説明

光学ガラス、プリフォーム、及び光学素子

【課題】アッベ数(ν)が所望の範囲内にありながら、レンズの色収差をより高精度に補正でき、且つ可視域の波長の光線透過率が高い光学ガラス、これを用いたプリフォーム及び光学素子を提供する。
【解決手段】光学ガラスは、酸化物換算組成のガラス全物質量に対して、モル%でTeO成分を30.0〜90.0%含有し、0.63以上0.70以下の部分分散比(θg,F)を有し、13以上27以下のアッベ数(ν)を有する。プリフォーム及び光学素子は、この光学ガラスからなるものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は極めて大きな部分分散比[θg,F]を有するビスマス系の光学ガラスと、これを用いたプリフォーム及び光学素子に関する。
【背景技術】
【0002】
光学機器のレンズ系は、通常、異なる光学的性質を持つ複数のガラスレンズを組み合わせて設計されている。近年、多様化する光学機器のレンズ系の設計の自由度をさらに広げるため、従来用いられなかった光学特性を有する光学ガラスが、球面及び非球面レンズ等として用いられるようになった。特に、光学設計を行うに当たり、収差を小さくする目的に沿って、屈折率や分散傾向の異なるものが開発されている。その中で、極めて大きな部分分散比[θg,F]を有する光学ガラスは、以下に述べる異常分散性が高まるため、収差の補正に顕著な効果を奏するものであり、光学設計の自由度を広げるものである。
【0003】
短波長域の部分分散性を表す部分分散比[θg,F]の式(1)に示す。
θg,F=(n−n)/(n−n)・・・・・・(1)
【0004】
一般に光学ガラスには、短波長域の部分分散性を表す部分分散比[θg,F]とアッベ数(ν)との間に、およそ直線的な反比例の関係があるが、この関係から著しく外れているガラスは異常分散ガラスと呼ばれる。この反比例関係を表す直線は、部分分散比[θg,F]を縦軸に、アッベ数(ν)を横軸に採用した直交座標上で、NSL7とPBM2の部分分散比及びアッベ数をプロットした2点を結ぶ直線で表され、ノーマルラインと呼ばれている(図1参照)。ノーマルラインの基準となるノーマルガラスは光学ガラスメーカー毎に異なるが、同等の傾きと切片を持っている。(NSL7とPBM2は株式会社オハラ社製の光学ガラスであり、PBM2のアッベ数(ν)は36.3,部分分散比[θg,F]は0.5828、NSL7のアッベ数(ν)は60.5、部分分散比[θg,F]は0.5436である。)光学ガラスの異常分散性については、光学ガラスの部分分散比及びアッベ数のプロットが、ノーマルラインから縦軸方向にどれだけ離れているかが指標とされている。異常分散ガラスからなるレンズを他のレンズと組み合わせて用いた場合、紫外から赤外への幅広い波長範囲において色収差を補正することが可能となる。
【0005】
異常分散ガラスは種々の文献において開示されており、例えば、特許文献1〜5には部分分散比[θg,F]が特異な値を有する光学ガラスが開示されている。具体的には、特許文献1〜3にはSiO−B−ZrO−Nb系やSiO−ZrO−Nb−Ta系のガラスであって、アッベ数(ν)が28〜55の範囲内にあり特異な小さい部分分散比[θg,F]を有する光学ガラスが開示されている。また、特許文献4,5にはSiO−B−TiO−Al系やBi−B系のガラスであって、アッベ数(ν)が32〜55の範囲内にあり特異な大きい部分分散比[θg,F]を有する光学ガラスが開示されている。
【特許文献1】特開平10―130033号公報
【特許文献2】特開平10―265238号公報
【特許文献3】国際公開第01/072650号パンフレット
【特許文献4】特開2003−313047号公報
【特許文献5】特開平09−020530号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1〜5に開示されたガラスの部分分散比の値は、0.59以下の低い値にとどまっており、レンズの色収差をより高精度に補正するには高い部分分散比[θg,F]を有する必要がありながら、近年高まっている光学設計上の要求を満たすには不十分であった。
【0007】
その一方で、部分分散比[θg,F]の高いガラスは、全体的に茶色く着色するものが多かった。着色したガラスは、可視域の波長における光線透過率が大きく低下しているため、光学素子の材料として適切なものではなかった。
【0008】
本発明は、上記問題点に鑑みてなされたものであって、その目的とするところは、TeO成分を含有する光学ガラスにおいて、アッベ数(ν)が所望の範囲内にありながら、レンズの色収差をより高精度に補正でき、且つ可視域の波長の光線透過率が高い光学ガラス、これを用いたプリフォーム及び光学素子を得ることにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決するために、鋭意試験研究を重ねた結果、TeO成分と他の成分とを併用し、TeO成分の含有率を所定の範囲内に抑えることによって、ガラスの分散が所望の範囲内になり、ガラスの部分分散比[θg,F]が高められ、且つ可視域の特に短波長側におけるガラスの透明性が高められることを見出し、本発明を完成するに至った。具体的には、本発明は以下のようなものを提供する。
【0010】
(1) 酸化物換算組成のガラス全物質量に対して、モル%でTeO成分を30.0〜90.0%含有し、0.63以上0.70以下の部分分散比(θg,F)を有し、13以上30以下のアッベ数(ν)を有する光学ガラス。
【0011】
(2) 酸化物換算組成のガラス全物質量に対して、モル%でBi成分の含有量が0%を超え且つ20.0%以下である(1)記載の光学ガラス。
【0012】
(3) 酸化物換算組成のガラス全物質量に対して、モル%でBi成分の含有量が2.0%を超え且つ20.0%以下である(2)記載の光学ガラス。
【0013】
(4) 酸化物換算組成のガラス全物質量に対して、モル%で
WO成分 0〜30.0%及び/又は
BaO成分 0〜35.0%及び/又は
Ta成分 0〜30.0%及び/又は
Nb成分 0〜30.0%
の各成分をさらに含有する(1)から(3)のいずれか記載の光学ガラス。
【0014】
(5) 酸化物換算組成のガラス全物質量に対する物質量和(WO+BaO+Ta+Nb)が50%以下である(4)記載の光学ガラス。
【0015】
(6) 酸化物換算組成の物質量比BaO/(WO+BaO)が0以上0.50未満、又は0.75以上1以下である(4)又は(5)記載の光学ガラス。
【0016】
(7) 酸化物換算組成のガラス全物質量に対して、モル%でZnO成分を10.0%以下含有する(1)から(6)のいずれか記載の光学ガラス。
【0017】
(8) 酸化物換算組成のガラス全物質量に対する物質量和(ZnO+BaO)が60%以下である(7)記載の光学ガラス。
【0018】
(9) 酸化物換算組成のガラス全物質量に対して、モル%でSiO成分を5%以下含有する(1)から(8)のいずれか記載の光学ガラス。
【0019】
(10) 酸化物換算組成のガラス全物質量に対して、モル%で
LiO成分 0〜20.0%及び/又は
NaO成分 0〜20.0%及び/又は
O成分 0〜20.0%
の各成分をさらに含有する(1)から(9)のいずれか記載の光学ガラス。
【0020】
(11) 2.00以上2.30以下の屈折率(n)を有する(1)から(10)のいずれか記載の光学ガラス。
【0021】
(12) 透過率5%時の波長λが460nm以下である(1)から(11)のいずれか記載の光学ガラス。
【0022】
(13) 透過率70%時の波長λ70が550nm以下である(1)から(12)のいずれか記載の光学ガラス。
【0023】
(14) (1)から(13)のいずれか1項の光学ガラスからなる研磨加工用及び/又は精密プレス成形用のプリフォーム。
【0024】
(15) (14)のプリフォームを研磨してなる光学素子。
【0025】
(16) (14)のプリフォームを精密プレス成形してなる光学素子。
【発明の効果】
【0026】
本発明によれば、TeO成分と他の成分とを併用し、TeO成分の含有率を所定の範囲内に抑えることによって、アッベ数(ν)が所望の範囲内にありながら、レンズの色収差をより高精度に補正でき、且つ可視域の波長の光線透過率が高い光学ガラス、これを用いたプリフォーム及び光学素子を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
本発明の光学ガラスは、酸化物換算組成のガラス全物質量に対して、モル%でTeO成分を30.0〜90.0%含有し、0.63以上0.70以下の部分分散比(θg,F)を有し、13以上30以下のアッベ数(ν)を有する。TeO成分と他の成分とを併用し、TeO成分の含有率を所定の範囲内に抑えることによって、ガラスの分散が所望の範囲内になり、ガラスの部分分散比[θg,F]が高められ、且つ分光透過率5%及び70%を示す波長(λ及びλ70)が短くなる。このため、アッベ数(ν)が13以上27以下の範囲内にありながら、レンズの色収差をより高精度に補正でき、且つ可視域の波長の光線透過率が高い光学ガラスを得ることができる。
【0028】
以下、本発明の光学ガラスの実施形態について詳細に説明するが、本発明は、以下の実施形態に何ら限定されるものではなく、本発明の目的の範囲内において、適宜変更を加えて実施することができる。なお、説明が重複する箇所については、適宜説明を省略する場合があるが、発明の趣旨を限定するものではない。
【0029】
[ガラス成分]
本発明の光学ガラスを構成する各成分の組成範囲を以下に述べる。本明細書中において、各成分の含有率は特に断りがない場合は、全て酸化物換算組成のガラス全物質量に対するモル%で表示されるものとする。ここで、「酸化物換算組成」とは、本発明のガラス構成成分の原料として使用される酸化物、複合塩、金属弗化物等が溶融時に全て分解され酸化物へ変化すると仮定した場合に、当該生成酸化物の総物質量を100モル%として、ガラス中に含有される各成分を表記した組成である。
【0030】
<必須成分、任意成分について>
TeO成分は、ガラスの屈折率を高める成分である。特に、TeO成分の含有率を30.0%以上にすることで、可視域におけるガラスの透明性を高め、所望の屈折率を得易くすることができる。一方、TeO成分の含有率を90.0%以下にすることで、ガラスの耐失透性を低減することができる。従って、酸化物換算組成のガラス全物質量に対するTeO成分の含有率は、好ましくは30.0%、より好ましくは35.0%、最も好ましくは40.0%を下限とし、好ましくは90.0%、より好ましくは85.0%、最も好ましくは80.0%を上限とする。TeO成分は、原料として例えばTeO等を用いてガラス内に含有することができる。
【0031】
Bi成分は、ガラスの部分分散比[θg,F]と高め、ガラスの屈折率を上げ、ガラスの屈伏温度(At)を下げる成分であり、本発明の光学ガラス中の任意成分である。特に、Bi成分の含有率を20.0%以下にすることで、ガラスの安定性を高め、ガラスの透過率を低下し難くすることができる。従って、酸化物換算組成のガラス全物質量に対するBi成分の含有率は、好ましくは20.0%、より好ましくは17.0%、最も好ましくは15.0%を上限とする。なお、Bi成分を含有しなくとも、所望の光学特性を有する光学ガラスを作製することはできるが、Bi成分を含有することで、所望のガラスの部分分散比[θg,F]を得易くすることができる。従って、Bi成分の含有率は、好ましくは0%を超え、より好ましくは2%を超え、最も好ましくは5%を下限とする。Bi成分は、原料として例えばBi等を用いてガラス内に含有することができる。
【0032】
WO成分は、ガラスの屈折率及び分散性を高める成分であり、本発明の光学ガラス中の任意成分である。特に、WO成分の含有率を30.0%以下にすることで、ガラスの透過率を低下し難くして、ガラスが紫外光にさらされた場合の、ガラスの可視域の波長における光線透過率を高めることができる。従って、酸化物換算組成のガラス全物質量に対するWO成分の含有率は、好ましくは30.0%、より好ましくは28.0%、最も好ましくは26.0%を上限とする。WO成分は、原料として例えばWO等を用いてガラス内に含有することができる。
【0033】
BaO成分は、ガラスの溶解性及び安定性を向上する成分であり、本発明の光学ガラス中の任意成分である。特に、BaO成分の含有率を35.0%以下にすることで、ガラスの安定性を維持し易くすることができる。従って、酸化物換算組成のガラス全物質量に対するBaO成分の含有率は、好ましくは35.0%、より好ましくは33.0%、最も好ましくは31.0%を上限とする。BaO成分は、原料として例えばBaCO、Ba(NO等を用いてガラス内に含有することができる。
【0034】
Ta成分は、ガラスの屈折率を高め、ガラスを安定化する成分であり、本発明の光学ガラス中の任意成分である。特に、Ta成分の含有率を30.0%以下にすることで、希少鉱物資源であるTa成分の使用量が減るとともに、ガラスがより低温で溶解し易くなるため、ガラスの生産コストを低減することができる。従って、酸化物換算組成のガラス全物質量に対するTa成分の含有率は、好ましくは30.0%、より好ましくは27.0%、最も好ましくは25.0%を上限とする。Ta成分は、原料として例えばTa等を用いてガラス内に含有することができる。
【0035】
Nb成分は、ガラスの屈折率及び分散性を高める成分であり、本発明の光学ガラス中の任意成分である。特に、Nb成分の含有率を30.0%以下にすることで、ガラスが紫外光にさらされた場合の、ガラスの可視域の波長における光線透過率を高めることができる。従って、酸化物換算組成のガラス全物質量に対するNb成分の含有率は、好ましくは30.0%、より好ましくは27.0%、最も好ましくは25.0%を上限とする。Nb成分は、原料として例えばNb等を用いてガラス内に含有することができる。
【0036】
本発明の光学ガラスでは、WO成分、BaO成分、Ta成分、及びNb成分の含有率の物質量和が50%以下であることが好ましい。特に、この物質量和を40%以下にすることで、所望の部分分散比[θg,F]を得易くすることができる。従って、酸化物換算組成のガラス全物質量に対する物質量和(WO+BaO+Ta+Nb)は、好ましくは50%、より好ましくは40%、最も好ましくは30%を上限とする。なお、この物質量和の値は、この範囲内であれば技術的には特に不利益は無いが、この物質量和を10%以上にすることで、ガラスを形成し易くすることができる。このときの物質量和の値は、好ましくは10%、より好ましくは15%、最も好ましくは20%を下限とする。
【0037】
また、本発明の光学ガラスでは、物質量和(WO+BaO)に対するBaO成分の含有率の物質量比が、0以上0.50未満であることが好ましい。この物質量比を0.50未満にすることで、ガラスを形成し易くすることができる。従って、酸化物換算組成におけるこの物質量比は、好ましくは0.50未満とし、より好ましくは0.45、最も好ましくは0.40を上限とする。また、物質量和(WO+BaO)に対するBaO成分の含有率の物質量比が0.75以上1以下であっても、所望の光学特性を有する光学ガラスを作製することはできる。従って、酸化物換算組成におけるこの物質量比は、好ましくは0.75、より好ましくは0.80、最も好ましくは0.85を下限とする。
【0038】
ZnO成分は、ガラスの耐失透性を向上する成分であり、本発明の光学ガラス中の任意成分である。特に、ZnO成分の含有率を10.0%以下にすることで、所望の部分分散比[θg,F]及びアッベ数(ν)を得易くすることができる。従って、酸化物換算組成のガラス全物質量に対するZnO成分の含有率は、好ましくは10.0%、より好ましくは8.0%、最も好ましくは6.0%を上限とする。ZnO成分は、原料として例えばZnO、ZnF等を用いてガラス内に含有することができる。
【0039】
本発明の光学ガラスでは、ZnO成分及びBaO成分の含有率の物質量和が60%以下であることが好ましい。特に、この物質量和を60%以下にすることで、ガラス作成時の失透を低減してガラスの透過率を高めることができる。従って、酸化物換算組成のガラス全物質量に対する物質量和(ZnO+BaO)は、好ましくは60%、より好ましくは55%、最も好ましくは50%を上限とする。なお、この物質量和の値は、この範囲内であれば技術的には特に不利益は無いが、この物質量和を1%以上にすることで、ガラスの安定性を高めることができる。このときの物質量和の値は、好ましくは1%、より好ましくは2%、最も好ましくは3%を下限とする。
【0040】
SiO成分は、安定なガラス形成を促し、ガラスの失透を低減する成分であり、本発明の光学ガラス中の任意成分である。特に、SiO成分の含有率を5.0%以下にすることで、所望のガラスの屈折率を得易くすることができる。従って、酸化物換算組成のガラス全物質量に対するSiO成分の含有率は、好ましくは5.0%、より好ましくは24.0%、最も好ましくは3.0%を上限とする。SiO成分は、原料として例えばSiO、KSiF、NaSiF等を用いてガラス内に含有することができる。
【0041】
LiO成分は、ガラスの融点を下げる成分であり、本発明の光学ガラス中の任意成分である。特に、LiO成分の含有率を20.0%以下にすることで、ガラスの膨張係数を低減し、精密プレス成形の際のレンズ面の正確な転写を容易にし、ガラスの耐水性を高めることができる。従って、酸化物換算組成のガラス全物質量に対するLiO成分の含有率は、好ましくは20.0%、より好ましくは17.0%、最も好ましくは15.0%を上限とする。LiO成分は、原料として例えばLiCO、LiNO、LiF等を用いてガラス内に含有することができる。
【0042】
NaO成分は、ガラスの融点を下げ、ガラスを安定化する成分であり、本発明の光学ガラス中の任意成分である。特に、NaO成分の含有率を20.0%以下にすることで、ガラスの耐水性を高めることができる。従って、酸化物換算組成のガラス全物質量に対するNaO成分の含有率は、好ましくは20.0%、より好ましくは17.0%、最も好ましくは15.0%を上限とする。NaO成分は、原料として例えばNaCO、NaNO、NaF、NaSiF等を用いてガラス内に含有することができる。
【0043】
O成分は、ガラスの融点を下げる成分であり、本発明の光学ガラス中の任意成分である。特に、KO成分の含有率を20.0%以下にすることで、ガラスの耐水性を高めることができる。従って、酸化物換算組成のガラス全物質量に対するKO成分の含有率は、好ましくは20.0%、より好ましくは17.0%、最も好ましくは15.0%を上限とする。KO成分は、原料として例えばKCO、KNO、KF、KHF、KSiF等を用いてガラス内に含有することができる。
【0044】
<含有すべきでない成分について>
次に、本発明の光学ガラスに含有すべきでない成分、及び含有することが好ましくない成分について説明する。
【0045】
他の成分を本願発明のガラスの特性を損なわない範囲で必要に応じ、添加することがで
きる。ただし、Tiを除く、V、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Ag及びMo等の各遷移金属成分は、それぞれを単独又は複合して少量含有した場合でもガラスが着色し、可視域の特定の波長に吸収を生じる性質があるため、特に可視領域の波長を使用する光学ガラスにおいては、実質的に含まないことが好ましい。
【0046】
さらに、PbO等の鉛化合物及びAs等のヒ素化合物、並びに、Th、Cd、Tl、Os、Be、Seの各成分は、近年有害な化学物資として使用を控える傾向にあり、ガラスの製造工程のみならず、加工工程、及び製品化後の処分に至るまで環境対策上の措置が必要とされる。従って、環境上の影響を重視する場合には、不可避な混入を除き、これらを実質的に含有しないことが好ましい。これにより、光学ガラスに環境を汚染する物質が実質的に含まれなくなる。そのため、特別な環境対策上の措置を講じなくとも、この光学ガラスを製造し、加工し、及び廃棄することができる。
【0047】
本発明のガラス組成物は、その組成が酸化物換算組成のガラス全物質量に対するモル%で表されているため直接的に質量%の記載に表せるものではないが、本発明において要求される諸特性を満たすガラス組成物中に存在する各成分の質量%表示による組成は、酸化物換算組成で概ね以下の値をとる。
TeO成分 25.0〜75.0質量%
並びに
Bi成分 0〜45.0質量%及び/又は
WO成分 0〜33.0質量%及び/又は
BaO成分 0〜30.0質量%及び/又は
Ta成分 0〜50.0質量%及び/又は
Nb成分 0〜30.0質量%及び/又は
ZnO成分 0〜5.0質量%及び/又は
SiO成分 0〜3.0質量%及び/又は
LiO成分 0〜3.0質量%及び/又は
NaO成分 0〜6.0質量%及び/又は
O成分 0〜10.0質量%
【0048】
[製造方法]
本発明の光学ガラスは、例えば以下のように作製される。すなわち、上記原料を各成分が所定の含有率の範囲内になるように均一に混合し、作製した混合物を石英坩堝又はアルミナ坩堝に投入して粗溶融した後、金坩堝、白金坩堝、白金合金坩堝又はイリジウム坩堝に入れて700〜1200℃の温度範囲で溶融し、攪拌均質化して泡切れ等を行った後、適当な温度に下げてから金型に鋳込み、徐冷することにより作製される。
【0049】
[物性]
本発明の光学ガラスは、所望の分散(アッベ数)を有する必要がある。特に、本発明の光学ガラスのアッベ数(ν)は、好ましくは13、より好ましくは14、最も好ましくは16を下限とし、好ましくは30、より好ましくは25、最も好ましくは23を上限とする。これにより、本発明の光学ガラスを光学素子に用いたときの光学設計の自由度を大幅に広げることができる。
【0050】
また、本発明の光学ガラスは、高い部分分散比[θg,F]を有する必要がある。特に、本発明の光学ガラスの部分分散比[θg,F]は、好ましくは0.63、より好ましくは0.64、最も好ましくは0.65を下限とし、好ましくは0.70、より好ましくは0.69、最も好ましくは0.68を上限とする。これにより、光学機器におけるレンズの色収差をより高精度に補正することができる。
【0051】
また、本発明の光学ガラスは、高い屈折率(n)を有することが好ましい。特に、本発明の光学ガラスの屈折率(n)は、好ましくは2.00、より好ましくは2.02、最も好ましくは2.04を下限とし、好ましくは2.30、より好ましくは2.27、最も好ましくは2.24を上限とする。これにより、本発明の光学ガラスを高性能な光学素子、例えばレンズの用途に用いることができる。
【0052】
また、本発明の光学ガラスは、可視域の波長の光線透過率が高い必要がある。特に、本発明の光学ガラスは、ガラスの透過率で表すと、厚み10mmのサンプルで分光透過率70%を示す波長(λ70)が550nm以下であり、より好ましくは545nm以下であり、最も好ましくは540nm以下である。これにより、可視域の特に短波長側におけるガラスの透明性が高められるため、この光学ガラスをレンズ等の光学素子の材料として用いることができる。また、同様の理由により、厚み10mmのサンプルで分光透過率5%を示す波長(λ)は、好ましくは460nm以下であり、より好ましくは455nm以下であり、最も好ましくは450nm以下である。
【0053】
また、本発明の光学ガラスは、光学ガラスに必要とされる光学的物性以外にも、機械的物性、化学的耐久性、熱的性質、量産性、溶解成形品の残存泡、及び再加熱時の失透性について、良好な物性値を有している。
【0054】
光学ガラスの機械的物性である磨耗度は、光学ガラスの加工性の指標とされる物性であり、大きすぎるとガラス加工時に不具合が生じる。磨耗度の値は、「日本光学硝子工業会規格JOGIS10−1994光学ガラスの磨耗度の測定方法」に準じた測定方法によって測定される。本発明の光学ガラスにおける磨耗度の値は、好ましくは1100以下であり、より好ましくは1050以下、最も好ましくは1000以下である。
【0055】
光学ガラスの化学的耐久性は、光学ガラスの加工性及び耐環境性の指標とされる物性であり、化学的耐久性のクラスが大きすぎると、光学ガラスの加工性及び耐環境性に不具合が生じる。本発明のガラスは「日本光学硝子工業会規格JOGIS06−1999光学ガラスの化学的耐久性の測定方法(粉末法)」に準じた測定方法によって測定される。本発明の光学ガラスの耐酸性・耐水性は、好ましくはクラス5以下であり、最も好ましくはクラス4以下である。
【0056】
光学ガラスの熱的特性は、光学ガラスの耐熱衝撃性、及びモールドプレス成形時の成形性の指標とされる物性である。このうちガラス転移点(Tg)が低いと、モールドプレス成形を低温で行うことができ、低エネルギー化を図り且つ高価な金型の長寿命化を図ることができる。また、熱膨張係数(α)が小さいと、ガラスの加熱時にガラスを割れ難くすることができる。本発明の光学ガラスは、「日本光学硝子工業会規格JOGIS08−2003光学ガラスの熱膨張の測定方法」に準じた測定方法にてガラス転移点(Tg)と熱膨張係数(α)が測定される。これらガラス転移点(Tg)と熱膨張係数(α)の値は、好ましくはガラス転移点(Tg)が530℃以下、熱膨張係数(α)が160以下であり、より好ましくはガラス転移点(Tg)が500℃以下、熱膨張係数(α)が150以下であり、最も好ましくはガラス転移点(Tg)が470℃以下、熱膨張係数(α)が140以下である。
【0057】
光学ガラスの液相温度と、液相温度における粘性は、量産時のガラス溶解成形の指標とされる物性である。
【0058】
ここで、光学ガラスの液相温度が低いと、失透の析出し易い液相温度以下の温度領域まで温度を下げずに成形に適した粘性を得ることができる。本発明のガラスの液相温度は、好ましくは1000℃以下であり、より好ましくは950℃以下であり、最も好ましくは900℃以下である。本発明の光学ガラスの液相温度は、800℃から1200℃の温度勾配のついた失透試炉に光学ガラスを10mm間隔に並べ、その後30分間保持し、倍率80倍の顕微鏡により失透の有無を観察することで測定される。この際、サンプルとして光学ガラスを直径2mm程度の粒状に成形する。
【0059】
また、光学ガラスの液相温度における粘性が高いと、光学ガラスの成形に適した粘性域で成形する事ができるが、この粘性が低いと、光学ガラスの成形が困難となり、ガラス表面や内部に異物が生じてしまう。本発明の光学ガラスの液相温度における粘性は、好ましくは0.1Pa・s以上、好ましくは0.12Pa・s以上、最も好ましくは0.15Pa・s以上である。この粘性の値は、球引き上げ式粘度計(有限会社オプト企業社製 型番BVM−13LH)により粘度η(Pa・s)から求められる。
【0060】
光学ガラスの溶解成形品の残存泡は、光学ガラスの清澄性を評価する為の指標とされる物性である。残存泡が少なく、泡の級が小さいことは、光学ガラスの清澄性が良いことであるため、光学ガラスを量産し易くすることができる。本発明の光学ガラスの泡は、「JOGIS12−1994光学ガラスの泡の測定方法」に準じた測定方法において、4〜1級であることが好ましく、3〜1級であることがよりも好ましい。
【0061】
光学ガラスの再加熱時の失透性は、製造過程における再加熱工程、例えば精密プレス成形又はリヒートプレス成形の工程において重要な指標となる。再加熱時の失透性が低い場合には、製造過程の再加熱工程においても光学ガラスの内部に失透が生じ難くなる。本発明のガラスでは、再加熱試験を行ったときに、ガラスの内部に失透が析出しないことが好ましい(再加熱試験:試験片15mm×15mm×30mmを再加熱し、前記光学ガラスのガラス転移点(Tg)よりも80℃高い温度で30分間保温し、その後常温まで冷却し、試験片の対向する2面を厚み10mmに研磨した後に目視観察する)。
【0062】
[プリフォーム及び光学素子]
本発明の光学ガラスは、様々な光学素子、典型的にはレンズ、プリズム、ミラー用途の用途に有用であるが、その中でも特に、本発明の光学ガラスからプリフォームを形成し、このプリフォームに対して精密プレス成形又は研磨加工の手段を用いて、光学素子を作製することが好ましい。これにより、本発明の光学ガラスから所望の光学特性を有する光学素子を効率よく製造することができる。ここで、プリフォーム材を製造する方法は特に限定されるものではなく、例えば特開平8−319124に記載のガラスゴブの成形方法や特開平8−73229に記載の光学ガラスの製造方法及び製造装置のように溶融ガラスから直接プリフォーム材を製造する方法を用いることもでき、また、光学ガラスから形成したストリップ材に対して研削研磨等の冷間加工を行って製造する方法を用いることもできる。
【実施例】
【0063】
本発明の実施例(No.1〜No.9)及び参考例(No.1)の組成、及び、これらのガラスの屈折率(n)、アッベ数(ν)、及び部分分散比[θg,F]の結果を表1及び表2に示す。なお、以下の実施例はあくまで例示の目的であり、これらの実施例のみ限定されるものではない。
【0064】
本発明の実施例(No.1〜No.9)の光学ガラス及び参考例(No.1)のガラスは、いずれも各成分の原料として各々相当する酸化物、水酸化物、炭酸塩、硝酸塩、弗化物、水酸化物、メタ燐酸化合物等の通常の光学ガラスに使用される高純度原料を選定し、表1及び表2に示した各実施例及び参考例の組成の割合になるように原料を秤量して均一に混合した後、石英坩堝又は金坩堝に投入し、ガラス組成の熔融難易度に応じて電気炉で750℃〜950℃の温度範囲で2〜3時間溶解し、攪拌均質化して泡切れ等を行った後、800〜650℃程度に温度を下げ、1時間程度保温して攪拌均質化してから金型に鋳込み、徐冷してガラスを作製した。
【0065】
ここで、実施例(No.1〜No.9)の光学ガラス及び参考例(No.1)のガラスの屈折率(n)、アッベ数(ν)、及び部分分散比[θg,F]については、日本光学硝子工業会規格JOGIS01―2003に基づいて測定した。なお、本測定に用いたガラスとして、アニール条件は徐冷降下速度を−25℃/hrとして、徐冷炉にて処理を行ったものを用いた。
【0066】
また、実施例(No.1〜No.9)の光学ガラス及び参考例(No.1)のガラスの可視域の波長の光線透過率については、日本光学硝子工業会規格JOGIS02に準じて測定した。具体的には、厚さ10±0.1mmの対面平行研磨品をJISZ8722に準じ、200〜800nmの分光透過率を測定し、λ70(透過率70%時の波長)とλ(透過率5%時の波長)を求めた。
【0067】
【表1】

【0068】
【表2】

【0069】
表1及び表2に表されるように、本発明の実施例の光学ガラスは、いずれも部分分散比[θg,F]が0.63以上、より詳細には0.65以上であるとともに、この部分分散比[θg,F]は0.70以下、より詳細には0.68以下であり、所望の範囲内であった。このため、本発明の実施例の光学ガラスは高い部分分散比[θg,F]を有することが明らかになった。
【0070】
また、一般に光学ガラスは、部分分散比[θg,F]と高めると可視域の波長の光線透過率が低下する傾向にあり、これらを両立させた光学ガラスを作製することが困難である。しかし、表1及び表2に表されるように、本発明の実施例の光学ガラスは、いずれも部分分散比[θg,F]が0.63以上でありながら、λ70(透過率70%時の波長)が550nm以下、より詳細には540nm以下であった。一方、参考例のガラスは、部分分散比[θg,F]が0.63以上ではあったものの、λ70の値は540nmよりも大きかった。また、本発明の実施例の光学ガラスは、λ(透過率5%時の波長)が460nm以下、より詳細には450nm以下であった。一方で、参考例のガラスはλの値は450nmよりも大きかった。このため、本発明の実施例の光学ガラスが、参考例のガラスとは異なり、高い部分分散比[θg,F]と可視域の波長における光線透過率の高さとを両立するものであることが明らかになった。
【0071】
また、本発明の実施例の光学ガラスは、いずれもアッベ数(ν)が13以上、より詳細には16以上であるとともに、このアッベ数(ν)は27以下、より詳細には23以下であり、所望の範囲内であった。一方で、参考例のガラスはアッベ数(ν)が16未満であった。このため、本発明の実施例の光学ガラスが、参考例のガラスよりも高いアッベ数(ν)を有することが明らかになった。
【0072】
また、本発明の実施例の光学ガラスは、いずれも屈折率(n)が2.00以上、より詳細には2.04以上であるとともに、この屈折率(n)は2.30以下、より詳細には2.24以下であった。
【0073】
従って、本発明の実施例の光学ガラスは、アッベ数(ν)が所望の範囲内にありながら、レンズの色収差をより高精度に補正でき、且つ可視域の波長の光線透過率が高いことが明らかになった。
【0074】
さらに、本発明の実施例の光学ガラスを用いて、研磨加工用プリフォームを形成した後で研削及び研磨を行い、レンズ及びプリズムの形状に加工した。また、本発明の実施例の光学ガラスを用いて、精密プレス成形用プリフォームを形成し、精密プレス成形用プリフォームを精密プレス成形加工してレンズ及びプリズムの形状に加工した。いずれの場合も、様々なレンズ及びプリズムの形状に加工することができた。
【0075】
以上、本発明を例示の目的で詳細に説明したが、本実施例はあくまで例示の目的のみであって、本発明の思想及び範囲を逸脱することなく多くの改変を当業者により成し得ることが理解されよう。
【図面の簡単な説明】
【0076】
【図1】部分分散比[θg,F]が縦軸でアッベ数(ν)が横軸の直交座標に表されるノーマルラインを示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸化物換算組成のガラス全物質量に対して、モル%でTeO成分を30.0〜90.0%含有し、0.63以上0.70以下の部分分散比(θg,F)を有し、13以上30以下のアッベ数(ν)を有する光学ガラス。
【請求項2】
酸化物換算組成のガラス全物質量に対して、モル%でBi成分の含有量が0%を超え且つ20.0%以下である請求項1記載の光学ガラス。
【請求項3】
酸化物換算組成のガラス全物質量に対して、モル%でBi成分の含有量が2.0%を超え且つ20.0%以下である請求項2記載の光学ガラス。
【請求項4】
酸化物換算組成のガラス全物質量に対して、モル%で
WO成分 0〜30.0%及び/又は
BaO成分 0〜35.0%及び/又は
Ta成分 0〜30.0%及び/又は
Nb成分 0〜30.0%
の各成分をさらに含有する請求項1から3のいずれか記載の光学ガラス。
【請求項5】
酸化物換算組成のガラス全物質量に対する物質量和(WO+BaO+Ta+Nb)が50%以下である請求項4記載の光学ガラス。
【請求項6】
酸化物換算組成の物質量比BaO/(WO+BaO)が0以上0.50未満、又は0.75以上1以下である請求項4又は5記載の光学ガラス。
【請求項7】
酸化物換算組成のガラス全物質量に対して、モル%でZnO成分を10.0%以下含有する請求項1から6のいずれか記載の光学ガラス。
【請求項8】
酸化物換算組成のガラス全物質量に対する物質量和(ZnO+BaO)が60%以下である請求項7記載の光学ガラス。
【請求項9】
酸化物換算組成のガラス全物質量に対して、モル%でSiO成分を5%以下含有する請求項1から8のいずれか記載の光学ガラス。
【請求項10】
酸化物換算組成のガラス全物質量に対して、モル%で
LiO成分 0〜20.0%及び/又は
NaO成分 0〜20.0%及び/又は
O成分 0〜20.0%
の各成分をさらに含有する請求項1から9のいずれか記載の光学ガラス。
【請求項11】
2.00以上2.30以下の屈折率(n)を有する請求項1から10のいずれか記載の光学ガラス。
【請求項12】
透過率5%時の波長λが460nm以下である請求項1から11のいずれか記載の光学ガラス。
【請求項13】
透過率70%時の波長λ70が550nm以下である請求項1から12のいずれか記載の光学ガラス。
【請求項14】
請求項1から13のいずれか1項の光学ガラスからなる研磨加工用及び/又は精密プレス成形用のプリフォーム。
【請求項15】
請求項14のプリフォームを研磨してなる光学素子。
【請求項16】
請求項14のプリフォームを精密プレス成形してなる光学素子。

【図1】
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【公開番号】特開2009−286673(P2009−286673A)
【公開日】平成21年12月10日(2009.12.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−143355(P2008−143355)
【出願日】平成20年5月30日(2008.5.30)
【出願人】(000128784)株式会社オハラ (539)
【Fターム(参考)】