質電極3内での電荷再結合による電子の損失も大きくなる。従って、多孔質電極3には好ましい厚さが存在するが、この厚さは一般的には0.1μm以上100μm以下であり、1μm以上50μm以下であることがより好ましく、3μm以上30μm以下であることが特に好ましい。
【0061】
電解質層7を構成する電解液としては、酸化還元系(レドックス対)を含む溶液が挙げられる。酸化還元系としては、適切な酸化還元電位を有する物質であれば、特に制限はない。具体的には、酸化還元系としては、例えば、ヨウ素(I2)と金属または有機物のヨウ化物塩との組み合わせや、臭素(Br2)と金属または有機物の臭化物塩との組み合わせなどが用いられる。金属塩を構成するカチオンは、例えば、リチウム(Li+)、ナトリウム(Na+)、カリウム(K+)、セシウム(Cs+)、マグネシウム(Mg2+)、カルシウム(Ca2+)などである。また、有機物塩を構成するカチオンとしては、テトラアルキルアンモニウムイオン類、ピリジニウムイオン類、イミダゾリウムイオン類などの第四級アンモニウムイオンが好適なものであり、これらを単独に、あるいは二種類以上を混合して用いることができる。
【0062】
電解質層7を構成する電解液としては、上記のほかに、コバルト、鉄、銅、ニッケル、白金などの遷移金属からなる有機金属錯体の酸化体・還元体の組み合わせ、ポリ硫化ナトリウム、アルキルチオールとアルキルジスルフィドとの組み合わせなどのイオウ化合物、ビオロゲン色素、ヒドロキノンとキノンとの組み合わせなどを用いることもできる。
【0063】
電解質層7を構成する電解液の電解質としては、上記の中でも特に、ヨウ素(I2)と、ヨウ化リチウム(LiI)、ヨウ化ナトリウム(NaI)、イミダゾリウムヨーダイドなどの第四級アンモニウム化合物とを組み合わせた電解質が好ましい。電解質塩の濃度は溶媒に対して0.05M以上10M以下が好ましく、さらに好ましくは0.2M以上3M以下である。ヨウ素(I2)または臭素(Br2)の濃度は0.0005M以上1M以下が好ましく、さらに好ましくは0.001以上0.5M以下である。
【0064】
電解液の電解質としては、上記の中でも特に、ヨウ素(I2)と、ヨウ化リチウム(LiI)、ヨウ化ナトリウム(NaI)、イミダゾリウムヨーダイドなどの第4級アンモニウム化合物とを組み合わせた電解質が好適なものである。電解質塩の濃度は溶媒に対して0.05M以上10M以下が好ましく、さらに好ましくは0.2M以上3M以下である。ヨウ素I2または臭素Br2の濃度は0.0005M以上1M以下が好ましく、さらに好ましくは0.001以上0.5M以下である。また、開放電圧や短絡電流を向上させる目的で4−tert−ブチルピリジンやベンズイミダゾリウム類などの各種添加剤を加えることもできる。
【0065】
電解液に添加剤を加える場合にあっては、その添加剤の成分に合わせて、光増感色素にあらかじめ導入する中性配位子を選択することが好ましく、具体的には、例えば、電解液に添加剤としてアルキルベンズイミダゾール、アルキルピリジン誘導体などを用いる場合には、多孔質電極3に吸着させる光増感色素を、式(35)で表される色素とすることが好ましい。しかしながら、光増感色素にあらかじめ導入する中性配位子は、電解液に加える添加剤の成分によって限定されるというものではなく、電解液の成分に依らず中性配位子は上記に挙げたものから適宜選択することができる。
【0066】
電解液を構成する溶媒としては、一般的には、水、アルコール類、エーテル類、エステル類、炭酸エステル類、ラクトン類、カルボン酸エステル類、リン酸トリエステル類、複素環化合物類、ニトリル類、ケトン類、アミド類、ニトロメタン、ハロゲン化炭化水素、ジメチルスルホキシド、スルフォラン、N−メチルピロリドン、1,3−ジメチルイミダゾリジノン、3−メチルオキサゾリジノン、炭化水素などが用いられる。
【0067】
電解液を構成する溶媒としてはイオン液体を用いてもよく、こうすることで電解液の揮発の問題を改善することができる。イオン液体としては従来公知のものを用いることができ、必要に応じて選ばれるが、具体例を挙げると次の通りである。
【0068】
・EMImTCB:1−エチル−3−メチルイミダゾリウム テトラシアノボレート(1-ethyl-3-methylimidazolium tetracyanoborate)
・EMImTFSI:1−エチル−3−メチルイミダゾリウム ビス(トリフルオロメタンスルホン)アミド(1-ethyl-3-methylimidazolium bis(trifluoromethanesulfone)imide)
・EMImFAP:1−エチル−3−メチルイミダゾリウム トリス(ペンタフルオロエチル)トリフルオロホスヘート(1-ethyl-3-methylimidazolium tris(pentafluoroethyl)trifluorophosphate)
・EMImBF4:1−エチル−3−メチルイミダゾリウム テトラフルオロボレート(1-ethyl-3-methylimidazolium tetrafluoroborate)
・EMImOTf(1−エチル−3−メチルイミダゾリウム トリフルオロメタンスルホネート(1-ethyl-3-methylimidazolium trifluorometanesulfonate) )
・P222MOMTFSI(トリエチル(メトキシメチル)ホスホニウム ビス(トリフルオロメチルスホニル)アミド(triethyl(methoxymethyl)phosphonium bis(trifluoromethylsufonyl)imide )
【0069】
透明基板1は、光が透過しやすい材質と形状のものであれば特に限定されるものではなく、種々の基板材料を用いることができるが、特に可視光の透過率が高い基板材料を用いることが好ましい。また、色素増感光電変換素子に外部から侵入しようとする水分やガスを阻止する遮断性能が高く、また、耐溶剤性や耐候性に優れている材料が好ましい。具体的には、透明基板1の材料としては、石英やガラスなどの透明無機材料や、ポリエチレンテレフタラート、ポリエチレンナフタラート、ポリカーボネート、ポリスチレン、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリフェニレンスルフィド、ポリフッ化ビニリデン、アセチルセルロース、ブロム化フェノキシ、アラミド類、ポリイミド類、ポリスチレン類、ポリアリレート類、ポリスルホン類、ポリオレフィン類などの透明プラスチックが挙げられる。透明基板1の厚さは特に制限されず、光の透過率や、光電変換素子内外を遮断する性能を勘案して、適宜選択することができる。
【0070】
透明基板1上に設けられる透明電極2は、シート抵抗が小さいほど好ましく、具体的には500Ω/□以下であることが好ましく、100Ω/□以下であることがさらに好ましい。透明電極2を形成する材料としては公知の材料を用いることができ、必要に応じて選択される。この透明電極2を形成する材料は、具体的には、インジウム−スズ複合酸化物(ITO)、フッ素がドープされた酸化スズ(IV)SnO2(FTO)、酸化スズ(IV)SnO2、酸化亜鉛(II)ZnO、インジウム−亜鉛複合酸化物(IZO)などが挙げられる。ただし、透明電極2を形成する材料は、これらに限定されるものではなく、二種類以上を組み合わせて用いることもできる。
【0071】
多孔質電極3に、式(35)で表される光増感色素に加えて一種または二種以上の他の光増感色素を結合させる場合、その光増感色素は、増感作用を示すものであれば特に制限はなく、有機金属錯体、有機色素、金属・半導体ナノ粒子などを用いることができるが、この多孔質電極3の表面に吸着する酸官能基を有するものが好ましい。この光増感色素は、一般的には、カルボキシ基、リン酸基などを有するものが好ましく、この中でも特にカルボキシ基を有するものが好ましい。光増感色素の具体例を挙げると、例えば、ローダミンB、ローズベンガル、エオシン、エリスロシンなどのキサンテン系色素、メロシアニン、キノシアニン、クリプトシアニンなどのシアニン系色素、フェノサフラニン、カブリブルー、チオシン、メチレンブルーなどの塩基性染料、クロロフィル、亜鉛ポルフィリン、マグネシウムポルフィリンなどのポルフィリン系化合物が挙げられ、その他のものとしてはアゾ色素、フタロシアニン化合物、クマリン系化合物、ピリジン錯化合物、アントラキノン系色素、多環キノン系色素、トリフェニルメタン系色素、インドリン系色素、ペリレン系色素、ポリチオフェンなどのπ共役系高分子やそのモノマーの2量体以上20量体以下、CdS、CdSeなどの量子ドットなどが挙げられる。これらの中でも、リガンド(配位子)がピリジン環またはイミダゾリウム環を含み、Ru、Os、Ir、Pt、Co、FeおよびCuからなる群より選ばれた少なくとも一種類の金属の錯体の色素は量子収率が高く好ましい。特に、シス−ビス(イソチオシアナート)−N,N−ビス(2,2’−ジピリジル−4,4’−ジカルボン酸)−ルテニウム(II)またはトリス(イソチオシアナート)−ルテニウム(II)−2,2' :6' ,2" −ターピリジン−4,4' ,4" −トリカルボン酸を基本骨格とする色素分子は吸収波長域が広く好ましい。ただし、光増感色素は、これらに限定されるものではない。
【0072】
光増感色素の多孔質電極3への吸着方法に特に制限はないが、上記の光増感色素を例えばアルコール類、ニトリル類、ニトロメタン、ハロゲン化炭化水素、エーテル類、ジメチルスルホキシド、アミド類、N−メチルピロリドン、1,3−ジメチルイミダゾリジノン、3−メチルオキサゾリジノン、エステル類、炭酸エステル類、ケトン類、炭化水素、水などの溶媒に溶解させ、これに多孔質電極3を浸漬したり、光増感色素を含む溶液を多孔質電極3上に塗布したりすることができる。また、光増感色素の分子同士の会合を低減する目的でデオキシコール酸などを添加してもよい。必要に応じて紫外線吸収剤を併用することもできる。
【0073】
多孔質電極3に光増感色素を吸着させた後に、過剰に吸着した光増感色素の除去を促進する目的で、アミン類を用いて多孔質電極3の表面を処理してもよい。アミン類の例としてはピリジン、4−tert−ブチルピリジン、ポリビニルピリジンなどが挙げられ、これらが液体の場合はそのまま用いてもよいし、有機溶媒に溶解して用いてもよい。
【0074】
対極6の材料としては、導電性物質であれば任意のものを用いることができるが、絶縁性材料の電解質層7に面している側に導電層が形成されていれば、これも用いることが可能である。対極6の材料としては、電気化学的に安定な材料を用いることが好ましく、具体的には、白金、金、カーボン、導電性ポリマーなどを用いることが望ましい。
【0075】
また、対極6での還元反応に対する触媒作用を向上させるために、電解質層7に接している対極6の表面は、微細構造が形成され、実表面積が増大するように形成されていることが好ましい。例えば、対極6の表面は、白金であれば白金黒の状態に、カーボンであれば多孔質カーボンの状態に形成されていることが好ましい。白金黒は、白金の陽極酸化法や塩化白金酸処理などによって、また多孔質カーボンは、カーボン微粒子の焼結や有機ポリマーの焼成などの方法によって形成することができる。
【0076】
対極6は対向基板4の一主面に形成された導電層5上に形成されているが、これに限定されるものではない。対向基板4の材料としては、不透明なガラス、プラスチック、セラミック、金属などを用いてもよいし、透明材料、例えば透明なガラスやプラスチックなどを用いてもよい。導電層5としては、透明電極2と同様なものを用いることができるほか、不透明な導電材料により形成されたものを用いることもできる。
【0077】
封止材8の材料としては、耐光性、絶縁性、防湿性などを備えた材料を用いることが好ましい。封止材の材料の具体例を挙げると、エポキシ樹脂、紫外線硬化樹脂、アクリル樹脂、ポリイソブチレン樹脂、EVA(エチレンビニルアセテート) 、アイオノマー樹脂、セラミック、各種熱融着フィルムなどである。
【0078】
[色素増感光電変換素子の製造方法]
次に、この色素増感光電変換素子の製造方法について説明する。
まず、透明基板1の一主面にスパッタリング法などにより透明導電層を形成して透明電極2を形成する。
【0079】
次に、透明基板1の透明電極2上に多孔質電極3を形成する。この多孔質電極3の形成方法に特に制限はないが、物性、利便性、製造コストなどを考慮した場合、湿式製膜法を用いるのが好ましい。湿式製膜法では、半導体微粒子の粉末あるいはゾルを水などの溶媒に均一に分散させたペースト状の分散液を調製し、この分散液を透明基板1の透明電極2上に塗布または印刷する方法が好ましい。分散液の塗布方法または印刷方法に特に制限はなく、公知の方法を用いることができる。具体的には、塗布方法としては、例えば、ディップ法、スプレー法、ワイヤーバー法、スピンコート法、ローラーコート法、ブレードコート法、グラビアコート法などを用いることができる。また、印刷方法としては、凸版印刷法、オフセット印刷法、グラビア印刷法、凹版印刷法、ゴム版印刷法、スクリーン印刷法などを用いることができる。
【0080】
半導体微粒子の材料としてアナターゼ型TiO2を用いる場合、このアナターゼ型TiO2は、粉末状、ゾル状、またはスラリー状の市販品を用いてもよいし、酸化チタンアルコキシドを加水分解するなどの公知の方法によって所定の粒径のものを形成してもよい。市販の粉末を使用する際には粒子の二次凝集を解消することが好ましく、ペースト状分散液の調製時に、乳鉢やボールミルなどを使用して粒子の粉砕を行うことが好ましい。このとき、二次凝集が解消された粒子が再度凝集するのを防ぐために、アセチルアセトン、塩酸、硝酸、界面活性剤、キレート剤などをペースト状分散液に添加することができる。また、ペースト状分散液の粘性を増すために、ポリエチレンオキシドやポリビニルアルコールなどの高分子、あるいはセルロース系の増粘剤などの各種増粘剤をペースト状分散液に添加することもできる。
【0081】
多孔質電極3は、半導体微粒子を透明電極2上に塗布または印刷した後に、半導体微粒子同士を電気的に接続し、多孔質電極3の機械的強度を向上させ、透明電極2との密着性を向上させるために、焼成することが好ましい。焼成温度の範囲に特に制限はないが、温度を上げ過ぎると、透明電極2の電気抵抗が高くなり、さらには透明電極2が溶融することもあるため、通常は40℃以上700℃以下が好ましく、40℃以上650℃以下がより好ましい。また、焼成時間にも特に制限はないが、通常は10分以上10時間以下程度である。
【0082】
焼成後、半導体微粒子の表面積を増加させたり、半導体微粒子間のネッキングを高めたりする目的で、例えば、四塩化チタン水溶液や直径10nm以下の酸化チタン超微粒子ゾルによるディップ処理を行ってもよい。透明電極2を支持する透明基板1としてプラスチック基板を用いる場合には、結着剤を含むペースト状分散液を用いて透明電極2上に多孔質電極3を製膜し、加熱プレスによって透明電極2に圧着することも可能である。
【0083】
次に、多孔質電極3が形成された透明基板1を、式(35)で表される光増感色素を所定の有機溶媒に溶解した光増感色素溶液中に浸漬することにより、多孔質電極3に光増感色素を結合させる。
【0084】
一方、対向基板4の全面に例えばスパッタリング法などにより導電層5を形成した後、この導電層5上に所定の平面形状を有する対極6を形成する。この対極6は、例えば、導電層5の全面に例えばスパッタリング法などにより対極6の材料となる膜を形成した後、この膜をエッチングによりパターニングすることにより形成することができる。
【0085】
次に、透明基板1と対向基板4とを多孔質電極3と対極6とが所定の間隔、例えば1μm以上100μm以下、好ましくは1μm以上50μm以下の間隔をおいて互いに対向するように配置する。そして、透明基板1および対向基板4に封止材8を形成して電解質層7が封入される空間を作り、この空間に例えば透明基板1に予め形成された注液口(図示せず)から電解液を注入し、電解質層7を形成する。その後、この注液口を塞ぐ。
以上により、目的とする色素増感光電変換素子が製造される。
【0086】
[色素増感光電変換素子の動作]
次に、この色素増感光電変換素子の動作について説明する。
この色素増感光電変換素子は、光が入射すると、対極6を正極、透明電極2を負極とする電池として動作する。その原理は次の通りである。なお、ここでは、透明電極2の材料としてFTOを用い、多孔質電極3の材料としてTiO2を用い、レドックス対としてI-/I3-の酸化還元種を用いることを想定しているが、これに限定されるものではない。また、多孔質電極3に式(35)で表される一種類の光増感色素が結合していることを想定する。
【0087】
透明基板1および透明電極2を透過し、多孔質電極3に入射した光子を多孔質電極3に結合した光増感色素が吸収すると、この光増感色素中の電子が基底状態(HOMO)から励起状態(LUMO)へ励起される。こうして励起された電子は、光増感色素と多孔質電極3との間の電気的結合を介して、多孔質電極3を構成するTiO2の伝導帯に引き出され、多孔質電極3を通って透明電極2に到達する。
【0088】
一方、電子を失った光増感色素は、電解質層7中の還元剤、例えばI-から下記の反応によって電子を受け取り、電解質層7中に酸化剤、例えばI3-(I2とI-との結合体)を生成する。
2I-→ I2+ 2e-
2+ I-→ I3-
【0089】
こうして生成された酸化剤は拡散によって対極6に到達し、上記の反応の逆反応によって対極6から電子を受け取り、もとの還元剤に還元される。
3-→ I2 + I-
2+ 2e-→ 2I-
【0090】
透明電極2から外部回路へ送り出された電子は、外部回路で電気的仕事をした後、対極6に戻る。このようにして、光増感色素にも電解質層7にも何の変化も残さず、光エネルギーが電気エネルギーに変換される。
【0091】
<実施例2>
色素増感光電変換素子を以下のようにして製造した。
多孔質電極3を形成する際の原料であるTiO2のペースト状分散液は、「色素増感太陽電池の最新技術」(荒川裕則監修、2001年、(株)シーエムシー)を参考にして作製した。すなわち、まず、室温で撹拌しながらチタンイソプロポキシド125mlを0.1Mの硝酸水溶液750mlに徐々に滴下した。滴下後、80℃の恒温槽に移し、8時間撹拌を続けたところ、白濁した半透明のゾル溶液が得られた。このゾル溶液を室温になるまで放冷し、ガラスフィルタでろ過した後、溶媒を加えて溶液の体積を700mlにした。得られたゾル溶液をオートクレーブへ移し、220℃で12時間水熱反応を行わせた後、1時間超音波処理して分散化処理を行った。次に、この溶液をエバポレータを用いて40℃で濃縮し、TiO2の含有量が20wt%になるように調製した。この濃縮ゾル溶液に、TiO2の質量の20%分のポリエチレングリコール(分子量50万)と、TiO2の質量の30%分の粒子直径200nmのアナターゼ型TiO2とを添加し、撹拌脱泡機で均一に混合し、粘性を増加させたTiO2のペースト状分散液を得た。
【0092】
上記のTiO2のペースト状分散液を、透明電極2であるFTO層の上にブレードコーティング法によって塗布し、大きさ5mm×5mm、厚さ200μmの微粒子層を形成した。その後、500℃に30分間保持して、TiO2微粒子をFTO層上に焼結した。焼結されたTiO2膜へ0.1Mの塩化チタン(IV)TiCl4水溶液を滴下し、室温下で15時間保持した後、洗浄し、再び500℃で30分間焼成を行った。この後、紫外光照射装置を用いてTiO2焼結体に紫外光を30分間照射し、このTiO2焼結体に含まれる有機物などの不純物をTiO2の光触媒作用によって酸化分解して除去し、TiO2焼結体の活性を高める処理を行い、多孔質電極3を得た。
【0093】
光増感色素として、十分に精製した式(35)で表される光増感色素23.8mgを、アセトニトリルとtert−ブタノールとを1:1の体積比で混合した混合溶媒50mlに溶解させ、光増感色素溶液を調製した。
【0094】
次に、多孔質電極3をこの光増感色素溶液に室温下で24時間浸漬し、TiO2微粒子表面に光増感色素を保持させた。次に、4−tert−ブチルピリジンのアセトニトリル溶液およびアセトニトリルを順に用いて多孔質電極3を洗浄した後、暗所で溶媒を蒸発させ、乾燥させた。
【0095】
一方、溶媒としての3−メトキシプロピオニトリル(MPN)に、1.0Mの1−プロピル−3−メチルイミダゾリウムヨーダイド(MPImI)、0.1Mのヨウ素I2、そして添加剤として0.3MのN−ブチルベンズイミダゾールを溶解させ、電解液を調製した。
【0096】
対極6は、予め直径0.5mmの注液口が形成されたFTO層の上に厚さ50nmのクロム層および厚さ100nmの白金層を順次スパッタリング法によって積層し、その上に塩化白金酸のイソプロピルアルコール(2−プロパノール)溶液をスプレーコートし、385℃、15分間加熱することにより形成した。
【0097】
次に、透明基板1と対向基板4とをそれらの多孔質電極3と対極6とが対向するように配置し、外周を厚さ30μmのアイオノマー樹脂フィルムとアクリル系紫外線硬化樹脂とによって封止した。
【0098】
次に、上記の電解液を予め準備した色素増感光電変換素子の注液口から送液ポンプを用いて注入し、減圧することで素子内部の気泡を追い出した。こうして電解質層7が形成される。この後、注液口をアイオノマー樹脂フィルム、アクリル樹脂およびガラス基板で封止し、色素増感光電変換素子を完成した。
【0099】
以上のように、この第2の実施の形態によれば、多孔質電極3に式(35)で表される電解液などに対して安定な新規な光増感色素を用いていることにより、光増感色素由来のチオシアネートが電解液に混入することがなく、また、電解液中のN−ブチルベンズイミダゾールが減少することも無いので、電解液の経時劣化を防止することができ、Z907などを用いた従来の色素増感光電変換素子に比べて長期間にわたって光電変換効率の低下を防止することができる。また、この優れた色素増感光電変換素子を用いることにより、高性能の電子機器などを実現することができる。
【0100】
以上、実施の形態および実施例について具体的に説明したが、本開示は、上述の実施の形態および実施例に限定されるものではなく、本開示の技術思想に基づく各種の変形が可能である。
例えば、上述の実施の形態および実施例において挙げた数値、構造、構成、形状、材料などはあくまでも例に過ぎず、必要に応じてこれらと異なる数値、構造、構成、形状、材料などを用いても良い。
【0101】
なお、本技術は以下のような構成も取ることができる。
(1)多孔質電極と対極との間に電解質層が設けられた構造を有し、上記多孔質電極に、少なくとも1つのチオシアネート配位子を有するポリピリジンルテニウム錯体のチオシアネート配位子のうち、少なくとも1つを中性配位子で置換してなる光増感色素が結合した色素増感光電変換素子。
(2)官能基としてカルボキシ基を有する(1)記載の色素増感光電変換素子。
(3)上記光増感色素が、下記式(34)で表され、配位子R3、R4のうち一方は中性配位子であり、もう一方はチオシアネート配位子および中性配位子のいずれかである(1)または(2)記載の色素増感光電変換素子。

(4)上記光増感色素の官能基R1、R2が、下記式(2)〜(7)で表される官能基のうちのいずれかである(3)記載の色素増感光電変換素子。






(5)上記光増感色素が、下記式(35)で表される光増感色素である(1)〜(4)のいずれか記載の色素増感光電変換素子。

(6)上記光増感色素が、下記式(36)で表され、3つの配位子R5、R6、R7のうち、少なくとも1つは中性配位子であり、残りの配位子はチオシアネート配位子および中性配位子のいずれかである(1)または(2)記載の色素増感光電変換素子。

(7)上記光増感色素が、下記式(37)で表される光増感色素である(5)記載の色素増感光電変換素子。

(8)少なくとも1つの光電変換素子を有し、上記光電変換素子が、多孔質電極と対極との間に電解質層が設けられた構造を有し、上記多孔質電極に、少なくとも1つのチオシアネート配位子を有するポリピリジンルテニウム錯体のチオシアネート配位子のうち、少なくとも1つを中性配位子で置換してなる光増感色素が結合した色素増感光電変換素子である電子機器。
(9)官能基としてカルボキシ基を有する(8)記載の電子機器。
(10)上記光増感色素が、下記式(34)で表され、配位子R3、R4のうち、一方は中性配位子であり、もう一方はチオシアネート配位子および中性配位子のいずれかである(8)または(9)記載の電子機器。

(11)上記光増感色素の官能基R1、R2が、下記式(2)〜(7)で表される官能基のうちのいずれかである(10)記載の電子機器。






(12)上記光増感色素が下記式(35)で表される光増感色素である(11)記載の電子機器。

(13)上記光増感色素が、下記式(36)で表され、
3つの配位子R5、R6、R7のうち、少なくとも1つは中性配位子であり、残りの配位子はチオシアネート配位子および中性配位子のいずれかである(8)または(9)記載の電子機器。

(14)上記光増感色素が、下記式(37)で表される光増感色素である(13)記載の電子機器。

(15)少なくとも1つのチオシアネート配位子を有するポリピリジンルテニウム錯体のチオシアネート配位子のうち、少なくとも1つを中性配位子で置換してなる光増感色素。
(16)下記式(34)で表され、
配位子R3、R4のうち、一方は中性配位子であり、もう一方はチオシアネート配位子および中性配位子のいずれかである(15)記載の光増感色素。

(17)上記光増感色素の官能基R1、R2が、下記式(2)〜(7)で表される官能基のうちのいずれかである(16)記載の光増感色素。






(18)上記光増感色素が、下記式(35)で表される光増感色素である(15)記載の光増感色素。

(19)少なくとも1つの光電変換素子を有し、上記光電変換素子が、多孔質電極と対極との間に電解質層が設けられた構造を有し、上記多孔質電極に、少なくとも1つのチオシアネート配位子を有するポリピリジンルテニウム錯体のチオシアネート配位子のうち、少なくとも1つを中性配位子で置換してなる光増感色素が結合した色素増感光電変換素子である建築物。
(20)上記光電変換素子および/または上記光電変換素子モジュールのうち、少なくとも1つは2枚の透明板の間に挟持されている(19)に記載の建築物。
【符号の説明】
【0102】
1…透明基板、2…透明電極、3…多孔質電極、4…対向基板、5…導電層、6…対極、7…電解質層、8…封止材。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
多孔質電極と対極との間に電解質層が設けられた構造を有し、
上記多孔質電極に、少なくとも1つのチオシアネート配位子を有するポリピリジンルテニウム錯体のチオシアネート配位子のうち、少なくとも1つを中性配位子で置換してなる光増感色素が結合した色素増感光電変換素子。
【請求項2】
官能基としてカルボキシ基を有する請求項1記載の色素増感光電変換素子。
【請求項3】
上記光増感色素が、下記式(34)で表され、
配位子R3、R4のうち、一方は中性配位子であり、もう一方はチオシアネート配位子および中性配位子のいずれかである請求項2記載の色素増感光電変換素子。

【請求項4】
上記光増感色素の官能基R1、R2が、下記式(2)〜(7)で表される官能基のうちのいずれかである請求項3記載の色素増感光電変換素子。






【請求項5】
上記光増感色素が、下記式(35)で表される光増感色素である請求項4記載の色素増感光電変換素子。

【請求項6】
上記光増感色素が、下記式(36)で表され、
3つの配位子R5、R6、R7のうち、少なくとも1つは中性配位子であり、残りの配位子はチオシアネート配位子および中性配位子のいずれかである請求項1記載の色素増感光電変換素子。

【請求項7】
上記光増感色素が、下記式(37)で表される光増感色素である請求項6記載の色素増感光電変換素子。

【請求項8】
少なくとも1つの光電変換素子を有し、
上記光電変換素子が、
多孔質電極と対極との間に電解質層が設けられた構造を有し、
上記多孔質電極に、少なくとも1つのチオシアネート配位子を有するポリピリジンルテニウム錯体のチオシアネート配位子のうち、少なくとも1つを中性配位子で置換してなる光増感色素が結合した色素増感光電変換素子である電子機器。
【請求項9】
官能基としてカルボキシ基を有する請求項8記載の電子機器。
【請求項10】
上記光増感色素が、下記式(34)で表され、
配位子R3、R4のうち、一方は中性配位子であり、もう一方はチオシアネート配位子および中性配位子のいずれかである請求項9記載の電子機器。

【請求項11】
上記光増感色素の官能基R1、R2が、下記式(2)〜(7)で表される官能基のうちのいずれかである請求項10記載の電子機器。






【請求項12】
上記光増感色素が、下記式(35)で表される光増感色素である請求項11記載の電子機器。

【請求項13】
上記光増感色素が、下記式(36)で表され、
3つの配位子R5、R6、R7のうち、少なくとも1つは中性配位子であり、残りの配位子はチオシアネート配位子および中性配位子のいずれかである請求項8記載の電子機器。

【請求項14】
上記光増感色素が、下記式(37)で表される光増感色素である請求項13記載の電子機器。

【請求項15】
少なくとも1つのチオシアネート配位子を有するポリピリジンルテニウム錯体のチオシアネート配位子のうち、少なくとも1つを中性配位子で置換してなる光増感色素。
【請求項16】
下記式(34)で表され、
配位子R3、R4のうち、一方は中性配位子であり、もう一方はチオシアネート配位子および中性配位子のいずれかである請求項15記載の光増感色素。

【請求項17】
上記光増感色素の官能基R1、R2が、下記式(2)〜(7)で表される官能基のうちのいずれかである請求項16記載の光増感色素。






【請求項18】
上記光増感色素が、下記式(35)で表される光増感色素である請求項17記載の光増感色素。

【請求項19】
少なくとも1つの光電変換素子を有し、
上記光電変換素子が、
多孔質電極と対極との間に電解質層が設けられた構造を有し、
上記多孔質電極に、少なくとも1つのチオシアネート配位子を有するポリピリジンルテニウム錯体のチオシアネート配位子のうち、少なくとも1つを中性配位子で置換してなる光増感色素が結合した色素増感光電変換素子である建築物。
【請求項20】
上記光電変換素子および/または上記光電変換素子モジュールのうち、少なくとも1つは2枚の透明板の間に挟持されている請求項19に記載の建築物。

【図1】
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【公開番号】特開2013−58424(P2013−58424A)
【公開日】平成25年3月28日(2013.3.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−196743(P2011−196743)
【出願日】平成23年9月9日(2011.9.9)
【出願人】(000002185)ソニー株式会社 (34,172)
【Fターム(参考)】